大阪高等裁判所 平成22年(ネ)3459号 判決 2011年11月02日
大阪府<以下省略>
控訴人兼被控訴人(一審原告)
X1(以下「控訴人X1」という。)
大阪市<以下省略>
控訴人兼被控訴人(一審原告)
X2(以下「控訴人X2」という。)
大阪市<以下省略>
控訴人兼被控訴人(一審原告)
X3(以下「控訴人X3」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士
三木俊博
同
向来俊彦
上記両弁護士復代理人弁護士
松田繁三
同
吉岡康博
同
今井孝直
同
吉川幸伯
同
吉田泰郎
同
島村美樹
同
西野里奈
同
加藤昌利
同
澤田裕和
同
奥野弘幸
同
小坂梨緑菜
大阪市<以下省略>
被控訴人兼控訴人(一審被告)
髙木証券株式会社(以下「被控訴人」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
川村和夫
同
積木潤
上記川村弁護士復代理人弁護士
貫名千絵
主文
1 控訴人らの控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人X1に対し,3457万0318円及びこれに対する平成20年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は,控訴人X2に対し,4732万5231円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人X3に対し,3644万5496円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを10分し,その4を控訴人らの,その余を被控訴人の各負担とする。
4 この判決は,1項の(1)ないし(3)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 控訴人ら
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 被控訴人は,控訴人X1に対し,5761万9304円及びこれに対する平成20年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人X2に対し,7887万7117円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被控訴人は,控訴人X3に対し,6074万5829円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
(6) 仮執行宣言
2 被控訴人
(1) 原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分にかかる控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審を通じて控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,証券会社である被控訴人が募集した「レジデンシャル-ONE」と称する住居用不動産投資ファンド(以下「レジデンシャル-ONE」ないし「本件ファンド」という。)の匿名組合への出資契約を締結した控訴人らが,被控訴人の従業員は適合性原則又は説明義務に違反して控訴人らを本件ファンドに勧誘し,上記匿名組合への出資契約を締結(以下「ファンドの購入」ともいう。)させ,多額の損害を生じさせたとして,被控訴人の従業員の不法行為による使用者責任(民法715条1項,709条,金融商品販売法5条)に基づき,控訴人X1について損害賠償金6531万6334円及びこれに対する平成20年9月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,控訴人X2について損害賠償金9485万4135円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,控訴人X3について損害賠償金7425万5614円及びこれに対する平成20年10月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
原審は,被控訴人の従業員には本件ファンドの勧誘に伴う説明義務違反があったとして,その使用者としての被控訴人の損害賠償責任を認め,控訴人らについて各3割の過失相殺をして,控訴人X1について2710万3307円,控訴人X2について3729万2001円,控訴人X3について1488万3396円の各損害賠償金並びにこれらに対する前記各請求の始期から支払済みまでの各遅延損害金の支払を認める限度で控訴人らの請求を認め,その余の請求を棄却したところ,控訴人ら及び被控訴人はいずれも控訴を申し立て,上記第1記載の裁判を求めた。ただし,控訴人らは,当審において,前記第1の1のとおり,各請求金額にまで請求の減縮をした。
2 前提事実及び当事者の主張
(1) 前提事実(当事者間に争いのない事実又は証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実),法律の規定並びに争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり補正し,当審における当事者の主張を次項に追加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1ないし4(原判決2頁14行目から16頁11行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決3頁3行目の「設定期間終了時に」の次に「不動産を売却した上,」を加える。
イ 同3頁8行目末尾に「なお,ノンリコースローンとは,非遡及型貸付と訳され,貸付対象から生み出される資金のみを返済原資とする貸付形態であり,不動産を貸付対象とするときは賃料収入及び売却代金等のみが返済原資となる銀行借入れである。」を加える。
ウ 同3頁26行目の「別紙3」を「別紙1(本判決に添付のものであり,原判決別紙3損益一覧表に原審口頭弁論終結後に償還された本件ファンド44号ないし46号の損益額等を追加したもの。以下「別紙1表」という。)」に改め,以下の「別紙3」も「別紙1表」に改める。
エ 同4頁7行目冒頭から19行目末尾までを次のとおり改める。
「ところが,本件ファンド19号(平成17年2月募集)以降は,不動産価格の下落により出資金返還額が元本割れとなり,本件ファンド20号(平成17年3月募集)から最終回である本件ファンド46号(平成19年11月募集)では,分配金を加えても,1口あたりの分配金差引後の損益(同表⑤)が出資金1口(100万円)当たり40万9942円ないし98万7301円損の大幅な元本割れとなり,このうち本件ファンド26号(平成17年9月募集)から本件ファンド45号(平成19年9月募集)では,出資金元本の8割から9割以上が償還されなかった。これらの元本割れしたファンドについて物件(不動産)売却による損益率が確定したものは,物件売却による損益率(同表⑪)がマイナス23.29%からマイナス48.66%であり,上記出資金に対する元本割れの割合は,物件売却による損益率を大幅に上回り,出資金とその3倍ないし4倍の借入金(ノンリコースローン)とでファンドが組成され,3年後の物件売却代金が借入金に優先して充当される仕組みによるレバレッジリスクが現実のものとなった。」
オ 同4頁21行目の「別紙4」から22行目の「(損害額一覧表)」までを「別紙2ないし4(本判決添付のもの。)の各控訴人ごとの損害額一覧表(以下「別紙2表」などという。ただし,別紙2表」に改める。
カ 同4頁23行目の「の,」から「3月号」を削除する。
キ 同4頁25行目の「同表購入金額欄」を「別紙2ないし4表の出資金額欄(各表①)」に改める。
ク 同4頁26行目の「同表手数料欄」を「各表手数料欄(同②)」に改める。
ケ 同5頁1行目の「支払った」を「支払い,各ファンドごとに,各表元本償還額欄(同③)及び最終償還金(同⑦)のとおりの償還を受けるとともに,各出資口数に応じて,各表1口当たりの分配金欄(同④)のとおりの分配金の配当を受けた(償還金及び分配金に係る源泉徴収税額の扱いを除き,争いがない。)」に改める。
コ 同6頁20行目の「715条」の次に「1項」を加える。
サ 同6頁23行目冒頭から7頁10行目までを次のとおり改める。
「 控訴人X1
取引による損害 5237万9304円
弁護士費用 524万円
(合計5761万9304円)
控訴人X2
取引による損害 7170万7117円
弁護士費用 717万円
(合計7887万7117円)
なお,控訴人X2の上記取引による損害額は,当審において同人が主張する損害額7170万8717円の一部請求と解する。
控訴人X3
取引による損害 5522万5829円
弁護士費用 552万円
(合計6074万5829円)」
シ 同7頁6行目の「1(4)」の前に「第2の」を加え,同行の「別紙4」から10行目末尾までを「別紙2ないし4表の各控訴人ごとの損害額一覧表記載の元本償還額(各表③),出資口数に対する分配金合計(同⑥)及び最終償還金(同⑦)の合計を控除した額である。」に改める。
ス 同10頁18行目の「従業員が」の次に「投資家に対してレバレッジリスクについて」を加える。
セ 同10頁25行目から11頁4行目までを次のとおり改める。
「過失相殺及び損益相殺について,被控訴人は,控訴人らの手数料を除く出資金額について控訴人らの過失割合を相殺した上,損益相殺として,各出資口数に応じた1口当たりの出資金返還額(別紙1表②)と1口当たりの税引き前の分配金合計額(同④)を控除すべきであると主張する。これに対し,控訴人らは,控訴人らが現に支出した出資金(購入総額,別紙2表ないし同4表①)に手数料(同②)を加えた支出総額から,控訴人らが現に受領した元本償還額(同③)及び税引き後の最終償還金(同⑦)並びに税引き後の分配金(同⑥)を加えた控訴人らの現実受領額を差し引いた差額をもって損害とすべきであると主張し,仮に控訴人らに過失があると認められる場合には,上記によって算出された損害額から過失相殺をすべきであると主張する。」
ソ 同12頁6行目の「投資家が」を「投資家とともに」に改める。
(2) 当審における当事者の主張
(控訴人ら)
ア 控訴人らに生じた損害は,控訴人らが本件ファンドの購入に当たって支出した出資金額及び手数料の合計額から,控訴人らが現実に受領した税引き後の分配金及び最終償還金の合計額を差し引いた差額となる。金融商品販売法6条が説明義務違反による損害額を「支払った金額」と「受け取った金額」の「差額」としているのも同趣旨である。なお,控訴人らが原審において分配金及び償還金は損益相殺の対象とならない旨主張していた点は,これらを損害額から控除することは認めるという限りにおいて撤回する。
イ 本件は被控訴人による組織的不法行為であり,説明義務違反及び適合性原則違反の程度に鑑みれば,控訴人らについて過失が認められるべきではないが,仮に過失が認められる場合には,前記ア記載のとおり,支出額と受領額の差額を控訴人らの損害として,これに過失相殺すべきである。
(被控訴人)
ア 控訴人らは,そもそも高利回りの本件ファンドを購入したのであるから,これと同等のリスクについても予測すべきであるにもかかわらず,これを怠った過失があるほか,控訴人X1については,その長男であるBは有価証券取引を事業として行うなど,十分な投資経験の実績を有するいわばプロフェッショナルであり,本件ファンドの利回りが高いことを承知して,控訴人X1の本件ファンドへの投資に賛成したものであり,また,控訴人X2らについては,本件ファンドへの出資を長期間,多数回,繰り返して行い,知識と経験を深めて本件ファンドの償還金を再投資しており,高利回りを期待して本件ファンドに出資したことは明らかであり,このような個別事情も併せ考えれば,控訴人X1にはほぼ10割近い過失相殺が,控訴人X2らには7割ないし9割程度の過失相殺がされるべきである。
イ 控訴人らに生じた損害は,本件ファンドに内在するレバレッジリスクとは無関係のいわゆるリーマンショックを発端とする世界的規模の不動産金融市況の悪化によって不動産価格が大幅に下落したことから生じたものであり,これによる損失は出資金額の約35%であって,その元本欠損部分の損失は,レバレッジリスクが出現したものとはいえないから,控訴人らが負担すべきであり,この関係における控訴人らの過失割合のみをみても,35%を下回ることはない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実1(本件ファンドのリスクについて)
本件ファンドについての認定事実は,次のとおり補正するほかは,原判決第3の2(原判決16頁22行目から22頁3行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決16頁23行目の「証拠」の次に「(甲共5,6,22,48,甲A3,12,20,甲B3,乙23ないし34,45ないし55,108ないし128,150ないし170,原審証人C,同D,同E,同F,原審における控訴人X2本人,同X3本人,当審における控訴人X1本人)」を加える。
(2) 同16頁25行目の「導入することによって高利回りを」を「導入して多額のファンドを組成して,より多数の住居用不動産を購入・賃貸し,その賃料収入及び売却代金を分配金及び償還金に充当して高利回りの投資を」に改める。
(3) 同17頁4行目末尾の次に「ちなみに,本件ファンド1号の販売開始時期から本件ファンド46号の償還期までに相当する平成15年4月から平成22年までの三大都市圏における公示価格平均の各年ごとの変動率は,順次,マイナス6.5%,マイナス5.7%,マイナス3.7%,マイナス1.2%,プラス2.8%,プラス4.3%,マイナス3.5%,マイナス4.5%であり,平成15年前の4年間におけるマイナス5.6%ないしマイナス6.5%の下落率と大きく変わらないものであった。この間,いわゆるリーマンショックによる不動産価格の下落もあったが,バブル崩壊による不動産価格の暴落(三大都市圏の公示価格平均は平成4年に12.5%,平成5年に14.5%も下落している。)とは比べようもなく軽微であった。」を加える。
(4) 同17頁24行目から同18頁3行目までを次のとおり改める。
「 しかも,本件ファンドにおいては,3年後には必ず不動産を売却して償還資金を調達しなければならない特質があったため,その売却価格は通常の価格よりも下がり,特に不動産価格の低落傾向がある時期にはそれが増幅されて下落するおそれがあった。
そして,バブル崩壊後の不動産市況の動向(バブル崩壊直後の下落率は上記のとおりであり,また,本件ファンド販売開始直前の平成11年から平成14年までの三大都市圏の公示価格平均の下落率の累計は18%であった。)をみれば,本件ファンドについて,3年後の償還期に不動産価格が2割を超えて下落するおそれは,社会的・経済的にみて決して無視し得ないものであり,投資の専門家である証券会社(被控訴人)にとって十分に想定し得るリスクであったと認められる。」
(5) 同18頁14行目の「レバレッジリスク」の次に「,すなわち,出資金の3倍ないし4倍の借入金(ノンリコースローン)を加えてファンドを組成し,3年後の不動産売却代金は借入金に優先して充当されることから,償還金額は,不動産価格の下落率の4倍ないし5倍の影響を受けて減少するため,不動産価格が2割低下すれば償還金額がゼロになるというレバレッジリスク」を加える。
(6) 同19頁6行目の「レバレッジリスク」を「上記のように理由付けがなされ,投資家にとって理解しやすいレバレッジリスク(以下の「レバレッジリスク」も同様の意味を有するものとして使用する。)」に改める。
(7) 同21頁3行目の「されていない」から5行目末尾までを「されておらず,控訴人X1の担当者であったC(以下「C」という。),D(以下「D」という。)並びに控訴人X2らの担当者であったE(以下「E」という。),F(以下「F」という。)においても,本件ファンドの勧誘の際にレバレッジリスクについて説明したことはなかった。」に改める。
2 認定事実2(控訴人らの個別事情)
証拠(甲A1,3,6,10,12,13,19,20,甲B3,乙1ないし170,203ないし208,210,211,215,原審証人B,同E,同F,同C,同D,原審における控訴人X2本人,同X3本人,当審における控訴人X1本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 控訴人X1について
ア 控訴人X1は,昭和14年生まれの女性であり,もっぱら家庭の主婦として過ごし,平成8年6月に自営業を営んでいた夫が死亡して遺産である株式等を相続するまでは,証券等の取引をした経験はなく,亡夫の死後は,遺族年金及び老齢年金を主たる収入とし,亡夫から相続した自宅及び亡夫の遺産で購入した賃貸マンションを保有している。
イ 控訴人X1は,亡夫の遺産でいずれは老朽化した自宅の建替工事をしたいと考えていたものの,当面は被控訴人との取引で財産を運用することとし,平成9年12月に被控訴人に口座を開設し,株式の運用を長男Bに一任したが,平成12年ころから自らも被控訴人と取引するようになり,投資信託(センターコート(国内株式を運用する商品),グロソブ毎月決算型(外国債券を運用する商品),中期国債ファンド,シュローダー月果美人(ドル建ての外国債券を運用する商品)など)や外国債券に投資し,平成16年ころには定期的な配当に期待して,毎月分配型の商品である上記月果美人に約8000万円を投資していた。
ウ 控訴人X1は,被控訴人の担当者であったC及びDに対し,運用資産は自宅の改修費用に充てる予定であるため,安全な商品を希望する旨を伝えていた。しかし,証券会社の勧める金融商品に預貯金のようなリスクのないものはないところ,控訴人X1は,担当者から比較的リスクが少ないなどと勧められ,株価・公社債価格の下落や為替変動のリスクが伴う上記のような商品への投資を継続的に行った。
また,控訴人X1は,平成12年1月ころに上記センターコートを3000万円で購入したが,長男Bから値下がりをしているから売却するよう助言され,同年4月,これを約2500万円で損切り売却した。また,控訴人X1は,上記月果美人の値動きに関心を持ち,相場が値下がり傾向であるため,処分を検討するようになっていた。
エ Cは,平成16年7月ころ,控訴人X1に対し,本件ファンド13号のパンフレット,商品説明書や運用実績を示す資料等を持参して,本件ファンドを勧誘した。その際,Cは,本件ファンドは賃貸マンションを投資対象とし,年2回の配当があり,年7%ないし8%の高利回りが見込まれており,3年間は解約できないが,3年後には不動産を売却して出資金が償還される商品であり,3年満期の定期預金のようなものであると説明し,リスクについては,不動産価格が下落すれば償還金が減るが,出資者は出資金以上のリスクは負わない旨を説明したものの,前記のとおり,レバレッジリスクについては説明がされなかった。控訴人X1は,その場では即答をしなかったが,上記月果美人の相場が値下がりしていたことなどから,数日後に本件ファンドの購入を決め,同月26日,本件ファンド13号を9口(900万円),購入した。
Cは,その後も控訴人X1に本件ファンドを勧めたが,控訴人X1は,上記13号の様子を見てからにしたいとしてこれを断った。
オ Dは,平成17年4月に控訴人X1の担当となり,同年5月,控訴人X1に対し,本件ファンドの分配金を毎月受領できるようにしてはどうかと勧め,本件ファンドのパンフレット,目論見書,匿名組合契約書及び運用実績表を持参し,本件ファンドは賃貸マンションに投資して運用するもので,ノンリコースローンという融資を利用すること,年2回の分配金があるが,3年後には不動産を売却して償還するものであること,年7%から11%の運用実績があり,今後もこの程度の利回りを目標としていることなどを説明し,リスクについては,レバレッジリスクに対する言及はないまま,不動産の価格が下落するリスクがあることや,入居者が減ると分配金が減少するリスクがあることを説明した上,本件ファンドを勧誘したところ,控訴人X1は,本件ファンド22号を10口(1000万円),購入し,以後も平成19年3月にかけて,別紙2表のとおり,本件ファンドを購入した。控訴人X1の本件ファンドへの投資額は合計7800万円(出資口数合計78口)であり,その原資は主として上記月果美人からの乗り換えであった。
カ 控訴人X1は,平成19年3月に本件ファンド39号を購入した後も,Dから本件ファンドの追加購入を勧誘されたが,長男Bが本件ファンドへの投資が多すぎるとの忠告をしたため,以後はこれを断った。
キ Bは,被控訴人との間で控訴人X1名義を含む株式の現物取引や信用取引等を積極的に行い,相当程度の投資経験を有し,控訴人X1の被控訴人との取引についても関心を有していた。
(2) 控訴人X2らの取引状況
ア 控訴人X2は昭和20年生まれの男性であり,控訴人X3は昭和23年生まれの女性であり,両名は夫婦である。控訴人X2は,●●●の小規模工場を経営し,控訴人X3はその経理を担当しており,昭和59年ころから被控訴人との取引を開始した。
イ 控訴人X2及び控訴人X3には,それまでは証券取引等の経験はなく,夫婦の老後の生活資金である財産を安全に運用したいとの考えから,被控訴人の担当者には損をしたくないと告げて取引を行い,担当者であったE及びFはその旨を聞いていた。
しかしながら,証券会社の勧める金融商品に預貯金のようなリスクのないものはないところ,控訴人X2らは,担当者から勧められて,価格下落リスクや為替変動リスクの伴う転換社債や株式の売買のほか,外国債券,投資信託(国際マイシステム無分配,ニュートレンド,香港オープン,インカムグロースファンド,株式CBオープン,グロソブ毎月決算型,シュローダー月果美人など)を購入した。当然のことながら,本件ファンド購入以前に,控訴人X2らの取引につき,損失が生じたことも少なくなかった。
ウ 控訴人X2らの取引は,主として控訴人X3が被控訴人の従業員から商品の説明を受けて控訴人X2に伝え,夫婦で相談して取引に応ずるかを決めるというものであり,控訴人X2名義の取引については,契約の際に被控訴人の従業員が電話等により控訴人X2の意向を確認していたものの,契約書等は控訴人X3が代筆することが多かった。
エ Eは,平成15年7月ころ,控訴人X3に対し,本件ファンド2号のパンフレット,商品説明書を持参し,本件ファンドは賃貸マンションに投資するもので,出資金とノンリコースローンという銀行融資を併せて少ない資金で多くの物件を購入し,高利回りとリスクの分散をする商品であること,年2回の配当があり,運用期間は3年であるが,3年間は解約できないこと,年7%ないし11%の高い利回りを目標とするものであることを説明し,リスクについては,不動産価格が下落すれば売却時に元本割れが発生するおそれがあることを説明したが,前記のとおり,レバレッジリスクについての言及はなかった。
控訴人X3は,その場では即答しなかったが,数日後に本件ファンドの購入を決め,同月28日,本件ファンド2号を15口(1500万円),購入し,さらに,平成16年3月までの間に,別紙3表及び同4表のとおり,控訴人X2及び控訴人X3の各名義で本件ファンド4号,5号,6号,8号及び9号を購入した。Eが担当している間,本件ファンドの説明等は全て控訴人X3が聞き,控訴人X2がEから直接に説明等を聞いたことはなかった。
オ Fは,平成16年4月に控訴人X2らの担当となり,同年5月,控訴人X2及び控訴人X3に対し,本件ファンド11号のパンフレット,商品説明書,匿名組合契約書を持参し,レバレッジリスクに言及しないまま,ノンリコースローンを利用した不動産ファンドであることなどを説明して本件ファンドを勧誘し,控訴人X2らは,本件ファンド11号を控訴人X2名義で10口(1000万円),控訴人X3名義で3口(300万円),購入した。
さらに,Fは,平成17年3月ころ,控訴人X2及び控訴人X3に対し,上記本件ファンド11号の運用報告書を持参して運用実績を説明するなどして本件ファンドを勧誘し,その後も他の投資商品からの乗換等によって資金を調達して本件ファンドを購入するよう熱心に働きかけた。これにより,控訴人X2らは,平成19年11月までの間,別紙3表及び4表のとおり,本件ファンドを次々と購入した。
カ 控訴人X2らの本件ファンドへの投資は,控訴人X2名義により合計1億1900万円(出資口数合計119口),控訴人X3名義により合計1億1400万円(出資口数合計114口)であり(投資額合計2億3300万円),このうち平成18年8月以降の9回の投資(控訴人X2名義の39号ないし41号及び控訴人X3名義の33号以下)は本件ファンドの償還金の再投資を含むものであった。これらの投資財産は控訴人X2らが被控訴人に預けていた財産の7割ないし8割である。
3 適合性原則違反の違法性について
(1) 金融商品取引法40条1項によれば,証券会社等の業務のあり方について,証券会社等は,顧客の知識,経験及び財産の状況並びに当該金融商品の取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなり,又はそのおそれがあることのないよう業務を行わなければならないと定められているところ(適合性の原則),証券会社等の従業員が,顧客の意向や実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券等の投資商品の取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となると解される(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決)。
(2) これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,本件ファンドは,出資金のほかに,その3倍ないし4倍のノンリコースローンを利用して,より多数の住居用不動産を購入するというレバレッジ効果により高利回りを目指す商品であるが,3年後には必ず不動産を売却し,しかも,その売却代金を借入金に優先して充てるという仕組みであり,不動産価格の下落により投資元本が大幅に毀損され,不動産価格の2割の下落により償還金がゼロになるというレバレッジリスクを内在したものであったから,これに投資するか否かは将来の経済状況や不動産市場の動向を予測して決定しなければならない商品であったといえる。
他方,投資家にとっては,投資商品から得られる利益も重要な検討要素となるところ,本件ファンドのパンフレットには年7%ないし11%の利回りを目標とすることが明記され,これは平成15年ないし平成19年当時の預貯金利率が年0.1%にも満たないものであったことと比較しても著しく高利回りであり,また,本件ファンドは,賃貸マンションに投資して,その賃料収入を原資とする分配金の配当を受け,3年間の運用期間を経て当該不動産を売却し,売却益から出資金の償還を受けるという仕組みであるところ,その仕組みそのものは複雑なものではなく,出資元本額を超える損失を生じる商品でもなかった。
これらを考慮すると,本件ファンドは,そのレバレッジリスクや3年間の中途解約ができないとの制約を考慮してもなお高利回りを期待しようとする積極的な投資意向を有する投資家に適合する商品であるが,およそ一般投資家に適合しない商品であるとまでいうことはできない。
(3) 上記をふまえて控訴人らの個別事情を検討する。
ア 控訴人X1は,年金と賃料収入で生活しており,自宅の建替工事のための資金を安全に運用したいとの目的で平成12年ころから被控訴人との間で下落リスクのある投資信託や外国債券等の取引を行っていたものであるが,相場の値動きにも関心を持つなど相応の投資経験を積んでいたのみならず,金融商品の取引により詳しい知識・経験を有するBの助言も得ることができた上,その運用資金は基本的には余裕資産であって,ある程度のリスクがあっても投資による配当を期待する積極的な意向もあったものと認められるから,控訴人X1に対する本件ファンドの勧誘が,適合性原則から著しく逸脱したものということはできない。
イ 控訴人X2らは,小規模工場の自営業者及びその妻であり,夫婦の老後資金を安全に運用したいとの目的で被控訴人と取引をしていたものであるが,運用資金は基本的には余裕資産であり,昭和59年から長期間にわたって,下落リスクのある株式や投資信託等の取引を繰り返し,相当程度の投資経験を積み,ある程度のリスクがあっても一定の利益を期待する投資意向はあったものと認められるから,控訴人X2及び控訴人X3に対する本件ファンドの勧誘が,適合性原則から著しく逸脱したものということは相当ではない。
(4) この点に関し,控訴人らは,被控訴人の従業員から本件ファンドに集中して投資させられ,控訴人X1に関しては累計78口,控訴人X2らに関しては累計233口も購入させられているのであり,ポートフォリオの観点からしても明らかに不合理であるから,このような集中投資方法は明らかに適合性原則に違反する旨主張する。
確かに,いずれの控訴人についても,いささか多数回,多額の投資となっていると評価することができるけれども,上記のとおりの投資経験を有する控訴人らが,安定志向ながらも,あわせて高利回りをも追求して,多数回にわたり,多額の本件ファンドを購入したものであり,かつ,先に購入していた投資信託等の金融商品から本件ファンドに乗り換えて購入した側面があったことなどに照らすと,その経過に被控訴人の従業員による積極的な勧誘があったとしても,多数回,多額にわたって本件ファンドを購入したことをもって,未だ適合性原則から著しく逸脱したものと認めることはできない。
(5) 以上のとおりであるから,控訴人らの適合性原則違反の主張は採用することができない。
4 説明義務違反の違法性について
当審も,本件ファンドに係る被控訴人の従業員による控訴人らに対する勧誘には,説明義務違反の違法行為があったと認めるのが相当と判断する。その理由は,原判決第3の3(原判決22頁4行目から23頁23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 控訴人らの損害額
(1) 以上によると,控訴人らは,被控訴人従業員による説明義務違反の不法行為により,継続して本件ファンドを購入させられ,当初の一部を除いて損失を生じ,当初の一部の取引による利益及び各取引の運用期間中に得られた分配金を算入しても,最終的に多額の損害を被ったものであるから,被控訴人は,その使用者として控訴人らに対する損害賠償責任を負う。
(2) 本件ファンドの購入は,投資による利益取得を目的とするものであるから,それに関する不法行為によって控訴人らに生じた損害は,控訴人らが本件ファンドへの投資のために支出した総額(出資金及び手数料の合計額)から,控訴人らが本件ファンドの運用等により現実に受け取った分配金及び償還金を差し引いた額とするのが相当であり,かつ,本件においては多数回にわたり,継続してファンドの購入がされたものであるから,全体について合算,控除がなされるべきものというべきである。
そして,手数料は,これを負担して本件ファンドを購入したものであるから,控訴人らが被った損害額から除外する理由はない。また,分配金及び償還金に係る源泉徴収税額は,これが控訴人らに還付されたことを認めるに足りる証拠はなく,税額に相当する利得を控訴人らが現実に取得しているわけではないから,損害額から控除するのは相当ではなく,源泉徴収税率を20%として計算した税引後の額(別紙2ないし4表の⑥及び⑦)を控除するのが相当である。
(3) なお,控訴人らの損害額の算定において,控訴人らの出資総額を損害額として,これに過失相殺をした後の額から控訴人らが受領した分配金及び償還金の合計額を損益相殺として控除するとの方法によることは,控訴人らが本件ファンドに出資する毎に不法行為が成立して損害が発生し,その後に受領した分配金及び償還金が損害の補填に充てられるのと同様となるところ,このことは,本件における説明義務違反の不法行為が,多数回にわたって継続的になされた本件ファンドの購入全体について成立することと符合しないから,相当ではない。
(4) そこで,上記の考えに従って,控訴人らの損害額を認定すると,次のとおりとなる。なお,別紙5ないし7の各算定表1(取引一覧表)は,前記第2の2において別紙2ないし4表についてした認定と同一である。
ア 控訴人X1の損害額は,別紙5算定表2のとおり,5238万3863円となる。
イ 控訴人X2の損害額は,別紙6算定表2のとおり,7170万8718円となる。
ウ 控訴人X3の損害額は,別紙7算定表2のとおり,5522万5826円となる。
6 過失相殺
(1) 控訴人らに共通の事情
ア 本件ファンドは,不動産への投資ファンドであり,投資家からの出資金とは別に金融機関からの借入を利用して資金調達を行うことで高利回りを目指すものであって,元本が保証される商品ではないことや,レバレッジリスクを除く不動産価格の下落等のリスクを伴うものであることは,パンフレット及び目論見書(商品説明書)にも記載されていたから,控訴人らは当然にこれを認識することができたものと認められる。そして,本件ファンドに係る平成15年から平成22年までの三大都市圏の公示価格平均の騰落率の累計はマイナス18%であり,この間,リーマンショックによる不況があったとはいえ,控訴人らにとって上記下落率が予想できなかったものとはいえない。
イ 加えて,一般に,高利回りの投資商品にはそれに応じた高いリスクが想定されるのが通常であるから,本件ファンドが年7%ないし11%もの高利回りを目標とするものであり,これはリスクのない預貯金の利率と比べて著しい高利率であったことからすれば,控訴人らにおいても,本件ファンドがそれ相応の高いリスクを有する商品であることを認識することは十分可能であったものと認められる。
(2) 個別の事情及び過失割合
ア 控訴人X1
控訴人X1は,平成12年以降,被控訴人との証券取引を継続して,前記センターコートの値下がりによる損切り売却をしたり,前記月果美人の値動きを把握するなど,一定の投資経験を積み,投資商品にはリスクがあることも十分に承知していたこと,控訴人X1と同居していた長男Bは相当程度の投資経験や知識を有し,控訴人X1の取引にも関心を有しており,控訴人X1が本件ファンドの購入について適宜の助言を得たか,少なくともこれを得ることが容易であったことが認められる。そして,投資商品の取引は,本来,自己の責任と判断に基づいて行うべきものであるから,前記(1)の事情に照らすと,控訴人X1においては,本件ファンドの勧誘に安易に従わず,その仕組みやリスクを十分に検討し,不明な点があれば担当者に説明を求めたり,Bの助言を得たりしていれば,あるいは取引を拒否することも可能であったというべきであるから,被控訴人の従業員からレバレッジリスクの説明がないまま,多数回にわたり,多額の本件ファンドを購入させられたこと,その他控訴人X1の年齢や投資意向など,本件に顕れた諸事情を考慮しても,控訴人X1の過失割合を4割とするのが相当である。
イ 控訴人X2及び控訴人X3
控訴人X2らは,昭和59年ころに被控訴人との証券取引を開始したもので,夫妻ともに長期間の取引経験を有し,証券取引にはリスクがあることは十分に理解していたこと,また,控訴人X2らは当初に購入した本件ファンドから順調に分配金及び償還金を受領し,その運用実績を経験した上で取引を拡大したものであり,担当者による積極的な勧誘があったとしても,高利回りに対する一定程度の期待があったことは否定できないこと,控訴人X2においては,取引を控訴人X3に任せず,自ら担当者から説明を聞くなどすることもできたことが認められる。そして,投資商品の取引は,本来,自己の責任と判断に基づいて行うべきものであるから,前記(1)の事情に照らすと,控訴人X2らにおいては,本件ファンドの仕組みやリスクを十分に検討し,不明な点があれば担当者に十分な説明を求めたりしていれば,あるいは取引を拒否することも可能であったというべきであり,控訴人X2及び控訴人X3において,被控訴人ないし担当者を軽々に信用して本件ファンドの取引をしたことは軽率といわざるを得ず,被控訴人の従業員からレバレッジリスクの説明がないまま,多数回にわたり,多額の本件ファンドを購入させられたこと,その他控訴人X2らの年齢や投資意向など,本件に顕れた諸事情を考慮しても,その過失割合はいずれも4割とするのが相当である。
7 被控訴人の賠償額
(1) 過失相殺後の損害額
控訴人らの損害額(第3の5(4))に前記6の過失割合を相殺すると,別紙5ないし7の各算定表3の「過失相殺後の損害額」欄記載のとおりとなる。
(2) 弁護士費用
控訴人らが本件訴訟のために要した弁護士費用については,事案の内容及び経緯等の諸般の事情に照らし,前記各算定表3の「弁護士費用」欄記載の各金額をもって相当因果関係のある損害と認める。
(3) 以上によれば,被控訴人は,控訴人らに対し,前記各算定表の「認容額」欄記載の各金額を賠償すべきであり,各賠償額に対する遅延損害金として,不法行為の後である控訴人X1につき平成20年9月8日から,控訴人X2及び控訴人X3につき平成20年10月16日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員を支払う義務がある。
8 控訴人らは,金融商品販売法5条の規定が不法行為に基づく損害賠償請求権とは別の請求権を定めたものと理解して,この請求権に基づく請求をしているものとも解されるところ,上記規定が不法行為とは別個の請求権を定めたものとしても,その要件事実は不法行為と異なるところはなく,損害の算定,過失相殺の適用も同様であると解されるから,同請求についても,上記限度で理由があり,その余は理由がないこととなる。
9 よって,控訴人らの請求は,前記認定した限度で理由があり,その余はいずれも理由がないから、控訴人らの控訴に基づき,これと一部異なる原判決を変更し,被控訴人の控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂井満 裁判官 田中義則 裁判官 小池覚子)
<以下省略>