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大阪高等裁判所 平成22年(ネ)3514号 判決 2011年8月24日

控訴人

有限会社X

同代表者代表取締役

甲山一郎

同訴訟代理人弁護士

薬袋真司

東幸生

被控訴人

東京海上日動火災保険株式会社

同代表者代表取締役

隅修三

同訴訟代理人弁護士

平山博史

林裕悟

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,1129万円及びこれに対する平成19年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案の大要

(1)請求の骨子

本件は,控訴人が,その所有する車両(以下「本件車両」という。)が盗難に遭って損害を被ったと主張して,同車両について車両保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した被控訴人に対し,車両保険金として,損害保険金(協定保険価額)1100万円,盗難に関する代車等費用補償特約に基づく代車費用9万円及び車両全損時諸費用補償特約に基づく保険金額20万円の合計1129万円,並びに,これに対する履行期後であることが明らかな平成19年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)訴訟の経過

原判決は,本件車両が盗難にあったとは認められないとして,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が,原判決を不服として,本件控訴を提起した。

2  前提事実

(1)原判決の引用等

争点に対する判断の前提となる事実であり,争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる前提事実は,次の(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決第2の1「前提事実」(原判決2頁2行目から3頁18行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)原判決の補正

ア 原判決2頁19行目「甲5」を「乙17」と改める。

イ 原判決2頁25行目の「平成18年10月」を「平成18年9月下旬ないし同年10月初旬ころ」と改める。

ウ 原判決2頁24行目の次に行を改め,以下のとおり加える。

「(ウ) 本件保険契約に自動付帯されている「盗難に関する代車等費用補償特約」第2条3項は,仮に盗難事故が発生した場合,代車を真実使用したかどうかにかかわらず,最初の3日を除いて,同項(1)及び(2)の範囲において,30日を限度として,日額3000円の代車費用が支払われる旨規定する。

(エ)本件保険契約に任意付帯されている「車両全損時諸費用補償特約」第2条1項は,仮に被保険自動車が盗難等により全損に陥った場合,諸費用が実際に発生したかどうかにかかわらず,車両保険契約における保険証券記載の保険金額の10%が,1事故当たり20万円を限度に支払われる旨規定する。」

エ 原判決3頁11行目末尾の次に「(協定保険価額)」を加える。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)原判決の引用等

ア 争点及びこれに関する当事者の主張は,次の

(2)のとおり当事者の当審補充主張を付加するほかは,原判決第2の2「争点」及び3「争点に関する当事者の主張」(原判決3頁19行目から8頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

イ ただし,原判決6頁25行目「51」の次に「,99,甲100の1ないし4」を加える。

(2)当事者の当審補充主張(争点(2)関係)

(控訴人)

ア 盗難可能性

(ア)自動車盗の現状

現在,自動車盗は,高度に専門化されており,イモビライザー搭載車であっても,これを盗取することは決して困難ではなくなっている。

(イ)本件ガレージのシャッター

本件ガレージ内には,作業をするのに必要な空間は十分に存しており,シャッターを締めてしまえば,外部から見えずに本件ガレージ内でアラームの取り外し等の作業ができるので,窃取は容易である。

(ウ)旧所有者が真正キー等を使用

本件では,本件車両の旧所有者が,未引渡しの真正キーを使用又は複製し,もしくは海外で真正キーの再発行を受けて,真正キーを用いて本件車両を窃取した可能性もある。

イ 甲山の本件車両の盗難事故前の言動

(ア)家族限定特約を外した

控訴人代表者(以下「甲山」という。)は,被保険車両を本件車両に変更する際,保険料を増額させてまで家族限定特約を外している。これは,甲山が,本件車両を引き続き保有していく意思があったからであり,本件車両の盗難事故を偽装することなど全く考えていなかった証左である。

(イ)修理の実施

甲山は,本件車両について,購入直後に発生したボンネットから白煙が上がる故障のほか,プーリーの故障についても,本件車両を購入した愛知県内の有限会社Z(以下「本件販売店」という。)に修理を依頼した。仮に,甲山があらかじめ車両盗難事故の偽装を計画していたのであれば,このようなことはしない。

甲山が本件販売店で本件車両の修理をしたのは,本件販売店で修理をする方が正規ディーラー(ヤナセ等)でするよりも修理費用が安かったからであり,何ら不自然なことではない。

(ウ)鍵紛失の事実

本件車両の鍵は,甲山が大阪市内で紛失したものである。なお,甲山は鍵の再発行を受けていないが,それは,当時控訴人の事業が繁忙期であったからである。

(エ)本件車両が使用できなくなることを前提とした行動

甲山は,本件車両が盗難に遭う前に,あらかじめ別の車両を準備するなど,本件車両が使用できなくなることを前提とした行動を取っていない。このことは,本件車両が盗難に遭ったことを裏付けるものである。

(オ)過去の車両盗難保険金の受領歴

被控訴人は,甲山が過去3回車両の盗難被害に遭い,保険金を受領していることをもって,本件車両の盗難事故を偽装していることの根拠にしている。

しかし,いずれも不正を疑われるような事案ではない(甲18,乙7の1・2)。1度目は犯人が検挙されている。2度目は分損事案であった。3度目は全損事案であるが,不自然は点はない。いずれも利得はなかったし,イモビライザー搭載車ではない。

ウ 甲山の本件車両の盗難事故後の言動

(ア)父・警察への連絡・通報

甲山は,本件車両が本件ガレージにないことに気付いた直後に,父甲山春夫(以下「父」という。)に電話連絡をしている(乙1:4頁の3の1)。これは,父が本件車両を使用しているかも知れないと考えて連絡したものであり,自然な行動である。もし,控訴人が盗難を偽装するとすれば,このような行動を取るはずがない。

また,甲山は,その後警察へ2度にわたって110番通報をしている(原判決4頁(2)イ(ア)引用)が,その際の通報内容も何ら不自然ではない。

(イ)被控訴人への報告,その後の請求態度

甲山は,本件車両の盗難事故後,すみやかに被控訴人に通報しており(乙1:32頁の2),不自然な報告の遅れはない。また,甲山は,その後も証拠固めなどの不自然な作為的行為に出ていないし,被控訴人に対し粗野な保険金支払要求もしていない。

(ウ)新しい車両の購入等

控訴人は,シボレータホを下取車として本件車両を購入したから,本件車両の盗難事故により車両がなくなった。なお,ハイエースでは仕事以外には使用できない。

そのため,控訴人は,被控訴人から本件保険契約に基づく保険金の支払を受けないまま,新たに車両を購入した。同車両は,イモビライザーに加え,GPS方式の追跡装置を取り付け,盗難を防止している。

(被控訴人)

ア 盗難可能性

控訴人の主張を争う。控訴人の主張する事実は,これをもってしても,本件車両が盗難事故に遭ったことを裏付けるものではない。

イ 本件車両の盗難事故前後の言動

控訴人の主張を争う。控訴人の指摘する甲山のこれらの言動は,仮にこれらが存在したとしても,本件車両が盗難事故に遭ったことを裏付けるものではない。

第3  当裁判所の判断

1  判断の大要,原判決の引用等

(1)当裁判所も,原判決と同様,次のとおり,控訴人の本件保険金請求は理由がないと判断する。

ア 盗難による損害について保険金請求をするために控訴人が立証責任を負う事実は,①被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていた事実,及び②被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去った事実である。

イ 本件では,上記ア②の事実を認めることができない。

(2)その理由は,次の2のとおり原判決を補正し,3のとおり控訴人の当審補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決第3「争点に対する判断」1及び2(原判決9頁1行目から22頁23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)認定事実関係

ア 本件車両の購入及びその後の使用状況

(ア)原判決10頁4行目の「平成18年10月」を「平成18年9月下旬ないし同年10月初旬ころ」と,同頁4・5行目「名古屋市」を「愛知県愛知郡東郷町」と,同頁8行目の「ローンを組み」から同行目末尾までを「ローンを組んだ。」と各改める。

(イ)原判決10頁15行目から同18行目までを次のとおり改める。

「(ウ) 甲山は,平成18年10月15日,父親とともに本件販売店を訪れ,本件車両の売買残代金190万円を現金で支払い,本件車両の引渡しを受けた。

ところが,帰路,本件車両の運転を開始して10分程度しか経過していないのに,高速道路上でABC (アクティブ ボディ コントロール)ホースが破裂して,ボンネットから白煙が上がった。甲山は,危険を感じたので本件車両を路肩に止め,本件車両から降車して外から様子を観察していたところ,ボンネットから出ていた煙が落ち着いてきたので,ボンネットを開けてその中を調べた。

甲山は,その後,携帯電話で本件販売店に本件車両の修理を依頼し,この日は代車で帰阪した(以上につき乙1,控訴人代表者本人)。」

(ウ)原判決10頁21行目の「株式会社ヤナセ」の次に「東大阪支店」を加える。

イ 本件ガレージの状況

原判決12頁3行目の次に行を改め,次のとおり加える。

「(ウ) 本件ガレージは,シャッター付ガレージであり,シャッターを閉めると,中に駐車している車両の様子は,外から把握できない。なお,シャッターには鍵が設置されているが,本件車両が本件ガレージからなくなったとされた平成19年1月6日時点において,鍵は壊されていなかった。」

ウ 本件車両について

原判決13頁7行目の「シフトレバー・ユニット」から同8行目「エンジンスイッチであるから,」までを「エンジンスイッチは,シフトレバー・ユニット及びエンジン制御コンピューターと,それぞれ信号をやり取りしているのであるから,」と改める。

(2)盗難可能性関係

ア 原判決16頁末行の「原告は,」の次に「車を乗せる台車として」を加える。

イ 原判決19頁10・11行目の「しかし,」から13行目末尾までを次のとおり改める。

「そして,証拠(甲32,42,99)によれば,一定の機械を用いることによって,イモビライザーを解除することができるとの報告例があることが認められる。しかし,これらの解除事例で無効化されたとされるイモビライザーの機能が本件車両のそれと同一であること,これらの機械が本件車両と同種の車両に有効なことを的確に認めるに足る証拠はない。」。

(3)甲山の供述の信用性関係

原判決22頁17行目末尾の次に行を改め,「その他,控訴人又は甲山と生命保険又は自動車保険を契約したが,控訴人又は甲山について何ら問題はなく,保険事故を偽装するはずがないとの保険代理店担当者夏山二郎作成の陳述書(甲127)の記載も,上記結論を左右するものではない。」を加える。

3  控訴人の当審補充主張に対する判断

控訴人は,以下のとおり本件車両が本件保険契約が規定する盗難に遭った旨種々主張するが,これらは,いずれも採用できない。その理由は,以下のとおりである。

(1)盗難可能性

ア 自動車盗の現状

控訴人は,「現在,自動車盗は,高度に専門化されており,イモビライザー搭載車であっても,盗取することは決して困難ではなくなっている。」旨主張し,証拠(甲99,甲100の1ないし4)中には,イモビライザー搭載の自動車でさえ,窃取されたとの記載がある。

しかし,前記1(2),2で原判決を補正の上認定判断し,また,後述するとおり,本件では,本件車両が盗難に遭ったと認めるには不自然な事項が多々存するのであって,これらに照らせば,そのようなイモビライザー搭載車の窃盗事例があるからといって,そのことから直ちに,本件車両が盗難に遭ったことを裏付けることはできない。

イ 本件ガレージのシャッター

(ア)控訴人主張

控訴人は,本件ガレージ内には,作業をするのに必要な空間は十分に存しており,シャッターを閉めてしまえば,外部から見えずに本件ガレージ内で作業ができるので,犯行は容易である旨主張する。そして,前記2(1)イのとおり,本件ガレージは,シャッターを閉めた場合に内部が見えないことが認められる。イ)検討

a しかし,証拠(甲18,乙1)によれば,本件ガレージのシャッターは,本件車両がなくなったとされた後の調査によっても,何らの損傷がなかったことが認められるが,本件ガレージ内に駐車してあった本件車両が盗難に遭ったものとすると,この点がそもそも不自然である。

また,証拠(乙1:11頁)によれば,甲山は,盗難があったとされる直後の平成19年1月18日に,被控訴人が依頼した調査会社の担当者に本件車両の盗難状況について説明をした際に,本件ガレージのシャッターの鍵を施錠したかどうかはっきりしないと供述していたのに,平成22年4月8日に実施された本人尋問では,シャッターの鍵を施錠したと思う,平成19年1月6日に本件車両がなくなっているのを発見した際には,鍵が閉まっていない状況であったと供述している(7,8頁)ことが認められる。このような供述の変遷も不自然である上,そのこと自体,過去に3度も車両の盗難に遭った者としてきわめて不自然である。

b もっとも,甲山が真実鍵を施錠し忘れた可能性も完全に払拭されないので,この点をおくとしても,前記1(2)で原判決13・14頁の(2)アを引用して認定したとおり,本件ガレージ内は相当狭いものであるから,窃盗犯人が,本件車両を窃取するのに必要な器具類すべてをシャッターを閉めた本件ガレージ内に持ち込むことは困難であり,小型のジャッキなどを使用するにしても,作業が困難になることは明らかである。

また,窃盗犯人が,本件ガレージ内で本件車両を盗み出すのに必要な作業をする場合であっても,本件車両をレッカー車などで搬出する非自走式による場合には,当該レッカー車等については,戸外に置かなければならない。しかし,ガレージ全体で50台分もの駐車場があり(前記1(2)で引用した原判決11頁イ(ア)),いつこれらの車両が出入りするかも知れない戸外にレッカー車を置くことは,犯行が発覚するおそれがあって,にわかに考え難い。

ウ 真正キーの使用

控訴人は,「本件では,本件車両の旧所有者が,引渡し未了の真正キーを使用又は複製し,あるいは海外で真正キーの再発行を受けて,真正キーを用いて本件車両を窃取した可能性もある。」旨主張する。

しかし,控訴人は,本件車両について,製造後,控訴人が所有するに至るまでの所有権移転経過や,旧所有者が本件車両を窃取する可能性のある人物,法人であるかなどについて,何ら具体的な主張,立証をしておらず,ただ闇雲に,思いつきで,本件車両の旧所有者が,真正キーを使用して,本件車両を窃取した可能性があると主張しているだけであると解するほかない。

それゆえ,このような抽象的な主張だけでは,控訴人の上記主張を採用することはできない。

エ まとめ

このように,控訴人は,本件車両が盗難にあった可能性について種々主張するが,上記アないしウで判断したところに加え,本件全証拠によっても,本件ガレージ又はその周辺において,本件車両の盗取を裏付けるべき何らの痕跡ないし遺留品を認めることはできない。

このこともまた不自然であって,控訴人が種々主張する盗取の方法が,あくまでも抽象的なものに止まっていることを裏付けるに足るものである。

(2)甲山の本件事故前の言動

ア 家族限定特約を外したこと

(ア)控訴人は,「甲山は,被保険車両を本件車両に変更する際,保険料を増額させてまで家族限定特約を外している。これは,甲山が本件車両を引き続き保有していく意思があったからであり,本件車両の盗難事故を偽装することなど全く考えていなかった証左である。」旨主張する。

そして,弁論の全趣旨(被控訴人の平成23年5月6日付け準備書面1頁参照)によれば,控訴人は,平成18年11月13日の時点で上記特約を外したこと,並びに,これによって本件保険契約の年額保険料が2130円増加したことが認められる。

(イ)しかし,上記認定の保険料の増額はわずかであって,これをもっても,控訴人が,本件車両を引き続き保有していく意思があったこと,ひいては,本件車両の盗難事故を偽装することなど全く考えていなかったことは,いずれも認めることができない。

さらに翻って考えるに,前記1(2)で原判決を前記2のとおり補正の上引用した認定判断に,前記及び後記の3(1)ないし(3)の認定判断を総合すれば,甲山が,本件車両の盗難を裏付ける事実を作出するために,本件保険契約の家族限定特約をわざと外したのではないかとも解されなくはない。

イ 修理の実施

(ア)控訴人主張等

控訴人は,「甲山は,本件車両について,購入直後に発生した故障のほか,エンジンベルトのプーリーの故障についても修理を実施している。甲山が本件車両の盗難を偽装するのであれば,このような修理を行うはずはない。また,甲山が本件販売店で本件車両の修理を実施したのは,正規ディーラーよりも修理費用が安かったからであり,不自然ではない。」旨主張する。

そして,前記1(2)で原判決10・11頁のア(ウ),(キ)を前記2(1)ア(イ)のとおり補正の上引用して認定したとおり,控訴人は,本件車両について上記2度の修理を本件販売店で実施したことが認められる。

(イ)検討

a 本件車両を長期間使用する意思はなかった

しかし,上記補正の上引用して認定したとおり,控訴人代表者(甲山)が,平成18年10月15日,本件販売店で本件車両を購入した直後に(本件車両の運転を開始して10分しか経過していないのに),本件車両に乗車して高速道路を走行中に,本件車両のABCホースが破裂してボンネットから白煙が上がるなどという,人身事故にも繋がるおそれのある重大な故障が発生したことの方が問題である。

これに加え,甲山は,同年11月8日,ヤナセの担当者から,本件車両には重大な事故歴があり,走行に影響が生じるおそれがある旨の説明を受けながら,特にこの点を問題にする姿勢がなかった(前記1(2)で原判決10頁(オ)を引用して認定)ことをも勘案すると,甲山は,本件車両の状態,安全性については必ずしも関心を有していなかったのではないか,ひいては本件車両を長期間使用する意思がなかったのではないか,との疑いを払拭することができない。

b プーリーの修理を本件販売店に依頼した不自然性

また,甲山は,本件車両について,鍵の複製については,ヤナセを利用しながら,プーリーの修理については,わざわざ高速道路を走行して,本件車両を愛知県内の本件販売店まで持ち込み,その修理費用は控訴人が負担している(乙1,控訴人代表者本人24,25頁)。

このことは,仮に控訴人の主張するように,本件販売店の修理費用が正規ディーラーよりも安かったからといって,いかにも不自然な行動であるといわなければならない。

c 本件販売店にクレームを申し出なかったことの不自然性

しかも,甲山は,上記のとおり,①本件車両の購入直後に,高速道路上を走行中にボンネットから白煙が上がるという重大な故障が発生し,②その後,ヤナセにおいて,本件車両について,かなり大きな事故を起こしたと考えられる重大な損傷の存在を指摘され,走行に影響が生じるおそれがある旨の説明を受け,③その後に,プーリーのベルトから音が鳴るという不具合が発生した際,わざわざ愛知県まで本件車両を持参して本件販売店に修理を依頼し,その修理費用は控訴人が負担している。

700万円も出捐して本件車両を購入し,引き続き本件車両を使用しようと考えている通常のユーザーであれば,上記①の時点で,遅くとも上記②の時点では,激しく立腹し,本件販売店に対し,本件車両の買い戻しを請求したり,本件車両の売買契約の取消しか解除を主張したり,少なくとも代金減額ないしはクレームを申し出て,激しく詰め寄るのが通常の対応である。

さらに,上記通常のユーザーであれば,上記③の段階になると,怒り心頭に達し,本件車両を愛知県まで持参して,本件販売店に本件車両の修理を依頼し,その修理費を負担するなどという行動は,絶対にとらないと断言できる。

ところが,控訴人ないし甲山は,上記通常のユーザーがとる行動を全くとらなかったのであり,極めて不自然,不合理な対応である。

d まとめ

以上のaないしcの疑問を総合すると,控訴人ないし甲山は,本件販売店とは何らかの目的を達するために強い結びつきがあり,あらかじめ本件車両の盗難事故を偽装する目的で本件車両を購入したものと疑うに足る事由が十分にある。

ウ 鍵紛失の事実

(ア)控訴人主張

控訴人は,「本件車両の鍵は,甲山が,平成18年12月3日,大阪市内で紛失したものである。なお,控訴人は鍵の再発行を受けていないが,それは当時事業が繁忙期であったからである。」旨主張する。

(イ)検討

a 鍵の紛失時刻の疑問

控訴人は,被控訴人が依頼した調査会社の担当者に対し,「甲山は,平成18年12月3日,大阪の心斎橋等へ買物に出かけ,本件車両を長堀駐車場に駐車して買物等をしている間に,本件車両の鍵を紛失した。紛失した時刻は,同日午後5時から8時までの間である。」と説明していた(乙1:6頁)。

しかし,上記調査員は,長堀駐車場のパーキングチケットで,甲山が同日同駐車場に本件車両を駐車していた時刻は,午後5時55分から8時53分までであることを確認している(乙1:6頁)。すなわち,甲山は,同日午後5時55分までは,本件車両の鍵を間違いなく所持していたのである。

このように,控訴人が主張する鍵の紛失時刻は,客観的な証拠と矛盾しており,甲山が本件車両の鍵を紛失したこと自体に疑問がある。

b 鍵の複製をしていないことの疑問

控訴人は,本件車両を取得した直後にヤナセを通じて鍵の複製を依頼しながら,鍵の紛失後,本件車両が盗難に遭ったとされるまでの間に,鍵の複製などをしていないが,これもまた不自然である。控訴人の主張する当時事業が繁忙期にあったということも,鍵を複製しなかった理由を正当化するものではない。

c 予め所在不明の鍵を準備しておく必要性

ところで,車両の盗難事故を偽装する場合,偽造事故発生後に当該車両を移動させたり処分したりするに際しては,自由に使用することができる鍵が少なくとも1本は必要となる。しかし,保険会社の調査に際しては,保険会社から被害車両の鍵の提示を求められるので,当該車両の鍵が1本しかない場合は,この鍵を保険会社に提示する必要があるので,当該車両を移動させたり処分するに際しては,鍵を使えないという状況に陥る。

そこで,車両の盗難事故を偽装する者は,「鍵をなくした」とか「見当たらない」などといって,予め所在不明の鍵を準備しておくケースが著しく多いといわれている(被控訴人の平成23年3月14日付け準備書面10・11頁の5参照)。本件で,控訴人は,平成18年12月3日,本件車両の鍵を紛失したと主張しているが,その主張は不自然であり,このことは,他の事情ともあいまって,盗難の偽装を裏付けるものであるともみられなくもない。

エ 本件車両が使用できなくなることを前提とした行動

控訴人は,「甲山は,本件車両が盗難に遭う前に,あらかじめ別の車両を準備するなど,本件車両が使用できなくなることを前提とした行動を取っていない。このことは,本件車両が盗難に遭ったことを裏付けるものである。」旨主張する。

なるほど,本件全証拠によっても,甲山について,こうした明確な行動があったことを認めるに足る証拠はない。しかし,このことをもってしても,甲山の供述全体の信用性を高めることはできない。

オ 過去の保険金受領歴

(ア)本件保険契約の不合理性

控訴人は,本件では,700万円で購入した本件車両について,保険金額1100万円の本件保険契約を締結している。これに加え,甲山は,A相互保険(保険代理店)に,アルミホイールを代えたら,保険金額を1100万円から1200万円に増額できるかと,問い合わせまでしている(甲6,乙1,控訴人代表者本人,弁論の全趣旨)。

(イ)過去の保険契約の不合理請求

甲山は,過去に3回盗難被害に遭ったとして,保険金を受領している(甲18,乙7の1・2)。そのうちの資料が残っている2回(乙7の1・2)の盗難被害については,本件と同様に,次のような不合理な点が確認できる。

a 平成13年2月発生のシビックの車両盗難

甲山は,平成3年が初年度登録の走行距離が8万kmに達するシビックフェリオについて,購入後にアルミホイールとエアロパーツを追加したとして,日新火災海上保険株式会社(以下「日新火災」という。)との間で115万円の車両保険契約を締結した。甲山は,平成12年10月に,上記シビックフェリオを60万円で購入したと主張していた。その後,甲山は,平成13年2月に車両盗難に遭ったと申し出て,日新火災から保険金115万円を受領している。

しかし,シビックフェリオのうち,形式がEGFとされている車両の新車価格は116万8000円から137万4000円であり,甲山が購入したシビックは,初年度登録から9年も経過し,走行距離も8万kmに達していることから,115万円もの価値がないことは明らかである。日新火災は,甲山からの保険金請求後の調査で,上記シビックの時価を25万円から35万円と把握していた(以上につき,乙7の1,弁論の全趣旨)。

b 平成13年11月発生のシビックの車両盗難

甲山は,平成4年が初年度登録の走行距離が8万kmに達するシビックハッチバックについて,日新火災との間で40万円の車両保険契約を締結した。甲山は,平成13年4月に,上記シビックを90万円で購入したと主張していた。甲山は,上記保険契約締結後,「いろいろいじった」「車両保険を増額しようとした」「増額のため領収書を置いて準備していた」ことが認められるが,保険金額の増額には成功しなかった。

甲山は,平成13年11月に,日新火災に対し,上記シビックについて車両盗難に遭ったと申し出て,日新火災から保険金を受領した。上記シビックの新車価格は162万円であるところ,甲山は,初年度登録から9年が経過し,走行距離が8万kmにも達するシビックについて,90万円で購入したと主張していた。結局,日新火災は,40万円での保険金額でしか応じていない(以上につき,乙7の2,弁論の全趣旨)。

(ウ)まとめ

大多数の人は,1度も車両盗難被害に遭うことなく人生を全うするのが通常である。ところが,甲山(昭和48年3月生まれ)は,本件車両の盗難被害に遭ったと称する平成19年1月当時,未だ33歳という若さであるのに,本件車両も含めて4回にもわたり車両盗難被害に遭ったというのであり,そのこと自体が著しく不合理である。

そして,甲山は,過去2回の盗難被害に係る保険契約についても,本件保険契約と同様,車両の時価を超える高額の保険契約を締結することに汲々とし,高額の保険金を取得することに多大の関心を有していたと言わざるを得ないのであって,このことは,注目に値する。

(3)甲山の本件事故後の言動

ア 父・警察への連絡・通報

(ア)父への連絡

a 控訴人の主張

控訴人は,「本件車両がないことに気付いた直後に,父へ電話をしている。これは,父が本件車両を使用しているかも知れないとして連絡したもので,自然な行動である。もし,控訴人が本件車両の盗難を偽装するとすれば,このような行動を取るはずがない。」旨主張する。

そして,証拠(乙1:4頁の3の1)によれば,甲山は,警察へ連絡する直前の平成19年1月6日午後1時51分,携帯電話から父へ電話連絡をしたことが認められる。

b 検討

しかし,証拠(控訴人代表者本人)によれば,本件車両は,甲山がもっぱら使用しており,むしろ,取得後盗難被害に遭ったとされる時点までの間に父が本件車両を使用したのは,多くとも2,3回であること(甲山は,証拠(乙1:15頁)では,父が本件車両を使用したのは1回だけと供述している。)が認められる。

したがって,甲山が,本件車両がないことから,父が本件車両を使用したのかもしれないとして,父に電話連絡すること自体が不自然であって,むしろ,後記(イ)の警察への通報と相まって,甲山が,本件車両の盗難を裏付ける電話連絡の事実を作出するために行ったものではないかとも解されなくはない。

(イ)警察への通報

a 控訴人の主張

控訴人は,「甲山は,父への通報後警察へ2度にわたって通報をしているが,こうした通報状況は,盗難被害に遭ってあわてた甲山の心理が明確に現われており,何ら不自然ではない。」旨主張する。

そして,証拠(甲39)によれば,甲山は,平成19年1月6日午後1時53分に,本件車両が盗難に遭ったとして110番通報をしたが,ナンバーを覚えていないとして一度電話を切ったこと,その5分後に再度110番通報をし,その際に被害場所と本件車両のナンバーを伝えたことが認められる。

b 検討「

しかし,そのこともまた,甲山の供述の信用性を高めるものではない。かえって,上記のように2度に分けた通報状況は,甲山が本件車両の盗難被害状況を理路整然と説明することによって疑いを受けないよう,盗難事故を予期していなかったことを明らかにしようとするもの,すなわち,本件車両が盗難被害に遭ったことを裏付ける証拠の作出を考えたとも解されなくはない。

(ウ)まとめ

したがって,以上の甲山の各行動は,これをもって,控訴人が本件車両が盗難に遭ったことを偽装したことを直接裏付けるものであるとまではいえないものの,少なくとも,これをもって,盗難の事実を裏付ける証拠とすることはできない。

イ 被控訴人への報告,その後の請求態度

控訴人は,「甲山は,本件車両の盗難被害に気付いた後,すみやかに被控訴人に通報しており,不自然な報告の遅れはない(乙1:32頁の2)。また,甲山は,その後も証拠固めなどの不自然な作為的な行為に出ていないし,被控訴人に対し,粗野な保険金の支払要求もしていない。」旨主張する。

しかし,甲山のこれらの行動もまた,本件車両が盗難被害に遭ったことを裏付けるものではなく,甲山の供述の信用性を高めるものでもない。

ウ 新しい車両の購入等

控訴人は,「シボレータホを下取車として本件車両を購入したから,控訴人は,本件事故により車両がなくなった。なお,ハイエースでは仕事以外には使用できない。そのため,控訴人は,被控訴人から保険金の支払を受けないまま,新たな車両を購入している。この車両は,イモビライザーに加え,さらに,GPSを用いた追跡装置を取り付けている。」旨主張する。

そして,証拠(甲108ないし112,114ないし118)によれば,甲山は,本件事故後新しく自動車(ポルシェ・カイエンターボ)を780万円で購入したこと,同車には,イモビライザーのほか,GPSによりその所在を突き止める方式の追跡装置を装備したことが認められる。

しかし,これらの事実もまた,本件車両が盗難被害に遭ったことを裏付けるものではなく,甲山の供述の信用性を高めるものでもない。

4  総括

以上によれば,控訴人の当審における上記各主張もまた,本件車両の盗難被害の事実を裏付けることはできず,結局,控訴人の主張事実は,「被保険者以外の者が……被保険自動車を持ち去った事実」について合理的な疑いを超える程度の立証には至っておらず,これを認めるに足りる証拠はない。

第4  結論

以上の次第で,控訴人の本件保険金請求は理由がないから,同請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 田中敦 裁判官 神山隆一)

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