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大阪高等裁判所 平成22年(ネ)3552号 判決 2011年3月30日

控訴人(被告)

同訴訟代理人弁護士

樽谷進

奥野崇

被控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

小野順子

竹下政行

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴人の控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要(略称は、原判決の用法による。)

一  要旨

(1)  本件は、二階建て住居六戸から構成される連棟式の建物(本件一棟建物)の西端の住居(被控訴人区分建物)の所有者である被控訴人が、本件一棟建物の敷地の所有者であり、かつ、被控訴人区分建物の東隣りの訴外A(A)所有の住戸(A区分建物)についてAに対し建物収去土地明渡しを命ずる確定判決を得た控訴人が同確定判決に基づき強制執行(本件強制執行)に着手したことに対し、本件強制執行の対象部分(本件対象部分)には被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれるから、上記確定判決をもって本件強制執行を行うことは許されず、また、本件強制執行による収去請求権の行使は、被控訴人に対する関係で権利の濫用に当たる旨を主張して、本件強制執行の不許を求めた事案である。

(2)  原審裁判所は、本件強制執行による収去請求権の行使が被控訴人に対する関係で権利濫用に当たり許されないとして、被控訴人の請求を認容した。

(3)  そこで、これを不服とする控訴人が本件控訴を提起し、被控訴人の請求を棄却するよう求めた。

二  「前提となる事実」、「争点及び争点に関する当事者の主張」

原判決「事実及び理由」中の第二の一、二のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決六頁三行目の「該当する否か」を「該当するか否か」に改める。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件対象部分に被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれるか。)について

(1)  前記前提となる事実(2)アのとおり、本件一棟建物は、昭和四五年に新築された東西二二メートル弱、南北八メートル強の木造瓦葺二階建の建物であり、六戸の二階建て住戸が東西に連なる構造となっている。また、《証拠省略》によれば、切離し後の被控訴人建物は、間口約三・五メートル、奥行き約八・一メートルの一階部分が、間口約三・五メートル、奥行き約六・三メートルの二階部分、屋根及びベランダを支える構造となることが認められる。さらに、《証拠省略》によれば、本件一棟建物の屋根、基礎工作物及び東西方向の梁が連続した構造となっていることが認められる。

以上のような本件一棟建物や切離し後の被控訴人建物の各構造等に照らせば、本件一棟建物の一部の住居部分を切り離して単体で存立させることは、その設計上予定されていないものと推認することができる。

(2)  そして、本件対象部分を収去した場合における切離し後の被控訴人建物は、次のア以下に説示するとおり、本件一棟建物の一構成部分である場合と比較して、構造耐力上、とりわけ東西方向に働く力に対して弱くなり、倒壊の危険が増大することが認められる。

ア すなわち、施行令四六条一項は、構造耐力上主要な部分である壁、柱及び横架材を木造とした建築物にあっては、すべての方向の水平力に対して安全であるように、各階の張り間方向及びけた行方向に、それぞれ壁を設け又は筋かいを入れた軸組を釣合いよく配置しなければならない旨規定している。

また、同条四項は、階数が二以上又は延べ面積が五〇平方メートルを超える木造の建築物においては、各階の張り間方向及びけた行方向に配置する軸組を、それぞれの方向につき、同項表一の軸組の種類区分に応じて当該軸組の長さに同表所定の倍率を乗じて得た長さの合計が、① その階の床面積に同項表二所定の数値を乗じて得た数値以上で、かつ、② その階以上の見付面積(張り間方向又はけた行方向の鉛直投影面積)からその階の床面からの高さが一・三五メートル以下の部分の見付面積を減じたものに同項表三所定の数値を乗じて得た数値以上となるように設置しなければならない旨規定しており、同項表一は、土塗壁又は木ずりその他これに類するものを柱及び間柱の片面に打ち付けた壁を設けた軸組については倍率を〇・五と、同項表二は、施行令四三条一項の表の(二)に掲げる建築物(土蔵造の建築物その他これに類する壁の重量が特に大きい建築物以外の建築物で屋根を金属板、石板、木板その他これらに類する軽い材料でふいたもの)の二階建て建物における階の床面積に乗ずる数値につき一階は一平方メートル当たり二九センチメートル、二階は一平方メートル当たり一五センチメートルと規定し、施行令四六条四項表三は、特定行政庁がその地方における過去の風の記録を考慮してしばしば強い風が吹くと認めて規則で指定する区域以外の区域における見付面積に乗ずる数値につき一平方メートル当たり五〇センチメートルと規定している。これらの規定は、建物に一定数量以上の耐力壁を配置することにより、①につき地震力(同項表二)及び②につき台風等の風圧力(同項表三)による倒壊の危険を防止しようとする目的で設けられたものと解される。

イ これを切離し後の被控訴人建物単体の場合と本件一棟建物全体の場合についてみると、《証拠省略》によれば、切離し後の被控訴人建物には、土塗壁又は木ずりを柱及び間柱の片面に打ち付けた壁が設けられていること、同建物は施行令四三条一項の表の(二)に掲げる建築物であること、同建物は、特定行政庁がその地方における過去の風の記録を考慮してしばしば強い風が吹くと認めて規則で指定する区域以外の区域内にあることが認められるところ、上記証拠によれば、切離し後の被控訴人建物の一階のけた行方向について、必要とされる軸組の長さの合計は、上記①の基準により八・四四メートル以上となり、上記②の基準により一六・六三メートル以上となるのに対し、現に存在する軸組の長さに施行令四六条四項表一所定の倍率を乗じて得た長さの合計は一・八〇メートルしかなく、同項所定の基準を大幅に下回ることが認められる。したがって、切離し後の被控訴人建物は、東西方向に働く力、とりわけ風圧力に対して非常に弱いものとなることが認められる。

他方、本件一棟建物の全体についてみると、けた行方向の見付面積が同じであるのに対し、一階のけた行方向に存在する軸組に同項表一所定の倍率を乗じて得た長さの合計は、仮に被控訴人区分建物と他の住戸部分における軸組の配置状況が同じであるとするならば、上記の六倍の一〇・八〇メートルとなり、上記②の基準により近い数値となるから、現行の建築基準を満たさないまでも、東西方向の風圧力に対する一定程度の耐力が確保されているといえる。

ウ 以上のとおり、本件対象部分が除去され、切離し後の被控訴人建物が単体で存立することとなった場合には、とりわけけた行方向に働く風圧力に対する耐力が弱くなり、倒壊の危険性が増大することが認められる。

(3)  このように、本件一棟建物は、その一部の住戸部分を切り離して単体で存立されることがその設計上予定されているものではなく、本件一棟建物全体では風圧力及び地震力のいずれに対してもある程度の強度を兼ね備えているのに対し、本件対象部分を収去し、切離し後の被控訴人建物が単体で存立することとなった場合には、建築基準法所定の基準を大きく下回り、建物の形状からみても非常に倒壊しやすい危険な建物となるから、少なくとも、本件対象部分のうち東西方向の梁、支柱等の基本的構造部分は、構造上、被控訴人区分建物の存立、安全に不可欠な部分であるというべきであって、被控訴人が共有持分権を有する共用部分であると認められる。したがって、本件対象部分には、被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれ、被控訴人は、民事執行法三八条一項にいう「強制執行の目的物について…目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」に該当するから、被控訴人の請求は理由がある。

なお、仮に、本件対象部分には被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれないとしても、後記二のとおり本件強制執行による控訴人の収去請求権の行使は被控訴人に対する関係で権利の濫用に当たり許されないから、被控訴人の請求に理由があるとの結論に変わりはない。

二  争点(2)(本件強制執行による控訴人の収去請求権の行使が被控訴人に対する関係で権利の濫用に当たるか。)について

当裁判所も、本件強制執行による控訴人の収去請求権の行使は、被控訴人に対する関係で権利の濫用に当たり、許されないものと判断する。

その理由は、次の(1)~(3)のように付加訂正するほかは、原判決「事実及び理由」中の第三の二の説示のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決一〇頁二三行目から一三頁二五行目までを次のように改める。

「ア 本件強制執行により他の区分所有者が受ける影響

本件対象部分が除去され、切離し後の被控訴人建物が単体で存立することとなった場合には、倒壊の危険性が増大することは前示のとおりである。

また、前記認定のとおり、切離し後の被控訴人建物は、間口約三・五メートルに対し、奥行き約八・一メートルという細長い建物となり、外観上も極めて安定感を欠く構造物となり、居住者にとっては心理的な不安感を払拭することはできず、《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件強制執行により切離し後の被控訴人建物について倒壊する危険が生ずることを懸念し、被控訴人が依頼している不動産仲介業者も、被控訴人に対し、切離し後の被控訴人建物について安全が確保されないことを理由として、新たな賃借人を紹介することはできない旨通告していることが認められる。なお、《証拠省略》によれば、被控訴人のみならず、本件対象部分の東側の区分所有者らも、本件強制執行を行うことに懸念を表明していることが認められる。

被控訴人の抱く不安、懸念は、上記のとおり、客観的にも裏付けられているものであって、本件強制執行による被控訴人区分建物の使用への影響も相当程度大きいものと認められる。」

(2)  一六頁一九・二〇行目の「本件収去部分の全部又は一部が共用部分であり、原告がその共有持分権を有するか否かはともかく」を「仮に、本件対象部分には被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれないとしても」に改める。

(3)  一六頁二二行目の次に改行の上次のように加える。

「 これに対し、控訴人は、控訴理由において、第三者異議権を認めるということは、国家が一度認めた債務名義に基づく強制執行を国家が禁止することであって、本件には禁反言の原則が適用されるはずであるから、執行行為を禁止するためには単なる当事者間の比較衡量では不十分であり、控訴人の収去請求権の行使が権利の濫用に当たるためには、それが被控訴人に対する嫌がらせに当たる場合など、執行の趣旨からかけ離れて執行制度を濫用している場合であることを要する旨主張する。しかし、本件強制執行は控訴人のAに対する債務名義に基づくものであるから、これが第三者(本件では被控訴人)の権利との関係で制限を受けることがあることは当然のことである。そもそも、被控訴人区分建物とA区分建物とは、前記認定のように、建物の全体の構造上躯体部分等を介して相互に依存した融合関係にあり、分離することが予定されていないものであるから、控訴人のAに対する債務名義も他の区分所有者との関係ではこの点で内在的な制約下にあるものというべきである。この点をも踏まえて本件をみるならば、控訴人による本件強制執行は、この内在的な制約を度外視して相互依存関係を断ち切り、被控訴人区分建物に受忍を求め得ない法益侵害の結果をもたらすおそれを生じさせるものであるから、上述のとおり、被控訴人との関係において権利濫用に当たるというべきである。控訴人の主張は独自の見解であり、これを採用することはできない。

その他、控訴人が控訴理由において種々主張する点は、いずれも、独自の見解に基づくものであるか、立証のない事実を前提とするものであって、採用することはできない。

なお、本件対象部分には被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれず、かつ、特定の執行行為を手段とする請求権の行使が権利の濫用に当たることを主張する第三者は、民事執行法三八条一項にいう「強制執行の目的物について所有権その他目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」には当たらないとの立場を採ったとしても、本件対象部分が除去され、切離し後の被控訴人建物が単体で存立することとなった場合には、同建物の倒壊の危険性が増大する本件においては、被控訴人は、被控訴人区分建物の所有権に基づく妨害予防請求として、本件強制執行による本件対象部分の除去の禁止を求めることができ、そのような立場にある被控訴人は、同項にいう「第三者」に当たるものというべきであるし(争点(2)に係る被控訴人の主張には、黙示的にせよ、同様の主張が包含されているものと解される。)、それをも否定したとしても、被控訴人の請求は、第三者異議の訴えによる強制執行の不許と選択的に、上記妨害予防請求として本件強制執行による本件対象部分の除去の禁止を求める趣旨を包含しているものと解され、その請求は認容されるべきものということができる(上記妨害予防請求の一態様として、本件の場合、本件強制執行の不許を求めることができるものと解される。)。したがって、いずれにしても被控訴人の請求に理由があるとの結論に変わりはない。」

三  結論

以上によると、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 西田隆裕)

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