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大阪高等裁判所 平成22年(ラ)1142号 決定 2011年2月16日

主文

1  原決定を取り消す。

2  抗告人の相手方に対する別紙追徴保全金目録<省略>記載の追徴保全額(8550万2521円)の執行を保全するため,別紙物件目録<省略>記載の相手方所有の不動産は仮に差し押さえる。

理由

第1事案の概要

1  本件は,大阪地方検察庁検察官がした追徴保全命令の執行命令に基づき,抗告人がその執行として,別紙物件目録<省略>記載の不動産の仮差押執行命令の発令を求めた事案であり,原審は,裁判所は追徴保全執行としての仮差押執行命令を発する余地はないとして申立てを却下した。

2  本件の前提事実及び申立ての理由は,原決定「理由」中の第2の1及び2(1頁22行目ないし2頁末行)記載のとおりであるので,それを引用する。

3  抗告の趣旨は,原決定を取り消して,追徴保全執行としての仮差押執行命令の発令を求めるというものである。抗告の理由は,抗告理由書のとおりであるので,これを引用する。

第2当裁判所の判断

1  本件申立ての適否

(1)  民事保全法は,民事保全の命令(保全命令)と民事保全の執行(保全執行)を区別し,前者は申立てにより裁判所が行い,後者は申立てにより,裁判所又は執行官が行う旨を定めている(民事保全法2条)。

このうち,前者は,被保全権利及び保全の必要性を審査し,債務名義たる保全命令を発令する手続であり,後者は,その保全命令に基づく具体的な執行に関する手続である。この構造は,仮差押えの登記をする方法による不動産に対する仮差押え(なお,以下で「不動産仮差押え」と略称する場合は,仮差押えの登記をする方法による不動産に対する仮差押えのみを指し,強制管理の方法による不動産仮差押え又は両者を併用する方法による不動産仮差押えは含まない。)でも異なるところはないと解される。すなわち,不動産仮差押えにおいては,保全命令裁判所と保全執行裁判所は同一であるものの,民事保全法が保全命令と保全執行を区別していることに照らせば,保全命令の申立てと保全執行の申立ては区別されるべきものと解するのが相当であり,民事保全法にもそれに反する規定はない。

なお,この点,民事保全規則31条ただし書きは,不動産仮差押えにおいては,申立書の記載事項等に関する民事執行規則21条の規定を準用しておらず,保全執行の申立書の提出を要求していないが,上記規定は,この場合は,保全命令裁判所と保全執行裁判所が同一であり,別に申立てがなくても保全命令裁判所が保全執行裁判所として保全執行を進めることができるため,改めて保全執行の申立てをすることを不要としたものであり,保全命令の申立ては,同命令の発令を停止条件とする保全執行の申立てを兼ねるものと扱うことを明らかにしたにすぎないと解するのが相当である。

(2)  組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織犯罪処罰法」という。)は,没収保全命令については,同命令の執行は検察官の指揮によってするものとし(24条1項),不動産の没収保全命令の執行にあっては,没収保全の登記を検察事務官が検察官の執行指揮の書面に基づいて登記嘱託する方法による旨を定める(27条3,4項)。他方,追徴保全命令については,検察官の命令によって執行するが,この命令は,民事保全法の規定による仮差押命令と同一の効力を有するものとし(44条1項),執行は,民事保全法その他仮差押えの執行の手続に関する法令の規定に従ってする旨を定める(44条3項)。

上記規定は,刑事裁判所による追徴保全命令は,[1]執行命令によって執行力を取得し,[2]民事保全の執行(保全執行)と同一の方法で執行をすることを明らかにしたものであり,民事保全の執行(保全執行)と同一の方法で執行をするとは,裁判所に民事保全法2条2項の保全執行の申立てをすることによって行うことを指すと解される。

(3)  不動産仮差押えにつき保全執行のみの申立てがあった場合,裁判所がいかなる手続きを進めるかは,民事保全法上明確とは言い難い。不動産仮差押えの保全執行に関する具体的規定は,保全命令を発した裁判所が管轄し,裁判所書記官が登記を嘱託する旨の規定(民事保全法47条2,3項)があるにすぎず,決定をもって行うような規定はないから,裁判所書記官に検察官の追徴保全執行命令を登記原因とする登記の嘱託のみを求めれば足りると解する余地があるようにもみえる。

しかし,この場合における民事保全法が定める保全執行の手続の主体は裁判所であって,裁判所書記官ではない。そして,裁判所書記官は,裁判官の命令に基づき,裁判所の事務や書類の作成,記録の保管を行うこととされているから(裁判所法60条),裁判官の命令もないまま,自らの判断で登記の嘱託をすると解することは相当ではない。また,検察官の追徴保全執行命令に基づいて裁判所書記官が嘱託を行うことは,没収保全に関しては検察事務官が検察官の執行指揮書に基づき登記嘱託をすることが定められていることと対比すると,これを許容する余地はない。

むしろ,民事保全法2条2項は,当事者に申立権を認めているのであるから,【判示事項1】組織犯罪処罰法及び民事保全法が予定している不動産仮差押えの追徴保全命令の執行は,検察官が発する追徴保全執行命令を債務名義として,管轄裁判所に保全執行の申立てをし,裁判所が申立てを相当と認める場合は,仮差押えをする旨を宣言する裁判(保全執行の開始決定ともいうべきもの。民事執行法45条1項参照)を行い,それに基づいて裁判所書記官が登記の嘱託をするという手続きが予定されていると解するのが相当である。

なお,抗告人は,「仮差押執行命令」たる命令の発令を求めているところ,一件記録によれば,抗告人は,名称はどうであれ,抗告人の保全執行の申立てに対応し,それを認めるかどうかを判断する裁判(及び認める場合はそれに基づく登記の嘱託)を求める趣旨と解されるから,当然,上記のような裁判も含む趣旨と解される。

2  本件執行抗告の適法性

民事保全法46条は,保全執行については民事執行法の執行抗告及び執行異議の規定を準用しているから,執行抗告ができる場合は特別の規定がある場合に限られ,その他の場合は,執行異議ができるにすぎない(民事執行法10条1項,11条1項)。

そして,不動産仮差押えの保全執行では,申立てを却下する裁判に対して,執行抗告ができる旨の規定はないので,本件執行抗告は不適法ではないかが問題となる。

そこで検討すると,民事保全法は,保全執行について民事執行法を準用し,不服申立ができる場合を限定しているものの,保全命令裁判所と保全執行裁判所を異にする場合は,保全執行の申立てに対する裁判について,原則として執行抗告を認めている。また,不動産仮差押えにおいては,執行抗告を認める規定はないが,この場合は,保全命令の申立てと保全命令の発令を停止条件とする保全執行の申立てが同時にされていると解されることは前記のとおりであり,保全命令にかかる裁判と保全執行にかかる裁判を分離することが予定されていないため,保全命令の申立却下に対する即時抗告を不服申立手段として保障すれば足りることから,保全執行申立てに関する裁判について執行抗告ができる旨の規定を設けなかったものと解される。なお,保全執行も債務名義たる保全命令の執行という点で,民事執行と異なる点はないところ,民事執行においても,執行申立てを却下する裁判においては,不服申立手段として執行抗告を認めているものである。

このように,保全執行,民事執行ともに,申立てを却下する裁判に対しては,不服申立手段として執行抗告を保障し,また,執行を取り消す決定に対しては,執行抗告を認めて債権者の権利の保護を図っている(民事執行法12条,民事保全法46条)。これらの規定に照らせば,本件の保全執行の申立てにおいて,申立てが却下された場合に不服申立手段が執行異議しか認められないと解することは,整合性を欠くといわざるを得ない。

むしろ,上記のとおり,不動産仮差押えにおいては,保全命令申立てと保全執行申立てが別々にされることは予定されていないため,不服申立てとして保全命令申立却下の裁判に対する即時抗告を認めれば足りるのであるが,【判示事項2】追徴保全にあっては,保全執行裁判所に対し,保全執行の申立てのみがされるのであるから,不動産競売の申立てを却下した場合における執行抗告の規定(民事執行法45条3項)を準用して,保全執行申立てを却下する裁判に対して執行抗告をすることが許されると解するのが相当である。

よって,本件執行抗告を不適法ということはできない。

3  結論

以上を総合すると,本件申立ては,組織犯罪処罰法及び民事保全法の趣旨に基づくものであり,本件執行抗告には理由がある。

そして,一件記録によれば,大阪地方検察庁検察官は,大阪地方裁判所が発した追徴保全命令に基づき,別紙物件目録記載の不動産を対象とした追徴保全命令執行命令を発したことが認められ,この命令は,保全執行の債務名義たる仮差押命令と同一の効力を有する(組織犯罪処罰法44条1項)から,裁判所は,執行障害事由がない限り,仮差押えをする旨宣言すべきところ,本件で執行障害事由の存在は窺われない。

第3結論

よって,主文のとおり決定する。

(裁判官 前坂光雄 裁判官 白井俊美 裁判官 前原栄智)

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