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大阪高等裁判所 平成22年(行コ)139号 判決 2011年6月03日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  (被控訴人和泉市長(以下「被控訴人市長」という。)につき)

(1)  (主位的請求)

被控訴人市長は,Aに対し,1億7855万1307円及びこれに対する平成20年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

(2)  (予備的請求)

被控訴人市長は,Aに対し,1297万8905円及びこれに対する平成21年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

3  (被控訴人和泉市病院事業管理者(以下「被控訴人管理者」という。)に対し),

被控訴人管理者は,Bに対し,2499万0368円及びこれに対する平成20年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要

1  本件は,平成19年度の特別報酬として平成19年6月及び12月に,①当時の和泉市長兼和泉市水道事業管理者であるAが,和泉市及び和泉市上下水道部に勤務する非常勤職員に特別報酬を支給したこと,②当時の和泉市病院事業管理者であるBが,市立病院に勤務する非常勤職員に対し特別報酬を支給したこと(以下,①②の特別報酬の支給を総称して「本件特別報酬」という。)が,いずれも地方自治法(平成20年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。以下「地自法」という。)204条の2に違反する違法な公金の支出に当たり,和泉市が当該支出相当額の損害を受けたとして,和泉市の住民である控訴人が,地自法242条の1第1項4号に基づき,①被控訴人市長に対し,Aに対する損害賠償請求又は不当利得返還請求を,②被控訴人管理者に対し,Bに対する損害賠償請求又は不当利得返還請求をそれぞれするよう求める住民訴訟である。

本件訴訟提起後,和泉市議会は,平成21年和泉市条例第5号(以下「本件改正条例」という。)を可決し,被控訴人らが非常勤職員の給料に適用されると主張する「和泉市職員の給与に関する条例」(昭和38年8月2日和泉市条例第16号。ただし,本件改正条例による改正前のもの。以下「旧給与条例」という。)を改正した(以下,改正後の条例を「新給与条例」という。)。新給与条例は,附則3項において,新給与条例施行日の前日(平成21年3月31日)までに非常勤職員に支給された給与(特別報酬その他給与の性格を有する一切の給与を含む。)は,すべて新給与条例の規定により支給された報酬及び費用弁償とみなすと定めている。これを受けて,控訴人は,被控訴人市長に対し,予備的請求をした。被控訴人らに対する各請求は,次のとおりである。

(1)  被控訴人市長に対する請求

ア 主位的請求

Aに対し,非常勤職員に対する平成19年度の特別報酬支給額相当額1億7855万1307円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成20年8月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をすることを求める。

イ 予備的請求

Aに対し,非常勤職員に対する特別報酬支給額に対する支給日から本件改正条例施行日までの遅延損害金の合計額1297万8905円及びこれに対する本件改正条例施行日の翌日である平成21年4月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をすることを求める。

(2)  被控訴人管理者に対する請求

Bに対し,非常勤職員に対する平成19年度の特別報酬支給額相当額2499万0368円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成20年8月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求をすることを求める。

原審は,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人は,原審の判断を不服として控訴した。

2  関係法令の定め及び前提となる事実は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2及び3(3頁12行目~15頁15行目)に記載のとおりである。

原判決10頁14行目から同11頁15行目までを次のとおり改める。

「(2) 本件特別報酬を支給された職員(以下総称して「本件職員ら」という。)

ア  内訳

① 市庁舎等の部署・出張所・図書館等に勤務する職員128名(以下「職員①」という。)

② 市立保育園に勤務するパート保育士51名(以下「職員②」という。)

③ 市立保育園に勤務する調理員18名(以下「職員③」という。)

④ 市立小中学校に勤務する給食調理員38名(以下「職員④」という。)

⑤ 上下水道部に勤務する職員2名(以下「職員⑤」という。)

⑥ 市立病院に勤務する事務職員・看護師・看護助手・薬剤師・社会福祉士・社会福祉主事の合計31名(平成19年12月支給時には29名)(以下「職員⑥」という。)

イ  勤務日数及び週間勤務時間

① 職員① 週4日(曜日は職務により異なる) 30時間

② 職員② 週6日(月曜日~土曜日) 24時間

③ 職員③ 週6日(月曜日~土曜日) 30時間

④ 職員④ 週5日(月曜日~金曜日) 30時間

⑤ 職員⑤ 週4日(曜日は職務により異なる) 30時間

⑥ 職員⑥

看護師 週5日(交代制) 32時間

看護助手・薬剤師・社会福祉士・社会福祉主事 週5日(交代制) 30時間」

3  本件の争点及び争点に関する双方当事者の主張

(争点)

(1) 本件特別報酬の支給は給与条例主義に違反するか。

(2) 本件特別報酬の支給は地自法204条2項に違反するか(当審における主張)。

(3) 新給与条例の遡及適用によって,職員①~④に対する本件特別報酬の支給の瑕疵が治癒したか。

(4) 地方公営企業の管理者に対し地自法243条の2第1項の適用があるか。

(5) A及びBは,本件特別報酬の支給を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,阻止しなかったことにつき,故意又は過失があるか。

(6) 本件特別報酬の支給により,和泉市に損害が発生したか。

(争点に関する双方当事者の主張)

(1) 争点(1)(給与条例主義に違反するか。)について

(控訴人の主張)

ア 本件職員らは,いずれも地公法3条3項3号の特別職(臨時又は非常勤の顧問,参与,調査員,嘱託員及びこれらの者に準ずる者)に当たり,その給与については,「特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例」(昭和31年11月1日和泉市条例22号。以下「特別職報酬条例」という。)が適用される。その理由は,原判決第2の5(1)【原告の主張】ア,イ(16頁3行目~17頁末行)のとおりである。ただし,原判決16頁20行目の「同法3項3頁3号」を「同法3条3項3号」に改める。

イ 本件特別報酬の支給は,①特別職報酬条例に反するのみならず,②給与条例主義にも反する。その理由は,次のとおり当審における控訴人の主張を附加するほかは,原判決第2の5(1)【原告の主張】ウ(18頁初行~19頁11行),同(2)及び(3)【原告の主張】(24頁5行目~22行目,26頁末行~27頁15行目)のとおりである。

(当審における控訴人の主張)

ア 特別職報酬条例違反

特別職報酬条例3条は,被控訴人らにおいて本件職員らの給料に適用されると主張する旧給与条例12条1項とほぼ同様であるが,旧給与条例については,以下の問題がある。すなわち,

旧給与条例は,報酬について基本的な事項の定めがなく,それらをすべて要綱や基準に委任している点で給与条例主義に反する。また,旧給与条例は,同12条1項において,非常勤職員(再任用短時間職員を除く。)の給与は日額又は月額とし,同条2項において,他に別段の定めがない限り,それ以外の給与の支給は一切できないと定めるのみで,特別報酬の支給に関する定めはない。

よって,本件特別報酬の支給は,旧給与条例12条及びこれと同内容の特別職報酬条例3条に違反する。

イ 地自法203条2項違反

地自法203条2項本文が,非常勤職員に対する報酬を勤務日数に応じて支給すると定めた趣旨は,非常勤職員の報酬が生活給としての要素を含まないこと等を反映している。同項ただし書も,沿革上,非常勤職員に対する生活給の支給を容認する趣旨で付加されたものではない。このため,本件特別報酬のように,非常勤職員に生活給としての特別報酬を支給することは,仮に条例で定めたとしても,地自法203条2項本文の趣旨に反して許されない。

(被控訴人らの主張)

本件職員らは,いずれも一般職(地公法4条)であるから,地公法及びその特例である企業法の適用を受け,本件特別報酬の支給は,いずれも給与条例主義に違背しない。その理由は,原判決第2の5(1)~(3)【被告らの主張】(19頁12行目~24頁3行目,24頁23行目~26頁24行目,27頁16行目~29頁12行目)のとおりである。

(2) 争点(2)(地自法204条2項に違反するか。)について(当審における主張)

(控訴人の主張)

本件職員らは,勤務時間が,常勤職員の勤務時間の4分の3に満たない週30時間以下であるから,いずれも非常勤職員(地自法203条の2第1項)に当たる。常勤と評価されない職員に対する一時金の支給は,地自法204条2項の要件を満たさず,違法である(最高裁判所平成22年9月10日第二小法廷判決・民集64巻6号1515頁(以下「平成22年最判」という。)参照)。よって,本件特別報酬の支給は,非常勤職員への手当の支給を禁じた地自法204条2項に違反する。

(被控訴人らの主張)

職員①⑤⑥の勤務時間は,いずれも30時間であり,和泉市の常勤の職員の1週間当たりの勤務時間(38時間45分)の4分の3(29.06時間)を超える。よって,これらの職員は,常勤職員(地自法204条)である。

(3) 争点(3)(新給与条例の遡及適用により,支給の瑕疵は治癒したか。)について

(被控訴人らの主張)

仮に本件特別報酬の支給が違法であったとしても,職員①~④に対する本件特別報酬の支給は,新給与条例の制定によって,過去に遡って適法となった。その理由は,次のとおり,当審における被控訴人らの主張を附加するほかは,原判決第2の5(4)【被告らの主張】(29頁15行目~31頁16行目)のとおりである。

(当審における被控訴人らの主張)

ア 新給与条例は,改正附則3項によって過去に遡って適用され,改正前に支給された給与は,新給与条例により支給したものとみなされる。これは,本件が争われ,他市でも同種事案が争われる中で,和泉市議会が,非常勤職員に対する給与の支給行為を是認し,過去に遡って支給根拠を与え,従前の給与支給を適法なものとするために定めた。このような条例改正も,地自法204条の2,地公法24条6項等が,公務員の給与については地方議会の判断に委ねていることから問題がなく,最高裁判所平成5年5月27日第一小法廷判決(裁判集民事169号87頁)に照らしても,適法かつ有効なものと認められる。

イ 新給与条例12条から12条の6まで(以下「新給与条例12条以下」という。)も適法である。すなわち,

①新給与条例12条は,非常勤職員に対し月額報酬のみを支給すると規定しており,現行の地方自治法203条の2第1項,第2項但書に適合する。②新給与条例は,給与の種類,額,支給方法等,地公法25条3項が条例事項として求める事柄をほぼ条例上に規定しており,国家公務員の「一般職の給与等に関する法律」と比較しても,同程度かそれよりも具体的な程度に,条例上に具体的な規定を設けている。職員①~④のような非常勤職員は,常勤職員を中核とする人的体制を補完して,そのときどきの行政需要に対応するものであり,財政事情等の影響も受けることから,その職種や職務,勤務条件等は多様となるが,その逐一を想定して,給与表の適用号給や給与の調整について条例上に規定しておくのは現実的ではない。新給与条例には十分に具体的な規定がされている。

(控訴人の主張)

新給与条例の制定によって,職員①~④に対する本件特別報酬の支給が過去に遡って適法となることはない。その理由は,次のとおり,当審における控訴人の主張を附加するほかは,原判決第2の5(4)【原告の主張】(31頁17行目~34頁1行目)のとおりである。

(当審における控訴人の主張)

ア 遡及適用による瑕疵の治癒について

遡及適用の実質的根拠は,行政理論による瑕疵の治癒ないし違法行為の転換の法理にある。瑕疵の治癒とは,処分時に瑕疵を有していた行政行為が,その後の事情変化により欠けていた適法要件を具備するに至った場合や,その瑕疵が軽微化した場合に,これを有効適切なものとして取り扱う理論をいう。

本件特別報酬の支給には,処分時,①地自法上手当を支給できない非常勤職員に手当を支給した,②条例上の根拠がない手当を支給したという2つの瑕疵があった。しかし,条例によって,法令上なし得ない行為につき,なし得る根拠を与えることは不可能であるから,新給与条例によって,瑕疵①についての適法要件を具備するに至ったとはいえない。しかも,新給与条例には,手当を支給できる旨の定めもないから,瑕疵②についても,その後の事情変化により欠けていた適法要件を具備するに至ったとはいえない。よって,遡及適用により瑕疵が治癒することはない。

イ 新給与条例は,その内容それ自体や議決の経緯等に照らし,給与条例主義に反しており,無効である。

(ア) 新給与条例は,一般非常勤職員と市等退職非常勤職員に適用される2種類の俸給表を定めるのみで,非常勤職員の職種別に適用される号給及びその号給に対応する報酬に乗じる率はすべて規則に委任している。このため,本件職員に支給される報酬の具体的な額もその上限額も特定できず,基本的事項が条例において定まっていない。

(イ) 新給与条例の報酬は,従前の報酬に本件特別報酬及び退職金の支出のための掛金である特退共の掛金を加えて設定されている。これは,非常勤職員には支給できない特別報酬の支給及び退職金の前払いである特退共の掛金の支出の違法性を避けるため,それに相当する金額を報酬に加算する脱法行為であり,公序良俗に反し無効である。

(ウ) 新給与条例の報酬は,旧給与条例の報酬に比べて30%以上高い水準にある。平成9年から10年以上据え置かれていた非常勤職員の報酬を一気に30%以上増額する必要性や社会的要請はなく,報酬の絶対レベルからみても社会通念上高すぎる。このような理由のない増額は,地方財政法4条1項,地自法2条14項に違反する。

(エ) 本件改正条例の提案時は,報酬を定めた規則の提示はなかった。和泉市議会は,このような多額の報酬が増額されることを知らされないで議決した。このような経過の中で行われた議会の議決により,瑕疵は治癒しない。

(4) 争点(4)(管理者に対する地自法243条の2第1項の適用の有無)について

双方当事者の主張は,原判決第2の5(5)(34頁2行目~35頁5行目)に記載のとおりである。

(5) 争点(5)(A及びBの故意又は過失の有無)について

(控訴人の主張)

A及びBは,補助職員が専決により財務会計上の違法行為である本件特別報酬の支給を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを阻止しなかった。この点については,次のとおり当審における控訴人の主張を附加し,原判決38頁2行目の「指摘していた」を「指摘されていた」に改めるほかは,原判決第2の5(7)【原告の主張】(37頁7行目~38頁21行目)に記載のとおりである。

(当審における控訴人の主張)

ア 旧給与条例12条の文言からは,非常勤職員に対し,日額でも月額でもない特別報酬の支給ができないことは明白である。したがって,A及びBには,違法であると容易に判断できた。

イ 平成18年第4回定例会の一般質問で,C議員が,①群馬県α町の臨時職員への期末手当に関する訴訟,②熊本県β町の割増報奨金に関する訴訟,③京都府八幡市の非常勤嘱託員への期末勤勉手当に関する訴訟を挙げて,非常勤職員への特別報酬の支給は違法ではないかと質問した。これらの裁判例を精査すれば,本件特別報酬が違法か少なくともその疑いがあることは容易に判断できる。市長としては,このような指摘を受けた以上,職責上,地自法等を調査するとともに,本件特別報酬に問題がないか職員に精査を命じることが最低限必要であり,そのような調査を行わないで漫然と違法な特別報酬を支給したことは重大な職務違反であって,故意又は重大な過失があり,少なくとも過失は免れない。

(被控訴人らの主張)

A及びBが本件特別報酬の支給を阻止しなかったことに過失はない。次のとおり当審における主張を附加するほかは,原判決第2の5(7)【被告らの主張】(38頁22行目~39頁15行目)に記載のとおりである。

(当審における被控訴人らの主張)

平成22年最判及びその補足意見は,同判決までは,常勤職員か非常勤かの判断基準や,それらの給与に関し条例でどこまで定めるなどの取扱いについて,確たる最高裁判例等もなかったことなどから,市長その他の給与支給権限者に対し過失責任を問うことはできないことなどを明確に示し,平成22年最判をふまえて関係条例の改正等をするよう指導している。

このような観点からしても,職員①②に対する給与支給の問題について,和泉市長であったAに対し過失責任を問うことはできない。

(6) 争点(6)(本件特別報酬の支給により,和泉市に損害が発生したか。)について

双方当事者の主張は,原判決第2の5(6)(35頁6行目~37頁5行目)に記載のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(給与条例主義に違反するか。)について

(1)  当裁判所も,原判決と同じく,本件特別報酬の支給は,職員①~④については給与条例主義に反し違法であり,職員⑤⑥については違法といえないと判断する。すなわち,

ア 本件職員らはいずれも一般職に該当し,特別職報酬条例の適用はない。

イ 職員①②に対する本件特別報酬の支給は,日額又は月額による支給を定める旧給与条例12条に違反するほか,地自法203条2項に違反し,給与条例主義にも違反する。

ウ 職員③④に対する本件特別報酬の支給は,地公法57条,地方公営企業等の労働関係に関する法律附則5項及び企業法38条4項に違反する,

エ 職員⑤⑥に対する本件特別報酬の支給のうち,非常勤企業職員ら(看護助手,薬剤師,社会福祉士及び社会福祉主事)に対する支給は,条例に定められた給与の種類及び基準に従って支給されたものであるから,企業法38条4項に違反するとはいえず,常勤企業職員ら(事務職員及び看護師)の給与については,企業職員条例12条が適用されるところ,同条例が期末手当及び勤勉手当の支給を認めていることから違法であったとはいえない。

そして,その理由は,(2)において原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1から4まで(39頁17行目~52頁13行目)に説示のとおりである。

(2)  原判決45頁20行目の末尾に改行のうえ,次のとおり加える。

「ウ 地自法は,常勤の職員であると非常勤の職員であるとを問わず,その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定する(同法203条5項,204条3項)。これは,職員の給与の額及び支給方法を,議会が制定する条例によって,定めることにより,地方公務員の給与に対する民主的統制を図るとともに,地方公務員の給与を条例によって保障する趣旨に出たものと解される。同法の上記規定の趣旨,特に議会による民主的統制の要請に照らすと,職員の給与の額及び支給方法を条例で定めるべきであり,これをしないことは許されない。また,条例において,一定の細則的事項を規則等に委任することに止まる限りは格別,職員の給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項を規則等に委任することは許されない。そして,非常勤の職員であっても,当該職員が従事する職が当該普通地方公共団体の常設的な事務に係るものである限り,その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的事項が条例において定められるべきである(平成22年最判参照)。

原判決を引用の上,説示した前記第2の2によれば,職員①②が従事する職は,和泉市の常設的な事務に係る職であったことが認められ,その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的事項が条例において定められている必要があった。しかし,旧給与条例は,12条1項において,非常勤職員の給与の額は,予算の範囲内において職員の給与との均衡を考慮して任命権者が定める旨規定するのみであり,その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的事項が条例において定められていない。この意味でも,職員①②に対する本件特別報酬の支給は,給与条例主義に違反し違法である。」

(3)  原判決48頁23行目の後を改行し,次のとおり加える。

「エ また,旧給与条例12条1項は,その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的条項が条例において定められていない。この意味でも,職員③④に対する本件特別報酬の支給は,給与条例主義に違反し違法である。」

2  争点(2) (地自法204条2項に違反するか(当審における主張)。)について

(1)  本件職員のうち,職員⑤⑥は企業職員であり,条例で給与の種類と基準が決まっていれば,非常勤職員に対し手当を支給することも可能である(企業法38条1項,4項)。前記1(1)のとおり,職員⑤⑥に対する本件特別報酬は,条例に定められた給与の種類及び基準に従って支給されたものとして適法であり,それ以上に地自法204条2項の問題が生じることはない。

よって,以下,職員①~④に対する本件特別報酬の支給が,地自法204条2項に違反するかどうかについて検討する。

(2)  地自法203条1項,3項及び4項,204条1項及び2項,並びに204条の2の各規定によれば,非常勤の職員として任用されている職員に対する手当の支給が同法204条2項に基づく手当の支給として適法であるというためには,当該非常勤の職員の勤務に要する時間に照らして,その勤務が通常の勤務形態の常勤の職員に準ずるものとして常勤と評価し得る程度のものであることが必要であり,かつ,支給される当該手当の性質からみて,当該非常勤の職員の職務の内容及びその勤務を継続する期間等の諸事情にかんがみ,その支給の決定が合理的な裁量の範囲内といえることを要するものと解するのが通常である(平成22年最判)。

(3)  和泉市職員の勤務時間等に関する条例2条1項は,常勤職員の勤務時間は,休憩時間を除き,4週間を超えない期間につき1週当たり40時間を超えない範囲で定めると規定している(乙32)。これは,国家公務員において,常勤職員の1週間当たりの勤務時間が40時間であること(一般職の職員の勤務時間,休暇等に関する法律5条1項)をふまえて,常勤の職員については,1週間当たりの基本的な勤務時間を40時間と定めたものと解される。もっとも,和泉市職員の勤務時間等に関する規則(乙1)では,和泉市の常勤の職員の勤務時間は,1週間につき38時間45分と定められている。しかし,総務省自治行政局公務員部公務員課長が,平成19年12月26日付け「勤務時間,休暇等の適正化について(通知)」(甲11の2)において,各都道府県総務部長に対し,同年4月1日現在216市町村で地方公共団体の常勤職員の勤務時間が週40時間を下回っていることを指摘し,速やかに週40時間とするよう指導していることによれば,平成19年当時,常勤の職員の勤務時間は,基本的には週40時間が基準となるものと解されていたとみるのが相当である。

これに対し,①和泉市非常勤職員の任用に関する要綱(甲4)第3条及び②和泉市学校給食非常勤嘱託調理員の任用に関する要綱(甲19)第3条は,いずれも非常勤職員の勤務時間を1週当たり30時間を超えないものと定めている。これは,人事院規則15-15第2条が,国家公務員について非常勤職員の勤務時間は常勤の職員の4分の3を超えない範囲において各省庁の長が定める旨規定していることをふまえて,非常勤の職員の勤務時間が常勤と評価を受けないように,上記常勤の職員の1週当たりの勤務時間40時間の4分の3を超えない範囲とする旨定めたものと解するのが相当である。

職員①~④の職員の勤務時間は,前記第2の2のとおり,いずれも週30時間以下であり,常勤の職員の基本的な勤務時間の4分の3を超えない範囲にとどめられている。したがって,その勤務に要する時間に照らして,その勤務が通常の勤務形態の常勤の職員に準ずるものとして常勤と評価できる程度にはあたらない。したがって,職員①~④に対する手当の支給は,地自法204条2項に違反する。

(4)  職員①~④に対する本件特別報酬は,特定の基準日に在籍する和泉市の非常勤の職員及び学校給食非常勤嘱託調理員に対し,毎月支給する月額報酬とは別に,夏季及び年末特別報酬の名目で,月額報酬額に支給率,在職期間率,勤務率を掛け合わせた額を支給するものである(甲6,乙8)。上記算定方法によれば,本件特別報酬は期末手当と同等のものと評価され,常勤の職員に当たらない職員に対する一時金の支給として,地自法204条2項の要件を満たさず,違法というべきである。

3  争点(3)(新給与条例の遡及適用により,瑕疵は治癒したか。)について

(1)  被控訴人らは,新給与条例が遡及的に適用されることにより,職員①~④に対する本件特別報酬の支給の瑕疵は治癒されたと主張する。

改正附則3項及び4項の文言(前記第2の2で引用した原判決第2の2(5)エ)からすれば,新給与条例は,既に行われた本件特別報酬の支給のうち違法となる部分を新給与条例によって定められた月額報酬とみなすことによってその支給を是認し,これを遡って適法なものとする趣旨で定められたものである。

給与条例主義の趣旨は,給与の支給要件,額及びその支給方法の決定を議会が制定する条例に委ねることにより,地方公務員の給与に対する民主的統制を図り民主主義的な基礎を与えるとともに,普通地方公共団体の職員に対して法定の種類の給与を権利として保障するものと解される。上記趣旨によれば,普通地方公共団体の職員に対し条例に基づかない給与その他の給付の支給が行われた場合において,議会がその後に条例で支給の根拠となる規定を設けるとともに,既に行われた支給について当該根拠規定に基づいて支給されたとみなすと定めることによりこれを遡って適法なものとすることは,事後的ではあるが,民主的統制の要請を一応満たすものといえる。そうすると,条例上の根拠がない給与その他の給付を支給したという給与条例主義違反の瑕疵については,新条例の遡及適用により治癒される余地があるといえる。

(2)  しかしながら,職員①~④に対する本件特別報酬の支給には,①旧給与条例12条に違反して,日額又は月額で定めることのできない給付を支給した(前記1(1)),②旧給与条例上,給与の額等又はその上限等の基本的事項が定められていなかった(前記1(2))という,給与条例主義に違反した,③地自法上は期末手当等を支給することができない非常勤の職員(地自法204条1項の常勤の職員に該当しない職員)に対し,夏季及び年末特別報酬の名目で,毎年2回期末手当を支給した(前記2)という,地自法204条2項違反の瑕疵があったことが認められる。地方議会が定めた条例によっては,事後的に法律上の根拠を追完することはできないから,前記①②の給与条例主義違反の瑕疵についてはさておき,少なくとも前記③の地自法違反の瑕疵については,それが議会が制定する新条例に基づくものであっても,遡って適法なものとすることはできないというべきである。

被控訴人らは,最高裁判所平成5年5月27日第一小法廷判決(裁判集民事169号87頁)を引用し,新給与条例の遡及適用は,上記裁判例に照らして適法かつ有効であると主張する。しかし,上記裁判例は,町長が,過去に行った給与条例主義違反の行為について,町議会が,改正条例の制定によって,過去に遡って同一の目的で給与の調整措置を採る権限を町長に付与するとともに,改正前の規定に基づいて支給された給与を改正後の規定による給与の内払いとみなすことにより,町長のした行為を是認し,これを遡って適法なものと判示したものである。法令違反の行為について,条例によって事後的に法的根拠を与えようとする本件とは事案を異にしている。したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。

(3)  以上によれば,その余について判断するまでもなく,新給与条例の成立によって,職員①~④に対する本件特別報酬の支給の瑕疵が治癒されたとはいえない。

4  争点(4)(管理者に対する地自法243条の2第1項の適用の有無)について

前記1のとおり,職員⑤⑥に対する本件特別報酬の支給は適法であるから,この争点については,判断をしない。

5  争点(5)(Aの故意又は過失の有無)について

(1)  まず,地自法204条2項に規定する同条1項の常勤の職員に該当しない非常勤職員に対し期末手当に該当する本件特別報酬を支給した点について,Aの故意又は過失があったかを検討する。

①国家公務員については,人事院規則15-15が非常勤の職員の勤務時間を定めるが,地方公務員については,地自法及び地方公務員法その他の法令において,常勤の職員と非常勤の職員とを区別する一般的基準や手当の支給の可否に関する基準は設けられていない。②平成19年当時,常勤の職員と非常勤の職員とを区別する基準や,その他非常勤の職員として任用されている者に対する手当の支給が同法204条2項に基づく手当の支給として適法となるための要件を明らかにする行政実例や裁判例があったことはうかがわれない。控訴人が挙げる裁判例(甲59の1,2,甲60の1,2,甲61の1,2)も,常勤の職員と非常勤の職員の区別の基準や手当支給の可否に関する判断を示したものとは解されず,これらについて,前記2(1)に係る解釈を採るべきであるということが実務において一般の認識となっていたともいえない。③職員①~④の勤務時間は,常勤の職員の基本的な勤務時間の4分の3に近接しており,常勤の職員の実働時間の4分の3を超える例も少なくなかった。

以上の各事情に照らすと,当時の市長であるAにおいて,職員①~④に対し本件特別報酬を支給するに際し,その違法性について疑義があるとして調査をしなかったことが市長として法令による適正な執行を遵守すべき注意義務に違反するとまではいえず,また本件特別報酬の支給が地自法204条2項の要件を満たすものでないことを容易に知り得たとは言い難い。

(2)  次に,本件特別報酬の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項について条例に定めのないまま本件特別報酬を支給した点について,Aの故意又は過失を検討する。

①非常勤職員についても,給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項は条例で定めるべきであるが,いかなる項目・内容をどの程度具体的に定めなければならないかは法令上一義的に明らかではない。②旧自治省は,非常勤職員の給与に関する条例の準則として,「一般職の職員の給与に関する条例(市の事例)」(乙13)及び「企業職員の報酬及び費用弁償に関する条例(案)」(乙4)を示しており,和泉市の条例はこれに準拠している。③大阪府及び大阪府下の市(計34団体)には,報酬限度額を決め,報酬具体額の決定を任命権者に委任していたものが19団体あるが,和泉市と同じく,報酬具体額の決定について,全面的に任命権者に委任していた例も10団体あった(甲49,乙22,乙23の1~31)。

以上の各事情に照らすと,当時の市長であるAにおいて,地自法上の上記規定との関係で,本件特別報酬の支給の適法性に疑義があるとして調査をしなかったことが適正な法による執行を遵守すべき注意義務に違反するとまではいえず,これを支給することが同法の上記規定に反することを容易に知り得たとはいい難い。

(3)  本件特別報酬の支給に関しては,Aの権限に属する財務会計上の行為を,補助職員が専決により処理している。上記(1)(2)でみたところによれば,Aにおいて,補助職員が専決により財務会計上の違法行為である本件特別報酬の支給をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを阻止しなかったとまではいえない。

6  まとめ

以上説示したところによれば,職員①~④に対する本件特別報酬の支給は,給与条例主義及び地自法204条2項に反し違法であるが,支給に当たり,Aにおいてこの点について故意が認められず,また,市長として尽くすべき注意義務を怠った過失があったとは認められない。職員⑤⑥に対する本件特別報酬の支給については,このことが違法であったとは認められない。よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。

第4結論

以上の次第で,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 塚本伊平 裁判官 阿多麻子)

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