大阪高等裁判所 平成22年(行コ)142号 判決 2011年2月18日
控訴人(被告)
地方公務員災害補償基金
同代表者理事長
A
処分行政庁
地方公務員災害補償基金奈良県支部長 B
控訴人訴訟代理人弁護士
山田陽彦
被控訴人(原告)
X1
被控訴人(原告)
X2
上記両名訴訟代理人弁護士
松丸正
同
波多野進
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴人の控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要(略称は,特記しない限り,原判決の用法による。)
1 要旨
(1) 本件は,a病院(以下「本件病院」という。)に臨床研修医として勤務中の平成16年1月8日に心室細動を発症して(以下「本件災害」という。)翌日死亡したC(以下「C」という。)の両親である被控訴人らが,控訴人の支部長において平成19年7月6日付けで地方公務員災害補償法(以下「法」という。)に基づき行った被控訴人らに対する遺族補償一時金(法25条1項6号ロ)の支給決定及び被控訴人X1(以下「被控訴人X1」という。)に対する葬祭補償(同項7号)の支給決定(以下両者を「本件各支給決定」という。)について,同決定には支給額の基礎となる平均給与額の算定に当たって考慮されるべき未払の時間外勤務手当,休日勤務手当,夜間勤務手当(以下「未払手当」という。)が算入されていない違法があると主張して,控訴人に対し,本件各支給決定の取消しを求めた事案である。なお,本件各支給決定に係る遺族補償一時金の額は被控訴人ら各自についてそれぞれ417万9500円であり,葬祭補償の額は被控訴人X1について56万5770円であった。
(2) 原審裁判所は,本件各支給決定には考慮すべき時間外労働を考慮しなかった違法があるとして,被控訴人らの各請求をいずれも認容した。
(3) そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起し,被控訴人らの各請求をいずれも棄却するよう求めた。
2 「法の定め等」,「前提事実」,「争点及び争点についての当事者の主張」
次の(1)~(4)のように訂正するとともに,後記第3の2において当裁判所の判断を示す当審における控訴人の主張のほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2~4のとおりであるから,これを引用する。
(1) 3頁18・19行目の「地方公務員災害補償基金業務規定(以下「規定」という。)」を「地方公務員災害補償基金業務規程(証拠<省略>。以下「規程」という。)」に改めるとともに,原判決中の上記略称表記(「規定」)をすべて「規程」に改める。
(2) 3頁20行目の「所属部局の長」を「死亡した職員の所属部局の長」に改める。
(3) 4頁8行目の「平成19年1月16日付け」を「平成18年12月25日付け」に改める。
(4) 5頁13行目,14行目及び15行目の「支払われた金額」を「支払われた給与」に改める。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件各支給決定は,支給額の基礎となる平均給与額の算定に当たって考慮されるべき未払手当が算入されておらず,その支給額には誤りがあるから違法であり,取消しを免れないものと判断する。
その理由は,次の(1)~(6)のように削除訂正するとともに,後記2のように当審における控訴人の主張に対する判断を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の第3の1,2の説示のとおりであるから,これを引用する。
(1) 10頁6行目の「本件病院においては」を「本件病院においては,臨床研修医について」に改める。
(2) 12頁18行目の「看護師」を「看護師長」に改める。
(3) 16頁11行目から20行目までを削る。
(4) 16頁21行目の「ウ」を「イ」に改める。
(5) 18頁19行目の「勤務時間」を「時間外勤務手当,休日勤務手当又は夜間勤務手当の支給対象となる勤務時間」に改める。
(6) 20頁15~17行目を次のように改める。
「(4) 以上のとおり,宿日直勤務を除く在院時間中には,時間外勤務手当,休日勤務手当又は夜間勤務手当の支給対象となる勤務時間が含まれるにもかかわらず,本件各支給決定においては,Cの平均給与額の算定に当たりこれを考慮しなかったものである。したがって,Cの宿日直勤務が断続的労働に当たるか(及び,当たらないとした場合にその宿日直に従事した時間が割増賃金の支給対象となるか)について判断するまでもなく,本件各支給決定は支給額を誤ったものとして違法であり,取消しを免れない。」
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は,①地方公務員災害補償制度が企業危険説による無過失補償責任という考え方に基づいた制度であること,②法2条4項所定の平均給与額が公務に内在する危険性が現実化したことにより被災職員等が被った損害を把握するために用いられること,③地方公務員の給与は,常勤・非常勤を問わず,条例に基づき任命権者である地方公共団体が支払う義務を負うものであり,控訴人には地方公務員の給与について何らの支払権限もないことに照らせば,平均給与額の算定基礎となる「(災害発生の日の)属する月の前月の末日から起算して過去三月間にその職員に対して支払われた給与」の額(以下「基礎給与額」という。)を確定させることができるのは,被災職員の任命権者である地方公共団体であって,控訴人ではないと解すべき旨を主張する。
しかし,控訴人が指摘するような地方公務員災害補償制度の基礎にある考え方や平均給与額という概念の機能は,補償額算定の前提となる基礎給与額を確定する者が被災職員の任命権者である地方公共団体であることを直ちに基礎付けるものではない。また,平均給与額,ひいては補償額算定の前提となる基礎給与額の確定は,被災職員に給与を支払うために行われるものではなく,法に基づき被災職員等に支払われるべき補償の額を確定するために行われるものであるから,被災職員の給与の支払義務者が地方公共団体であって控訴人にはその支払権限がないからといって,そのことにより基礎給与額の確定を地方公共団体が行うべきことが直ちに基礎付けられるものでもない。
そもそも,法24条1項は,補償事由が生じた場合に,控訴人が法の定めるところにより被災職員等に対し補債を行う旨を規定する一方,法は具体的補償額(支給額)について控訴人以外の者にその決定をゆだねる定めを置いていないから,同項は,控訴人が具体的補償額を決定することを当然の前提としているものと解すべきである。したがって,法は,控訴人がその補償額算定の基礎となる平均給与額ひいては基礎給与額を確定することを予定しているものというべきである。実質的にみても,法に基づく補償は,被災職員等の受けた損害(逸失利益)の補填を目的とするものであるから,補償の程度は災害による逸失利益の大きさに対応すべきものと考えられ,平均給与額が補償額算定の基礎とされているのも,そのような考え方に基づくものと解される。このような考え方からすれば,法2条4項にいう「支払われた給与」とは,被災職員に実際に支払われた給与を意味するものではなく,支払われるべき給与を意味するものというべきであり,控訴人も,その点は争っていない。そうすると,地方公共団体が給与支払の対象となる時間外労働などを適正に考慮して給与額を確定せず,給与を支払っていた場合に,基礎給与額の確定は地方公共団体によって行われるべきものとして,実際の支払額のみを基礎として算定された補償額による補償しか認めないことが不合理であることは明らかである。控訴人は,法60条1項により,補償の実施のため必要があると認めるときは,補償を受けようとする者やその他の関係人に対して報告をさせ,文書その他の物件を提出させ,出頭を命じるなどの調査権限を行使することができるのであって,そのような権限を適正に行使することにより基礎給与額を確定することができるのであるから,控訴人において基礎給与額を確定すべきものとすることが控訴人に不可能を強いるものであるとは考えられない。このような観点からみると,本件において,Cの基礎給与額の確定ができなかったことを認めるに足りる証拠もないというべきである。
なお,担当係長として本件各支給決定に関与したDの陳述書(証拠<省略>)中には,処分行政庁が得ている資料をもってしても,Cによる時間外勤務の具体的な時間数を判断することができなかった旨の記載がある。しかし,Cの時間外勤務の時間数を直接裏付ける証拠資料を得られなかったとしても,Cの在院時間,本件プログラムの内容,Cの同僚研修医による勤務の実態,同僚の供述等から認定し得る研修医一般の勤務の態様,上司・同僚の目からみたCの勤務の態様等を認定することはできたと考えられ,それらの認定事情を総合考慮して,合理的にCの時間外勤務の時間数を推認することも可能であったというべきである。上記陳述書によって控訴人においてCの基礎給与額の確定が不可能であったと認めることはできない。
以上のとおり,控訴人の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,採用することができない。
(2) 控訴人は,地方公務員災害補償制度上,規程20条2項や21条2項所定の職員の所属部局の長による証明は,原判決が説示するように,控訴人の内部的な手続上の事務ではなく,第一義的に災害補償の責任を有する任命権者(所属部局の長)の事務として規定されているものと解するのが相当であり,上記証明について内部的な手続上の事務であって控訴人の判断を拘束するような効力を持つものではないとした原審の判断は,規程が法12条1項を根拠とする法規命令であることを看過するものであって,法,地方自治法,地方公務員法等の法令の解釈を誤るものである旨を主張する。
しかし,規程20条2項や21条2項は,補償の支給を受けようとする者が,規程20条1項や21条1項に基づき平均給与額等を記載した請求書を提出して各補償の請求をするに当たり,平均給与額については被災職員の所属部局の長の証明を受けなければならない旨を定めるものであり,支給請求をする際に必要な手続を定める規定と解すべきである。これらの規定が,控訴人が補償を行うに当たって調査すべき内容を限定したり,基礎給与額の確定の最終決定権限を所属部局長,ひいては地方公共団体に付与し,その判断に控訴人が拘束されることまでを定めるものでないことは,その規定文言からも明らかである。上記各規定が所属部局の長の事務を定めるものとしての側面があり,また,法規命令としての性質を有するとしても,そのことが上記判断を左右するものではない。控訴人の上記主張は,独自の見解に基づくものであって,採用することはできない。
(3) その他,控訴人は,種々主張して,原判決の判断を非難するが,いずれも独自の見解に基づくものであって,採用することができない。
3 よって,被控訴人らの各請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 裁判官 西田隆裕)