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大阪高等裁判所 平成22年(行コ)168号 判決 2012年1月24日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

以下においては,原判決の略称の例によるほか,当審において次のとおりの略称を用いる(ただし,原判決を引用する場合には,当審における略称を用いないこととする。)。

本件検討委員会報告書   平成15年2月に設置された「将来交通量予測のあり方検討委員会」が平成16年3月にまとめた「長期交通量予測の課題と今後のあり方」と題する報告書(証拠<省略>)

本件計画交通量   本件事業認定時の計画交通量

平成15年全国交通需要推計  国土交通省が平成15年11月に出した全国将来交通需要推計(証拠<省略>)。

平成10年6月指針案  道路投資の評価に関する指針検討委員会が平成10年6月に作成した「道路投資の評価に関する指針(案)」(証拠<省略>)

平成10年6月費用便益分析マニュアル案  平成10年6月26日建設省道経発第14号道路局企画課長・都市局街路課長通達「客観的評価指標(案)及び費用便益分析マニュアル(案)について」(証拠<省略>)

昭和49年通達  昭和49年4月10日都市局長・道路局長通達「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準について」(証拠<省略>)

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  国土交通大臣が本件事業について平成18年8月11日付けでした本件事業認定を取り消す。

3  大阪府収用委員会が平成20年3月11日付けでX1に対してした本件土地等についての本件権利取得裁決及び本件明渡裁決(大収18第18号)を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の骨子及び訴訟の経緯

本件は,原審の甲・乙事件から成り,甲事件は,国土交通大臣が本件事業について平成18年8月11日付けで本件事業認定をしたところ,本件起業地内に本件土地を所有するX1が,被控訴人国に対し,本件事業認定は土地収用法20条2~4号の要件を満たしていないなどと主張してその取消しを求める事案であり,乙事件は,大阪府収用委員会がX1に対し,平成20年3月11日付けで本件土地等について本件権利取得裁決及び本件明渡裁決(本件収用裁決)をしたところ,X1らが,被控訴人府に対し,本件収用裁決は本件事業認定の違法性を承継しているなどと主張してその取消しを求める事案である。

原審は,乙事件について,社会福祉法人X2の訴えを却下し,X1の訴えのうち本件明渡裁決の取消しを求める部分を却下し,甲乙事件について,X1のその余の請求をいずれも棄却した。

そこで,控訴人らが原判決の取消しと控訴人らの請求の認容を求めて本件控訴をした。

2  法令の定め及び前提となる事実は,原判決「事実及び理由」中の第2の2,3に記載のとおりである。

3  争点は,原判決「事実及び理由」中の第3に記載のとおりである。

4  当事者の主張の要旨は,別紙「当審における当事者の主張の要旨」<省略>のとおり当審における主張を付加するほか,原判決別紙「当事者の主張の要旨」<省略>に記載のとおりである。

第3甲事件に関する当裁判所の判断

【判示事項1】当裁判所も,本件事業認定は適法であり,X1の本件事業認定の取消請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決「事実及び理由」中の第5に記載のとおりである。

(土地収用法20条3号の要件充足性について)

1  原判決13頁23行目の「その有する私的ないし公共的価値等」を「その土地が事業の用に供されることによって失われる私的な利益及び公共の利益等」と改める。

(二酸化窒素について)

2 原判決26頁23~24行目の「できない。」の次に次のとおり加える。

「X1は,二酸化窒素についての環境基準値である「1時間値の1日平均値が0.04ppm~0.06ppm」は,年平均値の0.02ppm~0.03ppmにおおむね相当するという理解の前提で定められたが(証拠<省略>),今やその相関関係は崩れており,上記環境基準値を達成しても,年平均値を達成できないことが判明しているとか,現在のWHOの二酸化窒素の指針値は,1日平均値が多くても0.04ppm前後である(証拠<省略>)旨主張する。しかし,同主張を前提としても,上記認定判断のとおり,現行の環境基準が不合理であるとはいえず,本件道路が供用開始されることにより,本件道路の周辺地域において,二酸化窒素による生活環境への重大な影響があるとか,生活環境の悪化による周辺住民の健康被害が予測されるとはいえない。」

3 原判決27頁1行目の「証拠<省略>」を「証拠<省略>」と改める。

(微小粒子状物質(PM2.5)について)

4 原判決28頁4行目の「微量粒子状物質」を「微小粒子状物質」と改め,同頁9行目の「確かに」から同14行目の「また,」までを次のとおり改める。

「 確かに,証拠<省略>によれば,次の事実が認められる。

前記認定の浮遊粒子状物質(SMP)についての環境基準である「大気汚染に係る環境基準について」(昭和48年5月8日環境庁告示第25号)は,粒径が10μm以下の粒子状物質(PM10)を指標とした基準であるところ,その後,米国を中心に,更に粒径の小さな2.5μm以下の粒子状物質(PM2.5)の健康被害に対する影響が報告され,米国は,平成9年に,PM10に加えて新たにPM2.5の環境基準を設定した。これを受けて環境庁(平成13年1月以降は環境省)は,平成11年度から「微小粒子状物質曝露影響調査研究」を開始した。

そして,本件事業認定後の平成18年9月に全米大気基準によるPM2.5の環境基準(年平均値が15μg/m3以下であり,かつ,1日平均値が35μg/m3以下)が発表され,平成19年9月9日,環境省は,上記同様の環境基準を告示した。また,平成19年6月から平成20年3月にかけて大阪府環境農林水産部環境管理室が本件道路周辺である門真市立c小学校グランド内(門真市<以下省略>)で行った大気質調査の調査を行ったが,その調査の各期間(平成19年6月,同年9月~10月,同年12月~平成20年1月,同年3月)中の平成19年12月,平成20年1月及び同年3月において,PM2.5について1日平均値の最高値が上記環境基準を超える数値が測定された(もっとも,上記各期間の各平均値は上記環境基準を超えてはいない。)。

しかし,」

5 原判決29頁4行目の「考慮すれば,」の次に「前記認定の環境省のPM2.5に対する取組及び本件事業認定後に告示したPM2.5の環境基準並びに門真市立c小学校グランド内におけるPM2.5の測定結果があるからといって,これによって直ちに」を加える。

6 原判決29頁16行目の「平成21年9月9日,」の次に「前記のとおり環境省によって」を加える。

7 原判決29頁23行目の「裁判例」を「本件事業認定前の裁判例(神戸地方裁判所平成12年1月31日判決・尼崎大気汚染公害訴訟)」と改める。

(光化学オキシダントについて)

8 原判決30頁4行目の「主張する。」の次に「そして,証拠<省略>によれば,光化学オキシダントについては,環境基準で1時間値が0.06ppm以下であることが求められており,大阪府環境保全目標で昼間の1時間値が0.06ppm以下という目標が定められているところ,平成17年度において門真市を含む大阪府全域で上記環境保全目標が達成されていないことが認められる。」を加える。

9 原判決30頁22行目の「認められない。」の次に「X1の当審における主張も上記判断を左右しない。」を加える。

10 原判決31頁8行目の「採用することができない。」の次に「X1の当審における主張も上記判断を左右しない。」を加える。

(騒音について)

11 原判決33頁7行目の「我が国の実情等」を「我が国の実情(欧米諸国と比較して狭隘な国土に高密度の人口集積がある我が国の国土条件,道路交通や地域の状況によっては屋外の騒音低減対策に物理的あるいは技術的な制約があること,現実に幹線道路近接空間において居住実態があること)等」と改める。

(本件土地の歴史的意義及び価値について)

12 原判決37頁24行目の「証拠はない。」の次に「後記認定のとおり,本件土地上には樹齢数百年の本件エノキがあり,本件エノキの根元付近に地蔵尊が置かれていること,平成20年門真市議会第2回定例会において,同市の職員が本件エノキと地蔵様がノガミ様として祀られてきたことを地域の伝承として聞いていると答弁したこと(証拠<省略>)も,後記「本件エノキについて」の項で判断するとおり,本件土地の歴史上ないし学術上の特別の価値が広く一般に承認されていることを認めるに足りない。」を加える。

(食育の場としての意義及び価値について)

13 原判決39頁14行目,同17行目の「側面」を,いずれも「社会的な側面」と改める。

14 原判決39頁25行目の「他方で」から同40頁3行目の「さらに,」までを,「確かに,証拠<省略>によれば,a保育園の周辺の門真市及び寝屋川市は,人口密度が高く,農地として利用できる土地は非常に少ない地域であることが認められ,a保育園で上記の活動をするための代替地を取得することは極めて困難であるといえるが,この点を考慮したとしても,」と改める。

(本件エノキの価値について)

15 原判決40頁17行目の「証拠<省略>」の次に「証拠<省略>」を,同18行目の「証拠<省略>」の次に「証拠<省略>」をそれぞれ加える。

16 原判決41頁23行目の「証拠もない。」の次に「なお,X1は,日光太郎杉事件についての東京高裁判決を引用し,本件エノキが法令上保護の対象とされていなかったとしても,特別の価値がないとはいえず,十分に考慮されるべき「失われる利益」である旨主張するが,上記判断に照らせば,本件エノキが,民俗文化財等として法令上保護されている他の民俗文化財等と同じ程度の価値を有するものと評価されているとはいえない。前掲証拠<省略>も上記判断を左右するに足りない。」を加える。

17 原判決41頁25行目の「国土交通省の通達」の次に「(証拠<省略>。道路緑化技術基準の「道路の新設及び改築にあたって,その予定地内に存する樹木,樹林等で道路緑化上有効なものは,なるべく原状で保存することが望ましい。」との規定),道路構造令(証拠<省略>。「道路を計画・設計する場合には,地域の状況を踏まえて,当該道路において重視すべき機能を明確にした上で,地域に適した道路構造を採用することが重要である。このため,道路構造に関する基準を全国画一的に運用するのではなく,地域の状況に応じて道路に求められる機能を勘案し,地域の裁量に基づき弾力的に運用すべきである。(60頁)」との規定等)のほか,」を加える。

18 原判決42頁6行目の「できない。」の次に「また,上記国土交通省の通達や道路構造令の規定の内容に照らしても,本件土地上に本件エノキを保存しないことが,上記国土交通省の通達や道路構造令に違反するということもできない。」を加える。

(本件計画交通量及び本件費用便益分析について)

19 原判決43頁5行目の「証拠<省略>」を「証拠<省略>」と改める。

20 原判決44頁1行目~同49頁19行目を,次のとおり改める。

「(イ) 本件計画交通量は,平成10年6月指針案(証拠<省略>)で示された交通需要推計の手法(具体的な手順は証拠<省略>)に基づき,① 平成11年道路交通センサス(証拠<省略>)における交通量等の調査結果,② 国勢調査をベースとした全国(近畿地方においては近畿臨海・近畿内陸)の将来人口の推計結果(国立社会保障人口問題研究所平成14年1月推計値(証拠<省略>),証拠<省略>),③ 将来の各地域(近畿地方においては近畿臨海・近畿内陸)の総生産(GRP)の推計結果(「構造改革と経済財政の中期展望」(平成14年1月25日閣議決定)の及び同参考資料(内閣府作成のもの。証拠<省略>),証拠<省略>),④ 乗用車については,上記①と②を基礎数値とし,貨物車については,上記①と③を基礎数値とした将来の自動車走行台キロ(将来交通需要)の推計結果(証拠<省略>)の数値を用いて,⑤ 将来の各地域に出入りする交通量(発生集中交通量)を推計し,⑥ 上記の各資料を基に,将来の各地域から各地域に移動する交通量(OD交通量。証拠<省略>)を推計し,⑦ 更に高速道路会社,府県,市町村等に対するヒアリング調査結果に基づき将来の道路整備状況(道路網)の想定結果等を検討した結果,平成15年度当時に予測された将来(道路交通センサス実施時点からおおむね20年後の平成32年)の道路上の交通量(配分交通量)を算出したものである。

本件計画交通量のうち,全線区間における自動車専用部の計画交通量は,最も多いところで7万3800台/日(門真~寝屋川南),最も少ないところで3万3100台/日(久御山ジャンクション~巨椋北)であり,全線平均値は5万9400台/日である。また,一般部の計画交通量は,一般国道307号から一般国道170号までの間で最も多いところで1万8800台/日(枚方富田林泉佐野線~天野川磐船線),一般国道170号から門真までの間で最も多いところで4万8100台/日(門真~深野南寺方大阪線)であり,全線平均値は2万2700台/日である(証拠<省略>)。

本件事業における自動車専用部及び一般部の車線数については,本件計画交通量を前提として,ピーク時交通量の方向特性及び大型車混合率をも考慮した時間単位の設計交通容量で除した値であるピーク時混雑度を推計した上,道路構造令5条3項による1車線当たりの設計基準交通量に基づき,自動車専用部(設計基準交通量1万1000台/日)では,その最も多い区間の計画交通量7万3800台/日を基に6車線(片側3車線)と,一般部のうち,一般国道307号から一般国道170号までの間(設計基準交通量9000台/日)では,その最も多い区間の計画交通量1万8800台/日を基に2車線(片側1車線)と,一般部のうち,一般国道170号から門真までの間(設計基準交通量1万1000台/日)では,その最も多い区間の計画交通量4万8100台/日を基に4車線(片側2車線)と計画された(証拠<省略>)。

なお,大阪府域における自動車専用部と一般部を合わせた計画交通量は,最も多いところで12万1900台/日(門真~深野南寺方大阪線),最も少ないところで7万3800台/日(天野川磐船線~国道168号)であり,全線平均値は8万2100台/日である(証拠<省略>)。

ちなみに,本件計画交通量は,本件事業認定の際に用いられたほか,平成15年度環境影響予測における予測条件としても利用されている。

(ウ) なお,本件事業の計画交通量には,本件事業認定申請に際して行われた平成15年度の推計に基づく本件計画交通量のほかに,本件事業の事業化の際に行われた昭和58年度の推計に基づくものがある。

昭和58年度に推計された計画交通量は,昭和55年度道路交通センサスのデータをもとに,昭和58年当時に予測された将来(道路交通センサス実施時点からおおむね20年後の平成12年)の人口推移及び経済状況の見通し等を用いて,将来交通量を推計した計画交通量である。そして,この計画交通量は,本件環境影響評価(平成2年3月環境影響評価書及び平成3年11月環境影響評価書),平成10年の事業変更許可及び後記の本件費用便益分析が行われた際の計画交通量である。

昭和58年度時点で推計された計画交通量は,自動車専用部の全線平均値が7万2000台/日,一般部の全線平均値が2万5000台/日であり,自動車専用部と一般部を合わせた全線平均値は9万7000台/日である。〔注・被控訴人原審21.3.16付第10準備書面〕

(エ) 本件事業は,国土交通省所管公共事業の再評価実施要領(平成13年7月策定)に基づき,事業再評価を実施する事業とされ,平成15年3月4日,近畿地方整備局事業評価監視委員会により事業再評価についての検討が行われた。この委員会では,近畿地方整備局から提出された資料に基づき検討がなされ,その結果,「早期の全線供用に向け整備を推進していく」という近畿地方整備局からの対応方針(案)が了承された。この検討結果を踏まえ,同月31日,再評価結果(本件費用便益分析)が国土交通省道路局長に対し報告され,国土交通省は,同日,本件事業の対応方針を事業継続として公表した。

本件費用便益分析は,平成10年6月指針案(証拠<省略>)で作成された平成10年6月費用便益分析マニュアル案(証拠<省略>)に基づき,評価時点における未供用部分(残区間)について行われたものであり,基準年を平成15年,供用年を平成20年,計画交通量を全線平均値9万7000台/日として,平成59年までの総費用(C)が6380億円(事業費6191億円,維持管理費184億円),総便益(B)が1兆3880億円(走行時間短縮便益1兆2581億円,走行費用減少便益1100億円,交通事故減少便益199億円)と算出し,その結果,費用便益比(B/C)は2.2となり,対応方針は「事業継続」とされた(証拠<省略>)。

なお,費用便益分析とは,実施する事業について,社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価することなどを企図するものであり,ある年次を基準年とした一定期間の便益額と費用額を算出し,その算出した各年次の便益及び費用の額に割引率を用いて現在価値に換算した上,事業実施に伴う便益の増分と費用の増分とを比較して分析,評価をする手法であり,道路整備事業に関する便益額については,道路整備が行われる場合と,道路整備が行われない場合のそれぞれについて,「走行時間短縮」,「走行経費減少」,「交通事故減少」の項目について算出するものである(証拠<省略>)。

イ X1の主張について

(ア) 本件計画交通量について

a 本件計画交通量についての判断方法について

土地収用法20条3号の要件充足性の判断においては,土地収用法上,その依拠すべき基準に関する規定はなく,都市計画の変更(都市計画法21条1項)に際して用いられる基礎調査(同法6条)のような規定もない。そして,計画交通量の推計については,その性質上,専門技術的な見地から判断されるものであり,行政庁の裁量にゆだねられているというべきである。しかし,本件計画交通量は,本件道路の構造,車線数の決定等についての本件事業計画に合理性があるかどうかを判断する重要な根拠(指標)のひとつであることは明らかであり,前記1(1)で判示したとおり,その算出方法や算出結果に看過し難い誤り等がある場合や明らかに合理性を欠く場合等,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認められる場合には,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして,特段の事情がない限り,本件事業計画の合理性の判断ひいては土地収用法20条3号の要件充足性の判断が違法となるものと解される。以下,以上の説示に沿って検討する。

b 道路交通需要予測をめぐる大きな変化を考慮しない不当性についてX1は,平成10年6月指針案から本件事業認定時までは8年も経過しており,その8年の間には道路交通需要予測を取り巻く状況には大きな変化があったとして,本件事業認定時に平成10年6月指針案に基づいて本件計画交通量を算出することは不当である旨主張する。

しかし,平成10年6月指針案が作成されてから本件事業認定時までに道路交通需要予測を取り巻く状況に変化があったとしても,本件事業認定時までに平成10年6月指針案に代わる具体的な計画交通量を算出する指針があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件計画交通量の算出について平成10年6月指針案に基づいたことが不当であるということはできず,証拠<省略>も上記判断を左右するに足りない。

c 将来交通量予測の算出過程の審査,検証を全く行っていない不当性について

X1は,本件計画交通量の推計については,推計に用いられた需要予測モデルや前提条件等が提示されておらず,その合理性が何ら検証できるものではない旨主張する。

そこで検討するに,本件計画交通量の推計については,前記認定のとおり,その手法(平成10年6月指針案,証拠<省略>)が明らかになっている上,平成11年度道路交通センサス,将来人口推計値,将来の各地域の総生産(GRP)推計値,将来の走行台キロ(将来交通需要)の推計値,将来の各地域から各地域に移動する交通量(OD交通量)の推計値,将来の道路整備状況(道路網)の想定結果等がその算出の基礎となっていることが明らかである。もっとも,本件計画交通量は,上記手法並びに算出の基礎となっている数値及び将来の道路網の想定結果から具体的にどのような計算過程を経て算出されたかどうかは明らかになっていない。しかし,上記計算過程は,極めて複雑な計算過程を経ている専門技術的なもので,その資料は膨大なものであると認められるから,上記計算過程が証拠として提出されていないとしても,これをもって直ちに本件計画交通量の推計に合理性がないということはできない。そして,本件計画交通量については,上記手法及び算出の基礎となっている数値等が明らかになっているのであるから,その手法,基礎とすべき因子(外生変数)及びその数値等に検討を加えることにより,その合理性についての検証ができるというべきである。したがって,X1の上記主張は採用できない。

d 本件計画交通量の過大性について(その1)

X1は,本件道路について,西日本高速が本件事業認定前の平成18年3月までに算出した償還計画交通量や国土交通省が本件事業認定後の平成19年度及び平成21年度に算出した計画交通量の値から,本件計画交通量が過大であったことが明らかである旨主張する。

まず,証拠<省略>によれば,西日本高速の前身である日本道路公団は,平成10年2月に事業計画変更の許可を受けた際,本件道路の自動車専用部の平成32年度における推定交通量の全線平均値を8万0178台/日(証拠<省略>)と算出していたが(なお,前記認定のとおり,平成11年度道路交通センサスを基礎とした本件計画交通量のうち,本件道路の自動車専用部の計画交通量の全線平均値は5万9400台/日である。),西日本高速は,平成18年3月31日,本件道路を含む全国45の高速道路路線について,独立行政法人高速道路保有・債務返済機構との間で,同機構の西日本高速の債務を引き受けることになる限度額や西日本高速の同機構に対する債務の料金収入による返済方法等の協定(証拠<省略>)を締結するに当たり,本件道路の自動車専用部の償還計画交通量(債務返済計画,債務引受限度額の基礎となる交通量)を4万7200台/日と算出したこと,上記算出方法は,平成11年度道路交通センサス,将来GDP,将来人口,現在及び将来のOD表,各ゾーン別の将来発生・集中交通量,将来の道路整備状況等を予測する点では,本件計画交通量の算出方法と類似しているが,高速道路(自動車専用部)利用交通量の推計については,上記以外に,高速道路料金と高速道路を利用することによる時間短縮を説明変数とした転換率モデルにより,OD表ごとに推計したり,割引による料金弾性を考慮した誘発交通量を加算したりして算出したものであること(証拠<省略>)が認められる。そうすると,確かに本件計画交通量と西日本高速の算出した償還計画交通量との間には開差があるが,前記認定のとおり,その各計画交通量の推計方法や目的が異なっており,西日本高速の算出した償還計画交通量をもって,本件計画交通量が過大であると推認することはできず,また,当時の本件計画交通量の算出結果に合理性がないということはできない。

次に,証拠<省略>によれば,国土交通省は,平成19年度に本件事業を平成20年度にも継続するための再評価を実施したが,その際,平成42年時点における本件道路の自動車専用部(ただし,西日本高速が上記認定の独立行政法人高速道路保有・債務返済機構との間で協定を締結した平成18年3月31日付けで,道路整備特別措置法3条6項の規定に基づき,国土交通大臣から許可を受けた本件道路の自動車専用部が延伸された部分の延長部分の0.9km(以下「本件延長部分」という。)を含む。)の計画交通量を3万2700台/日(巨椋池北~本線料金所)~6万7000台/日(門真~寝屋川南),本件延長部分を除く全線平均値を5万2900台/日と算出していることが認められる(なお,前記認定のとおり,本件計画交通量のうち自動車専用部の計画交通量は,3万3100台/日(久御山ジャンクション~巨椋北)~7万3800台/日(門真~寝屋川南)であり,全線平均値は5万9400台/日である。)。また,証拠<省略>によれば,国土交通省は,平成20年11月,平成17年度道路交通センサス(証拠<省略>)や新たな人口推計等の最新データを基にした全国交通量を公表し,事業評価手法について,人や車両の時間価値など費用便益比の計算方法を最新のデータと知見に基づき見直したが,その際,本件道路の自動車専用部(ただし,本件延長部分を含む。)の計画交通量の全線平均値を4万1700台/日と算出していることが認められる。そうすると,確かに国土交通省の算出した上記各計画交通量と本件計画交通量との間には開差がある。しかし,平成19年度の計画交通量の推計値は,平成42年度のものであって,本件計画交通量の推計値である平成32年度のものと異なっている上,本件計画交通量と特別に大きな開差があるとはいえないから,これをもって,本件計画交通量が過大であり,当時の本件計画交通量の算出結果に合理性がないと推認することはできない。また,平成20年11月の計画交通量は,その基礎となるべき因子(道路交通センサスや人口推計等)の数値が当時の最新のデータに基づくものであり,本件計画交通量のそれらと異なっている上,その推計値の時期も不明であるから,このような計画交通量の推計値をもって,本件計画交通量が過大であると直ちに推認することはできず,また,当時の本件計画交通量の算出結果に合理性がないということはできない。

なお,上記の西日本高速の償還計画交通量及び国土交通省の各計画交通量の結果を総合しても,本件計画交通量が過大であると推認することはできず,また,当時の本件計画交通量の算出結果に合理性がないということはできない。

e 本件計画交通量の過大性について(その2)X1は,本件検討委員会報告書(平成16年3月)によれば,本件計画交通量の算出の資料として用いられれた将来GRPの推計値が過大であった旨主張する。

本件計画交通量の算出において資料として用いられた国内総生産(GDP)及び地域内総生産(GRP。近畿臨海及び近畿内陸)の推計値は,平成11年の実績値を1として,全国,近畿臨海,近畿内陸の順にそれぞれ,平成22年に1.140,1.128,1.158,平成32年に1.310,1.287,1.351と推計され,その後,平成42年,平成52年,平成60年にかけて,いずれも右肩上がりに上昇している(証拠<省略>)。これは,前記認定のとおり,当時の将来GDPの設定方法である「構造改革と経済財政の中期展望」(平成14年1月25日閣議決定)及び同参考資料(内閣府作成)による推計値である。

一方,本件検討委員会報告書(証拠<省略>)では,昭和43年の第6次道路整備5箇年計画から平成7年の第12次道路整備5箇年計画において,それぞれの設定方法(根拠)に基づき推計されたGDPの推計値は,いずれも実績値を上回っていた(例えば,平成7年の第12次道路整備5箇年計画において推計された平成12年のGDPの推計値は,実績値より約8.3%上回っていた。)ことから,上記検討委員会は,将来GDPの設定は,政府見通しとして想定されてきたが,将来目標として推計されている側面があるため,実績値に比べて過大に推計されていると結論づけ,将来交通需要推計における将来GDPの設定方法等については,民間シンクタンクの将来値等を参考にする方法とか,そもそもGDPを用いない方法を検討すべきである旨提言している。

しかし,本件検討委員会報告書は,従来の将来GDPの設定方法による将来GDPの推計値が実績値を上回っていたこと及び従来の将来交通需要推計に用いる将来GDの設定方法には検討すべき点があることを指摘しているにとどまるものである。したがって,上記検討委員会が検討した将来GDPの設定方法の前に策定された将来GDPの設定方法である「構造改革と経済財政の中期展望」(平成14年1月25日閣議決定)及び同参考資料(内閣府作成)による将来GDPの推計値も実績値を上回る可能性があるとしても,上記設定方法に基づいて推計された将来GDPの推計値の推計に不合理な点があったということはできず,また,この将来GDPの推計値が過大であると推認することはできない。

f 本件計画交通量の過大性について(その3)

X1は,本件計画交通量の算出において資料として用いられた将来人口が平成22年頃までに減少に転じるにもかかわらず,将来の自動車走行台キロは,その後も上昇していくと推計しているのは合理性がない旨主張する。

本件計画交通量の算出の資料として用いられた将来人口推計値は,平成11年を基準にして平成32年以降は減少に転じている(証拠<省略>)が,自動車走行台キロは,平成11年を基準にして平成32年以降も増加している(証拠<省略>)。しかし,上記自動車走行台キロを推計する前提のひとつである自動車保有台数の推計値は,平成11年を基準として平成32年以降も増加していること(証拠<省略>),その原因としては,高齢者や女性を中心に免許保有率が増加傾向にあり,これに伴って人口1人当たりの乗用車保有台数も増加傾向にあると考えられること(証拠<省略>)からすると,将来人口推計値が平成32年以降減少に転じていることをもって,自動車走行台キロが直ちに増加しないということはできない。

g 本件計画交通量の過大性について(その4)

X1は,本件計画交通量の算出において前提とされた将来の自動車走行台キロの数値が平成15年全国交通需要推計のそれよりも過大となっている旨主張する。

本件計画交通量の算出において用いられた全国自動車走行台キロの推計値は,平成22年で8479億台キロ,平成32年で8927億台キロとなっている(証拠<省略>)。一方,平成15年全国交通需要推計(証拠<省略>)では,全国自動車交通需要(自動車走行台キロ)の推計値は,平成22年で8320億台キロ,平成32年で8680億台キロとなっている。そして,平成15年全国交通需要推計の推計値が本件計画交通量の推計値と異なるのは,民営化委員会の指摘に基づき,交通需要推計(自動車走行台キロ)に際して,免許保有率(平成13年までの最新データを用い,推計基準年を平成12年としたもの)及び就業者数(推計手法を変更したもの)のみの見直しを行った結果である(証拠<省略>)。その結果,本件計画交通量の全国自動車走行台キロの推計値は,平成15年全国交通需要推計のそれと比較して,平成22年で159億台キロ(約1.9%),平成32年で247億台キロ(約2.8%)過大であったことになる。しかし,本件検討委員会報告書(証拠<省略>)によれば,自動車走行台キロが約1%減少したとしても,配分交通量の減少を個別の路線でみると,数百台程度の影響であり,道路の構造規格である車線数の決定にはほとんど影響がないことが認められる。そうすると,平成15年全国交通需要推計における全国自動車走行台キロの推計値を考慮したとしても,本件計画交通量の算出において用いられた全国自動車走行台キロを前提とした本件計画交通量が過大であると推認することはできず,また,当時の本件計画交通量の算出結果に合理性がないということはできない。

h 本件計画交通量の過大性について(その5)

X1は,本件計画交通量の算出について用いられた平成11年度道路交通センサスに基づく自動車走行台キロの推計は,平成17年度道路交通センサスに基づくものと比較して過大であった旨主張する。そして,大阪府が平成22年12月にまとめた「都市計画道路見直しの基本方針(素案)」中に引用された「国土開発幹線自動車道建設会議資料(国土交通省)」によれば,平成11年度道路交通センサスに基づく本件計画交通量における全国自動車走行台キロの推計値は,平成17年度道路交通センサスに基づく全国自動車走行台キロの平成17年度の実績値及びそれ以降の平成42年度までの推計値と比較すると,後者の実績値及び推計値の方がいずれも減少している(証拠<省略>)。

しかし,平成17年度道路交通センサスは,平成18年3月に一応の結果(速報値)が出たものであること(証拠<省略>),前記認定のとおり,自動車走行台キロの推計は,単に道路交通センサスのみで算出されるのではなく,乗用車について将来人口の推計結果,貨物車については将来GRPの推計結果をも基礎数値として算出されるものであって,平成17年度道路交通センサスの速報値が出たことにより直ちに算出されるものではないこと,その結果,前記認定のとおり,平成17年度道路交通センサスや新たな人口推計等の最新データを基にした全国交通量が平成20年11月になって公表されたこと(証拠<省略>)に照らせば,本件計画交通量の算出における自動車走行台キロの推計について平成17年度道路交通センサスを用いなかったことが不合理であるということはできない。

i 以上のとおり本件計画交通量についてのX1の主張はいずれも採用できず,本件計画交通量の算定方法及び算出結果に不合理な点があるということはできない。

(イ) 本件費用便益分析について

a 本件費用便益分析の位置づけについて費用便益分析とは,前記認定のとおり,実施する事業について,社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価することなどを企図するものである。そして,本件費用便益分析は,本件事業を実施することが社会・経済的な側面から妥当性を有しているかどうかについて考慮すべきひとつの分析手法(ツール)といえる(証拠<省略>)。したがって,本件費用便益分析における費用便益比は,土地収用法20条3号の要件充足性を判断する際の比較衡量における一資料として考慮されるべきである。なお,上記費用便益比は,本件費用便益分析がなされた当時の「客観的評価指標(案)(平成11年11月1日都市局街路課長・道路局企画課長通達・証拠<省略>)」により,1.5以上を上記考慮の際の指標とすべきである。以下,以上の説示に沿って検討する。

b 本件費用便益分析が平成10年6月費用便益分析マニュアル案によっていること及び平成15年3月以降の資料を用いていないことの不合理について

X1は,本件費用便益分析について,本件事業認定時の最新の手法である平成15年8月改訂の費用便益分析マニュアル(国土交通省道路局都市・地域整備局作成。証拠<省略>)を用いていないとか,平成15年3月以降の資料を用いていない旨主張する。

前記認定のとおり,本件事業は,国土交通省所管公共事業の再評価実施要領に基づき,平成15年3月,事業再評価の対象となり,その結果として本件費用便益分析がなされたものである。そして,当時においては,その後の本件事業の再評価は5年後に実施されることとされていた(証拠<省略>)。そうすると,本件費用便益分析は,当時の最新の手法である平成10年6月費用便益分析マニュアル案に基づき,当時の資料を基礎としてなされたものであり,これが上記平成15年8月に作成された費用便益分析マニュアルに照らして著しく不合理であった等の特段の事情がない限り,その手法において不合理な点はないというべきである。そして,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

c 平成10年6月指針案及び平成10年6月費用便益分析マニュアル案自体の問題性について

X1は,平成10年6月費用便益分析マニュアル案では,例えば,乗用車類の時間価値原単位が1台1分当たり67.27円(1時間当たり4036.2円。証拠<省略>)と極めて高額に設定されている旨主張する。

しかし,平成10年6月費用便益分析マニュアル案は,道路投資の評価に関する指針検討委員会が作成した平成10年6月指針案の費用便益分析の考え方に基づき作成されたものであり(証拠<省略>),当時の最も的確な考え方に則っているといえる。その上,平成10年6月指針案においても,有料道路配分に用いる時間的価値(平日)を乗用車類について1台1分当たり67円としており(その他,乗用車,バス,小型貨物車,普通貨物車の時間価値原単位についても,平成10年6月費用便益分析マニュアル案とほぼ同じである。証拠<省略>),また,前記国土交通省道路局都市・地域整備局が平成15年8月作成した費用便益分析マニュアルにおいても,乗用車類の時間価値原単位を1台1分当たり72.45円としている(その他,乗用車,バス,小型貨物車,普通貨物車の時間価値原単位についても,いずれも平成10年6月費用便益分析マニュアル案のそれを上回っている。証拠<省略>)ことに照らしても,平成10年6月費用便益分析マニュアル案が設定した乗用車類等の時間価値原単位が極めて高額であって,合理性がないということはできない。なお,「自由化時代の交通政策 現代交通政策Ⅱ」(平成13年11月10日初版)の第6章「交通社会資本投資の効率化-費用便益分析マニュアル」(証拠<省略>)中には,時間価値原単位は,短くとも半時間以上の節約単位においてのみ適切であり,5分や10分程度の細切れ時間では時間価値原単位が過大評価となるとの指摘(97頁)があるが,同指摘がひとつの見解であったとしても,これによって平成10年6月費用便益分析マニュアル案に則った本件費用便益分析に不合理な点があったということはできない。

また,X1は,平成10年6月費用便益分析マニュアル案は,費用や便益の社会的割引率(現在価値算出のための割引率)を4%(証拠<省略>)と低めに設定している旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,平成10年6月費用便益分析マニュアル案は,道路投資の評価に関する指針検討委員会が作成した平成10年6月指針案の費用便益分析の考え方に基づき作成されたものであり,当時の最も的確な考え方に則っているといえる上,前記国土交通省道路局都市・地域整備局が平成15年8月作成した費用便益分析マニュアルにおいても,上記割引率を4%としている(証拠<省略>)ことに照らしても,平成10年6月費用便益分析マニュアル案が設定した社会的割引率が低きに失するもので,合理性がないということはできない。なお,前記証拠<省略>中には,社会的割引率は,低経済成長であっても6%を下回る設定には慎重になるべきである旨の指摘(98~99頁)があるが,同指摘がひとつの見解であったとしても,これによって平成10年6月費用便益分析マニュアル案に則った本件費用便益分析に不合理な点があったということはできない。

さらに,X1は,平成10年6月指針案は,事業の実施が予定されている区間ごとに事業単位として評価するとしているのは不合理である旨主張する。

しかし,平成10年6月指針案(証拠<省略>)は,「対象とする事業単位としては,当該路線全体である場合もあるが,通常はその路線を構成する区間の内,事業の実施が予定される区間ごとに事業単位として評価する。」としているところ,本件費用便益分析に当たり,本件事業全体についての費用便益分析を行うか既供用部分を除いた区間を事業単位の対象として費用便益分析を行うかについては,いずれが正しく,いずれかが誤りであるというものではないから,既供用部分を除いた区間を事業単位の対象として行った本件費用便益分析が不合理であったということはできない。

d 本件費用便益分析の不当性について

X1は,本件道路についての交通需要予測は過大なものであった旨主張するが,同主張に理由がないことは前記判断のとおりである。また,本件費用便益分析における計画交通量は,本件計画交通量ではなく,昭和58年度に推計された計画交通量に基づいているが,弁論の全趣旨によれば,本件費用便益分析の際には,上記昭和58年に推計された計画交通量の資料しかなかったものであるから,この計画交通量に基づいてなされた本件費用便益分析に不合理な点があったということはできない。

次に,証拠<省略>によれば,本件費用便益分析のうち,走行時間短縮(年間)便益の算定は,リンク(交差点と交差点を結ぶ線)のリンク延長(リンク間の長さ)ごとに,道路整備が行われない場合と道路整備が行われる場合とに分けて,それぞれ① 乗用車,バス,小型貨物車,普通貨物車ごとの1日当たりの交通量(台数),② 各車種ごとの走行時間,③ 時間価値(各車種別の時間価値原単位によるもの)の3因子を乗じて,④ 1年間(365日分)の総走行時間費用を算出し,⑤ その総走行時間費用の増減分の差額を合計して便益額を算出し,⑥ これに平成15年度を基準年として,平成20年から平成59年までの間,それぞれの年度の割引率を乗じて現在価値を算出し,⑦ その現在価値の合計の総走行時間短縮便益額を算出したものであること,平成32年度の走行時間短縮便益額の算出については,採用された全体のリンク数は合計6447,リンク延長の合計は10215.9kmであるが,そのうち「バイパス」,「現道」を除く「その他のリンク」のうち「その他計」のリンク数は6418,リンク延長の合計は10160.5kmであること,上記割引率を乗ずる前の1年間の便益合計は,全体(全車)では767億4300万円となっている(ただし,「バイパス」(未供用部分)については道路整備がなされている場合のみを算定しているため,その交通量の増加分として合計792億3800万円の便益をマイナスとして控除したもの)が,上記「その他計」(全車)では1168億1400万円となっていることが認められる。

X1は,走行時間短縮便益の算定に際して,上記「その他のリンク」のうち「その他計」を用いるべきではない旨主張する。しかし,走行時間短縮便益に算定に際して,どの範囲のリンクを用いるかについてはその基準もなく,全体の走行時間短縮便益の算定の中で「その他計」の部分が大部分を占め,その部分が10160.5kmに及んでいるとしても,同部分について本件道路が整備されることにより車両の走行時間の短縮が見込まれるものである以上,これを走行時間短縮便益の算定に際して用いることが不合理であるということはできない。証拠<省略>中,X1の上記主張に沿う部分も上記判断を左右するに足りない。

また,X1は,リンクにおける走行時間の短縮効果は,最少では0.5分にすぎず,「その他のリンク」の平均速度は時速0.12km速くなるにすぎない旨主張する。しかし,平成32年度の推計で上記最少で0.5分走行時間が短縮されるのは,名神高速道路におけるリンク延長7.3kmの区間であるが,本件道路の一般部におけるリンク延長1.5kmの区間では15.1分も走行時間が短縮されるというものであり(証拠<省略>),高速道路では上記の程度の走行時間短縮であっても,これを走行時間短縮便益として算定することに不合理な点はない。また,平成32年度の推計で「その他のリンク」の平均速度が時速0.12km速くなる(証拠<省略>)というのも,これが短い距離のリンク延長ごとの平均値であることや「その他のリンク」である本件道路の一般部におけるリンク延長1.5kmの区間では時速が26kmも速くなっていること(証拠<省略>)からすれば,「その他のリンク」において速くなる平均速度の時速が0.12kmであったとしても,「その他のリンク」における走行時間の短縮を走行時間短縮便益として算定することに不合理な点があるということはできない。証拠<省略>中,X1の上記主張に沿う部分も上記判断を左右するに足りない。

e 本件費用便益分析の検証不能性についてX1は,本件費用便益分析は,2費用(改築費・維持管理費)と3便益(走行時間短縮便益・走行費用減少便益・交通事故減少便益)の計算結果が示されているだけであり,その具体的な算出根拠となるデータが開示されておらず,本件費用便益分析の妥当性を検証することは不可能である旨主張する。

確かに,上記2費用及び3便益については,証拠<省略>で一定の計算根拠が示されているが,その各数値の具体的根拠となるデータや計算過程は証拠として提出されていない。しかし,上記の根拠となるデータは膨大なもので,計算過程は極めて複雑な専門技術的なものと認められるから,上記データや計算過程が証拠として提出されていないとしても,これをもって直ちに本件費用便益分析に合理性がないということはできない。そして,本件費用便益分析については,前記のとおり,その手法,基礎とすべき因子及びその数値等に検討を加えることにより,その合理性についての検証ができるというべきである。

f 本件事業認定後の費用便益分析から見た本件費用便益分析の不当性について

X1は,国土交通省が本件事業認定後の平成19年度及び平成21年度に行った本件道路の費用便益分析の費用便益比の結果から,本件費用便益分析が不当であったと推認できる旨主張する。

証拠<省略>によれば,国土交通省は,平成19年度に本件事業を平成20年度にも継続するための再評価を実施したが,その際,平成42年度時点における「第二京阪道路」全体(ただし,本件延長部分の0.9kmを加えたもの)及び当時の残事業について費用便益分析を行い,基準年を平成19年,供用年を平成21年,計画交通量を3万2700台~6万7000台として,平成61年までの事業全体についての総費用(C)が1兆2408億円(事業費1兆1995億円,維持管理費414億円),総便益(B)が1兆9704億円(走行時間短縮便益1兆7525億円,走行費用減少便益1514億円,交通事故減少便益665億円)と算出し,その結果,費用便益比(B/C)は1.6となった(なお,残事業についての費用便益比(B/C)は6.0となった)ことが認められる。上記の費用便益分析は,本件事業認定後のものであり,直ちにこれにより本件事業認定の際になされた本件費用便益分析が不当・不合理であるといえるものではない上,本件費用便益分析とは,その評価対象(全体事業部分と本件事業認定時の未供用部分),基準年(平成19年と平成15年),供用年(平成21年と平成20年),費用便益評価の終期(平成61年と平成59年)を異にするものであり,本件費用便益分析と単純に比較することはできない。しかも,上記の費用便益分析による費用便益比は1.5以上の1.6(なお,平成19年当時の費用便益比の指標は1以上となっている。)であることからしても,上記費用便益分析の結果をもって本件費用便益分析が不当であったと推認することはできない。なお,X1は,上記費用便益分析における走行時間短縮便益のリンク延長について,「その他道路合計」を4万7742.5kmとして(証拠<省略>),本件費用便益分析におけるリンク延長より約3万7000km増加させていると主張するが,走行時間短縮便益の算定する際にどの範囲のリンクを用いるかについてはその基準がないことは前記のとおりであり,同主張をもって上記費用便益分析自体が不当・不合理であるということはできない。

次に,証拠<省略>によれば,国土交通省は,平成20年11月,平成17年度道路交通センサスや新たな人口推計等の最新データを基にして全国交通量を公表し,事業評価手法について,人や車両の時間価値など費用便益比の計算方法を最新のデータと知見に基づき見直したが,その際,「第二京阪道路」全体(ただし,本件延長部分の0.9kmを加えたもの)について,事業費(実際のもの)を1兆0550億円,計画交通量を1日4万1700台として,費用便益比を1.1と算出したことが認められる。上記の費用便益分析は,本件事業認定後のものであり,直ちにこれにより本件事業認定の際になされた本件費用便益分析が不当・不合理であるといえるものではない上,本件費用便益分析とは,その評価対象(全体事業部分と本件事業認定時の未供用部分)が異なっているし,その際に用いられた基準年,供用年,費用便益評価の終期が不明であり,本件費用便益分析と単純に比較することはできない。したがって,上記費用便益分析の結果をもって本件費用便益分析が不当であったと推認することはできない。

g 以上のとおり本件費用便益分析についてのX1の主張はいずれも採用できず,本件費用便益分析の算定方法及び算出結果に不合理な点があるということはできない。」

(環境施設帯について)

21 原判決50頁16行目~同21行目を次のとおり改める。

「 また,X1は,本件事業認定に係る事業計画で,原則として幅20mの環境施設帯を設置するとしているのは,法令上の根拠に基づくものではなく,その根拠は,昭和49年通達にすぎないところ,昭和49年通達は,その通達自体及び「道路構造令の解説と運用」に記載されていることに照らしても,弾力的に運用されるべきであり,本件土地を環境施設帯(道路用地)として収用しなければならない必然性はない旨主張する。

昭和49年通達においては,第1種低層住居専用地域,第2種低層住居専用地域,第1種中高層住居専用地域及び第2種中高層住居専用地域またはその他の地域であって,住宅の立地状況その他土地利用の実情を勘案し,良好な住居環境を保全する必要があると認められる地域を通過する幹線道路については,当該幹線道路の各側の車道端から幅10mの土地を道路用地として取得するものとし,幹線道路が自動車専用道路であって,当該幹線道路の構造が高架(他の道路の上部に設けられる場合に限る)の場合等であって,かつ夜間に相当の重交通が見込まれるものについては,当該幹線道路の各側の車道端から幅20mの土地を道路用地として取得するものとし,また,その場合でも,建築物の不燃堅牢化が進んでいる地域については,幅10mとするものとし,地域の状況その他の特別な理由により,やむを得ない場合においては,上記の値によらないことができるものとするとしている(証拠<省略>)。

また,社団法人日本道路協会が平成16年2月に発行した「道路構造令の解説と運用」(証拠<省略>)中には,道路構造に関する基本的考え方として,「道路の計画・設計は,従来の自動車交通を中心とした考え方から,子供から高齢者までを含む様々な利用者の通行・アクセス・滞留の機能,公共空間としての機能など,道路の多様な機能を重視した考え方に転換しなければならない。(58頁)」,「道路を計画・設計する場合には,地域の状況を踏まえて,当該道路において重視すべき機能を明確にした上で,地域に適した道路構造を採用することが重要である。このため,道路構造に関する基準を全国画一的に運用するのではなく,地域の状況に応じて道路に求められる機能を勘案し,地域の裁量に基づき弾力的に運用すべきである。(60頁)」との記載がある。

しかし,本件道路は,自動車専用道路を含む幹線道路であり,その幹線道路の構造が他の道路の上部に設けられる高架構造となっており,かつ,夜間に相当の重交通が見込まれるものであるところ,昭和49年通達では,このような場合に幹線道路の各側の車道端から幅20mの土地を道路用地として取得するものとしているから,本件事業認定に係る事業計画において,原則として幅20mの環境施設帯を設置するとしたことに違法性を認めることはできない。そして,昭和49年通達が,地域の状況その他の特別な理由により,やむを得ない場合においては,上記の値によらないことができるものとしていることや上記「道路構造令の解説と運用」中の記載をもってしても,上記のとおり,本件土地の大部分について,幅20mの環境施設帯を設置するとしたことが,地域の状況に照らして,昭和49年通達を弾力的に運用しなかったものとして,裁量権の範囲を逸脱したものと認めることはできない。また,X1は,本件道路も全区間に渡って環境施設帯が20m確保されているわけではないから,本件土地を環境施設帯(道路用地)として収用しなければならない必然性はない,本件土地を環境施設帯として収用しない方が本件道路の沿道の生活環境の保全により資するものである旨主張するが,上記判断に照らして採用できない。さらに,X1は,本件土地上に建設される本件副道や本件ランプの必要性もない旨主張するが,上記のとおり,本件土地の大部分は,本件道路の環境施設帯に含まれており,上記環境施設帯の設置自体に違法性がない以上,本件副道や本件ランプを建設する必要性があるかどうかは,本件土地を収用する必要性に直接影響するものではなく,上記主張は採用できない。」

(事業計画の内容の合理性についての小括)

22 原判決53頁4行目の「比較検討等」の次に「及び後記判断のとおりの事業費の増加」を加える。

(土地収用法20条3号の要件充足性に関する結論)

23 原判決53頁25行目の「比較検討等」の次に「及び後記判断のとおりの事業費の増加」を加える。

(事業費の増加について)

24 原判決54頁8~10行目を次のとおり改める。

「(1) 土地収用法20条2号は,起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であることを要件としている。本件事業の起業者は,国土交通大臣及び西日本高速(その概要は前提となる事実ウのとおり)であり,いずれも本件事業を遂行する充分な意思と能力を有していることは明らかである。

X1は,本件事業認定申請の際,本件事業のうち被控訴人国の負担する事業費は5700億円であったにもかかわらず,本件事業認定時までに残事業費の負担額において,西日本高速が減少する一方,被控訴人国(被控訴人大阪府を含む。)の負担額が約1410万円(被控訴人大阪府については約470億円)増加したと主張し(同事実は,証拠<省略>により認められる。),この点を問題とする。しかし,被控訴人らの財政状況が慢性的に逼迫している(証拠<省略>)としても,被控訴人らの上記負担額が増加したことによって,被控訴人らにおいて財政破綻等を来すものであったと認めるに足りる証拠はなく,起業者らが本件事業を遂行する充分な意思と能力を有していることに疑問があったということはできないし,また,本件事業計画の合理性についての前記判断を左右するものではない。

なお,X1は,本件事業認定申請においては,上記の残事業費の負担の変更についての資料が提出されていなかったと主張し,このことを問題とする。

しかし,前記判断に照らせば,起業者ら間における負担額の変更が本件事業認定において資料として提出されていなかったとしても,このことが判断の重要な事実の基礎を欠いているとして違法性を有するということはできない。」

第4乙事件に関する当裁判所の判断

【判示事項2,3】当裁判所も,社会福祉法人X2の訴えは原告適格を欠いており,X1の訴えのうち本件明渡裁決の取消しを求める部分は訴えの利益を欠くから,いずれも不適法であり,また,本件収用裁決は適法であり,X1の訴えのうち本件権利取得裁決の取消請求は理由がないものと判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」中の第6に記載のとおりである。

第5結論

よって,上記と同旨の原判決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判官 小島浩 裁判官 塚本伊平 裁判官 阿多麻子)

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