大阪高等裁判所 平成22年(行コ)19号 判決 2010年5月18日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 原判決を次のとおり変更(一部取消し)する。
(1) 本件訴えのうち,被控訴人がAに対し,15万7500円(本件訴訟に関する弁護士への着手金)及びこれに対する平成21年4月17日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員の支払を請求することを求める部分並びに被控訴人に対し,1930万5000円(平成21年4月9日付け補助金交付指令書(尼崎市指令(尼人権)第○号)に基づく第2期分の補助金)の支出差止めを請求する部分を,いずれも却下する。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 控訴人が当審で追加した訴え(被控訴人がAに対し,15万7500円(本件訴訟の控訴審に関する弁護士への着手金)及びこれに対する平成21年4月17日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員の支払を請求することを求めるもの)を却下する。
4 訴訟費用は,1審,2審を通じ,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,Aに対し,3億1096万円及びこれに対する平成21年4月17日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員の支払を請求せよ。
3 被控訴人は,社団法人B協会に対し,被控訴人の平成21年4月9日付け補助金交付指令書(尼崎市指令(尼人権)第○号)に基づく第2期分1930万5000円の支出をしてはならない。
第2事案の概要
本件は,尼崎市の住民である控訴人が,尼崎市長たるAがした社団法人B協会(以下「本件協会」という。)に対する平成15年度から平成21年度までの補助金の交付決定について,同交付決定が憲法89条,地方自治法(以下「地自法」という。)138条の2及び同法232条の2に違反しているとして,被控訴人に対し,同法242条の2第1項4号に基づいて,Aに対して尼崎市が支出した補助金相当額及び被控訴人代理人に対する本件訴訟に係る着手金相当額並びにこれらに対する年14.6パーセントの割合による遅延損害金の損害賠償を請求することを求めるとともに,同項1号に基づいて,本件協会に対する平成21年度第2期分の補助金の支出の差止めを求める住民訴訟である。
原審は,損害賠償を請求することを求める訴訟のうち,平成15年度ないし平成20年度の補助金支出については監査請求期間を徒過したとして却下し,その余の損害賠償請求及び差止め請求については,地自法232条の2,138条の2,憲法89条のいずれにも違反しないとして,棄却した。
控訴人は,これを不服として控訴し,当審において,被控訴人代理人に対する本件控訴事件に係る着手金相当額15万7500円の損害賠償を請求することを求める訴えを追加した(以下,被控訴人訴訟代理人弁護士に対する本件訴訟(一審及び控訴審を含む。)に係る着手金の支出に係る訴えを「本件着手金に係る訴え」という。)。
1 争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張については,次のとおり,当審における当事者の補充的主張を付加するほか,原判決「第2 事案の概要」の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における補充的主張
(1) 控訴人
ア 本件各交付決定の違法性
Cセンターの電話は昭和50年ころから,Dセンターの電話は昭和49年から,E協会の電話は昭和48年ころから使用されているが,これらは,いずれも地域委員会に組織替えされる前であり,F支部の電話をそのまま使用している。したがって,本件協会とFは同一性があるから,本件各交付決定は,憲法89条,地自法138条の2,232条の2に違反する。
イ 当審で追加した請求について
被控訴人は,弁護士Gに対し,被控訴人の平成22年3月19日付け支出命令書に基づいて「いわゆるH控訴事件(21補助金)に係る着手金」15万7500円を支出しており,これは,違法である。
(2) 被控訴人
ア 本件各交付決定の違法性
本件協会の行う人権啓発活動の中には,地域委員会と連携しているものがあるが,各地域委員会がどのような電話番号を利用しているかが本件各交付決定の違法性に影響することはない。なお,各地域委員会は,いずれも,尼崎市が設置した別表1記載の施設の一部に使用許可を得て,事業を行っているが,控訴人主張に係る電話番号は,いずれも尼崎市が電信電話会社と契約して設置し,各地域委員会の電話使用料に応じて,各地域委員会から実費額の弁償を受けているものである。
イ 当審で追加した請求について
(ア) 訴えの適法性
被控訴人が平成22年4月9日,被控訴人訴訟代理人弁護士に対する本件訴訟に係る控訴審での着手金として15万7500円を支出したことは認めるが,これについては適法な住民監査請求を前置していないので,不適法である。
(イ) 着手金支払の違法性
地方自治法232条1項に基づいて尼崎市が本件訴訟の事務を処理するために必要な経費として適正に支出したものである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,平成20年度までの補助金の支出については,監査請求期間が徒過しており,損害賠償請求をすることを求める訴えは不適法であり,平成21年度分の補助金の交付決定は違法であるとは認められず,本件着手金に係る訴えは,いずれも,監査請求を経ておらず,不適法であり,却下を免れないと判断する。
その理由は,次のとおり改めるほか,原判決「第3 当裁判所の判断」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
9頁2行目から10頁1行目までを次のとおり改める。
「被控訴人は,被控訴人訴訟代理人弁護士に対する本件訴訟(1審における訴訟及び控訴審における訴訟)に係る着手金の支出に関して損害賠償の請求をすることを求める訴えは,適法な監査請求を前置しておらず不適法である旨主張する。
この点について,原審は,本件監査請求の対象が,平成15年度ないし平成21年度の各年度における被控訴人の本件協会に対する補助金支出であり,監査請求に続いてなされた住民訴訟において,同一の不法行為に基づく損害を追加することは,対象とする財務会計行為又は怠る事実が同一であると解される以上,監査請求前置の要件を欠くものとはいえないと判断する。
しかしながら,本件監査請求に係る財務会計行為は,被控訴人の本件協会に対する補助金の各支出行為であるところ,弁護士報酬(着手金)の支出は,本件各交付決定が争われたことに由来するとはいえ,報酬の支払を命じる別個独立の財務会計行為に基づくものであって,補助金の支出と同一の財務会計行為によって生じた支出であるとはいえない。もちろん,当該監査請求に係る行為から派生し,又はこれを前提として後続することが当然に予想される行為であれば,監査請求が前置されていると解する余地もあるが,弁護士報酬の支払義務は,住民訴訟が提起され,弁護士に訴訟事件を依頼して初めて,支払義務が生じ,しかも,その金額についても,自動的に決まるものではなく,弁護士との間の合意を前提として,決定されるものであるから,監査請求に係る補助金の各支出行為から派生したり,当然に後続して生じるものと解することはできない。しかも,実質的にも,地方公共団体が,弁護士に依頼して住民訴訟に応訴したのが相当か,報酬金額が相当かについて,住民訴訟の対象である財務会計行為とは別に,監査の機会が与えられるべきである。
したがって,本件訴訟に関する弁護士への着手金に係る訴えは,適法な監査請求を経ておらず,不適法であり,却下を免れない(なお,仮に,この訴えが適法である場合には,上記各着手金はいずれも本件訴訟の事務を処理するために必要であると解されるから,その支出は違法ではない。)。」
2 補足説明
(1) 本件訴えの適法性(争点(1))
控訴人は,当審においても,本件協会に対する補助金の交付は,継続的になされているから,いまだ監査請求期間は徒過していない旨主張する。
しかしながら,継続的行為とは,当該行為が継続していることを要するところ,補助金の交付は,その交付がなされれば,終了し,毎年度それが繰り返されていたとしても,その都度,補助金の必要性・公益性を判断し,議会の予算の議決手続等を踏んでなされるものであって,継続的行為に当たらない。
したがって,平成15年度ないし平成20年度の本件各交付決定については,監査請求期間が徒過しており,適法な監査請求を経ていないから,上記各決定が違法であることを理由とする損害賠償請求を求める訴えは不適法である。
(2) 平成21年度の交付決定の違法性(争点(2))
控訴人は,この点に関し,当審において,地域委員会のうちの「I委員会」,「J委員会」等が,X委員会やY協会等に組織替えされる前である昭和49年ないし昭和50年ころから,同じ電話番号を使用し,それが,F支部の電話である旨主張する。しかし,これら地域委員会が使用している電話がF支部の電話であることを裏付ける証拠はないから,この点に関する控訴人の主張は採用できず,本件各交付決定が,地自法138条の2,232条の2に反するとはいえない。
また,控訴人は,当審においても,本件各交付決定に係る補助金の支出が憲法89条後段に反すると主張しているが,同条後段に違反するのは,公金が支出された事業が慈善,教育若しくは博愛の事業であり,かつ,その事業が公の支配に属しない場合であることを要するところ,本件協会が,その組織や事業の運営状況に照らし,公の支配に属していることは原判決のとおりであるから,本件各交付決定が憲法89条後段に違反するとはいえない。
3 差止め請求について
控訴人が求めている,平成21年4月9日付け補助金交付指令書(尼崎市指令(尼人権)第○号)に基づく第2期分1930万5000円の支出差止めを求める部分は,原審において控訴人が損害賠償請求の義務付け訴訟の請求として求めている3億1080万2500円の中に含まれ重複しており,かつ上記第2期分の1930万5000円が支払済みであることは明らかであるから(弁論の全趣旨),この点に関する控訴人の請求は不適法として却下を免れない。
4 よって,原判決主文のうち,第1審手続のために被控訴人代理人弁護士に支払われた着手金15万7500円の損害賠償請求を棄却した部分及び平成21年4月9日付け補助金交付指令書(尼崎市指令(尼人権)第○号)に基づく第2期分1930万5000円の支出差止めを棄却した部分を取消し,いずれも却下するほかは,原判決は相当であるから,控訴を棄却することとし,控訴人が当審で追加した,控訴審手続のため被控訴人代理人弁護士に支払われた着手金15万7500円の損害賠償請求については,不適法であるから却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 吉田肇 裁判官 舟橋恭子)