大阪高等裁判所 平成23年(う)1518号 判決 2012年7月17日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人阿部清司,弁護人安田正俊,同井上敏志及び同稲垣真理連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。
論旨は,要するに,原判示かぎ形突堤(以下,その全体を「本件かぎ形突堤」,東側部分を「東側突堤」,南側部分を「南側突堤」という。)の内側に接した付近一帯の砂浜(以下「本件砂浜」という。)について,国には安全管理責任がなく,また,本件事故当時,国土交通省近畿地方整備局b事務所(以下「b事務所」という。)工務第一課(以下「工務第一課」という。)の課長であった被告人には,バリケード等を設置するなどの安全措置を自ら講じ,あるいは明石市又はb事務所g出張所(以下「g出張所」という。)に要請して講じさせる職務上の地位・権限がなかった上,南側突堤沿い及び東側突堤沿いの南端付近の砂浜以外では陥没が発生しておらず,砂中に大規模空洞が形成されるという認識もなかったため,本件事故発生の予見可能性もなかったことなどから,上記安全措置を自ら講じ,あるいは明石市又はg出張所に要請して講じさせるべき業務上の注意義務がなかったのに,同注意義務があったと認めて被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認又は法令適用の誤りがある,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,その挙示する証拠によって,被告人が,工務第一課長として本件砂浜等の管理を行い,その利用者等の安全を確保すべき業務に従事していたこと,本件事故以前から,コンクリート製ケーソンを並べて築造された本件かぎ形突堤において,本件砂浜の砂がケーソン間の隙間から海中に吸い出されるのを防ぐ目的で取り付けられていた本来の耐用年数約30年のゴム製防砂板が数年で破損したため,その部分から砂が海中に吸い出されることなどによって,本件砂浜の南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近の表面に陥没が繰り返し発生するという現象が続き,それらの中には規模が相当大きなものもあったばかりでなく,東側突堤沿いの砂浜の南端付近より北寄りの場所でも複数の陥没様の異常な状態が生じていたところ,東側突堤中央付近のケーソン間の目地部に取り付けられていた防砂板の破損によって当該部分の砂が海中に吸い出されることにより,砂層内に発生,成長していた深さ約2メートル,直径約1メートルの空洞の上を小走りに移動していた被害児童が,その重みによる同空洞の崩壊のため生じた陥没孔に転落,埋没し,窒息による低酸素性・虚血性脳障害の傷害を負って死亡するという本件事故が発生したこと,被告人は,明石市の職員から,上記防砂板が破損して砂が海中に吸い出されることによって,本件砂浜の南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近において陥没が発生していることなどの説明や,国による抜本的な砂の吸い出し防止工事の実施要望を受けていた上,ケーソン間の目地部に防砂板を取り付けて砂の吸い出しを防ぐという本件かぎ形突堤の構造を認識していたことなどを認定した上で,南側突堤とこのような基本的な構造が同じ東側突堤沿いの砂浜においても,防砂板の破損により砂が吸い出されて陥没が発生する可能性があることを予見できたとし,本件砂浜に人が立ち入ることがないよう,原判示のバリケード等を設置するなどの安全措置を自ら講じ,あるいは明石市又はg出張所に要請して講じさせるべき業務上の注意義務を負っていたと認定して,業務上過失致死罪の成立を肯定したのは正当である(なお,明石市による本件砂浜等の占用は国との協議及びその同意に基づくものであるのに,原判決がこれを国の許可に基づくものとしている点は,海岸法10条2項の規定や関係証拠に照らして正確でないが,判決に影響を及ぼすものではない。)。
また,原判決が,所論とほぼ同旨の原審弁護人の主張に対し,その「弁護人らの主張に対する判断」の項において,国が明石市と共に本件砂浜の安全管理責任を負っていたこと,被告人には,本件砂浜に自ら安全措置を講じ,あるいは明石市又はg出張所に要請して安全措置を講じさせるべき地位ないし権限があり,本件事故発生の予見可能性もあったことについて概要後記のとおり説示して,上記主張を排斥するところも,おおむね相当として是認することができる。
以下,所論に鑑み,若干付言する。
1 国が明石市と共に本件砂浜の安全管理責任を負っていたことについて
原判決は,本件事故当時,本件砂浜を含むi海岸一帯については,海岸保全地域であるとともに国土交通大臣の直轄工事区域にあり,兵庫県知事にいまだ引き渡されていなかったことから,占有者である国が安全管理をすべき第一次的な責任を負うと解するのが相当である上,これらを公園として占用していた明石市が,3回にわたり本件砂浜の補修工事を行ったのに,陥没の発生を食い止めることができなかったことから,国に抜本的な陥没対策工事を実施するよう要請したのに対し,被告人が,平成13年6月15日にb事務所と明石市との間で持たれた平成14年度の予算要望に関する事前打合せ(以下「本件打合せ」という。)において,何らかの対策を考えるとの姿勢を示し,その後,明石市や自らの部下職員から,本件砂浜における陥没の発生状況や立入防止策の実施状況等の報告を受けたほか,陥没対策の調査をコンサルタント会社に依頼するなどしていたこと,国において占用を認めた明石市がその安全管理責任を十分果たせておらず,それが人の生命・身体の危険に関わるものであったこと,本件砂浜における陥没の発生が海岸保全施設である本件かぎ形突堤の不備に起因するものであることに照らすと,明石市が占用しているからといって,国が安全管理責任を負わないというのは相当でないから,本件砂浜の安全管理については,国も明石市と共に責任を負っていた,と説示するところ,その認定及び判断はおおむね相当である。
これに対し所論は,①本件砂浜は,主務大臣の直轄工事区域内にあるが,海岸保全施設には当たらない上,同区域内において主務大臣が代行する海岸管理者の権限(海岸法施行令1条の5)に海岸保全区域の管理が含まれていないことから,主務大臣の上記代行権限からは本件砂浜に対する国の安全管理責任を説明できないし,明石市が本件砂浜を含むi海岸一帯を国の同意に基づいて占用し,これを排他的・独占的に使用していたことにより,国が本件砂浜を直接占有していなかったことに照らすと,公物管理や占有を国の安全管理責任の根拠とすることもできない,②本件砂浜を含むi海岸一帯については,海岸防護機能の保全は国,日常的な維持管理は明石市という形で管理が区分されていた上,本件打合せでも,上記管理区分を変更する旨の協議や合意はされておらず,明石市からb事務所に対し,本件砂浜の補修に関する正式な予算要望に先立ち,事前に検討項目に加えてもらいたいという程度の予告的な話がなされていただけであるのに,本件打合せを境に,本件砂浜の安全管理責任の主体に変化が生じたかのように説示する原判決は,本件打合せの実質を見誤るものである,③原判決は,明石市がb事務所に対し本件砂浜における陥没対策のための抜本的な工事を行うよう要請したことから,明石市だけでは本件砂浜の安全管理責任を十分果たせない状況にあったことが明らかとなった,と説示しているが,明石市において陥没対策のための抜本的な工事ができないからといって,安全管理もできないということにはならない,④大洋デパート火災事件に関する最高裁判所平成3年11月14日判決に照らすと,国は,本件砂浜に関して,明石市に対し,占用を同意し,適正に安全管理をすることができる権限を与えた以上は,明石市に安全管理の遂行を期待することができないなどの特別の事情がない限り,明石市の不適正な管理により生じた公園利用者の死傷について過失責任を問われることはない,などと主張する。
しかしながら,①については,本件砂浜における陥没の発生は,海岸保全施設である本件かぎ形突堤に取り付けられた防砂板の破損による砂の吸い出しが原因と考えられ,その補修のためには同突堤の内側にこれと接着して設けられた本件砂浜の掘削等が不可避であることや,砂の吸い出しをもって国土の浸食ないしその危険を示すものとみる余地もあることに鑑みると,陥没対策は,本件砂浜の維持管理であると同時に,海岸保全施設である本件かぎ形突堤の維持管理にも属し,海岸保全上も必要なこととして,主務大臣が海岸管理者に代わって行う権限に含まれると解するのが相当である。また,国の明石市に対する占用同意が本件砂浜の排他的・独占的な使用を認めるものであるとしても,その排他性ないし独占性は,本件砂浜の所有者であり,かつ,海岸管理者の権限代行者として明石市の占用に同意した国を除く第三者に対するものであることは,海岸保全区域の占用に関する海岸法の諸規定,国の明石市に対する占用同意の条件,b事務所と明石市との間で取り交わされていた「i海岸海浜公園の維持管理に関する覚書」などに照らして明らかであるから,明石市による占用が排他的・独占的なものであることを理由として,国の管理が本件砂浜に及んでいなかったなどとはいえない。そして,本件砂浜が公園として一般に開放されていたことに照らすと,本件砂浜に市民の生命や身体の安全に関わるような危険がないか注意を払うことは,海岸法の目的を持ち出すまでもなく,本件砂浜を所有,管理する国として当然の責務であり,公物管理や占有の点からも,本件砂浜に対する国の安全管理責任が肯定されるべきである。
②については,本件砂浜を含むi海岸一帯について,所論がいうような管理区分があったとしても,責任が競合する部分については,通常時の分担を取り決めていたにすぎないというべきであって,国が本来的に負っている責任に消長を来すものではない。したがって,本件打合せを境として,本件砂浜の安全管理責任の主体に変化が生じたのではないとはいえ,国の本来的な責任の存在を前提として,遅くとも本件打合せ以後は,その責任に基づく具体的な注意義務が発生していたと解するのが相当であって,原判決もその説示に照らすと,同旨の見解に立つものとみられる。また,本件打合せは,b事務所が明石市から「明石海岸」(k海岸のうち同市内にある部分をいうものと解される。)の整備に関する次年度の政府予算についての要望を聴くに当たっての事前打合せを主たる目的として開催されたものの,協議事項としては,その際に明石市作成の「平成14年度政府予算に対する要望書」等によって示された要望事項とは別に,海岸に関して現に発生している問題も取り上げられ,その一つとして「i海岸砂浜部における砂の吸い出し(突堤防砂板の破損)」という協議事項の下に,本件砂浜における陥没対策の問題が話し合われ,その際,明石市から,陥没及びその補修工事の写真並びに本件かぎ形突堤の構造図が示されるなどした上で,国による対策工事の要請があり,これに対して国側においても,被告人が国による対策工事の必要性について最終的には少なくとも理解を示した上で,目前に迫っていた海水浴期間中の安全管理にも言及していたこと(差戻前甲292)に照らすと,本件打合せにおいて明石市がした本件砂浜の陥没対策工事の要請は,一般利用者の安全にも関わるものとして現に存在している問題への対応を求めるものであって,利便性・快適性の向上,中長期的な防災対策等のための整備事業促進に関する政府予算の要望とは目的や時期を異にするものであるから,これをもって,正式な予算要望の予告的な話にすぎなかったなどとは到底いえないというべきである。
③については,確かに,砂浜の利用者が現に発生している陥没に近付かないようにするための安全措置だけであれば,これを明石市が行うことに格別の困難はなかったものと解されるが,繰り返し補修工事を行ったのに陥没の発生を阻止できず,b事務所に対して抜本的な対策工事を要請したということは,その前提として,明石市においては,陥没発生の原因や機序を十分に把握できなかったことを意味するのであって,本件砂浜に安全措置を講じるとしても,その時期や範囲の判断を誤るおそれがあり,安全管理責任を十分果たせない状況にあったということができる。
④については,所論の引用する最高裁判決(最高裁判所昭和63年(あ)第1064号平成3年11月14日第一小法廷判決・刑集45巻8号221頁)は,デパートの火災で多数の者を死傷させたとして,その経営会社の取締役が業務上過失致死罪等で起訴された事案において,取締役は,特段の事情がない限り,代表取締役の不適正な業務執行から生じた死傷の結果について過失責任を問われることはない旨判示したものであって,本件と事案を異にするものであることは明らかであるし,実質的にも,前記のとおり所有者としての占有や海岸管理者の代行権限に基づいて本来的に本件砂浜の安全管理責任を負っていた国の立場と,会社の業務執行について基本的には取締役会の構成員としての責任しか負わない取締役の立場とを同列に扱うことはできないというべきである。
所論はいずれも採用できない。
2 被告人には,本件砂浜に自ら安全措置を講じ,あるいは明石市又はg出張所に要請して安全措置を講じさせるべき地位ないし権限があったことについて
原判決は,近畿地方建設局組織細則(以下単に「組織細則」という。)44条6項により,同条1項に掲げる事務のうち,他の規定により他課の所掌事務とされているものを除く河川及び海岸に関する事務,すなわち同条1項3号ないし7号,9号等の工事実施に関係する事務や同項21号の2の海岸の管理に関する事務が工務第一課の所掌事務とされていたとした上で,これらの同細則の定めのほか,明石市との対応実態に照らすと,上記のとおり本件砂浜について安全管理責任を負う国側の組織は工務第一課であり,また,予算面での権限,本件砂浜における陥没発生状況の報告状況等から,工務第一課がg出張所に対し砂浜利用者等の死傷事故を未然に防止するための安全措置を講じるよう要請することは可能であり,同出張所がこれに応じないことはなく,さらに,国が海岸管理者の代行権限に基づき占用者である明石市に対する監督処分の権限を有していたこと,被告人と明石市関係者らとのやり取りの実態に照らすと,明石市との関係でも同様である,と説示するところ,その認定及び判断は相当である。
これに対し所論は,①組織細則上,工務第一課が海岸保全施設の海岸防護機能を維持するための管理事務を所掌していたとしても,本件砂浜が海岸保全施設でないことに照らすと,その管理事務は工務第一課の所掌事務に含まれないし,海岸防護機能維持と直接関連しない公物管理に関する事務を所掌していたと解する余地があるとしても,本件砂浜の補修工事に着手して安全管理を開始するためには,b事務所長の決裁と明石市に対する占用同意の取消しなどが前提となるから,被告人に刑法上の作為義務は生じていない上,本件砂浜の占有事務を命ぜられたり,事実上その占有事務を行う機会を有したりもしていなかったのであるから,被告人が占有事務に基づく安全管理責任を負う根拠もない,②工事事務所工務課の所掌事務を定める組織細則44条1項21号の2の「海岸の管理に関する事務」とは,それが昭和58年にそれまで局長が決裁していた海岸法関係の行政処分の一部が工事事務所長の専決事項とされたことに対応して規定されたものであるから,海岸法関係の行政処分に関する事務を意味し,海岸の維持管理や安全管理を含むものではないと解されるところ,b事務所においては,海岸法関係の行政処分に関する事務は,上記規定にかかわらず,同事務所河川管理第一課(以下「河川管理第一課」という。)の所掌とされていることに照らすと,上記「海岸の管理に関する事務」は極めて限定的なものと解され,被告人の幅広い権限や責任の根拠となるものではない,③本件砂浜に対する安全管理責任の根拠を実態に求めるのは法論理とはいえず,不当である,④工務第一課が占用者の明石市に対する監督処分の権限行使に関する事務を所掌しておらず,また,g出張所とも上下関係や予算関係がなかったことに照らすと,被告人は,明石市又はg出張所に要請して本件砂浜に安全措置を講じさせることはできなかったし,たとえ要請したとしても,明石市やg出張所にこれに従う義務がない以上,そのような要請をしなかったことと本件事故との間に因果関係はない,などと主張する。
しかしながら,①については,前記のとおり,本件砂浜の陥没対策は,海岸保全施設である本件かぎ形突堤の維持管理にも属すると解するのが相当であるから,本件砂浜自体が海岸保全施設でないことを理由として,陥没対策が工務第一課の所掌事務に含まれないということはできない。また,被告人が工務第一課長として補修工事や安全管理を実施するに当たって,b事務所長の決裁を要したとしても,同所長に対して補修工事や安全管理の必要性を適切に具申して決裁を求めれば,これを得ることに特段の困難はなく,また,明石市との関係でも,海岸法の諸規定,占用同意の条件,前記覚書などから,明石市が国の行う工事等を受忍しなければならないことは明らかである上,本件砂浜の陥没対策は明石市自ら国に求めていたものであることに照らすと,被告人に刑法上の作為義務を認める上で,上記のような決裁の必要性や占用者である明石市の存在は障害となるものではない。②については,組織細則44条1項21号の2の「海岸の管理に関する事務」が,所論のいうような経緯で規定されたものであるとしても,その文言上は海岸の管理全般をいうものと解されることや,時勢により変化する多様な行政ニーズに対して,裁量権を適切に行使して柔軟に対応することが求められる行政組織の役割に照らすと,上記「海岸の管理に関する事務」の範囲を所論のように限定的に解釈するのは相当でない。したがって,工務第一課が本件砂浜に対する安全管理責任を負っている国側の組織であることの事務分掌規定上の根拠として,同細則44条1項3号ないし7号,9号等と共に,同項21号の2を挙げている原判決の説示に誤りはない。③については,原判決は,組織細則の定めのほか,工務第一課が本件砂浜の陥没に関する明石市との対応に当たっていた実態にも照らすと,工務第一課が本件砂浜に対する安全管理責任を負う国の組織と解されると説示しているのであって,実態だけをその根拠としているわけではない。また,組織細則は,中央省庁再編後の本件当時も,国土交通省近畿地方整備局管内にある事務所の各課所掌事務を定めたものとして規範性があったが,その性質上当然に解釈の余地があったことや,前記のような行政組織の役割や各事務所の実情から,同細則の規定だけでは事務分掌が一義的に明らかでない場合もあったと考えられるのであるから,本件砂浜における陥没対策やそれに伴う安全管理が工務第一課の所掌事務であり,課長である被告人の責任であることについて,同細則の規定に根拠を求めると同時に,業務の実態によってこれを裏付け又は確認しておくことは何ら不当ではない。④については,確かに,工務第一課長の被告人には,明石市やg出張所に対し,強制力をもって本件砂浜に安全措置を講じさせるだけの権限がなかったが,明石市が,従来本件砂浜の陥没対策を実施するとともに,一定の安全対策も講じていた上,工務第一課やg出張所に対し,陥没の発生状況を説明し,国による陥没対策の実施を求めていたこと,g出張所が,b事務所の出先機関として工事の監督や海岸保全施設の点検等を行うに当たっては,工務第一課と連絡を取り合いながら連携して業務を行っていた上,本件砂浜にも近く,陥没に関しても,工務第一課に対し,明石市から受けた説明や要望を伝えたり,陥没の発生や安全対策の状況について報告するなどしていたことに鑑みると,本件砂浜の陥没問題に関しては,工務第一課とg出張所及び明石市(土木部海岸・治水課)とが一種の協働関係にあったと考えられる。そうすると,被告人が本件砂浜に安全措置を実施するためには,工務第一課長としてg出張所又は明石市に要請することが,これを迅速に実現する方法として最も有効であったことが明らかであるし,g出張所や明石市としても,その職責や上記協働関係からすると,その要請を拒むことは事実上あり得なかったと考えられる。したがって,被告人がg出張所や明石市に要請して本件砂浜に安全措置を講じさせることは十分可能であり,かつ,それによって本件事故の発生を回避できたといえるから,そのような要請をしなかったことと本件事故との因果関係も優に認められる。所論はいずれも採用できない。
3 被告人に本件事故発生の予見可能性があったことについて
原判決は,A5,A6,A7,A8及びA9の各証言によっては,本件事故以前に東側突堤沿いの砂浜の南端付近より北寄りの場所でも陥没の発生があったことは認められない,などの理由で被告人を無罪とした本件の差戻前第一審判決(神戸地方裁判所平成16年(わ)第327号)の判断に対し,その判断が誤りであるとして同判決を破棄した第一次控訴審判決(大阪高等裁判所平成18年(う)第1618号)の判断を前提として,原審において新たに取り調べられた証人尋問調書の供述者であるA24,A25,A26及びA27が,東側突堤沿いの砂浜について注意深い観察をしていたかは疑問の余地があるなどとして,第一次控訴審判決とは異なる判断を導き得るような新たな証拠はないとするほか,上記四宮らの各証言の具体的内容を改めて検討したところ,いずれも本件砂浜の東側突堤沿いの南端付近より北寄りの場所で陥没を目撃した経緯や状況を具体的に述べていることや,同人らが殊更,虚偽の証言をする事情は見受けられないことから,それぞれ相応の具体性や信憑性があるとして,同人らの証言に基づき,平成12年7月頃から平成13年10月頃までの間に東側突堤沿いの砂浜の南端付近より北寄りの場所でも複数の陥没様の異常な状態が生じていた事実を認めることができるとした上で,前記認定のような南側突堤と東側突堤との基本的な構造の同一性,防砂板が本来の耐用年数を大幅に下回る年数で破損していたこと,南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近の砂浜における陥没の発生状況からすると,陥没が発生すれば,それ自体は大きなものでなくとも,早晩その規模が大きくなる可能性があることなどをも併せ考慮すると,本件事故現場を含む東側突堤沿いの砂浜で防砂板の破損による砂の吸い出しにより人の死傷につながる陥没が発生することを予見することができたと認められるから,被告人には本件事故発生の予見可能性があったというべきである,と説示するところ,その認定及び判断は相当である。
これに対し所論は,①明石市職員等によるパトロールの記録にはそのような異常が記載されていない,②上記四宮らは,上記北寄りの場所に陥没があったと証言するが,大々的な捜査によっても数名の目撃者しかいないという事情からすると,これらの証言は記憶違いである可能性が高い,③上記四宮らが目撃したと述べる陥没は,いずれも直径が1メートル以上で深さ20ないし30センチメートルのすり鉢状のものであることからすると,砂の吸い出しによる陥没としては不自然であり,上記四宮らは砂の移動によるくぼみを陥没と見間違えた可能性が高い,④原判決は,上記陥没がパトロール記録に記載されていない理由として,パトロールの際に埋め戻されていた可能性があると説示しているが,砂が防砂板の裂け目から抜けるという陥没の構造からすると,一度陥没が発生すれば,砂を埋め戻しただけでは,僅かの時間で再び陥没が発生するはずである,⑤原審において新たに取り調べられた証人である明石市嘱託職員A27は,平成13年4月1日から本件事故発生までの間,毎週月曜日に本件砂浜をパトロールし,東側突堤沿いを含む本件砂浜について陥没発生の有無を確認していたが,南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近以外の砂浜に陥没はなかった,と証言している,⑥被告人に本件事故発生の予見可能性があったというためには,本件事故現場において,人の生命身体に対する危害が惹起される陥没等が発生することを予見できたことが必要というべきであって,原判決が説示するように,防砂板が破損して砂が吸い出され,陥没が発生することが予見可能であれば,本件事故発生の予見可能性があったというのでは,砂浜利用者が僅かなくぼみに足を取られるなどしただけで,海岸管理者に過失があることになり,不当である,などと主張する。
しかしながら,①及び⑤については,明石市職員による定期パトロールの記録(差戻前甲333,334)によれば,同パトロールは,頻度が週1回で,範囲も本件砂浜のi海岸全体のみならず,その他幾つもの海岸,広場,休憩施設等の広範囲に及んでいる上,チェック項目も多岐にわたっていること,また,警備会社である株式会社lの警備日誌(差戻前甲336)によれば,同社警備員による巡回は夜間に行われていた上,花火等の禁止行為のパトロールに重点が置かれていたことがそれぞれ認められることからすると,本件砂浜における比較的小規模な陥没等の異常については,上記パトロールや巡回では見落とされたり,記録されなかったりすることも十分あり得るというべきである。②については,捜査機関において把握している目撃者全員が証人申請されるとは限らない上,明石市作成の「i海岸砂浜陥没事故報告書―再発防止に向けて―(中間報告)」には,平成15年6月に明石市が住民に情報提供を呼び掛けたところ,場所の特定が十分でないにせよ,東側突堤沿いの砂浜で小規模なくぼみがあった旨の情報が13件寄せられた旨記載されていること(差戻前甲342)に照らすと,証人尋問が実施されたのが上記四宮ら5名だけであったからといって,他に目撃者がいないから,上記四宮らの証言の信用性に疑義があるなどとはいえない。③及び④については,前記定期パトロールの記録の中には,所論のいうような浅いすり鉢状のくぼみも砂の吸い出しによるものとして記録されている上(平成13年5月14日分写真②),一般的に考えても,砂の吸い出し状況,時々の天候,それらに起因する砂の乾燥程度等の条件によって,砂浜表面に見られる陥没の形状や大きさは変わると考えられるし,くぼみの持続時間の点でも,自然の風雨によって短時間で周囲と見分けがつかないぐらいに回復する程度のものから,人為的に埋め戻さなければ回復し難い程度のものまで,相当の差異が生じるということが考えられるのに加え,いったん人為的に埋め戻した後に再び発生するまでの時間についても同様のことがいえるのであって,上記いずれの点についても所論のようには一概にいえないというべきである。その他所論が上記四宮らの証言について種々主張する点を考慮しても,結局,第一次控訴審判決や原判決が説示するとおり,少なくとも東側突堤沿い南端付近よりも北寄りの場所でも砂浜表面に陥没様の異常な状態が存したという限りでは,同人らの証言の信用性を否定することはできない。⑥については,本件事故以前から,南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近の砂浜において,相当大きなものを含む大小の陥没が繰り返し発生していたところ,突堤のケーソン目地部に設置された防砂板が本来の耐用年数を大幅に下回る年数で破損し,そこから砂が吸い出されたことがその原因と考えられ,しかも,南側突堤と東側突堤とはケーソン目地部に防砂板を設置して砂の吸い出しを防ぐという基本的な構造が同じであったというのであるから,東側突堤沿いの砂浜の南端付近より北寄りの場所においても,複数の陥没様の異常な状態が生じていれば,たとえそれが陥没としてはさほど大きなものでなかったとしても,早晩その規模が大きくなり,人の生命身体に危険を及ぼす程度のものとなる可能性があることは,通常人であれば容易に認識できるというべきである。したがって,上記のような事実関係が認められる本件では,被告人において,東側突堤沿いの砂浜の南端付近より北寄りの場所において,防砂板の破損による砂の吸い出しにより陥没が発生することを予見することが可能であれば,本件事故発生の予見可能性が認められるという原判決の説示が誤っているとはいえない。
また,所論は,明石市が本件砂浜及び本件かぎ形突堤を占用していたのであるから,被告人において,明石市からの本件砂浜等の状況に関する報告を不十分と考える余地はなかったところ,仮に本件事故以前に現場付近で砂の吸い出しによる陥没様の異常が発生していたとしても,その事実は明石市の職員にさえ伝わっておらず,ましてや国の職員である被告人には全く伝わっていなかったのであるから,被告人が上記事実を知り得る可能性はなく,したがって,人の身体に対する危害が及ぶ陥没が発生することを予見することは不可能であった,と主張する。
しかしながら,被告人が,その地位・権限に基づいて本件砂浜及び本件かぎ形突堤の管理を行い,その利用者等の安全を確保すべき業務に従事していたことに加え,本件事故以前から,本件砂浜の南側突堤沿い及び東側突堤沿いの南端付近において,防砂板の破損による砂の吸い出しが原因で繰り返し陥没が発生しており,その対策工事が必要であったこと,南側突堤と東側突堤は,ケーソン目地部に防砂板を設置して砂の吸い出しを防ぐという基本的な構造が同じであったこと,本来の耐用年数が約30年とされていた防砂板が僅か数年で破損していたこと,被告人もこれらの事情を認識していたか,少なくとも十分知り得る立場にあったことに照らすと,被告人としては,本件砂浜の南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近だけでなく,東側突堤沿いの南端付近より北寄りの場所においても何らかの異常が生じていないかについて常に十分な注意を払い,自ら課長を務める工務第一課で調査するか,g出張所や明石市に要請してパトロール等による情報収集を重点的に行わせるべきであったし,また,そうすることによって上記四宮らのような一般市民が目撃し得た陥没様の異常であれば容易に把握することができたと考えられる。
所論は採用できない。
以上の他,所論が種々主張する点を記録に照らして精査,検討しても,原判決に所論のいうような事実の誤認や法令適用の誤りは存しない。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。