大阪高等裁判所 平成23年(ネ)1049号 判決 2011年9月28日
控訴人
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
白﨑識隆
被控訴人
東京海上日動火災保険株式会社
同代表者代表取締役
隅修三
同訴訟代理人弁護士
小西輝明
近藤秀一
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,530万円及びこれに対する平成21年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の大要
(1)請求の骨子
本件は,控訴人が,その所有するトヨタセルシオ(以下「本件自動車」という。)に乗車して走行していたところ,運転を誤り車両もろともため池に突っ込んで水没したため,本件自動車が修理不能の損傷を受けた事故(以下「本件事故」という。)を起こしたが,同事故は,偶然の事故であると主張して,本件自動車について車両保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた被控訴人に対し,同契約に基づく損害保険金(協定保険価額)530万円,及びこれに対する請求の日の後であることが明らかな平成21年9月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2)訴訟の経過
原判決は,本件事故は,控訴人が保険金目的で故意に惹起した事故であるとして,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が,原判決を不服として,本件控訴を提起した。
2 前提事実
争点に対する判断の前提となる事実であり,争いがないか,証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実(以下「本件前提事実」という。)は,次のとおりである。
(1)本件保険契約の締結等
ア 本件保険契約の締結
控訴人は,平成20年11月21日,被控訴人との間で,本件自動車につき,次の内容の本件保険契約を締結した(甲3,弁論の全趣旨)。
(ア)保険証券番号 <番号略>
(イ)保険契約者 控訴人
(ウ)被保険者 控訴人
(エ)保険者 被控訴人
(オ)被保険自動車 本件自動車
普通乗用自動車(トヨタセルシオ),登録番号なにわ<以下略>,車体番号UCF31<以下略>,所有者控訴人
(カ)保険種類 トータルアシスト総合自動車保険
(キ)被保険自動車に関する協定保険価額 530万円
イ 本件保険契約の内容
本件保険契約には,衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,台風,こう水,高潮その他偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して被保険者に保険金を支払う旨の約定がある(甲3,弁論の全趣旨)。
また,本件保険契約には,保険者は,保険契約者又は被保険者の故意によって生じた損害に対しては,保険金を支払わない旨の規定がある(弁論の全趣旨)。
(2)本件事故の発生
控訴人は,平成21年2月27日午後0時50分ころ,本件自動車に乗車して走行中,大阪府羽曳野市<番地等略>(以下「本件事故現場」という。)先路上(以下「本件道路」という。)からため池(通称夫婦池,以下「本件ため池」という。)に突っ込んで,本件自動車を水没させる事故(本件事故)を発生させた(甲6)。
3 本訴の争点
本訴の争点は,控訴人が故意に本件事故を発生させたものか(被控訴人主張),それとも,控訴人がブレーキとアクセルを踏み間違えて本件事故を引き起こしたのか(控訴人主張)である。
4 争点に関する当事者の主張
(1)被控訴人の主張
本件事故は,控訴人が車両保険金を不正に取得するために,本件自動車を故意に本件ため池に突っ込んで発生させたものであるから,本件前提事実(1)イの免責条項に該当する。このことは,以下の事実から明らかである。
ア 本件自動車入手の経緯
控訴人は,本件自動車購入当時,結婚を前提に交際していた乙山花子(以下「乙山」という。)から550万円の購入代金を支出してもらいながら,その数か月後に同人と別れた際に,タンス預金の中から上記550万円を返還したと主張するが,このような本件自動車の入手経過,購入代金の支払方法は,不自然であって信用できない。
控訴人は,本件自動車をもっと安い価格で購入したのに,その入手先を被控訴人に知られないように,ひいては控訴人が本件自動車を安い価格で購入した事実が発覚しないようにするため,上記のような虚偽の内容を作出したものである。
イ 本件事故現場に至る経緯
控訴人は,本件事故当日,本件事故現場に出向くこと自体が不自然である。この点につき,控訴人は,ゴルフ5藤井寺野中店(以下「本件ゴルフ用品店」という。)に行く際に,道に迷って本件事故現場に出てしまったと主張する。しかし,控訴人は,本件自動車にはカーナビゲーションシステム(以下「カーナビ」という。)が搭載されていたのに,これを使用せずに本件事故現場に至ったというのであり,これ又不自然である。
ウ 本件事故現場での走行状況
控訴人は,本件事故直前の本件自動車の走行状況について,本件道路にいた猫を避けようとして,ブレーキをかけようとしたところ,間違ってアクセルを一杯に踏み込んだために,本件ため池に突っ込んだ旨供述する。
しかし,控訴人の上記供述は,猫を発見した地点,そのときの猫の状況,アクセルとブレーキを踏み間違えた地点,アクセルを踏み続けた時間,そのときの走行速度等に関する供述が,不自然・不合理に変遷しており,信用できない。
エ 本件ため池から引き上げられた本件自動車の状況
(ア)本件事故後,本件ため池から引き上げられた本件自動車は,①運転席の窓が開いており,②運転席はリクライニングが倒れた状態になり,③運転席シートベルトは伸びきっていない状態で,シートベルトプリテンショナー(以下「プリテンショナー」という。)が作動していた状態であった。
(イ)このことは,控訴人が,本件自動車を運転して本件ため池に突っ込む際に,運転席の窓を開け,運転席のリクライニングを倒し,シートベルトを締めていなかったことを裏付けるものである。そして,このことは,控訴人が,本件自動車もろとも本件ため池に落下した後,本件自動車から容易に脱出できるよう予め準備していたことを裏付けるものである。
(ウ)控訴人は,本件事故により,プリテンショナーが故障した旨主張する。しかし,プリテンショナーは,安全装置としてあらゆる事態を想定して設計されており,水没しても作動に支障はなく,これが故障した可能性はない。
(エ)本件事故当時,本件自動車内には荷物がほとんどなかった。また,控訴人は,本件自動車もろとも水没した後,本件自動車から脱出したというのに,控訴人が本件事故当時所持していたという免許証が濡れておらず,携帯電話のFOMAも損傷していなかったということも,不自然である。
オ 本件事故後の控訴人の言動
控訴人は,水没した本件自動車内から外に出て,本件ため池を泳いで岸に上がり,居合わせた住民に対し,問われもしないのに,本件事故の状況を話しかけていた。これは,ことさら目撃者を作るための作為と考えられる。
カ 本件事故を作出する動機
控訴人は,本件事故後別の自動車を購入していないが,不便も感じていないことからして,そもそも本件自動車を必要としていたとは考えられない。また,本件事故は,本件保険契約締結後,わずか3か月で発生している。
控訴人は,本件自動車(トヨタセルシオという高級車)を低額で取得して高額の車両保険を締結し,本件事故により多額の保険金を取得することで,差額を収入とする動機で,故意に本件事故を引き起こしたものと推認Fできる。
(2)控訴人の反論
本件事故は,控訴人の故意によるものではなく,偶然の事故である。このことは,以下の事実から明らかである。
ア 本件自動車入手の経緯
控訴人は,婚約者の乙山が準備した550万円により本件自動車を購入したが,同人が運転免許を有していなかったため,本件自動車を控訴人名義で登録した。控訴人は,その後,同人と別れることになった際,上記550万円をタンス預金の中から返還している。
イ 本件事故現場に至る経緯
控訴人は,本件事故前,本件ゴルフ用品店に行く途中であったが,大阪外環状線の沢田交差点(以下「沢田交差点」という。)周辺で道を間違えて,本件事故現場に入り込んでしまったものである。また,本件自動車にはカーナビが搭載されていたが,控訴人は普段からカーナビを使用していないから,控訴人がカーナビを使用しなかったことも不自然ではない。
ウ 本件事故現場での走行状況
控訴人は,本件事故直前,本件道路上にいた猫を避けるためブレーキをかけようとしたところ,ブレーキと間違えてアクセルを踏んでしまい,本件自動車もろとも本件ため池に突っ込んだものである。
控訴人は,当時,ブレーキとアクセルとを間違えて動揺していたため,本件事故直前の詳細は記憶していない。ところが,その後,被控訴人が依頼した調査員(以下「被控訴人調査員」という。)から執拗に,ブレーキと間違えてアクセルを踏んだ位置や,本件道路先端のフェンス(以下「本件フェンス」という。)手前での本件自動車の速度等を聞かれたため,位置や速度について正確な記憶もないのに,あやふやな回答をしてしまったのである。
エ 本件ため池に突っ込んだときの状況
(ア)運転席の状況
本件自動車からの脱出を容易にするためには,予め運転席の位置を後部に移動させておく必要がある。ところが,本件自動車は,本件事故後,運転席の位置が前方に移動していたのであり,本件自動車から脱出するには,運転席とハンドルの間隔が狭く窮屈であった。
本件自動車は,本件事故後,運転席の位置が前方に移動し,リクライニングシートが倒れていたことについては,パニックになった控訴人が,本件事故後に作動させた可能性があるから,なんら不自然ではない。
以上の次第で,控訴人が,本件事故前に,水没した本件自動車から脱出し易いように,予め運転席の位置を前部に移動させておいたとか,予めリクライニングを倒しておいたなどという被控訴人主張は誤りである。
(イ)シートベルトの着用
控訴人は,本件事故当時違反点数が累積していて,シートベルトを締めていないことで交通取締にあい,減点されることがないように注意を払っていたので,本件事故当時もシートベルトを締めていた。
被控訴人は,本件ため池から引き上げられた本件自動車のプリテンショナーが作動していたことを理由に,控訴人は本件事故当時シートベルトを締めていなかったと主張するが,本件事故によりプリテンショナーが故障したものと思われる。
(ウ)本件事故当時の所持品
控訴人は,本件事故当時,本件自動車内に余分の荷物を搭載していなかったが,そのことも特に不自然なことではない。なお,控訴人は,本件事故当時,ポケットに運転免許証,携帯電話を入れていた。
(エ)本件自動車が着水後水没するまでの時間
自動車は,水中に突っ込んでも浮力があるため,直ちには沈まない(甲25,26,29ないし32)。したがって,控訴人が,本件自動車が本件ため池に着水した後,シートベルトを外したり,座席を倒したり,運転席の窓を全開したりする行動をとったとしても,不自然なことではない。
したがって,被控訴人が主張するように,控訴人が,本件事故前に,シートベルトを外し,窓を全開にし,座席を倒していたと推認することはできない。
オ 本件事故後の控訴人の言動
控訴人は,本件自動車から脱出後,本件ため池を泳いでようやく岸に至り,居合わせた住民に救助された。その際,控訴人は,居合わせた住民に対し,本件事故の状況を話しかけるようなことはしていない。
カ 本件事故を作出する動機
本件自動車の時価は約300万円であるから,仮に,控訴人が,本件事故によって保険金530万円の支払を受け,利得を生ずるとしても,230万円程度である。控訴人が,この程度の利得を得るために,厳冬期しかも雨の気候の日に,命をかけて汚れた本件ため池に本件自動車ごと飛び込む訳がない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
本件前提事実,証拠(<証拠等略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)本件自動車及びその入手の経緯等
本件自動車は,平成17年8月初度登録のトヨタセルシオ,総排気量4292cc(甲13,乙17)で,オートマチック車である。前所有者名義は,日立キャピタルオートリース株式会社となっており,平成20年9月4日に一時抹消登録されたのち,同年11月21日,控訴人名義で再登録されている(乙17)。なお,本件自動車の走行距離は,上記控訴人の取得時には8万1700キロメートル,平成21年1月15日では8万6969キロメートルであった。
控訴人は,甲野建設との屋号で建設業を自営しているが,本件自動車取得後も仕事には他の車を使用していた。
控訴人は,本人尋問で,「本件自動車の取得費用550万円は,婚約者の乙山が拠出してくれたものである。控訴人は,その後,乙山とは関係を解消したため,乙山には550万円を現金で返還した。その原資は,控訴人のタンス預金及び乙山と婚姻後に居住する住宅取得の頭金として準備していたものである。乙山の住所は,大阪の日本橋という以外にはわからない。」旨供述している。
(2)控訴人自宅から本件事故現場までの行程に関する控訴人の供述
控訴人は,本人尋問において,控訴人自宅から本件事故現場まで行くことになった状況について,以下のとおり供述している。
ア 控訴人は,平成21年2月27日(本件事故当日),雨で仕事がなくなったため,以前利用した際の接客対応が親切であったため,本件ゴルフ用品店に行くことにした。
イ 控訴人は,自宅(大阪市生野区<番地等略>)から本件ゴルフ用品店に行くために,乙18(大阪市内地図)の赤着色線のとおり,国道25号線,市道大阪環状線(今里筋),大阪市東住吉区<番地等略>,長居公園通(国道479号線)及び府道179号線を経て,大和川沿いに東に向かって走行し,新大井橋南詰を右折して大阪外環状線(国道170号線)を南下し,本件ゴルフ用品店(乙18の地図南端中央の外環状線沿いの「ゴルフ5」)に向けて進行した。
しかし,大阪外環状線が渋滞していたので,沢田交差点の手前から右折して脇道に入ったところ,道に迷って本件事故現場に至った。
ウ 本件自動車にはカーナビが搭載されていたが(乙2の4頁の写真5),控訴人は,道に迷ったため,本件事故現場に至るまで,終始カーナビは使用しなかった。
エ 本件ゴルフ用品店は,大阪外環状線沿いの野中交差点付近にある店舗であるが,沢田交差点は,同店の2キロメートル弱北にあった。本件事故現場は,本件ゴルフ用品店の西南西約1.5キロメートルの位置にある住宅街の道路である(乙18の地図南端中央付近参照)。
(3)本件事故現場の状況
本件道路は,幅員約4メートルの南北方向の道路から東西方向に分岐し(この三差路を「本件三差路」という。),同所の止まれ白線位置(本件道路の始点)から本件道路先端のフェンス(本件フェンス,本件道路の終点)まで,東西約24メートルにわたる幅員4メートルの直線道路である(乙2の5ないし10・12頁,乙5,6,別紙図面参照)。
本件道路は,本件フェンスとの突き当たりの場所で,本件ため池に沿ってほぼ直角に,南方向に向かってさらに延びている(乙2の11・12頁参照)。本件ため池は不整形であるが,その北西角の部分が方形状に突出したようになっている(乙2の12頁,乙18の地図の南端中央参照)。本件事故現場は,本件自動車が本件道路東端の本件フェンスに衝突した地点である(乙2の5ないし8頁,乙5の2・3枚目参照)。
(4)本件事故の状況
控訴人は,平成21年2月27日午後0時50分ころ,本件自動車を運転して,北から南に進行して本件三差路に至り,同所を左折して本件道路に進入した。さらに,控訴人は,本件自動車を運転して,東に向かって本件道路をそのまま直進して,本件フェンスを破壊して本件ため池に転落し,本件ため池北西部の方形箇所の中央部付近まで進み,まもなく水没した(乙1の4枚目,乙2の5ないし10・12頁,乙5,6,別紙図面参照)。
被控訴人調査員が複数の本件現場の近隣住民から聞き取りをした結果によれば,本件自動車が浮いていたのは,本件フェンスから約13メートルの位置であった。本件道路の道路面から本件ため池の水面までは0.6メートルの高低差があり,法面の幅は0.14メートルあった(乙2の12頁)。
(5)本件事故後の控訴人の行動
控訴人は,本件事故後,本件ため池に水没した本件自動車内から自力で脱出し,泳いで岸にたどり着いた。控訴人は,その直後に救急車で搬送された病院で,低体温症(34度)の診断を受けたが(甲10),特に負傷もしておらず,その後身体には異常も認められなかった。
なお,本件事故当日の大阪の気象は曇りないし雨であり,午後1時現在の気温は摂氏7.3度であった(甲8,乙11)。
(6)本件ため池から引き上げられた本件自動車の状況
本件自動車は,水没後引き上げられ,平成21年3月5日,6日の両日,東京海上日動調査サービス株式会社(以下「被控訴人調査会社」という。)の担当者が状況を確認した。その際の状況は,以下のとおりであった(乙7)。
ア 本件自動車の前部左側バンパーが下方から持ち上がり,ボンネットが屈曲していた。その他は,車体全体の擦過痕を除いては,外観上,特に目立った損傷は認められなかった(乙2の3頁,乙7の1・2頁)。
イ 運転席のドアガラスは全開となっていた(乙2の3頁,乙7の11頁)。
ウ 運転席のシートは前方に移動され,リクライニングが倒れた状態となっていた(乙2の4頁,乙7の13頁)。
エ シフトレバーはPレンジとなっていた(乙7の13頁)。
オ 運転席のエアバッグは作動していなかった(乙2の4頁,乙7の12頁)。カ 運転席のシートベルトは,右センターピラーに巻き込まれた状態で,プリテンショナーが作動し,引き込まれた状態であった(乙2の4頁,乙7の14頁)。
キ 助手席グローブボックスには,本件自動車のマニュアル及び車検証が入っていたものの,その他の荷物はほとんどなかった(乙2の4頁,乙7の19頁)。
(7)控訴人の本件事故状況に関する説明
控訴人の本件事故に関する説明は,以下のとおりである。
ア 平成21年3月9日(1回目)の説明
控訴人は,平成21年3月9日,被控訴人調査員による事情聴取に対し,以下のとおり供述した(乙3)。
(ア)控訴人は,自宅から本件ゴルフ用品店に行くために,国道25号線,今里筋等を経て,大阪外環状線に入ったが,同線が渋滞していたので,抜け道を探していて,道に迷って本件道路に進入した。その時点では,アクセルもブレーキもはずした状態で走行していた。速度は,正確にはわからないが,10キロメートルではないか。
(イ)そうするうちに,本件フェンスから約5ないし6メートル位手前(乙2の8頁・12頁,乙3)で,猫が左側の民家から本件道路に向かって「ぽん」と飛び出してきたので,ブレーキを踏むつもりでアクセルを目一杯(ベタ踏みの状態)に踏んでしまったため,本件自動車が加速し,本件フェンスを破って本件ため池に転落した。
(ウ)被控訴人が本件事故当時ズボンのポケットに入れて所持していたのは,裸の現金2,3万円,運転免許証,携帯電話であった。
イ 事故解析調書(乙2)の作成等
被控訴人調査会社は,上記アの控訴人からの事情聴取内容,本件自動車が本件ため池から引き上げられた際の本件自動車の状況(前記(6))及び自動車の運動特性等を総合・解析した結果に基づき,平成21年4月15日付けで「事故解析調書」(乙2)を作成し,楠眞佐雄法律事務所に提出した。
被控訴人調査会社は,事故解析調書(乙2)の中で,結論として,本件自動車の損壊状況や本件自動車が水没した地点等から検討して,本件自動車が本件フェンスに衝突した際の速度は,時速30キロメートルを大幅に上回っていたと推定されること,控訴人が猫を発見したと指示説明した場所(本件フェンスから5ないし6メートル位手前)でブレーキとアクセルを踏み間違えても,アクセルを踏んだ直後でスピードがあまり出ていないため,本件自動車の左前面に生じたほどの損傷(乙2の3頁の写真2参照)を生じることはなく,本件ため池に転落して池の真ん中付近まで至ることは困難といえると分析した。
そこで,楠眞佐雄法律事務所の弁護士は,控訴人に対し,控訴人が供述する本件事故の状況が客観的な本件事故状況と整合していないことが判明したとして,上記不整合の原因が解明しない限り保険金を支払うことができない旨の,平成21年4月20日付け「御通知」と題する書面(乙9)を発した。
ウ 平成21年4月28日(2回目)の説明
これに対して,控訴人は,被控訴人に対し,再度の事情聴取を希望したため,平成21年4月28日,本件事故現場で,被控訴人調査員による再度の事情聴取が行われた。その際,控訴人は,要旨以下のとおり供述した(乙4)。
(ア)本件自動車が本件三差路を左折したときの速度は,断定できないが時速30キロメートル位であった。控訴人は,その後,アクセルとブレーキを放して本件道路を直進していたところ,本件フェンスから約13ないし17メートル手前(乙10,被控訴人の平成22年4月28日付け準備書面5頁第5の2)で,左側民家から本件道路に向かって「ばっと」猫が飛び出してきた。
(イ)そこで,控訴人は,ブレーキを踏むつもりで踏み込んだところ,間違ってアクセルを踏んでしまった。
(ウ)控訴人は,本件事故当時も,本件自動車運転中はシートベルトを締めていた。
(エ)控訴人は,上記(ア)及び(イ)で述べた本件事故の状況について,道路幅,猫を発見した位置及びアクセルとブレーキを踏み間違えた旨等を書き込んだ上で,署名押印をした図面(乙10)を作成した。
エ 陳述書(甲25)での説明
控訴人は,平成22年10月3日付けで陳述書(甲25)を作成し,その中で,次のとおり陳述している。
(ア)控訴人は,上記ア及びウの調査の際には,被控訴人調査員から本件自動車の速度等について執拗に聞かれたため,上記のとおり供述したが,実際には詳しく覚えていない。
(イ)ただし,シートベルトは,違反点数が累積していて,着用義務違癆スで検挙されると大変なので,必ず締めていた。
(ウ)被控訴人は,進路前方に向かって左側の民家の方から猫が現れたので,はっとして,ブレーキに足を掛け一気に踏み込んだところ,それがアクセルであった。
オ 本人尋問での説明
さらに,控訴人は,平成23年1月11日に実施された本人尋問において,次のとおり供述した。
(ア)控訴人が本件道路に進入した際の本件自動車の速度は分からない。
(イ)猫は,飛び出したのではなく,本件三差路を左折した直後に,道路の真ん中にいるのを発見した(本人調書66ないし69項)。
(ウ)そこで,控訴人は,急ブレーキをかけたところ,誤ってアクセルを目いっぱい踏み込んでしまったため,急加速して本件フェンスに直撃して,本件ため池にそのまま突っ込んだ(本人調書74ないし85項)。
(エ)本件ため池では、シートベルトをはずして運転席の窓から脱出したようであるが,ドアを開けたような気もする(本人調書86ないし93項)。なお,本件自動車の運転時には,本件自動車の窓は開けていなかったと思う(本人調書119項)。
2 当裁判所の判断
上記1の認定事実を基にして,以下,本訴の争点についての当裁判所の判断を述べる。
(1)本件自動車の入手経緯
ア 控訴人主張
控訴人は,「婚約者の乙山が準備した550万円により本件自動車を購入したが,同人が運転免許を有していなかったため,本件自動車を控訴人名義で登録した。控訴人は,その後,同人と別れることになった際,上記550万円をタンス預金の中から返還した。」旨主張する。
イ 検討
しかし,いくら乙山が控訴人の婚約者であったとはいえ,控訴人が購入する本件自動車の代金550万円を,本件自動車を運転することもない乙山が出したということ自体が不自然,不合理である。また,控訴人が,乙山と別れる際に,上記550万円をタンス預金の中から同人に返還したということも,不自然,不合理である。控訴人は,上記550万円もの金額を支出した事実がないので,タンス預金の中から捻出したとの主張をしているのではないかと取られてもやむを得ない。
その上,控訴人は,乙山とは,結婚を前提とした交際をしていたと供述しながら,一方では,その住所等も大阪市日本橋という以外は分からない(控訴人本人調書234,235項)として,同人に関する資料を一切提出しない。これらに照らせば,果たして乙山なる人物が実在したのかどうかすら明らかではない。
以上によれば,本件自動車の取得に関する控訴人の供述は,実際は低価で購入した本件自動車の入手経路や,取得価格を明らかにすることを拒否するための言い訳であると取られてもやむを得ない。
(2)本件事故現場に至る経緯
ア 沢田交差点を右折して本件事故現場に至ったこと
控訴人は,本件事故当日,外環状線が混んでいたので,沢田交差点を右折して脇道を行こうとしたが,道に迷って本件事故現場に至ったと供述している。
しかし,沢田交差点を右折すると,幅員の広い堺大和高田線(府道12号線)に進入することとなり(乙18の地図),狭い道路に進入したわけではない。控訴人が行こうとしていたという本件ゴルフ用品店へ行くためには,沢田交差点を右折して上記堺大和高田線を600メートルほど西進し,小山交差点を左折して大阪羽曳野線(府道186号線)に進入して南進すれば,容易に本件ゴルフ用品店に到着することができたはずである。その一方で,本件事故現場に行くためには,沢田交差点を右折した後,堺大和高田線を2キロメートル以上西進し続ける必要がある(乙18の地図参照)。
通常のドライバーの心理とすれば,道路が混んでいた場合に迂回路を探す場合には,混んでいる道路と平行している道路を走行しようとするものであるのに,当初走行していた外環状線から離れ続ける(堺大和高田線を約2キロメートルも西進し続ける)控訴人の運転方法は,極めて不自然,不合理である。
イ カーナビの不使用
本件自動車にはカーナビが搭載されていた(乙2の4頁の写真5)。仮に,控訴人が,本件事故当日,外環状線が混んでいたので,沢田交差点を右折して脇道を行こうとしたが,道に迷ってしまったのであれば,その時点で,当然,カーナビの誘導機能を利用するはずである。
ところが,控訴人は,本件事故直前,道に迷った後も,カーナビを利用することなく道に迷ったまま走行を続け,本件事故現場にまで至ったというのであり,控訴人の行動は,通常のドライバーであればとらないであろう不自然,不合理なものである。
しかも,控訴人は,道に迷った後もカーナビを使用しなかった理由について,被控訴人調査会社の質問には,「別に急ぎで行く必要もなかったため」と回答していたのに(乙1,3),その後の供述では,そもそもカーナビは普段から使用していなかったと改めている
(甲25の陳述書,本人調書51項)。
ウ まとめ
以上からすれば,控訴人が,本件事故当日,本件ゴルフ用品店に行くために,沢田交差点を右折した後に道に迷い,カーナビを利用しないまま本件事故現場に至った,という説明自体が不自然,不合理である。
控訴人は,本件事故当日,当初から本件ゴルフ用品店に行く予定などなく,本件自動車に乗って本件事故現場にまで行き,故意に本件自動車を本件ため池に転落させて,保険金を取得しようという意図があったのではないか,との疑いを払拭できない。
(3)本件事故現場での走行状況
ア 本件事故現場での走行状況に関する控訴人供述の変遷
(ア)控訴人供述の重要性
そもそも,本件事故については,控訴人以外に,これを目撃していた関係者がいないのであるから,本件三差路を左折して以降,本件ため池に飛び込むまでの運転状況,アクセルとブレーキを踏み間違える原因となった猫を発見した位置,そのときの猫の動静,本件自動車の速度など,控訴人の本件事故に関する供述が重要な決め手となる。
(イ)控訴人供述の変遷
ところが,控訴人の供述は,前記1(7)のとおり,被控訴人調査員に対する供述(1回目,2回目),陳述書(甲25)及び本人尋問の際の供述と,それぞれ内容が変遷している。
すなわち,①アクセルを踏み込んだ位置について,本件フェンスから約5ないし6メートル位手前(被控訴人調査員に対する1回目),約13ないし17メートル位手前(同2回目),本件三差路を左折した直後(本人尋問)と変遷している。②また,控訴人が猫を発見した際の猫の状況についても,被控訴人調査員には,猫が左側の民家から本件道路に向かって飛び出してきたと説明していたのに,陳述書では,左側の民家の方から本件道路に猫が現れたと陳述し,更に本人尋問では,猫が本件道路の真ん中にいたと供述を変遷させた。
③さらに,本件自動車の速度についても,(a)本件道路に進入した際,アクセルもブレーキもはずした状態で走行していたので,速度は時速10キロメートル位(被控訴人調査員に対する1回目),(b)本件三差路を左折したときの本件自動車の速度は30キロメートル位であり,その後,アクセルとブレーキを放して本件道路を直進していた(同2回目),(c)本件道路に進入した際の本件自動車の速度は分からない(陳述書,本人尋問)と変遷が著しい。
(ウ)検討
以上の変遷の経緯及び変遷内容に照らせば,控訴人は,被控訴人代理人らから,控訴i人lの供述する本件事故の状況が客観的な本件事故の状況と整合していないと指摘されたため(前記1(7)イ),矛盾を繕うべく,アクセルを踏み込んだ位置,それまでの本件自動車の速度等について,その供述を変更させるに至ったものと考えられる。しかし,これらは,事故に遭った者に完全な記憶を求めることが一般的には期待できないという事情を考慮しても,なお不自然,不合理であるといわなければならない。
控訴人が,以上のように,本件ため池に飛び込むまでの運転状況,アクセルとブレーキとを踏み間違える原因となった猫を発見した位置,そのときの猫の動静,本件自動車の速度などについて,不自然,不合理な供述の変遷を重ねていることに照らせば,控訴人は,本件事故直前に猫を避けるべく間違えてアクセルを踏んだ事実などなく,本件道路を相当な速度で直進して本件自動車を本件フェンスに衝突させ,故意に本件自動車を本件ため池に転落させて,保険金を取得しようとしたのではないか,との疑いを払拭できない。
イ 本件事故現場での走行状況に関する控訴人供述の不自然,不合理性
(ア)控訴人の供述
控訴人は,最終的に,原審での本人尋問で,本件道路に進入した直後に猫が道路上にいることを発見して,ブレーキとアクセルを踏み間違え,アクセルを踏み続けてそのまま直進した結果,本件自動車を本件フェンスに衝突させて本件ため池に転落したと供述しているので,この供述を前提に,控訴人が供述する本件事故態様の不自然,不合理性について,以下,検討する。
(イ)検討a本件自動車が本件道路に進入した時点での速度
控訴人は,本件道路に進入する前に道に迷っていたと供述している上,本件道路(東西道路)に進入する前の南北道路も幅員の狭い住宅街の道路であるから
(乙5,13),控訴人の本人尋問での供述を前提とすれば,控訴人が左折して本件道路に進入した際のスピードは,低速であったことが推認できる。
しかも,証拠(乙5,6)及び弁論の全趣旨によれば,本件道路への進入地点付近は,進入する前の南北道路,進入した本件道路ともに幅員が約4メートルと狭い住宅街の道路であり,進入地点には,南北道路の左側,本件道路の左側のいずれにも電柱が存在し,本件道路の右側には交通標識が立っている上,進行してきた南北道路から進入する本件道路の見通しが悪いことが認められる。
以上の事実に,ドライバーは通常左折時には減速して運転するものであることに照らせば,控訴人の本人尋問での供述を前提とする限り,控訴人は,本件交差点付近では,本件自動車の速度を停止に近いほどに落とし,南北道路から左折して本件道路に進入したものと推認できるので,控訴人が本件道路に進入した時点では,本件自動車の速度は,時速10キロメートル未満であったものと推認することができる。
このように,控訴人が間違ってアクセルを踏んだ時点での本件自動車の速度が極めて低速であったことは,通常の速度で進行していて間違ってアクセルを踏んだ場合に比べて,本件フェンスに衝突するまでの時間的余裕が更にあったということを指摘できる。b控訴人の運転方法の不自然,不合理性
控訴人は,本件道路に左折進入した直後に間違えてアクセルを踏み,本件フェンスまでアクセルを踏み続けて直進したと,本人尋問で供述する。
しかし,控訴人は時速10キロメートル未満の低速度で本件道路に進入しているのであり,進入地点から本件フェンスが設置されている地点までは20メートル以上もある上,本件道路は,本件フェンスとの突き当たりの場所で,本件ため池に沿ってほぼ直角に,南方向に向かってさらに延びている(前記1(3))。
ところが,控訴人は,本件道路の進入地点から20メートル以上にわたりアクセルを踏み続けたところ,その間ハンドル操作もせずに直進し,本件フェンスの手前で右折するような措置もとらず,本件ため池への落下を防止するための何らの回避措置も採らなかったというのである。控訴人のこのような運転方法は,本件ため池への転落という危険に直面した運転者の行動としては,極めて不自然,不合理であるといわなければならない。cまとめ
以上の控訴人の運転方法に関する供述の不自然,不合理性に照らしても,控訴人は,本件道路に進入した直後に間違ってアクセルを踏んだのではなく,当初から保険金を取得する目的で,本件道路にある程度のスピードで進入し,その後スピードを加速させて直進して,故意に本件自動車を本件フェンスに衝突させて,本件ため池に転落させたのではないか,との疑いを払拭できない。
(4)本件ため池から引き上げられた本件自動車の状況
前記1(6)で認定した本件ため池から引き上げられた本件自動車の状況からも,次のとおり,本件事故は,控訴人の故意によるものと推認できる。
ア 運転席側の窓
本件事故後,本件自動車の運転席側の窓は全開になっていた(乙2の3頁の写真3,乙7の11頁)。
本件自動車の窓の開閉は電動式であり(乙15の4頁の写真5参照),窓を全開するまでに5秒間を要する(乙15の実験2)。本件自動車が本件ため池に着水して沈み始め,自動車の窓まで水が迫ってきてから窓を開こうとすると,少し開けた窓から水が車内に大量に流れ込むため,窓の開閉装置の電気系統の機能が故障して,窓を全開することができなくなることが考えられる。
したがって,本件ため池から引き上げられた本件自動車の運転席側の窓が全開になっていたこと(乙2の3頁の写真3)からは,本件自動車は,本件ため池に水没した後に運転席側の窓が開けられたのではなく,本件事故直前から,同窓が全開になっていたことが推認できる。
イ 運転席のシート
本件事故後,本件自動車の運転席のシートが前方に移動され,背もたれは,電動式のリクライニングが倒されていた(乙2の4頁の写真4,乙7の13頁)。上記リクライニングを倒すには6秒間も要する(乙15の実験1)。これに,アの実験結果をも勘案すれば,仮に控訴人が,本件自動車が水面に落下してから,リクライニングを倒して窓を全開にするまでには,少なくとも11秒を要するのであるから,その後運転席シートを踏み台にして窓から脱出したとは,到底考えられない。
以上に照らせば,本件自動車の運転席のリクライニングが倒され,シートが前方に移動されていたのは,本件自動車が本件ため池に着水した後にリクライニングが倒されたのではなく,本件事故直前から,リクライニングが倒され,シートが前方に移動されていたことによるものと推認できる。
ウ シートベルト等
本件事故直後,運転席のシートベルトは,右センターピラーに巻き込まれた状態でプリテンショナーが作動し,引き込まれた状態であった(乙2の4頁の写真4,乙7の14頁)。プリテンショナーとは,前方向からの衝突時に火薬が炸裂してシートベルトを瞬間的に引き込み,乗員をシートに固定することでシートベルトの効果を一層高める装置である(乙8)。
本件事故では,本件自動車が本件フェンスに衝突した際か,本件ため池に着水時にプリテンショナーが作動したものと思われるが,控訴人がこの時点でシートベルトを締めていたのであれば,シートベルトが控訴人の身体分だけ伸びた状態で止まることになるが(乙8,15の5頁以下),本件自動車では,シートベルトが伸びることなく,巻き込まれた状態でプリテンショナーが作動している。
@上記事実によれば,控訴人は,本件事故当時,シートベルトを締めていなかったことが認められる。
エ まとめ
以上の認定判断によれば,控訴人は,保険金を取得する目的で,遅くとも本件事故直前には,本件ため池に落下した後,本件自動車内から速やかに脱出できるように,予めシートベルトを外し,運転席側の窓を開けておき,運転席のシートのリクライニングを倒し,シートを前方に移動しておいたこと,そして,控訴人は,かねてからの計画どおり,本件自動車を本件ため池に落下させた後,運転席シートを踏み台にして速やかに窓から脱出したのではないか,との疑いを払拭できない。
(5)控訴人の本件事故当時の運転免許証a控訴人は,本件事故当時,ズボンのポケットの中に裸で運転免許証を入れていたと陳述する(乙3の17頁,本人調書404項)。bそこで検討するに,証拠(乙12,23)によれば,控訴人の運転免許証(乙12)は,平成20年12月4日に再交付を受けたため,その旨のゴム印が裏面に押印されていること,被控訴人調査会社が平成22年8月2日に実施した実験(乙23)によれば,運転免許証は,短時間浸水させただけで,裏面に印字された警察署ないし公安委員会作成部分のインクが水に溶解し,印字がにじむとの実験結果が得られたことが認められる。
ところが,控訴人が本件事故当時所持していたという上記運転免許証(乙12)の裏面には,そのようなにじみの形跡はない。それゆえ,控訴人が本件事故当時,運転免許証を身体に所持していたものとは認められない。cところで,控訴人が主張するように,控訴人が,本件事故当日,本件ゴルフ用品店に行くために本件自動車に乗り込んだのであれば,控訴人は,本件事故当時も,当然運転免許証を所持していたはずである。ところが,控訴人は,上記のとおり,本件事故当時,運転免許証を所持していなかったのである。
以上によれば,控訴人は,本件事故当日,自宅を出る時点で,本件自動車が水没することが予め分かっていたので,運転免許証を所持していると濡れて損傷するため,運転免許証を所持せず(すなわち,運転免許証不携帯という反則行為を犯して)自宅を出ているのではないか,との疑いを払拭できない。
(6)まとめ
結局,以上の諸事情を総合考慮すると,本件事故は,控訴人が主張する事故原因(本件事故直前,猫を避けるためブレーキをかけようとしたところ,ブレーキと間違えてアクセルを踏んでしまい,本件自動車もろとも本件ため池に突っ込んだもの)ではなく,被控訴人が主張する事故原因(控訴人は,本件自動車に掛けている保険金を取得する目的で,故意に本件自動車を本件ため池に落下させた)であると推認できる。
3 控訴人主張に対する判断
控訴人は,以下のとおり種々主張して,故意に本件事故を発生させたことを否定する。しかし,これらの各主張は,いずれも採用できない。その理由は,以下のとおりである。
(1)本件事故現場での走行状況について
ア 供述の変遷
(ア)控訴人の主張
控訴人は,「本件事故現場での走行状況についての供述内容が変遷したのは,当初,被控訴人調査員から,本件事故直前の速度などについて執拗に質問を受けたため,とりあえず応答をしたに過ぎない。しかも,その後,被控訴人訴訟代理人らから,調査結果によれば,控訴人が述べるような態様では本件事故は起こらない旨の指摘を受けて,本件自動車の走行状況について,供述を変遷させるに至ったものである。したがって,控訴人の供述が変遷したのは,いわば,被控訴人の調査結果に翻弄された結果ともいうべきであるから,何ら不自然ではない。」旨主張する。
(イ)検討aしかし,本件事故当時の本件自動車の速度や,本件フェンスに衝突するまでの本件自動車の走行状態は,控訴人以外には,事実関係を知る関係者がいないのであるから,被控訴人調査員から当然質問を受けるべき事柄であるといえる。それゆえ,控訴人も,本件事故に遭ったとして保険金請求をする以上,このことは十分に認識していたはずである。
また,乙3,4における控訴人と被控訴人調査員とのやりとりの内容を子細に検討しても,同調査員の控訴人に対する質問が執拗な態様でなされ,控訴人の回答を誘導するものであったとは到底認められない。さらに,控訴人は,被控訴人調査員の事情聴取に際しては,前記1(7)ア,ウのとおり曖味な供述に終始していたのであるから,本件事故が偶然のものであるかどうかを探求すべき立場にあった被控訴人調査員が,自己の調査結果を前提に,控訴人に対して矛盾点や暖味な点を指摘して確認作業を行うことは,当然のことである。
控訴人としては,真に本件事故当時の記憶があるのなら,被控訴人調査員から疑問点の指摘を受けても,従前どおりありのままの記憶に基づく真実の供述を維持し続ければよく,被控訴人の言い分に合わせて,記憶のないことについてまで供述を変遷させる必要はないはずである。b結局,控訴人の上記供述内容の変遷は,控訴人が被控訴人調査員に翻弄されたというものではなく,本件事故の態様に関する供述内容が虚偽であることを認識していた控訴人が,被控訴人調査員から真実ではない部分の指摘を受けたことを認識し,そのために,話が整合するよう供述内容を修正したことによるものといわざるを得ない。
したがって,控訴人の供述の変遷の経緯には作為があり,控訴人が主張する本件事故現場での走行状況は信用できないといわざるを得ない。
イ アクセルとブレーキを踏み間違えること
(ア)控訴人主張①及びその検討a控訴人は,運転手がアクセルとブレーキとを踏み間違えることは,それによる事故の報道が頻繁にされていることからも,何ら不自然なことではなく,本件事故が故意によるものであることを裏付けるものではない旨主張する。
そして,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,そのような誤作動によって事故が発生したとの報道が,多数されていることが認められる。bしかし,当裁判所は,控訴人が,アクセルとブレーキとを踏み間違えること自体を不自然,不合理と認めるのではなく,控訴人が,その直前まで時速10キロメートル未満の超低速で本件自動車を運転していたのに,アクセルとブレーキとを踏み間違えて,約20メートル以上にもわたりアクセルを踏み続け,その間ハンドル操作もせずに直進し,本件フェンスの手前で右折する等の回避措置をとらなかったことについて,不自然,不合理性を指摘しているのである(前記2(3)イ(イ))。
それゆえ,控訴人の上記主張は採用できない。
(イ)控訴人主張②及びその検討a控訴人は,運転手がこうした誤作動をすることは,何ら珍しいことではなく,日常的に起こりうるものであるから,本件事故が故意によってされたものでないことは,この点からも明らかである旨主張する。
そして,証拠(甲46)によれば,アクセルの踏み間違えに気づくまでの時間が最大で12秒あったとする海外の調査結果があること,我が国でもアクセルとブレーキの踏み間違え実験をした結果,一定の確率で誤作動が生じうるものであるとの結果が得られ,その成果が公益社団法人自動車技術会で報告されたことが認められる。bしかし,そのような実験や報告の成果があるからといって,控訴人については,次のような多くの不自然,不合理性が存在する。
(a)控訴人には,上記(ア)b記載のとおり,約20メートル以上にもわたりアクセルを踏み続けた以外に,本件ため池への落下を防止するための何らの回避措置もとらなかったことの不自然,不合理性が認められる。
(b)控訴人供述には,本件自動車の入手経緯に関する不自然,不合理性(前記2(1))及び本件事故現場に至る経緯に関する不自然,不合理性(前記2(2))が存在する。
(c)本件事故現場での走行状況に関する控訴人供述の不自然,不合理な変遷(前記2(3)ア)がある。
(d)本件ため池から引き上げられた本件自動車の状況からの控訴人供述の不自然,不合理性(前記2(4))及び控訴人の本件事故当時の運転免許証に関する供述の不自然,不合理性(前記2(5))が存在する。cしたがって,以上の諸事情に照らせば,控訴人が上記aで指摘する事項も,本件事故が控訴人の故意によるものであると認めることの妨げとはならない。
(ウ)控訴人主張③及びその検討
さらに,控訴人は,事故の当事者が置かれた状況は特別のものであり,そのような状況で,人間に合理的な動作を期待することができないことに留意すべきである旨主張する。
しかし,人間工学の一般論としては,そのような見方をする余地がありうるとしても,本件では,前記2
(1)ないし(5)のとおり,控訴人が本件事故を作出したものと解さなければ説明のできない種々の事情が存するのである。
そのような本件において,控訴人が上記一般論を展開して,人間に合理的な動作は期待できないということに留意すべきであるといっても,無意味であるといわなければならない。
それゆえ,控訴人の上記主張も理由がない。
(2)本件自動車が着水後水没するまでの時間
ア 控訴人主張
控訴人は,「自動車は水中に突っ込んでも浮力があるため,直ちに沈まない(甲25,26,29ないし32)。したがって,控訴人が,本件自動車の着水後,シートベルトを外したり,座席を倒したり,運転席の窓を全開したりする行動を採ったとしても不自然ではなく,控訴人は,本件事故前に,シートベルトを外し,窓を全開にし,座席を倒していたと推認することはできない。」と主張する。
イ 検討
しかし,控訴人の上記主張は,自動車の窓が密閉されていて,自動車内の空気により浮力が保たれている状態にあることを前提とする議論であり,運転席の窓が全開の場合には,着水後直ちに車内に水が入る一方で空気が失われることから,水没のスピードは,より速くなる(甲25,30,32)と考えられる。
これを本件事故についてみるに,前記2(4)アで検討したとおり,本件自動車は,本件事故前から運転席側の窓が全開の状態であったことが推認でき,そのことから,本件ため池に着水後の水没のスピードが速かったことが推認できる。したがって,控訴人の上記アの主張も採用できない。
(3)本件自動車の状況
ア 運転席の状況
控訴人は,①脱出を容易にするためには,予め運転席の位置を後方に移動させておく必要があるのに,本件事故後,運転席の位置が反対に前方に移動していたのであり,本件自動車から外に脱出するには運転席とハンドルとの間隔が狭く窮屈である,②本件事故後,運転席の位置が前方に移動し,リクライニングが倒れていたことは,パニックになった控訴人が,本件事故後に作動させた可能性があるから,何ら不自然ではない旨主張する。
しかし,控訴人は,本件事故後,本件自動車の窓から車外に脱出しているが(乙1),控訴人が開いた窓から外に脱出するためには,予め運転席を前に移動させておき,かつ背もたれを倒しておいて,運転席の座席シートの上に乗り,かつ平らになった背もたれにも足を掛ける等した方が便利であるから(乙2の4頁の写真4の運転席の座席シート,平らになった背もたれ,運転席側窓の位置関係を参照。),控訴人は,そのような態勢をとるために,予め運転席をハンドル近くまで移動させていた,と推認することには合理性がある。
しかも,上記のとおり運転席のリクライニングを倒すには6秒も要する(乙15の実験1)ところ,控訴人が,水没した本件自動車内から脱出する際に,6秒間もかけて運転席のリクライニングを倒したものとは考えられない。
以上の事実に照らせば,控訴人は,本件自動車もろとも本件ため池に飛び込む前に,運転席の位置を前方に移動させ,運転席のリクライニングを倒した状態にしていたものと推認するのが合理的である。それゆえ,控訴人の上記主張も採用できない。
イ シートベルトの使用状況
(ア)控訴人主張①及びその検討a控訴人は,本件事故当時,シートベルトを締めていたことは明らかであり,運転席のシートベルトが,本件事故直後,右センターピラーに巻き込まれた状態でプリテンショナーが作動し,引き込まれた状態であった(乙2の4頁,乙7の14頁)のは,プリテンショナー機能が故障していたことによるものである旨主張する。
しかし,プリテンショナー機能は,エアバッグシステムの一つとして,事故時に乗員の生命身体を保護する重要な装置であり,その安全性は,設計上十分に確保されていることが認められ(乙21),これが容易に故障するとは,にわかに想定できない。
以上によれば,控訴人の主張は採用できない。bなお,控訴人は,さらに次のとおりの根拠をあげて,プリテンショナー機能が故障した旨主張するが,いずれも採用できない。
(イ)控訴人主張②及びその検討a控訴人は,プリテンショナー機能とSRSエアバッグシステムとはセンサーが共通であるところ,本件自動車は,本件フェンスに衝突してエアバッグシステムが作動する程度の衝撃が加わっているのに,エアバッグが作動していないが,これは,これらセンサーが故障したことを裏付けるものである旨主張する。
そして,証拠(乙21)によれば,これらのシステムは,エアバッグシステムとして,一つのコンピュータ回路を構成していることが認められるところ,本件事故においてエアバッグが作動していないことは,前記1(6)オ認定のとおりである。bしかし,証拠(乙8,21)及び弁論の全趣旨によれば,エアバッグとプリテンショナー機能とは,エアバッグシステムとして,事故時に乗員の生命身体を保護する装置の一部を構成しているが,前者は車両前方から搭乗者に重大な危害が及ぶような強い衝撃力を受けた場合に,後者は車両前方から強い衝撃を受けた場合に,各作動するものであって,その作動条件は必ずしも同じではないこと(乙21の4頁),また,これらの各点火回路も別個の機構となっていることが認められる。
そうすると,これらが同じ安全システムに属しているからといって,常に双方が同じく作動したりしなかったりするとはいえない。したがって,本件事故によってエアバッグが作動しなかったからといって,シートベルトのプリテンショナー機能が故障していたと即断できないことは明らかである。
(ウ)控訴人主張③及びその検討
控訴人は,プリテンショナーシステムは,車が水没した場合にまで直ちに作動する保証がない旨主張する。
しかし,プリテンショナーシステムは,乗員の生命身体を保護する重要な装置である以上,いかなる条件でも正常に作動するような構造になっている。現に,証拠(乙21の8頁,同資料2)によれば,プリテンショナーシステムは,ハーメチックシールにより密封されたキャンケースに収納される構造になっていることがェ認め゚られる。
これによれば,プリテンショナーシステムは,車が水面に落下し,水没したことによって,その機能が左右されるものではないと考えられる。
(エ)控訴人主張④及びその検討a控訴人は,自動車の水没実験においても,電気系統に誤作動が生ずるという結果が得られていることに照らしても,本件自動車のプリテンショナー機能が故障した可能性が裏付けられる旨主張する。
そして,証拠(甲29)によれば,一般社団法人日本自動車連盟が実施した水没テストでは,増水時を想定したテストにおいて,水位70センチメートルで後部席や助手席の窓が開閉したり,灯火類が点灯したこと,同110センチメートルでワイパーが作動するという各誤作動が発生したことが認められる。bしかし,上記実験の水没態様は,本件事故のそれとは異なっているから,上記実験で誤作動があったからといって,本件事故において,そのような誤作動が起こったと推認することはできない。
また,上記実験に用いられた車両と本件自動車とは車種が異なり,本件自動車の方が高級自動車であるから,安全に対する機能も,より高いものであると容易に想像することができる。
さらに,上記実験において誤作動が発生した箇所は,各種灯火やワイパーなどの電気系統であって,エアバッグやプリテンショナー機能等の安全確保のための機能については,いずれの実験によっても誤作動が発生していない。cこれらに照らせば,上記実験で誤作動がみられたからといって,本件自動車について,本件事故により,エアバッグやプリテンショナーの誤作動があったとは認めることができない。
ウ シートベルトとリクライニング
(ア)控訴人主張①及びその検討a控訴人の主張によれば,控訴人は,本件事故後,シートベルトを外し,かつ,電動リクライニングシートを倒してから,運転席側の窓から車外に脱出したことになる。bしかし,仮に,本件事故当時,本件自動車の運転席側の窓が開いていたとしても,被控訴人調査会社の実験によると,本件事故後,シートベルトを外し,かつ,電動リクライニングシートを倒してから,運転席側の窓から車外に脱出するためには,約18秒間も要する(乙15の実験4)。
しかも,本件事故当時,運転席側の窓が開いていたら,本件自動車が本件ため池に着水後,窓から勢い良く池の水が車内に流れ込むから,本件自動車の水没のスピードが速い(甲25,30,32)。cそれゆえ,控訴人が,そのような緊急事態の中で,本件事故後,シートベルトを外し,かつ,電動リクライニングシートを倒してから,運転席側の窓から車外に脱出したなどということは考えがたい。
(イ)控訴人主張②及びその検討a控訴人は,シートベルトを外す最中に,リクライニングシートを倒した可能性があると主張する。bしかし,シートベルトのバックルの部分と電動リクライニングシートを操作するためのボタンは,座席シートの逆方向に設置されているから(乙15の4頁),シートベルトを外す最中にリクライニングシートを倒すことはない。
すなわち,シートベルトを取り外す操作と運転席のリクライニングを倒す操作とは関連性がなく,仮に控訴人が動転してシートベルトを外したとしても,その際にリクライニングを倒したなどということは考えられない(乙15の実験3)。
(ウ)まとめ
控訴人は,本件事故後,シートベルトを外し,かつ,電動リクライニングシートを倒してから,運転席側の窓から車外に脱出したというが,仮に,本件事故当時,運転席側の窓が開いていたとしても,約18秒もの間そのような操作のために車内にいてから,窓から車外に脱出したことになるが,そのようなことは考えられないことである。
それよりも,むしろ,控訴人は,車内からの脱出をしやすくするために,予めシートベルトを外し,かつ,リクライニングシートを倒した状態で本件事故を発生させたと考える方が,自然かつ合理的であり,その場合は,控訴人が本件事故を故意に起こしたことになる。
(4)本件事故の動機
ア 控訴人主張
控訴人は,「本件自動車の売却価格は約300万円であるから,仮に控訴人が本件保険契約に基づく保険金の支払を受け,利得を生ずるとしても230万円程度である。控訴人が,この程度の利得を得るために,厳冬の時期しかも雨の気候の日に,命をかけて汚れた本件ため池に本件自動車ごと飛び込む訳がない。」旨主張する。
イ 検討
(ア)控訴人の利得額について
しかし,前記2(1)イで検討したとおり,控訴人が本件自動車を550万円で取得したという供述自体が信用できず,実際にはもっと低額で本件自動車を取得した事実が推認できる。
そうすると,控訴人の利得額は,そもそも上記230万円に止まるものでない。また,この点をおくとしても,控訴人の主張によっても,控訴人は,本件事故で保険金を取得すれば,230万円もの利得を得ることになるのであって,これが控訴人の主張するような微々たる利益ではないことも明らかである。
(イ)控訴人の危険性について
確かに,控訴人は,本件事故を故意に作出した場合であっても,本件自動車もろとも本件ため池に飛び込み,水没する本件自動車から脱出する必要があるから,これらに伴う若干の危険は避けられないところである。
しかし,これまでの認定判断を総合すると,控訴人は,本件事故に伴う危険は事前に十分に予想し,その危険性を少なくするための方策を巡らせ,綿密な計画を立てた上で,本件事故の発生を企てた可能性を否定できない。
そして,控訴人が本件自動車から脱出する際に考えられる危険性についても,前記2(4)認定のとおり,本件事故前に,予め,運転席の窓をあけ,運転席を前に移動させ,座席の背もたれを倒しておくこと,シートベルトをはずすことにより,可能な限り軽減されていたものと推認できる。
(ウ)まとめ
以上の事実に照らせば,控訴人が水没する本件自動車から脱出するに当たっては,幾ばくかの危険が存し,しかも,本件事故当日の季節・天候からみて,本件ため池の水温が相当低かったであろうことは認められるものの,これらの事情が,控訴人が本件事故を敢行し,保険金を取得する動機を否定するものでないといえる。
4 総括
以上のとおり,本件事故は,控訴人が保険金取得の目的で故意に発生させたものと推認できるから,本件保険契約の免責条項に該当することとなる。そうすると,控訴人の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないことに帰着する。
第4 結論
以上の次第で,控訴人の本訴請求は理由がないから,同請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 田中敦 裁判官 神山隆一)
別紙
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