大阪高等裁判所 平成23年(ネ)1966号 判決 2012年12月13日
控訴人兼被控訴人(第1審原告)
X(以下「第1審原告」という。)
被控訴人兼控訴人(第1審被告)
株式会社Y1承継人Y2株式会社(以下「第1審被告」という。)
上記代表者代表取締役
P
上記訴訟代理人弁護士
木下潮音
同
東志穂
主文
1 第1審原告の控訴(当審新請求を含む。)に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 地位確認請求について
ア 第1審原告が,第1審被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
イ 第1審原告が第1審被告に対し,課長,係長の各役職にあること,総合職6級,総合職7級の各資格等級にあることの確認を求める訴えは,いずれも却下する。
(2) 金員支払請求について
ア 第1審被告は,第1審原告に対し,153万4395円及びうち66万7645円に対する平成19年12月26日から,うち86万6750円に対する平成21年6月21日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 第1審被告は,第1審原告に対し,1321万6328円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 第1審被告は,第1審原告に対し,平成19年12月1日から平成24年7月26日まで,以下の金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(ア) 毎月25日限り,各34万4075円の割合による金員
(イ) 毎月末日限り,各3万6627円の割合による金員
(ウ) 毎年6月10日及び12月10日限り,各71万7512円の割合による金員
エ 第1審被告は,第1審原告に対し,平成19年12月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り,各2万9590円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
オ 第1審原告が第1審被告に対し,平成24年7月27日以降,上記ウの(ア)~(ウ)の各金員の支払を求める訴えをいずれも却下する。
カ 第1審原告のその余の金員支払請求をいずれも棄却する。
2 第1審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1・2審を通じてこれを5分し,その4を第1審原告の負担とし,その余は第1審被告の負担とする。
4 この判決は,第1項(2)のア・イ・ウの(ア)~(ウ),エに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 第1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 地位確認請求
ア 雇用契約上の地位の確認
第1審原告が,第1審被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
イ 役職上の地位の確認
(ア) 主位的請求
第1審原告が,第1審被告に対し,課長の役職にあることを確認する。
(イ) 予備的請求
第1審原告が,第1審被告に対し,係長の役職にあることを確認する(当審新請求)。
ウ 資格等級上の地位の確認
(ア) 主位的請求
第1審原告が,第1審被告に対し,総合職7級の資格等級にあることを確認する(当審新請求)。
(イ) 予備的請求
第1審原告が,第1審被告に対し,総合職6級の資格等級にあることを確認する(当審新請求)。
(3) 金員支払請求(付加金以外)
ア 平成19年11月30日までの分
第1審被告は,第1審原告に対し,7030万9841円及びこれに対する平成19年12月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 平成19年12月1日から本判決確定の日までの分
第1審被告は,第1審原告に対し,平成19年12月1日から本判決確定の日まで,以下の金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(ア) 毎月25日限り,105万5020円の割合による金員
(イ) 毎月末日限り,4万5784円の割合による金員
(ウ) 毎年6月10日及び12月10日限り,各149万0520円の割合による金員
ウ 平成20年3月31日から本判決確定の日までの分
第1審被告は,第1審原告に対し,平成20年3月31日から本判決確定の日まで,毎月25日限り,8400円及び平成21年以降は毎年4月1日を経過する毎に8400円に平成20年4月1日から経過年数を乗じた金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 金員支払請求(付加金)
ア 第1審被告は,第1審原告に対し,1510万2970円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 第1審被告は,第1審原告に対し,平成23年1月14日から本判決確定の日まで,毎月25日限り64万1359円の割合による金員及びこれに対する支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 仮執行宣言
2 第1審被告
(1) 原判決中,第1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 第1審原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 請求の骨子(訴訟物)
本件は,クレジットカード事業等を業とする,株式会社Y1(以下「Y1社」という。)の従業員である第1審原告が,業務に起因して精神疾患を発症し休業を余儀なくされたにもかかわらず,Y1社が就業規則に基づき休職期間満了により第1審原告を退職したものと取り扱ったことが無効であり,かつ,精神疾患発症については,Y1社に安全配慮義務違反等(債務不履行)・不法行為があると主張して,雇用契約又は安全配慮義務違反等(債務不履行)・不法行為による損害賠償請求権に基づき,Y1社の承継人である第1審被告に対し,以下のとおり請求した事案である(ただし,以下の請求内容は,当審の最終時点におけるものであり,原審時点における請求も大要は同旨であるが,細部については,原審時点における請求と比較して,請求の拡張,減縮,新請求の追加などがされている。)。
ア 地位確認請求
雇用契約に基づく次の各地位確認請求。
(ア) 雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認(控訴の趣旨1(2)ア)
(イ) 役職上の地位の確認
a 主位的に,課長の職にあることの確認(控訴の趣旨1(2)イ(ア))
b 予備的に,係長の職にあることの確認(控訴の趣旨1(2)イ(イ))(当審新請求)
(ウ) 資格等級上の地位の確認
a 主位的に,総合職7級の資格等級にあることの確認(控訴の趣旨1(2)ウ(ア))(当審新請求)
b 予備的に,総合職6級の資格等級にあることの確認(控訴の趣旨1(2)ウ(イ))(当審新請求)
イ 金員支払請求(付加金以外)
(ア) 主位的に雇用契約(民法536条2項本文)に基づき,予備的に債務不履行(安全配慮義務違反等)・不法行為による損害賠償請求権に基づき,次の各金員支払請求。
a 平成19年11月30日までの分
① 賃金 3711万1998円
② 休業手当(労働基準法(以下「労基法」という。)26条に基づく請求)(当審新請求) 2549万5094円
上記①及び後記④の請求と選択的併合の関係にある。
③ 賞与 1134万4680円
④ 役職手当 684万円
うち72万円については,3次的請求として不当利得返還請求権に基づく請求(不当利得返還請求は当審新請求)
⑤ 昇給・昇格分相当額 237万2800円
⑥ 退職給付清算金 136万0645円
⑦ 企業拠出年金 117万5523円
⑧ 家賃等自己負担費用 144万4600円
⑨ ①,③~⑧の合計 6165万0246円
控訴の趣旨1(3)アの7030万9841円は,この6165万0246円と後記(イ)dの937万9595円の合計7102万9841円の内金請求である(別紙2の計算書10(1審判決文に添付あり。<省略>)参照)。
⑩ ⑨に対する訴状送達の日の翌日である平成19年12月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)ア)
b 平成19年12月1日から本判決確定の日までの分
① 賃金 毎月25日限り82万3608円
② 休業手当(労基法26条に基づく請求)(当審新請求) 毎月25日限り月額64万1359円
上記①及び後記④の請求と選択的併合の関係にある。
③ 昇給額 毎月25日限り月額5万9000円
④ 役職手当 毎月25日限り月額12万円
⑤ 企業拠出年金 毎月25日限り月額5万2412円
⑥ ①,③~⑤の小計
月額105万5020円(控訴の趣旨1(3)イ(ア))
⑦ ⑥に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)イ(ア))
⑧ 家賃等自己負担費用
本判決確定の日まで毎月末日限り月額4万5784円(控訴の趣旨1(3)イ(イ))
⑨ ⑧に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)イ(イ))
⑩ 賞与
毎年6月10日及び12月10日限り149万0520円(控訴の趣旨1(3)イ(ウ))
⑪ ⑩に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)イ(ウ))
⑫ 昇給・昇格分相当額
平成20年3月31日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額8400円と平成21年以降毎年4月1日を経過する毎に月額8400円(控訴の趣旨1(3)ウ)
⑬ ⑫に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)ウ)
(イ) 安全配慮義務違反(債務不履行)による損害賠償請求権に基づき,次の各金員支払請求-平成19年11月30日までの分
a 治療費 37万9595円
b 慰謝料 500万円
c 弁護士費用 400万円
d 合計937万9595円
控訴の趣旨1(3)アの7030万9841円は,この937万9595円と前記(ア)a⑨の6165万0246円の合計7102万9841円の内金請求である。
e dに対する訴状送達の日の翌日である平成19年12月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(3)ア)
ウ 金員支払請求(付加金)
(ア) 平成21年1月14日から平成23年1月13日までの分
① 1510万2970円(控訴の趣旨1(4)ア)
② ①に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(4)ア)
(イ) 平成23年1月14日から本判決確定の日までの分
① 毎月25日限り月額64万1359円(控訴の趣旨1(4)イ)
② ①に対する支払期日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金(控訴の趣旨1(4)イ)
(2) 訴訟の経過
原審は,第1審原告がY1社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認した上,課長の役職にあることを確認することを求める訴えを却下し,金銭請求については,その一部を認容し,一部を棄却した。
第1審原告及びY1社は,いずれも原判決を不服として控訴し,それぞれ第1記載の控訴の趣旨どおりの判決を求めた。
なお,第1審被告は,原判決後の平成23年7月1日にY1社を吸収合併したとして,Y1社の地位の承継を主張している(第1審原告はその承継も争っている。)。
2 前提事実(以下「本件前提事実」という。)
以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾の括弧内掲記の証拠<省略>等によれば,容易に認められる。なお,証拠等を掲記しない事実は,当事者間に争いのない事実である。
(1) Y1社の業務内容
Y1社は,クレジットカード事業,提携カード,キャッシング&ローン(個人向融資),ショッピングクレジット事業,信用保証・保険サービス事業他の総合信販業を営む株式会社であった(証拠<省略>)。
(2) 第1審原告の雇用契約の締結,業務内容及び精神疾患の発病・欠勤
ア Y1社入社
第1審原告(昭和36年○月○日生)は,昭和59年4月1日,Y1社との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結して入社した。本件雇用契約の内容は,法令のほか,Y1社の定める就業規則(以下「Y1社就業規則」という。)(証拠<省略>)及び就業規程(以下「Y1社就業規程」という。)(証拠<省略>)によって定められていた。
イ 欠勤までの配属部署等
第1審原告の入社後の配属部署等は,別紙1「第1審原告の配属先等一覧表」(1審判決文に添付あり。<省略>)記載のとおりである。
平成13年11月にY1社の大きな組織改革が行われ,第1審原告は,同月1日の異動により,Y1社サポートセンター西・コールセンター課に配属され,その後,平成14年4月に,組織変更により,コールセンターがサポートセンターから分離独立されたことに伴い,コールセンター西コールセンター課(Y1社全社の債権のうち,西日本分を分掌)(以下単に「西コールセンター課」という。)に配属された。
平成14年7月当時,西コールセンター課は,Dコールセンター部長(以下「D部長」という。),B課長(以下「B課長」という。)の下に,1係,1.5係,未収2係,未収3係,追調・移管係,破弁係(破弁とは,「破産・弁護士介入債権案件」のY1社における略称)が分属していた。
第1審原告は,平成14年7月当時,西コールセンター課のうち,G係長(以下「G係長」という。)が長を務める破弁係に属していた。同係の正社員は,G係長,第1審原告の外3名,数名のパートタイマーであった。
破弁係の具体的な業務は,クレジット債権の管理・回収業務のうち自己破産等,債務者方への弁護士介入案件について,弁護士を相手として調停,和解,他の交渉,回収手続等を行う業務であった。
(以上につき,証拠<省略>)
ウ 精神疾患の発症・欠勤
(ア) 第1審原告は,平成14年7月4日,突然めまいに襲われY1社を欠勤し,bクリニック(内科)で「うつ状態」と診断され(証拠<省略>),同年8月1日,c大学医学部付属病院(以下「c大病院」という。)神経科精神科で,「抑うつ状態」と診断された(証拠<省略>)。
(イ) 第1審原告は,平成14年8月ころから,dクリニック(心療内科・神経科)のF医師(以下「F医師」という。)の診察を受け(証拠<省略>),同医師から「抑うつ神経症」と診断された(証拠<省略>)(以下,上記(ア)(イ)の精神疾患を「本件精神疾患」という。)。
(ウ) 第1審原告は,平成14年7月4日から現在まで,Y1社に出勤していない(証拠<省略>)。
(3) Y1社の第1審原告に対する欠勤期間中の取扱い及び退職取扱い等
ア 第1審原告の欠勤期間
第1審原告は,平成14年7月4日から平成17年10月31日まで,Y1社に出勤していない。
イ 休業の取扱い
(ア) その間,第1審原告は,平成14年7月9日付け,同年8月5日付け,同年11月29日付け,平成15年3月28日付け,同年5月24日付け,同年7月26日付け,同年10月4日付け,同年11月29日付け,平成16年1月31日付け,同年3月27日付け,同年5月29日付け,同年8月7日付け,同年9月25日付け,同年12月4日付けの各診断書(診断名は,いずれも「自律神経失調症」。証拠<省略>)を提出し,同診断書に基づいて,Y1社において,休業申請をし,休業の取扱いがされてきた。
(イ) この間,Y1社は,第1審原告の休業について,平成14年7月4日から同月18日までの間,未消化振替休日に充当し,同年7月19日から同年9月12日までの40日間は年次有給休暇とし,同月13日から同年11月27日までの50日間は復活年休の扱いとした。
復活年休とは,Y1社における法定外年次有給休暇制度であり,具体的には,本来年次有給休暇は勤続年数に応じて付与,消化されなかった年休については翌年に繰り越し,翌年に繰り越された年休が消化されなかった場合には失効となり消滅するところ,同失効していく年次有給休暇について,社員が長期に亘る休業となる場合,一定の条件の下で復活させ使用できるようにし救済措置として活用するものである(証拠<省略>)。
ウ 欠勤(有給),休職扱い
(ア) 平成14年11月28日当時,第1審原告の勤続年数は,18年であったため,15年以上20年未満であることから,Y1社就業旧規則32条(1)①によれば,10か月間までは欠勤,それを超える期間は休職扱いとなる。
そこで,Y1社は,第1審原告の休業期間のうち,平成14年11月28日から平成15年9月27日までの10か月間を欠勤(有給),同月28日からは休職として扱った。
(イ) Y1社は,平成17年7月25日付けで,第1審原告に対し,同年9月27日をもって,休職期間が満了し退職となる旨通知した(証拠<省略>)。
ところで,Y1社就業規則第33条①によると,勤続年数15年以上の社員の休職期間は,24か月であるところ,第1審原告は,平成15年9月28日から平成17年9月27日までの24か月をもって休職期間満了となり,同規則39条4号により退職となるはずであったが,休職期間満了の告知後における第1審原告とのやり取りもあって,Y1社は,同年10月31日までを休職とする取扱いを行った。
エ 本件退職取扱いと社宅取扱いの終了
(ア) Y1社は,平成17年10月31日付けで,第1審原告に対し,Y1社就業規則第39条④により,休職期間満了に伴い同日をもって退職とした旨通知し,これにより,第1審原告について,退職とする取扱いをした(以下「本件退職取扱い」という。証拠<省略>)。
(イ) Y1社は,本件退職取扱いに伴い,第1審原告に対し,第1審原告の借上社宅につき,平成17年11月30日をもって社宅取扱いを終了した(証拠<省略>)。
(4) 本件退職取扱い時点及び本訴提起時点における第1審原告の病状
第1審原告は,本件退職取扱いを受けた時点においても,本件精神疾患は完治せず,継続治療を要する状態にあった(証拠<省略>,弁論の全趣旨)(ただし,同時点で第1審原告が就労可能であったか否かについては,当事者間に争いがある。)。
第1審原告は,本訴提起時(平成19年12月7日),訴状において,「うつ状態はかなり軽減され,時折偏頭痛や過敏性腸症候群を発症する以外は,自律神経失調症もほぼ完治した状態にある」と主張していたが(顕著な事実),それ以後も平成18年3月31日を最終日としてdクリニックで継続的に通院治療を受けていた(証拠<省略>)。
(5) 第1審原告による労災認定申請と労災認定等
ア 第1審原告は,本件退職取扱い後の平成17年11月24日,大阪西労働基準監督署長(以下「大阪西労基署長」という。)に対し,労働者災害補償保険の給付を申請した(証拠<省略>)。
イ 同労基署長は,平成19年8月30日,休職の理由となった第1審原告のうつ病等がY1社の業務に起因するものと認定し,第1審原告に対し,療養・休業補償給付の支給決定をした(証拠<省略>)。
(6) 第1審原告の欠勤中の給与,傷病手当,休業補償の受給
ア 給与・賞与
第1審原告は,第1審原告が休業を開始した平成14年7月4日から,本件退職取扱いの日である平成17年10月31日までの間,Y1社から給与として473万5491円(ただし,平成14年7月4日以前の時間外労働手当等,退職給付制度清算金,福利厚生会社負担分20万4261円を含む。),賞与として83万2920円の合計556万8411円の支給を受けた。
イ 傷病手当
第1審原告は,休業期間中の平成15年9月28日から平成17年3月27日までの間,Y1社の健康保険組合に対し,健康保険傷病手当金を請求し,同組合から,350万1894円の同手当金を受給していたと推認できる(証拠<省略>)。
ウ 休業補償給付
第1審原告は,大阪西労基署長の療養・休業補償給付の支給決定に基づいて,平成15年11月24日から平成17年10月4日までの間,休業補償給付として合計1085万5140円の支給を受けた。
なお,大阪西労基署長は,原支給決定において,第1審原告に係る給付基礎日額を1万3875円と認定していたが,その後審査請求に対する平成20年5月9日付け決定で,同認定部分が取り消された結果,同年12月15日付けで同日額を2万3254円に変更し,さらに,同変更決定に対する審査請求に係る平成21年11月2日付け決定において同認定が取り消された結果,同年12月25日付けで同日額を2万6568円に変更した。(以上につき,証拠<省略>)
エ 休業特別支給金
第1審原告は,大阪西労基署長の療養・休業補償給付の支給決定に基づき,約316万6650円の休業特別支給金の給付を受けた(証拠<省略>)。
(7) 会社更生適用及びY2社による吸収合併等
ア Y1社は,平成12年5月19日に会社更生法の適用を申請し,平成13年3月に更生計画が認可されたが,その結果,Y1社は,株式会社Y2(以下「Y2社」という。)の子会社となった。
イ 平成17年3月31日,Y1社厚生年金基金が解散した。
ウ Y1社は,平成21年9月,Y2社とともに事業再生実務家協会に対し,事業再生ADR手続を申し込み,同月24日に受理された(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。
エ Y1社は,平成23年7月1日,株式会社Y1とj株式会社(以下「j社」という。)に会社分割され,同日,株式会社Y1は,Y2社に吸収合併された(証拠<省略>)。
(8) Y1社の人事制度改定
Y1社は,平成16年10月1日と平成18年7月1日に,就業規則を変更して,人事制度を改定した(証拠<省略>)。
(9) 本件訴訟の提起
第1審原告は,平成19年12月7日,Y1社に対し,本件退職取扱いが無効であるなどとして,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(10) Y1社による消滅時効の援用
Y1社は,平成23年1月14日,同日に第1審原告に送付された同月12日付け最終準備書面により,第1審原告のY1社に対する賃金支払請求権が認められる場合には,本件訴訟が提起された平成19年12月7日から2年を遡及した平成17年12月16日以前の賃金支払請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
(11) 第1審原告の休業直前におけるY1社による第1審原告に対する処遇
ア 査定評価
第1審原告は,平成14年7月4日当時,資格等級が総合職5級であり,人事考課における第1審原告の平成13年度の昇給査定点に基づく評価においてB(上から,S評価よりD評価まである。)であった。
イ 給与支給額
第1審原告は,平成14年4月から同年6月までの間,Y1社から,以下の給与を支給された(証拠<省略>)。
(ア) 平成14年4月
基本給 28万6000円
時間外手当 9万4697円
交通費 1万8359円
通信教育奨励金 1万4700円
合計 41万3756円
(イ) 平成14年5月
基本給 28万6000円
時間外手当 10万1493円
交通費 1万8358円
合計 40万5851円
(ウ) 平成14年6月
基本給 28万6000円
時間外手当 12万0164円
交通費 1万8358円
合計 42万4522円
ウ 賞与支給額
第1審原告は,Y1社から,以下のとおり,賞与の支給を受けた。
(ア) 平成13年6月8日 83万7000円
(イ) 同年12月10日 95万4420円
(ウ) 平成14年6月10日 78万5470円
エ 社宅規程に基づく自己負担の社宅使用料
第1審原告は,本件退職取扱い前,社宅規程に基づいて,Y1社の借上社宅に居住しており,社宅使用料として月額1万5216円,駐車場使用料月額1万円,上水道使用料月額1500円の月額合計2万6716円を自己負担していた(証拠<省略>)。
3 Y1社就業規則等の定め
(1) Y1社就業規則(ただし,抜粋)(証拠<省略>)
第7条
社員の勤務時間及び休憩は,以下のとおりとする。
① 午前9時30分から午後5時45分
② 休憩時間 正午より午後0時50分まで(50分)
※当裁判所注・以上により所定労働時間は7時間25分である。
第9条
業務の都合により,第7条の勤務時間を変更することがある。ただし,1日の就業時間が8時間を超えることはない。
第11条
(1) 業務の都合により,所定時間外に勤務させることがある。
(2) 前項の時間外勤務は,所轄労働基準監督署長に届け出た社員代表との時間外勤務協定の範囲内とし,別に定める給与規程により,時間外勤務手当を支払うものとする。
第15条
休日は,次のとおりとする。
① 土曜日,日曜日及び国民の祝日に関する法律により定められた日
② 年末年始
第32条
(1) 社員が次の各号の一つに該当するときは休職させる。
① 傷病(業務上のものを除く)により欠勤した期間が,勤続年数に応じ,次の期間を超えたとき…(以下省略)
第33条
第32条の休職期間は次のとおりとする。
1 第32条(1)①の場合
勤続年数に応じ次の期間
勤続15年以上 24カ月
第39条
社員が次の各号の一つに該当するときは,会社は当該社員を退職させる。
③ 定年に達した日の属する月の末日となったとき
④ 休職期間が満了しても復職できないとき
第40条
(1) 社員が次の各号の一つに該当するときは,会社は当該社員を解雇する。
① 精神もしくは身体に故障があるか,または虚弱・疾病のため会社が業務に堪えないと認めたとき
② 勤務成績が著しく劣悪で,会社が社員として不適当と認めたとき
③ 傷病を除く私事のため30日を超えて引き続き欠勤したとき
④ 業務の都合上やむを得ないとき
(2) 前項の解雇をするときは,30日前までに予告するか平均賃金の30日分の予告手当を支払う。
第41条
(1) 社員が次の各号の一つに該当するときは,第40条にかかわらず会社は当該社員の解雇をおこなわない。
① 業務上の傷病による療養のため休業する期間及びその後の30日間
第43条
満60歳をもって定年とする。
第46条
社員の給与は,別に定める給与規程により支給する。
(2) Y1社給与規程(ただし,抜粋)(証拠<省略>)
第2条
この規程で社員の給与とは給料及び賞与をいう。
第3条
給与体系は次のとおりとする。
給料
基本給
諸手当
調整手当
自己啓発手当
扶養手当
時間外勤務手当
深夜勤務手当
休日勤務手当
年末年始出勤手当
通勤手当
第4条
給料は,当月25日に支給する。ただし,支給日が休日または土曜日のときは,直前のこれらに該当しない日に繰り上げて支給する。
第22条
(1) 賞与は,会社の業績により夏期・冬期に支給する。
(2) 支給日は夏期6月10日・冬期12月10日とする。
(3) Y1社社宅規程(ただし,抜粋)(証拠<省略>)
第7条
借上社宅に必要な費用は,次の範囲内で会社が負担する。ただし,次の1を除き月額賃料基準額を超過する場合は,その超過額を入居者負担とし,徴収する。
① 敷金(保証金等を含む)
② 斡旋手数料(礼金等を含む)
③ 家賃(共益費・雑費を含み駐車料を含まない)
④ 更新手数料
第3争点
1 本件精神疾患の業務起因性及び第1審原告の未払賃金請求権の有無(争点(1))
2 Y1社の第1審原告に対する債務不履行責任(安全配慮義務違反等)及び不法行為責任の有無と過失相殺の類推適用の可否(争点(2))
3 役職及び資格等級の地位確認訴訟の適法性及び同地位の有無(争点(3))
4 未払賃金請求権等の額と消滅時効完成の有無(争点(4))
5 債務不履行責任(安全配慮義務違反等)及び不法行為責任による損害額及び消滅時効完成の有無(争点(5))
6 係長の役職手当の不当利得返還請求の当否(争点(6))
7 損益相殺の可否(争点(7))
8 休業手当請求の当否及びその額(争点(8))
9 付加金請求の当否及びその額(争点(9))
10 第1審原告とY1社間の労働契約の第1審被告による承継の有無(争点(10))
第4争点に関する当事者の主張<省略>
第5当裁判所の判断
1 認定事実
本件前提事実及び証拠(証拠・人証<省略>,第1審原告本人)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 第1審原告の欠勤前の勤務状況
ア 第1審原告の業務内容
(ア) 西コールセンター課
a 第1審原告の所属
第1審原告(昭和36年○月○日生)は,平成13年11月1日,Y1社の大幅な組織変更に伴う人事異動により,Y1社サポートセンター西コールセンター課に異動となった。その後,平成14年4月に西コールセンター課に異動し,以後,Y1社が休職期間満了による退職取扱いとするまでの間,同課において勤務した。
b 西コールセンター課の概要
コールセンターは,組織上,東コールセンター課(横浜)と西コールセンター課(大阪)に分かれ,第1審原告が在籍していた西コールセンター課は,Y1社全社の債権のうち,西日本分を分掌していた。平成14年7月末当時,西コールセンター課には,社員61名,パート社員267名の計328名が勤務していた。
c 西コールセンター課の所管事項
西コールセンター課の所管事項は,未収債権の管理に関する事項及び商品・サービスの案内に関する事項である。
未収債権の管理に関する事項とは,①未収債権の管理,回収,②業務計画・予算の策定,予算実績の管理,③業務運営に係る各種調整,④債権の活性化,活性化済債権の管理,回収,⑤商品の引揚,引揚商品の管理・転売処理,⑥未収の分析,分析結果の営業店・審査セクションへのフィードバック,⑦訴訟,係争に関する対応,⑧その他付随事項である。
また,商品・サービスの案内に関する事項とは,①各種商品の架電による案内,販売促進,②口座振替手続等の架電による案内,推進,③その他付随事項である(証拠<省略>)。
d 西コールセンター課の組織
西コールセンター課は,D部長を頂点として,B課長の下に,1係,1.5係,未収2係,未収3係,追調・移管係,破弁係に分かれており(証拠<省略>),第1審原告は,破弁係(ただし,平成14年5月ころまでは,3係の中にあったものが,そのころ4係として独立した。)に所属していた。
(イ) 破弁係
a 破弁係での担当職務
第1審原告が破弁係において担当していた具体的な業務は,クレジット債権の管理・回収業務のうち,自己破産,民事再生(個人再生手続)及び調停の各手続を顧客が申し立てた後の債権,並びに弁護士が介入した債権について,債権届出,和解等の交渉及びその他回収手続等を基本的に相手方弁護士と行うというものである。
さらに,第1審原告は,破弁係において課長に次ぐ実質的リーダーとして,正社員・パート社員を含めて10数名程度の係員及びその業務を管理するという立場にあった。
b 移管作業の業務
(a) また,破弁係においては,コールセンター課から管理センターという別の部署へ債権の引継ぎ・移管を行うという移管作業の業務がある。
移管作業には,自動移管(3か月分までの滞納分について,それを超えた場合に移管すべき場合)と,マニュアル移管(破産廃止決定等一定の条件を満たした場合に速やかに移管を行うべき場合)があり,自動移管は月に1000件,マニュアル移管は月500件,処理後の残件数は約2000件程度存在した。
(b) Y1社では,移管作業については毎月20日と決められており,移管すべき債権の指示リストがY1社本社からコンピューターでアップされるのは毎月17日か18日の朝であったことから,短時間のうちに大量の指示された債権についてチェックし処理しなければならなかった。
そのため,第1審原告ら移管作業を担当する者は,確実に移管処理を行うために,移管が予想される膨大な量の債権のファイルを事前に準備しておく必要があり,リストアップされた債権と事前に準備していた分とを突き合わせ,リストにはあるが事前準備でピックアップされていない債権については,直ちに提出して処理しなければならなかった。
(c) しかし,移管作業の業務量に対して破弁係の人員が少なかったこと等から,移管作業は,物理的にも精神的にも負担が大きな業務であった。また,このような状況の中で,第1審原告の本来の業務である申請後の決裁申請書や付随資料の整理,調停調書の点検や整理等の業務が,たまる一方となっていった。
(ウ) 破弁係のその他の業務
さらに,破弁係は,上記各業務のほか,社外から届くすべての郵便物の契約番号等の特定と担当者への配布や,社内の各部署から届く各種書類,帳票類の仕分け,整理,及び社内の各部署から転送されるすべての郵便物等の担当者への配布等,総務的な業務も担当していた。
イ 第1審原告の労働時間等
(ア) Y1社の勤務時間,従業員の労働時間の管理
a 第1審原告が実際に勤務していた当時,Y1社の始業時刻は午前9時30分,終業時刻は午後5時45分であり,休憩時間は午後12時から午後12時50分までであって,1日の所定労働時間は7時間25分であった(証拠<省略>。Y1社就業規則7条)。
なお,Y1社では,毎朝,午前7時50分ころから管理センターグループで朝礼が行われ,第1審原告は,これに出席していた。
b Y1社の従業員は勤怠について自ら勤務管理簿(証拠<省略>)に記載し,Y1社は同管理簿で従業員の出退勤及び労働時間の管理をしていた。
(イ) 第1審原告申告の労働時間等
第1審原告が自ら申告した平成14年4月から同年7月4日までの間における時間外労働時間及び休日労働時間は,別紙3一覧表(1審判決文に添付あり。<省略>)記載のとおりであり,時間外労働時間は,平成14年4月ないし同年6月が各40時間,同年7月が8時間である。
ところで,同管理簿は,従業員各自が月末締め日に記載して提出するものであったところ,Y1社は,従業員の残業時間に関し,総合職社員に対して1か月40時間から50時間,担当職社員に対しては1か月20時間から30時間の上限時間を設けるよう指示し,これらを超える残業時間については残業時間扱いとしない(サービス残業)等の調整を行っており,第1審原告も,毎月上司から同管理簿に上記指示時間以内の時間を記載するよう指導されていた。
ウ 第1審原告の実際の労働時間等
(ア) 第1審原告は,平成14年4月以降,同年7月4日に欠勤を開始するまでの間,平日は朝礼が始まる10分前である午前7時40分ころには出勤し,連日とはいえないものの,夜は午後10時,あるいは午後11時過ぎまで残業をしていた。特に,平成13年11月のY1社における大幅な組織変更に伴って,第1審原告が所属している西コールセンター課の人員が削減されたことにより,業務量が従前よりも増大した。
また,破弁係では休日出勤シフト制を採用していたが,第1審原告は,業務量の増加に伴い,毎週土曜日か日曜日のうち少なくともいずれかの日は出勤していた。その他,第1審原告は,1係のオペレーターのサポート等も担当し,第1審原告の業務量は増大していた。
(イ) 第1審原告は,上記のような業務量の増加に伴い,長時間の残業をしても自身でさばききれないため,窮状を訴えて,平成13年11月ころ,H係長に増員の要請をし,また,同年12月下旬ころ,B課長にも増員の要請をしたが,いずれも受け入れてもらえなかった。
エ 上司との関係及びサポート体制等
第1審原告は,平成14年4月以前,当時の直属の上司であった未収3係の係長であったH係長に対し,上限として指示された時間外労働時間では業務を処理することができない旨説明して,時間外労働時間の上限を引き上げてくれるよう頼んだが,許可されなかった。
また,平成14年6月当時,第1審原告において実質的チームリーダーとしての役割・責任下にあった未収債権について,正常に処理されていると思われたものの中に,大量の未処理の未収債権が発見され,第1審原告は,当時の担当課長であるB課長から叱責を受け,改善を求められた。
(2) 第1審原告の本件精神疾患の発症・欠勤
ア 第1審原告は,平成14年7月4日,突然めまいに襲われ,どうしても出勤できなかったため,Y1社を欠勤し,内科医院であるbクリニックを受診し,「うつ状態」と診断された(証拠<省略>)。
第1審原告は,同医院で,c大病院神経科精神科を紹介されて,同年8月1日に同科を受診したところ,同科において,「抑うつ状態」であると診断された(証拠<省略>)。
イ その後,第1審原告は,平成14年8月ころから,心療内科・神経科の専門医院であるdクリニックを受診し,同クリニックのF医師の診察を受けた(証拠<省略>)。F医師は,第1審原告を「抑うつ神経症」と診断している(証拠<省略>)。
なお,F医師は,診断書上は,「診断名」として,「自律神経失調症」と記載していた(証拠<省略>)。
ウ 第1審原告は,平成14年7月4日から現在まで,Y1社に出勤していない(証拠<省略>)。
(3) 本件退職取扱い前後の第1審原告とY1社とのやり取り
ア 本件退職取扱い前のやり取り(証拠<省略>)
(ア) K部長が平成17年7月25日付けで休職期間満了の通知
第1審原告の休職期間は平成17年9月27日に満了する予定であった。そこで,K部長(Y1社人事部長)は,同年7月25日,第1審原告に対し,「休職期間満了の通知」を送付した(証拠<省略>)。
(イ) 第1審原告が平成17年8月14日付け文書を送付
これに対し,第1審原告は,同年8月14日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①D部長及びE課長との面談でのやり取りを含め,第1審原告の休職の一連の手続に不備があったことを理由として,休業期間中の取扱いの確認として,欠勤を開始した平成14年7月4日から休職開始時の平成15年9月27日までの振替休暇,年次有給休暇の消化状況の連絡と,その間の勤怠記録のコピーの送付を求め,②健康保険の継続手続の方法や費用の説明を求め,③平成15年3月7日に癌で入院したとして,見舞い給付金の支給を求めた。
(ウ) K部長が平成17年8月25日付け文書を送付
K部長は,平成17年8月25日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①第1審原告の休職に至るまでの期間の取扱いについて説明をし,②平成14年4月から12月までの勤務管理簿の写し及び第1審原告の「長期欠勤・休業の状況」を同封し,③健康保険の任意継続の手続・費用につき説明し,④傷病見舞金について,現在休職に係る傷病について,既に傷病見舞金を平成14年7月に支給しており,一連の病気療養中に重ねて傷病見舞金を支給することはないことを伝え,⑤社宅の退去の時期・手続を連絡した。
(エ) 第1審原告が平成17年8月27日付けで勤務管理簿写しの送付依頼等
a 第1審原告は,平成17年8月27日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,平成12年4月から平成14年3月までの勤務管理簿の写しの送付を求めた。
b これに対し,K部長は,平成17年8月30日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,第1審原告が求める期間の勤務管理簿の写しについて,法律上の保管義務が経過していたため既に処分済みであるので,Y1社内になく申出に応じることができない旨を連絡した。
(オ) 第1審原告が平成17年9月3日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年9月3日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①振替休日について,K部長の平成17年8月25日付けの文書では12日間であるとしているが,同封の勤務管理簿の写しによると,平成14年6月8日,9日,16日,23日の4日間が未消化となっており,未消化の振替休日分を算入すると,年次有給休暇の開始日は平成17年7月25日からとなるので,各区分の起算日の訂正等をしてほしい旨を伝え,②同書面では,平成14年11月28日から平成15年9月27日までの10か月間連続して欠勤となっているが,平成15年2月25日の給与明細書によると,平成15年1月は年次有給休暇であるので欠勤ではなく,休職の開始日を1か月ずらしてほしい旨を伝え,③復活年休と傷病見舞金と社宅の取扱いについて詳しいことが分からないので,全ての社員就業規則等の資料を送付してほしいと依頼した。
(カ) K部長が平成17年9月12日付け文書を送付
K部長は,平成17年9月12日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①振替休日の消化をはじめ欠勤の手続については,第1審原告の申出に基づく所属部署を通じて適正に処理したものであること,その後3年余りに亘って各手続を経てきたが,その間第1審原告から勤怠記録に関する訂正の申出がなかったこと,仮に未消化の日数があったとしても,時効期間の2年間が経過しており,訂正に応じられないことを伝え,②年次有給休暇については毎年1月1日に更新されるが,前1年間の全労働日の8割以上出勤することが要件であるところ(労基法39条1項),第1審原告の場合,平成14年度の出勤率がこの要件を満たしていないので,当該年度の更新はないこと(出勤率の計算上,年次有給休暇の出勤日数は含むが,復活年休はこれに含まれない。)を返答すると共に,③第1審原告の速やかな退職届の提出を促し,社宅に関して,第1審原告が手続をしない場合も,退職日をもって家主に解約の申入れを行うと告知した。
なお,同文書と入れ違いで,第1審原告から回答を催促する文書(証拠<省略>)が届いた。
(キ) 第1審原告が平成17年9月14日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年9月14日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①振替休日の時効について,振替休日に時効の定めはないので,時効により消滅したとの説明は承服しかねることを伝え,②復活年休内規2条によると,「年次有給休暇を・・・使用できるものとする。」としているところ,その効力や扱い等を制限する規定はないので,復活年休の使用条件を満たし承認されれば,年次有給休暇を使用でき,平成14年9月13日から50日間は年次有給休暇を使用したこととなり,その期間は当然出勤日数に含まれるのであり,よって,平成14年の出勤率は8割以上となり,平成15年の有給休暇の取得は可能であることを伝え,③給与明細書でも平成15年1月は年次有給休暇と扱われていると反論した。
(ク) 第1審原告が平成17年9月18日付け,同月20日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年9月18日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①Y1社の事実確認の一助とするために,<ア>平成14年4月~同年7月の勤務管理簿(証拠<省略>)の写し,<イ>平成15年2月の給与明細書の写しを送付し,<ア>により振替休日4日分が未消化であること,<イ>により同年1月が年次有給休暇の取得による休業であることがわかる旨を説明し,②休業については,申出はしたが,休暇種別について申出もしておらず,説明を受けていない旨を説明し,③Y1社の文書保管は,文書保管管理マニュアルに基づいており,人事労務関係は,Y1社主張の労基法による3年ではなく,5年から永年(永久)になっていたこと,部署により保管年限が違っていたことを主張し,④その確認のため,同マニュアルの送付を依頼し,⑤出勤日数等がわかる平成12年4月又は5月からの賃金台帳及びその他の帳票の所在を確認して送付することを依頼し,⑥時効についての主張の根拠と起算日を質問した。
また,第1審原告は,平成17年9月20日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,平成12年4月又は5月からの出勤スケジュール表と,平成15年1月以降の勤務管理簿の送付を依頼した。
(ケ) K部長が平成17年9月22日付け文書を送付
K部長は,平成17年9月22日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①退職の諾否について第1審原告の同意を求めているのではなく,最終告知もしており,規定の休職期間の満了をもって当然に退職となることを伝え,②振替休日について,第1審原告の傷病休暇開始時の申出に従って対応してきたことを伝え,③休業中の休暇種別について申出や説明を受けることは,第1審原告自らが勤務管理者へ依頼するのが筋であり,最低限の注意義務として確認しておく必要があり,その時間,機会は十分あったのであるから,その後,欠勤,休職,傷病手当金の請求等の手続を経て,時効期間を経過した現在において,第1審原告の要求する遡及訂正には応じられないことを伝え,④時効の根拠は労基法115条であることを伝え,⑤復活年休については,Y1社において,傷病のために長期療養を余儀なくされた社員の救済のために,規程上は消滅した年次有給休暇を特例措置として復活させることを趣旨として設けられた制度であり,「法定年休」を超える部分であるため,本来の年次有給休暇と同じ条件で付与しなければならない理由はなく,時効消滅した年次有給休暇を復活させた場合,改めて出勤率の計算上の出勤日として扱わなければならないとは労基法上規定されていないことを伝え,⑥労基法の文書保管期限は,賃金台帳,勤怠記録とも3年になっており(労基法109条),Y1社は,関係諸法令に則った取扱いをしていることを伝え,⑦労働基準監督署に確認し,社会保険労務士の意見を聞いた上での通知であることなどを説明した。
(コ) 第1審原告が平成17年9月25日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年9月25日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①年休取得条件の前年の出勤率の計算について,Y1社の「復活年休を出勤日として扱わなければならないとの規定は労基法にない」との主張に対し,文献・判例を引用した上で,「出勤率に算入することは当事者の合意があれば可能」であり,「法定外年休(Y1社の復活年休)を法定年休と明確に区別して異なる取扱いをする旨が定められていない場合には,法定外年休についても法定年休と同様に取り扱う趣旨と解される」ことを伝え,②それぞれの文献の写しを送付し,③上記①を根拠に,Y1社の第1審原告に関する復活年休の取扱いにつき,第1審原告の主張どおり訂正するように求め,④休業中の休暇種別に関する第1審原告からY1社に対する申出の経緯について,たまっている振替休日や有給休暇を使用することをH係長に話し,同係長から,きちんとしておくとの話があったことを説明し,⑤(一旦認められた)年次有給休暇が勝手に欠勤に変えられているとは,思いもよらないことであったことを説明し,勝手に変えて良いのかと質問し,⑥文書保管管理マニュアル,賃金台帳,出勤スケジュール表,勤務管理簿の送付を再度依頼し,⑦時効完成の時期を再度質問し,⑧国民健康保険の手続を行ったとしても,やむを得ず行うものであり,Y1社の主張を認めたものではないことを申し入れた。
(サ) K部長が平成17年9月28日付け文書を送付
K部長は,平成17年9月28日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①第1審原告の諸事情を斟酌し,規程外であるが特例として同年10月31日まで退職日を繰り下げることを伝え,②第1審原告からの問い合わせについては,第1審原告に対するY1社の取扱いは適正と判断しており,変更はあり得ず,これ以上第1審原告と議論する心算はなく,回答することはないことを伝え,③社宅については,10月末に家主宛に法人契約の解除を申し入れ,11月30日に解約とすること(引き続き個人で契約する場合には,10月末までに家主宛に必要な手続をすること)を通知するとともに,④退職願の提出を要求した。
(シ) Y1社人事部人事課が平成17年9月30日付け文書を送付
Y1社人事部人事課が,平成17年9月30日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,第1審原告の退職に伴う各種保険等の手続について連絡した。
(ス) 第1審原告が平成17年10月9日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年10月9日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①これまでのY1社への申入れ事項・質問事項を整理し,その対応を再度依頼し,②退職金制度移行(旧制度基金解散・新制度に移行)に関し,自己都合乗率の説明を求めるとともに,移行前・移行後の就業規則(退職金部分)等の送付を依頼し,③年次有給休暇(以下「年休」という。)について,Y1社において勤続年数に応じて付与されるのであり(社員就業規則第22条),出勤率の条件は付されていないことを伝え,④仮に,出勤率の条件が付されていたとしても,復活年休は労働義務が免除された日と考えられるため,出勤率は91.28%となり,Y1社主張の8割を超えていることから,平成15年1月の年休は取得が可能であることを申し入れ,⑤振替休日や年休の取得について,そもそもY1社がきちんとしておくとの約束で依頼したものであり,仮に時効になっていたとしても,Y1社がきちんとしていないことが原因であり,それにもかかわらずY1社が時効を主張することは,信義則に反して認められないことを主張し,⑥少なくとも就業規則等は送付されると思うが,届かないものがあり,また,質問事項・依頼事項についても一言も触れないものもあるが,一方的に対応を打ち切ることのないように,休業中の社員(第1審原告)もそうでない社員と同様に対応するようにと申し入れ,⑦Y1社は,平成17年9月28日に,市役所職員がY1社に必要書類の関係で問い合わせた際には,第1審原告と話し合っていると回答しながら,その後の第1審原告宛の同日付け書面(証拠<省略>)には,第1審原告と議論する心算はないと記載しているが,同じ日の発言内容が正反対であるのはなぜかについて,その理由を質問し,⑧勤務管理簿について,法定保管期限内であるにもかかわらず送付されないため,その理由を質問し,⑨Y1社が第1審原告からの年休等に関する訂正の申入れを一切認めないまま,Y1社主張の退職日が経過した後に,第1審原告の退職日を繰り下げたことについて,そのような扱いがY1社の独断で可能なのか質問し,⑩「貴殿の諸事情を斟酌し」などと第1審原告のためであるかのようなことを言うのであれば,なぜ第1審原告のために質問事項・依頼事項にきちんと回答しないのか,その理由を質問し,⑪第1審被告の出鱈目な対応に対し抗議した。
(セ) 第1審原告が平成17年10月19日付け内容証明郵便を送付
第1審原告は,平成17年10月19日付け内容証明郵便(証拠<省略>)で,Y1社に対し,①振替休日4日間相当分の賃金を請求し,②平成15年1月が年次有給休暇であることにより,欠勤(有給)が1か月繰り下がったことを理由に,同年10月4日から11月3日までの1か月分の給与を請求し,③平成15年1月分に対する賞与相当額を請求し,④上記①から③までの合計額46万1802円に対する平成15年11月26日から完済までの法定利率による損害金を請求すると共に,⑤これら以外の請求権がないということを意味するものではないことを付記し,⑥第1審原告の平成17年10月9日付け文書における各申入れ事項についての回答・対応を求めた。
(ソ) K部長が平成17年10月21日付け文書を送付
K部長は,平成17年10月21日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①第1審原告からの種々の問合せ事項について,それぞれ適正に対処済みであり,これ以上応えることはないことを申し出するともに,②健康保険,厚生年金保険が退職日の翌日をもって資格喪失となるため,資格喪失日以降,健康保険証をY1社人事部まで返却することを伝え,③期限までに社宅の明渡し(もしくは個人契約への切替え)に必要な手続をすることを依頼した。
(タ) 第1審原告が平成17年10月25日付け文書を送付
第1審原告は,平成17年10月25日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,①同日にY1社人事部が発行し第1審原告に発送した「立替金請求明細書」につき,健康保険(料)と厚生年金(保険料)が前月と比べ2倍に増加した理由の説明を求め,②共済会費の説明を求め,③これまでの申入れのうち,未回答・未対応についてのものに対して,回答・対応を求めた。
イ 本件退職取扱い以降のやり取り
(ア) K部長が平成17年10月31日付けで休職期間満了退職の通知
K部長は,第1審原告に対し,平成17年10月31日付け文書(証拠<省略>)を送付して,①第1審原告が同日付けで休職期間が満了して退職した旨の通知をすると共に,②第1審原告の同月25日付け文書による健康保険料,厚生年金保険料,共済会費の質問について回答し,③その他の第1審原告からの種々の請求事項については適正に処理済みであり,時効消滅済みと認識し,これ以上応えることはないと告知した。
(イ) 第1審原告が平成17年11月14日付け文書で労災請求書類の送付を依頼等
a 第1審原告は,平成17年11月14日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,労災申請をするので,所定事項に記入・捺印の上返送するよう依頼した。
b これに対し,K部長は,平成17年11月17日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①第1審原告の労災保険申請について,第1審原告がこれまで一貫して健康保険による療養給付を受けてきたもので,Y1社としても業務上の災害とは認識しておらず,困惑していることを伝え,②第1審原告が送付した休業補償給付請求書が,診察担当者の証明,請求人の署名等が漏れていることから,事業主証明はできかねる旨を連絡するとともに,③労災請求書類を返却した。
(ウ) 第1審原告が平成17年11月28日付け文書で休業補償給付支給請求書を同封
a 第1審原告は,平成17年11月28日付け文書(証拠<省略>)で,K部長に対し,休業補償給付支給請求書を同封するとともに,これに対応するよう依頼した。
b これに対し,K部長は,平成17年12月2日付け文書(証拠<省略>)で,第1審原告に対し,①第1審原告の求める休業補償給付支給請求書につき対応し,返送したことを連絡すると共に,②第1審原告の平成17年10月分給与に係る社会保険料ほかの立替金合計7万9720円の支払を請求した。
(4) 第1審原告の受診歴等
ア 甲状腺悪性腫瘍について(証拠<省略>,第1審原告本人)
(ア) 平成6年ころ以降の受診歴
a 第1審原告は,平成6年3月末ころ,e大学病院耳鼻咽喉科を受診し,「頸部リンパ節転移に伴う甲状腺悪性腫瘍(疑)」と診断された。そこで,第1審原告は,神戸市所在のf病院を紹介された。
なお,第1審原告が罹患した甲状腺悪性腫瘍は,比較的進行が遅く,あらゆる癌の中で性格のおとなしい腫瘍(証拠<省略>)である。
b 第1審原告は,平成6年5月11日にf病院を受診し,同年6月4日に入院して,同月6日に手術を受けた。同手術によって摘出された部位の病理診断の結果は,臨床診断では悪性甲状腺腫であり,組織診断では乳頭癌で結節転移ありというものであった。なお,上記病理診断の結果は,主治医から第1審原告に告知されたものと推認できる。
c 第1審原告は,その後も約3か月毎にf病院を受診し,甲状腺ホルモン補充薬を処方されたので,約半年に1回の血液検査によるも,血中甲状腺ホルモン濃度が減少していたことは一度もなかった。
(イ) 平成13年以降の受診歴
a 平成13年
第1審原告は,平成13年4月7日のf病院での診察時において,医師より,左頸部リンパ節1.2cmに異物の感触があるとして,経過観察を告げられた(証拠<省略>)。
その後,第1審原告のf病院の同年7月7日付けの診療録(証拠<省略>)には,「左頚部リンパ節に甲状腺悪性腫瘍の転移らしきものがあるが,経過観察で可,また触れれば手術も再考すると話しています」との記載があり,同年10月6日付けの診療録(証拠<省略>)には,LDHの値が一時的に高値を示していた旨の記載がある。
b 平成14年,15年
第1審原告は,平成14年12月18日のf病院での診断時において,左リンパ節に甲状腺悪性腫瘍の転移があり,主治医から,手術を勧められた。もっとも,主治医は,第1審原告に対し,「おとなしい癌なので,すぐに手術しなければならないということでもない。」旨説明した。
第1審原告は,平成15年3月7日,f病院に入院し,同月10日手術を受けた。手術後における病理診断の組織診断の結果,リンパ節に転移した乳頭状癌であった。第1審原告は,同手術後7日目に退院した。
c その後
第1審原告は,その後も,半年に1回程度f病院を受診している。
イ 耳鼻咽喉科関係(証拠<省略>)
第1審原告は,平成6年10月17日,口腔内に痛み等があったことから,c大病院耳鼻咽喉科外来を受診した。同年11月1日の診察時には,硬口蓋に圧痛があり,同付近に27mmの腫脹が確認された。同年11月8日の診察時には,上記腫脹部分を穿刺し,混濁液の検査及びMRI検査を実施したところ,特段悪性腫瘍の兆候を示すものではなかった。
第1審原告は,その後,平成16年ころ,同腫瘍が増大したため精密検査を行い,「のう胞」と診断された。
ウ 内科関係
(ア) 腹部痛関係
a 第1審原告は,平成6年11月1日,c大病院総合診療外来を受診し,右胸部に圧痛等があると訴え,消化管精査を受け,同月29日,消化器内視鏡検査を受けたが,異常はなかった。また,同年12月13日,消化器内科を受診したが,特段異常はなかった(証拠<省略>)。
b 第1審原告は,平成15年2月14日,iクリニックを受診し,12月末から右腹部痛があると訴え,腹部エコー検査,検便の検査を受けたが,特に異常はなかった(証拠<省略>)。
また,第1審原告は,平成16年2月17日,腹痛,心臓や胸部骨縁部に残った感じがするなどとして,iクリニックを受診したが,特段異常はなかった(証拠<省略>)。さらに,第1審原告は,平成17年9月15日受診の際,「体調がやや不良」「胃腸の調子が悪い」「排便は軟便様で透明~黄色」と訴えたところ,診察所見では,左腹部に圧痛があったため,腹部エコー,胃十二指腸内視鏡検査が行われたが,器質的な異常はなく(証拠<省略>),過敏性腸症候群と診断された(証拠<省略>)
(イ) 胸部痛関係(証拠<省略>)
a 第1審原告は,平成7年5月24日,同月20日のゴルフ中に左前胸部絞扼痛があったとして,c大病院総合診療外来を受診した。狭心症の疑いが否定できなかったものの,経過観察することとなった。
b 第1審原告は,平成8年8月13日に,Y1社における同年の定期健康診断で,中性脂肪,肝のう胞及び心電図(T波増高・早期再分極)に関し,再検査・経過観察との指導があった(証拠<省略>)ため,c大病院を受診し検査を受けた(証拠<省略>)。
そして,第1審原告は,同月16日に,検査結果を聞くためにc大病院を受診したが,特段異変を疑わせる所見はなかった。なお,第1審原告は,その際,医師に,ゴルフラウンド中に胸痛(胸部絞扼感)がしたことを話した。
(ウ) 関節リウマチ・ウイルス性感染疑い
第1審原告は,平成13年7月23日ころから,手足の関節痛及び指の腫れがあり,Y1社近くのk病院を受診したところ(証拠<省略>),LDH値が上昇しており,その原因はウイルス感染が疑われ,関節痛については,ウイルスによる一過性又はリウマチが疑われた(証拠<省略>)。同症状は,しばらく軽快しなかったため,Q医師は,除外診断をするために,f病院及びc大病院に対する診療情報提供書を作成した(証拠<省略>)。
そのため,第1審原告は,平成13年8月16日にf病院,同年9月5日にc大病院総合診療外来,同月12日に同病院免疫内科を受診し,検査を受けたが,異常はなかった(証拠<省略>)。
エ 泌尿器科関係
第1審原告は,平成13年9月19日,c大病院泌尿器科を受診し,尿路結石が認められ,尿細胞診を受けたが,結果は陰性のⅡ期で,特段の異常はなかった(証拠<省略>)。
(5) 第1審原告の精神疾患に関する専門医の意見
ア 大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会長
大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会のL部会長は,意見書(証拠<省略>)の中で,第1審原告の精神障害について,次のような意見を述べている。
(ア) 第1審原告の精神障害については,平成14年7月上旬ころ,ICD-10による「他の不安障害(F41)」を発病したとするのが妥当であり,同発病に関しては,第1審原告に係る恒常的な長時間労働,第1審原告の業務負担の増加に伴う事業場(Y1社)の支援,協力の欠如が認められることから,第1審原告の心理的負荷が特に過重であったことが影響している。
(イ) 他方,第1審原告の個人的要因について,dクリニックの意見書において,就労不能の原因として,「本人の人格的未熟さのための社会的不適応」と記載されていることや,精神障害の既往歴,アルコール等依存状況,性格傾向に関して特に社会性欠如に支障を来す問題は,調査結果から明らかになっていないことを指摘している。
(ウ) その上で,L部会長は,結論として,第1審原告に係る精神障害(「他の不安障害(F41)」)は,業務上の原因によって発症したとの意見を述べている。
イ M医師
医療法人bクリニックのM医師は,大阪西労基署長に対する意見書(証拠<省略>)の中で,第1審原告の精神状態について,診断において明らかにうつ状態と考えられたこと,同疾患の発症時期は平成14年6月中旬ころと考えられること,発症機序は不詳である旨の意見を述べている。
ウ c大病院医師
c大病院のN医師は,大阪西労基署長に対する意見書(証拠<省略>)の中で,第1審原告の精神状態について,抑うつ状態であるとし,発症時期及び発症機序については,いずれも不明であるとの意見を述べている。
エ F医師
dクリニックのF医師は,大阪西労基署長に対する意見書(証拠<省略>)の中で,第1審原告の精神状態について,次のような意見を述べている。
(ア) 第1審原告の抑うつ症状は軽く,「うつ病」という診断をつける程ではなく,他者に対する支配性や操作性の高さから神経症レベルであると考える。
(イ) 第1審原告が,平成14年6月に抑うつ症状があったと訴えたことから,そのころ発症したと考えられる。
(ウ) 第1審原告には,職場を離れた後も相当期間終了不能な精神状態の不安定な症状が継続している点について,①本人の人格的未熟さのための社会的不適応,②会社が本人に要求した仕事量の過剰性,③男性の40歳過ぎは,ライフサイクルの節目にあたり,心理的に危機に陥りやすい年齢であることを指摘している。
オ 東京家政大学教授
東京家政大学教授のO医師は,意見書(証拠<省略>)の中で,第1審原告の精神状態について,次のような意見を述べている。
(ア) 第1審原告は,平成14年7月当時,不安障害があったといえるが,同時点で突然不安障害を発病したのではなく,平成6年4月には既に不安障害を発病していたことも十分考えられる。すなわち,
(イ) 第1審原告は,平成6年6月に甲状腺悪性腫瘍の全摘手術を受けているが,その後間もなく悪性腫瘍のリンパ節への転移が疑われ,平成15年3月に再手術を受けている。その後も現在に至るまで,甲状腺悪性手術後の経過観察を受けている状況である。
甲状腺悪性腫瘍も生死に関わる重病であることから,第1審原告は,平成6年3月末に甲状腺悪性腫瘍の疑いが指摘された当時から,常に甲状腺悪性腫瘍と,その後の転移に関する不安を抱えていた状態にあったといえる。第1審原告が,同年4月12日におけるf病院での初診の際,「めまいがする。」「気分がゆううつである。」「不安感がある」といった項目に印を付けていることからも,そのことが窺われる。
(ウ) 甲状腺疾患は,精神状態に大きく関係し,甲状腺性精神病を併発する。第1審原告は,甲状腺全摘手術を行い,甲状腺ホルモンを投薬により補充していることから,基本的に甲状腺機能が低下しているものといえる。甲状腺機能低下症による精神障害では,妄想状態を起こしやすい(粘液水腫精神異常)。
それ故,第1審原告は,平成6年当時から,甲状腺腫瘍とその後の転移に関する不安,基礎疾患たる甲状腺疾患そのものにより,精神状態に影響を受けていたというべきである。
(6) Y1社における人事制度の改定
ア 平成16年10月1日の人事制度改定(証拠<省略>)
(ア) 改定の経緯
親会社であるY2社が平成16年4月に人事制度を改定したことを受けて,Y1社においても平成16年10月に人事制度が改定された。この人事制度の改定について,Y1社の従業員から特段,大きな反対意見が出された形跡はない。
(イ) 主な変更点
a 職位体系
Y1社は,従来の資格等級制度を廃止し,役割・スキルレベルごとの職位体系に移行し,新たに「エキスパート職」を設けた。「エキスパート」職は,旧制度における総合6級以上の一般職員(平成13年4月以降の昇格者は除く),及び平成13年4月以降の降格者,もしくは総合6級からの降格者で旧制度の基本給が29万5000円以上の社員の移行先の職位となった。
b 給与体系
(a) 変更の概要
Y1社では,等級制を撤廃したことにより,管理職は役割,一般社員はスキルレベルで給与を決定することになり,また定期昇給は行わないこととされた。
新制度に伴う給与改定は,2段階で行うこととなり,部長職・課長職については,平成16年10月より給与改定を実施するが,それ以外の社員は,現状の給与をスライドし,平成17年4月1日より改定することとされた。
(b) 変更の内容
部長職・課長職以外の社員は,旧制度での基本給をスライドし,平成17年4月にレベル/ピッチを正式に決定する。
そのうち,一般職については,旧制度下での基本給が25万円以上の社員はレベル7の仮格付けを行うが,旧制度下での基本給が25万円未満の社員にはレベルの仮格付けは行わないこととされた。さらに,レベル7の中において,1から10の各ピッチ毎に5000円の給与幅が設けられたが,レベル7に仮格付けする段階では,その中のピッチの仮格付けはされないこととされた。
なお,レベル7の上限は29万5000円とし,旧制度下における基本給がこの上限を超える場合には,その超過部分は調整給として支給されることとした。
c 賞与
賞与は,平成16年12月から,変更後の計算方法にて支給されることとなった。標準賞与は,旧制度の役職/資格基準から職位/レベル・ピッチ基準へ変更となった。賞与の算出式は,(基礎額+単価×査定点)×全社収益連動×出勤率である。
平成16年12月支給賞与の評価期間は平成16年度上期(4月1日~9月末)となるので,旧制度での役職・資格,評価を読み替えて,賞与の支給額の基準が適用されることとされた。
(ウ) 改定の目的等
Y1社の平成16年10月の人事制度改定は,①従来の人事制度(運用から3年半経過)が,過去の経緯・年功的運用の歪みに起因する報酬水準の逆転現象や,貢献と報酬のミスマッチによる社員不公平感・モチベーションの低下が顕在化してきたことから,人事制度の抜本的変革の必要性が生じたことに基づくものであり,②従来の年功的な賃金制度から成果主義的な賃金制度に変更するものである。
Y1社の新報酬体系は,新制度移行時に業界内トップ水準となり,業績目標達成時にはさらにY2社並みに引き上げることとされ,賃金原資を減ずるものではない。制度改定による社員の不利益については,最大で3年間調整給が支給される。
(エ) 就業規則変更の周知
Y1社は,上記人事制度改定については,説明会を開催する(証拠<省略>)等して,社員に対し,予め,変更内容の概要を説明したほか,上記人事制度改定に伴う変更後の就業規則を社内LANで掲載していた(証拠<省略>)。
(オ) 第1審原告の処遇等の変更
a 給与
第1審原告については,旧制度下の基本給が30万1000円であり,25万円を超えることから,レベル7に仮格付けされた。また第1審原告の旧制度下における基本給がレベル7の上限を超えるため,その部分は調整給として支給されることになった。
そのため,第1審原告は,平成16年10月に総合レベル7として処遇され,基本給29万5000円,調整給6000円が支給されることになり,平成17年,平成18年には,総合レベル7,ピッチ10として処遇され,基本給,調整給は前同額であった。
b 賞与
第1審原告については,平成16年12月の賞与から,総合レベル7の標準賞与として77万5000円が支給されることになり,平成17年,平成18年には,総合レベル7,ピッチ10として処遇され,賞与額は前同額であった。
イ 平成18年7月1日の人事制度改定(証拠<省略>)
(ア) 改定の経緯
親会社であるY2社のグループ内で,Y1社のみ就業時間が異なっていたことから,就業時間をグループ内で統一することとした。併せて,賞与を初めとする報酬体系も,Y2社と同様になるようにした。この人事制度の改定について,Y1社の従業員から特段,大きな反対意見が出された形跡はない。
(イ) 主な変更点
a 就業時間
Y1社は,就業時間につき,午前9時30分から午後5時45分までであったのが,午前9時から午後6時までとなった。その結果,1日の実働時間が7時間25分から8時間となった。その代わり,年間休日につき,夏季休暇を新設(3日間)することとなった。
以上より,月間所定労働時間が153.3時間から163.3時間となり,従前より労働時間が月間約10時間,6.57%の増加となった。
b 報酬体系
Y1社は,基本給及び賞与の支給水準を全面的にY2社と合わせた。給与改定に伴う社員の格付けの移行について,基本的には改定前のレベル/ピッチをスライド移行するが,レベル7以上では,給与体系や基本給構造(ピッチ数)がY2社とは一部異なることから,職位/レベルによっては,この点を考慮した格付け移行運用を行った。
上記のとおり,就業時間変更に伴い所定労働時間が月間6.57%増加するところ,格付け移行による基本給の増加額について,労働時間増加分を確保できるように,これを下回る場合は差額調整を行うこととし,具体的には,従前の基本給の6.57%増を確保することとした。
(ウ) 改定の目的等
親会社であるY2社グループ内において,Y1社のみ異なっている就業時間をグループの基準に揃え,それに伴い報酬体系についても,Y2社グループの基準に揃えることを主な目的とするものである。
第1審原告のような非管理職について,格付け移行によって時間外手当を含めた給与支給額,標準賞与額が格付け移行前と比較して減となる場合には,差額を調整支給することとした。
(エ) 就業規則変更の周知
Y1社は,上記人事制度改定については,説明会を開催する(証拠<省略>)等して,社員に対し,予め,変更内容の概要を説明したほか,上記人事制度改定に伴う変更後の就業規則を社内LANで掲載していた(証拠<省略>)。
(オ) 第1審原告の処遇等の変更
a 給与
第1審原告は,レベル7のピッチ5に移行することとなり,その結果,基本給については30万6000円になるが,就業時間変更に伴う労働時間増加分を確保するため,従前の基本給30万1000円の6.57%増である32万0775円が基本給となった。
b 賞与
第1審原告の標準賞与は,89万6891円となった。
(7) Y1社の会社分割(吸収分割)及び吸収合併とそれに伴う第1審被告の労働承継(証拠<省略>)
ア 会社分割及び吸収合併
Y1社は,平成23年7月1日,以下のとおり,株式会社Y1とj社に会社分割され,同日,株式会社Y1は,Y2社に吸収合併された。
(ア) 株式会社Y1
事業内容は,ローン事業(プレイカード事業),信販事業の管理債権,保証事業における求償債権等
(イ) j社
事業内容は,クレジットカード事業,個品あっせん事業,前払式,銀行保証事業,保険事業等
イ 労働契約承継の手続
(ア) 7条措置
Y1社は,いずれの事業場内にも労働者の過半数で組織する労働組合が存在しないところ,労働承継法第7条の規定に従い,「労働者の過半数を代表する者との協議その他これに準ずる方法」として,平成22年11月2日から同月12日までの間,全16回にわたり,全社員を対象に社員説明会を実施し,その中で,Y1社総務人事部が,「グループ再編に伴う労働承継について(Y1社全体会議資料)」(証拠<省略>)を用いて,労働承継の方法について具体的な説明を行い,社員の理解と協力を得るよう努めた(いわゆる「7条措置」)。
(イ) 5条協議
商法等改正法附則第5条1項の協議(いわゆる「5条協議」)は,承継される事業に従事している個別労働者の保護のための手続であり,労働承継法第2条1項による通知をすべき日までに,労働者との協議を義務付ける規定であり,第1審原告以外のY1社の労働者に対しては,所定の手続が行われた。
なお,第1審原告は,労働承継法第2条1項1号の労働者に該当するが,第1審原告に対しては,5条協議は行われていないし,その後の同法2条1項による通知も行われていない。
(ウ) Y1社の従業員の労働契約の承継
会社分割計画において,j社の会社分割に伴って,Y1社の従業員(正社員)との労働契約は,全て分割後のY1社を経てY2社に承継されることとされており,実際にも,Y1社からj社に労働契約が承継された従業員(正社員)は1人も存在せず,全員がY1社の従業員として,Y2社との合併(Y2社への吸収合併)によってY2社に包括承継された。
なお,j社の業務は,Y2社からの出向社員により対応された。
(エ) 第1審被告から提出された書証
本訴において,第1審被告から,上記の会社分割,吸収合併に関する主要な説明資料等として,下記書証が提出された。
記
グループ再編に伴う労働承継について(Y1社全体会議資料)(証拠<省略>),吸収分割契約書(証拠<省略>),吸収分割公告(証拠<省略>),合併公告(証拠<省略>),分割・合併期日に関する報告(証拠<省略>),グループ再編(子会社の分割・吸収合併)にかかる基本方針の一部変更に関するお知らせ(証拠<省略>),j社の就業規則(証拠<省略>),給与規定(証拠<省略>),賞与規定(証拠<省略>),人事処遇規定(証拠<省略>)及び旅費規程(証拠<省略>),「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」2条に定める労働者等への通知のひな形(証拠<省略>),平成23年6月30日時点のY1社の就業規則(証拠<省略>),給与規定(証拠<省略>),賞与規定(証拠<省略>),人事処遇規定(証拠<省略>),社宅規定(証拠<省略>)及び旅費規程(証拠<省略>)
2 本件精神疾患の業務起因性及び第1審原告の未払賃金請求権の有無(争点((1))について
(1) 本件精神疾患の業務起因性の有無(本件退職取扱いの有効性)について
ア 第1審原告の労働時間について
(ア) 当裁判所の認定
前記1(1)認定のような第1審原告の担当業務の内容及びその業務量,第1審原告が毎朝7時50分から開かれる朝礼に出席していたこと,当時の上司は,第1審原告が少なくとも毎日,午後9時ころまで仕事をしていた旨供述していること(証拠<省略>),西コールセンター課が入居していたビルが管理していた鍵の最終返納者に,第1審原告がなっていた場合もあること(証拠<省略>)等を総合すると,第1審原告は,平成14年4月ないし6月ころ,相当程度時間外労働をしていたと推認することができ,少なくとも,労働基準監督署が最終的に認定した平成14年4月は158時間18分,同年5月は203時間54分,同年6月は241時間27分(証拠<省略>の労働時間計算表),それぞれ時間外労働をしていたと推認するのが相当である(証拠<省略>)。
(イ) 第1審原告の主張の検討
a 第1審原告の主張
第1審原告は,別紙5「株式会社Y1 鍵貸出・返納状況」(1審判決文に添付あり。<省略>)〔証拠<省略>の記載内容に基づくものである。〕及び第1審原告の供述に基づいて,平成14年4月ないし6月の第1審原告の実際の時間外労働時間について,別紙4「時間外労働等の時間数表1ないし3」(1審判決文に添付あり。<省略>)各記載の時間外労働時間のとおりであると主張し,その旨供述している。
b 検討
しかしながら,第1審原告の供述・陳述は,基本的には第1審原告の記憶に基づくものであるから,その正確性に疑問があるといわざるを得ないし,鍵の授受簿を見ても,第1審原告以外の社員が最終の退出者として鍵を返却していることも多く見受けられることを踏まえると,第1審原告が主張する時間外労働時間数までは認めることはできない。
また,第1審原告は,持ち帰り残業をしていた旨主張するが,そもそも,上記(ア)認定にかかる第1審原告の時間外労働時間自体,きわめて長時間であるのに,さらに自宅で持ち帰り仕事をする時間的余裕があったとは考えられず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,第1審原告の上記主張は採用できない。
(ウ) 第1審被告の主張の検討
a 時間外労働時間
(a) 第1審被告の主張
第1審被告は,Y1社においては,勤務管理簿によって社員の勤怠状況を管理しており,同管理簿の出勤,退出時刻は,従業員自身が記載することになっていたから,その信用性は高いところ,同管理簿によれば,第1審原告の時間外労働時間は,前記1(1)イ(イ)記載のとおりである旨主張している。
(b) 検討
① しかしながら,この点は,第1審原告が「勤務管理簿の記載は,第1審原告が上司から事前に決められた上限時間数以上は記入しないように指示されていた旨供述・陳述しており(第1審原告本人,証拠<省略>),しかも,この供述内容は,下記事実によって裏付けられているといえる。
記
ⅰ 第1審原告の勤務管理簿(証拠<省略>)の記載状況からして,時間外労働がその月の前半にのみ集中しており,不自然にすぎること。
ⅱ 第1審原告の上司であったG係長は,Y1社の上司から,勤務管理簿の残業時間数は月40~50時間までに抑えるように指示されていたと述べていること(証拠<省略>)。
ⅲ 第1審原告と同僚であったRは,出勤簿には上限を超えて残業することがあっても,出勤簿には上限時間を適当に割り振って残業時間が上限時間に収まるようにしていたので,出勤簿は勤務実態どおりの残業時間が記載されているわけではないと陳述していること(証拠<省略>)。
ⅳ 平成16年4月からY1社の人事部長を務めていたK部長自身も,勤務管理簿記載の労働時間が実態を反映していないことを認めるわけではないものの,Kが人事部長をしていた当時,全社員に対し,時間外労働は月40時間を目安にやるように指示していたことを認めていること(証人K)。
② したがって,勤務管理簿の記載によって,第1審原告の正確な時間外労働を算定することはできず,第1審被告の上記(a)の主張は採用できない。
b 第1審原告が早朝に出勤しなければならない理由はないか
第1審被告は,第1審原告が早朝に出勤しなければならない理由はなく,午前7時50分までに出勤することはなかった旨主張し,B課長の電話聴取書(乙49)を援用している。
しかしながら,B課長自身,乙49で,「係での朝礼があったかどうかはわかりませんが」と述べている上,G係長は,同人が午前8時10分前に出勤すると,第1審原告はいつも既に出勤して仕事をしていたと述べていること(証拠<省略>),Rも,自分が午前8時ころに出勤すると,ほぼ毎日,第1審原告は既に出勤して仕事をしていたと陳述していること(証拠<省略>)を併せ考慮すると,第1審原告の供述どおり,第1審原告は午前7時40分ころには出社していたと認めるのが相当である。
c 鍵の授受簿の記載
第1審被告は,鍵授受簿綴り(証拠<省略>)によると,第1審原告が最初に出勤していたのは5月30日,6月2日,4日,7日の4日間であり,最後に退出したのは,5月24日,6月7日の2日間だけであるし,鍵の授受簿の記載から,第1審原告の出退勤状況が裏付けられるとするのは飛躍があると主張している。
しかしながら,第1審原告が出勤してから業務開始まで,あるいは業務終了後退出時までの間に,何らかの私的な作業をしていたことを窺わせる証拠がない以上,鍵の授受簿の記載は,労働時間の実態を把握するための重要な証拠であることは明らかであるし,鍵の授受はその性質上,複数の従業員がほぼ同時間に出社もしくは退出しても,そのうちの1人が代表して記載するものであるから,鍵の授受者になっていなくても,授受の時刻ころに出社もしくは退社したことが否定できるものでもない。
したがって,第1審被告の上記主張は採用できない。
イ 労基法19条1項にいう「業務上の疾病」について
(ア) 労基法19条1項にいう「業務上の疾病」の意義
労基法19条1項において業務上の傷病によって療養している者の解雇を制限をしている趣旨は,労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは,自己の責めに帰すべき事由による債務不履行であるとはいえないことから,使用者が打切補償(労基法81条)を支払う場合,又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り,労働者が労働災害補償としての療養(労基法75条,76条)のための休業を安心して行えるよう配慮したところにある。
そうすると,解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは,労働災害補償制度における「業務上」の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。
(イ) 労災にいう「業務上の疾病」の意義
そして,労働災害補償制度における「業務上の疾病」とは,業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ,同制度が使用者の危険責任に基づくものであると理解されていることから,当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。
そうすると,発症と業務との間に相当因果関係が存在するというためには,当該労働者の担当業務に関連して精神障害を発症させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客観的に認められる必要があり,当該労働者と同種の業種において,通常業務を支障なく遂行できることが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者(環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が決まり,ストレスが強ければ個体側の反応性・脆弱性が小さくても精神障害を発症し,逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても発症するとし,現在の医学的知見により広く支持されているストレス-脆弱性理論を踏まえると,ある程度幅のあるものとならざるを得ない。)を基準として,労働時間,仕事の質及び責任の程度等が過重であるために,当該精神障害が発病させられ得る程度に強度の心理的負荷となっている場合に,そのような十分な強度を有する精神的負担ないしストレスがあると判断すべきものである。
(ウ) まとめ
したがって,労基法19条1項にいう「業務上」の疾病とは,上記の見地から見たときに,その疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められ,もって当該業務と相当因果関係にあるものというと解するのが相当である。
ウ 本件精神疾患の業務起因性の有無について
(ア) 本件精神疾患とその発症時期について
前記1(5)ア~エで認定した第1審原告の精神疾患に関する専門医の意見を総合すれば,第1審原告の本件精神疾患は,ICD-10による「他の不安障害(F41)」であり,その発症時期は,平成14年6月中旬ころ~同年7月上旬ころと認めるのが相当である。
(イ) 本件精神疾患の業務起因性について
a 当裁判所の判断
次の(a)(b)の事実に照らせば,本件精神疾患の主たる原因としては,質的にも量的にも過重性を有する第1審原告のY1社での業務にあると推認することができ,第1審原告が発症した本件精神疾患は,第1審原告の業務に内在している危険性が現実化したものであると認められ,第1審原告が担当していた業務と第1審原告が発症した本件精神疾患との間には,相当因果関係を認めるのが相当である。
(a) 過重な時間外労働
平成13年11月のY1社の組織変更に伴って人員が削減された結果,第1審原告が担当していた業務量が増大し,第1審原告の時間外労働時間(平成14年4月は158時間18分,同年5月は203時間54分,同年6月は241時間27分)も,恒常的に常軌を逸するほどの長時間に及んでいる(前記1(1)ア・ウ・エ,2(1)ア(ア))など,第1審の原告のY1社での業務については,量的にも質的にも特に過重であった。
このことは,平成14年2月12日付け厚生労働省労働基準局長通達「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(基発第0212001号)(当裁判所に顕著)においては,36協定を締結していても,実際の時間外労働については月45時間以下とするよう事業者を指導することが規定されており,第1審原告の平成14年4月~6月の上記時間外労働時間は,その約3.5~5.4倍に及んでいたことからも裏付けられる。
(b) F医師,L部会長の意見,労災認定等
第1審原告の主治医であるF医師が,第1審原告が職場を離れた後も相当期間本件精神疾患の終了不能な症状が継続している原因として,①本人の人格的未熟さのための社会的不適応,②男性の40歳過ぎは,ライフサイクルの節目にあたり,心理的に危機に陥りやすい年齢であることのほか,③会社(Y1社)が本人(第1審原告)に要求した仕事量の過剰性を挙げており(証拠<省略>),大阪労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会のL部会長は,本件精神疾患は業務上の原因によって発症したと判断し(証拠<省略>),これを受けて,大阪西労基署長も,本件精神疾患がY1社の業務に起因するものと認定して,第1審原告に対し,療養・休業補償給付の決定をしている(証拠<省略>)。
b 第1審被告の主張の検討
(a) 第1審被告の主張等
① 第1審被告は,次のとおり主張する。
ⅰ 平成13年10月におけるY1社の部門統合による人員削減による仕事量の急増や,第1審原告の同年12月より続く長時間労働があったとしても,第1審原告は,甲状腺機能低下により精神状態に影響を受けやすい状態にある上,甲状腺悪性腫瘍とその転移への不安という甚大な不安を抱えていたことからすると,平成14年7月に突然本件精神疾患が発症したのではなく,それ以前に発病していたとみるべきである。
ⅱ 第1審原告は,平成14年12月18日に左リンパ節への転移が認められ,平成15年3月に再手術に至っていることからすると,平成13年4月7日には,甲状腺悪性腫瘍の転移の不安が現実化していたものとして,遅くともこの時点では本件精神疾患を発症していたというべきである。
ⅲ したがって,第1審原告の本件精神疾患の発症と業務との間には,相当因果関係(業務起因性)がない。
② 確かに,前記1(4)アで認定したとおり,第1審原告は種々の疾病に罹患し,その中には甲状腺に関する悪性腫瘍も含まれ,一旦手術した後も再発している。
かかる経過及び悪性腫瘍という疾病の内容を踏まえると,通常,精神的なショックを受けることが想定される。
(b) 検討
しかしながら,次の各事実に照らせば,上記(a)①の第1審被告の主張は採用することができない。
① 第1審原告が平成6年3月末に発症した甲状腺悪性腫瘍は,おとなしい腫瘍で比較的病状の進行が遅く(証拠<省略>),第1審原告の当時の年齢(満32歳)を踏まえても,緊急に手術を要する状態ではなかった。現に,腫瘍が確認されてから手術が行われるまでに,約3か月経過している(前記1(4)ア(ア))。
② 第1審原告が,平成13年4月に頸部リンパ節に異物の感触を,同年7月に転移の疑いを,平成14年12月に転移を指摘された際にも,緊急に手術が必要な状態ではなかった。この時も,転移を指摘されてから手術まで約3か月が経過している(前記1(4)ア(イ))。
③ 第1審原告が,甲状腺悪性腫瘍の各手術の前後において,精神障害を発症していたことを認めるに足りる的確な証拠がない。O医師は,前記1(5)オのとおり,第1審原告の甲状腺悪性腫瘍の手術あるいは再発をもって,本件精神疾患の発生の原因であると十分に考えられるとの意見を述べているが,前記1(1)ア・ウ・エ,1(5)ア~エ,2(1)ア(ア)で認定した各事実に照らして,直ちに採用することができない。
④ 他方で,前記1(1)ウ・エ,2(1)ア(ア)で認定したとおり,第1審原告の本件精神疾患発症直前の労働は質・量ともに過酷で,時間外労働時間は常軌を逸するほど長時間であった。
(ウ) 本件退職取扱い時点における第1審原告の就業能力について
a 第1審被告の主張等
第1審被告は,仮に,本件精神疾患に業務起因性が認められるとしても,本件退職取扱い時点(平成17年10月31日)より前である同月5日時点では就労可能であったのに,第1審原告からは復職の申出がなかったと主張している。
確かに,F医師は,「療養のために労働することができなかったと認められる期間」につき,「平成14年8月5日から平成17年10月4日まで」とする意見書(証拠<省略>)を大阪西労基署長に提出していることが認められる。
b 検討
しかしながら,他方で,F医師は,同意見書で,意見書作成日である平成17年12月17日時点までを「療養の期間」と記載して,同日時点でも本件精神疾患が治癒していないことを明らかにしている上,F医師が同年10月15日に発行した「就労可能」の診断書はハローワーク所定の診断書であり,軽作業を含めての判断であること(弁論の全趣旨)を考慮すると,F医師も同月5日や同月15日の時点で,Y1社において就労可能と判断していたとは認め難い。
なお,前記1(3)で認定した第1審原告とY1社のK部長との間における書面の内容,傷病手当申請に関する第1審原告のY1社担当者(C係長)に対する書面での要求内容(証拠<省略>)を踏まえると,第1審原告がY1社への復職意思を有していなかったとまで認めることはできない。
したがって,第1審被告の上記aの主張は採用できない。
(エ) 本件退職取扱いの有効性について
以上のとおり,第1審原告の業務と本件精神疾患との間には相当因果関係があるということができ,本件精神疾患は「業務上」の疾病であると認められる。
そうすると,本件退職取扱いは,第1審原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって,無効であるといわざるを得ない(労基法19条1項類推適用,Y1社就業規則第32条(1)項,第39条④号)。
(2) 第1審原告の未払賃金請求権の有無について
ア 当裁判所の判断
(ア) 一般論
雇用契約上の賃金請求権について民法536条2項の適用を排除する明文規定はなく,債権者である使用者の責めに帰すべき事由により,債務者である労働者が債務の履行として労務を提供することができなくなった場合には,同条項の適用があるものと解するべきである。
そして,労務を提供することができなくなる事態には,労働者の労務提供の意思を形成し得なくする場合も,労務提供の能力を奪う場合もあり得るから,労働者において労務提供の意思を有していなくとも,それが労務提供の意思形成の可能性がありながら,当該労働者の判断により労務の不提供を判断したなどの特段の事情があればともかく,使用者の責めに帰すべき事由により,労働者が労務提供の意思を形成し得なくなった場合には,当然に同条項の適用があるものと解するのが相当である。
(イ) 本件へのあてはめ
これを本件についてみるに,前記1(1)ア・ウ・エ,同(2),同(3)の認定事実,上記2(1)の認定判断によれば,業務上の疾病として本件精神疾患に罹患した第1審原告の状況は,Y1社(使用者)の責めに帰すべき事由により,第1審原告(労働者)が労務提供の意思を形成し得なくなった場合に当たるというべきである。そして,第1審原告において,労務提供の意思を形成することができるにもかかわらず,労務提供をしようとしないものと認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,第1審原告の第1審被告に対する未払賃金請求については,民法536条2項の適用があるものと認めるのが相当である。
イ 第1審被告の主張の検討
(ア) 第1審被告の主張等
第1審被告は,使用者が解雇と判断してもやむを得ない事情があった場合には,民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」の該当性が否定されると解するべきであると主張している。
なるほど,前記1(3)の認定事実によれば,第1審原告は,本件退職取扱い時点まで,本件精神疾患が業務上の疾病であると主張していなかったものである。
(イ) 検討
しかしながら,そもそも上記アで判断したとおり,本件における第1審原告の時間外労働時間等は常軌を逸しており,第1審原告が積極的に本件精神疾患が業務上の疾病であると主張しなければ,Y1社においてそのことを予想できないものではないから,使用者であるY1社が第1審原告を解雇と判断してもやむを得ない事情があったとはいえない。
また,一般に,労働者の疾病が業務に起因するものか否かの判断は容易ではなく,法律や医学の素人である当該労働者が自ら判断することは困難であると考えられること,業務上の疾病であれば,使用者側にその発症の責任があるのに,労働者が権利主張をしないということだけで,使用者が賃金支払義務を免れると解するのは不合理であることなどからすると,第1審被告が主張するような解釈論は採り得ない。
したがって,上記いずれの観点からも,第1審被告の上記(ア)の主張は採用できない。
3 Y1社の第1審原告に対する債務不履行責任(安全配慮義務違反等)及び不法行為責任の有無と過失相殺の類推適用の可否(争点(2))について
(1) Y1社の安全配慮義務違反等及び不法行為責任の有無について
ア 一般論
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていると解するのが相当である(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
イ 本件への適用
(ア) 第1審原告の長時間労働を把握できた
次の各事実を総合すると,Y1社は,容易に,第1審原告の時間外労働時間が常軌を逸するほどに長時間に及んでいることを,十分に把握できたというべきである。
a 上記2(1)で認定判断したとおり,第1審原告は,Y1社での過酷かつ長時間にわたる業務によって,本件精神疾患を発症したものである。
b 第1審原告の上司(G係長)は,第1審原告が毎日午後9時ころまで仕事をしていたことを認識していた(証拠<省略>)。第1審原告は,所属する西コールセンター課で,大部屋であるワンフロアで早朝から深夜まで(前記1(1)ウ(ア))就労していた(証拠<省略>)。
c Y1社は,従業員の勤務管理簿に,実態に反した時間外労働時間の記載しか容認せず,故意に従業員の正確な労働時間の把握をしていなかった(前記1(1)イ(イ))。
d Y1社は,西コールセンター課に,産業医を選任せず,衛生委員会も設置していないなど,労働安全衛生法にも違反していた(証拠<省略>)。
(イ) 第1審原告の人員補充の要望を放置
また,第1審原告は,上司に対し,担当業務量に対して人員が不足しており,補充してもらいたい旨要請していたにもかかわらず,受け入れてもらえなかった(前記1(1)ウ・エ)。この点は,直属の上司であるG係長自身が,西コールセンター課での勤務時間が長いのと,自宅が宇治市のため通勤時間がかかるため,身体がもたないと判断して,平成14年7月末に退職している有様である(証拠<省略>)。
(ウ) 安全配慮義務違反
以上の事実を踏まえると,第1審原告が本件精神疾患に罹患したのは,Y1社が,第1審原告において,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷を過度に蓄積して心身の健康を損なうおそれのあることを,具体的客観的に予見可能であったにもかかわらず,第1審原告の業務量を適切に調整して心身の健康を損なうことのないように配慮をしなかったという不法行為によるものであるともに,雇用契約上の安全配慮義務に違反する債務不履行によるものであったともいうことができる。
そうすると,第1審原告は,Y1社の不法行為ないし安全配慮義務に違反する債務不履行により,本件精神疾患を発症したというべきであるから,第1審被告は,それによって第1審原告が被った損害を賠償すべき責任がある。
(2) 過失相殺の類推適用の可否について
ア 一般論
被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推して,被害者の疾患を斟酌することができるが,このことは,労災事故による損害賠償請求の場合においても,基本的に同様であると解される(最高裁判所平成20年3月27日判決・裁判集民事227号585頁参照)。
また,身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができ,この趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものである(前記平成12年3月24日最高裁判決参照)。
しかしながら,他方,業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に上記労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において,上記性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは,上記損害につき使用者が賠償すべき額を決するに当たり,上記性格等を,民法722条2項の類推適用により上記労働者の心因的要因として斟酌することはできないと解される(上記平成12年3月24日最高裁判決参照)。
イ 第1審原告の主張
第1審原告は,第1審原告の性格は一般通常人の範囲を逸脱するものではないこと,甲状腺について多大な不安を感じていたとはいえないこと等を挙げて,本件について素因減額をするのは相当ではない旨主張するので,以下検討する。
ウ 検討
(ア) 本件精神疾患発症に関する素因減額
なるほど,次の各事実に照らせば,第1審原告の本件精神疾患発症に関しては,素因減額として考慮すべき疾患ないし心因的要因は認め難いといわなければならない。
a 本件前提事実(2)イ(別紙1),1(1)ア・ウ(ア)認定に係る第1審原告の本件精神疾患発症に至るまでの就労状況からすると,第1審原告の性格は,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないと認められる。
b また,甲状腺の悪性腫瘍に関しても
(a) 発見・手術時期は,平成6年3月~5月であって(前記1(4)ア(ア)),本件精神疾患の発症時期(前記2(1)ウ(ア)のとおり平成14年6月中旬ころ~同年7月上旬)の約8年も前の出来事である。
(b) 第1審原告は,甲状腺全摘手術後も,定期的に甲状腺ホルモン補充薬を投与され,その結果,約半年に1回の血液検査によるも,血中甲状腺ホルモン濃度が減少していたことは一度もなく(前記1(4)ア(ア)c),甲状腺機能低下による精神疾患は考え難い。
(c) 第1審原告は,平成13年4月には,1.2cmのリンパ節が発見され,同年7月に左頸部リンパ節に転移らしきものが発見されたものの,経過観察することとされたにすぎず(前記1(4)ア(イ)),これも本件精神疾患の約1年も前の出来事である。
(イ) 本件精神疾患の長期化に関する素因減額
しかしながら,次の各事実に照らせば,第1審原告が,本件精神疾患の発症後長期間経過しているにもかかわらず,治癒するに至っていないこと(本件精神疾患の長期化)に関しては,甲状腺悪性腫瘍及びその転移の不安という心因的な事情が寄与していたと推認するのが相当である。
a 第1審原告の主治医であるF医師も,第1審原告の精神状態について,抑うつ症状は軽く,「うつ病」という診断をつける程ではなく,他者に対する支配性や操作性の高さから神経症レベルであると考えられ,また,職場を離れた後も相当期間(発症から本件訴訟の訴状で就労可能であると主張するまでは,約5年5か月も経過している。),就業不能な症状が継続していると診断している(前記1(5)エ)。
b 第1審原告は,Y1社を休業後の平成14年12月18日に,左リンパ節に転移があり,手術を勧められ,平成15年3月10日に手術を受け,その結果,リンパ節に転移した乳頭状癌であったと診断されており(前記1(4)ア(イ)b),第1審原告は,その後も,半年に1回程度,神戸市のf病院を受診していて(前記1(4)ア(イ)c),同腫瘍に係る転移の不安を有していたと推認できる(転移の疑いと実際に転移が認められるのとでは質的に異なる。)。
c F医師は,第1審原告が,職場を離れた後も,相当期間終了不能な精神症状が継続している点について,(a)本人の人格的未熟さのための社会的不適応,(b)会社が本人に要求した仕事量の過剰性,(c)男性の40歳過ぎは,ライフサイクルの節目にあたり,心理的に危機に陥りやすい年齢であることを挙げている(前記1(5)エ(ウ))。
(ウ) まとめ
以上の次第で,本件精神疾患が長期化していることについて,民法722条2項を類推適用して,その点を斟酌するのが相当であると認められ(いわゆる素因減額),上記したような諸事情を総合的に勘案すると,Y1社が賠償すべき損害の額は,全損害額の8割とするのが相当である。
なお,第1審原告は,第1審被告の公正評価義務違反,公正処遇義務違反,人事評価実施義務違反,事前任命義務違反も主張しているが,そのような義務違反はにわかに認め難いし,このような義務違反は,安全配慮義務違反と異なり,第1審原告の本件精神疾患発症に直結するものではないから,上記義務違反が認められたとしても,上記判断を左右するものではない。
4 役職及び資格等級の地位確認訴訟の適法性及び同地位の有無(争点(3))について
(1) 訴えの適法性について
第1審原告は,係長職,課長職にあること及び総合職6級,同7級の資格等級にあることの確認を求めている。
しかしながら,労働者をどのような地位につけるか,あるいはどのような資格等級に格付けするかは,使用者の労務指揮権の範囲内の問題であり,係長・課長,総合職6級・7級などという名称は,単に,その職場において働いている従業員の職務内容,あるいは格付けを表示するものにすぎない。したがって,それは労働契約の履行過程における事実行為にすぎず,係長・課長,総合職6級・7級だからといって,特にY1社ないし第1審被告との間で一般従業員と異なる法律関係に立つものとはいえず,労働契約上の権利義務に変動を及ぼすものではない。
また,後記5(1)アで判断するとおり,Y1社においては,平成16年度の人事制度改定により,資格等級制度は廃止されており,同人事制度の改定は有効と解されるから,現時点においては,総合職6級・7級という資格は存在しないものである。そうすると,第1審原告は,存在しない資格等級にあることの確認を求めていることになる。
したがって,係長職・課長職にあること及び総合職6級・7級の資格等級にあることの確認を求める訴えは,権利義務の確認を求めるものとはいえず,不適法である。
(2) 地位の有無について
ア 第1審原告の主張
第1審原告は,従前のY1社における賞与の支給基準と第1審原告の支給額を比較して,第1審原告の人事評価が少なくともA評価であること,Y1社は,社員をその課した職責に応じた役職に処遇すべき義務があること,第1審原告は,平成13年11月以降は,チームリーダーとして実質的には係長に当たる職責を課されていたことなどから,第1審原告が平成13年11月以降は係長,平成19年3月以降は課長,平成15年4月に総合職6級,平成19年4月に総合職7級の地位にあった旨主張している。
イ 検討
(ア) しかしながら,使用者が社員をどのように評価し,どのような役職に就けるか,あるいはどのような格付けで処遇するかについては,一般に,使用者が広範な裁量権を有しているのであって,Y1社においても,社員をその課した職責に応じて,当然に一定の評価をし,役職等で処遇しなければならない義務を負担していたとまでいえない。
加えて,Y1社は,平成12年5月に会社更生法の適用を申請し,Y2社の子会社となり,平成13年11月に大幅な組織改変を行い,複数回にわたって人事制度の改定を行っていること,平成21年には事業再生ADR手続を申請していること,平成23年7月にはY2社(第1審被告)に吸収合併されたこと(本件前提事実(2)イ,同(7),前記1(6))を踏まえても,昇給・昇格が行われるかどうか不確定であったといわざるを得ない。
(イ) そうすると,第1審原告が縷々主張するところを考慮しても,なお,第1審原告が毎年A評価をされ,平成13年11月以降は係長,平成19年3月以降は課長,平成15年4月に総合職6級,平成19年4月に総合職7級の地位にあったとまでは認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,第1審原告の上記アの主張は採用できない。
5 未払賃金請求権等の額と消滅時効完成の有無(争点(4))について
(1) 未払賃金請求権等の額
ア 平成16年及び平成18年の人事制度改定の第1審原告に対する効力(就業規則の不利益変更の効力)について
(ア) 判断基準について
新たな就業規則の作成又は変更によって,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは許されないと解すべきであるが,労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒否することは許されない(最高裁判所昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁参照)。
そして,合理性の有無は,①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,②使用者の変更の必要性の内容・程度,③変更後の就業規則の内容自体の相当性,④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,⑤労働組合等との交渉の経緯,⑥他の労働組合又は他の従業員の対応,⑦同種事項に対するわが国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁参照。)。
また,就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する(最高裁判所平成15年10月10日第二小法廷判決・判例タイムズ1138号71頁参照)。ここでいう「周知」とは,労基法上の「周知」(労基法106条)と異なり,実質的周知,すなわち,労働者が知ろうと思えば知り得る状態にしておくことで足りると解される。
なお,平成20年3月に施行された労働契約法10条は,「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによる」と規定している。
(イ) 平成16年の人事制度改定について
Y1社の平成16年の人事制度改定は,前記1(6)ア(ア)・(ウ)のとおり,①従来の人事制度が,過去の経緯・年功的運用の歪みに起因する報酬水準の逆転現象や,貢献と報酬のミスマッチによる社員不公平感・モチベーションの低下が顕在化してきたことから,人事制度の抜本的変革の必要性に基づくものであり,改定の必要性が認められること,②従来の年功的な人事制度から成果主義的な賃金制度に変更するものであり,Y1社の新報酬体系は,新制度移行時に業界内トップ水準となり,業績目標達成時にはさらにY2社並みに引き上げることとされ,賃金原資を減ずるものではないから,改定後の内容も相当であること,③制度改定に伴う社員の不利益については,最大で3年間調整給が支給されることとしており,代替措置が講じられていること,④この人事制度の改定について,Y1社の従業員から特段,大きな反対意見が出された形跡はないことなどからすると,平成16年の人事制度改定についての就業規則の変更には合理性が認められる。
(ウ) 平成18年の人事制度改定について
Y1社の平成18年の人事制度改定は,前記1(6)イ(ア)~(ウ)認定のとおり,①親会社であるY2社グループ内において,Y1社のみ異なっている就業時間をグループの基準に揃え,それに伴い,報酬体系についても,Y2社グループの基準に揃えることを主な目的とするものであり,改定の必要性が認められること,②改定後の就業時間や報酬体系は,Y2社グループの基準に添うものであり,その内容も相当であること,③制度改定に伴い,格付け移行前後で給与支給額に不足が生じた場合や,所定労働時間増加分増額した基本給と比較して,格付け移行した後の時間外手当を含めた給与支給額が下回る場合は,その差額につき調整給が支給されるほか,④所定労働時間が増加した代わりに,夏季休暇(3日間)を新設するなど,代替措置が講じられていること,⑤Y1社の従業員から特段,大きな反対意見が出された形跡はないことなどからすると,平成18年の人事制度改定についての就業規則の変更には合理性が認められる。
(エ) 就業規則改定の周知について
前記1(6)アイの各(エ)認定のとおり,Y1社は,平成16年及び平成18年の人事制度改定に際し,説明会を開催する等して,社員に対し,予め,変更内容の概要を説明しているほか,変更後の就業規則を社内LANで掲載していたのであるから,労働者が知ろうと思えば知り得る状態にあったといえ,変更後の就業規則は「周知」されていたと認めるのが相当である。
なお,第1審原告自身が個別に知っていたかどうかは問われない。
(オ) まとめ
以上によれば,Y1社の就業規則変更による,平成16年及び平成18年の人事制度改定は有効であって,第1審原告にも適用されると解される。
イ 賃金等の額について
(ア) 賃金
a 認定事実(賞与に関する認定を含む)
前記1(6)の認定事実及び証拠<省略>並びに弁論の全趣旨によれば,第1審原告が平成14年7月4日以降もY1社で勤務していたと仮定した場合,第1審原告の従前の実績,その時点でのY1社の人事制度・給与体系等に照らして,Y1社から支給されたであろうと推測される賃金・賞与額は,次のとおりであることが認められる。
(a) 平成14年7月4日から平成16年9月30日までの賃金・賞与
平成13年から平成14年6月までの第1審原告の賃金は,基本給28万6000円,賞与77万5000円であった。また,平成14年7月時点では,基本給29万1000円,賞与77万5000円であった。さらに,平成15年度は,基本給29万6000円,賞与77万5000円,平成16年度は,基本給30万1000円,賞与77万5000円であった。
(b) 平成16年10月1日以降の賃金・賞与
① Y1社は,平成16年に人事制度を改定し,同年10月から実施したが,第1審原告にもその効力が及ぶ。同制度改正に伴って,仮に第1審原告が,平成16年10月以降もY1社に在籍していたとした場合の給与額は,平成16年10月以降平成18年6月まで,基本給29万5000円,調整給6000円,賞与77万5000円となる。
② また,Y1社は,平成18年に人事制度を改定し,同年7月1日から実施したが,第1審原告にもその効力が及ぶ。同制度改正に伴って,仮に,第1審原告が平成18年7月以降もY1社に在籍していたとした場合の給与額は,平成18年7月以降,基本給32万0775円,賞与89万6891円となる。
b 時間外労働について
第1審原告は,労災保険法による休業補償給付の支給額に関する変更後の給付基礎日額をもって,第1審原告に係る1日当たりの賃金額として計算すべきである旨主張する。そして,これは,労基法12条の平均賃金,すなわち,算定すべき事由の発生した以前3か月間の平均賃金に当たり,第1審原告の時間外労働時間も含まれていることは明らかである。
しかしながら,時間外労働賃金は,労働者が時間外労働を行った対価として給付されるのであり(Y1社給与規程(証拠<省略>)第19条),しかも,時間外労働は,使用者がこれを命ずることを不可欠の前提とするのであるところ(Y1社就業規則(証拠<省略>)第11条),本件においては,第1審原告が賃金の支払請求をしている期間に,Y1社が第1審原告にこのような時間外労働を命じたことはなく,第1審原告において時間外労働をしたこともない。
そうすると,民法536条2項により,賃金の額を算出するに当たっては,時間外労働賃金に相当する金額を算入することはできないというべきである。
c 昇給・昇格の点について
第1審原告は,①第1審原告が業務上の疾病により休業することなく,そのまま勤務を続けていれば,毎年少なくともAの評価を受け,毎年4月には8400円の昇給が可能であったはずであること,②それまでの人事査定の結果等にかんがみれば,遅くとも平成15年4月1日には,昇格規定に基づき,総合職6級に昇格していたはずであり,遅くとも4年後の平成19年4月1日には,総合職7級に昇格していたはずであって,これらの昇給・昇格に基づいて賃金額等を算定すべきであると主張する。
しかしながら,前記4(2)イで認定したとおり,第1審原告の上記主張事実は認められない。前記のとおり,そもそも,第1審原告を係長の役職に就けるかどうかは,使用者としてのY1社の裁量的判断が尊重されるべきであって,人事査定の結果や第1審原告の業績等から,Y1社が必ず第1審原告を係長や課長という役職に就けなければならないということにはならないからである。
d 人事制度の改定と賃金額
そこで,第1審原告に係る具体的な賃金額であるが,上記ア(オ)で認定したとおり,Y1社は,人事制度の改定を行い,同改定に伴って,第1審原告に係る賃金額も変更されている。そうすると,第1審原告の賃金額については,かかる人事制度の改定に伴う各賃金額をもって認めるのが相当である。
そうすると,第1審原告に係る賃金額は,上記a(b)で認定したとおり①平成16年10月1日から平成18年6月30日までは,月額30万1000円(基本給29万5000円+調整給6000円)であり,②平成18年7月1日以降は月額32万0775円(基本給)となる。
e 第1審原告の予備的主張について
第1審原告は,予備的に賃金センサスに基づいて賃金を請求しているが,民法536条2項に基づく請求は,あくまで実際に受給している賃金額の請求であって,賃金センサスに基づいて請求することはできない。
(イ) 賞与
a 賞与を雇用契約に基づいて当然に請求できるためには,会社の業績等に関係なく,賞与をいくら受給するかが明確に具体的権利として定められている必要がある。
b ところで,Y1社による賞与は,給与規程(証拠<省略>)第32条によれば,第1審原告が休業を開始した時点では,「(等級ポイント+役職ポイント+営業ポイント+考課ポイント)×ポイント単価×出勤率」によって算定されていたが,平成16年10月1日の人事制度改定により,「(賞与基礎額+賞与単価×賞与査定点)×全社収益連動率×出勤率」の算定方法に改定されたものである。そして,いずれにしても,使用者(Y1社)が労働者(第1審原告)に対する賞与額を上記計算式により決定して初めて,具体的な権利として発生するものと解するのが相当である。
さらに,証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,Y1社において,賞与は,会社の業績により夏期6月10日・冬期12月10日に支給するものとされていること,支給方法,基礎額,賞与単価は決められているものの,他方で,賞与査定に関する規定,全社収益連動率,賞罰結果や出勤率,検査規定に定める定期検査等の結果等の,個別具体的な支給額の算定要素に関する規定も存在することが認められる。
c そうすると,第1審原告に係る賞与については,明確かつ具体的な支給額があらかじめ確定していて,賞与をいくら受給するかが明確に具体的権利として定められているとはいえない。したがって,第1審原告の賞与請求権が存在する旨の主張は理由がない。
なお,第1審原告が請求する期間の賞与をY1社の給与規程に従って算定すると,出勤率の関係で0になるから,いずれにしても第1審原告の賞与請求は理由がない。
(ウ) 役職手当
前記4(2)イで認定説示したとおり,第1審原告が係長あるいは課長に昇給昇格することを前提とする第1審原告の主張は,理由がないと言わざるを得ないから,第1審原告が請求している役職手当(係長手当1か月9万円,課長手当1か月12万円)部分についても理由がない。
(エ) 退職給付清算金
a はじめに
Y1社の旧退職金規程(証拠<省略>)により,制度移行時点(平成17年3月31日)の退職金相当額を算定する(第1審原告の2010年4月5日付準備書面第3参照)。ちなみに,退職金は次の計算式により算出される(旧退職金規程(証拠<省略>))。
(勤続点累計点数+資格点累計点数)×点数単価×退職事由別支給率
b 勤続点累計点数の計算
(a) 昭和59年4月1日~平成7年3月31日まで(11年間)
この期間は,旧退職金規程(証拠<省略>)の別表1の勤続年数11年以下に該当し,勤続点数は1年当たり5点である。
よって,この期間の勤続点数計は55点(=5点×11年間)である(争いがない。)。
(b) 平成7年4月1日~平成12年3月31日まで(5年間)
この期間は,旧退職金規程(証拠<省略>)の別表1の勤続年数11年超16年以下に該当し,勤続点数は1年当たり10点である。
よって,この期間の勤続点数計は50点(=10点×5年間)である(争いがない。)。
(c) 平成12年4月1日~平成17年3月31日まで(5年間)
この期間は,旧退職金規程(証拠<省略>)の別表1の勤続年数16年超22年以下に該当し,勤続点数は1年当たり15点である。
なお,第1審原告は,平成15年9月28日以降,Y1社により傷病により欠勤したとして休職扱いされているが,前記2認定のとおり,第1審原告の本件精神疾患は業務上のものであり,Y1社就業規則32条により休職扱いできないものであるから,Y1社による休職扱いは無効であり,旧退職金規程(証拠<省略>)6条(2)項の適用はなく,平成12年4月1日から平成17年3月31日までの勤続年数は5年である。
よって,この期間の勤続点数は75点(=15点×5年間)である。
(d) 小括
以上により,制度移行時点の第1審原告の勤続点累計点数は180点(=55点+50点+75点)である。
c 資格点累計点数の計算
(a) 昭和63年4月1日の退職金制度改訂時点の点数
Y1社は,昭和63年4月1日付けで退職金制度を改定し,ポイント方式退職金制度を導入した(証拠<省略>)。昭和63年3月31日以前の在籍者の資格点数は,この時点でポイントの置き換えを行っている。
「退職金制度の改訂について」(証拠<省略>)Ⅲ(3)によれば,①在籍者の移行時の累積点数は,移行時の退職金額を点数評価(1万円)で割り算して算出する,②移行時累積点数の内訳は,「勤続点累計点数」と「資格点累計点数」であり,「勤続点累計点数」は昭和63年3月31日までの勤続年月により勤続点数表を適用したものとし,「資格点累計点数」は「移行時累積点数」から「勤続点累計点数」を差し引いたものとすると規定されている。
これを第1審原告についてみると,①第1審原告の昭和63年の制度移行時の退職金額は43万9800円であり,これを1万円で割り算すると,43.98となり,小数点以下を切り捨てた「43」点が「移行時累積点数」となり,②昭和63年4月1日において,第1審原告は勤続4年であるため,「勤続点数早見表」(証拠<省略>)によれば,「勤続点累計点数」は「20」点となり,③「移行時累積点数」43点から「勤続点累計点数」20点を差し引いた23点が第1審原告の昭和63年の制度移行時点の資格点累計点数となる。
(b) 平成元年4月1日~平成3年3月31日まで(3年間)
この期間は,第1審原告の資格は,「総合職1級」であり,旧退職金規程(証拠<省略>)によれば,「総合職3級」に相当する(証拠<省略>)ので,1年当たりの資格点数は6点である。
よって,この期間の資格点数計は18点(=6点×3年間)である。
(c) 平成3年4月1日~平成8年3月31日まで(5年間)
この期間は,第1審原告の資格は,主事2級であり,資格点数は1年当たり12点である。
よって,この期間の資格点数計は60点(=12点×5年間)である(争いがない。)。
(d) 平成8年4月1日~平成13年3月31日まで(5年間)
この期間は,第1審原告の資格は,主事1級であり,資格点数は1年当たり18点である。
よって,この期間の資格点数計は90点(=18点×5年間)である(争いがない。)。
(e) 平成13年4月1日~平成15年3月31日まで(2年間)
この期間は,第1審原告の資格は,総合職5級(主事1級に相当(証拠<省略>))であり,資格点数は1年当たり18点である。
よって,この期間の資格点数計は36点(=18点×2年間)である(争いがない。)。
(f) 平成15年4月1日~平成17年3月31日まで(2年間)
この期間は,第1審原告の資格は,総合職5級であり,資格点数は1年当たり18点である。
なお,第1審原告は,平成15年9月28日以降,Y1社により傷病により欠勤したとして休職扱いされているが,前記2認定のとおり,第1審原告の本件精神疾患は業務上のものであり,Y1社就業規則32条により休職扱いできないものであるから,Y1社による休職扱いは無効であり,旧退職金規程(証拠<省略>)6条(2)項の適用はなく,平成15年4月1日から平成17年3月31日までの勤続年数は2年である。
よって,この期間の資格点数計は36点(=18点×2年間)である。
(g) 小括
以上により,制度移行時点の第1審原告の資格点累計点数は,263点(23点+18点+60点+90点+36点+36点)である。
d 点数単価
退職金の点数単価は,1点当たり1万円である(証拠<省略>)。
e 退職事由別支給率
第1審原告は,昭和59年4月1日にY1社に入社しているので(前提事実(2)ア),制度移行時点(平成17年3月31日)での勤続年数は21年である。また,退職給付制度移行による分配金の計算においては,会社都合ではなく自己都合の場合の退職事由別支給率としており,第1審原告の場合は90%である(証拠<省略>)。
f 第1審原告の退職金相当額
以上のことを踏まえて,退職給付制度移行時点における第1審原告の退職金相当額についてみると,398万7000円となる。
(180+263)×1万円×0.9=398万7000円
ただし,100円未満は切り上げ(証拠<省略>)
g 退職給付清算金残金
そして,Y1社は,第1審原告に対し,既に退職給付清算金として331万9355円を支払っている(証拠<省略>,弁論の全趣旨)から,第1審原告のY1社に対する同清算金の残額は,66万7645円(398万7000円-331万9355円)であると認められる。
(オ) 企業年金拠出金
上記2で認定判断したとおり,本件退職取扱いは無効であり,第1審原告は,Y1社に対して労働契約上の権利を有する地位にあるが,Y1社の係長や課長の地位にはないというべきところ,平成17年4月以降も第1審原告がY1社に在職していた場合の企業年金拠出金(前記2(1)で認定判断したとおり,第1審原告を休職扱いできないから,平成17年4月から受給権がある。)については,以下のとおりであると認められる(第1審原告がY1社の係長や課長の職にない,一般職であることを前提とした金額については,当事者間に争いがない。)。
a 平成17年4月から平成18年6月30日まで 月額2万4248円
b 平成18年7月以降 月額2万9590円
(カ) 家賃等について
第1審原告は,本件雇用契約に基づいて家賃等の請求をしている。
しかしながら,証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば,Y1社と従業員との間の社宅の利用関係は,雇用契約の内容となっているものではなく,Y1社の福利厚生施策の一つとして行われているもので,従業員は,雇用契約とは別に,Y1社との間で,社宅規程の規律を受ける特殊な法律関係である社宅利用契約を締結して利用していることが認められる。
したがって,本件雇用契約が存在するからといって,第1審原告が第1審被告に対し,当然に社宅(本件マンション)利用の権利(家賃の差額等の支払請求権等)を有するとはいえないから,第1審原告の本件雇用契約に基づく家賃等の請求は理由がない。
(2) 消滅時効完成の有無
ア 第1審原告の主張
第1審原告は,Y1社が第1審原告請求の賃金請求について消滅時効を援用をすることは,権利の濫用であり許されない旨主張する。
イ 検討
しかしながら,第1審原告が本件請求をするについて,Y1社が妨害したことを認めるに足りる的確な証拠はなく,その他,第1審原告が同請求をすることが困難であったことを窺わせる証拠もない。
かえって,第1審原告は,①Y1社との間で書面により種々の問い合わせや交渉をしていたこと(前記1(3)),②傷病手当金に関する申請手続を依頼等していたこと(本件前提事実(6)イ),③労災申請手続をしたこと(証拠<省略>)を踏まえると,第1審原告は,Y1社に対し,本訴で請求している賃金の請求をすることが十分に可能であったと認められ,これらの事情を総合勘案すると,第1審被告が,第1審原告の賃金請求について,消滅時効を主張することが権利の濫用であるとは認められない。
ところで,本件訴えが提起されたのは平成19年12月7日である(顕著な事実)ところ,Y1社の第1審原告に対する賃金支払は,当月1日より当月末日までを1計算期間として締め切り,当月25日に支給するものであること(証拠<省略>),賃金の消滅時効期間は2年である(労基法115条)ことからすると,第1審原告のY1社に対する賃金等請求権のうち,平成17年11月25日支給以前の分(ただし,上記の既払給与額により填補されている分を除く。)については,消滅時効により消滅していると解するのが相当である。
なお,退職給付清算金及び企業年金拠出金については,時効消滅は認められない。
6 債務不履行責任(安全配慮義務違反等)及び不法行為責任による損害額及び消滅時効完成の有無(争点(5))について
(1) 損害額について
ア 賃金等に関する損害額
(ア) 賃金相当の損害金
安全配慮義務違反及び不法行為による損害賠償請求の場合は,雇用契約(民法536条2項)に基づく請求と異なり,Y1社の安全配慮義務違反や不法行為がなかったならば第1審原告が得られたであろう蓋然性のある賃金額が損害になる。したがって,時間外手当相当額も損害となり得ることになる。
しかしながら,第1審原告が請求している労災保険により最終的に認められた平均賃金額は,前記2(1)ア(ア)認定のとおり,月間158時間~241時間の時間外労働を前提とする賃金額であるが,第1審原告は,このような常軌を逸する時間外労働によって本件精神疾患に罹患したのであって,Y1社に安全配慮義務違反等がなかったとしても,第1審原告が,今後も上記と同程度の時間外労働を含めた就労が可能であったとまでは認め難い。
ただし,第1審原告が平成14年4月から同年6月までに実際に支給されていた賃金額は,各月40時間程度の時間外労働を前提とした額であり(前記1(1)イ(イ)),第1審原告がこの程度の時間外労働をしていたとしても,将来的にも健康に支障が生じたとは認められないし,Y1社の安全配慮義務違反や不法行為がなかったならば,第1審原告がこの程度の時間外労働賃金を得られた蓋然性も認められるから,労働基準監督署が,当初,上記の賃金額を前提として算定した休業補償給付額である日額1万3874円(証拠<省略>),月額43万0094円(月31日で計算)をもって,第1審原告の賃金相当の損害額と認めるのが相当である。
(イ) 賞与相当の損害金
a 考え方
賞与についても,賃金と同様に,Y1社の安全配慮義務違反や不法行為がなかったならば第1審原告が得られた蓋然性があれば損害となる。
そして,弁論の全趣旨(第1審被告の平成20年5月9日付け準備書面)によれば,第1審原告は,平成14年12月期から平成18年6月期までは賞与77万5000円,同年12月期以降は賞与89万6891円を得る蓋然性があったものと認められ,同額が損害となる。
ただし,前記4(2)イの認定によれば,第1審原告について,上記期間中A評価を受けていたことや,総合職6級や7級に昇格していたとは認め難いから,これを前提とする第1審原告の賞与相当額の請求は認められない。
b 平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間
第1審原告の平成14年7月4日~平成19年11月30日までの賞与は,以下の計算式のとおり合計799万3782円となる。
775,000×8=6,200,000(前記5(1)イ(ア)a(a),同(b)①)
896,891×2=1,793,782(前記5(1)イ(ア)a(b)②)
6,200,000+1,793,782=7,993,782
c 平成19年12月1日以降
各期毎に89万6891円である(前記5(1)イ(ア)a(b)②)。
(ウ) 昇給・昇格額相当の損害金
前記4(2)イの認定によれば,Y1社の安全配慮義務違反や不法行為がなかったとしても,第1審原告主張の昇給・昇格がされたとまでは認められない。
また,第1審原告は,第1審被告の公正評価義務違反,公正処遇義務違反,人事評価実施義務違反,事前任命義務違反も主張しているが,そのような義務違反はにわかに認められない
したがって,昇給・昇格額相当分の損害賠償は認められない。
(エ) 役職手当相当の損害金
前記4(2)イの認定によれば,Y1社の安全配慮義務違反や不法行為がなかったとしても,第1審原告主張のとおり,第1審原告が係長や課長になっていたとまでは認められない。
また,第1審原告は,第1審被告の公正評価義務違反,公正処遇義務違反,人事評価実施義務違反,事前任命義務違反も主張しているが,そのような義務違反はにわかに認められない
したがって,役職手当相当額の損害賠償は認められない。
(オ) 退職給付清算金及び企業年金拠出金各相当の損害金
前記5(1)イ(エ)g・(オ)で,本件雇用契約に基づく請求について検討したのと同様であり,次のような金額である。
a 退職給付清算金は66万7645円である。
b 企業年金拠出金は,①平成17年4月から平成18年6月30日までは月額2万4248円,②平成18年7月以降は月額2万9590円である。
(カ) 家賃等相当の損害金
a 考え方
(a) 前記5(1)イ(カ)のとおり,Y1社と従業員との間の社宅の利用関係は,本件雇用契約の内容となっているものではなく,Y1社の福利厚生施策の一つとして行われているもので,Y1社の従業員は,社宅規程の規律を受ける特殊な法律関係である社宅利用契約に基づいて利用しているものである。
しかしながら,証拠<省略>及び弁論の全趣旨によると,①第1審原告は,社宅規程(証拠<省略>)に基づき,平成17年11月末まで,Y1社が家主と賃貸借契約を締結している本件マンションに居住していたところ,本件退職取扱いに伴って,Y1社は,平成17年11月30日をもって家主との賃貸借契約を解約したこと,②そのため,第1審原告は,本件マンションに住み続けるため,同月29日,自ら家主との賃貸借契約を締結することを余儀なくされ(証拠<省略>),さらにその際,駐車場使用料と上水道使用料の改定も余儀なくされたこと(以下これらの契約を総称して「新契約」という。)が認められる。
(b) 前記2(1)ウ(エ)で認定したとおり,本件退職取扱いは無効であり,仮に同取扱いがなく,第1審原告がY1社の従業員として就労していたならば,Y1社は,社宅規程(証拠<省略>)に基づいて家主との賃貸借契約を解約することはできなかったのであるから,第1審原告が同マンションに居住し続けることができなくなったのは,Y1社による直接的な雇用契約の安全配慮義務違反の結果とはいえないとしても,少なくとも,Y1社による社宅規程に基づく社宅利用契約の債務不履行に当たると認められる。
そして,第1審原告の主張には,上記の主張も含まれていると善解できるから,Y1社は,第1審原告の上記債務不履行による損害について賠償する責任を負っていると解するのが相当である。
b 損害額
(a) 事実関係
本件前提事実(11)エ及び証拠<省略>によれば,第1審原告が社宅規定に基づき負担していた各月の社宅使用料は,1万5216円であること,また,第1審原告が社宅である本件マンションに居住を開始した際に,家主と締結した別途駐車場使用契約により負担していた各月の駐車場使用料は1万円であり,別途水道使用契約により負担していた各月の上水道使用料1500円であることから,解約前における第1審原告の自己負担額合計は,2万6716円である。
他方,証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば,新契約締結後の契約内容は,家賃5万5000円,駐車場使用料1万5000円,上水道使用料2500円の合計7万2500円であり,その差額は,4万5784円となる。なお,家賃等の支払は,毎月末日までに,翌月分を支払うこととなっている。
さらに,第1審原告は新契約締結の際,保証金30万円を家主に差し入れる必要があった(弁論の全趣旨)。
(b) 損害額
以上からすると,Y1社は,第1審原告に対し,①平成17年12月分から平成19年12月分までの上記差額4万5784円の25か月分に保証金30万円を加えた金額144万4600円と,②平成20年1月分(平成19年12月末日支払)以降は,月額4万5784円の割合による損害賠償義務がある。
イ 治療費
第1審原告は,別紙2の計算表4(1審判決文に添付あり。<省略>)記載のとおり,治療費等を請求している。
しかしながら,このうち,iクリニック分,lクリニック分,c大病院のうち平成14年8月1日分を除く分,hクリニック分については,本件精神疾患との関係が判然としないから,Y1社の安全配慮義務違反と相当因果関係のある損害とは認め難い。
そうすると,Y1社の安全配慮義務違反と相当因果関係のある治療費等の損害額としては,bクリニック分2370円(証拠<省略>),dクリニック分31万1130円(証拠<省略>,弁論の全趣旨),c大病院分のうち平成14年8月1日分4985円(証拠<省略>,弁論の全趣旨)の合計31万8485円と認められる。
ウ 慰謝料
以上,認定説示した本件に関する諸般の事情を総合考慮(素因減額2割も考慮。)すると,Y1社の安全配慮義務違反行為により第1審原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は,200万円とするのが相当である。
エ 弁護士費用
(ア) 考え方
第1審原告は,弁護士費用については,訴え提起以前分の損害項目として請求しているので(別紙2の計算表10(1審判決文に添付あり。<省略>)の「訴えの提起以前分」欄記載),平成14年7月4日~平成19年11月30日までの損害認容額を前提に,弁護士費用を算定することになる。
(イ) 弁護士費用額
本件事案の性質,難易度,損害賠償請求としての認容額(賃金304万3755円(後記9(1)イ(ア)d),賞与556万2105円(後記9(2)ア(エ)),家賃等115万5680円(後記9(5)),治療費25万4788円(後記9(6)),慰謝料200万円(後記9(7))の合計は1201万6328円)等を勘案すると,本件においてY1社が負担すべき弁護士費用としては,120万円が相当である。
(2) 消滅時効完成の有無について
安全配慮義務違反(債務不履行)による損害賠償請求権の消滅時効期間は10年であるから,その損害の一部の費目である賃金相当額だけが労基法115条の短期消滅時効(2年)によって消滅すると解することは困難である。そもそも,賃金相当額は,「賃金」それ自体ではないのであるから,この点からも労基法の短期消滅時効に服する余地はない。
第1審被告は,上記のように解すると,労基法の短期消滅時効制度の制度趣旨を没却するなどと主張しているが,労基法の短期消滅時効制度が安全配慮義務違反の場合も想定して規定されているとは考えられないから,第1審被告の上記主張は採用できない。
7 係長の役職手当の不当利得返還請求の当否(争点(6))について
第1審原告は,平成13年11月から平成14年6月までの係長手当相当額72万円を不当利得返還請求している。
しかしながら,前記4(2)イで検討したとおり,第1審原告が平成13年11月に係長の地位に就いたとは認められないから,Y1社が第1審原告に対して係長手当を支給していなくても,法律上の原因なくその手当相当額を利得しているとはいえない。
したがって,第1審原告の上記請求は理由がない。
8 損益相殺の可否(争点(7))について
(1) 本件雇用契約に基づく請求との関係
ア 傷病手当金及び休業補償給付・特別支給金について
第1審原告は,Y1社の健康保険組合から,平成15年9月28日から平成17年3月27日までの間,傷病手当金350万1894円を受領し,労働基準監督署から,平成15年11月24日から平成17年10月4日までの間,休業補償給付金1085万5140円を受領し,さらに特別給付金316万6650円を受領しているが(本件前提事実(6)イ~エ),これらの給付は賃金自体を填補する関係にないから,第1審原告がこれらの給付を受領していることをもって,第1審被告が支払うべき賃金額を減額すべきことにならない。
なお,そのことにより,第1審原告について,Y1社健康保険組合や労働基準監督署との関係において不当利得が発生するとしても,その不当利得は,損失を受けたY1社健康保険組合や労働基準監督署との関係において清算すれば足りるものである。
イ 既払給与・賞与について
Y1社が,第1審原告に対し,平成14年7月4日から平成17年10月31日までの間,給与として473万5491円,賞与として合計83万2920円を支給していたことは,本件前提事実(6)アのとおりである。
しかし,上記給与のうち20万4261円は,平成14年7月4日以前の時間外労働手当等,退職給付制度清算金,福利厚生会社負担分であるから(本件前提事実(6)ア),控除対象とは認められず,給与については,残額の453万1230円を損益相殺の対象とするのが相当である。
(2) 損害賠償請求との関係
ア 休業補償給付について
労災保険法12条の8第1項2号,14条に基づく休業補償給付1085万5140円(本件前提事実(6)ウ)については,逸失利益である休業損害金と相互補完性を有する関係にあるといえるから,その受領額を損害額から控除すべきこととなる。
イ 特別支給金について
労働者災害補償保険特別支給金規則1条の規定により明らかなように,労働福祉事業の一環として,被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであって,被災労働者の損害を填補する性質を有するとはいえないから,損害額からこれを控除することはできない。
ウ 傷病手当金について
傷病手当金の制度設計,休業補償給付等の支給により健康保険組合に返還すべきこととなる関係等に鑑みると,傷病手当金350万1894円(本件前提事実(6)イ)は休業補償給付に対応しているものと推認できるから,傷病手当金については,休業損害金から損益相殺的に控除するのが相当である。
エ 既払給与・既払賞与について
上記(1)の場合と同様に,給与については,453万1230円,賞与については,83万2920円を損益相殺の対象とするのが相当である。
9 本件雇用契約に基づく請求権額と損害賠償請求に基づく損害額との対比と認容額の決定について
(1) 賃金ないし賃金相当損害金について
ア 賃金について
(ア) 平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間について
a 消滅時効を考慮した算定
(a) 前記5(1)イ(ア)a認定のとおり,第1審原告は,平成14年7月4日から平成15年3月31日までは月額基本給29万1000円,平成15年4月1日から平成16年3月31日までは月額基本給29万6000円,平成16年4月1日から平成16年9月30日までは月額基本給30万1000円,平成16年10月1日から平成18年6月30日までは月額基本給と月額調整給合計30万1000円,平成18年7月1日から平成19年11月30日までは月額基本給32万0775円の賃金請求権を有している。
(b) しかし,時効消滅していないのは,平成17年12月以降の分であるから(前記5(2)イ),以下の計算式のとおり,合計756万0175円となる。
301,000×7=2,107,000
320,775×17=5,453,175
2,107,000+5,453,175=7,560,175
b 損益相殺の考慮
前記8(1)のとおり,考慮されるのは既払給与のみであるが,これは上記の消滅時効期間内のものであり,性質上,損益相殺が時効より優先するから,上記消滅時効後の賃金請求権の額から,重ねて既払給与を控除することはできない。
c 過失相殺の類推適用について
本件雇用契約に基づく請求の場合は,賃金全額支払の原則から過失相殺の類推適用を考慮することは許されない。
d まとめ
そうすると,上記期間の賃金額は,上記a(b)の756万0175円である。
(イ) 平成19年12月1日以降
月額基本給32万0775円である(前記5(1)イ(ア)a(b))。
イ 賃金相当損害金について
(ア) 平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間について
a 算定
前記のとおり,日額1万3874円であるから,1976日分で2741万5024円となる(訴状添付の別紙計算表1参照)。
b 過失相殺の類推適用について
素因減額として,上記金額から2割を減ずると(前記3(2)ウ(ウ)),残額は2193万2019円(円未満切捨て)となる。
c 損益相殺の考慮
①既払給与額453万1230円(第1審被告主張の473万5491円から平成14年7月3日までの給与の未払清算金20万4261円を除いた額)(平成14年7月4日から平成17年9月27日までの分)(前記8(2)エ),②労災保険に基づく休業補償給付1085万5140円(平成15年11月24日から平成17年10月4日までの分)(前記8(2)ア),③健康保険の傷病手当金350万1894円(平成15年9月28日から平成17年3月27日までの分)(前記8(2)ウ)を損益相殺として控除すると,残額は304万3755円となる。
21,932,019-4,531,230-10,855,140-3,501,894=3,043,755
d まとめ
そうすると,上記のとおり,304万3755円となる。
(イ) 平成19年12月1日以降
月額43万0094円(前記6(1)ア(ア))から素因減額2割を減じた(前記3(2)ウ(ウ))月額34万4075円(円未満切捨て)となる。
ウ 対比と認容額の決定
(ア) 上記を単純に比較すると,①平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間については,本件雇用契約に基づく賃金額の方が多額であり,②平成19年12月1日以降については,安全配慮義務違反等による賃金相当損害金の方が多額である。
(イ) しかしながら,上記(ア)①の期間で,雇用契約に基づく賃金額の方が多額である理由は,前記8(1)アのとおり,休業補償給付や傷病手当金が控除されていないからであるが,この点は,労基署や健康保険組合との関係では不当利得になる余地があるものであるから,将来的な返還の余地を考慮すると,一概に雇用契約に基づく賃金額の方が第1審原告に有利とは認め難い。
しかも,賃金ないし賃金相当額について,期間毎に,第1審原告に選択権を与えるのも相当とは考えられない。
(ウ) 以上からすると,上記(ア)①②のいずれの期間においても,月当たりの金額が多額であり,時効消滅もしていない賃金相当損害金の方が,第1審原告に有利であると認めるのが相当である。
したがって,①平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間は304万3755円,②平成19年12月1日以降は月額34万4075円をもって,認容額とするべきである。
(2) 賞与ないし賞与相当損害金について
賞与ないし賞与相当損害金については,本件雇用契約に基づいて賞与請求権が認められないので(前記5(1)イ(イ)),安全配慮義務違反等による賞与相当損害金をもって認容額とすべきである。
ア 平成14年7月4日~平成19年11月30日までの間について
(ア) 算定
以下のとおり799万3782円となる。
a 775,000×8=6,200,000(前記5(1)イ(ア)a(a)・同(b)①)
b 896,891×2=1,793,782(前記5(1)イ(ア)a(b)②)
c 6,200,000+1,793,782=7,993,782
(イ) 消滅時効の考慮
前記6(2)のとおり,消滅時効を考慮することは許されない。
(ウ) 過失相殺の類推適用について
素因減額として,上記(ア)の金額799万3782円から2割を減ずべきであるから(前記3(2)ウ(ウ)),減額後の金額は639万5025円(円未満切捨て)となる。
(エ) 損益相殺の考慮
Y1社が第1審原告に支払った賞与83万2920円(本件前提事実(6)ア)を控除すべきであるから,残額は556万2105円となる。
イ 平成19年12月1日以降について
素因減額として,前記5(1)イ(ア)a(b)②の月額金額89万6891円から2割を減ずべきであるから(前記3(2)ウ(ウ)),減額後の金額は月額71万7512円(円未満切捨て)となる。
(3) 退職給付清算金
退職給付清算金は66万7645円であるところ(前記5(1)イ(エ)g),本件雇用契約に基づく請求は素因減額されないが,債務不履行(安全配慮義務違反)及び不法行為に基づく請求は素因減額されるので,本件雇用契約に基づく66万7645円が認容額となる。
(4) 企業年金拠出金
本件雇用契約に基づく請求は素因減額されないが,債務不履行(安全配慮義務違反)及び不法行為に基づく請求は素因減額されるので,本件雇用契約に基づく企業年金拠出金を認容することになる。
そして,前記5(1)イ(オ)の事実によれば,①平成17年4月1日~平成19年11月30日までの間は,以下の計算式のとおり合計86万6750円となり,②平成19年12月1日以降本判決確定時までは月額2万9590円が認容額となる。
24,248×15=363,720(平成17年4月から平成18年6月までの15か月分)
29,590×17=503,030(平成18年7月から平成19年11月までの17か月分)
363,720+503,030=866,750(以上の合計)
(5) 家賃等相当損害金
本件雇用契約に基づく請求は認められないので,前記6(1)ア(カ)b(b)で認定した損害賠償の損害額である,①平成17年12月分から平成19年12月分までについては,144万4600円から素因減額2割を減じた115万5680円が,②平成20年1月分(平成19年12月末日支払)以降は,4万5784円から素因減額2割を減じた3万6627円(円未満切捨て)が認容額となる。
なお,社宅契約の債務不履行であっても,第1審被告による本件退職取扱いによる結果であるから,安全配慮義務違反等による損害賠償の場合と同様に素因減額を認めるのが相当である。
(6) 治療費
前記6(1)イで認定した31万8485円から素因減額2割を控除した25万4788円が認容額となる。
(7) 慰謝料
前記200万円は,素因減額2割を考慮した金額であるから(前記6(1)ウ),認容額も200万円となる。
(8) 弁護士費用
前記6(1)エ(ウ)のとおり120万円が認められる。
(9) 将来請求について
第1審原告は,企業年金拠出金,賃金相当損害金,賞与相当損害金,家賃等相当損害金について,本件口頭弁論終結後本判決確定の日までその支払を求める請求もしているが,雇用契約に基づく企業年金拠出金を除く損害金の将来の給付請求分については,あらかじめその必要がある場合に限って認められるものであるところ(民訴法135条),同必要性に関する具体的な主張立証があるとは言い難いし,本件退職取扱いは無効であり,第1審原告にはY1社との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることをも考え併せると,その必要性は見出し難い。また将来の損害賠償請求の要件も充足していない。
したがって,企業年金拠出金以外の口頭弁論終結後の給付の訴えは,将来の給付を求めるものとして不適法であるといわざるを得ず,終期は当審の口頭弁論終結日である平成24年7月26日となる。
10 休業手当請求の当否及びその額(争点(8))について
(1) 第1審原告の主張
第1審原告は,安全配慮義務を怠ったY1社の対応のために過重な長時間労働を強いられた結果,業務上の疾病のために休業せざるを得なくなったため,Y1社は,第1審原告に対して,労基法26条に基づき休業手当の支払義務を負担する旨主張している。
(2) 検討
しかしながら,労基法26条の「休業」とは,労働者が労働契約に従って労働の用意をし,しかも労働の意思をもっているにもかかわらず,その給付の実現が拒否され,又は不可能となった場合をいうのであって,業務上の疾病のため休業せざるを得なくなった場合は含まないと解される。
これに対し,第1審原告は,上記のように解釈すると,同条には,「使用者の責めに帰すべき事由による休業」と規定されているにもかかわらず,使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労働契約に従った労働の用意をすることができなくなり,休業に至った場合には同条の適用がないことになって不合理である旨主張している。
しかしながら,労基法は,業務上の疾病による休業の場合には,労基法76条により,使用者に休業補償を義務付けており,しかも,その支払額も労基法26条の場合と同様に「平均賃金の100分の60」と規定している。このような労基法の規定の仕方からすると,労基法は,業務上の疾病による休業の場合は,労基法76条が適用され,同法26条の適用を想定していないと解するのが相当である。
したがって,本件においては,労基法26条の適用の余地はなく,第1審原告には,休業手当請求権は存せず,第1審原告の休業手当の請求は失当である。
11 付加金請求の当否(争点(9))について
(1) 第1審原告の主張
第1審原告は,民法536条2項によりY1社に対する賃金請求権と併せて休業手当請求権を取得することになるとして,第1審原告の賃金請求権は,少なくとも平均賃金の6割に相当する金額の範囲内では休業手当請求権と競合することになり,後者の請求権に関して,Y1社に対し,付加金の支払を命じるべきである旨主張する。
(2) 検討①
しかしながら,上記10で判断したとおり,第1審原告には休業手当の請求権は認められないから,労基法114条に基づいて使用者に対して付加金の支払を命じることはできない。
(3) 検討②
なお,仮に,第1審原告に休業手当請求権が認められるとしても,本件における次のような諸般の事情を総合的に勘案すると,本件について,Y1社に対し,付加金の支払を命じるのは相当とはいえない。
ア Y1社は,第1審原告の上司である係長及び人事部長を通じて,休職を続ける第1審原告の要求や質問に対して,口頭ないし書面をもって回答していたこと(証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)。
イ 第1審原告は,平成17年1月11日又は12日,Y1社のI部長及びJ課長と面談したが,その際,同人らから第1審原告に対し,職場復帰に関し,3月が人事異動の時期なので,そのときにあわせて検討するようにと提案していたこと(弁論の全趣旨。この事実は,第1審原告自身が基本的に主張していたものである-前記第4の1〔第1審原告〕(1)イ(イ)a<省略>)。
ウ Y1社は,第1審原告からの傷病手当金支払申請に対しては,誠実に対応していたこと(本件前提事実(6)イ,弁論の全趣旨)。
エ Y1社は,就業規則上の休職期間を延長する対応をとったこと(本件前提事実(3)ウ(イ))。
オ 第1審原告が請求する役職手当や昇給・昇格を前提とする金員請求には理由がないこと(前記5(1)イ(ア)c,同(ウ))。
カ Y1社は,第1審原告の労災申請に関し,大阪西労基署長に対して,第1審原告の本件精神疾患の発症が業務に起因するものではない旨の意見書等を提出している(第1審被告自身が認めている。)ものの,前記1(4)アで認定した第1審原告に係る甲状腺悪性腫瘍という基礎疾患の存在や,第1審原告が平成14年7月4日に欠勤するまでは特段身体の不調も訴えずに勤務していたこと等を踏まえると,Y1社の同意見書提出は,必ずしも不誠実あるいは不当な態度であるとは認め難いこと。
(4) したがって,上記いずれの点からも,第1審原告のY1社に対する付加金の請求は理由がない。
12 第1審原告とY1社との間の労働契約の第1審被告による承継の有無(争点(10))について
(1) 事実関係
前記1(7)ア認定のとおり,Y1社は,平成23年7月1日,会社分割により,株式会社Y1とj社に分割され,株式会社Y1はY2社(第1審被告)に吸収合併されたものである。
(2) 第1審原告の主張等
第1審原告は,Y1社の会社分割において,j社の承継事業に主として従事する者であり,第1審原告とY1社との労働契約の承継先は,第1審原告の意思に基づいて決定されるところ,第1審被告が適切に対応しないため判断ができない状態にあるなどと主張している。
なるほど,Y1社の会社分割に際し,第1審原告との関係では,5条協議や労働承継法第2条1項の通知は行われてない(前記1(7)イ(イ))。
(3) 検討
しかしながら,次の各事実に照らせば,第1審原告とY1社との間の労働契約は,他のY1社の従業員と同様に,第1審被告により承継されたと認めるのが相当である。
ア 上記会社分割当時,第1審原告は,本件退職取扱いにより,Y1社から従業員として扱われていなかったことから,労働契約の承継手続に瑕疵があってもやむを得ないこと。
イ 本訴において,第1審原告が労働契約の承継先を判断するに足りる説明資料等は,第1審被告から書証として提出されていること(前記1(7)イ(エ))。
ウ Y1社の会社分割に伴って,Y1社からj社に労働契約が承継された従業員(正社員)は1人も存在せず,全員がY1社の従業員として,Y2社との合併(Y2社への吸収合併)によってY2社に包括承継されたこと(前記1(7)イ(ウ))。
エ したがって,第1審原告との関係においても,労働承継法等の手続の瑕疵は治癒されているといえること。
オ 第1審原告は,本訴において,第1審被告に労働契約が承継されることにつき,積極的に異議を申し立てていないこと(第1審原告自身,第1審被告と比ベj社の賃金等の労働条件が低い部分があると主張している(当審の平成24年7月18日付け準備書面)にすぎない。)。
第6結論
1 第1審原告の控訴について
(1) 地位確認請求について
ア 主文1項(1)ア
本件退職取扱いは,第1審原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであり,無効であるので(前記第5の2(1)ウ(エ)),第1審原告が,第1審被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は理由があり,これを認容すべきである。
イ 主文1項(1)イ
課長,係長の各役職にあること及び総合職6級,総合職7級の各資格等級にあることの確認請求は,いずれも不適法な訴えであるから(前記第5の4(1)),これを却下すべきである。
(2) 金員支払請求について
ア 主文1項(2)ア
次の(ア)(イ)の合計153万4395円及びうち(ア)の66万7645円に対する訴状送達の日の翌日である平成19年12月26日から,うち(イ)の86万6750円に対する平成21年6月18日付け請求拡張の申立書送達の日の翌日である平成21年6月21日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
(ア) 退職給付清算金66万7645円(前記第5の9(3))
(イ) 企業年金拠出金86万6750円(前記第5の9(4))
イ 主文1項(2)イ
次の(ア)~(カ)の合計1321万6328円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
(ア) 賃金ないし賃金相当損害金304万3755円(前記第5の9(1)ウ)
(イ) 賞与ないし賞与相当損害金556万2105円(前記第5の9(2)ア(エ))
(ウ) 家賃等相当損害金115万5680円(前記第5の9(5))
(エ) 治療費25万4788円(前記第5の9(6))
(オ) 慰謝料200万円(前記第5の9(7))
(カ) 弁護士費用120万円(前記第5の9(8))
ウ 主文1項(2)ウ(ア)
平成19年12月1日から平成24年7月26日まで,毎月25日限り,以下の月額34万4075円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
賃金ないし賃金相当損害金・月額34万4075円(前記第5の9(1)ウ)
エ 主文1項(2)ウ(イ)
平成19年12月1日から平成24年7月26日まで,毎月末日限り,家賃等相当損害金・月額3万6627円(前記第5の9(5))及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
オ 主文1項(2)ウ(ウ)
平成19年12月1日から平成24年7月26日まで,毎年6月10日及び12月10日限り,賞与ないし賞与相当損害金71万7512円(前記第5の9(2))及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
オ 主文1項(2)エ
平成19年12月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り,以下の月額2万9590円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきである。
企業年金拠出金・月額2万9590円(前記第5の9(4))
カ 主文1項(2)オ
当審口頭弁論終結の日の翌日以降の賃金,賞与,家賃等の給付を求める部分は,いずれも不適法であるから却下すべきである(前記9(9))。
キ 主文1項(2)カ
第1審原告のその余の金員支払請求は,いずれも理由がないので棄却すべきである。
2 まとめ
よって,第1審原告の控訴(当審新請求を含む。)に基づき,原判決を上記1の趣旨に変更し,第1審被告の控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 神山隆一 裁判官 堀内有子)