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大阪高等裁判所 平成23年(ネ)2046号 判決 2012年6月07日

控訴人

エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

日本における代表者

上記訴訟代理人弁護士

伴城宏

被控訴人

X1<他1名>

上記両名訴訟代理人弁護士

川中宏

上記訴訟復代理人弁護士

國光甘雨

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は、被控訴人X1に対し、七一三万〇〇六五円及びこれに対する平成二二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人は、被控訴人X2に対し、三五六万五〇三二円及びこれに対する平成二二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを五分し、その二を被控訴人らの負担とし、その余は控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項(1)(2)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  事案の要旨

(1)  本件事故の発生

アイルランド共和国国籍の亡Bが自転車で走行中、見通しの悪い交差点において、C(以下「C」という。)運転の普通乗用自動車と出合い頭に衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)に遭って死亡した。

(2)  請求の骨子

本件は、Bの相続人である被控訴人らが控訴人に対し、Bが控訴人との間で締結していた人身傷害補償保険(以下「本件人傷保険」又は「人傷保険」という。)に基づき、本件事故による人身傷害補償保険金(以下「人傷保険金」という。)として、Bの相続人である被控訴人X1(以下「被控訴人X1」という。)につき一二二〇万三三三六円、同被控訴人X2(以下「被控訴人X2」という。)につき六一〇万一六六八円、及びこれらに対する本件事故日である平成二一年一月一五日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(3)  控訴人の反論

控訴人は、本件においては、被控訴人らは、本件人傷保険金の支払に先立って、本件事故の加害者であるCから損害賠償金を取得しているから、本件人傷保険約款に従って、保険金額から上記損害賠償金額を控除すると、支払うべき保険金は存在しないなどと主張して争った。

(4)  原判決、控訴

原審は、控訴人の上記(3)の反論を排斥し、被控訴人らの請求を全部認容したので、控訴人がこれを不服として控訴した。

二  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾の括弧内掲記の証拠等によれば、容易に認められる。

(1)  当事者

ア 被控訴人X1(昭和二六年○月○日生)は、B(一九五四年(昭和二九年)○月○日生)の配偶者であり、被控訴人X2(平成二年○月○日生)は、Bと被控訴人X1との間の子であり、同X2以外にBの子はいない。

イ 控訴人は、火災保険、各種財産保険、水損保険、衝突保険、自動車及び航空機保険、海上保険、船主責任保険等の業務を行うことを目的とするアメリカ合衆国ニューヨーク州法に基づいて設立された法人である。

(2)  本件事故の発生とBの死亡

以下のとおりの本件事故が発生した。

ア 日時 平成二一年一月一五日午前九時三五分ころ

イ 場所 京都市<以下省略>先交差点(以下「本件交差点」という。)

ウ 加害者 普通乗用自動車(登録番号<省略>)(以下「加害車」という。)

エ 被害車 自転車(以下「被害車」という。)

オ 態様

C運転の加害車とB運転の被害車とが本件交差点で出合い頭に衝突し、Bは、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負い、平成二一年一月二八日午後〇時四〇分に死亡した。

(3)  Cの責任及びBの過失

Cは、加害車を所有し、これを自己の運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故によりB及び被控訴人らが被った損害を賠償する責任がある。

本件事故発生については、Bにも少なくとも二割以上の過失がある。

(4)  Bの死亡による相続

Bは、アイルランド共和国国籍の外国人であり、法の適用に関する通則法三六条によれば、相続は、被相続人の本国法によるべきである。

したがって、Bの死亡により、その遺産は、アイルランド相続法六七条により、被控訴人X1がその三分の二を、被控訴人X2がその三分の一をそれぞれ取得した。

(5)  本件人傷保険契約の締結

Bは、平成二〇年六月一日、控訴人との間で、保険金三〇〇〇万円、期間一年間の人身傷害補償保険特約付きの総合自動車保険契約を締結した。

したがって、控訴人は、被控訴人らに対し、本件事故について人傷保険金の支払義務を争う。

(6)  本件訴訟の経緯

ア 被控訴人らは、平成二一年九月一日、京都地方裁判所に、Cを被告として、本件事故による損害賠償請求訴訟(同裁判所平成二一年(ワ)第三一九〇号)(以下「別件損害賠償訴訟」という。)を提起した。

イ Dは、加害車を被保険自動車として三井住友海上火災保険株式会社(以下「三井住友海上火災保険」という。)との間で自動車保険契約を締結していたところ、三井住友海上火災保険は、平成二一年一〇月二三日、京都地方裁判所に、被控訴人らを被告として、三井住友海上火災保険が同保険契約に基づき、本件事故による加害車の修理費三八万三一一四円を支払ったとして、保険代位に基づき、その五〇%相当額の支払を求める訴訟(同裁判所平成二一年(ワ)第四〇二七号)(以下「別件求償訴訟」という。)を提起した。

ウ 原審は、平成二一年一一月二五日、別件求償訴訟を別件損害賠償訴訟に併合する旨の決定をした。

エ 被控訴人らは、平成二二年四月六日、京都地方裁判所に、控訴人を被告として、本件訴訟を提起した。

なお、被控訴人らの請求は、本件人傷保険の約款による保険金額の支払を求めるものと主張して、本件事故による裁判基準による損害賠償金のうちBの過失割合三割に相当する金額及び遅延損害金の支払を求めたものである。

オ 原審は、平成二二年五月二七日、本件訴訟を別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟に併合する旨の決定をした。

カ 原審は、平成二二年一〇月一三日、別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟から本件訴訟を分離する旨の決定をした。

(以上につき、顕著な事実)

(7)  別件損害賠償訴訟等の裁判上の和解の成立等

ア 原審は、平成二二年一〇月二八日、別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟の当事者に対し、本件事故の過失割合をBが三でCが七とし、Cが次のイの二段落目記載の損害賠償金支払義務を認めること等を内容とする和解案を提示した。

イ 別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟の当事者は、上記アの原審和解案を受け容れ、平成二三年二月三日、被控訴人らとC及び三井住友海上火災保険との間で、別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟に関し、裁判上の和解が成立した。

このうち、別件損害賠償訴訟に関する和解条項は、Cが本件事故によるBの人身損害に関し、その損害賠償金として、既払金を除き、Cが被控訴人X1に対して二六四七万円の、被控訴人X2に対して一三二三万円の各支払義務があることを認め、これらを同月二八日限り、被控訴人らの指定する銀行預金口座に振り込み送金して支払うとの内容である。

上記和解成立前のCから被控訴人らへの既払金は、四七万〇八五五円であり、これを上記和解金額に加算すると、Cからの本件事故に関する支払金額は、合計四〇一七万〇八五五円であった。

ウ 上記和解を受けて、Cの加入する任意保険会社(三井住友海上保険)は、平成二三年二月一七日、被控訴人らに上記和解金を支払った。

三  自動車保険約款の定め

本件事故に適用のある本件人傷保険の自動車保険約款の定め(ただし本件に関連のあるものを抜粋)(以下「本件約款」という。)は、以下のとおりである。

(1)  第一章(一般条項)(以下「本件一般条項」という。)

第二二条(保険金の支払)

控訴人は、被保険者が前条第二項の手続をした日から、その日を含めて三〇日以内に保険金を支払います。ただし、控訴人がこの期間内に必要な調査を終えることができない場合は、これを終えた後、遅滞なく保険金を支払います。

第二四条(代位)

① 被保険者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、控訴人は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者の権利を害さない限度内で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。

② <省略>

(2)  (18)人身傷害補償特約(以下「本件人身傷害補償特約」という。)

第二条(この特約による支払責任)

① 控訴人は、日本国内において、被保険者が次の各号のいずれかに該当する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(ガス中毒を含みます。)を被ることによって、被保険者またはその父母、配偶者(内縁を含みます。)もしくは子が被る損害(第九条(損害額の決定)に定める損害の額をいいます。)に対して、この特約により、保険金を支払います。

(1) 被保険自動車の運行に起因する事故

(2) 被保険自動車以外の自動車(原動機付自転車を含みます。)の運行に起因する事故。ただし、被保険者が他の自動車に搭乗中の場合は、次の条件をすべて満たしているときにかぎります。

(イ)~(ト) <省略>

(3)  <省略>

② <省略>

第八条(保険金を支払わない場合―その二)

① 控訴人は、次の各号のいずれかに該当する損害に対しては、保険金を支払いません。

(1) 被保険者の故意または極めて重大な過失(事故の直接の原因となりうる過失であって、通常の不注意等では説明のできない行為(不作為を含みます。)をともなうものをいいます。)によって生じた損害

(2)~(5) <省略>

②~④ <省略>

第九条(損害額の決定)

① 控訴人が保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ別紙「人身傷害補償特約損害額算定基準」(以下「本件人傷損害額算定基準」という。)に従い算出した金額の合計額とします。ただし、賠償義務者がある場合において、上記の額が自賠責保険等によって支払われる金額(自賠責保険等がない場合、または自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償保障事業により支払われる金額がある場合は、自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額)を下回る場合には、自賠責保険等によって支払われる金額とします(以下、第一一条①と併せて、この条項を「本件計算規定①」という。)。

② 賠償義務者がある場合には、保険金請求権者は、前項の規定にかかわらず、控訴人の同意を得て、前項の区分ごとに本件人傷損害額算定基準に定める算定基準に従い算出した金額のうち、当該賠償義務者に損害賠償請求すべき損害に係る部分を除いた金額のみを、控訴人が保険金を支払うべき損害の額として、控訴人に請求することができます(以下、本条④及び第一一条②と併せて、この条項を「本件計算規定②」という。)。

③ 控訴人は、前二項において被保険者の死亡により保険金を支払う場合は、その被保険者に対して同じ人身傷害事故で後遺障害によりすでに支払った保険金があるときは、死亡により支払う保険金からすでに支払った後遺障害による保険金の額を差し引いて、その残額を支払います。

④ 第二項の場合には、普通保険約款一般条項第二四条(代位)第一項の規定にかかわらず、控訴人は、被保険者が当該賠償義務者に対して有する権利については、これを取得しません。

第一一条(支払保険金の計算)

① 一回の人身傷害事故につき控訴人の支払う保険金の額は、被保険者一名につき、次の(1)の額から、(2)から(8)までの合計額を差し引いた額とします。ただし、保険証券記載の保険金額を限度とします。

(1) 第九条(損害額の決定)第一項および第三項の規定により決定される損害の額および前条の費用

(2) 自賠責保険等または自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償保障事業によってすでに給付が決定し、または支払われた金額

(3) 対人賠償保険等によって賠償義務者が第二条(この特約による支払責任)第一項の損害について損害賠償責任を負担することによって被る損害に対してすでに給付が決定し、または支払われた保険金もしくは共済金の額

(4) 他の人身傷害補償保険等によって保険金請求権者が保険金または共済金の支払いを受けることができる場合は、他の人身傷害補償保険等によって支払われる保険金または共済金の額

(5) 保険金請求権者が賠償義務者からすでに取得した損害賠償金の額

(6) 労働者災害補償制度によって給付が受けられる場合には、その給付される額(社会復帰促進等事業に基づく特別支給金を除きます。)

(7) 第九条第一項及び第三項の規定により決定される損害の額及び前条の費用のうち、賠償義務者以外の第三者が負担すべき額で保険金請求権者がすでに取得したものがある場合は、その取得した額

(8) 前各号のほか、第二条第一項の損害を補償するために支払われる保険金、共済金その他の給付で、保険金請求権者がすでに取得したものがある場合は、その取得した給付の額またはその評価額(保険金額および保険金日額等が定額である傷害保険の保険金を含みません。)

② 前項の規定にかかわらず、保険金請求権者が、第九条第二項の規定により、賠償義務者に損害賠償請求すべき損害に係る部分を除いた金額のみを請求した場合は、一回の人身傷害事故につき控訴人の支払う保険金の額は、次の(1)の額から、(2)から(5)までの合計額を差し引いた額とします。ただし、保険証券記載の保険金額を限度とします。

(1) 第九条第二項および第三項の規定により決定される損害の額および前条の費用

(2) 他の人身傷害補償保険等によって保険金請求権者が保険金または共済金の支払いを受けることができる場合は、他の人身傷害補償保険等によって支払われる保険金または共済金の額

(3) 労働者災害補償制度によって給付が受けられる場合には、その給付される額(社会復帰促進等事業に基づく特別支給金を除きます。)

(4) 第九条第二項および第三項の規定により決定される損害の額および前条の費用のうち、賠償義務者以外の第三者が負担すべき額で保険金請求権者がすでに取得したものがある場合は、その取得した額

(5) 前各号のほか、第二条第一項の損害を補償するために支払われる保険金、共済金その他の給付で、保険金請求権者がすでに取得したものがある場合は、その取得した給付の額またはその評価額(保険金額および保険金日額等が定額である傷害保険の保険金を含みません。)

③ <省略>

第二一条(代位)

① 保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合については、一般条項第二四条(代位)第一項の規定を適用します。この場合には、同項中の「被保険者」を「保険金請求権者」と読み替えるものとします。

② <省略>

③ <省略>

四  本件人傷保険の約款規定の文理解釈に基づく人傷保険金の額

(1)  本件計算規定①による保険金の額

本件計算規定①による保険金の額は、別紙一記載の本件人傷損害額算定基準によれば、次のとおりとなる。ただし、本件人身傷害補償特約第一一条①の(2)ないし(8)の控除前の金額である(末尾の括弧内には、該当の人傷損害額算定基準を記載した。)。

ア 治療費(傷害分) 四七万〇八五五円(第一の一)

イ 諸雑費(傷害分) 一万五四〇〇円(第一の一①(7))(一一〇〇円×一四日)

ウ 精神的損害(傷害分) 一四万七〇〇〇円(第一の三)(重傷として任意保険基準の一二五%)

エ 逸失利益(死亡分) 一九三一万七〇七〇円(第三の付表Ⅰの五四歳女子平均賃金月額二八万五六〇〇円、生活費控除四〇%、付表Ⅵ 就労可能年数一三年に対応したライプニッツ係数九・三九四、計算式:3,427,200円×0.6×9.394)

オ 精神的損害(死亡分) 一四五〇万円(第三の三④)

カ 葬儀費(死亡分) 一二〇万円(第三の一)

キ 合計 三五六五万〇三二五円(以下「本件人傷基準算出損害額」という。)

(2)  本件計算規定②による保険金の額

本件人傷基準算出損害額三五六五万〇三二五円に被保険者であるBの本件事故による過失割合を乗じた金額

Bの過失割合を二割とする七一三万〇〇六五円となり、三割とすると一〇六九万五〇九八円(円未満四捨五入)となる。

五  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  争点

本件の争点は、控訴人が支払うべき人傷保険金額の算定方法、特に本件のように、加害者の賠償支払が先行した場合、加害者側の既払金を保険金額の算出にどのように反映すべきかであるが、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(2)  被控訴人らの主張

ア 基本的な考え方

(ア) 本件計算規定①による場合

a 訴訟基準差額説が相当

人傷保険金の支払が先行した場合に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が保険代位との関係で、どの限度で縮減されるかについては、いわゆる訴訟基準差額説(下記見解)が相当である(最高裁判所平成二四年二月二〇日第一小法廷判決・判例タイムズ一三六六号八三頁参照)(以下「平成二四年二月最高裁判決」という。)。

保険会社は、既払保険金の額と被害者の加害者に対する損害賠償請求権額の合計が訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り、すなわち、訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害額を既払保険金の額が上回る場合に限り、その上回る額についてのみ、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し、被保険者は加害者に対してその残額の損害賠償請求権を有するとする見解。

要するに、過失相殺等により、被害者の加害者からの損害賠償金が減額される場合であっても、被害者側が人傷保険金と損害賠償金により、裁判基準損害額を確保することができるように解するとの見解である。

b 本件人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈が可能

(a) はじめに

次の(b)①~⑥の事実及び次の(c)の事実に照らせば、本件のように加害者からの賠償金の支払が先行した場合には、本件計算規定①の約款のうち、保険金額から控除すべき金額に関する人身傷害補償特約第一一条第一項の定めを限定解釈し、差し引くことのできる金額は裁判基準損害額を確保するという「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものと解釈するのが相当である(平成二四年二月最高裁判決の宮川光治裁判官補足意見(以下「宮川裁判官補足意見」という。)、東京高等裁判所平成二〇年三月一三日判決・判例時報二〇〇四号一四三頁参照)。

(b) 一般論

① 人傷保険は、被害者(被保険者)が既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有しているから、加害者の損害賠償とは関わりなく支払われるべきであること。

② 本件人傷保険のパンフレット(丙四)には、人傷保険金を賠償金より先に受領するかどうかで、受取金額が変わるなどの説明記載はなく、被害者の過失割合分の損害を賠償する保険であることが強調されていること。

③ 賠償金の支払が先行した場合の方が保険会社が支払うべき人傷保険金の額が少なくて済むというのであれば、保険会社が保険金の速やかな支払を怠るのは必至であること。

④ 本件のような問題が生じる原因は、人傷保険の約款策定について十分な検討が加えられていないことにあること。

⑤ 本件計算規定①は、加害者に一〇〇%の過失がある場合の規定であり、被害者に少しでも過失がある場合は何ら規定していないと解釈することも可能であること。

⑥ 加害者からの賠償金の支払と人傷保険金のどちらが先行するかという偶然的要素で、被害者が受け取るべき総金額が変わってくるという解釈は、あまりにも不合理であること。

(c) 本件の特殊性

本件においては、加害者との間の損害賠償裁判(別件損害賠償訴訟)の和解を先行させるか、控訴人に対する保険金請求訴訟(本件訴訟)の判決を先行させるかについて議論があったが、どちらの進行方法も選択可能であったのであり、ただ後日の求償関係の複雑さ等を考慮すると、前者が良いのではないかということに関係者の思惑が一致し、本件訴訟の進行を事実上停止して加害者との和解を先行させるに至ったものである。

ところが、加害者との和解が成立するや、控訴人は、待ってましたとばかりに、加害者の賠償金を控除するから人傷保険金はゼロであると主張し出したのであるから、被控訴人らとすれば、まるで居直り強盗にあったようなものである。

以上の点からすると、本件においては、控訴人の主張は、一層身勝手で、合理性を欠くものというべきである。

(イ) 本件計算規定②による場合

仮に、本件計算規定①による人傷保険金額について上記主張が認められず、本件計算規定①による支払うべき人傷保険金額が0になる場合は、予備的に本件計算規定②による人傷保険金を請求する。なお、この場合、Bの過失割合は、三割とするのが相当である。

イ 具体的な計算方法

(ア) 本件計算規定①による場合

a Bの過失割合

三割とするのが相当である。

b 実損害額(裁判基準による損害額)

Bの死亡による人身損害の実額は、以下のとおりである。

(a) 逸失利益 二二八〇万九一六三円

基礎収入は、平成一九年度賃金センサスの女性全年齢平均年収の三四六万八八〇〇円とし、就労可能年数は死亡時五四歳であり、一三年(ライプニッツ係数九・三九三六)、生活費控除率三〇%として計算すべきである。

(b) 入院諸経雑費 二万一〇〇〇円

(c) 治療関係費 四七万〇八五五円

(d) 葬儀費用 一四三万六五二〇円

(e) 傷害慰謝料 三〇万円

(f) 死亡慰謝料 三〇〇〇万円

(g) 損益相殺 -四七万〇八五五円

(加害者であるCによる治療費支払)

(h) 小計 五四五六万六六八三円

(i) 弁護士費用 六四五万円

(j) 損害額合計 六一〇一万六六八三円

c 計算方法

被控訴人が加害者に請求できる額は、上記bの実損害額六一〇一万六六八三円の七割に当たる四二七一万一六七八円である。

人傷保険金三〇〇〇万円は、その保険の目的上、被害者の過失割合部分から充当されることになるので、被控訴人らは控訴人に対して、六一〇一万六六八三円の三割に当たる一八三〇万五〇〇五円まで請求できる。

これを相続割合で各被控訴人に割り振ると、被控訴人X1につき、上記金額の三分の二である一二二〇万三三三六円(円未満切捨て)、被控訴人X2につき、上記一八三〇万五〇〇五円の三分の一である六一〇万一六六八円(円未満切捨て)となる。

(イ) 本件計算規定②による場合

前記四(2)のとおり、Bの過失割合を三割として、一〇六九万五〇九八円(円未満四捨五入)となる。

(3)  控訴人の主張

ア 基本的な考え方

(ア) 本件計算規定①による場合

a 訴訟基準差額説によることはできない

(a) 平成二四年二月最高裁判決は、約款中の代位条項(本件一般条項第二四条に相当)の解釈について、「『保険金請求権者の権利を害さない範囲』との文理は、保険金請求権者が、被保険者である被害者の過失の有無、割合にかかわらず、上記保険金の支払によって民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)を確保することができるように解するのが相当である。」と判示して、あくまでも代位条項の解釈について、訴訟基準差額説を採用したにすぎない。なお、宮川裁判官補足意見は、法廷意見ではなく、判例としての拘束力はない。

これに対して、本件は、賠償支払が先行し、本件人身傷害補償特約第一一条に基づく支払額の算定が問題になっている事案であるところ、上記第一一条の規定の文理は、代位規定とは異なり、「被保険者の権利を害さない範囲」という文言はなく、二義を許さないほど明確であり、一般条項を持ち出して支払うべき保険金の金額を変更することはできない。本件計算規定①を被控訴人ら主張のとおり解釈すると、人傷保険金額から控除できる範囲を決定するために、裁判所による損害額の認定、被保険者の過失割合の認定を待つ必要があるが、そのような処理を保険金支払実務において行うことは不可能である。

(b) そもそも、人傷保険は、保険契約者と保険会社の契約(約款の計算規定)によって支払保険金が定まるのである。ところが、本件のように賠償支払が先行した場合についても、訴訟基準差額説を当て嵌めることは、約款規定を全く無視することになり不当である。

とりわけ、平成一〇年から保険の自由化が始まり、人傷保険もそのころに導入された保険であるが、平成二二年四月の保険法施行後は、人傷保険についても保険会社各社が約款を多様化させていて、支払うべき保険金額の算定基準もそれぞれ異にしている。このような状況下で、保険会社に約款を無視した十把一絡げの解釈を強いることは、およそ当を得ないものである。

(c) 訴訟基準差額説の場合、一般的に「訴訟基準」とされている損害額は、人傷損害額算定基準のような定型性はなく、そもそも幅がある上、「訴訟基準」自体もあくまで目安にすぎないとされており、「訴訟基準による損害額」は、訴訟を提起し、裁判所の判断を待って初めて確定することができるものであるから、訴訟による解決が要求される場面が多く、迅速な保険金の支払に資するとはいえない。

b 本件人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈は許されない。

(a) はじめに

次の(b)①~③の事実及び次の(c)の事実に照らしても、被控訴人ら主張の人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈は許されない。

(b) 一般論

① 人傷保険の勧誘パンフレット等では、「人傷損害額算定基準により算定された損害額」に基づいて保険金が支払われる旨明記されており、本件人身傷害補償特約第一一条(支払保険金の計算)においても、人傷損害額算定基準により算定された損害額に基づいて人傷保険金が支払われる旨が定められているのである。

したがって、被保険者は、人傷損害額算定基準に基づいて算定された損害額についてのみ合理的期待を有しているにすぎず、それを超えて「訴訟基準」によって算出された損害額についてまで合理的期待を有しているとはいえない。

② 本件のような人傷保険の場合に限らず、被保険者が保険会社、加害者、第三者から給付を受ける場合には、請求のタイミングによっては総受領額が常に同一になるとは限らない。

③ 人傷保険の支払が先行した場合と賠償支払が先行した場合で、保険会社の支払額が異なるとすると、保険会社が保険金の支払をせずに放置したりする危険性については、個別事案において、保険会社の支払拒否の態様などを斟酌して、信義則等によって控除される損害の範囲を限定するなどの解決が可能である。

(c) 本件の特殊性

① 人傷保険の特徴は、迅速な保険金の支払のため、損害額の認定を定型化し、過失の有無にかかわらず、保険金を支払うものとされていることからも、人傷先行払いが原則的形態であり、現に保険金支払実務においても同様である。

② それにもかかわらず、本件においては、被控訴人らが自ら選択して、本件保険金請求に先立ち、別件損害賠償訴訟を提起したものである。控訴人は、本件訴訟の当初の時点から、本件訴訟は、賠償先行払い事案であるから、人傷保険先行払い事案と異なり、本件計算規定①に基づいて保険金が算定されるべきであると主張していたのである。

そして、その後、本件訴訟は、別件損害賠償訴訟等と分離されたため、被控訴人らが和解に応じた経緯について知る由もない。したがって、被控訴人らのいう「思惑の一致した関係者」の中に、少なくとも控訴人が含まれないのは明らかであるし、本件訴訟の進行が事実上停止していたこともない。

③ なお、控訴人が平成二三年一月二六日付準備書面で、別件損害賠償訴訟の和解の成否を見守るのが相当と主張したのは、別件損害賠償訴訟で和解が成立予定と聞いたため、近日中に同和解が成立し損害賠償金が支払われた場合、本件人身傷害補償特約第一一条の解釈が問題となり、争点が従前と異なることになると主張したにすぎない。

(イ) 本件計算規定②による場合

被控訴人らが本件計算規定①ではなく、本件計算規定②(比例説に整合的である。)を選択するのであれば、控訴人はこれに同意する。

イ 具体的な計算方法

(ア) 本件計算規定①による場合

本件人傷基準算出損害額の三五六五万〇三二五円(前記四(1)キ)から加害者からの賠償金支払額合計四〇一七万〇八五五円(前記二(7)イ)を差し引くと、マイナスとなり、控訴人が支払うべき人傷保険金はない。

(イ) 本件計算規定②による場合

前記四(2)記載のとおり、Bの過失割合を二割とすると七一三万〇〇六五円となる。

(ウ) 被控訴人らの主張する損害額に対する反論

仮に、被控訴人らの主張するように、訴訟における損害賠償額を基準として支払保険金を算出するとしても、被控訴人らの主張する損害額は過大である。逸失利益については、生活費控除を四〇%として計算すべきであり、死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当であり、本件の場合、傷害慰謝料は死亡慰謝料に含められるべきである。

第三当裁判所の判断

一  二つの論点の存在、問題の所在

(1)  人傷保険について

本件人傷保険のように、自動車保険契約の人身傷害補償条項が定めるいわゆる人身傷害保険(人傷保険)は、自動車保険として一般に想定される(加害者側の加入する)賠償責任保険とは異なり、自動車事故によって被保険者が死傷した場合に、被保険者の過失割合を考慮することなく、約款所定の基準により積算された損害額(人傷基準損害額。民法上認められるべき裁判基準による損害額よりは少額であるのが通例である。)を基準にして保険金を支払うという(被害者側の加入する)傷害保険である。

人傷保険は、平成一〇年七月に損害保険の保険料率が自由化されたことを受けて、各保険会社が相次いで導入したものである。

(2)  二つの論点

人傷保険は、実損填補方式が採られており、しかも上記のとおり、被保険者の過失割合を考慮しないし、人傷基準損害額は裁判基準による損害額より少額であることから、過失相殺がされる事故の場合に、①人傷保険金を保険金請求権者に支払った人傷保険会社が、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を保険代位(請求権代位)によって取得する範囲等がどうなるかとか、②被害者が加害者ないし加害者側の保険会社から賠償を得た場合に、人傷保険金請求権の存否・額に影響が及ぶかという問題が生じる。

(3)  上記①の論点

上記①の論点に関しては、前記のとおり、本件人身傷害補償特約第二一条及び本件一般条項第二四条のように、通常は、「保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、控訴人は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者の権利を害さない範囲内で、被保険者がその者に対して有する権利を取得します。」と規定されているので、同条項の解釈が問題になる。

そして、この点は、約款中の人身傷害補償条項の被保険者である被害者に交通事故の発生等につき過失がある場合において、上記条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社は、上記代位条項にいう「保険金請求権者の権利を害さない範囲」の額として、被害者について民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)に相当する額が保険金請求権者に確保されるように、上記支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(平成二四年二月最高裁判決及び最高裁判所平成二四年五月二九日第三小法廷判決・最高裁判所ホームページ(以下「平成二四年五月最高裁判決」という。)参照)。

(4)  上記②の論点

他方、本件において問題となるのは上記②の論点であるので、以下、上記②の論点について検討を進める。

二  検討

(1)  はじめに

本件が本件人傷保険に基づく保険金請求であることからすれば、その保険金額は保険契約、すなわち本件約款に基づいて決定されることになるから、まず、本件約款によれば、控訴人の支払うべき保険金額がいくらになるかにつき、検討すべきことになる。

(2)  本件計算規定①に基づく保険金額

まず、本件計算規定①に基づく保険金額につき、検討する。

ア 当裁判所の判断

本件計算規定①のうち、本件人身傷害補償特約第九条①により、保険金額を算定すると、前記第二の四(1)のとおり、人傷基準損害額である三五六五万〇三二五円となる。

次に、本件人身傷害補償特約第一一条①によれば、これから、自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額その他を控除すべきところ、本件においては、加害者からの賠償金支払額合計四〇一七万〇八五五円(前記第二の二(7)イ、前記第二の別件損害賠償訴訟における裁判上の和解金額)を差し引くと、マイナスとなり、控訴人が支払うべき保険金はないことになる。

以上は、本件約款の文理解釈としては、二義を許さないほど明白である。

イ 被控訴人ら主張の検討

(ア) 平成二四年二月最高裁判決について

a 被控訴人らの主張

被控訴人らは、本件のように損害賠償金の支払が先行した場合でも、訴訟基準差額説が相当であり、本件人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈が可能であると主張し、その根拠として、平成二四年二月最高裁判決の宮川裁判官補足意見を援用する(前記第二の五(2)ア(ア)b(a)(b))。

b 平成二四年二月最高裁判決は人傷保険金の支払が先行した場面

しかしながら、平成二四年二月最高裁判決は、あくまでも、人傷保険金の支払が先行し、保険会社の代位と被保険者の損害賠償請求権が競合した場面について、訴訟基準差額説を採ることを認めたものにすぎない。

すなわち、「本代位条項にいう『保険金請求権者の権利を害さない範囲』との文言は、保険金請求権者が、被保険者である被害者の過失の有無、割合にかかわらず、上記保険金の支払によって民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)を確保することができるように解することが合理的である。」としており、あくまでも代位条項の解釈について、訴訟基準差額説を採用したものである。

c 本件は損害賠償金の支払が先行した場面

これに対し、本件は、損害賠償金の支払が先行し、本件約款に基づく人身傷害補償特約第九条(損害額の決定)、同第一一条(支払保険金の計算)が問題となっている事案である。

上記第九条、第一一条の文理は、上記のとおり、代位規定とは異なり、二義を許さないほど明確であり、本件一般条項第二四条(代位)の「被保険者の権利を害さない範囲内で」の文言を持ち出し、平成二四年二月最高裁判決を援用して、支払うべき人傷保険金の金額を変更することは許されない。

平成二四年二月最高裁判決が問題とした人傷保険金の支払が先行し、保険会社の代位と被保険者の損害賠償請求権が競合した場面と、賠償金の支払が先行し、本件約款に基づく人身傷害補償特約第九条(損害額の決定)、同第一一条(支払保険金の計算)が問題となっている場面とでは、本件約款の規定、その適用場面が全く異なるのである。

d 宮川裁判官補足意見

確かに、宮川裁判官補足意見は、本件のような損害賠償金の支払が先行した場面でも、「上記定めを限定解釈し、差し引くことができる金額は、裁判基準損害額を確保するという『保険金請求権者の権利を害さない範囲』のものとすべきである。」としている。

しかし、宮川裁判官補足意見は、人傷保険金の支払が先行した場合に裁判基準差額説が合理的とするのが「法廷意見」であると述べた上で、賠償金の支払が先行した場合の保険金支払額の算定についての私見を述べているにすぎない。現に、同じ論点に関する平成二四年五月最高裁判決の田原睦夫裁判官の補足意見ではそのような見解は述べられていない。

(イ) 被控訴人らが主張する訴訟基準差額説が相当か

a 被控訴人らの主張

被控訴人らは、本件のように、賠償金の支払が先行した場合にも、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が保険代位との関係で、どの限度で縮減されるかについては、いわゆる訴訟基準差額説(下記見解)が相当であると主張する。

保険会社は、既払保険金の額と被害者の加害者に対する損害賠償請求権額の合計が訴訟において認定された被保険者の損害額を上回る場合に限り、すなわち、訴訟において認定された被保険者の過失割合に対応する損害額を既払保険金の額が上回る場合に限り、その上回る額についてのみ、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し、被保険者は加害者に対してその残額の損害賠償請求権を有するとする見解。

要するに、過失相殺等により、被害者の加害者からの損害賠償金が減額される場合であっても、被害者側が人傷保険金と損害賠償金により、裁判基準損害額を確保することができるように解するとの見解である。

b 検討

(a) 最高裁判所平成二〇年一〇月七日判決の指摘―保険約款規定の重要性

しかしながら、あくまでも支払保険金の算定は、保険契約者と保険会社との契約、すなわち約款に定める計算規定によって定められるべきである。

最高裁判所平成二〇年一〇月七日第三小法廷判決・裁判集民事二二九号一九頁、判例時報二〇三三号一一九頁は、人傷保険金支払が先行した事案において、保険代位の成否及びその範囲を判断するに当たっては、保険約款の定め等、保険契約の内容を正確に確定した上で、必要な限度で約款解釈を行う必要性を指摘している。

この最高裁判決の指摘は、本件のような賠償金支払先行の事案について、支払うべき人傷保険金を算定するに当たっても、まず保険約款の規定を重視し、保険約款の規定に則って解釈すべきことの重要性についても、妥当するものである。

(b) 本件人身傷害補償特約第九条、第一一条の文理

① 被控訴人らが主張する「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第二四条、本件人身傷害補償特約第二一条)は、控訴人の被保険者に対する人傷保険金の支払が先行し、控訴人が損害賠償義務者に対して求償する場合の規定である。

このことは、本件一般条項第二四条①、本件人身傷害補償特約二一条①の規定から明らかである。

② これに対し、本件計算規定①は、本件人身傷害補償特約第九条(損害額の決定)①で、「控訴人が保険金を支払うべき損害の額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ人傷損害額算定基準に従い算出した金額の合計額とします。」と規定し、本件人身傷害補償特約第一一条(支払保険金の計算)①で、一回の人身傷害事故につき控訴人の支払う保険金の額は、被保険者一名につき、上記九条①の額から、自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額等の合計額を差し引いた額とします。」と規定している。

すなわち、上記第九条は、「控訴人が保険金を支払うべき損害の額は、人傷損害額算定基準に従い算出した金額の合計額」と明記し、第一一条は、「保険金の額は、上記九条の額から自賠責保険支払額、任意保険支払額、賠償金支払額、労災補償給付額等の合計額を差し引いた額」と明記していて、そのどこにも、「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第二四条、本件人身傷害補償特約第二一条)などという文言は記載されていないのである。

③ 本件人身傷害補償特約第九条、第一一条は、控訴人が被控訴人らに支払うべき人傷保険金の算定方法(損害額の決定、支払保険金の計算)について定めた規定であり、その文理は二義を許さないほど明確であって、保険代位という異なる場面について規定した「保険金請求権者の権利を害さない範囲」(本件一般条項第二四条、本件人身傷害補償特約第二一条)をもって、上記第九条は、第一一条の規定を歪めて解釈することなど、本件約款の解釈としては不可能である。

(c) 約款解釈の不合理性

しかも、控訴人の支払保険金額につき、被控訴人らが主張するとおりに訴訟基準差額説により算定するとなると、約款の解釈の不合理性は顕著となる。

すなわち、被控訴人ら主張の算定方法は、本件事故におけるBの過失割合と実損害額(裁判基準による損害額)を決定した上、同実損害額のうち、Bの過失割合(被控訴人らは三割と主張)に相当する額を算定しているのであるから、被控訴人らは、約款の解釈論としては、保険金額から控除すべき金額について、「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものに限定するなどと主張しているものの、支払うべき保険金額の実際の算出過程においては、人傷基準損害額三五六五万〇三二五円すら全く無関係になってしまい、本件約款における人身傷害補償特約第九条の文理を全く無視した結果となる。

つまり、被控訴人ら主張の約款の解釈論は、約款を全く無視して算定した結論をもって、約款を限定解釈した結果であるとして、結果だけ辻褄合わせをしているにすぎず、客観性を要請される約款の解釈方法として、およそこのような約款の文理からかけ離れた解釈は採り得ないといわなければならない。

(d) 簡易迅速に保険金支払額を算定できる傷害保険の性格に反する

ところで、人傷保険は、いわゆる傷害保険の性格を有するものであり、保険会社と保険契約者との契約(約款)により保険金支払額が定められている。そして、その保険金額については、簡易迅速に算定できるように定められており、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者が被る損害に対し、約定された人傷損害額算定基準に基づき積算された損害額が填補される仕組みとなっている。

すなわち、本件人傷損害額算定基準(本件約款につき別紙一参照)では、傷害による損害(休業損害、慰謝料)、後遺障害による損害(逸失利益、慰謝料、将来の介護料)、死亡による損害(葬儀費、逸失利益、慰謝料)について、一般的な訴訟における損害賠償基準よりも低額とされており、その代わり、上記各損害額の認定を定型化して争いの余地を少なくしている上、被保険者の過失の有無にかかわらず人傷保険金を支払うものとしているので、過失割合に関する見解の相違にかかわらず、簡易迅速に損害額を算定できることになっており、保険事故発生後すみやかに保険給付がされるような仕組みになっている。

ところが、被控訴人ら主張のような本件計算規定①の解釈によれば、交通事故の加害者に対する損害賠償請求訴訟の確定判決が存在する場合は格別、そうでない限り、保険金額を算定するに当たり、訴訟基準による損害額及び被保険者の過失割合を確定する必要があり、本来、保険会社が人傷損害額算定基準(約款)に従って簡易迅速に保険金額を算定して支払うべき人傷保険金(傷害保険)請求の局面において、保険会社が裁判外で任意に保険金額を算定して支払うことが著しく困難になり、すべからく裁判による決着を余儀なくされることになるが、このこと自体も、およそ人傷保険(傷害保険)契約に基づく人傷保険金(傷害保険金)の支払方法として不合理な結論である。

(e) 人傷保険の保険料体系に見合わず保険業界が混乱に陥る

前記で述べたとおり、人傷損害額算定基準(本件約款につき別紙一参照)では、傷害による損害(休業損害、慰謝料)、後遺障害による損害(逸失利益、慰謝料、将来の介護料)、死亡による損害(葬儀費、逸失利益、慰謝料)について、一般的な訴訟における損害賠償基準よりも低額にされており、これに対応して人傷保険料金が設定されている。

ところが、被控訴人らが主張する訴訟基準差額説を採用し、損害額について一般的な訴訟における損害賠償基準によると、人傷損害額算定基準で定められていた保険金支払額よりも実際の保険金支払額が高騰し、人傷保険が前提としている保険料体系に見合わず、保険業界が混乱に陥る危険性がある。

(f) 人傷保険金の算定基準も保険会社毎に異なっている。

加えて、控訴人が主張しているとおり、平成二二年四月に保険法が施行されたことに伴い、損害保険会社各社は、人傷保険を含む約款の改訂を行っており、人傷保険金の算定基準も各社で異なっているが、被控訴人ら主張のとおり人傷保険金の金額を訴訟基準差額説に従って算定すると、全ての損害保険会社の人傷保険金が裁判基準によって算定された実損害額のうちの被害者の過失割合相当額ということになってしまい、より一層不合理な結論となる。

(g) まとめ

以上のとおり、被控訴人らが主張する訴訟基準差額説は、約款の解釈論としてはおよそ採用する余地のないものというべきである。

したがって、当裁判所は、平成二四年二月最高裁判決の宮川裁判官補足意見とは見解を異にするものである。

(ウ) 本件人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈が可能か

a 被控訴人らの主張

被控訴人らは、一般論①~⑥の事実(前記第二の五(2)ア(ア)b(b)①~⑥)及び本件の特殊性(前記第二の五(2)ア(ア)b(c))に照らせば、本件のように加害者からの賠償金の支払が先行した場合には、本件計算規定①の約款のうち、保険金額から控除すべき金額に関する人身傷害補償特約第一一条第一項の定めを限定解釈し、差し引くことのできる金額は、裁判基準損害額を確保するという「保険金請求権者の権利を害さない範囲」のものと解釈するのが相当であると主張する。

b 被控訴人ら主張①の検討

(a) 被控訴人らは、人傷保険は、被害者(被保険者)が既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有しているから、加害者の損害賠償とは関わりなく支払われるべきである旨主張している。

(b) しかしながら、これは暴論であって、本件人傷保険が実損填補型の傷害保険である以上、被害者(被保険者)が既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有しているとしても、被害者(被保険者)が実損以上の保険金の支払を受けられない(賠償金と保険金の二重取りは許されない)のは当然であって、被控訴人らの上記主張は採用できない。

c 被控訴人ら主張②の検討

(a) 被控訴人らの主張

被控訴人らは、本件人傷保険のパンフレット(丙四)には、人傷保険金を賠償金より先に受領するかどうかで、受取金額が変わるなどの説明記載はなく、被害者の過失割合分の損害を賠償する保険であることが強調されている旨主張している。

(b) 検討

① しかしながら、人傷保険のパンフレットに、被控訴人らが主張するような手続の細部まで記載される必要があるのかが、そもそも疑問である。

そして、交通事故に遭遇した被害者(被保険者)が加害者に対する損害賠償請求を先行させるのか、人傷保険の保険金請求を先行させるのかの判断は、あくまで被保険者に委ねられているし、本件計算規定①(本件人身傷害補償特約第一一条)には、人傷保険金から控除されるべき金額が明示されている。

② そもそも、人傷保険は、被害者に事故の過失がある場合でも、過失割合分も含めて簡易迅速に保険金を支払うことをうたっているものであるから、被害者(被保険者)にとって、先に人傷保険の保険金請求手続を行うのが通例であると考えられる。

人傷保険が広く普及している今日においても、裁判上において、人傷保険金と賠償金の関係が争われている事例のほとんどが、被害者の加害者に対する損害賠償請求訴訟において、人傷保険会社の代位取得の範囲をどのように考えるかという事案であることを考慮すると、実務上もそのような対応を採っている被害者(被保険者)が大多数であると推察される。

③ それゆえ、保険会社のパンフレットに被控訴人ら主張の内容が記載されていないことが、被害者に混乱を与えているとは認め難い。

d 被控訴人ら主張③の検討

(a) 被控訴人らの主張

被控訴人らは、賠償金の支払が先行した場合の方が、保険会社が支払うべき人傷保険金の額が少なくて済むというのであれば、保険会社が保険金の速やかな支払を怠るのは必至である旨主張している。

(b) 検討

① しかしながら、これもあくまで抽象的な危険性に過ぎず、自由化されつつあるとはいえ、監督官庁の厳格な監督に服している損害保険会社が、そのような不誠実な対応を採る危険性は低いし、上記c(b)②のとおり、現実にも人傷保険会社がそのような対応を採っていることを窺わせる形跡もない。

② 確かに、保険会社が人傷保険金の支払をせずに放置したり、あるいは人傷保険金の支払を請求されてもその支払を拒否するなどして、人傷保険金の支払を遅滞し、その間に加害者の賠償金が支払われた場合には不合理な結果となる。

③ しかしながら、このような例外的場合には、保険会社の支払拒否の態様など、個別具体的な事情を斟酌して、保険会社の対応に問題があると判断される場合には、信義則等によって控除される損害の範囲を限定するなどの解釈をすれば足りる。

そして、本件の場合、被控訴人らが代理人として川中宏弁護士を選任し、同弁護士が敢えて控訴人に対する損害賠償請求訴訟を先行させたのであるから(前記第二の二(6))、上記のような例外的場合でないことが明らかである。

e 被控訴人ら主張④の検討

(a) 被控訴人らは、本件のような問題が生じる原因は、人傷保険の約款策定について十分な検討が加えられていないことにある旨主張している。

(b) 確かに、人傷保険の約款にそのような問題点があるのは事実であろう。しかしながら、それは約款の改訂で行うのが筋であって(平成二四年五月最高裁判決の田原睦夫裁判官の補足意見参照)、約款の不十分さを理由に、保険契約の内容である約款の内容を文理とはかけ離れて解釈することを正当化するものとまでいえない。

f 被控訴人ら主張⑤の検討

(a) 被控訴人らは、本件計算規定①は、加害者に一〇〇%の過失がある場合の規定であり、被害者に少しでも過失がある場合は何ら規定していないと解釈することも可能である旨主張している。

(b) しかしながら、そうすると、本件約款には重大な欠缺が存在することになり、本来あらゆる場合を想定して策定されているはずの約款の解釈論として無理があるし、被害者に少しでも過失がある場合が約款に規定されていないとすると、被控訴人ら主張のとおりに解釈する根拠もない。

g 被控訴人ら主張⑥の検討

(a) 被控訴人らの主張等

被控訴人らは、加害者からの賠償金の支払と人傷保険金のどちらが先行するかという偶然的要素で、被害者が受け取るべき総金額が変わってくるという解釈は、あまりにも不合理である旨主張している。

(b) 検討

確かに、人傷保険会社の代位取得の範囲等について、いわゆる訴訟基準差額説を採用した場合に、賠償金支払が先行した場合と、人傷保険金の支払が先行した場合とで、被害者が受け取るべき総金額を同一にすることが望ましいことは否定できない。

しかしながら、前記c(b)①のとおり、どちらを先に請求するかはあくまで被害者(被保険者)の選択に委ねられているし、その先後により総受領額を一致させることを第一義として約款文理とかけ離れた解釈を行うことは、本末転倒な解釈論である。

そして、本件約款においては、賠償金支払が先行した場合に、本件計算規定①によると不合理な結論になることを考慮して、本件計算規定②も規定されているのであるから、本件約款全体としてみれば、本件計算規定①を文理どおりに解釈することが許容できないほど不合理とまでいえない。

h 被控訴人ら主張の本件特殊性の検討

(a) 被控訴人らの主張

被控訴人らは、本件の特殊性として、関係者の思惑が一致して、本件訴訟の進行を事実上停止して、加害者との和解成立を先行させたのに、加害者との和解が成立するや否や、控訴人が人傷保険金がゼロであると主張するのは不当である旨主張している。

(b) 検討

① しかしながら、本件訴訟と別件損害賠償訴訟及び別件求償訴訟との先後関係は、前記前提事実(6)記載のとおりであって、被控訴人らは、弁護士を訴訟代理人として、別件損害賠償訴訟を先に提起し、それから約七か月後に本件訴訟を提起したのである。

しかも、本件訴訟の訴状に記載された請求内容は、本件約款の本件計算規定①に基づいて算定された人傷保険金の支払を求めるものではなく、訴訟基準差額説に従って、裁判基準に基づいてB等の損害額を算定し、そのうち、本件事故におけるBの過失割合(三割又は二割)に相当する金額を人傷保険金として支払を求めるものであった。

② 控訴人が故意に人傷保険金の支払を遅らせて、被控訴人らに加害者に対して賠償請求を先行することを余儀なくさせたなどという事情があれば格別、そのような事情は全く窺えず、被控訴人らの選択により、加害者に対する賠償請求である別件損害賠償訴訟の提起を先行させたものである。

そして、被控訴人らは、本件訴訟において、未だ加害者からの賠償金支払が未了である時点で、あえて本件約款の本件計算規定①と異なる算定方法による人傷保険金の支払を求めたものである。

③ その上、控訴人が、本件訴訟の進行より別件損害賠償訴訟の進行を先にするよう、被控訴人らに促した形跡もなく、控訴人が本件訴訟の当初の時点から、「本件訴訟は、賠償先行払い事案であるから、人傷保険先行払い事案と異なり、本件計算規定①に基づいて保険金が算定されるべきである」と主張していたことも、記録上明らかである。

したがって、本件において、別件損害賠償訴訟の加害者との間の裁判上の和解を先行させたのは、あくまで被控訴人らの判断であって、その点について、控訴人に訴訟上の信義則に反するような訴訟活動があったとは認められない。

i まとめ

以上の次第で、被控訴人らが本件人身傷害補償特約第一一条第一項の限定解釈が可能であると主張する根拠については、いずれも採用することができないのであり、被控訴人らの前記aの主張は採用できない。

(3)  本件計算規定②に基づく保険金額

次に、本件計算規定②に基づく保険金額につき、以下、検討する。

ア 人傷基準算出損害額について

前記第二の四(1)記載のとおり、本件においては、人傷基準算出損害額が三五六五万〇三二五円となる。

イ 本件事故におけるBの過失割合について

(ア) 認定事実

証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

a 本件事故当日の天候は晴れで、路面は乾燥しており、道路は平坦であった。

別紙二「交通事故現場見取図」(以下「別紙図面」という。)記載の南北に走る道路(以下「南北道路」という。)は、南行きの一方通行の規制がされており、同図面記載の東西に走る道路(以下「東西道路」という。)の本件交差点手前には、一時停止の標識及び停止線が設けられていた。

b Cは、平成二一年一月一五日午前九時三五分ころ、加害車を運転して、南北道路を北から南に向けて時速約二〇~三〇kmで直進中、交通整理の行われておらず、見通しの悪い本件交差点手前に差し掛かった際、別紙図面記載の②地点で、本件交差点南西角に設置されているカーブミラーで左方道路を確認したものの、何も発見しなかったことから、本件交差点南東角のカーブミラーを確認せず、かつ減速徐行することなく時速約二〇kmで直進した。

すると、Cは、同図面記載の③地点で、同図面記載のfile_4.jpg地点を自転車である被害車に乗って、東西道路を西から東に向けて走行していたBを発見し、危険を感じてブレーキを架けたが間に合わず、同図面記載の④地点のfile_5.jpg箇所で、被害車前輪左側に加害車右前バンパーを衝突させて、本件事故を発生させた。

c その後、加害車は、別紙図面記載の⑤地点で停止したが、Bは加害車のボンネットに跳ね上げられた後に落下して、同図面記載のfile_6.jpg地点に転倒した。

d 南北道路を南進する車両が、別紙図面記載の②地点で、本件交差点南東角に設置されているカーブミラーで右方道路を確認すると、file_7.jpg2地点まで見え、同図面記載のfile_8.jpg地点で右方道路を確認すると、file_9.jpg1地点まで見える状況であった。

e Cは、本件事故につき、平成二一年四月一四日、自動車運転過失致死罪で略式起訴され、同月二〇日、右京簡易裁判所で、罰金三〇万円に処せられた。

(イ) 検討

上記認定に係る本件事故の態様に基づき、C及びBの過失の有無・程度を検討する。

Cは、本件交差点が見通しの悪く交通整理の行われていない交差点であるから、これを直進するに当たっては、同交差点手前で徐行した上、東西道路から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、右方道路から進行してくる車両の有無及びその安全確認不十分のまま、徐行せず、時速約二〇kmで進行したため、本件事故を惹起したものである。

他方、Bも、本件交差点手前の一時停止標識に従って一時停止すべき注意義務があるのに、これを怠って東西道路を直進したのであるから、Bにも、本件事故惹起につき相当程度の過失があるのは明らかである。

そして、上記の双方の過失の程度を考慮すると、Bの本件事故の過失割合は、被控訴人ら主張のとおり、三割と認めるのが相当である。

ウ 保険金額の算定及び被控訴人らの取得額について

(ア) そうすると、本件計算規定②により、被控訴人らに支払うべき保険金額は、前記第二の四(2)記載のとおり一〇六九万五〇九八円(円未満切捨て)となる。

(イ) そして、上記金額を被控訴人らの相続分で按分すると、被控訴人X1は、その三分の二である七一三万〇〇六五円(円未満切捨て)、被控訴人X2は、その三分の一である三五六万五〇三二円(円未満切捨て)となる。

(4)  遅延損害金の起算日について

ア 被控訴人らは、本件事故日から遅延損害金を請求しているが、本件は本件約款に基づく人傷保険金の請求であるから、被控訴人らが控訴人に保険金の請求もしていないのに、控訴人が当然に本件事故日から遅滞に陥るものではない。

そして、本件一般条項第二二条によれば、控訴人は、保険金の請求を受けてから、その日を含めて三〇日以内に保険金の支払をする旨約されているから、被控訴人らから保険金の請求を受けた日の三〇日後から遅滞に陥ると解するのが相当である(最高裁判所平成九年三月二五日第三小法廷判決・民集五一巻三号一五六五頁参照)。

イ これを本件についてみるに、被控訴人らは、本件訴訟の訴状で、控訴人に対し、本件事故を理由とする人傷保険金の請求をしたものである。

そうすると、本件の遅延損害金の起算日は、訴状送達の日であることが記録上明らかな平成二二年四月二三日の三〇日後である同年五月二三日となる。

三  結論

以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人X1につき保険金七一三万〇〇六五円、被控訴人X2につき保険金三五六万五〇三二円、及びこれらに対する平成二二年五月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却を免れない。

よって、これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 神山隆一 堀内有子)

別紙一 <省略>

別紙二 交通事故現場見取図<省略>

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