大阪高等裁判所 平成23年(ネ)2294号 判決 2012年6月07日
控訴人・附帯被控訴人(被告)
Y1(以下「控訴人Y1」という。)<他1名>
控訴人ら訴訟代理人弁護士
大石武宏
同
浦山周
同
森本宏
同
児玉実史
同
生沼寿彦
同
飯島歩
同
中森亘
同
敷地健康
同
米倉裕樹
同
荒川雄二郎
同
吉田広明
同
木曽裕
同
井垣太介
同訴訟復代理人弁護士
小島崇宏
控訴人ら補助参加人
今治市
同代表者市長
F
同訴訟代理人弁護士
原戸稲男
同
平野智之
被控訴人・附帯控訴人(原告)
X1(以下「被控訴人X1」という。)<他4名>
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
塚本博美
同
平川良仁
同訴訟復代理人弁護士
西岡泉
主文
一 控訴人らの各控訴及び被控訴人X1の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項から第六項までを次の(1)から(6)までのように変更する。
(1) 控訴人らは、被控訴人X1に対し、連帯して五五七万一五四〇円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人らは、被控訴人X2に対し、連帯して一五六万七九五四円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人らは、被控訴人X3に対し、連帯して一五六万七九五四円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 控訴人らは、被控訴人X4に対し、連帯して一五六万七九五四円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(5) 控訴人らは、被控訴人X5に対し、連帯して一五六万七九五四円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(6) 被控訴人らのその余の各請求をいずれも棄却する。
二 被控訴人X2、被控訴人X3、被控訴人X4及び被控訴人X5の各附帯控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、控訴人らと被控訴人らとの間で生じた訴訟費用は第一、二審を通じてこれを六分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とし、被控訴人らと補助参加人との間に生じた訴訟費用も第一、二審を通じてこれを六分し、その一を補助参加人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
四 この判決の第一項の(1)から(5)までは、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴人らの控訴の趣旨及び被控訴人らの附帯控訴の趣旨
一 控訴人らの控訴の趣旨
(1) 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人らの附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 主位的請求
ア 控訴人らは、被控訴人X1に対し、原判決の認容額のほかに連帯して一九八八万九九七八円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人らは、被控訴人X2に対し、原判決の認容額のほかに連帯して三九八万三六六九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
ウ 控訴人らは、被控訴人X3に対し、原判決の認容額のほかに連帯して三九八万三六六九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
エ 控訴人らは、被控訴人X4に対し、原判決の認容額のほかに連帯して三九八万三六六九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
オ 控訴人らは、被控訴人X5に対し、原判決の認容額のほかに連帯して三九八万三六六九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 予備的請求
ア 控訴人らは、被控訴人X1に対し、原判決の認容額のほかに連帯して五六二万六六五七円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人らは、被控訴人X2に対し、原判決の認容額のほかに連帯して四一万七八三九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
ウ 控訴人らは、被控訴人X3に対し、原判決の認容額のほかに連帯して四一万七八三九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
エ 控訴人らは、被控訴人X4に対し、原判決の認容額のほかに連帯して四一万七八三九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
オ 控訴人らは、被控訴人X5に対し、原判決の認容額のほかに連帯して四一万七八三九円及びこれに対する平成一六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
第二事案の概要
一 本件の要旨及び訴訟の経過
(1) 要旨
本件は、自動二輪車を運転して小学校校庭付近の道路にさしかかったA(以下「A」という。)が、校庭から飛び出してきたサッカーボールの影響で転倒して負傷し(以下「本件事故」という。)、その後死亡したことに関し、Aの相続人である被控訴人X1、被控訴人X2、被控訴人X3、被控訴人X4及び被控訴人X5が、主位的に本件事故によってAが死亡したことを理由とし、予備的に本件事故によってAに傷害を負わせ後遺障害が生じたことを理由として、サッカーボールを蹴ったB(原審共同被告。以下「B」といい、後記引用の原判決中に「被告B」とあるのを「B」と読み替える。)の両親である控訴人Y1、被控訴人Y2に対し、民法七〇九条又は民法七一四条一項に基づき(選択的併合)、Aの被った損害の賠償を請求した事案である。
控訴人らに対する主位的請求は、Aの妻であった被控訴人X1が、二五四一万二一〇三円及びこれに対する不法行為の日である平成一六年二月二五日以降の民法所定年五分の遅延損害金の連帯支払を求め、子であるその余の被控訴人らがそれぞれ六三五万三〇二五円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求めるものであり、控訴人らに対する予備的請求は、被控訴人X1が、一一一四万八七八二円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求め、その余の被控訴人らが、それぞれ二七八万七一九五円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求めるものである。
(2) 被控訴人らは、Bの行為あるいは控訴人らの行為が不法行為に当たること、控訴人らにBの監督義務違反があったこと、本件事故とAの死亡の因果関係そのほかを争った。
なお、Bがサッカーボールを蹴った場所が小学校の校庭であったため、同小学校を設置・管理する今治市が、控訴人らに補助参加している。
(3) 訴訟の経過
ア 原審においては、被控訴人らはBも被告として訴訟を提起した。原審裁判所は、本件でBがサッカーボールを校庭外に飛び出させたことについて同人に過失があったと判断したが、Bは本件事故当時一一歳で責任能力がなかったと認めて、Bに対する請求はこれを棄却した。
その上で、原審裁判所は、控訴人らがBの監督義務を負う者として賠償責任があり、Aの本件事故による受傷後の病状の推移等に鑑み、本件事故とAの死亡との間には因果関係があるものと判断し、被控訴人X1の控訴人らに対する請求を、損害賠償金五五二万二一二五円及びこれに対する不法行為の日である平成一六年二月二五日以降の民法所定年五分の遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し、その他の被控訴人らの控訴人らに対する各請求を、それぞれ損害賠償金二三六万九三五六円及び同様の遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容した。
イ 控訴人らは控訴を提起し、敗訴部分の取消しと同部分に係る請求の取消しを求めた。
他方、被控訴人らはBに対して控訴せず、原判決中のBに関する部分は確定した。また被控訴人らは、当初は控訴人らに対する請求の敗訴部分についても控訴しなかったが、後に附帯控訴を提起し、控訴人らに対する被控訴人らの当初の各請求を全部認容するよう求めた。
二 「前提事実」、「争点並びに争点に対する控訴人ら及び補助参加人の主張」は、次の(1)以下のように補正し、後記三に「当審における控訴人らの主張」を、後記四に「当審における被控訴人らの主張」を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第二の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決六頁一行目の「七、八」を「七~九」に改める。
(2) 原判決六頁四行目末尾に「(一四九日間)」を加え、八行目を「平成一六年七月二二日から平成一七年二月六日まで(二〇〇日間)及び平成一七年二月一九日から同年七月一〇日まで(一四二日間)」に改める。
三 当審における控訴人らの主張
(1) Bの行為の違法性
ア 児童の行為の違法性について、最高裁判所昭和三七年二月二七日第三小法廷判決・民集一六巻二号四〇七頁は「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えない児童が『鬼ごっこ』なる一般に容認される遊戯中前示の事情の下に他人に加えた傷害行為は、特段の事情の認められない限り、該行為の違法性を阻却すべき事由あるものと解するのが相当」であると判示し、法令の根拠がなくても社会的に是認される範囲の加害行為であれば違法性を阻却することを認めた。上記判例は遊戯中の児童が遊戯に関与した他の児童に傷害を負わせた事案であるが、その前提たる違法性阻却に関する考え方は本件にも妥当する。また、最高裁判所昭和四三年二月九日第二小法廷判決・裁判集民事九〇号二五五頁は児童の遊戯行為の態様、特に当該行為自体が重大な結果を発生させる性質の行為であるか否かを判断した判例であり、本件についても同基準によるべきである。
イ Bの行為はサッカーボールをサッカーゴールに向かって蹴る行為であって、重大な結果を発生させる行為とはいえない。
a小学校では体育の授業でサッカーをし、校庭にはサッカーゴールが置かれ、同所でサッカーをすることは何ら禁じられていなかった。本件事故は平日の放課後に発生したものであったが、小学校の児童が放課後、校庭で球技等をすることも禁じられていたわけではない。
Bは、サッカーを含む球技を許された校庭で小学校が設置し、当時杭で固定してあったサッカーゴールに向かってサッカーボールを蹴ったのである。被控訴人らは、Bがゴールを動かしたかのように主張するが、事実に反する。Bが校庭でゴールめがけてフリーキックの練習をする行為は社会的に是認・許容されており、それ自体重大な結果を発生させる行為とはいえないから、Bの行為については違法性が阻却される。
ウ 本件事故現場は、民家がまばらに建ち並ぶほか一帯に水田地帯が広がる地域にあり、もともと車両交通量も歩行者も少ない道路であった。したがって、サッカーボールが校庭の外へ出て通行人に当たることは予見できなかったし、現にBはその可能性を認識していなかった。
(2) 監督義務違反について
ア 控訴人らは、一般的な家庭と同じく、Bに対し、危険な遊びをしないよう注意し、そのほか身上を監護し教育を施してきた。責任能力者に近づいていく未成年者は能力の発達に応じてその行動の自由に任せておく領域が拡大するため、特に具体的な危険が予測されない限り、いちいちの行動への監督・管理という色彩は薄れ、監督義務は、普段からの教育・しつけの義務という抽象的なものへ後退する(乙二〇。「注解判例民法・債権法Ⅱ」一二九六頁)。Bは一一歳であったから責任能力者に近づいており、普段から一般家庭と同じくBに教育・しつけを行ってきた控訴人らには監督義務違反はない。また、前記(1)のとおり、a小学校の校庭にはサッカーゴールがあり、放課後サッカーを含む球技をすることが禁じられていなかったから、控訴人らに、校庭で学校の設置したゴールに向かってサッカーボールを蹴らないようBを監督する義務があったなどとはいえない。
イ 児童が学校の設置した遊具を、その用法に従って通常に使用することは自然である。本件でも、Bが友人とともに小学校の設置したサッカーゴールに向かってシュートして遊ぶことは自然であり、これを回避することをBに期待することはできない。また、子供の技術ではボールの行方を完全にコントロールすることはできないから、控訴人らにおいて日ごろ、ボールをグランドの外に出さないよう指導していたとしても、本件事故の発生を防ぐことができたとはいえない。したがって、控訴人らに仮に何らかの監督上の過失があったとしても、権利侵害との間に因果関係がない。
(3) 因果関係
ア 原判決は、本件事故とAの死亡との因果関係について、①本件事故、②Aの環境の激変、③脳病変の進行・増悪、④仮性球麻痺、⑤嚥下障害、⑥誤嚥性肺炎、⑦死亡という①~⑦に至る関係を認定したが、このうち①から④の因果の流れは「可能性を否定できない」というのにとどまるのであって、因果の流れが「高度の蓋然性」をもって証明されたとはいい難く、「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実の確信を持ち得る(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一四一七頁)」証明に至っていない。
イ 仮性球麻痺は、脳病変を原因として発症するものであるが、Aは本件事故によって頭部に衝撃を受けたわけではなかった。本件事故とAの仮性球麻痺との間には直接の因果関係はない。
入院直後、Aには、生活環境の変化に伴う夜間せん妄の不穏行動があったが、仮性球麻痺の症状ではない。平成一六年六月一一日までに不穏な行動はなくなり、全身状態は改善傾向にあり、環境変化の影響もなくなりつつあった。ところが同日、突如、吃逆、飲食困難という仮性球麻痺の状態が出現したのであって、同症状は本件事故とは無関係な脳病変の発症が原因と考えるのが医学的に妥当である。
交通事故により入院し環境が変化するのは通常予見し得るが、被害者が脳病変を有していたり、何らか原因で仮骨形成が進まず入院が長期化したり、入院後五か月もしてから転院することなどは通常予見し得ることではないから、本件事故に係るBの過失とAの仮性球麻痺ひいては死亡の結果には因果関係がない。
ウ 仮性球麻痺とは、大脳皮質と下位運動脳神経核である舌咽・迷走・副・舌下神経核を結ぶ経路(皮質核路)の両側性障害が原因となり、これらの脳神経が支配する筋群の筋力低下により生じる軟口蓋、咽頭、喉頭、舌などの運動麻痺のことであって、仮性球麻痺を来す疾患としては多発性脳血管障害(特に前頭葉ラクナ梗塞)、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患、多発性硬化症、脳炎、梅毒、脳腫瘍などがある。Aに以前からあった脳病変は右慢性硬膜下血腫であったが、右慢性硬膜下血腫は片側性の疾患であり、両側性の脳病変ではなく、これにより仮性球麻痺に至ることはない。現に、城東中央病院のC医師は、平成一七年三月七日に「慢性硬膜下血腫については、嚥下困難、反回神経まひとの関連はない」と診断した。また脳萎縮については一般に加齢に伴い生理的に生じることが多く、認知症などでは顕著に見られることもあるが、仮性球麻痺の原因とはされていない。したがって、右慢性硬膜下血腫と脳萎縮の進行・増悪により仮性球麻痺が生じたということはできない。
(4) 過失相殺
ア 本件事故と同様に、児童が球技をしていてボールが道路上に飛び出したことが端緒となって発生した原動機付き自転車の転倒事故についての裁判例(乙二二、二三)では、いずれも原動機付き自転車の運転者に過失があったことを認定して、八割の過失相殺をした。
イ Aの過失
(ア) Aは本件事故当時、本件事故現場付近に居住していたから、a小学校の位置や環境を十分認識していた。Aにおいて、本件事故現場を自動二輪車で通行するに際しては、小学校の校庭からボールが飛び出してくることを予見して、ボールが飛び出してきた場合は急制動や回避ができるようあらかじめ減速等の措置をとって進行すべきであった。本件事故現場の道路は幅員四mの見通しのよい直線道路であったから、Aが減速した上前方を注視しておれば、事故は回避できたはずである。にもかかわらず本件事故が発生したことからして前方を注視していなかったか、減速していなかったかのいずれかであるから重大な過失に当たる。
(イ) さらにAは、本件事故当時、バイクのシャフトに全長約一・五mの鍬を斜めに差し、くわえたばこのままという不安定な状態で走行していた。このこともあって前方に転がっているボールを適切に回避できなかった。
(ウ) 以上の事実からすると、本件では八割の過失相殺をすべきである。
四 当審における被控訴人らの主張
(1) Aが本件事故により直接頭部に衝撃を受けたこと
ア 本件事故は、Aが自動二輪車を運転していたところ、Bの蹴ったボールがAに当たったか、Aがボールを避けようとしたため、自動二輪車ごと転倒して生じたものであった。したがって転倒時にAは、頭部を強打するか強打しないまでも、頭部が大きく振られて強度の衝撃を脳に受けたものと解される。以下の事実、証拠がAの頭部に衝撃があったことを裏付ける。
(ア) 本件事故により、Aは左脛腓骨をらせん状に骨折した。転倒時、強い衝撃を受けただけではなく、強い捻転力が加わったのであって、本件事故は単純な横倒しになったという態様ではなかった。
(イ) Aは、左下顎にも外傷を負った。
(ウ) 受傷三日目のAの脳のCTからは新たな出血を疑わせる所見が現れていた。
頭部外傷がなくても脳に出血が起こることは医学上肯定される知見である。硬膜と脳表を結ぶ橋静脈の破綻によって起こる出血などは、脳が強く揺れる外力、特に回転性の外力によって生じることとされている。
イ 原判決は、仮性球麻痺について長期入院等が発症の契機として寄与したほか、Aの脳病変の進行等により発症したものとし、両者の寄与度からして治療関係費の一部を除き、その六割を減額することが相当であると判断したが、前記のとおり、本件では、本件事故により直接頭部に衝撃を受けて脳病変が発生又は増悪した原因も重畳しているから、Aの既往症の寄与度は低く三割を超える過失相殺は不当である。
(2) Aの後遺障害
Aには仮関節が残存した。警察共済組合の傷害保険金の請求手続において、三井住友海上火災保険株式会社は、Aについて本件事故により「左足偽関節」の後遺障害が残ったと認定した。Aは、当初予定していた退院日までに骨癒合が進まず退院が延期され、その後も治癒せず、車いすでの移動はできても自分の力で立つことはできなかった。
(3) 過失相殺
児童の球技が原因となった原動機付き自転車の転倒事故の裁判例(乙二二、二三)は、運転者からの見通し状況、運転者の速度、運転者がボールを発見し得た位置等の点で、本件とは異なっている。本件では、Aの進行方向の右手には小学校の樹木や用具小屋が立ち並んでおり、本件事故現場付近では校庭内の様子を見通すことが困難であり、Aはスピードを出していなかった。そして、Aがボールを見たのは事故現場の直近であった。ボールは大きなフライの軌道で飛び出し、そのままかバウンドして直接Aに当たりそうになったのであり、Aにはボールを発見して逃げる間もなく、ボールに気づくこともできなかった。校庭で学童がボール遊びをするのは通常のことであるにしても、道路間近の校庭で日ごろから安全に関する管理の厳しい校庭であったから、ボールが飛び出すことは頻繁にはなかった。
Aが本件事故前、鍬を自動二輪車のシャフトに差し、くわえたばこで運転していたとの事実は否認する。また、仮にそのような運転態様であったからといって、自動二輪車の運転に支障があったとはいえない。本件事故についてAに過失はない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(事故態様及び控訴人らの責任の有無)についての当裁判所の判断は、次の(1)以下のように原判決を補正し、後記六に当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第三の一の認定・説示と同一であるから、これを引用する。
(1) 原判決一三頁六行目から一一行目までを次のように改める。
「ウ 本件校庭の南側には、その南側のb中学校の敷地と本件校庭にはさまれる道路(以下「本件道路」という。)があるが、本件道路の北側には幅一・八mの側溝がある。すなわち、本件校庭の南側に校庭に沿って側溝があり、その南側に本件道路があり、さらにその南側がb中学校の敷地になるという位置関係である。本件道路は二つの学校にはさまれているあたりでは、幅約四・四mのほぼ直線の道路で、アスファルト舗装がされている。本件校庭の南東角から校庭の南端に沿って約三三m西の位置に本件校庭から外に通じる門(以下「南門」という。)があり、南門の南側には側溝をまたぐ幅三m程度の橋が架かっている。
本件事故直前、Aは、この橋の東側付近の本件道路を東から西に向かって自動二輪車で進行していた。橋の手前からAの進行方向には、右側に側溝さらにその右側に本件校庭があり、左側にb中学校の敷地があって、生け垣を植えた石垣(この石垣は、道路面から二段程度の高さであった。)が道路と中学校の境界を画していた。本件道路の幅員が四・四mであり、左側は石垣、右側は側溝であったから、本件道路を進行中の自動二輪車は、突然障害物に遭遇したような場合に、大きな回避行動をとることはできなかった。ただし、本件道路の前方には見通しを妨げるものはなく、本件道路の右側には校庭の南端に樹木やプレハブ小屋等があり、校庭の模様を見通すことはやや困難であったが、校庭であることは十分認識可能であった。本件事故当時、現場付近は住宅地域ではあったが、周辺には田畑も存し本件道路の交通量は少なかった。本件道路の幅からして高速で進行できる場所ではなく、また前方の見通しはよかったから、Aが前方の障害物の発見が困難であるとか、急ブレーキをかけるのが危険ということはなかった。
そして、Aの住居は本件小学校と大字を同じくする町内にあり、同人は本件事故現場付近の状況や小学校の存在等を知悉していた。
エ Bらがフリーキックをしていた時、サッカーゴールは本件校庭南端に近い場所に、本件道路と並行に置いてあり、サッカーゴールにはネットが張られていた。したがってフリーキックの定位置からゴールに向かってボールを蹴るのは、本件道路に向かって蹴ることになった。また、ゴールは南門の前にあったが、本件校庭の南側のフェンス(ネットフェンス)の高さは地上から約一二〇cm、南門の門扉の地上からの高さは約一三〇cmであった。」
(2) 原判決一三頁一三行目の「本件校庭内から門扉を超えて本件道路上に飛び出した」を「南門の門扉を超えて橋の上を転がって本件道路上に出た」に改める。
(3) 原判決一四頁一行目の次に改行して次のように加える。
「 なお、ここでいう過失とは、ある者が、その行為により他人に法益侵害の結果(被害)が発生しないよう自らの行為をコントロールする義務に違反すること、すなわち「注意義務違反」又は「結果回避義務違反」を指す。社会において何らかの法益侵害の結果が発生した場合に、法規や社会通念に照らし、法益侵害の結果を発生させた者が結果回避義務を負っているのにその義務を果たさなかったと判断されるときに過失があるとすることになる。社会生活においては、各人の行動や行為が相互に衝突し合う場面が多々存在する。そのような場合に、各人が他人の法益を侵害しないよう相互に自らの行動等をコントロールすることが法律上も社会通念上も要請されているものであり、そのような観点から「過失」の有無が検討されるべきものである。
これを本件についてみるに、公道は、誰でも自由に通行できる公の営造物として設置されているものであり、予期せぬ形で通行が妨げられた場合には危険が大きいから、道路外の他の者は、自動車等を含む公道の通行を妨害しないように措置すべき注意義務を負っているものというべきである。道路外の他の者が学校内で遊戯等の活動をする者であっても、このことは同様で、学校内での活動は学校の範囲内に収めるべきであるのが原則である。本件のサッカーゴールは校庭の南端線に近い位置に平行に置かれ、校庭南端のネットフェンスの高さは約一二〇cm、南門の門扉の高さも同程度であって、ゴールに向かってフリーキックの練習をした場合には、ボールがゴールを外れ門扉やネットフェンスを越えて本件道路に飛び出ることが十分予想されたといえる。もとより校庭内でサッカーをすることは許されたことであるが、前判示のようにそれはあくまで校庭内のことであり、校庭の南側に隣接する本件道路との関係では、校庭内でサッカーをする者は道路の交通を妨害しないような注意義務を負っていたというべきである。そして、当時のサッカーゴールの位置、校庭南側の門扉やネットフェンスの状況等に照らすと、Bがボールを校庭外に飛び出させた行為は、注意義務に違反する行為であったというべきであるから、同人には過失があったということになる。」
二 争点(2)(本件事故とAの死亡との間の相当因果関係の有無・主位的請求)についての当裁判所の判断は、次の(1)以下のように原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第三の二の認定・説示と同一であるから、これを引用する。
(1) 原判決一四頁一七行目末尾の次に「Aは、元来おいしい物を食べるのが好きで食事の量も年齢に比して多めであり、食に対する意識は高かった。」を加える。
(2) 原判決一五頁二二・二三行目の「支離滅裂な話をする等の症状が見られた」を以下のように改める。
「支離滅裂な話をする等の症状が見られただけでなく、受傷時の記憶が既に明確ではなくなっていた。前記のとおりAが今治セントラル病院に入院した際の「痴呆性自立度」は正常であったが、Aの家族の印象としても平成一六年二月二七日の痴呆症状は急に生じたものであった(甲七:一四頁・一六頁・一一〇頁)」
(3) 原判決一六頁一六行目の「その後」の次に「平成一六年二月二八日に」を加える。
(4) 原判決一六頁二二行目末尾の「開始された。」の次に次のように加える。
「以後の入院経過において、Aには認知症状の発露とみられる行動が時折見られ、医師、看護師らはこれも念頭に置いてAに対する診療、看護を継続した。」
(5) 原判決一八頁一一行目から一七行目までを次のように改める。
「(ウ) Aは、城東中央病院入院時から絶食となっていたが、平成一六年八月五日に胃瘻造設術が施された。以後リハビリで食べ物を口にする場合のほかは経口で栄養を摂取することはなかった。医師らは、Aに嚥下困難に対するリハビリ、筋力増強訓練等のリハビリをさせたが、Aは嚥下訓練に対し当初は拒否的であり、後には受容したものの、訓練に対して意欲的になる時とそうでない時があった。その後、嚥下機能はやや改善をみたが、死亡するまで経口摂取をすることはできなかった。そして、平成一六年一二月以降Aは倦怠感を訴えるようになった。
(エ) Aは、前記のとおり、城東中央病院入院時に痴呆との診断を受けたが、その後入院中も、見当識障害、徘徊、帰宅した妻を求める等状況を理解しない言動が見られた。しかし、骨折については平成一六年七月二四日に症状が固定し、嚥下障害についてもリハビリを継続するだけであったことなどから、平成一六年一一月一〇日ころには退院が検討されるようになり、平成一七年二月六日に退院した。」
(6) 原判決一九頁三行目の「ア」を削る。
(7) 原判決二〇頁一行目から二二頁六行目までを次のように改める。
「(3) 控訴人らは、Aが本件事故により転倒し、右側頭部に強い衝撃を受け、これを原因とする急性硬膜下血腫を発症したため同人の脳が損傷して仮性球麻痺が生じ、これを原因とする嚥下障害により誤嚥性肺炎を引き起こした結果Aは死亡した旨主張し、証拠(甲二三~二五、二八、原告X4本人)中にはこれに沿う部分がある。また、Aが本件事故前認知症の症状を呈していたことはなく、本件事故後の入院時の検査でも「痴呆症自立度」は正常と判定されたこと、ところが本件事故による入院の翌々日深夜(二月二七日午前二時二分ころ)、突如認知症の症状を見せたことは前記認定のとおりである。
ア しかしながら、本件事故後、Aには意識レベルの低下が一切認められなかったこともまた前記認定のとおりである。しかるところ、証拠(甲七、乙一〇~一三、乙一五の一・二)によれば、本件事故直後、搬入された今治セントラル病院において、Aが頭部を打撲したと訴えたことはなく、頭部の外傷所見もなかったこと、平成一六年二月二七日のCT検査で慢性の右硬膜下血腫を認め、Aが抗血小板剤を内服していたので医師は出血傾向の残存のために引き起こされる慢性硬膜下血腫の増悪の可能性を危惧したことがあったこと、しかし、同年三月一日のCT検査の結果、血腫の状態がほぼ変わりがなかったことで出血がないものと判断して経過観察を続けたこと、その後同月一五日、同年四月二日、同年六月一二日の各CT検査の結果も最初のCTの結果と変化はなかったこと、また、当初の頭部CTの所見は軽度の慢性硬膜下血腫であり、画像上急激な認知症状を引き起こすような右側脳室の圧迫も正中線の偏位もなく、むしろAの脳に高齢化に伴う大脳半球の萎縮があり、血腫の貯留から直ちに脳の機能低下を起こすような圧迫が生じるものではなかったことなどが認められる。
被控訴人らは、当審においてAが本件事故により転倒した際、頭部を強打しないまでも大きく振られて強度の刺激を受けたとして、直接の打撲がなくともAの頭部に出血が生じたと主張するが、いずれにしても、前記説示のとおり本件事故を契機にAの慢性硬膜下血腫に更に出血傾向が生じたとは認められないから、被控訴人らの当審の主張も採用できない。
イ 上記認定に関し、D医師作成の鑑定書等(甲二三、二四)には、平成一六年二月二七日のAのCT所見上、慢性硬膜下血腫に新たな出血が生じ、右側脳室を圧迫し、正中線の偏位が生じている旨の記載があるが、前掲E医師作成の意見書(乙六、一〇~一三、一五の一・二)に照らし採用することができない。
また、被控訴人らは、Aが城東中央病院に転院した直後に、同病院の看護師から、今治セントラル病院のサマリーに、Aが頭を打った時に出血し、その血の塊が神経に影響して今の嚥下障害の状態になったとの記載があるとの説明を受けており、このことからも、同人が頭部を打撲したことは明らかである旨主張し、被控訴人X4の陳述書(甲二八)及び被控訴人X4の原審供述(以下「被控訴人X4の供述」という。)中には、これに沿う部分がある。しかしながら、今治セントラル病院の診療録(甲七)には、被控訴人らが主張するようなサマリーは存在しない。かえって同診療録によれば、同病院では嚥下障害の症状を記録し観察していたが、その原因を同定するに至っていなかったことが認められるから、被控訴人X4の供述内容は極めて疑わしいというべきである。さらに、城東中央病院の診療録(甲九)によれば、同病院ではAの転医当時、今治セントラル病院における嚥下機能の麻痺の程度についても十分な引き継ぎを受けていなかったこと、城東中央病院の看護師に対し、Aの家族は嚥下困難の原因について今治市セントラル病院で原因につながる所見は聞かされていないと説明したことが認められるから、前記被控訴人X4の供述は採用することができない。
ウ 高齢者においては、従前から脳萎縮等の症状があっても、普段の日常生活の中では認知症は緩やかに進行し症状が顕在化するに至らないが、入院等の生活環境の激変により認知症が顕在化することは少なからず見受けられるところである。本件で意見書を作成したE医師の意見も同様である(乙一二)。したがって、入院の翌々日にAに認知症の症状が見られたことから直ちにそのころAに急性硬膜下血腫等脳内の出血性疾患があったと推認することはできない。
(4) 控訴人らは、本件事故とAに生じた仮性球麻痺との間、ひいてはAの死亡との間には因果関係はない旨主張し、これに沿う医師の意見書(乙一〇ないし一三)を提出する。
ア 前記認定のとおり、仮性球麻痺は、延髄に病変がなく、皮質中枢や核上路の上部運動ニューロンを含む脳病変が、多発性、両側性に及んで進行性球麻痺に類似した症状を呈するものであり、球麻痺よりも高齢者に多く、性格の変化や知能低下がみられる疾病である。また証拠(乙二八)によれば、仮性球麻痺を来す疾患としては多発性脳血管障害(特に前頭葉ラクナ梗塞)、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患、多発性硬化症、脳炎、梅毒、脳腫瘍などがある(乙二八)と認められるところ、これらの脳疾患がAに存したことを認めるに足りる証拠はない。また、Aに存在した慢性硬膜下血腫について、城東中央病院の医師は、嚥下障害と関係がないと判断していたこと(甲九)、Aの硬膜下血腫は片側性であるところ、仮性球麻痺は、一般に両側性障害が原因となること(乙二八)などからすると、Aに生じた仮性球麻痺の原因の特定は困難であるようにも思われる。
イ しかしながら、Aは、本件事故前は自宅で農作業等をして生活を送り、認知症の症状はなく食事などにも障害は全く見られなかった。ところが、本件事故によって入院した翌々日に突如認知症を発症し、しかもその程度が決して軽いとは見られなかった上、前記認定のとおり、その症状は進行した。そして、入院から一〇〇日余り後に突如として嚥下障害を呈したものである。Aは、本件事故後は、入院して長期臥床を余儀なくされ、移動や刺激の少ない生活を送るようになったものであって、生活状況が一変したということができる。また、前記認定のように、入院後Aは被控訴人X1に依存する傾向が生じ、同被控訴人がいないと認知症の症状が出て活気が見られず、被控訴人X1がいると症状が安定する傾向が明確に見られるに至ったものと認められる。
以上の事情に照らすと、本件事故及びそれによる入院を境に、Aの健康状態、精神状態、生活状況は一変したものということができる。Aが老齢で、同人に慢性硬膜下血腫があり、また脳萎縮があったことを考慮しても、認知症の発症、脳の何らかの病変を原因とする仮性球麻痺が本件事故と全く無関係に生じたと見るのはやはり極めて不自然な理解であり、本件事故及び入院を契機に認知症を発症し、さらに脳の何らかの病変を原因として仮性球麻痺を発症したとみるのが、一般の経験則に合致するものというべきである。
そして、このような理解は、医学経験則にも符合するものといえる。すなわち、E医師の意見書(乙六、一〇~一三)によれば、仮性球麻痺は、大脳の機能が全般的に低下した場合に出現する神経症状であり、前記のような大脳を広範に障害する多発性硬化症のような脳神経変性疾患、多発性脳血管障害などのほか、痴呆症の患者にも合併が認められるものであることが認められる。したがって、医学的な観点からも、Aの場合にも、徐々に進行していた老年性痴呆が背景に存在し、さらに本件事故前に発症していた慢性硬膜下血腫の進行が痴呆症状の急激な悪化、その後の仮性球麻痺の発現に関与したものと考えることが合理的である。
そこで、以上の説示を併せると、本件の場合、本件事故による突然の入院と骨折治療の遷延による入院の長期化がAの認知症の発症、増悪をもたらし、同時に脳機能の全般的な低下を招き、そのことが関与して仮性球麻痺が発現したと推認するのが相当である。
そうすると、本件事故とAの仮性球麻痺の発現との間には因果関係を認めることができるから、仮性球麻痺から生じた誤嚥性肺炎と死亡についても本件事故との間に因果関係を認めることができる。
もっとも、Aの仮性球麻痺は、本件事故当時既に八五歳と高齢であったAが有していた素因である脳機能の低下と既往症である脳病変(右慢性硬膜下血腫及び脳萎縮等)に本件事故による長期入院等が関わって、前者の素因ないし病変が進行・増悪したことにより発症したものとみるのが相当である。そうすると、Aの仮性球麻痺は、本件事故による長期入院等とAの素因ないし病変とが共に原因となって発症したものというべきである。仮性球麻痺に対する双方の原因の寄与の程度については、Aの素因ないし病変の持つ寄与の程度も相当のものがあると考えられるが、その寄与度の判定については、後記過失相殺の判断において検討する。」
三 争点(3)(Aに残存する後遺障害の程度・予備的請求)について
争点(3)についての当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」の第三の三の認定・説示のとおりであるから、これを引用する。
四 争点(4)(損害)について(主位的請求)
(1) 損害
ア 治療費 八八万六九二九円
Aの治療費が、今治セントラル病院につき二九万〇四三九円、済生会今治病院につき三万〇九七〇円、城東中央病院につきAの症状が固定した平成一六年七月二四日までで三万七九八〇円であることは、いずれも当事者間に争いがない。
また、証拠(甲六の二~一六)によれば、Aの症状固定日以降の城東中央病院における治療費は、五二万七五四〇円であることが認められるから、本件事故によりAが出費を強いられた治療費の合計は八八万六九二九円であると認められる。
イ 入院雑費 六三万八三〇〇円
一日当たりの入院雑費の額は一三〇〇円とするのが相当である。前提事実のとおり、Aの今治セントラル病院の入院期間は一四九日間であり、城東中央病院の入院期間は三四二日であるから、入院雑費は、その合計期間である四九一日に一三〇〇円を乗じた金額である六三万八三〇〇円とするのが相当である。
ウ 付添看護費 二四五万五〇〇〇円
上記二認定の事実及び証拠(被控訴人X4本人)によれば、被控訴人X1は、Aの入院中、連日看病のため病院に通っていたところ、前記認定のとおり、Aは、本件事故当時八五歳の高齢であり、本件事故による傷害によって歩行することが困難になったが、入院期間中を通じて妻である被控訴人X1に対する依存心が強い状態にあり、同被控訴人が日中付添をしていると症状が安定し、活気も見られたと認められる。被控訴人X1が今治市内ではあるが島に在住して本土の今治セントラル病院に通わなければならなかったこと、城東中央病院入院中は交通の便はともかく被控訴人X1にとってはなれない実子方に住んで看護に通わねばならなかったことなどを考慮し、Aの入院期間(四九一日間)については、交通費も含め一日あたり五〇〇〇円の限度で付添看護費を認めるのが相当である。
したがって、本件事故と相当因果関係のある付添看護費は、二四五万五〇〇〇円になる。
エ 付添人交通費 〇円
上記付添人看護費に含めて算定し、独立の費用としては算定しない。
オ 葬儀費用 一五〇万円
Aの葬儀費用としては、一五〇万円が相当である。
カ 休業損害 〇円
前記一で認定したとおり、Aは、本件事故当時約八六歳であり、みかんなどは作っていたものの、これにより収入を得ていたことを証する証拠はない。よって、Aについて休業損害を認めることはできない。
キ 死亡逸失利益 三四三万〇一六一円
証拠(甲二一の一~三、二二)によれば、Aは、年額一六三万七〇〇〇円の老齢厚生年金(逸失利益性がないと解される加算金を除く。)、年額一〇万一八〇〇円の通算老齢年金に加え、年額六七万九六〇〇円の旧軍人普通恩給の支給を受けており、その合計金額は、二四一万八四〇〇円であったことが認められる。また、死亡時八七歳四か月であったAと同年齢の男性の平均余命が約四年であることについては、当裁判所に顕著な事実である。そして、Aの収入が年金以外にはなかったことは、上述のとおりである。これらを総合すれば、生活費控除率は六割とするのが相当である。そうすると、本件事故と相当因果関係のあるAの死亡による逸失利益は、次のとおり三四三万〇一六一円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。
(計算式) 二四一万八四〇〇円×(一-〇・六)×三・五四五九(四年間に相当するライプニッツ係数)=三四三万〇一六一円
ク 入院慰謝料 三五〇万円
上記のとおり、Aは、本件事故によって入院治療を余儀なくされたところ、その入院期間は四九一日間に及んだ。Aは、仮性球麻痺発症前は、骨癒合の遷延のため、不便、不快な生活を強いられたが、仮性球麻痺による嚥下障害が生じた後は、食事が摂れず、胃瘻を造設し、しかも肺炎を繰り返すなど大変苦しい入院生活を強いられたものと認められる。入院慰謝料は三五〇万円と認めるのが相当である。
ケ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
Aの年齢、本件事故の状況、受傷状況、その後死亡に至るまでの経過その他本件に現れた諸般の事情に鑑みれば、Aの死亡慰謝料は、二〇〇〇万円が相当である。
コ 合計 三二四一万〇三九〇円
(2) 過失相殺等
ア 本件事故発生に関するAの過失
本件事故発生の状況は前記認定のとおりであり、Bには、校庭における遊戯中といえども、校庭南側の本件道路の通行(二輪車等の通行を含む。)に対して危険を及ぼさないため、本件道路上にボールが飛び出さないようにすべき注意義務を負っていた。しかるに、Bはこの注意義務に反し、ボールをゴール方向に蹴り誤って本件道路上にボールを転がり出させて、本件事故の原因を作り出すこととなったものである。
一方、Aは、本件道路付近に居住していて本件道路の状況を知悉していたところ、四輪車と異なり二輪車にとっては前方に転がるボールが危険な障害物となることがあるのであり、小学校の校庭からボールが飛び出してくることは決して珍しいことではないのであるから、本件道路を自動二輪車で進行するに際しては、危険を感じたら直ちに停止できる程度に速度を控え、また校庭からボール等が飛び出てこないかどうか注意を払い進路前方の安全を注視して進行すべきであった。本件事故現場の状況から推測される事故状況からすると、本件事故はサッカーボールがAを直撃したとか、突然上空から落ちてきたのではなく、南門を超え橋の上を転がって本件道路に飛び出したものと認められるから、速度を控えて、前方を注視していれば、ボールを発見して安全に停止することは可能であったと推測される。
以上によれば、本件事故発生についてAにも過失があったというべきであり、同人に係る損害額を定めるについてAの過失をしんしゃくするのが相当である。しかし、本件の不法行為は本件道路外からボールが道路内に転がってきて発生したという性格のものであるから、減額する割合は三〇%程度とするのが相当である。
イ Aの既往症
Aの仮性球麻痺については、本件事故による長期入院等が発症の契機となったと認められることは前記のとおりであるが、Aに脳病変(右慢性硬膜下血腫)や、既に認知症の素因もあり(脳萎縮)、それが発現・増悪したものであるから、本件では、本件事故とそれ以前から存在したAの素因ないし病変が共に原因となって仮性球麻痺を発症し、同人の損害が発生したものというべきである。本件においては、Aの素因ないし病変の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのは公平を失するから、損害賠償の額を定めるに当たっては、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者であるAの上記素因ないし疾患をしんしゃくするのが相当である(最高裁判所平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。そして、これにより損害を減額する割合は、五〇%程度とするのが相当である。
ウ ア、イの事情を併せ考慮して、本件においては、Aに生じた損害の六五%を減額するのが相当である。
計算式 (一-〇・五)×(一-〇・三)=〇・三五
(3) 被控訴人らの請求し得る損害賠償額、損益相殺及び弁護士費用
上記(1)の合計額は、三二四一万〇三九〇円であるところ、上記(2)のとおり過失相殺等をした残額は一一三四万三六三六円になる。被控訴人らの法定相続分に従って計算すると、Aの妻である被控訴人X1の相続額は五六七万一八一八円であり、Aの子であるそのほかの被控訴人らでの相続額は、それぞれ一四一万七九五四円になる。
証拠(乙一六)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X1は、平成一七年一一月から平成二三年四月までの間に合計三六一万五二九九円の恩給(扶助料)を受領した事実が認められる。「不法行為により死亡した者の得べかりし恩給利益喪失の損害賠償債権を相続した者が、当該被害者の死亡により、扶助料の受給権を取得した場合には、当該相続人が請求することができる損害賠償額は、扶助料額の限度において減額すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年四月七日第一小法廷判決・民集二〇巻四号四九九頁)。」そして、年金給付について「不法行為により死亡した国家公務員の給与、国家公務員等退職手当法による退職手当、国家公務員共済組合法による退職給付の受給利益喪失による損害賠償債権を相続した者が、右公務員の死亡により遺族に給付される国家公務員等退職手当法による退職手当、国家公務員共済組合法による遺族年金、国家公務員災害補償法による遺族補償金の受給権者でない場合には、右相続人の損害賠償債権額から右各給付相当額を控除すべきではない(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一三七九頁)。」とされ、さらに「障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合に、その相続人が被害者の死亡を原因として遺族基礎年金及び遺族厚生年金の受給権を取得したときは、当該相続人がする損害賠償請求において、支給を受けることが確定した右各遺族年金は、財産的損害のうちの逸失利益から控除すべきである(最高裁判所平成一一年一〇月二二日第二小法廷判決・民集五三巻七号一二一一頁)。」と解される。
そうすると、Aの相続人のうち被控訴人X1については、相続した損害賠償請求権中、逸失利益に相当する部分から、同被控訴人の受領した扶助料相当額を控除しなければならない。前記のとおり、Aの逸失利益は三四三万〇一六一円であるから、過失相殺等で六五%を控除した残額は一二〇万〇五五六円である。前記被控訴人X1の相続額は五六七万一八一八円であり、内逸失利益相当損害は六〇万〇二七八円である。同金額を被控訴人X1の損害から控除すると残損害額は、五〇七万一五四〇円になる。
以上の被控訴人らの各損害額を前提とすれば、弁護士費用は被控訴人X1については五〇万円、その余の相続人については各一五万円が相当であり、これを加えた額は被控訴人X1につき五五七万一五四〇円、そのほかの被控訴人につき各一五六万七九五四円になる。
五 予備的請求の検討
(1) 被控訴人らは、原審以来、事故と死亡の因果関係が認められない場合に、予備的請求として偽関節の後遺障害による損害賠償を求める。しかし被控訴人らの主位的請求と予備的請求はいずれも本件事故によりAが被った人身損害による賠償を求めるものにほかならないから、訴訟上の請求としては同一であって、裁判所に対して本件事故と死亡の因果関係が認められる場合の損害と認められない場合の損害の主張を併せてした上、いずれか高額の損害の主張を採用することを求めるものと解される。そこで被控訴人予備的な損害主張について検討すると以下のとおりになる。
(2) Aが死亡するまでに、後遺障害等級七級一〇号(一下肢に仮関節を残し、著しい運動障害を残すもの)に相当する障害が生じたことを認めるに足りる証拠がないことは、前判示のとおりである。
(3) 損害
ア 治療費 三五万九三八九円
Aの頸腓骨骨折の治療費として、今治セントラル病院につき二九万〇四三九円、済生会今治病院につき三万〇九七〇円、城東中央病院につきAの症状が固定した平成一六年七月二四日までで三万七九八〇円であったことは当事者間に争いがない。以上の合計は三五万九三八九円である。
イ 入院雑費 一九万六三〇〇円
一日当たりの入院雑費の額は一三〇〇円とするのが相当である。症状固定日までのAの入院期間は今治セントラル病院の入院期間は一四九日間であり、城東中央病院の入院期間は二日であるから、その合計期間である一五一日に一三〇〇円を乗じた金額である一九万六三〇〇円が相当である。
ウ 付添看護費 七五万五〇〇〇円
前記認定のとおり、付き添い看護費は一日当たり五〇〇〇円が相当である。その一五一日分は七五万五〇〇〇円である。
エ 付添人交通費 〇円
上記付添人看護費において考慮したから、付添人交通費を個別に算定することはしない。
オ 休業損害 〇円
前記認定のとおり、Aに休業損害が生じたものと認めることはできない。
カ 入院慰謝料 一九六万円
上記のとおり、Aは、本件事故による骨折治療のための入院期間は一五一日であったことからすると入院慰謝料は一九六万円と認めるのが相当である。
キ 後遺障害逸失利益、同慰謝料 〇円
前記認定のとおり、Aに頸腓骨骨折に関して後遺障害が生じたものとは認められない。
ク 合計 三二七万〇六八九円
(4) 損害額の合計を比較すると、死亡との因果関係を認めた場合の認容額は過失相殺後であっても、死亡との因果関係が認められない場合の過失相殺前の認容額を上回る(弁護士費用を加えても同様である。)から、死亡との因果関係が認められない場合についてこれ以上の判断の必要はない。
六 当審の控訴人らの主張に対する判断
(1) 控訴人らは、Bの行為について過失、違法性、予見可能性がなかったこと等を主張する。校庭でサッカーをして遊ぶこと、学校の設置したゴールに向かって蹴ることなどが、社会的に許容された行為であることなどは控訴人らの主張するとおりである。
しかし、校庭内の球技であり遊びであることなど、一般にそれ自体は容認される遊戯中の行為であったからといって、その結果第三者に傷害が生じた場合でもその行為にすべて違法性がないということはできない。小学生の蹴るボール自体が危険なエネルギー(重量、速度、固さ)を持つ場合は少ないと解されるが、そのようなそれ自体が危険性を持っていないボールであっても不意に視界に飛び出せば、二輪車、自転車で進行する老人や幼児に対しては、時として転倒を招来する危険性があるから、球技をする者は本件のように球技の場が人の通行する公道と近接している場合は、球技の場から公道へボールを飛び出させないよう注意すべき義務を負うといわなければならない。
より具体的には、本件では、校庭と公道(本件道路)の近接状況、ゴールの位置、フェンスや門扉の高さ、本件道路の通行の状況などを総合すると、Bは、校庭からボールが飛び出す危険のある場所で、逸れれば校庭外に飛び出す方向へ、逸れるおそれがある態様でボールを蹴ってはならない注意義務を負っていたというべきである。注意義務の有無・内容は、具体的な状況の下で、予想される危険性との関係において個別的具体的に決定されるものであるから、ボールを蹴る者が競技上の定位置からボールに向かってボールを蹴ったからといって、違法性が阻却されたり、過失が否定されるものではない。
また、本件校庭と本件道路の位置関係からすると、サッカーボールが飛び出すことや、Aの自動二輪車の進行の妨げとなり転倒事故が生じ得ることも、予見可能であったというべきである。
以上のとおり、Bの行為について違法性、結果発生との因果関係がないとの主張は採用することができない。
(2) 控訴人らは、控訴人らがBに対し、通常のしつけをしてきたこと等から監督義務を尽くしていたこと、監督者として本件事故は予想できないこと等を主張する。
しかし、子供が遊ぶ場合でも、周囲に危険を及ぼさないよう注意して遊ぶよう指導する義務があったものであり、校庭で遊ぶ以上どのような遊び方をしてもよいというものではないから、この点を理解させていなかった点で、控訴人らが監督義務を尽くさなかったものと評価されるのはやむを得ないところである。
(3) 控訴人らは、本件事故とAの死亡の間に因果関係がないと主張するが、この点についての判断は、補正の上引用した原判決の説示のとおりである。控訴人らの主張は採用することができない。
七 当審における被控訴人らの主張に対する判断
(1) 被控訴人らは、本件事故の発生について、Aに過失はなかったと主張する。しかしながら、小学校の校庭沿いの道路をバイクで進行するに際しては、校庭からボールや子供が出てくることは十分予想できることであり、子供やボールの突然の飛び出しに備えて、前方を注視しこれに対応できる速度で進行すべきものである。本件において事故直前の状況の詳細は明らかではないが、Aが転がってくるボールを認識していたことからすると、Aが緩やかな速度で進行していれば急制動によっても転倒することなく、本件事故を回避することは可能であったものと認められ、同事実からすると、本件では、公平の観点からAの過失の内容・程度に即して損害額を一部減額するのが相当である。
(2) 被控訴人らは、本件でAが死亡したことについて、Aの既往症の寄与度は三割を超えるものではないと主張するが、この点については補正の上引用した原判決の説示のとおりである。
八 被控訴人らの控訴人らに対する損害賠償請求の当否について
以上によれば、被控訴人X1の主位的請求は、控訴人らに対し、五五七万一五四〇円及びこれに対する不法行為の日である平成一六年二月二五日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その他の請求は理由がない。
そのほかの被控訴人らの請求は、控訴人らに対し、それぞれ各一五六万七九五四円及びこれに対する同様の遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その他の請求は理由がない。
第四結論
よって、控訴人らの各控訴及び被控訴人X1の附帯控訴に基づき原判決主文の第一項から第六項までを本判決主文第一項の(1)から(6)までのように変更し、その余の被控訴人らの附帯控訴をいずれも失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 三木昌之 本吉弘行)