大阪高等裁判所 平成23年(ネ)2399号 判決 2013年3月27日
控訴人・被控訴人(原告)
X(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士
田辺保雄
住田浩史
同訴訟復代理人弁護士
竹内未保
控訴人(被告)
Y1株式会社(以下「一審被告会社」という。)
同代表者代表取締役
A
被控訴人(被告)
Y2(以下「一審被告Y2」という。)
被控訴人(被告)
Y3(以下「一審被告Y3」という。)
上記三名訴訟代理人弁護士
中川尚子
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 一審被告らは、各自、一審原告に対し、一七三一万五八一一円及びこれに対する一審被告Y2及び一審被告Y3については平成九年五月二〇日から、一審被告会社については同月二一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 一審原告の一審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を一審原告の負担とし、その余を一審被告らの負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
六 なお、原判決中一審原告の一審被告会社に対する瑕疵担保責任による請求を一部認容した主文第一項は、当審で選択的併合の関係にある一審原告の一審被告会社に対する不法行為による請求を一部認容したことにより、失効している。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 一審原告
(1) 原判決中、一審被告Y2及び同Y3に対する控訴人の敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告Y2及び同Y3は、各自、一審原告に対し、一八九一万五八一一円及びこれに対する平成九年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 一審被告会社
(1) 原判決中一審被告会社敗訴部分を取り消す。
(2) 上記敗訴部分に係る一審原告の請求を棄却する。
第二事案の概要
一 本件は、株式会社a(以下「a社」という。)の仲介により一審被告会社から土地付き建売住宅を購入した一審原告が、当該住宅には修補不能な施工上の瑕疵があり、また、購入当時のa社の代表取締役であった一審被告Y2及び一審被告会社の代表取締役であった一審被告Y3は、いずれも当該住宅が瑕疵なく施工されることを確保すべき注意義務を負っていたのにこれを怠ったなどと主張して、一審被告会社に対しては、瑕疵担保責任、債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害賠償(選択的併合)として、一審被告Y2及び一審被告Y3に対しては、平成一七年法律第八七号による改正前の商法二六六条の三の規定する取締役責任(以下「取締役責任」という。)又は不法行為責任に基づく損害賠償(選択的併合)として、それぞれ(不真正連帯債務)、一八九一万五八一一円及びこれに対する当該住宅の購入代金の手付金の支払日である平成九年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求めている事案である。
二 原審は、一審被告会社に対する請求については、当該住宅の基礎等に瑕疵があり本件建物の建替えが必要であるとして、瑕疵担保責任に基づき、損害賠償一七三一万五八一一円及びこれに対する平成九年五月二一日(当該建物引渡日であり購入代金全額の最終支払日である同月二〇日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で一審原告の請求を認容したが、一審被告Y2及び一審被告Y3に対する請求については、いずれも同人らの故意または過失は認められないとしてこれを棄却したので、一審原告が一審被告Y2及び一審被告Y3に対する請求棄却を不服として、一審被告会社が一審被告会社に対する認容部分を不服として、それぞれ控訴した。
三 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
一審被告会社は、土地建物の売買等を業とする会社である。
一審被告会社は、一審原告に対し、平成九年一月二六日、原判決別紙一物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同二の建物(以下「本件建物」という。)を二五八七万六七〇〇円で売却し(以下「本件売買契約」という。)、a社(旧商号「a1社」)は、一審被告会社のために本件売買契約を仲介した。ただし、本件建物は、本件売買契約締結当時建築されていなかった。
本件売買契約締結当時、一審被告Y2は、a社の代表取締役であり、一審被告Y3は、一審被告会社の代表取締役であった。
(2) 本件建物の建築等
一審被告会社は、平成八年一二月一六日本件建物について建築確認を取得した。
一審原告は、一審被告会社に対し、平成九年一月二六日本件売買契約の手附金として一二〇万円を支払った。
一審被告会社は、その後、本件建物の建築に着手し、同年四月二七日頃本件建物を完成させ、同年五月二〇日本件建物について、工事完了検査を受け、検査済証を取得した。
同日、一審原告は、一審被告会社に対し本件売買契約に基づく売買代金の残額を支払い、一審被告会社は、一審原告に対し本件土地及び本件建物を引き渡した。
本件建物は敷地一五〇m2以下の建物であるため、住宅金融公庫による融資の対象とならず、一審原告は、本件土地及び本件建物の購入のために住宅金融公庫(以下「公庫」という。)から融資を受けていない。
(3) 一審原告は、本件訴訟提起前の平成一七年八月一三日に一級建築士Bによる本件建物の調査を行い(以下「一七年一審原告調査」という。)、訴訟提起後の平成二〇年八月二〇日には本件建物の基礎について三本のコア抜き調査を行った(以下「二〇年コア抜き調査」という。)。一審被告らは、原審において平成二一年六月一八日に行われた現地における進行協議期日での見分(以下「二一年現場見分」という。)に基づいて、一級建築士C、同E及び同Dの作成による現地見分報告書を提出した。
(4) 一審原告とa社との和解
一審原告は、平成一九年六月二七日一審被告会社、一審被告Y2及び一審被告Y3に加えてa社を被告として本訴を提起し、本件建物の瑕疵については、a社にも責任があると主張して、a社に対し損害賠償の支払を求めた(顕著な事実)。その後、a社は特別清算手続に入り、一審原告及びa社は、平成二〇年一月一一日a社が一審原告に対し五〇万円を支払い、一審原告が本訴におけるa社に対する訴えを取り下げることなどを内容とする和解をした。a社は、同月一七日一審原告に対し上記和解金五〇万円を支払い、一審原告は同月二八日にa社に対する訴えを取り下げた。
(5) 一審被告らは、平成二三年一〇月一九日の控訴審第一回口頭弁論期日において、債務不履行責任、瑕疵担保責任及び不法行為責任について消滅時効を援用した。
四 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件建物の瑕疵の判断基準(争点(1))
【一審原告の主張】
ア 公庫仕様の合意
本件売買契約においては、本件建物が公庫監修の木造住宅工事共通仕様書所定の仕様(以下「公庫仕様」という。)を満たすことが売買契約の内容となっており、公庫仕様を瑕疵の判断基準とすべきである。この点に関し、次の(ア)及び(イ)の各事情がある。
(ア) a社は、本件建物が公庫仕様を満たす物件であるとの広告(以下「本件広告」という。)をした一方で、本件売買契約締結に際し、本件建物が公庫仕様を満たさないとの説明をせず、一審原告は、本件建物が公庫仕様を満たすと信じて本件売買契約を締結した。
(イ) 本件土地は、a社が分譲広告し一審被告会社が分譲した「○○○○」第二期分譲一四戸のうちの一戸であり、本件建物は、公庫融資対象物件でなかったが、同分譲地の他の公庫融資対象物件と比べても、建築確認申請書添付の図面において、本件建物の仕様と公庫融資対象物件の仕様は同一であるし、本件建物の建築確認申請書には、公庫融資を受ける場合でなければ必要とされない矩計図も添付されている。また、本件土地及び本件建物の単位面積当たりの価格は、公庫融資対象物件の単位面積当たりの価格と同水準である。
イ 仮に公庫仕様を満たすことの合意がなかったとしても、公庫仕様は、庶民用住宅の最低限の品質を画し、建築基準法の具体的な解釈基準を示すものである。したがって、公庫仕様に準拠する旨の合意の有無にかかわらず、公庫仕様に沿って施工されていない箇所は瑕疵に該当する。
ウ 本件設計図書
本件売買契約の際の重要事項説明書に添付された本件建物の「立面図矩計図」及び「配置図平面図」(以下「本件設計図書」と総称する。)は、本件建物の建築確認申請書添付の図面と同じものであるところ、本件設計図書に従って施工されていない箇所は瑕疵に該当する。
【一審被告らの主張】
ア 本件売買契約においては、本件建物が公庫仕様を満たすことが予定されてはいないし、公庫仕様は、建築基準法が要求する基準とは異なるものであるから、本件建物については、当時の建築基準法が要求する水準を満たす限り、瑕疵があるとはいえない。
イ 本件広告は、「○○○○」の物件について、買主が公庫から融資を受けるときには公庫仕様に従って施工する旨を記載したにすぎない。本件広告には、分譲総戸数五三戸、融資対象個数三九戸と記載されており、全ての建物が公庫融資対象物件ではないことが明示されている。a社は、本件売買契約締結に先立って、一審原告に対し、本件土地及び本件建物が公庫融資の対象にならないことを説明し、一審原告はこれを承知して本件売買契約を締結した。
ウ 本件広告は、新聞折込み広告であって、申込みの誘引のための文書であり、個々の買主に対する保証文書ではない。また、売買契約書や重要事項説明書には、公庫仕様であるとの特別の合意をうかがわせる記載は一切存在しない。仮に、本件広告が誤解を生むような記載であったとしても、それは建築瑕疵の問題としてではなく、説明義務等の問題として処理されるべき事柄である。
エ 公庫仕様は、建築基準法の定めを具体化する一つの例示に過ぎず、特定の部分を除き、建築基準法等関係法令や、学会仕様書、告示の適用を排除するものではない。したがって、公庫仕様の合意があったか否かにかかわらず、本件建物に瑕疵があるか否かを判断するには、平成八年当時の建築基準法令を具体化する学会仕様書、告示等も併せて検討する必要がある。
また、公庫仕様には、「本件仕様書によらなくても、建築基準法等関係法令及び公庫建設基準等に適合していれば、別の仕様書を用いても公庫融資を利用することは可能です。」と明記されているから、公庫仕様はあくまで一基準であり、そこに記載されている図のとおりに施工されなければ公庫仕様基準を満たさないということではない。建築基準法・同施行令はもとより、関連法令とその技術的具体例を例示する学会仕様書等に適合していれば、公庫仕様と同等の建物と判断することができる。
(2) 本件建物の瑕疵の有無及びその程度(争点(2))
【一審原告の主張】
ア べた基礎の瑕疵について
(ア) 本件建物のべた基礎の厚さについては、本件設計図書では一五〇mmとされている。建築基準法施行令七九条は、鉄筋の下面六〇mm、上面二〇mmの厚さを要求しているところ、施工誤差を考えて上面下面それぞれについてプラス一〇mmを考慮し(日本建築学会「建築工事標準仕様書・同解説」による。)、交差する鉄筋の二本分の厚さを加えると、全体の厚さは最低一二〇mmから一五〇mm必要である。
しかるに、本件建物の基礎の厚さは、薄いところで五〇mmしかなく平均しても一〇〇mmに満たないから、顕著に不足している。上記写真には約六〇mmの黒い石が写っているが、これはコンクリートの構造の一部である骨材ではない。コンクリートの骨材の大きさは二〇mm、二五mm及び四〇mmに限られており、六〇mmもの骨材はあり得ないからである。
また、基礎工事はいくつかの工程に分解することができるが、各工程においては常に水平になるように確認をしながら作業が進められるものであるから、正しく工程を踏んだのであれば、べた基礎の一箇所だけが厚さ五〇mmとなり他は設計どおり一五〇mmになっているということはあり得ないから、コアを採取した部分だけでなくべた基礎全体のコンクリート厚が不足していることになるし、正しい工程を踏んでいないのであれば、全体的に厚さの不足している箇所が散在していることになる。
(イ) かぶり厚さ不足は、放置すれば鉄筋の腐食やそれによる鉄筋の耐久性の低下や鉄筋の膨張によるコンクリートの剥落等の「爆裂現象」が起こって、コンクリート自体の強度が著しく低下するものである。この基礎の瑕疵は、建物の安全性の最低限を画している建築基準法及び施行令に反する基本的な安全性を損なう瑕疵であって、本件建物の建替えを要する重大な瑕疵である。また、最高裁判所第一小法廷平成二三年七月二一日判決(最高裁判所裁判集民事二三七号二九三頁)のいう「当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合」に当たるから、施工者の不法行為責任を構成する瑕疵というべきである。
(ウ) 公庫仕様は、「べた基礎の寸法及び配筋については、建設敷地の地盤状況を勘案のうえ、構造計算により、決定すること」と定めているが、本件建物にはこのような構造計算書が存在しない。
(エ) 本件設計図書では、基礎に使われる鉄筋は一三mm径の異形鉄筋を用いることとされており、公庫仕様でも一三mm径の鉄筋を二〇〇mmピッチで配筋することを標準としているが、本件建物で実際に用いられているのは九mm径の異形鉄筋であって、その断面積は設計の四八%弱であり、太さが顕著に不足している。なお、本件設計図書が構造計算を行うことなく配筋のピッチを三〇〇mmとしているのは設計自体の誤りである。
(オ) 本件設計図書では割栗石によって地業を行うと指定しており、公庫仕様もその旨指定している。しかるに実際には砂利が敷かれているのみである。また、地業の突き固めが不十分である。
イ べた基礎の瑕疵以外の瑕疵について
別紙一覧表記載のとおりである。
【一審被告らの主張】
ア 本件建物は、一部設計図書と合致しない点があるが、建築確認を受け、完了検査にも合格しており、建築基準法所定の基準を満たしている。別紙一覧表中の一審被告ら主張のとおり、一部に羽子板ボルトの不設置及び施工不備部分が認められるものの、その余については、公庫仕様そのものか、公庫仕様と同等の基準を有する建物である。
イ べた基礎の瑕疵について
(ア) べた基礎の厚さについて、設計者は、日本建築学会の建築工事標準仕様書・同解説に必ず従わなければならないわけではなく、法律に違反しない限り、他の仕様書によることもできるし、独自に仕様書を作成することもできる。したがって、施工誤差を上面下面それぞれ一〇mm考慮するか否かは設計者の判断による。
(イ) 一審原告は六〇mmの骨材の使用があり得ないと主張するが、現場練りによるコンクリートには厳格な規格は存在しないから、コアに含まれた黒い石が骨材でないとはいえず、六〇mmの骨材を使用したとの一事をもって基礎の安全性が確保されていないと断定することはできない。また、黒い石が骨材でないとしても、地業の上面付近に黒い石がありそれをコンクリートが取り巻いたとすると、黒い石という突出物の周辺部分はコンクリートが覆うのであるから、基礎全体の厚みが五〇mmしかないことにはならない。
(ウ) 本件建物のべた基礎が五〇mmのかぶり厚であるとすると、鉄筋のかぶり厚さ不足という点において、法令に反することは否定できないが、そのことから直ちに本件基礎が通常有すべき安全性を欠くとすることには飛躍がある。本件建物基礎の面積五五m2のうちわずか一箇所(一〇〇mm径)のコア抜き調査の結果をもって、建物の取壊し・建替えを要求することは許されない。本件建物は、建築後十数年を経ているにもかかわらず、基礎の立上りや基礎底盤について目立ったクラック等の不具合は確認されていない。
一審原告は、取壊し・建替えを要する程の重大な瑕疵であると主張するが、そのような主張をするには、本件建物基礎が一、二階併せて九八・八二m2の木造スレート葺建物を支える耐力を有しないこと、すなわち、まず本件建物の基礎がべた基礎でなければ構造の安全性を保てないことを立証しなければならないが、そのような立証はない。本件設計図書と現実の施工が合致するかどうかと建物の安全性は全く別のものであり、合致しない場合に債務不履行の問題が起こり得るとしても、建物の安全性を図れないほどの瑕疵であることの立証責任は一審原告にある。一審被告会社が本件設計図書と異なる施工をしたからといって、その安全性の程度に関する立証責任が一審被告らに移るものではない。
(エ) 構造計算書の必要性について、一審原告が指摘する公庫仕様の記載部分は、公庫仕様の本文でなく、参考図のしかも注意書部分である。もともと公庫仕様が、建築基準法等関係法令及び公庫建設基準等に適合していれば、別の仕様書を用いても公庫融資を利用することは可能としているところ、構造計算書に関しては公庫建設基準ですらないから、構造計算書が必要であるとする根拠はない。
(オ) 本件建物の基礎に使用された鉄筋は、九mm径ではなく一〇mm径の異形鉄筋である。九mm径の鉄筋は製造されていない。引渡しから一二年余りを経た平成二一年六月の現場見分においてさえ、基礎底盤に異状を認めることはできなかったのであるから、鉄筋径の不足が基礎躯体に影響を及ぼしているとはいえない。
(カ) 地業には砂利地業等いくつかのものがあり、地盤と建物の規模等に応じて選定されるものであって、割栗石による地業が唯一絶対のものではない。公庫仕様においても、割栗石による地業は「良質地盤においては、(中略)かえって耐力を減ずることがある」との注意書きがある。本件建物では砂利地業がなされているが、小規模建物の地業としては、割栗石が実用的でなく砂利地業も割栗石地業と比較して同等の効果があるとされており、砂利地業を選定したことは適切であったというべきである。
なお、地業の施工が杜撰であるとの一審原告の主張は割栗石地業を前提とするものであるから根拠がない。
(キ) 一審原告が主張する配筋間隔については、公庫建設基準ですらない。また、財団法人住宅保証機構が締結している瑕疵担保保険の設計施工基準は、保険対象建物の検査にも利用されるものであるが、ここでも、一〇mm径異形鉄筋三〇〇mm間隔や、一三mm径異形鉄筋三〇〇mm間隔の記載が存在している。
ウ べた基礎の瑕疵以外の瑕疵について
別紙一覧表記載のとおりである。
(3) 一審被告らの責任(争点(3))
【一審原告の主張】
ア 一審被告会社の責任
本件建物は、一審原告と一審被告会社との合意内容に合致しないだけでなく、安全性も欠いており、本件建物を建築し販売した一審被告会社には、瑕疵担保責任、債務不履行責任及び不法行為責任がある。
イ 一審被告Y2の責任
本件建物の売主は一審被告会社であるが、本件建物を含む「○○○○」の実際の事業主体はa社であり、一審被告Y2は、a社の代表取締役であったばかりでなく、一審被告会社のオーナーであった(一審被告Y3本人[原審])。したがって、一審被告Y2は、両社が行う本件建物の建築及び販売を統括していたのであるから、本件建物が公庫仕様を満たす旨の広告をa社が出した以上、本件建物が公庫仕様に従って施工されるよう注意すべき義務を負っていた。「○○○○」の事業においては、チラシ等では全てが公庫仕様であることを謳っていたが、実際には、一五〇m2以下の物件は公庫仕様の施工をしない方針をとっており、これについて一審被告Y2も了承していた。
一審被告Y2は、このような販売方針策定について直接の責任があると同時に、グループのオーナーとして、施工者である一審被告会社において適切な下請業者監理を行っているかにつき注意すべき立場にあったところ、一審被告Y3が下請業者監理を怠っていたのであるから、一審被告Y2には、一審被告Y3に対する監視義務の懈怠があり、故意又は重過失があることは明らかである。
ウ 一審被告Y3の責任
一審被告Y3は、一審被告会社の代表取締役であり、本件建物の建築主兼工事施工者でもあった。一審被告会社は、本件建物の建築に当たって、その設計及び工事監理も担当していたところ、一審被告Y3は、下請業者のb工務店に対して、本件設計図書(公庫仕様)とは異なる施工図面を交付しており、そのことの認識もあった。本件建物の瑕疵は、本件設計図書とは異なる施工図を交付していたことに加えて、一審被告会社が下請業者の施工について十分な工事監理をしていなかったことによって生じたものである。一審被告Y3は、一審被告会社の代表取締役として本件建物の建築について統括すべき立場にあったのであるから、本件建物が設計に従って安全に建築されるように一審被告会社の従業員等を指揮監督すべき注意義務が課されていたというべきであるが、一審被告Y3はこれを怠ったものであり、故意又は重過失があることは明らかである。
【一審被告らの主張】
ア 本件建物の瑕疵は、建物の基本的な安全性を損なう瑕疵とはいえず、一審被告らが不法行為責任を負うことはない。不法行為責任が認められた最高裁平成二三年判決の事例は、バルコニーのひび割れや床スラブのひび割れ及びたわみ等各種の現象が既に生じていたものである。しかるに、本件建物においては、引渡時から今日まで約一五年間、上部構造はもちろん、基礎底盤についても目立った現象は生じていない。
イ 一審被告らには、本件建物について、取壊し・建替えを要するような瑕疵が存在するとの認識はなかった。
(4) 損害額(争点(4))
【一審原告の主張】
ア 建替え費用 一四八四万四一一一円
本件建物の瑕疵は補修不能であり、建替えが必要である。
一審被告らが補修方法として主張するあと施工アンカーを用いる工法は、後記のとおり長期荷重に対する安全性が確認されておらず、補修方法として不適当である。また、この点を除いても、本件建物の瑕疵は基礎以外にも広範囲に及んでおり、補修工事に要する金額が建替えに要する金額を超えることは明らかであるから、建て替えるべきである。
本件建物を解体して本件土地上に本件売買契約の約定どおりの建物を建築するには一四八四万四一一一円を要する。
イ 建物賃借費用 六〇万円
本件建物の解体及び本件土地上への新建物の建築には少なくとも六か月を要し、一審原告及びその家族は、その間本件建物以外の場所で生活する必要がある。本件建物と同等の賃貸住宅の賃料は月額一〇万円である。
ウ 転居費用 四〇万円
本件建物と賃貸物件との間の転居(往復)に要する費用は四〇万円を下らない。
エ 慰謝料 一〇〇万円
夢のマイホームを求め多額の資金を投入して本件建物を購入した一審原告は、期待に反し、通常有すべき安全性を欠く建物に住むことになった。本件建物は地震で倒壊する恐れもあるため、まだ小さな子のいる状況では、大型家具を設置することもできず、就寝も家族揃って二階で川の字状態になることを余儀なくされている。夜勤のある一審原告は、地震のないことを祈りながら出勤しなければならない始末である。このような一審原告の損害を償うには、建物の瑕疵についての物的損害のみでなく、精神的苦痛を慰謝することが必要である。
また、一審被告Y2は、本件訴訟中、一審原告代理人らに対し、本件請求が「チンピラ、ヤクザの請求のように思えてならない」と述べ、これにより一審原告の精神的苦痛は増大した。
このような一審原告の精神的苦痛を慰謝するのに必要な金額は一〇〇万円を下らない。
オ 調査費用 三七万一七〇〇円
一七年原告調査に三一万五〇〇〇円、二〇年コア抜き調査に五万六七〇〇円を要した。
カ 弁護士費用 一七〇万円
キ 損害の填補
一審原告が受け取ったa社からの和解金は、弁済ではなく、これにより損害が填補されることはない。
ク 一審被告ら主張のあと施工アンカーによる補修について
(ア) 一審被告らは、「補修方法の検討」において、べた基礎についてあと施工アンカーによる補修が可能であると主張し、一級建築士D作成の陳述書(以下「D陳述書」という。)において根拠として種々の指針を指摘する。しかしながら、本件で問題とすべきことは、指針等があと施工アンカーによる補修方法を「否定していないかどうか」ではなく、あと施工アンカーによる補修により、当初から十分な厚さを満足した基礎を打設した場合と同等の「安全性が確認されるか否か」であり、一審被告らが指摘する指針等では、このような安全性は確認されていない。
(イ) 長期荷重については、あと施工アンカーの経年劣化の問題が存在し、接着剤の劣化や接着力の低下が起こり得るが、長期間にわたってその経年劣化を実験実証したデータ等は存在しない。
(ウ) 証拠<省略>に記載された基礎補修方法は、一審被告が引用する「二〇〇七年版建築物の構造関係技術基準解説書」(以下「技術基準解説書」という。)に記載された補修方法とも異なっている。すなわち、技術基準解説書では、補強する基礎にも立ち上がり部分が設けられているのに対して、証拠<省略>の基礎補修方法では、これが省略されており、技術基準解説書が示すせん断力の検討も行われていない。
(エ) 証拠<省略>に記載された基礎補修方法では、撤去部位について大引きを残したまま基礎配筋を施工するとされているが、これは不可能であり大引きも撤去せざるを得ない。大引きを撤去すると、床下地根太の支えがなくなり、床板、さらに内壁全体の撤去に及ぶことになる。また、階段も撤去しなければならず、二階廊下の壁仕上げまで撤去となるから、仮に一審被告らが主張する方法で補修するとしても、一審被告らが主張する金額では到底補修できない。さらに、浴室が他の床より一五cm程度高い位置に来るので、補修方法として不適切である。
【一審被告らの主張】
ア 補修費用 二六七万二四九六円
(ア) 本件建物には本件設計図書と合致しない部分が幾つかあるが、いずれの点も補修が可能である。すなわち、金物が欠けている部分については、これを設置すれば足りるし、基礎については、後記のあと施工アンカーを用いる方法により、本件設計図書が予定した基礎よりも強度を上げることが可能である。
これらの補修に要する費用は、二六七万二四九六円である。
(イ) あと施工アンカーによる補修の相当性について
本件基礎は構造耐力上問題はないが、あくまで本件設計図書記載の一五〇mmの基礎底盤の厚さを実現すべきであるとするのであれば、その方策として、現在ある基礎底盤を捨てコンクリートとして利用し、その上に新たな基礎底盤を築造し、既存の基礎立ち上がり部にあと施工アンカーを施工して、新旧コンクリートの一体化を実現させるという方法が可能である。このことは次の各資料からも明らかである。
①「各種合成構造設計指針・同解説」(日本建築学会昭和六〇年発行。以下「建築学会指針」という。)には、あと施工アンカーの長期に対する許容耐力式も規定されている。
②「あと施工アンカー・連続繊維補強設計・施工指針」(国土交通省。以下「国交省指針」という。)は、構造計算書偽装問題があり、偽装物件について速やかに対応する必要があったため、適用範囲及び適用箇所を限定したが、その制定の経緯からすれば、本指針に該当しない範囲の使用を全て否定するものではない。
③「木造住宅の耐震診断と補強方法」(国土交通省住宅局建築指導課監修。以下「耐震診断と補強方法」という。)は、あと施工アンカーを長期荷重を負担する基礎の補強に用いている。
④技術基準解説書は、平成一九年六月の改正建築基準法令の施行に当たり発出された構造関係告示に関する「技術的助言」に関する解説である。「技術的助言」は従来の通達に代わるものとして技術的観点から規定の解釈等を示したものであって、法令の規定に準ずるものとして取り扱うこととされている。同解説書では、木造建築物等の増改築時における基礎の補強について、無筋コンクリート造等である場合を想定して当該基礎に対する鉄筋コンクリートの増し打ち等による補強を認めているところ、本件基礎には鉄筋が入っているから、より一層補強の効果は上がるというべきである。
イ 建物賃借費用 三三万五五〇〇円
本件建物の補修工事に必要な期間は、長くても二か月であり、本件建物と同じ地域にある本件建物と同等の建物の賃料は月額七万円である。これに礼金、仲介手数料及び火災保険料等の費用を加えると、補修工事の期間中賃貸物件で生活するために必要な費用は合計三三万五五〇〇円になる。
ウ 転居費用 二〇万円
二回の転居に必要な費用は合計二〇万円である。
エ 損害の填補
前提事実記載のa社による五〇万円の支払によって、一審原告の一審被告らに対する損害賠償請求権は、同額について消滅した。
(5) 消滅時効の完成もしくは除斥期間の経過の有無(争点(5))
【一審被告らの主張】
ア 債務不履行責任の時効
本件建物は、平成九年五月二〇日に引き渡されており、本件訴訟提起時点(平成一九年六月二七日)において既に一〇年の時効が成立している。
イ 瑕疵担保責任・不法行為責任の時効
(ア) 一審原告は、本件建物に入居後一、二年経った頃に「二階の床でビー玉が転がった」、「至る所で床鳴りがした」等と供述し、さらに「三、四年経つごとにだんだん揺れが激しくなってきた」と供述する。したがって、一審原告は、遅くとも本件建物引渡後四年を経過した平成一三年五月三一日の時点で、本件建物について相当深刻な損害が生じていること、その原因が一審被告会社の施工に基づくものであることを認識していたといえる。よって、瑕疵担保責任についてはその後一年で、不法行為責任についてもその後三年で時効が完成している。
(イ) 長崎じん肺訴訟最高裁判決(最高裁第三小法廷平成六年二月二二日判決・民集四八巻二号四四一頁)においては、じん肺が、肺内に粉じんが存在する限り進行し、また、肺内の粉じんの量に対応して進行するという特異な進行性の疾患であることに着目して、被害者救済の見地から時効の起算点を後ろにずらしたが、本件のような建築瑕疵とは全く事案を異にするものであり、本件において時効の起算点を後ろにずらす一審原告の主張は失当である。
(ウ) 一審原告は、平成一七年八月二五日付けの一審被告会社への通知書において、一階壁、基礎部分、一階天井、屋根裏の瑕疵等を理由として、不法行為に基づき、売買代金相当額二五八七万六七〇〇円の支払を求めており、時効の起算点をこの時点以後にずらす一審原告の主張は失当である。時効の起算点としては、建物の異常を認識し、それが一審被告会社の施工に基づくものであることを知っておれば足り、それ以上に専門家の調査結果に基づく具体的瑕疵まで知っている必要はない。
ウ 床鳴りに対する一審被告会社の対応は、木造建築においては、木の痩せなどによって床鳴りが発生することがあり、これに誠実に対応してきただけであって、一審原告が主張するような、取毀し・建替えを要する瑕疵が存在することについて承認したことを意味するものではない。
【一審原告の主張】
ア 債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、権利行使可能時期である。本件建物についてはその引渡時においては損害は潜在的であり、また、徐々に段階を追って損害が顕在化したものであるから、最も重大な損害が顕在化した時期をもって消滅時効の起算点とすべきである(長崎じん肺最高裁判決参照)。本件建物における最も重大な欠陥であるべた基礎の瑕疵については、二〇年コア抜き調査によって初めて明らかになったものであるから、本件訴訟提訴時において未だ債務不履行による損害賠償請求権の時効は完成していない。
なお、一審原告は、一七年一審原告調査により、初めて建築部材の緊結方法に関する瑕疵の存在を認識し、同年八月二五日付け通知書面により一審被告らに対して賠償請求をしているが、この段階では緊結方法に関する瑕疵についてのみの認識であり、べた基礎に関する瑕疵については指摘していない。
イ 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は、「買主が事実を知ったとき」から一年以内にしなければならないとされているが(除斥期間と解される。)、その損害賠償請求権の保存には、裁判上の権利行使の必要はなく、売主の担保責任を問う意思を明確に告げれば足りるとされている(最高裁第三小法廷平成四年一〇月二〇日判決・民集四六巻七号一一二九頁参照)。一審原告は、本件建物に入居した後、床鳴り等のクレームを一審被告会社に伝えているが、この時点では瑕疵の内容は素人である一審原告には認識できず、本件建物の瑕疵は隠れた瑕疵であったものであり、一審原告は一七年一審原告調査で初めて緊結方法に関する瑕疵の存在を認識して、同年八月二五日付け通知書面により一審被告らに対して緊結方法に関する具体的瑕疵の内容を述べて賠償請求をしており、この通知により、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権は保存されている。
ウ 不法行為責任については、「損害及び加害者を知った時」から消滅時効が進行するところ、本件建物のように損害が徐々に明るみになる損害については、その損害が確定した時が損害発生時であるというべきであるし、被害者が権利行使が可能な程度に損害及び加害者を知ったといえない事情がある場合には、損害を知ったとはいえない。本件においては、二〇年コア抜き調査により損害と加害者を知ったことになり、消滅時効は完成していない。
エ 一審原告は、本件建物に入居した後、床鳴り等のクレームを一審被告会社に伝え、これに対して一審被告会社は、一七年一審原告調査の直前まで修補に応じてきており、これは一審被告会社の債務承認に当たるから、平成一七年頃に時効は中断している。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、一審原告の一審被告らに対する請求は、不法行為責任に基づき、主文第二項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は次のとおりである。
二 争点(1)(本件建物の瑕疵の判断基準)について
(1) 公庫仕様
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、a社が平成九年一月頃、本件建物が「高品質仕様」であり、「公庫“新基準”対応住宅」である旨の本件広告を作成してこれを新聞に折り込む方法等により配布したこと、通常人の一般的な読み方を基準にすれば本件広告にいう「高品質仕様」及び「公庫“新基準”」が公庫仕様を意味すること並びに一審原告が本件広告を読んで本件建物が公庫基準を満たすと信じて本件売買契約を締結したことがいずれも認められる。この点に関し、一審被告Y3は、原審における本人尋問において、曖昧ではあるが、本件売買契約締結に先立って一審原告に対し本件建物が公庫仕様を満たさないことが説明されているはずであるという趣旨とも解し得る供述をするが(四八頁)、想像の域を出ないものであって採用できない。
イ 本件建物の売主は一審被告会社であるが、証拠<省略>によれば、本件建物を含む「○○○○」の実際の事業主体はa社であり(本件広告では売主も同社であると記載されている。)、一審被告会社のオーナーは、a社の代表取締役であった一審被告Y2であったこと、本件売買契約書においては、a社は「売主代理仲介人」とされていることがそれぞれ認められるから、本件広告の内容は一審被告会社も十分に認識・認容していたものと推認される。
ウ 以上の諸事情によれば、一審原告及び一審被告会社は、本件売買契約において、被告会社が本件建物を当時の最新の公庫仕様を満たすように施工することを合意したと認められ、本件売買契約の当事者である一審被告会社との関係においては、公庫仕様に照らして本件建物の瑕疵の存否を判断するのが相当である。そして、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約締結時点における木造住宅に係る最新の公庫仕様は、木造住宅工事共通仕様書平成八年度(第二版)所定の仕様であると認められる(以下では、「公庫仕様」というときは、当該仕様を指すこととする。)。
(2) 設計図書
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、a社は、本件売買契約締結の日である平成九年一月二六日一審原告に対し本件建物の基礎伏図、一階平面図及び矩計図等が含まれる本件設計図書(これらは本件建物の建築確認通知書添付の図面と同一のものである。)を添付した本件土地及び本件建物についての重要事項説明書を交付したことが認められ、このことによれば、一審原告及び一審被告会社は、本件売買契約において、一審被告会社が本件建物を本件設計図書に従って施工することを合意したと認められる。したがって、本件売買契約の当事者である一審被告会社との関係においては、公庫仕様に加えて本件設計図書に照らして本件建物の瑕疵の存否を判断するのが相当である。
(3) 一審被告らは、本件広告は、買主が公庫融資を受ける物件について公庫仕様に従って施工する旨を記載したにすぎないと主張するが、証拠<省略>によれば、本件広告の公庫仕様に関する記載は、建物が高品質であることを謳う趣旨で書かれているものであって、一審被告ら主張のような限定的な記載でないことは明らかである。また、本件広告が、新聞折込み広告であって、申込みの誘引のための文書であったとしても、この広告内容を前提とした売買契約の申込みをしている一審原告に対して、一審被告会社は、売買契約書や重要事項説明書に広告内容と異なることを何ら記載せずに、また口頭でも何らの説明もせずに契約を締結したものであるから、公庫仕様であることは本件売買契約の内容となっていると解するのが当然であり、単なる説明義務違反の問題と考えるべきものではないというべきである。
また、一審被告らは、公庫仕様によらなくても、建築基準法等関係法令及び公庫建設基準等に適合していれば、公庫融資を利用することが可能であるから、公庫仕様のとおりに施工されなければ公庫仕様基準を満たさないということではないと主張する。しかしながら、本件で契約内容となっているのは、公庫融資を受けられることではなく、公庫仕様であること(すなわち一般的建物より高品質仕様であること)なのであるから、この点に関する一審被告らの主張は失当である。
三 争点(2)(本件建物の瑕疵の有無及びその程度)について
(1) べた基礎の瑕疵について
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件設計図書は、本件建物の基礎の底盤の厚さを一五〇mmとし、これに一三mm径の異形鉄筋を配置することとしていると認められる。
イ 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、一審原告は二〇年コア抜き調査において、本件建物の基礎を三か所円柱状に切り抜くコアを採取したこと、その三か所においては基礎底盤の厚さ(底盤の上端から地業までの最短距離)が約五〇mmから約七〇mmであったこと及び配置された鉄筋が一〇mm径の異形鉄筋であったことがいずれも認められる。
一審被告らは、上記コアにみられる黒い石について、これがコンクリートを構成する骨材であると主張するが、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、日本建築学会が公表している本件建物建築当時の建築工事仕様書・同解説によれば、基礎に使用される砕石等の最大寸法は四〇mmの範囲でなければならないとされており、上記黒い石を骨材であるとみることは相当でない。
ウ 上記事実によれば、本件建物の基礎の底盤のコンクリートの厚さの施工状況は、他の場所でも同様であると推認でき、底盤の厚さ及び鉄筋の太さが本件設計図書が予定している厚さ及び太さに満たないことは、いずれも瑕疵に該当する。一審被告は、一部の基礎のコア抜き調査によっては基礎全体の状況を推認することができないと主張するが、証拠<省略>によれば、上記三箇所のコアにおいてはいずれもコンクリートの下には多数の石が存在しており、黒い石も地業されて均された地表に偶然単独で突出して存在したものではなく、砂利地業の石のとして使われていたものとみるべきである。そして、砂利地業においても、最上部の砂利の凹凸により多少の差が発生するとしても、その表面の水平を極力維持するのが当然であると判断されるから、コア抜き調査の結果を基礎全体に推認することに支障はないというべきである。
エ 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、建築基準法施行令七九条は、鉄筋の下面六〇mm、上面二〇mmの厚さを要求しているところ、このようにかぶり厚さの最低限が規制されている趣旨は耐久性(主として鉄筋の防錆)の確保であり、コンクリートの経年劣化は二酸化炭素が表面から内部に進行することによって生じ、コンクリート中の鉄筋は、炭酸化がその表面付近まで及ぶと腐食し始め、腐食するとそれによる生成物の体積が鉄筋自体の約二・五倍を占めるため、その膨張圧によって内部からコンクリートのひび割れを生じさせる危険があることなどから、コンクリートのかぶり厚さの規制は、建物の安全性に直結する規制であることが認められる。
本件建物のべた基礎においては、鉄筋が一〇mm径であったのであるから、鉄筋の交差を考慮すると建築基準法が要求する底盤の厚さは少なくとも一〇〇mmであったことが認められ、上記認定の本件建物の底盤の厚さは、単に約定に反するだけではなく、建築基準法が要求する通常有すべき基本的安全性を欠くものであると認められる。なお、一審原告は施工誤差を考えてさらに上面下面に一〇mmを加えた一二〇mmが最低必要であると主張するが、コア抜き調査はまさに施工後の実情の把握をしているのであるから、施工後の時点で施工誤差を考慮した厚さが必要であるとすることは失当である。
オ 一審原告は、構造計算書が存在しないことが瑕疵である旨主張するが、構造計算書が存在しないことにより本件建物の基礎に具体的にどのような瑕疵が発生したかの主張立証はなく、構造計算書が存在しないこと自体をもって、本件建物の基礎の瑕疵であるとすることはできない。
カ 証拠<省略>によれば、本件設計図書は、本件建物の基礎の底盤に鉄筋を三〇〇mm間隔で配置することとしていると認められる。一審原告は、この点について、公庫仕様では鉄筋は二〇〇mmピッチで配筋することを標準としているから、設計上に瑕疵があると主張する。
しかしながら、公庫仕様が二〇〇mmピッチの配筋を義務付けていることを認めるべき証拠はなく、証拠<省略>によれば、本件建物建築後の平成一二年五月二三日に告示された建設省告示同年第一三四七号においてさえ、べた基礎の底盤には補強筋として九mm径以上の鉄筋を三〇〇mm以下の間隔で配置することを求めているにすぎないことが認められるから、本件設計図書に一審原告主張の瑕疵があるとは認められない。
キ 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件設計図書では、割栗石による地業を指定していたにもかかわらず、実際には割栗石による地業はなされていなかったことが認められ、これは本件建物の基礎の瑕疵であると認められる。ただし、この瑕疵により、本件建物の安全性が損なわれたとまで認めるべき証拠は存在しない。
(2) べた基礎の瑕疵以外の瑕疵について
次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「二 争点(2)」の(1)ないし(7)(原判決一一頁一六行目から一六頁二〇行目まで)に認定・説示するとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決一一頁二六行目末尾に改行の上次の文章を加える。
「 なお、一審原告は、本件建物引渡後に撤去された根がらみについて、瑕疵関連損害として認めるべきであると主張する。根がらみの現状における不存在が瑕疵関連損害であるとしても、後記のとおり、本件建物の瑕疵の損害回復の方法として本件建物の取壊し・建替えが必要であると判断されるので、損害額には影響しない。」
イ 原判決一二頁四行目の「また、」から六行目末尾までを次の文章に改める。
「証拠によれば、一階天井裏の柱の上端部と横架材との仕口については、一審原告の主張する乙四四号証三頁の図面の「に―一三」は床柱であって構造部材ではないから緊結を必要とする仕口ではなく、同図面の番号二二が筋違取付け柱頭であって、仕口は合計四二か所であることが認められる。」
ウ 原判決一二頁七行目、一〇行目及び二二行目の各「四四か所」を「四二か所」とそれぞれ改める。
エ 原判決一三頁三行目の「矩形図」を「矩計図」と、四行目の「また、」から七行目末尾までを「上記仕口が二五か所あることについては争いがない。」と、それぞれ改める。
オ 原判決一三頁八行目の「証拠<省略>」の次に、「証拠<省略>」を加え、九行目と一二行目の各「一六か所」をそれぞれ「二五か所」に、九行目と一〇行目の各「二か所」をそれぞれ「四か所」に改める。
カ 原判決一三頁一七行目の「矩形図」を「矩計図」とし、一八行目の「また、」から二〇行目末尾までを「上記仕口が六か所あることについては争いがない。」と、それぞれ改める。
キ 原判決一四頁二〇行目から二一行目にかけての「矩形図」を「矩計図」と改める。
ク 原判決一五頁七行目冒頭から九行目の「一四か所存在すること、」までを「軒桁と小屋ばりの仕口は四三か所存在し、うち四一か所に羽子板ボルトが必要であることは争いはなく、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、」と改める。
ケ 原判決一五頁二二行目の「矩形図」を「矩計図」と改める。
コ 原判決一五頁二六行目から一六頁六行目までを「たる木と軒けたとの仕口が八七か所あることは争いがない。」と改める。
サ 原判決一六頁八行目冒頭から一四行目の「この点に関し、」の前までを次の文章に改める。
「 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、公庫仕様は、原則として、筋かいが取り付く隅柱と土台との仕口を金物補強又は込みせん打ちとすることを要求し、また、公庫仕様は、原則として、筋かいの仕口を、筋かいプレートを当ててボルト締め釘打ちする方法、大入れとしてひら金物を当てて釘打ちする方法あるいは一部かたぎ大入れ、一部びんたに延ばして釘五本を平打ちとする方法を要求していることがそれぞれ認められる。
隅柱が六本あることについては争いはなく、筋かいの仕口については少なくとも一四か所あることについて争いはないが、これらの仕口に瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。」
シ 原判決一六頁一四行目及び一七行目の各「六か所の」を削除し、二〇行目末尾に改行して次の文章を加える。
「(8) 以上の瑕疵の認定に当たって、瑕疵の存在が確認された箇所が限定されていたにもかかわらず、他の箇所の瑕疵の存在まで推認をした根拠として次の事実も指摘できる。
後記のとおり、本件建物については引渡後一年を経た頃から、種々の不具合が連続的に発生していることが認められる。前記認定のべた基礎の瑕疵によって本件建物への影響が発生するまでには比較的年数を要すると考えられるため、上記の本件建物引渡後早期の不具合は、べた基礎の瑕疵以外の本件建物の瑕疵から発生した不具合であると考えざるを得ないところ、一審被告ら主張どおりに瑕疵が極めて限定的であるとすれば、このような不具合が連続的に発生することは通常ではあり得ない不自然なことであると判断される。」
四 争点(3)(一審被告らの責任)について
(1) 一審被告会社について
ア 瑕疵担保責任
一審被告会社は、前記認定の本件建物の瑕疵について、売主として瑕疵担保責任を負う。
イ 不法行為責任
証拠<省略>によれば、本件建物建築の工事施工者及び工事監理者は、いずれも一審被告会社であったと認められる。本件建物のべた基礎の瑕疵は、建物の安全性の最低限を画している建築基準法及び施行令に反する基本的な安全性を損なう瑕疵であって、本件建物の建替えを要する程の重大な瑕疵であり、また、瑕疵の性質に鑑み、これを放置すればいずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合に当たるものということができる(一審被告らは、本件建物の基礎について目立った不具合が確認されていないと主張するが、証拠<省略>によれば、平成二三年二月の段階で、原審における進行協議期日における現場見分の際には確認されなかった不具合として、本件建物の換気口の修理後にひび割れが生じ、本件建物と裏の畑との境界のブロックにひび割れが生じ、本件建物の玄関の壁紙にL字型に裂けた破断線が生じ、本件建物基礎の一箇所にひび割れが生じていることが認められ、これらの不具合は、本件基礎の瑕疵との具体的な直接的因果関係まで明らかになっているとはいえないものの、少なくとも、本件建物の基礎の瑕疵との関係の相当高い可能性を有する不具合というべきであって、そのような不具合が近時においても増加しているというべきであるから、本件建物の基礎の瑕疵に起因する不具合が存在しないと認めることができないことは明らかである。)。したがって、一審被告会社には、本件建物の工事施工者及び監理者として、公庫仕様を前提とした本件売買契約を締結した上で、公庫仕様ではない施工図面を下請業者に交付して施工させながら、実効性のある監理監督を行っていないという重大な過失があり、不法行為責任を負うというべきである。
(2) 一審被告Y3及び一審被告Y2の責任について
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
(ア) 一審被告Y2は、本件売買契約当時、a社の代表取締役であり、同社のオーナーであった。一審被告会社は小規模な会社であり、a社を中心企業とするグループ会社に属しており、一審被告Y2が、一審被告会社のオーナーでもあった。
(イ) 一審被告Y3は、昭和六二年二月にa社に入社し、平成一六年一二月に同社を退職するまで、同社の戸建住宅分譲事業の用地取得、開発許可及び販売等に従事しており、この間、平成五年から平成一六年一二月二〇日までの間一審被告会社の代表取締役でもあったが、同社の株式は全く持っておらず、グループ会社全てのオーナーであり実質的経営者である一審被告Y2の指示に従って一審被告会社の業務執行を行っていた。
(ウ) a社は、滋賀県において戸建住宅分譲事業を広範に行っており、本件土地を含む○○○○の開発分譲事業を主体的に進めたのもa社であって、既に第一期分譲は終わり、本件土地分譲は第二期分譲に属するものであった。第二期分譲においては、分譲区画の売主は一審被告会社及び他のグループ会社であったが、これらのグループ会社の名前は本件広告においても全く記載されておらず、本件広告では売主はa社である旨表示されていた。
(エ) ○○○○の分譲においては、公庫融資の対象となり得る一五〇m2を超える敷地面積を持つ分譲地が多かったが、分譲区画の線引きの関係で、本件土地のように敷地面積が一五〇m2に満たず公庫融資の対象とならない分譲地も存在した。一審被告会社は、分譲地に建てる建物の設計段階においては、全ての分譲地において公庫融資物件と同様の公庫仕様に基づく設計をしており、本件建物についても、同様に設計した上で建築確認申請においては公庫仕様を満たす本件設計図書を添付図面としていた。
(オ) 本件建物は本件売買契約時においては未完成であったため、売買の目的物である本件建物について、宅地建物取引業法三五条一項五号並びに宅地建物取引業法施行規則一六条の定めにより、建物の工事完了時における形状、構造、内装及び外装の構造又は仕上げ並びに設備の設置及び構造について重要事項として説明することが義務付けられており、そのため、a社は、本件売買契約の重要事項説明書に「未完成物件のため別紙にて平面図仕様書等を添付します」との文言を記載して、本件設計図書を添付していた。
(カ) 一審被告会社は、上記のとおり、本件建物の設計段階、建築確認申請段階及び売買契約段階においては公庫仕様に基づく本件設計図書を前提としていたにもかかわらず、その施工段階においては、本件建物が公庫融資物件でないことから、本件設計図書とは異なる施工図面(その具体的内容は本件全証拠によっても明らかではない。)を下請業者であるb工務店に交付して施工させ、このことを一審被告Y3は認識していた。
イ 上記事実によれば、一審被告会社は、公庫仕様を前提とする本件設計図書を買主である一審原告に示して本件売買契約を締結しながら、下請業者には異なる施工図面による施工をさせたものであるところ、このことに一審被告会社の下請業者に対する監理の不十分さが加わって本件建物の瑕疵が発生したものと推認される。とりわけ、本件建物の瑕疵のうち建物の安全性に係わる瑕疵については、本件設計図書の矩計図に建物の安全性確保に係わる具体的仕様の指示が記載されていたにもかかわらず、この図を含まない施工図面を下請業者に交付して施工をさせたことが、瑕疵の発生に大きく寄与しているものと判断される。
ウ 一審被告Y3の責任
(ア) 一審被告Y3は、一審被告会社が下請業者に対して本件設計図書とは異なる図面を交付してそれによる施工をさせることについて認識していたばかりでなく、一審被告会社の代表取締役という地位からいっても、これを指示していたものと推認される。また、一審被告Y3は、本件設計図書、特にそのうち建物の安全性確保に重要性を持つ事項を指定していた矩計図を下請業者に示さない以上は、仮に公庫仕様に従わないとしても少なくとも建築基準法の安全性に係わる規定を遵守する施工となるように、下請業者の施工を厳重に監理監督する必要があることが容易に認識できるにもかかわらず、一審被告会社をしてそのような実効性のある監理監督を行わせなかったものである(本件建物の瑕疵の多さ及びその重大さに照らすと、一審被告会社は全く実質的な監理を行っていなかったのではないかと推認される。)。したがって、一審被告Y3には、一審被告会社の代表取締役として、その業務執行について少なくとも重大な過失があったということができるし、上記事実によれば、一審被告Y3の行為は、一審原告との関係で民法七〇九条の一般不法行為にも当たるものと判断される。
(イ) 上記認定のとおり、一審被告会社のオーナーは一審被告Y2であって、一審被告Y3は一審被告会社の株式を有しておらず、一審被告Y2の指示に従って業務執行をしていたことが認められるが、このことにより、一審被告Y3がその責任を免れることはできない。
エ 一審被告Y2の責任
(ア) 上記認定事実によれば、一審被告Y2は、本件売買契約当時a社の代表取締役であったばかりでなく、a社を中心とした一審被告会社を含む企業グループのオーナーとして、同グループが行う本件土地を含む○○○○の開発分譲事業全体を統括していたものと推認される。また、公庫融資対象物件でない建物について、下請業者に対して公庫仕様の設計図書とは異なる図面を交付してそれによる施工をさせていたことについても、一審被告Y3は一審被告Y2によって一審被告会社の代表取締役の地位を得たにすぎないと解されるから、一審被告Y2の意向に沿ってこれを実行したと考えられるところであって(一審被告Y3は原審において、一審被告Y2も了承していた旨供述している。)、むしろ一審被告Y2が一審被告Y3を含むグループ企業の構成員に指示をして、○○○○の分譲地のうち公庫融資の対象とならない全ての物件について同様の取扱いをしていたものと推認される。
また、上記の一審被告Y3と一審被告Y2の関係からみれば、一審被告会社の代表取締役は一審被告Y3であったとはいうものの、一審被告会社の業務体制は、実質的にはグループ企業全体のオーナーである一審被告Y2において自由に構築していた状況にあり、このことは、本件建物の下請業者による施工の監理監督に係わるべき一審被告会社の業務体制の整備についても同様であったと推認される。
(イ) a社は、本件売買契約において売主側仲介業者として一審原告に重要事項説明を行っているところ、a社は○○○○の開発分譲事業を中心的に進めてきたものであり、また、本件土地売買は既に第一期の分譲を済ませた第二期の分譲であったのであるから、○○○○の分譲地のうち公庫融資の対象とならない物件については公庫仕様とは異なる施工が行われていることを認識した上で、それと異なる重要事項説明を行って、一審原告に被害をもたらしたものであると推認することができる。
(ウ) 上記認定事実によれば、一審被告Y2には、a社を中心とした企業グループのオーナーとして又同社の代表取締役として、その業務執行について少なくとも重大な過失があったということができるし、また、公庫融資対象物件でない建物について、下請業者に対して公庫仕様の設計図書とは異なる図面を交付してそれによる施工をさせていたことや、それにもかかわらず下請業者に対する実効性ある監理監督が行われない業務体制をしていたことについても、一審原告との関係で民法七〇九条の一般不法行為責任を負う(一審被告Y3と共同不法行為の関係になる。)ものと判断される。
五 争点(4)(損害額)について
(1) 以下のとおり、本件建物の瑕疵補修方法としては、結局、べた基礎の瑕疵の補修のために本件建物の取毀し・建替えを要することになるので、以下の認定による損害額は、(11)の遅延損害金起算日を除き、一審被告会社の瑕疵担保責任及び不法行為責任並びに一審被告Y3及び一審被告Y2の取締役責任及び不法行為責任に共通のものとなる。
(2) 建替え費用 一四八四万四一一一円
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件建物のべた基礎の瑕疵を補修するには、本件建物のべた基礎の瑕疵を補修するには、本件建物を取り壊して、本件土地上に新たに建物を建築する必要があり、それに要する費用は上記金額であると認められる。
イ 一審被告らが基礎の補修方法として主張するあと施工アンカーを用いる工法によって、本件建物の基礎が通常有すべき安全性を確保することができるか検討する。
(ア) 建築基準法施行令は、建築物の基礎は建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝えるものでなければならないと定め(三八項一項)、また、建築物に作用する荷重及び外力を建物の自重等の長期に生じる力と地震等による短期に生じる力とに分けている(八二条以下)。本訴において争われているのは、あと施行アンカーを用いた工法によって長期荷重に対する安全性を確保できるか否かである。この点について、D陳述書及び同人と一級建築士C及び同E作成の意見書(以下「乙四二意見書」という。)は、あと施工アンカーを用いた工法によって長期荷重に対する安全性を確保できる根拠及びあと施工アンカーを用いた工法によっては長期荷重に対する安全性を確保できない旨の原告の主張に対する反論として四点を指摘するので、これにつき検討する。
(イ) D陳述書及び乙四二意見書は、一点目の根拠として、建築学会指針を挙げ、同指針に「本指針では、適用範囲を機器類およびその支持構造物の定着部ならびに耐震補強用としての後打ち耐震壁等の定着部に用いるアンカーボルトの設計に限定している。しかしながら、本指針に示すアンカー工法のうちには、一般の構造部材の定着部に適用可能なものも含まれており、また、本指針で採用した設計思想はアンカー工法の種別によらず一般的に適用できる性格のものであるから、設計者が対象とする定着部の応力状態および採用するアンカー工法の力学的特性を解析あるいは実験により十分把握することができれば、本指針の適用範囲をこえた応用も可能であろう」との記述があることをあと施工アンカーによる安全性確保の根拠として引用している。しかし、上記の記述からわかることは、建築学会指針は、アンカー工法を用いることを、機器類とその支持構造物及び耐震補強用としての設計に限定して認めていること、それ以外の場合にアンカー方法を用いることは、建築学会指針の対象範囲外であること、指針の対象範囲外の目的にもアンカー工法の適用可能性はあるが、それは力学的特性を解析や実験により十分把握することができればという将来的な条件を付した上での可能性を指摘しているにすぎないことであり、建築学会指針をもって、基礎の長期荷重に対する安全性を高めるためにあと施工アンカーを用いることが有効適切である旨述べるものと評価することは相当ではない。
(ウ) D陳述書及び乙四二意見書は、二点目の根拠として、国交省指針が、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性を認めていないのは、同指針が鉄筋コンクリート造又は鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物における耐震補強工事についての指針であるからであり、木造建築である本件建物の基礎の補強とは関係がない旨指摘する。確かに、証拠<省略>によれば、国交省指針は、既存の鉄筋コンクリート造及び鉄骨鉄筋コンクリート造の建築物を対象として行われる耐震補強工事に関する指針であることが認められ、この限りにおいては、D陳述書及び乙四二意見書の指摘は当を得たものといえる。しかし、このことは、鉄筋コンクリート造及び鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物の耐震補強工事以外の用途について、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性が認められていることを意味するものではない。かえって、証拠<省略>によれば、あと施工アンカーを長期荷重を負担するような補強に用いることを適用除外としたのは、コンクリートの乾燥収縮及びクリープや長期のコンクリートのひび割れ強度の劣化など、あと施工アンカーの引張り及びせん断抵抗機構の経年劣化に対する設計法が存在しないためであるとされており、このような理由によってあと施工アンカーが長期荷重に対する方策として除かれている以上は、木造家屋においても長期荷重に対する方策としては妥当しないことは明らかであって、国土交通大臣は、国交省指針に定められた適用範囲内(長期荷重に対する方策としては除かれている。)で使用することを条件にして、あと施工アンカーに関する許容応力度等を指定をしていると認められる。したがって、国交省指針は、長期荷重に関する方策としては、あと施工アンカーの安全性を確認していないというべきである。
(エ) D陳述書及び乙四二意見書は、三点目の根拠として、耐震診断と補強方法が、長期荷重を受ける基礎の補強にあと施工アンカーを用いることを提案していると指摘する。確かに証拠<省略>によれば上記書籍が基礎の耐震補強の方法としてあと施工アンカーを用いた工法を紹介していることが認められ、補強の対象となる部位に長期荷重を受ける部位が含まれていることが認められるが、そのことをもって、当該補強が長期荷重に対する安全性を高めることを目的としており、長期荷重に対する安全性が確認されていることになるとまで認めることはできない。上記書籍の初版発行は昭和六〇年であり改訂版の発行は平成一七年七月のことであるところ、その後平成一八年五月に出された国交省指針においてすら、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性について言及していないことからも、上記書籍の記載をもって、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性が確認されているものと解することは相当でないと判断される。
(オ) 乙四二意見書は、四点目の根拠として、技術基準解説書が、木造建築物等の増改築時における基礎の補強について、鉄筋コンクリートの増し打ちによる補強を認めているとする。
証拠<省略>によれば、一審被告らが指摘する部分は、法令等が改正されたことにより、建築当時は適法に建築されていたが、その後の法改正によって新しい法の規定に適合しないことになった既存建築物について、その補強方法として鉄筋コンクリートの増し打ちによる補強方法を行うものとしていることが認められる。しかしながら、これは、建築当初は法に適合していた建物であることを根拠として、建替えによる多額の費用負担を避けるために、一定の補強を求めることで法適合とする旨の、いわば、政策的手段を認めたものにすぎず、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性を確認したものであるとみることはできないというべきである。まして、本件建物のように、建築当時から不適法であった建物の補修方法として、あと施工アンカーによる方法が妥当であるとは認められない。
(カ) 以上を要するに、D陳述書及び乙四二意見書は、あと施工アンカーを用いた工法の安全性を積極的に基礎付けるものではない。また、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性は現在に至るまで正式に認められていないこと、その理由としては、あと施工アンカーについて経年劣化(接着剤の結果による接着力の低下等を含む。)の問題があり、これについての実験や実証データがないことであることが認められる。
したがって、あと施工アンカーを用いた工法が本件建物の基礎の瑕疵修補のための相当な方法であると認めることはできない。
(3) 建物賃借費用 六〇万円
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、一審原告は妻及び子と本件建物で生活しており、本件建物の取壊し及び新築工事の期間中に一審原告及びその家族が本件建物と同等の建物を賃借するのに必要な費用は六〇万円であることが認められる。
(4) 転居費用 四〇万円
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、一審原告及びその家族が賃貸住宅に転居し、その後、本件土地上に新築された建物に再度転居するのに必要な費用は合計四〇万円であることが認められる。
(5) 慰謝料 〇円
一審原告は慰謝料を請求する。しかし、本件建物に瑕疵が存在することによる損害は、その経済的損害の填補によって填補されるべきものであり、一審原告の主張によっても、経済的損害の他に慰謝料を認めるべき理由があるとすることはできない。
(6) 調査費用 三七万一七〇〇円
当裁判所に顕著である一審被告らの応訴態度及び弁論の全趣旨によれば、一審原告が本訴において主張している損害賠償請求権の実現のためには、建築の専門家に調査を依頼することが必要であり、その費用は、本件建物の瑕疵により一審原告に生じた損害であると認められる。証拠<省略>並びに弁論の全趣旨によれば、一級建築士Bの本件建物の調査のため一審原告が支払った費用は合計三七万一七〇〇円であったことが認められる。
(7) 損害額合計 一六二一万五八一一円
(8) 損害填補後の損害額 一五七一万五八一一円
前提事実記載のa社からの和解金の支払により、一審原告の損害のうち五〇万円が填補されたと認められる。
(9) 弁護士費用 一六〇万円
本件事案の内容に鑑みて、弁護士費用につき一六〇万円を相当因果関係にある損害であると認める。
(10) 最終損害額 一七三一万五八一一円
(11) 遅延損害金起算日
不法行為責任については、一審原告が売買代金の支払をして本件建物の引渡しを受けた平成九年五月二〇日が遅延損害金の起算日となる。しかし、一審被告会社の瑕疵担保責任・債務不履行責任及び一審被告Y3・一審被告Y2の取締役責任は、いずれも期限の定めのない債権であると解されるので、一審被告会社については損害賠償請求の翌日頃であると解される平成一七年八月二八日頃、一審被告Y3・一審被告Y2については訴状送達の日の翌日である平成一九年七月四又は五日(一件記録)が遅延損害金の起算日となる。
したがって、一審被告らに対する選択的併合されている訴訟物の中では、一審原告にとって不法行為責任が最も有利なので、いずれの一審被告に対する関係でも不法行為責任を認容することとする。
六 争点(5)(消滅時効の完成もしくは除斥期間の経過の有無)について
(1) 一審原告の瑕疵認識の経過
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 一審原告は、平成九年五月二〇日に本件建物の引渡しを受けてから、一、二年経った頃、本件建物の二階の床に置いたビー玉が転がることに気付いて、一審被告会社の本件建物の販売担当者であったF等に連絡をしたところ、同人が本件建物に来て対応を検討した。
その後本件建物の二階の廊下の洋室側が床鳴りがするようになり、一審被告会社はこれについても修理を行った。修理後約半年後には同じ廊下の和室側が床鳴りするようになり、さらにその後二階和室でも床鳴りがするようになって、一審原告は、その都度一審被告会社の担当者を呼んで修理を依頼した。
イ その後、一階台所の床下収納庫の蓋も鳴るようになり、また、一階トイレ横の床下収納庫の扉の建付けも悪くなり、それぞれ一審被告会社が修理したが、さらに、夜間に大きな音がして玄関扉の上部にある壁部分に穴が空き、しばらくして玄関も床鳴りするようになった。また、一階の浴場においても、ユニットバスであるにもかかわらず、その扉が少しの風で勝手に開くようになり、浴場の前の床も床鳴りがするようになった。さらに、一階と二階の和室の入り口にある敷居と廊下のフローリングとの間が浮いて隙間ができ、一審被告会社は、隙間に木材を入れて隙間を埋める修理を行った。また、一階リビングの床鳴りが始まり、一審被告会社がその修理をした後には、台所との境目が床鳴りするようになり、食器棚が揺れることが分かる状態になった。
ウ 一審被告会社は、不具合の修理に際して、床鳴りは木材の収縮度合いが違うのでたまに音が鳴ることがあると一審原告に説明し、一階床下にもぐって、木材の仕口にくさびを入れたり、また、二階床下においても同様にくさびを入れるなどして一審原告の苦情に対応した。しかし、くさびを入れるとしばらくは床鳴りが止まったが、しばらくすると別の場所で床鳴りがするという状況が続いた。
エ 一審原告は、上記の度重なる本件建物の不都合と、一審被告会社による補修の間、一審被告会社の上記の説明もあり、また、一審被告会社がクレームに対してその都度対応してくれてもいたので、これらの不具合が本件建物自体の基本的な瑕疵のために発生しているとまでは認識していなかった。
オ 平成一七年に至って、一審原告からのクレームに対して一審被告会社の対応が十分でなくなったために、一審原告は、一級建築士Bに本件建物の調査を依頼し、同建築士は同年八月一三日に一七年一審原告調査を行った。一審原告代理人らは、同調査の結果に基づいて、同月二五日付けで一審被告会社及びa社に対して、「一階壁、基礎部分、一階天井f、屋根裏のいずれの部分においても柱の端部仕口における緊結状態が不十分であることが判明」し、補修をするには建て替え以上の費用を要する見込みであるとして、売買代金相当額二五八七万六七〇〇円の返還を求める旨の書面を送付した。
カ 一審原告は、本件訴訟提起後の平成二〇年八月二〇日に一級建築士Bによって二〇年コア抜き調査を行い、同調査により初めて本件建物のべた基礎の厚さ等に瑕疵があり、建物の安全性に問題があることを認識した。
(2) 上記認定事実によれば、一審原告は、一七年一審原告調査までは本件建物の基本的安全性に関する重大な瑕疵があることを認識しておらず、同調査によって、基礎部分の重大な瑕疵(もっとも、一七年一審原告調査による一審原告の基礎部分の瑕疵の認識は、基礎部分の柱の仕口の瑕疵に過ぎないが。)を認識したものであり、その後、平成一九年六月二七日には一審原告は本訴を提起しているので、一審被告らに対する不法行為責任についてはいずれも消滅時効は完成していない。
一審被告らは、一審原告は、本件建物入居後一、二年経ったころから本件建物の不具合に気付いており、遅くとも平成一三年五月三一日の時点で、本件建物に損害が生じておりその原因が一審被告会社の施工に基づくものであることを認識していたと主張する。しかしながら、上記認定のとおり、この時点においては、一審被告会社は、一審原告からの連絡の都度その修理に応じていて、床鳴り等の原因として木材の収縮度合いが違うことなどを挙げて、木材の継ぎ手部分にくさびを入れるなどの比較的簡易な方法によって対応していたものであるから、一審原告においても、本件建物基礎部分に建物の安全性に関する重要な瑕疵があることを認識していたとすることはできず、少なくとも、一審原告が損害賠償請求ができる程度に被害とその加害者を知っていたということはできない。したがって、一審被告らの上記主張は採用できない。
(3) なお因みに、一審被告らの主張する債務不履行についての一〇年の消滅時効(この主張の中に瑕疵担保責任及び取締役責任を含む趣旨であると解する余地があるとしても)については、確かに平成九年五月二〇日の本件建物の引渡しから平成一九年六月二七日の本訴提起までに一〇年一月余りが経過していることは事実ではあるが、前記のとおり、ⅰ本件建物引渡し後平成一七年に至るまでの間は、一審被告会社は床鳴りなどの一審原告からのクレームには、その原因を木材の収縮である等と説明し、その都度対応して修理に応じていたのであって、素人である一審原告が、これらの不具合が本件建物の基本的安全性に関する重大な瑕疵によるものと早期に認識するに至らず、その原因解明が遅れたことにもやむを得ない面があること、ⅱ本件建物の瑕疵は専門家でも発見が困難であって、一審原告が、基礎部分の重大な瑕疵によることに気付いたのは、一七年一審原告調査を行った後(さらには本件建物のべた基礎の厚さ等に真の重大な瑕疵があると認識したのは二〇年コア抜き調査の後になってから)であり、一審原告は原因が判明した後には直ちに一審被告会社及びa社に建替え以上の費用を要するとして二五〇〇万円余りの損害賠償を求める請求をしていること、ⅲ一審被告らは公庫仕様を前提とした本件売買契約を締結した上で、公庫仕様ではない施工図面を下請業者に交付して施工させながら、実効性のある監理監督を行っていないという重大な過失による不法行為の成立が認められること、ⅳ一審被告ら主張の時効期間一〇年間を超えてはいるがわずか一月余りに過ぎないことなどを総合考慮すると、一審被告らの時効援用は権利の濫用又は信義則違反であって許されないというべきである。
したがって、一審被告らの一〇年の消滅時効援用の主張も採用できない(瑕疵担保責任の一年の除斥期間にかからないことも明らかである。)。
七 結論
以上によれば、一審原告の一審被告らに対する本件請求は、不法行為責任に基づいて、一七三一万五八一一円及びこれに対する平成九年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(一審被告らの支払義務は不真正連帯債務)、その余は理由がないから棄却すべきであるところ、一審原告は一審被告会社に対しては控訴しておらず、一審被告会社に対する請求については一審被告会社に不利益に変更することはできないので、原判決認容の限度で認容することとなる。
よって、これと異なる原判決を上記のとおり変更し、なお、原判決中一審原告の一審被告会社に対する瑕疵担保責任による請求を一部認容した主文第一項は、当審で選択的併合の関係にある一審原告の一審被告会社に対する不法行為による請求を認容したことにより、当然に失効しているから、その旨を明らかにすることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 西垣昭利 森實将人)
別紙<省略>