大阪高等裁判所 平成23年(ネ)644号 判決 2011年6月30日
控訴人(第1審原告)
タック化成株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
阪口彰洋
軸丸欣哉
被控訴人(第1審被告)
株式会社ケイハン
上記代表者代表取締役
B
上記訴訟代理人弁護士
豊島哲男
豊島秀郎
田靡裕基
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、200万5472円及びこれに対する平成22年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
控訴人は、平成22年1月1日時点において、別紙物件目録<省略>記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)の所有者兼不動産登記簿上の登録名義人であったところ、本件不動産に係る平成22年度(平成22年4月1日~平成23年3月31日)の固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)の全額を納付したため、担保不動産競売手続の売却により、平成22年8月20日に本件不動産の所有権を取得した被控訴人に対し、その所有権取得の日の翌日である同月21日から平成23年3月31日までの期間に対応する固定資産税等(以下「本件日割精算額」という。)について、被控訴人が、法律上の原因なくしてその負担を免れたと主張して、不当利得返還請求権に基づき、本件日割精算額200万5472円及びこれに対する固定資産税の最終納期限の翌日である平成22年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。これに対して、被控訴人は、不動産競売手続において、競落後、買受人が旧所有者に固定資産税等の日割精算額を返還することは想定されていないなどとして、控訴人の主張を争った。
原審裁判所は、地方税法の規定及び私人間の売買契約と不動産競売制度との違いに照らすと、競売不動産に係る固定資産税等の負担について、不動産競売手続において執行債務者と買受人との間の合意により調整することは制度上予定されていないし、同手続終了後に、別個の手続により固定資産税等の負担を調整することも基本的に想定されていないから、本件不動産の買受人である被控訴人が本件日割精算額の負担を免れたとしても、法律上の原因なくして利得したと認めることができないとして、控訴人の請求を棄却した。これに対し、控訴人が原判決を不服として本件控訴を提起した。
2 前提事実(争いがないか、証拠によって容易に認定できる事実〔証拠の掲記のない事実は争いがない。〕)
原判決2頁8行目から9行目の「いずれも大阪府a市内に所在する土地及び建物(以下「本件不動産」という。)」を「本件不動産」と改めるほかは、原判決2頁4行目から3頁8行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 下記のとおり補正するほかは、原判決3頁10行目から5頁5行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決4頁3行目及び12行目の各「競落人」をいずれも「買受人」と改める。
イ 原判決4頁26行目の「最低売却価額」及び5頁3行目の「最低売却価格」をいずれも「売却基準価額」と改める。
(2) 当審における控訴人の補充主張(原判決批判)
ア 原判決は、不動産競売手続内で、執行債務者と買受人間における固定資産税等の負担の調整が制度上予定されていないことから、不動産競売手続外でもその調整は想定されていないと判断したものである。
しかし、執行裁判所は、執行債務者と買受人が不動産競売手続内で当該不動産の固定資産税等の負担を調整するか否かについて関知しないという立場にすぎないし、不動産競売手続の規制によって不利益を被る関係者を訴訟手続で救済することは多くの局面で認められているから、不動産競売手続内で執行債務者と買受人間における固定資産税等の負担の調整が予定されていないことをもって、同手続外でもその調整が想定されていないとするのは論理が飛躍している。
イ 原判決は、不動産競売手続が当該不動産をめぐる法律関係につきある種の清算的側面を有する手続であると判示し、これを根拠として、同手続は、固定資産税等の負担についても清算を完了させる性格を有すると判断したものである。
しかし、不動産競売手続内においては、そもそも固定資産税等の負担を調整することができないのであるから、同手続が固定資産税等の負担について清算を完了させる性格を有しているとはいえない。また、不動産競売手続が「ある種の清算的側面」を有しているとしても、それは、当該不動産をめぐる権利関係についてであり、執行債務者と買受人との間の金銭的処理に関する清算的側面を定める規定はないし、そのような性格を窺わせる制度も存しない。例えば、執行債務者が競売不動産を占有する場合、買受人は、引渡命令によって、簡易迅速にその占有を取得することができるが、執行債務者に対し、占有取得までの間の占有に伴う対価を請求しようとすれば、不法行為又は不当利得に基づく請求訴訟を提起せざるを得ない。また、執行債務者が約定により地代を前払いしていたところ、不動産競売により買受人が借地権付きの建物の所有権を取得した場合を想定すると、前払いされた地代のうち買受人が所有権を取得した日以降の分については、買受人の不当利得となることは明らかであって、固定資産税等の負担についても同様に解すべきである。
ウ 原判決は、不動産競売手続の制度そのものから、被控訴人の利得について、「法律上の原因がない」とはいえないと判断したものである。
しかし、画一的・迅速に行うべき不動産競売手続内で固定資産税等の負担の調整を図ることができないのと異なり、不動産競売手続が終了した後に、固定資産税等の負担を調整しないことの社会的・経済的な合理性はおよそ考え難く、執行債務者が競売によって不動産の所有権を喪失した後の期間に対応する固定資産税等までも現実に納付した場合に、その本来的負担者である買受人に請求することを否定すべき理由は実質的にない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、担保不動産競売手続により本件不動産を買い受けた被控訴人が、本件日割精算額の負担を免れたとしても、それをもって法律上の原因なくして利得したと認めることはできないと判断する。その理由は、後記のとおり、当審における控訴人の補充主張について判断を加えるほかは、原判決5頁7行目から7頁5行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決6頁24行目の「1年分」を「1年3か月分」と改める。
2 当審における控訴人の補充主張について
(1) 控訴人は、不動産競売手続外で執行債務者と買受人が固定資産税等の負担を調整するか否かについて、執行裁判所は関知しないという立場にすぎず、不動産競売手続内で固定資産税等の負担の調整が予定されていないことをもって、同手続外でもその調整が想定されていないとするのは論理が飛躍している旨主張する。
しかし、不動産競売手続において、買受人は、所有権取得後における当該不動産の使用・収益方法を検討した上で、その使用・収益に見合う経済的な対価として入札額を決定し、買受けの申出をしているものである。そして、原判決の認定のとおり、不動産競売手続においては、当該不動産の所有権がいつ買受人に移転するかを事前に予測することができないし、さらに、買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を執行債務者が納付するか否かに至っては、買受人にとって全く予測することができない上、不動産競売事件の請求債権や被担保債権につき、その弁済を怠っている執行債務者が買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を支払うこと自体もそもそも極めて稀である(弁論の全趣旨)。そうすると、不動産競売手続において、上記のような予測不可能で、かつ極めて稀な事態を想定した上で入札額の決定をすべきであるとすることは、買受人にとってあまりにも酷であるし、そのような考慮によって、入札金額が低下すれば、執行債務者に不利益をもたらすだけではなく、迅速性の要請される不動産競売手続の妨げとなる可能性がある。したがって、不動産競売手続内において、執行債務者と買受人間における固定資産税等の負担の調整が予定されていないだけではなく、同手続外の事後的な調整も想定されていないと解すべきである。
また、控訴人は、不動産競売手続の規制によって不利益を被る関係者を訴訟手続で救済することは多くの局面で認められている旨主張する。
しかし、不動産競売手続の規制によって不利益を被る関係者が個々の事情により救済されることはあるものの、不動産競売手続においては、その対象が不動産である以上、固定資産税等の負担の問題は常に伴うものであるところ、それにもかかわらず、原判決の説示のとおり、競売不動産の評価や売却基準価額及び買受可能価額の決定に際して、固定資産税等の税額及びその納付の有無が考慮されていないのは、当該不動産の所有権がいつ買受人に移転するかを事前に予測することができないとともに、売却基準価額や買受可能価額は一定の基準額にすぎず、実際の買受金額は売却基準価額を超えている場合が多いため(弁論の全趣旨)、仮に執行債務者が買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を納付したとしても、その日割精算額は、通常、買受金額と売却基準価額の差額により填補されていると考えるべきあって、執行債務者に不利益が生じているとはいえないから、そのような個々の事情を斟酌して不動産競売手続外の事後的な調整を図る必要性はないと解される。
したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 控訴人は、不動産競売手続が「ある種の清算的側面」を有しているとしても、同手続内においては、そもそも固定資産税等の負担を調整することができないのであるから、同手続が固定資産税等の負担について清算を完了させる性格を有しているとはいえない旨主張する。
しかし、上記説示のとおり、不動産競売手続内で、執行債務者と買受人間における固定資産税等の負担の調整が制度上予定されていないだけではなく、事後的な調整によって、買受人に予想外の負担を強いることができない上、仮に執行債務者が買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を納付したとしても、通常、その日割精算額は買受全額と売却基準価額の差額により填補されていると考えるべきであるから、固定資産税等の負担については、不動産競売手続により、執行債務者と買受人間で清算を完了していると解すべきである。
また、控訴人は、不動産競売手続が「ある種の清算的側面」を有しているとしても、それは、当該不動産をめぐる権利関係についてであり、執行債務者と買受人との間の金銭的処理に関する清算はされているものではなく、買受人が競売不動産を占有する執行債務者に対し占有に伴う対価を請求する例や、前払いの約定がある借地契約において、執行債務者が借地権付き建物の買受人に対し、所有権取得の日以降の期間に対応する前払いの地代を請求する例を挙げる。
しかし、控訴人が主張する上記各例は、固定資産税等の負担のように不動産競売手続に必然的に伴う問題ではなく、同手続内で清算されているとはいえないことから、個々の事情を斟酌して不公平を調整することが相当と考えられるものであって、本件を検討するについて相当な例とはいい難い。
したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 控訴人は、画一的・迅速に行うべき不動産競売手続内で固定資産税等の負担の調整を図ることができないのと異なり、不動産競売手続が終了した後に、固定資産税等の負担を調整しないことの社会的・経済的な合理性はおよそ考え難い旨主張する。
しかし、上記説示のとおり、不動産競売事件において、買受人が入札額を決定する時点で、執行債務者が買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を支払うという予測不可能で、かつ極めて稀な事態を想定すべきであるとはいえないし、事後的な調整によって、買受人に予想外の負担を強いることは相当ではなく、固定資産税等の負担については、不動産競売手続により、執行債務者と買受人間で清算を完了していると解することこそ社会的・経済的合理性に適うから、買受人である被控訴人が本件日割精算額の負担を免れたことは、不動産競売手続の清算的側面を原因とするものであって、法律上の原因があると認められる。
また、控訴人は、執行債務者が競売によって不動産の所有権を喪失した後の期間に対応する固定資産税等までも現実に納付した場合に、その本来的負担者である買受人に請求することを否定すべき理由は実質的にない旨主張する。
しかし、上記説示のとおり、執行債務者が買受人の所有権取得日以降の期間に対応する固定資産税等を納付したとしても、通常、その日割精算額は買受金額と売却基準価額の差額により填補されていると考えるべきであり、実際、本件競売事件において、売却基準価額である1億5138万円を大幅に上回る2億1000万円で売却されたのであるから(証拠<省略>)、執行債務者である控訴人において、被控訴人から本件日割精算額の支払いを受けることができなかったとしても、実質的な不利益があったとはいえない。
したがって、控訴人の上記主張は採用できない。
3 以上のとおりであって、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきである。これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 大西忠重 橋本眞一)