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大阪高等裁判所 平成23年(ネ)818号 判決 2011年9月08日

控訴人(1審原告)

株式会社SBI証券

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

行方國雄

中西健太郎

髙野大滋郎

坂井はるか

石堂瑠威

被控訴人(1審被告)

同訴訟代理人弁護士

堀江佳史

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、3488万1095円及びうち2299万5197円に対する平成21年8月25日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は、証券会社である控訴人が、被控訴人に対し、信用取引口座設定契約に基づき、被控訴人の株式信用取引によって生じた信用取引決済損金の立替金の支払を求める事案であり、これに対し、被控訴人は、控訴人には、インターネットを利用した様式の売買委託における上記信用取引口座設定契約締結に当たり、適合性原則違反及び説明義務違反の違法があり、これによる不法行為により損害を被ったと主張して、損害賠償債権と上記立替金債務との相殺を主張している。

原審は、控訴人の立替金請求権の発生を認めたものの、被控訴人による相殺の抗弁を認め、控訴人の請求を全部棄却したことから、控訴人が控訴した。

2  前提事実は、原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」1項に記載のとおりであるから、原判決添付の別紙「取引一覧」<省略>を含め、これを引用する。

3  争点及び当事者の主張

当事者の主張は、後記4において当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の2項及び3項に記載のとおりであるから、これを引用する。

4  当審における追加主張

(1)  適合性原則違反について

(控訴人の主張)

ア 最高裁平成17年7月14日判決(民集59巻6号1323頁)について

適合性原則違反が不法行為を構成する場合について判示した上記最高裁判決(以下「最高裁平成17年判決」という。)は、「証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となる」と判示しており、適合性原則に違反する勧誘が行われた場合、直ちに不法行為を構成するものではなく、その勧誘行為の適合性原則違反の程度が著しく、社会通念上許容しうる範囲を超えていると評価できる場合に不法行為が成立するとの立場を採っている。

そして、上記判示は、適合性原則違反が不法行為を構成する場合として、①顧客の意向と実情に反すること、②当該取引が明らかに過大な危険を伴うこと、③勧誘が積極的に行われることという3つの要素を例示しているが、本件においては、このいずれの要素も存在しない。

イ 本件における当てはめ

(ア) 本件においては、信用取引口座の開設はもとより、本件信用取引についても控訴人からの積極的勧誘行為は存在せず、被控訴人が自らの意思で信用取引口座の開設の申込みをし、能動的に本件信用取引を行ったものであるから、上記③の要素が存在しないことは明らかである。

また、適合性原則は、証券会社から投資について勧誘を受けるに当たって、勧誘を受ける取引が自己の投資意向、財産状態及び投資経験に適合したものと考えがちであるため必要とされたものであり、我が国においても、一部の証券会社が投資者の利益を軽視した過当勧誘、過当競争を行い、顧客とのトラブルを引き起こしたことなどから、昭和49年に当時の大蔵省が通達によって業界に適合性の原則を要請したのが最初であり、その沿革からしても、積極的な勧誘行為がない場合に適合性原則違反が適用されないことは明らかである。

(イ) また、取引の危険性については、単に当該取引の取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、具体的な商品特性を踏まえ、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある。

株式の信用取引は、委託証拠金を担保に証券会社からその資金を借り入れて株式を買い付けるものであるから、株価が下落した場合、差し入れた保証金以上の損失が発生する場合があるため、一般的に現物取引に比して危険性が高いとはいえるが、これをもって「明らかに過大な危険を伴う取引」ということにはならない。すなわち、株式の信用取引においては、委託保証金の率(100分の30)、最低限度額(30万円)、代用有価証券の掛目(100分の80)などが法定されており、制度上、高いレバレッジでの取引を行うことはできないから、世の中に存在する他の金融商品取引手法と比べても危険性は低いというべきであり、上記②の要素は存在しない。

なお、本件信用取引の一部に見られるように信用買建をする銘柄が代用有価証券と同一銘柄である状態を「二階建て」と呼ぶが、前記のとおり、そのような場合であっても、取引の仕組みや追証発生のメカニズム自体については通常の取引と変わらないし、本件信用取引における「二階建て」は、被控訴人が本件信用取引を開始した後、控訴人の勧誘によることなく、あくまで自らの判断で行ったものにすぎず、適合性原則とは関係がない事由にすぎない。

(ウ) そして、本件においては、被控訴人が自ら望んで信用取引口座の開設を申し込み、本件信用取引を行ったものであるから、本件信用取引が、被控訴人の意向に反することはあり得ない。また、被控訴人は、信用取引口座開設時において金融資産を1400万円も保有していたが、申込フォームにおいて、金融資産について、「1000万円以上」という選択肢があるにもかかわらず、「500~1000万円未満」という申告をしており、被控訴人は、申込み当初、500万円から1000万円という株式の信用取引をするに当たって十分な余裕資産を有し、それ以外にも400万円から900万円の生活資金を残す予定でいたものであり、上記①の要素も存在しない。

また、以上のような顧客の実情は、証券会社からの勧誘がないインターネット取引においては、顧客の申告を受けた証券会社が顧客に対して申告内容の真偽を確認する義務を負うことはあり得ず、申込フォームに記載された内容に照らして取引可能か否かを確認すれば足りるというべきである。

ウ 小括

以上のとおり、そもそも株式のインターネット取引において適合性の原則は妥当しないというべきであるし、仮に証券会社に顧客の適合性について何らかの確認義務を観念することができたとしても、顧客の申告内容を確認すれば足りるというべきである。

よって、本件においては適合性違反による不法行為は成立しない。

(被控訴人の主張)

ア 最高裁平成17年判決について

最高裁平成17年判決が判示する、適合性原則違反が不法行為を構成する場合は、飽くまで例示である。重要なことは、適合性原則から著しく逸脱したかどうかであり、控訴人が挙げる上記①から③の要素が不法行為成立の要件なのではない。

また、上記の「著しい逸脱」は、実質的なハードルの高さを必ずしも意味するものではない。

イ インターネット取引における適合性原則について

本件のようなインターネット取引においては、積極的な勧誘を前提とする取引ではない一方で、書面による説明が中心となるため、証券会社の担当者が、顧客の理解を確認する機会がほとんどない。

そして、インターネット取引は、自宅でも取引ができるという簡便さと手数料が安価である利点があり、これによって顧客は「誘引」されており、これは勧誘に類似する。一方、証券会社においてもコストの削減につながる。このようなインターネット取引において、対面取引の場合よりも遵守すべき適合性原則の程度が低くなるというのでは、証券会社は、コストのみならずリスクも削減できることになり、コスト削減により顧客を「誘引」しているにもかかわらず、リスクは顧客のみが負うというのは不公平である。

インターネットという環境を通じて顧客の「誘引」がされているのであるから、これを前提に、顧客の申告内容から取引リスク理解等ができない可能性のあるハイリスク顧客については、申込フォーム等による第1次スクリーニングをかけた上で、電話等による申告内容や、理解の程度に関する確認をするという第2次スクリーニングをかけるべきであり、これを怠った場合には、積極的な勧誘があった場合と同様に考えるべきである。

ウ 本件信用取引の危険性

そもそも株式の取引は、株価が変動することからその売買により差額を利益として得ようとするものであるが、株価の変動要因は多数有り、損益の予測も困難であり、投資金額が保証されるものではないから、一定のリスクを伴う。そして、信用取引においては、顧客は、証券会社に保証金を預託し、証券会社が顧客に買付資金や売付株券を貸し付けることにより取引を行い、一定期間内にその決済をするものであるから、現物取引に比べ、より大きな利益を得ることを期待することができる反面、より大きな損失を被る危険性があることも明らかであるから、一定程度の投資の経験を有し、投資意欲と投資用資産を有する投資家に向けて勧誘されるべき性質の取引であり、危険性が低いなどとはいえない。

特に、「二階建て」取引については、危険性は著しく、このような取引を被控訴人が多数行っていることからすると、被控訴人が取引に含まれている危険性を認識していない可能性が高い。

エ 顧客の意向と実情の把握について

被控訴人は、信用取引口座開設時において金融資産を現物株式として1400万円保有していたが、申込時において、金融資産について「500万円から1000万円」と申告している。これは、被控訴人が当時の株価の値上がりを把握することができずに、そのすべての金融資産がその程度であるとして申告したものであり、資産1400万円のうち一部を生活資金として残し、それ以外を信用取引に利用する予定であったものではない。

そして、500万円から1000万円という金融資産についてこれを全額投資のための資金として用いることを前提とする本件においては、被控訴人に信用取引の適合性がないことは明らかである。

(2)  説明義務違反について

(控訴人の主張)

ア 説明義務の内容について

投資勧誘において証券会社が負うべき説明義務の内容は、当該金融商品を購入することが予想される一般的な顧客にとって当該金融商品のリスクを理解できる程度の説明をもって足り、当該顧客が実際にリスクに関する真の理解をするまで説明をする必要はない。

イ インターネット取引における説明義務について

インターネット取引では、顧客への勧誘がなく、取引に興味がある者だけが取引を申し込んでいる。証券会社からの助言を受けながら取引を行う対面取引を選択することもできる状況で、証券会社からの勧誘を受けないことを前提としたインターネット取引を申し込んでいる顧客は、リスクを事前に調べ済みであると考えても不合理ではない。証券会社がインターネットサイト内で説明したり、説明書を顧客に郵送して、その理解を確認しているのであれば、顧客の保護としては十分というべきである。

以上のように、証券取引をする意向を有していなかった者に対して証券会社が勧誘することで証券取引が始まる対面取引と、安い手数料で、自己の自由かつ主体的、能動的な判断の証券取引をすべく自らインターネット取引を扱う証券会社に申し込むことによって始まる非対面取引とは次元が異なるというべきであって、非対面取引においては、低額の手数料の反面、リスク等の理解を含め、取引について自己責任を負うのが当然である。

ウ 本件における説明内容について

本件においては、「信用取引に関する説明書」(証拠<省略>、以下「本件説明書」という。)において、信用取引においては、価格の変動が予想と異なった場合には損失も大きくなることが記載され、追加保証金の差入れが必要となることやその場合について記載されている。また、被控訴人が信用取引口座開設の申込みをするに当たっては、控訴人のホームページ上に、信用取引の仕組みやリスクを説明した画面である「信用取引Q&A」(証拠<省略>)が表示され、同画面においては、決済時に損金が発生した場合のことや、前記「二階建て」取引の危険性について説明されており、これらによって、金融商品の販売等に関する法律3条1項1号及び2号に基づく説明事項はきちんと説明されている。

また、控訴人は、事前に本件説明書を交付するとともに、上記内容を理解したことについて控訴人のウェブサイト上の画面でクリックする方法及び本件約諾書・覚書に署名・押印して差し入れる方法により確認しているほか、照会頻度の高い質問についての「Q&A」を掲載し、質問事項に対応するカスタマーセンターを設けるなど、顧客からの問合せに適切に対応することができる態勢を整備していたものであるから、被控訴人において不明な点等があれば、控訴人に架電し、確認することも可能であった。

なお、以上のような説明方法については、金融庁の監督指針や金融庁公表のパブリックコメントにも示されており、控訴人は、これらの監督指針等に示された態勢を取っていたものである。

以上からすれば、控訴人が説明義務を果たしていたことは明らかである。

エ 証券会社にリスク理解の確認を行う義務のないこと

なお、原判決は、「リスクを本当に理解して申告したのか疑念を抱くべき者」については、電話や面談によりリスクの理解の確認をすべきであるなどと判示するが、そのような義務を負うべき根拠は不明であるし、「リスクを本当に理解して申告したのか疑念を抱くべき者」がどのような者で、どのように判断すべきかも不明である。また、仮に、控訴人が電話や面接をしたとしても、被控訴人は信用取引を行うことを自ら希望しているのであるから、上記説明書と同じ説明を繰り返すことにしかならず、意味がないし、面接までを要求することは、インターネット取引による顧客の利便性を損ない、インターネット取引の意義自体を失わせることとなってしまうものであり相当ではない。

(被控訴人の主張)

ア 説明義務の内容について

証券会社は、顧客に対し、投資の適否について的確に判断し、自己の責任で取引を行うために必要な情報である当該投資商品の仕組みや危険性等について、当該顧客がそれらを具体的に理解することができる程度の説明を、当該顧客の投資経験、知識、理解力等に応じて行う義務を負うというべきである。

イ インターネット取引における説明義務について

控訴人は、インターネット取引等の非対面取引は、対面取引とは次元が異なるなどと主張するが、独自の見解である。

ウ 本件における当てはめ

控訴人は、本件説明書の交付をしたのみであるが、同説明書には、証券会社が顧客の信用取引口座開設に当たり説明すべき全ての情報が記載されているが、一般の者であっても十分に理解するのに相当の労力を要するものであり、そして、高齢、無職で金融商品の取り扱うような職業に就いたこともない被控訴人が理解することは不可能である。

そして、前記のとおり、被控訴人の申告内容からすれば、被控訴人が上記説明書の内容を理解したかどうかについて疑問を抱かせるものであったのであるから、電話、面会その他の方法で被控訴人の理解を確認すべきであった。

よって、説明義務違反は明らかである。

エ リスク理解確認の義務について

なお、控訴人は、電話や面接をしても、顧客のリスク理解につながらないかのような主張をするが、電話によってコミュニケーションを取ることで顧客の理解の程度を把握することは可能であり、担当者は、これによって角度を変えて説明するなど、さらにわかりやすい説明を行うこともできるものであり、控訴人の主張は理由がない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件信用取引の差損金及び遅延損害金の額)について

(1)  前記前提事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件信用取引終了時である平成18年1月30日時点における決済損金は、2299万5197円であったこと、控訴人は、同日に上記全額を立替払いしたことが認められる。

そして、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件約諾書13条に基づき東京証券取引所の定める年14.6%(100円につき1日4銭)の割合による遅延損害金を支払う旨合意したものと認められるから、被控訴人は、控訴人に対し、上記2299万5197円及びこれに対する平成18年1月31日から支払済みまで年14.6%の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

(2)  一方、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴人に対し、平成21年5月12日、同年6月17日及び同年8月24日に各3万円を支払った事実が認められるから、上記合計9万円を上記遅延損害金に充当すると、平成21年8月24日までに発生した遅延損害金の残額は、以下の計算式のとおり1188万5898円となる。

(計算式)

22,995,197×0.0004×1302-90,000≒11,885,898(円未満切り捨て)

(3)  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、上記立替金2299万5197円に平成21年8月24日までに発生した遅延損害金の残額である1188万5898円を加えた3488万1095円及び2299万5197円に対する同月25日から支払済みまで年14.6%の割合による遅延損害金の支払義務を負うこととなる。

2  争点(2)(本件取引に関し、控訴人に適合性原則違反ないし説明義務違反の違法があったか及び過失相殺)について

(1)  認定事実

認定事実は、以下に加除・訂正するほかは原判決9頁13行目から11頁24行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

ア 原判決9頁13行目の末尾に「証拠<省略>」を付加する。

イ 同頁19行目から21行までを削る。

ウ 同10頁10行目の「なっており、」を「なっている。」と改め、同行の「生活資金や」から11行目までを削る。

エ 同頁最終行から11頁9行目までを以下のとおり改める。

「 被控訴人は、本件信用取引の申込に当たっては、控訴人の運営するウェブサイトの画面において、これまでの投資経験について、株式取引「1年以上」、信用取引「1年以上」、他社における信用取引経験「過去にあり」の各項目を、投資資金については、「余裕資金」の項目を、金融資産については「500万~1000万未満」の項目を、あらかじめ送付を受けていた本件説明書及び約諾書の理解等本件信用取引についての理解の有無に関する質問については、いずれも「はい」(理解した)の項目をチェックした。」

オ 同頁14行目の次に改行の上、以下のとおり付加する。

「カ 前記前提事実のとおり、被控訴人は本件約諾書・覚書を控訴人に提出しているが、本件約諾書・覚書には、被控訴人が信用取引制度の特徴、仕組みに関し、控訴人から受けた説明を十分理解し、自己の判断と責任において信用取引を行うことや本件説明書の内容を十分理解した上で、自己責任の原則に基づき信用取引を行うことなどが記載されている。

そして、本件説明書には、信用取引においては、価格の変動が予想と異なったときには損失が大きくなることに加え、信用取引の基本的な流れ、仕組み、追加保証金が必要となる場合などが説明されており、上記説明書を理解していれば、信用取引に係るリスクを理解することができるようになっていた。

さらに、被控訴人では、顧客がインターネットを利用して信用取引口座の申込をしようとする際には、信用取引の仕組みやリスクを説明した画面である「信用取引Q&A」が表示されることとなっており、同ページにおいては、よくある質問事項とそれに対する回答が表示されており、その中にはいわゆる「二階建て」がリスクを伴うものであることから十分注意すべきことが表示されていた。また、控訴人においては、質問事項に対応するカスタマーセンターが設置され、顧客は、平日の午前8時から午後6時までの間においてフリーダイヤルにて相談することができる態勢となっていた。」

カ 同頁22行目の「おおむね」を「1千万円以上の」と改める。

(2)  適合性原則違反による不法行為について

ア 被控訴人は、被告の知識、経験、財産の状況、取引の目的等に照らし、本件信用取引は不適当なものであり、かかる取引をさせたこと自体が適合性原則に反するものとして不法行為を構成すると主張する。

ところで、本件取引終了後に施行された金融商品取引法40条1項には、金融商品取引業者等の業務の運営の状況が、「金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又はかけることとなるおそれがあること」のないようにしなければならないと規定されており、このような要請を適合性の原則というところ、被控訴人の主張は、本件信用取引の開始自体が上記適合性の原則に反するものとして不法行為を構成すると主張するものと解される。

上記のような適合性の原則の要請は、本件信用取引開始当時においては、当時の証券取引法43条1項1号に規定されていたものであるが、直接には公法上の業務規制にすぎず、同要請に反したからといって直ちに不法行為を構成すると解されるものではないが、証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解される(最高裁平成17年判決参照)。

イ これを本件についてみると、被控訴人は、昭和7年○月○日生まれであって、本件信用取引申込当時、72歳の無職の高齢者であり、収入としては国民年金が月に4、5万程度で、運用資金以外の財産は、自宅不動産及び田畑程度であり、信用取引で損失を出した場合には、差損金を支払う資力に乏しかったということができる一方、被控訴人は、本件現物取引以前においても株式の現物取引の経験があるだけでなく、本件信用取引開始の1年以上前から本件現物取引を開始し、その態様も、同一銘柄の売り付け、買い付けの往復を1取引として勘定すれば、値上がり益を狙って10銘柄を17取引にわたって頻回に繰り返して、当初700万円であった資産が、その倍の1400万円程度に増加していたこと、前記のとおり自宅不動産及び田畑を有し、自家用野菜の栽培と年金収入とで生活をやりくりし、しかも自らインターネットを利用する本件信用取引の申込みに至ったことからすると、被控訴人が本件信用取引を行うことがそもそも不適当であるとは到底いえない。

また、信用取引は、委託証拠金を担保に、証券会社からその資金を借り入れて株式を買い付け、あるいは売付株券を借り入れて株式を売り付ける取引であるから、現物取引に比べれば、大きな利益を期待することができる一方、損失が大きくなるため、危険性が高いということができるが、本件信用取引は、委託保証金の率は30%、代用有価証券の掛け目は80%とされ、制度上高いレバレッジでの取引を行うことはできず、また、本件におけるa社株のように株価が急落することが全くないとはいえないものの、そのような可能性はさほど高いとはいえないことからすると、商品先物取引等の金融商品と比べると、そのリスクが高い取引であるとはいえない。

さらに、前記認定のとおり、被控訴人は、控訴人からの勧誘を受けることなく、友人の薦めによって自ら本件信用取引を申し込んだものであり(後日行われた本件信用取引の実態を見ても、a社に典型的に見られるように、並行して行っていた現物株式と同一銘柄の株式を信用取引により補って取引規模を拡大しており、ここにも、被控訴人が本件信用取引を開始した動機がかいま見える。)、本件信用取引申込当時においては、投資資金は余剰資金であり、他社においても株式の信用取引の経験がある旨申告し、本件信用取引もすべて円滑に行っていたものである。

以上のような事情を考慮すると、控訴人が被控訴人と本件信用取引を開始したこと自体が上記の適合性原則から著しく逸脱しているなどとは到底いえない。

ウ よって、本件信用取引の開始自体が適合性原則に反するものとして不法行為を構成するとの被控訴人の主張は、理由がない。

エ これに対し、被控訴人は、控訴人が安い手数料によって顧客を「誘引」していたとし、これを勧誘に類似するものとした上で、これを前提として、顧客の申告内容からハイリスク顧客についてスクリーニングをかけ、リスクの理解が確認できない者について理解の程度を確認しない以上は、積極的な勧誘があった場合と同視すべきであるなどと主張する。

しかしながら、インターネットを経由した株式売買委託取引には安価な手数料を広告することによって、顧客が誘引されるという側面があったとしても、それは、株式売買手数料の完全自由化と電子社会の進展に応じ、少ない店舗数で営業担当者も置かず、格安の手数料で使い勝手の良い新たな取引システムを投資家に提供するものにほかならず、およそ信用取引を行う意思もなかった者に対して、それを行うようにする勧誘とは次元が全く異なるというべきである。また、適合性の原則は、前記の金融商品取引法の規定からも明らかなとおり、自己責任原則の妥当する自由競争市場での取引耐性のない者を、勧誘によって市場に参加させることのないように、業者に対し、そのような行為を禁ずるものであるから、顧客に対する勧誘の有無は、適合性原則違反による不法行為の成否の判断に当たっては極めて重要な要素というべきものであり、被控訴人の上記主張は、採用することができない。

結局、被控訴人の主張するところは、説明義務違反をいうのと同義であって、これを金融商品取引法の規定によるような適合性原則(いわゆる狭義の適合性原則)として検討すべきものではないというべきである。

なお、被控訴人は、いわゆる「二階建て」はさらにリスクが高いとも主張するが、その点を考慮したとしても、前記判断を左右するものではない。

(3)  説明義務違反について

ア 前記のとおり、株式の信用取引には、現物取引に比してもリスクが大きく、顧客がそのようなリスクを理解していない場合には、不測の損害を被るおそれがあるから、控訴人は、被控訴人に対し、本件信用取引の開始に当たっては、株式の信用取引のリスクを理解できる程度の説明をする義務を負うというべきである。

イ そこでこれを本件についてみると、前記のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、本件説明書を交付しているところ、同説明書には、信用取引の危険性、基本的な流れ、仕組み、追加保証金が必要となる場合などが説明されており、上記説明書を理解していれば、信用取引に係るリスクを理解することができるようになっていること、被控訴人は、申込の際に「信用取引Q&A」においてよくある質問事項とそれに対する回答を表示したほか、カスタマーセンターを設置し、質問事項に対応する態勢を取っていたことが認められる。そして、前記のとおり、控訴人は、ウェブページ上での入力及び本件約諾書・覚書の徴収によって被控訴人が本件説明書を理解したかどうかについて確認している。

以上からすると、控訴人について、本件信用取引開始に当たって説明義務違反があったとまでは認められない。

ウ これに対し、被控訴人は、被控訴人の年齢等や、本件信用取引申込時の申告内容等に照らせば、被控訴人が通常の顧客よりも十分説明しなければ信用取引のリスクを理解できない可能性があることを認識し得たことから、上記のような書面等による確認では足りず、電話や面会その他の方法で被控訴人のリスク理解について確認すべきであったと主張する。

しかしながら、本件信用取引のようにインターネットを利用した非対面取引においては、対面取引に比べ安価な手数料や顧客の利便性を重視したビジネスモデルであることや、顧客としても担当者の勧誘、助言、指導等を介在させることなく、自己の情報収集・分析の上に立って、自らの責任と判断で取引を行いたいという意向を有しているのが通常であると考えられることからすると、顧客に対するリスク説明としては、顧客が自由に閲覧することができるリスク説明の書面を交付(電子交付を含む)した上で、これについて理解したかどうかを書面ないしウェブ上の入力で確認するという手法は、金融商品の販売等に関する法律3条の趣旨を考慮しても一定の合理性を有しているというべきであるし、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、金融庁の発表している監督指針やパブリックコメントにおいても、インターネットを通じた説明の方法として、本件信用取引開始に当たって被控訴人がしたのと同様の方法を提案していることからすれば、リスク理解に関する顧客の回答について、これを疑うべき特段の事情がない限りは、さらに上記確認に加えて、電話や面談等をして、顧客のリスク理解について確認しなければ、説明義務違反として違法であるとまではいえないというべきである。そして、本件についてこれを見ると、被控訴人は、本件信用取引申込み当時、72歳であり、若干年齢が高いが、それまでに本件現物取引を含め、株式の現物取引の経験が1年以上あり、他社での株式信用取引の経験があると申告していたこと(なお、被控訴人は、本件現物取引の申込み時には、現物取引の経験のみ申告していたが、本件信用取引申込みの2年以上前であるし、そのことのみで、リスク理解について疑いが生ずるものではない。)等からすると、被控訴人の回答を疑うべき特段の事情があったとはいえない。

なお、被控訴人は、インターネット取引における説明義務が軽減されるのは、コストのみならずリスクも削減することになり不当である旨主張するが、上記のような書面による説明は、顧客がこれを理解することができない場合には、そもそも取引を開始することができないはずであるし、不明な点があれば、質問することが可能である態勢を整えていたものであるから、説明義務が軽減されているとは必ずしもいえない。また、安価な手数料は顧客にも当然メリットがあるのであり、証券会社は、インターネット取引を勧誘するものでも、信用取引を行う場合に、それを強制するものでもないのであるから、顧客が対面取引を望むのであれば、対面取引を選択すれば足りるものであって、非対面のインターネット取引によって証券会社のみが利益を得ているために不公平であるかのような被控訴人の主張は、理由がない。

(4)  小括

以上のとおりであるから、被控訴人の相殺の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

3  まとめ

以上からすると、控訴人の請求は、すべて理由がある。

第4結論

以上によれば、控訴人の請求は、全部認容すべきところ、これを全部棄却した原判決は相当ではなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、控訴人の請求を全部認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 三村憲吾)

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