大阪高等裁判所 平成23年(ラ)1257号 決定 2012年2月27日
抗告人(債務者)
株式会社X
代表者代表取締役
A
抗告人代理人弁護士
田中伸
同
吉川和明
同
上羽利明
同
南昌宏
相手方(債権者)
特定非営利活動法人 京都消費者契約ネットワーク
代表者理事
B
相手方代理人弁護士
長野浩三
同
谷山智光
同
相井寛子
同
増田朋記
同
木内哲朗
同
大濵巌生
同
平尾嘉晃
同
宮﨑純一
同
川村暢生
同
二之宮義人
同
山口智
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一事案の概要
一 相手方は、消費者契約法一三条に基づいて内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体である。
抗告人は、不動産賃貸業及び不動産管理業を目的とする株式会社であり、消費者契約法上の事業者にあたるところ、消費者と建物賃貸借契約を締結し、又は合意更新する際、原決定別紙記載の定額補修分担金条項(以下、「本件条項」という。)を含む賃貸借契約書を用いていたことがあった。
相手方は、抗告人を被告として、京都地方裁判所に対し、消費者との間で建物賃貸借契約を締結する際、本件条項を含む契約の申込み又はその承諾の意思表示をしてはならないことを求める訴えを提起し(併合提起された他の請求もあるが、以下では、本件条項の使用差止めに関する請求に限定して記載する。)、京都地方裁判所は、平成二一年九月三〇日、相手方の請求を認容する判決を言い渡した(以下「本件債務名義」という。)。
二 相手方は、平成二三年一〇月二五日、京都地方裁判所に対し、抗告人を債務者として、本件債務名義に記載された不作為債務の履行と違反行為をした回数一回につき五〇万円の支払を命じる間接強制命令の申立てをし、原審裁判所は、相手方の申立てを認め、間接強制命令を発した。
三 抗告人は、原決定の取消しと相手方の申立ての却下を求めて、執行抗告した。執行抗告の理由は、別紙執行抗告状の「第三 抗告の理由」欄に記載のとおりであり、その要旨は、本件において不作為義務に違反するおそれがあると認めた原決定は誤りであるというものである。
第二当裁判所の判断
一 一件記録によれば、抗告人は、消費者との間で建物賃貸借契約を締結するにあたり、平成一九年六月まで本件条項を用いていたが、同年七月以降はこれを用いていないこと、相手方が抗告人に対し、本件条項の使用禁止を求めたのは、平成二〇年三月一日ころであり、その後に本件債務名義にかかる訴えを提起したこと、抗告人は、平成二〇年三月二五日、報道機関に対し、上記訴えに関する当社の見解と題する文書を発し、本件条項については、消費者契約法に違反しないとしてその正当性を主張しつつも、平成一九年七月から使用していないし、今後当社が本件条項を使用することもないと表明したこと、本件債務名義にかかる判決に対し、抗告人は、大阪高等裁判所に原判決の取消し等を求めて控訴し(相手方も差止め請求以外の敗訴部分の取消し等を求めて控訴した。)、同裁判所は、平成二二年三月二六日に抗告人の控訴のうち、差止め請求については、控訴を棄却する判決を言い渡したが、抗告人はこれに対して上告をしていないこと、相手方は、控訴審判決につき、最高裁判所に対し、上告受理の申立てをしたが、平成二三年九月七日に上告受理申立てを取り下げ、そのうえで本件間接強制の申立てをしたことが認められる。
二 不作為を目的とする債務の強制執行として間接強制を決定するには、債務者がその不作為義務に違反するおそれがあることを立証すれば足り、債務者が現にその不作為義務に違反していることを立証する必要はなく、かつ、この要件は、高度のがい然性や急迫性に裏付けられたものである必要はないと解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成一七年一二月九日決定・民集五九巻一〇号二八八九頁)。
そこで検討すると、本件債務名義にかかる訴訟の判決は、平成二三年九月に確定し、相手方はその翌月に本件間接強制の申立てをしたものであるが、抗告人は、同訴訟において、本件条項は消費者契約法に違反するものではないとして、その正当性を主張して争い、報道機関に対しても同様の見解を表明したが、同判決の確定後同判決に対する対応等に関して見解表明をしていないことが認められるのであり、本件条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行うがい然性が客観的に存在するとして、その差止めを命じた同判決確定後、格別の状況の変化がないことに照らすと、本件債務名義にかかる不作為債務に違反するおそれがあると認めるのが相当であるというべきである。
三 抗告人は、平成一九年六月ころまで本件条項を使用していたことは認められるものの、相手方からその差止めを求められる前に自発的にこれを中止しており、以後、相手方が提起した本件債務名義にかかる訴訟においては、本件条項は、消費者契約法に違反するものではないとの主張はしているものの、実際に本件条項を使用しておらず、今後使用することはない旨の表明もしている。
このように抗告人が最後に本件条項を使用したのは、すでに四年以上前の平成一九年六月であり、相手方の請求とは無関係にその使用を中止していること及び抗告人は本件条項を使用しないと表明していることなどの事情は認められる。また、相手方は、抗告人所有の賃貸物件について、インターネット上の情報の中に「敷金→定額補修分担金」の記載があるものが存在すると主張し、これを示す資料も提出しているが、抗告人の反論に照らせば、抗告人が管理・運営していないサイトに古い情報が削除されずに残されていたにすぎないことが窺える。
そして、相手方は、上記の賃貸物件情報以外に、抗告人が本件の不作為債務に違反し、又は違反している兆候があるとの主張はしていない。しかし、同債務の内容及び相手方と抗告人の関係からすれば、本件の不作為債務に違反し、又は違反している兆候があることを立証することは極めて困難であると考えられることを考慮すると、本件において、抗告人が不作為義務に違反するおそれがあることを否定するのは相当でないというべきである。
第三結論
以上によれば、本件執行抗告は理由がない。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 白井俊美 前原栄智)
別紙 執行抗告状
第一 原決定の表示
一 債務者は、消費者との間で建物賃貸借契約を締結するに際し、別紙記載の内容の条項を含む契約の申込み又はその承諾の意思表示を行ってはならない。
二 債務者に対する本決定送達の日以降、債務者が前項記載の義務に違反したときは、債務者は債権者に対し、違反行為をした回数一回につき金五〇万円の割合による金員を支払え。
(別紙)
定額補修分担金条項
一 消費者は、目的建物退去後の賃貸借開始時の新装状態への回復費用の一部負担金として、定額補修分担金を債務者に対し支払う。
二 当該消費者は、債務者に対し、定額補修分担金の返還を、入居期間の長短にかかわらず、請求できない。
三 債務者は、当該消費者に対し、定額補修分担金以外に目的建物の修理・回復費用の負担を求めることはできない。ただし、当該消費者の故意又は重過失による同建物の損傷及び改造については除く。
第二 抗告の趣旨
一 原決定を取り消す。
二 本件申立てをいずれも却下する。
との裁判を求める。
第三 抗告の理由
一 原決定には抗告人が定額補修分担金を使用するおそれがあると認めた誤りがある。
民事執行法一七二条一項では「債務者が不作為義務に違反するおそれ」があることが要請されているところ、抗告人が不作為義務に違反するおそれは皆無である。
しかし、原決定は間接強制の申立てを相当と認め、抗告人が不作為義務に違反するおそれがあると認めているのであって、原決定は失当である。
二 民事執行法一七二条一項で要請される「債務者が不作為義務に違反するおそれ」は、消費者契約法一二条一項の「行うおそれ」と同一に判断されてはならない。民事執行法一七二条一項で要請される「債務者が不作為義務に違反するおそれ」とは、本訴判決が確定しているにもかかわらず、その判決を乗り越えてまで債務者が違反するおそれであり、現実に強制執行するに足りるだけのおそれでなくてはならない。
したがって、本件本訴において、消費者契約法一二条一項における「行うおそれ」が認められたことをもって、即座に民事執行法一七二条一項で要請される「債務者が不作為義務に違反するおそれ」があるとされてはならず、判決が行われ、判決後どのような状況にあるかについても、勘案した上で、「債務者が不作為義務に違反するおそれ」があるか否かが判断されなければならない。
三 抗告人は、平成一九年七月から定額補修分担金条項の使用を廃止している。さらに、裁判所に対しても、平成一九年七月以降、定額補修分担金条項を使用していないこと、及び同日以降使用しないことを表明している。
したがって、債務者は平成一九年七月以降、今日に至るまで四年以上、定額補修分担金条項を使用していないし、今後も使用することはない。
四年以上も定額補修分担金を使用していない抗告人が、今更、定額補修分担金を使用するおそれは、その実績からしても皆無である。
四 なお、相手方は、インターネット上に残存する情報をもって、抗告人が定額補修分担金条項を利用するおそれがあるとしているが、インターネット上には古い情報や本来閲覧に供しない情報がある可能性があり、抗告人が意図せずとも定額補修分担金条項の情報が残存している可能性がある。これらの雑多な情報を完全に管理することは不可能である。
そうすると、定額補修分担金条項がインターネット上に残存していることをもって、抗告人が定額補修分担金条項を使用するおそれがあるとはいえない。
五 以上のように、抗告人が不作為義務に違反するおそれは皆無であり、間接強制申立てを認めた原決定には誤りがあり、取り消されるべきである。