大阪高等裁判所 平成23年(ラ)159号 決定 2012年1月31日
抗告人(申立人)
木村環境事業株式会社
代表者代表取締役
X1
抗告人(申立人)
X1
抗告人(申立人)
X2
抗告人ら代理人弁護士
阪口彰洋
髙島志郎
相手方(相手方)
株式会社IHIインフラシステム
(旧商号・松尾橋梁株式会社)
代表者代表取締役
A
代理人弁護士
高橋博之
道下崇
秋元芳央
山田慎吾
北山陽介
山本悦子
抗告人らが保有する相手方の株式合計256万5000株の買取価格を1株について140円と定めた平成23年1月28日付けの原決定に対する即時抗告につき、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件抗告をいずれも棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
1 事案の概要
(1) 相手方は、橋梁、鉄骨、鉄塔その他の構造物の設計、製作、施工等を目的としていた会社であり、設立は大正14年6月23日、資本金は約49億円、発行済株式総数は約3339万7000株(普通株式)であって、東京証券取引所及び大阪証券取引所の各1部に上場していた。
控訴人らは、いずれも相手方の株主であった(保有数は抗告人木村環境事業株式会社が104万株、同X1が106万株、同X2が46万5000株であった。以下、これらの株式を「本件株式」という。)。
(2) 株式会社IHI(以下「IHI」という。)、株式会社栗本鐵工所及び相手方(旧商号・松尾橋梁株式会社。以下、商号変更前の相手方を「松尾橋梁」ということがある。)は、それぞれが有する橋梁・水門及びその他鋼構造物事業等の統合を実施するため、その一環として、平成21年5月18日、IHIにおいて、松尾橋梁の普通株式について、1株当たり122円を買付価格とする公開買付け(以下「本件公開買付け」という。)を実施することを公表し、松尾橋梁において、本件公開買付けに賛同意見を表明することを決議した。
(3) 松尾橋梁においては、平成21年7月30日、臨時株主総会及び普通株主による種類株主総会が開催されて、以下の各議案を承認する決議が行われ(種類株主総会においては以下の(イ)のみ)、定款変更の効力発生日及び全部取得条項付種類株式の取得日は同年9月4日(以下「本件効力発生日」又は「本件取得日」という。)とされた。
(ア) 種類株式(A種種類株式)を発行するとの定款変更をすること
(イ) 松尾橋梁の普通株式に、同会社が株主総会の決議によってその全部を取得することができるものとし、同会社が普通株式の全部を取得する場合、同会社は普通株式の取得と引換えに、普通株式1株につきA種種類株式1億分の13の割合をもって交付するとの定款変更をすること
(ウ) 全部取得条項付種類株式を松尾橋梁が取得すること
(4) 抗告人らは、松尾橋梁に対し、上記各株主総会に先立ち、上記各議案に反対する旨通知し、各株主総会において上記各議案に反対した。
そして、抗告人らは、平成21年8月27日到達の書面で、松尾橋梁に対し、会社法116条1項2号に基づき、本件株式を公正な価格をもって買い取ることを請求した。
本件株式の価格については、本件効力発生日から30日以内に、抗告人らと松尾橋梁との間において協議がまとまらなかったので、抗告人らは同年10月23日、原審裁判所に対し、会社法117条2項に基づき、本件株式の買取価格の決定の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。
なお、抗告人らは、本件株式の公正な価格を、主位的に189円(1株当たり。以下同じ)、第1次予備的に197円、第2次予備的に143円と主張した。
(5) 相手方は、①抗告人らが本件株式の買取請求をした時点で、その売買に類似する法律関係が成立したと解されるが、本件株式は本件取得日に松尾橋梁により取得されたことによって、抗告人らは、本件株式を同会社に引き渡す債務を履行することができなくなったから、その代金の支払を同会社に請求することができず(本件株式の引渡債務が消滅したことについて抗告人らに帰責事由がない場合には、民法536条1項により同会社の代金支払債務も消滅するから、抗告人らはやはり、その支払を同会社に求めることができない。)、抗告人らは裁判所に対して公正な価格の決定を求める申立ての利益がない(抗告人らと同会社との間においては、本件株式に関し、file_4.jpg全部取得条項に基づく取得とその対価であるA種種類株式の端数の売却代金支払に係る法律関係と、file_5.jpg本件株式の引渡しと買取請求に基づく代金の支払に係る法律関係という両立し得ない法律関係が存在していたものと考えられるが、本件株式が全部取得条項に基づき同会社により取得された以上、抗告人らにおいてfile_6.jpg又はfile_7.jpgの法律関係のいずれかを選択した上、本件株式の引渡しをするとの余地はなく、抗告人らがすでに本件株式の引渡債務を履行したとはいえず、また、抗告人らには本件株式の買取請求の効力を発生させようとする真意が認められず、買取請求は心裡留保により無効である。)、②本件株式の公正な価格は、その買取請求の時点における客観的価値に加えて、強制的取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した価額の合計額であり、それは本件公開買付けの買付価格である122円であると主張した。
(6) 原決定は、①会社法は、普通株式の全部取得条項付種類株式への変更(定款の変更)、及び当該全部取得条項付種類株式の取得決議のそれぞれについて、反対株主に対し、株式買取請求及び取得価格決定の申立てという投下資本の回収の制度を設けているのであって、両制度の間に何らの調整規定を置いていないことからすると、当該定款変更と当該全部取得条項付種類株式の取得決議とが近接して行われ、株式買取請求に係る買取りの代金の支払の時までに当該全部取得条項付種類株式の取得の効果が生じた場合においても、当該株式買取請求はその効力を失わないと解され、本件申立ては適法である、②本件効力発生日における本件株式の公正な価格は、その客観的価値である98円に、相手方が設定したプレミアム(約37パーセント)及びシナジー効果の分配としてのプレミアムの合計として約43パーセントのプレミアムを加えた140円であると判断した。
抗告人らは、原決定を不服として、本件即時抗告に及び、本件株式の公正な価格を197円とするように求めた(相手方からの不服申立てはない。)。
(7) 前提事実、争点、及び当事者の主張の要旨は、原決定「理由」欄「第1 事案の概要」の2ないし4(2頁9行目から33頁4行目まで)のとおりである(ただし、22頁14行目の「84」の次に「円」を加える。)。
2 当裁判所の判断
(1) 抗告人らが、本件申立てを行うについて、その適格に欠けるところがないのは、原決定が「理由」欄「第2 当裁判所の判断」の1(33頁6行目から35頁25行目まで)に説示するとおりである。ただし、34頁1行目の「当該株式会社の株主としての地位」の次に「(株式買取請求権を有する株主としての地位。以下同じ)」を加える。
(2) また、本件株式の本件効力発生日における公正な価格を、140円をもって相当とすることも、原決定が「理由」欄「第2 当裁判所の判断」の2(35頁末行から55頁19行目まで)に説示するとおりである。ただし、以下のとおり改める。
① 41頁3行目の「異ならかった」を「異ならなかった」と改め、同頁12行目の「認められない。」の次に「なお、本件類似8社については、その規模、対象とする市場(国内・海外)の割合、鉄骨事業その他の兼業の割合などに違いがあるものの、平成19年から21年初めにかけて、専業であるサクラダをはじめとして、横河ブリッジを除き、概ね株価の単調な下落が続いてきたのであり、松尾橋梁についても高下を繰り返しながらも株価の下落を続けてきたことからみて、同会社について意図的に株価の操作が図られていたとまではいいがたい。」を加える。
② 44頁10行目の「経常損失」の前に「営業損失及び」を、同頁19行目の末尾に「なお、松尾橋梁の平成21年9月における中間決算の予想では、独占禁止法違反事件に係る特別損失の計上がなくなり、選別受注により採算が改善していることなどから、純利益として約4000万円を確保する見込みであるとされている。」を、それぞれ加え、同頁12行目から13行目及び45頁16行目から17行目にかけての「平成21年3月期決算短信における予想値」をいずれも「平成20年3月期決算短信における平成21年3月期の予想値」と改める。
③ 45頁11行目の「そうであるところ」の前に「(相手方の当審における主張、立証によっても、橋梁業界全体の市場株価の傾向についての判断は覆らない。)」を加える。
④ 47頁6行目の「主張をする。」の次に「なお、裁判所の認定により、本件株式の客観的価値が相手方の主張とは異なる価格となったとしても、それだけで、いったん相手方の想定した当該プレミアムの割合についてまで変動させる理由はない。」を加える。
⑤ 51頁20行目の「相当である。」の次に「抗告人らは、シナジーの分配の割合について、約6パーセントしか認容しないことに不服を述べるが、もともと相手方が上記プレミアムの割合を約37パーセントの高率としていることからすると、平成21年度における松尾橋梁の売上高が約190億7400万円であり、栗本鐵工所グループの売上高が約128億1000万円であって、3社の統合により橋梁事業の受注実績がトップシェアを確保したことを考えても、本件株式の価格算定において全体のプレミアムを約43パーセントの割合とすることが不相当ではない。」を加える。
⑥ 53頁2行目の末尾に、改行の上、「抗告人らは、アビーム株式価値算定書によれば、類似会社比準法による最下限が84円、DCF法による最下限が81円とされているところ、本件公開買付けの公表日前1か月間(平成21年4月20日から同年5月18日)の市場株価の終値の出来高加重平均株価89円を本件株式の客観的価値の算定の基礎とすることは、上記算定書の数値と比較すれば、基礎価格を不当に低く算定するものであると主張する。しかし、抗告人らが指摘する同算定書の数値は、各方式による数値の最下限にすぎず、89円という数値が各方式による試算値の範囲内にあることは明らかである上、89円を本件株式の客観的価値の算定の基礎とするのが相当であることは、既に説示したとおりである。」を加える。
⑦ 54頁1行目の「できない」の次に「(なお、シナジーの分配のほかにスクイズアウトプレミアムの加算を認める見解があるが、本件ではプレミアムを約43パーセントの割合で認めていることから、あえてスクイズアウトプレミアムの加算をしなかったからといって、不当ということはできない。)」を加える。
3 よって、原決定は相当であり、本件即時抗告は理由がない。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 菊池徹 前原栄智)