大阪高等裁判所 平成23年(ラ)226号 決定 2011年6月07日
抗告人(債権者)
株式会社三井住友銀行
代表者代表取締役
A
抗告人代理人弁護士
中務嗣治郎
鈴木秋夫
主文
原決定を取り消す。
理由
1 経緯及び原決定
(1) 抗告人は、物件1及び2(原決定添付別紙物件目録1及び2記載の各物件を指す。以下同じ。なお、両土地を総称する場合は「本件土地」という。)の土地につき、担保権(根抵当権)の実行としての競売を、物件1に所在する物件3及び4(なお、一棟の建物が区分所有建物として登記されているものであり、上記の一棟の建物を指す時は「本件建物」と表記する。)につき、抵当権設定後に築造されたとして、民法389条1項に基づく競売を申し立て、原審裁判所は競売手続開始決定をした。
(2) 評価人は、物件1を6622万円、物件2を296万円、物件3を8877万円、物件4を792万円とそれぞれ評価した(合計1億6587万円)が、原審裁判所は、執行官の現況調査を踏まえ、松井建設株式会社(以下「松井建設」という。)を本件土地の商事留置権者と認め、評価人に対し、商事留置権が成立することを前提とした補充評価を命じ、評価人は、物件1及び2を各1万円、物件3を1億0356万円、物件4を924万円とそれぞれ評価した(合計1億1282万円)。
原審裁判所は、上記の補充評価を前提として、物件1ないし4の買受可能価額を9025万6000円、手続費用及び抗告人の債権に優先する債権を9275万6150円(ただし、見込額)と算定し、無剰余通知を発した。
(3) そのうえで原審裁判所は、抗告人が無剰余通知を受けた日から1週間以内に民事執行法63条2項に定める申出及び保証の提供をせず、かつ、同項但書に定める証明をしないとして、競売手続を取り消した(原決定)。
2 抗告の趣旨及び理由
(1) 抗告の趣旨は、原決定を取り消すとの決定を求めるというものである。
(2) 抗告の理由は、①松井建設は所有者(基本事件の所有者兼債務者である東昌リアライズ株式会社であり、本件建物建築の発注者(施主)である。以下では、単に「所有者」と表記する。)の占有補助者として土地を使用しているにすぎないから、敷地について商事留置権を基礎付けるに足りる独立した占有がない、②不動産は商事留置権の対象とならない、③本件では、松井建設の常態的な土地占有は予定されておらず、商行為によって自己の占有に属したとはいえない、④仮に抗告人が有する根抵当権と松井建設の商事留置権が競合するとしても、その優劣は対抗要件の具備の順序で決すべきところ、抗告人が根抵当権を設定した時点では松井建設による土地の占有はなかったから、抗告人の根抵当権は松井建設の商事留置権に優先する(同留置権は、買受人が引き受けない売却によって消滅する権利になるというべきであるから、その被担保債権を控除すべきではないという趣旨と解される。)としたうえで、⑤そもそも抗告人は更地に根抵当権を設定したのに、建物の建築等の事後的な事情によって担保価値が毀損される不利益を受けるのは価値判断としてもおよそ容認できない、というものである。
3 当裁判所の判断
(1) 認定事実
一件記録によれば、以下の事実が認定できる。
ア 抗告人は、平成19年12月25日、物件1及び2につき、所有者を債務者とする極度額3億4500万円の根抵当権の設定を受けた。この時点では、本件建物も他の建物も存在しなかった。
イ 松井建設は、平成20年8月12日、所有者から本件建物の建築工事を3億6750万円(消費税及び地方消費税を含む。以下同じ。)で請け負い、平成21年10月ころ、完成された。本件建物は、鉄筋コンクリート造の10階建ての共同住宅である。
ウ 松井建設は、所有者が本件建物の請負代金を支払わないため、平成21年12月17日、所有者との間で、①所有者は、松井建設に対し、請負残代金3億3621万円の支払義務があることを認めること、②所有者は、平成22年2月28日を目途として、請負残代金を調達し、又は本件建物の売却に努めること、③所有者が請負残代金の支払を完了するまで、松井建設が本件建物の所有権を有し、所有者の費用負担で松井建設名義の本件建物の表示登記を行うこと、④松井建設は、平成21年12月1日以降、所有者の費用負担で本件建物の維持管理を行うこと、⑤所有者に請負残代金等の支払が困難と認められる事由が生じたと松井建設が判断した場合、又は、平成22年2月28日を目途とした早期弁済が出来ない場合は、松井建設は請負代金の代物弁済として松井建設を所有者とする本件建物保存登記申請ができること等を内容とする合意をした(以下「本件合意」という。)。
エ 松井建設が所有者に対して有すると主張する債権は、①請負残代金3億3621万円とそれに対する遅延損害金3122万6073円、②表示登記費用38万円、③維持管理費1155万円、④不動産取得税210万8800円、⑤設計監理料375万円の合計3億8522万4873円である。
オ 松井建設は、執行官の現況調査において、①所有者と松井建設の本件合意は、松井建設が本件建物の所有権を代物弁済により確定的に取得した、松井建設が本件建物を所有するにあたり、本件土地を使用貸借により利用する、旨の合意も含まれている、②松井建設は本件合意に基づき、本件土地を利用する、③松井建設は、商行為によって本件土地の占有を取得したから、商事留置権が成立している、と主張した。
(2) 判断
ア 松井建設が主張する本件土地の占有権原のうち、使用貸借については、仮に使用借権が認められるとしても、売却によって消滅する権利にあたると解されるから、評価や無剰余かどうかの判断にあたって、特に考慮されるものではない。
イ 次に商事留置権について検討する。
(ア) 商法521条は、商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができると定める。
商法521条にいう「物」に不動産を含むとするについては、立法沿革等から疑問なしとしないが、同条の文言上含まないとする解釈はとり得ない。
松井建設は、所有者との間の請負契約に基づき、材料を提供して本件建物を完成させ、その所有権を原始取得したものと解される。そして、同請負契約によれば、請負代金は、所有者が、着工時に3675万円を現金で支払い、竣工引渡時に残額を支払うこととされていたから、本件建物完成時点における松井建設の本件土地に対する占有は商法521条所定の占有と評価することができ、この時点で本件土地について松井建設のための商事留置権が成立したということができる。
(イ) ところで、留置権については、通常留置権者はすべての者に対抗できるものとされ、抵当権(根抵当権を含む。以下同じ。)の実行としての競売においても、買受人がこれを引き受けるべきものと解されている(民事執行法59条)。しかし、民事執行法59条4項の規定について、不動産留置権を、それと競合する抵当権との関係で、その成立時期の先後関係を問わずに保護する趣旨の規定であると解釈すると、本件のような抵当権者は保護されないこととなる。本件のように、更地に抵当権の設定を受けて融資しようとする者が、将来建築されるかもしれない建物の請負業者から土地について商事留置権を主張されるかもしれない事態を予測し、その被担保債権額を的確に評価した上融資取引をすることは不可能に近く、このような不安定な前提に立つ担保取引をするべきであるとはいえない。不動産の商事留置権が、不動産に対する牽連性を必要としないことから、第三者に不測の損害を及ぼす結果となることは、担保法全体の法の趣旨、その均衡に照らして容認し難いというべきである。
したがって、抵当権設定登記後に成立した不動産に対する商事留置権については、民事執行法59条4項の「使用及び収益をしない旨の定めのない質権」と同様に扱い、同条2項の「対抗することができない不動産に係る権利の取得」にあたるものとして、抵当権者に対抗できないと解するのが相当である。
4 結論
(1) 以上によれば、物件1及び2について、買受人が商事留置権を引き受けることを前提に無剰余取消をした原決定は相当ではないから、取り消すのが相当である。
(2) 他方、物件3及び4については、当該物件が無剰余かどうかは明らかではない。しかし、民法389条1項による建物の売却は、担保権者への配当を目的としたものではなく、場合によっては無益執行になり得るものを担保権者の保護のために認めたものであるから、当該建物を単独でみた場合に無剰余になるにすぎない場合には、無剰余取消の規定は適用されないと解するのが相当であり、物件1及び2について無剰余取消が相当ではない以上、物件3及び4のみについて無剰余取消をすることは許されないと解するのが相当である。
(3) よって、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 白井俊美 前原栄智)