大阪高等裁判所 平成23年(ラ)56号 決定 2011年3月31日
抗告人(債権者)
彦根市
代表者市長
C
代理人弁護士
小松陽一郎
鈴木章
福田あやこ
阪口英子
山崎道雄
大住洋
相手方(債務者)
株式会社 Y2
代表者代表取締役
A
相手方(債務者)
Y1
相手方ら代理人弁護士
玉越久義
春木由香
上田雄一
主文
一 抗告人が、本決定送達の日から五日以内に相手方株式会社Y2のため二五〇万円の担保を供託の方法により立てることを条件として、次のとおり定める。
相手方株式会社Y2は、別紙差止請求イラスト目録記載のイラスト(ただし、番号8―3、8―6、14、16、27、30、58、61、64、69、71、72、77―3、85、90を除く。)を表示した。菓子、絵はがきその他の印刷物(絵本を除く。)、文房具類その他の商品を販売、頒布してはならない。
二 抗告人の当審で追加した相手方Y1に対する主位的申立て及び相手方株式会社Y2に対するその余の主位的申立てを却下する。
三 抗告人の相手方Y1に対する予備的申立てについての抗告及び相手方株式会社Y2に対するその余の予備的申立てについての抗告を棄却する。
四 当審における申立費用は、相手方Y1に生じた費用は抗告人の負担とし、抗告人と相手方株式会社Y2に生じた費用はこれを三分し、その二を抗告人の、その余を相手方株式会社Y2の負担とする。
理由
第一申立て
一 原決定を取り消す。
二 相手方らは、別紙差止請求イラスト目録記載のイラスト(ただし、番号8―3、8―6、14、16、27、30、58、61、64、69、71、72、77―3、85、90を除く。)を表示した、菓子、絵はがきその他の印刷物(絵本を除く。)、文房具類その他の商品を製造、販売、頒布してはならない。
三 相手方らは、原決定別紙差止請求商品目録記載の商品を製造、販売、頒布してはならない。
第二事案の概要
本件は、仮処分申立てを却下した決定に対する却時抗告事件であるところ、普通地方公共団体である抗告人が、主位的に、①抗告人は原決定別紙イラスト目録記載1ないし3の各イラスト(以下、併せて「本件各イラスト」という。)の著作権者であるが、本件各イラストに類似するイラストを使用する相手方らの行為がその複製権ないし翻案権を侵害する、予備的に、②本件各イラストは周知又は著名な抗告人の営業表示であり、本件各イラストに類似するイラストを使用する相手方らの行為が不正競争防止法二条一項一号又は二号所定の不正競争に該当するとして、相手方らに対し、主位的に著作権法一一二条一項に基づき、予備的に不正競争防止法三条一項(同法二条一項一号又は二号)に基づき、別紙差止請求イラスト目録記載のイラスト(ただし、番号8―3、8―6、14、16、27、30、58、61、64、69、71、72、77―3、85、90を除く。以下「相手方イラスト」という。)を使用した商品の製造、販売、頒布の差止めを求めるとともに、相手方イラストを使用した原決定別紙差止請求商品目録(以下「商品目録」という。)記載の商品の製造、販売、頒布の差止めを求める事案である。
抗告人は、原審では、主位的に不正競争防止法に基づく差止めを、予備的に調停(後記本件調停)による合意に基づく差止めを求めていた。
原審は、抗告人の申立てをいずれも理由がないとして却下した。そこで抗告人は、即時抗告をし、当審において、著作権に基づく差止めの仮処分申立てを追加し、これを主位的申立てとした。また、抗告人は、当審において申立ての趣旨を減縮して求める仮処分の内容を限定するとともに、調停合意に基づく予備的申立てを取り下げた。
一 前提事実(末尾に疎明資料の掲記のない事実は当事者間に争いがない。なお、書証は、特記しなければ枝番を含む。)
(1) 当事者
ア 抗告人は、普通地方公共団体である。
イ 相手方株式会社Y2(以下「相手方会社」という。)は、グラフィックデザイン、キャラクターデザイン、グッズ製作等の業務を営む株式会社である。
ウ 相手方Y1(以下「相手方Y1」という。)は、相手方会社の取締役であり、イラストレーターとして主にイメージキャラクター等を制作している。
(2) 国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会の設立
抗告人の管轄する滋賀県彦根市では、国宝・a城築城四〇〇年を記念する行事(以下「a城築城四〇〇年祭」という。)を開催することになり(開催期間:平成一九年三月二一日から同年一一月二五日まで)、平成一七年、これを主催する団体として、公募によって選ばれた彦根市民、学識経験者、彦根市長(抗告人代表者)、彦根市職員(抗告人職員)等を委員とする国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会(以下「四〇〇年祭委員会」という。)が設立された。
(3) a城築城四〇〇年祭のキャラクター
四〇〇年祭委員会は、平成一七年一一月頃から、仕様書(その内容は後記第四の一(1)のとおり。以下「本件仕様書」という。)を定めてa城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴ及びキャラクターを募集するようになり、平成一八年一月、株式会社b(以下「b社」という。)を通じて提出された相手方Y1作成に係る本件各イラストをa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターとして採用することを決定した(以下、このキャラクターを「本件キャラクター」ということがある。)。四〇〇年祭委員会とb社は、平成一八年一月二四日、本件キャラクター等の作成をb社にさせることなどを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結した(以下、この契約書を「本件契約書」という。)。また、四〇〇年祭委員会は、同年四月には、本件キャラクターの愛称を「○○」と決めた。
(4) 四〇〇年祭委員会による本件各イラスト等の使用
四〇〇年祭委員会は、平成一八年二月頃から、a城築城四〇〇年祭の宣伝用チラシなどに本件各イラストを印刷して配布するようになり、また、平成一八年三月頃からは、本件各イラスト等を使用した商品の製造販売を第三者に許諾するようになった。
(5) 抗告人による商標登録
抗告人は、平成一九年三月、本件各イラストのうち原決定別紙イラスト目録記載1のイラスト及び「○○」の文字について商標登録出願をし、平成二〇年一月一一日商標登録された(詳細は後記第四の一(6)のとおり)。
(6) 抗告人による本件各イラスト等の使用
a城築城四〇〇年祭の終了後は、抗告人において、それまで四〇〇年祭委員会が行っていた本件各イラスト等の第三者への使用許諾をしている。
また、抗告人は、そのホームページ等に本件各イラスト等を掲載して使用している。
(7) 相手方Y1と抗告人らとの間の調停
相手方Y1は、平成一九年一一月七日、抗告人及び四〇〇年祭委員会(以下、両者を併せて「抗告人ら」という。)を相手方として、a城築城四〇〇年祭の終了後は本件各イラストの使用を中止すること、本件各イラストに類似する図柄(本件各イラストと同一ではないがこれに類似するもの)の第三者への使用承認を取り消すことなどを求め、彦根簡易裁判所に調停を申し立てた。そして、平成一九年一二月一四日、相手方Y1と抗告人らとの間で調停が成立した(以下「本件調停」といい、その条項を「本件調停条項」という。調停条項は後記第四の一(10)のとおり。)。
(8) 相手方らの行為
相手方会社は、菓子や文房具類の製造販売業者に対し、相手方Y1が作成した別紙差止請求イラスト目録記載の各イラストを用いて「ひこねのよいにゃんこ」の名称を付するなどした商品(商品目録記載の各商品)を製造販売等することを許諾しており、これらの商品が現に製造販売、又は電気通信回線を用いて携帯電話に壁紙配信するなどされている。
二 争点
(1) 著作権侵害に基づく申立てに関する争点
ア 抗告人の著作権の内容(争点一)
(ア) 本件契約により譲渡された著作権の内容(争点一―一)
(イ) 本件調停による四〇〇年祭委員会の著作権の内容(争点一―二)
イ 相手方らの行為が複製ないし翻案に該当するか(争点二)
ウ 相手方らイラストの使用許諾の有無(争点三)
エ 抗告人の申立ては権利の濫用ないし信義則違反であるか(争点四)
(2) 不正競争防止法に基づく申立てに関する争点
ア 本件各イラストは周知又は著名な抗告人の営業表示であるか(争点五)
イ 相手方らイラストの商品等表示としての使用(争点六)
ウ 相手方らイラストの使用許諾の有無(争点七)
エ 先使用該当性(争点八)
オ 抗告人の申立ては権利の濫用ないし信義則違反であるか(争点九)
(3) 保全の必要性(争点一〇)
第三争点に関する当事者の主張
一 争点一(抗告人の著作権の内容)
(1) 争点一―一(本件契約により譲渡された著作権の内容)
(抗告人)
ア 四〇〇年祭委員会は、相手方Y1からb社を通じて、平成一八年一月二四日付契約書(本件契約書)で示すように、本件各イラストの著作権等の譲渡を受けた。四〇〇年祭実行委員会に対し譲渡された権利は、本件各イラストにおいて一貫性をもって描かれる姿態等の表現の総体である本件キャラクターの、翻案権も含めた著作権等一切の権利である。
イ 複製権の範囲は、その特徴から本件各イラストと同一のキャラクターを描いたものであることを知り得るものであれば足りる。
ウ 翻案権について
抗告人は、本件キャラクターを募集するに当たっては立体的な使用を前提としていた。また、一般的な社会通念としてもイベントのキャラクターについて平面的なものだけを念頭において募集することはあり得ず、立体的なぬいぐるみ、ストラップなどのグッズ類や着ぐるみを前提として募集するものである。本件各イラスト等の譲渡の経緯からして、著作権法六一条二項の規定する特掲がなくても、四〇〇年祭委員会に翻案権まで帰属していることが前提となっているから、本件各イラストの翻案権等の留保の推定が覆滅されている。
キャラクターとは、特定の表現から昇華した人格ともいうべき抽象的概念、あるいは複数の表現物において、一貫して描かれている特徴の総体であることからすれば、そのような抽象的概念であるキャラクターの著作権等が譲渡された以上、その抽象的概念の具体的表現として、当初のイラストの翻案物の作成も当然に予定されていたのであるから、本件では、著作権法六一条二項の特掲があったといえる。本件契約では、「シンボルマーク等の所有に関する著作権等一切の権利は四〇〇年祭委員会に帰属する」とされており、「シンボルマーク等」にはキャラクターも含まれ、単純な著作権のみを譲渡するものではないので、著作権法六一条二項が直ちに適用されるものではない。
相手方会社とb社との間の平成一八年一二月二七日付確認書(甲三四)では、本件キャラクターの翻案をする場合には、四〇〇年祭委員会の許諾を得る必要があることを明確にしている。本件契約書(甲七)において、シンボルマーク等が仕様書に適合しない場合には、b社は四〇〇年祭委員会の修正指示に従わねばならない旨規定されているが、これは、創作者側に本件キャラクターの翻案権が残っていないからである。
(相手方ら)
ア 本件契約により相手方Y1からb社を通じて四〇〇年祭実行委員会に対し譲渡された権利は、翻案権を含まない、本件各イラストをそのままの状態で利用ないし許諾する権利に限られていた。相手方らは、公募の趣旨からして、本件各イラストの三種類のみが、四〇〇年祭の期間中のPR活動に限定して使用されるものと認識しており、これとは別に本件キャラクターの作品を展開していくことを想定していた。相手方らとb社との間では、四〇〇年祭のPR活動に利用する目的を前提として、相手方Y1の作成した本件各イラストのデザイン画が相手方会社を介してb社に納入されたにすぎないこと、相手方会社がb社に交付した請求書にも「キャラクター/基本案」と記載されていたことからして、本件各イラストだけに関する権利をb社に譲渡したものである。本件契約書(甲七)、四〇〇年祭委員会作成の仕様書(甲六)、相手方会社とb社間の確認書(甲三四、三五)は、客体を「キャラクター」と記載するのみで、その具体的内容に触れておらず、「一貫したイメージをもって描かれている多様な具体的表現の集合体」を意味するとは言及されていない。確認書(甲三五)においては、譲渡された権利の客体を「決定されたキャラクターデザイン(先に提出分)」、この「デザイン」とは別に相手方らが製作するデザインを「新たなキャラクターデザイン」と区別して記載されていたことに照らせば、b社は、相手方らから譲渡された権利の客体は、本件各イラストのみであると認識していたのである。
イ 四〇〇年祭委員会は、平成一八年一二月の相手方らの絵本出版及び登場人物のグッズ販売を知りながら、何ら異議を述べず、「○○」名称の使用承認も行った。相手方会社は平成一九年一一月に展覧会で本件各イラストに類似したイラストを表示したグッズの販売を行ったが、四〇〇年祭委員会は何ら異議を述べなかった。著作者の関与を欠くキャラクタービジネスの展開は考え難いが、本件契約においては著作者の監修について何ら規定を設けておらず、著作者人格権を制限する規定も設けていなかったのであるから、四〇〇年祭委員会が本件契約締結時に取得する複製権の内容を広いものとして認識していたとはいえない。
ウ b社は、相手方らと本件各イラストの翻案権を譲渡の目的として特掲した契約を締結しておらず、対価もシンボルマーク、ロゴ、キャラクター全てで五二万五〇〇〇円と低廉であったこと、b社も本件各イラスト以外の図柄を表示した商品や立体商品が市場に出回っていることが許されないと認識していたこと、何ら具体的内容のない「確認書」(甲三四、三五)から翻案権など著作権に重大な制限を加える権利の移転を認めるべきでないことからして、抗告人は、b社から、本件各イラストを客体とする翻案権を取得することはできない。
本件契約において、翻案権の移転につき特掲されていない。仕様書(甲六)において、キャラクターについて立体的な使用を考慮するよう記載しているのは、あくまで翻案権の範囲に含まれる立体物の創作にも適するようなイラストがキャラクターに望ましいことを記載しただけであり、立体物の権利関係を示すものではない。
(2) 争点一―二(本件調停による抗告人の著作権の内容)
(抗告人)
ア 本件調停の目的・経緯
本件調停においては、抗告人の立体物使用の是非については議論の対象とならず、相手方Y1の絵本発行の可否が主な論点となっていた。本件調停条項は、本件各イラスト等の使用承認状況の開示と適切管理の協議を定めたのみであり、抗告人及び四〇〇年祭委員会による本件各イラスト等の著作権に基づく利用を否定するものではない。地域活性化のためにキャラクターを採用し、地域のシンボルとして育て、地域住民に愛され続けるようにできるのは地域住民で構成される地方自治体であり、その利用については、地方自治体で管理される必要がある。そのキャラクターについて、応募した創作者が翻案権等を留保しておれば、創作者が別途に商品化権ビジネスを行えることになるから、地域経済等の進行を図る意義がなくなってしまう。
抗告人らが短期間の内に調停に応じたのは、相手方Y1が調停申立ての目的についてその主眼がキャラクターの適切管理の協議にあることを繰り返し述べ、調停申立ての趣旨もそれに沿ったものに変更し、申立ての趣旨変更の理由の中で、その使用が禁止されると、関係各所への影響が多大なものとなると抗告人らが危惧したキャラクターの使用許諾については、その使用中止を求める必要はないと明言したからである。
イ 本件調停条項第二項(1)の解釈
「図案」について規定されているのみで、立体物について除外している。もし立体物について利用許諾しないということになると、既に行っている契約関係に重大な影響が及ぶので、既契約については除外するとか、猶予期間を設けるとかの何らかの手当を検討しなければならないが、そのような交渉経緯も調停条項もない。
ウ 本件調停条項第二項(3)の解釈
「絵本その他の著作物」について定めているが、立体物を予定しているという解釈はできない。「創作」という文言の意味として、グッズ類の販売を含まないし、営利目的で複製物を量産するような活動は想定できない。本件で問題となっているグッズ(立体物)はいわゆる工業的量産品であり、通常は美術の著作物に含まれないから、「著作物」という表現からグッズまで認めたものと解することはできない。「公表」とはその創作に係る著作物を、世間に発表することを想定しているにすぎない。本件調停条項第二項(3)イにおいて相手方Y1に認められたのは、本件各イラスト類似のイラストを用いて絵本類似の著作物を新たに作り出し、抗告人らと誠実に協議をした上で、場合によってはそれを公表できるということのみであって、それを超えて、キャラクターグッズ類を大量生産してその販売を行うことは認められていない。いわゆる工業的量産品である立体物まで含むとするなら、翻案ないし使用許諾できるという表現が使われるはずである。相手方らは、この時点では、現在のような多くの立体物等を利用許諾していなかったのである。
エ 本件調停成立後の経緯
本件調停成立後に、抗告人の代理人が相手方代理人に申し入れたのは(乙二八ないし三〇)、マニュアル記載の限りの翻案及び立体物に関する翻案の了解を求めたものであり、これは調停で決めた以上のことではなく当然抗告人として許される行為であることを前提に、本件調停条項に「将来、別紙イラストに関連する紛争が生じた場合は、誠意を持って協議する」との定めがあることから丁重な対応を取ったものである。D弁護士は、乙三〇を送信された頃には抗告人から解任されていたのであるから、これに対する反論をする立場になく、D弁護士から反論がなかったことは、相手方らの主張を認めたことにはならない。抗告人代表者が調停において主として商標権に関する主張をし、著作権に関する主張をしなかったのは、法律構成の問題にすぎず、抗告人の事実認識を示すものではない。抗告人は、調停において、終始抗告人による本件キャラクターの利用は適法であり、その利用中止を求める調停が不調にされるべきことを主張していたものである。抗告人は、調停の前後を通じて、立体物も含めて本件各イラストに限定せずに本件キャラクターを継続的に利用してきた。
調停後の協議における抗告人代理人は、本件キャラクターの翻案権がそのいずれに帰属するか不分明な点があることを確認し、本件各イラストに関連する紛争が発生した場合には、双方誠実に協議するとの本件調停条項に基づく行動であり、相手方Y1に翻案権が帰属することを認めるものではない。そもそも調停条項の解釈に関して、抗告人代理人と抗告人との間に明白な見解の相違があったのであり、そこから、抗告人は同代理人を短期間で解任しているのであるから、代理人の言動は抗告人の認識を表すものではない。
(相手方ら)
ア 本件調停の目的
相手方Y1は、すべての商品の調査と本件各イラスト以外の使用承認の取消しを行う場合の影響の甚大さに配慮し、今後、本件各イラスト以外の使用承認がなされなければ、徐々に正常化すると考えられたこと、着ぐるみについては、相手方Y1が監修したものであることから、相手方Y1の本件キャラクターの自由な創作活動が認められるということを前提に、抗告人らが四〇〇年祭終了後も本件各イラストに限って利用することを譲渡して認めたのである。本件調停において、抗告人らと相手方Y1との間では、抗告人らが本件各イラスト以外の本件キャラクターの図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を第三者に許諾しないという内容の合意が成立した。
イ 本件調停条項第二項(1)の解釈
同条項アは、抗告人に対して相手方Y1の著作者人格権(同一性保持権)を侵害するおそれのある図案を使用許諾しないように義務づけた規定であるところ、同項の「相手方らが行う行事のシンボルマーク等として」という部分も、抗告人らが使用許諾する可能性のある状況を例示的、確認的に盛り込んだものにすぎなかった。本件各イラストを立体化することは翻案権を侵害するから、「図案…につき…使用許諾しない」との規定は、抗告人が本件各イラストを立体化させることも制限している。本件各イラストを反転させた図柄も使用許諾することを制限されていた。
ウ 本件調停条項第二項(3)の解釈
四〇〇年祭委員会は、b社から本件各イラストの著作権として複製権を取得したものの、その内容として著作者の創作活動を制限することまでは予定されていなかった。本件調停条項第二項(3)イにより、相手方Y1は、本件各イラストを除いた本件キャラクターのイラスト全てを用いて、あらゆる創作物を創作することを認められた。
エ 本件調停成立後の経緯
本件調停後の協議において、抗告人は、立体物や白黒・反転についても利用や使用許諾を認めてほしいと申し入れていたのであるから、これらの利用や使用許諾は本件調停条項により制限されていたのである。仮処分申立の原決定に至る主張においても、抗告人は、自らが取得した複製権の内容が最高裁平成九年七月一七日第一小法廷判決(ポパイ事件最判)の採用した規範に準じた広い範囲のものであるとの主張をしていないのであるから、そのような認識はなかった。
抗告人は、調停において、本件契約書、確認書(甲七、三四、三五)の存在なども考慮した上で、四〇〇年祭委員会が本件各イラストを客体とする著作権を取得したという内容の本件調停条項に合意したのであり、相手方Y1と抗告人との間の権利関係については本件調停の成立により決着していた。
抗告人代表者は弁護士資格を有しており、本件調停に自ら出頭していたのであるから、抗告人に訴訟代理人がついていたか否かという点は、本件調停条項を解釈することに何ら影響を及ぼさない。
二 争点二(相手方らの行為が複製ないし翻案に該当するか)
(抗告人)
抗告人は、本件各イラストの翻案権を含めた著作権を有している。
ポパイ事件最判によれば、後に表現されたイラストや立体物が、先行するイラストや立体物と同じキャラクターを表現したものであるといえる限り、先行するイラストや立体物の複製に当たる。相手方イラストは、本件各イラストに表されたキャラクターである「○○」を表現したものと知り得るものであるから、本件各イラストの複製に当たる。したがって、相手方が相手方イラストを使用する行為は抗告人の複製権ないし翻案権を侵害する。
著作権侵害において要求される依拠性は、偶然の暗合や独立の創作を侵害の対象から除外するためだけのものである。本件では、侵害の対象となるイラストの表現内容を熟知する著作者自身が譲渡されたものと全く同一のキャラクターのイラストを作成したのであって、偶然の暗合や独立の創作などということは考えられない。本件では、相手方らは、自ら販売するグッズ類に、「○○」や「ひこねのよいにゃんこ」なる「○○」を容易に想起させる名称を付して販売していたものであって、相手方らが本件キャラクターを意識してグッズ類を作成していたことは明らかである。
(相手方ら)
相手方イラストは、本件各イラストが創作される前から相手方Y1が想起していたアイデアに基づいて創作したものであるから、本件各イラストに依拠しておらず、本件各イラストの複製に該当しない。
三 争点三(使用許諾の有無)
(相手方ら)
本件調停条項第二項(3)イにより、相手方Y1は、本件各イラストを除いた本件キャラクターのイラスト全てを用いて、あらゆる創作物を創作することを認められた。そして、創作した著作物を公表する前に、抗告人らと誠実に協議することを求められているにすぎず、承諾は必要とされていない。相手方らは、本件調停成立前に絵本のみならずグッズも製造、販売していたのであるから、想定していた創作活動は、絵本の執筆だけではなく、グッズ展開も含んでいた。抗告人らは、本件調停において、抗告人らの行為が相手方Y1の権利を侵害するものではないという主張を繰り返すばかりで、相手方Y1の本件キャラクターのグッズ販売を含む創作活動の制限を求める主張をしなかった。抗告人らが本件調停に消極的な姿勢を見せ続けるだけで短期間のうちに本件調停が成立した経緯からして、本件調停が相手方Y1の創作活動を制限する趣旨で成立したものではなく、キャラクターの自由な創作活動の展開を容認していたものである。
(抗告人)
本件調停条項第二項(3)イで相手方Y1に許されることとなったのは、絵本その他の著作物の創作行為に限定されているのであって、本件キャラクターのグッズを製造販売する権利までは認められていない。
「創作」という文言の意味として、グッズ類の販売を含まないし、営利目的で複製物を量産するような活動は想定できない。本件で問題となっているグッズ(立体物)はいわゆる工業的量産品であり、通常は美術の著作物に含まれないから、「著作物」という表現からグッズまで認めたものと解することはできない。「公表」とはその創作に係る著作物を、世間に発表することを想定しているにすぎない。本件調停条項第二項(3)イにおいて相手方Y1に認められたのは、本件各イラスト類似のイラストを用いて絵本類似の著作物を新たに作り出し、抗告人らと誠実に協議をした上で、場合によってはそれを公表できるということのみであって、それを超えて、キャラクターグッズ類を大量生産してその販売を行うことは認められていない。いわゆる工業的量産品である立体物まで含むとするなら、翻案ないし使用許諾できるという表現が使われるはずである。相手方らは、この時点では、現在のような多くの立体物等を利用許諾していなかったのである。
相手方Y1監修による絵本の出版日が調停申立日のわずか三日後であることから明らかなように、相手方Y1が調停を申し立てた大きな目的の一つが、当該絵本の出版を正当化するということであった。そのため、相手方Y1は調停の中で絵本の出版を認めるよう強く求めており、抗告人らも絵本程度であればその創作及び出版を認めても、抗告人による本件キャラクターの適正な利用に支障を生じるものではないとして、絵本とその広告等に限って相手方Y1が創作することを認めたが、それ以上に相手方Y1によるキャラクターグッズ類の展開を容認するものではなかった。本件調停において、抗告人と相手方Y1との間で、相手方Y1は抗告人の承諾を得ずに本件各イラストに類似するイラストを使用しないという合意が成立した。相手方Y1は、抗告人の承諾を得ていない。
四 争点四(抗告人の申立ては権利の濫用ないし信義則違反であるか)
(相手方ら)
相手方らの行為は、本件調停条項二(3)ア及びイによって、抗告人らによって許容されたものであるから、抗告人が複製権などに基づいて相手方らの行為を差し止めることは、本件調停における相手方Y1との合意を反故にするものであって、信義誠実の原則に反し、又は、権利の濫用に当たるから許されない。
抗告人は、本件調停条項第二項(3)ア及びイで相手方Y1の創作活動の自由を認め、本件各イラストの表示された商品と、相手方Y1が新たに創作する本件キャラクターの関連グッズ等の商品が、市場に併存することを想定していたのであるから、抗告人の請求が許されないとしても抗告人が想定外の不利益を被ることにはならない。
相手方らは、本件調停条項第二項(3)イただし書を遵守して、抗告人に公表内容のデザインシートを送付して協議を申し入れていたのであるから、特に責められるべき点がなく、相手方らの利益を保護する必要性は強い。
相手方らの行為が仮に本件調停条項第二項(3)イで許容される行為に当たらないとしても、絵本に登場するキャラクターの関連グッズの販売は、絵本の広告宣伝活動の一環であるから、本件調停条項第二項(3)アでも許容されている。本件各イラストを立体化させた商品の製造は創作性があるから、翻案に当たる。抗告人らが、第三者による本件各イラストの立体商品を製造販売することを使用許諾したことは、翻案に当たり、相手方Y1の翻案権又は同一性保持権を侵害するといえる。抗告人らは、本件各イラストの使用に際し、相手方Y1が著作者であることを示す記載もしておらず、相手方Y1の氏名表示権を侵害している。
(抗告人)
抗告人の本件各イラスト等の使用は、抗告人が有する本件各イラスト等の複製権ないし翻案権の範囲内のものであるから、抗告人の申立てが権利の濫用であるとはいえない。譲渡された著作権の通常の行使の範囲内にある限り、著作者人格権については同意があったものと解される。本件調停条項第二項(1)アにおいて、抗告人らが禁止された使用許諾は、図案を対象とするものであり、また、抗告人らが行う行事のシンボルマーク等として、という場面の限定が付されているのであって、立体物の使用許諾や行事のシンボルマーク等以外の使用許諾は何ら禁止されていないのである。本件調停成立後、抗告人は「井伊直弼と開国一五〇年祭実行委員会」に対してそのキャラクターとして本件各イラストに類似した立体物等の使用許可をした事実はあるが、四〇〇年祭委員会や抗告人が行う行事のシンボルマーク等としてかかる立体物等の使用許可をしたのではないから、抗告人に本件調停条項違反はない。本件調停条項により使用許諾しない対象は「図案」であって、平面を前提とするものであるから、本件調停条項は、抗告人が本件各イラストに類似した立体物を使用許諾することを妨げるものではない。本件調停条項において使用許諾が制限されるイラストは、本件各イラストを反転させたものを含まない。
本件キャラクターの利用については、本件仕様書によって、自由使用が許されており、抗告人らは本件キャラクターにつき著作者が表示しているところに従い表示しているものであるから氏名表示権侵害も認められない。
抗告人らは、本件調停条項において、相手方らに対し、グッズ販売等を許容してはいない。
本件調停では、明確に相手方Y1に翻案権があることを双方が確認し合った上でなされた合意内容ではないから、合意内容の違反があっても、信義則違反が考慮される事情とはならない。
五 争点五(本件各イラストは周知又は著名な抗告人の営業表示であるか)
(抗告人)
本件キャラクターひいては本件各イラストは、抗告人の観光事業を表す周知又は著名な営業表示である。周知性又は著名性を獲得した時期は、本件調停成立時より前である。
本件各イラストが周知・著名となったのは、本件調停成立以前に、以下のような四〇〇年祭委員会を始めとする多くの彦根市民の努力と多額の費用によるものであった。すなわち、①四〇〇年祭委員会は、本件各イラストの名称を公募し、抗告人がその公募内容について、広報誌を利用して宣伝し、四〇〇年祭委員会が「○○」という親しみやすい名称を選び、②四〇〇年祭委員会が本件各イラストの使用料金を無料としたため、使用者が爆発的に増加し、知名度が急激に高まり、③四〇〇年祭委員会が本件各イラストを「国宝・a城築城四〇〇年祭」と一体不可分のものとして行催事などにおいて継続的に広報宣伝し、④四〇〇年祭委員会が、「○○」着ぐるみを全国各地に出張させ、広く広報活動を行い、⑤四〇〇年祭委員会があらゆるポスター、ビラに本件各イラストを使用し、宣伝し、⑥四〇〇年祭委員会がインターネット、新聞、テレビなどあらゆるメディアを利用して本件各イラストを宣伝し、⑦彦根市内の各種団体、企業、大学、市民らが全力を挙げて本件各イラストを宣伝してきたのである。
相手方らも、本件調停申立ての時点で、本件キャラクターが全国的な知名度を有することになったことを認めている。
平成一八年の彦根市の人口は約一一万人であり、滋賀県は約一三九万人であった。四〇〇年祭関連の観光客は推計二四三万人であり、観光消費額一七四億円中○○グッズ購入額は一七億円である。平成二〇年は、観光客数一八五万人で○○グッズ販売額一〇億円、平成二一年は観光客数二一〇万人で○○グッズ販売額八億円である。国宝・a城築城四〇〇年祭シンボルマーク等申請数等は、平成一八年で申請数一八九件、承認数一七四件、平成一九年は申請数九二一件、承認数八四四件である。その他、四〇〇年祭委員会等による宣伝活動等により、インターネットHPへのアクセス、ブログ、パンフレット、新聞、テレビ番組、イベントへの登場等は膨大な数に上る。こういった抗告人らの努力によって、本件キャラクターは周知性を獲得した。
(相手方ら)
不正競争防止法が公正な競業秩序の維持を目的としているのであるから、周知性の獲得・維持の過程において他人の権利を侵害する違法行為があった場合には、同法によって保護するに値しないから、周知されている商品等表示であったとしても周知性の獲得を認めるべきでない。本件各イラストについては、抗告人が本件調停条項に違反する違法な使用許諾が寄与することによって周知性を獲得・維持してきたのであるから、周知性の要件を満たしていない。
抗告人の商品には、平成二一年の一年間だけで本件調停条項に違反する立体物が一〇万個を超えて含まれており、これが本件各イラストの周知性獲得・維持に大きく寄与した。
六 争点六(相手方らイラストの商品等表示としての使用)
(抗告人)
相手方らは、抗告人らが許諾し販売しているのと同様のグッズ類に本件キャラクターを付して商品表示をしたものを、「○○」や「ひこねのよいにゃんこ」なる「○○」を観念上容易に想起させる紛らわしい名称を付して販売等しているのであるから、相手方らイラストを商品等表示として使用している。
(相手方ら)
争う。
七 争点七(使用許諾の有無)
(相手方ら)
本件調停条項第二項(3)イにより、相手方Y1は、本件各イラストを除いた本件キャラクターのイラスト全てを用いて、あらゆる創作物を創作することを認められた。そして、創作した著作物を公表する前に、抗告人らと誠実に協議することを求められているにすぎず、承諾は必要とされていない。相手方らは、本件調停成立前に絵本のみならずグッズも製造、販売していたのであるから、想定していた創作活動は、絵本の執筆だけではなく、グッズ展開も含んでいた。抗告人らは、本件調停において、抗告人らの行為が相手方Y1の権利を侵害するものではないという主張を繰り返すばかりで、相手方Y1の本件キャラクターのグッズ販売を含む創作活動の制限を求める主張をしなかった。抗告人らが本件調停に消極的な姿勢を見せ続けるだけで短期間のうちに本件調停が成立した経緯からして、本件調停条項が相手方Y1の創作活動を制限する趣旨で成立したものではなく、キャラクターの自由な創作活動の展開を容認していた。
(抗告人)
本件調停条項においては、本件各イラストの商標権者が抗告人であることが確認されているのであるから、相手方らが抗告人の承諾なく本件各イラストに類似したイラストを絵本以外の商品に商品等表示として付する行為は、商標権侵害又は不正競争に該当し、禁じられることが前提とされている。したがって、本件調停条項第二項(3)イは、本件各イラストに類似するイラストを用いて、絵本その他の著作物を創作するに際し、抗告人の商標権を侵害しないよう、誠実に協議することを相手方Y1に求めたものである。協議しさえすれば、抗告人の承諾がなくとも、相手方Y1が本件各イラストに類似するイラストを商品等表示として付することが容認されるなら、本件調停条項が誠実な協議を求めた趣旨が失われるから、本件調停条項は、相手方Y1が、本件各イラストに類似するイラストを公表する際には、抗告人の承諾を要するとしたものである。仮に、承諾までをも要求しないものであるとしても、相手方Y1は、本件各イラストに類似するイラストを公表する際には、抗告人と誠実に協議する義務を負う。しかし、相手方らは、抗告人が使用等の差止めを求めている商品に付した各イラストのカラーコピーを送付したのみで、商品実物見本などの提示も行っていないし、一方的に、自由に本件各イラストに類似するイラストを公表できる旨主張するのみで、誠実な協議を行う意思が全くない。
八 争点八(先使用該当性)
(相手方ら)
相手方らの行為には、不正競争防止法一九条一項三、四号の先使用が成立する。相手方らは、本件各イラストを作成した段階から本件キャラクターを展開した創作活動を予定し、平成一八年一〇月頃には公表を前提とした創作活動を始め、同年一二月末には絵本を公表し、その後、本件キャラクターのグッズの製造販売等を継続して行ってきた。抗告人らは、本件各イラストの複製権を取得したものの、キャラクタービジネスを前提として著作者の創作活動を制限するほど広い範囲の複製権を取得していなかった。そのため、平成一八年一二月末の絵本公表は、不正の目的ではない。著作者が未発表かつオリジナルのイラストを応募に用いたとしても、その後、著作者が当該イラストに類似したイラストの創作ができるかどうかは、著作権等の権利関係を応募先との間でどのように設定するかによって異なる。
(抗告人)
相手方Y1は四〇〇年祭実行委員会に対して未発表かつオリジナルのキャラクターを譲渡したとしたのであるから、譲渡した本件著作物の複製に当たる絵本を創作して出版するなどの行為は、不正競争防止法一九条一項三、四号の「不正の目的でなく」の要件を満たさないのであり、先使用の抗弁を主張することはできない。
九 争点九(抗告人の申立ては権利の濫用ないし信義則違反であるか)
(相手方ら)
相手方らの行為は、本件調停条項第二項(3)ア及びイによって、抗告人らによって許容されたものであるから、抗告人が複製権等に基づいて相手方らの行為を差し止めることは、本件調停における相手方Y1との合意を反故にするものであって、信義誠実の原則に反し、又は、権利の濫用に当たるから許されない。
抗告人は、本件調停条項第二項(3)ア及びイで相手方Y1の創作活動の自由を認め、本件各イラストの表示された商品と、相手方Y1が新たに創作する本件キャラクターの関連グッズ等の商品が、市場に併存することを想定していたのであるから、抗告人の請求が許されないとしても抗告人が想定外の不利益を被ることにはならない。
相手方らは、本件調停条項第二項(3)イただし書を遵守して、抗告人に公表内容のデザインシートを送付して協議を申し入れていたのであるから、特に責められるべき点がなく、相手方らの利益を保護する必要性は強い。
相手方らの行為が仮に本件調停条項第二項(3)イで許容される行為に当たらないとしても、絵本に登場するキャラクターの関連グッズの販売は、絵本の広告宣伝活動の一環であるから、本件調停条項第二項(3)アでも許容されている。
本件各イラストを立体化させた商品の製造は創作性があるから、翻案に当たる。抗告人らが、第三者による本件各イラストの立体商品を製造販売することを使用許諾したことは、翻案に当たり、相手方Y1の翻案権又は同一性保持権を侵害するといえる。抗告人らは、本件各イラストの使用に際し、相手方Y1が著作者であることを示す記載もしておらず、相手方Y1の氏名表示権を侵害している。
遅くとも平成一九年三月頃の時点で、抗告人は、第三者による本件各イラストの立体商品の製造販売を使用許諾することによって、相手方Y1の翻案権又は同一性保持権を侵害しており、その行為が周知性の獲得に寄与していた。そのため、不正競争防止法によって保護されるに値せず、周知性の獲得は認められるべきではない。
(抗告人)
抗告人は、本件調停条項違反をしていない。
本件においては、本件調停成立時までに本件キャラクターについて抗告人側で周知性を獲得していた。抗告人が、本件調停成立後に合意違反をしていたとしても、短期間にすぎない。仮に、本件調停成立後に抗告人が合意違反をしたとしても、本件キャラクターの周知性と因果関係が存在しない。
仮に、抗告人が本件調停条項に違反していたのであれば、相手方らにおいてその是正を求める適切な法的請求を行えばよいのであって、抗告人の差止請求まで排斥する理由はない。仮に、抗告人の請求が排斥されるならば、抗告人の使用許諾した商品等表示を付した商品と、相手方らの使用許諾した商品等表示を付した商品とについて、需要者の混同を招く現状が永続するのであって、不正競争防止法の立法目的に反する。
本件調停条項には、「相手方らは、申立人に対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作することを認める。ただし、申立人は、その公表をする際には、事前に、相手方らと誠実に協議する。」とあるが、相手方らは、一方的に相手方イラストのカラーコピーを送付したのみで、商品実物見本などの抗告人への提示も行っていないし、一方的に、自由に本件各イラストに類似するイラストを公表できる旨主張するのみで、誠実な協議を行おうとする意思が全くない。相手方らは、抗告人らが本件キャラクターの周知性・著名性の獲得・維持のため行った努力や多額の費用の投入による成果に無償で便乗し、不当に利益を得ようと企て、需要者に対し混同を生ぜしめている。
抗告人の申立ては権利の濫用とはいえない。
一〇 争点一〇(保全の必要性)
(抗告人)
抗告人は相手方らに対し、相手方イラストが表示された商品の製造、販売を自ら行い、又は第三者をして行わせることのないよう申し入れたが、相手方らは相手方イラストを表示した商品の製造販売を継続している。したがって、本案訴訟の確定を待っていたのでは、抗告人が回復し難い損害を被る。
(相手方ら)
抗告人が主張する事情は、いずれも、保全の必要性を肯定する事情とまではいえない。
第四当裁判所の判断
一 事実関係
前記前提事実並びに疎明資料(<省略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 四〇〇年祭委員会によるa城築城四〇〇年祭のキャラクター等の募集
四〇〇年祭委員会は、平成一七年一一月ころから、a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴ及びキャラクターの募集を開始し、複数の業者等に応募を呼びかけるとともに、下記の記載がある「国宝・a城築城四〇〇年始シンボルマーク等作成仕様書」(本件仕様書)を配布した(甲五、六)。
記
「1.目的
(中略)
このa城の築城四〇〇年を祝うとともに、これを契機に、彦根の新たな飛躍・発展を目指し、「国宝・a城築城四〇〇年祭」を開催するにあたり、市民への啓発と全国への情報発信を行うため、また、事業全体の統一感を持たせるため、「国宝・a城築城四〇〇年祭」をイメージできるシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターを作成する。
(中略)
3.業務の概要
「a城築城四〇〇年祭」のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターの作成に係る一切の業務
4.作品規格等
(中略)
③ (中略)
■キャラクターは、着ぐるみ等を作成する場合もあるので、立体的な使用も考慮すること。
5.制作費上限金額
金一、〇〇〇、〇〇〇円(消費税、デザイン料等すべて含む)
6.所有(著作)権
採用されたシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターに関する、所有(著作権)等一切の権利は、国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会に帰属するものとする。
(中略)
9.その他
(中略)
(5) 採用されたシンボルマーク、ロゴおよびキャラクターは、国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会および同実行委員会が許可した団体等のインターネットホームページや出版物、PR用ツール等に対して自由に使用する。
以下<省略>」
(2) 本件各イラストの作成等
ア 相手方Y1は、a城築城四〇〇年祭のキャラクターとして本件各イラストを作成し、相手方Y2社の代表取締役であるAは、城のデザインを背景にした「国宝・a城築城四〇〇年祭」のロゴ(以下「本件ロゴ」という。)を作成した。なお、本件各イラストは、彦根藩二代目藩主を手招きして落雷から救ったという伝説の猫が彦根藩伝来の「井伊の赤備え」と呼ばれる兜をかぶった姿をモチーフにして描かれたものとされている。
そして、相手方Y2社は、b社に本件各イラスト及び本件ロゴを交付し、b社において、これらを四〇〇年祭委員会に提出した。
イ 四〇〇年祭委員会は、本件各イラストをa城築城四〇〇年祭のキャラクターとして採用することを決め、平成一八年一月二四日、b社との間で、下記の内容の契約書(本件契約書)を作成した(甲七、五一)。
記
「1.件名(納入物) 国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクター
2.納入期限 平成一八年二月二四日
3.契約金額 金一、〇〇〇、〇〇〇円
(消費税等すべて含む)
国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会会長(以下「甲」という。)と株式会社b社代表取締役社長(以下「乙」という。)は、国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴおよびキャラクター(以下「シンボルマーク等」という。)について、次に定めるとおり契約を締結する。
(総則)
第一条 乙は、別紙「仕様書」(注:上記アと同じ内容のもの。)に基づき、頭書の契約金額をもって、頭書の納入期限まで国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク等を作成し、納入しなければならない。
(中略)
(著作権等)
第七条 乙が甲に納入したシンボルマーク等の所有に関する著作権等一切の権利は甲に帰属するものとする。
以下<省略>」
ウ b社は、上記(イ)の契約に基づき、四〇〇年祭委員会に対し、a城築城四〇〇年祭のキャラクター及びロゴとして、本件各イラスト及び本件ロゴを納入し、四〇〇年祭委員会からこれらの制作代金として一〇〇万円を受領した。このうち、相手方会社が受領したのは五二万五〇〇〇円であった。
エ b社は、平成一八年二月、四〇〇年祭委員会と本件キャラクターの着ぐるみの製造供給契約を締結し、相手方Y1の監修のもとで着ぐるみを制作して四〇〇年祭委員会に納入した。
(3) キャラクターの公表、愛称の募集等
抗告人は、平成一八年二月、ホームページや広報誌の「公報c」に本件各イラストを掲載し、本件キャラクターがa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターに決定したことを公表するとともに、その愛称を募集した。
四〇〇年祭委員会は、全国から応募のあった一一六七件(愛称数七八八点)の中から本件キャラクターの愛称を「○○」と決定し、同年四月には抗告人のホームページや「公報c」において、本件キャラクターの愛称が決定したことを公表した。
(4) 四〇〇年祭委員会による本件キャラクターの使用
四〇〇年祭委員会は、平成一八年二月ころから、a城築城四〇〇年祭の宣伝用チラシ、ステッカー、うちわなどに本件各イラストを印刷して抗告人の庁舎やa城の表門等で多数配布するようになった。
また、四〇〇年祭委員会は、平成一八年三月ころからは、多数の業者に本件キャラクター(本件各イラストだけでなく、本件各イラストに類似する図柄及び立体物を含む。)を使用した商品の製造販売を許諾するようになり、その結果、本件キャラクターが使用された商品が市場で多数販売されるようになった。
さらに、四〇〇年祭委員会は、平成一八年五月から、抗告人の庁舎などにおいて、b社が制作した本件キャラクターの着ぐるみを展示するようになった。
(5) 相手方会社とb社間での知的財産権譲渡の確認
相手方会社は、平成一八年一二月二七日付で、b社に対し、以下の内容の確認書を発行した(甲三四)。
「株式会社bが株式会社Y2に発注した、国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク・ロゴ及びキャラクターに関し、次のとおり確認します。
1.国宝・a城築城四〇〇年祭シンボルマーク・ロゴ及びキャラクターに関し、貴社の発注の作成過程において発生する当社の知的財産権は、発注の内容を含み、貴社が譲渡を受けるものとします。
2.キャラクターについては、別途作成する場合は、国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会の許諾を必要とします。」
また、b社は相手方会社に対し、同月二八日付で、以下の内容の確認書を発行した(甲三五)。
「株式会社bが株式会社Y2に発注した、国宝・a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク・ロゴ及びキャラクターに関し、次のとおり確認します。
(1) シンボルマーク・ロゴ及び、決定されたキャラクターデザイン(先に提出分)については、彦根市/実行委員会に譲渡しております。
今後、新たなキャラクターデザインの展開については、株式会社Y2が彦根市実行委員会の依頼を受け協議の上、製作する事とします。」
(5) 相手方Y1による絵本の出版
相手方Y1は、平成一九年一月、「○○」の愛称を用いて本件各イラストと類似する猫の絵(本件各イラストと同一ではない。)を使用した○○絵本「△△△」との題名の絵本をd出版株式会社から出版した。平成一九年二月二一日、相手方Y1は、四〇〇年祭委員会から「キャラクター愛称」について使用承認を受けた(なお、これが「○○」名称のみを意味するのか、図柄と「○○」名称の双方を意味するのかは明確でない。)。d出版株式会社は、本件キャラクターのポストカード、ピンバッチ、シールなどのグッズを製造販売した。
(6) 抗告人による商標登録出願等
抗告人は、平成一九年三月二八日、原決定別紙イラスト目録1記載のイラスト及び「○○」の文字について、それぞれ商標登録出願を行い、平成二〇年一月一一日、各出願に基づく商標登録がなされた(指定商品は携帯電話用のストラップ[第九類]、絵本[第一六類]、おもちゃ[第二八類]等。)。
(7) 抗告人による宣伝活動等
平成一八年の彦根市の人口は約一一万人であり、滋賀県の人口は約一三九万人にあったところ、滋賀大学産業共同研究センターの推計によれば、平成一九年三月二一日から同年一一月二五日までの四〇〇年祭の期間中にa城を中心とする観光地域に来訪した観光客数は二四三万人、観光消費額一七四億円、本件キャラクターグッズ購入額は一七億円であり、平成二〇年には、観光客数一八五万人、本件キャラクターグッズ販売額一〇億円、平成二一年には、観光客数二一〇万人、本件キャラクターグッズ販売額八億円であった。四〇〇年祭シンボルマーク申請数等は、平成一八年は申請数一八九件、承認数一七四件、平成一九年は申請数九二一件、承認数八四四件である。四〇〇年祭委員会等の宣伝活動等により、インターネットHPへのアクセス、ブログ、パンフレット、新聞、テレビ番組、イベントへの本件キャラクターの登場等は膨大な数に上っている。
(8) 相手方Y1と抗告人らとの間の紛争
相手方Y1は、市場で販売されている本件キャラクターを使用した商品の中に、自己の意に沿わない内容に本件各イラストが改変されているものが多数含まれており、また、a城築城四〇〇年祭の宣伝活動の範囲を逸脱するような商品についても四〇〇年祭委員会がキャラクターの使用を承認しているとして、平成一九年四月頃から、四〇〇年祭委員会に改善するよう申し入れるようになった。
その後、相手方らから委任を受けたB弁護士(本件の相手方ら代理人)は、四〇〇年祭委員会に対し、相手方Y1が四〇〇年祭委員会に提出したデザインは本件各イラストの三パターンだけであるにもかかわらず、四〇〇年祭委員会がこの三パターン以外のものについても第三者に使用を許諾しており、相手方Y1の意図しない利用がされているとして、キャラクターの管理について協議を申し入れる旨を記載した平成一九年六月八日付の申入書を送付した。
そして、相手方らと四〇〇年祭委員会との間で、代理人弁護士を通じた協議が重ねられたが、解決には至らなかった。
(9) 平成一九年一一月、相手方らは、東京都渋谷区と滋賀県大津市で、「Eの世界―ひこねのよいにゃんこ展―」(注:「E」は相手方Y1のペンネーム)という展覧会を開催し、その会場において本件キャラクターのポストカード、ピンバッチ、シールなどのグッズ販売をした。
(10) 相手方Y1と抗告人らとの間の調停
ア 相手方Y1は、平成一九年一一月七日、抗告人らを相手方として、本件調停を彦根簡易裁判所に申し立てた。当初の調停申立ての趣旨は、以下のとおりである。
① 相手方ら(注:本件の抗告人ら。以下③まで同じ。)は、国宝・a城築城四〇〇年祭の会期終了後は、別紙目録記載の商標の使用を中止せよ。
② 相手方らは、別紙目録記載以外の「○○」のキャラクターの使用承認を取り消せ。
③ 相手方らは、申立人(注:相手方Y1)に対し、連帯して相当額の金員を支払え。
相手方Y1は、上記調停において、本件キャラクターの三パターンの図柄(本件各イラスト)だけを四〇〇年祭委員会に提出したにもかかわらず、四〇〇年祭委員会がこれ以外の本件各イラストに類似するデザインの使用を無制限に許諾しており、これは本件各イラストの著作者である相手方Y1の著作者人格権を侵害するものであると主張していた。
イ 平成一九年一一月九日、相手方Y1が監修した、ひこねのよいにゃんこ絵本「□□□」がd出版株式会社から出版された。
ウ 平成一九年一一月一九日、相手方Y1代理人名義での、「調停申立の経緯等について」と題する書面が彦根簡易裁判所に提出されるとともに、報道機関に対して発表された。この中で、相手方Y1は、以下の三つが本件調停の目的であるとした。
① 偽物や粗悪品に本件キャラクターが使用されることは問題であるから、本件キャラクター使用のルール作りを行うこと
② 原作者に監修の機会を与えること
③ 会期終了後の本件キャラクターの取り扱いについて協議すること
エ 平成一九年一二月一〇日、相手方Y1は、「相手方ら(注:抗告人ら)は、申立書添付目録記載の図柄の使用の中止については、関係各所への影響が多大になることなどその影響を危惧するとの見解が示された。他方、申立人(注:相手方Y1)としても、著作権の同一性保持権を侵害するような不適切な使用が防止されること、それによりキャラクターの性格が歪められるなどの不適切な事例が起こらないのであれば、使用中止を求める必要はない」として、申立ての趣旨を以下のとおり変更した。
「1 相手方らは、申立書添付目録記載の図柄の使用を承認した相手先等承認状況を申立人に開示せよ。
2 相手方らは、申立書添付目録記載の図柄の使用承認及び管理を行うにつき、適切になされるよう申立人と協議することとせよ。
3 相手方らは、別紙目録記載以外の「○○」のキャラクターの使用承認を取り消せ。」
オ 相手方らは、本件調停成立までの間、絵本以外においてキャラクターを使用したいとの意思を、文書にて抗告人らに対し示すことはなかった。
カ 担当裁判官は、調停条項案を作成し、当事者双方に提示し紛争の早期解決を促した。本件調停条項第二項(3)イは、上記条項案では、「申立人は、相手方らに対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作する際には、相手方らと誠実に協議する。」という文言であったが、その後修正が加えられ、成立時の文言となった。
キ 平成一九年一二月一四日、相手方Y1と抗告人らとの間で、下記の調停条項を含む内容の本件調停が成立した。本件調停が成立した調停期日には、相手方Y1側は代理人であるB弁護士が出頭したが、抗告人らは代理人を選任していなかったため、抗告人代表者の市長(弁護士でもある。)と四〇〇年祭委員会(権利能力なき社団)の会長がそれぞれ出頭して本件調停を成立させた(甲一一)。
記
【調停条項】
「1(1) 申立人(注:抗告人Y1。以下同じ。)と相手方ら(注:抗告人ら。以下同じ。)は、別紙イラスト(注:本件各イラスト。以下同じ。)につき、その著作者が申立人であって申立人が著作者人格権を有すること、商標権者が相手方彦根市であること、著作権者(但し(2)についての点を除く。)が相手方国宝・a城築城四〇〇年祭実行委員会(以下「相手方委員会」という。)であることをそれぞれ相互に確認する。
(2) 申立人と相手方らは、別紙イラストの翻案権、二次的著作物利用権が申立人と相手方委員会のいずれに属するかにつき不分明の点があることを相互に確認する。
2 申立人と相手方らは、別紙イラスト及び相手方彦根市が商標登録した「○○」の正当な使用を図るため、1(2)の点にもかんがみ、以下の点につき合意する。
(1)ア 相手方ら(相手方委員会の解散後は相手方彦根市)は、別紙イラストの適正な管理に努めるとともに、申立人に対し、相手方委員会(同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者を含む。以下同様)が、別紙イラスト以外の図案(別紙イラストに類似し、その使用が著作者人格権及び翻案権を侵害すると当事者のいずれかが思料するもの)につき、相手方らが行う行事のシンボルマーク等として使用許諾しない。
イ 相手方らは、申立人に対し、平成二〇年から平成三九年まで、毎年一月末日限り、当該年の前年の一月一日から一二月三一日までの間に相手方委員会が別紙イラストにつき使用許諾をした第三者につき、その名簿(番地を除く所在地、当該第三者の業種、許諾した内容の記載のあるもの)を申立人に送付する方法(当該期間に前記許諾がなかった場合はその旨を通知する方法)で告知する。
(2) (略)
(3)ア 相手方らは、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、別紙絵本目録記載の絵本を出版、印刷し、またその広告をすることを認め、これに異議を述べない。
イ 相手方らは、申立人に対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作することを認める。ただし、申立人は、その公表をする際には、事前に、相手方らと誠実に協議する。
ウ 申立人は、相手方らまたはそのいずれかが、別紙イラストにつき、相手方らの有する著作権(翻案権、二次的著作物利用権を含む。)ないし商標権の侵害があると思料する第三者(中略)に対し民事上の請求をしたり告発等の刑事手続をする場合、これを妨害しない。
(4) 相手方らは、申立人が、別紙イラストにつき、申立人の有する著作権(翻案権、二次的著作物利用権を含む。)ないし著作者人格権の侵害があると思料する第三者に対し民事上の請求をしたり告発等の刑事手続をする場合、これを妨害しない。
(5) ただし、(3)、(4)の合意に関し、申立人及び相手方らは、申立人ないし相手方らが当事者となった裁判上の紛争において、参加人あるいは利害関係人となった場合には、各自が自己に別紙イラストにつき翻案権及び二次的著作権を有する旨主張することを相互に妨げない。
(6) 申立人と相手方らは、将来、別紙イラストに関連する紛争が生じた場合は、誠意を持って協議することとし、当事者間の協議が整わない場合、その解決につき、当事者と利害関係のない第三者の仲介もしくは裁判所における手続に委ねる。
以下<省略>」
【調停調書の別紙絵本目録】
「1 題名 △△△
以下<省略>
2 題名 □□□
以下<省略>」
(11) 四〇〇年祭委員会による本件各イラストの著作権の譲渡等
四〇〇年祭委員会は、本件調停成立後、本件各イラストの著作権を抗告人に譲渡して解散した。
(12) 本件調停後の抗告人の行為等
ア 抗告人は、本件調停成立後、それまで四〇〇年祭委員会が行っていた本件キャラクターの第三者への使用許諾をするようになり、「○○」の商標使用に関する要綱及び「○○」の商標使用に関する基準(いずれも平成二〇年一月七日施行)を制定するとともに、本件各イラストの使用許可を与える基準となるマニュアルも制定して公表した。抗告人はまた、井伊直弼と開国一五〇年祭(平成二〇年六月四日から平成二二年三月二四日まで開催)のキャラクターとして、本件キャラクターを採用した。
抗告人が公表したマニュアルによれば、本件各イラスト、これらを反転させた図柄、単色にしたもの、単色にして反転させたもの、単色にして黒地に白抜きとしたもの、単色にして黒地に白抜きにした上で反転させたものが許諾の対象とされていた。そして、抗告人は、立体物は調停により制限されていないという理解に立ち、立体物についても使用許可を与えてきた。
相手方Y1は、代理人であるB弁護士を通して、抗告人に対し、本件調停条項に違反する行為であると抗議をした。
イ 平成二〇年五月頃から、抗告人の代理人であるD弁護士と相手方Y1の代理人であるB弁護士が再び協議をするようになり、その協議において、抗告人は、本件各イラストを反転させた図柄、本件各イラストの色彩を白黒にした図柄及び本件キャラクターの立体物の使用を希望すると伝えた。
これに対し、相手方Y1は、b社が制作した着ぐるみの使用は認めるが、それ以外は本件調停で認められた本件各イラストの三ポーズ以外の使用を認めることはできないと回答した。
その後、抗告人側の代理人のD弁護士が解任されるなどしたため、協議を継続することができない状況となった。(乙二八ないし三〇)
ウ 抗告人は、平成二二年一月、本件調停条項第二項(1)イに基づく義務の履行として、相手方Y1に対し、平成二一年にキャラクターの使用を許諾した申請者名、使用商品名、製造予定数量等を記載した一覧表を送付した。
同一覧表の使用商品名欄には合計で約一〇〇〇点の商品名が記載されており、申請者が申告した各商品の製造予定数量を合算すると優に一〇〇万個を超える。
また、同一覧表には、商品の見本写真等が添付されていないため、個別の商品におけるキャラクターの使用態様を把握することはできないが、商品名欄に記載の商品名を見ると、ぬいぐるみ、フィギア、ストラップ、キーホルダー、置物などの立体物と思われる商品が全体の一割程度含まれており、ぬいぐるみの製造予定数量だけでも一三万七五〇〇個となっている。
エ 抗告人が承認した商品として本件キャラクターのぬいぐるみ、フィギア、貯金箱等の立体物が市場で販売されていたことから、相手方らは、代理人であるB弁護士を通じ、平成二二年二月、抗告人に対し、本件調停に違反するとして改善するよう求める通知書と上記商品の写真を送付したが、抗告人は本件キャラクターの立体物の使用許諾を止めていない。
オ 抗告人は、現在も、本件各イラストだけでなく、その色彩を白黒にした図柄、本件各イラストを左右反転させた図柄及び本件キャラクターの立体物についても、その使用を第三者に許諾している(抗告人のホームページにおいても、本件各イラストを左右反転させた図柄が許諾の対象となることは明記されている。)。
また、抗告人は、そのホームページに本件キャラクターの専用サイトを設け、本件キャラクターの着ぐるみの写真を掲載するなどして、本件キャラクターに関する情報を配信している。
(13) 相手方らの行為
相手方らは、平成二一年四月、代理人であるB弁護士を通じて、抗告人に対し、相手方Y1作成に係る相手方イラスト(本件各イラストと同一ではない。)が使用された商品目録記載の商品のデザインシートを送付し、これらを公表する旨を通知した。
そして、相手方Y2社は、相手方Y1から相手方イラストの提供を受け、菓子や文房具類の製造業者に対し、相手方イラストを用い、「ひこねのよいにゃんこ」の名称を付した商品(商品目録記載の各商品。以下「相手方商品」という。)を製造販売することを許諾し、許諾を受けた製造業者等において、これらの商品を製造販売し、又は携帯電話の壁紙として配信している。
抗告人は、平成二一年五月一一日付で、代理人を通じて相手方らに対し、「相手方らの行う著作物公表行為は、本件調停条項第二項(3)イに規定する誠実な協議を全く経ずになされたものであって、きわめて遺憾である」旨を表明した。これに対し、相手方らは、代理人を通じて、公表予定としたイラスト等を抗告人に送付し、抗告人の意見を求めた。これに対し、抗告人は、代理人を通じて、送付されたイラスト等の公表は抗告人の権利を不当に害するものであるとして、製造・販売業者に対し製造・販売の中止を求める意向であることを明らかにするなどしたが、相手方らはなおも抗告人らに公表予定のイラスト等を送付した。
相手方商品の販売は、滋賀県内の高速道路のサービスエリア、道の駅、観光物産情報センター、土産物店などにおいて行われ、「○○」と表示して販売されたり、抗告人商品と混在して陳列されたりして販売されている。また、a城近くの観光スポットである四番町スクエアにおいて、相手方商品の専門店が営業し、数々の相手方商品を販売している。
二 抗告人は、主位的には著作権に基づき、予備的には不正競争防止法に基づき、相手方らの、相手方イラストを用いた商品の製造販売等及び特定の商品(相手方商品)の製造販売等の差止めを求めている。
相手方Y1は、相手方会社の取締役ではあるが、イラストレーターであって、現在相手方イラストを用いた商品の製造販売等や相手方商品の製造販売等を行っているとの疎明はないし、自ら菓子、絵はがき、文房具類等の製造販売等を業として行っているなど、将来においてかかる行為を行うおそれがあることの疎明はない。したがって、相手方Y1に対しこれらの行為の差止めを求める申立ては、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
他方、相手方会社は、商品目録によって特定された相手方商品そのものについては、第三者に製造販売等の許諾をしているものの、製造販売を自ら行っていることも、将来そのおそれがあることも、疎明はない。しかし、乙四七及び審尋の全趣旨によれば、相手方会社は、平成一九年一一月ころに相手方イラストを表示した絵はがき、シールなどを販売したことを含め、相手方イラストを表示した菓子、絵はがき、文房具類等の販売、頒布のうちの少なくとも一部を自ら行っていることが認められ、相手方イラストの著作者である相手方Y1が取締役を務めるのであるから、かかる販売、頒布行為に限れば将来にわたって行うおそれは十分に認められる。ただし、相手方会社は、その業務にグッズ製作等が含まれているものの、相手方イラストを表示した商品の製造行為を現に行っていることの疎明はなく、そのような製造能力を有していること、あるいは将来製造に着手する準備をしていることなどの具体的な疎明はない。以下では、相手方会社のかかる販売、頒布行為が抗告人の主張する著作権を侵害するか等について検討する。
三 主位的申立て(著作権侵害に基づく申立て)について
(1) 争点一(抗告人の著作権の内容)について
ア 争点一―一(本件契約により譲渡された著作権の内容)について
(ア) 前記一の認定事実によれば、a城築城四〇〇年祭の開催に当たり、これを主催する団体として設立された四〇〇年祭委員会が、本件仕様書に基づいてa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクター等を募集し、これに応じて相手方Y1が作成し、b社から四〇〇年祭委員会に提出された三枚のイラストからなる本件各イラストがイメージキャラクターとして採用されたものであるところ、本件各イラストは、相手方Y1が創作した著作物ということができる。そして、四〇〇年祭委員会がキャラクター等の募集に際して応募を呼びかけた複数の企業に配布した本件仕様書(甲六)では、「採用された…キャラクターに関する所有権(著作権)等一切の権利は、四〇〇年祭委員会に帰属するものとする。」とされており、四〇〇年祭委員会がb社から提出された本件各イラストをa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターとして採用を決定した後にb社との間で取り交わした本件契約書(甲七、五一)の第七条には「乙(b社)が甲(四〇〇年祭委員会)に納入したシンボルマーク等(注:シンボルマーク、ロゴ及びキャラクター)の所有に関する著作権等一切の権利は甲に帰属するものとする。」と明記されており、また、平成一八年一二月にb社と相手方Y1との間で交わされた二通の確認書(甲三四、三五)でも、四〇〇年祭委員会に採用された本件キャラクターのデザインについての権利は四〇〇年祭委員会に譲渡済みであることなどが確認されている。
以上の事実によれば、本件各イラストの著作権は、著作者である相手方Y1からb社に譲渡され、更にb社から四〇〇年祭委員会に譲渡されたものであることが明らかである。そして、その後、四〇〇年祭委員会は解散したが、解散に当たって本件各イラストの著作権を抗告人に譲渡した(前記一(11))。したがって、本件各イラストの著作権は、抗告人が有するものということができる。
(イ) 次に、四〇〇年祭委員会が相手方Y1から譲渡を受け、現在抗告人が有する本件各イラストの著作権の内容について検討する。
前記のとおり、本件仕様書や本件契約書には、採用されたキャラクターに関する著作権等一切の権利は四〇〇年祭委員会に帰属するものとされ、何らの限定も付されていないから、本件各イラストについての著作権全部(ただし、著作権法二七条及び二八条に規定する権利は、同法六一条二項により、別途検討を要する。)が相手方Y1から四〇〇年祭委員会に譲渡され、更に抗告人に譲渡されたものというべきである。
本件各イラストは、四〇〇年祭委員会がa城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターを募集したことに応じて、作成され、四〇〇年祭委員会に提出されて、キャラクターとしての採用が決定されたものであるから、a城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターとして、同祭で実施される各種行事や広報活動等に広く利用されることが予定されていたものであり、その点からしても、著作権の全部が譲渡されたものと考えるのが合理的である。
(ウ) 著作権法六一条二項は、「著作権を譲渡する契約において、第二七条又は第二八条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。」と規定する。これは、著作権の譲渡契約がなされた場合に直ちに著作権全部の譲渡を意味すると解すると著作権者(譲渡人)の保護に欠けるおそれがあることから、翻案権や二次的著作物の利用に関する原著作者の権利等を譲渡する場合には、これを特に掲げて明確な契約を締結することを要求したものであり、このような同法六一条二項の趣旨からすれば、「特掲され」たというためには、譲渡の対象にこれらの権利が含まれる旨が契約書等に明記されることが必要であり、契約書に、単に「著作権等一切の権利を譲渡する」というような包括的な記載をするだけでは足りず、譲渡対象権利として、著作権法二七条や二八条の権利を具体的に挙げることにより、当該権利が譲渡の対象となっていることを明記する必要があるというべきである。
これを本件についてみると、本件契約書においても、本件仕様書においても、「著作権等一切の権利は四〇〇年祭委員会に帰属する」旨を規定するのみで、翻案権等が譲渡対象として具体的に明示されていない。したがって、著作権法六一条二項の特掲があったとはいえないから、翻案権は譲渡人に留保されたものと推定される。
しかし、本件契約書には、別紙として「仕様書」(本件仕様書と同じ。)が添付され、b社は上記仕様書に基づいてキャラクター等を作成し、納入しなければならないものとされ、仕様書においては、「キャラクターは、着ぐるみ等を作成する場合もあるので、立体的な使用も考慮すること。」「採用された…キャラクターは、四〇〇年祭委員会および同委員会が許可した団体等のインターネットホームページや出版物、PR用ツール等に対して自由に使用する。」ことが定められていたものである(甲五一)。このように、本件契約書ないし本件仕様書では、「キャラクター」の立体使用の予定を明示しているのであり、他方で、四〇〇年祭委員会の着ぐるみ等作成について相手方らないしb社の承諾等を何ら要求しておらず、かえって、四〇〇年祭委員会が、立体使用を予定している「キャラクター」を「自由に使用する」旨が定められている。このような規定の内容に加えて、上記のとおり、本件各イラストが、a城築城四〇〇年祭のイメージキャラクターとして、同祭で実施される各種行事や広報活動等に広く利用されることを予定して四〇〇年祭委員会に採用されたものであることなどを総合勘案すると、本件契約書においては、四〇〇年祭委員会が立体物については自由に作成・使用することができることが示されているといえる。したがって、本件各イラストに基づいて立体物を作成することは、これが原著作物の変形による二次的著作物の創作と評価されるものであったとしても、このようなことをなし得る権利(翻案権)は、本件契約により四〇〇年祭委員会に譲渡されたものと認めるのが相当である。この限度で、著作法六一条二項の推定を覆す事情があるということができる。
(エ) 相手方らは、そもそも相手方Y1がb社に譲渡したのは、翻案権を含まない、本件各イラストをそのままの状態で利用ないし許諾する権利に限られていた、と主張する。相手方らは、b社から「国宝・a城築城四〇〇年祭シンボルマーク等の作成のお願い」と題する書面を交付されてデザイン画の作成等を依頼され、これに対して本件各イラストのデザイン画をb社に納品し、相手方会社がb社は交付した請求書にも「キャラクター/基本案」と記載されていたにすぎず、契約書の作成や、著作権等の権利移転の話もなく、四〇〇年祭委員会が作成した仕様書(甲六)が示されたこともなかったというのである。
しかし、b社は、相手方らに対して、四〇〇年祭キャラクター募集へ応募することを明示してキャラクター制作を発注している。そして、b社が相手方会社に対して発行した確認書(甲三五)で「シンボルマーク、ロゴ及び決定されたキャラクターデザイン(先に提出分)については、彦根市/実行委員会に譲渡しております。」と確認したのに対し、相手方会社がb社に対して発行した確認書(甲三四)において、b社が相手方会社に発注した「a城築城四〇〇年祭のシンボルマーク、ロゴ及びキャラクターに関し、b社の発注の作成過程において発生する相手方会社の知的財産権は、発注の内容を含み、b社が譲渡を受ける」ことを確認している(前記一(5))。上記事実からすれば、相手方らは、b社に対して、上記各確認書(甲三四、三五)にいう「シンボルマーク、ロゴ及びキャラクター」については、相手方らに発生ないし帰属することとなる知的財産権を包括的に譲渡したといえる。そして、これら確認書は、本件契約作成後に作成され、いわば本件契約によってb社から四〇〇年祭委員会に対して譲渡された権利が相手方らからb社に対して譲渡されたことを確認するために作成されたと評価できるから、本件契約でb社から四〇〇年祭委員会に対して譲渡された本件各イラストについての著作権は、前記(イ)、(ウ)で説示した内容のものが相手方Y1からb社に対して譲渡されているものと解するのが相当である。
相手方らは、本件仕様書(甲六)において、キャラクターについて立体的な使用を考慮するよう記載しているのは、あくまで翻案権の範囲に含まれる立体物の創作にも適するようなイラストがキャラクターに望ましいことを記載しただけであり、立体物の権利関係を示すものではない、と主張する。しかし、上記のとおり、本件仕様書においては、四〇〇年祭委員会が本件キャラクターを自由に使用できることが明記されていること、また、本件契約においては、本件キャラクターの「著作権等一切の権利」を譲渡するものとされていることからして、前述のとおり、本件各イラストから立体物を作成する権利については四〇〇年祭委員会に譲渡されたものと解するのが相当である。
相手方らは、抗告人が、平成一八年一二月の相手方らの絵本出版及びグッズ販売、平成一九年一一月の展覧会でのグッズ販売について異議を述べておらず、本件契約においては著作者の監修について規定を設けず著作者人格権を制限する規定を設けていなかったのであるから、抗告人らが本件契約締結時に取得する複製権の範囲を広いものであると認識していたとはいえないと主張する。しかし、平成一八年一二月二七日及び二八日には、b社と相手方会社との間で確認書(甲三四、三五)が交わされており、このことは、相手方らの絵本出版及びグッズ販売について抗告人らが何らかの異議を述べたためのものであるとも推認されること、本件契約において著作者の監修について規定を設けなかったのは、むしろ著作者の監修すら不要とする抗告人らの本件キャラクターの自由使用を認める趣旨と解されること、著作者人格権のうち本件で実質上問題になり得る同一性保持権については、著作権法二〇条二項の規定の趣旨及び本件契約において抗告人らの本件キャラクターの自由使用を認めたことからして、本件において、同一性保持権は、著作権者の複製権及び翻案権の範囲においてその行使が制限されると解されること(なお、氏名表示権については後記(4)参照)からして、相手方らの主張は理由がない。
イ 争点一―二(本件調停による抗告人の著作権の内容)
(ア) 以上のとおり、本件契約により、四〇〇年祭委員会は、本件各イラストの著作権を譲り受けたものであり、抗告人は、四〇〇年祭委員会から同著作権を譲り受けたから、複製権を専有する(著作権法二一条)。相手方らは、四〇〇年祭委員会が使用できるのは三種類の本件各イラストに限られていたと主張する。しかし、複製とは、「印刷…その他の方法により有形的に再製すること」をいう(著作権法二条一項一五号)が、再製というためには、著作物と細部まで完全に一致する必要はなく、実質的に同一であれば足りるのであって、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうのである(最高裁昭和五三年九月七日第一小法廷判決・民集三二巻六号一一四五頁参照)。また、平面的なイラストを基に立体物を作成することは、そこに新たな創作性が加わっているとみられる場合には、単なる複製ではなく、著作物の「変形」となるが、本件各イラストについては、着ぐるみその他の立体物を作成する権利も、著作者である相手方Y1からb社を経て四〇〇年祭委員会に譲渡されたものと解すべきことは前示のとおりである。
したがって、本件調停条項の解釈に当たっても、本件調停の前に四〇〇年祭委員会が本件各イラストについて上記のような権利を有していたことを前提とすべきであり、抗告人らと相手方Y1との間で本件調停が成立したことにより、上記のような著作権の範囲、特に相手方らの行為を禁止する権利の範囲に変更が加えられたのかが問題となる。
(イ) 本件調停条項第二項(1)アの解釈
同条項は、「相手方ら(相手方委員会の解散後は相手方彦根市)は、別紙イラストの適正な管理に努めるとともに、申立人に対し、相手方委員会(同委員会から別紙イラストの著作権を取得した者を含む。以下同様)が、別紙イラスト以外の図案(別紙イラストに類似し、その使用が著作者人格権及び翻案権を侵害すると当事者のいずれかが思料するもの)につき、相手方らが行う行事のシンボルマーク等として使用許諾しない。」と定めている。
まず、同条項は、その文言上、抗告人らの「使用許諾」の範囲に限定を加えるものであって、抗告人らが本件各イラストについて有する著作権を他人に侵害された場合にこれを禁止する禁止権としての効力に限定を加えるものではない。
前記一で認定した事実によれば、四〇〇年祭委員会は、本件各イラストのみならず、これに類似する図柄及び立体物についても広く使用許諾をしていたのに対し、相手方Y1は、四〇〇年祭委員会が使用許諾をできるのは三パターンからなる本件各イラストに限られるとの認識を有していたものの、本件調停において、相手方Y1が求めていたのは、一部の粗悪品や偽物商品に本件キャラクターが用いられていることを問題視し、その適切な管理を求めるということであって、抗告人や四〇〇年祭実行委員会が相手方Y1から譲渡を受けた本件キャラクターの著作権に基づいて本件キャラクターを正当に使用することに対して、異議を述べたことはない。これに対して、抗告人らは、抗告人らの本件キャラクターの使用は何ら相手方Y1の権利を侵害するものではなく、適法であるという理解に立って、相手方Y1の当初の申立ての趣旨である四〇〇年祭会期終了後の本件商標使用中止、本件キャラクターの使用承認の取消し、損害賠償に応じる意思は全くない旨を表明したが、相手方Y1も申立ての趣旨を本件キャラクターに関する使用承認状況の開示と適切管理の協議に変更し、裁判官から調停案の提示がされ早期解決を促されたことを受けて、抗告人らは調停の合意に応じることに態度を変え、両者の主張自体は隔たりが大きかったにもかかわらず、短期間のうちに成立に至ったものである。そして、本件調停条項では、相手方Y1が本件各イラストの著作者であって著作者人格権を有すること、四〇〇年祭委員会が著作権者であることが確認されているが、著作権の範囲については、翻案権及び二次的著作物の利用権につきいずれに存するか不分明の点があることを双方で確認するとともに、双方の間で将来本件各イラストに関する紛争が生じた場合には、その解決を裁判所の手続等に委ねることなどを定めた条項が置かれている。
以上のような本件調停成立に至る経緯と調停条項の定める内容からすれば、本件調停条項は、その当時表面化し当事者が明白に対立していた本件キャラクターの適切管理問題と、後述する本件キャラクターを用いた相手方らの絵本の問題につき最小限の整理を行ったものであって、双方の従前の権利関係につき変更を加えることは意図されていなかったというべきである。
上記事実に照らすと、本件調停条項第二項(1)アの規定は、本件各イラストについて、図案として使用することの許諾を、本件各イラストそのものの図案及び複製の範囲での使用(本件各イラストの図案を左右反転させたり色彩を白黒にしたりする程度に変更することは、当然に複製の範囲に入る。)の許諾に限定する趣旨であると解するのが相当である。同条項にいう「図案」とは、文言上は、平面に表されたものをいうと解されるところ、本件調停前には、四〇〇年祭委員会は立体物についても使用許諾をしており、このことは相手方Y1も認識していたのに、本件調停条項では、立体物についての使用許諾について言及されていない。そして、四〇〇年祭委員会が本件各イラストについて立体物とする範囲での翻案権の譲渡も受けていたと解されることは前示のとおりである。このような事実に照らすと、本件調停条項第二項(1)アは、本件各イラストの立体物としての使用許諾の禁止については定めていないと解すべきである。仮に、同条項にいう「図案」に立体物が含まれると解するか、又は、立体物についても同条項の定めに準じて使用許諾の規制がなされたものと解する余地があるとしても、上記のとおり、四〇〇年祭委員会は立体物を作成する範囲での翻案権を有するものであるから、四〇〇年祭委員会委員会が立体物について使用許諾を行ったとしても、相手方Y1の翻案権及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害になるものではない。同条項中には、「別紙イラスト(本件各イラスト)に類似し、その使用が著作者人格権及び翻案権を侵害すると当事者のいずれかが思料するもの」は使用許諾が禁止される旨の文言がある。しかし、文字どおり当事者のいずれか(実質的には相手方Y1)が翻案権侵害と思料する場合には使用許諾が禁止されるとするのは、不合理にすぎるといわざるを得ず、本件調停条項第二項(6)にもあるように、この点での解釈に争いが生じれば、最終的には裁判手続で決着を図るべきものであるところ、上記の説示のとおり、抗告人らは上記の範囲での本件各イラストの複製及び翻案につき使用許諾ができると解すべきである。なお、本件各イラストを基にして作成された立体物は、疎明資料に現れている範囲では、着ぐるみのほか、ぬいぐるみ、各種グッズ等の工業的量産品がほとんどであって、本件各イラストに基づいて立体化するに際して格別の創作性というほどのものも認められないようなものであり、複製の範ちゅうに属するものというべきであるから、そのようなものは、この点からも、本件調停条項第二項(1)アの規制には服さないことになる。
(ウ) 相手方らの反論について
これに対して、相手方らは、本件調停の目的は立体物をも含んだ抗告人の本件キャラクター使用許諾を正常化させる目的であったこと、本件各イラストを立体化することは翻案権を侵害するから、本件調停条項第二項(1)アは抗告人が本件各イラストを立体化させることも制限している。本件調停条項第二項(3)から相手方Y1は本件各イラストを除いた本件キャラクターのイラスト全てを使いあらゆる創作物を創作することを認められた、本件調停成立後において、抗告人は、立体物や白黒・反転についても利用や使用許諾を認めてほしいと申し入れていたのであるから、これらの利用や使用許諾は本件調停条項により制限されていた、と主張する。
相手方らの本件調停申立ての目的が、抗告人らが立体物も含む本件キャラクターの使用許諾についてルール作りを行うことにあったことは認められる。しかし、本件調停条項第二項(1)アの解釈は、上記説示のとおりであって、同条項によっては相手方らの本件調停申立ての目的については立体物に関して達成されなかったというほかない。また、本件調停条項第二項(3)イは、後記(3)で述べるとおり、相手方Y1に本件各イラストを除いた本件キャラクターのイラスト全てを使いあらゆる創作物を創作した上でこれを自由に利用することまでをも認めたものではない。本件調停成立後に抗告人が相手方らに対し、本件各イラストの白黒・反転、立体物の使用について認めてほしいと協議したのは、相手方らがこれらの使用に抗議したため、本件調停において誠実に協議すべきと定められていたこともあって、協議の姿勢を見せていたと評価できるものであって、これをもって、抗告人がこれらの使用が本件調停条項に反すると理解していたとは評価できない。
相手方らの反論は理由がない。
(2) 争点二(相手方会社の行為が複製ないし翻案に該当するか)について
抗告人が本件各イラストについての著作権(立体物を作成する範囲での翻案権を含む。)を有することは、前記認定のとおりである。本件各イラストは三つのイラストからなるものであるが、いずれも二本の角のある兜をかぶった白い猫を姿勢、向き、動き、刀を手にしているかどうかなどを変えて描かれているが、同じ擬人化した猫を描いたものと認められる。本件各イラストに見られる特徴を挙げると、次のような点を指摘できる。
① 白い猫が兜を着用している。
② 兜に内向きの二本の大きな角がある。
③ 顔の輪郭が下ぶくれの丸顔である。
④ 顔は白地に黒の点二つで目を、黒い点の下に漢字の「人」ようのものをつけた形で鼻を、その左右に各二本の黒い線を引いてひげを表している。
⑤ 猫の胴体の色は白で、形は概ね四角形をなしている。
⑥ 首に鈴のついたチーフのようなものを巻いている。
前記認定のとおり、相手方会社は、菓子や文房具類の製造販売業者に対し、相手方Y1が作成した相手方イラストを用いた相手方商品を製造販売することを許諾しており、グッズ類の製造等を業務範囲としており、一部については自らも販売をしているのであるから、相手方イラストを用いた菓子、絵はがき、文房具その他の商品を販売、頒布するおそれがある。相手方イラストは、上記列挙した特徴の全部ないし多くを有し、その特徴から本件各イラストと同一のキャラクターを描いたものであることを容易に知り得るものである。したがって、相手方らが、相手方イラストを用いた菓子、絵はがきその他の印刷物(絵本を除く。)、文房具類その他の商品を販売、頒布することは、抗告人の専有する本件各イラストの複製権ないし翻案権を侵害する。
これに対して、相手方らは、相手方イラストは本件各イラストが創作される前から相手方Y1が想起していたアイデアに基づいて創作したものであるから、本件各イラストに依拠しておらず、本件各イラストの複製に該当しない、と主張する。しかし、相手方Y1は、いったん本件各イラストを創作した以上、本件各イラストはそれ以前に想起していたアイデアと共に想起せざるを得ず、相手方イラストは本件各イラストに依拠したといえる。
(3) 争点三(使用許諾の有無)について
本件調停条項第二項(3)イは、「相手方らは、申立人に対し、本日以降、申立人が、別紙イラストに類似する、同イラスト以外のイラストを用いて、ア記載の絵本類似の絵本その他の著作物を創作することを認める。ただし、申立人は、その公表をする際には、事前に、相手方らと誠実に協議する。」と定める。
前記一認定の事実によれば、本件調停成立時までに、相手方Y1は、本件各イラストに類似した猫の絵を用いた絵本二冊を出版しており(しかも、うち一冊は、本件調停申立ての二日後に出版されている。)、本件調停条項第二項(3)アは、これらの絵本の出版を抗告人らが相手方Y1に対して認めて、異議を述べないという内容の条項である。本件調停条項第二項(3)イは、その文言上は、本件各イラストに類似する本件各イラスト以外のイラストを用いて著作物を創作することを認めるというものであるから、必ずしも絵本又は絵本に類似した出版物に限定されていない。しかしながら、同条項は、本件調停に至る経過や本件調停条項第二項(3)アその他本件調停条項全体の規定の内容に照らすと、相手方Y1が、将来、出版済みの二冊の絵本以外に本件各イラスト類似のイラストを用いた絵本を発行する場合のことを主に念頭においたものと考えられ、少なくとも「著作物を創作する」ことが対象とされているのであるから、著作権法上の著作物とはいえないような工業的量産品に属するキャラクターグッズの類を製造販売することは、同条項によって「創作を認める」対象には含まれないものと解するのが相当である。
前記一認定の事実によれば、本件調停成立までに、相手方Y1はキャラクターグッズの販売をしていたことが認められるものの、これは絵本の販売や相手方Y1の展覧会に随伴する範囲に限られていたものであり、仮にこの範囲を超えて行われていたとしても、抗告人らがこれを知っていたと認めるに足りる疎明はなく、かつ、本件調停において、相手方Y1のキャラクターグッズ販売をどの程度認めるのかといった点が明示的な争点となったとも認められない。また、本件キャラクターが本件調停成立時までに相手方Y1すら「全国的な知名度を有する」と認める程度にまで経済的価値を有するに至っており、この経済的価値の獲得のためには、相手方Y1が作成した本件各イラスト自体の魅力が寄与していることは否定できないにしても、抗告人ら及び彦根市民等の投資や労力によるところが大きいものと認められる。そして、抗告人は地方公共団体であるから、このようにして経済的価値を獲得した財産である本件キャラクターの価値を、特段の対価も理由もなく、一私人ないし私企業に利用させてこれに利益を得させたり、本件キャラクターの価値を毀損させることを許すとは到底考えられない。これらの事実からみても、本件調停において、抗告人らにおいて、相手方Y1に対し、著作物とはいえないキャラクターグッズに本件各イラストの複製に当たるようなイラストを用いることを承諾したとは解し難い。
本件において、相手方イラストが使用された商品目録記載の商品は、一般に広く販売されることが予定されていたものであるし(販売想定数が数千個に上るものもある。)、そのアイテムは抗告人が販売を許諾している○○グッズと競合することが明らかで、販売方法によっては、「ひこねのよいにゃんこ」というネーミング(略称するとすれば「○○」ともなる。)と相まって、主に彦根市のみやげ物として人気を博している○○グッズと混同されるおそれもあるものと認められる(実際上、相手方商品は高速道路のサービスエリア、道の駅、彦根市所在の土産物店など、観光客が土産物を求めることが予想される場所で販売され、○○グッズと混在して販売されている例もある。)。これらの商品が、本件調停条項第二項(3)イにより、製造販売を許諾され、ないしは協議の対象とされたものとは到底解し難い。なお、これら製造販売されているグッズの中に、著作物としての創作性を有するものがあるとしても、その場合には、本件調停条項第二項(3)イの定めに基づき、「公表をする際には、事前に、抗告人と誠実に協議する」ことが求められている。そして、この協議については、抗告人の本件キャラクター利用と競合し、混同させ、抗告人に経済的損失を与えかねない態様でのキャラクターグッズの販売といった可能性を含む「公表」の場合には、公表予定の著作物を事前に提示するのみならず、販売地域や態様をも事前に知らせ、抗告人の反対があった場合には販売地域や態様を協議して調整し、最終的には抗告人の承諾を得ることまでをも要求したものであると解するのが相当であるところ、このような意味での協議がなされたことを認めるに足りる疎明はない。
よって、相手方らは、相手方イラストが使用された相手方商品の製造販売許諾及び相手方イラストを表示した商品を自ら製造販売等することについて、抗告人の許諾を得たとはいえない。
(4) 争点四(抗告人の申立ては権利の濫用ないし信義則違反であるか)
相手方らは、抗告人の申立ては上記第三の四(相手方ら)記載のとおりの事由により、権利の濫用ないし信義則違反であると主張する。
相手方らは、まず、①相手方らの行為は本件調停条項第二項(3)ア及びイによって、抗告人らに許容されたものであると主張するが、前記(3)で説示したとおり、相手方らの行為は上記本件調停条項によって許容されたものであるとはいえない。
また、②抗告人は、本件調停条項第二項(3)ア及びイで相手方Y1の創作活動の自由を認め、抗告人商品と相手方商品とが市場に併存することを予定していたから差止めを認めなくても抗告人が想定外の不利益を被ることはないと主張するが、既に述べたとおり、抗告人商品から得られる利益を害されるような形態での相手方商品の販売等を、抗告人が本件調停により許容していたとはいえない。
相手方らは、③相手方らは、本件調停条項第二項(3)イただし書を遵守したから責められるべき点はないと主張するが、既に述べたとおり、そもそも相手方らの行為は上記本件調停条項によって許諾されたものではなく、また、同条項の要求する協議がなされたともいえないから、相手方らの上記主張は失当である。
相手方らは、④絵本に登場するキャラクターの関連グッズの販売は、絵本の広告宣伝活動の一環であるから、本件調停条項第二項(3)アでも許容されていると主張するが、本件調停後現在に至るまでの相手方商品の販売の全てが絵本の広告宣伝活動の一環としてなされたと認めるに足りる資料は何ら提出されていないし、むしろ上記グッズの商品タグに記載されている「◎◎」は絵本に登場しておらず、土産物として○○グッズと混在して販売されていることもあるから、絵本の広告宣伝活動とはいえない態様で販売されたものであると認められる。
相手方らは、⑤本件各イラストを立体化させた抗告人商品の製造販売許諾は、相手方Y1の翻案権又は同一性保持権を侵害すると主張するが、既に述べたとおり、本件各イラストを立体化したものは、抗告人の有する複製権ないし翻案権の範囲に属し、翻案に必要な限度での改変に対しては同一性保持権は及ばないのであるから、相手方Y1の翻案権又は同一性保持権を侵害するとはいえない。
相手方らは、⑥抗告人らは、本件各イラストの使用に際し、相手方Y1が著作者であることを示す記載もしておらず、相手方Y1の氏名表示権を侵害していると主張するが、相手方Y1は、本件仕様書九項(5)により(甲六)、抗告人らに本件各イラストの自由な使用を認めており、本件キャラクター使用について、抗告審に至るまでの間に氏名表示権の侵害について特段の主張もしていなかったのであるから、著作者としてその氏名を表示しないことにつき同意していたといえる。
以上によれば、相手方らの主張する権利濫用ないし信義則違反は理由がない。
(5) 結論
以上により、抗告人は相手方会社に対し、本件各イラストの著作権に基づき、相手方イラストを使用した商品の販売、頒布を差し止めることができる。
四 予備的申立て(不正競争防止法に基づく申立て)について
前記二、三の認定判断からすれば、著作権に基づく主位的申立てによる差止めが認められない部分については、不正競争防止法に基づく申立てに関する争点を検討するまでもなく、予備的申立ても理由がない。
五 保全の必要性
相手方会社は相手方イラストを使用した商品の販売、頒布を現に行い、将来も相手方会社自身が相手方イラストを使用した商品の販売、頒布を行うおそれがあるから、本案訴訟の判決を待っていたのでは抗告人に著しい損害が生じるものと認められ、保全の必要性を肯定することができる。
六 結語
以上によれば、抗告人が当審で追加した著作権に基づく主位的申立ては主文第一項記載の限度で理由があるから、この限度で抗告人の申立てを認め、その余の主位的申立ては却下し、上記認容部分以外に係る予備的申立ては理由がないから本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 久保田浩史 片岡早苗)
別紙 差止請求イラスト目録<抄>
<省略>