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大阪高等裁判所 平成23年(行コ)100号 判決 2011年12月07日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  大阪市α区長が平成21年12月1日付けで控訴人に対してした転入届不受理処分を取り消す。

3  控訴人が大阪市の敬老優待乗車証の交付申請を行ったときは,被控訴人は控訴人に対し敬老優待乗車証を交付しなければならないことを確認する。

第2事案の概要

1  本件は,大阪市α区と大阪府八尾市との境界線上に所在する原判決別紙物件目録記載の建物(以下「控訴人居宅」という。また,控訴人居宅がある一棟の建物を「B棟」と,B棟及びその他の関連施設全体を「本件マンション」という。)に居住し,大阪府八尾市に住民登録を有していた控訴人が,大阪市α区長に対して転入届(以下「本件転入届」という。)を提出したところ,同区長の補助機関である同区職員が本件転入届の受理を拒否した(以下「本件不受理処分」という。)ため,被控訴人に対し,本件不受理処分が違法であるとしてその取消しを求めるとともに,大阪市内に居住する高齢者で交付要件を満たす者が交付申請をすれば当該申請者に対して交付される大阪市発行の敬老優待乗車証(以下,単に「敬老優待乗車証」という。)について,控訴人が交付申請を行ったときは,被控訴人は敬老優待乗車証を交付しなければならない義務があることの確認をそれぞれ求めた事案である。

原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人は,これを不服として控訴した。

2  関係法令等の定め,前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,当審における補充主張を次項に追加するほか,原判決「第2 事案の概要」の「1 法令等の定め」,「2 前提事実」,「3 争点」及び「4 争点についての当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。

3  当審における補充主張

(控訴人)

(1) 本件不受理処分の取消請求について

ア 民事局長回答は,「生活の諸設備が居室を除き全員の共用に付せられているような場合」,一つの建物に二つの住所を定めることを認めていない。本件マンションの団地管理規約(甲14)における共用部分の記載内容が参照されるべきである。そして,一つの住居表示に統一する場合にもっとも基準となるのは,B棟の玄関であるエントランスの位置とB棟全体の敷地面積の多くがどこに属するかである。

また,行政実例等によれば,個人の建物が市町の境界線上に跨る場合における住所の認定は,住居に係る諸般の客観的事実と本人の意思とを総合して行われるべきものであるところ,控訴人が高齢者であることからすれば,福祉関係の相談や手続のために役所に行くには交通の便が良く敬老優待乗車証も交付される大阪市に住みたいという意思があり,この考えは不合理なものではない。

イ 本件では,控訴人は,住所の決定手続において,本人の意思を聴取されていない。よって,本件不受理処分は,手続的要件に瑕疵があり,行政手続上違法である。また,本件不受理処分は,本人の意思を無視してその住所を決定するものであり,このことは,憲法22条の居住の自由を侵害するものである。

(2) 敬老優待乗車証の交付請求について

仮に,控訴人が住民登録を大阪府八尾市とすべきであるとしても,固定資産税,都市計画税を両市から賦課されている控訴人は,納税状況からみて大阪市民(大阪市の住民)に準じる地位にある者であって,大阪市民と平等に取り扱われなければならず,敬老優待乗車証を交付申請をしても,これを交付しないことは,憲法の平等原則違反,地方自治法,地方公営企業法違反であり,それを定める大阪市の敬老優待乗車証交付事業実施要綱(甲6)は違法であり,現状の取扱いも違法である。

大阪市と八尾市は,控訴人に対し,固定資産税,都市計画税を各50パーセント課税しているが,これは所有者に対する課税という制度の建前とも異なる独自の課税を行っているものである。合理的な理由もなく納税を強制されている控訴人に対するその償いとして,せめて被控訴人は,敬老優待乗車証を控訴人に交付すべきである。

(被控訴人)

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の住所は八尾市にあると認めるのが相当であるから,本件不受理処分は適法であり,また,控訴人が敬老優待乗車証の交付を受け得る地位にあるものとは認められないものと判断する。

その理由は,原判決「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  補足説明

(1)ア  控訴人は,当審においても,本件不受理処分の適法性に関し,B棟が民事局長回答にいう一つの住所を定めるべき場合であるとし,本件マンションの団地管理規約(甲14)の共用部分の記載内容(例えば,専有部分以外の建物の部分(基礎,建物躯体,エントランスホール,メールコーナ,エレベーターホール等),建物付属設備(エレベーター,電気設備等)等)が参照されるべきであることを指摘するところであるが,これらはもっぱら生活の用に直接供される諸設備そのものではなく,専用部分の独立した利用ないしそこにおける生活の用に供される間接的な諸設備であり,その内容に鑑みても,上記認定判断のとおり,控訴人居宅は,生活設備を備えた独立の住宅であって,B棟は上記回答のいう一つの住所を定めるべき場合に該当するものではないとみるのが相当である。

また,控訴人は,個人の建物が市町の境界線上に跨る場合における住所の認定は,住居に係る諸般の客観的事実と本人の意思とを総合して行われるべきものであると主張する。

たしかに,証拠(乙9)によれば,控訴人が主張するとおりの行政実例があることが認められる。

しかしながら,仮に,控訴人の主張するとおり,住所の認定につき住居に係る諸般の客観的事実と本人の意思とを総合して行うべきものとしても,生活の本拠である地の住居表示は客観的に定められるべきものであることからすると,住所の認定における本人の意思は,住居に係る客観的事実を評価・解釈し,これを補完するものとして考慮されるべきものというのが相当であって,上記控訴人が指摘する行政実例(乙9)が,上記総合考慮をするべきことをいうに続けて,「その場合の判断のもととなるのは,家屋の玄関,居間等主として利用している部分がどちらの区域に属するかということによると解する。」としていることは,この趣旨をいうものと解される。してみると,上記認定判断のとおり,控訴人居宅は,生活のための諸設備を備えた独立の住居で,その玄関が八尾市側にあり,その面積の大部分が八尾市側に存在しているというのであるから,仮に,控訴人の主張するとおり,控訴人において福祉関係の相談や手続のために役所に行くには交通の便が良く敬老優待乗車証も交付される大阪市に住みたいという意思があったとしても,それは控訴人において居住に係る客観的事実と乖離した観念的な願望ないし認識を有していることを示すものに過ぎないのであって,住所の認定につき客観的事実と本人の意思とを総合して行う観点からしても,控訴人の住所は,八尾市にあるものというのが相当である。

なお,控訴人は,本件マンションの付近に大阪市営バスの停留所があり,α区役所に向かうことが容易であること等控訴人の住所の認定に関し,控訴人の行政利用の利便性を含めた生活利益を重視するべきことを指摘するところであるが,当該指摘の趣旨は,住所の認定に関し,上記ように本人の意思を考慮するものとすることで適切に実現されているものと解される。

イ  控訴人は,本件不受理処分に至る手続において,住所に関する控訴人本人の意思の聴取がされていないとして,本件不受理処分は行政手続上違法となり,取り消されるべきものであると主張する。

しかしながら,個人の建物が市町の境界線上に跨る場合における住所の認定が,住居に係る客観的事実のほか,本人の意思を総合して行われるべきものであるとしても,住基法に基づく行政手続として,住所の認定にあたり転入届を提出した本人の意思の聴取を行わなければならないとする具体的な法令上の根拠を見いだすのは困難である。本件では,上記認定判断のとおり,控訴人居宅は,生活のための諸設備を備えた独立の住居で,その玄関が八尾市側にあり,その面積の大部分が八尾市側に存在しているというものであることからすれば,当該客観的事実から控訴人の住所が八尾市にあるものと認定するには十分であって,控訴人の意思の聴取をしていないことが,本件不受理処分に係る手続を違法とすることにはならないものというのが相当である。

また,控訴人は,本件不受理処分は,控訴人本人の意思を無視してその住所を決定しているものであるとし,このことは,憲法22条が定める居住の自由を侵害するものであると主張するが,本件不受理処分ないしその手続は,控訴人が控訴人居宅に居住し,これを住居としているという,控訴人の住居の設定自体に何らの影響を与えるものではなく,憲法22条にいう居住の自由とは関係のないものというべきであるから,上記控訴人の違憲の主張は、その前提を欠き,失当である。

(2)  控訴人は,仮に控訴人が住民登録を大阪府八尾市とすべきであるとしても,固定資産税及び都市計画税の納付状況から大阪市民に準ずる地位にあることから,敬老優待乗車証の交付を受け得る地位にある旨主張する。

しかしながら,固定資産税や都市計画税は,固定資産の所在地の市町村がその所有者に対して課す税であって,控訴人が主張するとおり,B棟については,大阪市と八尾市が各50パーセントずつ課税することとなっているものの,少なくとも,当該納税者(所有者)の住所の所在とは無関係のものである。したがって,控訴人において,大阪市に対し固定資産税,都市計画税を納税していたとしても,これによって,大阪市に住所を有する者に準ずる地位(大阪市民に準ずる地位)なるものを獲得することとなることを観念することも,またできないものというべきである。そうだとすれば,上記控訴人の主張は,その前提を欠くものであり,失当である。

なお,大阪市及び八尾市がB棟の所有者に対し各50パーセントの課税を行っていることについて,合理的な理由もなく納税を強制されている控訴人に対する償いとして被控訴人は敬老優待乗車証を交付するべきと主張するが,課税のあり方を合理的な理由がないとする法令上の根拠は必ずしも明らかではなく,その償いとしての敬老優待乗車証を交付するべきとする控訴人の主張は,採用することができない。

(3)  その他,控訴人の主張に沿って検討しても,上記認定判断を動かすものではない。

3  以上によれば,控訴人の請求には,いずれも理由がないから,これらをいずれも棄却した原審の判断は相当であり,本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 泉薫 裁判官 内野宗揮)

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