大阪高等裁判所 平成23年(行コ)107号 判決 2012年7月20日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 原審甲事件
(1) 門真税務署長が平成17年6月28日付けで控訴人に対してした控訴人の平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 円,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち加算税の額 円を超える部分を取り消す。
(2) 門真税務署長が平成17年6月28日付けで控訴人に対してした控訴人の平成14年4月1日から平成15年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 ,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち加算税の額 円を超える部分を取り消す。
(3) 門真税務署長が平成17年6月28日付けで控訴人に対してした控訴人の平成15年4月1日から平成16年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 円,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち加算税の額 円を超える部分を取り消す。
3 原審乙事件
(1) 門真税務署長が平成20年6月16日付けで控訴人に対してした控訴人の平成16年4月1日から平成17年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 円,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(2) 門真税務署長が平成20年6月16日付けで控訴人に対してした控訴人の平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 円,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(3) 門真税務署長が平成20年6月16日付けで控訴人に対してした控訴人の平成18年4月1日から平成19年3月31日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額 円,納付すべき税額 円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨(以下,略語は原判決の表記に従う。)
控訴人は,各種電気器具の製造販売等を業とする会社であるが,香港にA有限公司(「A」)及びB有限公司(「B」 Aと併せて「A等」)の現地法人を設立し,中国の工場にA等が無償で供給する部品等を使用して電気器具を製造させることとした。控訴人が,平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度(「平成14年3月期」 他の事業年度についても同様に表記する。)から平成19年3月期までの各事業年度(「本件各事業年度」)の法人税につき確定申告をしたところ,門真税務署長が,本店が香港に所在するA等は,いずれも租税特別措置法(「措置法」)66条の6第1項にいう特定外国子会社等に該当し,A等は製造業を主たる事業とし,その主たる事業を本店の所在する地域(香港)において行っていないから,同項に基づき,A等の同項に定める課税対象留保金額に相当する金額は,控訴人の本件各事業年度の所得の計算上,益金の額に算入すべきであるなどとして(いわゆるタックスヘイブン対策税制<外国子会社等合算税制>の適用),控訴人に対し,平成14年3月期から平成16年3月期までについては平成17年6月28日付けで,平成17年3月期から平成19年3月期までについては平成20年6月16日付けでそれぞれ更正処分(「本件各更正処分」)及び過少申告加算税賦課決定(「本件各賦課決定」 本件各更正処分と併せて「本件各処分」)をした。そこで,控訴人は,本件各処分の全部又は一部の取消しを求めたものである。
2 訴訟経緯
(1) 原判決の要旨
ア A等に係る外国子会社合算税制の適用除外の有無(本件各事業年度)
(ア) A等の主たる事業が卸売業に該当するか(該当する場合には非関連者基準を満たすか)(争点①)
a 製造業と卸売業の区別の意義
A等が卸売業を営み,かつ,非関連者基準を満たせば適用除外規定の適用があり,A等が製造業を営み,かつ,所在地国基準を満たせば適用除外規定の適用がある。したがって,適用除外規定の適用の有無を判断するに当たって,A等が製造業,卸売業のどちらに当たるかを認定することとなるところ,タックスヘイブン対策税制及びその適用除外要件が設けられた趣旨目的に照らせば,その地で事業を行う経済的合理性は実質を備えている必要がある。そこで,A等の事業の実態を社会通念に照らして検討する。
A等は,本件各協議書による本件各公司との間の合意により,本件各工場の経営を自ら管理し,本件各工場をA等の組織の一部として管理運営する体制を整え,本件各工場の人員の確保・管理,工場施設・機械設備等の確保・管理,部品・原材料等の確保・管理,製品の品質管理及び納期管理を,自らの責任と判断において行っている。すなわち,A等は,製造行為による利益を取得すると共にそのリスクも負担した上で,本件各工場について統一的に財務管理を行い,原価の把握・分析,原価低減のための方策の検討等の原価管理に努めている。
以上からすれば,A等は,本件各工場における製造行為を自らの責任と判断で主体的に行い,かつ,その製造行為による利益及びリスクもA等に帰属するから,社会通念に照らして,A等が実質的に本件各工場における製造行為を行っていたと認めるのが相当である。したがって,A等は,措置法66条の6第4項1号所定の卸売業(製造問屋)ではなく,製造業を行っていたものと認められる。
b A等の主たる事業について
A等の「主たる事業」は,本件各工場における製造業であると認められる。
(イ) A等の主たる事業が卸売業に該当しない場合,所在地国基準を満たすか(争点②)
A等は所在地国基準を満たさず(香港ではなく,別の地域である中国で主たる事業を行っている。),適用除外要件を満たさない。
(ウ) 経済的合理性を理由とする適用除外の可否(争点③)
適用除外規定は,主たる事業の内容に照らして,その地で主たる事業を行うことに十分な経済的合理性があると認められる場合として定められた要件に該当する場合に限り,適用除外を認める趣旨のものである。すなわち,所在地国基準を満たすか否かで経済的合理性は考慮されており,所在地国基準を満たさないのに,「経済的合理性」という独自の不明確な要件を用いることはできない。
(エ) A等につき外国子会社合算税制を適用することが濫用的な課税として手続的正義に反するか(争点④)
A等の主たる事業が製造業であることは,本件各更正処分に係る税務調査により初めて明らかになったのであって,それまで控訴人がA等の業種を「卸売業」とする申告を行っていたからといって,課税庁がかかる申告内容を積極的に是認していたわけではないから,本件各更正処分が手続的正義に反するということはできない。
イ 本件源泉税に係る外国税額控除の可否(争点⑤,平成16年3月期)
本件源泉税は,「法人の所得を課税標準として課される税」に該当せず,外国税額控除の対象となる控除外国税に当たらない。
ウ 本件各処分に理由不備ないし理由差替えの瑕疵があるか(争点⑥,本件各事業年度)
本件各更正処分においては,A等について適用除外要件に該当しないと判断した過程を具体的に明示し,その根拠事実を具体的かつ詳細に摘示しており,当該事実関係を裏付ける資料として,本件各協議書等も摘示していることからすれば,更正処分庁の恣意の抑制及び相手方の不服申立ての便宜という理由付記の趣旨目的に照らしても,本件各更正処分の理由付記としては十分なものといえ,本件各更正処分に理由付記の不備があったとは認められない。被控訴人は,評価判断における表現に若干の相違はあるが,基本的には同様の主張をしており,本件各更正処分の適否に関し,付記理由と全く異なる新たな事実関係を主張したものとはいえない(理由の追加差替えはない)。
(2) これに対し,控訴人が本件控訴を提起した。したがって,当審における審判の対象は,本件各処分取消請求の当否である。
3 関係する法令の定め,被控訴人の主張する本件各処分の根拠等
原判決4頁16行目から9頁1行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
4 前提事実(争いがないか,原判決文中掲記の各証拠により容易に認められる事実)
原判決9頁6行目から18頁23行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
5 争点に関する当事者の主張
同19頁13行目から65頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
6 控訴人の当審補充主張
(1) 主位的主張(A等の主たる事業は卸売業に該当し,非関連者基準を満たすから外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)は適用されないこと(争点①等))
ア A等は通達に定める製造問屋である。
措置法基本通達66-6-14/日本標準産業分類(乙6 以下「本件通達上の分類」という。)においては,製造問屋(自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品を作らせ,これを自己の名称で卸売するもの)は卸売業とされている。そして,Aは原材料等を無償で提供の上,Cを委託先あるいはその各工場を下請工場として本件委託加工をしてもらったものであり,本件通達上の分類では製造問屋に当たる。したがって,A等の主たる事業は卸売業(製造問屋)に該当し,非関連者基準を満たすから外国子会社合算税制の適用はない。
原判決は上記通達を無視しており,通達の定めが合理的である以上はその定めを尊重すべきとする3つの最高裁判所判決(平成18年1月24日[オウブンシャ事件],平成17年11月8日[法人税額控除を認めた事例],平成22年7月16日[医療法人へのみなし贈与を認めた事例])にも反している。Aが製造問屋に該当することは次の事情からも明らかである。
(ア) 人的資源
本件委託加工の製造業を営むためにはCのように数千人ないし1万人超の工員,従業員を雇用する必要があるが,Aはそのような人的資源を保有しておらず,組立加工を行う生産能力を有していない。Aが本件委託加工の製造業を営むことはそもそも不可能である。
(イ) 支配の限定
A等は本件各工場に経営管理の役務を提供しているが,これは一定範囲に限定されており,外注委託者ないし問屋としての下請工場に対する管理であるから,この事実は,A等が自ら製造業を営むことを意味しない。
(ウ) 本件各協議書の諸条項
C平成4年第1協議書第1条,前文,第6,7条等(乙9の1),C平成4年第2協議書等の前文等(乙10の1)には,「CはAのために加工生産を行い」「電子製品の来料加工業務について」「製品出荷後後払い」などの記載がある。これらの諸条項は,A(委託者)から本件組立加工業務の委託を受けて,Aから供給された原材料により有料で製品を組み立てるという生産(製造)を営んでいる法人(受託者)はCであることを示している。すなわち,Aは,事業形態として製造問屋を選択し,Cを製造の受託者(下請)とする製造委託契約を締結し,実際にも本件各工場は下請工場として機能しているのである
最高裁判所平成18年1月24日判決[映画フィルム・リース事件]は,納税者が選択した契約関係を認めた上で納税義務の存否を判断し,最高裁判所平成23年2月18日判決[武富士創業者の贈与税事件]も納税者が選択した客観的な生活の本拠を認めた上で納税義務の存否を判断している。これらの判決の趣旨は,納税者が選択した契約関係を尊重し,租税法律主義の一内容である予見可能性を保障することにある。本件では,上記のとおり,控訴人は事業形態として製造問屋を選択しているのであるから,控訴人の上記選択を尊重し,控訴人を製造問屋と認めるべきである。
(エ) Cが本件委託加工の製造業を営んでいることを証明する多数の書証
Cは,自らの工場で①部品の納入受入業務,②部品から完成までの組立業務,③完成品のAへの出荷業務からなる事業を自らの従業員を用いて行っている。これらの各業務はAの社員による一定の範囲での指導,管理監督のみによって遂行されるわけではなく,Aの社員による指導,管理監督に加えて,Cが自らの管理職従業員・技術者の役務提供と直接部門の工員の役務提供によって遂行されているのである。すなわち,Cが自ら主体的に本件委託加工の製造業を営んでいるのであって,この事実を裏付ける多数の書証(Cの管理職,従業員らが生産管理等日報,各種連絡書,報告書,会議等議事録,管理規定,通知・通告書等に押印やサインをし,会議に参加したことを示す各書類)が存在する。
(オ) 国は,現行法令又は通達が改正された後に改正後の法令又は通達条項に該当する納税者の事実行為又は法律行為に対して課税すべきである。
最高裁判所平成23年2月18日判決[武富士創業者の贈与税事件]は「法の解釈では限界があるので,そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきである。」と判示している。したがって,本件においては,控訴人の製造問屋の事業を製造業に分類して,タックスヘイブン対策税制を適用しようとするのであれば,現行法令又は通達を改正して,その後にすべきである。現行法令又は通達が改正されていない現段階ではタックスヘイブン対策税制を適用すべきではない。
イ 原判決の認定・判断の誤り
(ア) 原価管理
原判決は,Aが本件各工場で原価管理を行っていることをAが製造業者であると認定する根拠とする。しかし,製造業務委託においては委託者(A)が受託者(外注先又は下請工場)の原価管理について指導,監理監督を行うことは自然なことであるから,原判決の上記認定は不当である。
(イ) 利益の帰属とリスクの負担
原判決は,A等には本件各工場での製造行為により生じる利益と損失が帰属していた旨認定し,これをA等が製造業者であると認定する根拠とする。しかし,下請工場の製造コストの削減によってA等が利益を受けることとA等が下請工場に製品を作らせていることは矛盾しないから,原判決の上記認定は不当である。因みに,本件通達上の分類では,「自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品を作らせ,これを自己の名称で卸売するもの」を製造問屋と定義しているところ,下請工場はその経営を製造問屋に支配され,下請工場の製造コストの削減によって委託者(A等)が利益を受けることは当然なことである。
(ウ) 分社会計
原判決は,Aが本件各工場毎の財務諸表を作成していたことがAにおいて製造業を営んでいることの裏付けとなるかのような説示をする。しかし,Aの作成したCの工場の分社会計に基づく社内使用用の貸借対照表・損益計算書は,Cの工場の作成した貸借対照表・損益計算書とは全く異なり,Cの工場はAの組織の一部ではなく,Aから独立したCの組織の一部である。また,原判決は,A等が本件各工場に設置した機械設備等を財務諸表上自らの固定資産として計上したこと,Aの財務諸表には上記工場の機械設備等の減価償却費等が含まれる製造経費等を製造原価として計上していることをもって,A等が実質的に本件各工場における製造行為を行っていたことの根拠とする。しかし,原判決の指摘するAの会計処理は適切な会計処理であって,Aが製造問屋であることを否定するものではない。
(エ) 経営管理
原判決は,AがCの各工場においてその経営管理を行っていたことを根拠として,Aは本件委託加工の製造業を営んでいた旨説示する。しかし,本件委託加工の製造業を営むためには,Cのように数千人ないし1万人超の工員,従業員を雇用する必要があるが,Aはそのような人的資源を保有しておらず,Aが製造業を営むことはそもそも不可能である。経営管理の役務を提供したことは自ら製造業を営んだことを根拠づけるものではない。
(オ) 経営管理口座の余剰資金
原判決は,A等が本件各公司に支払う加工賃のうち,D市政府手数料及び本件各公司の取得分を差し引いた額は,本件各工場の運営資金とされ,必要額を控除して残余が生じた場合には,A等の所有に属し,逆に,不足額が生じた場合にはA等が責任を持って補てんすることとされていたとの認定事実をA等には本件各工場における製造行為により生じる利益と損失(製造原価と販売額との差額)が帰属していたと認める根拠とする。しかし,上記事実は,Aが概算額での請求に従って支払った額とその後の確定額との差額について,概算額が実額より過大であった場合はAの過払であり,概算額が実額より過少であった場合はAが差額を負担することを示しているにすぎず,A等に上記のような利益と損失(製造原価と販売額との差額)が帰属していることを意味するものではない。
(カ) 香港での税務申告
原判決は,Aが香港税務当局に対して,Aが製造業に従事している旨を申告したことをAが卸売業ではなく製造業であることの根拠としている。しかし,日本の税法では製造問屋は卸売業に分類されるが,香港の税法では製造問屋は製造業に分類されるのであるから,Aの上記申告は当然のことであって,これがAが製造業であることの根拠とはなり得ない。
(キ) Aの不良品引取義務
原判決は,Aに不良品引取義務があるとの合意がされていた旨説示する。しかし,同説示は,C平成4年第1協議書第5条(乙9の1)が,「五 品質責任,試作期間と損耗・不良率の項で原材料,補助材料の品質不良あるいは技術指導のミスに起因して不合格品・不良品が発生したとき,乙(A側)がその責任を負い,再加工が必要となったときはその費用を乙が負担する。」と定めていることに反しており,誤りである。
(2) 予備的主張
ア 所在地国基準(争点②)
仮に,A等の主たる事業が卸売業に該当しない場合でも,所在地国基準を満たすというべきである。すなわち,中国本土の保税工場での役務の費用 円(平成16年度)はAの全経費 億円の %でしかなく,残余の %の経費は香港「地域」内のAの企業活動に関わって発生しているのであるから,Aの主たる事業は香港で遂行されているといえ,所在地国基準を満たす。
イ 経済的合理性を理由とする適用除外(争点③)
タックスヘイブン対策税制は租税回避防止を目的とするものであり,その適用除外規定の立法目的は経済的合理性がある企業活動には同税制を適用しないことにある。そして,香港は,部品・原材料の調達,物流管理,情報収集・分析,加工費などの決済に優れているため,来料加工取引をするのに相応しい地域であり,Aが本件委託加工取引を香港で行うことには経済的合理性がある。そうすると,このこと自体からタックスヘイブン対策税制の適用除外がされるべきである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却すべきであると考える。その理由は,原判決説示(「第5 当裁判所の判断」)のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の当審補充主張について
(1) 主位的主張(A等の主たる事業は卸売業に該当し,非関連者基準を満たすから外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)は適用されないこと(争点①等))について
ア 製造問屋
控訴人は,Aは本件通達上の分類では製造問屋(自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品を作らせ,これを自己の名称で卸売するもの)であるから,卸売業に該当するのに,原判決は上記通達を無視し,かつ,通達の定めが合理的である以上はその定めを尊重すべきとする最高裁判所判決に反している旨主張する。
控訴人は,その根拠として種々主張するが,その要旨は,A等は製造業を営む人的資源を有せず,A等は,外注委託者として一定の範囲でのみ本件各工場の経営管理を支配しているにすぎず,本件各協議書の諸条項から,A等は事業形態として製造問屋を選択したといえ,Cが本件各委託契約の製造業を営んでいることを示す多数の書証もあるから,Aは製造問屋と認めるべきであり,このことが最高裁判例の趣旨に合致するというものと解される。
ところで,製造業と卸売業は製品を自ら製造しているかどうかにより区別されるところ,タックスヘイブン対策税制及びその適用除外要件の趣旨からすれば,当該事業がどちらに該当するかは,当該事業活動の実体から社会通念に照らして判断されるべきことは原判決説示のとおりである。そして,原判決は,製造行為の主体といえるためには,製造行為に基づく損益の帰属主体であり,製造行為について自らの責任と判断において主体的に行っているといえることが必要であるとして,証拠に基づき,人員,施設,原材料,品質管理,工程管理,原価管理の諸点を検討しているのであり,その判断枠組み及び認定ともに相当である。これに対して,控訴人は,本件通達上,卸売業に分類される製造問屋へのAとC間の(本件各協議書の一部文言等による)取引の形式的該当性を前提として,A等が卸売業を営んでいた旨主張するようであるが,その判断枠組み自体,相当とはいえない。
また,控訴人指摘の3つの最高裁判所判決は,通達の定めが合理的である以上はその定めを尊重すべきとするものであって,原判決は上記各最高裁判所判決に反しているとはいえない。
以下,控訴人の各主張について検討する。
(ア) 人的資源
控訴人は,Aは本件委託加工の製造業を営むための人的資源を有しないから,本件委託加工の製造業を営むことは不可能である旨主張する。
しかし,Aは,本件各工場の製造関連部門のほとんどに社員を責任者として派遣していたのであり,製造に必要な機械設備等を財務諸表に自らの固定資産として計上し,全面的に本件各工場の経営管理責任を負っていたと認められるのであるから(原判決85~92頁等),製造に直接関与するための従業員を直接雇用せず,これをCからの供給によっていたとしても,A等が主体的に製造業を営んでいたと評価することの妨げにはならない。
(イ) 支配の限定
控訴人は,Aが本件各工場に経営管理の役務を提供しているが,これは一定範囲に限定されており,外注委託者ないし問屋としての下請工場に対する管理であるから,この事実は,A等が自ら製造業を営むことを意味しないと主張する。
しかし,本件各第2協議書によれば,A等が本件各工場の経営を請け負い,経営管理者として本件各工場に関する全責任を負い,これについて本件各公司は一切関与しないこととされていたというのである(原判決91頁)。そうすると,A等による経営管理は一定範囲に止まらず,全面的なものであり,本件各工場は外注先ないし下請工場としての主体性を有していたとは認められないから,控訴人の上記主張は前提を欠く。
(ウ) 本件各協議書の諸条項
控訴人は,本件各協議書の諸条項は,A(委託者)がC(受託者)に本件組立加工業務を委託したものであり,生産(製造)を営んでいる法人(受託者)はAではなく,Cであることを示していると主張する。
しかし,本件各工場の管理運営について,本件各第1協議書と本件各第2協議書との間に齟齬がある場合には,A等と本件各公司の間の合意内容は本件各第2協議書の定めによるものと認めるのが相当であること,本件各第2協議書の「経営を請け負う」等の文言については,その文言のとおり,A等が本件各工場の経営を自ら実質的に管理することを目的として記載されたものであると認めるのが相当であることは原判決説示のとおりである(原判決91~93頁等)。そして,本件各協議書中に,控訴人が指摘するような文言があるとしても,これが本件各工場におけるA等の全面的な経営管理という実体を左右するに足りるものではないし,A等と本件各工場間の基本的な契約関係を定めた条項とみることもできない。そして,実体として,A等は本件各工場において行われている製造行為を自らの責任と判断の下で主体的に行っており,その製造行為による利益及びリスクもA等に帰属すると認められることは原判決説示のとおりである。
控訴人は,また,上記本件各協議書の文言から,A等は自ら製造問屋としての事業形態を選択したのであり,最高裁判決の趣旨からも,その選択を尊重すべきであると主張する。
しかし,本件各協議書の文言からA等が自ら製造問屋としての事業形態を選択したとみることができないことは上記のとおりである。また,控訴人の指摘する各最高裁判決は,必ずしも,当事者の選択した法形式のみを採用して事実認定すべきであると述べているものではないから,いずれにしても,控訴人の主張は理由がない。
(エ) Cが本件委託加工契約の製造業を営んでいることを示す多数の書証
控訴人は,Cが本件委託加工の製造業を営んでいることを証明する多数の書証が存在すると主張する。
しかし,原判決は,製造行為の主体といえるためには,製造行為に基づく損益の帰属主体であり,製造行為について自らの責任と判断において主体的に行っているといえることが必要であるとして,証拠に基づき,人員,施設,原材料,品質管理,工程管理,原価管理の諸点を検討しているのであり,その判断枠組み及び認定ともに相当であることは上記説示したとおりである。控訴人の指摘する各書類は,現場レベルにおける製造の職務過程にCの管理職や従業員らが一定の関与をしたことを示すものであるとしても,その経営全般について,Cが関与していたことを示すものとはいえず,原判決の認定を左右するに足りるものではない。
イ 原判決批判(認定・判断の誤り)
(ア) 原価管理
控訴人は,製造業務委託においては委託者(A)が受託者(外注先又は下請工場)の原価管理について指導,監理監督を行うことは自然なことであるから,原判決の認定,説示は不当である旨主張する。
しかし,Aは自己の製造業経営の一環として受託者(Cの各工場)の原価管理について指導,管理監督を行っていることは原判決説示のとおりであり,控訴人の主張は理由がない。
(イ) 利益の帰属とリスクの負担
控訴人は,下請工場の製造コストの削減によってA等が利益を受けることとA等が下請工場に製品を作らせていることは矛盾せず,下請工場はその経営を製造問屋に支配され,下請工場の製造コストの削減によって委託者(A等)が利益を受けることは当然なことであるなどと主張する。
しかし,A等が最終的に利益の帰属とリスクの負担の主体となることはA等が本件各工場を介して製造業を営んでいることを裏付ける事情となるのであって,控訴人の主張は理由がない。
(ウ) 分社会計
控訴人は,Aの作成したCの工場の分社会計に基づく社内使用用の貸借対照表・損益計算書は,Cの工場の作成したそれらとは全く異なり,本件各工場がAから独立したものであることを示す,また,A等が本件各工場に設置した機械設備等を財務諸表上自らの固定資産として計上し,上記工場の機械設備等の減価償却費等が含まれる製造経費等を製造原価として計上するのは会計処理として適切であって,Aが製造問屋であることを否定するものではないなどと主張する。
しかし,Cの内部資料である工場の決算書類をAが取得していること自体が,Aがその工場に管理支配を及ぼし,製造を主体的に行っていることを推認させるし,Aの作成する財務諸表はCの各工場毎に作成された貸借対照表を合算して作成されているのであり,当該各工場に設置した機械設備等をAの財務諸表において固定資産として計上し,これらの額も一致するのである(原判決87頁)。これらの事情を併せ考えると,AにとってCの工場は単なる下請工場の範疇を超えており,Aの製造業の組織の一部を構成しているといえる。
控訴人は,Aの作成したCの工場の分社会計に基づく社内使用用の貸借対照表・損益計算書は,Cの工場の作成したそれらとは全く異なるというが,C工場の貸借対照表には減価償却が済んだという事情もないのに工場建物,事務用備品が固定資産として計上されておらず(甲288の1),その損益計算書には加工費及び加工業務の原価の内訳も計上されていない(甲288の2)など,不自然である。したがって,控訴人の主張は理由がない。
(エ) 経営管理
控訴人は,本件委託加工の製造業を営むためにはCがしたように数千人ないし1万人超の工員,従業員を雇用する必要があるが,Aはそのような人的資源の保有という生産能力を有しておらず,Aが本件委託加工の製造業を営むことはそもそも不可能であり,経営管理をしたことは製造業を営むことを根拠づけないなどと主張する。
しかし,この点は,上記2(1)ア(ア)で説示したとおりであり,本件各工場の従業員をAが自ら雇用していないことのみをもって,Aの事業が製造業に該当しないということはできない。そして,Aが全面的な経営管理を行ったことは自ら製造業を営むことを根拠づける事実関係といえる。したがって,控訴人の主張は理由がない。
(オ) 経営管理口座の余剰資金
控訴人は,A等の経営管理口座の余剰資金の発生等はA等に本件各工場における製造行為により生じる利益と損失(製造原価と販売額との差額)が帰属していたと認める根拠となるものではなく,概算額請求による支払額と確定額との差額清算の問題にすぎない旨主張する。
しかし,本件各工場の運営資金がA等の製造経費となっていた事実に変わりはなく,控訴人の主張は原判決の結論を左右するに足りるものではない。
(カ) 香港での税務申告
控訴人は,Aが香港税務当局に対して製造業に従事している旨を申告した理由は,香港の税法では製造問屋は製造業に分類されるからであって,上記申告がAが卸売業ではなく,製造業であることの根拠となるものではないと主張する。
しかし,香港税務当局の事務運営指針(乙54)は,製造問屋は「大陸において事業の許可を得ていない香港製造業者」であると定めており,Aは,自らを「香港製造業者」と認識して上記申告をしたことがうかがえるのであるから,Aが製造業を営んでいることを根拠づける一事情とはいえる。したがって,控訴人の主張は理由がない。
(キ) Aの不良品引取義務
控訴人は,Aに不良品引取義務があるとの合意がされていた旨の原判決の説示は不当である旨主張する。
しかし,上記主張は,控訴人の原審における主張(控訴人の第2準備書面7頁)や当審における主張(控訴理由書161頁)と整合しない。また,中山第1平成6年第1協議書(乙15の1)及び中山第2第1協議書(乙17)においては,製品の出荷後は工場はいかなる責任も負わないと規定されている。したがって,C平成4年第1協議書第5条の文言のみを根拠として,Aが不良品の引取義務を負うとの合意があったとする原判決の認定を覆すことはできない。
(2) 予備的主張について
ア 所在地国基準(争点②)
控訴人は,A等の主たる事業が卸売業に該当しない場合でも,中国本土の保税工場での役務の費用 円(平成16年度)はAの全経費 億円の %でしかなく,残余の %の経費は香港「地域」内のAの企業活動に関わって発生しているのであるから,Aの主たる事業は香港で遂行されているといえ,所在地国基準を満たす旨主張する。
しかし,Aの主たる事業が製造業であると認められることは原判決説示のとおりであるところ,当該事業が香港で遂行されているか中国本土で遂行されているかを判断するためには,当該製造業に係る具体的かつ客観的な事業活動の内容を総合的に考慮して判断すべきである。そして,A等は,香港事務所において,主に本件各工場の製造に供するための部品・原材料等の調達業務を行い,中国本土に所在する本件各工場において原材料等を加工して製品を製造していたのであり,A等が製造業を主として行っていた場所は実際に製造行為を行っている中国本土とみるのが相当であることは原判決説示のとおりである。控訴人が主張するように,経費の点のみを基準として主たる事業場所を判断することには合理性が認められず,同主張は理由がない。
イ 経済的合理性を理由とする適用除外(争点③)
控訴人は,タックスヘイブン対策税制の適用除外規定の立法目的は経済的合理性がある企業活動には同税制を適用しないことにあるところ,Aが本件委託加工取引を香港で行うことには経済的合理性があり,この事自体からタックスヘイブン対策税制の適用除外がされるべきであると主張する。
しかし,適用除外規定は,主たる事業の内容に照らして,その地で主たる事業を行うことに十分な経済的合理性があると認められる場合など所定の要件に該当する場合に限り,適用除外を認める趣旨のものであって,所在地国基準など所定の要件を超えて,「経済的合理性」という独自の不明確な要件を用いることが相当でないことは原判決説示のとおりである。
したがって,A等が経済的合理性に着目して,香港において本件委託加工取引を行ったとしても,適用除外の所定の要件を満たさない以上,適用除外を認めることができないことは当然であり,控訴人の主張は理由がない。
控訴人はその他種々主張するが,いずれも上記結論を左右するに足りるものではない。
3 以上のとおりであって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 片岡勝行 裁判官 牧真千子)