大阪高等裁判所 平成23年(行コ)28号 判決 2011年12月08日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 名古屋入国管理局長が平成19年4月20日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同控訴人の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
3 名古屋入国管理局主任審査官が平成19年4月20日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)の国籍を有する外国人として本邦に上陸した控訴人が,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)入国審査官から,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロに該当する旨の認定を,名古屋入管特別審理官から,上記認定に誤りがない旨の判定を受けたため,法務大臣に対し異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入国管理局長(以下「名古屋入管局長」という。)から,控訴人の異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,引き続き,名古屋入管主任審査官から退去強制令書発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)を受けたため,控訴人が日本国籍を有すると主張して,本件裁決及びこれに基づく本件退令発付処分の取消しを求めた事案である。
原審は,本件裁決及び本件退令発付処分にはいずれも違法がないとして控訴人の請求を棄却したことから,控訴人が控訴した。
2 法令等の定め及び前提となる事実は,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」2及び3項に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点及び争点に関する当事者の主張は,後記4において,当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」4項及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 当審における付加的主張(争点(1)について)
(被控訴人の主張)
(1)ア 行政処分における主張立証責任の分配は,権利侵害処分かどうかのみによって決することができる事柄ではなく,個々の法規の条文解釈や,その法規の趣旨・目的をも参照することによって初めて決することができる事柄である。
イ 入管法は,同法の適用上,日本国籍を有する者は,日本国の構成員である以上,構成員として日本国に永遠に居住することができる権利を有する一方で,日本国籍を有しない者については,当然には入国・在留の権利が認められず,日本国籍者であるか否かが,その法的地位を根本的に分かつ前提となっていることから,その対象者が日本国籍を有する者であるか,有しない者であるかによって入国・在留管理の処遇を分かつ建前を採っている。
つまり,「外国人」は,入管法上の在留管理の対象とされるべき者か否かの前提となる身分事項であって,同法は,「外国人」については,当然の入国・在留の権利が認められないことを前提に,その入国,上陸,在留,退去,出国に至るまでの一連の在留管理をする仕組みを採用しており,そのような「外国人」に対しては,退去強制処分といった権利侵害処分の場面のみならず,上陸許可,在留期間更新,在留資格変更,難民の認定等様々な授益処分も予定しており,「外国人」の要件に関しては,それが授益処分であるか,侵害処分であるかという処分の性質の違いから主張立証責任の分配の具体的中身を異ならせるという立場を採っていないと解される。
ウ さらに,同法上,「外国人」としての上陸と日本国籍者としての上陸の二通りしか予定していないところ,「外国人」として上陸が許可された者については,以降,その「外国人」としての身分が継続するものとして取り扱うこととなり,他方,日本国籍者の入国については,同法61条の要件(日本国旅券の所持等)を満たさない限りは日本人として上陸することは許されず,日本国旅券を所持しない者が日本国民であると主張するときには,その主張立証責任は当該本人にあると解され,かかる立証ができず,それでも本邦に上陸を企図する場合は,「外国人」として上陸するほかはなく,その後も「外国人」としての身分が継続するものとして取り扱う。
これを強制退去手続における認定の場面についてみると,入管法上,入国審査官は,それまで在留管理の中で外国人として取り扱われてきた容疑者が強制退去対象者に該当するかどうかを審査することとされており,国籍法所定の日本国籍取得原因が存在しないことを行政庁に積極的に審査,認定させるべき仕組みをとっておらず,むしろ,その者が国籍法所定の日本国籍取得に係る要件事実を立証しない者であることをもって「外国人」であると認定することを前提としている。
実質的に見ても,上陸時あるいは在留時においては,日本国籍取得要件該当性の立証がされないために「外国人」とされていた者について,外国人に対する在留管理の処遇の一場面である強制退去手続においては,処分行政庁が新たに国籍法所定の日本国籍取得に係る要件事実の不存在について立証責任を負わなければならないとなると,仮にその立証ができなければ,「外国人」として入国又は在留し,その在留管理に服していた者が,退去強制手続の場面では「外国人」には当たらないために引き続きその者の本邦への在留継続を認めざるを得なくなるという結果を招来しかねないことになるが,そのような結果が不合理であることは明らかであり,「本邦に入国し,又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図る」という法目的を阻害するものとなりかねない。
エ なお,控訴人は,強制退去の対象となるか否かは,対象者が入管法の「外国人」に該当するか否かで客観的に決定されるものであり,対象者がどのように入国したかは関係がないかのように主張するが,「外国人」として上陸審査を受けて在留資格及び在留期間が決定され,上陸が許可された場合は,「日本国籍を有しない者」として本邦に入国したのであるから,以後,その者につき,国籍確認訴訟等により日本国籍者であることが立証されない限り,入管法上外国人として扱うことは当然であるし,このことは上陸時に日本国籍者たることを立証していない国籍不明者や無国籍者,あるいは正式な入国手続を取らなかった不法入国者等,同法3条の規定に違反して本邦に入国した者についても同様に当てはまる。
以上の扱いは,その者が「真に日本国籍を有する者であるか否か」ということとは次元を異にする問題であり,飽くまで,法が,本邦に入国した者について,その者を「外国人」として扱うか,日本国籍を有する者として扱うかという出入国管理行政の問題であり,控訴人はこの点を混同して主張している。
(2) また,立証責任を考える上では,入管法24条柱書きにいう「外国人」が,「日本の国籍を有しない者」(同法2条2号)と定義づけられた法律概念であり,当該処分の名宛人が我が国の国籍法上の日本国籍者であるのかそうでないのかという,国籍法上の法律効果を前提とした日本国籍者と表裏の関係にある概念であるということも念頭に置く必要があり,退去強制令書発付処分取消訴訟と国籍確認訴訟が併合される場合,国籍確認訴訟については控訴人において日本国籍の取得原因について立証責任があるのに,退去強制令書発付処分取消訴訟において被控訴人に日本国籍を有しないことの立証責任を負担させるというのは一貫しない。
(3) 当事者間の公平及び立証の難易から見ても,日本国籍取得に係る要件事実の不存在の立証責任を被控訴人が負うことは相当ではない。
すなわち,処分行政庁が国籍法所定の日本国籍取得に係る要件事実そのものの「不存在」を立証することは,もとより悪魔の証明を要求することに等しい。その一方で,日本国籍取得要件該当事実は,日本国籍を有すると主張する者自身やその尊属に関する事実であって,その者の側により多くの情報や証拠が存在しているのが通常である。
(控訴人の主張)
(1) そもそも立証責任とは,訴訟の当事者双方が主張立証を尽くした結果,なお一定の主要事実について真偽が不明である場合,その点についていずれの当事者が不利益を負うかの問題であるから,「日本国籍を有することについて,立証がない者であることを処分行政庁が主張立証すれば足りる」という被控訴人の主張の趣旨が不明である。
(2) 被控訴人は,専ら入管当局による外国人の入出国・在留管理上の実務的視点から本件についての主張立証責任を展開しているように見受けられるが,問題となっているのは,行政事件訴訟における立証責任の分配の問題であって,違反調査を行い,退去強制令書を発付する入管当局の手続の内容や運用に当たっての便宜,当局の負担から主張立証責任の分配が決定されるわけではなく,処分時における認定の正確性には自ずと限界があるということを前提としながらも,誤った認定がされた場合,行政事件訴訟の段階でも原則的に処分行政庁に対して主張立証責任を負担させて誤った処分からの救済を保障すべきものである。
(3)ア 被控訴人は,入管法上の「外国人」は,在留管理の対象とされるべきかの前提となる身分事項であり,処分の性質の違いから主張立証責任の分配の中身を異ならせる立場を採っていないなどと主張する。
しかし,在留管理の前提となる身分事項であることが,なぜ被控訴人主張の根拠になるか不明である。
そもそも,入管法は「外国人」を「日本国籍を有しない者をいう」と定義しており,在留管理の対象となるか否かは,対象者が同定義に該当するか否かによるのであり,在留管理の一環として侵害処分を行う場合に,対象者が「外国人」であることについて立証責任を負うと解することは入管法の目的が外国人の在留管理にあることと何ら矛盾することではない。
イ 被控訴人は,入管法が「外国人」としての入国と日本国籍者としての上陸の二通りしか予定していないから,「外国人」として上陸した者に対しては,日本国籍者たる立証がされない限り「外国人」としての在留管理を予定していると主張する。
しかしながら,同法は,「日本国籍を有しない者」を「外国人」と定義しているのであるから,日本国籍を有する者が便宜的に「外国人」として入国したとしても,この者が入管法上「外国人」となる余地はなく,したがって同法上「外国人」としての在留管理の対象となることはあり得ないし,この者の日本における在留が不法残留の罪を構成することもない。
また,入管法上は,対象者が入国手続を経ないで入国した場合についても規定しているから,入管法が「外国人」としての入国と日本国籍者としての上陸の二通りしか予定していないという主張も誤りである。同法上,強制退去の対象となるかどうかは,対象者が「外国人」に該当するか否かで客観的に決定されることを法が予定しているといわざるを得ない。
ウ また,被控訴人は,退去強制手続において,対象者について日本国籍取得要件事実が存在しないことを処分行政庁が審査,認定させる仕組みを採っていない点を指摘するが,退去強制手続の仕組みと行政処分取消訴訟における立証責任は独立したものであり,前者が後者の根拠となるものではないし,退去強制手続の過程で,対象者について日本国籍を有することの蓋然性を示す資料が示された場合,被控訴人が対象者について日本国籍を有しないことを十分に調査する義務を負うことは当然である。
(4) 被控訴人は,当事者間の公平や立証の難易についても指摘するが,控訴人としては,保有する限りの資料を提出し,控訴人の日本国籍取得要件事実のほとんどを立証しており,立証が不十分なのは,AとBが婚姻届を提出しなかったという事実のみであり,被控訴人は,AとBが婚姻届を提出したという事実を立証すれば足りることからすると,この立証責任を控訴人に負わせることは明らかに当事者間の公平に反する。
また,控訴人は,フィリピンのパスポートにより上陸許可を得ているが,同事実から,控訴人が日本国籍を有しないことが事実上推定されるなどとはいえない。控訴人は,平成10年に本邦に上陸した当時,自分が日本国籍を有するとは認識しておらず,したがって,控訴人がフィリピンのパスポートで日本に上陸したのは極めて自然であって,このことが控訴人が客観的に日本国籍を有していないことを推定させる根拠にはなり得ない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
入管法は,外国人の出入国管理が元来は国家の自由裁量によるもので,かつ迅速に行う必要があるという側面と,上陸の拒否や退去強制手続等外国人の利益に大きな影響を与える決定に際して慎重な手続を要することから,行政手続法や行政不服審査法とは別個に制定された手続法であるところ,その出入国,在留手続においては,本邦に上陸するに際して,外国人として上陸する場合はもとより,たとい日本国籍を有する者と主張されても,有効な旅券,又は日本の国籍を有することを証する文書によって日本国籍を間接的に証明できない場合は,本邦への上陸手続としては権利としての帰国確認手続を認めず,第3章による上陸手続を,その後の在留及び出国についても,退去強制手続を含めて第4,第5章,第5章の2の適用を予定しているものと解される。何となれば,大方の日本人にあっては,日本国籍の取得を根拠づける直接証明手段を有さないのが通常であって,入管法61条は,戸籍に基づき発給される有効な旅券又は日本の国籍を有することを証する文書という間接証明文書を所持すれば,日本国籍を有することの証明(国籍証明)が一応尽くされたものとして帰国確認制度を適用し,反対に,そのような間接証明文書を所持しない場合は,日本国籍を有することの証明がない,すなわち,日本国籍を有しない者(外国人としての身分を占有する者)として扱い,帰国確認制度ではなく,入国(上陸)制度の適用を予定していることを前提とするものと解されるからである。
そうとすれば,本訴においては,被控訴人において,本件退令発付処分の要件である「外国人」の立証として,控訴人が上記のように日本国籍を有しない者として上陸の許可を受け,入管法上の在留管理の対象となっている者,あるいは在留管理の対象となるべき者という手続的地位にあることを立証すれば足り,控訴人がこのような退去強制手続の適用を排除するためには,改めて,上記のような有効な旅券又は日本の国籍を証する文書という間接証明資料を所持すること(日本人としての身分の占有),あるいは実体法上日本国籍を有すること(国籍取得原因)を主張立証することを要するというべきである。
2 争点(2)について
(1) しかして,本件では,控訴人が外国人としての入国(上陸)手続を践んだ者で,入管法上の在留管理の対象者でありながら,在留期限を超えて本邦に在留していることは前提となる事実のとおりであり,かつ,控訴人については上記のような間接証明資料を所持しないことは明らかであるから,出生による日本国籍の取得原因(①控訴人の生父であるCとの法的父子関係の存否,②生母であるDの日本国籍の存否)の有無につき検討する。
(2) 前提となる事実に加え,証拠(甲4,6ないし10〔枝番を含む〕,16,原審証人Dの証言,原審における控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア A(平成▲年▲月▲日死亡)は,昭和22年ころから昭和28年ころまで沖縄でアメリカ軍の軍属として過ごし,その任務期間中に,日本人で鹿児島県出身と称するBと出会い,その間にD(昭和▲年▲月▲日生)をもうけたが,昭和28年ころ,当時2歳になっていたDを伴いフィリピンの実家に帰国した。フィリピンで「名付け親」というのは,結婚の立会人かつ証人であり,結婚を見届けるとともに結婚を証明する書類に署名するなどの役割を果たす者であるが,Dの友人であるE弁護士は,後年,Dに対し,Eの母が昭和22年から昭和26年までの間,沖縄の米軍キャンプで洗濯班の監督者として稼働しているときに,AとBの結婚見届け人をした旨を教えた。
イ Dは,物心ついたころにはAが他に家族を持って別に生活していたため,高校卒業までは主としてAの祖母と叔母に養育されたが,通学したマニラ市内のF小学校の第1学年(昭和33年)から第4学年(昭和36年)の永久保存録には,氏名を「G」,ミドルネームを「○」,出生地を「日本,沖縄」と記載されている。また,Aは近親者に,在沖中に,日本人であるBと結婚しでDが生まれたこと,Dの日本名はHであることを話したが,Bとの顛末は語らなかった。
ウ Dは,昭和45年ころからCと同居し,二人の間に,昭和▲年▲月▲日控訴人を,昭和▲年▲月▲日Iをもうけたが,その後Cと生活を別ち,控訴人はCの祖父母に養育されるところとなった。そして,Dは,平成7年9月8日Jと結婚して今日に至っている。
エ ところで,本件では,Dについては3通の身分関係記録,控訴人については1通の身分関係記録が証拠提出されているが,その1がDの申告に基づく昭和46年3月31日付け控訴人の出生証明書(甲4の 1),その2がDの申告に基づく平成7年7月19日付けD第1出生証明書(甲9の 1),その3がDとJの申告に基づく同年9月8日付け婚姻証明書(甲6の 1),その4がDの従姉妹であるKの申告に基づく平成14年1月11日付けD第2出生証明書(甲8の 1)である。このうち,D第1出生証明書は,Jとの婚姻届に必要な出生証明書がないため作成されたもので,第2出生証明書もパスポートの発行を受けるのに出生証明書が見あたらないため改めて作成されたものである。
オ そして,控訴人の出生証明書には「D(出産時19歳)の氏名をL,その出生地を日本国沖縄,DとCの結婚日が昭和44年5月27日,控訴人がその嫡出子」との記載が,Dの第1出生証明書には「昭和▲年▲月▲日,α,β通で出生し,父はA,母は日本人B,AとBの婚姻の日付は出生記録簿に記載なし」との記載が,婚姻証明書にはD(未婚)の「氏名がL,昭和▲年▲月▲日にマニラで出生」との記載が,D第2出生証明書には「氏名がLで,昭和▲年▲月▲日フィリピンのγで出生し,母は日本国籍のBで,D出産時の年齢が30歳」との記載がある。
(3) 控訴人の日本国籍取得の有無
ア そこで,控訴人が出生により日本国籍を取得したか否かを検討するに,旧国籍法2条3号は,「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき」は日本国民とする旨規定しているのであるから,控訴人と生父であるフィリピン国籍を有するCとの間に法律上の父子関係があれば,父がフィリピン国籍を有するものとして控訴人が日本国籍を取得する余地はなく,同じく,控訴人とCとの間に法律上の父子関係がない場合であっても,生母であるDが日本国籍を有しなければ控訴人が日本国籍を取得する余地が存在しない。そこで,まず,Dが出生により日本国籍を取得したか否かにつき検討を進めた場合,Dが日本国籍を有する者であるといえるためには,同じく旧国籍法2条3号に従い,Dが出生時に生父であるAと法律上の父子関係にあったか否か,Bといわれる生母が日本人であるか否かが問題とされる。
イ 後者についてみれば,当裁判所は,Dの生母は,日本国籍を有するBなる人物であると判断するが,その理由は,以下のとおり補正するほかは,原判決21頁17行目から23頁8行目までに記載するのと同一であるから,これを引用する。
(ア) 原判決21頁17行目の「(ウ)」を「(ア)」,22頁7行目の「(エ)」を「(イ)」,23頁6行目の「(オ)」を「(ウ)」と改める。
(イ) 22頁5行目の「蓋然性が高い」を削る。
(ウ) 22頁7行目の「被告は,」の次に「そもそもBなる人物の存在すら,これを裏付ける戸籍等も提出されておらず,これを確認することができないし,」を付加する。
(エ) 22頁13行目から23頁4行目までを以下のとおり改める。
「しかしながら,戸籍を確認することができないからといって,直ちにBなる人物が確認できないとはいえない。また,控訴人が提出する証明書については,矛盾した記載があり,当該記載内容を全面的に信用することができないのは被控訴人主張のとおりであるが,少なくとも,物心ついてからのDが,生父であるAから,同女の母親は日本人であるBであり,Aとの間の子として沖縄県で出生したと聞かされ,同女もそのような認識を有して今日に至っていることは疑問を差し挟む余地はない。そうである以上,Dの母親は,沖縄県において少なくともBと名乗る女性であったと認めるのが相当であり,そのような女性は,日本国籍を有する者であった可能性が極めて高いというべきである。」
(オ) 23頁8行目の「といえる蓋然性はあるというべきである」を「と認められる」と改める。
ウ そこで前者について検討した場合,当裁判所は,Dと生父であるフィリピン国籍を有するAの間に法律上の父子関係がないとは認め難いと判断するものであるが,その理由は以下のとおりである。
(ア) 前提問題としてのAとBの婚姻関係
原判決23頁10行目から24頁17行目のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決23頁19行目の「『母の夫』と」の次に「規定しており」を加える。)。
(イ) 前記認定のとおり,控訴人やDの身分関係記録の記載中には相互に矛盾するところがあり,例えば,Dが昭和28年に2歳でフィリピンに入国していることからすれば,その生年月日を昭和▲年▲月▲日とする記載(Dの第1,第2出生証明書,婚姻証明書)は入国年を出生年と違えた申告によるものであるし,その出生場所をフィリピン国内とする記載(婚姻証明書,第2出生証明書)も事実に沿わないもので,その時々のDの都合に合わせて作成されている。翻って考えてみれば,Dは昭和28年の2歳時に,両親の都合で生母と引き裂かれた過酷な境遇を歩むようになったもので,生父も平成11年までは存命したのであるから,せめて,生母と生き別れになった事情,両親の沖縄での生活実態等の情報を得ていても不自然ではないが,その唯一の語り部となった生父が余り多くを話さなかったとの理由でその間の情報がとぎれてしまっている。そして,フィリピン民法が離婚を禁止していることから,もし,帰国後のAが正式の婚姻をしているとすれば,Bとの間に婚姻が成立していない可能性も考えられないでもないが,この点の消息も本件証拠上不明である。また,Bはフィリピンに入国することはなかったから,もし婚姻手続を了したとすれば,その挙行地は沖縄県と推測され,その方式として戸籍法の定めるところによる住所地沖縄県での届出又はBの本籍地といわれる鹿児島県での届出(民法739条,戸籍法25条),住所地沖縄県での届出(旧民法775条,旧戸籍法101条)が必要であったものであるが,少なくとも,二人がフィリピン民法の方式による婚姻の儀式を行った可能性の強い限り,わが国民法(ないし旧民法)により戸籍吏員(市町村長)に対する届出をなした可能性も払拭できない。戸籍法,旧戸籍法によれば,出生届には嫡出子の有無,父母が結婚式を挙げたときはその年月日の記載を要するところ,原審における調査嘱託の結果によれば,米軍基地周辺市町村である沖縄県沖縄市ほか22市町村には,Dの日本名「H」の臨時戸籍が作成された形跡がないことが認められるが,この事実自体は上記判断を左右するものではない。
(ウ) 本件のように,母が血統主義により日本国籍を取得したことを立証する場合,出生時の祖父母の婚姻の成否の証明が必要となり,一般的にその証明に困難を伴うことは十分理解できるが,本件証拠上,控訴人の祖父母の婚姻の成否については,そのほとんどが母Dの生父Aからの伝聞で,それによっても,祖父母の婚姻が成立していないことについては十分な心証を得ることができず,他に,それを認めるにたる資料は本件全証拠を検討しても発見できないというほかない。
よって,控訴人の生母Dが日本国籍を有するとは認められない。
エ 上記のとおり,控訴人の生母であるDが日本国籍を有するとは認められない以上,控訴人が日本国籍を有するものと認めるに足りない。
3 争点(3)について
当裁判所も本件裁決が裁量権の範囲を超え,又はその逸脱があったものとして違法であるとは認められないと判断するが,その理由は,原判決「事実及び理由」中「第4 当裁判所の判断」3項に記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,控訴人は,前記認定の消極事情は,特別在留許可に係るガイドラインの例示する消極事情に該当しないなどと主張するが,ガイドラインは,飽くまで例示にすぎず,法務大臣の裁量権行使の基準を定めたものでもない。控訴人は,風営法違反については,不起訴処分とされたものであるから,判断の基礎とならないなどとも主張するが,同ガイドラインは,刑罰法令違反が認められることを消極要素としており,それにより起訴され,あるは有罪判決を受けたことを消極要素としているものではないから,上記主張は,理由がない。
4 争点(4)について
上記のとおり,本件裁決が違法とはいえない以上,本件退令発付処分もまた違法とはいえない。
第4結論
以上によれば,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 三村憲吾)