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大阪高等裁判所 平成24年(う)1625号 判決 2013年7月02日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人小倉智春作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に,これに対する答弁は,検察官岡崎真尚作成の答弁書及び答弁書(補充)に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。

原判決は,被告人が,自己が暴力団員であることを秘して金融機関から預金通帳を詐取しようと企て,A信用金庫(以下「本件信用金庫」という。)B支店において,①同支店に開設された株式会社C(以下「本件会社」という。)名義の普通預金口座について,その代表者を自己名義に変更するに当たり,同支店係員に対し,「代表者変更に伴い,私は『反社会的勢力ではないことの表明・確約』に同意します。」旨記載された項目の表明・確約印欄に押印した届出事項変更届(以下「本件届出事項変更届」という。)を提出するなどして,代表者変更とともに通帳の切り替えを申し込み,同係員らをして,被告人が暴力団員ではないと誤信させ,同係員から,被告人を代表者とする本件会社名義の普通預金通帳1通の交付を受け(原判示1),また,②被告人を代表者とする本件会社名義の普通預金口座を開設するに当たり,同支店係員に対し,表明・確約印欄に押印した「反社会的勢力ではないことの表明・確約に関する同意」と題する書面(以下「本件同意書」という。)を,普通預金口座の開設申込書とともに提出するなどして,普通預金口座の開設を申し込み,同係員らをして,被告人が暴力団員ではないと誤信させ,同係員から,被告人を代表者とする本件会社名義の普通預金通帳1通の交付を受けた(原判示2)との事実を認定し,いずれも詐欺罪に該当するとして,被告人を懲役4月に処しているところ,論旨は,要するに,原判決が上記各事実について詐欺罪の成立を認めたことの法令適用の誤り,被告人を懲役4月に処したことの量刑不当を主張するものである。

第1控訴趣意中,法令適用の誤りの点について

1  論旨は,本件信用金庫の普通預金規定には,預金者が暴力団員等の反社会的勢力に該当する場合には,預金口座の開設を拒絶することとし(同規定1条,11条3項2号),既存の預金口座は解約することができる(同11条3項2号)とする反社会勢力との取引拒絶規定(以下「本件取引拒絶規定」という。)が定められ,同規定の運用上,預金口座名義人が法人である場合には,当該法人の役員等を含むものとして取り扱われているところ,原判決は,この本件取引拒絶規定を根拠として,暴力団員である被告人が,本件信用金庫に対し,本件会社及び被告人が反社会的勢力ではない旨記載された本件届出事項変更届を提出するなどして本件会社名義の普通預金口座について代表者を自己に変更した通帳への切り替えを申し込んだこと(原判示1)並びに本件会社及び被告人が反社会的勢力ではない旨記載された本件同意書を提出するなどして自己を代表者とする本件会社名義の普通預金口座の開設を申し込んだこと(同2。以下これらの行為を併せて「本件各行為」ともいう。)が共に詐欺罪における欺罔行為に該当し,原判示各事実についていずれも詐欺罪が成立するとして,刑法246条1項を適用したが,この判断は,法令の解釈適用を誤ったものである,というのである。すなわち,

(1)  私人が金融機関に預金口座を設ける自由は,経済生活に不可欠なものであり,憲法22条1項が保障する経済活動の自由(営業の自由)の根幹をなすものであるところ,本件取引拒絶規定は,暴力団員に対してこの自由を大きく制約するものであるから,憲法の趣旨に適合しようとすると,預金者(預金開設申込者を含むほか,預金口座名義人が法人の場合にはその役員等も含む。以下同じ。)が暴力団員であるだけではなく,預金口座がオレオレ詐欺,マネーロンダリング等の違法行為に使用される現実的な危険性ないし高度の蓋然性がある場合に限って取引の拒絶を求める趣旨と限定的に解する必要がある。そのため,本件取引拒絶規定は,預金口座がこれらの違法行為に使用されることが疑われたために質問・調査をした結果,預金者が違法行為に関係する会社等であることが判明した場合に限って取引拒絶を求める趣旨と解するか,少なくとも預金者が①預金口座を違法行為に使用する意図のない場合,②暴力団等の活動と無関係な事業や日常生活に使用する場合には適用がないと解すべきである。

そうすると,被告人は暴力団員ではあるものの,本件各預金口座は,土木工事等を事業内容とする本件会社が,暴力団活動や違法行為とは無関係の経済活動に使用し又は使用することを予定していたものであり,本件各預金口座について取引拒絶規定の適用はないから,本件各行為によって被告人が暴力団員ではないことを誓約したとしても,欺罔行為には該当しないというべきである。

(2)  本件において,本件信用金庫には,契約当事者に関する錯誤はなく,また,同金庫が預金者に対して預金通帳を作成して交付すれば,預金口座開設契約の履行が終了するのであり,被告人が暴力団員であるか否かは口座開設契約の履行上の何らの障害ともならないから,被告人が暴力団員か否かについて同金庫に錯誤があったとしても,それは法益関係的錯誤ではなく,動機の錯誤にすぎない。したがって,被告人が暴力団員であることを秘匿しても,法益関係的錯誤を招来することはなく,欺罔行為に該当しないから,本件について詐欺罪は成立しない。

2  そこで,記録を調査して検討するに,原判決が,本件各行為がいずれも欺罔行為に該当し,原判示各事実について詐欺罪が成立するとして刑法246条1項を適用したことは,所論を踏まえ検討しても,すべて正当なものとして是認することができ,原判決に所論の法令適用の誤りはない。以下,付言する。

(1)  経済活動の自由の保障に関する所論について

ア 本件取引拒絶規定が,本件信用金庫の預金者である暴力団員等の経済活動の自由を制約するものであることは,所論指摘のとおりである。

そして,関係各証拠によれば,本件取引拒絶規定は,平成19年6月に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」(平成19年6月19日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)(以下「政府指針」という。)が示され,これに基づき平成20年3月に金融庁の「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」に反社会的勢力による被害の防止に関する条項(Ⅱ-3-1-4)を加える改正が行われ(以下「金融庁監督指針」という。),全国信用金庫協会が普通預金規定等に盛り込む暴力団排除条項(参考例)を公表したことを受けて,本件信用金庫が,平成22年4月に普通預金規定に新たに加えた規定であることが認められるから,行政の指導に基づく公的な性格を有するものといえるところ,憲法22条1項が保障する経済活動の自由を制約する公的な規制措置の憲法適合性は,規制の目的及び必要性と,規制によって制限される経済活動の性質,内容及び制限の程度等を比較衡量し,当該規制が必要かつ合理的なものといえるか否かにより判断すべきものとされているから(最高裁昭和50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁,同昭和62年4月22日大法廷判決・民集41巻3号408頁等参照),本件取引拒絶規定の憲法適合性に関しても,その目的の正当性,同規定の必要性及び目的達成手段としての合理性の観点から検討することとする。

イ まず,本件取引拒絶規定の目的の正当性及び同規定の必要性についてみるに,本件取引拒絶規定は,前記のとおり,政府指針を踏まえた金融庁の指導に基づき,全国の中小・地域金融機関の動きに連動して設けられたものである。この政府指針が策定され,金融庁監督指針が改正された背景には,暴力団等の反社会的勢力が,近年,組織実態を隠蔽する動きを強め,活動形態においても不透明化を進展させて,企業活動を仮装するなどした経済活動を通じて資金獲得活動を巧妙化させているという事情があり,それに伴い,企業が暴力団等の反社会的勢力との取引等を契機として経済的に破綻した事例(例えば,最高裁平成18年4月10日第二小法廷判決・民集60巻4号1273頁参照)や,金融機関が反社会的な勢力に対して利便を供与したとして一部業務停止命令を受けた事例(例えば,金融庁平成19年2月15日一部業務停止命令・金融庁ホームページ参照)など,企業が破綻し,あるいは金融機関がその社会的信用を失墜させた事件等が生じていることは公知の事実である。そのため,金融機関においても,コンプライアンスを確立し,社会的・経済的信用を確保して,自らの存立基盤を固めるためにも,反社会的勢力を取引関係から排除することが強く求められることとなったといえる。

そして,関係証拠によれば,本件信用金庫は,金融機関の一員として社会的責任と公共的使命を果たす見地から,平成18年4月に反社会的勢力と対決するとの項目を含む行動憲章を,平成20年9月に反社会的勢力に対する基本方針をそれぞれ制定した上,平成22年4月には普通預金規定を改正して本件取引拒絶規定を設けたものであり,本件被害を受けた支店においても,かねて上記基本方針を職員に周知し,店内にも掲示して預金者への広報に努めており,本件取引拒絶規定についても,本店の指示により,職員全員に対し,新規の預金口座開設を申し込むなどした預金者に対し,反社会的勢力ではないことの表明・確約について説明し理解を求めた上,これに対する同意を求める取扱いを周知徹底するなどして,日常業務においても,反社会的勢力排除の取組みに努めていたことが認められる。

以上のように,本件取引拒絶規定は,本件信用金庫において,金融機関の一員としての社会的責任と公共的使命を果たす見地から,暴力団,暴力団員を始めとする反社会的勢力との間において,預金取引を含めた一切の関係遮断を図るために定められたものである。したがって,同規定は,預金口座がオレオレ詐欺,マネーロンダリング等の個々の違法行為に使用されることを防止するにとどまらず,反社会的勢力の介入による本件信用金庫の被害を防止し,更には,反社会的勢力の経済活動ないし資金獲得活動を制限し,これを社会から排除して,市民社会の安全と平穏の確保を図ること(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律1条参照)をも狙いとするものと解されるのであり,本件取引拒絶規定の目的の正当性及び同規定の必要性が認められることは明らかである。

ウ 次に,本件取引拒絶規定の目的達成手段としての合理性について検討する。

(ア) 本件取引拒絶規定は,取引拒絶の対象として,暴力団,暴力団員,暴力団準構成員,暴力団関係企業,総会屋等・社会運動等標ぼうゴロ,特殊知能暴力集団等及びその他これらのいずれかに準ずる者を列挙している。そして,こうした反社会的勢力の意義及び範囲は,組織犯罪対策要綱(平成16年10月25日付け警察庁次長通達)に依拠するものと認められるほか,このうち暴力団及び暴力団員の定義は,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律2条2号,6号に定められているから,取引拒絶対象の範囲は明確であり,同法3条に基づく指定暴力団六代目山口組傘下の暴力団に所属する被告人が暴力団員に該当することは明らかである。

そして,関係証拠によると,本件届出事項変更届及び本件同意書には,反社会的勢力として暴力団,暴力団員等を列挙した上,こうした反社会的勢力に該当しないことを表明し,かつ,将来にわたっても該当しないことを確約し,これに該当するか又は上記表明・確約に関して虚偽の申告をしたことが判明した場合には,預金口座が解約等されても異議を述べないこと等に同意する旨が明記されており,被告人は,本件犯行時に,本件信用金庫係員から,上記記載の説明を受けその内容を理解した上で上記各書面の表明・確約印欄に押印したこと,すなわち,上記表明・確認・同意の趣旨を理解して,これに応じたことが認められるのであり,本件取引拒絶規定の運用として行われた上記手続も,適正なものであったということができる。

(イ) また,本件取引拒絶規定の運用においては,上記のとおり,預金口座を開設する等の機会に,預金者に対し,反社会的勢力ではないことの表明・確約を求めており,預金者が反社会的勢力に属するか否かについて,本件信用金庫が自ら調査するのではなく,預金者側にその点を明らかにする負担を負わせているところ,所論は,前記のとおり,金融機関において,預金者が反社会的勢力に属するか否か,預金口座を反社会的勢力の活動に使用する意図があるか否か等について個別に調査・確認をすべきである旨主張する。

しかしながら,金融機関にそのような調査・確認を求めることは,多大の負担をかけるだけではなく,その実効性も期し難く,反社会的勢力の排除という目的達成は著しく困難になる。しかも,実際に預金口座が反社会的勢力の活動に使用されて,本件信用金庫や社会に被害が生じてしまえば,事後にその被害や信用を回復させるには,多大の時間と労力を要することになり,場合により同金庫自体が破綻や行政処分の対象となり得ることは,前にみたとおりである。したがって,本件取引拒絶規定の目的を達成するには,本件犯行時に行われたように,預金口座の開設申込みや既存の預金口座の届出事項変更届の際に,預金者をして,反社会的勢力との関係について申告させるという運用を採用することが必要やむを得ないものといえるのであり,他方,預金者にとっては,自己が反社会的勢力に属するか否かを明らかにする以外に,特段の負担はないから,本件取引拒絶規定の上記運用は,十分な合理性を有すると認められる。

なお,所論は,本件信用金庫において,本件取引拒絶規定の運用に当たり,取引禁止顧客検索を行い,預金者がマネーロンダリングやオレオレ詐欺に関係する会社や個人に該当しないか否か等を確認していることを根拠に,そのような場合に限り取引拒絶ができると解すべきであるとも主張する。しかし,取引禁止顧客検索は,検索先のデータベースが反社会的勢力に属する者のうち上記犯罪行為に関与した者のみを登録しているという制約があるため,預金者が反社会的勢力に属するか否かを確認する一つの手がかりとして用いられているにすぎないのであり,この検索システムを用いたからといって,本件取引拒絶規定の適用範囲が限定されるいわれはなく,弁護人の主張が理由のないことは明らかである。

(ウ) もっとも,本件取引拒絶規定は,反社会的勢力に属する預金者について,その使用する預金口座又は新たに開設を申し込む預金口座の使用の目的や内容を問うことなく一律に預金口座の開設を拒絶し,既存の預金口座は解約できる旨を定めているから,暴力団等の反社会的勢力に属する者は,反社会的勢力の活動とは関わりのない経済活動に使用する場合であっても,本件信用金庫では預金口座を持つことができなくなるのであり,全国の金融機関が同様の取引拒絶規定を設けている現状にも照らせば,その者の経済活動の自由が大きく制約されることは否定できない。そして,弁護人は,暴力団の活動と無関係な日常生活等のための預金口座の開設まで拒否することは,事実上,暴力団員の生存権まで奪う結果ともなりかねない旨主張する。

しかしながら,本件取引拒絶規定によって反社会的勢力に属する者の経済活動の自由が大きく制約されるとしても,この不利益は,その者が反社会的勢力との関係を断絶することによって容易に回避できるものであるから,生存権に影響を及ぼすような重大な不利益とはいえないし,あえて反社会的勢力にとどまろうとする者にとっては,反社会的勢力による企業の被害を防止し,市民生活の安全と平穏を確保するという高い公共性を有する本件取引拒絶規定の目的を達成する上で甘受せざるを得ない不利益ともいうべきである。

(エ) そうすると,本件取引拒絶規定は,その目的を達成する手段としても合理的なものと認められるのである。

エ 以上のとおり,本件取引拒絶規定による反社会的勢力に属する者の経済活動の自由に対する制約は,正当な目的及び十分な必要性が認められ,その目的を達成する手段としても合理的なものといえるから,本件取引拒絶規定は憲法22条1項を始めとする憲法の趣旨にも適合するものである。したがって,憲法の趣旨を根拠として同規定の限定解釈の必要を説く弁護人の主張は,その前提を欠き,採用することができない。

(2)  欺罔行為該当性に関する所論について

所論は,要するに,被告人が本件信用金庫に対して自己が暴力団に属することを秘匿した本件各行為が刑法246条1項にいう人を欺く行為(欺罔行為)に該当しない旨主張するものであるところ,詐欺罪の成否に関し,財物の交付者をしてその交付の判断の基礎となる重要な事項について錯誤に陥らせるに足りる行為は,欺罔行為に該当すると解すべきである(最高裁平成22年7月29日第一小法廷決定・刑集64巻5号829頁参照)。

これを本件についてみるに,前記のとおり,本件信用金庫においては,預金口座がオレオレ詐欺,マネーロンダリング等の個々の違法行為に使用されることを防止するとともに,反社会的勢力の介入による被害を防止し,更には,反社会的勢力の経済活動ないし資金獲得活動を制限し,これを社会から排除して,市民生活の安全と平穏の確保を図ることをも狙いとして,本件取引拒絶規定を設けた上,預金口座の開設等の際に預金者に作成させる書面には,預金者が暴力団等の反社会的勢力に該当しないことを表明し,かつ,将来にわたっても該当しないことを確約する旨の不動文字を印刷しておき,個々の手続の際に,係員が上記記載の説明をして,表明・確約印欄に預金者の押印を求め,預金者がこれに応じない場合には,反社会的勢力に属する者として預金口座の開設を認めないなど,反社会的勢力との取引を拒絶する運用を行っていたものである。

このように,本件信用金庫が,本件取引拒絶規定を設けて,預金者が反社会的勢力に属するか否かの審査を厳重に行っていたのは,政府指針の策定や金融庁の指導を契機として,先に指摘した反社会的勢力の活動状況やその介入による金融機関等の被害状況等に鑑みて,金融機関としての社会的・経済的信用を確保して,自らの存立基盤を固める必要性が高まったことによるのであり,反社会的勢力との取引を拒絶することは,本件信用金庫にとって経営上重要性のある事項であったといえる。そのため,同金庫の係員らにおいて,預金者が反社会的勢力に属しないことを確認できなければ,当該預金者と預金取引を開始し又は継続することはなく,新たに預金通帳を交付することもなかったのである。

したがって,本件会社の代表者として同会社名義の預金口座の開設を申し込み又は代表者の変更届出をした被告人が反社会的勢力に属するか否かは,本件信用金庫の係員らにおいてその申込み等に応じて新たに預金通帳を交付するか否かを判断する上で基礎となる重要な事項といえるから,被告人や本件会社が暴力団等の反社会的勢力ではない旨の表明・確約印欄に押印した本件届出事項変更届等を提出した本件各行為は,詐欺罪における人を欺く行為に該当すると解されるのであり,その結果,被告人や本件会社が反社会的勢力に属しない旨の錯誤に陥った同金庫係員から預金通帳の交付を受けた行為が詐欺罪を構成することは明らかである。

結局,法令適用の誤りをいう論旨はすべて理由がない。

第2控訴趣意中,量刑不当の点について

論旨は,被告人を懲役4月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。

そこで,記録に基づき検討すると,本件は,前記のように,暴力団員である被告人が,信用金庫係員に対し,自己が反社会的勢力ではないと表明・確約する旨の表明・確約印欄に押印した書面を提出するなどして,係員らをしてその旨誤信させ,普通預金通帳2通をだまし取った事案であるところ,本件の犯情として,反社会的勢力の介入による金融機関等の被害を防止することが国家的な課題となる中,本件信用金庫が反社会的勢力との関係を断絶しようとして,本件取引拒絶規定を設けてこれを厳格に運用する取組みを組織的に進めているというのに,被告人が暴力団員であることを秘して上記表明・確約印欄にあえて押印し,虚偽内容の表明・確約を行って,本件取引拒絶規定の実効性を無に帰せしめたという悪質な犯行である上,実際に預金口座が暴力団の活動に利用されるおそれも生じさせていること,被告人は,暴力団組織に所属しつつ,粗暴犯等による懲役前科4犯(うち2犯は罰金刑も併科),罰金前科1犯を有しているのであり,法律を守る意識が乏しいとみられることに照らすと,被告人の刑事責任を軽視することはできない。そうすると,本件各預金口座は既に解約済みであり,これらの預金口座が現に反社会的な用途に使用された形跡は見当たらないこと,本件が確定判決の余罪であること,被告人が反省の姿勢を示し,内妻も被告人の更生に協力する意思を示していることなど,弁護人指摘の被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人を懲役4月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

量刑不当をいう論旨も理由がない。

第3結 論

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 五十嵐常之 裁判官 柴山智)

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