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大阪高等裁判所 平成24年(う)732号 判決 2012年9月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役10月に処する。

原審における未決勾留日数中10日を上記刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人下村忠利作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する(弁護人は,控訴趣意書第2について,事実誤認及び法令適用の誤りを主張する趣旨である旨釈明した。)。

1  控訴趣意中,被告人は詐欺罪の欺罔行為を行っていない,との主張について

論旨は,被告人の行為は詐欺罪の欺罔行為に当たらない,というのである。

そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,本件申込書の署名欄の直上に,反社会的勢力でないことを表明し,確約する文言の記載があること等を指摘して,被告人が欺罔行為を行ったと認定したのは正当である。以下,所論に鑑み付言する。

所論は,申込み手続の際に,本件申込書をわざわざ裏返しにして裏面の内容を確認させるという手続きがなされたとは思われない,と主張する。確かに,被告人の申込みを受け付けた郵便局員は,その警察官面前調書(原審甲第7号証)で,被告人の申込受付時の状況を記憶していないと供述するが,同調書は本件から約4か月後に録取されたものであって,被告人の申込みを受け付けた状況の記憶が残っていないのは当然ともいえるが,しかし,同郵便局員が,口座開設申込み客に対して常に申込書3枚目裏面の記述を指でなぞるようにして示し,声には出さなくとも暴力団等の反社会的勢力でないことを確認してもらっている旨供述していることに照らせば,本件被告人の申込時にも同様にされていたと認めることができる。そうすると,被告人は,郵便局員から確認を求められた上で,暴力団員であることを敢えて秘匿する態度によって,暴力団員でないかのように装い,口座開設の申込みをしたといわざるを得ないから,上記の本件行為が詐欺罪にいう欺罔行為に当たることは明らかである。

所論は採用できない。被告人の行為が欺罔行為に当たると認定した原判決に,事実の誤認や法令適用の誤りはない。論旨は理由がない(なお,被告人は組長から盃をもらっていないので組員でないと供述するが,暴力団組織内で正式に組員として位置付けられるか否かはともかく,暴力団組織からは舎弟と位置付けられ,組事務所に出入りしていた等の実態に鑑みれば,被告人は暴力団員に該当し,本件で口座開設を拒否される対象であることは明らかである。)。

2  控訴趣意中,被告人の行為に可罰的違法性がない旨の主張について

論旨は,被告人の行為には可罰的違法性がなく,無罪とすべきであるのに,被告人を有罪とした原判決には法令適用の誤りがある,というのである。

そこで,記録を調査して検討すると,原判決が被告人を有罪としたのは正当であり,その理由として「弁護人の主張に対する判断及び量刑の理由」の項で,金融機関が反社会的勢力該当者との契約を一切拒んでいることにも合理的な理由があるなどと説示するところも,相当なものとして是認することができる。以下,所論に鑑み付言する。

所論は,被告人の本件口座開設の目的は母親から保険の満期払戻金を受け取る際の便宜のためにすぎず,本件詐取にかかる通帳が何らかの犯罪に使用されることは一切なかった,と主張する。しかし,所論主張のとおりであったとしても,ゆうちょ銀行においては,被告人が暴力団員であると分かっていれば,口座開設に絶対に応じなかった旨,被告人の応対をした郵便局員も供述しているのであり,仮に口座の不正利用を目的としていなくても,郵便局員を騙して口座を開設し通帳等を詐取した以上,可罰性は認められる。また,原判決もいうように,当初は犯罪に利用する目的がなくとも,その後に不正利用されるおそれがあり,金融機関が種々の損害を蒙る可能性が否定できない。口座開設の目的自体の反社会性の有無,程度は,量刑上考慮されるべき事情にとどまるというべきである。

弁護人のその余の所論を考慮しても,被告人を有罪とした原判決が不当であるということはできない。

論旨は理由がない。

3  控訴趣意中,量刑不当の主張について

所論は,被告人を懲役1年の実刑とした原判決の量刑は重過ぎて不当であり,被告人に対しては刑執行猶予を付するべきである,というのである。

そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。

本件は,被告人が,暴力団員であることを秘して,ゆうちょ銀行の係員を欺いて口座開設を申し込み,通帳やキャッシュカードを詐取した,という事案である。

被告人は,暴力団員が通常の銀行の口座を開設することができないことを知っており,また本件の際も暴力団員でないことの確認を求められたのに,自身が暴力団員であることを秘して口座開設を申し込んだのであり,悪質な面があることは否定できない。本件犯行の動機も,郷里の母親から保険の満期払戻金を受領する便宜のためというにとどまり,開設する緊急かつやむを得ない事情があったともいえない。そして,原判決摘示の累犯前科を含む複数の前科があり,服役を経験してきた上で,原判示の犯行に及んでおり,規範意識が足りないというべきである。

そうすると,被告人の妻が監督を誓約していることを考慮しても,本件が執行猶予を付すべき事案であるとはいえない。そして刑期の点も,懲役1年とした原判決の量刑は,その宣告時点においては相当であって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

しかし,当審での事実取調べの結果によれば,被告人は,保釈後,暴力団組織との関係を断ち,妻と共に仙台市へ転居して,建設会社従業員として真面目に稼働していることが認められる。このような更生への努力に鑑みると,懲役1年という原判決の量刑は,現時点では重きに失するに至ったというべきである。

4  結論

よって,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決することとし,原判決が認定した事実にその掲げる各法条を適用して,主文のとおり判決する。

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