大阪高等裁判所 平成24年(う)777号 判決 2013年4月11日
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
当審における未決勾留日数中,被告人Y1に対しては330日を,被告人Y2に対しては320日を,それぞれ原判決の刑に算入する。
理由
第1被告人Y1の控訴趣意について
3 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,仮に被告人Y1に原判示の傷害致死罪が成立するとしても,原判決の量刑が重すぎる,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,本件は,被告人両名が,黙示的に共謀した上,被告人Y1が実の娘に暴行を加え,同人を死亡させたという傷害致死の事案である。
原判決は,犯した罪に見合った刑を定めるという観点から特に重視した事情として,本件のように,保護すべき立場にある親が,幼児を理不尽な暴行などで虐待することによって死亡するに至らしめた傷害致死の事案では,親の行為責任は重大であること,本件暴行の態様が甚だ危険で悪質であること,結果が極めて重大であること,本件犯行は,不保護を伴う常習的な幼児虐待の延長としてのものといえ,その動機は甚だ身勝手なものというほかないこと,被告人両名の間で刑事責任に差異がないことを指摘し,これらに加えて被告人両名に不利益なものとして相応に考慮した事情として,堕落的生活態度が虐待の遠因になったことがうかがえること,本件について罪を認めないばかりか,不自然不合理な弁解に終始し,罪と真剣に向き合う態度を示していないこと,責任の一端を次女になすり付けるような供述をしていることを指摘し,他方で,被告人両名のために酌むべき事情は存在しないと説示した上で,それぞれ懲役10年という被告人両名に対する検察官の求刑については,本件幼児虐待の悪質性と,責任を次女になすり付けるような被告人両名の態度の問題性を十分に評価したものとは考えられず,また,同種事犯の量刑傾向については,裁判所のデータベースに登録された数は限られている上,量刑を決めるに当たって考慮した要素を全て把握することも困難であるから,その判断の妥当性を検証できないばかりでなく,本件事案との比較を正確に行うことも難しいと考え,そうであるなら,児童虐待を防止するための近時の法改正からもうかがえる児童の生命等尊重の要求の高まりを含む社会情勢に鑑み,本件のような行為責任が重大と考えられる児童虐待事犯に対しては,今まで以上に厳しい罰を科することがそうした法改正や社会情勢に適合すると考えられることから,被告人両名に対して科すべき刑は,それぞれ,傷害致死罪の法定刑の上限に近い懲役15年とするのが相当であると判断しているところ,当裁判所も,以上のような原判決の評価及び判断が誤っているとまではいえず,その結論としての上記量刑判断もやむを得ないものであって,破棄しなければならないほどに重すぎて不当であるとまではいえないと考える。
所論は,①原判決が,「親による幼児虐待の行為責任について検討」するとし,「親が,幼児に対し,理不尽な暴行などの虐待を繰り返し」た場合,「幼児の心身の成長や人格形成に重大な影響を及ぼすことが懸念される」などとして,児童虐待を犯す親は厳しい非難を免れないし,特に幼児虐待については極めて厳しい非難を免れないなどと指弾している上,「仮に打撲傷に止まらない負傷可能性の認識があったとすると,それは死亡に至る可能性の認識と評価すべき場合も少なくない」として,「本件暴行の態様は,殺人罪と傷害致死罪の境界線に近いものと評価するのが相当である」とまで言い切っていることからすると,罪となるべき事実に表れない「継続的な虐待」という要素を正面から持ち込んで量刑判断に臨み,本件が傷害致死罪で起訴されている事案であるのに,実質的に殺人罪で処罰しようとしている,②犯した罪に見合った刑を定めるという観点から特に重視した事情に加えて,被告人両名に不利益なものとして相応に考慮した事情として原判決が指摘するところを,被告人Y1に対する刑の加重事由として考慮するのは行き過ぎである,③三女の体に存した傷跡やあざの多くが次女に起因するものであると述べたからといって,被告人Y1が責任の一端を次女になすり付けるような供述をしたとみるのは誤っている,④原判決が「本件は不保護を伴う常習的な幼児虐待の延長としての犯行」といえるとしている点については,「不保護」の事実は公訴事実に含まれておらず,十分に立証されていないし,「不保護」を実質的に余罪として処罰していることを自ら認めたに等しいといえる,さらに,⑤検察官は,公益の代表者として,検察庁に集積された同種事犯の判決例を基に適切な求刑をしていると考えられるから,裁判所が求刑を超える判決を言い渡す場合には,その求刑が余りに不合理不適切であるといえるような特別な事情が必要と考えるべきであるし,裁判所の量刑検索システムを用いて傷害致死事件を検索し,共犯関係等を「共犯」,動機を「その他orせっかん」,凶器等を「なし」,処断罪名と同じ罪の件数を「1」,被告人から見た被害者の立場を「子」,被害者の落ち度を「なし」とした検索条件で量刑分布を調べると,懲役15年という判決は突出しているのであって,原判決は,従来の量刑傾向をあえて無視し,殺人罪の量刑傾向まで参照して独断的量刑判断をしているといわざるを得ず,このような判断は,憲法14条の平等原則,31条の適正手続保障,37条1項の公平な裁判所の裁判を受ける権利に著しく反した不当なものである,などと主張する。
しかしながら,①については,所論の「実質的に殺人罪で処罰しようとしている」という指摘が具体的にどのようなことを指すのか明確でないが,いずれにしても,原判決が「本件暴行の態様は,殺人罪と傷害致死罪の境界線に近いものと評価するのが相当である」と説示していることに照らすと,原判決は,本件暴行があくまで傷害致死罪の実行行為であって殺人罪の実行行為ではないということを前提としつつ,ただ,その態様は,傷害致死罪が想定している暴行の中では,殺人罪の実行行為に近いものであるという趣旨の評価をしているにすぎないことが明らかであって,本件暴行が実質的に殺人罪の実行行為に該当するなどという評価をしているとは到底いえない。
②については,原判決が,被告人両名の堕落的生活態度が虐待の遠因になったことがうかがえること,本件について罪を認めないばかりか,不自然不合理な弁解に終始し,罪と真剣に向き合う態度を示していないこと,責任の一端を次女になすり付けるような供述をしていることをもって,量刑上不利益な事情として相応に考慮したという点が,特に行き過ぎであるとはいえない。
③については,三女の体に存した傷やあざのうち,左足の甲の傷(原審甲52の写真番号5)は,足首と指の中間辺りに横に並んだ3つの瘢痕であり,その形状に照らすと,扉に挟まれたことによりできたものではないと認められる。背中の傷(原審甲60の図13)については,B医師が引っかき傷であることを否定している(B尋問調書25頁)。額,鼻,右頬の傷(原審甲52の写真番号1)は,いずれも線状ではなく面状のものである上,赤色に変色した部分の中に黒色の点状の部分がある(B尋問調書4頁)ものであって,その形状に照らすと,引っかき傷や,そのかさぶたが剥がされたことによって拡大したものには到底見えないし,B証言によっても,突起部分を持った物体を強く圧迫あるいは打撲させたか,熱いものでやけどを負わせたとみられるものであると認められる。それにもかかわらず,被告人Y1は,原審公判廷において,左足の甲の傷については,三女が部屋に入ろうとした際に,次女が扉を閉めて足を挟んだということ以外に心当たりはない(原審第8回公判供述調書6頁,73頁),背中の傷については,次女がよく引っかくことがあった(同123頁),額,鼻,右頬の傷についても,次女が引っかいた傷だというふうに被告人Y2又は長女から説明された(同128頁,135頁)などと供述しているのであって,このような供述をもって,責任の一端を次女になすり付けるようなものであるとした原判決の評価が誤っているとはいえない。
④については,原判決は,「身勝手な動機・不保護を伴う常習的幼児虐待」という項において,「本件は不保護を伴う常習的な幼児虐待の延長としての犯行」といえると説示しているところ,捜査報告書(原審甲29),C医師の検察官調書抄本(原審甲4),Dの検察官調書(原審甲65),E証言,B証言並びに被告人Y2の検察官調書(原審乙11)及び原審公判供述等の証拠によれば,被告人両名が,三女に無料の健診や予防接種を受けさせず,栄養も十分に与えなかった結果,標準体重の下限9.3キログラムよりも3.1キログラムも少ない発育不良状態(他方で,コレステロール値は異常に高い。)に陥らせたという不保護の事実が優に認められるし,原判決の上記説示は,本件犯行の動機,経緯として記載されているものであることも明らかである。上記説示から,「不保護」を実質的に余罪として処罰する趣旨を読み取ることができるとは到底いえない。
⑤については,確かに,公益の代表者である検察官がする求刑は,量刑判断に当たって相応に尊重されるべきものとはいえるが,原判決は,求刑を大幅に超える量刑判断をする理由として,本件における求刑が,本件幼児虐待の悪質性と,責任の一端を次女になすり付けるような被告人両名の態度の問題性を十分に評価したものとは考えられない旨説示しているところ,この説示が誤っているというべき根拠は見当たらない。また,量刑検索システムによる検索結果は,これまでの裁判結果を集積したもので,あくまで量刑判断をするに当たって参考となるものにすぎず,法律上も事実上も何らそれを拘束するものではないから,本件の量刑判断が,所論の検索条件により表示された量刑分布よりも突出して重いものとなっていることや,量刑判断をするに当たって死亡結果について故意が認められる事案等の量刑傾向をも参照したことによって,憲法14条,31条又は37条1項に反するということになるとはいえないし,直ちに不当であるということになるともいえない。
以上のとおり,原判決が,本件における量刑を決するに当たって,裁判官及び裁判員から成る合議体が評議を尽くして到達したところとして述べている諸点には,それ自体として誤っていると目すべきものが含まれているわけではない上,その結果としての懲役15年という量刑も,3年以上20年以下という傷害致死罪の法定刑の広い幅の中に本件を位置付けるに当たって,なお選択の余地のある範囲内に収まっているというべきものであって,検察官の求刑を大きく上回っているなどの事情があるからといって,これが破棄しなければならないほどに重すぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
第2被告人Y2の控訴趣意について
3 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,仮に被告人Y2に原判示の傷害致死罪が成立するとしても,原判決の量刑が重すぎる,というのであるが,既に説示したとおり,原判決の「量刑の事情」の項に記載された評価及び判断が誤っているとまではいえず,その結論としての上記量刑判断もやむを得ないものであって,これが重すぎて不当であるとまではいえないと考える。
所論は,実行行為が偶発的な1回の暴行にすぎない本件のような事案で,実行行為者と黙示の共謀によって有罪とされる者を同じ重さの刑にすることは極めて不当である旨主張するが,本件に至るまでの被告人Y2の行動を踏まえた本件の共謀状況に鑑みると,同被告人の刑事責任は被告人Y1の刑事責任と差異がないとした原判決の判断が不当であるとはいえない。
その他の所論は,被告人Y1の所論と同旨であり,それらがいずれも採用できないことは既に説示したとおりである。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,被告人Y1に関する当審における訴訟費用の不負担につき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(第1の1及び2並びに第2の1及び2省略)