大阪高等裁判所 平成24年(う)784号 判決 2013年9月25日
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
理由
被告人大坪弘道(以下「被告人大坪」という。)の本件控訴の趣意は,弁護人福田健次ほか8人共同作成の平成24年10月31日付け控訴趣意書(以下「大坪A趣意書」という。)及び平成25年5月10日付け控訴趣意書(以下「大坪A趣意補充書」という。)並びに弁護人郷原信郎ほか2人共同作成の平成24年10月31日付け控訴趣意書(以下「大坪B趣意書」という。)及び平成25年3月27日付け控訴趣意補充書(以下「大坪B趣意補充書」という。)に,被告人佐賀元明(以下「被告人佐賀」という。)の本件控訴の趣意は,弁護人秋田真志ほか6人共同作成の平成24年10月31日付け控訴趣意書(以下「佐賀趣意書」という。),同年12月27日付け控訴趣意補充書(1)(以下「佐賀趣意補充書(1)」という。)及び平成25年5月10日付け控訴趣意補充書(2)(以下「佐賀趣意補充書(2)」という。)に,これらに対する答弁は,検察官中村孝ほか1人共同作成の答弁書に,当審における事実取調べの結果に基づく弁論の要旨は,被告人大坪の弁護人福田健次ほか10人共同作成の弁論要旨(以下「大坪弁論要旨」という。),被告人佐賀の弁護人秋田真志ほか6人共同作成の弁論要旨(以下「佐賀弁論要旨」という。)及び検察官中村孝ほか1人共同作成の弁論要旨にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。
第1本件控訴趣意等について
1 原判決の犯罪事実の認定等
原判決は,本件公訴事実に即して,「罪となるべき事実」の項において,
まず,被告人両名の間で犯人隠避罪の共謀が成立した経緯として,
(1) 被告人大坪は,平成20年10月1日から平成22年4月4日までの間,大阪地方検察庁(以下「大阪地検」という。)検事として,自ら捜査を行うべき職務に従事するとともに,同庁特別捜査部(以下「特捜部」という。)部長(以下「特捜部長」という。)として,同部所属の検察官らを指揮して捜査を行う職務に従事していたもの,被告人佐賀は,平成21年4月1日から平成22年3月31日までの間,同庁検事として,自ら捜査を行うべき職務に従事するとともに,特捜部副部長として,特捜部長の命を受けて同部所属の検察官らを指揮して捜査を行う職務に従事していたものであるが,被告人佐賀は,平成22年1月30日午後11時過ぎ頃,大阪市福島区福島1丁目1番60号所在の大阪中之島合同庁舎(以下「合同庁舎」という。)16階にある特捜部副部長室(以下「副部長室」という。)の隣にある予備調室(以下「副部長隣室」という。)で,東京拘置所内の取調室にいた同部所属検事E(以下「E」という。)から,電話で,大阪地方裁判所(以下「大阪地裁」という。)に係属中であるF(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)らに対する各虚偽有印公文書作成等被告事件(以下,両事件を「H事件」と総称し,Gに対する事件を「G事件」という。)の証拠であるフロッピーディスク(以下「本件フロッピーディスク」という。)に記録された文書データ(以下「本件データ」という。)を変造した(以下,Eによる上記証拠変造行為を「本件改ざん」という。)との告白を受け(以下「E告白電話」という。),Eが罰金以上の刑に当たる証拠隠滅の罪を犯した者であることを知るに至り,同年2月1日午前9時40分過ぎ頃,合同庁舎16階にある特捜部長室(以下「部長室」という。)で,被告人大坪にその旨報告し,ここにおいて,被告人大坪も,Eが罰金以上の刑に当たる証拠隠滅の罪を犯した者であることを知るに至った
(2) 被告人大坪は,同日午後1時半頃から同日午後3時頃までの間に,被告人佐賀と話し合った結果を踏まえて,同日午後4時頃,副部長室を訪れ,被告人佐賀に対し,本件改ざんについて過誤で説明が付けられないかEに尋ねるようにとの指示をし,これを受けて,被告人佐賀は,同日午後4時20分頃,副部長室で,東京拘置所内の取調室にいたEと電話で話をし,Eから,本件フロッピーディスクを還付していること,本件改ざん前の文書データの内容を記載した特捜部I事務官作成の平成21年6月29日付け捜査報告書(以下「I報告書」という。)が存在するので,本件改ざんについて過誤で説明が付けられる旨聴取したことから,平成22年2月2日午前9時20分頃,部長室で,被告人大坪にその旨伝え,ここにおいて,被告人大坪は,Eによる本件改ざんを,本件データの改変があった可能性があるが,そうだとしても,それは故意によるものではなかったと事実をすり替えるなどし,もって証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させようと決意し,その旨被告人佐賀に告げ,被告人佐賀も直ちにこれに同調し,もって,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げた
との事実を認定し,
次いで,被告人両名による犯人隠避の実行行為の内容として,
被告人両名は,前記経緯で共謀を遂げた上
(1) 平成22年2月2日午後零時頃(以下,平成22年の出来事については年の表記を省略する。),副部長室で,被告人大坪の指示を受けた被告人佐賀において,東京拘置所内の取調室にいたEに対し,電話で,本件改ざんは過誤によるものとして説明することになったから,どのような説明が付けられるのか,もう一度説明するよう指示してその内容を聞き取るとともに,同月8日午前中,副部長室で,被告人大坪の指示を受けた被告人佐賀において,Eに対し,何か聞かれたときに本件データの改変が過誤だと説明できるような書面を作成しておくよう指示し,同月10日,副部長室及び部長室で,被告人佐賀の前記指示に基づきEが作成し,被告人佐賀及び被告人大坪に順次提出した「本件フロッピーディスクのデータ検証作業中,本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,本件フロッピーディスクが還付されていて改変の有無は確定できない」旨の上申書案(以下「本件上申書」という。)につき,被告人佐賀において,その内容を了承してその写しを受領し,被告人大坪において,Eに対し,その内容を基本的に了承するとともに,疑問点を指摘の上,より合理的な説明内容とするよう指示して,これを受領せずにEに差し戻すなどし,本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,改変の有無を確定できず,改変されていたとしても過誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は同部所属の検察官らを指揮して捜査を行わず,
(2) 同月2日午後5時頃,合同庁舎21階にある大阪地検次席検事室で,被告人両名において,当時の同庁次席検事J(以下「J」という。)に対し,「Eが本件フロッピーディスクのデータに工作が加えられていないか検証している際,データが過誤により書き換わった可能性があるが,本件フロッピーディスクは還付されているため,確認できない,K検事(以下「K」という。)がそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ。」などと虚偽の報告をし,同月3日午前11時頃,合同庁舎21階にある大阪地検検事正室で,当時の同庁検事正L(以下「L」という。)に対し,その詳しさの程度は別として,おおむね,Jに対する報告と同様に虚偽の報告をし,よって,L及びJをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わないようにさせ,
もって罰金以上の刑に当たる証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた
との事実を認定し,「法令の適用」の項において,被告人両名の判示各所為はいずれも包括して刑法60条,103条にそれぞれ該当すると説示して,被告人両名について犯人隠避罪の成立を認めたものである。
2 本件控訴趣意
被告人両名に共通の本件控訴の趣意は,被告人両名による犯人隠避罪の共謀及び実行行為を認定した原判決の前記事実認定を論難する事実誤認の主張であり,被告人大坪固有の控訴趣意は,上記認定に基づき被告人両名について犯人隠避罪が成立するとした原判決の判断を論難する法令適用の誤りの主張である。
なお,被告人大坪の本件控訴趣意は,理由不備,訴訟手続の法令違反についても主張するものであるが,前者は,原判決が,被告人大坪につき,共謀成立時点までに罪となるべき事実の前提となるべき職務義務が生じていたこと及びその前提状況について認定判示しないまま犯人隠避罪の成立を認めたとして,原判決の法令適用を論難するものであって,実質は法令適用の誤りの主張である。また,後者は,本件改ざんに関する被告人大坪の認識の程度,あるいは,1月30日のEから被告人佐賀への電話の内容,被告人大坪への伝達時期・方法,被告人大坪の対処やその意図・方針等については争点化すべきであったのに争点化しないまま事実認定したことを論難するものであるところ,原審における争点整理は,各当事者が関与した公判前整理手続において各当事者の了解の下に行われた上,所論指摘の点については原審においても主張・立証が尽くされており,訴訟手続の法令違反の主張として理由のないことが明らかであって,結局,これらの点に関する原判決の事実認定に対する論難に尽きるといえるから,実質は事実誤認の主張と解されるのである。
そこでまず,被告人両名の事実誤認(上記の実質は事実誤認の主張も含む。)の論旨について判断し,次いで,被告人大坪の法令適用の誤りの論旨(上記の実質は法令適用の誤りの主張も含む。)に加え,当審における原判決の法令適用に関する釈明手続及び事実の取調べの経緯に鑑みて,当審における被告人両名の法令適用の誤りに関する弁論要旨についても,順次判断を示すこととする。
第2被告人両名の事実誤認の控訴趣意に対する判断
論旨は,要するに,原判決は,「争点に対する判断」の項において,①被告人佐賀は,1月30日夜,Eから電話で本件改ざんの告白を受け,その結果,被告人佐賀において本件改ざんがあったことを認識した事実,②被告人佐賀は,2月1日,被告人大坪に,Eから本件改ざんの告白があったことを伝え,その結果,被告人大坪において本件改ざんがあったことを認識した事実,さらに,③被告人両名は,2月2日,共に本件改ざんを隠蔽する決意をした事実をそれぞれ認定し,これらに基づいて「罪となるべき事実」の項に摘示した事実を認定し,被告人両名について犯人隠避罪の成立を認めたが,証拠上,上記①ないし③の各事実,そして罪となるべき事実を認定することはできず,被告人両名は共に無罪であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
1 原判決の事実認定
そこでまず,原判決の事実認定についてみるに,原判決は,「争点に対する判断」の項の記載内容等に照らし,以下のような判断に基づき,前記①ないし③の各事実,そして前記罪となるべき事実を認定したことが明らかである。すなわち,
(1) 前提事実の認定及び争点の設定
まず,争点に関する事実認定の前提事実として,関係各証拠によって認められ,各当事者の間にもおおむね争いのない事実(以下「前提事実」という。)を認定し(「争点に対する判断」第1。原判決5頁以下),そこから認定することができる,Eが本件改ざんを行ったこと,被告人両名が本件改ざんについて自ら又は部下検察官らを指揮して捜査を行わなかったこと,被告人両名がL及びJに対して本件データに関する報告をしたが,本件改ざんがあったことに言及することがなかったことといった事実を前提に,各当事者の主張を踏まえることにより,本件の事実認定上の具体的争点を前記①ないし③の事実の存否であると設定した(同第2。原判決23頁以下)。
(2) 前記①の事実(E告白電話による被告人佐賀の本件改ざんの認識取得)の存否について
E及びMと被告人佐賀が対立する供述をしていることを踏まえて,E及びMの各供述の信用性を検討する中で,H事件の公判主任を担当した公判部のN検事(以下「N」という。)の供述について,その立場及び供述態度並びにK供述との整合性から,被告人両名の原審弁護人らの主張を踏まえても信用できるとした上,E及びMの各供述の信用性についても,N供述との内容面での整合性並びにNの認識との整合性を認め,また,Eの取調べ時間やMの退庁時間等の客観証拠との整合性及び内容自体の合理性も認めて,被告人両名の原審弁護人らの主張を排斥し,両名の各供述の信用性を認めた(「争点に対する判断」第3の3,4。原判決31頁以下,40頁以下)。
他方,これに反する被告人佐賀の供述の信用性については,Nが供述する,1月30日夜に副部長隣室でMの携帯電話にかかった電話(以下「N見聞電話」という。)での被告人佐賀の会話内容やその際の涙,その後の被告人佐賀の態度と整合しないだけではなく,上記電話がEと共に東京地方検察庁に応援派遣されていた特捜部所属のO検事(以下「O」という。)からの電話(以下「O電話」という。)であったとする被告人佐賀の供述は,O,K及びNの各供述に,原判決別紙「Kら通信履歴一覧表」にある携帯電話による通話や電子メールのやり取りの状況から総合して認められるO電話の時間とも整合しないことを理由として,被告人佐賀の供述は信用できないとした(同第3の5。原判決44頁以下)。
その上で,E及びMの各供述に前提事実及びN供述その他の関係各証拠を総合して,Eは,1月30日午後11時過ぎ頃,Mの携帯電話を通じて被告人佐賀と会話を交わしたが(N見聞電話),その際,被告人佐賀に対し,本件フロッピーディスクに記録された文書に関する最終更新日時のデータについて,「6月1日」を「6月8日」に変えたことを告白するとともに,その結果,検事を辞めなければならなくなったことを申し出たこと,そして,この時点では,GのFに対する公的証明書の作成指示,すなわち,公的証明書の虚偽作成に関する共謀が平成16年6月8日から同月10日頃までの間であったとする趣旨の関係者の供述内容と食い違うというプロパティ(属性情報)問題が顕在化し,特捜部でもその対応のために会議が開かれ,被告人佐賀もこれに出席して,G事件における検察官主張によれば,Fが作成した公的証明書の最終更新日時は同月4日以降あるいは同月8日以降となるべきであるのに,本件フロッピーディスクのデータでは,それが同月1日になっている状況を認識していたから,被告人佐賀は,上記Eの電話での告白を聞いて,Eが本件フロッピーディスクのデータを改ざんしたこと,すなわち,本件改ざんを認識したと推認するのが相当であり,これに反する被告人佐賀の供述は信用できないと判断して,前記①の事実があったと認定し(同第3の6。原判決49頁),この点に関する被告人両名の原審弁護人らのその他の主張も排斥している(同第3の7。原判決50頁以下)。
(3) 前記②の事実(被告人佐賀からのE告白電話の報告による被告人大坪の本件改ざんの認識取得)の存否について
前提事実に加え,関係各証拠から,2月1日午前9時40分過ぎ頃の部長室での出来事及び同日の被告人大坪の心情について認定した上(「争点に対する判断」第4の1。原判決54頁以下),これらの事実から,被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀から,1月30日にEから電話で本件改ざんの告白を受けた旨の報告を受け,ここにおいて,被告人大坪も,本件改ざんの事実を認識するに至ったこと,すなわち,前記②の事実があったと認めるのが相当であるとし,その理由として,被告人佐賀は,その立場やEからの告白内容の重大性に照らし,2月1日朝一番にEから告白を受けた事実を被告人大坪に報告したと考えるのが合理的であること,被告人大坪が被告人佐賀の報告を受けて激高したことを自然に理解できること,被告人大坪が述べる当日の心情ともよく整合することを指摘する(同第4の2。原判決56頁以下)。
他方,前記②の事実を否定する被告人両名の各供述は,1月30日にEから本件改ざんの告白を受けた被告人佐賀が,最も重要な報告事項であるべき告白を受けた事実を被告人大坪に隠さず報告したものと考えるのが自然であることに照らして,信用できないとした。そして,Nが,2月1日午前中に被告人大坪と話した際に,被告人両名に対し不信感を持ったというのに,Eの告白について指摘していないことや,被告人大坪が「Eが大阪に戻ってきてから,もっとよく話を聞こう」などと言ったことを根拠として,1月30日に,被告人佐賀はEから本件改ざんの告白を受けておらず,被告人大坪も本件改ざんについては知らなかったとする被告人両名の原審弁護人らの主張も排斥している(同第4の3。原判決57頁以下)。
(4) 前記③の事実(被告人両名による本件改ざん隠蔽の決意)の存否について
ア 2月1日から同月2日までの状況について
(ア) 2月1日E佐賀間電話について
2月1日午後4時20分頃,被告人佐賀が被告人大坪の指示に従ってEに電話をした2月1日E佐賀間電話に関して,Eは,被告人佐賀から,「この件は過誤ということで説明を付けられないのか。」などと言われて,被告人佐賀が本件改ざんの事実を被告人大坪に報告した上で,被告人両名において,過誤で説明が付く話であれば,何とかその説明で自分を守ろうとしてくれていると思い,I報告書があり,改ざんしたフロッピーディスクを持ち主であるFに還付しているという,故意の改ざんではないことを根拠づける二つの事実(以下「本件過誤説明根拠」という。)を考え,「それは,説明付けられますけど。」と答えたほか,本件フロッピーディスクのコピーを見ていて,確認検証をしているときに,間違えて本件フロッピーディスクの現物のデータを変えた可能性があるという虚偽の過誤説明(以下「本件虚偽過誤説明」という。)を考え,被告人佐賀に伝えたところ,被告人佐賀は,「分かった,それで行こう,それが真実だ,真実は一つだ。」と言い,また,被告人佐賀の質問に答えて,I報告書の認識や取扱い,本件改ざんの具体的方法を説明した旨供述したと摘示した(「争点に対する判断」第5の1(1)。原判決60頁以下)。
このE供述の信用性について,1月30日のN見聞電話において,Eが既に被告人佐賀に本件改ざんを告白し,被告人大坪も,2月1日午前9時40分過ぎ頃に被告人佐賀からその旨の報告を受けて本件改ざんを認識したことを前提とすると,被告人両名の原審弁護人らの主張を踏まえても,不自然・不合理と思われるところはなく,また,被告人佐賀が2月1日E佐賀間電話でのやり取りなどを本件当時作成した罫線入りのメモ用紙(以下「罫紙メモ」といい,罫紙メモに,被告人佐賀が執務に使用していた「執務記録」と題するノート(以下「佐賀執務記録」という。)及び手帳も合わせて「佐賀執務記録等」という。)に記載した内容は,Eが供述する被告人佐賀とのやり取りと整合しており,さらに,E供述に被告人両名の原審弁護人ら主張のような変遷があるとしても,当初記憶に混乱のあったEの記憶が喚起されていったものとして不自然ではなく,信用できるとした(同第5の1(2)。原判決61頁以下)。
そして,このE供述に関係各証拠を総合すると,Eは,2月1日E佐賀間電話において,被告人佐賀との間で,その供述するような内容の会話を交わしたと認められると認定した(同第5の1(3)。原判決65頁以下)。
(イ) 次席検事への報告前の2月2日の状況について
次席検事への報告前の2月2日の状況に関するMの供述の信用性については,1月30日のN見聞電話において,Eが被告人佐賀に本件改ざんを告白し,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀が被告人大坪にその旨報告して,被告人大坪もその事実を認識し,2月1日E佐賀間電話において,Eが,被告人佐賀の問い掛けに応じて,本件虚偽過誤説明を伝え,翌2日午前9時20分頃,被告人佐賀が被告人大坪に同電話の報告をした状況の下で,被告人大坪が,本件虚偽過誤説明で大阪地検の当時の検事正及び次席検事(以下,検事正及び次席検事を併せて「上層部」ということがある。)への報告を乗り切ることができると考えたとしても不自然ではなく,また,妻に「Eのけんなんとか切り抜けれそうだ」との内容の電子メールを送った被告人大坪の心境や2月2日E佐賀間電話の存在は,被告人佐賀の報告を聞いて落ち着きを取り戻し,「ミステイクで行く。」ということを決断して,Mに対し,「E君に連絡を取って,佐賀君に連絡をするように言ってくれ。」,「僕の指示に従え。」などの指示を発したというMの供述する被告人大坪の言動と整合しており,その供述内容は合理的であるし,また,2月2日午後零時頃にEが被告人佐賀に電話をかけた2月2日E佐賀間電話の前後の状況に関するE供述も,上記事実経過に照らし,不合理・不自然な点はなく,M及びEの各供述は整合していて,相互に補強し合うとした上,M供述には内容の不合理さや不自然な変遷があり,E供述とEが記載していた手帳の記載内容との不整合もあるとする被告人両名の原審弁護人らの主張を全て排斥して,M及びEの各供述はいずれも信用できるとした(「争点に対する判断」第5の2(1),(2)。原判決66頁以下,74頁以下)。
そして,M及びEの各供述に前提事実及び関係各証拠を総合すると,次席検事への報告前の2月2日の状況として,以下の事実が認められ,これに反する被告人両名の各供述は,被告人両名共にEによる本件改ざんについて認識を共有していたことに照らし,不自然で信用できないと判断した(同第5の2(3)。原判決76頁以下)。
a 被告人大坪は,2月2日登庁後,被告人佐賀と二人だけで話し合い,その後,Mも交えて話し合ったが,その際,Mに対し,2月1日に狼狽していたのとは異なり,非常に落ち着いた様子で,「今回の件はE君のミステイクということで行くから。」などと指示し,Mは,これを聞いて,被告人大坪が,本件改ざんを過誤にすり替えるとの考えの下で,このような指示をしていることを察知したが,被告人大坪から,「君は僕に改ざん行為を言わなかった・・・責任がある,Kにも話した責任があるんだ,だから,僕の指示に従え。」などと言われたことやEに対する負い目を感じていたことなども相まって,被告人大坪の指示に従うことにした。
b そこで,Mは,同日午前中に,被告人大坪の指示のとおり,Eに電話をして,「今回の件はミステイクということで行くという・・・方針が出ました。」などと伝えるとともに,被告人佐賀に電話をするよう伝えた。
c Eは,これを聞いて,被告人大坪が本件改ざんのもみ消しを決意したと察知するとともに,被告人大坪やその意を受けてEに電話をしてきた被告人佐賀の差し出す助け船に乗ろうと考え,2月2日午後零時頃から,被告人佐賀に電話をし(2月2日E佐賀間電話),改めて本件虚偽過誤説明等を話した。
d その後,Eは,Mに対し,本件過誤説明根拠や本件虚偽過誤説明を一通り教えるとともに,Fに本件フロッピーディスクが還付されているため,過誤があったか確認できず,したがって,過誤の可能性のある事案ということで説明できるのではないかなどと説明(以下「本件過誤未確定根拠」という。)したほか,本件改ざんの際,ページの入れ替え等も行ったこと(以下「本件付加的改ざん情報」という。)を伝え,Mから,「それで大丈夫ですか。」などと聞かれたが,本格的な捜査の対象となるなどすれば別だが,大阪地検上層部への報告であれば,本件虚偽過誤説明でも乗り切れると考え,Mに対し,「取りあえずそれで報告しといて。」などと答えた。Mは,Eとの電話の状況を,被告人佐賀,次いで被告人大坪に報告したが,その際,本件付加的改ざん情報を伝えることはなかった。
e 被告人佐賀は,同日午後1時頃,部長室に行き,被告人大坪に対し,2月2日E佐賀間電話の内容を報告し,Jへの報告方法について議論したが,途中からMも加わった。
イ 被告人両名の本件改ざん隠蔽の決意について
(ア) 被告人両名の本件改ざん隠蔽の決意の認定
以上のとおり認定した各事実及びそこで検討した証拠評価並びに関係各証拠によって,被告人両名が以下のような経緯で本件改ざん隠蔽の決意をしたと認定した。
a 被告人両名の本件改ざんの認識(「争点に対する判断」第6の1(1)。原判決78頁以下)
前記のとおり,被告人佐賀は,1月30日午後11時過ぎ頃,N見聞電話において,Eから本件改ざんの告白を受けてその存在を認識し,被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀からEから本件改ざんの告白を受けた旨の報告を受けてその存在を認識した。
b 2月1日午前9時50分頃までの被告人両名の行動(同第6の1(2)。原判決79頁以下)
2月1日,副部長室で,N,M,K及び特捜部所属のP検事(以下「P」という。)がいる場で,被告人佐賀が,「僕の方から説明,報告をしておくので,一旦みんな戻ってくれ,ただし,部外者には口外しないでくれ。」などと言ったことに,この発言が被告人大坪への報告を終えた直後になされたものであること,被告人大坪と被告人佐賀との関係を併せ考えると,被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,同日午前9時50分頃,副部長室にいたN,M,K及びPに対し,本件改ざんについては,口外しないように申し向けたことが認められるが,検察官が主張するように,この時点では,被告人両名において,本件改ざんの隠蔽を決意したとまでは認めるに足りないと判断した。
c 2月2日E佐賀間電話までの被告人両名の行動に対する評価(同第6の1(3)。原判決80頁以下)
被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,2月1日E佐賀間電話において,Eに対し,「この件は過誤ということで説明を付けられないのか。」と尋ねたことに加え,被告人両名が2月1日E佐賀間電話の前に同日午後1時30分頃から午後3時頃まで部長室で協議していることからすれば,被告人両名は,その協議の中で,本件改ざんをEの過誤による改変にすり替えることが可能かどうかを検討し,その判断のために必要な情報をEから聴取すべく,被告人大坪が被告人佐賀に,Eからの事情聴取を指示したと認められるものの,この時点では,Eからの聴取内容いかんで,被告人両名において,本件改ざんを過誤による改変にすり替えることが困難と考える場合も想定されるところであり,被告人大坪が本件改ざんをありのまま大阪地検上層部に報告して,自らも辞職することも想定していたことも認められるから,この時点で,被告人大坪において,本件改ざんを過誤による改変にすり替える決意をするに至っていたとは,なお認めるに足りないとし,被告人佐賀においても,被告人佐賀と被告人大坪の関係から考えて,被告人大坪が本件改ざんを過誤による改変にすり替える決意をするに至っていないのに,本件改ざんを過誤による改変にすり替える決意をするに至ったとは認め難いとした。
そして,被告人大坪は,2月2日午前9時20分頃,被告人佐賀から2月1日E佐賀間電話の報告を受け,その後,Mと話し合った際,「今回の件はE君のミステイクということで行くから。」,「だから,僕の指示に従え。」などと言っているほか,その様子は,2月1日と打って変わって落ち着いた様子であること,同月2日午前10時51分に妻へ送信した電子メールの内容からすれば,被告人佐賀から2月1日E佐賀間電話の報告を受け,本件過誤説明根拠の存在と本件虚偽過誤説明の内容を聞いて,それに沿った報告を大阪地検上層部にすることで,本件改ざんを隠蔽できる成算ができたことから,本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改変にすり替えて隠蔽することを決意するとともに,そのことで気分も落ち着き,上記のような指示をMにし,妻に電子メールを送信するなどしたと認められるとし,また,被告人佐賀も,被告人大坪がMに対し,「ミステイクということで行くから。」と指示したことにつき何ら異を唱えていないばかりか,被告人大坪の指示に従って,2月2日E佐賀間電話をしている上,MにもEに電話をするように指示していることからすれば,被告人大坪と意思を共有して行動していると認めることができ,これに,前記①及び②の事実を併せ考えれば,被告人佐賀も,2月2日午前9時20分頃,部長室で被告人大坪と話し合った結果,自らも本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改変にすり替えて隠蔽することに加担することを決意し,被告人大坪とその意思を共有したと認められるのであり,前記③の事実も認められるとした。
なお,このような認定替えについて,検察官は,被告人両名の共謀成立の状況として,2月2日に被告人両名の共謀の内容が具体化した旨主張しているところから,上記認定は,この時点を捉えて被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意し,その意思を共有したと認定するもので,このような認定をしても,被告人らの防御上,何ら問題とはならないと判示している。
(イ) 佐賀執務記録等の記載との整合性について(「争点に対する判断」第6の2。原判決82頁以下)
佐賀執務記録等の記載については,これを個々に検討した結果として,被告人佐賀は,これを自ら聞き取った事実のほか,それを基に自らの考えを整理したこと,あるいは,自らの所感を,第三者に見せることを予定せずに,ほぼそのまま記載したものであり,基本的に信用性の高い証拠と評価できるところ,その記載内容を見ても,被告人両名において,本件改ざんを認識していたことと整合して理解できるのであって,これらによって,前記(2),(3)並びに(4)のア及びイ(ア)の認定は補強されこそすれ,それが揺らぐことはないと判断した。
なお,佐賀執務記録等の記載について,被告人佐賀が本件改ざんを認識していたことを表す記載であれば,被告人佐賀が,それを自ら最高検察庁(以下「最高検」という。)の調査の際に持参し,その聴取に応じることは考えられない旨の被告人佐賀の原審弁護人らの主張については,被告人佐賀は,佐賀執務記録等の各記載について,自らの主張に沿った解釈を供述していることからすれば,被告人佐賀において,佐賀執務記録等を持参した上で,最高検の調査に対し,その記載を基に自らの主張を展開しようと考えたとしても不自然ではなく,また,被告人佐賀は,十数年前から佐賀執務記録を記載していることから,被告人佐賀において,佐賀執務記録の一部を殊更に隠すことは,かえって,最高検に不信感を抱かせることにもなりかねず,自ら佐賀執務記録を最高検に持参して,積極的に申し開きをしようと考えたとしても不自然ではないとして,これを排斥している。
(ウ) 被告人両名の原審弁護人らの主張について(「争点に対する判断」第6の3。原判決92頁以下)
前記③の事実の認定について,被告人両名がEの本件改ざんを隠蔽する決意をしたと考えるには不自然な点があるとする被告人両名の原審弁護人らの主張について,被告人両名には,本件犯行を行う動機があり,また,本件改ざんが発覚する危険性を検討して,被告人両名は,本件過誤説明根拠に基づき本件虚偽過誤説明により,Eが本件改ざんを行ったことを,過誤による改変にすり替えて大阪地検上層部に報告すれば,その了承を得られるとの成算ができ,大阪地検上層部の了承を得ることで,NやKの動きを封じることができ,G公判の状況からしても,G事件の弁護人らやFの弁護人らから,本件改ざんが発覚する可能性は低いと見込んで,本件犯行により本件改ざんを隠蔽することに成算があると考えた上で,本件犯行に至ったものと認められるとして,被告人両名の原審弁護人らの主張を全て排斥した。
a 動機について
Eの上司であり,また,特捜部という検察庁の重要部門を預かる身でもある被告人大坪において,Eを守るとともに,自らの職を守り,何よりも,特捜部が最高検決裁まで経た上で,その威信をかけて立件したG事件への悪影響を避け,それによって,自らが預かる特捜部,ひいては,検察組織全体を防衛しようとして,本件改ざんの隠蔽を決意し,また,同じくEの上司であり,また,特捜部の副部長として被告人大坪を補佐する立場にある被告人佐賀において,上司である被告人大坪が,本件改ざんの隠蔽を決意した以上,それに足並みをそろえて補佐するため,また,自身の問題としても,上司としてEを守るとともに,自らの職も守り,更には,特捜部,ひいては検察組織全体を防衛するために,本件改ざんの隠蔽に加担することを決意したとしても,不自然な点はないとした上,これに反する被告人佐賀の供述は信用できず,佐賀執務記録等に記載されたG公判等の進行状況からすれば,G事件の弁護人らから本件フロッピーディスクの検証等が請求される可能性は低い状況下で,本件改ざんを隠蔽することで,G公判への深刻な悪影響を避けたいと被告人両名が考えたとしても,不自然ではないと判示している。
また,Eのために被告人両名が職を賭けるとは考え難い旨の被告人両名の原審弁護人らの主張についても,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意した動機は,Eを守ることだけではなく,むしろ,本件改ざんが発覚することにより,特捜部,ひいては検察組織の信頼が揺らぐことを避けたいとの思いが第一にあったと考えられる上,被告人両名においては,本件改ざんが発覚すれば,自らも辞職を余儀なくされるであろうことを認識しており,いずれにしても職を失う状況に立たされていた状況下において,本件改ざんをうまく隠蔽できる方策が見付かれば,それに賭けてみたいと考えたとしても,不自然ではなく,被告人両名は,2月1日E佐賀間電話でEが話した本件過誤説明根拠及び本件虚偽過誤説明の内容から,Eが本件改ざんを行った事実を,本件データを過誤で改変した可能性のある話にすり替えて大阪地検上層部へ報告することで,本件改ざんを隠蔽できるとの成算の下に,本件改ざんの隠蔽を決意したのであって,被告人両名の原審弁護人らが主張するように,闇雲に自らの職を賭けたものではないとして,被告人両名の原審弁護人らの主張を排斥した(同第6の3(1)。原判決92頁以下)。
b 本件改ざんが発覚する危険性の認識について
被告人両名は,G公判でもプロパティ問題に対する反論は可能として,特捜部としては攻めの姿勢を保つ方針であり,G公判の状況分析の結果,G事件の弁護人らがあえて本件フロッピーディスクを証拠請求し,更にその解析をするとは考え難い状況にあると分析した上,本件改ざんを隠蔽しても,H事件の弁護人らに本件改ざんが発覚する可能性は低いとして,G公判への深刻な悪影響を招くことを避けるために本件改ざんを隠蔽することを考えたとしても,不自然ではないし,佐賀執務記録等の中の記載からも,被告人両名は,危険性は認識しつつも,G事件の弁護人らが,本件フロッピーディスクの解析をするなどの動きには出ないと考えたと認めるのが合理的であるとして,前記(ア)の認定と十分整合的に理解できるとし,また,検察庁内部からの発覚についても,Nは,被告人両名の態度に一定の不信感を持っているが,その求めることは本件改ざんの大阪地検上層部への報告にあり,N自ら直接外部に公表するような行動に出ることは考え難い状況にあり,Mも,被告人大坪から,自らの指示に従うよう命じられて了承し,現に,被告人大坪の指示に従って行動しており,本件改ざんを公表することは考えられず,さらに,PやOも,特に発覚の危険を感じさせるような行動はなかったほか,Kも,第一に求めるものは,大阪地検上層部への報告にあると考えられるから,被告人両名において,大阪地検上層部に対し本件虚偽過誤説明に基づく報告をし,その了承を得る一方,大阪地検上層部には既に報告済みであることを伝えることで,NやKに対しても,これ以上本件改ざんについて言い立てないようにできるのであり,検察庁内部から本件改ざんが発覚する危険は低いと考えたとしても,不自然ではないと判示している(同第6の3(2)。原判決95頁以下)。
c 大阪地検上層部への報告の位置付け
被告人両名は,本件過誤説明根拠に基づき本件虚偽過誤説明により,Eが本件改ざんを行ったことを,過誤による改変にすり替えて大阪地検上層部に報告すれば,その了承を得られるとの成算ができ,また,大阪地検上層部の了承を得ることで,NやKの動きを封じることができ,また,G公判の状況からして,G事件の弁護人らやFの弁護人らから,本件改ざんが発覚する可能性は低いと見込んだことから,本件改ざんの隠蔽を決意したと考えるのが合理的であるとして,被告人両名にとって,大阪地検上層部への報告の成否は,本件改ざんの隠蔽の成否を左右する最も重要なこととして位置付けられていたと認定した(同第6の3(3)ア。原判決99頁)。
この点,被告人大坪の原審弁護人らは,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意したのであれば,(あ)E及びMと本件虚偽説明が完全なものになるよう話を詰めるほか,G事件の弁護人ら外部の者や大阪地検内部の者から発覚することがないように十分留意するはずであるが,そのような形跡が一切うかがえないのは不自然である,(い)妻に前記のような電子メールを送信し,知人らに不要不急の電話をかけるはずがない旨主張したのに対し,(あ)については,被告人両名は,大阪地検上層部に対し本件虚偽過誤説明をして,その了承を得られれば,本件改ざんが発覚するおそれは少ないと見込んだと考えるのが合理的であるところ,被告人両名は,2月2日夕方に次席検事への報告をし,同月3日に検事正への報告を終えているが,その内容は,本件過誤説明根拠に基づき,本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行ったほか,Kは伝聞情報を基にEの改ざんを推測し,G事件の結論とプロパティ問題を分けることができず,「公表」,「調査・検討」などと言っているだけで,告訴狂と同じヒステリー状態であるなどと説明し,それを受けて,L及びJのいずれも,Kの態度に驚くとともに,本件データに関する問題については,取り立てて書面にする必要もないということで了承したことにより,大阪地検上層部に対する本件改ざんの隠蔽が成功したことになるから,それ以後,被告人両名が,EやMを交えて,本件虚偽過誤説明の内容を更に詰める作業をしなかったとしても,不自然ではないとし,(い)については,被告人両名は,2月2日朝の話し合いにより,被告人佐賀の2月1日E佐賀間電話の内容を踏まえて,本件過誤説明根拠があることから,本件虚偽過誤説明により大阪地検上層部への報告を乗り切ることができ,また,G公判の進行状況やNらの求めていることからすれば,G事件の弁護人らや検察庁内部から本件改ざんが発覚するおそれは少なく,大阪地検上層部への報告を無事乗り切ることができれば,本件改ざんを隠蔽できるとの成算を得たといえるから,被告人大坪が,2月2日朝の被告人佐賀との話し合いの直後に,被告人大坪の原審弁護人ら指摘のような安堵したことを示す行動に出ても,不自然な点はないとして,いずれの主張も排斥した(同第6の3(3)イ,エ。原判決99頁以下,102頁以下)。
そして,検事正への報告後の2月4日の罫紙メモの「リーク・最高検 等-調査指示-最悪」との記載は,被告人両名において,本件虚偽過誤説明により本件改ざんを過誤による改変にすり替えて隠蔽する手法は,大阪地検上層部に報告する限りにおいては,成功する成算があるが,最高検の調査の対象になれば,そのような手法は通らず,本件改ざんが露見する危険性が高いことを認識した上で,最高検に対しては,同罫紙メモに記載されているように,「厳秘」という方針で対処することを考えていたことを裏付けているとし,これに反する被告人両名の各供述は,被告人両名がEの本件虚偽過誤説明を真実だと考えていたのであれば,最高検の調査を恐れる必要はなく,最高検に対して「厳秘」とする必要もないから不合理であるなどとして,信用できないとした(同第6の3(3)ウ。原判決101頁以下)。
また,被告人両名がいずれも本件改ざんに関する動きについてその後任者に引き継いでいないことも,大阪地検上層部への報告を終えたことで,本件改ざんが発覚するおそれは低くなったと考え,危機感が薄れるとともに,そのような引継ぎをすることで,後任者が関心を持って調査をし,その結果,本件改ざんの隠蔽が発覚することを恐れたためと考えるのが自然であり,前記(ア)の事実と整合していると判示している(同第6の3(3)オ。原判決103頁)。
(5) EとMが謀略をしたとの被告人両名の原審弁護人らの主張について
被告人両名の原審弁護人らは,Eから本件改ざんの告白を受けたMが,FからEの想定するような供述を得られなかったため,Eに本件改ざんをさせたとの自責の念から,それを口外しなかったものの,本件プロパティ問題の顕在化とともに,本件改ざんが発覚する不安を抑えられず,KやOに告白し,それが,Kを通じてNや被告人佐賀の知るところとなったため,Eに対する強い負い目を持ち,その頃,その旨Eと相談する中で,Eと共謀して,被告人両名には,本件虚偽過誤説明を報告して本件改ざんを隠蔽することにし,2月1日E佐賀間電話及び2月2日E佐賀間電話で,本件虚偽過誤説明に従った報告をし,被告人両名にこれを信用させたが,9月19日になって,本件改ざん疑惑の情報がマスコミ関係者からLに伝えられたことが契機となって,Eは自己の証拠隠滅の,Mは自己の犯人隠避の,各刑責を減じる情状事実として,1月30日にあったN見聞電話の相手をOからEにすり替えることで,被告人両名において本件改ざんを認識した上,EやMを巻き込む形で,本件改ざんの隠蔽を図ったとの虚偽の話を作り出すことにし(以下「弁護人ら主張謀略話」という。),その旨の虚偽の供述をするに至った旨主張するのに対し,この主張を排斥して,以下のように判断している。
ア 被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMが弁護人ら主張謀略話を考えついたのは,LがEから事情を聴取することになって,当時のQ特捜部長を介してEに連絡した9月19日の夜から,Eが逮捕される9月21日午後8時45分頃までの間ということになり,この間に,MとEにおいて,約8か月前の出来事である1月30日にOと被告人佐賀が電話で話し合ったこと,それを副部長隣室で同席していたNが見聞し,電話の相手をEと勘違いしている様子であったことを唐突かつ鮮明に思い出し,その時間帯が,EのいわゆるR事件関係者の取調時間と矛盾しないことを分析した上で,弁護人ら主張謀略話を考えつき,これを主張することで,自己の刑責を免れようと決意して,Eの逮捕が差し迫り,検察庁部内でも調査が始まった中で,EとMが電話や立ち話を通じて弁護人ら主張謀略話を詰めたことになるが,Eが逮捕されるまでの限られた時間の中で,最高検の捜査に耐え得るような弁護人ら主張謀略話を考えつくことは極めて困難であるし,被告人両名はもとより,N,K及びOという,EやMの影響の及ばない第三者がどのような供述をするかの予想もつかず,弁護人ら主張謀略話を主張するに当たっては,これらの者が自己の供述と矛盾する供述をするかもしれない危険性も十分にありながら,E及びMが,そのような危険性を顧みることなく,あえて弁護人ら主張謀略話によろうと決意したというのは,極めて不自然であるほか,Eにおいて,被告人佐賀との間で,2月1日E佐賀間電話及び2月2日E佐賀間電話をしているところ,弁護人ら主張謀略話を企図するに当たって,E及びMにおいて,ありもしない1月30日のEと被告人佐賀間の電話をねつ造するよりも,2月1日E佐賀間電話,あるいは,2月2日E佐賀間電話で,本件改ざんを告白したとする方が,はるかに容易で,被告人両名はもとより,NやOら第三者の供述と矛盾する危険性も少ないのに,なぜ,そのような方法を選ばなかったかについても,説明に窮することになる(「争点に対する判断」第7の1。原判決104頁以下)。
イ 被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMは,少なくとも9月19日までは,被告人両名に本件虚偽過誤説明をすることで,自己の刑責を免れようと考え,それは成功裏に進んでいたのであるから,9月20日の段階において本件改ざん疑惑がマスコミ関係者の知るところとなり,Eによる本件改ざん疑惑が露見することが免れない情勢となっても,Mにおいては,被告人両名同様に,Eの本件虚偽過誤説明を真実のものと信用した旨述べる方が,弁護人ら主張謀略話によるよりも,はるかに他の者の供述と矛盾する危険性が少ないと思われ,被告人両名の原審弁護人らの主張を前提としたMの行動としても自然であるのに,そのような行動を取らずに,他の者の供述と矛盾する危険性の高い弁護人ら主張謀略話によることを決意したと考えるのは,ますます不自然というべきである(同第7の2。原判決105頁以下)。
ウ 被告人両名の原審弁護人らは,弁護人ら主張謀略話によることで,E及びMは,それぞれの刑責を減じる情状事実を得ることとなり,それが自らを守り,あるいは,互いに思慕し合うEないしMを守ることになることが,弁護人ら主張謀略話によることを決意した動機である旨主張するが,弁護人ら主張謀略話によってE及びMが得るものはせいぜい有利な情状事実というにすぎないし,さして重要な情状事実ともいい難いのに,E及びMにおいて,自らにとって得るものが少なく,かつ,本件虚偽過誤説明に比べてそれが虚偽であると露見する可能性がはるかに高くなる弁護人ら主張謀略話を,E及びMとの間で,特段の確執もなく,むしろ,仕事を共にし,その実力を高く評価してくれた被告人両名を陥れるばかりか,被告人両名が自己の供述と相反する供述をすることが当然予想されるのもいとわず,更には,自らも偽証罪に問われる危険を冒すことも顧みずに,採用することにしたと考えるのは,困難である(同第7の3。原判決106頁)。
エ 被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMにおいてNらがどのような供述をするか予測もつかない中で短時間のうちに詰めた弁護人ら主張謀略話が,その後の捜査の過程で,偶然にも,EやMの影響の及ばないK,O及びNがこの謀略話に沿った供述をしたばかりか,EやMの知り得ない佐賀執務記録等の内容でも,この謀略話に沿った記載がなされていたことになるが,このような偶然が重なること自体考え難いし,E及びMがそのような偶然を予見し,あるいは期待したということも考えられない。また,被告人両名の原審弁護人ら主張のように,E及びMが,自らの弁護人らを通じ,あるいは,捜査官の顔色を見て通謀することにより,証拠に沿った虚偽供述を,互いに整合する形で,かつ,捜査機関の目をくらますほど精緻に行っていくことも,また極めて困難というべきである(同第7の4。原判決106頁以下)。
(6) 犯人隠避罪の成立
ア 不作為による犯人隠避行為
以上の事実認定を前提として,被告人佐賀は,1月30日N見聞電話において,Eから直接本件改ざんの告白を受け,被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀からN見聞電話の報告を受けたことで,いずれもEが本件改ざんを行い,証拠隠滅罪の犯人であることを知ったところ,被告人両名は,いずれも検事として自らEに対する捜査を行う権限を有し,また,被告人大坪にあっては特捜部長として,特捜部所属の検察官らを指揮してEに対する捜査を行い,被告人佐賀にあっては特捜部副部長として,特捜部長である被告人大坪の命を受けて特捜部所属の検察官らを指揮してEに対する捜査を行う権限を有していたから,これらを行使して,Eに対して捜査を行うべき職責を有しており,また,それを容易に行い得る状況にあったのに,被告人両名は,NやKの態度からして,被告人両名が本件改ざんに関して何らかの報告を大阪地検上層部に行うことは避けられない状況にはあるが,本件改ざんを本件虚偽過誤説明にすり替えた報告をすれば,本件過誤説明根拠もあることから,大阪地検上層部から了承を得られる見込みが大きく,それによって,NやKの動きも沈静化させることができ,さらに,G公判の状況からすれば,G事件の弁護人らやFの弁護人らの動きから本件改ざんが発覚する可能性も低いと考えるに至り,その上で,前記(4)イ(ウ)a記載の動機から,本件改ざんを本件虚偽過誤説明にすり替えることにし,その旨大阪地検上層部に報告するとともに,Eに対しては証拠隠滅罪の犯人として捜査を行わないことを決意したものであって,ここにおいて,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げた上,被告人両名は,その共謀に基づき,自らあるいは部下検察官を指揮して,Eに対する証拠隠滅罪の捜査をする権限と職責があったにもかかわらず,それを行わず,他方で,その間,NやKが本件改ざんを行ったとの疑惑を有している状況において,以下のような行為を行う中で,本件改ざんの本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるものにし,特捜部内あるいはG公判を担当するNに対し,上記捜査を行わないことに対する不信感を助長せず,むしろ,その沈静化を図っていたものであって,このような被告人両名の不作為は,犯人隠避罪にいう隠避行為に当たるというべきであると結論付けた(「争点に対する判断」第8の1。原判決107頁以下)。
(ア) 被告人大坪が被告人佐賀に指示をして,2月2日E佐賀間電話をし,そこで,Eに対し,Eの件は過誤で行くことに決定した,そこで,どのような説明が付けられるのか,もう一度説明してほしいなどと指示して,本件過誤説明根拠や本件虚偽過誤説明を少し膨らませた話を聞き取った。
(イ) 2月8日,Eが,L及びJらに帰阪の挨拶をした後,被告人両名に報告に行ったが,その際,被告人大坪から指示を受けた被告人佐賀は,Eに対し,何か聞かれたときに本件データの改変が過誤だと説明できるような書面を作成しておくように指示した。
(ウ) 被告人佐賀の上記指示を受けて,Eは,本件上申書を作成して被告人両名に順次提出したが,その際,被告人大坪は,Eに対し,本件上申書に関し,Eが公判請求後に本件フロッピーディスクの検証作業を行ったとする記載について,「これだと何で君がこんなことをやったのか,後で記者連中にものすごい突っ込まれるぞ。」などと指摘し,より合理的な説明内容とするよう指示して,本件上申書をEに差し戻した。
イ 作為による犯人隠避行為
被告人両名は,2月2日夕方次席検事への報告を行い,2月3日午前11時頃,検事正への報告を行ったが,その中で,被告人両名は,その詳しさの程度は別として,L及びJに対し,本件改ざんのあったことを報告せずに,本件過誤説明根拠に基づき,本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行った。その結果,L及びJは,Eによる本件改ざんを認識することなく,したがって,Eが証拠隠滅罪の犯人であることを認識しなかったため,大阪地検の検事正あるいは次席検事として,捜査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に至ったものであるから,被告人両名の次席検事への報告及び検事正への報告が,犯人隠避罪の隠避行為に当たることは明らかであると判示した(「争点に対する判断」第8の2。原判決109頁以下)。
2 原判決の事実認定の当否
そこで,原審記録を調査し当審における事実取調べの結果も併せて検討するに,原判決が以上摘示してきた判断に基づき,前記①ないし③の各事実,そして前記罪となるべき事実を認定したことは,事実認定の結果及びその理由付け並びに被告人両名の原審弁護人らの主張に対する判断を含め,全て正当なものとして是認することができるのであり(なお,法令適用の当否については,第3において判断を示すこととする。),原判決には所論のいう事実誤認はない。
以下,付言するに,被告人両名の事実誤認に関する所論のうち,第一審において主張されたものは,原判決が既に判断を示しているところ,原判決のこの判断は,当審における所論を踏まえて検討しても,おおむね首肯できるところから,以下においては,当審において新たに主張させた所論を中心に,必要な範囲で判断を示すこととする。
(1) 前提事実の認定及び争点設定について
原裁判所は,まず,関係各証拠から認められて,各当事者間にもおおむね争いのない前提事実を前提に,各当事者の主張を踏まえて,本件の事実認定上の具体的な争点を前記①ないし③の事実の存否であると設定しているところ(原判決23頁以下),この前提事実の認定に誤りはなく,事実認定上の争点の設定は適切ということができる。
なお,原裁判所の争点の設定に関し,被告人大坪の弁護人らは,(あ)被告人大坪がEの故意の改ざんであることをどの程度に認識していたのか,認識があったとして,どの程度確定的な認識であったか,また,(い)Eと佐賀との間の電話の内容がどのようなものであり,それによって,被告人佐賀がEによる本件改ざんについてどのように認識したのか,(う)Eから本件改ざんに関する告白を受けたことを被告人佐賀が被告人大坪に報告したのか,報告をしたとすれば,いつ,いかなる内容の報告を行ったのかについても,事実認定上の争点とすべきであった旨主張する(大坪B趣意書9頁~14頁,大坪B趣意補充書5頁)。
しかし,所論指摘のいずれの点も,原裁判所が設定した事実認定上の争点を解明する上でおのずから明らかになる事実であり,原判決も,前記1(2)において,1月30日のE告白電話(N見聞電話)でのEの告白内容とともに,これを受けて被告人佐賀がEによる故意による改ざんであると確定的に認識したことを認定し,前記1(3)において,被告人佐賀がEの上記告白内容を被告人大坪に報告したことを認定し,さらに,前記1(4)イ(ア)において,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意したことを認定していることから,被告人大坪がEの故意による本件改ざんを確定的に認識したことを含めて,その全てを認定していることは明らかである。しかも,原審においては,各当事者が関与した公判前整理手続において各当事者の了解の下に争点整理が行われた上,上記(あ)(い)(う)の各事実の存否ないし内容についても,各当事者間における主張・立証が尽くされたものと認められるから,これらの点を明示的な争点としなかった原裁判所の措置が不当とはいえず,上記主張は失当である。
(2) 事実認定上の争点及び罪となるべき事実に関する原判決の認定について
前記1のとおりの原判決の事実認定は,個々の争点について合理的な根拠を示しつつ丁寧な認定判断を行っており,所論に鑑み検討しても,原判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断について,論理則,経験則等に照らして不合理な点を見出すことはできない。
そして,以下にみるとおり,少し異なった角度から関係各証拠を検討してみても,前記1で摘示したような原判決による証拠の信用性評価や証拠の総合判断,そしてそれらに基づく事実認定は,全て是認することができる。
ア E及びMの各供述の信用性
原判決は,E及びMの各供述の信用性を認め,これらの供述を中心に,客観証拠や関係者らの各供述を総合することにより事実認定をしているところ,原判決がE及びMの各供述の信用性を認めた証拠評価は,合理的な根拠に基づくものとして十分首肯することができる。
(ア) E及びMの各供述内容の自然さや合理性
a まず,E及びMの各供述は,それぞれの立場から自ら体験した事実及び得られた認識等について述べたものとして内容的によく合致しており,相互に信用性を補強する関係にあるだけでなく,内容としても,前提事実を踏まえた場合に,E及びM並びに被告人両名を含む関係者らの立場や関係,置かれた状況や事態の推移,そこからうかがわれる心理状態等のいずれの観点に照らしても,合理的で自然な流れに沿うものであり,特に不自然・不合理な点は認められない。
b 所論について
被告人両名の弁護人らは,E告白電話に関して,(あ)特捜部長との関係からは,被告人佐賀が特捜部副部長として独自の行動をとる理由も必要性もなく,(い)被告人佐賀は,H事件の捜査の状況や経過を把握しておらず,被告人大坪を差し置いて事情を聴く立場にもなかったし,(う)実際に事情聴取するとなると,本件改ざんの動機や態様,本件フロッピーディスクの還付等について詳細に聴取し,被告人大坪に直ちに報告しているはずなのに,そのような形跡もなく,さらに,(え)EはR事件の捜査のために東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)に応援派遣中であったところ,派遣庁は応援検事の行動に口出ししないのが不文律であり,特にR事件では一層の秘密保持が求められたことからも,被告人佐賀は,副部長として,部長の了解を得ることなく,応援派遣中のEから事実確認をすることは,あり得ない旨主張する(大坪弁論要旨3頁以下,佐賀弁論要旨6頁以下)。
しかし,被告人佐賀が,Eに電話をかけさせて本件改ざんの告白を受けたのは,土曜日である1月30日に,被告人佐賀がKに呼び出されて,K及びMから,Eが本件データを改ざんした疑いのあることを聞かされ,Kからは,上司への報告を強く求められた状況の下であった。しかも,Kらから聞かされた内容は,自らの直属の部下であり,社会的に注目されるH事件の捜査主任検事であったEが当該事件の証拠を変造したというものであって,重大な職務犯罪で,かつ,検察庁全体の信用を失墜させかねない重大な不祥事でもあった。そのため,被告人佐賀は,被告人大坪に対しその第一報を入れる前提として,直属の部下で過去にも共に仕事をしたことのあるEから,取り急ぎ本件改ざんの有無について確認しようとしたものと考えられる。そうすると,この電話は,公式の事実調査ではなかったから,検察庁内における報告や決裁のルールに必ずしもこだわる必要はなかったのであり,しかも,Eが素直に本件改ざんを告白したことから,詳細な事実関係の確認までは要しなかったともいえる。さらに,被告人佐賀が,Eには,当日の取調べが終了後に電話をかけさせているように,応援派遣先の東京地検にもそれなりの配慮をしていることからすると,被告人佐賀が特捜部副部長の立場においてEに電話をかけさせるのは自然なことであり,所論指摘の諸事情を考慮しても,これがあり得ないこととはいえない。ちなみに,被告人佐賀は,本件データの改変問題に関して,被告人大坪の指示に基づくとはいえ,2月1日及び同月2日にも応援派遣中のEに電話をかけ,又はかけさせているのである。
したがって,上記主張は理由がない。
(イ) E及びMの各供述の他の証拠との整合性
a N,K及びOの各供述はいずれも,その内容の自然さや合理性,相互の合致,虚偽の供述をする必要がない立場等に照らし十分信用できるところ,E及びMの各供述は,N,K及びOの各供述だけではなく,以上5人の間の携帯電話による通話や電子メールの通信履歴(原判決別紙「Kら通信履歴一覧表」参照),Eの東京拘置所における取調時刻やMの退庁時刻等に関する客観証拠とも整合しており,佐賀執務記録等の記載内容とも矛盾なく理解できるものであり,被告人大坪が妻への話や妻子に宛てた電子メールの内容からうかがわれる同被告人の心境の変化をもたらした背景事情としても自然なものであって,これらの関係者らの供述や客観証拠によって裏付けられている。
b N供述に関する所論について
(a) 被告人佐賀の弁護人らは,N供述の信用性を争い,責任を問われるおそれのあったNは保身のために最高検に迎合した供述に終始しており,供述内容にも,不自然な変遷があるほか,曖昧な記憶のごまかしや断定できないことの断定がみられるなどと主張するが(佐賀趣意書19頁以下,66頁以下,107頁以下,佐賀趣意補充書(2)8頁以下等),Nは,関係各証拠から,Kには上司への報告を指示し,被告人両名にも大阪地検上層部への報告を進言するなど,検察官として適切な対応をしていたと認められるから,責任を問われるおそれはなく,原判決も指摘するように,その供述態度は真摯なもので,所論を踏まえても,供述内容は一貫しているといえるのであり,保身のために最高検に迎合した供述をしたとは認められない。
(b) 被告人佐賀の弁護人らは,NはN見聞電話においてEが本件改ざんを告白したとの確信を有していたとはいえないから,この点に関してN供述がE及びMの各供述の信用性を裏付けるとはいえない旨主張する(佐賀趣意書29頁以下,124頁以下,佐賀趣意補充書(2)13頁以下等)。
しかし,N供述によれば,Nは,Kから,Eの本件改ざん疑惑に関する被告人佐賀とのやり取りを聞き,被告人佐賀の態度に疑念を覚え,副部長隣室に赴いたのであり(原審第2回公判6頁以下),N見聞電話の際も,被告人佐賀の発言内容や態度を注視していたところ,被告人佐賀が,電話の途中で電話の相手に,「そんなことができるんか。」,「結局どうなっとるっちゅうことや。」などと尋ね,電話を終えた後,がっくりとうなだれて涙を流したことから,Nが「認めたんですよね。」と尋ねると,被告人佐賀が首を縦に振り,「認めた。」などと答えた,というのであるから(原審第2回公判9頁以下),そのような状況を通じて,Nにおいて,EがN見聞電話で本件改ざんを告白したと確信したことは明らかであるし,所論指摘のNの言動や態度がその確信の存在に疑問を生じさせるものとはいえない。
(c) したがって,N供述の信用性に関する主張はいずれも理由がない。
c 佐賀執務記録等に関する所論について
被告人佐賀の弁護人らは,原判決別紙「佐賀執務記録等一覧表」中のA・罫紙メモ①の記載は,M供述によれば,Eからの電話を待っている場面で作成されたというのであり,MやNの説明が几帳面に記載されているのに,Eからの説明が記載されていないし,「E 事実確認 東京→帰阪」などというEが帰阪後に事実確認する旨の記載は,Eの電話を待っていたことと矛盾するなどとして,佐賀執務記録にE告白電話に関する記載のないことは,E告白電話などなかったことを裏付けており,その記載内容はE告白電話の存在と矛盾する旨主張する(佐賀趣意書22頁以下,93頁以下,佐賀趣意補充書(2)82頁以下)。
しかし,被告人佐賀は,E告白電話と同様に被告人大坪に報告すべきO電話についても記載していないし,E告白電話があったとしても,Eが帰阪した後に,なお必要な事実確認をすることも十分に想定されたことは,原判決が説示するとおりである(原判決50頁以下)。さらに,1月30日の時点では,被告人大坪に報告する前であったため,本件改ざん問題に対する特捜部としての対処方針が固まっていなかっただけではなく,被告人佐賀には,一方で何とかEをかばえないかとの思いがある反面,他方でEをかばおうとすれば違法行為に及ばざるを得なくなるかもしれないとの懸念ないし後ろめたさもあったことから,Eから告白を受けた本件改ざんという犯罪行為をそのまま記録化することを控えたとも考えられるのである。したがって,上記主張も理由がない。
イ 被告人両名の各供述の信用性
他方,原判決は,E及びMの各供述等に抵触する被告人両名の各供述の信用性を否定して排斥しているところ,この証拠評価も,以下にみる理由によって是認することができる。すなわち,
(ア) まず,被告人両名の各供述は,証拠上明らかな事実に照らしても,その信用性には根本的な疑問を免れない。
a 前提事実に加えて,被告人両名の事件当時の認識内容に関し,両名の供述と他の関係者らの供述との間でおおむね矛盾のないものとして,以下の事実を認めることができる。
(a) 1月27日のG事件公判で,同事件の弁護人らがプロパティ問題を指摘して,この問題が顕在化し,特捜部でも,被告人大坪を中心に,プロパティ問題への対応が協議され,その際,被告人両名も,改変される前の本件データの内容を記載したI報告書が作成されて,既に同事件の弁護人らに開示されているが,Fが作成したとされる内容虚偽の公的証明書のデータの最終更新日時については,平成16年6月1日とするI報告書の記載と同事件における検察官の主張とが矛盾を来していることを認識するに至った。そして,Mからは,検察官の主張を前提とした場合,G事件に係る虚偽公文書が作成された日は同月4日以降と想定されるなどと説明を受け,Pからは,正確には同月8日以降となるはずであるとの指摘を受けた(原審第11回公判39頁~52頁,第15回公判16頁~21頁,159頁~163頁)。
(b) 1月30日,被告人佐賀は,Kから呼び出されて登庁し,午後5時ころから,K及びMの話を聞いたが,その際,Mからは,Eが,私物のパソコンに入れた特殊なソフトで,本件データの更新日時を書き換えておいたと話したことを聞き,また,Kからは,東京でもOがEから確認を取った,副部長はこの件をもみ消すつもりかなどと言われ,検事正,次席検事への報告やGを起訴した経緯の調査を要求されたほか,Gは無実であり,仮にこの件を隠すようであれば,自分が辞職して公表するなどと訴えられたことから,Kと口論になった。その後,被告人佐賀は,副部長隣室で,Mと缶ビールを飲みながら話をした際,同室を訪れたNからも,Eは改ざんしていると思う,この件は公判部長に報告したいと言われ,自分も部長を通じて次席,検事正に報告しようと思うと答えた(原審第11回公判57頁~93頁等)。
(c) 2月1日午前9時15分頃,被告人佐賀が登庁すると,Nが待っていたことから,被告人佐賀は,このNの行動について,Eの改ざんの件を被告人大坪に報告するのであれば同席させてほしいとの趣旨であろうと理解した(原審第11回公判140頁以下)。
(d) 同日午前9時40分以降,被告人両名は,Mらも加わるなどして断続的に話し合いを行ったが,その場で,被告人佐賀が被告人大坪に上記(b)(c)の各事実経過を報告して,これらの事実が被告人両名の共通の認識となった。その結果,被告人大坪は,Eの本件改ざんの責任を取って自らも検察官を辞職せざるを得なくなるかもしれないとの心境に陥り,また,被告人佐賀も,辞職は覚悟の上でこれに対処しなければならないと認識していた(原審第11回公判140頁~153頁,第12回公判10頁~16頁,22頁,第15回公判23頁~49頁等)。
b ところが,被告人両名は,前提事実に加え,上記aで認定した事実経過及び認識のあったことはおおむね認めながらも,次のように,当時は,Eの本件虚偽過誤説明を信じており,Eが故意に本件データを改ざんしたとの認識はなかった旨供述している。すなわち,
(a) 被告人佐賀は,1月30日夜,Eと電話で話したことはなく,したがって,被告人佐賀は,この時点で,本件改ざんがあったことは認識していなかった(原審第11回公判2頁,129頁~140頁等)。
(b) 被告人佐賀は,2月1日,自己の認識に従って,被告人大坪に対し,M,K及びNらの間で,不確定な情報として,Eが改ざんをしたとの話がある旨報告したものであり,したがって,被告人大坪も,この時点で,被告人佐賀同様に,本件改ざんがあったことを認識してはいなかった(原審第11回公判143頁以下,第15回公判24頁~30頁等)。
(c) 被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,同日,Eに電話で確認したところ,Eから,過誤で本件データを改変した可能性がある旨の報告を受けたので,同月2日,被告人大坪にその旨報告し,ここにおいて,被告人両名は,Eが過誤で本件データを改変した可能性があるとの認識を共通にして,以後,9月21日にEが逮捕される直前まで,その共通認識に従って行動していた(原審第12回公判23頁~60頁等,第15回公判38頁~40頁,49頁~57頁等)。
c しかしながら,被告人両名の上記各供述は,前記aの認定事実に照らして,その信用性に重大な疑問があるというべきである。すなわち,
(a) まず,本件フロッピーディスクに記録された本件データは,H事件においてFが内容虚偽の公的証明書を作成した事実を明らかにする客観証拠であり,とりわけ公的証明書のデータの作成時期や更新時期は,関係者が供述するところの,GがFに公的証明書の作成を指示したとされる時期,すなわち,本件虚偽有印公文書作成に関する共謀成立時期との整合性の有無を確認し,上記関係者の供述の信用性を検討する上で非常に重要な客観的データというべきであるから,同事件の帰趨も決しかねないという意味において,同事件における最重要の客観証拠ということができる。
また,被告人両名は,その述べるところによっても,主任検事としてH事件の捜査を指揮していたEが,本件データを改変したかもしれないことは認識していたところ,これが故意による改ざんであれば,部下である現職検察官による重大な職務犯罪となり,しかも,上記のとおりH事件の帰趨をも決しかねない最重要の客観証拠について,捜査主任検事がその内容を故意に改変したものとして,同事件における検察官の立証計画に重大な欠陥のあることをうかがわせることにもなる事態であった。また仮に,過失による改変にとどまるにしても,捜査主任検事が最重要の客観証拠であるデータに手を加えて改変するという極めて重大な事務過誤を犯したこととなって,同事件の立証を基礎付けている客観証拠の内容の真実性,更には同事件における捜査全般の適正さにも重大な疑問を生じさせかねない事態となるのである。加えて,同事件が中央官庁であるHの現職の局長による重大な職務犯罪を摘発したという社会的にも注目を浴びている事件であったことにも照らせば,故意又は過失のいずれの場合であっても,E個人にとどまらず検察庁全体に対する信頼を大きく傷付け,刑事司法の威信をも損なうおそれのある重大な不祥事になることは必定というべきである。したがって,いずれにしても,Eの直属の上司である被告人両名としては,Eによる職務犯罪ないし事務過誤の詳細を早急に明らかにして,検察庁ないし刑事司法の自浄作用を迅速に機能させることにより,検察庁に対する信頼や刑事司法の威信をできるだけ保持するとともに,同事件に関する公正な公判審理を早期に進行させるためにも,その全容の解明が急務であった。そして,その手段としては,E本人のほかMら事情を知る関係者に対する事情聴取や報告書の提出指示,Eがデータの改変に使用したパソコン及び本件データのコピーを記録するメモリーの確保及び調査,F側に還付された本件フロッピーディスクの調査への弁護人らの協力要請などがあり得たのである。
さらに,被告人両名の供述するところによっても,被告人両名は,1月27日にプロパティ問題の存在を知り,同月30日には,被告人佐賀が,特捜部所属のMから,Eが,私物のパソコンに入れている特殊なソフトで本件データの更新日時を書き換えておいたと言った旨聞かされ,また,同じく特捜部所属のKからは,検事正や次席検事への報告,Gを起訴した経緯の調査を要求され,Gは無実であり,この件を隠すようであれば,自分が辞職して公表するなどと言われ,副部長はこの件をもみ消すつもりかなどと迫られたほか,H事件の公判に主任検事として立会している公判部所属のNからも,Eは改ざんしていると思う,この件は公判部長に報告したいと言われ,部長を通じて次席検事や検事正に報告しようと思うと答えているところ,このような事実経過は,被告人佐賀から被告人大坪にも報告されて,被告人大坪は,責任を取って辞職せざるを得なくなるかもしれないとの心境に陥り,被告人佐賀も,辞職覚悟で対処しなければならないとの認識を抱いた,というのである。
このような状況において,被告人両名は,特捜部の部長又は副部長として,本件データのH事件における証拠としての重要性を十分に認識しており,その改変がもたらす前記のような重大な悪影響も当然に理解していたと考えられるところ,部下のMから,Eが本件データを改ざんしたと話すのを聞いた旨の報告を受け,同じく部下のKや同事件の公判主任検事であるNからは,本件改ざんの検事正や次席検事への報告等を強く求められたのであるから,Eによる本件改ざん疑惑について,その全容解明に向けた組織的な対処が急務であって,早急に上記のような調査活動に着手すべきことも,十分に理解していたと考えられる。
(b) ところが,被告人両名は,その供述するところによっても,2月1日及び同月2日の二度にわたり,被告人佐賀が東京に派遣されているEから電話で事情を聴取しただけで,Eの本件虚偽過誤説明を信じたとして,Mには対応策の検討に参加させるにとどめ,同月2日,次席検事のJに対し,Eから聴取した本件虚偽過誤説明が真実であることを前提に,Eが過失により本件データを改変したかもしれない,Kは確たる情報もなく改ざんと騒いでいるにすぎないなどと報告し,その内容を書面化せず口頭報告にとどめることでJの了承を得,また,同月3日には,検事正のLに対しても,同旨の報告をして,同様の了承を得ており,その後は,同月5日に帰阪したEを叱責し,同月10日には,Eから,被告人佐賀の指示により作成された本件虚偽過誤説明に関する本件上申書をそれぞれ受け取り,被告人佐賀がEをして本件データの改変に関する状況を実演させたのみで,それ以上の調査活動等は全く行わないまま,本件データの改変問題について,本件上申書を保存するなどして記録化しておくことも,被告人両名が4月時点で転出した際に後任者に引き継ぐこともしなかった,というのである。
このようにEの本件虚偽過誤説明を信じてしまった理由について,被告人両名は,改変される前の本件データの内容を記載したI報告書が存在して,弁護側にも開示されており,また,本件データを記録した本件フロッピーディスクもF側に還付されているから,Eが意図的に改変したものでないことを裏付ける客観的根拠があった旨主張する。しかし,I報告書は,MがFを取り調べる際に使用するいわゆる示し取りのため立会事務官に作成させた捜査報告書にすぎず,捜査主任検事であるEがその存在について十分に認識していなくても不自然ではない。他方,本件データは,前記のようにH事件における最重要の客観証拠であり,その内容の書き換えが可能な形態で記録されている本件フロッピーディスクを被疑者に還付するなどということは,通常はあり得ないことであるのに,EがMの「還付不可」という意見を覆してこのような重要証拠をあえて還付していることからすると,Eが不用意に還付したというのではなく,むしろ,Eが供述するように,その証拠開示を回避しようとしたか,あるいは,検察官の主張に沿った内容の証拠を被疑者側に送り込もうとするなど,Eにおける何らかの積極的な意図や目的があったことをうかがわせる事情というべきである。したがって,被告人両名の指摘する上記各事情は,Eの本件虚偽過誤説明を信ずる理由としては根拠薄弱というほかない。
(c) そうすると,被告人両名は,Eによる本件データの改変の可能性を知り,故意による改ざんの可能性も認識し,現に改ざんであると主張する部下の検察官もいるという状況の下で,本件データの改変について,十分な裏付けもないまま,Eの本件虚偽過誤説明を信じたとして,Eからの電話による事情聴取や本件上申書の提出以外にはさしたる調査等を行わず,記録化も後任者への引継ぎもしないまま放置し続けたものであり,その行動はいかにも不可解なものというほかはない。すなわち,被告人両名の各供述の信用性には,被告人両名が認めざるを得ない事実関係に照らしても,根本的な疑問があるというべきである。
(イ) 以上検討してきたところにとどまらず,被告人両名の各供述の信用性には,E及びMの各供述以外の関係証拠との対比においても,被告人両名が自認する事実関係に照らしても,重大な疑問が残るというべきである。
a 前記①の事実(E告白電話による被告人佐賀の本件改ざんの認識取得)を否認する被告人両名の各供述の信用性について
(a) 被告人佐賀は,1月30日のN見聞電話について,OからのO電話であった旨供述して,前記①の事実を否認しているところ(原審第11回公判2頁,97頁~119頁,第13回公判136頁~147頁等),N見聞電話において,Eが被告人佐賀に本件改ざんを告白したことは,N供述からも認定できる(原審第2回公判9頁~13頁等)のに対して,被告人佐賀の供述は,N供述にある被告人佐賀の発言内容や態度等に沿わないだけでなく,原判決が説示するとおり,O,K及びNの各供述に,E及びMも加えた5人の携帯電話による通話や電子メールのやり取りの状況から認められるO電話の時刻とも整合しないものであって(原判決47頁以下),信用性に欠けるというべきである。
(b) 所論について
i 被告人佐賀の弁護人らは,被告人佐賀作成に係る,2月1日E佐賀間電話がされる前の状況に関する執務記録2010年(平成22年)版(原審検甲76号証)中の平成23年2月21日(月)から同月27日(日)までの欄(反訳は原審検甲101号証,弁書2号証3頁。なお,原判決別紙佐賀執務記録等一覧表C・執務記録トピック欄②はその一部)における記載中,Kからの「D(特捜部長)への報告が今日になるとは遅すぎる」との指摘に対し,「上記2①②(Eが不在で,改ざんしたとされるデータも手元にないこと)に照らし何を報告できるのか!」との記載,Kからの「SD(特捜部副部長)は逃げようとしている」との指摘に対し,被告人佐賀が「部・部員を守るのは当然のこと 伝聞で判断するな」と言ったとの記載,さらに,「KのEが辞職に追い込まれてもやむなし~との考えには意外としか言い様がない」との記載について,被告人佐賀がEから本件改ざんの告白を受けていなかったことを示すものであって,被告人佐賀の供述の信用性を裏付けている旨主張する(佐賀趣意書89頁以下,佐賀趣意補充書(2)77頁以下)。
しかし,Kが,本件改ざんの情報を得て,Eが辞職に追い込まれてもやむを得ないほどの重大な犯罪行為であると認識し,すぐに被告人佐賀に報告したというのに,被告人佐賀が早急にその情報を被告人大坪に報告しなかったことを責めるのは当然のことであって,これに対し,被告人佐賀が上記執務記録にあるような対応をして感想を持つことは,その後の被告人佐賀の一連の言動からもうかがわれるとおり,Eを守り組織を守ろうとする思いから出たものと理解することができる。したがって,執務記録中の上記記載は,被告人佐賀がEの告白を受けていなかったことを示すものとはいえないから,上記主張は理由がない。
ii 被告人佐賀の弁護人らは,E告白電話をNから聞いてOに伝えたとするK供述について,Kが同電話を認識したはずの1月31日午前零時頃以後,Oに対して同電話について一切伝えた形跡がなく,同日午前3時21分のOのKに対する電子メールによると,同電話に関する情報がKからOにはもたらされていなかったことを示しているから,上記K供述は信用できず,これらの事情は,K自身がその情報に接していなかったことを示すものであって,E告白電話がなかったことの証左でもある旨主張する(佐賀趣意書32頁以下,270頁以下)。
しかし,Kは,1月30日深夜,NからE告白電話について知らされたが,その頃,Oから,これからEと飲む旨の電子メール(1月31日午前0時14分)を受け取ったため,あえて自分からOに言う必要はないと判断して伝えなかったところ,午前3時21分にOから弁護人ら指摘の上記電子メールを受け取って,OがEからは聞かされなかったことが分かったので,午前3時46分の電話でE告白電話についてOに伝えたと供述している(原審第3回公判21頁~25頁)。そして,Kのこの供述は,上記各電子メール前後の状況に照らして,自然で合理的なものといえるから,その信用性に疑問の余地はなく,したがって,上記主張も理由がない。
iii 被告人佐賀の弁護人らは,原判決が,O電話があったのはせいぜい1月30日午後7時30分頃から同日午後8時過ぎであるのに対し,N見聞電話があったのは早くても同日午後9時ないし10時以降であることを理由に,N見聞電話をO電話と考えるのは時間的な経緯からも困難であると判断したことについて,O電話の時期に関するOの供述は断定的なものではないし,Oが午後8時8分にKとMに送信した「今晩,Eの都合がつけば今日のことをEに伝えようと思う」との電子メールにおける「今日のこと」とは,改ざん疑惑が被告人佐賀に伝わったことであり,Oは,Eと話そうと思った理由として,被告人佐賀と電話で話したことを挙げていないから,上記電子メールが被告人佐賀との電話の後のものであった必然性はなく,しかも,Kは,午後8時19分,Oに対し,被告人佐賀への報告の事実をEに伝えることに反対する電子メールを送信しているのであり,Oがその電子メールを受けたからこそ,Mに報告状況を確認するために電話したと考えられることからすると,O電話は早くても午後8時19分以後でなければならない旨主張する(佐賀趣意書146頁以下,佐賀趣意補充書(1)3頁及び別紙2,佐賀趣意補充書(2)16頁以下)。
しかし,被告人佐賀と電話で話をしたのがKの電話を終えた直後頃と思うとするO供述(原審検甲42号証)の信用性に疑問の余地はなく,Kの上記電話は午後7時24分にかけられたものと認められる(原審検甲106号証)。しかも,Oが,本件改ざんの上司への報告を自分たちで行うのかE本人に任せるのかについて,Kらと意見を交換していた状況下で,Kが被告人佐賀に報告したことを知って,Mにも報告状況を確認するために電話をすることは自然なことであり,Oも,O電話の際,Mから被告人佐賀に替わった記憶はないが,Mに報告状況を確認するために電話したことは当然あり得ると供述している(原審検甲42号証)。また,Oは,Eの希望に反して,本件改ざんの件が被告人佐賀に報告されて,Eを裏切ったような気になって,Eと会うことにしたというのであるから(同上),Eと会う理由として,自分が被告人佐賀と話したことを特に指摘していなくても不自然ではない。さらに,Oは,被告人佐賀と電話をした時期について,Kとの上記電話の直後頃と供述するだけで,その後の電子メールとの時期的な関係や電子メールが契機となって電話したなどとは供述していないのである。したがって,上記主張も理由がない。
b 前記②の事実(被告人佐賀からのE告白電話の報告による被告人大坪の本件改ざんの認識取得)を否認する被告人両名の各供述の信用性について
(a) 被告人両名は,前記①の事実がなかったことを前提に,前記②の事実を否認するところ(原審第11回公判129頁~132頁,143頁~144頁,第15回公判2頁~6頁等),原判決が説示するとおり,被告人佐賀は,1月30日のE告白電話において,Eから本件改ざんの告白を受けたと認められる以上,特捜部の副部長として,特捜部長である被告人大坪に対して,同部に関わる重要事項であるEによる本件改ざんの告白の事実を隠すことなく報告したものと合理的に推認することができる(原判決56頁以下)。
i 付言すれば,前記のような本件改ざんの問題の重大性や深刻さからすると,被告人佐賀として,本件改ざんの問題が同被告人限りで対処できる事柄でなかったことは明らかであるし,このような検察組織全体にとっての重大事項を上司に報告することなく抱え込めば,自ら窮地に陥らざるを得ないことは,組織人として当然に理解していたと考えられるところ,被告人佐賀自身も,1月30日にEから本件改ざんの告白を受けていたのであれば,被告人大坪に報告しなければならないということを認めているのである(原審第11回公判131頁)。したがって,前記のとおり,前記①の事実が明確に認められる以上,被告人佐賀がその事実を被告人大坪に報告したことは明らかであって,これに反する被告人佐賀の供述はその前提を欠くというほかない。
ii 被告人大坪の供述についてみても,上記のとおり,被告人大坪は被告人佐賀からEによる本件改ざんについて報告を受けたと認められる以上,これまた前提を欠くものである。のみならず,被告人大坪は,その供述するところによっても,2月1日午前9時40分過ぎころ以降に,被告人佐賀から,1月30日に,Mから本件改ざんの話を聞いたというKやNから,Eによる故意の改ざんであることを前提に,上司への報告等を強く求められたなどとの報告を受け,深刻に受けとめて,2月2日未明には,自らも責任をとって辞職せざるを得なくなるかもしれないという心境に陥ったというのに(原審第15回公判23頁以下,44頁以下),同日,被告人佐賀から,前日からの2度の電話によるEに対する事情聴取の結果報告を受けたのみで,Eの本件虚偽過誤説明について特段の裏付けを取ることもなく鵜呑みにして,同日夕刻には,次席検事に対し,故意による改ざんの可能性はなく,KがEによる改ざんと騒いでいるのは根拠に乏しいものとして批判し,Eの過誤により本件データが改変された可能性があるにとどまるとの報告を行い,翌日午前には,検事正にも同旨の報告をして,その後は,Eに本件上申書を提出させた以外には,本件データの改変問題について,何らの調査等も行うことなく,本件上申書を保存するなど記録化することも,後任者に引き継ぐこともしなかったというのである(原審第15回公判49頁以下,63頁以下,74頁以下,80頁以下,84頁以下)。このような被告人大坪の本件改ざん疑惑に対する対応状況は,同被告人自身も認める事態の深刻さと対比すると,特捜部長という要職にある者としては,検察組織やH事件の公判審理に対する重大な悪影響への配慮を欠き,組織人としての慎重さや注意深さにも欠けた短絡的かつ独善的なものといわざるを得ないのであって,その供述自体,あまりにも不自然,不合理というべきである。
そうすると,前記②の事実を否認する被告人両名の各供述はそのいずれについても信用することが困難である。
(b) 所論について
i 被告人大坪の弁護人らは,仮にE告白電話があったとしても,この電話の内容を被告人佐賀が被告人大坪に報告したことを直接裏付ける証拠はなく,原判決の認定する事情からは,被告人佐賀が同電話を被告人大坪に報告したとは合理的に推認できないのであり,むしろ,(あ)被告人佐賀が一時は独断で本件フロッピーディスクを回収しようとし,(い)K供述によっても,被告人佐賀が被告人大坪への報告を嫌がっており,(う)飲酒の影響により,被告人佐賀の記憶が減退し変容している可能性もあるほか,被告人佐賀は,(え)1月30日の出来事について,被告人大坪には2月1日まで報告しておらず,(お)被告人大坪からは応援派遣中のEに連絡を取らないよう指示を受けていたという事情からすると,被告人佐賀は,E告白電話を被告人大坪に報告していない合理的な疑いが残る旨主張する(大坪B趣意書18頁以下)。
しかし,前記第2の1(3)で摘示したように,原判決が,被告人佐賀は,その立場やEからの告白内容の重大性に照らし,2月1日朝一番にEから告白を受けた事実を被告人大坪に報告したと考えるのが合理的であること,被告人大坪が被告人佐賀の報告を受けて激高したことを自然に理解できること,被告人大坪が述べる当日の心情ともよく整合することを理由として,前記②の事実,すなわち,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人大坪が被告人佐賀からE告白電話の報告を受けて,本件改ざんの事実を認識するに至ったとの事実を推認しているところ,この推認は,所論に鑑み検討しても,十分な根拠に基づく合理的なものと認められる。
そして,所論指摘の(あ)の点は,Fの弁護人が知り合いであったとして,被告人佐賀がその場での思い付きをNらの面前で口にしたにすぎないものと考えられるのであり,現に被告人佐賀は本件フロッピーディスクを回収しようとする行動には及んでいない。また,同(い)(う)(え)の点は,当日の1月30日は土曜日であり,被告人佐賀も,私的な会合への出席が予定される中で,Kに呼び出されて登庁し,Eの本件改ざんについてKやM,Nらとやり取りを続けた挙げ句,同会合への出席もキャンセルせざるを得なくなった状況において,Kとやり取りをした午後5時頃から午後7時頃までの時点では,本件改ざんに関する裏付けがなかったために,Kから即時上司への報告を求められても,被告人大坪に報告するだけの確実な情報がなかったともいえる。また,E告白電話を終えた後についてみても,既に午後11時を大幅に過ぎており,被告人佐賀自身が飲酒していたこともあって,すぐの報告を控えて,翌31日の日曜日に,同電話の内容やK,N及びMとのやり取りを思い出しながら,自分なりに分析検討を加えた上,2月1日月曜日の朝一番に,被告人大坪に対してE告白電話を含む1月30日の出来事をまとめて報告したものとも考えられる。さらに,上記(お)の点も,E告白電話の内容の重大性に照らすと,被告人大坪に対する報告をためらわせるに足りるものではないから,所論指摘の諸事情はいずれも原判決の上記推認を妨げるものとはいえない。
そうすると,被告人佐賀の被告人大坪に対するE告白電話の報告の事実を否認する被告人両名の各供述の信用性を否定して,前記事情から上記報告の事実が推認できるとした原判決の判断は合理的なものとして是認できるのであり,これを争う上記主張は理由がない。
ii 被告人大坪の弁護人らは,被告人佐賀がEによる本件改ざんについて被告人大坪に報告したのであれば,被告人佐賀は,被告人大坪に対しては終始従属的な役割を果たし,被告人大坪の指示に忠実に従っていただけであるから,上記報告の点を含めて,検察官の主張事実に沿う供述をすれば,逮捕されることはなく,刑事処分も起訴猶予か略式命令程度の相当軽いものにとどまり,法曹資格を失うこともなかったのに,被告人佐賀が,Eによる本件改ざんを被告人大坪に報告したことを一貫して否定していることは,被告人佐賀から被告人大坪への本件改ざんに関する報告がなかったことの証左である旨主張する(大坪B趣意書26頁,大坪B趣意補充書21頁以下,大坪弁論要旨9頁以下)。
しかし,被告人佐賀は,その供述する事実経過に照らしても,最初に,Eから直接本件改ざんの告白を受け,以後,被告人大坪と緊密に連携を取り,その指示に従いながらも,2度にわたり電話でEから事情聴取を行い,帰阪後のEを叱責したほか,収集した情報を整理し,自らの考えも加えて,随時,被告人大坪に報告を上げて対応策の協議を重ねており,また,1月30日に本件改ざんの事実を知って以降は,何とかしてEを救いたい,そのためできるだけ事を荒立てたくないとの思いをにじませる言動に終始していたといえるのであり,このような被告人佐賀の担った実働部隊としての役割や被告人大坪との間の緊密な連携状況,被告人佐賀の心情からうかがわれる犯人隠避に向けた積極的な姿勢も考慮すると,被告人佐賀は,本件犯人隠避事件において,被告人大坪と車の両輪ともいえるほどの重要な役割を果たしたと評価することができる。したがって,上記主張も採用できない。
c 前記③の事実(被告人両名による本件改ざん隠蔽の決意)を否認する被告人両名の各供述の信用性について
被告人両名は,前記①及び②の各事実がなかったことを前提に,前記③の事実を否認するところ(原審第13回公判16頁~24頁,第15回公判5頁等),その前提を欠くことは,以上みてきたところからも明らかである。
のみならず,前記(ア)で指摘したところの,被告人両名の各供述の信用性に対する根本的な疑問は,前記③の事実が存在することによって初めて全て解消されることになるのである。すなわち,1月30日,被告人佐賀がEから本件データの意図的な改ざん行為として本件改ざんの告白を受けて,2月1日,これを被告人大坪に報告したことにより,本件改ざんの事実が被告人両名共通の認識となったことから,この時点において,被告人両名にとっては,この問題を正面から受けとめて,問題状況を直ちにありのまま上司である次席検事や検事正に報告し,上司ないし上級庁の指揮を受けながら,組織を挙げて裏付けのための調査ないし捜査を慎重かつ迅速に進めるという方針で行くのか,自らの保身ないし特捜部や大阪地検ないし検察庁全体の組織防衛のために,あるいはH事件の公判審理における検察官の立場の悪化を防止するために,もみ消し工作を図る方針を採るのか,重大な選択を迫られることになった。そのことに伴う苦渋の心境は,2月2日未明の被告人大坪の電子メールの内容等からもうかがわれるところである。そして,前記のような2月2日以降の被告人両名の一連の行動は,被告人両名が,前記③の事実のとおり,後者を選択することにより必死にもみ消し工作を図ったものと考えることによって,Eによる本件改ざんの問題について,上司には,故意による改ざんの可能性を全面的に否定して,上司や上級庁からの動きを封じるとともに,特捜部内の検察官らや公判部には,上司への報告を済ませたとしてその動きを封じて,調査等による事案の解明も記録化も後任者への引継ぎもしないまま,過誤によるデータの改変の可能性の問題に強いて矮小化しようとしたものと理解できるのであり,本件改ざんのもみ消しの目的に沿った合理的かつ合目的的な行動として得心できるのである。
そうすると,前記③の事実を否認する被告人両名の各供述を信用することも困難というほかない。
(ウ) 以上のとおり,被告人両名の各供述のうち,前記①ないし③の各事実を否認する部分は,信用できないというべきである。
ウ 原判決の事実認定の当否
(ア) 以上のとおり,原判決が証拠評価したとおり,E及びMの各供述は全般的に信用できるのに対し,前記①ないし③の各事実を否認する被告人両名の各供述は信用できないところ,信用できるE及びMの各供述を中心とする関係各証拠に基づき前記①ないし③の各事実,そして罪となるべき事実を認定した原判決の事実認定は,証拠の総合評価を含む関係各証拠に基づく事実認定,認定した事実に基づく推認過程のいずれについても,十分な合理性を有するものと認められる。
(イ) 所論について
a 故意による改ざんの過失による改変へのすり替えについて
被告人大坪の弁護人らは,仮に1月30日のN見聞電話で,被告人佐賀がEから本件改ざんの告白を受けていたとしても,これについて被告人大坪が2月1日に被告人佐賀から報告を受けた内容は抽象的なものであったのに対し,2月2日の本件虚偽過誤説明は具体的かつ詳細なものであったから,2月2日の詳細な本件虚偽過誤説明をそのまま上司に報告したとしても,直ちに故意による改ざんを過失による改変にすり替えたことにはならないし,被告人大坪がEに対して直接又は被告人佐賀を介してでも,故意から過失に供述を変えるように働きかけた証拠もない旨主張する(大坪B趣意補充書25頁以下)。
しかし,被告人大坪は,2月1日朝,被告人佐賀から1月30日のE告白電話に関する報告を受けて,犯人であるE本人からの告白として,故意による改ざんであったと確信したことが優に推認できる。また,信用できるE供述によれば,Eは,2月1日E佐賀間電話において,被告人佐賀から「Eの件を部長に上げた。部長も大変驚いておられる。Eの件を次席・検事正に上げることになった。E,この件は過誤ということで説明を付けられないのか。」などと言われたので,被告人佐賀が,本件改ざんの事実を被告人大坪に報告した上で,被告人両名が,過誤で説明が付く話であれば,何とかその説明で私を守ろうとしてくれているのだと思ったというのであり(原審第8回公判23頁~25頁),しかも,被告人大坪の供述によっても,同電話が被告人大坪の指示に基づいてなされたと認められることからすると(原審第15回公判38頁~39頁),被告人佐賀が上記のようにEに本件虚偽過誤説明を促す発言をしたこともまた,被告人大坪の指示に基づくことが推認できるのである。そうすると,所論のいうように,被告人佐賀の被告人大坪への2月1日の報告が抽象的なものにとどまり,これを具体化した報告が2月2日になされたという経過ではなく,被告人大坪は故意による改ざんであるとの確信を抱きながら,被告人佐賀を通じてEに本件虚偽過誤説明を促したと認められるのであり,上記主張は失当である。
b 次席検事及び検事正への報告について
(a) 報告の内容ないし姿勢について
被告人両名の弁護人らは,J次席検事及びL検事正に対する報告において,被告人両名は,それぞれ供述するとおり,KやNらが,Eがフロッピーディスクのデータを改ざんしたと言って騒いでいること,その騒ぎの発端となった経緯に加えて,被告人佐賀がEから聴取した内容は,フロッピーディスクを検証中に誤ってデータが変わった可能性があること,データが変わっている可能性はあるが,フロッピーディスクをF側に還付しているので,中身は確認できないこと,正しいデータが添付された捜査報告書が公判に提出されていることから,特捜部としては,現時点ではEが故意に改ざんしたと認めるのは困難であると判断していることなどについて詳細に説明しており,これに反するL及びJの各供述は,報告を受けた時点で何らの指示や対応をしなかった責任を免れるために,被告人両名の報告内容を過少にしようとする意図が働いたものであり,信用できない旨主張する(大坪A趣意書49頁~51頁,大坪B趣意書50頁~56頁,佐賀趣意書280頁~289頁)。
しかし,被告人両名の各供述とM,L及びJの各供述は,上記報告時間について,被告人両名の二,三十分に対し,L及びJのせいぜい数分という食い違いはあるものの,内容の骨子は共通していることから,原判決は,証拠として,被告人両名の各供述とM,L及びJの各供述を併記し,原判決別紙「佐賀執務記録等一覧表」中のC・執務記録トピック欄③も加えて,「その詳しさの程度は別として」と断った上,「Eが本件フロッピーディスクのデータに工作が加えられていないか検証している際,データが過誤により書き換わった可能性があるが,本件フロッピーディスクは還付されているため,確認できない,Kがそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ。」などと,本件過誤説明根拠に基づき,本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行ったほか,Kは伝聞情報を基にEの改ざんを推測し,G事件の結論とプロパティ問題を分けることができず,「公表」,「調査・検討」などと言っているだけで,告訴狂と同じヒステリー状態であるなどと説明し,それを受けて,L及びJのいずれも,説明のあったKの態度に驚くとともに,説明のあった本件データに関する問題については,取り立てて書面にする必要もないということで了承したと認定しており(原判決100頁),十分な裏付けのある認定ということができる。
むしろ問題は,上記報告の際の被告人両名の姿勢であるところ,被告人両名は,前認定のように,その時点で,Eの本件改ざんについての告白を受けて,故意による改ざんであることを明確に認識していたのに,L及びJに対しては,そのことを秘匿し,Eの考案した本件虚偽過誤説明を使って,過誤によりデータが書き換わった可能性があるにすぎないと強いて矮小化させて報告するとともに,Kらの動きについては,正当な問題提起を告訴狂呼ばわりして貶めているのであり,Mが供述するように(原審第5回公判21頁~25頁),被告人両名において,L及びJにはできるだけ問題意識を持たれないようにしようとする意図の下に報告に臨んだことは明らかである。
この点,被告人大坪の弁護人らは,Jに対する報告前に被告人両名に対し次席検事には本当のことを言ったほうがいいと進言したが,被告人大坪に一蹴されたなどとするMの供述について,Mは,自らも重大な責任を問われかねない立場から,被告人両名と一線を画することにより自らの責任を回避しようとしたものであって,信用できない旨主張する(大坪B趣意書55頁~56頁)。しかし,Mが本件改ざんの隠蔽に積極的に協力すれば,その責任は飛躍的に重くなるのであり,このような進言をする動機はあると考えられるのに対し,Mが進言をしたと供述したからといって,本件改ざんの秘匿や犯人隠避への協力の責任を免れるわけではないから,Mがあえて虚偽の供述をしたとも考え難いのであり,M供述の信用性を争う上記主張は採用できない。
(b) 次席検事及び検事正への働きかけについて
被告人両名の弁護人らは,原判決は,被告人両名の報告の結果,L及びJは,調査の必要もないと判断したと認定しているが,L及びJはいずれも,被告人両名の報告を受けて,本件改ざん疑惑に関する問題点をよく理解していたか,少なくともMらから事情聴取するなどして問題点を正しく把握することができたのに,Fの弁護人らに本件フロッピーディスクの提出を求めることに伴うリスクを考慮して逡巡した結果,提出の指示をしなかったものと解されるのであるから,被告人両名が,L及びJに対する報告によって,同人らに対し,捜査の必要がないと判断させたことはないし,また,被告人大坪が,同報告において,Eの説明が信用できるとして,それ以上の調査をせず,上級庁にも正式の報告もしないとの方針に了承を得ることを目標としていたとしても,そのことから,重要な事項について事実に反する報告をしたことになるわけでもないなどと主張する(大坪B趣意書50頁~56頁,佐賀趣意書286頁~289頁)。
しかし,L及びJの各供述によれば,被告人両名から報告を受けて,L及びJは,過誤により証拠物のフロッピーデータ改変の可能性が生じたことは理解したものの,Lは,検察側の主張が破綻しているとH事件の弁護人らが主張しているのであるから,Eが改ざんするようなことはあるはずがないなどと説明され,そのとおりだと思った旨(原審第3回公判4頁),また,Jは,Kにおいて,Eが証拠品のフロッピーディスクに不正なことをしたと騒いでいるが,それは事実とは違うという報告であったことは明確に覚えている旨(原審検甲48号証),それぞれ供述している。さらに,被告人大坪は,原審での被告人質問において,次席検事や検事正への報告は,Eの本件改ざん疑惑に直面し,また,当時のG公判の不利な情勢にも鑑みて,管理責任を問われる特捜部幹部として,疑惑問題を地検上層部とも情報共有化するとの危機管理の一環として,Eの説明内容,Eの行為は過失であるとする特捜部の判断,本件フロッピーディスクはG公判が進行中であることから返還を求めることは相当でないとの意見等を報告し,次席検事及び検事正からは,特捜部としての判断と対応方針について了承を得て,それ以上に本件フロッピーディスクのデータなどの調査や,大阪高検への報告を指示されることもなかったことを供述している(原審第15回公判65頁~79頁)。さらに,被告人佐賀も,故意による改ざんの可能性が残るという趣旨で報告したとは述べていないところからしても,故意による改ざんであることを殊更に否定しようとする趣旨の報告であったことは明らかである。
もちろん,L及びJは,被告人両名の報告が,Eの行為により過誤による改変の可能性が生じたとの内容にとどまったとしても,大阪地検の最高幹部として,重大事件における最重要の証拠であるデータに手を加えたという重大な不祥事との認識を持って,被告人両名に対し,真相の解明を急ぐなど迅速な対応を指示するとともに,上級庁にも直ちに報告すべきであったとはいえる。しかし,そうだからといって,被告人両名において,Eによる本件改ざんの事実を明確に認識しながら,過誤による改変の可能性にとどまったと報告したことが,明らかな虚偽内容の報告であったことに変わりはない。しかも,前認定のように,被告人両名が,L及びJにおいてできるだけ正しい問題意識を持たせないようにしようとする意図の下に報告に臨み,そのために,上記の虚偽報告をするとともに,Kが十分な根拠もないまま改ざんがあったと騒いでいると批判するなどしたことから,L及びJは,被告人両名の報告によって,十分な問題意識を持ち得ないまま,当面は,更なる調査や捜査をしたり,上級庁に報告するまでの必要はないものと考えて,被告人両名の報告を了承したと認められるのである。
(c) まとめ
そうすると,被告人両名の報告の結果,L及びJは,Eによる本件改ざんの事実,すなわち,Eが証拠隠滅罪の犯人であることを認識しなかったために,大阪地検の検事正あるいは次席検事として,捜査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に至ったとする原判決の認定は,是認できるのであり,これを論難する前記各主張は全て理由がない。
c 被告人大坪の高検刑事部長への報告について
被告人大坪の弁護人らは,改ざん疑惑については,被告人大坪が,大阪高検のS刑事部長に報告しているが,本件改ざんを隠蔽するには,大阪地検上層部の了承があれば足り,高検の刑事部長まで了承を得る必要はない上,高検刑事部長に報告することで,更なる調査や捜査が指示され,最高検にまで伝わる可能性さえ生じて,組織防衛の目的が達せられないのであり,隠蔽を図った者の行為としては考えられないから,被告人大坪が本件改ざんを隠蔽したとする原判決の認定とは相いれない旨主張する(大坪A趣意書26頁以下)。
しかし,被告人大坪は,大阪高検刑事部長への報告の趣旨について,仮にF側から本件フロッピーディスクのデータ改変が公表された場合に,大阪高検が知らなかったというのでは組織上まずいと思ったから報告した,報告内容は,特捜部と公判部との間に不協和音があって,Eが改ざんした疑いが生じ,調査したところ?Eは,取扱上のミスで変わった可能性があると言っており,そのことを含めて,検事正及び次席検事に報告して了解を取り,検事正らからは特段の指示はなかった,万一のこともあるので,刑事部長の耳にも入れておく,というものであったと供述している(原審第15回公判79頁~80頁)。この供述からすると,本件改ざんの隠蔽を図るにしても,I報告書が開示され,本件フロッピーディスクが還付されていることから,本件データの改変問題がF側から公表されて表沙汰となることも考えられるのであり,その場合に備えて,大阪高検に対しても,大阪地検では,この問題について,改ざんではなく過誤によるデータ改変の可能性にすぎず,特段の対応を要しないとすることで意思統一が図られていることを一応報告しておき,問題の拡大を防止するために先手を打ったとも考えられるのである。したがって,大阪高検刑事部長への報告は,本件改ざんの隠蔽とは矛盾しないから,上記主張も採用できない。
d 本件上申書について
(a) 被告人大坪の弁護人らは,本件上申書には,Eが本件データのページの順序を入れ替えた点が記載されていないところ,これを書き落としたとするE供述は,このような重要な事項を書き落とすとは考えられないことから,信用できない,したがって,Eは,意図的にこの事実を被告人両名に秘匿し続けたものであり,その目的は,被告人両名に本件改ざんの事実を秘匿することにあったとしか考えられないのであって,この事実から,被告人大坪は本件改ざんを知らなかったことが推認される旨主張する(大坪A趣意書33頁以下)。
しかし,本件改ざんで重要なのは,本件データの最終更新日時を検察官の主張に沿うものに書き換えることであり,ページの順序を入れ替えることは,文書の性格に応じてデータの配置を整序する意味しかないから,この点を重要視せず上申書案に記載するのを忘れていたとするE供述(原審第8回公判67頁,第9回公判104頁,105頁)は信用できるのであり,Eが殊更にページの順序の入替えを秘匿していたとも認められないから,上記主張は前提を欠くものである。
(b) 被告人大坪の弁護人らは,原判決は,被告人大坪がEの提出した本件上申書についてより合理的な説明内容となるよう指示して差し戻したと認定しているが,Eが本件上申書の練り直しも再提出もしていないことは,そのような指示のなかったことを示しているから,原判決の上記認定は誤りである旨主張する(大坪A趣意書27頁以下)。
しかし,Eは,上申書案を修正,再提出しなかった理由について,動機が説明不足という指摘については,修正しようとしたものの,よい考えが浮かばなかったため,取りあえず,検事正及び次席検事に対する報告は終了しているので,将来,調査などが行われることになった際に書けばいいと思って,備忘のためにページのレイアウトの1ページと2ページを入れ替えたことを書き加えただけで,また問題になったときに検討し,その際,被告人大坪の知恵を借りればよいと思っていた,被告人大坪からも,寝た子を起こさないという感じで催促等がなかったので,再提出もしなかったと述べている(原審第8回公判67頁,第10回公判79頁以下)。また,被告人大坪からEに本件上申書の再提出を求めた形跡もないが,これは,被告人大坪としても,Eに指摘した本件上申書に対する疑問点について,うまい説明方法が思い浮かばず,Eからも再提出がない状況において,合理的な説明を欠く上申書を再提出させても,かえって犯人隠避の謀議の証拠を残すことになりかねないとの思いから,あえて催促をしなかったとも考えられるのである。したがって,Eが本件上申書の再提出をしていないことは,原判決が認定するような被告人大坪の指示や本件上申書の差戻しを否定することにはならないから,上記主張は失当である。
(c) 被告人大坪の弁護人らは,被告人両名が,本件上申書の内容を詰めていないことに加え,被告人大坪が再提出を求めず,被告人佐賀がこれを廃棄するなどしていることは,本件改ざんの隠蔽工作をしていなかったことを推認させる旨主張する(大坪A趣意書29頁,34頁以下)。
しかし,前記(b)で説示したように,被告人大坪は,Eが作成した本件上申書には,十分に合理的な説明がなされていないと考え,Eに再検討を指示したものであるが,合理的な説明を付けることが困難であることは,被告人大坪自身も認識しており,そのため,Eに再提出を促さなかったとも考えられるし,被告人佐賀においても,被告人大坪が納得する説明が付されていない本件上申書を保存しておくことはむしろ危険という思いもあって,廃棄しようとしたことがうかがわれるのであり,弁護人ら指摘の事情が被告人両名による本件改ざんの隠蔽工作を否定するものとはいえないから,上記主張も採用できない。
e 本件改ざん隠蔽の成算について
(a) 被告人両名の弁護人らは,原判決が,被告人両名において,本件犯行により本件改ざんを隠蔽することに成算があるものと考えて本件犯行に及んだと認定しているところ,(あ)本件改ざんは,I報告書の開示及び本件フロッピーディスクの還付を受けたH事件の弁護人らやK,Nらの動きから発覚するおそれがあるだけでなく,LやJが被告人両名の説明に納得せず自ら調査するなどして発覚するおそれもあり,原判決自身,被告人大坪は最高検の調査があれば本件改ざんが露見する危険性が高いと認識していたと認定していることからも,また,(い)被告人両名は,本件改ざんが発覚した場合も監督責任は問われることになるが,これと比較して,本件改ざんの隠蔽が発覚した場合の不利益は極めて重大であり,隠蔽することに成算があるというだけで,隠蔽を実行に移すとは考え難いことからも,原判決の上記認定は経験則に反する旨主張する(大坪A趣意書40頁以下,大坪A趣意補充書16頁以下,佐賀趣意書274頁以下)。
しかし,(あ)の点は,本件改ざんが発覚するおそれは,所論が指摘し原判決も説示するように,決して低くなかったとはいえ,本件改ざんの隠蔽については,被告人両名とE及びMとの間の隠蔽工作について,そのうちの誰かが裏切って漏らさない限りは,確証が得られにくく,被告人両名においてその発覚のおそれが低いと考えることも,十分あり得ると考えられる。しかも,被告人両名としては,検事正及び次席検事に対する報告において,事実に反して,故意の改ざんではなく過誤による改変であるということをいかに強調したとしても,L又はJから,改ざんの可能性を指摘され再調査を指示されれば,これに従えばよいだけであって,自らの検察官としての姿勢や組織人としての見識に消極評価を受けることはあっても,刑事責任を含むそれ以上の責任まで問われることにはならないし,L及びJがその報告を鵜呑みにしてくれれば,上司からのお墨付きを得たことになって,本件改ざんに関する大阪地検の内部からの発覚を封じることが容易になるともいえる。したがって,本件改ざんの隠蔽に関する成算は,必ずしも十分なものであるまでの必要はなく,被告人両名としては,後記のような本件改ざんの隠蔽の動機や思いから,上司に対する報告の成り行きに賭けてみようとするだけの成算があれば足りるといえるのであり,被告人両名にはその成算があったと認められるのである。
また,(い)の点について,被告人両名は,所論指摘のように,本件改ざんの隠蔽に伴う重い刑事責任ないし検察官の公正であるべき立場や法秩序を守るべき重い社会的責任を考えて当然に思いとどまるべきであったことはいうまでもない。しかし,被告人両名は,原判決も指摘するように,G事件の立件に至る経緯,同事件の公判の推移,Eによる本件改ざん,その隠蔽に至る経緯からも看取されるとおり,特捜部の威信や組織防衛を過度に重要視し,立件する以上は中央省庁の局長のような大物を逮捕して事件を大きくしたい,特捜部が逮捕した以上は,何としても起訴し,起訴した以上は有罪を得なければならないとする風潮を背景として,特捜部の威信をかけたG事件の公判遂行への悪影響を避けるとともに,特捜部や検察組織全体を守りたいとの思いから冷静な判断を失って,本件改ざんの隠避を決断するに至ったとみるほかはないのである。
したがって,原判決の本件改ざん隠蔽の成算に関する認定が経験則に違反するとの主張はいずれも理由がない。
(b) 被告人両名の弁護人らは,被告人両名において,大阪地検上層部への報告を終えた後には,EやMとの結束を図り,本件改ざんの隠蔽が発覚しないようにする事後工作を何もしていないし,自らの異動時にも,最高検によるH事件の捜査の在り方に対する調査等の際にも,何らの対策もとっていないのであり,このことは,被告人両名において,故意による改ざんがあったとは認識しておらず,実際に隠蔽を図ったこともなかったことを示している旨主張する(大坪A趣意書51頁以下,佐賀趣意書274頁以下)。
しかし,前記のとおり,被告人両名による本件改ざんの隠蔽工作は,検事正及び次席検事に報告してその了承を取り付けた以上,M又はEが漏らさなければ,発覚する危険性は低かったものと考えられるし,被告人両名が事後に積極的な隠蔽工作を行えば,むしろ,本件改ざんの隠蔽を露見させるおそれを高めかねないともいえる。したがって,被告人両名において,検事正及び次席検事への報告後,特段の隠蔽工作を行わなかったからといって,被告人両名が本件改ざん自体を認識していない,あるいは本件改ざんの隠蔽を図っていないとの疑いを生じさせることにはならないから,上記主張も理由がない。
(3) まとめ
以上検討してきたところから明らかなとおり,所論に鑑み検討しても,原判決の事実認定に論理則,経験則等に違反する不合理な点は認められないのであり,被告人両名の事実誤認をいう論旨は全て理由がない。
第3被告人両名の法令適用の誤りの主張に対する判断
原判決の法令適用の当否に関する被告人大坪の控訴趣意及び被告人両名の当審における事実取調べの結果に基づく弁論は,要するに,原判決は,罪となるべき事実として,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げた上,①本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,改変の有無を確定できず,改変されていたとしても過誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わず,②大阪地検次席検事及び検事正に対し,「Eが本件フロッピーディスクのデータに工作が加えられていないか検証している際,データが過誤により書き換わった可能性があるが,本件フロッピーディスクは還付されているため,確認できない,Kがそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ。」などと虚偽の報告をし,L及びJをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わないようにさせたとの事実を認定し,以上の事実は,証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた行為に当たるとして,犯人隠避罪の成立を認めたことを論難し,本件において犯人隠避罪は成立しない旨主張するものである。
そこで,所論に鑑み,原判決が認定した事実に当審における事実取調べの結果を併せて検討しても,以下に判示するとおり,その罪となるべき事実に基づき被告人両名について犯人隠避罪の成立を認めて刑法103条を適用した原判決の法令適用に誤りがあるとはいえない。すなわち,
1 本件における犯人隠避行為について
刑法103条にいう「罪を犯した者を隠避させた」とは,蔵匿以外の方法により捜査機関による犯人の発見逮捕を免れさせるべき一切の行為をいうものと解すべきところ(大審院昭和5年9月18日判決・刑集9巻10号668頁参照),本件は,所論も指摘するとおり,隠避の対象となる犯人が現職の検察官であり,犯人の実行した犯罪も,検察官がその職務行為に関連して証拠物であるフロッピーディスクのデータを故意に変造した証拠隠滅であり,その犯人を隠避する行為も,犯人の上司である検察庁幹部で現職の検察官でもある被告人両名による職務行為を通じて行われたとされる点に特徴がある。
ところで,被告人両名は,検察官として,その所属する大阪地検に対応する大阪地裁の管轄区域内において自ら捜査権限を有するとともに(刑訴法191条1項,検察庁法4条,5条,6条1項),大阪地検の特捜部長又は特捜部副部長として,検事正及び次席検事の指揮監督の下に(検察庁法9条2項,本件当時の検察庁事務章程2条2項),特捜部所属の検察官らを指揮して同部の所管に属する直受事件等の捜査を行う権限を有していた(本件当時の検察庁事務章程5条1項・2項,6条3項,別表第1・第2,本件当時の大阪地方検察庁執務規程4条,10条2項)。また,大阪地検は,全体として統一的な指揮命令系統に基づく一体の組織であり,その上級庁である大阪高検及び最高検の指揮監督の下にあった(検察庁法7条,8条)。そして,Eが行った証拠隠滅行為は,現職の検察官が主任検事として捜査を担当した事件の証拠を変造したものであり,重大な職務犯罪であるにとどまらず,検察庁の信用を失墜させるべき重大な不祥事でもあるから,Eに対する証拠隠滅の嫌疑が生じた場合に,その直属の上司で,大阪地検の中間管理職でもある被告人両名としては,被告人大坪が当審でも供述するとおり,その上司である大阪地検の検事正及び次席検事,更には上級庁である大阪高検や最高検の了解を得ることなく部下の検察官を指揮するなどして独自に捜査を行い,あるいは逆に,上司や上級庁の指揮に従うことなく捜査を行わないようなことは考え難いところである。さらに,検察庁は捜査機関であり,個々の検察官が捜査権限を有していることから,被告人両名以外の検察官がEに対する証拠隠滅の嫌疑を抱き,大阪地検の検事正や次席検事,更には大阪高検や最高検も知るところとなった場合には,被告人両名の意向にかかわりなく,最高検ないし大阪高検の指揮の下,その捜査が開始されて,時を経ずしてEが逮捕されるに至ることは不可避であったというべきである。
そうすると,本件のように,捜査機関である検察庁内において,検察庁の幹部が,部下である検察官による職務犯罪を覚知した場合において,当該犯人の発見逮捕を免れさせるべき行為をした,すなわち,犯人を隠避させたといえるためには,上級庁を含む検察組織全体として犯人逮捕に至るべき捜査に着手させない状況を作出することを要すると解するのが相当である。けだし,上記場合において,検察庁幹部が検察組織全体として捜査に着手させない状況を作出すれば,刑事司法作用が現実的に阻害されたといえるからである(最高裁昭和24年8月9日第三小法廷判決・刑集3巻9号1440頁,同平成元年5月1日第一小法廷決定・刑集43巻5号405頁参照)。
そして,本件では,Eによる証拠隠滅の犯行について,被告人両名が覚知したのみならず,その部下であるM,K,Oら,更には公判部所属のNも知るところとなり,被告人両名はNやKから上司への報告を強く求められる状況にあった。さらに,H事件の弁護人らに対しI報告書が開示されており,本件フロッピーディスクもF側に還付されていて,本件データの改変疑惑が外部からも漏れるおそれがあったのである。このような状況の下で,被告人両名において,上級庁を含む検察組織全体として捜査に着手させない状況を作出したといえるためには,上司や上級庁に対しては,Eの証拠隠滅に関する嫌疑を抱かせないための工作を行うとともに,大阪地検の内部及び部下の検察官らに対しては,当該嫌疑に関する情報を管理し,捜査に向けた動きを封じる工作を行うことが必要であったというべきである。
2 原判決の犯人隠避罪の認定判断の当否について
以上の観点から,原判決による犯人隠避罪の認定判断,すなわち,犯人隠避行為の認定及び犯人隠避罪成立の判断の当否について検討するに,原判決は,罪となるべき事実として,被告人両名による犯人隠避行為について,前記のとおり,第1に,本件公訴事実1に対応させて,被告人両名が,Eに指示をして本件データが過誤により改変された可能性がある旨の本件上申書を作成提出させるなどして,「本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,改変の有無を確定できず,改変されていたとしても過誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は同部所属の検察官らを指揮して捜査を行わ」なかったとの行為を認定し,第2に,本件公訴事実2に対応させて,被告人両名が,L検事正及びJ次席検事に対し,それぞれ本件データが過誤により改変された可能性がある,K検事がそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ,などと虚偽の報告をして,「L及びJをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わないようにさせ」たとの行為を認定した上,「もって罰金以上の刑に当たる証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた」と判示して,これらが犯人隠避行為に該当する旨判断し,法令の適用では,これらの行為について,「いずれも包括して刑法60条,103条にそれぞれ該当する」として,成立する犯人隠避罪は包括一罪の関係にある旨判断している。
以上の原判決による認定判断は,第1の行為と第2の行為との関係についてどのように位置付けているのかを必ずしも明らかにするものではない。しかし,原判決は,「争点に対する判断」中の「第8 犯人隠避罪の成立」の項において,まず,第1の行為に関しては,被告人両名は,自らあるいは部下検察官を指揮して,Eに対する証拠隠滅罪の捜査をする権限と職責があったにもかかわらず,それを行わず,他方で,その間,G公判の主任検事を務める公判部のNや特捜部のKが本件改ざんを行ったとの疑惑を有している状況において,Eに指示をして本件データが過誤により改変された可能性がある旨の本件上申書を作成提出させるなどの行為を行う中で,本件改ざんを過誤として説明する本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるものにし,特捜部内あるいはNに対し,上記捜査を行わないことに対する不信感を助長せず,むしろ,その沈静化を図っていたものであって,このような被告人両名の不作為は,犯人隠避罪にいう隠避行為に当たるというべきである旨判示し(原判決108頁),また,第2の行為に関しては,被告人両名は,次席検事への報告及び検事正への報告の中で,その詳しさの程度は別として,L及びJに対し,本件改ざんのあったことを報告することなく,本件フロッピーディスクを還付しており,本件改ざん前の文書データの内容を記載したI報告書が存在するという本件過誤説明根拠に基づき,本件フロッピーディスクが還付されているため過誤の有無が確定できないという本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行った結果,L及びJは,Eによる本件改ざんを認識することなく,したがって,Eが証拠隠滅罪の犯人であることを認識しなかったため,大阪地検の検事正あるいは次席検事として,捜査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に至ったとして,被告人両名の次席検事への報告及び検事正への報告も,犯人隠避罪の隠避行為に当たることは明らかである旨判示している(原判決109頁以下)。それと同時に,原判決は,被告人両名においては,本件の共謀成立の過程において,検事正らに本件改ざんを本件虚偽過誤説明にすり替えた報告をすれば,本件過誤説明根拠もあることから,大阪地検上層部から了承を得られる見込みが大きく,それによって,NやKの動きも封じる,ないし沈静化させることができると考えたとも認定している(原判決108頁)。
以上の原判決の判示内容も勘案すると,原判決は,第1の行為において,被告人両名が,自らあるいは部下検察官を指揮してEに対する証拠隠滅罪の捜査をする権限を行使せず,その職責を果たさなかったにとどまらず,本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるものにして,特捜部内やNにおける上記捜査を行わないことに対する不信感の沈静化を図っていた行為,すなわち,特捜部内や公判部との関係で,Eに対する嫌疑に関する情報を管理して,捜査に向けた動きを封じる工作を行ったことも重要な柱としており,また,第2の行為においては,次席検事及び検事正に本件虚偽過誤説明を行うことによって,両名にも,捜査や調査の必要性がないとの判断に至らせた,すなわち,上司らに対しても,Eに対する嫌疑を抱かせない工作を行ったことを指摘している。さらに,原判決が強調する本件虚偽過誤説明へのすり替え行為は,第1の行為の重要な柱であるとともに,第2の行為の前提ともされているほか,第2の行為により,特捜部内やNにおける上記捜査を行わないことに対する不信感の沈静化を図り,捜査に向けた動きを封じることにも資するとされていることからすると,原判決においても,第1の行為と第2の行為は不可分一体の関係にあり,両者がそろうことによって犯人隠避行為を構成するものと解したことがうかがわれるのである。ちなみに,検察官は,当審における当裁判所からの求釈明に対し,本件公訴事実1の行為と2の行為は,いずれも犯人隠避罪における隠避行為に該当するが,相互に密接に関連する不可分一体のものである旨釈明しているところである。
以上みてきたとおり,原判決が被告人両名の犯人隠避行為として認定するところは,罪となるべき事実及び法令の適用をみる限り,第1の行為と第2の行為をそれぞれ独立した隠避行為であるかのようにとらえて,両者を包括一罪と判示している点において疑問があるといわざるを得ない。しかし,前にみたとおり,原判決も,その余の判示内容をも勘案すれば,上記各行為を不可分一体の犯人隠避行為とした趣旨と解されるのであり,包括一罪の概念が多義的であることにも照らせば,上記の疑問は,措辞の適切さを欠くことに基づくものと解されるのであり,違法とまではいえず,犯人隠避罪の構成要件行為としても欠けるところはないといえる。結局,原判決に法令適用の誤りはない。
3 所論について
(1) 被告人大坪の弁護人らは,同被告人は,共謀が成立したとされる2月2日の時点において,H事件の捜査及び終局処分について一定の裁量権を有する特捜部長として,同事件の進行中の公判審理への悪影響を始めとして,諸々の要素を考慮せざるを得ない立場にあったのであり,当面は検察部内でもその公表を避けて,公判審理が一段落したしかるべき時期に調査に着手し,上司に報告等をして処分を決するという方途をとることも,一般的な検察官の職務行為として許容される余地があったから,被告人大坪が直ちに捜査ないし調査権限を行使しなかったとしても,検察官としての裁量権の逸脱又は濫用には当たらないのであり,まして,検察官の職務を逸脱し,その一般的な職務行為と質的に異なるものとはいえない旨主張する(大坪B趣意書56頁以下,大坪B趣意補充書3頁以下等)。
確かに,一般論としては,検察官は,捜査の着手時期を決めるに当たって,当該事件の嫌疑の程度や証拠の収集状況,他の事件の捜査や公判への影響等についても勘案する必要があるから,ある程度広い裁量権が認められるべきことは,所論指摘のとおりである。しかし,本件で問題とされたのは,社会的にも注目されるH事件という重大事件の帰趨をも決しかねない最重要の証拠物である本件フロッピーディスクのデータについて,現職の検察官で,当該事件の捜査主任検事でもあったEが,故意に改ざんを加えて証拠を隠滅したという,前代未聞の重大な職務犯罪であって,公判審理の進行や裁判の結果にも多大な影響を与えることはもとより,検察庁全体の信用を失墜させるほどの深刻な不祥事でもあったのである。そのため,当該職務犯罪の舞台である特捜部限り,あるいはその監督責任のある大阪地検限りで対処できるような事柄であり得るはずがなく,所論が指摘し被告人大坪が述べるような様々な思惑によって捜査ないしその前提となる調査の時期を遅らせるような裁量を働かせる余地などあり得ないというべきである。
そして,被告人大坪は,Eの直属の上司である特捜部長であったから,Eによる証拠隠滅罪の明確な嫌疑をつかんだ以上,得られた情報を直ちに正確に上司に報告すべきはもとより,それと併行して,Eに対する捜査の着手時期やその嫌疑を公表しH事件の公判審理に正しく反映させる時期等を見極めるために,その嫌疑の有無及び程度に関して,できるだけ早期に数多くの幅広い確度の高い情報が得られるよう,上司や上級庁の了解を得ながら,慎重かつ迅速に捜査の前提となる調査を進め,必要に応じ捜査にも着手する職務上の義務があったというべきである。さらに,被告人大坪は,当裁判所が是認した原判決の認定のとおり(原判決81頁~82頁,108頁~110頁),所論指摘のような裁量を働かせるという意図によるのではなく,本件改ざんを隠蔽する意図の下に,本件改ざんに関する調査ないし捜査を行わなかったものである。そうすると,被告人大坪がその権限を行使することなく上記のような調査ないし捜査を行わなかったことは,その職務義務に明らかに背馳するだけでなく,部下による職務犯罪を積極的に隠蔽し,検察庁をして,犯人であるEの逮捕に至るべき捜査に着手させないことにより,刑事司法作用を積極的に阻害するものとして,検察官の職務権限を逸脱する職務犯罪というべきであるから,上記主張は失当である。
なお,被告人大坪の弁護人らは,原判決が,「量刑の理由」中の,「被告人両名の本件犯行に至った経緯・動機への評価」の項において,目的からすると正当とされる余地があると認めた上で,「法令の枠内を超えて」行ったことを根拠に被告人両名を非難するが,「法令」がいかなる内容であるのかを示さない論理矛盾を犯しているとも主張する(大坪B趣意書7頁以下)。しかし,原判決は,組織防衛や部下の身を思うなどという,その目的だけから見れば一見正当と思われる行為であっても,法令を遵守する中で行われるべきであるとして,本件のような犯人隠避という職務犯罪が許されないことを説示するものであるから,原判決のいう「法令」とは,犯人隠避罪を定めた刑法103条,さらに,検察官の職務として「検察官は,刑事について,公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求」することと規定した検察庁法4条を意味するものと解されるから,上記主張も失当である。
(2) 被告人両名の弁護人らは,原判決が,罪となるべき事実2(1)において,被告人両名が「自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わ」なかったことを,犯人隠避行為として判示したことについて,特捜部の検察官であるEが特捜部の捜査に関して証拠を隠滅した疑いが生じたのであるから,当該証拠隠滅の捜査は,特捜部の判断を超えた検察庁全体の意思決定に係る問題であったし,特捜部長又は特捜部副部長であった被告人両名は,Eの直属の上司として監督責任を問われる立場にあり,特捜部が独自に捜査を行えば中立性,公正さが疑われる状況にもあったから,被告人両名が,上司に報告してその了承を得ることなく,その独自の判断で自らEに対する捜査権限を行使することはあり得ないのであり,被告人両名に捜査権限を行使すべき義務はなかった旨主張する(大坪B趣意書36頁以下,佐賀弁論要旨3頁~10頁)。
そして確かに,前判示のとおり,Eによる証拠隠滅は,特捜部限り,あるいは大阪地検限りで対処できるような事柄ではないから,特捜部が独自の判断でEによる証拠隠滅事件の捜査に着手できないことは,所論指摘のとおりである。しかし,それは,あくまで特捜部限り,被告人両名限りの独自の判断により捜査に着手できないだけのことであり,被告人両名の捜査権限あるいは捜査義務自体が否定されるいわれはない。しかも,被告人両名は,証拠隠滅罪の犯人であるEの直属の上司であり,かつ,Eが証拠隠滅を行ったH事件における捜査を担当した特捜部の責任者であったから,Eの身近におり,同事件の捜査の経緯や捜査主任検事であったEの動静,特捜部内の実情を最もよく知る者として,Eによる証拠隠滅事件についての捜査ないしその前提となるべき調査を行うことが容易な立場にあったともいえる。もちろん,所論指摘のとおり,特捜部は証拠隠滅事件の舞台であり,被告人両名はその監督責任を問われる立場にあったから,被告人両名がその捜査を主導しあるいは独自に行うことは,手続の中立性,公正さに疑念を生じさせるものであって相当ではない。しかし,被告人両名としても,上司ないし上級庁の了解を得ることが前提ではあるものの,特捜部の検察官や検察事務官から事情聴取を行い報告書を提出させるなど,Eに対する捜査の前提となるべき調査を進め,また,必要に応じて,Eから私物パソコンやUSBメモリー,執務記録等を提出させて領置するなど,対外的にも疑念を生じさせない範囲の証拠保全的な捜査を行うことはなし得たはずであるし,被告人両名がEの上司として捜査指揮ないし人事管理上の重い責任を負っていることも考慮すれば,当然になすべきであったともいえる。
この点,原判決の罪となるべき事実2(1)における事実摘示は,あたかも,被告人両名に対し,上司ないし上級庁の了解を前提としない無限定の捜査義務を課したかのように誤解を与えかねないものであり,措辞適切さを欠くといわざるを得ない。しかし,前判示のように,原判決も,罪となるべき事実2(1)に摘示する,被告人両名が自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わなかった行為と,同(2)に摘示する,被告人両名が大阪地検の次席検事及び検事正に虚偽の報告をし,検事正らをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わせないようにさせた行為とは,不可分一体の犯人隠避行為であるとして,罪となるべき事実を構成しようとしたものと解されるから,原判決もまた,上司ないし上級庁の了解の有無とは無関係に,被告人両名に捜査義務を課したものではなく,あくまでも上司ないし上級庁に報告をし,その了解を得た上で,捜査又はその前提として調査を行う義務を課したものと理解できるのである。
なお,被告人大坪の弁護人らは,捜査と調査とを峻別して,被告人両名は,内部調査としての事実確認及び上司への報告はすべきであったが,特捜部の独自の判断によっては捜査に着手することができないとも主張する(大坪B趣意書37頁)。しかし,内部調査としての事実確認といっても,Eによる本件改ざんの有無及び状況を明らかにするための情報ないし証拠の収集作業に尽きるのであり,検察庁として捜査に着手する方針が固まれば,内部調査において収集した情報や証拠がその捜査の前提となるものであるし,その調査の目的も,自らが捜査機関である検察庁においては,刑事処分を含んだEに対する処分の要否ないしその程度を見極めることが主眼になるものと考えられる。したがって,内部調査とはいっても,いずれ捜査につながるという意味で,捜査とは連続性を有するものであり,被告人両名が内部調査の義務を負うということは,捜査機関としての捜査義務を負うことを意味するものと解される。さらに,被告人両名としては,前判示のように,対外的にも疑惑を生じさせない範囲にとどまるとはいえ,上司ないし上級庁の了解を得ながら,Eから証拠書類や証拠物を提出させて領置するなど証拠保全的な捜査も行うべきであったといえるのである。
また,被告人佐賀の弁護人らは,特捜部副部長である被告人佐賀には,捜査を立件する権限がないとも主張するが(佐賀弁論要旨4頁),上記の内部調査であれば,捜査立件するまでもなく行うことは可能であるし,副部長として特捜部長に対して特捜部としての捜査立件を進言することも当然できたはずであるから,被告人佐賀に独自の捜査立件の権限がないからといって,その捜査義務が否定されるいわれはない。
結局,被告人両名の捜査義務を争う弁護人らの主張は全て失当である。
(3) 被告人大坪の弁護人らは,原判決は,共謀成立時期として認定した2月2日午前9時20分頃において,被告人大坪としては,直ちに,「自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わ」ねばならず,また,直ちに事実を報告して,検事正及び次席検事らをして,「自ら又は大阪地検所属の検察官らを指揮して捜査を行わ」せなければならない義務があったこと,あるいは,そのような状況にあったことを認定判示しなければならないのに,これらを認定判示しないまま,犯人隠避罪の成立を認めており,違法である旨主張する(大坪B趣意書7頁以下,大坪B趣意補充書3頁以下)。
しかし,原判決は,前記のとおり,上記共謀の成立時期までに,被告人佐賀は,1月30日午後11時過ぎ頃,Eから本件改ざんの告白を受けてその存在を認識し,被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀から,Eから本件改ざんの告白を受けた旨の報告を受けてその存在を認識したことを認定した上,これらを前提として,被告人両名のその後の行動も踏まえて,被告人大坪は,2月2日午前9時20分頃,被告人佐賀と2人で話し合った際に,被告人佐賀から2月1日E佐賀間電話の報告を受けて,本件過誤説明根拠の存在と本件虚偽過誤説明の内容を聞き,それに沿った報告を大阪地検上層部にすることで,本件改ざんを隠蔽できる成算ができたことから,本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改変にすり替えて隠蔽することを決意したと認められるとし,また,被告人佐賀も,被告人大坪がMに対し,「ミステイクということで行くから。」と指示したことについて何ら異を唱えることなく,被告人大坪と意思を共有して行動しているところから,上記話し合いの結果,自らも本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改変にすり替えて隠蔽することに加担することを決意し,被告人大坪とその意思を共有したと認められる旨認定している。
このように,被告人両名は,2月2日午前9時20分頃の共謀成立時期までに,E本人から,直接又は間接に本件改ざんに関する告白を受けて,Eによる証拠隠滅行為を明確に認識したのであるから,被告人両名としては,前判示のとおり,Eから本件改ざんの告白を受けた事実を,直ちに正確に上司に報告すべきはもとより,Eに対する捜査の着手時期やその嫌疑を公表してH事件の公判審理に正しく反映させる時期等を見極めるために,その嫌疑の有無及び程度に関して,できるだけ早期に数多くの幅広い確度の高い情報が得られるよう,上司ないし上級庁の了解を得ながら,慎重かつ迅速に捜査の前提となる調査を進め,必要に応じて,証拠保全的な捜査にも着手する職務上の義務があったことは明らかである。そして,原判決は,被告人両名において,共謀成立時期までに,Eによる証拠隠滅行為を明確に認識した旨認定しているのであるから,原判決の認定判示に欠けるところはなく,その認定した事実を前提として犯人隠避罪の成立を認めた原判決の法令適用にも誤りはないから,上記主張も理由がない。
4 まとめ
以上のとおり,原判決の法令適用の誤りをいう被告人大坪の論旨及び被告人佐賀の主張は全て理由がない。
第4結論
よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 五十嵐常之 裁判官 柴山智)