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大阪高等裁判所 平成24年(ネ)1567号 判決 2012年11月02日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の訴えを却下ないし請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、法律上の婚姻関係にある控訴人と被控訴人法定代理人親権者母(以下「A」という。)の間の嫡出子として出生した被控訴人が、被控訴人の生物学上の父は控訴人ではなく訴外B(以下「B」という。)であると主張して、被控訴人と控訴人との間に親子関係が存在しないことの確認を求めたのに対し、控訴人が、被控訴人が控訴人の嫡出子であることについて民法772条1項による推定が及ぶ上、嫡出否認の出訴期間を経過している以上、被控訴人の訴えは不適法であり(本案前の答弁)、また請求は理由がない(本案の答弁)と主張して争った事案である。

原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これを不服とする控訴人が控訴した。

2  前提となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張

前提となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次の3のとおり「当審における控訴人の追加主張」を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 前提となる事実」、「2 当事者の主張の概要」及び「3 争点」(原判決2頁4行目から同4頁15行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

3  当審における控訴人の追加主張

本件訴えは、実質的には、被控訴人の法定代理人であるAが、控訴人との離婚を企図して申し立てたものであり、被控訴人のためになされたものとはいえず、A自身の身勝手な欲望を実現するために、法定代理権を濫用するものである。

そもそも、本件は、AとBの不貞行為が原因で生じた紛争であり、被控訴人及び控訴人には何らの落ち度もない。仮に本件訴えの適法性が認められ、控訴人と被控訴人の親子関係が否定されれば、被控訴人は育ての父親である控訴人を失い、不安定な養育環境に置かれるとともに、控訴人は、愛情をもって養育してきた我が子を失うという耐え難い精神的苦痛を味わうことになる。他方、本件の原因を作ったAは、自身の望みどおりの結果を得ることになる。よって、権利濫用の点からも本件訴えは不適法である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  証拠(甲1、2、4、乙9、丙1、12)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 控訴人とAは、平成16年○月○日、婚姻したが、当時、Aは大阪府内の中学校で教師として勤務し、控訴人は広島県a市内の工場で勤務していたため、控訴人は同市に単身赴任しており、Aが暮らす奈良県■市の自宅にはおおむね月に2、3回帰宅していた。なお、控訴人の単身赴任は平成17年○月から平成19年○月までは解消されていたので、そのころはAと同居生活を送ることができた。

イ やがてAは、控訴人との離婚を考えるようになり、平成19年○月ころ、Bと知り合い、同人と親密に交際するようになった。

ただし、そのころも、Aは、控訴人とともに、岡山県や香川県等に旅行に行くことがあった。

ウ 控訴人は、平成20年○月○日ころ、単身赴任先から自宅に帰った際、Aから妊娠していることの報告を受けた。

Aは、平成21年○月○日、被控訴人を出産した。控訴人も、被控訴人の出産に立ち会った。

控訴人は平成21年○月から平成22年○月まで■市の自宅から勤務することができたが、控訴人が単身赴任中であっても、Aは、控訴人に、被控訴人の様子を知らせるメールを適宜送信していた。また、Aと控訴人は、お宮参りや保育園の行事等に夫婦として参加した。

エ 控訴人は、平成23年○月ころ、AとBの交際を知った。Aは、控訴人に対し離婚を求めたが、控訴人が応じなかったため、同年○月ころから、被控訴人を連れて■市の自宅を出て、■市内で生活を始めるようになった。

Aは、同年○月ころから、被控訴人とともに、B及び同人と前妻との間の子2人と同居生活を送っている。

オ 被控訴人は、平成23年10月24日、奈良家庭裁判所葛城支部に対し、控訴人を相手方として、親子関係不存在確認の調停を申し立てたが、同年12月14日、不成立となった。そこで、被控訴人は、同月21日、本件訴えを提起した。

控訴人は、平成23年11月10日、大阪家庭裁判所に対し、Aを相手方として、被控訴人の監護者指定と引渡を求める審判を申し立てたが、平成24年6月12日、被控訴人の監護者はAと指定され、控訴人の申立はいずれも却下された。控訴人は、上記決定に対し、即時抗告を申し立てた。

Aは、平成24年4月ころ、控訴人に対し離婚調停を申し立てたが、同年5月21日に不成立となった。Aは、同年6月13日、控訴人に対し離婚訴訟を提起した。

カ 平成23年○月○日付け株式会社b作成の裁判用父子鑑定報告書(甲1)によれば、被控訴人、B及びAの各DNAを被検対象とするDNA鑑定の結果、被控訴人とBとの間に生物学上の父子関係が認められる確率は99.99%であり、これは、Bが検査を行っていない不特定多数の日本人男性の中で比べた場合に、25万5133倍で被控訴人の父親の可能性があることを示しており、遺伝分析では父性関係から日本人男性の99.99%を除外できると報告されている。

(2)  上記認定のとおり、控訴人はAが被控訴人を懐胎したころに当該懐胎の事実を知ったこと、控訴人は被控訴人出生後その父親として振る舞っていることから、控訴人は被控訴人が出生した平成21年○月○日ころに当該出生の事実を知ったと認められる。したがって、被控訴人が本訴を提起した日(平成23年12月21日)が、嫡出否認の訴えの提起期間を経過した後であることは明らかである。

ところで、民法772条により嫡出の推定を受ける子につき、夫がその嫡出であることを否認するためには、専ら嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年間の出訴期間を定めた(民法774条、777条)ことは、身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性を有するものということができる。

もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻が上記子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には民法772条の推定を受けない嫡出子(以下「推定の及ばない子」という。)に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、子は上記夫との父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第1148号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁、最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事197号375頁参照)。

そして、前記(1)カによれば、被控訴人、B及びAの各DNAを被検対象とするDNA鑑定の結果、被控訴人とBとの間に生物学上の父子関係が認められる確率は99.99%であることが認められ、加えて、上記鑑定書自体の外形的証明力及びこれによって導かれる今日のDNA鑑定の信用力を併せ考慮すると、被控訴人が控訴人の生物学上の子でないことは明白である。

また、控訴人も被控訴人の生物学上の父親がBであること自体は積極的に争ってはいないことや、現在、被控訴人は、■市内のBの自宅においてAやBに育てられ、Bを「お父さん」と呼んで順調に成長しており、面談した特別代理人も、このような状況を確認していること(弁論の全趣旨)にも照らすと、被控訴人には民法772条の嫡出推定が及ばない特段の事情があるものと認められる。

(3)  この点、控訴人は、嫡出否認制度が厳格な制限を設けていることは、血縁上の親子関係よりも法律上の親子関係及びその早期安定を法が優先している顕れであり、これが子の福祉に沿う所以であるから、子の福祉の観点からも本件で嫡出推定を排除する理由はないと主張する。

しかし、嫡出否認制度が法律上の親子関係とその早期安定を一定限度保護しているとしても、そのことから直ちに上記保護の要請が血縁上の親子関係を確認する利益よりも常に優先するものとは考えがたいし、本件においては、前記のとおり、被控訴人の福祉の観点からも、民法772条の嫡出推定を受けないものと解すべきものであるから、子の福祉の観点から、被控訴人に嫡出推定を及ぼすべき理由があるとは到底認められない。

また、控訴人は、①本件訴えは被控訴人のためになされたものとはいえず、Aが法定代理権を濫用するものであること、②本件はAとBの不貞行為が原因で生じた紛争であり、被控訴人及び控訴人には何らの落ち度もないこと、③仮に本件訴えの適法性が認められ、控訴人と被控訴人の親子関係が否定されれば、被控訴人は、不安定な養育環境に置かれるとともに、控訴人は、愛情をもって養育してきた我が子を失うという精神的苦痛を味わうことになるが、本件の原因を作ったAは望みどおりの結果を得ることになるなど、権利濫用の点からも、本件訴えは不適法であると主張する。

しかし、本件訴えは、被控訴人の真実の親子関係を確認するためという被控訴人の利益のためになされたものであることは明らかであり、Aの欲望を実現するためのものであるとか、その法定代理権を濫用するものであるとは認められない。また、本件は、AとBとの不貞行為が原因で生じたこと、本件訴えが認容されることにより、控訴人に一定の心理的苦痛が生じることは否定できないが、被控訴人の真実の親子関係を確認するという目的の重要性及び公益性から見て、そのことから直ちに本件訴えが権利濫用に当たるとまでは認められない。

(4)  以上のとおり、被控訴人には民法772条の嫡出推定が及ばないから、被控訴人は、親子関係不存在確認の訴えを提起することができ、また、その確認の利益があるものと認められる。

2  争点(2)について

前記1(1)のとおり、控訴人と被控訴人との間に、被控訴人を子、控訴人を父とする生物学上の関係がないことは明らかである。

3  結論

以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村則夫 裁判官 亀田廣美 上野弦)

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