大阪高等裁判所 平成24年(ネ)2680号 判決 2013年2月22日
控訴人兼被控訴人
日立キャピタル株式会社
(B事件原告。以下「1審原告」という。)
同代表者代表執行役
A
同訴訟代理人弁護士
岡時壽
同
明賀英樹
同
黒田一弘
同
岸田陽子
同
松田直弘
控訴人兼被控訴人
ジャパンケアネットサービス株式会社
(B事件被告。以下「1審被告」という。)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
向田誠宏
同
国枝俊宏
同
中島崇行
主文
1 1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち、本件差戻しに係る部分(下記記載のとおり)を棄却する。
記
1審原告の1審被告に対する平成22年1月分から同年9月分までの賃料1260万円、平成22年10月分賃料のうち76万0642円、以上の合計賃料1336万0642円の請求
2 訴訟費用は、第1審・差戻前控訴審・上告審(上告棄却部分に関する上告費用を除く。)・差戻後控訴審(当審)を通じて、これを3分し、その1を1審原告の、その余を1審被告の各負担とする。
事実及び理由
第11審原告の請求(当審での審判の対象)
1審被告は、1審原告に対し、1336万0642円を支払え。
(1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち、下記の本件差戻しに係る部分
記
1審原告の1審被告に対する平成22年1月分から同年9月分までの賃料1260万円、平成22年10月分賃料のうち76万0642円、以上の合計賃料1336万0642円の請求)
第2事案の概要
1 事案の要旨
当審における審判の対象は、1審原告が、ジャパンメディカル株式会社(以下「ジャパンメディカル」という。)に対する金銭債権を表示した債務名義に基づく強制執行として、ジャパンメディカルの1審被告に対する賃料債権(以下「本件賃料債権」という。)を差し押さえたと主張し、1審被告に対し、平成22年1月から同年9月までの月額140万円の賃料(9か月分)及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計1336万0642円の支払を求める取立訴訟である。
2 訴訟の経過
(1) 第1審
ア 第1審における1審原告の請求
1審原告は、①A事件訴訟を提起し、A事件被告Cに対し、所有権移転登記抹消登記手続等を求め、②B事件訴訟を提起し、1審被告(B事件被告)に対し、賃料債権取立を求め、AB両事件は併合された。
A事件の請求と双方の主張骨子は、次の(ア)のとおりであり、B事件の請求と双方の主張骨子は、次の(イ)のとおりである。
(ア) A事件
Dの債権者である1審原告が、A事件被告とD及びEとの間の不動産売買契約について、①主位的に、通謀虚偽表示による無効を理由として、債権者代位権に基づき、上記不動産のA事件被告に対する所有権移転登記ないし共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続を、②予備的に、詐害行為取消権に基づく上記売買契約の取消及び上記抹消登記手続を求めた。
1審原告の上記請求に対して、A事件被告は、上記不動産売買契約が通謀虚偽表示ではなく、詐害行為にも該当しない旨主張し、上記請求を棄却するよう求めた。
(イ) B事件
1審原告が、ジャパンメディカルに対する金銭債権を表示した債務名義に基づく強制執行として、本件賃料債権を差し押さえたと主張し、1審被告に対し、平成19年4月分から平成21年5月分までの賃料3640万円(月額140万円×26か月分)、平成21年6月分賃料のうち76万0642円、以上の合計3716万0642円の支払を求めた。
1審原告の上記請求に対して、1審被告は、平成20年5月分までの賃料債権につき弁済による消滅を、同年6月分以降の賃料債権につき相殺(後記3(5)記載の相殺合意に基づく相殺)による消滅をそれぞれ主張し、上記請求を棄却するよう求めた。
イ 第1審判決
第1審判決は、①A事件請求を棄却し、②B事件請求のうち、平成20年8月分から平成21年5月分までの賃料合計額である1400万円(月額140万円×10か月分)の支払を命ずる限度で認容し、その余の請求を棄却した。
ウ 双方控訴
1審原告と1審被告は、第1審判決のそれぞれの敗訴部分を不服として、控訴した。
(2) 差戻前控訴審
ア B事件請求の一部交換的変更
1審原告は、差戻前控訴審において、B事件請求の一部を交換的に変更し、1審被告に対して支払を求める取立権の内容を、平成20年8月分から平成22年9月までの賃料3640万円(月額140万円×26か月分)、同年10月分賃料のうち76万0642円、以上の合計3716万0642円の支払を求めた(平成21年6月分賃料の残部より後の賃料の支払を求める部分は、差戻前控訴審における拡張請求である。)。
イ 1審被告の主張の骨子
1審被告は、1審原告のB事件請求(拡張請求分を含む)に対し、①賃料債権の相殺による消滅を主張したほか、②1審被告がジャパンメディカルから賃借した建物について、ジャパンメディカルから買い受け、その代金を支払った平成21年12月25日、賃料債権は混同により消滅した旨主張し、B事件請求(拡張請求分を含む)を棄却するよう求めた。
ウ 差戻前控訴審判決
差戻前控訴審判決は、①1審原告のA事件に関する控訴を棄却し、②B事件請求について、1審被告の賃料相殺及び混同の抗弁をいずれも排斥し、差戻前控訴審の口頭弁論終結日(平成22年1月20日)までに支払期が到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円(月額140万円×18か月分)の支払と、その後に支払期が到来する同年2月から同年9月まで各月7日限り月額140万円の賃料、同年10月7日限り同月分賃料のうち76万0642円(その総額は3716万0642円になる。)の各支払を命じた。
エ 1審被告の上告
1審被告は、差戻前控訴審判決を不服として上告した。
なお、1審原告は上告をしなかったので、A事件請求を棄却した第1審判決は確定した。
(3) 上告審
上告審は、差戻前控訴審判決のうち、①平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円(月額140万円×17か月分)の支払を命じた部分については、上告を棄却したが、②混同による本件賃料債権の消滅を主張する上告理由について、次のア、イのとおり判示し、平成22年1月から同年9月分までの賃料1260万円(140万円×9か月)、平成22年10月分賃料のうち76万0642円、以上の合計1336万0642円の支払を命じた部分を破棄し、同請求部分について大阪高等裁判所に差し戻した。
ア 賃料債権の差押えを受けた債務者は、当該賃料債権の処分を禁止されるが、その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは、差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないことになる。したがって、賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は、その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても、賃貸人と賃借人との人的関係、当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他諸般の事情に照らして、賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り、差押債権者は、第三債務者である賃借人から、当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
イ 上記特段の事情について審理判断することなく、被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして、上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため、上記の部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
(4) 当審における審判の対象と争点
以上のとおり、当審における審判の対象は、平成22年1月から同年9月までの月額140万円の賃料(9か月分)及び同年10月の賃料のうち76万0642円の合計1336万0642円の支払請求の当否であり、争点は、「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」の存否である。
3 前提事実等
当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、次のとおりである。以下、A事件及びA事件に併合後のB事件で提出された証拠を甲A又は乙Aと表示し、A事件に併合前のB事件で提出された証拠を甲B又は乙Bと表示する。
(1) 当事者等
ア 1審原告は、各種商品の割賦販売、リース、信用保証等を業とする株式会社である。
イ 1審被告は、介護保険法に基づく居宅サービスの事業等を目的とする株式会社であり、後記本件賃貸借契約当時の代表取締役はDであり、後記本件売買契約当時の1審被告の代表取締役はDの長男Bである(甲A20、23、24)。
ウ ジャパンメディカルは、医薬品の卸売業等を営む会社であり、代表取締役はDであった。ジャパンメディカルは、平成20年5月、経営破綻して事実上倒産し、平成21年4月20日、株主総会決議により解散して、清算人には代表取締役であったDが就任した(甲A11、22)。
(2) 本件賃貸借契約
ジャパンメディカルは、平成16年10月20日、1審被告との間で、ジャパンメディカルが所有する第1審判決添付の別紙物件目録記載5の建物(以下「本件建物」という。)を、期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで、賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(乙B5の1、2。以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、1審被告に本件建物を引き渡した。
ジャパンメディカルと1審被告は、平成20年5月23日、本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円に減額する旨合意し(乙B6)、同月初め頃、当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。
(3) ジャパンメディカルの借入と1審被告の連帯保証
ジャパンメディカルは、平成16年11月19日、株式会社和歌山銀行(現株式会社紀陽銀行。以下、時期を問わず「紀陽銀行」という。)から3億円を借り受け、1審被告は、ジャパンメディカルの上記借入金債務を連帯保証した(乙B4)。
(4) 本件差押命令
1審被告は、平成20年10月、ジャパンメディカルに対し、3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本(甲A1)を債務名義として、本件賃料債権(ただし、平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て、これを認容する債権差押命令(和歌山地方裁判所平成20年(ル)第477号。以下「本件差押命令」という。)が、1審被告に対しては平成20年10月10日に、ジャパンメディカルに対しては同月17日に、それぞれ送達された(甲B1の1・2)。
なお、本件差押命令は、1審原告がこれに先立ち、本件賃料債権(平成19年4月1日から平成21年7月31日までの間に支払期の到来するものについて、支払期の早いものから3532万4564円に満つるまで)の仮差押えを申し立て、平成20年8月4日、発令された仮差押決定(大阪地方裁判所平成20年(ヨ)第1342号。以下「本件仮差押決定」という。)の本執行である。本件仮差押決定は、同月5日、1審被告に送達された(甲B4の1・2)。
(5) 相殺合意
ア ジャパンメディカルと1審被告は、平成20年6月初めころ、1審被告が毎月7日に紀陽銀行に対する連帯保証債務を履行し、これによって1審被告がジャパンメディカルに対して取得する求償債権を自働債権とし、ジャパンメディカルが1審被告に対して有する本件賃料債権を受働債権として、相殺することを合意した(以下「本件相殺合意」という。)。
1審被告は、以後、毎月179万7397円(平成21年1月以降は177万2292円)を紀陽銀行に支払い(乙B3の1ないし7)、本件賃料は相殺により消滅したとして、その支払をしなかった(乙B1ないし3〔枝番を含む〕)。
イ 1審被告は、本件訴訟において、本件相殺合意に基づく相殺により、平成20年6月以降の賃料債権は消滅した旨主張したが、第1審、差戻前控訴審は、1審被告の上記主張を認めず(前記2(1)イ、同(2)ウ)、1審被告の上告のうちこの点を不服とする部分は棄却され、平成20年8月から平成21年12月までの賃料合計2380万円(月額140万円×17か月分)の支払を命ずる差戻前控訴審判決は確定した(前記2(2)ウ、(3))。
(6) 本件売買契約
ア 売買契約締結と所有権移転登記
1審被告は、平成21年1月8日、ジャパンメディカルとの間で、本件建物を含む複数のジャパンメディカル所有の不動産(本件建物以外の不動産は、次の(ア)ないし(オ)のとおり)を、1審被告が3億8100万円の代金額で購入する旨の契約(乙A16。以下「本件売買契約」という。)を締結し、翌9日、所有権移転登記を経由した(甲A17の1ないし7、乙A20の1ないし7)。
(ア) 阪南市<以下省略>宅地1803.87平方メートル(以下「本件建物敷地」といい、本件建物と一括して「阪南不動産」という。)
(イ) 和歌山市<以下省略>宅地177.43平方メートル
(ウ) 和歌山市<以下省略>宅地83.75平方メートル
(エ) 和歌山市<以下省略>宅地68.72平方メートル
(オ) 上記(イ)ないし(エ)の土地上の建物
(以下、上記(イ)ないし(オ)の不動産を一括して「和歌山不動産」という。)
イ 代金減額合意と代金支払
1審被告とジャパンメディカルは、平成21年12月25日、本件売買契約の代金額を3億7250万円に減額することに合意し(乙A17)、同日、1審被告は、ジャパンメディカルに対して、同代金額を支払った。
4 争点に対する当事者の主張
(1) 1審原告の主張
ア 1審被告とジャパンメディカルは、法人格は異なるが、ともにDが実質的に所有支配している会社である。
イ Dは、両社の代表者に就任していた平成16年10月20日、本件賃貸借契約を締結し、ジャパンメディカルが平成20年5月に破綻するや、紀陽銀行の指導・指示により、同年6月初めころ本件相殺合意をし、さらに、同年8月に1審原告が本件賃料債権の仮差押えをして、同年10月に差押えをしたのを知りながら、これを免れるために、1審被告との間で、本件売買契約を計画し、平成21年1月8日に実行したものである。
ウ 本件売買契約の締結により、紀陽銀行は、ジャパンメディカルから1審被告へと実質的に債務者をすげ替え、ジャパンメディカルが経済的に破綻したにもかかわらず、ジャパンメディカルへの融資金全額を1審被告からの支払により回収しているのである。
つまり、ジャパンメディカルと1審被告は、ジャパンメディカルへの融資金について、物的担保の実行によっても全額回収不能の状態にあった(担保割れ債権の部分については一般債権者に過ぎない状態にあった)紀陽銀行に対し、全額回収させるための全面的協力をしたものである。紀陽銀行の指示に従うということは、紀陽銀行のみを優遇して偏頗弁済をし、もって一般債権者を害したということに他ならない。
本件売買契約は、阪南不動産及び和歌山不動産の時価額を遙かに上回る額を本件売買代金額とし、所有権移転登記を先履行とする等、売買の実質からかけ離れた内容のものである。
エ 以上のとおり、紀陽銀行、ジャパンメディカル、1審被告は、本件売買契約に藉口して本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものであり、1審被告には、本件賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されない特段の事情がある。
なお、1審被告は、紀陽銀行から言われるままに本件売買契約を締結した旨主張するが、本件売買契約について最終的な意思決定をしたのはジャパンメディカルと1審被告なのであるから、そうした弁解は責任転嫁のための詭弁にすぎない。
(2) 1審被告の主張
1審被告は、1審原告からの賃料債権差押の強制執行を免れるために、本件売買契約を締結したものではなく、1審被告には、賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情は存しない。
1審被告は、平成16年11月19日、ジャパンメディカルの紀陽銀行からの借入について連帯保証をしていたものであり、紀陽銀行から言われるままに、平成21年1月8日、本件売買契約を締結したものであって、何ら不正はない。
1審被告は、ジャパンメディカルが平成20年5月に経営破綻した後、すぐに紀陽銀行に相談したところ、紀陽銀行が阪南不動産の売買を提案し、その準備を進めていたものである。本件賃料債権の仮差押え(平成20年8月)や差押え(平成20年10月)は、その後になされたものであるから、本件売買契約が本件賃料債権の差押えを免れるためのものでないことは明らかである。
第3裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲A11、17ないし20、22ないし24、甲B1、4、乙A16ないし25、乙B4ないし6、証人D。ただし、書証中枝番のあるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨(特に1審被告の平成24年11月12日付け、同年12月13日付け各準備書面)によると、次の各事実が認められる。
(1) ジャパンメディカル及び1審被告
ジャパンメディカルは、平成元年に設立された資本金4000万円の株式会社であり、医薬品の卸売業を行っていた。その代表取締役はDであり、株主はDのみである。
1審被告は、平成16年に設立された資本金3000万円の株式会社であり、設立当初は、Dが代表取締役であったが、平成20年6月5日、Dが退任して、Dの長男Bの妻であるFが代表取締役に就任し、同年12月1日、Fが退任してBが代表取締役に就任した。1審被告の株主は、ジャパンメディカルとDのみである。
(2) 阪南不動産の取得
ア 本件建物敷地の購入等及びそれに伴う借入等
ジャパンメディカルは、平成15年2月27日、本件建物敷地(当時は本件建物築造前)を購入し、同日、所有権移転登記をした(乙20の1)。ジャパンメディカルは、同土地購入代金や諸費用として約1億3000万円を必要とし、紀陽銀行から融資を受けた。
本件建物敷地には、平成15年2月27日、紀陽銀行を根抵当権者とする極度額1億3800万円の根抵当権設定登記が付された(乙20の1)。
イ 本件建物の新築等及びそれに伴う借入等
ジャパンメディカルは、平成16年10月28日、本件建物敷地上に本件建物を新築し、同年11月17日、所有権保存登記をした(乙20の2)。ジャパンメディカルは、本件建物の建築工事代金等として約3億円を必要とし、紀陽銀行から融資を受けた。
平成16年7月30日、本件建物敷地に付されていた上記アの根抵当権の極度額を4億9200万円に変更する旨の登記が行われ、同年11月17日、本件建物に紀陽銀行を根抵当権者とする極度額4億9200万円の根抵当権設定登記が付された(乙A20の1・2)。
紀陽銀行とジャパンメディカルは、平成16年11月19日、紀陽銀行がジャパンメディカルに3億円を貸し付ける旨の金銭消費貸借契約を締結し、D、E、1審被告、Bが、ジャパンメディカルの上記借入金債務を連帯保証した(乙B4)。また、1審被告は、ジャパンメディカルの従前の借入についても連帯保証した(弁論の全趣旨-1審被告の平成24年11月12日付け準備書面2頁④)。
(3) 本件賃貸借契約の締結、ジャパンメディカルの経営破綻
ア ジャパンメディカルと1審被告は、平成16年10月20日、本件賃貸借契約を締結し、1審被告は、本件建物において、有料老人ホームを経営した。
イ ジャパンメディカルは、平成18年12月、飲食店ビルを建築したが、負債が10億円を超えて経営を圧迫し、運転資金にも不足するようになり、平成20年5月、事実上破綻した。
(4) ジャパンメディカル、1審被告、紀陽銀行の協議
ア 本件売買契約締結の提案
ジャパンメディカルが平成20年5月に事実上破綻した後、ジャパンメディカル、1審被告は、紀陽銀行と今後の対応について協議した。なお、紀陽銀行からの借入金債務について、1審被告は月200万円程度の返済が可能な状態であったが、1審被告以外の連帯保証人には支払能力がなかった。
紀陽銀行は、ジャパンメディカルや1審被告に対し、紀陽銀行が1審被告に融資をするので、1審被告が阪南不動産を買い取り、1審被告が自己の借入債務として月200万円程度を返済していく案を示した。ジャパンメディカルや1審被告は、紀陽銀行の上記提案を受け入れ、阪南不動産の売買代金は、ジャパンメディカルの紀陽銀行に対する借入債務残高とすること、紀陽銀行の稟議決済が出るまで1審被告がジャパンメディカルの月々の返済額を連帯保証人として支払っていくこと等が、上記三者間で暫定的に合意された。
イ 本件売買契約締結案の変更
ジャパンメディカルと1審被告、紀陽銀行は、後記(5)アのGE三洋クレジット株式会社(以下「GE三洋クレジット」という。)の仮差押登記が抹消された平成20年12月下旬ころ、本件売買契約を締結して代金の支払等を済ませることを計画していたが、株式会社第三銀行(以下「第三銀行」という。)が阪南不動産に後記(5)ウの仮差押えをしたことにより、紀陽銀行が1審被告に融資することができなくなり、上記計画はいったん頓挫した。
ジャパンメディカルと1審被告、紀陽銀行は、新たに、本件売買契約の締結と所有権移転登記とを先行させ、1審被告に対する融資と本件売買代金の支払は、第三銀行の上記仮差押登記が抹消された後に行うことを計画した。
(5) ジャパンメディカルの積権者からの仮差押え等
ア GE三洋クレジットの仮差押え
紀陽銀行が1審被告に対する融資について稟議に入った後である平成20年7月22日、ジャパンメディカルの債権者であるGE三洋クレジットが、阪南不動産と和歌山不動産とに仮差押えをした(乙A20の1~7)。
ジャパンメディカルは、代理人を通じてGE三洋クレジットと交渉し、抹消料80万円を支払うことでGE三洋クレジットの上記仮差押えを取り下げるとの合意がまとまり、平成20年12月17日、上記仮差押登記は抹消された(乙A20の1~7)。
イ 1審原告の本件賃料債権の仮差押え等
1審原告は、GE三洋クレジットの上記不動産仮差押決定後である平成20年8月に本件賃料債権の仮差押えを行い、同年10月に本件差押えを行なった(甲B1・4の各1・2)。
ウ 第三銀行の仮差押え
ジャパンメディカルの債権者である第三銀行が、平成20年12月19日、阪南不動産に仮差押えをした(乙A20の1・2)。
そこで、ジャパンメディカルは、後記(6)アの本件売買契約の締結と所有権移転登記後に、代理人を通じて、第三銀行と交渉し、抹消料として130万円を支払うことで第三銀行の上記仮差押えを取り下げるとの合意がまとまり、平成21年11月2日、上記仮差押登記は抹消された(乙A20の1・2)。
(6) 本件売買契約締結等
ア 本件売買契約の締結等
上記の経緯を経て、1審被告とジャパンメディカルは、平成21年1月8日、本件売買契約を締結した(乙A16)。本件売買契約に基づく所有権移転登記は、契約締結翌日である平成21年1月9日に行われた(甲A17の1ないし7、乙A20の1ないし7)。
売買代金額は、紀陽銀行のジャパンメディカルに対する当時の貸付金残高と同額である3億8100万円と定められた。なお、阪南不動産の時価は約1億5000万円程度であり、和歌山不動産の時価は1200万円程度であって、本件売買契約の代金額は、対象物件の時価を大きく上回るものである(弁論の全趣旨-1審被告の平成24年11月12日付け準備書面2頁(2))。
また、本件売買契約においては、売買物件の所有権移転登記手続を先履行とすること(本件売買契約書第3条)、売買代金は、今後1年内に金融機関から売買代金相当額の融資を受けて支払うこと、今後1年内に融資条件が整わないときは、さらに1年廷長し、その後も同様とすること(同第4条)、1審被告が売買代金を支払うまでは、本件建物の賃貸借契約は存続すること(同第6条)等が定められた(乙A16)。
イ 売買代金の支払等
ジャパンメディカルと1審被告は、平成21年12月25日、本件売買契約の売買代金を、同時点でのジャパンメディカルの紀陽銀行からの借入金残額である3億7250万円に減額することを合意した(乙A17)。
同日、1審被告は、紀陽銀行から3億7400万円の融資を受け、うち3億7250万円をジャパンメディカルに対し、本件売買契約の売買代金として支払った。ジャパンメディカルは、受領した3億7250万円を、紀陽銀行に対する借入金債務の返済として紀陽銀行に支払った。紀陽銀行は、和歌山県信用保証協会と交渉して、同保証協会の根抵当権設定登記の抹消同意を取り付けた(弁論の全趣旨-1審被告の平成24年11月12日付け準備書面4・5頁(10))。
阪南不動産には、紀陽銀行を根抵当権者、ジャパンメディカルを債務者とする上記根抵当権(極度額4億9200万円)のほか、和歌山県信用保証協会を根抵当権者、ジャパンメディカルを債務者とする根抵当権設定登記(極度額1億3000万円)が付されていたが、同日、上記各根抵当権設定登記は抹消され、新たに、紀陽銀行を根抵当権者、1審被告を債務者とし、極度額を3億7400万円とする根抵当権設定登記が付された(乙A20の1・2)。
ウ 本件売買契約後の状況等
1審被告は、紀陽銀行からの借入金3億7400万円につき、月216万9049円ずつ返済している(弁論の全趣旨-1審被告の平成24年11月12日付け準備書面5頁(11))。なお、阪南不動産の占有利用状況等については、本件売買契約締結の前後を通じて変化はない。
2 検討
上記認定事実に基づき、「賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情」が存するかにつき検討する。
(1) 当裁判所の判断
上記認定事実によると、本件売買契約は、平成20年5月にジャパンメディカルが事実上破綻した後まもなく、ジャパンメディカル、1審被告、紀陽銀行が対応を協議し、1審被告が紀陽銀行から融資を受けて、阪南不動産をジャパンメディカルの借入債務残高と同額の代金で買い取るとの基本的枠組を合意したが(上記1(4)ア)、その後、他の債権者が阪南不動産を仮差押えした等の事情によりその実行が遅れ、最終的な決済が平成21年12月25日になったというものであり(上記1(4)イ、(5)ア・ウ、(6)ア・イ)、1審原告が本件賃料債権の差押えをした後に、1審被告がそれを免れようとして、本件売買契約を計画したものとは認められない。
また、上記認定事実によると、1審被告は、本件建物の賃借人との立場で本件建物を占有利用し、有料老人ホームを経営していたものであるところ(上記1(3)ア)、本件売買契約後は、本件建物の所有者としての立場で、従前同様、本件建物を占有利用し、有料老人ホームの経営を続けており(上記1(6))、さらに、本件建物の売買代金については、1審被告が紀陽銀行から借り入れてジャパンメディカルに支払い、1審被告が上記借入金債務の返済を続けている(上記1(6)イ・ウ)のであるから、本件売買契約に基づく所有権の移転や代金の支払等について実体に欠けるものでもない。
そうしてみると、ジャパンメディカルと1審被告は、平成20年5月当時、その代表取締役がともにDであったこと、1審被告の株主はジャパンメディカルとDのみであること、現在1審被告の代表取締役はDの長男Bであることなど、両社の間に密接な人的関係が存すること(上記1(1))等を考慮しても、1審被告において、本件賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情が存するものと認めることはできない。
(2) 1審原告の主張について
ア 1審原告の主張等
この点、1審原告は、ジャパンメディカルへの融資金について物的担保の実行によっても全額回収不能の状態にあった紀陽銀行に全額回収させるために、ジャパンメディカルと1審被告が本件売買契約を締結して全面的協力をしたものであり、本件売買契約に藉口して本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものである等と主張する。
そして、上記1(4)認定事実に照らすと、本件売買契約は、紀陽銀行において、破綻したジャパンメディカルに対する貸金債権については全額の返済を受け、返済能力のある1審被告に対して新たな融資をすることを意図して計画されたものと解されるところではある。
イ 検討
(ア) しかしながら、抵当権者は、賃料債権に対して物上代位権を行使することができ、その差押えが一般債権者の差押えと競合した場合には、その優劣は一般債権者の差押命令の送達と抵当権設定登記の先後によって決せられるものであるから、紀陽銀行は、物上代位により本件賃料債権を差し押さえることにより、一般債権者の差押えが先行している場合であっても、根抵当権設定登記後に行われた差押えであれば、優先して弁済を受けることができる立場にあるものである(最高裁平成10年3月26日判決・民集52巻2号483頁)。
そうすると、紀陽銀行において、物上代位により本件賃料債権の差押えの方法等による債権回収の方法を選択せず、本件売買契約の売買代金によりジャパンメディカルから融資金全額を回収し、1審被告に対して新たな融資をするとの方法を選択することとし、その結果、本件賃貸借契約が終了して賃料債権が発生しないこととなったとしても、その選択について、本件賃料債権に対する差押えの効力を無意味にすることを目的とすると解することはできないし、また、その選択が一般債権者を害するものと評価されるものともいえない。
(イ) したがって、1審被告が本件差押えの効力を無意味にすることを企図していたものであって1審被告において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されない特段の事情が存するとする1審原告の主張を採用することはできない。
第4結論
以上のとおりであるから、1審原告が1審被告に対し、1336万0642円の支払を求める請求(1審原告の差戻前控訴審における拡張請求のうち、本件差戻しに係る部分)は理由がないから、これを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 神山隆一 内山梨枝子)