大阪高等裁判所 平成24年(ネ)3640号 判決 2013年6月21日
控訴人兼被控訴人(一審原告)
X
上記訴訟代理人弁護士
岩城穣
同
和田香
被控訴人兼控訴人(一審被告)
医療法人Y
上記代表者理事長
A
上記訴訟代理人弁護士
内藤欣也
同
森井祐吾
主文
1 一審原告の控訴及び一審被告の控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴費用は一審原告の負担とし、一審被告の控訴費用は一審被告の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決中、一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告は一審原告に対し、本判決確定日の翌日以降、毎月26日限り25万円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告は一審原告に対し、34万2621円及びこれに対する平成22年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 一審被告は一審原告に対し、220万円及びこれに対する平成23年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告
(1) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
本件は、一審被告の従業員であった一審原告が、一審被告から平成23年3月15日解雇又は雇止めをされたとして、一審被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認並びに賞与(34万2621円及びこれに対する平成22年度夏期賞与の支払期日の翌日である平成22年7月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)、解雇又は雇止め後の賃金(平成23年3月16日から毎月26日限り25万円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで前同割合による遅延損害金)及び不法行為に基づく損害(慰謝料200万円と弁護士費用20万円及びこれらに対する雇止めをされた日の翌日である平成23年3月16日から支払済みまで前同割合による遅延損害金)の各支払を求めた事案である。
原審は、一審原告の請求のうち雇用契約上の権利を有する地位の確認請求を認容し、賃金請求のうち平成23年4月26日から判決確定の日まで毎月26日限り月額25万円の支払を求める部分を認容し、本判決確定の日の翌日分以降の支払を求める部分については、将来の給付を求める訴えとしての必要性がなく訴えの利益を欠くとの理由でこれを却下し、その余の賃金及び賞与の支払請求並びに慰謝料等の損害賠償の請求をいずれも棄却したため、一審原告は、原判決中、本判決確定の日の翌日分以降の賃金の支払請求に係る訴えを却下した部分と賞与及び慰謝料の支払請求を棄却した部分を不服として控訴し、他方、一審被告も、原判決中請求認容部分を不服として控訴した。
1 前提事実(証拠掲記のない事実は争いがない。)
(1) 当事者
ア 一審被告は、病院及び診療所の設置、経営等を目的とする医療法人である。
イ 一審原告は、昭和53年9月21日、一審被告に雇用され、一審被告の本部ビルにおいて事務職員として勤務していた者である。
(2) 雇用契約の成立
一審原告は、昭和53年9月21日付けで、一審被告との間で、要旨以下の内容で、期間の定めのない雇用契約(以下「従来雇用契約」ということがある。)を締結した。
ア 賃金 月給9万2000円、毎月15日締め当月26日払い
賞与は年間で月給の5か月分
イ 労働時間 始業午前8時30分、終業午後5時休憩時間 日勤の場合、適宜1時間
ウ 休日 日曜日、「国民の休日に関する法律」において定められた休日、年末年始(12月30日から1月3日まで)
(3) 一審原告が、一審被告に採用された後、現在までに所属した部署は、以下のとおりである。
昭和53年9月21日 本部人事部人事課(採用当時は人事労務部労務課)
平成7年7月10日 本院事務部庶務課
平成9年7月16日 第2分院事務長
平成12年4月16日 本部運営部運営課
平成17年9月16日 運営企画室(運営部を改組)
平成22年8月16日 本部事務局運営グループ(運営企画室を改組)
(4) 最近の業務内容
一審原告は、平成17年1月頃から、本部事務局運営グループ(当時の組職は、運営部又は運営企画室)において、電子カルテ等の管理業務に従事していた。運営グループは主として一審被告の経営計画に関する業務を担当する部門と情報システムに関する業務を担当する部門とに分かれており、一審原告は後者に属し、平成22年3月15日まで運営企画室副室長の地位にあった(以下、一審原告の属していた部門を「電算室」という。)。
電算室で一審原告と共に電子カルテ等の管理業務に従事していた職員は、平成22年3月15日当時、一審原告以外に3名存在した。
(5) 再雇用契約の締結
一審原告と一審被告は、平成22年3月18日付けで、下記の内容の再雇用契約を締結した(以下「本件再雇用契約」という。また、その際一審原告と一審被告との間で作成された「職員再雇用契約書」と題する書面を以下「本件再雇用契約書」という。)。(下記アないしエ、ク、ケのうち交通費、昇給及び退職金に係る分、コないしシにつき、証拠<省略>)
ア 契約期間 平成22年3月16日より平成23年3月15日まで
イ 契約の更新 更新は1年毎とする
ウ 就業の場所 運営企画室
エ 勤務の内容 運営企画室長の命じる運営企画室業務全般
オ 勤務時刻 始業8時30分 終業17時00分(休憩時間60分)但し、出退勤管理の管理対象外とする
カ 勤務日 月から土のうち3日(週3日勤務)
キ 休日 日祝、年末年始及び創立記念日を含む上記以外の休日は勤務予定表、勤務変更願で特定し、振替休日制度を採る
ク 年次有給休暇 有(付与数はパート就業規則に準じる)
慶弔休暇、介護休暇等の付与は就業規則に準じる
ケ 給与 月給制:月額25万円(内訳基本給20万円、特別手当5万円)
交通費:往復実費に勤務日数を乗じた額
賞与:寸志
支払:毎月15日締め、26日支払い
昇給:本契約更新時に検討
退職金:無
コ 保険 社会保険(健保・厚生年金):適用する
労働保険(雇用・労災):適用する
サ 退職に関する事項
定年:満60歳
継続雇用制度:就業規則に準じる
自己都合の場合、退職日の1か月前に書面にて申し出ること
シ その他
人事発令をもって平成22年3月16日付けで運営企画室副室長の任を解く。
本契約に定めのない事項については就業規則に準じる。
(6) 一審被告による雇止通知
一審被告は、平成23年1月5日、一審原告に対し、「雇止め通知書」(証拠<省略>。以下「本件通知書」という。)を送付して、同年3月15日をもって一審原告を雇止めする(以下「本件雇止め」という。)旨通知した。本件通知書には、雇止めの理由として、「貴殿の従事されている『電算システムに関わる業務』について、今後常勤職員のみに担当させることとし、非常勤職員である貴殿の配置の必要がなくなった」旨が記載されている。
(7) 過半数代表者
一審原告は、一審被告において、平成21年から2年間、一審被告で働く労働者の過半数代表者(労働基準法36条、同施行規則6条の2)を2期務めてきた。しかし、一審原告が、平成23年3月以降に予定されていた次期過半数代表者の選挙に立候補したところ、本件雇止めの通告をしたことを理由に立候補受理を拒否された。
2 争点
(1) 本件雇止めの時点で、従来雇用契約が存続していたといえるか。
(2) 一審原告と一審被告との間の雇用契約が期間の定めのあるものである場合、本件雇止めは、解雇権濫用法理の類推適用により無効か。
(3) 一審原告は、一審被告に対し平成22年夏季賞与の請求権を有するか。
(4) 本件雇止めは、不法行為に当たるか。
3 当事者の主張
(1) 争点(1)について
(一審原告)
一審原告は、平成21年8月、当時所属していた運営企画室の人員が不足し、業務に支障を来していたことから、業務が円滑に遂行できるよう新人職員を採用するとともに、新人採用に伴う人件費増が一審被告の財政に与える影響を最小限に止めるため、一審原告の労働時間を従前より少なくし、その分の賃金を減らすことによって、従前より0.5人分の労働力を増やすことを発案し、その旨、一審被告代表者に提案し、了承を得た。
当該提案に基づく一審原告の労働条件決定の過程において、一審原告は、一審被告の人事管理担当役から、一審原告以外のフルタイマーでない従業員については全て有期雇用の形式で雇用しているので、一審原告についても同様に、定年を従前どおり60歳とした有期雇用の形式にしてもらいたいと打診された。
一審原告は、従前のフルタイムでの契約とパートタイムでの契約との遠いが労働時間及び賃金の点だけであって、60歳の定年まで雇用が更新されていくのであれば、形式上有期雇用とされても構わないと考え、平成22年3月16日から勤務形式を変更する扱いとすることを了解し、本件再雇用契約書を取り交わした。
このように、一審原告及び一審被告は、一審原告の労働時間を短縮して、その分人件費を低額にするための手段として、形式上1年更新の有期雇用として本件再雇用契約を結んだにすぎず、実質は、昭和53年9月21日から続く従来雇用契約が継続している。
したがって、本件再雇用契約書の文言が1年毎の更新となっていることを奇貨として行った本件雇止めは、労働契約法16条に規定されている解雇権の濫用に当たり、無効である。
(一審被告)
一審原告は、平成21年8月初め、一審被告に対し、自身の母親の介護をする必要があり、正職員としての勤務を継続できないことから、勤務日数を週3日に変更してもらいたいと申し入れた。
そこで、一審原告と一審被告との間で、一審原告が退職し、その後パートタイマーとして有期雇用する内容について協議することになった。
これらの協議内容は、全て一審原告が一旦一審被告を自己都合退職した後、再度新規の有期雇用契約を締結することを大前提としており、一審原告の退職理由の事情に鑑み、通常のパートタイマー(有期雇用者)よりも条件面で優遇するというものにすぎない。一審被告は、一審原告の退職理由が母親の介護であるという点を考慮して、条件面で優遇をしているが、期間の定めのない雇用契約を締結した事実はない。このことは、本件再雇用契約書に「契約期間」の記載があることからも明らかである。
上記の経緯により、一審原告は、平成22年3月15日をもって一審被告を定年前に自己都合退職し、退職金を受け取り、同月16日から期間1年の有期雇用契約を締結したものである。
したがって、本件雇止めは、解雇ではなく、解雇権の濫用には当たらない。
(2) 争点(2)について
(一審原告)
ア 仮に、本件再雇用契約により、従来雇用契約が終了したとしても、本件再雇用契約は、実質的に期間の定めのない契約と異ならないか、または、雇用契約の継続が合理的に期待されていたと評価し得る場合に当たり、雇止めをする場合、解雇権濫用法理が類推適用される。
イ 一審原告が担当している業務の内容は、情報システムの全般的な管理規程の作成及び当該規程に基づく管理業務等(証拠<省略>)、長期的な視点で行わなければならない業務であり、本件再雇用契約は、一審原告の労働時間と賃金を減らすための方便であった。
そのため、一審原告は、常勤職員の補助的立場ではなく、常勤職員と同等の立場及び責任で本件再雇用契約締結前と同じ役割を短縮された労働時間内で遂行されることを求められ、実際に職責を果たしていた。
また、本件再雇用契約は、定年が60歳とされ、継続雇用制度も常勤職員同様に就業規則に準じるとされており、定年まで契約が更新されることを期待させる内容であった。
なお、一審原告は、これまでに雇止めをされた契約職員がいるとは聞いたことがない。
したがって、本件再雇用契約には解雇権濫用法理が類推適用される。
ウ 本件は、新たな常勤職員を雇ったことで一審原告の雇用を継続する必要がなくなったという理由での雇止めであるが、整理解雇法理が類推適用されるべきであり、本件雇止めが有効であるというためには、①人員整理の必要性があること、②雇止め回避のための努力が尽くされていること、③雇止めされる者の選定基準及び実際の選定が合理的であること、④事前の十分な説明、協議を行ったことが必要である。
しかし、①運営管理グループの電子カルテ等管理業務は、従前一審原告を含め3名で担当していたところ、電子カルテの導入により年々メンテナンス作業が増加するなどしたことから、3人の職員のみでは業務を十分こなすことができなくなったため、新人を採用し、一審原告が常勤職員の半分程度の勤務をすることで3.5人体制として業務に当たることになったのが本件再雇用契約締結の経緯である。現在、新入職員が力を付けてきたとはいえ、運営グループが担っている仕事量は全く減らないばかりか逆に増加しており、人員削減の必要性はない。実際、一審原告の元部下であったB課長(以下「B課長」という。)は、新入社員の存在にもかかわらず以前にも増して残業をしている。②一審被告は、正社員及び一審原告以外の非常勤職員に対して希望退職を募っておらず、雇止め回避努力をしていない。③一審原告は、一審被告において、平成21年から約2年間、労働者の過半数代表者を務め、36協定の締結や就業規則の改正等を提案し、積極的に活動した。平成23年3月以降、次期過半数代表者の選挙が予定されており、一審原告は、育児介護休業法に基づく就業規則の改正等を実現するため、次期選挙に立候補したところ、本件雇止めを理由に立候補受理を拒否された。このように、本件雇止めは、就業規則改正等のために粘り強く交渉しようとする一審原告を排除しようとするものであり、一審原告を雇止めの対象に選定したことは恣意的であり、合理性がない。さらに、④一審被告は、本件通知書を一審原告に送付する以前に、たった1年間で本件雇止めをする理由について一切説明しなかった。
したがって、本件雇止めは無効である。
(一審被告)
ア 本件再雇用契約締結の経緯は、上記(1)(一審被告)のとおり、一審原告の自己都合退職であり、当事者間で契約更新が一度もされていない事実等から、本件再雇用契約を実質的に期間の定めのない契約と同視できないことは明らかである。また、当事者間の雇用継続に対する期待が強いとはいえず、その期待が社会通念上首肯できるものでないことも明らかである。一審被告は、本件再雇用契約の締結過程でも、一審原告に継続雇用への期待を持たせないように交渉を進めており、一審原告が継続雇用に対する期待を持つことはあり得ない。
一審原告は、週3日の勤務で対応できる業務を担当していたのであり、常勤職員との同一性、近似性が認められない。一審原告は、担当業務として、①情報システム運用管理規程に基づく運用上の管理、②月1回の情報システム委員会の事務局業務、③ソフトウェア管理、④教育・調査・点検・保守・情報提供、⑤サーバー・クライアント・データの管理、⑥セキュリティとネットワークの管理、⑦法人情報システムの構築・運用を挙げる。
しかし、①は、IT管理規則等の規程に基づき各部署が運用をしている中で、各部署から不具合・問題点等の報告を受けて電算室が対策等を検討するというものであり、日常的業務量はほとんどない。
②は、月1回の開催は不要ではないかとの意見があり、現在は2か月に1回の開催となっている。一審原告が再雇用契約期間中に自己の業務として行っていたのは、この業務がほとんどであった。
③は、各部から新規要望を受けたり、システム業者からの提案を検討したりするものであるが、日常的な業務ではない。むしろ、ソフトウェア管理において重要な日常業務は、各部におけるトラブル対応であるが、システムの安定に伴い業務量は落ち着いている。
④は、たまに職員に個別にソフト等の使い方を教えるというものと、年に1、2回講習を開くというもの、⑤は年に1、2回発生する障害への対応、⑥は問題が報告された場合に検討等をする性質のものであり、日常的な業務ではなく、業務量もさほど多くない。
⑦の内容として一審原告が主張する「人事経理システムの更新支援」は、一審原告がまとめた平成21年度3/4期重点施策報告に、8月で中止すると記載されており、業務はなかった。
イ 仮に解雇権濫用法理が類推適用されるとしても、本件雇止めは有効である。
上記のとおり、一審原告は、本件再雇用契約の期間中、情報システム委員会の事務局業務に従事していただけで、その他の電算室の業務は新入職員及び若手職員を含む常勤職員3名でこなしていた。すなわち、一審原告退職後の電算室の業務遂行能力は以前と同様の水準を保つことができており、職場のマンパワーの減少という問題は発生せず、電算室全体の業務を現在の常勤職員3名で対応することが可能な状況である。
他方、一審原告が従事していた情報システム委員会の事務局業務は、一審原告が週3日勤務であるため、一審原告が出勤していない日に日程調整や打ち合わせができず、迅速性を欠く状況になっていた。また、前記のとおり、情報システム委員会は月1回の開催は不要で、現在2か月に1回の開催となっており、業務が減少している。
また、一審被告における常勤正職員の平均基本給は役職のある事務職で27万4338円、役職のない事務職で18万8180円であり、役職のない週3日勤務の一審原告の月収25万円は高額過ぎる。このように、一審原告の本件再雇用契約の内容は、その業務内容に比してかなり高額な月収であり、かつパートタイマーであるにもかかわらず健康保険、厚生年金保険の適用を受けるという待遇について、なぜ一審原告のみ特別扱いなのかという疑問の声が上がっていた。そのため、一審被告としては、他の職員との公平を図るため、一審原告に対する特別扱いを是正する必要があった。
一審原告・一審被告間の本件再雇用契約締結の交渉過程において、一審原告は、一審被告からの時間給の提案を頑なに拒否しており、本件再雇用契約締結の協議が長引いたのは、これが原因であった。したがって、このような一審原告に対して、契約更新の際に給与減額の交渉をすることは不可能であり、仮に交渉をしていても協議がまとまる可能性はほとんどなかった。
以上のとおり、本件再雇用契約を更新することは、電算室の業務と人件費のバランスが崩れた事態を継続することとなり、一審原告がほぼ唯一従事していた情報システム委員会の事務局業務も減少する中、一審原告に対する特別扱いを是正し、他の職員との公正を図る必要があり、さりとて一審原告と給与減額交渉をしたところで、合意に達する見込みはほとんどない状況であったから、このような事態を是正するために、一審原告との契約を更新しないことが最良の方法であると判断することは経営判断として何ら不合理なことではなく、社会通念上相当な方法であることは明らかである。
(3) 争点(3)について
(一審原告)
前記(1)(一審原告)のとおり、一審原告と一審被告との間では、従来雇用契約が継続していた。一審被告の賃金規程によれば、平成22年7月9日に支払われるべき夏季賞与は、平成21年11月16日から平成22年5月15日までの期間について算定されるから、一審原告については、平成21年11月16日から、賞与の支給を不要とした本件再雇用契約を締結した平成22年3月15日までの4か月間が算定の基礎とされるべきである。
したがって、一審原告は、一審被告に対し、34万2621円(平成21年夏季賞与額51万3931円×4/6か月)の賞与請求権を有する。
(一審被告)
一審被告において、看護師が、一旦退職をすることなくフルタイマーからパートタイマーに身分変更をした場合や、定年退職者を嘱託再雇用した場合に、賞与を支給することはある。しかし、一審原告は、定年退職前に自己都合退職をした者であり、一審原告について上記の場合と同様に扱うべきとする一審原告の主張は争う。
(4) 争点(4)について
(一審原告)
一審原告は、一審被告が違法にも、本件再雇用契約に際し、1年毎に契約の更新をしながら定年まで雇用することを前提として本件再雇用契約を締結しておきながら、本件再雇用契約書の文言上、契約の更新を1年毎にすると記載されていることを奇貨として、実際には1度も契約更新をすることなく違法・無効な本件雇止めを行ったことにより、一審被告において三十数年間真面目に勤務していたことを否定され、筆舌に尽くし難い精神的損害を被った。一審原告が被った損害を金銭で表すことは困難であるが、少なくとも200万円を下らない。また、弁護士費用20万円(精神的損害の額の1割)も、一審被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。
(一審被告)
前記のとおり、本件雇止めは有効であり、何ら権利侵害はないから、一審原告が主張する損害は発生していない。更にいえば、一審被告は、一審原告に対し、本件再雇用契約に至る協議の過程で、実質的に期間の定めのない雇用契約などではないと明確に説明しており、一審被告は合理的な判断の下で本件雇止めを行っているから、一審被告には不法行為の故意も過失もない。
4 当審における一審原告の補充主張
(1) 争点(1)について
一審原告は、本件再雇用契約に向けた交渉を始めた当初から、労働時間は短時間とするが、それ以外はできるだけ従前の労働条件を維持し、定年の60歳まで安心して勤務したいと考えていた。そのため、一審原告は、「期間の定めのない」、「出退勤管理の対象外」、「育児介護休業 取得可能」、「その他の休暇 通常の職員と同じ」、「60歳定年」、「65歳までの継続雇用」という条件デパートタイマー就業規則を基本とする短時間勤務の雇用契約を要望している。これらの条件を踏まえたパートタイマー就業規則は、正社員の就業規則と同様の内容になる。その点を一審被告がしぶしぶではあっても了承したからこそ、一審原告は、安心して本件再雇用契約書に署名したのである。また、一審被告において過去に雇止めされた従業員が存在しなかったことも重要である。一審原告が退職金を受け取ったことは、本件再雇用契約において退職金を設けないこととしたことの帰結として当然のことである。したがって、本件再雇用契約は、実質的に期間の定めのない雇用契約であったと評価して差し支えないものである。
(2) 争点(3)について
本件再雇用契約は、実質的に従前の雇用契約の継続であり、雇用契約の形態を変更したにすぎない。一審原告は、本件再雇用契約締結によって、同契約締結以降については賞与として寸志の受給のみ受けられるとしても、一審被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結しているという地位は継続しているのであるから、本件再雇用契約締結までに発生した夏期賞与は受給する権限がある。
また、一審被告の就業規則、賃金規則上、職員再雇用契約を締結した労働者に対して、職員再雇用契約締結前の賞与について支給しないという規程はない。
さらに、昭和63年3月14日基発第150号は、有給休暇取得に関してではあるが、継続勤務か否かについては、勤務の実態に即し実質的に判断すべきものであり、定年退職による退職者を引き続き嘱託等として再採用している場合(退職手当規程に基づき、所定の退職手当を支給した場合を含む。)を含み、この場合、実質的に労働関係が継続している限り勤務年数を通算する旨規定しているところ、有給休暇も賞与も一定期間継続的に労務を提供したことに対する報償的な性質があるから、賞与の支給についても同様に解するべきである。
一審被告における他の従業員についても、フルタイマーから有期雇用のパートタイマーに変更される場合、フルタイマーであった期間の賞与は、パートタイマー労働契約書の内容にかかわらず、それ自体を算定して支給する扱いとなっており、定年退職後の嘱託再採用についても、在職要件規程が存在するにもかかわらず、定年までの算定期間及び嘱託後の算定期間ごとにそれぞれの賞与額を計算した合計に嘱託再雇用契約に基づく減額率を乗じた金額が賞与として支給されている。加えて、一審原告は、一審被告からこれらの慣例と異なる取扱いになるという説明を一切受けていないから、一審原告についてのみ他の従業員らと異なる取扱いをすることは、就業の実態に応じた均衡の考慮の原則(労働契約法3条2項)に反し、許されない。
以上により、一審原告は、賞与の支給を受ける在職要件を満たしており、また、他の従業員と同じ取扱いをされるべきことから、平成21年11月16日ないし本件再雇用契約締結によって雇用形態が変化した平成22年3月15日までの期間分に相当する夏期賞与が支払われなければならない。
(3) 争点(4)について
一審被告が一審原告に対する本件雇止めを行った理由は、従前、一審原告を衛生委員会の委員から解任したものの、一審原告の委員復帰という正当であるが一審被告にとっては予想外の要求に直面し、それを嫌悪したことにある。すなわち、一審原告は、平成22年9月末頃、衛生委員会の改組に伴い、一旦衛生委員会の委員を解任された。しかし、一審原告は、平成22年10月当時、職員過半数代表者であったところ、衛生委員会の構成員の半数を職員過半数代表者が推薦する必要があるか否かについて、一審被告の窓口であったI、E及びCとの間で論争となり、当該やりとりの中で、一審被告は、一貫して衛生委員会の委員に一審原告が復帰することを頑なに拒否していた。ところが、制度上、一審原告が衛生委員会の委員に復帰することを回避できなかったため、一審原告が過半数代表者として活動することに対する一審被告の嫌悪が頂点に達し、一審原告を排除するために、恣意的に本件雇止めを行ったものである。
一審原告は、本件雇止めにより、違法に職を奪われ、一審被告において数年間真面目に勤務してきたことを否定され、筆舌に尽くし難い精神的損害を被ったのみならず、過半数代表者として活動する権利を違法に侵害されたものであり、当該損害を金銭で評価すると少なくとも200万円を下らない。また、一審原告が一審原告訴訟代理人らに支払を約した弁護士費用のうち上記200万円の1割に相当する20万円を本件と相当因果関係のある損害とすべきである。
5 当審における一審被告の補充主張(争点(2)について)
(1) 本件再雇用契約の期間中の一審原告の業務は、従前の業務とは質も量も異なるものであり、常勤職員との同一性・近似性はなく、一審原告も本件再雇用契約締結前からかかる内容を認識していた。また、更新への期待は、これまでの当該契約の更新実績が最も重視されるべきであるが、本件再雇用契約は、本件雇止め以前に一度も更新されていない。さらに、一審原告は、従来雇用契約の終了について、退職金の申請をし、これを受領しているのであるから、一審原告において、従前雇用契約を終了させて新たな雇用契約を締結するという認識があった。以上のことからすると、一審原告において、本件再雇用契約について契約更新への合理的期待がなかったことは客観的に明らかであるから、本件雇止めには解雇権濫用法理の類推適用はない。
(2) 一審原告の業務は、その必要性が減少しており、更に一審原告の週3日勤務による業務の支障が生じており、他方で常勤職員3名による業務遂行が十分可能となっている中で、一審原告に、その業務内容に比してかなりの高額な給与支給を継続することは、明らかに人件費のバランスが崩れた状況となる。このような事態を改善するためには、期間の定めのある一審原告との本件再雇用契約を更新しないことが最良の方法であり、経営判断として何ら不合理なことではなく、本件雇止めは社会通念上相当である。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実(以下「前記前提事実」という。)(1)ないし(7)に加えて、証拠(各項掲記のほか<証拠・人証略>、一審原告本人。なお、書証は特に必要のない限り枝番号を省略する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(1) 一審被告の就業規則、パートタイマー就業規則、賃金規程、退職金支給規定
一審被告における就業規則、パートタイマー就業規則、賃金規程及び退職金支給規定で本件と関連する条項は次のとおりである。
ア 就業規則(証拠<省略>)
(ア) 2条(職員の定義)
この規則で職員とは、法人(一審被告を指す。以下同じ。)役員以外で、第2章(人事)に定めるところにより法人に採用された者をいう。但し、次の各号に該当するものは、別に定める規定による。
(1)号 日々又は期間を定めて雇い入れる者
(イ) 17条(定年並びに再雇用)
1項 職員が満60歳に達したる日以後における最初の15日をもって定年退職日とする。
3項 定年に達した者のうち、法人が業務上等必要と認めた者を嘱託として再雇用する。嘱託の取扱いについては、別に定める嘱託規程による。
(ウ) 18条(退職)
職員が次の各号の一に該当するに至ったときは、その日を退職の日とし職員としての身分を失う。
(4)号 雇用契約に期間の定めがあり、その期間が満了したとき
(エ) 20条(退職金)
職員の退職金は、別に定める退職金支給規定による。
(オ) 38条(年次有給休暇)
(1)項 平成5年9月30日までに採用し、年次有給休暇付与日まで又は1年間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した職員に対し次のとおり年次有給休暇を付与する。
勤続年数11年以上の場合は20日
(カ) 40条(有給特別休暇)
職員が、次の各号の一に該当する時は、次の日数を限度として有給特別休暇を与える。
但し、その日数は休暇事由発生の日を含む連続の日数とし、休日がその期間中に介在する場合は通算する。
(1)号 本人が結婚の時 6日
(2)号 子女が結婚の時 2日
(3)号 本人の兄弟姉妹が結婚の時 1日
(4)号 本人の父母(養父母・継父母を含む)・配偶者及び子女の喪に服する時 5日
(5)号 配偶者の父母の喪に服する時 3日
(6)号 本人及び配偶者の祖父母・兄弟姉妹及び本人の孫の喪に服する時 2日
(7)号 その他理事長が特に認めた時 必要期間
(キ) 41条(無給特別休暇)
2項 子を養育する職員又は介護する職員の雇用の継続を図り、職業生活と家庭が調和できる状態を導くことによって職員の福祉の増進を図るために「育児休業規程」「介護休業規程」を別に定める。
(ク) 42条(リフレッシュ休暇)
1項 職員の健康増進のため、別に定める規程に基づき、4日以内のリフレッシュ休暇を与える。
3項 付与される休暇日数は、勤続期間及び出勤率等に応じて決定する。
イ パートタイマー就業規則(証拠<省略>)
(ア) 3条(雇用契約期間)
雇用契約の期間は、原則として6か月以上1か年以下とする。但し、法人及び職員の双方に異議がない場合は契約を更新するものとする。
(イ) 10条(賞与)
1項 賞与の支給については、別に定める「賃金規程」による。
2項 賞与の支給基準は、法人の業績によってその都度定める。
(ウ) 11条(退職金)
退職金は支給しない。
ウ 賃金規程(証拠<省略>)
28条(賞与計算と支給の原則)
1項 賞与計算の対象期間は、次の各号のとおりとする。
①号 7月支給分にあっては、前年の11月16日から当年の5月15日までとする。
2項 賞与計算と支給の原則は次の各号のとおりとする。
①号 賞与計算は基本給を基準として行う。
②号 法令に定めのあるものは予め控除して計算し支給する。
③号 職員の過半数を代表する者との書面協定に定めのあるものは予め控除して計算し支給する。
エ 退職金支給規定(証拠<省略>)
(ア) 1条(目的)
1項 就業規則2条によって定められた職員が退職した場合には、この規定により退職金を支給する。
この規定にいう退職とは、法人と職員との雇用関係が消滅した場合をいう。
(イ) 3条(基準退職金)
1項 基準退職金は退職時の基本給(日給者は月額に換算)に別表の「勤続年数別支給率」を乗じて算出する。
(ウ) 4条(基準退職金を支給する場合)
基準退職金を支給する場合は、次の各号のとおりとする。
(1)号 定年により退職する場合
(2)号 死亡の場合
(3)号 業務上の傷病により勤務に耐えられない場合
(4)号 法人の都合による場合
(エ) 9条(退職金の支払)
退職金は死亡の場合を除き、所定の手続により退職し、完全に所管の業務の引き継ぎを完了した後、1か月以内に通貨をもって支払う。ただし、法人の都合により分割支給することがある。
(2) 本件再雇用契約以前の状況
ア 一審原告は、昭和53年9月21日に一審被告に雇用された後、同年11月に社会保険労務士の資格を取得し、当初は主に人事部門で勤務をしていたが、平成17年1月頃からは、電算室において、情報システムに関する業務に従事していた。
イ 一審被告の運営する病院では、平成16年11月以降、順次、オーダリングシステム、電子カルテシステム及びオンラインレセプトシステム等を導入するなどIT化を進めており、平成19年4月、電算室の職員を新たに1名採用した。(証拠<省略>)
ウ 一審原告は、平成21年6月28日頃、直属の上司であったC運営企画室長(以下「C室長」という。)に対し、平成22年4月1日までに電算室の要員を更に1名増員し、当該増員による人件費の増加分については、一審原告をパートタイマーとして賃金を減額することで対応することを提案したが、この時は、C室長は、一審原告の提案を採用しなかった(なお、この時点では、後記エの一審原告の母親が病気で一審原告による介護を要する旨の話は出ていなかった。)。(証拠<省略>)
エ 一審原告は、平成21年8月頃、C室長に対し、病気(末期ガン)である一審原告の母親の介護のため、フルタイムでの勤務が難しいとして、改めて、新人の1名採用と一審原告の勤務をパートタイムとすることを提案した。
一審原告は、平成21年8月27日付けで、一審被告代表者に宛てて、①運営企画室電算業務要員の人員構成の改善を図るため、遅くとも同年12月16日までに、コンピュータ関連の専門学校卒業(見込み)者1名(男女不問であるが20歳ないし25歳くらい、普通運転免許証を保持し自動車の運転ができる者が妥当)を正社員・フルタイマーとして雇用し補充すること、②上記新人の人件費を補うため、一審原告の雇用契約をパートタイム雇用契約に切り替えて週3日勤務とし、一審原告のパートタイム雇用契約の内容については別途協議することなどを提案する「電算業務要員の人員構成の改善について」と題する書面(証拠<省略>)を作成・提出した。なお、同書面の「摘要」欄には、「Xのパートタイム雇用契約変更理由には一身上の都合も含まれる」と記載されていた。
C室長は、一審原告の提案のとおり稟議を上げ、一審原告の提案が採用された。
(本項につき証拠<省略>)
オ 一審被告は、前記エの提案に基づき、電算室に新人職員1名を採用し、同職員は、平成21年12月から勤務を開始した。
(3) 本件再雇用契約締結に至る交渉経緯
ア 一審被告は、一審原告のパートタイム勤務について、平成21年12月1日から一審原告との交渉を開始し、D人事課長(以下「D課長」という。)及びE人事管理担当役(以下「E」といい、D課長と併せて「D課長ら」という。)は、同月16日頃、一審原告に対し、要旨下記内容の「パートタイマー労働契約書」を提示して、署名・押印を求めた。(証拠<省略>)
(ア) 勤務場所 大阪府堺市<以下省略>医療法人Y
(イ) 業務内容 運営企画室業務(主として情報システムの運用、管理など)
(ウ) 勤務時間 午前8時30分から午後5時まで(うち休憩時間60分)
(エ) 勤務日 週3日
(オ) 所定外労働 所定時間外労働あり
(カ) 休日 日曜、祝日、年末年始、創立記念日
(キ) 適用保険 雇用保険、労災保険
(ク) 賃金 時間給1300円、交通費実費支給、賞与なし、退職金なし
(ケ) 給与支払 毎月15日締め当月26日支払い(銀行振込)
(コ) 雇用期間 2009年12月16日~2010年12月15日
(サ) 雇用継続 契約満了毎には一審被告と一審原告の双方が契約の見直しの場を設け、一審被告は下記状況を勘案し継続の可否を判断する。その際、一審被告、一審原告共に異存なき場合は同条件で自動更新されるものとする。
a 契約期間満了時点での業務量
b 従事している業務の進捗状況
c 従業員本人及び同部署職員の業務遂行能力、業務成績、勤務態度
d 法人の経営状況
e その他
(シ) その他
一審原告が退職を希望する場合は、少なくとも30日前までに上司に届け出ること
一審被告が雇用継続しないと判断した場合は、少なくとも30日前までに一審原告に伝えること
これに対し、一審原告は、従来雇用契約を継続したままでの週3日勤務を希望していたことから、期間の定めのない契約にしてほしいという意見を述べたが、当時の一審被告のパートタイマー就業規則では、パートタイマーは全て有期雇用とされていたため、D課長らは、非常勤契約なのでそれはできないと断った。また、一審原告は、賃金が時間給となっていること自体にも異議を述べた。D課長らは、平成21年12月28日、一審原告に対し、上記時給額の算定根拠を説明したが、一審原告は納得しなかった。
(証拠<省略>)
イ 次いで、D課長らは、平成22年2月16日頃、一審原告に対し、要旨下記内容の「職員雇用契約書」を提示し、同月23日、その内容について一審原告と話し合いを行った。(証拠<省略>)
(ア) 契約期間 平成22年2月16日から平成23年2月15日まで
(イ) 契約の更新 次回以降の更新は1年毎とする。更新しない場合は契約満了の30日前までに本人に予告する。
(ウ) 就業の場所 運営企画室
(エ) 職務の内容 室長の命じる、運営企画室業務全般
(オ) 始業終業の時刻・休憩時間
a 勤務時間 始業(8時30分)終業(17時00分)
b 休憩時間 60分
c 所定時間外労働あり。ただし、午後10時以降の深夜に及ぶ時間外労働は原則禁止する。
(カ) 勤務日 月・水・木・土のうち週3日 勤務日を前月末日までに周知する。
(キ) 休日 火・金・日祝 その他年末年始等一審被告が休日と定める日
(ク) 年次有給休暇あり。
(ケ) 給与 完全月給制 月給25万円 内訳基本給20万円、時間外手当5万円(時間外手当は定額支給として基本給に加算する。) 諸手当 通勤手当あり(実費支給)
(コ) 支払方法 給与締切日毎月15日、給与支払日毎月26日
(サ) 給与からの控除 公租公課及び控除協定によるもの
(シ) 昇給 契約更新時に検討する。
(ス) 賞与 支給しない。
(セ) 退職金 支給しない。
(ソ) 社会保険 加入しない。
(タ) 退職に関する事項、その他
自己都合退職の手続は退職する1か月以上前に書面で申し出ること。その他は就業規則に準ずる。
これに対し、一審原告は、「(1年毎の更新だと)毎年ビクビクするやん。」と言い、有期雇用とすることに難色を示したが、D課長は、常勤の正社員以外は有期雇用になるので、あくまで1年の期間満了前に更新の有無を検討することを説明した。また、一審原告は、社会保険の適用を希望し、勤務日についても曜日指定をしないで週3日という表記にしてもらいたいと希望し、一審原告側で一度契約書のたたき台を作成することを提案した。
(本項につき、証拠<省略>)
ウ 一審原告は、要旨下記内容の「職員再雇用契約書」(証拠<省略>)を作成し、D課長らの要請により、平成22年2月24日、直属の上司であるC室長に上記書面を提示し意見を求めた。(証拠<省略>)
(ア) 契約期間 2010年3月16日~2011年3月15日
次回以降も更新は1年毎とする。
(イ) 就業の場所 運営企画室
(ウ) 従事すべき業務の内容 運営企画室長の命じる運営企画室業務全般
(エ) 始業・終業の時刻・休憩時間
始業8時30分~終業17時00分(休憩時間60分)
ただし、所定外時間を含めた実労働時間にかかわらず、企画業務型裁量労働に準拠し1日7.5時間労働したものとみなす。
(オ) 勤務日 勤務日は週3日を勤務予定表・勤務変更願で特定する。
(カ) 休日 休日は日祝日・年末年始休日、創立記念休日、以外は勤務予定表・勤務変更願で特定し振替休日制度を採用する。
(キ) 休暇
a 年次有給休暇 有給休暇日数は前雇用契約の残日数を引き継ぎ、次年度の有給休暇付与日数は前雇用契約から通算した勤務年数で算出する。
b 慶弔休暇、介護休業、リフレッシュ休暇はいずれも就業規則のとおり。
(ク) 賃金
a 月例給与 25万円(月給制)内訳基本給20万円、特別手当5万円
b 通勤手当 往復実費(月2万0020円)を定額支給する。
c 賃金締切日 毎月15日
d 賃金支払日 毎月26日(当日が金融機関の休日に当たる場合は前日に支給)
e 賃金支払方法 指定銀行振込
f 給与からの控除 法令に定めのあるもの(所得税・社会保険料等)及び職員の過半数を代表するものとの書面協定に定めのあるもの(私用電報電話代、寮費等)について控除する。
g 昇給 契約更新時に検討する。
h 賞与 就業規則のとおり
i 退職金 なし
(ケ) 社会保険(健保・厚生年金) 適用の方向で検討
(コ) 労働保険(雇用・労災保険) 適用する。
(サ) 退職に関する事項
a 定年 60歳
b 継続雇用制度 就業規則のとおり
c 自己都合退職の手続 退職する1か月以上前に書面で申し出ること
(シ) その他
a 人事発令をもって2010年3月16日付けで運営企画室副室長の任を解く。
b この契約に定めのない事項については就業規則に準じる。
これに対し、C室長から、「始業終業の時刻・休憩時間」欄の但し書きを「但し、出退勤管理の対象外とする。」と修正するよう求められたため、一審原告は、同月25日、その旨修正した「職員再雇用契約書」(証拠<省略>)をD課長に提出した。なお、上記「職員再雇用契約書」では月例給与とその内訳に係る具体的な金額が空白となっている。(証拠<省略>)
エ 以上の交渉経過を経て、本件再雇用契約書のとおり、一審原告と一審被告との間で、平成22年3月18日付けで、前記第2の1(5)の内容の本件再雇用契約が締結された。(証拠<省略>)
オ 一審原告の母親は、本件再雇用契約締結に先立ち、平成22年3月10日に死亡した。(証拠<省略>)
(4) 本件再雇用契約後の状況
ア 一審原告は、一審被告備え付けの「退職申請書」の書式を利用し、その表題の「退職申請書」の「退職」の不動文字を「フルタイマーとしての雇用契約終了」と手書きで訂正するなどして平成22年3月24日付けの書面(証拠<省略>)を作成し、これを一審被告に提出した。同書面には、その「退職年月日」欄の「退職」の不動文字を「契約終了」と訂正する手書き記載に続いて「平成22年3月15日」との手書き記載があり、その「退職理由(具体的に)」欄に、「2009.8.27付決裁書「電算業務要員の人員構成の改善について」に基づき雇用契約切替えを実施するため標記の申請を致します。なお、2010年3月16日付で短時間勤務者として再雇用契約を締結済であることを申し添えます。」との手書き記載がある。(証拠<省略>)
イ 一審被告は、一審原告に対し、平成22年4月23日、退職金として915万7738円を支払った。(証拠<省略>)
また、一審被告は、一審原告に対し、平成22年7月頃、本件再雇用契約期間中の夏季賞与(寸志)として、3万円を支払った。(証拠<省略>)
ウ 本件再雇用契約後、一審原告は、1週間のうち任意の3日間出勤し、従前同様、運営企画室の電算室において執務していた。ただし、従前とは席の場所が移動しており、本件再雇用契約後の一審原告の席には電話が設置されていなかった。
エ 一審原告が、本件再雇用契約締結に伴って運営企画室副室長を解任された結果、一審原告の部下であったB課長が電算室のトップとなり、一審原告の上司になった。この時点で、電算室の正社員は、B課長、若手のF及び新人のGの計3名であった。
オ 本件再雇用契約後の一審原告の業務内容は、B課長と一審原告が話し合って決定した。本件再雇用契約直後の一審原告の業務量と本件雇止めの直前の時期における一審原告の業務量とを比較すると、多少減ったが、著しく減少して担当業務がなくなるといったことはなかった。一審原告の業務量が減少したのは、新人職員が仕事に慣れたことが主な原因であった。
電算室の日常的な担当業務の主要な部分は、電子カルテシステムの運用上のトラブルへの対応であった。電算室では、原則としてトラブルの報告の電話を受けた者が対応していたところ、本件再雇用契約後は、一審原告の席に電話がなかったため、一審原告がトラブル対応を行うことはあまりなかった。しかし、正社員の誰かが休んでいる場合等には、一審原告もトラブル対応を行うことがあった。
なお、B課長は、単純な機械トラブルに対応する場合には、一審原告よりも若手職員の方が優れているが、運用上のトラブルについて複数の部署の長の間での調整を要するような場面では、一審原告の方が若手職員よりも処理能力に優れていると評価していた。
カ 一審被告では、毎月1回、外部業者の担当者等も出席して、情報システム委員会と称する会議が行われており、一審原告は、その事務局として、日程調整や議事録の作成等の業務を行っていたが、一審原告の出勤する曜日が決まっていないため、委員会の参加者から、日程調整がしづらいとの不満が出ていた。また、平成22年8月頃には、委員長を務める一審被告本院の院長等から、委員会の開催回数を2か月に1回に減らしてもよいのではないかとの意見も出た。
キ 一審原告は、一審被告において組織改正が行われた平成22年8月16日以降、C室長の後任に当たるH運営グループ長(以下「Hグループ長」という。)から、一審原告が担当していた情報システム委員会の事務局業務をB課長に担当させ、電算業務以外に運営担当の業務も担うよう指示された。これに対し、一審原告は、B課長の業務量は多いので、情報システム委員会の事務局業務をB課長に担当してもらうことはできないが、運営担当の業務は自分の責任で何とかするので具体的に指示をしてほしいと回答し、電算室とは別に、運営担当の部屋にも一審原告の席が設けられた。しかし、本件雇止めまでに、Hグループ長ら一審原告の上司が一審原告に運営担当の業務を具体的に指示することはなく、一審原告が運営担当の業務を行うこともなかった。
ク ところで、平成21年5月、一審被告で初めて労働者の過半数代表の選挙があり、一審原告が立候補したところ当選し、それ以来、一審原告は、就業規則の改定について意見を述べるなど過半数代表として活動し、平成22年5月17日の選挙でも、過半数代表に再選された。また、一審原告は、同年7月、衛生委員会に自己推薦で労働側の委員として参加し、育児介護協定の締結等について意見を述べるなどの活動をしていた。
一審原告は、一審被告から、過半数代表としての活動を、一審被告が所有する機器を利用して勤務時間中に行ったとして、注意を受けたことがあった。また、平成22年10月、一審原告は、衛生委員会の改組に伴い、一旦衛生委員会の委員を解任されたが、同年12月9日に再度、委員に選任された。(証拠<省略>)
ケ 一審原告は、平成22年12月29日、Eから本件再雇用契約を更新しないと伝えられた。一審原告は、契約更新をしないこと自体が契約違反であるから受け入れられないと反論した。Eは、契約更新をしない旨を記載した書面を一審原告に交付しようとしたが、一審原告が受け取りを拒否したため、改めて、平成23年1月5日付けの雇止め通知書(本件通知書)を一審原告に郵送した。同書面には、一審原告の従事している「電算システムに関わる業務」について、新入職員及び若手職員の成長により、今後は常勤職員3名のみでの対応で十分であり、非常勤職員である一審原告の配置の必要がなくなったことを理由に、一審原告との本件再雇用契約を更新しない旨が記載されていた。(証拠<省略>)
コ B課長は、平成22年末頃、一審原告から、来年度の契約更新がなされないという話を初めて聞いた。
それ以前に、B課長の方からHグループ長やC室長(当時の役職は本部長)に対し、一審原告が電算室において余剰人員になっているなどの報告をしたことはなく、実際にもそのような事態は生じておらず、一審原告の雇止めは、B課長の意見に基づくものではなかった。また、B課長は、上司から、一審原告を雇止めにした場合の電算室の業務への支障について意見を聴取されたこともなく、一審原告の雇止めを決定事項として伝えられただけであった。
サ 平成22年12月当時、一審被告の本部事務局では、時間外労働が増えているとして、人事グループ、総務グループ及び事務局の各グループの担当者に対し、時間外労働を削減するよう指示が出され、運営企画室においても勤務の効率化等、時間外労働の削減に取り組んでいた。電算室でも、同月当時、申告時間ベースで職員一人当たり月30ないし40時間程度の時間外労働が発生していた。(証拠<省略>)
シ 一審原告は、平成23年1月5日、内容証明郵便による本件通知書の送付を受け、代理人弁護士に相談し、一審原告代理人弁護士は、同年2月4日、一審被告に対し、協議を申し入れたが、一審被告は、同月14日付けの内容証明郵便で本件再雇用契約は終了しているなどと回答した。(証拠<省略>)
ス 一審被告において、一審原告以外に雇止めされた職員はいない。
また、一審被告において、正社員や一審原告以外の非常勤職員に対して希望退職を募るような動きもなかった。
2 争点(1)(本件雇止めの時点で、一審原告と一審被告との間の従来雇用契約が存続していたといえるか。)について
一審原告は、一審原告の労働時間を短縮して、その分人件費を低額にするための手段として、形式上1年更新の有期雇用として本件再雇用契約を結んだにすぎず、実質は、従来雇用契約が継続していると主張する。
しかし、前記1(2)ウ、エのとおり、本件再雇用契約を締結するに至った事情には、電算室の増員に伴って増加する人件費の抑制という一審被告側の事情だけではなく、病気の母親の介護のために勤務日数を減らしたいという一審原告側の事情も存在したことが認められる。そして、前記1(3)アないしエのとおり、一審原告は、本件再雇用契約の締結に際し、当初、一審被告との間の従来雇用契約を継続したまま、勤務日数のみをフルタイムから週3日のパートタイムに変更することを希望していたが、D課長らから、一審被告の制度上、期間の定めのないパートタイマーという雇用形態は存在せず、パートタイマーについては1年毎の契約になる旨を告げられ、本件再雇用契約を締結したものといえる。これらの事情に加え、前記前提事実(5)のとおり、本件再雇用契約書上、契約期間は1年間であることが明記され、その他の雇用条件(給与、賞与の有無、退職金の有無等)についても従来雇用契約とは大きく変更されていること、前記1(4)イのとおり、一審原告が一審被告から退職金を受け取っていること(一審原告は、退職金の支給がなされたとしても従来の雇用契約が終了したとはいえないと主張するが、前記1(1)エのとおり、退職金は、退職を原因として支給されるものであるから、退職金が支給された事実は、退職の事実を強く推認させるものといえる。)などを併せ考慮すると、本件再雇用契約書が形式的なものにすぎず、従来雇用契約が継続しているとの一審原告の主張は採用できず、平成22年3月16日、一審原告と一審被告との間の従来雇用契約を終了させ、新たに、契約期間を1年間とする本件再雇用契約が締結されたとみるのが相当である。
なお、前記1(4)アのとおり、一審原告は、一審被告備付けの「退職申請書」の書式を利用し、その表題の「退職申請書」の「退職」の不動文字を「フルタイマーとしての雇用契約終了」と手書きで訂正するなどして平成22年3月24日付けの書面(証拠<省略>)を作成し、これを一審被告に提出しているが、この事実も上記判断を左右するものではない。
したがって、争点(1)に係る上記一審原告の主張は採用することができない。
3 争点(2)(一審原告と一審被告との間の雇用契約が期間の定めのあるものである場合、本件雇止めは、解雇権濫用法理の類推適用により無効か。)について
(1)期間の定めのある雇用契約であっても、客観的にみて契約更新への合理的期待が認められる場合には、使用者が当該雇用契約を更新せずに契約を終了させる雇止めについても解雇権濫用法理が類推適用され、当該雇止めが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には無効となり、従前と同様の条件で契約が更新されたものとして扱われるというべきである(最高裁判所昭和49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁参照)。
これを本件についてみると、まず、前記1(2)ウ、エのとおり、一審原告のパートタイマー化の理由は、電算室の人員構成の改善に伴う人件費の増加を抑えることと一審原告の母親の介護の2点にあったことが認められる。
これに対し、一審被告は、本件再雇用契約は、一審原告の一身上の都合による自主退職後の再雇用契約にすぎないと主張する。しかし、前記1(2)ウのとおり、一審原告は、一審原告の母親のケアの話題が出る平成21年8月よりも2か月前の同年6月に、既にC室長に対して電算室に新人を一人採用し、その人件費を一審原告のパートタイマー化で補う提案をしていること、また、前記1(2)エのとおり、一審原告が平成21年8月27日付けで作成し一審被告に提示した「電算業務要員の人員構成の改善について」と題する書面(証拠<省略>)でも、電算室の人員構成の改善が主たる理由であって、一審原告の一身上の都合は追加的な理由とされており、そのまま一審被告側で決裁され、前記1(2)オのとおり、一審被告は同年12月までに電算室の1名の増員を実現させていることからすれば、一審被告の側でも、電算室の人員構成の改善という一審原告の提案を、一応理由があるものとして受け入れていたというべきであり、このことも本件再雇用契約の理由の一つになっていたものと認められる。
そうすると、本件再雇用契約の理由が、一審原告の一身上の都合のみであるとの一審被告の主張は採用できず、本件再雇用契約は、従来雇用契約に基づく雇用関係が長期間にわたって存在した一審原告と一審被告との間において、そのいずれが主であったかはともかく、前記の2点の理由から、当該契約を一旦終了させ、引き続き、1年という雇用期間の定めのある本件再雇用契約を締結するに至ったものであるといえる。
一審被告は、一審原告の業務に常勤職員との同一性、近似性がないとも主張するが、前記1(3)エのとおり、本件再雇用契約後に一審原告が従事すべき業務は、運営企画室長の命じる運営企画室業務全般とされ、また、前記1(4)ウないしカのとおりの実際の勤務状況からすれば、勤務日数の減少による業務量の減少はあったものの、その業務の質は従前と大きな違いはなかったといえるから、上記一審被告の主張は採用することができない。
また、本件再雇用契約締結に至る過程において、前記1(3)ア、イのとおり、一審原告が、当初従来雇用契約を継続したままでの週3日勤務を希望したのに対し、一審被告が、期間を1年間とする有期雇用契約を提案したところ、一審原告が、1年毎の更新だと「ビクビクするやん。」などと述べて難色を示したこともあって、一審被告は、前記1(3)ウ、エのとおり、本件再雇用契約書(証拠<省略>)では、その「契約の更新」欄には、当初提示した職員雇用契約書(証拠<省略>)の「契約の更新」欄に記載していた「更新しない場合は契約満了の30日前までに本人に予告する。」との文言を削除の上、単に「更新は1年毎とする」とのみ記載するほか、「退職に関する事項」欄に「定年:満60歳」、「継続雇用制度:就業規則に準じる」と記載し、「給与」欄に「昇給:本契約更新時に検討」と記載する一方で、前記1(4)アのとおり、一審原告は、一審被告備付けの「退職申請書」の書式を利用し、その表題の「退職申請書」の、「退職」の不動文字を「フルタイマーとしての雇用契約終了」と手書きで訂正するなどして平成22年3月24日付けの書面(証拠<省略>)を作成し、これを一審被告に提出していることなども併せ考えると、一審原告は、本件再雇用契約が1年間で終了することは全く想定しておらず、定年年齢である60歳、更には定年後の再雇用に至るまで一審被告との雇用契約が更新されることを期待していたことは明らかであり、一審被告も一審原告のそのような期待を十分認識した上で、文案の推敲を重ねて本件再雇用契約書の文面に確定させ、調印に至ったものというべきである。
この点、一審被告は、一審原告に継続雇用への期待を持たせないように交渉を進めており、一審原告が更新への合理的期待を抱くことはあり得ないと主張するが、上記認定・説示したところに照らすと、一審被告が一審原告に対して本件再雇用契約について自動更新されるものではなく更新拒絶があり得ることを伝えていたことはあったにしても、一審原告が更新への期待を抱くことがあり得なかったとは到底いい難いところであり、一審被告の上記主張を採用することはできない。
以上のとおり、本件再雇用契約は、単に、簡易な採用手続により、1年間の有期雇用契約に基づいて補助的業務を行う従業員を新規に採用するような場合とは全く異なり、30年以上にわたって従来雇用契約に基づいて基幹業務を担当していた一審原告と使用者たる一審被告との間で、双方の事情から、従来雇用契約を一旦終了させ、引き続き1年毎の有期雇用契約である本件再雇用契約を締結したものであり、加えて、前記前提事実(5)のとおり、契約更新が行われることを前提とする文言が入った本件再雇用契約書を取り交わしていることからすれば、一審原告の契約更新への期待は、客観的にみて合理的なものであるといえるから、本件再雇用契約を雇止めにより終了させることは、実質的に解雇と異ならないものと認めるのが相当であり、解雇権濫用法理が類推適用されるというべきである。
これに対し、一審被告は、本件再雇用契約が本件雇止め以前に一度も更新されていないことなどから、一審原告の契約更新への合理的期待の程度は低いと主張するが、前記1(2)、(3)のとおり、本件再雇用契約が、30年以上にわたって続いた期間の定めのない従来雇用契約を終了させた後に引き続き締結されたものであり、本件再雇用契約書に契約更新を前提とした種々の条項が盛り込まれていることなどに照らせば、本件において契約更新に対する期待の合理性を判断するに当たり、実際に契約更新が一度もなされていないことはそれほど重要な事情であるとはいえず、一審被告の上記主張は採用することができない。
(2)ア そこで次に、本件雇止めに、客観的に合理的理由があり社会通念上相当といえるかについて検討するに、一審被告は、本件雇止めの理由について、前記第2の3(2)(一審被告)イのとおり主張する。
イ しかし、本件再雇用契約書によれば、本件再雇用契約後の一審原告の業務内容は、「運営企画室長の命じる運営企画室業務全般」とされているところ、電算室における具体的な業務内容は、上司であるB課長と一審原告とが話し合って決めたというのであり、また、採用した新人職員が成長することは、本件再雇用契約締結の時点でもある程度予想できることである上、一審原告は過去には人事等の業務も担当した経験を有するのであるから、仮に電算室での一審原告の業務が減少したのであれば、一審被告の側で運営企画室の別の業務に従事するよう指示するはずであると考えられる。しかるに、前記1(4)キのとおり、Hグループ長は、一審原告に対し、一審原告が担当していた情報システム委員会の事務局業務をB課長に担当させ、電算業務以外に運営担当業務に従事するようにとの抽象的な指示は出していたものの、一審原告に運営担当の業務を具体的に指示することはなく、一審原告が運営担当の業務を行うことはなかった。加えて、前記1(4)オのとおり、一審原告の業務量について、新人の成長により本件再雇用契約以前と比較すると多少減少したが、著しく減少して担当業務がなくなるといったことはなかった。このような事実関係からすると、一審原告の業務が情報システム委員会の事務局業務以外にはなく、人件費とのバランスを崩し、他の職員との公平を害するほどに減少していたとの一審被告の主張を採用することはできない。
そして、前記1(4)サのとおり、一審被告では、平成22年12月当時、時間外労働の増加が問題になっており、運営企画室においても勤務の効率化等、時間外労働の削減に取り組んでいたところ、電算室では、申請時間ベースで職員一人当たり月30ないし40時間程度の時間外労働が発生していたというのであるから、そのような中で、一審原告だけが情報システム委員会の事務局業務以外に業務がなく、その事務局業務も人件費とのバランスを崩し、他の職員との公平を害するほどに減少していたとは考え難いところである(前記1(3)のとおり、本件再雇用契約締結に至る過程でも、一審原告に残業代を支払わなくて済むようにとの趣旨で、一審原告の側から「企画業務型裁量労働」という表現を契約書の文面に入れるなどの提案がなされ、最終的な本件再雇用契約書には、「但し、出退勤管理の管理対象外とする。」との文言が入れられていることからすると、ある程度の残業が生じることを前提としていたことが窺える。)。
さらに、前記1(4)コのとおり、B課長が、一審原告を雇止めにするという決定について最初に聞いたのは平成22年末頃一審原告本人からであり、少なくとも、一審原告の雇止めを決定する以前に、上司から一審原告を雇止めにすることによる電算室での支障の有無について意見を聞かれたことはないというのであるから、一審被告が、真に一審原告の業務量の減少を理由に一審原告の雇止めを決めたといえるかも疑問なしとしない。
以上のとおり、一審被告が主張する一審原告の業務量の減少については、証拠上これを認めるに足りず、このことが本件雇止めの合理的理由になるとはいい難い。
ウ 一審原告の賃金が、他の従業員と比較して高額に過ぎるとの点については、本件では、一審原告の一身上の都合も本件再雇用契約締結の理由であったのであるから、一審被告としては、優位に賃金決定の交渉を行える立場にあったにもかかわらず、前記1(3)のとおり、一審被告は、当初時給制による賃金を提案したものの、これに一審原告が異議を遊べると、特段の交渉を行うことなく、月額25万円という提案をしており、また、前記イのとおり、新人職員が成長することにより一審原告の業務量が多少減少することについては、本件再雇用契約の時点である程度予想できることであることも考慮すれば、少なくとも本件再雇用契約の締結時点では、一審被告も月額25万円という一審原告の賃金が相当なものであると判断していたというべきところ、証拠上、本件再雇用契約後、新人の成長という以外に、特段の事情変更があったとは認められない。
そもそも、一審被告は、本件雇止めの前に、一審原告との間で賃金減額の交渉すら行っていないのであり、賃金減額について何らの交渉もすることなく、わずか1年前に合意した賃金額が高過ぎるとして雇止めを行うことが社会通念上相当であるとはいい難い。なお、一審被告は、一審原告との間で、契約更新の際に給与減額の交渉をすることは不可能であり、交渉しても協議がまとまる可能性はほとんどなかったとも主張するが、この点を首肯させるような事情の存在を認めるに足りる証拠はなく、当該主張は採用の限りでない。
エ 以上によれば、一審被告の主張する本件雇止めの理由は、いずれも雇止めの理由として客観的に合理的とはいい難いものであって、本件雇止めは、社会通念上相当とはいえないから解雇権濫用法理の類推適用により無効というべきである。
4 争点(3)(一審原告は、一審被告に対し平成22年夏季賞与の請求権を有するか。)について
前記2のとおり、一審原告と一審被告との間では、平成22年3月16日以降、従来の雇用契約とは別個の本件再雇用契約が成立しているところ、前記前提事実(5)ケのとおり本件再雇用契約では、賞与の支給について、「寸志」と定められているだけであり、また、前記1(4)イのとおり、一審被告は一審原告に対し、寸志として3万円を支給しているから、従来雇用契約が継続していることを前提として賞与の支払を求める一審原告の請求は理由がないというべきである。
5 争点(4)(本件雇止めは、不法行為に当たるか。)について
雇止めという行為自体は、期間の定めのある雇用契約を期間満了により終了させ、契約を更新しないということにすぎないから、たとえ解雇権濫用法理の類推適用により当該雇止めが無効とされ、結果として契約更新の効果が生じたとしても、そのことから直ちに当該雇止め自体が不法行為に該当するような違法性を有するものであったと評価されるものではない。また、仮に当該雇止めが不法行為であると判断される場合であっても、当該不法行為により労働者に生じる損害は、雇止め後の賃金を失うことによる経済的損害であるから、当該雇止めが無効と判断され、当該雇止め後の賃金請求権の存在が確定すれば、原則として労働者の損害は填補されることとなる。
そうすると、雇止めを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求が認められる場合とは、当該雇止めについて、雇止めの違法性を根拠付ける事情があり、かつ、雇止め後の賃金の支払いによって填補しきれない特段の損害が生じた場合であると解される。
これを本件についてみると、前記のとおり、本件雇止めは、客観的に合理的理由を欠き無効と判断すべきものであるが、証拠上、本件雇止めが違法性を帯びることを首肯させるような事情を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件雇止めを不法行為とする一審原告の損害賠償請求は理由がないというべきである。
6 当審における当事者の補充主張に対する判断
(1) 一審原告は前記第2の4(1)のとおり主張するが、前記前提事実(5)のとおり、本件再雇用契約締結の際に一審原告と一審被告との間で作成された本件再雇用契約書には、契約期間を平成22年3月16日より平成23年3月15日までとし、契約の更新は1年毎とすると明記されており、また、前記1(3)のとおり、本件再雇用契約書作成に至る一審原告と一審被告の交渉の過程において、一審被告が示した契約書案でも常に雇用期間ないし契約期間を1年とし、期間満了の前に更新を検討する旨が明記され、一審原告が有期雇用とすることに難色を示したものの、一審被告担当者は、常勤の正社員以外は有期雇用になるので、あくまで1年の期間満了前に更新の有無を検討するとの立場を譲らなかったという経緯に照らすと、本件再雇用契約は、雇用期間の点で、従来雇用契約とは明らかに異なるものである。さらに、一審原告は、本件再雇用契約締結の際に一審被告から退職金を受領しているところ、退職金は、退職を原因として支給されるものであって、退職金が支給された事実が退職の事実を強く推認させるものであることは前記2のとおりである。これらを総合すると、本件再雇用契約が実質的に期間の定めのない雇用契約であったと評価し得る旨の一審原告の主張を採用することはできない。
(2) 一審原告は前記第2の4(2)のとおり主張するが、一審被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結しているという地位が継続しているとはいえないことは上記(1)のとおりであるから、このことを前提に、本件再雇用契約締結後も同契約締結までの従前雇用契約に基づく賞与を受給し得るとすることはできないところであり、この点は採用の限りでない。
次に、一審被告において、退職することなくフルタイマーから有期雇用のパートタイマーに雇用形態が変更された場合や定年退職後、嘱託再雇用された場合に従前の雇用期間の賞与を支給された事例があることは一審被告も自認するところである(前記第2の3(3)(一審被告))が、上記雇用形態の変更ないし定年退職後の嘱託再雇用に際していかなる内容の契約が締結されるかは証拠上判然とせず、また、一審原告のように一旦一審被告を退職し退職金を受領した後にパートタイムで再雇用された場合を直ちに上記各事例と同一視することもできないから、一審原告主張の事例の存在をもって一審原告が本件再雇用契約締結前の雇用期間中の賞与を請求し得る根拠とすることはできない。その他、一審原告は縷々主張を試みるが、いずれも上記主張に係る賞与請求権の存在を首肯させるものではなく、採用することはできない。
(3) 一審原告は前記第2の4(3)のとおり主張するところ、前記1(4)クのとおり、一審原告が平成21年5月から一審被告の労働者の過半数代表として活動し平成22年5月に再任されたこと、一審原告が衛生委員会に自己推薦で労働側の委員として参加し、育児介護協定の締結等について意見を述べるなどの活動をしていたところ、衛生委員会の改組に伴い一旦衛生委員会の委員を解任されたが、平成22年12月9日に同委員に再度選任されたことは認定できるものの、それ以上に一審被告が一審原告の過半数代表者としての活動を嫌悪し一審原告を排除するために本件雇止めに至ったとする一審原告の主張を首肯させるような事情を認定するに足りる的確な証拠は見当たらない。一審原告の上記主張も採用することはできない。
(4) 一審被告は前記第2の5(1)のとおり主張するが、本件再雇用契約後に一審原告が従事すべき業務も、運営企画室長の命じる運営企画室業務全般とされ、実際にも勤務日数の減少による業務量の減少はあったものの、業務の質は従前と大きな違いはなかったというべきこと、また、本件再雇用契約が、30年以上にわたって続いた期間の定めのない従来雇用契約を終了させた後に引き続き締結されたものであり、本件再雇用契約書に契約更新を前提とした種々の合意がなされていることなどに照らして、本件において契約更新に対する期待の合理性を判断するに当たり、実際に契約更新が一度もなされていないことはそれほど重要な事情であるとはいえないことは、前記3(1)のとおりである。また、一審原告が退職金を受領していることは、従来雇用契約が平成22年3月以降も引き続き継続していることを否定する有力な事情であることは前記2のとおりであるが、そうであるからといって、上記退職金受領の事実をもって、直ちに、その後締結された別の契約である本件再雇用契約の期間満了の際における一審原告の契約更新に対する期待の合理性が否定されるべきものとも解し難く、他にこれを首肯させるような事情を認めるに足りる的確な証拠も見当たらない。したがって、本件雇止めに解雇権濫用法理を類推適用できないとする一審被告の上記主張を採用することはできない。
(5) 一審被告は前記第2の5(2)のとおり主張するが、前記3(2)イのとおり、一審原告の業務量が大幅に減少したという事実自体認められず、また、前記1(4)カのとおり、一審原告の出勤する曜日が決まっていないため、情報システム委員会の参加者から、日程調整がしづらいとの不満が出ていた事実は認められるものの、ほかに一審原告の週3日勤務によって一審被告の業務に大きな支障が生じていたことを認めるに足りる証拠はなく、その他、本件再雇用契約締結後に一審原告の業務量ないし業務内容に特段の大きな変化が生じた等の事情は窺えない。このような状況下において、前記3(2)ウのとおり、少なくとも本件再雇用契約の締結時点では、一審被告も月額25万円という一審原告の賃金が相当なものであると判断していたといえるにもかかわらず、その後、賃金減額について何らの交渉もすることなく、1年も経過しないうちに一審原告の賃金額が高過ぎるとして雇止めを行うことが経営判断として合理的なものとは到底いい難いところであって、本件雇止めは社会通念上相当とはいえず、解雇権濫用法理の類推適用により無効というべきである。一審被告の上記主張も採用することはできない。
7 その他、原審及び当審における双方の主張に鑑み、証拠の内容を検討しても、上記認定判断を左右するには足りない。
第4結論
以上の次第で、一審原告の請求は、一審原告が一審被告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、本件雇止め後の賃金支払日である平成23年4月26日(原判決が平成23年3月16日から同月25日までに係る同月26日支払分の賃金支払請求を棄却した部分については、一審原告が不服申立てをしておらず、当審の審理対象とならない。)から本判決確定の日まで毎月26日限り月額25万円の割合による賃金及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、賃金請求のうち本判決確定の日の翌日分以降の給与の支払を求める部分は、あらかじめその請求をする必要があることを首肯させるような事情は証拠上認められず、その訴えは将来の給付請求を可能とする適格を欠くから訴えを却下し、賞与の支払請求及び慰謝料等の損害賠償請求はいずれも理由がないから棄却すべきであるところ、これと同旨の原判決は相当であって、一審原告及び一審被告の控訴はいずれも理由がないから棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 菊池徹 裁判官 西井和徒)