大阪高等裁判所 平成24年(ラ)1287号 決定 2013年1月07日
兵庫県朝来市<以下省略>
抗告人(原審第1事件相手方兼第2事件申立人・基本事件原告)
朝来市
同代表者市長
A
同訴訟代理人弁護士
三木俊博
同
田端聡
同
中嶋弘
東京都千代田区<以下省略>
相手方(原審第1事件申立人兼第2事件相手方・基本事件被告)
SMBC日興証券株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
関聖
同
石塚智教
同
板東秀明
同
本間亜紀
主文
1 原決定を取り消す。
2 本件訴訟を神戸地方裁判所へ移送する。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
申立人(以下「原告」という。)の本件抗告の趣旨は主文と同旨であり,その理由は別紙抗告理由書のとおりであり,これに対する相手方(以下「被告」という。)の反論は別紙意見書のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 基本事件の概要等
本件は,大阪地方裁判所(大阪地裁)に提起された基本事件につき,被告が,民訴法16条1項に基づき,東京地方裁判所(東京地裁)への移送を求めた(第1事件)のに対し,原告が,同項又は同項及び同法17条に基づき,神戸地方裁判所(神戸地裁)への移送を求めた(第2事件)ところ,原決定が同法16条1項に基づき東京地裁への移送を認めたため,原告が原決定の取消しと神戸地裁への移送を求めて抗告したものである。
本件の基本事件の概要等は,次のとおり補正,付加するほか,原決定「理由」第2の1記載のとおりであるから同部分を引用する。
(1) 原決定2頁16行目の「顧客が」から20行目末尾までを「(合意管轄)という表題の下,顧客が被告において開設する総合取引口座の契約に関して訴訟の必要が生じた場合,被告は,被告本店又は支店の所在地を管轄する裁判所を指定することができる旨の条項(以下「本件管轄条項」という。)が記載されている。」に改める。
(2) 原決定3頁2行目末尾の後に,「基本事件は,被告及び株式会社三井住友銀行(以下「相被告銀行」という。)を共同被告として提訴されたものである。なお,基本事件に先立ち,原告は,被告及び相被告銀行に対し,大阪市北区所在の総合紛争解決センターにおける和解あっせんの申立てをし,被告及び相被告銀行も同手続を応諾して和解協議が行われたが,平成24年5月23日に不調で終了した。上記手続において,原告,被告及び相被告銀行は,いずれも基本事件の訴訟代理人と同じ弁護士を代理人に選任していた。」を挿入する。
2 基本事件の管轄裁判所
(1) 当裁判所も,基本事件の法定管轄裁判所は,東京地裁及び神戸地裁であり,大阪地裁に管轄は認められないと考えるが,その理由は,原決定3頁24行目末尾の後に「また,被告神戸支店の業務に関する訴えであるから,法5条5号によっても,神戸地裁に管轄が認められる。」を付加するほかは,原決定「理由」第2の2(1)記載のとおりであるから,同部分を引用する。
(2) 被告は,本件約款における本件管轄条項及び本件訴え提起後に被告が管轄裁判所を東京地裁に指定したことを根拠にして,東京地裁が専属的な合意管轄裁判所である旨主張する。
しかしながら,本件管轄条項においては,「専属的な」合意管轄を定めたものかは明示されていない。そして,合意管轄条項において,専属的であることを示す文言がない場合に,専属的合意管轄を定めたものと解するか,競合的合意管轄を定めたものと解するかについては,学説や裁判例が分かれているところ,本件約款は,多数の者との間の契約関係を一律に定めるために,大規模事業者である被告が作成したものであるから,条項を定めるに当たって,専門家により様々な法的見地から検討が加えられたはずであり,仮に専属的合意管轄を定めたのであれば,その条項においては,疑義が生じないように,専属的であることを示す文言を入れたはずであると考えられる(表題を「専属的合意管轄」にしたり,「被告は,被告本店又は支店の所在地を管轄する裁判所を専属的な管轄裁判所として指定することができる」旨の条項にしたりすることは,容易である。)。そうすると,そのような文言がない本件管轄条項は,専属的合意管轄ではなく,競合的合意管轄を定めたものであると解するのが合理的である。なお,被告も,原審の移送申立書においては,「管轄裁判所の1つである東京地方裁判所への移送を申し立てる。」旨記載し,本件管轄条項が競合的合意管轄を定めたものであることを前提とすると思われる主張をしていたところである。
なお,被告は,本店,支店の各所在地を管轄する裁判所に管轄があるのは当然であるから,専属的合意管轄と解さなければ,本件管轄条項は意味のない規定となる旨主張するが,例えば,本件において,東京地裁及び神戸地裁以外の被告の支店が存する地を管轄する裁判所を指定すれば,その裁判所にも合意管轄裁判所として管轄が生じることになるのであるから,本件管轄条項に意味がないとはいえず,上記主張は採用できない。
3(1) 専属的な管轄裁判所が存在せず,管轄裁判所が数個ある場合において,法16条1項に基づき移送するに当たり,その移送先の裁判所をどこにするかについては,証拠調べの便宜などの訴訟の迅速性の見地や当事者間の衡平の見地から,これを定めるべきであると解される。
(2) そこで,本件で神戸地裁と東京地裁のどちらに移送すべきかについて検討する。
ア まず,前記1で引用した事実のとおり,原告の主たる事務所の所在地が,兵庫県朝来市内であり,原告との取引を担当した被告の取扱支店が神戸市内所在の神戸支店であったことからすると,取引の勧誘及び金融商品の売買契約締結は,いずれも兵庫県内で行われたと認められ,本件は,兵庫県内で生じた紛争であると評価できる。
イ また,基本事件の審理においては,被告の取扱支店従業員の原告に対する勧誘態様,金融商品に関する説明の有無及びその程度等が主たる争点になることが予想され,基本事件に先立つ裁判外紛争解決手続で合意に達していないこと等に照らすと,本件各契約に関与した原告の職員ら及び被告の神戸支店従業員らの証人尋問が実施される可能性が高いといえる。
そして,一件記録によれば,現時点において予想される証人は,原告側が当時の取引担当者(元収入役のC)と決定権者(元市長のD),被告側が取引担当者(E及びF)らであるところ,CとDは兵庫県朝来市内に居住しており,証人尋問実施時にも同市内に居住している可能性が高い。他方,Eは,本件当時は,被告神戸支店に所属して営業活動を行っていた者であるが,現在は青森市内に存する被告の青森支店に勤務し,その近辺に居住している(ただし,全国的な転勤があると考えられ,証人尋問実施時には,別の場所に居住している可能性があることは被告も自認している。なお,被告は,Fの居住地を明らかにしない。)。なお,その余の証人尋問が必要となるかは現段階では不明であるが,仮にその必要性が生じた場合は,本件が兵庫県内で生じた紛争であることに照らし,その者は同県内に居住している可能性が高い。
これらからすれば,証人尋問との関係では,神戸地裁への出頭の方が容易な証人が2名ないしそれ以上であるのに対し,東京地裁への出頭の方が容易な証人は1名であって,神戸地裁で審理を行った方が,証人尋問期日の設定が容易であるといえる。
ウ また,本件訴訟は,主張整理に相当回数の期日を重ねることが想定される複雑な訴訟であると認められるところ,原告は,大阪市内に事務所を置く弁護士を訴訟代理人に選任しており,被告も,大阪市内と東京都内に事務所を置く弁護士法人に属する弁護士を訴訟代理人に選任しているから,神戸地裁の方が,東京地裁よりも代理人の出頭が容易であるといえるし,仮に,本件訴訟を東京地裁で審理するとなると,原告代理人が出頭可能な期日の調整に時間が掛かり,訴訟が著しく遅延する蓋然性が存すると認められる。
ところで,一件記録によれば,本件訴訟は,地方公共団体である市が,大手の証券会社を被告として,その金融商品の勧誘販売が違法であったとして,損害賠償請求をしているものであり,余り先例がないと思われる訴訟であり,マスコミからも注目され,本件の原決定に対し原告が抗告したことさえ,複数の新聞社による報道がなされている。また,原告市民の関心も高く,傍聴希望者が多いことが窺われる。そして,このような社会的に注目を集めており,傍聴希望者も多い訴訟については,そのような面にも配慮が必要となることが予想されるから,主張整理を行うに際しても,原則非公開である弁論準備手続よりも,公開の法廷で行われる準備的口頭弁論手続においてこれをなすことが適切であるとする原告の主張も相応の理由があるといえる。そうすると,被告が主張するように,本件訴訟において,電話会議システムを用いた主張整理が行われることで訴訟の遅延を回避できるとは必ずしもいえない。
なお,原告が,兵庫県に隣接する大阪市内に事務所を置き,かつ,基本事件に先立つ裁判外紛争解決手続を委任した代理人を訴訟代理人として選任したことには合理性が認められるから,移送の判断に当たって,原告代理人の事務所の所在地を考慮することが不当とはいえない。
エ 以上の点を総合的に考慮すると,訴訟の迅速性の見地や当事者間の衡平の見地に照らし,法16条1項により,本件訴訟を神戸地裁に移送するのが相当である。
4 以上によれば,本件訴訟は神戸地裁に移送すべきであり,これと異なる原決定を取り消し,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 横路朋生 裁判官 平井健一郎)
<以下省略>