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大阪高等裁判所 平成24年(行コ)116号 判決 2013年9月12日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が学校設置条例の一部を改正する条例(平成20年大阪市条例第86号)の制定をもってした大阪市立A養護学校を平成21年3月31日限り廃止する旨の処分を取り消す。

3  被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成22年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は,控訴人ら(ただし,控訴人Bを除く。)に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成24年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(控訴人らは,控訴審において,同請求を追加した。)。

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,(1) 学校設置条例(昭和39年大阪市条例第57号。以下「本件設置条例」という。)に基づき設置する特別支援学校である大阪市立A養護学校(以下「A養護学校」という。)につき,同校を平成21年3月31日限り廃止することなどを内容とする学校設置条例の一部を改正する条例(平成20年大阪市条例第86号。以下「本件改正条例」という。)を制定したところ,当時同校に在学していた児童生徒又はその保護者である控訴人らが,本件改正条例によるA養護学校の廃止の取消しを求めるとともに,(2) 本件改正条例によるA養護学校の廃止等が国家賠償法上違法であるとして,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人らにつき,それぞれ慰謝料100万円及びこれに対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成22年1月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(3) さらに,控訴人C及び控訴人Dは,いずれも地元の普通校で不登校の状態にあり,いずれも学校教育法75条所定の病弱者に該当し,学校教育法施行令5条1項2号の認定就学者に該当しないことから,その保護者である控訴人E及び控訴人Fが,病弱者を対象とする養護学校であり,寄宿舎のあるA養護学校への就学を希望したにもかかわらず,被控訴人(大阪市教育委員会)が,A養護学校への就学指定をしなかったことは,同控訴人らの学習権や教育を受けさせる権利を侵害するものであるとして,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人C,同D,同E及び同Fにつき,それぞれ慰謝料100万円及びこれに対する控訴準備書面(1)送達の日の翌日である平成24年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これらのうち,上記(3)の請求は,当審において,訴えの追加的変更の申立てがされたものであり,被控訴人は,この申立てについて,異議を述べた。

原審裁判所は,本件訴えのうち,A養護学校の廃止の取消しを求める部分(上記(1)の請求)に係る訴えについては,本件改正条例の制定行為は,その適用を受ける特定の個人の具体的な権利義務又は法的利益に直接影響を生じさせ,行政庁の処分と同視することができるものとは認められないから,行政事件訴訟法3条2項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当せず,不適法であるとして却下し,本件改正条例によるA養護学校の廃止等が国家賠償法上違法であることを理由とする国家賠償法1条1項に基づく請求(上記(2)の請求)については,被控訴人が本件改正条例を制定してしたA養護学校の廃止及び病弱教育機能のG特別支援学校への移管は,特別支援教育に関する教育基本法の理念及び学校教育法の趣旨を没却するものとして,その裁量権の範囲を超え,又はこれを濫用したものであるということはできず,これが国家賠償法上違法となるということはできないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする控訴人らが,本件控訴を提起した上,当審において,上記訴えの追加的変更を申し立てた。

2  関係法令等

原判決3頁17行目から7頁6行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

3  前提事実

(1)  後記(2)のとおり訂正するほかは,原判決7頁8行目から10頁9行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決7頁12行目の「原告C(以下「原告C」という。)」を「控訴人C」と改める。

イ  原判決7頁13行目の「原告E(以下「原告E」という。)」を「控訴人E」と改める。

ウ  原判決7頁18行目の「原告D(以下「原告D」という。)」を「控訴人D」と改める。

エ  原判決7頁19行目の「原告F(以下「原告F」という。)」を「控訴人F」と改める。

オ  原判決9頁5行目の「同月19日」を「平成20年9月19日」と改める。

カ  原判決10頁7行目から9行目にかけての「それぞれG特別支援学校を卒業したが,原告Bは現在もG特別支援学校の中学部に在学中である」を,「控訴人Bは,平成25年3月に,それぞれG特別支援学校を卒業した」と改める。

第3争点

1  後記2のとおり,付加,訂正するほかは,原判決10頁11行目から19行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

2(1)  原判決10頁18行目の「(国家賠償請求訴訟の争点-争点③)」を「(国家賠償請求の争点-争点③の1)」と改め,以下,「争点③」を「争点③の1」と読み替える。

(2)  原判決10頁18行目の末尾に続けて,改行の上,「4 A養護学校への就学拒否の国家賠償法上の違法性(国家賠償請求訴訟の争点-争点③の2)」を加える。

(3)  原判決10頁19行目の「4」を「5」と改める。

第4主たる争点についての当事者の主張

1  後記2のとおり,訂正し,後記3のとおり,当審における補充主張を加えるほかは,原判決10頁21行目から30頁21行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

2(1)  原判決13頁17行目の「児童生徒の教育を」を「児童生徒の教育を受ける利益等を」と改める。

(2)  原判決14頁10行目の「医療機関において」を「医療機関があり」に改める。

(3)  原判決17頁10行目から11行目にかけての「の減少」を削除する。

(4)  原判決20頁4行目の「多大な教育効果があげられていた」を「多大な教育効果を上げていた」と改める。

(5)  原判決22頁1行目の「拡充することを決定した」を「拡充することとした」と改める。

(6)  原判決22頁24行目から25行目にかけての「日常的に診察を行ってもらったり,指導助言等を受けたりしている」を「日常的に診察を行ったり,指導助言等を与えるなどする」と改める。

(7)  原判決23頁9行目の「小中学校等への教員」を「小中学校等の教員」と改める。

(8)  原判決24頁11行目の「A学校」を「A養護学校」と,「G」を「G特別支援学校」とそれぞれ改める。

(9)  原判決30頁1行目から2行目にかけての「としている」を削除する。

3  当審における補充主張及び訴えの追加的変更による新たな主張

(1)  争点①(本件改正条例制定によるA養護学校廃止の処分性)について

【控訴人らの主張】

ア 控訴人C,同D及び同Bの親権者である控訴人E及び同Fは,控訴人C,同D及び同Bが就学すべき学校としてA養護学校を指定する旨の通知を受け,これによって控訴人C,同D及び同Bと被控訴人との間には,A養護学校という特定の公の施設の利用関係としての在学関係が設定されたのであるから,控訴人らには,A養護学校において教育を受けたり受けさせたりする具体的な権利ないし法的利益があるというべきである。したがって,本件改正条例の制定行為は,行政庁の他の処分を待つまでもなく,控訴人らの個別・具体的な権利義務ないし法的利益に直接影響を及ぼすものであるから,原判決が上記のような直接の影響の存在を認定しながら,その処分性を否定したのは不当である。

イ A養護学校は,大阪府内における入院を必要としない病弱児童生徒を対象とする唯一の病弱養護学校であり,また,同校では,学校敷地内に設置された寄宿舎に児童生徒全員が入舎し,教科指導を担当する教員との密接な連携の下で,専門性を備えた寄宿舎指導員による,病弱児童生徒各人が抱える課題に即した生活教育を受けることができた。本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止は,入院を必要としない病弱児童生徒について,今後は,病弱養護学校(病弱特別支援学校)に入学・転入することを認めないことを目的とするものであった。このことは,被控訴人が,A養護学校からG特別支援学校への機能移管前に,A養護学校への学校指定を停止し,新たな児童生徒の受入を拒否したことから明らかである。被控訴人は,平成20年6月に至り,G特別支援学校には,心身症等により地元の小中学校に通えない児童生徒を通学生として受け入れるとの修正を行ったが,受入れの規模は3学級程度という,ごく小規模なものであり(甲19),実際上は,入院を必要としない病弱児童生徒の新たな受入を行うつもりはなかった。このような事情からみると,控訴人らが,A養護学校という,唯一無二の優れた人的物的システムを備えた学校において教育を受ける具体的な法的利益を侵害されたことは明らかである。

【被控訴人の主張】

学校教育法及びその関連法令によれば,認定就学者を除く視覚障害者等に該当する児童生徒は,市町村又は都道府県が設置する特別支援学校に就学し,法定の年限,当該児童生徒に応じた特別支援教育を受ける権利を有し,その保護者が,これを受けさせる権利又は法的利益を有しているということはできるものの,それを超えて,学校教育法等が当該児童生徒及びその保護者に対し,特定の特別支援学校において特別支援教育を受ける権利及び受けさせる権利又は法的利益までも保障していると解することはできないことは明らかである。

よって,本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止に処分性が認められるとする控訴人らの主張は失当である。

(2)  争点②(本件改正条例制定によるA養護学校廃止の違法性)及び争点③の1(A養護学校の廃止及び病弱教育機能の移管における国家賠償法上の違法性)について

【控訴人らの主張】

ア 被控訴人の裁量権の範囲について

原判決は,被控訴人が市町村であり,特別支援学校を設置する本来的義務がないことをあげ,設置廃止には都道府県の場合よりさらに広範な裁量が与えられているかのような説示をするが,市町村であっても,特別支援学校を設置すれば,当該学校について都道府県と同様の義務や規制に服することになり,裁量権の範囲は,都道府県と異なるものではないというべきである。

イ 被控訴人の裁量権の逸脱・濫用について

被控訴人が,既に設置しているA養護学校を廃止ないし移管するというのであれば,それを廃止等することが特別支援学校設置の趣旨目的に照らし,合理的であると認められない限り,裁量権の逸脱,濫用に当たるというべきであるところ,次のような諸事情に鑑みれば,被控訴人の裁量権の逸脱・濫用は明らかである。

(ア) 被控訴人は入院を必要としない病弱児童生徒を対象とする教育の機能を廃止する予定であったこと

a A養護学校の在籍者数の意図的な減少工作

被控訴人は,平成19年4月1日をもってA養護学校への学校指定を停止したが,実際には,その1年前である平成18年4月1日以降,入院を必要としない病弱児童生徒の新規の受入れを認めず,A養護学校の在籍児童生徒数を意図的に減少させる工作を行っていた。このことは,上記学校指定停止前であるにもかかわらず,A養護学校への転入を拒否された児童生徒が存在することから明らかである。この点に関し,被控訴人は,A養護学校の児童生徒数の減少は,隣接していたH病院が閉鎖されたことが原因と主張するが,かかる主張は誤りであり,事実を歪曲するものである。

b A養護学校の学校指定の停止

被控訴人は,A養護学校への学校指定を平成19年4月1日に停止しており,これによって,大阪市においては,病弱の児童生徒は,既にA養護学校に在籍している者を除き,病弱養護学校への通学の必要があり,これを希望しても,現に設置されているA養護学校に在籍することが不可能になった。当時,同校の他に,同様の病弱養護学校は存在しなかったから,病弱の児童生徒は,事実上,学校教育を受けることができない状態となった。また,被控訴人は,プレスリリース(甲18)において,A養護学校が行っていた大阪市内の病院への訪問教育は,新たに病弱教育の拠点校となる大阪市内の特別支援学校に移管するとしていたものの,入院を必要としない病弱の児童生徒については,移管先への受入れを行わない旨明言していたのであり,このことは,その後に行われる病弱教育のG特別支援学校への「移管」が名目的なものに過ぎないことを推認させるに十分である。

c G特別支援学校への「移管」の内容の変容

被控訴人は,平成20年6月に至って,G特別支援学校で心身症等により地元の小中学校に通えない児童生徒を「通学生」として受け入れるとして,A養護学校の機能のうち,入院を必要としない病弱児童生徒を受け入れる機能についても,G特別支援学校に移管させるとの方針変更を行った。しかし,被控訴人は,A養護学校の学校指定の停止を撤回することはせず,学校指定を求める児童生徒は,訴訟提起等を経て,ようやく学校指定を受けられるに止まっていた。また,G特別支援学校への受入れ規模も3学級程度という,ごく小規模なものに止まっていた(甲19)。このような被控訴人の態度からすると,被控訴人の出した事実上のA養護学校の廃止の方針に対する反発の声を受け,形式的にA養護学校の機能をG特別支援学校に「移管」する姿勢を見せたにすぎないことは明白である。

d G特別支援学校への「移管」の問題点

A養護学校が果たしてきた病弱児童生徒に対する教育,支援の「機能」が,G特別支援学校に「移管」されていないのは,単に運用の問題ではない。A養護学校が果たしてきた「日常的に生活を共にし人間関係を築いていく教育的関わり」や「一人ひとりの状況を地元校や医療・福祉関係者と十分確認しながら,地元校復帰や高校進学を実現してきた実践」などを「移管」の対象から外し,病弱とりわけ心身症等により不登校となっている児童生徒への教育支援を「移管」の対象から除外したためである。

病弱児童生徒が地元校に通学できないのは,病気療養中の学習の遅れや,生活リズムの乱れ,他の児童生徒や教師との人間関係への不安,病気のために身につけるべき習慣や知識などの未確立,病気療養で揺るがされた自信や自我,アイデンティティの未回復などの要因のためである。これらの困難を解消するために必要とされるのが病弱特別支援学校であり,このような病弱児童生徒の抱える様々な困難を受け止め,その克服のために必要な特別な支援を実践してきたのがA養護学校であった。そのため,病弱児童生徒が,病弱に起因して地元校に通えなくなっている現実を正面からとらえ,その困難克服のための教育,支援を行える機能こそが「移管」の対象とされるべきであったにもかかわらず,このような機能は,無視され,「移管」の対象からは除外されてしまっている。このことは,被控訴人の「移管」計画が名ばかりのものであったことが必然的に導いた結果であり,現在も,本当の意味でのA養護学校からの「移管」は実現されていないのである。本件改正条例によるA養護学校の廃止等の違法性を判断するに当たっては,この点を十分に考慮する必要があり,このような名ばかりの「移管」が控訴人ら病弱児童生徒の学習権等を著しく侵害するものであることは明白である。

(イ) A養護学校における寄宿舎の役割と重要性について

A養護学校においては,全ての在籍者が寄宿舎に入舎し,寄宿舎で生活をしながら通学していた。A養護学校が対象とする,入院を必要としないが,地元校への通学が困難である病弱の児童生徒にとっては,寄宿舎で生活をし,寄宿舎指導員から生活規制や生活指導を受けることで,基本的生活習慣を身につけ,自立し,心理的にも対応できるようになって地元校等へ戻れるようになることが重要である。

また,平成23年度の統計上,大阪市内には,不登校による長期欠席者が2449人に上っているにもかかわらず,G特別支援学校の病弱部門は,現在,在籍者数はわずかである。このことは,病弱の特別支援学校への通学が必要であるのに,通学できていない児童生徒が相当数存在することを推測させるものである。被控訴人は,G特別支援学校に病弱教育のセンター的機能を果たさせるなどとしながら,その病弱部門に生徒を積極的に受け入れる姿勢を全く見せていないし,被控訴人が通学困難者の受入れのために設けているという寄宿舎については,その存在さえ,積極的には明示していない(甲139)。

このように,G特別支援学校が,A養護学校とは異なり,寄宿舎を病弱教育において重要なものと位置づけておらず,A養護学校が果たしてきた病弱教育の機能を承継できていないことは明らかである。A養護学校の機能をG特別支援学校に移管するというのであれば,寄宿舎を含めて従前と遜色ない同等の機能を引き継ぐように計画するのが自然であるにもかかわらず,A養護学校において保障されていた,希望する児童生徒全員が入舎できる寄宿舎の設置を頑なに拒む被控訴人の姿勢は,まさに,形式的な移管であることを裏付けるものであるといえる。

(ウ) 医療との連携について

A養護学校は,設立当初とは異なり,近年では,入院を必要としない病弱の児童生徒を受け入れる学校として,肥満などで生活規制が必要であったり,心身症などで地元校へ通えなかったりする児童生徒を受け入れていた。このような生徒については,日常的な医療との連携は必要ではない。A養護学校では,寄宿舎を設置していることで病弱の児童生徒に対し,日常生活の中で健康管理や生活規制の指導を行い,病弱の児童生徒に規則正しい生活習慣や病気克服等への自信をつけさせ,地元校への復帰や,卒業後の生活に備えさせることができていた。

原判決は,A養護学校に在籍する病弱児童生徒には,日常的に医療ケアが必要な者が少なくないとの認識を前提として,G特別支援学校に病弱教育機能を移管した場合には,A養護学校における場合よりも医療との連携がより充実したものとなると考えることには合理性があると判断しているが,この判断は,その前提となる「医療ケア」の意味を誤解したことによるものであり失当である。

(エ) 病弱教育のセンター的機能について

病弱教育を施す特別支援学校において,病弱教育におけるセンター的機能の拡充を目指すことは,学校教育法の趣旨に沿うものであるところ,A養護学校は,その機能を十分果たしてきたものであり,逆にG特別支援学校においてこそ,地域の病弱教育のセンター的機能を十分に発揮するまでには至っていないといえる。

原判決は,A養護学校においては,平成18年以降,一度もその教員を大阪市内の小中学校等に派遣したことはなく,また,他校の教職員等や児童生徒・保護者を対象とした研修会,学校見学会及び夏期体験学習会等を年数回行う以外には,特に地域の小中学校への支援が行われていなかったことが窺われ,A養護学校が果たしてきた地域の病弱教育センターとしての機能は限定的なものに止まっていたと判示する。しかし,大阪市教育委員会は,平成18年には,既にA養護学校の廃止を前提とした学校指定停止の方針を決定しており,このような方針の下で地域の病弱教育センター機能が縮小せざるを得なかっただけであり,原判決の判断は,それ以前にみられたA養護学校の本来のあり方を前提とした病弱教育のセンター的機能についての正しい理解を欠いているというほかない。

他方,被控訴人は,G特別支援学校においては,療育相談会について,希望者がいれば,随時相談を受けられる体制を整備しているなどと主張するが,A養護学校と比較すると,その活動は大幅に縮小している。現にA養護学校においては,毎年50件程度の教育相談があり,そのうち20件程度がA養護学校への入学にまで至っていたのに対して,平成21年度にG特別支援学校においてなされたという教育相談は,わずか2件にすぎない。A養護学校よりもG特別支援学校の方が病弱教育のセンター的機能をより良く果たしているとの被控訴人の主張は,根拠のないものである。

【被控訴人の主張】

ア 被控訴人の裁量権の範囲について

既に設置している特別支援学校の運営に関する義務や規制は,在籍する児童生徒が適切な教育を受けることができるよう,まさに,在籍する児童生徒の権利利益の保護のため,学校教育法等の法令に基づき課せられるものであり,都道府県と市町村とで異なるものでないことは当然であるが,現に設置している特別支援学校においてどのような教育を提供するかという判断の裁量と,設置義務のない特別支援学校を設置するか廃止するかという判断の裁量とは,全く次元が異なるものであり,これらを同列に論じる控訴人らの主張には理由がない。法令上特別支援学校の設置義務が課されている都道府県と課されていない市町村とにおいて,特別支援学校の設置や廃止の裁量の範囲が異なるのは当然のことである。

イ また,仮に,控訴人らが主張するように,A養護学校を廃止することが,特別支援学校設置の趣旨目的に照らし,合理的であると認められない限り,裁量権の逸脱,濫用に当たるとの基準によったとしても,次のような諸事情によれば,A養護学校の廃止及び病弱教育機能の移管は,裁量権の逸脱,濫用に当たらないことは明らかである。

(ア) 被控訴人はA養護学校の主要な機能である入院を必要としない病弱児童生徒を対象とする教育の機能を廃止する予定であったことについて

a 平成18年10月24日に作成された「大阪市立A養護学校の学校指定の停止について」(乙44)には,「今後の病弱教育については,市内にある養護学校を医療機関との連携のもと,病弱教育の拠点校として位置付け,A養護学校の機能を移管する。」との記載があることからも明らかなとおり,被控訴人は,入院を必要としない病弱児童生徒を対象とする教育の機能を廃止することを予定していたのではない。

また,A養護学校の廃止等が裁量権の逸脱,濫用に当たるかは,条例制定時点における事情を基に判断すべきであるところ,被控訴人は,平成20年9月18日の本件改正条例の制定の時点において,既にA養護学校の機能をG特別支援学校に移管することを決定していたのであるから(実際に同年10月10日にG特別支援学校を病弱者も対象とする特別支援学校とすることなどを内容とする新学則を公布している。),本件改正条例の制定以前の事情を基に,被控訴人の行為が裁量権の逸脱,濫用に当たるとする控訴人らの主張は失当である。

b 被控訴人は,A養護学校の在籍者数の意図的な減少工作を行ったことはない。また,A養護学校の在籍者数は,H病院が廃止された平成15年度を頂点として,減少の一途をたどっており,同病院の廃止が,A養護学校の在籍者数減少の一因になっていることは明らかである。さらに,被控訴人は,平成19年度にA養護学校の学校指定を停止しているが,同校への学校指定を継続した場合には,学校指定を受けた直後にA養護学校が廃止され,別の特別支援学校への転入を余儀なくされる児童生徒が出るなどして不要な混乱を招きかねないことから,学校廃止前の一定の時期に将来の移管に備えて学校指定を行わないことは何ら不合理ではない。加えて,控訴人らは,平成18年の時点で行われた被控訴人によるプレスリリース(甲18)を根拠に,被控訴人が入院を必要としない病弱児童生徒について,移管先への受入れを行わない旨明言した等と主張するが,この時点では,A養護学校の廃止後における市内の特別支援学校への受入れについて,詳細かつ具体的な決定がされていなかったことから,病弱児童生徒については,家庭・地域における生活を基盤とし,小中学校の通常の学級や病弱養護学級において指導,支援を行うこととされていたにすぎない。また,G特別支援学校への病弱の児童生徒の受入れ規模が3学級程度であったのは,平成20年6月の時点において,A養護学校に在籍する児童生徒や病弱特別支援学校への転入学希望者の数からすれば,3学級程度で十分対応できると判断されたためである。その後に転入学者の数が増加すれば,教室の改修等を含め必要な準備を行ったことはもちろんであるが,どの程度の規模の転入学希望者がいるか分からない段階で,むやみに多額の費用をかけて改修等を行うのは不合理である。

(イ) G特別支援学校が病弱教育のニーズを充たしていないことについて

a G特別支援学校については,被控訴人においても,十分な周知を図っているところであるが,それでも在籍者数が増加しないのは,小学校,中学校ともに,病弱・身体虚弱学級の設置校,生徒数の増加がみられ(平成20年度と平成24年度とを比較すると,学校数,生徒数とも約2倍近くになっている。),同学級に通学する病弱児童生徒が増加しているためと考えられる。この事実は,病弱児童生徒及びその保護者が必要としているのは,必ずしも,控訴人らが主張するような児童生徒を寄宿舎に入舎させながら特別支援学校に通学させることではなく,地元の普通校で他の児童生徒とともに学びながら病気との付き合い方を学んでいくことを選択する児童生徒も多いことを示すものである。

b また,学校教育法は,特別支援学校の設置義務を市町村ではなく都道府県に課しており,1つの特別支援学校が相当広域の範囲内に住所を有する児童生徒を収容することを予定していると解されることや,特別支援教育の対象となる視覚障害者等は,その障害の程度に照らして通学が不可能ないし困難な場合も少なくないと考えられることなどからして,学校教育法78条が特別支援学校に寄宿舎を設置することとしている趣旨は,児童生徒の通学を保障することにあると解するのが相当である。寄宿舎における生活指導が有用であることを否定するものではないが,家庭での生活指導に勝るわけではなく,家庭からの通学が可能な病弱児童生徒に対しても,必ず地方自治体が寄宿舎を提供しなければならないものとする必然性,合理性はない。

さらに,寄宿舎指導員は教員免許を有しておらず,寄宿舎における指導は生活指導であって病弱教育ではないのであるから,G特別支援学校の寄宿舎が通学保障のためのものであると位置づけられ,同校に在籍する病弱児童生徒が全員入舎できる制度となっていないからといって,G特別支援学校における病弱教育の内容が不十分なものとなるわけでもない。A養護学校においては,大阪市内から遠隔地に所在しており,大阪市内の自宅から通学することが困難であるために,通学手段として寄宿舎が設置されていたのであり,寄宿舎がなければ適切な教育を実施できないという理由で設置されていたわけではない。

加えて,同一敷地内に寄宿舎がないというだけで,教員と寄宿舎指導員が密接な連携をとれなくなるというのは形式論にすぎない。

(ウ) 医療との連携について

病弱特別支援学校に就学する児童生徒は,あくまでも「慢性の呼吸器疾患,腎臓疾患及び神経疾患,悪性新生物その他の疾患の状態が継続して医療又は生活規制を必要とする程度のもの又は身体虚弱の状態が継続して生活規制を必要とする程度のもの」(学校教育法施行令22条の3)であって,少なくとも定期的に診察を受けたり,医療関係者から生活に関する指導助言を受けるなど,日常的な医療機関からの支援を必要とするはずである。仮に,控訴人らが日常的な医療との連携は必要ないと感じていたとしても,上記のような病弱者が在籍・転入する病弱特別支援学校においては,緊急時はもちろん,日常的に医療との連携を確保できる体制を作ることは必要不可欠である。

(エ) 病弱教育のセンター的機能について

原判決は,平成18年法律第80号による学校教育法の改正及びそれによる特別支援教育に係る規定の整備の前提とされた協力者会議最終報告及び中央教育審議会の答申においては,障害のある児童生徒の教育的ニーズに応じた適切な教育的支援を行うための特別支援学校のあり方として,地域の小中学校等に在籍する児童生徒及びその保護者らからの相談や個々の児童生徒に対する計画的な指導のための教員からの個別の専門的,技術的な相談に応じるなど,地域において小中学校等に対する教育上の支援をこれまで以上に重視し,地域の特別支援教育のセンター的機能を発揮することが重要とされていた,と判示するが,病弱教育のセンター的機能とは,上記の判示から明らかなとおり,特別支援学校への在籍者を増やすことではない。控訴人らは,G特別支援学校の病弱部門の児童生徒数が減少していることから,同校が,充実した病弱教育センターとしての機能を果たしうると判断することはできないなどと主張するが,上記主張は失当である。

ウ A養護学校の機能は,全てG特別支援学校に移管されているのであり,同じ機能を有する特別支援学校を2校も運営することは,大阪市の財政規模や特別支援学校の在籍者数からして不合理であることは明らかであり,A養護学校の廃止が,裁量権の逸脱,濫用に当たらないことは明らかである。

(3)  争点③の2(A養護学校への就学拒否の国家賠償法上の違法性)について(訴えの追加的変更による新たな主張。訴えの追加的変更の可否についての主張を含む。)

【控訴人らの主張】

ア A養護学校への就学拒否について

控訴人C及び同Dは,いずれも地元校で不登校の状態にあったことから,寄宿舎のある病弱養護学校であるA養護学校への就学を希望した。しかしながら,大阪市教育委員会は,A養護学校については学校指定を停止していることを理由に,A養護学校への就学を拒否するという暴挙に出た。そのため,控訴人Fは,被控訴人を相手方として,大阪市教育委員会が控訴人Dを就学させるべき学校としてA養護学校を仮に指定するよう求める仮の義務付けを大阪地方裁判所に申し立てたが(同裁判所平成○年(行ク)第○号),同裁判所が申立てを却下したことから,大阪高等裁判所に即時抗告を行ったところ(同裁判所平成○年(行ス)第○号),同裁判所が原決定を取り消し,同申立てを認める決定をしたため,控訴人Dは,平成20年9月,中学部1年の2学期からA養護学校に在籍することとなった。

また,控訴人Eも,被控訴人を相手方として,大阪市教育委員会が控訴人Cを就学させるべき学校としてA養護学校を仮に指定するよう求める仮の義務付けを大阪地方裁判所に申し立てたところ(同裁判所平成○年(行ク)第○号),同裁判所が控訴人Eの申立てを認める決定をしたことから,控訴人Cは,同月,中学部2年の2学期からA養護学校に在籍することとなった。控訴人C及び同Dは,いずれも病弱者に該当するものの,認定就学者には当たらないから,本来,A養護学校への就学希望が示された時点で,大阪市教育委員会は,同控訴人らの就学すべき学校としてA養護学校を指定すべきであった。

イ 就学拒否処分が公権力の行使に該当すること及びその違法性について

市町村の設置する小学校又は中学校のみならず,特別支援学校についても,当該学校と児童生徒等との在学関係は,公法上の法律関係として,当該学校を所管する市町村の教育委員会による学校の指定に係る処分により形成されるものと解するのが相当であり,市町村の教育委員会が当該市町村の区域内に住所を有する児童生徒について就学すべき学校として当該市町村の設置する小学校若しくは中学校又は特別支援学校を指定した上,児童生徒の保護者に対し当該学校の入学期日を通知する行為(学校指定)は,当該市町村との間で,当該児童生徒について,指定に係る小学校若しくは中学校又は特別支援学校に係る在学関係を成立させるとともに,当該児童生徒の保護者について当該児童生徒を当該指定に係る小学校若しくは中学校又は特別支援学校に就学させる義務を発生させる法的効果を有するものとして,行政処分に該当すると解すべきである。したがって,これが国家賠償法1条1項に定める公権力の行使に該当することは明らかである。

そして,特別支援学校を設置している市町村の教育委員会は,小学校,中学校又は中等教育学校に在学する学齢児童又は学齢生徒で視覚障害者等になったもの(ただし,認定就学者を除く。)については,就学すべき学校として,当該市町村の設置する特別支援学校を指定した上,速やかに,当該児童生徒の保護者に対し当該学校の入学期日を通知しなければならないにもかかわらず,当該児童生徒について,視覚障害者等に当たるか否かの判断を誤り,あるいは認定就学者に当たるか否かの判断を誤った結果,就学すべき学校として,当該市町村の設置する特別支援学校を指定しなかったとすれば,これは,本来行うべき学校指定を過失により怠ったものであり,不作為による公権力の行使にほかならない。

そして,大阪市教育委員会は,平成19年4月1日以降,A養護学校に係る学校指定を停止し,同校においては児童生徒の受入れを行っていないが,控訴人らがA養護学校への就学を申し入れた時点では,同校を廃止するための条例の改正等の具体的な手続がとられていたわけではなく,同校が廃校になるか否か明らかではない時期において,大阪市教育委員会の独自の判断で学校指定を停止し,そのことを理由として控訴人C及び同Dの具体的なA養護学校への就学希望を拒否した措置は,大阪市教育委員会による裁量権の逸脱又は濫用というほかなく,国家賠償法上違法性を帯びるというべきである。

ウ 控訴人C及び同Dに対する就学拒否処分が過失によるものであること

学校教育法施行令の規定の文言及び趣旨に鑑みれば,児童生徒が視覚障害者等に該当するか否かの判断に際しては,市町村の教育委員会に裁量の余地は認め難く,また,当該児童生徒が認定就学者に該当するか否かの判断については,市町村の教育委員会には一定限度の裁量の余地が認められているものと解する余地はあるが,その裁量はきわめて限定的なものにすぎない。

前記のとおり,控訴人E及び同Fは,いずれもその子である控訴人C及び同DがA養護学校に転入することを強く希望した上,その旨を大阪市教育委員会に伝えていたにもかかわらず,当時の大阪市教育委員会の養護教育の担当者は,学校指定を停止していることを理由に,控訴人C及び同Dの就学すべき学校として,A養護学校を指定することを拒否したもので,同控訴人らについて,病弱者該当性及び認定就学者該当性のいずれも検討した形跡はみられない。同控訴人らについては,いずれも仮の義務付け申立事件において,病弱者該当性が肯定されるとともに,認定就学者該当性が否定されており,当時の大阪市教育委員会の養護教育の担当者において,この点について必要な検討を行っておれば,同控訴人らが認定就学者には該当しない病弱者であることを容易に判断できたはずであり,そうであれば,同控訴人らの就学すべき学校として,A養護学校を指定することが可能であったことは明らかであるから,病弱者該当性及び認定就学者該当性の検討をいずれも怠った点で,担当者の過失は免れない。

エ 訴えの変更の可否について

控訴人C及び同Dが,当初,大阪市教育委員会からA養護学校への入学を拒否されたため,控訴人E及び同Fが,同校への就学指定の義務付けを求めて仮の義務付け申立てを行い,これを認容する裁判所の決定を受けて,同校に入学した経緯の詳細は,既に原審で主張しているのであり,訴えの変更の前後を通じて,控訴人らの請求を基礎づける事実は同一の社会生活関係あるいはこれに密接に関連する社会生活関係に起因していることは明らかである。また,訴えの変更前の訴えについての訴訟資料や証拠資料のうちの多くのものを,変更後の請求の審理に利用することができる関係にあり,仮の義務付け申立事件の当事者は,本件と同じであり,同申立事件の訴訟資料や証拠資料を当審における変更後の請求の審理に利用することができることを加味して考えれば,訴えの変更の前後を通じて請求の基礎に変更がないことは明らかである。

また,被控訴人は,訴えの変更前後で争点が共通ではないと主張するが,争点は顕在化しているものだけではなく,潜在的なものも含めてその共通性の有無を評価すべきであり,このような観点からすれば,本件においては,訴えの変更前後で争点の共通性を否定することはできない。

もし,訴えの変更が認められなければ,控訴人らは被控訴人を被告として別訴を提起する必要があるところ,訴えの変更がされれば,当事者双方にとって,本訴手続において新請求を含めて一体的に解決することが可能になるという利益があることからしても,訴えの変更を否定する理由はない。

さらに,被控訴人は,控訴人C及び同Dが病弱児童生徒であることを争っているわけではなく,訴えの変更があった場合には,専ら,A養護学校への就学指定をしなかったことの違法性及びそのことと相当因果関係のある損害の有無ないし程度が争点になるにすぎないところ,この点については,訴え変更前に提出された訴訟資料によって十分判断可能であり,新たな主張立証を一から行わなければならないといった事態が生じることはない。

【被控訴人の主張】

ア 訴えの変更は,(ア) 請求の基礎に変更がないこと及び(イ) 新請求の審理のため著しく訴訟手続を遅延させないことを要件としているが(民事訴訟法143条1項),控訴人ら(ただし控訴人Bを除く。)による訴えの変更は,これらの要件をいずれも欠いている。

(ア) 請求の基礎に変更がないことについて

控訴人らは,原審において,被控訴人が控訴人C及び同Dに対しA養護学校への就学指定をしなかったことについては,同校が廃校に至るまでの事情の一つとして主張していたにすぎなかったところ,これが違法であるとして国家賠償法上の損害賠償請求を行うのであれば,a 就学指定をしなかったことが,被控訴人(大阪市教育委員会)の裁量権の範囲を超え,又はその濫用となるか否か,b その具体的な内容として,同控訴人らが,学校教育法75条,同法施行令22条の3に定める障害の程度に該当したか否かがまず争点となり,仮に該当するとしても,同控訴人らが,その障害の状態に照らして,A養護学校ではなく大阪市の設立する一般の中学校において,適切な教育を受けることができる特別の事情があると認められるか否か,c 被控訴人の上記行為による損害の有無がそれぞれ争点となることになる。しかしながら,これらの争点と,原審で争われた争点とは,およそ重なるところはなく,原審においては,新請求に係る争点について立証はもとより,主張の応酬すらなかったのであるから,旧請求の訴訟資料や証拠資料を新請求の審理に利用することが期待できる関係にないことは明らかである。したがって,請求の基礎が異なることは明らかである。

(イ) 新請求の審理のため著しく訴訟手続を遅延させないことについて前記のとおり,新請求については,旧請求と争点が異なるため,新たな争点について主張・立証を一から行わなければならず,訴訟が著しく遅延することは明らかである。

イ 加えて,本件訴えの変更は,控訴審におけるものであるところ,新請求の判断のために重要となる事実関係については,旧請求では争点となっていなかったため,被控訴人は,この点について第1審の審理を受けていない。したがって,控訴審において訴えの変更が認められた場合,被控訴人の審級の利益が害されることは明らかである。

ウ 以上によれば,本件訴えの変更は許されるべきではない。

(4)  争点④(損害の有無及び額)について(訴えの追加的変更により追加された請求についての主張)

【控訴人Bを除く控訴人らの主張】

控訴人C及び同Dについてされた大阪市教育委員会による就学拒否処分は,担当者の過失に基づく国家賠償法上の違法性を帯びた公権力の行使にほかならず,そのために控訴人Bを除く控訴人らは,多大な精神的損害を被った。控訴人C及び同Dは,A養護学校への転入が遅れた結果,義務教育期間中であるにもかかわらず,学習の機会を奪われることとなり,同控訴人らの保護者である控訴人E及び同Fは,我が子に教育を受けさせる権利を侵害されたものである。

控訴人C,同D,同E及び同Fの精神的損害を填補するためには,少なくとも一人当たり100万円の慰謝料の支払が必要である。

【被控訴人の主張】

争う。

第5当裁判所の判断

1  争点①(本件改正条例制定によるA養護学校廃止の処分性)について

(1)  後記(2)のとおり付加,訂正するほかは,原判決30頁24行目から37頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決36頁15行目から16行目にかけての「これらの附帯決議や報告等により,」から同19行目の「原告らの上記主張は採用することができない。」までを「これらの附帯決議や報告等があり,就学すべき特別支援学校の指定に当たって,児童生徒又はその保護者の希望や意向が尊重されるとしても,それはあくまでも事実上のものであるにすぎないのであるから,このことから直ちに,児童生徒又はその保護者に対して,特定の特別支援学校において教育を受ける権利及び受けさせる権利又は法的利益が保障されることになるわけではないというべきである。したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。」と改める。

イ  原判決36頁22行目の「廃止を内容とする条例の制定につき,」の次に,「児童福祉法の定める保育所入所の仕組みが保護者による保育所の選択を制度上保障したものであり,保育所の利用関係は保育所を特定して設定されるものであること,当該事案では,保育所入所時に,保育の実施期間が指定されることになっていること等の事実関係に基づき,」を加える。

ウ  原判決37頁2行目から3行目にかけての「これに対し,特定の特別支援学校において」から同6行目の「事案が異なるというべきである。」までを「これに対して,特別支援学校において教育を受けている児童生徒及びその保護者については,前記のとおり,学校教育法等の規定上,その入学に際して,児童生徒又はその保護者による選択が制度上保障されているとはいえないのであるから,現に特定の特別支援学校において教育を受けているからといって,このことから直ちに,当該児童生徒及びその保護者が,特定の特別支援学校において法定の年限に満つるまで教育を受ける権利及び受けさせる権利又は法的利益を有するということはできない。したがって,上記最判と本件とでは,前提を異にしており,そこから導かれる権利又は利益の存否についての判断も異なることになるのであるから,この点についての控訴人らの主張は採用できない。」と改める。

エ  原判決37頁6行目末尾に続けて,改行の上,次のとおり付加する。

「(4) 訴えの利益について

また,仮に,上記の点は措くとしても,前提事実(本判決による訂正後のものを指す。)記載のとおり,控訴人Cは平成22年3月に,同Dは平成23年3月に,同Bは平成25年3月に,それぞれG特別支援学校を卒業しており,控訴人Eは同Cの,控訴人Fは同D及び同Bの保護者であるから,控訴人ら全員について,本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止処分の取消しを求めるについての法律上の利益(原告適格)は失われたものというべきである。したがって,控訴人らの上記学校の廃止処分の取消しを求める訴えは,いずれにしても不適法である。」

オ  原判決37頁7行目の「(4) まとめ」を「(5) まとめ」と改める。

カ  原判決37頁11行目の「該当しない。」の次に「また,控訴人C,同D及び同Bが,平成25年3月までにG特別支援学校をいずれも卒業したことにより,控訴人らの上記学校の廃止処分の取消しを求める訴えの利益は失われたものというべきである。」を加える。

2  争点③の1(A養護学校の廃止及び病弱教育機能の移管における国家賠償法上の違法性)について

(1)  原判決37頁17行目から39頁16行目までの「(1) 総論」の部分及び同頁17行目から58頁3行目までの「(2) 認定事実」の部分の各記載については,後記(2)のとおり付加,訂正するほかは,上記各部分のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決38頁1行目から12行目までを削除する。

イ  原判決39頁8行目の「市町村」を「地方公共団体」と改める。

ウ  原判決39頁13行目末尾に続けて,改行の上,「なお,特別支援学校については,都道府県がその設置義務を負うこととされ(学校教育法80条),市町村は,都道府県の教育委員会の認可を得た場合に,特別支援学校を設置することができるとされているところ(同法2条1項,4条1項),このように特別支援学校の設置義務の主体が都道府県とされている趣旨は,特別支援学校は,対象となる児童生徒の数の上からみても,市町村単位で設置義務を課すのは困難であり,教育の一定の水準と学校規模を維持するためには,都道府県を設置単位とすることが適当であるという考慮によるものと解される。したがって,本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止が,裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法と評価されるかを検討するに際しては,同校の設置主体が,法律上はその設置義務を負うものとはされていないということも考慮要素の一つとすることができるというべきである。」を加える。

エ  原判決43頁10行目から11行目にかけての「上記のとおり教育課程において」を「対象児童生徒の個々の病状に応じて訪問指導を行う」と改める。

オ  原判決43頁11行目の「(乙42)」を「(甲7,乙42)」と改める。

カ  原判決48頁1行目の「機能の充実を図ることは一層重要であり,また」を「機能の充実を図ることが一層重要であることを指摘した上」と改める。

キ  原判決48頁4行目の「メリットがあり」を「メリットがあることから」と改める。

ク  原判決48頁10行目の「密接な連携ができる市内に移転し」を「密接な連携ができる市内に移転した上で」と改める。

ケ  原判決49頁18行目から19行目にかけての「移管することとされていた」の次に「。また,この段階では,これまでA養護学校で受け入れていたような,入院を必要としない病弱の児童生徒については,家庭・地域における生活を基盤とし,小中学校の通常学級や病弱養護学級において,指導・支援を行い,教育・医療・福祉の密接な連携のもと,大阪市における病弱教育の一層の充実を図ることとされていた。」を加える。

コ  原判決49頁19行目の「(甲18,70)」を「(甲18,70,乙44)」と改める。

サ  原判決50頁1行目の「大阪市教育委員会事務局指導部特別支援担当」を「大阪市教育委員会事務局指導部特別支援教育担当」と改める。

シ  原判決50頁6行目から7行目にかけての「なお,その際の方針においては移管後の市内の養護学校においては」を「移管の方針としては,病院への訪問教育は,肢体不自由養護学校3校から実施し,G特別支援学校で十分な医療との連携のもと,市内在住で心身症等により地元の小中学校に通えない児童生徒を通学生として受入れることとし,病弱教育部門として3学級程度を設けることとされた。そして,G特別支援学校への通学支援としては」と改める。

ス  原判決50頁21行目の「A養護学校においては,」から同51頁3行目の(乙15,18,弁論の全趣旨)」までを,次のとおり改める。

「A養護学校においては,平成18年11月17日,保護者説明会が開催され,同校への学校指定の停止についての説明が行われた。同説明会では,保護者から,急な学校指定の停止に対して,今後の病弱教育がどのようになされるのかといった質問が出され,A養護学校の校長は,同説明会における保護者の意見や質問を大阪市教育委員会に伝えた上で,今後の病弱教育のあり方の更なる検討を要請した。

また,上記(オ)の本件改正条例に係る議案の大阪市議会への提出と前後して,大阪市教育委員事務局は,平成20年9月5日及び同月26日にA養護学校と共催で,同校において保護者説明会を開催した。同月5日の説明会では,大阪市教育委員会事務局特別支援教育担当職員(以下「教育委員会職員」という。)から,平成21年3月をもってA養護学校を廃止する方針であること,A養護学校の病弱教育の機能をG特別支援学校に移管し,大阪市全体の病弱教育の充実を図ること,G特別支援学校に病弱教育機能を移管することで,医療との連携を図れることによるメリットがあること等の説明がされ,保護者からは,今後の主治医との連携や通学方法,保護者間の交流,行事や教育課程,G特別支援学校に移管した後の学校教育や医療との連携の方法等についての質問が出され,また,担任変更や学校変更への不安を解消するための再度の保護者説明会の開催,個別相談の開催,移管前のG特別支援学校との交流や試験的通学の実施等についての要望が出されるなどした。上記質問に対しては,教育委員会職員から,医療との連携については,主治医と校医(I病院医師),J医療センターとの連携を行うこと,通学の方法としては,自宅からは公共交通機関を使っての通学を基本とするが,個々の症状によって今後相談を行うこと,両校のPTA役員同士の交流は可能であること,G特別支援学校では,障害の状況を踏まえ,行事の工夫をしているが,今後,肢体不自由児童生徒と病弱児童生徒の教育課程や行事の組み方を検討すること等が説明された。また,同月26日の説明会では,教育委員会職員から,本件改正条例が制定されたこと,G特別支援学校で予定している年間授業時間数,時間割,学校行事等についての説明がされ,保護者からは,G特別支援学校の教室等の施設の状況,工事の予定,寄宿舎や通学支援の方法,地元校に戻った後のケア,教員配置や指導方法等についての質問が出され,教育委員会職員からは,今後,G特別支援学校での学校生活及び地元校での活動に関することについては個別に教育相談を行うこと,G特別支援学校の教育内容や施設等がわかるよう同校の見学日を設定する予定であるとの報告が行われた。

上記の説明会の後,大阪市教育委員会事務局の担当者は,同年10月10日,保護者のうちの希望者に対し,今後の転学等に関する個々の児童生徒ごとの教育相談を行い,また,同月17日及び20日には,G特別支援学校の学校見学会が行われ,同年12月4日には,G特別支援学校において両校の保護者交流会も開催された(乙15,18,弁論の全趣旨)。」

セ  原判決53頁21行目から22行目にかけての「(6コースが整備されている。」を「(7コースが整備されている。」に改める。

ソ  原判決54頁13行目の「(乙23,26,42)」を「(乙23,26,42,弁論の全趣旨)」と改める。

タ  原判決55頁9行目の「緊急時の対応をお願いする」を「緊急時の対応を依頼する」に改める。

チ  原判決55頁19行目の「上記医療的ケア検討委員会」を「同校内で組織されていた医療的ケア検討委員会」と改める。

ツ  原判決58頁3行目に続けて,改行の上,次の項目を付加する。

「(キ) G特別支援学校病弱部門の在籍児童生徒数の推移G特別支援学校病弱部門の在籍児童生徒数は,各年度5月1日現在で,平成21年度は,小学部2名,中学部5名であり,平成22年度は,小学部1名,中学部4名であり,平成23年度は,小学部1名,中学部3名(ただし年度途中の転出者が1名あり。),平成24年度は,小学部1名,中学部3名(ただし年度途中の転入者が2名あり。)であった。」

(3)  原判決58頁4行目から73頁3行目までの「(3) A養護学校廃止の合理性について」の部分及び同頁4行目から80頁18行目までの「(4) 代替措置の適切さについて」の部分の各記載については,後記(4)のとおり付加,訂正するほかは,上記各部分のとおりであるから,これを引用する。

(4)ア  原判決61頁16行目の「それらの医療機関において」を「それらの医療機関との間で」と改める。

イ  原判決61頁24行目の「同病院の主治医の」を「同病院に多数在籍していた同校の児童生徒の主治医から」と改める。

ウ  原判決62頁26行目の「並びに」を「及び」と改める。

エ  原判決66頁18行目の「もちろん」を削除する。

オ  原判決72頁25行目の「大阪市内の病弱教育機能のセンター的機能」を「大阪市内の病弱教育のセンター的機能」と改める。

カ  原判決75頁21行目から22行目にかけての「また,寄宿舎の生活指導員にはA養護学校の寄宿舎指導員の半数程度が配置され」を「同寄宿舎には,A養護学校の寄宿舎指導員であった者の半数程度が配置され」と改める。

キ  原判決76頁8行目の「行われていたというのである。」の次に,「そして,上記各保護者説明会においては,教育委員会職員から,A養護学校の病弱教育の機能をG特別支援学校に移管することについての説明が行われるとともに,保護者らからの種々の質問に対する応答がされたことに加え,大阪市教育委員会においては,これらの機会に出された保護者の意見や要望を踏まえた上での更なる対応等が,随時,行われたことが窺われるのである。」を加える。

ク  原判決77頁9行目の「範囲を超えるものではなく」を「範囲から逸脱するようなものではなく」と改める。

ケ  原判決77頁23行目から24行目にかけての「A養護学校の寄宿舎においては,生活指導を通じて」を「A養護学校の寄宿舎における生活指導は」と改める。

コ  原判決78頁7行目の「前記のとおり,」を削除する。

サ  原判決78頁8行目から9行目にかけての「特別支援学校の設置義務を市町村ではなく都道府県に課しているのであって」を「特別支援学校の設置義務を都道府県に課していることから(同法80条)」と改める。

シ  原判決78頁23行目の「寄宿舎への入舎が維持されないとしても」を「寄宿舎への入舎が認められていないとしても」と改める。

ス  原判決80頁11行目の「児童生徒の主観に基づくものにとどまるのであって」から13行目の「認めることはできない。」までを「児童生徒の主観に基づくものに止まっている。そうすると,控訴人らの主張する諸事情に基づき,G特別支援学校への病弱教育機能の移管によって,病弱児童生徒の教育を受ける権利が妨げられたと認めることはできない。」と改める。

(5)  原判決80頁19行目から81頁19行目までの「(5) まとめ」部分の各記載については,後記(6)のとおり訂正するほかは,同部分のとおりであるから,これを引用する。

(6)ア  原判決80頁25行目の「著しく侵害するということもできないことに加えて,」から81頁1行目の「都道府県であることにも鑑みると」までの部分を削除し,同部分を「著しく侵害するということもできないのであるから」と改める。

イ  原判決81頁18行目から19行目にかけての「原告らの国家賠償請求はいずれも理由がない。」を「控訴人らの,A養護学校の廃止及び病弱教育機能の移管についての違法性を主張する国家賠償請求は,いずれも理由がない。」と改める。

(7)  当審における補充主張についての判断

ア 控訴人らは,被控訴人は,本件改正条例の制定によって,従前,A養護学校が担っていた,入院を必要としない病弱児童生徒を対象とする教育の機能を廃止する(移管先への受入れを行わない)予定であったのであり,病弱教育のG特別支援学校への移管は形式的・名目的なものにすぎず,現在においても,本当の意味でのA養護学校からの「移管」は実現されていないとして,本件改正条例によるA養護学校の廃止における,被控訴人の裁量権の逸脱・濫用は明らかである旨主張する。

そこで検討するに,前記認定事実(本判決による付加,訂正後のものを指す。以下同様。)のとおり,平成18年にA養護学校の学校指定の停止に際して行われた報道機関への発表や大阪府教育委員会委員長等への通知においては,A養護学校の閉校後は,大阪市内にある特別支援学校を病弱教育の拠点校として位置づけ,医療機関との連携のもと,A養護学校の機能を移管することとされながらも,従前A養護学校で受け入れていたような,入院を必要としない病弱の児童生徒については,家庭・地域における生活を基盤とし,小中学校の通常学級や病弱養護学級において,指導・支援を行うこととされていたというのであるから,少なくとも平成18年11月頃の時点においては,大阪市内にある特別支援学校にA養護学校の機能を移管するに際して,移管すべき機能を限定的にとらえていたことが窺われないではない。しかしながら,平成20年6月に,大阪市教育委員会事務局指導部特別支援教育担当において作成された「A養護学校の病弱教育の移管について」と題する文書においては,移管の方針として,G特別支援学校で十分な医療との連携のもと,市内在住で心身症等により地元の小中学校に通えない児童生徒を通学生として受入れることとし,病弱教育部門として3学級程度を設けることが明記されていたのであるから,少なくとも,本件改正条例制定の時点においては,従前A養護学校で受け入れていたような,入院を必要としない病弱の児童生徒に対する教育の機能をも,G特別支援学校への移管の対象とすることが確定していたことは明らかである。

そして,前記認定事実によれば,A養護学校において従前行われていた,入院を必要としない病弱の児童生徒に対する教育の機能がG特別支援学校に実質的に引き継がれていることはもとより,これに加えて,G特別支援学校においては,従前と比較して医療機関との連携の充実が図られ,病弱教育に関するセンター的機能の拡充が図られたことも,また明らかであるから,病弱教育のG特別支援学校への移管は形式的・名目的なものにすぎないとの控訴人らの主張は,客観的な根拠を欠くものであるというほかはない。

したがって,この点についての控訴人らの主張は,採用することができない。

イ また,控訴人らは,G特別支援学校が,A養護学校とは異なり,寄宿舎を病弱教育において重要なものと位置づけておらず,A養護学校が果たしてきた病弱教育の機能を承継できていないことが明らかであるとも主張し,主にこの点及び複数の障害種別の学校の併置化(本件においては,病弱児童生徒は,学校生活においては肢体不自由者との,寄宿舎生活においては視覚障害者との共同生活をすることになることが問題となる。)に関する問題点等を指摘した専門家の意見書及びこれに関連する資料等(甲160ないし174)を提出する。

しかしながら,先に説示したとおり,学校教育法78条が特別支援学校において寄宿舎を設置することとしている本来の趣旨は,児童生徒の通学を保障することにあると解するのが相当である上,寄宿舎における生活指導を,特別支援学校における特別支援教育の一環として位置づける教育施策があり得ることは否めないものの,それが,唯一必然的なものであるということもできない以上,そのような施策を採用するか否か自体も,教育施策の実施者である被控訴人の裁量に委ねられているというべきである。また,複数の障害種別の学校の併置化の問題点についても,前記認定事実のとおり,平成18年法律第80号による改正後の学校教育法は,様々な教育的ニーズに適切に対応するために,従前,障害の種別に応じて盲学校,聾学校及び養護学校に区分されていた特殊教育諸学校の統一を図り,障害種別を超えた学校制度の構築を目指しているところであり,このような教育施策が,今後,検証の対象とされる余地があるとはいえ,少なくとも,本件改正条例の制定時点においては,上記のような学校教育法の趣旨に反するものであるとはいえず,このような教育施策に関する判断が社会通念上合理性を欠くものであるということもできない。さらに,被控訴人において,上記のような施策を採用したことにより,現実に,G特別支援学校に在籍する病弱児童生徒の教育を受ける権利が損なわれたことを認めるに足りる証拠もない。

したがって,この点についての控訴人らの主張も,採用できない。

ウ さらに,前記認定事実のとおり,G特別支援学校の病弱部門の在籍児童生徒数は,平成21年度以降,一桁台に止まっているというのであるが,その一方で,弁論の全趣旨によれば,小学校,中学校ともに,病弱・身体虚弱学級の設置校,生徒数の大幅な増加が窺われることに照らすと,G特別支援学校における在籍児童生徒数の増加がみられないことだけから,G特別支援学校が病弱教育のニーズを充たしていないと即断することはできないし,また,この事実のみをもって,被控訴人の本件改正条例の制定に際しての裁量権の逸脱,濫用を基礎づけることもできないというべきである。

エ その他,控訴人らは,当審においても,入院を必要としない病弱児童生徒を受け入れる学校においては,日常的な医療との連携は不要であるとか,G特別支援学校は,病弱教育のセンター的機能を十分に果たしていないとの主張を繰り返すが,これらについては,原判決が既に説示したところに尽きており,控訴人らの主張は,採用できない。

3  争点③の2(A養護学校への就学拒否の国家賠償法上の違法性)について

(1)  訴えの追加的変更の可否について

ア 控訴人Bを除く控訴人らは,当審において,控訴人C及び同Dについて,その保護者である控訴人E及び同Fが,病弱者を対象とする養護学校であるA養護学校への就学を希望したにもかかわらず,被控訴人(大阪市教育委員会)が,A養護学校への就学指定をしなかったことは,同控訴人らの学習権や教育を受けさせる権利を侵害するものであるとして,国家賠償法1条1項に基づき,控訴人Bを除く控訴人らが,被控訴人に対し,それぞれ慰謝料100万円及びこれに対する請求の日の翌日からの遅延損害金の支払を求める請求(以下,この請求を「新請求」といい,A養護学校の廃止及び病弱教育機能の移管について国家賠償法上の違法性を主張して,控訴人らが被控訴人に対し,同法1条1項に基づく慰謝料等の支払を求める請求(前記2においてその当否を検討したもの)を「旧請求」という。)について,訴えの追加的変更の申立てを行ったところ,同申立てに対し,被控訴人は,異議を述べた。

訴えの変更は,① 請求の基礎に変更がないこと,② 著しく訴訟手続を遅滞させないこと,③ 事実審の口頭弁論終結前に行われることの要件を満たす場合に許されるものとされている(民事訴訟法143条1項)ので,控訴人Bを除く控訴人らによる上記訴えの追加的変更について,上記①及び②の要件を充たすか否かについて検討する。

イ 請求の基礎に変更がないことについて

請求の基礎に変更がないこととは,訴訟物たる権利関係を基礎づける事実が同一の社会生活関係に起因する場合のみならず,これに密接に関連する社会生活関係に起因する場合も含まれると解すべきであり,具体的には,主要事実や主要争点に共通性がある場合や,証拠資料が共通であることをいうと解される。

そこで検討するに,原審段階における控訴人らの国家賠償法1条1項に基づく請求(旧請求)は,(ア) 本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止及び病弱教育機能のG特別支援学校への移管について,被控訴人に裁量権の逸脱,濫用があったか否かを主たる争点とするものであるのに対し,当審で追加した新請求は,(イ) 被控訴人(大阪市教育委員会)が,控訴人C及び同Dについて,A養護学校への就学指定をしなかったことについて,被控訴人に裁量権の逸脱,濫用があったか否かを主たる争点とするものであり,その判断の前提として,a 同控訴人らが,学校教育法75条及び同法施行令22条の3に定める障害の程度に該当したか否か(病弱者該当性),並びにb 同控訴人らが,市町村の教育委員会が,その者の障害の状態に照らして,当該市町村の設置する小学校又は中学校において適切な教育を受けることができる特別の事情があると認める者(認定就学者,同法施行令5条1項2号)に該当したか否かも問題となることになる。

まず,旧請求における主たる争点(上記(ア))と,新請求における主たる争点(上記(イ))を構成する事実関係は,前者が,大阪市議会における本件改正条例の制定の経緯等を問題にするものであるのに対し,後者は,大阪市教育委員会が,控訴人C及び同DについてA養護学校への就学指定をしなかったことに関する経緯等を問題にするものであるから,本件における一連の事実経過の中で生じた事情であるとはいえ,同一の社会生活関係に起因するものであるとも,密接に関連する社会生活関係に起因するものであるともいうことができないのは明らかである。

もっとも,控訴人らが指摘するとおり,大阪市教育委員会が,控訴人C及び同DについてA養護学校への就学指定をしなかったとの事実それ自体については,原審においても主張されてはいたものではあるが,それは,あくまでも,A養護学校が廃校に至るまでの事情の一つとして主張されたものにすぎず,上記行為についての違法性に関わる事実関係が,当事者双方の間で意識的にはもちろん,潜在的にであれ,攻撃・防御の対象として主張されたことを窺わせるような事情は見当たらない。

なお,控訴人C及び同Dが,病弱者に該当したか否か(上記a)並びに同控訴人らが認定就学者に該当したか否か(上記b)については,仮の義務付け申立事件(大阪地方裁判所平成○年(行ク)第○号及び第○号等)において争点とされたものではあるが,旧請求においては,本件改正条例が制定された当時,同控訴人らがA養護学校に就学していたことが当然の前提となっており,同請求に係る請求原因事実等として就学の適否に関する上記各事実を主張する必要がなく,これらの各事実は争点とならなかったことから,当事者双方から,攻撃・防御の対象として主張されてはいない。また,上記仮の義務付けの申立てについての受訴裁判所の判断において,同控訴人らについて病弱者該当性が肯定され,認定就学者該当性が否定されたことのみから,直ちに,新請求において同様の判断がされ,かつ,新請求における主要な争点である,同控訴人らに対して就学指定をしなかったことが,被控訴人による裁量権の逸脱,濫用に当たり国家賠償法上違法となるか否かについて,これを肯定する結論が導かれるわけでもない。

以上によれば,旧請求と新請求との請求の基礎に変更がないということはできない。

ウ 著しく訴訟手続を遅滞させないことについて

念のため,この点についても検討するに,本件における訴えの追加的変更は控訴審において行われたものであるから,被控訴人の審級の利益を考慮して,厳格な判断がされるべきであるところ,前記イで説示したとおり,旧請求と新請求とは,主要な争点を異にしているのであるから,新請求の審理のためには,特に被控訴人において,大阪市教育委員会が,控訴人C及び同DについてA養護学校への就学指定をしなかったことに関する経緯等について,新たな裁判資料の収集を行う必要が生じることを否定できない。そうすると,上記訴えの追加的変更を認めることによって,訴訟遅延が生じることは避けられないというべきであるから,本件においては,著しく訴訟手続を遅滞させないこととの要件も満たさないというべきである。

エ よって,本件における訴えの追加的変更は,これを許さないこととする。

(2)  以上によれば,A養護学校への就学拒否の違法性を理由とする国家賠償法1条1項に基づく新請求については,当審において判断することはできないことになる。

第6結論

以上のとおりであるから,本件訴えのうち,本件改正条例の制定によるA養護学校の廃止の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下すべきであり,控訴人らのその余の請求(旧請求)はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。また,控訴人Bを除く控訴人らが当審においてした訴えの追加的変更申立ては,前記説示のとおりこれを許さないこととする。よって,原判決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中澄夫 裁判官 辻本利雄 裁判官 金地香枝)

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