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大阪高等裁判所 平成24年(行コ)138号 判決 2013年2月27日

主文

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文と同旨

第2事案の概要

本件は,平成21年度介護給付費財政調整交付金算定のための国への報告(以下「本件報告」という。)に際し,和泉市が,第1号被保険者の所得段階別の人数を誤ったことにより,国から和泉市に対して交付される介護給付費財政調整交付金が本来交付されるべき金額よりも少額となったため,その差額相当の損害を被ったとして,和泉市の住民である被控訴人が,控訴人に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件報告に関する専決権者である補助参加人A及び実務担当者である補助参加人Bに対し,不法行為による損害賠償として1560万1000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年5月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払の請求をすることを求めた事案である。

原審は,被控訴人の請求のうち控訴人に補助参加人らに対し1092万0700円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年5月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払の請求をすることを求める限度で認容し,その余を棄却したため,控訴人が敗訴部分を不服として控訴した。

1  法令等の定め,前提事実,主たる争点及び主たる争点に対する当事者の主張は,下記2のとおり原判決を補正し,下記3のとおり当審における被控訴人の補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の2,3,第3及び第4のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)  4頁8行目の「丙1」の前に「本件報告当時の補助参加人Bの地位につき,」を,同13行目の末尾に「その具体的な算定方法は,「介護保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令」に定められている。また,国は,第1号被保険者の所得段階別の被保険者数等の数値・係数等を把握するため,都道府県を通じて各市町村に,上記数値・係数を報告するよう求めることとされている。」を,同14行目の「大阪府」の次に「(以下「府」ということがある。)」をそれぞれ加える。

(2)  5頁3行目の「同年」を「平成22年」に,同7行目の「同月」を「平成22年2月」に,同13行目の「同年」を「平成22年」にそれぞれ改め,同22行目の「(甲9)」及び同23行目から同24行目にかけての「(弁論の全趣旨)」をいずれも削除する。

(3)  6頁1行目の「監査請求」から同3行目の「(甲2)」までを「地方自治法242条1項に基づく住民監査請求を行ったところ,同監査委員は,同年4月28日付けで監査請求を棄却した」に改め,同15行目から16行目にかけての「求めること」の次に「(以下「4号請求」ということがある。)」を加える。

(4)  8頁8行目の「前年度比較表」を「平成21年度諸係数等の対前年度比較表」に改める。

3  当審における被控訴人の補充主張

(1)  本件控訴について

地方自治法96条1項12号の趣旨からすれば,控訴人は,本件控訴について和泉市議会の議決による授権を要するものというべきところ,当該議決を経ていないから,控訴代理人に対する訴訟委任は無効であり,本件控訴は棄却されるべきである。

すなわち,地方自治法96条1項12号が普通地方公共団体が当事者である訴えの提起にその議会の議決を必要とした立法趣旨は,当該訴えが当該地方公共団体の権利義務に重大な影響を及ぼすおそれがあるので,その議会の議決を経て,その事件について当該団体の意見,方針を決定すべきものとしたことにある。4号請求の訴訟は,損害賠償請求,不当利得返還請求,賠償命令をせよという請求の訴えであり,このような請求をする権限のある者を被告としなければならないことから,本件訴訟においては,形式的には和泉市の執行機関である控訴人を被告としているものの,その実質からすれば,本件訴訟の被告は普通地方公共団体である和泉市であるというべきである。そして,4号請求の訴訟の第一審判決で執行機関が敗訴した場合に,その判決を受け入れるか控訴を選ぶかは,当該執行機関が属する普通地方公共団体の権利義務に大きく影響することに加えて,普通地方公共団体の議会の法的性格や権限等をも考慮すれば,4号請求の訴訟の一審判決に対して上訴を提起する場合には,法律上は何ら規定はないものの,地方自治法96条1項12号を実質的に解して,当該議会の議決を必要とすべきである。そうすると,控訴人が本件控訴に当たって和泉市議会の議決を経ていないことは明らかであるから,民事訴訟法55条所定の授権を欠き,控訴人の訴訟代理人に対する訴訟委任は無効であり,本件控訴は棄却されるべきである。

(2)  補助参加人Bの過失について

1号被保険者の報告に関する大阪府の文書(甲4)の図示部分に紛らわしい記載はあるものの,国の分類基準に基づいて報告しなければならないことは,国からの交付金を算定するための資料を提供するという本件報告の目的に照らして自明であり,上記文書の入力上の注意欄(4)にも国の6段階の区分に従って入力するよう明示されている。また,上記図示部分の入力欄への入力がそのまま国の6段階別の所得段階別被保険者数につながることも入力後の図示部分の表示から明らかである。そうであるにもかかわらず,補助参加人Bは漫然と入力を行い結果的に誤ったものであるから,過失は免れない。地方公共団体独自の所得段階区分は国の6段階の中を細分化したにすぎないもので,8段階にしたことの影響などあり得ない。

控訴人は,補助参加人Bが大阪府からの平成21年12月15日付の注意喚起のメール(甲5)を見ていないと主張するが,補助参加人B以外の他の者がメールを開封したという証拠はなく,上記メールの件名が「(補足情報)【大阪府→財政調整交付金ご担当者様】介護給付費財政調整交付金の諸係数等調の提出について(依頼)」となっていることから,補助参加人B以外の者が上記メールを開くとは極めて考えにくい。

(3)  補助参加人Aの過失について

本件報告がなされたのは,補助参加人Bが本件諸係数の報告業務を初めて担当した年度であり,新たに8段階に区分した年度でもあるから,補助参加人Aは管理者として殊更注意深くチェックすべきであり,これを怠った補助参加人Aの過失は免れない。

(4)  補助参加人らの重過失について

仮に職員への損害賠償請求で当該職員らの重過失が要件であるとしても,本件では補助参加人らに重大な過失が存在する。すなわち,当初の誤った報告についてはともかく,その後の度重なる報告数値のチェックの要請(特に前年度との比較,甲6の3・4)に真面目に対応すれば誤りを容易に発見できたにもかかわらず,補助参加人らは真摯に対応しなかったため結果的に交付金が過少となったものであり,これを単なる過失とは到底評価できず,故意に近い重大な過失と判断すべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記第2の1引用に係る原判決「事実及び理由」第2の3(前提事実,前記第2の2による補正後のもの)に加え,証拠(各項掲記の他,甲11,丙1,2,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

(1)  調整交付金算定のための諸係数の調査依頼

和泉市を含む大阪府内の各市町村及び広域連合(以下「府内各市町村等」という。)の介護給付費財政調整交付金については,年度毎に,府の福祉部高齢介護室介護支援課(以下「府介護支援課」という。)が,府内各市町村等に対し,その算定のための諸係数の調査を依頼し,その提出資料の様式や記載方法を指定するなどの指導をして報告書類を提出させ,これらを取りまとめた上で国に報告を上げ,国から府内各市町村等がその交付を受ける扱いとなっていた。

府介護支援課の課長は,平成21年12月14日,府内各市町村等の介護保険担当課(室)長に対し,文書で提出期限を平成22年1月12日と定めて,平成21年度の介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べを実施した上でその報告(本件報告)を上げるよう依頼した(以下,上記文書を「本件報告依頼文書」という。)。同依頼文書には,「例年,実績報告(又はそれ以降)の段階で給付費の支給額や第1号被保険者数等の数値の誤りが散見されますので,くれぐれも間違いのないよう入念なチェックをお願いします。※変更交付申請と事業実績報告を年度内に同時に行われることとなっているため,年度を越えての追加交付は行われません(数値の誤りにより交付不足が生じても年度を越えての追加交付は行われません。)のでご留意ください。」との記載があった。(甲3の2)

(2)  第1号被保険者数等の数値・係数等の所得段階別の把握

本件報告に先立つ調査において,第1号被保険者数等の数値・係数等は所得段階別に把握することになっているが,国ではこれを6段階に分類しているのに対し,和泉市では平成21年度からその6段階を細分化して府内各市町村等の相当数の市町村と同様に8段階に分類していた(具体的には,国の第5段階<合計所得金額が200万円未満>は和泉市の第5段階<合計所得金額が125万円未満>及び第6段階<合計所得金額が125万円以上200万円未満>に該当し,国の第6段階<合計所得金額が200万円以上>は和泉市の第7段階<合計所得金額が200万円以上450万円未満>及び第8段階<合計所得金額が450万円以上>に該当する。)ことから,本件報告に際しては,和泉市の分類に基づく数値を国の分類に応じた数値に置き換える必要があった。なお,和泉市では平成20年度までは府内各市町村等の相当数の市町村と同様にその所得段階を7段階に分類していた(具体的には,国の第6段階が和泉市の第6,第7段階に該当していた。)が,平成21年度からその所得段階を上記のように1段階増加させ8段階にしたものであった。

(3)  所得段階別第1号被保険者数の提出様式の記載

本件報告依頼文書には,国の6段階の所得段階別分類を細分化した所得段階別分類を採用している府内各市町村等が被保険者数を国の所得段階別に置き換えるための提出様式として,様式1の2「第1号被保険者数」と題する文書(甲4,以下「本件様式」という。)が添付され,その上段の欄には,被保険者数に関する国の所得段階別分類による入力欄と府内各市町村等の所得段階別分類による入力欄の対応関係について,府内各市町村等が所得段階を6段階以上に細分化し基準額を第4段階に設定し介護保険法施行令附則9条,11条により設定する特例を同段階に設けている場合(府内各市町村等のうち和泉市を含む相当数の市町村等はこれに該当する。)は,国の第1段階から第5段階までと普通地方公共団体の第1段階から第5段階までとがそのまま対応し,国の第6段階と普通地方公共団体の第6段階以上が対応する趣旨を矢印で図示する部分(以下「本件様式の図示部分」という。)があったが,一方で,その下段の「入力上の注意(4)」欄には,「所得段階別第1号被保険者数の考え方については,次によること。(別紙の厚生労働省事務連絡より)・平成21年4月1日(賦課期日)における標準的な所得段階(6区分)別の第1号被保険者数を記入すること。」との記載部分(以下「本件様式の入力上の注意(4)欄」という。)があった。(甲4,20)

本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分は,国の6段階の所得段階別分類を細分化した府内各市町村等のうち,国の第6段階のみを細分化したに止まる市町村等についてはそのまま当て嵌まる内容の記載となっていたものの,国の第5段階及び第6段階をそれぞれ細分化した和泉市を含む相当数の市町村等については(国の第5段階と当該市町村等の第5,第6段階とが対応し,国の第6段階と当該市町村等の第7,第8段階とが対応する関係上)そのまま当て嵌まらない内容の記載となっており,仮に当該市町村等が同図示部分の指示どおりに従って入力すると,第5,第6段階の被保険者数の数値が誤って計上されることになる体裁となっていた。

(4)  補足情報と称するメール送信

府介護支援課では,府内各市町村等に対する本件報告依頼文書の送付後まもなく,府内の一部の市町村等から,本件様式の図示部分の入力方法に関する記載に誤りがあるのではないかとの指摘を受け,同図示部分の記載内容がそのまま当て嵌まらない所得段階別分類を採用している市町村等にも本件様式を送付していることに気付き,同依頼文書送付の翌日である平成21年12月15日午後8時44分,府内各市町村等の介護給付費財政調整交付金担当者宛に,件名を「(補足情報)【大阪府⇒財政調整交付金ご担当者様】介護給付費財政調整交付金の諸係数等調の提出について(依頼)」とする電子メール(以下「本件補足情報メール」という。)を送信した。

本件補足情報メールには,本件報告依頼文書に添付した本件様式の所得段階別被保険者数の第5段階及び第6段階の記載に当たっては,本件様式の入力上の注意(4)欄の記載に従って,合計所得金額が200万円未満の所得段階の人数を第5段階に,200万円以上の所得段階の人数を第6段階に記載するよう求め,例示として,第5段階を合計所得金額125万円未満,第6段階を合計所得金額125万円以上200万円未満,第7段階を合計所得金額200万円以上400万円未満,第8段階を合計所得金額400万円以上と設定している場合を挙げ,この場合は,第5,第6段階の人数を第5段階へ,第7,第8段階の人数を第6段階へ記載するよう求める旨の記載があったが,本件様式の図示部分の記載内容が,一部の市町村等については,その採用に係る所得段階別分類の次第では,そのまま当て嵌まらない場合があり,仮に当該市町村等が同図示部分の指示どおりに従って入力すると,第5,第6段階の被保険者数の数値が誤って計上されることになる体裁となっていることを端的に指摘する旨の記載はなかった。(甲5)

(5)  和泉市高齢介護室

ア 補助参加人A

補助参加人A(昭和29年11月25日生)は,昭和48年4月1日和泉市の職員となり,平成20年4月1日和泉市生きがい健康部高齢介護室(以下「市高齢介護室」という。)の室長兼介護保険課長に就任し,専決権限を有する者として,同年度の介護給付費財政調整交付金算定のための報告事務の決裁に関わり,同年12月には同年度第4回介護保険運営協議会における第1号被保険者の所得段階別区分を従来の第1段階から第7段階までの7段階から1段階増やして前記(2)のとおり第1段階から第8段階までとする旨を含む高齢者保健福祉計画及び介護保険事業計画の骨子案等について決裁しており,本件報告について専決権限を有していた。(甲20,丙4)

イ 補助参加人B

補助参加人B(昭和44年9月12日生)は,平成3年4月1日和泉市の職員となり,平成21年4月1日市高齢介護室介護保険グループ担当主査に就任し,今回初めて介護給付費財政調整交付金算定のための事務に関与することとなり,本件報告事務を担当した。(丙5)

ウ 人員配置等

市高齢介護室は,平成21年当時,介護保険課と高齢支援課の2課で構成され,介護保険課の担当職員は,室長である補助参加人A,室主幹1名,介護保険グループ担当主査である補助参加人B,同グループ係員4名,認定審査グループ担当主査1名,同グループ係員3名,非常勤職員2名,臨時職員3名の合計16名であり,高齢支援課の担当職員は合計12名であった。

エ パソコン

市高齢介護室においては,室長(補助参加人A),課長,室主幹及び主査4名(補助参加人Bを含む。)の合計7名に対し,それぞれ専用パソコン1台宛が付与され,その他に室内の職員であればだれでも操作することができる室専用のパソコン2台が設置されていた。

オ メールの閲覧等

市高齢介護室宛に送信されてきたメールは,室内の9台のパソコンのどれからでも開封ないし閲覧をすることができるようになっていた。

送信されてきたメールについては,一度誰かが開封・閲覧すると,以後はどのパソコンにも「開封済み電子メール」として表示される仕組みになっていたため,その表示だけからでは,開封した職員が担当職員でなかった場合,そのメールの内容が担当職員に正しく伝達されたのか否かが分からないままになったり,当該メールに係る事務が既に処理されたものとの誤解が生じたりするおそれがあるとして,市高齢介護室においては,和泉市役所内の各部局や,大阪府その他外部の関係諸団体等から市高齢介護室宛にメールが送信されてきた場合には,誰でも操作することができる室専用の2台のパソコンのみを使って開封することとし,開封した職員が当該メールに係る事務の担当職員でない場合は必ず担当職員に当該メールの内容を伝達することが申し合わせ事項とされていた。

カ 市高齢介護室における本件補足情報メールの扱い

府介護支援課から本件報告依頼文書が届いた翌日夜には,前記(4)の本件補足情報メールが市高齢介護室にも送信されていたが,補助参加人Bは,同メールの内容を認識していなかった(補助参加人Bが同メールを開封閲覧したかどうかについては争いがあり,この点については後記2に説示するとおりである。)。同メールは市高齢介護室において受信後開封され,同室のパソコンには「開封済み電子メール」として表示されていたが,同室の誰が開封したのか,その後の調査によっても判明していない。

キ 和泉市における介護保険に関する事務等の実情

和泉市においては,他の府内各市町村等と同様,介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べに関する事務を含めて,介護保険に関する事務や関係法令の内容の把握等については,その複雑さのゆえもあって,府介護支援課からの通知や交付資料あるいは指導ないし研修等に依拠して処理している実情にあり,市高齢介護室においては,独自に介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べの報告等介護保険に関する事務に関する事務規程や注意点の指摘あるいはマニュアル等といったものは作成しておらず,これまでは府介護支援課からの指導や提供資料等に依拠しこれに忠実に従うことによってこれらの事務処理を行ってきており,特段の誤りも支障も生じることはなかった。

(6)  本件報告

補助参加人Bは,府介護支援課からの本件報告依頼文書を受け,これに添付された本件様式の図示部分に従って本件報告案を作成することとなったが,今回初めて介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べの事務を担当したこともあり,従来の和泉市の事務担当者と同様,府介護支援課の指導や提供資料等を疑うことなく,また,本件補足情報メールの内容を認識することもなく,同課から送付されてきた本件様式の図示部分の記載が和泉市の所得段階別分類に当て嵌まらない内容であることに気が付かなかった。

そのため,補助参加人Bは,平成22年1月19日,本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分の記載内容に従って,所得段階別の第1号被保険者数の和泉市の第5段階の人数のみを国の第5段階に,和泉市の第6ないし第8段階の人数を国の第6段階に記載して,所得段階別の被保険者数の和泉市から国への置換えを行い,これを前提に誤った内容の本件報告案を作成し(以下「本件過誤」という。),決裁の伺いを立て,補助参加人Aは,同月20日これを決裁したが,本件過誤には気付かなかった。(甲22)

和泉市は,平成22年1月20日,大阪府に対し,本件報告に係る書類を提出した。

(7)  確認依頼

府介護支援課は,平成22年1月22日,府内各市町村等の財政調整交付金担当者宛に,提出された本件報告の財政調整交付金算定のための諸係数の内容について訂正がないかどうかを確認し,報告期限を同月27日として電子メールで回答するよう求める旨,注意事項として,今回の確認の結果が最終報告となり,厚生労働省で全国平均値等の算出作業にとりかかるため,期限後の修正報告は一切受け付けることができない旨の電子メール(以下「本件確認依頼メール」という。)を送信した。なお,同メールには,厚生労働省作成の府内各市町村等の平成21年度諸係数等の対前年度比較表(以下「対前年度比較表」という。)が添付されており,これには,和泉市の同年度の人数が平成20年度と比べると,第5段階では3467人減少し,第6段階では4069人増加している旨の記載があった。しかし,同メールには,本件補足情報メールのときのように,本件様式の図示部分の記載内容が,一部の市町村等については,その採用に係る所得段階別分類の次第では,そのまま当て嵌まらない場合があり,仮に当該市町村等が同図示部分の指示どおりに従って入力すると,第5,第6段階の被保険者数の数値が誤って計上されることになる体裁となっていることを端的に指摘する旨の記載はなく,また,後記(11)のように,8段階の所得段階別分類を採用している市町村の中に,国の所得段階別分類への置換えに誤りがあるケースがあった旨を具体的に紹介するような記載もなかった。(甲6の1ないし4)

(8)  訂正がない旨の報告

補助参加人Bは,本件確認依頼メールを受けたが,本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分の記載が和泉市の所得段階別分類に当て嵌まらない内容であることに思い至らず,また,対前年度比較表の和泉市の第5段階と第6段階の平成20年度と平成21年度の増減状況に特段注目することもなく,自ら作成した本件報告案の本件過誤に係る所得段階別の被保険者数の和泉市から国への置換えに問題があること自体に気付かないまま,その置換えを前提に諸係数の確認を行い,本件報告に訂正個所がないとの認識の下に,平成22年1月25日,訂正個所がない旨回答するについての決裁伺いを立て,補助参加人Aは,その旨の決裁をした。(甲23)

和泉市は,平成22年1月25日ころ,大阪府に対し,上記訂正がない旨の報告に係る書類を提出した。

(9)  再確認依頼

府介護支援課は,平成22年2月17日午前10時56分,府内各市町村等の財政調整交付金担当者宛に,提出された本件報告の財政調整交付金算定のための諸係数の内容について,再度訂正の有無を確認し,報告期限を同日午後5時までとして電子メールで回答するよう求める旨,注意事項として,誤りがない場合は報告の必要がない旨,本来は先月(同年1月27日)期限提出の確認結果報告を最終の数値としているが,当該措置は本年度に限ったものである旨の電子メール(以下「本件再確認依頼メール」という。)を送信した。しかし,同メールには,本件確認依頼メールと同様,本件様式の図示部分の記載内容が,一部の市町村等については,その採用に係る所得段階別分類の次第では,そのまま当て嵌まらない場合があり,仮に当該市町村等が同図示部分の指示どおりに従って入力すると,第5,第6段階の被保険者数の数値が誤って計上されることになる体裁となっていることを端的に指摘する旨の記載はなく,また,後記(11)のように,8段階の所得段階別分類を採用している市町村の中に,国の所得段階別分類への置換えに誤りがあるケースがあった旨を具体的に紹介するような記載もなかった。(乙7)

(10)  不報告

補助参加人Bは,本件再確認依頼メールの送信を受けたが,前記(8)のとおり本件確認依頼メールを受けた際と同様の理由により,本件報告における本件過誤に気付かないまま,諸係数の再確認を行い,訂正個所がないとして,補助参加人Aに対してその旨上申した。

これを受けて,和泉市は,本件報告には誤りがないとの認識の下に,大阪府に対し,本件再確認依頼メールに応じた訂正の報告をしなかった。

(11)  再々確認依頼

府介護支援課は,平成22年2月23日午後2時30分,府内各市町村等の財政調整交付金担当者宛に,本件報告における所得段階別被保険者数の「第5段階」,「第6段階」欄の記載に当たり,合計所得金額が200万円未満の人数を「第5段階」欄に,合計所得金額が200万円以上の人数を「第6段階」欄にそれぞれ記載すべきところを誤って記載している事例があった旨,提出済みの所得段階被保険者数に誤りがないか改めて確認をして,誤りがあった場合は至急報告を願いたい旨,報告期限を同日午後4時とする旨,誤りの具体例として,前記(4)と同様の各市町村等の第5段階から第8段階までに該当する合計所得金額を挙げ,その第5,第6段階の人数を国の「第5段階」欄に,各市町村等の第7,第8段階の人数を国の「第6段階」欄にそれぞれ記載すべきところを,誤って各市町村等の第5段階の人数を国の「第5段階」欄に,各市町村の第6ないし第8段階の人数を国の「第6段階」欄にそれぞれ記載していたケースがあった旨の電子メール(以下「本件再々確認依頼メール」という。)を送信した。(甲7の1)

(12)  誤りの認識

補助参加人Bは,本件再々確認依頼メールの送信を受け,所得段階別の被保険者数の府内各市町村等から国への置換えに関する誤りの具体例の記載を見て,直ちに提出済みの和泉市の本件報告の内容にも上記誤りの具体例の記載と同様の誤りがあることを認識し,補助参加人Aにその旨報告するとともに,正しい数値を計算し直し,府介護支援室に対し,報告期限の平成22年2月23日午後4時までに,和泉市の本件報告の内容に同メールが指摘するとおりの誤りがあったとして,正しい所得段階別の人数を報告し直した。

本件再々確認依頼メールを契機として,本件報告に関しては,和泉市以外にも大阪市をはじめとする府内6市3町に同様の誤りがあったことが明らかになった。

(13)  誤りによる損失試算額

府介護支援課は,平成22年2月23日,本件報告において誤りのあった和泉市を含む府内7市3町について,正しい被保険者数を報告していた場合の平成21年度普通調整交付金の金額を平成22年2月22日付け老発0222第1号厚生労働省老健局長通知(乙8)に基づいて試算をしたところ,下記①欄のとおりとなり,本件報告による誤った数値を前提とした場合の試算額(下記②欄のとおり)と比較すると,下記③欄のとおり差額が出た。和泉市の場合の試算額は,誤った数値を前提とすると1億8691万8000円であるのに対し,正しい数値を前提にすると2億3892万3000円となり,その差額は5200万5000円であった。(甲19,乙8,10)記

市町村    ①交付金額(正) ②同(誤)    ③差額(マイナス)

大阪市    9,281,605,000   8,491,681,000   789,924,000

河内長野市   148,486,000    98,162,000   50,324,000

松原市     208,344,000    160,802,000   47,542,000

和泉市     238,923,000    186,918,000   52,005,000

箕面市      88,349,000    48,432,000   39,917,000

摂津市      10,043,000         0   10,043,000

泉南市      96,597,000    74,545,000   22,052,000

島本町      29,486,000    19,362,000   10,124,000

豊能町       563,000         0     563,000

忠岡町      44,350,000    38,344,000    6,006,000

(14)  善処の要請

府介護支援課の課長及び大阪市介護保険担当課の課長は,平成22年2月24日,厚生労働省介護保険計画課に対し,和泉市を含む府内7市3町の本件報告の誤った部分に係る正しい数値による調整交付金の再計算について善処を要請したが,厚生労働省介護保険計画課からは,平成21年度での再算定はできない旨,平成22年度の交付金での調整についても現行の仕組みでは無理である旨の回答があった。(甲7の2,8,11)

(15)  一部善処

前記(14)の回答後も,大阪府,和泉市を含む府内7市3町は,国に対し,本件報告の誤った部分について正しい数値による調整交付金の再計算について善処を要請し続け,その結果,国から,平成22年6月7日付け老発0607第1号厚生労働省老健局長通知により,上記誤った数値による調整交付金額の正しい数値によるそれとの不足分のうち7割が交付されることとなり,和泉市には,上記(13)の差額(不足)額5200万5000円のうち7割相当である3640万4000円(500円以上の端数は1000円に切り上げ。介護保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令9条)が交付された。(甲9,10)

その後も,大阪府,和泉市を含む府内7市3町は,国に対し,正しい数値による調整交付金の再計算について善処を要請し続けている。

2  認定の補足

被控訴人は,前記第2の1引用に係る原判決「事実及び理由」第4の2(原告の主張)(2)イ及び前記第2の3(2)後段のとおり,補助参加人Bが本件報告依頼文書の送付の翌日に府介護支援課から送信されてきた本件補足情報メール(甲5)を開封閲覧した旨主張するが,控訴人は,上記引用に係る原判決「事実及び理由」第4の2(被告の主張)(2)イのとおり,これを否定している。この点に関しては,前記1(4)のとおり,同メールが府介護支援課から送信されたのは午後8時44分であり,同メールに係る担当職員というべき補助参加人Bがその時間帯に勤務していたことを認めるに足りる証拠はなく,また,同メールが「財政調整交付金ご担当者様」となっていたとはいえ,前記1(5)オのとおり,市高齢介護室宛の大阪府等からのメールは,同室の誰でも操作することができる同室専用の2台のパソコンのみを使って開封することができることになっており,開封した職員が当該メールに係る事務の担当職員でない場合は担当職員に当該メールの内容を伝達する旨の申し合わせがあるものの,この場合,開封した職員が上記伝達を失念すると,担当職員が当該メールの内容を知らないままになるが,同室において,そのような失念の場合の対策や,その防止のための二重チェック等の態勢構築の措置が講じられていた形跡は証拠上見当たらず,現に,本件補足情報メールを誰が開封したのか,その後の調査によっても判明していないことは前記1(5)カのとおりである実情からすると,補助参加人Bが同メールを開封しない間に,代わってこれを開封した同室の担当外の職員が補助参加人Bに対してその内容を伝達することを失念した可能性の存在を否定することはできず,他に補助参加人Bが同メールを開封閲覧したことを認めるに足りる証拠はなく,被控訴人の上記主張は認めることができない。

3  争点1(本案前の主張)について

控訴人の主張を採用することができないことは,原判決「事実及び理由」第5の2のとおりであるから,これを引用する。

4  争点2(補助参加人Bの過失又は重過失の有無)について

(1)  過失の存否

前記1認定の事実によれば,補助参加人Bは,市高齢介護室主査としての職責上,本件報告の事務担当者として,介護保険法等の諸規定や府介護支援課からの依頼の趣旨に沿って,同課の指導助言等に従い,財政調整交付金算定に係る諸係数の調査,積算,書類作成等を適正に実施すべき義務を負っていたものというべきであり,同課からの本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分は,前記1(3)のとおり,府内各市町村等のうち和泉市を含む相当数の市町村等についてはその採用する所得段階別分類に当て嵌まらない内容になっており,当該市町村等においてこれに従って本件様式に入力すると誤った数値が計上され,いわば誤りを誘引する体裁になっていたとはいえ,本件様式の入力上の注意(4)欄は,概括的で抽象的な表現ながら和泉市の所得段階別の被保険者数を国の6段階に正しく置き換えて記入するよう求めていたのであるから,予断を排除して本件様式の全体をよく注意して読めば,同図示部分が和泉市にとっては当て嵌まらない記載になっていることを発見することができたはずであり,職責上発見すべきであったといえる(現に,前記1(4)のとおり,同依頼文書の送信後翌日までに,府内各市町村等の一部の市町村等からは,府介護支援課に対し,同図示部分の入力方法に関する記載に誤りがあるのではないかとの指摘がなされている。)。

また,その後も,前記1(7)のとおり,府介護支援課から,本件様式の図示部分の問題点(和泉市を含む府内各市町村等の相当数の市町村等にとっては誤りを誘引する記載になっていること)を端的に指摘するものではなく,いわば概括的で抽象的な注意喚起を促すものにすぎなかったとはいえ,本件報告の諸係数の内容に訂正がないかどうか諸係数に関する対前年度比較表を添付してその確認を求める旨の本件確認依頼メールの送信を受けた上に,さらに,前記1(9)のとおり,同課から同様に本件再確認依頼メールの送信を受けたのであるから,所得段階別の被保険者数の和泉市から国への置換えに誤りがないかどうかを含めて,予断や思込みを排除してよく注意して再調査点検をし,本件報告における本件過誤を発見し,その正確な数値を把握して訂正の報告をすべきであったといえる。

ところが,補助参加人Bは,これを怠り,前記1(6),(8),(10)のとおり,府介護支援課の指導や提供資料等を疑うことなく,本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分に和泉市に当て嵌まらない,いわば誤りを誘引する記載があるなどとは思いもよらず,本件様式の入力上の注意(4)欄の記載内容との関連や,本件確認依頼メールに添付の対前年度比較表の被保険者数の増減の点にも特段注目することなく,同図示部分の記載内容について再点検をすることもなく,漫然と本件過誤に至り,また,その訂正の機会をも逸した過失があるものというべきである。

なお,被控訴人は,前記第2の1引用に係る原判決「事実及び理由」第4の2(原告の主張)(3)及び前記第2の3(4)のとおり,補助参加人Bに重過失があった旨主張するが,上記過失の内容や後記(3)の諸事情に照らすと,これをもって重過失と評価することは到底できない。他に重過失の存在を首肯させるような事実は証拠上見当たらない。

(2)  賠償又は求償における信義則

使用者は,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し上記損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきであるところ(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),この理は,普通地方公共団体とその職員との関係にも当て嵌まるものと解するのが相当である。

(3)  信義則上相当と認められる限度

ア 過誤の誘引

補助参加人Bに本件過誤に関して過失があることは前記(1)のとおりである。しかし,他方,和泉市における本件過誤が発生したことの端緒は,前記1認定の経緯からすれば,府介護支援課が府内各市町村等に送付した本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分には,前記1(3)のとおり,和泉市を含む相当数の市町村等にとって当て嵌まらない,いわば誤りを誘引するような記載が存在したことにあるのは明らかである。本件様式には,上記のように記載内容に問題のある同図示部分のほか,問題のない同入力上の注意(4)欄も存したが,同図示部分の方は,矢印による図示という極めて具体的なもので,一見分かりやすい体裁になっていたのに対し,同入力上の注意(4)欄の方は,概括的で抽象的な記述にすぎず,両者の印象度には大差があるものというべきことからすると,自然と補助参加人Bの注意が,同図示部分の方に集中し,同入力上の注意(4)欄の方に対しては削がれたといった事情もあったものと推認される。このことは,本件報告において和泉市と同様の誤りを犯した大阪市を含む6市3町の担当職員らについても同様であったものと解される。

イ 是正のための連絡不十分

さらに,府介護支援課は,本件様式の図示部分に上記の問題点があることに気付いた後に,本件補足情報メールを送信し,同メールには,所得段階を8段階に分けている特定の市町村の事例を挙げて,当該事例の市町村の第5,第6段階の人数を国の第5段階の欄に,同市町村の第7,第8段階の人数を国の第6段階の欄に記載するよう求める旨の記載がなされていたものの,それは,同図示部分を特定してその問題点(和泉市を含む相当数の市町村等にとって当て嵌まらない,いわば誤りを誘引する記載があること)を端的に指摘するものではなかったことは,前記1(4),4(1)のとおりであり,現に,同メールが送信されたのに,府内各市町村等のうち和泉市と大阪市とをはじめとする合計7市3町が同図示部分の問題点に気付かなかったことは,前記1(12)のとおりである。また,その後に同課から府内各市町村等に送信された本件確認依頼メールや本件再確認依頼メールには,本件補足情報メールに記載されていたような特定の市町村の事例を挙げてその所得段階の国の所得段階への記載方法に触れた趣旨の記載もなく,単に抽象的に訂正個所がないかどうか確認ないし再確認を求める趣旨の内容であったところ,例えば,同課が上記各メールを送信するに際して,最初から,端的に同図示部分をコピーして特定の市町村等にとっては誤りを誘引する記載部分に正しい矢印を朱書きするなどして,その問題点をわかりやすく指摘した文書を添付するとか,改めて国と府内各市町村等の双方の所得段階別分類の対応関係について正確な矢印を付した図を送付し直すとか,あるいは本件再々確認依頼メ-ルのような所得段階別の被保険者数の府内各市町村等から国への置換えに関する誤りの具体例を記載する等の措置をとっていれば,同図示部分の問題点は直ちに一目瞭然に府内各市町村等に伝わったものとも考えられるが,そうしなかったために,結局,せっかく同図示部分の問題点に気付きながら,その是正のための府内各市町村等への連絡が不十分な結果に終わったものといわざるを得ず,そのことも,和泉市を含む相当数の市町村等において本件再々確認依頼メール受信の時点まで本件報告上の誤りが是正されないまま推移した事態の大きな要因となったものというべきである。

ウ 執務態勢等

その上,前記1(1)のとおり,府内各市町村等の介護給付費財政調整交付金の算定に関しては,府介護支援課が,府内各市町村等に対し,その諸係数の調査を依頼し,その提出資料の様式や記載方法を指定するなどの指導をして報告書類を提出させ,これを取りまとめたうえで報告を上げる扱いとなっており,また,前記1(5)キのとおり,和泉市においては,他の府内各市町村等と同様,介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べに関する事務等介護保険に関する事務や関係法令の内容の把握等については,その複雑さのゆえもあって,府介護支援課からの通知や交付資料あるいは指導ないし研修等に依拠して処理している実情にあり,市高齢介護室においては,独自に介護給付費財政調整交付金算定のための諸係数等調べの報告等介護保険に関する事務に関する事務規程や注意点の指摘あるいはマニュアル等といったものは作成しておらず,これまでは府介護支援課からの指導や提供資料等に依拠しこれに忠実に従うことによってこれらの事務処理を行ってきており,特段の誤りも支障も生じることはなかったなど,その依存度は大きかったといえるほか,前記1(12)のとおり,和泉市以外にも大阪市を始めとする府内6市3町に本件過誤と同様の誤りがあったことなどからすると,和泉市を含む相当数の市町村等には,財政調整交付金に係る執務環境において,府介護支援課からの送付文書に誤りがないかどうかを含めて厳正にチェックしてゆく態勢が組織として確立していたとはいい難いところであり,このことも,本件報告における本件過誤の発生やその是正の遅れの大きな要因になったものというべきである。

エ 職員の処遇,過誤の予防,損失の分担に対する配慮等

ところで,普通地方公共団体における事務の中には本件報告のように多額の交付金に関係する事務も存し,このような事務を担当する職員にとっては,その事務上の過失により当該普通地方公共団体に損失が生じた場合,その過失が些細なものであっても損失が莫大な金額になれば,損害賠償や求償の場面においてその支払能力をはるかに超える負担を抱える事態もあり得,いわば経済的な破綻をも含めたリスクに常時曝されていることになるといえるにもかかわらず,和泉市においては,職員である補助参加人らがそのリスクに見合う処遇を受けていることを首肯させるような事情は証拠上見当たらない上に,前記ウのとおりの和泉市における介護給付費財政調整交付金算定のための事務に関する府介護支援課に対する依存度の大きさ,自らそのための事務規程やマニュアル等すら作成していない事実のほか,前記2のとおり,市高齢介護室宛のメールについて開封した職員が当該メールに係る事務の担当職員でない場合は担当職員に当該メールの内容を伝達する旨の申し合わせはあるものの,開封した職員が伝達を失念した場合の対策やその防止のための二重チェック等の態勢構築の措置が講じられていた形跡がなく,現に本件補足情報メールの開封者が調査しても判明していないなどの事実等に照らすと,日常的に本件過誤のような事態が発生することの予防に格別の配慮をしていたとはいい難いことに加えて,通常の職員の支払能力をはるかに超える損害賠償等の経済的負担の分散のために何らかの措置や対策を講じている形跡も証拠上見当たらない。

オ 小括

以上のとおり,補助参加人Bに本件過誤について過失があるとしても,その発端は,府介護支援課からの本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分の和泉市にとっては当て嵌まらない記載内容にあり,その過失は,本来ならば信頼し指導助言を仰ぐべき上部団体からいわば誤りを誘引するような文書の送付を受けるという予想外の立場に置かれた際に,職責上,その記載内容を無条件に信じることなく,その不適切部分を発見して,正しい事務処理をなすべき義務を負っていたのに,これを全うできなかったという内容のものであって,一般的な職務怠慢などといった事例とは明らかに様相を異にするものであること,和泉市の介護給付費財政調整交付金算定のための事務における府介護支援課に対する依存度の大きさ,同事務に取り組む組織上の態勢等の問題点が,本件過誤における構造的な背景事情として存在するものといえ,補助参加人Bでなくても,その立場になれば誰でも犯しかねなかった側面があったといえる(現に,他にも大阪市を含む6市3町においても担当職員らが同様の過誤を犯している。)こと,また,和泉市にはリスクを抱えた職員の処遇,過誤の予防,損失の分担のための配慮や対策がされているとはいえないこと,その他諸般の事情に照らすと,このような状況下においては,損害の公平な分担という見地からすれば,和泉市ないしその執行機関である控訴人が,補助参加人Bに対し,本件過誤に係る損害の賠償を請求すること自体信義則に反し,許されないものというべきである。

5  争点3(補助参加人Aの過失又は重過失の有無)について

(1)  過失の存否

前記1認定の事実によれば,補助参加人Aは,市高齢介護室長としての職責上,本件報告に関する専決権者として,介護保険法等の諸規定や府介護支援課からの依頼の趣旨に沿って,同課の指導助言等に従い,財政調整交付金算定に係る諸係数の調査,積算,書類作成等を行う事務担当者である補助参加人Bからの決裁伺いに当たっては,適正にその事務内容を点検の上決裁すべき義務を負っていたものというべきであるところ,補助参加人Bが起案した本件報告案を点検するに当たり,前記4(1)と同様の理由で,本件過誤を発見すべきであったのに,これを怠り,これを見逃して決裁をした過失があるものというべきである。

なお,被控訴人は,前記第2の1引用に係る原判決「事実及び理由」第4の3(原告の主張)及び前記第2の3(4)のとおり,補助参加人Aに重過失があった旨主張するが,上記過失の内容や後記(3)の諸事情に照らすと,これをもって重過失と評価することは到底できない。他に重過失の存在を首肯させるような事実は証拠上見当たらない。

(2)  賠償又は求償における信義則

前記4(2)と同様

(3)  信義則上相当と認められる限度

補助参加人Aに本件過誤に関して過失があることは前記(1)のとおりであるが,前記4(3)のとおり,補助参加人Bと同様の理由により,補助参加人Aについても,損害の公平な分担という見地から,和泉市ないしその執行機関である控訴人が,本件報告の誤りに係る損害の賠償を請求すること自体信義則に反し,許されないものというべきである。

なお,補助参加人Aは,本件報告に関する専決権者であり,補助参加人Bの上司として,その決裁伺いに基づいて決裁する立場にあるが,そのことが,格別上記判断を左右するものといはいい難く,他にこれを左右するような事由は証拠上見当たらない。

6  当審における被控訴人の補充主張について

(1)  本件控訴について

被控訴人は前記第2の3(1)のとおり主張するが,地方自治法96条1項12号は「普通地方公共団体がその当事者である訴えの提起」に係る規律であるのに対し,本件は,普通地方公共団体である和泉市の執行機関である控訴人(和泉市長)が訴え提起後において第1審判決に控訴する局面であるから,同号の規律の適用対象に該当しないことは明らかであり,被控訴人の主張を踏まえて検討しても,同号の規定の存在を根拠として,本件控訴について控訴人が和泉市議会の議決を経ることを要するものとは解されない。被控訴人の上記主張は採用の限りではない。

(2)  補助参加人Bの過失について

ア 被控訴人は前記第2の3(2)前段のとおり主張するところ,本件過誤について補助参加人Bに過失があることは,前記4(1)のとおりであるが,そうであるからといって,和泉市ないしその執行機関である控訴人が,補助参加人Bに対し,本件過誤に係る損害の賠償を請求すること自体信義則に反し,許されないものというべきであることは,前記4(3)のとおりであり,被控訴人の上記主張を踏まえて再検討しても,上記認定判断は左右されない。

イ 被控訴人は前記第2の3(2)後段のとおり主張するところ,この点に関しては,前記2に説示したとおり,補助参加人Bが府介護支援室から送信された本件補足情報メールを開封閲覧したとは認め難いところであり,上記開封閲覧を前提に被控訴人Bの過失を論じることはできない。被控訴人の上記主張に鑑み証拠関係を検討しても,上記認定判断は左右されない。

(3)  補助参加人Aの過失について

被控訴人は前記第2の3(3)のとおり主張するところ,補助参加人Aの過失については,前記5(1)のとおりであるが,そうであるからといって,和泉市ないしその執行機関である控訴人が,補助参加人Aに対し,本件過誤に係る損害の賠償を請求すること自体信義則に反し,許されないものというべきであることは,前記5(3)のとおりである。被控訴人の上記主張を踏まえて再検討しても,上記認定判断を左右するには足りないものというべきである。

(4)  補助参加人らの重過失について

被控訴人は前記第2の3(4)のとおり主張するが,補助参加人らに重過失があったとはいえないことは,前記4(1)末段,5(1)末段のとおりである。本件補足情報メールを補助参加人Bが開封閲覧したとは認め難いことは前記2のとおりであり,本件確認依頼メール及び本件再確認依頼メールの各内容が当初の本件報告依頼文書に添付された本件様式の図示部分の誤りを誘引する記載の是正の連絡として不十分であったことは,前記4(3)イのとおりであるほか,前記1(12)のとおり,大阪市をはじめとする6市3町において,これら各メールの送信を受けたにもかかわらず,本件報告における誤りを犯していることに鑑みても,補助参加人らに本件過誤について重過失があったとは到底いえない。なお,本件確認依頼メールに添付された対前年度比較表には,和泉市の被保険者数の数値が平成21年度は平成20年度に比べると,第5段階では3467人減少し,第6段階では4069人増加している旨の記載があったことは,前記1(7)のとおりであるが,これに注目しなかったことをもって直ちに重過失があったとはいえないところであり,他に重過失の存在をうかがわせるような事情も証拠上認められない。

第4結論

以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なり,被控訴人の請求を一部認容した原判決は,その限度で不当であり,本件控訴は理由がある。

よって,原判決中,控訴人敗訴の部分を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 泉薫 裁判官 西井和徒)

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