大阪高等裁判所 平成24年(行コ)41号 判決 2013年4月18日
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 1審原告らの控訴に係る控訴費用は1審原告らの負担とし,1審被告の控訴に係る控訴費用は1審被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告A及び同B(以下,両名を併せて「原告ら」という。)
(1) 原判決中,原告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被告は,原告Aに対し,94万2345円及びこれに対する平成21年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告は,原告Bに対し,339万0880円及びこれに対する平成21年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告
(1) 原判決中,被告敗訴部分を取り消す。
(2) 上記部分につき,原告らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
甲事件及び乙事件は,一般乗用旅客自動車運送事業者である原告らが,近畿運輸局長からそれぞれ道路運送法40条に基づく輸送施設使用停止処分を受けたため,その根拠とされた違反事実の認定には事実誤認があり,また,減車していないことや増車したことを理由として処分を加重することは,行政手続法32条違反であり,考慮すべきでない事情を考慮するものであるから,上記各処分は裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法なものであるなどと主張して,それぞれ上記各処分の取消しを求めている事案である。
また,丙事件は,原告らが,上記各処分は国家賠償法上も違法であると主張して,被告に対し,同法1条1項に基づき,上記各処分による逸失利益及び弁護士費用の損害賠償(遅延損害金を含む。)をそれぞれ求めている事案である。
原審は,原告らの請求のうち,甲事件及び乙事件において求めた各処分の取消請求を認容し,丙事件の損害賠償請求については棄却した。そこで,原告らは丙事件の損害賠償請求の認容を,被告は原告らの請求全ての棄却を求めて,それぞれが控訴した。
2 法令の定め等及び前提となる事実は,原判決の「事実及び理由」第2の2及び3記載のとおりであるから,これを引用する。
3 主たる争点
(1) 本件A処分に係る違反事実の存否等(争点1)
ア A違反事実1(点呼の記録義務違反・記録事項の不備)の存否
イ A違反事実2(乗務等の記録義務違反・記録事項の不備)の存否
ウ 信義則違反の有無
(2) 本件B処分に係る違反事実の存否等(争点2)
ア B違反事実4(乗務等の記録義務違反・記録の改ざん)の存否
イ B違反事実5及び6(運行記録計による記録義務違反)の両方を違反事実とすることの可否等
(3) 本件加重の是非(裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無)(争点3)
(4) 国家賠償請求の成否(争点4)
第3当事者の主張
1 主たる争点に係る当事者の主張は,原判決別紙1当事者の主張記載のとおりである。
2 また,各争点につき,当審において付加された当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 本件加重の是非(裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無)について(争点3)
(被告の主張)
ア 特別監視区域等という供給過剰状態にある地域においては,運行管理面での対応が追いつかず,労務管理や安全管理等が不十分となり,運転者の労働環境や,旅客サービスの質の低下が生じるおそれが既に生じている状況にあるので,法令遵守の確保がより重要となるところ,特別監視区域等に指定された後に増車等を行って人的・物的規模を拡大させる行為は,類型的にみて,運転者の労務管理や安全管理,旅客サービスの質の低下を一層増大させる危険のある行為であり,現にそのような傾向があることが実態調査の結果からも裏付けられている(乙75,103,104)。
イ 本件加重は,以上を前提とし,供給過剰地域である特別監視地域等における違反であることや,特別監視地域に指定された後に増車等をしたタクシー事業者が現実に労務管理や安全管理に関する一定の違反行為に及んだ場合において,処分庁が道路運送法40条の監督処分を行う際の裁量基準として,タクシー事業者が行った増車等という上記の危険性を増大させた事実をもって,類型的に当該タクシー事業者が十分な運行管理に対する意識が不十分な傾向にある者と認め,その意味で不利益な事情としてこれを斟酌し,ひいては労務管理や安全管理の質の低下に伴う違反の発生を防止しようとする趣旨に基づくものであって,平成12年改正道路運送法の趣旨・目的(輸送の安全,利用者の利益の保護,利便の促進)に沿う合理的なものであり,考慮する事情もその目的と十分な関連性を有するといえる。
平成12年の道路運送法の改正経緯及び本件に関連する通達の制定経過からしてもそれは明らかである。すなわち,道路運送法は,平成12年の改正において,需給調整規制(改正前道路運送法6条)自体は廃止したものの,タクシー事業はともすれば供給過剰に陥りやすく,既に供給過剰の兆候が生じている特別監視地域等において新規に参入したタクシー事業者や増車等を行ったタクシー事業者は,運行管理や労務管理がおろそかとなり,旅客サービスの質の低下を招く危険性を一層増大させているといえるから,「輸送の安全の確保」「利用者の利益の保護,その利便の増進」という道路運送法の目的が損なわれないようにするため,これらのタクシー事業者の運行管理等に関わる違反行為に対しては,厳格に対処することとし,上記の危険性を増大させたタクシー事業者が違反に及んだことを不利益な事情の一つとして斟酌しようとするものにすぎない。同法40条に基づく処分をするに当たり,本件加重を行うことは,同法の下においても,供給過剰地域における輸送の安全や旅客の利便を確保することを企図した合理的なものにほかならないのであり,上記同法の趣旨・目的に反するものではない。このことは,需給調整規制の廃止の方針が決定される前から行われていた議論(乙83,84)や,廃止の方針が決定された際に規制緩和後の事態が懸念され,事後規制の必要性が検討されていたこと(乙82,85ないし87),平成12年改正法の立法過程における同様の懸念(乙88ないし97),これらを踏まえて同改正法立法後に本件加重が定められた経緯(乙98ないし101)などから明らかである。
ウ したがって,特定特別監視地域において増車をした事業者に繰り返し監査を行うこととし,減車した事業者について,長期間監査を実施していなかった事業者であることを理由とする監査を免除することとしているのは,類型的,客観的にみて,輸送の安全及び利用者の利便の観点から,前者は監査実施の優先度が高く,後者は低いからであるにすぎない。処分日車数の加重割合が加減されているのも同様の理由からである。これにより違反行為の抑止効果も期待することができる。
エ また,増車をした事業者に対する監査は,特定特別監視地域のみならず全ての地域で行っているものであり,需給調整の廃止前から実施しているものであって,需給調整と関係はない。特定特別監視地域における減車勧告及び増車見合わせ勧告と,特別監視地域等における本件加重は直接関係のない制度である。
オ さらに本件加重は,方法としても裁量権を逸脱濫用するものではない。
すなわち,上記ア及びイを前提とすれば,事後規制として,法40条に基づく処分を厳格に行うことは平成12年改正法の趣旨に沿うものであり,また,行政処分の軽重を決する際に,個別の違反行為の悪質性だけでなく,法規制の実効性担保という観点からの事情を総合的に考慮することも許されるところ,タクシー事業者には規模が小さい事業者が多く,事業者数が膨大であることからすれば,事業者の類型的な属性を考慮し,ある程度外形的な判断基準をもって,類型的に重い処分を課すことも許され,社会的な事実を背景として事業者の態様を考慮することは許される。監査が違法だから本件処分が違法性を帯びるということもない。
カ 処分につき裁量権の逸脱や濫用があったかどうかを判断する場合には,本件処分を行った時点において本件加重の合理性を裏付ける事情が客観的に存在したか否かが問われるべきである。
キ なお,本件においては,形式としては1個の行政処分であるとしても,処分基準上,違反事実に対する処分日車数を積み上げて行政処分の量定が行われており,実質的には,本件各処分はそれぞれの違反事実に基づく独立した不利益処分の集合によって構成されているといえ,裁量権行使として当該処分全体を考慮判断すべき部分はないので,それぞれの違反事実ごとに行政処分の違法性の有無を判断し,違法と認定した部分に限ってこれを取り消すことが可能であり,かつ,その部分に限るべきである。本件各処分の全部を取り消すことは,残存する違反事実に再度行政処分を課さざるを得ず,紛争の長期化を招き,当事者双方の負担が大きくなる。
(原告らの主張)
上記被告の主張ア記載の類型的評価は,客観的なデータによるものではなく,根拠がない。同じ違反行為について,増車し或いは減車していない事業者か,減車している事業者かによって悪質性や違法性が高まる或いは低下するという理由がない。
ア 被告は,特別監視地域等において新規のタクシー事業者及び増車を行ったタクシー事業者に道路運送法上等の違反事例が多いと主張して,国土交通省作成の書面「タクシー事業に係る運賃制度について(抜粋)」(乙75)を提出する。
しかし,行政処分の件数については,全事業者と新規及び増車事業者との間の差はせいぜい10%くらいであり,増車業者が必ずしも法令違反に及ぶ蓋然性や利便性を損なう危険性が類型的に高いというほどの内容ではない。また,類型的に取り扱うというのであれば,原告らはいずれも同書面における「低額運賃事業者」に該当するのであって,全体の数字からみても最小となっている。結局違反の傾向や事故の傾向など様々であり,類型的に加重処分を加える合理性がない。
イ 被告は,本件各処分の時点に近い時点である平成18年度ないし20年度の全国の営業地域に当たる統計として,国土交通省作成の「タクシー事業者の道路交通法違反件数等の実態調査結果について」(乙103)を提出し,1社当たりの最高速度違反件数や1社当たりの苦情件数等において,新規参入事業者及び増車を実施した事業者がそれ以外の事業者の件数より高いと主張する。
しかし,同書面は,1社が保有する車両数ないし乗務員数に応じた違反件数,苦情件数の比較になっておらず,これらの数値をもって新規参入した事業者や増車を行った事業者が類型的に法令違反に及ぶ蓋然性が認められることを示すデータとはいい難い。
そして,被告が提出した「大阪地区タクシーセンターによる運転者への指導件数の内訳」(乙131)の車両数に基づいて各事業者名を調査したところ,全体としてみると増車の事実があったからといって,指導件数が増加するといった傾向や類型など認められないことがわかる(甲37)。
ウ 被告は,新規参入事業者や増車を行った事業者は,新規に運転者を採用する場合も多いところ,経験1年未満のタクシー運転者による事故が多いという報告(乙104の13頁)があり,これらのタクシー事業者について法令遵守を強く要請する理由があると主張する。
しかし,そもそも新規に運転者を採用している事業者は新規参入事業者や増車を行った事業者に限らない。また,新規参入業者や増車を行った事業者に他事業者のところから移ってくる運転者も少なくなく,被告の主張は妥当性を欠く。また,近畿運輸局作成の「事業用自動車の交通事故等の概況」(甲27ないし31),国土交通省作成の「自動車運送事業用自動車事故統計年報」(甲32ないし34)においては,統計上,1年未満の運転者による事故が最も多いという結果にはなっていない。また,仮にそのような結果になるとしたら,初心者教育を指導すればいいのであって,新規事業者や増車事業者を類型的に加重する根拠にはならない。
以上のとおり,被告の主張する類型的評価には根拠がなく,本件加重は増車抑制,減車勧奨又は需給調整を目的とするものである。
エ 本件の処分加重規定は法令ではなく処分基準であって,行政の裁量基準であるから,行政機関自身が,特別に事情があれば,処分基準に規定がなくても,道路運送法40条に基づく裁量権の行使として,例外的考慮を行って処分をさらに軽減でき,しなければならない性質のものである。
増車した事業者,新規参入業者及び減車指導に応じなかった事業者に対し特別に監査するという運用は現場裁量の濫用であるから,本件処分は全体として瑕疵を帯びるものであって,そうして得られた違反点数を根拠として処分することは許されない。
(2) 国家賠償請求の成否(違法性)について(争点4)
(原告らの主張)
行政処分は取消訴訟において違法と判定されれば国賠法上も違法であるところ,本件加重処分は,安全性という口実の下に,規制緩和を望まない既存タクシー業者の利益のために,増車した業者や減車に応じない業者を狙い撃ちに監査して何ら合理的根拠なく重い処分をするものであり,その違法性は十分に認識できたものであるから,故意があり,少なくとも過失がある。
そして,被告の主張する,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分したと認め得る事情がある場合に限り違法の評価を受けるという立場に立っても,近畿運輸局の職員は職務上の注意義務に違反しているといえるので,違法を犯したものである。
(被告の主張)
行政処分取消訴訟における違法性は,行政処分の法的効果発生の前提である法的要件充足性の有無を問題にするところ,当該行政処分の違法を理由とする国家賠償請求訴訟において,国賠法1条1項にいう違法性が認められるためには,当該行政処分の効力発生要件に関する違法性に加え,究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範違反性をも必要とする。
すなわち,行政処分が後日取消訴訟において違法な処分であるとされたとしても,そのことによって,直ちに国賠法上違法であるとはいえない。
仮に本件各処分が取り消されるべきものだったとしても,近畿運輸局長が,本件加重が適法であること及びB違反事実5を前提として本件各処分をすることには相当な根拠があったというべきであり,職務上の法的義務違反があったとはいえない。
(3) 1車1人制について(争点4)
(原告らの主張)
原告らは,本件各処分を受けた当時,乗務員1人についてタクシー車両1両を専属的に割り当てて運用する「1車1人制」を採っており,乗務員1人についてタクシー車両1両を専属的に割り当てて運用している。これは,乗務員の働き易さ,労働環境のみならず安全性の向上にも寄与するものであり,単に社内の事実上の取扱いにすぎないといった内容ではない。1車1人制の下では,遊休車両を臨時に割り当てることは直ちには困難で,それで損害を回避せよとすることは原告らの営業形態ビジネスモデルそのものを否定することになる。
被告の指摘する原告らの上記取扱いはいずれも例外的なものであり,そのような例外があるからといって,1車1人制を基本に営業してきた事業者において当然には他の乗務員に割り当てられた車両を用いるべきであったとはいえないし,そのような義務もない。直ちに利用でき,割り当てることができる遊休車両など存在しない。
(被告の主張)
原告らにおいて,原告らの主張する1車1人制はそれほど厳格に運用されているわけではない。原告Bについては,同一の運転者が複数の車両を使用していたり,1日のうちで同一の車両を複数の運転者が使用している場合があり,原告Aについては使用停止処分の対象になった車両に乗務していた運転者が行政処分期間中に他の事業用自動車に乗務していたり,事業用自動車を専属的に割り当てられず,他の運転者に割り当てられた事業用自動車に乗務している運転者が存在していたり,日常的に複数の運転者により利用されている事業用自動車が存在していたりしており,1車1人制が厳格に運用されていたわけではなく,遊休車両を稼働させなかったのはあくまでも原告ら自らの判断といえるので,その損害は相当因果関係に当たる損害ではない。
また,原告らが支給したと主張する休車補償の支給については,支給があったこと自体信用できないし,仮に支給が事実だとしてもそれは,1車1人制の運用によらなければ回避できたはずの損害である。
(4) 休車補償について(争点4)
(原告Bの主張)
原告Bにおいては,本件使用停止処分を受けた車両のうち,1車1人制によって№1から№10までの車両を割り当てていた10名の乗務員に対し,使用停止処分を受けた日数に応じて1日当たり1万円,合計70万円の休車補償を支払っている(甲B15)。少なくともこれは被告の違法な処分による原告Bの実損害である。
(被告の主張)
原告Bが乗務員に対し,休車補償を行っていたことについては立証がない。また,仮に行っていたとしても,このような費用は,原告Bが,当該運転者に遊休車両を使用して営業をさせていれば発生しなかったものであるから,本件B処分と相当因果関係のある損害ではない。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,原告らの請求は本件各処分の取消しを求める限度で理由があり,損害賠償請求は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 争点1及び2については,原判決の「事実及び理由」第5の1及び2記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点3については,以下のとおり改めるほかは,同第5の3及び4記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決の「事実及び理由」第5の3の(4)を以下のとおり改める。
「(4) 被告の主張について
ア 被告は,需給調整規制の廃止の方針が決定される前から行われていた議論(乙83,84)や,廃止の方針が決定された際に規制緩和後の事態が懸念され,事後規制の必要性が検討されていたこと(乙82,85ないし87),平成12年改正法の立法過程における同様の懸念(乙88ないし97),これらを踏まえて同改正法立法後に本件加重が定められた経緯(乙98ないし101)及び交通政策審議会が取りまとめた「タクシー事業を巡る諸問題への対策について」と題する答申(乙33)などを挙げ,供給過剰の状態にある地域においては,労務管理や安全管理が不十分となるので,既に運転者の労働環境や旅客サービスの低下のおそれが現実に生じているところ,その状態でさらに増車を行う等して人的・物的規模を拡大させる事業者は類型的に運転者の労務管理や安全管理,旅客サービスの質の低下を一層増大させるといえるので(乙75,103,104),これを不利益な事情として斟酌しようとする本件加重処分は,輸送の安全や利用者の利便性向上を目的とする平成12年改正道路運送法の趣旨目的に合致する合理的な目的であり,手段としても合理的であると主張する。
確かに,従前より需給調整による効果については,意見が分かれるところであり,需給調整を廃止し,規制緩和をした場合に発生し得る事態については,平成12年改正の前後を問わず,一般的にもその廃止後の事態が一定程度懸念されていたことは認められる(被告の挙げる前掲各証拠)。しかし,それらの議論中での発言や指摘は当該発言者の認識を示すにとどまるといわざるを得ない。本件加重処分のような取扱いが許されるかどうかについては,結局のところ,かかる取扱いの合理性を裏付ける事情が客観的に存在するか否かが問われるべきであって,すなわち,供給過剰の状態にある地域において,さらに増車を行う事業者等について,客観的に,規制すべき危険性が類型的に認められるかどうかということに帰するものと考えられる。
そうすると,客観的なデータとして被告から挙げられているのは,上記乙75,103,104であるので,これらの持つ意味について,以下検討する。
イ 被告は,「タクシー事業に係る運賃制度について」(乙75)によれば,急激な増車を実施した事業者(平成18年度末車両数が平成13年度末車両数の2倍以上となっている事業者)につき,全事業者平均よりも行政処分件数や事故件数が多い傾向が認められると主張する。
しかし,監査10件当たりの行政処分件数,警告・勧告等件数や,車両100両当たりの事故件数,重大事故件数及び苦情件数を比較しても,同表における新規事業者や急激な増車を実施した事業者が全ての項目について数値が高いというものでもなく,高い場合もその差が圧倒的に大きいというものでもない。そして各項目の中で,どの項目が運送の安全や顧客サービスにとって最も重視すべきかという点も必ずしも明らかではない。したがって,同資料については,事業者属性の類型別評価の根拠となり得る資料ではないといわざるを得ず,むしろ,かかる属性による分類が妥当かどうかにも疑問がある。
ウ 被告は,平成24年4月3日付けの国土交通省作成資料「タクシー事業者の道路交通法違反件数等の実態調査結果について」の別紙1及び2(乙103)を提出し,同資料における新規参入した事業者・増車を実施した事業者については,1社当たりの最高速度違反件数についても,1社当たりの苦情件数についても,明らかに上記以外の事業者よりも件数が多いことが認められるとする。確かに,上記資料によれば,平成18年ないし同20年の3年間においていずれもそのような傾向が認められる。
しかし,同資料における違反件数や苦情件数の比較は,各事業者1社毎に行われているところ,一般に,各事業者における保有車両数や乗務員数はまちまちであって,一定の近似値に収まるものではないので,1社毎に件数を比較しても,その頻度ないし違反や苦情の割合は明らかにならない。そして,類型的に違反や苦情における成績の優劣の傾向をみるには,絶対的数値の大小ではなく,頻度ないし割合が重要であると考えられる。したがって,同資料は,被告が主張するような類型的な傾向を基礎付ける根拠とは評価できない。
エ さらに,被告は,経験1年未満のタクシー運転者による事故が多いとする報告(乙104の13頁)をもって,新規参入事業者や増車を行った事業者は新規に運転者を採用する場合が多いので,結局かかる事業者は類型的に事故が多く,法令遵守が強く要求されるべきであると主張する。
しかし,上記報告中のデータは,財団法人交通事故総合分析センター作成の「事業用自動車の交通事故統計(平成19年版)」によるものであるが,近畿運輸局作成の「事業用自動車の交通事故等の概況(平成19年版)」(甲27)によれば,運転者の経験年数1年未満の事故件数は,経験年数2年以上3年未満,5年以上10年未満の運転者の事故件数をいずれも下回るものであり,どのデータをみても明らかに見て取れる類型的傾向ともいい難い。その上,新規参入や増車は経験1年未満の運転者を採用する必要性があるというわけでもなく,新規参入と増車は,運転者の経験とは直接は関連しないということもできる。
オ 以上のとおり,被告の主張によっても,新規参入事業者や増車を行った事業者が,被告の主張するような強く法令遵守を要請すべき類型であるとする客観的なデータの存在は認められない。そうすると,監視区域における減車に応じないことや増車を行うことについては需給調整廃止後は完全に合法的に認められた行為であることからすると,当該行為を行ったことをもって,本件加重処分を行うことは,実質的に需給調整や増車抑制・減車勧奨を目的とするものと評価せざるを得ず,本件各処分は違法であるというべきである。これに反する被告の主張は採用することができない。」
(2) 原判決43頁6行目の「いうべきである。」の後に「以上によれば,被告の主張するように,紛争の長期化を招くからといって,本件各処分の取消しを一部にとどめることはできない。」を加える。
3 争点4について
以下のとおり付加補正するほかは,原判決「事実及び理由」の第5の5記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決45頁5行目の末尾の後に,改行して以下を加える。
「 また,原告Bにおいては,本件使用停止処分を受けた車両のうち,1車1人制によって№1から№10までの車両を割り当てていた10名の乗務員に対し,使用停止処分を受けた日数に応じて1日当たり1万円,合計70万円の休車補償を支払っているので(甲B15),少なくともこれは被告の違法な処分による原告Bの実損害であると主張する。
しかし,原告Bが遊休車両を利用することにより営業損害の発生を回避することができたことは上記のとおりであり,上記10名の乗務員に対して乗務を割り当てることができなかったために支払ったと主張する休業補償についても,同原告が遊休車両を利用して当該乗務員らに乗務を割り当てていれば発生しなかったものであることは同様で,本件B処分と相当因果関係のある損害とはいえない。」
(2) 原判決45頁6行目から25行目末尾までを次のとおり改める。
「エ 原告らの主張について
(ア) 原告らは,原告らはいずれも乗務員1人についてタクシー車両1両を専属的に割り当て運用する「1車1人制」を基本として営業をしているので,使用停止を命じられた車両の代わりに他の車両を使用することにより営業損害の発生を回避することはできなかったと主張し,「1車1人制」は,乗務員の働き易さ,労働環境のみならず安全性の向上にも寄与する原告らのビジネスモデルであって,たまたま他の乗務員の車両が休日等で空いていたとしても当然に当該車両を割り当てて乗務を命じることはできず,その意味で直ちに利用でき,割り当てられる車両は存在しないと主張する。
しかし,専属的な割り当て運用といっても,原告らにおいては,原告ら自身が「1車1人制」の例外的であると説明する運用,すなわち,同一の運転者が複数の車両を使用したり,1日のうちで同一の車両を複数の運転者が使用したり,使用停止処分の対象になった車両に乗務していた運転者が行政処分期間中に他の事業用自動車に乗務するなどの運用も現に行われていることが認められるのであって(甲A26,甲B8ないし14,乙111,112,弁論の全趣旨),原告ら内部の運用としても,1運転者に特定の専属車両を割り当てるということが徹底されていたわけでもない。結局,これらの運用を本件各処分の際に行わなかったのは,あくまでも原告ら自らの判断と評価することができる。
(イ) また,原告らは,乗務員の大半は土日の勤務を休むため,平日の実働率は高く,他の乗務員が乗れる遊休車両が日々多数存在していたかのような主張には理由がないと主張する。
しかし,原告らにおいて,乗務員の大半が土日の勤務を休んでいるとか,それによって平日の実働率が高くなっていると認めるに足りる十分な証拠はない。なお,原告Bの平成21年7月10日から同月16日までの点呼簿(甲B8ないし14)をみても,マーカーが引いてある使用停止対象車両は11両であるが,いずれの日においても,その他に11両以上の稼働していない事業用車両があることがうかがわれるのであり,遊休車両は十分にあったものと認められる。
以上のとおり,原告らの主張は採用できない。」
第5結論
以上によれば,原告Aが本件A処分の取消しを求める請求及び原告Bが本件B処分の取消しを求める請求についてはいずれも理由があり,損害賠償請求については理由がないから,同旨の原判決は相当であって,原告ら及び被告の本件各控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 遠藤曜子)
裁判官平井健一郎は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官 小松一雄