大阪高等裁判所 平成25年(う)1471号 判決 2014年9月03日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
(編注)略称等についてはおおむね一審判決の例による。
第1弁護人の控訴理由
1 事実誤認ないし法令適用の誤り
被告人は補助金等適正化法32条1項の「代理人」に当たらないのにこれに該当するとし,また,被告人が内容虚偽の本件実績報告書の作成に関与したという事実はなく,同法29条1項の補助金等不正受交付罪の構成要件に該当せず,同罪の故意もないのに,原判示のとおり,交付された補助金全額につき同罪の成立を認めた一審判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがある。
2 量刑不当
被告人を懲役1年6か月に処した一審判決の量刑は重すぎて不当である。
第2控訴理由のうち事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について
1 「代理人」該当性に関する事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について
一審判決が,被告人は補助金等適正化法32条1項の「代理人」に該当する旨認定説示するところは概ね正当として是認できる。
すなわち,一審判決は,関係証拠により,被告人は,バイオガス製造事業(本件事業)の実施に必要不可欠なバイオガス製造設備の調達に係る業務を事業実施者である原判示株式会社aより請け負うとともに,これを前提として,同社代表取締役であるAから委託を受け,各種書類の作成・提出や環境省の担当者との折衝等の本件補助金の交付申請手続等に係る各種事務を行ったとする一連の事実経過を認め,このような委託事務の内容やその重要性,同委託事務と前記業務との関係に加え,Aにおいて被告人が行う本件補助金の交付申請手続に係る事務に関し,被告人に対して一定の統制監督を及ぼす契機が存在したといえることを併せ指摘して,被告人は「代理人」に当たる旨判断説示しているところ,そこに誤りはないと認められる。また,補助金等適正化法29条1項の適用対象となる行為は必ずしも法律行為等の性質を有するものに限られないと考えられるから,同法32条1項の両罰規定にいう「代理人」とは,私法上ないし公法上の権限等を適式に授与された本来の代理人に限られることはないと解され,この点に関する一審判決の説示にも誤りは認められない。
弁護人は,本件は,事業主が処罰されず代理人のみがその対象とされようとする事案であり,「代理人」の定義は慎重に判断されるべきであるとした上で,両罰規定に係る「代理人」とは,代理人自身を処罰する場合には,対向的に委任を受けた代理人は含まれず,商業的支配人など従業員たる身分を持っている者に限られるべきである,あるいは,仮に「代理人」とは包括的あるいは個別的に当該違反行為に係る事務を本人のために行う権限を与えられ,本人に代わってその事務を処理する者をいうものと解しても,「代理人」に該当するには,従業員たる身分を持っている者と同視できる程度の対外的な行為や選任監督関係が存在することが必要であると解されるとし,これらが認められない被告人は「代理人」には当たらない旨主張する。
しかし,「代理人」に当たる者のみが起訴されている場合と事業主である本人が併せて起訴されている場合とで区別して「代理人」の意義やその該当範囲を異ならしめるのは同じ文言の解釈の在り方として相当ではないというべきであるし,また,事業主たる本人から対向的に委任を受けた者であっても,本人の業務に関する義務を履行すべき地位にあって,本人のためにこれを行う中で法が定める罰則の違反行為を行うことは十分想定されるところである。にもかかわらず,補助金等適正化法が,そのような事務につき対向的に委任を受けた者が本人の業務に関して罰則に違反する行為を行った場合において,その委任が対向的なものであるという点を理由に処罰の対象から除外しているとは解し難い上,そのような解釈は文理上も無理があるといわざるを得ない(なお,補助金等適正化法32条1項の両罰規定に係る「代理人」は,同規定の文理からして「従業者」(広義の従業者)の例示のひとつであることが明らかであるけれども,この「従業者」に当たるには,事業主との間で雇用関係等があることまでは要しないと解されるから,「代理人」についても,事業主との間に雇用関係等が存在しないことはその該当性の判断に大きな影響を及ぼすものではないと考えられる。)。さらに,本件補助金の交付申請に係る一連の行為は,a社の本件事業に係る施設整備事業に関するものであって,同社代表取締役のAにおいては,国に対する本件補助金の交付申請に係る業務を被告人に代わりに行わせていたことが明らかであるところ,被告人から本件事業ないし本件補助金の交付申請手続の進ちょくについて報告を受け,又は環境省への提出書類に押印するなどしており,被告人が本件補助金の交付申請手続に係る一連の事務に関して違反行為を行うことを防止する措置を執ることが期待できる立場ないし地位にあり,それができなかったとみるべき特段の事情も認められない。よって,一審判決が,Aにおいて,被告人が行う本件補助金の交付申請手続に係る事務に関し,被告人に対し一定の統制監督を及ぼす契機が存在したといえるとするところは正当であり,その点をも併せ指摘して,被告人が「代理人」に当たるとするところにも誤りはないというべきである。
弁護人は,この点の一審判決の説示に関して,要旨,統制監督を及ぼしたというには,a社が形式的に報告を受け提出書類に押印するのみでは足りず,内容を理解し必要に応じて加除訂正等の指示を出せることが必要であるところ,a社は,高度に専門的な報告内容を理解することはできず,本件事業ないし本件補助金の交付申請手続を理解する意思や能力はなかった旨をも主張するが,「代理人」該当性を肯定する上で,そのような具体的又は直接的な統制監督関係が認められることまでは必要ないと解される。また,弁護人の指摘するような,商業的支配人など従業員たる身分を持っている者と同視できる程度の選任監督関係の存否は,「代理人」に該当するか否かを判断する際の一事情となり得るとしても,それを肯定するに当たっての必要条件になるとまでは考えられず,弁護人の主張は採用できない。
以上によれば,被告人は補助金等適正化法32条1項の「代理人」に該当するとした原判断に事実の誤認や法令適用の誤りは認められない。
2 補助金等不正受交付罪の成否に関する事実誤認の主張について
(1) 一審判決が,その挙示する証拠により,原判示「罪となるべき事実」のとおり被告人につき補助金等不正受交付の罪に該当する事実を認めたことは正当であり,その「事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断」の項で,認定理由等を説示するところも正当として是認できる。
被告人が代表取締役を務めるd社等の従業員であったD及びd社の契約社員であったEの各一審公判供述は,被告人から本件実績報告書に添付する写真資料の準備等に関連して指示を受けた状況やその内容を具体的に供述するもので,その供述内容は相互に符合している上,原判示バイオガス製造設備等の設置工事が大幅な遅れをみせていた当時の状況等に照らし,十分自然かつ合理的なものと認められる。本件実績報告書作成に当たってなされた両名に対する指示の状況については,被告人をして「いわゆるワンマン社長」と評するかどうかはともかく,d社等におけるその立場や他の従業員との関係,被告人の本件事業に関する業務への関わり方等にも整合する内容となっており,反対尋問を経ても動揺がないことから,両名の供述についていずれも基本的に信用できるとする一審判決の認定に不合理なところは認められない。これらによれば,被告人は,D及びEに指示して,実際には,本件現場でのバイオガス製造設備の設置が一部未了の状態であったにもかかわらず,他の施設の設備を撮影した写真を添付するなどしてガス製造設備等の設置を完了したなどとする本件実績報告書を提出したことが認められる。そして,補助金等適正化法14条,15条及び本件補助金に係る本件交付要綱15条ないし17条によれば,実績報告書は,補助事業を完了したときにそのことを各省各庁の長に報告するために提出されるものであり,各省各庁の長は,その報告を受けた場合に,当該補助事業の成果と補助金交付決定の内容等との適合性につき調査した上,適合すると認めたときに交付すべき補助金の額を確定し,その後補助金が支払われることとされている。
したがって,実績報告書の内容は,各省各庁の長において,完了した補助事業の成果がすでになされた交付決定の内容に適合するものかどうかを調査し,それを経て補助金の額を適正に確定するための資料として基本的かつ重要な意義を有することは明白というべきであって,補助事業が完了していないのにこれが完了したとする本件実績報告書は内容虚偽のものにほかならず,これを所管官庁の長である環境大臣に提出することは,不当に補助金等の交付を受ける原因となる手段であって不正なものといえるから,補助金等適正化法29条の「偽りその他不正の手段」に当たる。一審判決が以上のように説示するところはいずれも正当であると認められる。
(2) 以下,弁護人の主張にかんがみ検討する。
ア 弁護人は,主として以下のような点を指摘して,D及びEの供述はいずれも基本的に信用できるとする一審判決の認定をるる争うが,その主張は採用できない。
すなわち,弁護人は,両名について,被告人の指示を誤解し,それぞれの判断で被告人の了解を得ずに内容虚偽の実績報告書を作成した可能性を否定できず,また,被告人の指示がなければ,各自が罪に問われる状況であったから,被告人の指示であったと虚偽を述べる動機がある,と主張するが,証拠上の根拠に乏しく,本件実績報告書の作成に関して被告人が両名に指示を与えた点については,むしろ,一審判決が指摘するように,d社等の従業員ないし契約社員という立場にとどまる両名において,被告人の指示を受けずに独断で虚偽の本件実績報告書の作成に関与するなどする理由も必要性もないと考えられるところであって,弁護人の主張は採用できない。
また,弁護人は,Dは,他の指示についてはメモを残しておきながら,違法行為の指示を受けたことになるから,備忘や自己防衛のためにメモを残してしかるべきと考えられる本件実績報告書の作成指示について,何らの痕跡を残していないというのは不自然極まりない,ともいうが,やはり一審判決が説示するとおり,被告人の当該指示内容がさほど複雑,難解なものとはみられないことからすると,その点はD供述の信用性評価に影響を及ぼすものではない。
さらに,弁護人は,実績報告書に添付する写真は工事過程の写真であって,完成品の写真である必要はなく,その提出後には現地検査が行われることが想定されるから,被告人が,Dに対して虚偽の写真の貼付を指示することなどあり得ない,被告人は,どの工事が完成又は未完成であるかを把握しておらず,特定の装置が未完成であることを示したわけでもないのに,Dは,完成していない装置については参考写真を添付するものと理解し,実績報告書を作成したのであるから,それは被告人の指示に基づくものではない,とも主張する。しかし,Dは,平成21年5月に,ガス精製装置等が設置されておらず「Ⅰ期工事」と称していた部分のみが完成していた段階で,被告人から実績報告書を作成するよう指示されたことから,被告人に「Ⅰ期工事だけですね」と言い,完成しているものを実績としてその報告書に記載するのかを確認すると,被告人が激高して「何を言ってるんですか,あなたは。お金は全てもらってるんで,全て報告するんです」などと言ったため,作っていないものを記載するという指示であると理解して必要な写真を集めることとしたこと,未完成設備の写真について被告人に相談すると,被告人は,参考でいいから写真を付けるよう指示したので,他の従業員と相談するなどして,似た現場施設の写真を入手したり,インターネットから探したりして準備する一方,堆肥置き場の壁の写真はどうしても取得できない旨被告人に相談すると,被告人は,自分の方で手配する旨応じ,その頃Eに指示してダミー壁を作製させ,Dに現場に赴かせてその写真を撮影させたことが認められる。このような経過に照らすと,Dが未完成の装置の写真を入手して実績報告書を作成したのは,被告人の指示に基づくものとみるよりほかなく,それがDの誤解や独断によるものなどと疑う余地はない。実績報告書提出後の現地調査(本件交付要綱16条1項)については,制度上も実務上もその実施は必要的なものとされておらず,実績報告書の提出期限が迫る中,一見不備が見受けられない実績報告書を作成しその審査のみで本件補助金の額が確定されるに至ることを見越してその提出に及んだとみることも十分合理的に想定されるところであって,その他弁護人が種々指摘するところをふまえても,Dの一審公判供述が不自然ないし不合理ということにはならず,弁護人の主張は採用できない。
弁護人は,Eの一審公判供述について,要旨,そもそも堆肥貯蔵施設の壁はコンクリート製である必要はなく,仮に実績報告書に完成写真を添付したいのであれば,費用と時間をかけてダミー壁を設置せずに他の既存施設のコンクリート壁の写真を添付するなどすれば足りることであり,実績報告書の提出後には現地検査の実施が予想される状況で,被告人がダミー壁の製作という不合理な指示をするはずがなく,ダミー壁製作の指示に関するところは,E及びDが思い込みあるいは勘違いの下供述している疑いがある旨指摘する。
しかし,Eは,一審公判廷で,被告人から,「コンクリートに見えるような張りぼてでもいいからダミー壁を作ってほしい」というふうに言われ,その理由やダミー壁の設置場所についても被告人から説明ないし指示があったことを明確かつ具体的に証言している上,その指示に沿って業者に発注してダミー壁が完成した際にはその旨被告人に報告したとも述べており,この点の供述は反対尋問を受けても揺らいでいないところであって,Eが被告人の指示を誤解するなどしてダミー壁の設置工事を行ったと疑う余地もまた認められない。実績報告書の提出後に現地調査の実施がある程度予想されたとしても,D供述について先に検討したところと同様,そのような点をもってE供述を不自然,不合理と評価することは当たらず,弁護人の前記主張は採用できない。
イ また,一審判決は,本件実績報告書に虚偽記載は存在しないとする一審弁護人の主張を排斥しているところ,弁護人は,実績報告書の提出や確定検査についての一般的な運用とするところを挙げて,実績報告書は実務上補助事業が完了していない段階で作成・提出されるものであり,本件では,実績報告書は提出期限時点の状況を報告するものであって,要求される写真もあくまで工程等が分かるための参考資料に過ぎず,写真そのものが工事の完成を示すものではないから,原判断は失当である旨主張する。
しかしながら,先にみたとおり,実績報告書は,補助事業等が完了したときにその成果を記載して各省各庁の長に報告するためのものとして定められており(補助金等適正化法14条),このような制度上補助事業完了後に作成・提出されることが予定されているのであって,提出された本件実績報告書の内容はもとより,これが提出された頃の環境省の担当者とa社担当者との連絡状況等をみても,本件実績報告書は補助事業の完了後にその成果を報告する通常の実績報告書であることを前提としたやり取りが一貫してなされており,これが提出期限時点の補助事業の進ちょく状況に関するものとして提出されたことをうかがわせるような事情は一切存しないばかりか,a社担当者は,実務上多くの場合に本件補助金の交付手続を円滑に行うために実績報告書とともに提出される精算払請求書についても,環境省の担当者の指示に従い,本件実績報告書の提出から程なくして郵送して提出したことが認められる。本件実績報告書は補助事業完了の成果を報告するためのものとして環境省に提出したものと優に認められ,これを争う所論は当たらない。弁護人が実績報告書の取扱いの一般的な実情として指摘するところについては,所管省庁がその責任において個別的な状況に応じ弾力的かつ柔軟な対応をしたものとみることができるにとどまり,被告人がそのような経験をするところがあったとしても,それがゆえに本件実績報告書が補助事業が完了していない段階のものとして作成・提出されたものと認定することはできない。また,本件実績報告書の各写真は,工程等が分かるためのものとして添付されたものであって,完成後の写真を添付することまでは要求されていなかったとしても,前記のとおり,被告人は,DやEに指示をして,あたかも本件現場に各設備が設置されたかのような外観を有する写真を添付させたものであり,各写真は,それら自体でも,本件実績報告書のその余の内容と併せてみても,補助事業が完了したかのように誤信させるものにほかならないから,やはり弁護人の指摘は採用できない。
以上の点に関する原判断は全て正当であって,弁護人の主張はいずれも採用できない。
ウ さらに,弁護人は,要旨,①実績報告書における虚偽記載行為自体は補助金等適正化法上処罰の対象とされていないことから,その行為は不当であったとしても同法29条の「偽りその他不正の手段」に該当せず不可罰であり,②種々の状況等からして,被告人は本件実績報告書の提出時点でその提出期限までに工事が完了すると認識しており,仮に工事が未完成であっても,a社によるその旨の報告を経て環境省において弾力的な対応がとられることが予想されるなどの状況にあったため,被告人は本罪の故意に欠ける,③本件では,補助金交付決定がすでになされてa社は補助金交付請求債権を有しており,補助金等の交付対象とならない事業についてその交付を受けたわけではないことなどから,被告人については可罰的違法性は認められない,とも主張する。
しかし,「偽りその他不正の手段」の該当性に関する①の点については,すでにみたとおり,本件のように虚偽の実績報告書を提出し,それにより本件補助金の交付を受ける行為が補助金等適正化法29条1項の「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け」る行為に当たることは明白というべきところ,虚偽の実績報告書の作成又は提出行為それ自体が処罰の対象とされていないのは,その行為のみでは当罰性が低いと考えられたことによると解されるのであって,そのことを根拠に,ことさら虚偽の本件実績報告書を提出しそれによって本件補助金の交付を受けたような場合において,その提出行為が「偽りその他不正の手段」に当たらないなどとはいえない。この点についての一審判決の説示も正当であって,種々主張してこれを論難する弁護人の主張は採用できない。
被告人の故意を争う②の点についても,一審判決が認定説示するところには何ら誤りは認められず,弁護人の主張は,本件実績報告書の提出期限までに工事が完了すれば実績報告書に虚偽は存在しなかったことになるとか,そうである以上,実績報告書提出時点における工事完了の認識は故意の要素に含まれるなどとするその前提自体誤っており,失当である。可罰的違法性が認められないとする③の主張についても,本件犯行の内容等に照らすと,弁護人がるる述べるところを踏まえても,被告人の行為が可罰的違法性を欠くとはいえない旨の原判断は正当である。
エ そして,補助金等不正受交付罪の成立範囲について,一審判決は,被告人の不正行為と交付を受けた補助金全額との間に因果関係が存在する旨認定するところ,弁護人は,本件補助金の不正な用途への支出は皆無であるなどと種々主張して,一審判決の前記認定を争う。
しかし,本罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立し,その因果関係については,不正の手段の態様,補助金交付の目的,条件,交付額の算定方法等を考慮して判断すべきものと解されるところ,本件補助金の交付は,二酸化炭素の排出の抑制のための事業として,一定の要件を満たす高効率な廃棄物エネルギー利用施設及び高効率なバイオマス利用施設の整備事業を実施する事業者に対し,事業実施に必要な経費の一部を国が補助するというものであり(本件交付要綱2条),本件事業は,バイオマス燃料製造を内容とし,その稼働により二酸化炭素抑制効果が見込まれる事業であるとして補助金交付決定がなされていたことが明らかであるところ,本件実績報告書が提出された時点において,その事業実施のためのバイオガス製造設備は必要不可欠な施設設備を欠いていて稼働できない状態にあったと認められ,そのうち完成部分のみをもってしては本件補助金交付の目的は全く達成されない状況にあったと認められる。しかるに,本件実績報告書の提出は,要するに,環境省の担当者をしてバイオガス製造設備が稼働可能なものとして完成し補助事業は完了したものと誤信させる内容のものであって,しかも,その提出がなければ,本件補助金は,完成部分に係る経費等を含め一切交付される余地はなかったものと認められる。以上によれば,一審判決が,被告人の不正行為と交付を受けた補助金全額との間に因果関係が存在すると認定する点は,正当として是認できる。
弁護人は,補助金等不正受交付罪の成立範囲は,補助金がいくら実際に不正に支出され又は流用されたかという算定金額を基に決定されるべきである,補助金対象工事に対する補助金相当額の支払は,同支払に係る工事実体が明確である以上正当である,不正受交付額は正当に支払われた工事費用と実際の被告人の補助金交付額との差をもって算定されるべきである,などとるる主張するところ,そこでいう不正の支出又は流用の意義は明瞭でないが,いずれにしても独自の見解としていずれも失当であり,その主張を逐一みても一審判決の前記認定を不当とすべきものは認められない。
オ 弁護人のその他の指摘にも採るべきものはなく,以上によれば,一審判決に事実誤認はない。
なお,弁護人は,本件において第一に処罰されるべき事業主かつ補助金の受領者たるa社は起訴されず,被告人のみが起訴されるなど,被告人のみが見せしめとされており,平等原則(憲法14条)に違反しているとして,一審弁護人の公訴権濫用の主張を排斥した原判断を争うが,一審判決のその説示に不当な点はみられない。本件における被告人の関与や役割の程度がAその他のa社関係者のそれに比して特に大きいものと認められることにもかんがみると,その主張はやはり採用できない。
第3控訴理由のうち量刑不当の主張について
一審判決が「量刑の理由」として説示するところは正当として是認できる。
本件不正受交付に係る補助金の額は1億円余りと相当多額である上,その手口も,経営する会社の従業員に指示して,補助事業が完了したかのように装う虚偽の実績報告書を提出させたというものであって,大胆かつ悪質なものである。一審判決は,本件が国家の財政を害するものであることや,二酸化炭素排出抑制という補助事業制度の趣旨にも反する行為であることを挙げて,犯行の悪質性は顕著であるとし,経緯や動機に酌むべき事情は乏しいとするところ,そのような一審判決の評価も正当というべきである。なお,これまでの間被害回復は一切なされていない。被告人は,本件補助金交付申請に関する事務を担っていた中心人物にほかならず,弁護人の主張するように被告人が果たした役割は補助的なものにとどまっていたなどとは評価できない。弁護人が環境省に落ち度があるとしてるる主張するところも,当を得ないものであって,採用できない。
そうすると,被告人の刑事責任を軽くみることはできず,不正受給した補助金がa社の債務返済に充てられており,被告人が私的利益を図って本件犯行に及んだとまでは認められないこと,補助事業が完了しなかった主たる原因はa社の資金不足にあり,被告人自身は当初は補助事業を完了させる意図を有していたことがうかがわれること,被告人には前科がないことなど,一審判決が指摘する事情のほか,控訴審で弁護人が主張するような点を考慮しても,本件は刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえず,一審判決の懲役1年6か月の量刑は,その刑期の点においてもやむを得ないというべきであって,これが重すぎて不当であるとはいえない。
第4適用法令
刑事訴訟法396条