大阪高等裁判所 平成25年(う)633号 判決 2013年9月12日
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
第1本件即時抗告の趣意
本件即時抗告の趣意は,申立人作成の即時抗告申立書,即時抗告理由書,即時抗告理由補充書及び即時抗告理由補充書(3)並びに申立人代理人弁護士山下潔ほか8名連名作成の即時抗告理由補充書(2)に各記載のとおりである。
論旨は,要するに,原決定は,被告人Yに対する公務執行妨害,傷害被告事件(以下「本件被告事件」ともいう。)において,主任弁護人である申立人が,刑訴法278条の2第1項に基づく出頭在廷命令に正当な理由なく従わなかったとして,申立人を,同条3項に基づいて,過料金3万円に処しているが,同項は,憲法31条,37条3項に違反しており,仮にそうでないとしても,原決定は憲法19条,31条,37条3項に違反しているから,原決定を取り消すとの決定を求める,というのである。なお,申立人は,即時抗告理由補充書(3)において,申立人が出頭在廷命令に反して出頭しなかったことには刑訴法278条の2第3項にいう「正当な理由」があると主張するが,即時抗告期間経過後の新たな主張であり,この点の主張は不適法である。
第2前提事実
記録によれば,原決定に至る経緯等は次のとおりである。
1 本件被告事件の概要
被告人は,平成25年7月11日,公務執行妨害,傷害の罪により,勾留のまま大阪地方裁判所に公訴を提起された。その公訴事実は,大要,被告人が,大阪簡易裁判所における大阪市屋外広告物条例違反被告事件につき公判審理を受けていたところ,平成25年5月8日,大阪市b区内を走行中の捜査用車両内において,勾引状に基づき被告人を同裁判所へ引致する職務に従事していた警察官に対し,右脇腹を蹴るなどの暴行を加え,もって同警察官の職務の執行を妨害するとともに,その暴行により,同警察官に約2週間の療養を要する傷害を負わせた,というものである。本件被告事件は,刑訴法289条の規定する必要的弁護事件であり,弁護人がいなければ開廷することができない。
2 申立人が国選弁護人に選任されるまでの経緯
(1)原審は,平成25年7月31日,B,D及びCの各弁護士を国選弁護人として選任し,全弁護人の合意により,B弁護人が主任弁護人に指定された。
原審は,いったん本件被告事件を公判前整理手続に付したが,後日これを取り消し,平成26年2月4日,本件被告事件の公判期日を同月19日午後4時と指定した。
(2)B主任弁護人ら3名は,同公判期日(第1回)に出頭したものの,被告人は出頭しなかった。B主任弁護人は,被告人不出頭の理由につき,「被告人は,本法廷において裁判を受けること全てを拒否するものではない。被告人としては,手錠,腰縄を結ばれたままの状態で入廷する点は,当事者主義を原則とする法原理に反しており,法廷に入廷した上での解錠手続は,当事者主義に違反する違法な手続であるから,本来なら法廷に入る前に手錠,腰縄は外されるべきであるとの考えのもと,出頭を拒否している」旨述べ,原審は,「裁判所としては,法廷秩序等を維持する上で,被告人を含む法廷在廷者全員の動静を視認できる状態で審理を進めることが必要と考えている。したがって,法廷外での手錠の解錠や入廷後,解錠するまでの間,被告人に対する遮へい等の措置をとる,ということはしない。次回,次々回期日にも被告人が出頭しない時は,場合によっては不出頭のまま手続を進めることも検討せざるを得ない,ということを予め申し上げておく」旨述べ,次回公判期日を同年3月27日午後4時と指定した。
(3)被告人及びB主任弁護人ら3名は,同公判期日(第2回)に出頭せず,原審に対し,被告人の入退廷時の措置として,主位的に,被告人が入廷する前に被告人の手錠を外し腰縄を解き(入廷時),被告人が退廷した後に被告人の手錠を施錠し腰縄を施す(退廷時)ことを求め,予備的に,法廷の入退廷用ドア前に設置した衝立内において,裁判官において被告人の手錠・腰縄をされた姿を見ることのできない状態のもと,手錠については解錠・施錠し,かつ,腰縄については腰縄を解く・施すことを求める旨の申立書を提出した。
原審は,期日間の打合せにおいて,法廷の秩序維持に適当でないとの理由により,弁護人らの前記申立てに係る措置はとらない旨述べたが,B主任弁護人は,被告人は申立てに係る措置を強く希望しており,それが受け入れられない場合には公判期日に出頭しない意向である旨述べ,原審は,さらに,弁護人が次回公判期日に出頭しない場合には,解任の措置も念頭に置いて対応する旨述べた。
原審は,平成26年5月20日,次回公判期日を同年6月17日午後1時30分と指定した。
B主任弁護人ら3名は,同公判期日の前日,原審に対し,被告人の入退廷時の措置として,主位的に,前記の主位的申立てと同内容を求め,予備的に,裁判官が,その入廷前に,法廷外から内線電話等で,法廷内の裁判所書記官に指示して,被告人の手錠を解錠し腰縄を解いてから入廷し,被告人の退廷時には,裁判官が退廷してから,裁判官が法廷外から内線電話等で,法廷内の裁判所書記官に指示して,被告人の手錠を施錠し腰縄を施すことを求める旨の申立書を提出した。
(4)被告人及びB主任弁護人ら3名は,同公判期日(第3回)に出頭しなかった。
検察官は,原審に対し,B主任弁護人ら3名の解任及び新たな弁護人の選任,弁護人の訴訟遅延行為の理由説明,処置請求の検討を求めた。
B主任弁護人ら3名は,原審に対し,検察官の解任の求めには理由がない旨説明した。
(5)原審は,平成26年6月30日,B主任弁護人ら3名を解任し,同年7月2日,申立人,E弁護士及びF弁護士を本件被告事件の国選弁護人に選任した。
3 申立人が国選弁護人に選任された後の経緯
(1)申立人ら3名の弁護人は,平成26年7月30日,全弁護人の合意により,E弁護士を主任弁護人に指定した。
なお,B弁護士ら3名は,平成26年7月7日,国選弁護人解任決定に対して特別抗告を申し立てたが,同月15日,棄却された。
申立人ら3名は,平成26年9月16日,原審に対し,「被告人の入退廷時における訴訟指揮についての申立書」を提出し,B弁護士ら3名の各申立書の内容とほぼ同様の措置を求めた。
原審は,平成26年9月22日,本件被告事件の公判期日を①同年10月29日午前10時,②同年12月3日午後1時30分,③同月11日午後1時30分,④同月24日午後1時30分,⑤平成27年2月4日午後1時30分,⑥同月18日午前10時,⑦同月25日午後1時30分,⑧同年3月11日午後1時30分と指定した。
(2)被告人及び申立人ら3名は,①の公判期日(第4回)に出頭しなかった。
検察官は,原審に対し,弁護人に対する出頭在廷命令を求め,原審は,申立人ら3名に対し,①の公判期日に出頭しなかった理由の報告を求め,申立人ら3名は,平成26年11月14日,原審に対し,不出頭の理由に関する回答書を提出した。その内容は,大要,被告人の入退廷時の手錠・腰縄に関するこれまでの原審の措置からすると,被告人は手錠・腰縄を解かれないままの状態で裁判官の面前に出廷することになり,当事者主義的訴訟構造のもとで予断・偏見のない裁判を受ける権利を侵害されることが明白である,というものである。
4 原決定に至る経緯
(1)そこで,原審は,平成26年11月17日,刑訴法278条の2第1項に基づき,申立人ら3名に対し,②の公判期日に出頭し,公判期日の手続が行われている間在廷することを命じた。
被告人は,平成26年11月21日,本件被告事件の主任弁護人を申立人に変更し,それに伴い,申立人らの上申を受け,原審は,同月27日,E弁護人及びF弁護人に対する出頭在廷命令を取り消した。
(2)被告人及び申立人ら3名は,②の公判期日(第5回)に出頭しなかった。
原審は,申立人に対し,②の公判期日に出頭しなかった理由の報告を求め,申立人は,原審に対し,不出頭の理由に関する回答書を提出した。その内容は,大要,①の公判期日の不出頭の理由と同趣旨であった。
以上の経緯を踏まえ,原審は,平成26年12月9日,申立人が正当な理由なく出頭在廷命令に従わなかったとして,刑訴法278条の2第3項に基づき,申立人を過料金3万円に処する旨の決定をした(原決定)。
第3当裁判所の判断
1 上記の事実経過によれば,原審は,必要的弁護事件である本件被告事件において,被告人が公判期日への不出頭を繰り返し,その意向を受けて国選弁護人らも公判期日への不出頭を繰り返したことから,それらの国選弁護人を解任して申立人らを新たな国選弁護人に選任した上,申立人に公判期日への出頭在廷命令を発するなどして,本件被告事件を進行させるための方策を尽くしたにもかかわらず,申立人はその出頭在廷命令に従わなかったのであるから,申立人を過料3万円に処するとした原決定がその裁量を誤ったものなどとは到底いえない。
2 所論は,原決定の依拠する刑訴法278条の2第3項は,憲法31条,37条3項に違反すると主張する。
刑訴法278条の2第3項は,公判期日等への出頭,在席又は在廷を命じられた検察官又は弁護人が正当な理由なくこれに従わないとき,10万円以下の過料に処すことなどができる旨を規定しているところ,同条項は,刑事裁判の充実・迅速化を目的として,刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成16年法律第62号)により新設されたものであり,訴訟指揮の実効性を担保するための改正の一つである。検察官や弁護人が,指定された公判期日に出頭しない場合には,公判期日が空転して審理の遅延を招くことが多く,現に,これまで,当事者が,裁判所の公判期日の指定を不満としてこれに従わず出頭しなかった事例や,裁判所の示した公判期日の指定方針に応じられないとして当事者が不出頭をほのめかしたため裁判所が公判期日の指定を断念した事例が見られ,審理遅延の原因の一つとなっていた。他方,検察官や弁護人が,裁判所(又は裁判長)の訴訟指揮に不服がある場合には,異議の申立て,上訴等の刑訴法所定の手続によって主張すべきであって,そのような法令上の手続によらずに,裁判所の訴訟指揮の不当性を論難して,これに従わないことが許されないのは当然である。そこで,改正法は,刑訴法278条の2第1項において,裁判所が,必要と認めるときは,検察官又は弁護人に,公判期日等への出頭,在席又は在廷を命じることができるとするとともに,同条3項において,正当な理由なくその命令に従わなかった検察官又は弁護人を,召喚を受けた証人が出頭しない場合の制裁(刑訴法150条)と同様,10万円以下の過料を処することなどができるとした。このような立法目的や規定の内容に照らすと,同条項が,所論指摘の憲法31条,37条3項に反しないことは明らかである。
3 また,所論は,原決定が憲法19条,31条,37条3項に違反していると主張する。
しかし,前記の経緯に照らすと,原審が出頭在廷命令に従わない申立人に過料金3万円を処したことは,本件被告事件の訴訟進行のためにやむを得ないものというべきであって,所論指摘の憲法19条,31条,37条3項に反しないことは明らかである。
4 なお,所論は,被告人には手錠・腰縄を施された姿をみだりに他者に見られることのない憲法上の権利があり,原決定は,その被告人の権利ないし利益を損なうとして,刑訴法278条の2第3項の違憲性や原決定の違憲性を主張するものとも解される。
しかし,刑事裁判において,弁護人は,法律専門家として,被告人の法的利益を擁護すべく,公判期日の内外を問わず種々の活動をすることが求められる存在であるところ,弁護人が公判期日に出頭し,その手続が行われている間在廷することは,被告人の法的利益を擁護するために必要不可欠であるというべきであって,このことは,被告人に保障された権利の存否や,被告人の思想信条の内容によって左右されるものではない。
よって,所論は,刑訴法278条の2第3項の規定や原決定が被告人を主体とする憲法上の権利ないし利益を損なうとする点において失当というべきであり,採用できない。
5 以上のとおりであって,論旨は理由がない。
よって,刑訴法426条1項により,本件即時抗告を棄却することとして,主文のとおり決定する。