大阪高等裁判所 平成25年(う)858号 判決 2014年5月09日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は検察官上野友慈作成の控訴趣意書,検察官北岡克哉作成の控訴趣意補充書に,これに対する答弁は主任弁護人中村和洋及び弁護人舞弓和宏連名作成の答弁書及び反論書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,原判決には,所得税法の解釈適用を誤った結果,各年分の所得税額を過小に認定した事実の誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第1事案の概要
本件は,インターネットで勝馬投票券(以下「馬券」という。)を購入しPAT口座で決済するサービス(A-PAT)と競馬予想ソフト(甲)や競馬情報配信サービスを利用して馬券購入を多数回反復し,当たり馬券の払戻しによって多額の収入(平成19年分から平成21年分の払戻金合計額30億979万2980円)を得ていた被告人が,馬券払戻しによる収入を所得とする確定所得申告書を提出しなかったとして,所得税法違反に問われた事案である。
検察官は,①馬券購入による払戻金は一時所得(所得税法34条1項)に該当し,②当たり馬券の購入費用だけが,所得計算上控除される(同条2項の「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額)」に当たる。)という解釈に基づいて,被告人の平成19年分から平成21年分の総所得金額及び所得税額を,別紙1(枝番1から3)の各修正損益計算書,別紙2(枝番1から3)の各ほ脱税額計算書のとおり計算し,被告人はこれらを申告しなかったとして公訴を提起した。
原判決は,一般的には馬券購入による払戻金は一時所得に該当すると認めた上で,①被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は雑所得(同法35条1項)に該当し,②外れ馬券を含めた全馬券の購入費用と競馬予想ソフトや競馬データ等利用料も所得計算上控除される(同条2項2号,37条1項の「必要経費(当該総収入金額を得るため直接に生じた費用及びこれらの所得を生ずべき業務について生じた費用)」に当たる。)と解釈し,上記総所得金額及び所得税額を,別紙3(枝番1から3)の各修正損益計算書及び別紙4(枝番1から3)の各税額計算書のとおり計算し,公訴事実から縮小した額を認定した。次表は,公訴事実と原判決の認定事実を対比したものである。
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第2当裁判所の判断
当裁判所も,①被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は雑所得に当たり,②外れ馬券を含めた全馬券の購入費用と競馬予想ソフトの利用料や競馬データ等の情報利用料が,必要経費として所得計算上控除されるべきであると判断する。原判決の理由中の説示には一部相当ではないところもあるが,原判決が,①②のように判断して被告人の総所得金額及び所得税額を計算し,公訴事実からは縮小された額を認定したことは,当裁判所も正当として是認することができる。
1 一時所得及び雑所得の区分並びに一時所得に当たるかどうかの判断
⑴ 一時所得及び雑所得の区分
一時所得の定義として,所得税法34条1項は,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう」と規定する。次に,雑所得の定義として,同法35条1項は,「利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう」と規定する。
したがって,一時所得と雑所得は,まず,所得税法23条から33条に定められた利子所得等の所得分類に当たらない所得である。そのような所得のうち,一時所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」で「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」であるのに対し,これに該当しないもの,すなわち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」や「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するもの」などは雑所得となる。
⑵ 一時所得に当たるかどうかの判断
原判決(9頁)は,一時的かつ偶発的に生じた所得である点が一時所得の特色であり,所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく,一時所得とはそのような所得源泉を有しない臨時的な所得であるとし,所得源泉性を認め得るか否かは,その所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の継続性,恒常性があるか否かが基準となり,所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数,数量,金額等),態様その他の具体的状況に照らして判断することになると説示して,一時所得の判断基準として「所得源泉性(がないこと)」を挙げている(この用語は,人造絹糸の先物取引(清算取引)による所得の区分に関する名古屋高裁金沢支部昭和43年2月28日判決で使われたものである。)。
一時所得の沿革を見ると,戦前の所得税法では,一定の所得源泉から生じた利得のみを課税対象とする考え方が支配的で,一時的又は偶発的な所得は課税対象から除外されてきたが,暫時これらを課税対象とする方向に進み,昭和22年の所得税法の第2次改正で,他の所得分類に該当しない所得のうち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」が課税対象とされ,なお,昭和25年に雑所得も課税対象となり,さらに,昭和27年の改正時に,一時所得を偶発的な所得に限定するとの考え方に基づいて,一時所得に「労務その他の役務の対価たる性質を有しないもの」との文言が追加されたというものである(原審検甲9等)。
このような沿革から見ても,一時所得は,利子所得等の所得分類に該当しない補充的な所得分類であり,一時的,偶発的に生じた所得である点に特色があるといえる。もっとも,原判決がいう所得源泉性がどのような概念かは上記判断要素によってもなお不明確である上,一時所得や雑所得をも課税対象とした現行の所得税法の下で,これを一時所得かどうかの判断基準として用いるのには疑問がある。また,原判決は,一回的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても,強度に連続することによって所得が質的に変化して(所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の)継続性,恒常性を獲得すれば,所得源泉性を有する場合がある旨説示するのであるが(9頁),結局,所得源泉という概念から継続的所得という要件が導かれるわけではなく,どのような場合に所得が質的に変化して所得源泉性が認められるのかは明らかでなく,それ自体に判断基準としての有用性を見いだせない(控検7の水野忠恒鑑定意見書8頁から13頁等の指摘は正当といえる。)。
そうすると,一時所得に当たるかどうかは,所得税法34条1項の文言に従い,同項の冒頭に列挙された利子所得から譲渡所得までの所得類型以外の所得のうち,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」で「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」かどうかを判断すれば足り,前者については,所得源泉性などという概念を媒介とすることなく,行為の態様,規模その他の具体的状況に照らして,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」かどうかを判断するのが相当である。
⑶ 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」の要件に関する所論について
所論は,一時所得の沿革からすると,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」の要件は,以前から課税対象であった継続的,恒常的な所得と,新たに課税対象となった一時所得を峻別するための要件であり,所得の基礎となる行為に所得発生の継続性,恒常性が認められない一時的,偶発的な所得をいうと主張する。そして,「営利を目的とする継続的行為」とは量的な概念ではなく質的な概念と見るべきであるから(東京高裁昭和46年12月17日判決・判例タイムズ276号365頁),所得の基礎となる行為の回数や頻度等にとらわれず,その行為の本質にさかのぼって判断すべきであると主張する(控訴趣意書13頁から14頁,29頁,同補充書1頁)。
しかし,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」の要件は,利子所得等の所得分類に当たらない補充的な所得分類の中で,一時所得と雑所得を区分するものとなっており,「営利を目的とする継続的行為」については,発生する所得が一時的,偶発的な所得であることを否定するに足りる程度のものが求められるといえるが,前記の沿革を踏まえても,上記の要件が以前から課税対象であった継続的,恒常的な所得と一時所得を峻別するものとは考え難い。
また,「営利を目的とする継続的行為」の判断は,同要件の内容自体からして,行為の本来の性質だけではなく,行われる回数や頻度等の反復性及び規模に関する事情を当然に考慮に入れるべきであり,ある1回の行為から生じた所得が行為の性質等に照らして一時所得と解される場合であっても,その行為が一定期間に頻繁に繰り返されることなどによって営利目的性及び継続性が認められれば,異なる所得に区分されることを肯定すべきである。なお,所論指摘の高裁判決は,中元,歳暮,昇進祝等の所得に関し,これら供与行為を全体的実質的に見て,その趣旨内容のほか反復継続して行われた供与の一環であるから雑所得に当たるとの判断を導いたものであり,本来は一回的な所得も反覆恒常性が認められれば雑所得になることを肯定している点で,当審の上記判断に沿うものと解し得る。結局,所論は採用できない。
2 被告人の本件馬券購入行為から生じた所得の区分
⑴ 本件馬券購入行為の態様と規模
被告人による馬券の購入や払戻しの状況等は,ほぼ原判決が認定したとおりである(原判決3頁以下の第2「争いのない事実」)。
被告人は,平成16年から平成21年にかけて,日本中央競馬会(JRA)の提供するPAT口座で決済するサービスと競馬予想ソフトを利用し,インターネットで馬券を購入した。その具体的な方法は,同ソフトを用いて,過去10年分の統計や競馬情報配信サービスから配信された情報等の競馬データを分析し,回収率に着目し,約40の条件を設定して出走馬に点数を付け,検証結果のうち一定の基準を充足したものをユーザー抽出条件として設定した上,PAT口座の残高に一定の数式を用いて自動算出した掛金で,馬券を自動購入するよう設定し,条件に合致する馬券を機械的,網羅的に大量購入することを反覆継続するものであった。被告人は,多くの場合,週の金曜日の夜にパソコンと上記ソフトを起動し,競馬が開催される土曜日と日曜日に馬券の自動購入を行わせ,日曜日夜にその結果を確認していた(原審弁6,被告人質問等)。
被告人は,平成16年にPAT口座に100万円を入金した後,適宜条件設定の見直しを行いながら,上記の方法で約5年間にわたり,当初を除き1日に数百万あるいは数千万円単位で,新馬戦及び障害レースを除く全競馬場の全レースを対象に,基準を充足したものについて馬券を購入し続けた(原審弁16,17)。
本件公訴事実に関係する平成19年分から平成21年分の馬券購入費用と的中馬券の払戻金の各合計額は次表のとおりである(原審検甲6。なお,当たり馬券と外れ馬券の購入額も併記した。)。
file_5.jpgURSA | BSAA Se STUBS TMU 1886778751370FH] 6 {86735750200F) 3276755400F3| —_6{%3458754800F)| 144%4683755500F3] 14(%2099758800F 6491750800F3) —13{85548758000F)| 7469517756110F3]—7488176755600F) 31747597003) —_7485001755900F)| 30f80979752980F] 28{86951754600F]) 1482942755900F]) 27484008758700F]⑵ 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当すること前記⑴で認定のとおり,被告人の本件馬券購入行為の態様は,競馬予想ソフト等を利用して,回収率に着目し,一定の基準を充足する出走馬についてPAT口座の残高から算出される掛金で馬券を自動購入するよう設定し,条件に合致する馬券を,機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し,長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものである。その規模は,数年間にわたり,1日に数百万あるいは数千万円単位で,新馬戦等を除く全競馬場の全レースを対象に,基準を充足する馬券を購入し続けるというもので,平成19年分から平成21年分の3年間で,28億円以上の馬券を購入し,30億円以上の払戻金を得るという,極めて大きな規模のものであった。これらの事実は,被告人の本件馬券購入行為について,その購入及び払戻しの履歴が記録化されていることから,客観的にも明らかである。
本件馬券購入行為は,態様や規模が以上のようなものであり,それが客観的に明らかであることに鑑みると,その全体を一連の行為としてとらえるべきであり,その払戻金による所得は,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たり,一時所得ではなく雑所得であると解するのが相当である。
原判決は,被告人の本件馬券購入行為は,購入回数と金額が極めて多数,多額で,態様が機械的,網羅的であり,過去の競馬データの詳細な分析結果に基づき利益を得ることに特化したもので,実際にも多額の利益を生じさせていること,購入履歴が全て記録されており形態が客観性を有していること,娯楽の域を超えて資産運用の一種として行われたと理解できることを挙げ,これらを総合して,被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は,一連の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであり,その払戻金については,所得が質的に変化して源泉性を認めるに足りる程度の継続性,恒常性を獲得したといえるから,所得源泉性を有すると認めるのが相当であり,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」には該当せず,雑所得に分類されると判示した(10頁から12頁)。
原判決のこの判断は,被告人の本件馬券購入行為について,その態様,規模等を検討し,これを一連の行為としてとらえ,これによる払戻金が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」には当たらない,としたものであり「所得源泉性」という概念を媒介としたことを別にすれば,実質的に見て当審と概ね同様の判断といえる。
これに対し,所論は,馬券払戻金による所得は一時所得であり,被告人の本件馬券購入行為の特性を考慮しても,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは到底いえず,一時所得というべきであると主張している。そこで,以下,所論について検討を加える。
⑶ 競馬の賭博性や馬券購入行為の性質等に関する所論について
所論は,競馬の本質は賭博であり,競走結果としての勝敗は偶然の事情により決せられるもので,しかも,各競走は相互に法則性や関連性を持たず,競走ごとに独立して完結するから,馬券購入行為は所得発生の基礎として独立した行為であり,それがいくら繰り返されても独立した勝敗の集積に過ぎず,継続的行為とは評価できない,したがって,被告人のように多数回継続的に大量の馬券を購入した場合でも,払戻金による所得が一時的,偶発的な所得であることに変わりはなく,所得区分に変動は生じないから,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは到底いえないと主張する(控訴趣意書2頁から3頁,14頁から15頁,29頁)。
確かに競馬は賭博であり,馬券購入によって払戻金を得られるかどうかは偶然に左右されるところが大きく,射倖性を有するものである。しかし,所得税法34条1項は,一時所得の除外要件として「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と規定しているから,賭博であり,払戻金の獲得が偶然に左右されること(所得の発生に偶然の要素があること)や射倖性から,同要件の該当性が直ちに否定されることにはならない。
そして,1つの馬券購入行為がそれ自体独立した行為であるとしても,単に繰り返されただけではなく,一定の条件下で機械的,網羅的に購入され,個々の購入行為の独立性が希薄になっている場合,全体的に見れば継続性を帯びることは否定できない。そして,賭博による利得であっても,継続的に発生している場合には,雑所得に該当することは承認されてよい(控弁5・金子宏「テラ銭と所得税」441頁)。所論は,馬券購入行為の本質から判断すべきことを主張するが,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件の判断に際し,行為の回数,頻度等を考慮に入れるべきことは,前記1⑶のとおりであって,馬券の大量購入を反覆継続した被告人の行為について営利目的や継続性を否定することはできない。したがって,所論は採用できない。
⑷ 一般的な馬券購入行為との区別等に関する所論について
所論は,現在の競馬の実情として,電話やインターネット投票が主流であり,競馬予想ソフトや競馬データ配信サービスが広く普及し,一般の競馬愛好家の多くが100パーセントを超える回収率を実現しようとして,被告人の本件馬券購入行為と大差ない方法で馬券を購入しているから,被告人の本件馬券購入行為は,原判決が一時所得と判断した一般の競馬愛好家のそれと質的な差異がなく,区別できないと主張する(控訴趣意書23頁から26頁,27頁から29頁)。
しかし,電話やインターネットでの投票が,馬券発売のうち多くの割合を占めるようになり,また,競馬データ等を利用して分析を行い,その結果を活用して馬券を購入する愛好家が多くなっているとしても(控検1から4),問題は,それを超えて被告人のように機械的,網羅的な設定に基づいて馬券を購入することが広く一般に行われているかどうかであり,そのような実情を本件証拠上認めるには足りない。そして,被告人の本件馬券購入行為が,客観的に認められる態様や規模に照らして「営利を目的とする継続的行為」に当たるというべきことは前記のとおりである以上,被告人以外の場合であっても,払戻金を得た者の馬券購入行為が,同様に客観的に認められる態様や規模に照らして「営利を目的とする継続的行為」に当たると認められる場合には,同様に雑所得になると解釈すべきことになる。
所論は,このような解釈を採った場合,馬券の払戻金について統一的に考えることができず,一時所得の場合と雑所得の場合の区分が困難となるという批判を含むものと理解できる。しかし,馬券の払戻金について画一的に一時所得と解することは,一般の競馬愛好家による一時的,臨時的な収入については妥当であるとしても,馬券購入をめぐる環境に変化が生じている中で,被告人がしたような態様と規模の馬券購入行為を想定すると,むしろ実態に即さず,所得税法の文言にも適合しない解釈というべきである。そして,少なくとも,被告人の本件馬券購入行為と同様に,購入や払戻しの履歴が記録化され,態様や規模が客観的に明らかになる馬券購入行為については,その払戻金に課税しようとする場合,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか,「(それ)以外の一時の所得」に当たるのかを明確に判断できるから,異なる所得区分になることを認める解釈によって生じる弊害も考えにくいといえる。
これに関し,所論は,原判決が,本件馬券購入行為の形態が客観性を有していることを,雑所得と判断した理由に挙げている点について,単に馬券購入行為の形態が客観的記録で明らかになっているだけであり,所得の質に影響を与えるものではないとして批判している(控訴趣意書27頁)。原判決(11頁)が摘示するように,本件馬券購入行為については,その購入や払戻しの詳細な状況が競馬予想ソフトのデータや銀行取引履歴の形で記録化され,行為の態様や規模が客観的にも明らかとなっている。このことは,「営利を目的とする継続的行為」の要件そのものではないとしても,通常は一時所得に区分される一般の競馬愛好家による馬券購入とは形態や目的が異なることを明確に認定させる資料が備わっていることを意味しており,このように記録化により客観性が担保されていることは,特則として別の所得区分を適用する上での重要な要素であると考えることができる。したがって,原判決が,記録化による客観性の点を挙げ,本件馬券購入行為から生じた所得について雑所得と認定する際の理由としたことは相当である。
なお,所得税基本通達34-1は,競馬の馬券の払戻金等は一時所得に該当すると例示しているが,行政解釈にすぎないこと,そして,同通達の発出当時,被告人がしたような馬券購入行為が想定されていなかったこと,所得税基本通達の前文の趣旨に照らしても,個々の具体的事案に妥当する判断が求められるというべきことなどは,原判決が説示したとおりである(15頁)。
以上によれば,所論は採用できない。
⑸ 担税力の観点に関する所論と公訴事実のような課税をすることの当否について
所論は,原判決の背景には被告人の担税力への配慮があると思われるが,担税力は所得発生の時点で捉えるべきで,本件では各払戻金の獲得時点で被告人に担税力があるのに,被告人は,納税のため本来留保すべき金員で馬券の購入を続けただけであり,その後の被告人の資力を勘案して,本件馬券購入行為について雑所得と解するとすれば,本末転倒であり,正直者が馬鹿を見る結果となって,租税の公平性の観点から著しく不当であると批判する(控訴趣意書17頁から19頁)。しかし,原判決は,税額が現時点での自己の支払能力を超えるほど多額になることが予想されるからといって,申告義務を免れないことを判示しており(20頁),納税時の担税力に配慮して雑所得説を採用したとは考えられない。また,被告人は納税資金を本来留保しておくべきであったという主張も,1回の競走ごとの払戻金を一時所得と把捉することが前提となっているから,原判決への批判とはならない。したがって,所論は失当である。
なお,付言すると,本件公訴事実は,被告人が3年間で得た30億円以上の馬券払戻金合計額を所得計算の基礎として,課税しようというものであるが,被告人が30億円以上を得ることができたのは,前記のような方式に基づき,28億円以上という極めて大きな規模で,馬券の大量購入を反復継続した結果である。当たり馬券だけを購入し30億円以上もの払戻金を獲得できることは現実にあり得ず,被告人は27億円以上の外れ馬券を含めて馬券を購入し続ける方式によって30億円以上を得たといってよい。このような本件馬券購入行為の実態を無視して,1回の競走ごとに,勝った結果だけに着目し,負けた結果は除外して課税するとすれば,所論とは異なる意味での実質的な担税力に応じた公平な課税の観点からは,やはり問題があるというべきで,そのような課税の在り方が所得税法の適正な解釈といえるのかは疑問である。
⑹ 収支に赤字の時期があることに関する所論について
所論は,原判決が,被告人が実際に多額の利益を得た点を,雑所得と解する理由として説示したことについて,被告人の本件馬券購入行為は,収支が安定しておらず赤字が続いた時期もあるから,恒常的に所得を生じさせているとはいえず,原判決の前提事実には見落としがある,利益を上げたかどうかを所得区分の判断要素として重視すれば,課税年度の収支が黒字かどうかで所得区分の判断が異なる不合理な結果となりかねないと批判する(控訴趣意書26頁から27頁)。
しかし,原判決は,本件馬券購入行為の規模や態様等を検討した上で,一連の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであり,実際にも多額の利益を生じさせていると触れているにすぎないのであり(11頁),所論の原判決の理解は正当ではない。そして,「営利を目的とする継続的行為」の要件について検討すると,その行為には,発生する所得が一時的,偶発的な所得であることを否定するに足りる程度のものが求められるが,収支が常に黒字であることまで求められることはなく,年度や時期による収支によって所得区分が変わる結果になることもないというべきである。したがって,所論は失当である。
⑺ 先物取引やFX取引との類似性について
所論は,先物取引やFX取引との類似性は,本件馬券購入行為から生じた所得を雑所得と解する根拠とはならず,これを根拠の一つに挙げた原判決は失当であると主張する(控訴趣意書30頁から31頁)。
原判決は,雑所得に分類される先物取引やFX取引も本件同様に偶然が左右し,投機性が高く,取引等の方法でも類似性が認められることを説示し,本件について雑所得と解する根拠の一つとしている(13頁から15頁)。しかし,これらは「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは別の要件(資産の譲渡の対価としての性質を有するもの)から雑所得になると判断し得るものであって,本件の解釈を導く根拠とはならないというべきである(控検7の13頁から15頁)。したがって,この点の所論は理由がある。しかしながら,先物取引やFX取引との類似性を根拠としなくても,本件馬券購入行為から生じた所得について雑所得と解する根拠があることは,既に検討したとおりである。
⑻ 以上のとおり,原判決の理由には是認できない部分も含まれているが,被告人の本件馬券購入行為から生じた所得が雑所得に当たるとした主な部分は相当といってよく,その結論も正当である。
3 本件について所得計算上控除すべき金額
被告人の本件馬券購入行為から生じた所得は雑所得(所得税法35条1項)に当たるから,所得計算上,必要経費(同法37条)が控除されることになる(同法35条2項2号)。
前記のとおり,被告人の本件馬券購入行為の態様が,競馬予想ソフトや競馬情報配信サービスを利用し,馬券の大量購入を反復継続して払戻金を得るというものであり,外れ馬券を含む馬券の購入がなければ所得計算の基礎となる払戻金を被告人が得ることもなかったというべきであることに照らすと,当たり馬券だけではなく外れ馬券を含めた全馬券の購入費用と競馬予想ソフトや競馬情報配信サービスの利用料が,所得計算の基礎となった払戻金を得るために「直接に要した費用」(所得税法37条1項)に当たり,必要経費として控除される(同法35条2項2号)と解するのが相当である。これに関して,原判決は,外れ馬券の購入費用等は,特定の当たり馬券と対応関係にないことを理由に,同法37条1項の「直接に要した費用」ではなく「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」に該当するとしたが(16頁から17頁),被告人の本件馬券購入行為を一連の行為ととらえて全体的に見た場合に,特定の当たり馬券と対応関係があるかどうかを論ずる必要はないというべきである。
したがって,当審と理由付けは異なるものの,原判決が,外れ馬券を含む全馬券の購入費用と上記ソフト及びサービス利用料が必要経費に含まれるとしたのは,正当である。
4 結論
以上によると,本件馬券購入行為による所得は雑所得であり,その所得金額は,各年分について,払戻金合計額から必要経費として全馬券の購入費用及び競馬予想ソフトや競馬情報配信サービスの利用料の額を控除して計算すべきであって,平成19年分から平成21年分の被告人の総所得金額及び所得税額は,原判決が認定したとおりの額である(前記第1)。
原判決には,所得税法の解釈の一部に相当ではない部分があるが,これは法令適用の誤りとは認められず,所論がいうような事実誤認もないというべきである。論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 米山正明 裁判官 野路正典 裁判官 船戸宏之)