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大阪高等裁判所 平成25年(ネ)112号 判決 2013年4月25日

控訴人・被控訴人(第1審原告)

X(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

谷真介

被控訴人・控訴人(第1審被告)

Y株式会社(以下「一審被告」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

藤原誠

安田嘉太郎

島田荘子

谷中克行

伊丹香寿美

片山裕介

千々和章

川向隆太

増山晋哉

橋本薫

主文

1(1)  一審原告の本件控訴に基づき,原判決中,不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,一審原告に対し,60万円及びこれに対する平成23年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  一審原告の上記損害賠償請求のうち,その余の請求を棄却する。

2  一審原告のその余の本件控訴及び一審被告の本件控訴をいずれも棄却する。

3  一審被告は,一審原告に対し,6000円及びうち1500円に対する平成24年4月26日から,うち1500円に対する同年5月26日から,うち1500円に対する同年6月26日から,うち1500円に対する同年7月26日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  一審被告は,一審原告に対し,平成24年8月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,1500円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5  一審被告は,一審原告に対し,73万0906円及びうち17万3916円に対する平成23年7月6日から,うち18万9161円に対する同年12月6日から,うち17万6220円に対する平成24年7月6日から,うち19万1609円に対する同年12月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  一審原告の当審におけるその余の追加請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを8分し,その1を一審原告の負担とし,その余を一審被告の負担とする。

8  この判決は,第1項(2),第3項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。

(2)ア  一審被告は,一審原告に対し,89万2500円及びうち32万0800円に対する平成23年7月6日から,うち25万0900円に対する同年12月6日から,うち32万0800円に対する平成24年7月6日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

イ  (予備的請求)

一審被告は,一審原告に対し,89万2500円及びうち32万0800円に対する平成23年7月6日から,うち25万0900円に対する同年12月6日から,うち32万0800円に対する平成24年7月6日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(一審原告は,当審において,平成23年夏季賞与,同年冬季賞与及び平成24年夏季賞与に係る不法行為に基づく損害賠償請求を予備的に追加した。)。

(3)  一審被告は,一審原告に対し,70万円及びこれに対する平成23年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  主文第3項及び第4項と同旨(一審原告は,当審において,平成24年4月分から同年7月分まで及び同年8月分から本判決確定日までの資格給の増額分に係る賃金請求を追加した。)。

(5)ア  一審被告は,一審原告に対し,25万0900円及びこれに対する平成24年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(一審原告は,当審において,平成24年冬季賞与の残金の請求を追加し,この請求を主位的請求とした。)。

イ  (予備的請求)

一審被告は,一審原告に対し,25万0900円及びこれに対する平成24年12月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(一審原告は,当審において,平成24年冬季賞与に係る不法行為に基づく損害賠償請求を追加し,この請求を予備的請求とした。)。

2  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消しに係る一審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  一審原告の当審における追加請求をいずれも棄却する。

(4)  仮執行免脱宣言

第2事案の概要

1(1)  本件は,一審被告から,大阪営業部から大阪倉庫への配転命令を受けるとともに,課長の職を解く降格命令を受け,これに伴い賃金が減額された従業員である一審原告が,一審被告に対し,①上記配転命令が無効であると主張して,大阪倉庫において就労する義務がないことの確認,②上記配転命令及び上記降格命令に伴う賃金の減額は無効であると主張して,(a)平成23年2月分から平成24年7月分までの未払賃金合計345万8394円(上記配転命令及び上記降格命令前の賃金と上記配転命令及び上記降格命令後の賃金の差額の合計額)並びにこれに対する各月分の未払賃金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,(b)平成24年8月から判決確定の日まで各月25日限り差額賃金19万2300円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,③上記配転命令及び上記降格命令がなければ,従前と同額の賞与の支給を受けることができたと主張して,平成23年夏季賞与の残金32万0800円(支払われるべき賞与額39万0800円から支給額7万円を控除した残金),同年冬季賞与の残金25万0900円(支払われるべき賞与額32万0900円から支給額7万円を控除した残金)及び平成24年夏季賞与の残金32万0800円(支払われるべき賞与額39万0800円から支給額7万円を控除した残金)の合計89万2500円並びに上記各残金に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,④上記配転命令は違法であると主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金110万円及びこれに対する不法行為の日である平成23年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は,上記配転命令は無効であると判断し,大阪倉庫において就労する義務がないことの確認を求める請求(上記(1)①)を認容し,上記配転命令及び上記降格命令はいずれも無効であると判断し,平成23年2月分から平成24年7月分までの未払賃金請求及び同年8月分から本判決確定の日までの差額賃金請求(上記(1)②(a),(b))を認容し,一審原告に支払われるべき賞与の額を認定することはできないと判断し,未払賞与請求(上記(1)③)を棄却し,上記配転命令は違法であり不法行為を構成すると判断し,損害賠償請求(上記(1)④)を一部認容した。これに対し,一審原告は,一審原告敗訴部分を不服として本件控訴を提起し,一審被告は,一審被告敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。

(3)  一審原告は,当審において,①平成24年4月分以降,資格給が月額1万8000円から月額1万9500円に増額されたと主張して,(a)同月分から同年7月分までの資格給の未払額合計6000円(増額後の資格給と増額前の資格給の差額1500円の4か月分)及びこれに対する各月分の差額に対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,(b)平成24年8月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,資格給の増額分1500円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,②上記(1)③の賞与請求が認められない場合の予備的請求として,本件配転命令により平成23年夏季賞与,同年冬季賞与及び平成24年夏季賞与に係る賞与請求権又は賞与の支払を受ける期待権が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,上記(1)③の請求に係る賞与額と同額の損害金の支払,③上記配転命令がなければ,平成24年冬季賞与として32万0900円の支給を受けたはずであると主張して,賞与請求権に基づき,平成24年冬季賞与32万0900円から支払済みの7万円を控除した残金25万0900円及びこれに対する支払期日の翌日である平成24年12月6日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,④上記③の賞与請求が認められない場合の予備的請求として,上記配転命令により平成24年冬季賞与に係る賞与請求権又は賞与の支払を受ける期待権が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,上記③の未払賞与と同額の損害金の支払を求める請求を追加した。

2  前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠<省略>及び弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  当事者

ア 一審被告は,工業薬品,染料,中間物,顔料,塗料,油脂製品,合成樹脂及び同製品の販売,製造並びに貿易業等を目的とする株式会社である(証拠<省略>)。

一審被告は,医薬品や中間物,染料,色材,油脂,油剤,プラスチック等の化学工業製品を中心に取り扱う専門商社であり,資本金は1億円,平成23年3月期における売上高は103億円,従業員は39名であり,事業所は,大阪市中央区<以下省略>に本社大阪営業部,同区<以下省略>に大阪倉庫,東京都千代田区に東京支店,広島県福山市に福山支店,名古屋市に名古屋営業所,北九州市に九州営業所が置かれている(証拠<省略>)。

イ 一審原告は,大学卒業後,化学製品を取り扱う商社に勤務し,営業に従事していたところ,同社が倒産したため,人材紹介会社の紹介により一審被告に対し採用を申し込んだところ,平成12年4月3日付けで総合職の従業員として採用され,3か月の試用期間を経て同年7月3日付けで本採用された(証拠<省略>)。

(2)  就業規則の定め

一審被告の就業規則33条には,「会社は業務上必要あるときは従業員に職場もしくは職務の変更または転勤を行う。②前項の異動を命ぜられた従業員は,正当な理由なくこれを拒むことはできない。」との定めがある(証拠<省略>)。

(3)  給与規定の定め

一審被告の給与規定には,次の定めがある(証拠<省略>)。

ア 賃金

(ア) 賃金の構成は,次のとおりとする(2条)。

a 所定賃金 基本給(職能給,年齢給,勤続給)

職務給(役付給,資格給)

付加給(普通付加給,特別付加給)

b 補助手当 住宅地域,家族,通勤及び特殊手当

(イ) 年齢給及び勤続給は,別に定めるところによる(4条)。

(ウ) 役付給は,次の区分により支給する(5条)

課長及び課長待遇 5000円

(以下省略)

(エ) 資格給は,次の区分により支給する(6条)。

総合職 主事 1万9500円

主事補A 1万8000円

(その他省略)

(オ) 普通付加給は,会社が会社の業績,一般経済情勢等を斟酌して決める(7条)。

(カ) 特別付加給は,特殊な業務に従事する場合にのみ支給する(8条)。

イ 計算期間

(ア) 賃金の計算期間は,前月21日から当月20日までの1か月間とする(15条)。

(イ) 賃金は当月25日に支給する(16条)。

ウ 昇給及び昇格

(ア) 定期昇格,昇格進級は,毎年4月に行う(26条)。

(イ) 定期昇給額については,会社において,昇給規定により各人の能力,技能,勤怠その他を考慮して決定する(27条)。

エ 賞与

(ア) 賞与は年2回とし,7月と12月とに支給する(30条)。

(イ) 賞与の基準総額は,その期の会社業績により決め,従業員各人の額は,調査期間(前年10月より当年3月,当年4月より9月)における勤怠,能力,その他を考課して決定する(31条)。

(4)  一審原告の業務内容,賃金等

ア 一審原告は,一審被告に入社後,大阪営業部に所属し,主に新規取引先を開拓するための営業(以下「新規開拓営業」という。)に従事していた。

イ 一審原告は,平成16年4月1日,一審被告から大阪営業部課長を命じられた(証拠<省略>)。

ウ 一審原告は,平成22年11月1日,一審被告から勤続10年の表彰を受けた(証拠<省略>)。

エ 一審原告の平成23年1月分の賃金(後記(6)による減額前の金額)は,次のとおり,合計34万8238円であった(証拠<省略>)。

(ア) 基本給 19万4100円

(イ) 職務給 2万3000円

(ウ) 付加給 9万9000円

(エ) 住宅手当 2万5000円

(オ) 通勤手当 7138円

(5)  降格命令及び配転命令

ア 一審被告は,平成22年11月30日,一審原告に対し,退職勧奨を行い,その後,平成23年1月までの間,退職勧奨を続けた。

イ 一審被告は,平成23年1月17日,一審原告に対し,同月21日付けで大阪営業部課長の職を解くとともに,大阪倉庫への配転を命じた(以下,上記降格命令を「本件降格命令」といい,上記配転命令を「本件配転命令」という。)(証拠<省略>)。

ウ 大阪倉庫の主な業務は,取引先から取引先への商品の運搬であり,本件配転命令以前は,従業員1名が倉庫業務に従事していた。

(6)  賃金の減額

ア 一審被告は,一審原告の平成23年2月分(計算期間は同年1月21日から同年2月20日まで)以降の賃金を次のとおり合計15万7438円に減額した(以下,この減額を「本件減給」という。)(証拠<省略>)。

(ア) 基本給 9万7100円

(イ) 職務給 0円

(ウ) 付加給 2万8200円

(エ) 住宅手当 2万5000円(変更なし)

(オ) 通勤手当 7138円(変更なし)

イ 一審被告は,一審原告の平成23年4月分(計算期間は同年3月21日から同年4月20日まで)以降の賃金の内訳を次のとおり変更した(ただし,合計額は従前どおり15万7438円)(証拠<省略>)。

(ア) 基本給 9万8600円

(イ) 職務給 0円

(ウ) 付加給 2万6700円

(エ) 住宅手当 2万5000円(変更なし)

(オ) 通勤手当 7138円(変更なし。ただし平成23年4月分は7140円)

(7)  賞与の支給額

ア 一審被告は,一審原告に対し,平成22年7月5日に夏季賞与として39万0800円,同年12月3日に冬季賞与として32万0900円をそれぞれ支給した(証拠<省略>)。

イ 一審被告は,一審原告に対し,平成23年7月5日に夏季賞与として7万円,同年12月5日に冬季賞与として7万円,平成24年7月5日に夏季賞与として7万円,同年12月5日に冬季賞与として7万円をそれぞれ支給した(証拠<省略>)。

(8)  仮処分命令

ア 一審原告は,平成23年,大阪地方裁判所に賃金仮払仮処分を申し立てたところ,同裁判所は,同年9月7日,一審被告に対し,6万円及び平成23年9月から本案の第1審判決言渡しの日まで毎月25日限り6万円の割合による金員の仮払を命じる決定をした(証拠<省略>)。

イ 一審原告は,上記決定を不服として大阪高等裁判所に即時抗告したところ,同裁判所は,同年12月27日,上記決定を変更し,一審被告に対し,32万円及び平成24年1月から本案の第1審判決言渡しの日まで毎月25日限り8万円の割合による金員の仮払を命じる決定をした(証拠<省略>)。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件配転命令が配転命令権を濫用したものか

(一審原告の主張)

ア 本件配転命令は,以下のとおり,①業務上の必要性が存在しないにもかかわらず,②退職強要を拒否した一審原告に対する報復という不当な動機及び目的の下で行われたものであり,③一審原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから,配転命令権の濫用として無効である。

(ア) 業務上の必要性の不存在

a 一審原告の営業成績

(a) 一審原告は,一審被告の営業部に欠員ができたため補充されたにすぎず,新規開拓営業を担当する従業員として採用されたものではない。一審原告の粗利達成額及び粗利達成率は,いずれも上昇傾向にあり,他の社員と比較しても遜色がなかった。特に,粗利達成額は,本件配転命令直前の時点で前期の金額の2倍以上になっていたし,粗利達成率についても,一審原告は,一審被告の指示により,労力の約半分を難易度が格段に高い新規取引先を獲得するための新規開拓営業に費やしており,粗利達成の目標や予測を立てることが困難であったため,前年実績との比較で評価することとされていたから,既存の取引先に対する営業を行っていた他の営業部員との間で営業成績を単純に比較することはできない。

また,一審原告は,B社長(当時。以下「B社長」という。)から接待や出張の禁止を命じられていたから,営業成績を伸ばせなかったとしても,一審原告の責任ではない。

(b) 一審原告は,過去10年間に,一審被告作成の新規ユーザー・新規商品リスト(証拠<省略>)に記載されている取引先以外の数多くの取引先を獲得しているし,10件以上のメーカーとの間で新たな取引を開始するなど,一審被告に多大な貢献をしている。また,本件配転命令を受けたため一審原告が売り込みを図った部材や部品が最終的に流通に至らなかったが,契約締結間近の最終段階にあった新規案件として,大規模なものが少なくとも2件,中規模なものが3件,その他進行中のものが4件あり,一審原告が営業活動を継続していれば,その大部分が契約成立に至り,営業成績を残すことができた。

(c) 一審原告は,仕事上のミスもなく,勤務態度は良好で,一審被告から具体的な注意及び指導や研修命令を受けたこともなかった。一審被告が一審原告の営業成績が他の従業員に比して著しく低いと評価したことはなく,一審原告は,入社4年後に課長へ昇進し,本件配転命令の直前に表彰を受けており,本件配転命令を受けるまで,賃金の減額,降格,退職勧奨等をされたことはなかった。なお,一審被告は,一審原告の賞与の査定における考課成績が低かったと主張するが,その根拠となる資料は一審被告の内部資料にすぎず,一審原告に示されていない。

b 大阪倉庫の業務

大阪倉庫の業務は,月に10日程度,1日に多くて1件,2時間程度の運搬業務しかなく,業務用の自動車は1台しかないため,従前から,一審原告よりも10年以上長く勤務しているCが1人で担当していた。一審原告は,自動車の運転免許を有しているが,目に障害があり自動車の運転ができないので,大阪倉庫で担当する業務がない。

c 大阪営業部の業務量

一審被告は,本件配転命令の直前の平成22年10月にDを,本件配転命令の後の平成23年4月にEを,同年11月にFを採用し,それぞれ大阪営業部の営業担当の従業員として配属しており,大阪営業部の営業業務の業務量は増加している。

d 倉庫業務以外の業務の存在

大阪には,大阪営業部と大阪倉庫以外に,「総本社」と呼ばれる本社機能を有する部署があるが,一審被告は,一審原告を総本社に配転することを検討していない。

(イ) 不当な動機及び目的の存在

一審原告は,B社長が東京支店長,営業本部長や東京支社長であったときから,その営業方針に度々意見を述べたため,B社長は,平成21年に社長に就任した直後に,一審原告に対してのみ名指しで,新規開拓営業を行うために必要不可欠な出張や接待を禁止して嫌がらせをした。

そして,B社長は,平成22年11月30日,一審原告に対し,退職勧奨の名目で退職を強要した上,一切の営業の担当から外し,その後も,一審原告に対し,退職強要を継続したが,一審原告が退職を拒否したため,その報復として,一審原告を精神的,経済的に追い込んで退職させるため,本件配転命令及び本件降格命令を行い,仕事を与えず,かつ賃金を一方的に減額した。

(ウ) 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の存在

a 一審原告は,募集及び採用時に,一審被告から,総合職から運搬職に職種が変更されたり,これに伴い賃金が減る可能性があることについて説明を受けておらず,採用後一貫して賃金が増額されていたから,配転や降格による不利益を予想することができなかったし,給与規定上も,役付給を除く給与の減額は予定されていなかった。

b 一審原告の月額賃金は,本件配転命令に伴う本件減給により,2分の1以下となり,手取額は一時的に約8万5000円にまで減少し,平成23年6月になって約10万5000円にまで回復したが,それでもなお生活保護の基準を下回っているし,一審原告の一審被告に対する仮処分申立事件において,1か月8万円の賃金の仮払が認められたことからすると,本件減給後の賃金額は,一審原告が生活を維持するために最低限必要な金額を下回っている。

イ 本件配転命令は無効であるから,これに伴う本件減給も当然に無効である。また,仮に本件配転命令が有効であったとしても,給与規定には,職務遂行能力に基づき支給される職能給や資格給の減額を根拠付ける規定はない上,年齢給や勤続給は,年齢や勤続年数によって自動的に決められるものであるから,本件減給のうち基本給及び資格給の減額は,労働契約上の根拠を欠き無効である。また,付加給は,基本給に一定の比率を乗じた金額とされているところ,基本給の減額は無効であるから,付加給の減額も無効である。

ウ 一審原告の平成23年1月分の賃金は34万8238円であったところ,一審被告は,毎年4月,従業員に対し月額1500円(年齢給1000円,勤続給500円)の定期昇給を実施しており,また,大学卒の総合職の従業員の資格区分について,勤続12年が経過した時点で主事補Aから主事に昇格させるとともに,資格給を月額1万8000円から月額1万9500円に増額していた。

したがって,一審原告の平成23年4月分以降の賃金は,年齢給が1000円,勤続給が500円加算されるため,月額34万9738円となり,平成24年4月分以降の賃金は,年齢給が1000円,勤続給が500円,資格給が1500円加算されるため,月額35万2738円となる。

これに対し,一審被告が一審原告に支払った賃金は,別紙未払賃金(給与)一覧表<省略>の「既払賃金額(額面)」欄記載のとおりであるから,一審原告の平成23年2月分から平成24年7月分までの未払賃金は同一覧表の「未払賃金額」欄記載のとおりであり,同年8月分以降の未払賃金は月額19万3800円である。

(一審被告の主張)

ア 本件配転命令は,以下のとおり,業務上の必要性によるものであり,不当な動機及び目的によるものではなく,一審原告に著しい不利益を与えるものではないから,有効である。

(ア) 業務上の必要の存在

a 総合職としての適性の欠如

(a) 一審被告は,新規開拓営業を担当させるために一審原告を採用したため,一審原告には他の営業担当者よりも優れた営業成績をあげることが期待されていたにもかかわらず,本件配転命令が発令される前の3年度の一審原告の営業成績は,粗利達成率が大阪営業部の従業員の中で最低であった。一審原告の営業成績は,既存の取引先との間の営業を維持するだけで達成可能なものであり,新規取引先を開拓した実績はなかった。

(b) 一審原告は入社後,30件ないし50件程度,新規取引先の開拓に従事したが,このうち成功したのは約10件程度のみであり,売上げや利益も極めてわずかであり,多額の利益をもたらすことが見込まれる段階に到達した案件は一つもなかった。

この点について,一審原告は,本件配転命令発令の直前の時点で,新規開拓の最終段階にあった案件として,大規模なものが少なくとも2件,中規模なものが3件,その他進行中のものが約4件あり,一審原告が営業活動を継続していれば,その大部分が契約成立に至ったと主張するが,そのような事実はない。

(c) 一審被告は,一審原告に対し,営業成績を上げるため注意や指導を繰り返したが,一審原告の営業成績は,入社後10年間にわたり,ほとんど変わらなかった。なお,一審原告主張の表彰は,営業成績に関係なく10年間勤続した全ての従業員に対してなされるものである。

(d) 本件配転命令は,一審原告が営業担当の総合職としての適性を欠くことを理由とするものであるから,大阪営業部に相当量の業務があることは,その効力を左右するものではない。

b 業務上の必要性

一審被告は,一審原告が総合職としての適性を欠くこと,一審原告には総務や経理等の職務経験がなく,本社部門への配転も適切ではないことから,一審原告を大阪倉庫に配転した。従前,大阪倉庫に勤務していた従業員は1名であったが,一審被告は,不測の事態に備えて一審原告を大阪倉庫に配転したものであり,適正なリスク管理及び人員配置の観点から合理性を有するものである。

(イ) 不当な動機及び目的の不存在

a 上司が部下に対して嫌がらせ等を行った場合,当該部下だけでなく,他の部下の士気も低下し,上司が管轄する部門の成績が低下するから,一審被告の管理職を歴任していたB社長が部下である一審原告に嫌がらせを行うメリットは全くない。出張は営業に不可欠であるから,一審被告の売上げや利益の向上を図る立場にあるB社長が営業担当の従業員の業務を停止させ,売上げや利益を低下させるような指示をすることは考えられない。

b 一審被告の取締役会では,毎年,一審原告を来期の戦力として考慮するかどうか,一審原告の職種の変更や退職勧奨をするかどうかについて議論がされており,その結果,本件退職勧奨を行った上,一審原告がこれに応じない場合には配転命令をすることとなった。なお,B社長は,一審原告の営業成績を指摘した上で,諭すように退職を勧めたにすぎず,一審原告に対して退職を強要したことはない。

(ウ) 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の不存在

一審原告は,周知された就業規則により,配転や賃金の減額の可能性があることを知ることができた。一審原告には,本件配転命令を受けたことについて,相応の責任があるし,本件減給後の一審原告の賃金額は,一審原告の能力や配転先の業務内容に比して著しく少額ではない。

イ 一審被告の給与規定には,①役付給は,役職の区分に応じて支給されること(5条),②資格給は,総合職,一般職,運搬職の区分に応じて支給されること(6条),③降格や降給により賃金額に変更が生じたときは,事由発生の月の21日から計算して支給されること(24条)が定められており,役職や職種の変更により賃金額が減少する可能性があることは,従業員に周知されている。

一審原告は,本件配転命令により,総合職から運搬職に職種が変更されたところ,一審原告には運搬職の経験がなかったため,一審被告はそれを踏まえた基本給を決定した。一審原告の平成23年2月分給与の基本給が減額されたため,従業員ごとに異なる掛率を乗じて算出される付加給も減額された。

(2)  本件降格命令が人事上の裁量権を逸脱,濫用したものか

(一審原告の主張)

就業規則には,降格及び降職に関する規定はないから,一審被告が一審原告の役付給を一方的に減額する労働契約上の根拠はない上,そもそも,本件降格命令は,人事上の裁量権を逸脱,濫用したものであるから,役付給の減額は無効である。

なお,一審原告は,一審被告から高圧ガス取扱免許試験の受験を打診された際にこれを断ったことがあったが,これは,自己の業務が多忙であり,他の業務を行う余裕がなかったからであり,一審原告は,当時の社長であるG会長に事情を説明し,理解を得ており,その結果,試験を受けることは立ち消えとなったことに加え,この件は,本件降格命令より5年も前の出来事であるから,本件降格命令の理由となるものではない。

(一審被告の主張)

上記(1)の一審被告の主張のとおり,一審原告の営業成績は大阪営業部の従業員の中で最低であった。また,一審原告は,平成18年ころ,一審被告から,業務遂行上取得することが必要となった高圧ガス取扱免許の試験を受けるよう打診されたが,これを拒否するなど,大阪営業部で業務を行うことに関して協調性を欠く面も見受けられた。したがって,本件降格命令は,業務上の必要に基づくものであり,これによる一審原告の不利益は,月額5000円の役付給が支給されなくなるにとどまるから,一審被告の人事上の裁量権を逸脱,濫用したものではない。

なお,一審被告が一審原告を課長の職にとどめていたのは,相応の年齢に達した一審原告に営業活動をさせるに当たり,「課長」の肩書きがなければ不都合であったからにすぎない。

(3)  本件配転命令が不法行為を構成するか

(一審原告の主張)

ア 上記(1)の一審原告の主張で述べたとおり,本件配転命令は,動機及び目的が極めて悪質であり,人事上の裁量権を逸脱,濫用したものであり,一審原告に対し回復し難い損害を被らせるものであるから,一審原告に対する不法行為を構成する。

イ 一審原告が上記不法行為により被った精神的損害に対する慰謝料は100万円を下らない。また,上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,10万円が相当である。

(一審被告の主張)

上記(1)の一審被告の主張で述べたとおり,本件配転命令は有効であり,不法行為を構成するものではない。

(4)  賞与請求権の有無

(一審原告の主張)

ア 一審被告は,内規によって,賞与の算定基準及び方法を明確に定めており,平成22年から平成24年までの賞与に関する従業員一律の掛率(業績係数)は,いずれも夏季賞与が1.6,冬季賞与が1.7であった。

イ したがって,仮に本件配転命令及び本件降格命令がなければ,一審原告が平成23年及び平成24年の各夏季賞与として平成22年の夏季賞与と同額の39万0800円,平成23年及び平成24年の各冬季賞与として平成22年の冬季賞与と同額の32万0900円の支給を受けた高度の蓋然性がある。これに対し,現実の支給額はいずれも7万円であるから,別紙未払賃金(賞与)一覧表記載のとおり,平成23年及び平成24年の各夏季賞与の残金は各32万0800円となり,平成23年及び平成24年の各冬季賞与の残金は各25万0900円となる。

(一審被告の主張)

ア 一審被告は,運搬職の従業員の賞与については,個別に金額を決定することとしており,一審原告の平成23年及び平成24年の各夏季賞与及び各冬季賞与については,いずれも7万円と決定した。

イ 一審被告は,総合職の賞与については,基本給,職務給及び付加給の合計額(基準額)に一審被告の半期の業績を基に一審被告が決定した従業員一律の掛率(業績係数)を乗じ,従業員ごとに半期ごとの勤務評価によって算出される査定部分の掛率(査定係数)を乗じた上で,社長による調整(増額,減額のいずれもある。)を経て賞与額を算定していたから,一審被告が具体的に賞与の金額を決定しない限り,具体的賞与請求権は発生しない。このように,基準額に乗じる掛率は,半期ごとの一審被告の業績や従業員の勤務評価によって異なるし,社長による調整も行われるため,総合職の従業員は,前年と同額の賞与が支給されることや,基準額に業績係数及び査定係数を乗じた額が支給されることが当然に保証されているわけではない。そして,一審原告の賞与査定は,常に下位グループに属し,特に平成21年冬季以降の賞与に係る査定点数は最下位であった。

(5)  一審被告の賞与の査定が不法行為を構成するか

(一審原告の主張)

ア 本件配転命令は無効であるから,一審被告は,一審原告に対し,総合職として賞与の査定をする義務を負うにもかかわらず,これを怠ったため,一審原告の賞与請求権を侵害し,又は一審原告が総合職として賞与の支給を受ける期待権を侵害したから,不法行為責任を負う。

イ 仮に本件配転命令及び本件降格命令がなければ,一審原告は,平成23年及び平成24年の各夏季賞与は平成22年の夏季賞与と同額の39万0800円,平成23年及び平成24年の各冬季賞与は平成22年の冬季賞与と同額の32万0900円の支給を受けることができたから,一審原告は,一審被告の上記不法行為により,これと同額の損害を被った。そして,現実の支給額はいずれも7万円であるから,平成23年及び平成24年の各夏季賞与に係る損害の残金は各32万0800円であり,平成23年及び平成24年の各冬季賞与に係る損害の残金は各25万0900円である。

(一審被告の主張)

ア 一審原告は,平成23年1月21日以降,運搬職の地位にあるから,総合職の地位にあることを前提とする一審原告の主張は理由がない。

イ 一審原告の賞与請求権は,一審被告が具体的に金額を決定しない限り発生しないものであるから,仮に本件配転命令が無効であり,一審原告が総合職の地位にあったとしても,一審原告主張の損害は発生しない。

第3争点に対する判断

1  事実関係

証拠(証拠<省略>,証人A〔原審〕,一審原告本人〔原審〕及び後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  一審原告の業務内容等

ア 一審原告は,一審被告に入社後,大阪営業部に所属し,主に新規開拓営業に従事していた。一審被告における新規開拓営業は,①取引関係のない会社に対して商品を販売するための営業,②既存の取引先に対して新規の商品を販売するための営業に大別され,一審原告は,主に上記①の営業に従事していたが,上記②の営業に従事することもあった。また,一審原告は,上司の指示を受け,他の部署が担当する案件の応援業務に従事することもあった。なお,大阪営業部において,上記①の新規開拓営業を主に担当していた従業員は,一審原告のみであった。

イ 一審原告は,平成16年4月1日,一審被告から大阪営業部課長を命じられた(証拠<省略>)。

ウ 平成18年ころ,一審被告において,高圧ガス取扱免許の取得が必要となったため,A営業部長(現在の一審被告代表者)は,理科系出身の一審原告が適任者と考え,一審原告に対し,同免許試験を受験することを打診したが,一審原告はこれを断った。

エ 一審原告は,かねてから,会議等で率直に意見を述べていたため,B社長が社長に就任する前から,同人との間の折り合いが悪かった。B社長は,平成21年6月26日,社長に就任し(証拠<省略>),その後間もなく,一審原告に対し,出張及び接待をしないよう指示した。

オ 一審原告は,平成22年11月1日,一審被告から勤続10年の表彰を受けた(証拠<省略>)。

カ 一審原告の平成21年度から平成23年度までの営業成績は,次のとおりであり,粗利達成率(粗利目標額に対する粗利額の割合)は,各年度とも,大阪営業部の従業員(平成21年度及び平成22年度は6名,平成23年度は5名)の中で最下位であった(証拠<省略>)。

(ア) 平成21年度(平成20年4月~平成21年3月)

a 総売上金額 1億7081万2937円

b 粗利目標額 2177万4000円

c 粗利額 1045万2104円(達成率48.0%)

(イ) 平成22年度(平成21年4月~平成22年3月)

a 総売上金額 1億9537万5463円

b 粗利目標額 2100万円

c 粗利額 1263万1763円(達成率60.1%)

(ウ) 平成23年度(平成22年4月~平成23年3月)

a 総売上金額 2億5747万7869円

b 粗利目標額 3040万8000円

c 粗利額 2147万8975円(達成率70.6%)

キ 大阪営業部の従業員5名(一審原告を含む。)の平成23年度(平成22年4月~平成23年3月)における新規開拓営業に関する営業成績(獲得したユーザーの件数(同一の会社であっても,品名が異なる場合は,複数に計上する。),年間売上,年間利益)は,次のとおりであった。一審原告が入社後に新規開拓に成功した取引先の件数は約10件であり,このうち,一審被告の売上げ及び利益に顕著な貢献をした案件はなかった(証拠<省略>)。

(ア) 一審原告

ユーザー5件,年間売上1228万1000円,年間利益57万2000円

(イ) 従業員H

ユーザー8件,年間売上6億7591万5000円,年間利益2114万6000円

(ウ) 従業員I

ユーザー12件,年間売上8325万円,年間利益982万円

(エ) 従業員J

ユーザー4件,年間売上2587万7000円,年間利益86万3000円

(オ) 従業員K

ユーザー10件,年間売上6520万円,年間利益372万

(2)  退職勧奨等

ア 一審被告は,平成22年11月30日,一審原告に対し,退職するよう求めるとともに,一審原告を営業の担当業務から外したが,一審原告は退職を拒否した。

イ 一審原告は,平成22年12月7日及び同月9日にも,一審被告から退職するよう求められたが,退職することは納得できないとして,これを拒否した。

ウ 一審被告は,平成23年1月17日,一審原告に対し,再度退職するよう求めたが,一審原告がこれを拒否したため,同月21日付けで大阪営業部課長の職を解くとともに,大阪倉庫への異動を命じた(証拠<省略>)。

(3)  大阪倉庫の業務内容

ア 商社である一審被告は,原則として在庫品を保有しておらず,主に商品の仮置き場として大阪倉庫を使用していた。大阪倉庫の主な業務内容は,取引先から取引先への商品の配送であり,本件配転命令以前は,従業員であるCが1人で倉庫業務に従事していた。

イ 一審原告は,自動車の運転免許を保有していたが,いわゆるペーパードライバーであり,自動車の運転をしたことはほとんどなく,また,目の持病を患っていたため,自動車の運転をすることができなかった。一審被告は,Cが平成23年6月に病気のため約1か月にわたり勤務を休んだ際,元従業員1名を臨時に採用し,商品の配送業務に従事させた。

2  本件配転命令が配転命令権を濫用したものか(争点(1))について

(1)  一審被告の就業規則33条には,「会社は業務上必要あるときは従業員に職場もしくは職務の変更または転勤を行う。②前項の異動を命ぜられた従業員は,正当な理由なくこれを拒むことはできない。」との規定があるから(前提事実(2)),一審被告は,一審原告に対し,職場又は職務の変更を命ずる権限を有すると解される。そして,使用者の配転命令権は,無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することは許されないところ,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転命令が他の不当な動機や目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該配転命令は権利の濫用になるものではないと解される(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。以下においては,上記特段の事情があるか否かを検討する。

(2)  業務上の必要性の有無

ア 総合職としての適性の有無について

(ア) 上記1(1)キ認定のとおり,一審原告が一審被告に入社してから約10年間で新規開拓に成功した案件は約10件であり,このうち一審被告の売上げ及び利益に顕著な貢献をした案件はなかったことが認められ,一審原告は,一審被告の収益に十分な貢献をしていなかったことが認められる。また,上記1(1)カ認定のとおり,一審原告の粗利達成率は,平成21年度が48%,平成22年度が60.1%,平成23年度が70.6%であり,各年度とも,大阪営業部の従業員の中で最低であったことが認められる。

(イ) しかし,上記1(1)ア認定のとおり,一審原告の主な担当業務は新規開拓営業であったこと,新規開拓営業には,①従前取引関係のない会社に対して商品を販売するための営業,②既存の取引先に新規の商品を販売するための営業に大別されるところ,一審原告は,主に上記①の新規開拓営業を担当していたこと,一審被告の営業部において,上記①の新規開拓営業を主に担当していた従業員は,一審原告のみであったことが認められる。そして,従前取引関係のない会社に対し新たに商品を販売することにより利益を得ることは,その性質上,従前から取引関係があり既に信頼関係が構築されている会社との間で従前の取引を継続したり,取引関係のある会社に対して新規の商品を販売することによる利益を得るよりも容易ではないと考えられるから,一審原告が新規取引先の開拓にめぼしい成果をあげなかったというだけでは,このような結果が専ら一審原告の資質や能力に起因するものであるとは認められない。

また,証拠(証人A〔原審〕)によれば,既存の取引先に対して営業活動をする場合は,取引関係のない会社に対して営業活動をする場合よりも,業績の見込みが立てやすいことが認められるから,主に上記①の新規開拓営業を担当していた一審原告は,大阪営業部の他の従業員よりも業績の見込みを立てることが困難であったといえる。

さらに,粗利達成率について,証拠<省略>によれば,平成21年度の次順位の者は75.1%であるが,平成22年度の次順位の者は65.1%,平成23年度の次順位の者は74.6%であることが認められ,一審原告の粗利達成率が常に格段に低かったとはいえない。

以上のほか,一審原告が,平成21年6月以降,B社長から出張及び接待を禁じられていたことなどを考慮すると,一審原告の営業成績が顕著に低く,営業担当者としての適性を欠くと評価すべきものであったとは認められない。

(ウ) また,一審原告は,一審被告に入社して4年後である平成16年4月1日に大阪営業部の課長に昇格しているところ(前提事実(4)イ),証拠(証人A〔原審〕,一審原告本人〔原審〕)によれば,一審被告は,本件配転命令をするまでの間,①一審原告の課長の職を解く人事を検討したことはなかったこと,②営業成績が低いことを理由に,一審原告の賃金を減額したり,一審原告に対し他の従業員よりも著しく低い水準の賞与を支給したことはなかったこと,③大阪営業部における一審原告の担当業務の変更を検討したことはなかったことが認められ,これらの事実によれば,一審被告は,本件配転命令をするまでの間,一審原告の営業成績をことさら問題視していなかったことが推認される。

これに対し,証人A〔原審〕は,一審原告の営業成績は期待外れであり,一審原告を来期の戦力として考慮するかどうかという話がほぼ毎年のように出ており,一審原告の処遇が問題となっていたと証言するが,これを裏付ける人事考課表等の客観的資料はないこと,一審被告は一審原告の担当業務の変更を検討することなく,約10年間にわたり一審原告に対して同じ業務を担当させていたことに照らし,上記証言は採用できない。また,証拠<省略>によれば,一審原告は,平成20年夏季賞与(評価期間は平成19年9月から平成20年3月まで)から平成22年冬季賞与(評価期間は平成22年4月から同年9月まで)の支給において,相対的に低い査定を受けていたことが認められるが,賞与考課表(証拠<省略>)には,一審原告のどのような点が営業担当者として問題であるかが具体的に記載されておらず,賞与の支給において従業員の中で相対的に低い査定を受けていたというだけでは,一審原告が営業担当者としての適性を欠いていたことを推認することはできない。

(エ) さらに,上記(イ)で認定判断したとおり,一審原告の担当業務は,大阪営業部に所属する他の従業員の担当業務と質的に異なるものであったところ,一審原告が同程度の入社年数の他の従業員と同じ業務を担当したにもかかわらず著しく低い営業成績しか達成できなかった事実や,他の従業員が一審原告の担当業務を引き継いだ結果,新規取引先の開拓に成功し,一審被告の売上げ及び利益に顕著な貢献をした事実は,証拠上認められない。

(オ) 以上の認定判断を総合すると,一審原告は,一審被告に入社後,結果的に十分な営業成績を残すことができなかったが,これは,一審原告に割り当てられた業務の性質によるものであり,一審原告の適性や能力によるものとは認められない上,一審被告は,長期間にわたり一審原告の営業成績を問題視していなかったのであるから,本件配転命令当時,一審原告は総合職としての適性及び能力を欠いていなかったものと認められる。

イ 大阪倉庫への配置の適否について

(ア) 上記1(3)認定のとおり,大阪倉庫の業務は,従前から従業員1名が担当しており,従業員2名が担当しなければならないほどの業務量はなかったこと,一審原告は,自動車の運転免許を保有していたが,自動車の運転をすることができないため,倉庫業務において必要不可欠な商品の運搬業務に従事していなかったことが認められる。そして,一審被告において,大学卒の学歴を有する者を運搬職に採用した例はなかったこと(証人A〔原審〕)も併せると,一審被告が一審原告を大阪倉庫に配置する必要性は乏しかったということができる。

(イ) これに対し,一審被告は,不測の事態に備えて一審原告を大阪倉庫に配置したと主張するが,具体性を欠く上,大阪営業所と大阪倉庫はいずれも大阪市中央区内にあり(証拠<省略>),緊急時には大阪営業部の従業員が応援に出ることが可能であることからすると,一審被告の上記主張は採用できない。

(ウ) また,一審被告は,一審原告が総務事務や経理事務の経験を有していなかったから,大阪倉庫に配転したと主張するが,総務事務や経理事務は,経験者でなければ遂行することが不可能な事務であるとは考え難いことに加え,一審被告が一審原告を総務部門や経理部門に配転することの可能性の有無を具体的に検討した事実は証拠上認められないから,一審被告の上記主張は採用できない。

ウ 業務上の必要性の有無

以上の認定判断によれば,一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いておらず,一審被告が一審原告を大阪営業部から大阪倉庫に配転する必要性は乏しかったということができる。

(3)  不当な動機及び目的の有無について

ア 上記1(1)の認定事実及び上記(2)の認定判断によれば,①一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いておらず,一審被告は,従前,一審原告の営業成績をことさら問題視していなかったにもかかわらず,平成22年11月30日,一審原告に対し,突然退職を勧奨したこと,②一審被告は,その後約2か月にわたり,一審原告に対し退職勧奨を繰り返したが,一審原告がこれを拒否したため,本件配転命令をしたことが認められる。そして,大阪倉庫には2名の従業員を配置することが必要なほどの業務量はなく,一審原告が大阪倉庫において行うべき業務はほとんど存在しないこと,本件配転命令は,一審原告の職種を総合職から運搬職に変更し,これに伴い,賃金水準を大幅に低下させるものであることをも考慮すると,一審被告は,一審原告が退職勧奨を拒否したことに対する報復として退職に追い込むため,又は合理性に乏しい大幅な賃金の減額を正当化するために本件配転命令をしたことが推認される。そうすると,本件配転命令は,業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものということができる。

イ これに対し,一審被告は,①上司が部下に対して嫌がらせ等を行った場合,当該部下だけでなく,他の部下の士気も低下し,上司が管轄する部門の成績が低下するから,一審被告の管理職を歴任していたB社長が部下である一審原告に嫌がらせを行うメリットは全くない,②一審被告の取締役会では,毎年,一審原告を来期の戦力として考慮するかどうか,一審原告の職種の変更や退職勧奨をするかどうかについて議論がされており,その結果,一審原告に対し,本件退職勧奨をした上で,これに応じない場合には配転命令をすることになったと主張する。

しかし,一審被告が一審原告の営業成績や営業担当の総合職としての適性を問題視していたことを裏付ける人事考課表,取締役会議事録等の客観的証拠はない。そして,上記(2)ア(ウ)で認定判断したとおり,一審被告は,本件降格命令をするまでの間,一審原告の課長の職を解く人事を検討したことはなく,営業成績が低いことを理由に一審原告の賃金を減額したり,一審原告に対し他の従業員よりも著しく低い水準の賞与を支給したり,大阪営業部における一審原告の担当業務の変更を検討したこともなかったこと,上記1(2)認定のとおり,一審被告は,突然,一審原告に対して退職を勧奨し,その後約2か月にわたり退職勧奨を続けたことに照らすと,一審被告の上記主張は採用できない。

(4)  通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無

ア 上記(2)アで認定判断したとおり,一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いていなかったことが認められるところ,前提事実(4),(6)のとおり,本件配転命令は,一審原告の職種を総合職から運搬職に変更し,これに伴い賃金を2分の1以下へと大幅に減額するものであることが認められる。そうすると,本件配転命令は,一審原告に対し,社会通念上,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきである。

イ これに対し,一審被告は,就業規則には配転や減給に関する規定があるから,一審原告はこれを予測することができた,本件配転命令については,一審原告にも応分の責任があり,一審原告の能力や配転先の業務内容に照らして本件減給後の賃金額が著しく少額とはいえないと主張するが,一審原告は総合職としての適性を欠いておらず,本件減給は賃金を2分の1以下へと大幅に減額するものであるから,一審被告の主張は採用できない。

(5)  本件配転命令の効力

以上によれば,本件配転命令は,業務上の必要性が乏しいにもかかわらず,業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で行われたものであり,かつ,一審原告に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから,権利の濫用として無効というべきである。

3  本件降格命令が人事上の裁量権を逸脱,濫用したものか(争点(2))について

(1)  前提事実(5)のとおり,本件降格命令は,一審被告が一審原告の職種を総合職から運搬職に変更したことに伴うものであるところ,上記2で認定判断したとおり,その前提となる本件配転命令は,業務上の必要性が乏しいにもかかわらず,不当な動機及び目的の下で行われたものであり,かつ,一審原告に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから,権利の濫用として無効であり,また,上記2(2)ア(ウ)で認定判断したとおり,一審被告は,本件降格命令までの間,一審原告について総合職としての適性を問題視したことはなく,課長職からの降職を具体的に検討したこともなかったのに,本件配転命令に伴って突然なされたことからすると,本件降格命令は,一審被告の人事上の裁量権の範囲を逸脱したものであり,権利の濫用として無効というべきである。

(2)  これに対し,一審被告は,一審原告の営業成績は悪く,また,一審原告は平成18年ころに一審被告から高圧ガス取扱免許試験の受験を打診された際にこれを拒否するなど,大阪営業部で業務を行うについて協調性を欠いていたから,本件降格命令をする業務上の必要性があったと主張する。

しかし,上記2(2)アで認定判断したとおり,一審原告が営業担当の総合職としての適性を欠いていたとは認められない。また,上記免許試験の件は,本件降格命令がなされた平成23年1月17日より相当以前の出来事であり,一審被告は,一審原告が上記試験の受験を拒否した後も,本件降格命令をするまでの間,降格を検討することなく一審原告を課長の職にとどめていたことからすると,一審原告が上記試験を受験しなかったことは課長職としての適性,能力等を欠いていたことの根拠となるものではなく,一審被告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおり,本件配転命令及び本件降格命令はいずれも無効であり,これに伴う賃金の減額も無効というべきであるから,一審被告が一審原告に支払うべき平成23年2月分以降の賃金は,次のとおりとなる。

ア 平成23年2月分及び同年3月分

平成23年1月分の賃金は34万8238円(基本給19万4100円,職務給2万3000円,付加給9万9000円,住宅手当2万5000円,通勤手当7138円)であるから,同年2月分及び同年3月分の賃金は,それぞれこれと同額の34万8238円となる。

イ 平成23年4月分から平成24年3月分まで

証拠(証拠<省略>,証人A〔原審〕)によれば,一審被告は,従前から,毎年4月に従業員一律の定期昇給として,年齢給を1000円,勤続給を500円それぞれ増額しており,平成23年4月及び平成24年4月にもこのような定期昇給を実施したことが認められる。

そうすると,平成23年4月分以降,一審原告の基本給は19万5600円(194,100+1,000+500=195,600)となるから,上記アと同額の職務給2万3000円,付加給9万9000円,住宅手当2万5000円,通勤手当7138円を加算すると,同年4月分から平成24年3月分までの一審原告の賃金は月額34万9738円となる。

ウ 平成24年4月分以降

証拠(証拠<省略>,証人A〔原審〕)によれば,一審被告は,総合職の給与について,「給料基準表」と題する部外秘の内規を定めていたこと,同基準表には,大卒の総合職の従業員の資格給について,入社時点で月額1万5000円,入社年数4年で1万6500円,入社年数6年で1万8000円,入社年数12年で1万9500円,入社年数18年で2万1000円,入社年数25年で2万5000円と定められていたこと,一審被告は同基準表に従い総合職の従業員の資格給を支給していたことが認められ,これらの事実によれば,一審被告においては,同基準表に基づき資格給を支給する慣行が成立していたということができる。そして,一審原告は,平成12年4月3日に一審被告に採用されたから(前提事実(1)イ),入社年数が12年となった平成24年4月の時点で資格給は1万9500円となることが認められる(なお,証人A〔原審〕は,仮に一審原告が大阪倉庫に配転されていなければ,平成24年に一審原告の資格給が1万9500円に増額された旨を証言する。)。

また,上記イの認定事実によれば,平成24年4月の時点で年齢給が1000円,勤続給が500円増額されることとなる。

そうすると,平成24年4月分以降,一審原告の基本給は19万7100円(195,600+1,000+500=197,100)となり,職務給は2万4500円(23,000+1,500=24,500)となるから,付加給9万9000円,住宅手当2万5000円,通勤手当7138円を加算すると,一審原告の同月分以降の賃金は月額35万2738円となる。

エ 未払賃金額

以上によれば,平成23年2月分から平成24年7月分までの賃金について,支払済みの金額を控除した残金は,別紙未払賃金(給与)一覧表の「未払賃金額」欄記載のとおりとなり,同年8月分以降の差額賃金は月額19万3800円となる。

なお,一審被告は,一審原告に対して仮処分命令(前提事実(8))に従って賃金の仮払いをしており,仮払額と同額の賃金が弁済により消滅したと主張するが,仮処分債務者の仮払金支払義務は,当該仮処分手続内における訴訟法上のものとして仮に形成されるにとどまり,その執行によって実体法上の賃金請求権が直ちに消滅するものでもないから(最高裁判所昭和63年3月15日第三小法廷判決・民集42巻3号170頁参照),一審被告の主張は採用できない。

4  本件配転命令が不法行為を構成するか(争点(3))について

(1)  不法行為の成否

上記2で認定判断したとおり,一審被告は,業務上の必要性が乏しいにもかかわらず,一審原告が退職勧奨を拒否したため,一審原告を退職に追い込み,又は合理性に乏しい賃金の大幅な減額を正当化するという業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で本件配転命令をしたことが認められる。そうすると,本件配転命令は,社会的相当性を逸脱した嫌がらせであり,一審原告の人格権を侵害するものであるから,民法709条の不法行為を構成するというべきである。

(2)  損害額

ア 慰謝料

証拠(一審原告本人〔原審〕)によれば,一審原告は,上記不法行為により精神的苦痛を受けたことが認められるところ,これによる損害は,本件配転命令が無効となることにより回復される経済的利益によって填補されない損害ということができる。本件配転命令の経緯,本件配転命令後の一審原告の処遇その他本件に現れた諸事情を考慮すると,上記精神的苦痛に対する慰謝料は50万円が相当である。

イ 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば,一審原告は,本件訴訟の提起及び追行を一審原告訴訟代理人に委任したことが認められる。上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,10万円が相当である。

5  賞与請求権の有無(争点(4))について

(1)  前提事実(3)エのとおり,一審被告の給与規定には,①賞与は年2回とし,7月と12月に支給する旨(30条),②賞与の基準総額は,その期の会社の業績により決め,従業員各人の額は,調査期間(前年10月より当年3月,当年4月より9月)における勤怠,能力,その他を考課して決定する旨(31条)が定められている。

そして,証拠(証拠<省略>,証人A〔原審〕)及び弁論の全趣旨によれば,一審被告は,総合職の賞与について,基本給,職務給及び付加給の合計額(基準額)に一審被告の半期の業績を基に一審被告が決定した従業員一律の掛率(業績係数)を乗じた上,従業員ごとに同人の半期ごとの勤務評価によって算出される査定部分の掛率(査定係数)を乗じ,最後に社長による調整(賞与の支給総額を維持した上で,諸事情を考慮して従業員間の配分を変更する措置)を経て算出された金額を賞与として支給していたこと,平成22年ないし平成24年の賞与において,業績係数は,夏季賞与がいずれも1.6,冬季賞与がいずれも1.7であったこと,従業員ごとの査定係数は,おおむね0.6ないし0.9の範囲で定められていたことが認められる。

(2)  上記(1)の認定事実によれば,給与規定上,賞与の支給については,勤怠,能力,その他を考課して決定するとの定めがあるにとどまり,具体的な支給額及び算定方法についての定めはなかったこと,一審被告は,従業員ごとの個別の考課査定及び従業員間の配分額の調整をした上で賞与の具体的な支給額を決定していたことが認められるから,一審原告の賞与請求権は,一審被告が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生するものと解される。

これを本件についてみると,一審被告が一審原告の平成23年の夏季賞与及び冬季賞与,平成24年の夏季賞与及び冬季賞与について,現実の支給額である7万円を上回る額の支給を決定したことを認めるに足りる証拠はないから,一審原告の上記各賞与に関する未払賞与の支払請求は理由がないというべきである。

6  一審被告の賞与の査定が不法行為を構成するか(争点(5))について

(1)  不法行為の成否

上記2で認定判断したとおり,本件配転命令は無効というべきである。そして,上記5(1)認定のとおり,一審被告は,総合職の賞与について,基準額に業績係数及び査定係数を乗じた金額を算出した上で,社長の調整を経て具体的な支給額を決定していたことからすると,一審被告は,一審原告の平成23年の夏季賞与及び冬季賞与,平成24年の夏季賞与及び冬季賞与について,総合職であることを前提に,人事考課査定及び調整をした上で具体的な支給額を決定し,支給日までにこれを支払うべき労働契約上の義務を負うというべきである。

ところが,前提事実(7)認定のとおり,一審被告は,一審原告が総合職であることを前提とする考課査定を行わず,運搬職であることを前提に,平成23年の夏季賞与及び冬季賞与,平成24年の夏季賞与及び冬季賞与の支給額をそれぞれ7万円と定め,これを支給したことが認められる。そうすると,一審被告の一審原告に対する上記各賞与の支給額の決定は,使用者としての裁量権の範囲を逸脱したものであり,これにより,一審原告が給与規定等に基づいて正当に考課査定を受け,これに基づいて算定された賞与の支給を受ける利益を侵害するものであるから,民法709条の不法行為を構成するというべきである。

(2)  損害額

ア 上記5(1)認定のとおり,一審被告は,総合職の賞与について,基本給,職務給及び付加給の合計額(基準額)に業績係数及び査定係数を乗じた上で,社長による調整を経て算定した金額を支給していたこと,平成22年から平成24年までの賞与において,業績係数は,夏季がいずれも1.6,冬季がいずれも1.7であったこと,査定係数はおおむね0.6ないし0.9の範囲で定められていたことが認められる。

そうすると,仮に一審原告が総合職として正当に考課査定を受けたならば,基本給,職務給及び付加給の合計額(基準額)に上記業績係数(夏季は1.6,冬季は1.7)及び査定係数の下限値である0.6を乗じた金額を算出した上で,社長により調整がなされることを考慮して,上記算出額に8割を乗じた額を賞与として支給を受けた相当程度の蓋然性があるというべきである。

イ 以上によれば,一審原告が被った損害額は,次のとおり算定される。

(ア) 平成23年夏季賞与関係

上記3(3)イ認定のとおり,一審原告の基本給,職務給及び付加給の合計額は31万7600円であるから,支給されるべき賞与の額は24万3916円となる。そして,支払済みの7万円を控除した残金は17万3916円となる。

(計算式)195,600+23,000+99,000=317,600

317,600×1.6×0.6×0.8=243,916

(イ) 平成23年冬季賞与関係

上記(ア)のとおり,一審原告の基本給,職務給及び付加給の合計額は31万7600円であるから,支給されるべき賞与の額は25万9161円となる。そして,支払済みの7万円を控除した残金は18万9161円となる。

(計算式)317,600×1.7×0.6×0.8=259,161

(ウ) 平成24年夏季賞与関係

上記3(3)ウ認定のとおり,一審原告の基本給,職務給及び付加給の合計額は32万0600円であるから,支給されるべき賞与の額は24万6220円となる。そして,支払済みの7万円を控除した残金は17万6220円となる。

(計算式)197,100+24,500+99,000=320,600

320,600×1.6×0.6×0.8=246,220

(エ) 平成24年冬季賞与関係

上記(ウ)のとおり,一審原告の基本給,職務給及び付加給の合計額は32万0600円であるから,支給されるべき賞与の額は26万1609円となる。そして,支払済みの7万円を控除した残金は19万1609円となる。

(計算式)320,600×1.7×0.6×0.8=261,609

7  結論

以上によれば,一審原告の原審における大阪倉庫で就労すべき義務の不存在確認請求,平成23年2月分から平成24年7月分までの未払賃金請求及び同年8月分から判決確定日までの差額賃金請求はいずれも理由があり,不法行為に基づく損害賠償請求は60万円及びこれに対する不法行為の日である平成23年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余の請求はいずれも理由がない。一審原告が当審で追加した平成24年4月分から同年7月分までの未払賃金請求(資格給の増額分に係る請求)及び同年8月分から判決確定日までの差額賃金請求(資格給の増額分に係る請求)は理由があり,差額賞与に係る不法行為に基づく損害賠償請求は,73万0906円及びうち17万3916円に対する不法行為の日の後である平成23年7月6日から,うち18万9161円に対する不法行為の日の後である同年12月6日から,うち17万6220円に対する不法行為の日の後である平成24年7月6日から,うち19万1609円に対する不法行為の日の後である同年12月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余の追加請求はいずれも理由がない。よって,原判決中不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分を上記の趣旨のとおり変更し,一審原告のその余の本件控訴及び一審被告の本件控訴をいずれも棄却し,一審原告が当審で追加した未払賃金請求及び差額賃金請求を認容し,差額賞与に係る不法行為に基づく損害賠償請求を上記の限度で認容し,その余の追加請求をいずれも棄却することとし,なお仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中澄夫 裁判官 龍見昇 裁判官大西忠重は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 田中澄夫)

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