大阪高等裁判所 平成25年(ネ)1458号 判決 2013年12月26日
控訴人兼被控訴人(一審原告)
X(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士
住田浩史
控訴人兼被控訴人(一審被告)
野村證券株式会社(以下「一審被告」という。)
同代表者代表執行役
A
同訴訟代理人弁護士
木村圭二郎
同訴訟復代理人弁護士
濱和哲
同
福塚圭恵
主文
一 一審被告の本件控訴に基づき、原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
二 上記の部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。
三 一審原告の本件控訴を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 一審原告の控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告は、一審原告に対し、七一四七万八二〇七円及びこれに対する平成二一年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
二 一審被告の控訴の趣旨
主文一、二及び四項同旨。
第二事案の概要
一 本件は、一審被告から、社債一銘柄及び仕組債二銘柄を購入した一審原告が(以下、これら三銘柄を併せて「本件各商品」、仕組債二銘柄を併せて「本件各仕組債」といい、一審原被告間の各売買契約を「本件各売買契約」という。)、一審被告には、本件各仕組債につき、組成・販売すべきでない商品を組成・販売した違法行為、本件各商品につき、適合性原則違反、勧誘の過程ないし販売後における説明義務違反があり、これにより損害(取引による損失七六二九万三九七六円及び弁護士費用七六〇万円)を被ったと主張して、債務不履行又は不法行為(一審被告自体の不法行為責任及び従業員の行為についての使用者責任)に基づき、一審被告に対し、上記損害金及びこれに対する不法行為日である平成二一年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 原審は、一審原告の主張する不法行為に基づく損害賠償請求を一二四一万五七六九円及びその遅延損害金の限度で認容し、その余の請求を棄却したので、双方がこれを不服として控訴した。
三 前提事実については、原判決「事実及び理由」第二の一記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六頁七行目の後に改行して次のとおり加える。
「プロテクション金額
USD 0
参照ポートフォリオ想定元本総額
USD 10mil」
四 争点
(1) 本件各仕組債を組成・販売することの違法性の有無
(2) 本件各商品につき、適合性原則違反の有無
(3) 本件各商品につき、説明義務違反の有無
(4) 一審原告の損害額
(5) 不法行為責任についての消滅時効の成否
五 争点に対する当事者の主張は、次のとおり補正ないし補完するほかは、原判決「事実及び理由」第二の三記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決八頁二五行目の「仕組責任の有無」を「本件各仕組債を組成・販売することの違法性の有無」と改め、同頁最終行の末尾の後に、改行して次のとおり加える。
「 証券会社は、ある金融商品がそのリスク、費用、パフォーマンス等の諸々の要素を考慮してもおよそ投資対象としての合理性を欠いている場合や他の金融商品との比較においてもそれを選ぶ合理性が顧客にとっておよそないような場合には、かかる金融商品を組成・販売してはならないという義務(一審原告は、このような義務を「仕組責任」と称している。)があり、その根拠は日本証券業協会の自主規制及びガイドライン、誠実公正義務及び善管注意義務に求められるものである。
本件におけるNV4553とNV8168は以下のとおり、顧客にとっていっさい合理性がない金融商品であるから、一審被告はこれらを組成・販売してはならなかったのであり、これらを組成・販売する行為は違法である。」
(2) 原判決一一頁一一行目文頭から一二行目末尾まで及び一三頁二一行目文頭から二二行目末尾までをいずれも削除する。
(3) 原判決一三頁二四行目の「原告のように」の前に、次のとおり加える。
「一般的抽象的なリスクの高さのみから金融商品に経済的合理性がないとはいえないし、本件各仕組債は、以下のとおり、投資商品としての合理性を有する商品であって、一審被告がその組成・販売を禁じられるような商品でないことは明らかである。」
(4) 原判決一四頁一六行目の「外貨定期預金であり、」から一七行目の末尾までを「外貨定期預金である。」と改める。
(5) 原判決一六頁一五行目の「余裕資金をもって」を「余裕資金ではなく、法人(当時一審原告が運営していた医療法人)のお金を預けておく趣旨で」と改める。
(6) 原判決二〇頁一二行目の末尾の後に「一審原告が取引したことのない指数である「六か月米ドルLIBOR」の資料を提供していないし、そのヒストリカルデータも示していない。」を、同二一頁一〇行目の「NV8168について、」の後に「ノックイン価格というものがあるがそれを気に留める必要はない等と」を、それぞれ加える。
(7) 原判決二五頁二行目の末尾の後に「また、一審原告が主張するような「塩漬けリスク」は存在しない。」を加える。
(8) 原判決二六頁一七行目の末尾の後に、次のとおり加える。
「また、日経平均株価と個別の株式の株価の動きが異なることは社会的常識であり、日経平均株価のヒストリカル・ボラティリティ(過去の変動率の標準偏差。以下「ボラティリティ」という。)と参照対象株式の個別のボラティリティが一致するものと誤信するなどあり得ない。」
(9) 原判決二七頁七行目の末尾の後に「また、ドルベース損害を円換算すべき時期は、当該金融商品の売却決済時点である損害確定時である。」を加える。
(10) 原判決二七頁一〇行目の末尾の後に改行して次のとおり加える。
「エ 一審原告の被った損害は次のとおりとなる。
(ア) フォード債
購入額 九四万六九〇〇米ドル(一億〇三八七万四九三〇円)
支払を受けた利金
平成一六年一〇月一日 二万六五〇〇・〇二米ドル
(一米ドル一一〇円として二九一万五〇〇二円)
平成一七年四月一日 二万六五〇〇・〇二米ドル
(一米ドル一〇七円として二八三万五五〇二円)
平成一七年一〇月一日 二万六五〇〇・〇二米ドル
(一米ドル一一四円として三〇二万一〇〇二円)
売却代金及び経過利息 計六四万〇〇九二・三六米ドル(七四〇〇万一〇七八円)
差引損害 二一一〇万二三四六円
(イ) NV4553
購入額 五〇万米ドル(五五四八万五〇〇〇円)
支払を受けた利金
平成一七年四月七日 一万四〇〇〇米ドル
(一米ドル一〇八円として一五一万二〇〇〇円)
平成一七年一〇月七日 一万四〇〇〇米ドル
(一米ドル一一三円として一五八万二〇〇〇円)
売却代金 三四万〇五〇〇米ドル(三九〇三万四九二〇円)
差引損害 一三三五万六〇八〇円
(ウ) NV8168
購入額 五〇万米ドル(五九二〇万円)支払を受けた利金
平成一九年三月九日 七万八六〇〇米ドル
(一米ドル一一七円として九一九万六二〇〇円)
平成二〇年三月九日 七万八六〇〇米ドル
(一米ドル一〇三円として八〇九万五八〇〇円)
売却代金 七五〇米ドル(七万二四五〇円)
差引損害 四一八三万五五五〇円
(エ) 以上の損害合計 七六二九万三九七六円
(オ) 弁護士費用 七六〇万円
オ 一審原告には過失相殺と評価されるべき落ち度は存在しない。調査や慎重な対応をする能力も知識もないので、それを落ち度ととらえるべきではないし、対する一審被告は誠実公正義務に反し、説明義務違反という重大な義務違反を犯しているので、顧客の過失を問うべき事案ではない。」
(11) 原判決二七頁二三行目の「まお」を「なお」と改め、同頁末行末尾の後に改行して、次のとおり加える。
「エ 本件各売買契約に基づく一審原告の損益を米ドル建てで計算すると、次のとおりである。
(ア) フォード債
二一万〇九二九・一七米ドルの損失
(イ) NV4553
一二万四五〇〇米ドルの損失
(ウ) NV8168
二〇万五三一八・七五米ドルの損失」
(12) (一審原告の追加主張)
本件においては、不法行為責任のみならず、債務不履行責任も存在する。本件は、最高裁平成二三年四月二二日判決(民集六五巻三号一四〇五頁)の射程外である。すなわち、上記平成二三年最判は、なんら両者間に前提となる特別な契約関係等のない者同士(信用組合と新たな出資者)における、単発の出資についての説明義務違反が問題になった事案である。これに対し、本件は、一審原告と一審被告が、基本契約を交わして口座を開設し、金融商品を取引するという継続的金融商品取引関係に入っており、証券会社である一審被告においては、金融商品取引法上の誠実公正義務(同法三六条)ないし民法六四四条に基づく具体的な義務を負っている状況であり、単に「契約前の」信義則上の説明義務を負うというに止まらない状況であった。さらに、本件では、当該商品の取引に入った後の説明義務違反もあった。加えて、一審原告は、一審被告の説明義務違反のみならず、顧客の信頼を濫用した一連の行為全体をとらえて債務不履行があったと主張しているのである。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、一審原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
一 前提(一審原告が主張する法律構成について)
前記のとおり、一審原告は、一審被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求の両者を行っているが、一審原告が一審被告の責任原因として主張するのは、本件各仕組債につき組成・販売行為の違法性、本件各商品につき、適合性原則違反及び説明義務違反であり、これらはすべて債務不履行及び不法行為に共通する責任原因である。そこで、まず、一審原告が主張する一審被告の責任原因(争点(1)ないし(3))について判断することとする。
二 一審被告の責任原因
(1) 争点(1)(本件各仕組債を組成・販売することの違法性の有無)について
一審原告は、本件各仕組債はその商品性において、顧客にとっての経済的合理性を欠くので、そのような金融商品を組成・販売する行為は違法であると主張する。そこで、以下、本件各仕組債の商品性について検討する。
ア NV4553について
(ア) 前提事実(2)イ、証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。
NV4553は、払込み、利金・償還金の支払が全て外貨で行われる外貨建て債券であり、そのクーポン(利金)は短期金利(六か月米ドルLIBOR)が一定の範囲内に収まることを条件に決定される、一〇年満期の金融商品である。また、支払利金の累積合計が予め定められた一定値(ターゲットレベル)以上になれば早期償還される。
元本を欠損するようなリスクとしては、発行体の財務状況の悪化のほか、途中売却時の流動性又はその際の価格下落がある。
(イ) 一審原告は、NV4553について、リスクとリターンの非対称性、参照金利の予測の困難性、損失の回避可能性の欠如、経済的有用性の欠如を理由に、NV4553のような仕組債を組成、販売することには違法性がある旨主張するようである。
しかしながら、一審原告が「塩漬けリスク」と称する、一〇年間債券が塩漬けになるということの意味は、指定された短期金利がコリドーレンジの条件を満たさない場合に当初一年間を除くクーポンは0になる可能性があるにもかかわらず(早期償還されたり、中途売却しない限りは)、購入者はNV4553に投資した資産を一〇年間運用できないという趣旨のようであるところ、NV4553は、コリドーレンジの条件を満たさなくとも、満期まで保有すれば、購入者は元本全額の償還に加えて、最大で発行価額の一〇・三六%、最低でも当初一年間の七%の利金を得ることができるのであり、当時の定期預金の金利等と比較しても、リスクとリターンが著しく非対称とまではいえない。また、一審原告はNV4553が米ドル建てであることについても為替変動リスクとして評価するが、NV4553は、外貨で購入し、外貨で償還を受ける商品であるから、当該商品自体に為替変動リスクがあるものという評価はできない。
そして、参照金利の予測の困難性や予測が外れた場合の損失回避可能性の欠如という点については、NV4553においては、結局のところ二年目以降のクーポンが0になるかプラスになるかという点に関係するのみである。以上のような資金利用の不便さの代償として、クーポンやターゲットレベルが数値として見合う見合わないという評価は可能であるにせよ、その組成をもって一律に投資家にとって合理性が皆無であるとはいえないし、NV4553の数値が投資家にとって合理性が皆無であるとする立証もない。また、債券である以上、満期まで保有せずに途中売却する場合には、流動性が劣る又はその売却価格が本来有すべき経済的価値よりも下落する可能性があることはむしろ当然である。そうすると、組成や販売行為自体に違法性が存するような商品ではないことは明らかである。
(ウ) したがって、一審被告がNV4553を組成、販売したことが、違法行為であるとする一審原告の主張は採用できない。
イ NV8168について
(ア) 前提事実(2)ウ、証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。
NV8168は、払込み、利金・償還金の支払が全て外貨で行われる外貨建て債券であり、その償還金額は予め指定された一〇の株式銘柄(参照対象株式)について、いずれかの株式の株価が一定の参照期間中に一定の株価(ノックイン価格)を下回り、かつ償還金額決定日の株価終値が当初の株価(基礎価格)を下回った場合に償還金元本が毀損されるが、その損失負担の代償として年一九・六五%という高いクーポン(利金)を取得できるという三年満期の金融商品である。したがって、満期償還額が0になる場合もあるが、その場合でもクーポンは満期まで支払われる。
その他に償還金元本を欠損するようなリスクとしては、発行体の財務状況の悪化のほか、途中売却時の流動性又はその際の価格の下落がある。
(イ) 一審原告は、NV8168についても、NV4553と同様の理由により、およそ組成、販売されるべき商品ではないと主張し、リスクとリターンの非対称性、一〇銘柄の参照対象株式株価の予測の困難性、損失の回避可能性の欠如、経済的有用性の欠如を挙げる。
確かに、NV8168は、NV4553と異なり、元本償還金が0になる危険性を孕んでいる点においてリスクが高い。しかし、損失は当該投資金額元本に止まりそれを超える損失が発生するわけではないし、その場合でも、投資家は三年間、年一九・六五%という高額の利金を得ることができることに鑑みると、リスクとリターンが著しく非対称とまではいえない。
確かに、一〇銘柄もの参照対象株式の株価の予測が困難であることは明らかであり、さらに、そのことが意味するところは、元本を毀損するという効果面において、NV8168の場合、NV4553の場合よりも遙かに重いといわざるを得ないことも確かである。
しかし、NV8163は、かかる元本毀損という大きなリスクの代償として、一応は高額の利金が設定されているのであって、満期までの三年間、元本が毀損される条件を満たさずに満期を迎えることができれば、元本に加えて当該高額の利金を取得できるものである。これらの元本毀損可能性と利金の金額が見合うか見合わないかについて、投資家は自ら検討して金融商品選択を行うことができるのであって、このような構造自体に組成・販売が禁じられるような違法性があるものとは認められない。
一審原告は、かかる仕組債の構造が極めて複雑であるところから、投資家がその選択において、構造や危険性を十分認識することが不可能である旨も主張する。しかし、投資家の方で、かかる金融商品の金融工学的な分析をすることは困難であっても、どのような条件が満たされた際にどのような償還がされ、又はされないか、あるいはどのような利金が付されるのかという基本的な構造の理解と条件成就の予測が可能であるならば、結局、この商品の危険性についても判断可能ということになる。株価が上昇したときのメリットや下降したときの対処方法等において、指定銘柄の株を購入することや他の金融商品との比較で、当該商品の期間や金利、ノックインの確率では割に合わないという判断があり得るとしても、およそかかる商品組成自体につき合理性が絶無とまでは評価することができず、構造が複雑で金融工学的な理解が困難だというだけで、およそ組成・販売してはならないものであるということはできない。
また、NV4553と同様、債券である以上、満期まで保有せずに途中売却する場合には、流動性に欠ける又はその際の売却価格が本来有すべき経済的価値よりも下落する可能性があることは当然である。
(ウ) そうすると、NV8168についても、組成・販売がおよそ許されないものであるとはいえない。
ウ したがって、本件各仕組債を組成・販売する行為に違法性は認められない。
(2) 争点(2)(本件各商品につき、適合性原則違反の有無)について
当裁判所も、一審被告従業員が一審原告に本件各商品の購入を勧誘したことについて適合性原則違反は認められないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」第三の二(2)記載のとおりであるから、これを引用する。
(3) 争点(3)(本件各商品につき、説明義務違反の有無)について
ア 金融商品取引を行うに当たって、証券会社及びその従業員が負う説明義務については、原判決「事実及び理由」第三の二(3)ア記載のとおりであるから、これを引用する。
イ 争点(3)のうち、フォード債及びNV4553についての当裁判所の判断は、原判決四一頁三、四行目の「NV4553の仕組み等につき」から二〇行目末尾までを次のとおり改めるほか、原判決「事実及び理由」第三の二(3)イ及びウ記載のとおりであるから、これを引用する。
「NV4553の基本的な仕組みやクーポンが短期金利(六か月米ドルLIBOR)が一定の範囲内に収まることを条件に決定されること、一〇年満期の金融商品であること、支払利金の累積合計が予め定められた一定値(ターゲットレベル)以上になれば早期償還されること等につき一定の説明を行ったものと認められる。
(イ) 一審原告は、Cに途中売却リスクの説明が不足していると主張し、Cは、原審証人尋問において、一審原告に対し、NV4553を償還期限前に売却した場合に一審原告に損失が生じるのかどうか、生じるとしてどの程度の損失が生じるのかという点について、説明をしていない旨証言している(証拠<省略>)。しかし、NV4553は前述のとおり債券であって(一審原告も受領したことを認める「ユーロ債のご案内」(乙五)からも債券であることは一見して明白である。)、満期まで保有せずに任意の時期に中途で売却をした場合、その流動性の問題及びその売却価格が当該時点の経済的価値を割り込む可能性がある等の問題が発生することはむしろ当然のことであるといえ、一審原告の属性とそれまでの金融商品に関する豊富な取引経験(先に引用した原判決「事実及び理由」第三の二(2)イ参照)からすれば、改めてこの点が説明義務違反を構成すると評価することはできない。
本件で、一審原告はNV4553を償還期限前に売却することによって多額の損失を出しているが、NV4553においては、その損失を回避するには満期まで保有することで足りるし、損失が出るか否かは遅くとも売却決断時点で検討できるのであって、むしろ一審原告自身があえて満期を待たずに同時点において当該価格で売却することを選択したと認められるものであり、当該事情をもって一審被告の説明義務が尽くされていなかったと評価することはできない。
また、一審原告は、Cが「六か月米ドルLIBOR」の資料を提供していないし、ヒストリカルデータも示していないと主張し、確かに原審証人尋問において、Cはチャートとして示してはいないことを証言している(証拠<省略>)。
しかし、前記のとおりCはNV4553の仕組み等につき乙五を示して一定の説明をしていると認められること、乙五には明確に「六か月米ドルLIBOR」の記載があり、当該指数は短期金利の指標として金融取引上一般に用いられるものの一つであることからすれば、一審原告の属性に照らして、具体的にその過去の数値やチャートを示すことまで必要であるとは考えられない。
そうすると、NV4553の販売時に、一審被告が一審原告に対する説明義務を怠ったとはいえない。」
ウ NV8168について
(ア) 一審原告は、Cが、平成一八年二月一三日から一六日にかけて、b歯科医院を訪問し、NV8168の購入を勧誘したが、その時間は一審原告の診療時間の合間を縫った一五分程度であり、その際、「ユーロ債の証券内容説明書」(甲六)のような書面の交付は受けたが、その他の資料は交付されておらず、また、口頭での説明も、利金が高額であることを強調し、ノックインの心配がないとか参照対象株式が複数あることからリスクの分散にもなるなどといったものであったと主張し、原審本人尋問において概ねこれに沿う供述をする。さらに、一審原告本人は、甲六の交付を受けたころ、ノックイン価格についての話題が出たが、Cは、ノックイン価格というものがあるがそれを気に留める必要はない、各参照対象株式の株価がノックイン価格を下回ることはないと説明するのみで、ノックインという言葉自体の説明は一切せず、その意味は未だに分からないなどと供述する。
しかし、証拠<省略>によれば、二月一三日と二月一四日にCが一審原告のもとを訪れ、それぞれの日に何らかの資料を交付したこと、「ユーロ債の証券内容説明書」(甲六)には、発行体や利払日、参照期間、満期償還額決定日、各参照対象株式の銘柄・各基礎価格・各ノックイン価格を示した一覧表、満期償還額の計算式等が記されていることが認められるところ、一審原告もNV8168の勧誘時にCから甲六と同様のものについて交付を受けたこと、その書面には株式の銘柄の名称がたくさん書いてあったこと及び当日ノックイン価格についての話題が出たことについては認めている。そうすると、CはNV8168の勧誘時に、NV8168の基本的な仕組み及びリスク、すなわち外貨建て債券であり、その償還金額は予め指定された一〇の株式銘柄(参照対象株式)について、いずれかの株式の株価が一定の参照期間中に一定の株価(ノックイン価格)を下回り、かつ償還金額決定日の株価終値が当初の株価(基礎価格)を下回った場合に償還金元本が毀損されるが、その損失負担の代償として年一九・六五%という高いクーポンを取得できる三年満期の金融商品であること、したがって、満期償還額が0になる場合もあるが、その場合でもクーポンは満期まで支払われることになること等の説明を行ったものと認めることができる。
一審原告は原審本人尋問において、ノックイン価格の話題が出ながらその言葉の意味についての説明がなかったし、意味が分からなかったが質問もしなかったとも供述するが、それ自体極めて不自然であり、採用することはできない。
(イ) ところで、一審原告は、NV8168につき、参照対象株式が一〇銘柄であることにより一〇の株式の株価の推移を同時に見極めなければならず、想定元本が発行価額の一〇倍であるために元本を毀損するリスクも一〇倍になることが、簡単には理解し難く、リスクが個々の参照対象株式のボラティリティに大きく依存するといえると主張し、証券会社がかかる仕組債を組成する際に用いているボラティリティを投資家に対して説明しないことは当該商品のリスクについての説明義務を果たしていることにならない旨主張する。そしてこの点に関して、Cは、一審原告に対し、NV8168を勧誘するに当たり、日経平均株価のボラティリティのチャート(乙一六)を示したが、表などを用いて、個々の株式銘柄の株価のボラティリティを一審原告に提示、説明することはしていない旨証言している(証拠<省略>)。
しかし、NV8168は、前述のとおり、元本毀損の条件として、満期までの参照対象株式の株価の変動が問題となるが、株価は一般に市場原理で決定するとされているものの、変動の予測は専門家においても極めて困難であるとされ、企業の業績、財務状態、株価水準、景気・経済状況、市場の動向等の無数かつ様々な要因の影響を受け、あるいは受けないという予測困難なものであり、当該株式の過去の株価の変動履歴及びその変動率の標準偏差であるボラティリティはその予測に用いることが可能な一資料ではあるものの、それ自体が決定的な指標というわけではないことは明らかである。また、上場株式の変動履歴自体はその調査が極めて容易な、公開されたデータであるともいえる。
そして、投資家は、NV8168の場合は、満期までの三年間に、参照対象株式の各株価が現在時価からノックイン価格として明示されている価格まで下落し、判定日にも回復しないという可能性とクーポンの高さが見合うかどうかを自ら判断できれば足りるのであって、参照対象株式のボラティリティが当該金融商品組成において証券会社に利用されているものであるとしても、同仕組債の販売の際に参照対象株式のボラティリティの提示が説明義務の対象として不可欠なものと評価することはできない。
また、個別の参照対象株式のボラティリティの代わりに乙一六のチャートが提示されたことについても、乙一六の銘柄欄には日経平均株価を示す「NKY Index」との記載があり(乙一六の表題は、本訴訟で代理人が記載したものである。)、これをそのまま見ればNV8168の参照対象株式の動きを示したものと解する余地はないし、一審原告もそのような主張をしていない。また、一〇もの参照対象株式が全て、日経平均株価と同様の変動を示すはずもなく、結局、乙一六のチャートは単に市況を示した以上の意味があるものとは認められず、乙一六の提示によって説明義務の違反が生ずるというものではない。
(ウ) さらに、一審原告は、甲六を見ると、参照対象株式が列挙されており、これはリスクを分散するもののように誤解されやすく、Cからもそのような説明を受けた旨主張し、原審尋問にてそれに沿う供述をしている。
しかし、その他にCがそのような事実に反する説明をしたことを裏付ける証拠はないし、甲六の記載内容を見ても、格別にそのような誤解を誘う表現は認められない。また、仮に一審原告がそのような誤解をしていたとしても、一審原告が誤解しているという事実をCが知り得たとも認めるに足りない。
(エ) 以上のとおりであるから、NV8168の販売時に、一審被告につき説明義務違反は認められない。
(オ) また、前記NV4553におけると同様、NV8168の販売後に、一審被告が一審原告に対して、適切な措置をとるよう助言すべき義務を負っていたということはできない。
三 以上のとおり、一審原告の主張する一審被告の責任原因(本件各仕組債の組成・販売の違法性、本件各商品の適合性原則違反及び説明義務違反)についてはいずれも認めることができないから、その余の争点につき判断するまでもなく、一審原告の不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がない。
第四結論
そうすると、一審原告の請求は理由がないので全部棄却すべきところ、これを一部認容しその余を棄却した原判決は一部失当であって、一審被告の本件控訴は理由があるから、原判決中一審被告の敗訴部分を取り消した上、同部分に係る一審原告の請求をいずれも棄却し、一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 長井浩一 遠藤曜子)