大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成25年(ネ)1750号 判決 2014年1月16日

控訴人

被控訴人

上記代表者法務大臣

上記指定代理人

西野彰記<他14名>

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は、控訴人に対し、二万円及びこれに対する平成二二年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを五〇分し、その四九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項(1)に限り、仮に執行することができる。ただし、被控訴人が二万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人の控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二二年九月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する被控訴人の答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

(3)  本件につき、仮執行の宣言を付することは相当ではないが、仮にこれを付する場合には、

ア 担保を条件とする仮執行免脱宣言

イ その執行開始時期を判決が被控訴人に送達された後一四日経過した時とすること

を求める。

第二事案の概要

一  事案の要旨

(1)  本件は、死刑確定者として大阪拘置所に収容中の控訴人が、二度にわたり、便箋七枚に記載された再審請求の弁護人に対する信書の発信申請をしたところ、二枚目から七枚目までを不当に削除され、発信を不許可とされたことにより、肉体的及び精神的苦痛を受けたとして、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不許可とされた日である平成二二年九月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は、控訴人の請求を棄却したので、控訴人がこれを不服として控訴した。

二  関係法令の定め

(1)  刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)の定め

ア 一条

この法律は、刑事収容施設(刑事施設、留置施設及び海上保安留置施設をいう。)の適正な管理運営を図るとともに、被収容者、被留置者及び海上保安被留置者の人権を尊重しつつ、これらの者の状況に応じた適切な処遇を行うことを目的とする。

イ 三二条一項

死刑確定者の処遇に当たっては、その者が心情の安定を得られるようにすることに留意するものとする。

ウ 一一〇条

この節の定めるところにより、受刑者に対し、外部交通(面会、信書の発受及び一四六条一項に規定する通信をいう。以下この条において同じ。)を行うことを許し、又はこれを禁止し、差し止め、若しくは制限するに当たっては、適正な外部交通が受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資するものであることに留意しなければならない。

エ 一一一条二項

刑事施設の長は、受刑者に対し、前項各号に掲げる者以外の者から面会の申出があった場合において、その者との交友関係の維持その他面会することを必要とする事情があり、かつ、面会により、刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ、又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。

オ 一二〇条二項

刑事施設の長は、死刑確定者に対し、前項各号に掲げる者以外の者から面会の申出があった場合において、その者との交友関係の維持その他面会することを必要とする事情があり、かつ、面会により、刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。

カ 一三九条一項

刑事施設の長は、死刑確定者(未決拘禁者としての地位を有する者を除く。以下同じ。)に対し、原則として、死刑確定者の親族との間で発受する信書(一号)、婚姻関係の調整、訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理のため発受する信書(二号)、発受により死刑確定者の心情の安定に資すると認められる信書(三号)を発受することを許すものとする。

キ 一三九条二項

刑事施設の長は、死刑確定者に対し、前記各号に掲げる信書以外の信書の発受について、その発受の相手方との交友関係の維持その他その発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。

ク 一四〇条一項

刑事施設の長は、その指名する職員に、死刑確定者が発受する信書について、検査を行わせるものとする(一四〇条一項)。

(2)  刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則の定め

刑事施設の長は、受刑者及び死刑確定者に対し、信書を発受することが予想される者について、氏名、生年月日、住所及び職業(一号)、自己との関係(二号)、予想される信書の発受の目的(三号)並びにその他刑事施設の長が必要と認める事項(四号)を届け出るよう求めることができる(七六条一項)。

三  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠<省略>により容易に認められる。

(1)  控訴人の収容経緯等

ア 控訴人は、平成一〇年一二月三〇日、殺人、殺人未遂及び詐欺事件の被告人として和歌山県東警察署から丸の内拘置支所に移送され、平成一四年一二月一一日、和歌山地方裁判所において、死刑に処する旨の判決を宣告された。

イ 控訴人は、上記判決を不服として控訴し、平成一四年一二月二六日、大阪拘置所に移送され、平成一七年六月二八日、大阪高等裁判所において、控訴棄却の判決宣告を受けた。

ウ 控訴人は、上記判決を不服として上告したが、平成二一年四月二一日、上告棄却の判決を受け、同年五月一九日に上記刑が確定して、同年六月三日以降、死刑確定者として大阪拘置所に収容されている。

エ 控訴人は、平成二一年七月二二日、上記判決に対して再審を請求した。

(2)  控訴人に係る信書の発受の相手方に関する取扱い

控訴人は、大阪拘置所長に対し、面会及び信書の発受を希望する者としてB弁護士(以下「B弁護士」という。)を申告した。大阪拘置所長は、控訴人が再審請求に係る訴訟の遂行について相談している経緯があることから、B弁護士について面会及び信書の発受を許可する方針とする旨判定し、平成二一年六月二三日、同判定を控訴人に告知した。

(3)  控訴人による信書発信の申請

ア 控訴人は、平成二二年九月二八日、便箋七枚に記載された信書(以下「本件信書一」という。)について、B弁護士への発信を申請したものの(以下「第一次申請」という。)、本件信書一は、同月二九日、発信されることなく控訴人に返戻された。

イ 控訴人は、平成二二年九月二九日、便箋七枚に記載された信書(以下「本件信書二」といい、本件信書一と併せて「本件各信書」という。)について、B弁護士への発信を申請したものの(以下「第二次申請」といい、第一次申請と併せて「本件各申請」という。)、同年一〇月一日、本件信書二の一枚目のみがB弁護士に対して発信され、二枚目から七枚目までは控訴人に返戻された。

(4)  本件訴訟提起

控訴人は、平成二四年七月一九日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

四  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件各申請が不許可とされたか(争点(1))

〔控訴人〕

大阪拘置所職員は、本件各信書を控訴人に対して返戻する際、発信が不許可であると告知するのみであり、本件各信書は、その記載が不当に削除されて発信不許可となったものである。

被控訴人は、本件各信書について、第三者に対する記載と疑われる記載を改めるか、又は第三者に宛てた信書として個別に発信を申請するよう大阪拘置所職員が控訴人に指導したと主張するけれども、事実と異なる。

〔被控訴人〕

控訴人は、大阪拘置所長が本件各信書の発信申請を不許可としたと主張するが、大阪拘置所長は、本件各信書を返戻したにとどまり、発信を不許可としたことはないから、控訴人の主張はその前提を欠いている。

(2)  本件各申請を不許可としたこと又は本件各信書を返戻したことの違法性(争点(2))

〔控訴人〕

ア 平成二一年六月三日以降、控訴人によるB弁護士に対する信書発信申請は、本件各申請を除き許可されており、他の再審弁護人に対する信書の発信申請も同様に許可されているのであるから、本件各申請についても許可されるべきであって、本件各信書の発信不許可が違法であることは明らかである。

イ 被控訴人は、本件各信書にはB弁護士以外の第三者に宛てた内容が記載されており、B弁護士が第三者に転送するおそれがあると主張するが、B弁護士が信書を第三者に転送することはあり得ない。本件各信書は、再審請求における書面に当時の控訴人の心情等を盛り込んでもらうために記載した、B弁護士に宛てた信書であって、被控訴人の主張は失当である。

ウ 本件各信書に記載のあるC(以下「C」という。)は、控訴人が家族や親族よりも信頼している人物であり、同人に、控訴人や控訴人の子供の生活用品、衣類、寝具等を購入してもらっている。

D(以下「D」という。)は、E氏(元死刑囚で再審により無罪)の支援者兼介護者であり、控訴人が母親として慕い、長年信頼している人物である。

F(以下「F」という。)は、控訴人より年下の友人であり、控訴人が長年信頼している人物である。

H(以下「H」といい、C、D及びFと併せて「Cら四名」という。)は、「支援する会」の事務局に属する人物であり、控訴人の刑事裁判の上告審から、同人に、弁護人の依頼、支援集会の依頼をしてもらったり、裁判の証拠収集の費用の調達等をしてもらっている。

Cら四名は、いずれも控訴人の刑事裁判の控訴審判決後から、控訴人と信書の発受、面会、宅下げ、差入れをする関係にある。

大阪拘置所長は、本来、控訴人とCら四名との間の信書の発受も刑事収容施設法一三九条によりその許可をすべきであるにもかかわらず、これを全て不許可にし、支援者に対する御礼等であれば、弁護人を介して申し出たらよいなどと述べるので、B弁護士を介した本件各信書を作成して、その発信申請をしたのであって、これを不許可にするのは違法である。

〔被控訴人〕

ア 前記のとおり、大阪拘置所長が本件各申請を不許可としたことはない。

イ 本件各信書は、外形上B弁護士に対する信書とされていたものの、その二枚目から七枚目までには、控訴人から第三者に対するお礼や連絡事項等が記載されていた。そして、本件各信書の一枚目にはCら四名の氏名、住所等が記載され、本件信書一の二枚目、五枚目、六枚目及び七枚目の冒頭にはそれぞれ「C様」、「D様」、「F様」及び「H様」と記載され、二枚目から四枚目まで、五枚目、六枚目及び七枚目を分離して冒頭に記載された者に発送すれば、控訴人からCら四名に対し直接信書を発信するのと同じ効果が得られる状況であった。また、控訴人は、第一次申請の際、併せて八〇円切手五枚の交付を申請しており、B弁護士に対する発信だけではなく、Cら四名に対してもそれぞれ信書を発信するために必要な切手の交付を申請したことがうかがわれた。

他方、大阪拘置所長は、控訴人とCら四名との間では信書の発受を原則として許可せず、発受の申請がされた場合に信書の内容等を踏まえて発受の許否を判断することとしていた。

以上からすれば、仮に本件各信書の全体について発信を許可すれば、実質的には控訴人からCら四名に対する信書と認められる信書について発信の許否を判断する機会が奪われ、刑事収容施設法一三九条が死刑確定者の信書の発受を制約している趣旨が没却されることとなる。したがって、大阪拘置所長が、控訴人に対し、第三者に対する記載と疑われる記載を改めるか、第三者に宛てた信書として個別に発信するよう指導し、本件各信書を返戻した措置は適法である。

ウ 仮に、本件各信書全体がB弁護士に宛てられた信書であるとしても、以下に述べるとおり、その内容からして、本件各信書は刑事収容施設法一三九条一項各号及び同条二項の事由に該当しないから、本件各信書を返戻した措置は適法である。

(ア) 刑事収容施設法一三九条一項一号該当性

B弁護士及びCら四名は、控訴人の親族ではない。

(イ) 刑事収容施設法一三九条一項二号該当性

本件各信書の二枚目ないし七枚目の記載内容は、Cら四名に対し、差入れに対する御礼、差入れの依頼又は連絡事項を伝えるものにすぎず、同号に列挙された典型的な用務と同程度に死刑確定者にとって重大な利害に係る用務の処理に必要とされるものとはいえない。

(ウ) 刑事収容施設法一三九条一項三号該当性

B弁護士及びCら四名は、いずれも、控訴人の個人的依頼により個別に教誨を行う宗教家でも控訴人の精神的な支えになる恩師等でもないから、本件各信書の二枚目ないし七枚目は、控訴人の心情の安定に資すると認められる者に対する信書であるとはいえない。

(エ) 刑事収容施設法一三九条二項該当性

a 刑事収容施設法一三九条二項は、信書の発受の許否について、行刑に精通し、当該死刑確定者の素質・行状等を熟知している刑事施設の長の専門的判断に委ねているものと解されるから、刑事施設の長による同項に基づく許否の判断については、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により全く事実の基礎を欠き、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くなど、当該判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであると認められる場合に限り、その裁量権の範囲を逸脱、濫用したものとして違法とすることができるというべきである。

b 以下のとおり、本件各信書を返戻した措置に裁量権の逸脱、濫用はない。

(a) 刑事収容施設法一三九条二項によって信書の発受が認められるための要件の一つとして、「交友関係の維持その他発受を必要とする事情」が認められることが必要であるところ、このような「事情」は、単に死刑確定者や、その信書の発受の相手方となる者が信書を発受したいと考えているだけでは足りず、社会通念上、積極的に信書の発受を許すべき理由となる事情でなければならない。

(b) 死刑確定者は、死刑という最も重い刑に処せられた者であり、その刑罰に伴う制裁として、刑事施設における処遇上、その自由を一定の限度で制約することも許されると考えられる上、来るべき自己の死を待つという特殊な状況にあるため、外部交通によって、激しい精神的苦痛に陥ることも十分に想定されることを考慮して、刑事収容施設法一三九条二項の信書の発受の許否を判断する必要がある。

(c) 本件各信書の二枚目ないし七枚目は、Cら四名に対し、差入れに対する御礼、差入れの依頼又は連絡事項を伝えることを目的とするものであり、これらの目的に差し迫った緊急性は認められないし、差入れに対する御礼については、Cら四名が控訴人の謝意を認識することによって、Cら四名が何らかの行動を行うことが予定されるような内容ではない上、差入れの依頼についても、書籍等の差入れの依頼であり、控訴人がその差入れを受けなければならない事情は認められず、また、連絡事項についても、例えば、Cら四名から控訴人の子にプレゼントを贈るよう依頼するなど、控訴人からCら四名に当該連絡事項を伝えることを許さなければならない事情は認められず、Cら四名に発信する必要性は乏しいといわざるを得ない。

(d) Cら四名は、いずれも、控訴人の古くからの友人、知人ではなく、控訴人が未決勾留者として収容されていた際に、控訴人の刑事裁判の支援者として知り合った者であり、信書の発受や面会等を通じて控訴人と接点を有していたにすぎない。また、控訴人は、本件各信書の発信申請に当たり、Cら四名との継続的な交際の事実を客観的に確認することのできる資料を一切提出していない。

これらの事情に照らすと、控訴人とCら四名との間に継続的な交友関係があったとは認められない。

(e) Cら四名は、控訴人の個人的依頼により個別に教誨を行う宗教家でも控訴人の精神的支えになる恩師等でもなく、これらと同視できる程度に控訴人の心情の安定に資する者ということはできない。また、本件各信書の二枚目ないし七枚目の内容からしても、控訴人の心情の安定に資すると評価できるような内容は認められない。

したがって、本件各信書の二枚目ないし七枚目を発信することが、控訴人の心情の安定に資するとはいえない。

(3)  控訴人の損害

〔控訴人〕

大阪拘置所長が違法に、本件各申請を不許可としたこと又は本件各信書を返戻したことにより、控訴人は肉体的、精神的苦痛を被った。

上記苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は一〇〇万円を下らない。

〔被控訴人〕

控訴人主張の損害は争う。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実に加え、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(1)  第一次申請について

ア 控訴人は、平成二二年九月二八日、大阪拘置所職員に対し、本件信書一のB弁護士に対する発信を申請するとともに(第一次申請)、八〇円切手五枚の交付を申請した。

イ 本件信書一の一枚目には、冒頭に「B弁護士様」と記載され、近況報告と共にCら四名の氏名、住所、生年月日及び電話番号が記載されていた。

ウ 本件信書一の二枚目冒頭に「C様…より、現金書留封筒にて、七七〇円を何回か、受けとっていますので、先生の方から届いています等、御礼をどうぞ、よろしくお願い申し上げます。」と記載され、二枚目には、控訴人に差入れをする際の注意事項等が記載され、三枚目及び四枚目には、「C君は、もう結婚したのかしら?結婚してたら、私から荷物きたりとめいわく???」、「月初めに、カンパ金二〇〇〇円届けて下さったのが、段ボール代三〇〇円と送料に一六〇〇円といり、もう何もかえず泣き泣きの九月をすごしてました。九/二二に九/一七消印の書留七七〇円が届き、九/二二に告知が五:三〇頃あり、九/二七日今日、アイス一〇〇円、アミノサプリ九〇円、野菜ジュース一〇〇円、と購入交付があり、HAPPY DAYとなっています。」、「手紙等入れずに、郵送のみは、クロネコメール便にて住所・氏名をIで届けて下さい。Iは未成年でお金もなく、郵送を代理として、お願い申し上げます。」、「○月○日は、Iの一七才のBDですので、高二の女の子(クラブ中の)が好みそうな物をC君からIに、激励のBDカードでもそえて、プレゼントをよろしくお願いしたく思います。」などと、Cからの差入れに対する御礼や同人に対する宅下物品に関する連絡事項等が記載されていた。

エ 本件信書一の五枚目には、冒頭に「D様…より、E様と連名で再々のお手紙の告知があります。」と記載され、「…耳にするたび、とてもうれしく思い、ノートにすぐにひかえてすごしています。先生からもどうぞ、その胸(ママ)お伝え下さい。」、「定期的に、出費して下さり心より感謝です。あとは、確実に毎月でも届けて下さるという人は、おりません。母(注:Dを指す、以下同じ)と兄(注:Eを指す、以下同じ)の愛情の深さに勝る物は、何もありません。」、「お母さんの差し入れの前ボタンのイエローの長そで今着てます…長い人生本当にいろいろなことがありますが、お母さん、E兄ができ、大きな出会いがあり、心強いです。」などと、Dからの信書や差入れに対する御礼や同人に対する連絡事項等が記載されていた。

オ 本件信書一の六枚目には、冒頭に「F様より、八〇円切手をたびたび郵送下さり感謝してすごしてます。」と記載され、「二一年六月三日~の『ごましお通信』と『死中に活路あり、G獄中訴訟資料集』等を、弁護士さんけいゆう(ママ)ででも郵送願います。外の方々は、大忙しのようで、何回もたのんでいるのですが、全く届かず残念です…楽しみに待っときます」などと、Fに対する差入れの依頼や連絡事項等が記載されていた。

カ 本件信書一の七枚目には、冒頭に「H様より、上告趣意書(全文)が中道先生より早くに届いてます。」と記載され、「Jさんの本、『材ざる者』宅下げしてたの夫の入院中に養子人がうってほってて、室内にもっときたく、一冊、弁護士さんけいゆう(ママ)でおくってほしいのです。」、「『一万円のカンパ』届いてます。この夏は、もうあつくて、あつくて、つめたい飲料とアイスを毎日購入してすごすことができました。本当に本当に感謝です。」などと、Hからの差入れに対する御礼や同人に対する連絡事項が記載されていた。また、K(以下「K」という。)から差入れを受け、B弁護士から謝意を伝えてほしい旨記載されていた。

キ Cら四名は、いずれも控訴人の刑事裁判の支援者で、遅くとも控訴人の刑事裁判の控訴審の判決宣告時(平成一七年六月二八日)頃から、控訴人と受発信をしたり、控訴人と面会をしたり、控訴人からの宅下げを受けたり、控訴人に差入れをするという関係にある。

ク 大阪拘置所長は、本件信書一の記載内容に照らせば、本件信書一は、外形的にはB弁護士を名宛人としているものの、便箋七枚のうち六枚(二枚目ないし七枚目)は、控訴人が、同弁護士を介して、大阪拘置所長が控訴人との外部交通を許可しない方針としていたCら四名に対して信書の転送を図ったものと認めた。なお、大阪拘置所長が外部交通を許可する方針としていたのは、B弁護士を含む弁護士一〇名及び友人一名であり、Cら四名については外部交通を許可しない方針としていた。

そこで、大阪拘置所長は、本件信書一の発信を許可した場合、刑事収容施設法一三九条一項各号により発信が許可される信書に、本来発信が許可されない信書を混入させることにより、同法において厳格な制限が課されている死刑確定者の外部交通について潜脱を認める結果となり、ひいては、不正連絡等の手段として利用されるなど大阪拘置所の規律及び秩序を害するおそれがあると判断し、大阪拘置所処遇部処遇部門統括矯正処遇官を通じて、平成二二年九月二九日午前七時五九分頃、控訴人に対し、本件信書一及び切手五枚を返戻した。

(2)  第二次申請について

ア 控訴人は、平成二二年九月二九日、大阪拘置所職員に対し、本件信書二のB弁護士に対する発信を申請した(第二次申請)。

本件信書二は、本件信書一を加筆、修正した上、便箋の順序を入れ替えたものであり、その記載内容は本件信書一とほぼ同内容である。ただし、Kに関する記載はない。

イ 大阪拘置所長は、本件信書二も、本件信書一と同様に、その記載内容に照らせば、控訴人が、同弁護士を介して、大阪拘置所長が控訴人との外部交通を許可しない方針としていたCら四名に対して信書の転送を図ったものと認めた。

そこで、大阪拘置所長は、本件信書二の発信を許可した場合、本件信書一の発信を許可した場合と同様に、大阪拘置所の規律及び秩序を害するおそれがあると判断し、大阪拘置所主任矯正処遇官を通じて、同年一〇月一日午後三時四〇分頃、本件信書二を控訴人に返戻した。

これに対し、控訴人は、本件信書二のうち一枚目の便箋のみをB弁護士宛の信書として発信するよう申請したため、大阪拘置所長がこれを許可し、本件信書二の一枚目の便箋は同日B弁護士に対して発信された。

二  本件各申請が不許可とされたか否か(争点(1))について

前記認定事実のとおり、大阪拘置所職員が本件各信書を控訴人に対して返戻した事実が認められるものの、控訴人が本件信書一の返戻を受け、その当日に加筆修正して第二次申請をしていること、本件信書二が返戻された当日に、控訴人の申請により本件信書二の一枚目のみの発信がされていることに照らせば、大阪拘置所職員の指導に従って控訴人が申請内容を自ら変更したと認めるのが相当であり、大阪拘置所職員が本件各信書を削除した事実や、大阪拘置所長が本件各信書について発信不許可処分をした事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件各信書を削除され、不許可とされたとする控訴人の主張は採用することができない。

三  本件各信書を返戻したことの違法性(争点(2))について

本件各信書を、発信が許可されない信書であるとして控訴人に返戻した行為が、国家賠償法上違法と認められるか否かについて、以下検討する。

(1)  判断枠組みについて

ア 被控訴人は、本件各信書にはCら四名に宛てた内容が記載されており、本件各信書の発受を許可すれば、実質的には控訴人からCら四名に対する信書と認められる信書について発受の許否を判断する機会が奪われ、刑事収容施設法一三九条が死刑確定者の信書の発受を制約している趣旨が没却されるなどと主張する。

しかしながら、本件各信書には、B弁護士以外の第三者に対する謝意や連絡事項等が記載されているものの、B弁護士に対してCやDに控訴人の謝意を伝えて欲しい旨依頼する内容の記載もあり、単にB弁護士に対し、Cら四名への伝言を依頼した趣旨とも解され、B弁護士以外の第三者に宛てた信書であると断定することはできないから、B弁護士に対する信書であることを前提として発信の許否を判断すれば足りるというべきである。

この点、被控訴人は、発信の許否を判断する機会が奪われるなどと主張しているが、後記で判示するとおり、大阪拘置所長が一般的に発受を許可したB弁護士との間の信書の発受に関しても、拘置所長はその内容を検査した上、個別に発受の許否を判断できるのであるから、被控訴人の上記主張は採用することはできない。

イ 大阪拘置所長は、刑事収容施設法一三九条一項に該当する信書については原則としてその発信を許可すべきであることから、本件各信書が大阪拘置所長が発信を許可する義務を負う信書に該当する場合には、特段の事情がない限り、上記返戻行為は国家賠償法上違法となるというべきである。

ウ ここで、刑事収容施設法一三九条一項により原則として発受が許可される信書は、死刑確定者の親族との間で発受されるもの(同項一号)についてはその内容を問わないものの、それ以外の者との間で発受されるものについては、「婚姻関係の調整、訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理のため発受する信書」(同項二号)又は「発受により死刑確定者の心情の安定に資すると認められる信書」(同項三号)に限られる。

したがって、再審について相談している弁護士に対する信書の発信申請がされた場合であっても、同信書の内容が訴訟の遂行その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理を目的とするものと認められないとき又は死刑確定者の心情の安定に資すると認められないときには、同信書の発信が刑事収容施設法一三九条一項によって許可されることはなく、刑事施設の長は、その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められない限り、同信書の発信を許可しないことができるというべきである。

エ そこで、本件各信書が、大阪拘置所長が発信を許可する義務を負っており、発信が許可されない場合には国家賠償法上違法となる信書に該当するか否かにつき以下検討する。

(2)  刑事収容施設法一三九条一項該当性について

ア 本件各信書の記載内容は、前記認定のとおり、差入れに対する謝意、子に対するプレゼントの購入依頼、差入れの依頼等である。そして、B弁護士からCら四名に対して記載内容を伝達してほしい旨の記載があり、本件信書一には更にKに対しても謝意を伝えてほしい旨の記載がある。

これらの記載内容は、再審請求の遂行を目的とするものと認めることはできず、婚姻関係の調整、訴訟の遂行及び事業の維持と同程度に重大な身分上、法律上又は業務上の利害に係る用務の処理を目的とするものと認めることもできない。

したがって、本件各信書が刑事収容施設法一三九条一項二号により発信を許可すべき信書に該当するとは認められない。

イ また、B弁護士並びにCら四名及びKが控訴人の「心情の安定に資すると認められる者」(刑事収容施設法一二〇条一項三号参照)に該当すると認めるに足りる証拠はなく、本件各信書が控訴人の心情の安定に資すると認める信書に該当することをうかがわせる事情はないから、本件各信書が刑事収容施設法一三九条一項三号により発信を許可すべき信書に該当するとは認められない。

ウ したがって、本件各信書は、刑事収容施設法一三九条一項により原則として発信を許可すべき信書には該当しない。

(3)  刑事収容施設法一三九条二項について

ア 刑事収容施設法一三九条二項の規定の趣旨について

同項は、「その発受の相手方との交友関係の維持その他その発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。」と規定しており、発受の許否の判断につき、刑事施設の長の裁量権を認めている。

そこで、この裁量権の範囲につき検討する。

同法一三九条二項とほぼ同様の文言である受刑者に対する面会に関する規定(同法一一一条二項、前記「関係法令の定め」参照)(ただし、受刑者の面会に関する規定には、「又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがないと認めるとき」の要件が付加されている。)における許否の判断は、同法一一〇条(前記「関係法令の定め」参照)の受刑者に対する留意事項の規定を判断指針としていることから、同法一一一条二項に規定された弊害を生ずるおそれがない限り、刑事施設の長は、良好な交友関係がある友人・知人との面会は、それ自体が、その関係を維持し、受刑者の改善更生と円滑な社会復帰に資するものであるとして、基本的にこれを許さなければならないものと解される。これに対し、死刑確定者については、同法一一〇条のような外部交通の留意事項は規定されていないが、死刑確定者の場合も、友人・知人との外部交通を一般的に否定すると、死刑確定者を精神的に孤立させることになりかねず、その意味で死刑確定者の人権に配慮するという観点から(同法一条参照)、死刑確定者にも弊害を生ずるおそれがない限り、一般的に、友人・知人との良好な関係を維持するための外部交通を認めるのが適当であると考えられ、そうした配慮などから同法一二〇条二項(前記「関係法令の定め」参照)や同法一三九条二項が規定されていると解される。また、面会は、即時的な外部交通の方法であり、職員の立会いなどの措置によっても不適切な内容の意思連絡を十分には抑止できないのに対し、信書の発受については、検査により不適切な内容のものは差止めなどが可能であるから、同法一三九条二項による信書の発受は、同法一二〇条二項による面会よりも広い範囲で許されると解される。

以上のような刑事収容施設法の条文の構造・趣旨からすれば、同法一三九条二項の信書の発受の許否の判断においては、好ましくない交友関係であれば、信書の発受を許し、交友関係を維持させるべきではないが、良好な交友関係を維持するためであれば、交友関係の維持は、それ自体、信書の発受を必要とされる事情とされているのであるから、信書の発受により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがある場合を除き、基本的に信書の発受は許されなければならないと解するのが相当である。

イ 本件における判断

本件各信書につき、「良好な交友関係の維持」の要件を充足するか否かを検討するに際しては、①前記認定にかかる本件各信書の内容、②本件各信書が控訴人とCら四名との良好な交友関係の維持のための信書であるならば、本来、Cら四名に対する信書としても基本的に発信が許可されるべきであって、それはB弁護士を介することによっても変わることはないこと、③前記認定のとおり、大阪拘置所長は、Cら四名については、控訴人との外部交通を許可しない方針としており、Cら四名に対する信書として発信を申請しても不許可となることはほぼ確実であったのであるから、控訴人が本件各信書をB弁護士宛の信書として発信の許可を求めたことは無理からぬものと考えられることなどに照らせば、控訴人とB弁護士との関係ではなく、控訴人とCら四名との関係を検討するのが相当である。

よって検討するに、前記認定事実によれば、Cら四名は、いずれも控訴人が未決拘留者として拘置所に収容されていた際に、控訴人の刑事裁判の支援者として知り合った者であり、遅くとも平成一七年六月頃から、信書の発受や面会、差入れ等を通じて控訴人と交友している者であること、本件各信書の内容も、Cら四名に対する、差入れに対する謝意、子に対するプレゼントの購入依頼、差入れの依頼等であることが認められる。

そうすると、本件各信書のCら四名に関する部分(二枚目ないし七枚目)は、Cら四名との間の良好な交友関係を維持するためのものであると解され、他方で、本件各信書のCら四名に関する部分(二枚目ないし七枚目)の発信により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとは認められないから、刑事施設の長である大阪拘置所長としては、基本的に、本件各信書のCら四名に関する部分(二枚目ないし七枚目)もその発信を許可すべき義務を負っていたものというべきである。

ウ 被控訴人の主張の検討

(ア) 被控訴人は、刑事収容施設法一三九条二項の「交友関係の維持その他発受を必要とする事情」の要件具備には、社会通念上、積極的に信書の発受を許すべき理由となる事情がなければならないと主張している。

しかしながら、上記条項の規定の仕方からしても、「交友関係の維持」は、それ自体、「信書の発受をすることを必要とする事情」とされているのであるから、「交友関係の維持」に加えて、さらに社会通念上、積極的に信書の発受を許すべき事情が必要とされているわけではなく、被控訴人の上記主張は採用できない。

(イ) 被控訴人は、①死刑確定者に対する刑罰の制裁として、刑事施設における処遇上、その自由を一定の限度で制約することも許されること、②死刑確定者が外部交通によって、激しい精神的苦痛に陥ることなども考慮して、刑事収容施設法一三九条二項の信書の発受の許否を判断する必要があると主張している。

しかしながら、①については当然の事理であるが、この点も踏まえて、刑事収容施設法一三九条一項、二項などが規定されているのであって、同項の許否の判断に際し、重ねてこのような事情を考慮するのは相当ではない。また、②については、死刑確定者の心情の安定を図るためという趣旨と解されるが、刑事収容施設法は、監獄法と異なり、「心情の安定」は、死刑確定者本人の内心の問題であり、基本的に強制するような事柄ではなく、換言すれば、心情の安定を図ることを理由に、死刑確定者に義務を課したり保障されるべき権利や自由を制限することは適当ではないとの考え方に基づき、心情の安定を害するおそれを理由に死刑確定者の権利を制約することを一切許容していないのであるから、同法一三九条二項の許否の判断に当たり、そのような事情を考慮することは許されないというべきである。

したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。

(ウ) 被控訴人は、本件各信書の発信の緊急性や必要性が乏しいと主張している。

しかしながら、上記で見たとおり、刑事収容施設法一三九条二項の趣旨は、良好な交友関係の維持のための信書の発受は基本的に許されなければならないというものであるから、発信を許可するために、信書の発信の緊急性や必要性が必要とされるものではなく、被控訴人の上記主張は採用できない。

(エ) 被控訴人は、控訴人とCら四名との間に継続的な交友関係があったとは認められないと主張している。

なるほど、刑事収容施設法一三九条二項の「交友関係の維持」が前提とする友人・知人とは、交友関係があるといえるだけの継続的な交際を行ってきたことが必要であるが、それは、単に互いに知っているというだけの者は交友関係があるということにはならないという程度の意味であって、被控訴人が主張するように、刑事裁判以前からの友人・知人である必要はないと解される。

そもそも、前記で判示したとおり、同項は、友人・知人との外部交通を一般的に否定すると、死刑確定者を精神的に孤立させることになりかねないという死刑確定者の人権に対する配慮から規定されたものであるから、刑事裁判の支援者であったとしても、それが継続的な交友関係といえる限りはこれを除外する理由はないし、むしろ、死刑確定者の精神的な孤立を防ぐという意味では、継続的な支援者との交友関係の維持こそが重要であるといえる。

そして、前記認定のとおり、控訴人とCら四名との交友関係は、遅くとも平成一七年頃から続いているのであるから、継続的な交際といって差し支えなく、被控訴人の上記主張は採用できない。

(オ) 被控訴人は、本件各信書が控訴人の心情の安定に資するとはいえないと主張している。

しかしながら、前記のとおり、良好な交友関係の維持のための信書の発受は基本的に許されなければならないのであり、それが積極的に死刑確定者の心情の安定に資する必要はない。

そもそも、死刑確定者の心情の安定に資する信書は、刑事収容施設法一三九条一項三号で発受が原則的に許可されるものであるから、同条二項の要件の検討に当たって、改めて、死刑確定者の心情の安定に資するか否かを考慮要素とするのは矛盾している。

したがって、被控訴人の上記主張も採用できない。

(4)  まとめ

以上のとおり、本件各信書は、刑事収容施設法一三九条二項の要件を満たしており、大阪拘置所長はその発信を許可する義務を負っていたというべきであるから、その発信を許可しないことは、裁量権を逸脱・濫用したものであって、国家賠償法上違法である。

したがって、本件各信書を控訴人に対して返戻した行為もまた国家賠償法上違法であるというべきである。

四  控訴人の損害(争点(3))について

控訴人が本件各信書の返戻により実質的に外部交通の自由を侵害され、精神的苦痛を被ったことは明らかであるところ、本件各信書の内容や本件各信書の返戻の経緯、本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人の上記精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は、二万円をもって相当と認める。

五  結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は、二万円及びこれに対する不法行為の日である平成二二年一〇月一日(本件信書二の返戻日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却を免れない。

よって、原判決を上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 神山隆一 堀内有子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例