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大阪高等裁判所 平成25年(ネ)1935号 判決 2013年10月18日

大阪市<以下省略>

控訴人兼被控訴人(原告)

X(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

中嶋弘

東京都中央区<以下省略>

被控訴人兼控訴人(被告)

野村證券株式会社(以下「一審被告」という。)

同代表者代表執行役

同訴訟代理人弁護士

高坂敬三

同訴訟復代理人弁護士

深坂俊司

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は各自の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,一審原告に対し,1226万4217円及びうち128万5987円に対する平成19年6月13日から,うち570万9757円に対する平成23年8月24日から,うち526万8473円に対する平成24年6月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消部分に係る一審原告の請求を棄却する。

第2事案の概要

1  本件は,一審被告から仕組債であるノムラヨーロッパファイナンスエヌブイNo.12444(額面額は5000万円,発行日は平成19年4月16日,償還日は平成49年4月16日であり,以下,この仕組債のことを「本件仕組債」という。)を購入する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した一審原告が,一審被告において一審原告に対して本件仕組債の売買代金の支払を求める本案訴訟を提起する前に,売買代金請求権を被保全権利として一審原告名義の預金(以下「本件預金」ともいう。)に係る預金債権並びに預託株券に係る共有持分(以下,単に「株式」と表現し,一審被告天王寺駅支店扱いの株式を「一審被告分」,a社e支店扱いの株式を「a社分」といい,これらを併せて「本件各株式」ともいう。)につき仮差押命令を申し立て,仮差押命令が執行された(以下,これらの仮差押申立て及び各命令の各執行を併せて「本件仮差押え」という。)ところ,上記本案訴訟における第一審判決は,一審原告の錯誤により上記売買契約が無効であることを理由に売買代金請求を棄却し,控訴審判決も,一審被告による控訴のうち上記棄却に対する部分を同様の理由で棄却した(以下,これらの第一審及び控訴審の事件を併せて「先行事件」という。)ことから,本件仮差押えによって損害を被ったと主張して,不法行為に基づく損害賠償として,損害金1226万4217円(内訳・本件預金の仮差押えによる損害8万5987円,a社分の仮差押えによる損害570万9757円,一審被告分の仮差押えによる損害526万8473円,弁護士費用120万円)並びにうち本件預金の仮差押えによる損害及び上記弁護士費用の小計である128万5987円に対する上記預金債権に係る仮差押えの執行日の翌日である平成19年6月13日から,うち570万9757円に対するa社分の仮差押えの執行解放日の翌日である平成23年8月24日から,うち526万8473円に対する一審被告分の仮差押えに係る株式が売却可能になった日である平成24年6月13日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(当審における請求減縮後の金額)の支払を求めている事案である。

原審は,一審原告の請求を一部認容し,一審被告に対し,288万2466円及びこれに対する平成23年8月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じて,その余の請求を棄却したことから,これを不服とする一審原告及び一審被告の双方が控訴した。

なお,一審原告が代表取締役を務めるf社(以下「f社」ともいう。)は,原審において,上記不法行為により借入れを余儀なくされた旨主張して,損害金71万6630円及びこれに対する同借入れに係る最終の利息支払日である平成21年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ,原審は上記請求を棄却し,f社は控訴しなかった。

2  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3,4のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の「2 争いのない事実等」(原判決3頁1行目から4頁6行目まで)並びに「3 争点」中の(1),(2)のア,イ(原判決4頁8行目から6頁25行目まで)及び同オ(原判決8頁5行目から18行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁5行目の各「原告会社」を「f社」とそれぞれ改める。

(2)  原判決3頁7行目の「原告ら」を「一審原告」と改める。

(3)  原判決4頁4行目の「なお,」の次に「損害の発生を否定して,」を加える。

(4)  原判決4頁8行目の「過失があったか」を「過失がなかったといえるか」と,19行目及び21行目の「原告」をいずれも「一審原告」と各改める。

3  当審における一審原告の補充主張

(1)  争点1(本件仮差押えを行ったことについて一審被告に過失がなかったといえるか。)について

ア 一審原告は支店長であるB(以下「B支店長」ともいう。)宛に御礼状を送付したが,これは,その前にB支店長から御礼状の送付があったため,部下に返事を出すよう指示したものにすぎない。したがって,御礼状の送付をもって売買契約に錯誤がなかったということはできない。

イ 一審原告の「もう契約したとか,せえへん云々は何ともないんですわ。」,「これはもう履行されるんやったら履行で,それでいいですやん,私の中で。」との発言(甲75[46,47頁])は,一審原告が,「売りっぱなしされて,後知らんで言われたら,そんな大変なことないで」(同37頁)とアフターケアを心配する発言をしたのに対し,B支店長が,「1割,2割下がる」「それはまあ,悪く言っているつもりですけれど」とリスクを過小に伝え,自信を持ってお勧めできるとまで述べたため(同43,44頁),一審原告が確定した利金をもらえば仮に2割下がっても400万円の損で済むと誤信した状態(同47頁)でなされたものにすぎない。したがって,上記発言をもって売買契約に錯誤がなかったということはできない。

ウ したがって,一審原告が御礼状を送付したことや前記イの発言をしたことは一審被告の過失を覆すような事情になるとはいえない。

(2)  争点2イ(株式に関する損害)について

ア 不当な仮差押えをされた者に株価下落による損害を回避する義務はないから,一審原告訴訟代理人がa社に接触して損害回避措置を取る考えを説明し,協力を要請した当時,一審原告がうつ病悪化のため損害回避措置を完遂できなくなったことをもって因果関係が中断したものと解することはできない。したがって,平成19年12月25日当時の市場価格を考慮して損害を評価すべきである。

イ 大審院大正12年(オ)第398号,521号,同15年5月22日民刑聯合部中間判決・民集5巻6号386号(いわゆる富喜丸事件判決)によれば,騰貴価格による利益を確実に取得すべき状況にあると推測することができない場合は,騰貴価格による利益は特別損害と観念され,その予見可能性を検討する必要があるが,逆に騰貴価格による利益を確実に取得すべき状況にあると推測することができるのであれば,通常損害としてその賠償を求めることができるところ,株式は「富喜丸」と異なり,いつでも容易に売却できる性格のものであることや,平成19年12月25日当時の本件各株式の価格動向に照らせば,騰貴価格による利益を確実に取得すべき状況にあったものとして平成19年12月25日時点での株価と仮差押えが解放された時点における株価の差額をもって本件仮差押えによって生じた損害と評価すべきである。

(3)  争点2オ(弁護士費用)について

本件各株式に関する損害を合計すると1106万4217円となり,不法行為と相当因果関係のある弁護士費用はこの約1割である110万円である。

また,一審原告は,先行事件に係る控訴審判決後,保全取消しの申立てを余儀なくされたところ,素人である一審原告が同申立てをなし得るものではないし,一審被告は,同事件の審尋期日において裁判官から取下げを促されて初めて検討を約束したもので,一審原告が取下げを促したくらいで自ら取り下げるはずはない。そうすると,一審被告は,不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として保全取消しの申立てのための弁護士費用10万円を別途支払うべきである。

4  当審における一審被告の補充主張

(1)  争点1(本件仮差押えを行ったことについて一審被告に過失がなかったといえるか。)について

ア 先行事件の第一審判決及び控訴審判決は,Dが平成19年3月22日午前に「年限30年」と記載のある「ユーロ債のご案内 Ver.1」(以下「本件初版案内」という。)を交付した事実や同日午後に同様の記載のある同日付けの「ユーロ債のご案内 Final」(以下「本件最終案内」という。)を交付した事実を認定している。こうした事実関係を前提にすれば,一審原告において資金が30年凍結される可能性を認識できず,錯誤があったとの判断が示されることを一審被告が予想することは不可能であった。

一審原告は,同日午後6時半頃にはキャンセルを申し出ているところ,営業の現場においては,顧客が約定の直前に商品の全体像を理解することもあり得ることで,一審原告も,最終的には納得し,買付約定書にサインしている。この事実を考慮しただけでも,事後的に錯誤無効の判断が示されることを想起すべきであったということには無理がある。

イ 投資勧誘に関する訴訟で錯誤無効が認められるケースは稀で,先行事件に係る第一審判決及び控訴審判決は,予想外のものであった。

ウ 一審被告による録音を反訳した平成19年3月23日の会話記録(甲75)の内容は,一審原告も隠し撮りしていたこと(乙34)を考慮すると,一審原告の発言内容のみが録音を意識しない自然な内容であるとはいえないし,B支店長の発言内容のみが録音を意識した不自然な内容であると評価することはできない。また,一審原告は,「もう契約したとか,せえへん云々は何ともないんですわ。」,「これはもう履行されるんやったら履行で,それでいいですやん,私の中で。」という売買契約の成立を容認する発言をしていることは明らかである。こうしたことに,一審被告作成の接触履歴(乙24)に最終的には納得いただいた旨などが記載されていたこと,一審原告がB支店長宛に御礼状を送付したことをも考慮すれば,上記会話記録及び上記接触履歴を検討しても,一審被告の担当者が一審原告に対して十分な説明を行わないで誤った情報を提供した事実を認識し,又は認識し得たとはいえない。

(2)  争点2ア(預金に関する損害)について

百歩譲って4年62日の間,一審原告が本件預金を運用できなかったことが損害に当たるとしても,低金利の経済状況の下では民事法定利率をもって損害額を算定するのは妥当ではない。

(3)  争点2イ(株式に関する損害)について

一審原告は,本件の原判決が認定するように本件各株式の売却申出をしていないから,本件各株式の売却代金を運用することは観念できないはずである。そうすると,一審原告において売却代金を運用することができなかったことを理由に損害の賠償を求めることはできないし,抽象的な利益を損害と認めることは,判例(最高裁昭和41年(オ)第600号同42年11月10日第二小法廷判決・民集21巻9号2352頁など)に示された被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とする損害賠償制度の趣旨に反する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,一審原告の本件請求は,損害金288万2466円及びこれに対する本件預金に係る預金債権及び一審被告分の株式に対する仮差押えの執行解放日である平成23年8月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり補正し,後記2ないし5のとおり当審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する裁判所の判断」の1ないし3(原判決9頁12行目から16頁15行目まで)及び6(ただし,原判決18頁8行目から11行目まで)に認定・説示するとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決9頁12行目の「過失があったか」を「過失がなかったといえるか」と改める。

(2)  原判決10頁6行目から7行目にかけての「具体的には,」から8行目の「リスク」までを「豪ドルの従前の為替相場の状況や今後予想すべき状況等に関わるリスク要因や,クーポンの利率が低い利率にとどまった場合に償還日前に本件仕組債を売却して投下資金を回収しようとしたときにどの程度買い叩かれ,元本が毀損される可能性があるかに関わるリスク要因」と改める。

(3)  原判決11頁3行目から12頁24行目までを次の文章に改める。

「ア 証拠(以下に個別に掲げるほか,甲75,78,乙21ないし23,25ないし27,34)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(ア) 一審被告従業員であるDは,平成19年3月16日,一審原告と商談をした際,過去に取り扱ったユーロ債に係る平成18年12月1日付けの資料を示して仕組債の説明をした。上記資料には,償還日が30年後で,62万5000ドルが償還されること,当初6か月間は9.50%(年率,30/360ベース)のクーポン(円貨),7か月目以降は利払日の米ドル/円レートから106.65を控除した数額に1.00%(年率,30/360ベース)を乗じて得られる利率のクーポン(円貨)を受けることができ,利払日における為替相場が一定の為替水準(トリガーポイント)以上であった場合は,当該利払日に自動的に円貨で早期償還されることが記載されていた。上記資料には豪ドルの為替相場が利率の算定要素になることは記載されておらず,Dが豪ドルの相場状況を話題にすることはなかった。(乙1,2)

(イ) 平成19年3月22日の説明,発注状況

a Dは,同日午前10時頃,B支店長と共にf社の事務所を訪問し,一審原告に本件初版案内を交付した。本件初版案内には,償還日が30年後で,発行体の判断により米ドル(62万5000ドル)又は豪ドル(100万ドル)が償還されること,1年目は15.30%(年率,30/360ベース)のクーポン(円貨),2年目以降は利払日の米ドル/円レートから102.50を控除した数値×1.00%(年率,30/360ベース)の算式によって得られる利率と利払日の豪ドル/円レートから78.90を控除した数値×1.00%(年率,30/360ベース)の算式によって得られる利率のいずれか低いほうの利率によるクーポン(円貨)を受け取ることができ,支払クーポンの累積額(当該クーポンを含む。)がターゲットレベル(額面の29.00%)以上となる場合,当該利払日において自動的に円貨で早期償還される旨の説明が記載されていたところ,B支店長は,年15%で10年なら150%のクーポンが得られると発言した。しかしながら,上記の発行条件に照らせば,2年間で受け取ることが可能なクーポンの上限は29%であるから,同一条件の仕組債をさらに4回購入して10年間が経過しても,10年間のクーポンの合計は145%にとどまり,150%のクーポンを得られるということはなかった。また,本件初版案内には,当時の為替予約取引(1年物ないし30年物)に係る為替レートを本件初版案内に記載された取引条件に当てはめた場合に支払を受けることが予想されるクーポンの割引現在価値とクーポン累積額がターゲットレベルに達する時点で償還される償還額の見込額(円ベースに修正したもの)の割引現在価値の合計額(以下「予想されるキャッシュインフローの現在価値」という。)がどの程度になるかについては記載がなかった。他方,一審原告は,DやB支店長と同様,米ドルに関しては当分の間円安基調が続くと考えていたことから,為替相場が思惑どおりにならなかったときに償還日前に本件仕組債を売却して投資した資金を回収しようとした場合,どの程度の売却損が生じるかということについては,特段質問しておらず,D及びB支店長もそのような場合にどのようなリスクが考えられるかということについて具体的な数字を用いて説明したことはなかった。(乙5)

なお,B支店長は,同日の説明において年15%で10年なら150%のクーポンが得られると発言したことを平成21年10月1日に実施された証人尋問において初めて一審被告訴訟代理人の面前で明らかにしたもので,本件仮差押え当時は,そうした事情を一審被告訴訟代理人には説明していなかった(Bの本人調書[乙22]反訳書19頁25行目から20頁6行目まで)。

b Dは,同日午後2時頃,一審原告に対し,電話をかけ,発注後はキャンセルできないことを告げた上で,仕組債を発注してよいか確認した。一審原告は,「いいですよ。」と述べて,これを承諾した。

c 一審被告は,その後,本件仕組債を組成した。

d Dは,同日夕方,買付約定書受入のため,上司(インストラクター)であるCと共にf社の事務所を訪問し,本件最終案内を交付した。本件最終案内には,償還日が30年後で,発行体の判断により米ドル(62万5000ドル)又は豪ドル(100万ドル)が償還されること,1年目は15.30%(年率,30/360ベース)のクーポン(円貨),2年目以降は利払日の米ドル/円レートから101.50を控除した数値×1.00%(年率,30/360ベース)の算式によって得られる利率と利払日の豪ドル/円レートから78.70を控除した数値×1.00%(年率,30/360ベース)の算式によって得られる利率の低いほうの利率によるクーポン(円貨)を受け取ることができ,支払クーポンの累積額(当該クーポンを含む。)がターゲットレベル(額面の29.00%)以上となる場合,当該利払日において自動的に円貨で早期償還される旨が記載されていたが,当時の為替予約取引(1年物ないし30年物)に係る為替レートを取引条件に当てはめた場合に予想されるキャッシュインフローの現在価値がどの程度になるかについては記載がなかった。(乙7)

一審原告は,本件最終案内についてCに説明を求め,Cが説明すると,一審原告は,自分の認識とは異なることを理由にキャンセルをしたい旨申し出た。Cは,事前にキャンセルができないことを確認した上で発注したものであるからキャンセルできないなどと述べ,買付約定書への署名押印を求め,一審原告は,買付約定書に署名捺印をした(乙6)。

(ウ) 一審原告は,平成19年3月23日,f社の事務所において,部下のE(以下「E」という。)と共に,DやB支店長と話をした。一審原告は,会話を録音したものの,途中で充電池が切れ(証人Eの証人調書[甲78]反訳書7頁),一審原告が保管していた録音体の反訳書(乙34)には,B支店長が会話に参加する前の会話内容が盛り込まれているものの,B支店長が会話に参加した後の会話内容に関しては途中までしか盛り込まれていない。他方,一審被告が保管していた録音体の反訳書(平成21年10月28日付け作成の甲75)には,一審原告が保管していた録音体の反訳書(乙34)に記載された会話の続きも盛り込まれている。

上記各反訳書には,次のようなやりとりが記載されている。

a 冒頭部分は,Dが応対しており,一審原告が,豪ドルについてDから説明を受けていない旨を指摘すると,Dは,「説明してないですね。」,「いや,ほんとに私からはお伝えしないです。」と返答した(乙34[7頁])。

b 途中からB支店長が会話に加わった(乙34[8頁],甲75[1頁])。

一審原告は,B支店長とのやりとりの中で,「15%ずつずっと入ってくるんであれば当たり前ですけれども,10年したら,まあ支店長が言うように150%になるわけですからね。」と述べた。B支店長は,これに対し,「ただ,それもすぐ訂正しましたように,アッパーがこれ29%ですよね。要するに,もう繰り上げ償還になってしまいますよね。ということもその後申し上げましたとおりで,つまり30年間持ち切ろうということで皆さん買うわけではなくて,繰り上げ償還になるだろうということをもくろんで皆さん買われるわけです。」と応答し,毎年15%のクーポンを受け取ることができれば10年したらクーポンの累積額が150%に達するという説明については,本件仕組債のターゲットレベルが29%を上限としているため,これを超えた時点で自動的に早期償還されることになるという説明を加えて説明を訂正した旨を弁解した。もっとも,B支店長は,訂正後の説明どおり早期償還となった場合に,本件仕組債と同一の発行条件の仕組債が再度発行される(組み直しが可能になる)可能性がどの程度あるかについて説明をしたわけではなかった。(甲75[5,6頁])

c B支店長は,一審原告に対し,豪ドルの相場がえらく高いし,いろいろ吹聴されて一審原告の気持ちがふらついて,弱気になっていると聞いたが,もう契約が終わった後の話であると切り出した。これに対し,一審原告は,全然違っていて,豪ドルのことは聞いていないと反論した(甲75[10頁],乙34[18頁])。B支店長は,これに対し,「いや,それは社長,違うと思いますね。」と反論したところ,Dは,すかさず,一審原告に対して豪ドルが今後どういう展開になっていくかについては伝えていない旨述べた(甲75[10頁]では一部反訳不能と扱われているが,乙34[19頁]には上記のとおり反訳されている。)。

d 一審原告が,Dから2年目以降は米ドルか豪ドルのどちらか低い利率によるクーポンが支払われる旨の説明を受けたことを認めたところ,B支店長は,豪ドルが何も影響しないとは申し上げていないし,逆に言えば豪ドルが影響することも一審原告においてしっかり認識したと思う旨や,その上で顧客の判断として発注をしたもので,その後調べてみて弱気に思ったのかもしれないが,契約が履行された後の話になるのでいかんともしがたい旨を切り返し,B支店長の豪ドルに関する相場観について矢継ぎ早に3つの視点から説明した(甲75[10ないし13頁],乙34[19ないし21頁])。

e Dは,「元本をたたかれるリスク」は解決しなければならないと思う旨や,「期間リスク」が一審原告にとっての一番のリスクであるということについて,Dが説明をした時点で認識が甘かった点は確かにある旨を発言したところ,B支店長は,同月22日午前に説明をした際,30年間仕組債を持たされることがあることを説明したと指摘した。これに対し,一審原告は,その説明を受けたことは認めた。もっとも,30年後に元本が償還される場合の償還額の割引現在価値(年利5%の複利計算を前提に試算する場合,償還額×1÷(1+0.05)30=償還額×0.2314(小数点以下第5位を四捨五入した場合)で計算できる。)や予想されるキャッシュインフローの現在価値合計額がどの程度になるかについて会話が交わされたことはなく,DやB支店長がこうした点について説明済みである旨の反論をすることもなかった。(甲75[14頁],乙34[22頁])

f 一審原告は,豪ドルについては全くわからず,ど素人である旨や豪ドルがこれまでどういうふうに推移したか,現状がどうかについては,先ほどB支店長から聞くまでは知らなかったと述べた。すると,B支店長は,そうしたことをのみ込んだ上で,一審原告が,「じゃあ,行きましょう」とゴーサインを出していただいたと思う旨を述べ,一審原告は,「いや…」と否定し,Dを信用したからゴーサインを出したと思ってもらわないと困ると述べた(甲75[27頁])。なお,Dは,同月22日午前中にB支店長が本件仕組債の説明をした際にB支店長が豪ドルの相場状況について説明をした旨の反論をすることはなかった。

g 一審原告は,「売りっぱなしされて,後知らんで言われたら,そんな大変なことないで」と発言した(甲75[37頁])。

h 一審原告は,その後も,豪ドルの状況について知識がない旨を述べ,B支店長は,個人的には豪ドルは強含みで推移すると見ている旨を説明した(甲75[38,39頁])。また,B支店長は,一審原告から償還日前に本件仕組債を売却した場合に何掛けぐらいで売れるか質問され,「そのときの値段で売れるんですけども,それはやっぱり相当安くなります,そのときになると。」と答え,一審原告が,「どんなもんですか,安くなるいうのは。」とさらに質問すると,「例えば,どうですかね,それは例えば,そのときの豪ドルだとか米ドルの為替にもよりますので,一概には言えませんけれども,例えば,やっぱり1割下とか2割下とかには平気でなると思いますよ,それは」,「それはまあ,悪く言っているつもりですけれど」と答えた。すると,一審原告は,「悪うてもいいんですよ。初めにそこも言うてほしい。悪かっても,社長,ほな1000万損する思ってやって言うてくれたら,ほな私は今言うように「かまへんよ」と。」と述べ,償還日前に本件仕組債を売却した場合にどの程度買いたたかれるリスクがあるかについて説明がなかったことについて苦情を述べた。これに対し,B支店長は,その点についての説明をしたという反論を即座にしたわけではなく,その後のやりとりの中で,さらに,「僕が1000万と,1割とか2割って言いましたが,場合によっては申し訳ないけど3割とか4割かもしれませんよ」と言い直し,一審原告は,「それをほんまに,きのうもそういうふうに2人で言うてくれたらええけども,(後略)」と苦情を述べた。(同43ないし45頁)

i 一審原告は,その後のやりとりで,「もう契約したとか,せえへん云々は何ともないんですわ。損するとしたら,社長って,もうぶっちゃけ言うわって。野村が飛んだときは,初めに聞いたと思うねん,だからそれは。リスクって何って。野村が飛んだときは,どないなるのんて聞いたよね。それ以外やっぱりリスクを聞いてなかったんやね。わかる?」と述べた(甲75[46頁])。

j 一審原告は,その後のやりとりで,「逆に,これ,もうかんねんて,100って言えへんかっても投資するのがリスクでしょう。そんなん百も承知ですわ。(中略)例えば,1年目,まあ600万円かな,入ってくるの私もわかっているわけですから,それは差し引きもらえるねんでって。その後,あかんかって1000万値引きして売っても,まあ400万損で済むんやろって。というのが投資でしょうって。(中略)いいつき合いでこっちでいこかっていうのを,まあ今言うように,これはもう履行されるんやったら履行で,それでいいですやん,私の中で。(後略)」と述べたほか,「Dさんにも今回ええ経験になると思う。(中略)私みたいに勘違いする人もいてるよと。やっぱりそんなんも…」と述べた(甲75[47頁])。

k 一審原告は,その後のやりとりの中で,「支店長がね,私が,そんなんだったら中国の株も全部,勧めてくれてるやつもあるわけですやん。それ,私が全部手がけて,ほんでこれはリスクがあるよって聞いて買ってんねんで。今回がたまたまそういうのを聞いてないいうのは,やっぱりこれ私が怒るんじゃなくて,支店長も今後,Dさん気いつけやって。」と述べた(甲75[52頁])。

(エ) B支店長は,平成19年3月24日,f社の代表者である一審原告宛に,「先日は,ご多忙中にもかかわらずご面談のお時間をいただき誠にありがとうございました。改めて,お礼申しあげます。少しでもお役に立てますよう,ご相談,ご提言に努めてまいります。担当のD同様,今後ともよろしくお願い致します。右取り急ぎご挨拶のお礼まで」と記載した葉書を発送した(甲101,弁論の全趣旨)。

(オ) f社の代表者である一審原告は,Eに対し,上記葉書に対する返事を出すように指示を出し,Eは,同月30日,上記葉書に対し,「拝啓 先日は,ご多忙の中貴重なお時間を頂,誠に有り難うございました。今回の一件のことで御社と深い絆ができたものだと確信しております。B支店長をはじめ担当のD様に出会えたことに深く感謝いたしております。何卒,今後も長いお付き合いをしていただきたく思っております。どうぞ宜しく御願い申し上げます。」と記載した書簡を発送した(甲78,100,乙8)。

(カ) 一審原告訴訟代理人は,平成19年4月14日付けの「ご通知」と題する内容証明郵便物で,天王寺駅支店に対して,Dが本件仕組債の仕組みやリスクを説明しなかったばかりか,年15%以上の利回りが確保される元本保証の証券であるなどと虚偽の説明をしたために,一審原告がその旨誤信した旨や投資契約において証券の表象する権利の性質は契約内容に含まれるから意思表示に要素の錯誤があり,無効である旨などを指摘するとともに,詐欺取消し,消費者契約法に基づく取消し及び説明義務違反を理由とする債務不履行解除の意思表示をし,一審原告に直接接触しないように求めた(乙9)。

(キ) 一審被告は,平成19年6月7日,一審被告訴訟代理人に依頼して,D作成の陳述書等を疎明資料として提出した上,一審原告の前記(カ)の主張がいいがかりにすぎない旨主張して,本件仮差押えを申し立てた(甲69ないし74)。D作成の上記陳述書には,平成19年3月23日にf社に赴いて説明をしたところ,一審原告が「リスクがあることは百も承知です。」「これはもう私の中で履行されている取引です。」などと発言し,納得した様子であった旨や一審原告からB支店長宛に御礼状まで送られてきた旨などが記載されていたが,豪ドルの為替相場に関わるリスク要因やクーポンの利率が低いために償還日前に本件仕組債を売却した場合のリスク要因について具体的に説明した旨の記載はなく,同年3月22日午前にB支店長が毎年のクーポンが15%であれば10年で150%のクーポンを受け取ることができる旨の説明をしたことについては特段の記載がなかった(甲72ないし74)。

イ 会話記録(甲75)について

前記ア(ウ)で認定した事実によれば,一審被告が保管していた録音体を苦情を述べている顧客の立場に立って傾聴する意識で全体を精査すれば,一審原告の言い分が,Dから中国株の購入を勧誘されたときにはリスクがあることについても説明を受けた上で購入をしており,結果として損をしても一審原告が自己責任を負うべきことは分かっているし,リスクについての説明がされていたのであれば契約が履行されていると受け止めることができるが,本件仕組債については,クーポンの利率の計算に当たって豪ドルの為替相場が考慮されるのに,豪ドルの従前の相場状況や今後の状況等に関わるリスク要因について説明を受けておらず,他のリスク要因に関しては,償還日までに一審被告が破たんしたらどうなるかということを話題にした程度で,クーポンの利率が低い利率にとどまった場合に償還日前に本件仕組債を売却して投下資金を回収しようとしたときにどの程度買い叩かれ,元本が毀損される可能性があるかに関わるリスク要因について具体的な説明を受けていない状態で平成19年3月22日午後2時頃の注文に至った点に問題がある旨を指摘していることを把握し得たほか,一審原告が,同月22日の注文時に対米ドルの為替相場のみを念頭に置いて本件仕組債を購入すれば10年間で150%のクーポンを受け取ることができると思い込んでいたことを把握し得たものであって,一審原告訴訟代理人が内容証明郵便物で指摘した錯誤の主張(前記ア(カ))を基礎付ける具体的な主張事実を把握し得たことが認められる。

また,前記ア(ア)ないし(ウ)で認定したとおり,一審原告がDから初めてユーロ債の説明を受けた際に交付を受けた資料には豪ドルに関する記載がなかったこと,Dが,平成19年3月23日に会話をした際,Dが豪ドルの相場状況について説明したことがなかったことを自認し,かつ,同月22日午前中にB支店長が豪ドルの為替相場等について説明した旨の反論をしなかったことに照らせば,本案訴訟において同日午前中にB支店長が豪ドルの為替相場等に関わるリスク要因について説明しなかったと認定される可能性があることは予測できたはずである。

さらに,Dが,同月23日に会話をした際,「元本をたたかれるリスク」について認識が不十分であったことを自認し,かつ,償還日前に本件仕組債を売却した場合にどの程度買い叩かれ,受領済みのクーポンを考慮してもどの程度の損失が生じることがあり得るかについて同月22日午後2時ころまでに説明を済ませた旨の反論をしなかったことに照らせば,本案訴訟において早期償還を受けられず,償還日前の売却の際に元本が毀損される場合のリスク要因について説明がないままの状態で本件仕組債を発注したと認定される可能性があることは予測できたはずである。

加えて,本件全証拠をもってしても,一審被告において,本件仮差押え当時,B支店長に対して一審原告に10年間で150%のクーポンを受け取ることができる旨の説明をしたことがあったかについて詳しく事情を聴いた場合に率直な供述を得られなかったとは認めがたいから,B支店長に対して上記会話記録(録音体)からうかがえる一審原告の言い分を踏まえた事情聴取をしていれば,B支店長が本件仕組債のメリットを誇張するような適切とはいいがたい説明をしていたことを把握することができたものと推認できる。

これらの点を考慮すると,本案訴訟における提出等が予想されるDやB支店長による勧誘等に関する一審原告の陳述書や本人尋問の結果のほうが信用できると証拠評価され,錯誤があったとの判断が示される可能性があることを予測できなかったとはいえない。

ウ 接触履歴(乙24)について

接触履歴(乙24)には,豪ドルの為替相場に関わるリスク要因やクーポンの利率が低いときに償還日前に本件仕組債を売却した場合に考えられるリスク要因について具体的に説明済みであった旨の記載はなく,一審原告が説明不足との主張を撤回した旨の記載もなかったことは明らかである。そうすると,上記接触履歴の存在をもって,本案訴訟において錯誤があったと判断される可能性があることを予測できなかったとまではいえない。

エ 本件仮差押えの申立てに当たって作成された陳述書の内容について

前記アで認定したとおり,本件仮差押えの疎明資料として作成されたD作成の陳述書には,豪ドルの為替相場に関わるリスク要因やクーポンの利率が低いために償還日前に本件仕組債を売却した場合のリスク要因について具体的に説明した旨の記載がなかったことは明らかである。そうすると,本件仮差押えの申立てに先だって,陳述書を作成するためにDから事情聴取をしたことをもって,一審被告の過失を否定することはできず,前記イで説示したとおり,かえって,一審被告には,B支店長に対して適切な事情聴取ができていなかった過失があるといわざるを得ない。

オ 前記イないしエで説示した点に,交渉相手が委任した弁護士から錯誤等の事実上,法律上の主張をある程度具体的に記載した内容証明郵便物の送付を受けた場合,主張事実を排斥できるような手持証拠があるかどうかを慎重に吟味するのが通常だと考えられることを考慮すれば,一審被告は,自己が委任する訴訟代理人に対し,債権取引をする場合,通常どのようにして契約の利害得失を判断するかを説明した上で,自己が保管する録音体の録音内容について具体的な報告をするなり,反訳書を作成して提供するとともに,B支店長が一審原告に10年間で150%のクーポンを受け取ることができる旨の説明をしたかどうかを聴取して報告するなり,聴取を弁護士に依頼するなどした上で,全体としての証拠の吟味を依頼するとともに,一審原告訴訟代理人との任意交渉を経ずに仮差押えを申し立てるのか,同代理人に対して一審被告としての主張を明らかにした上反論や証拠の提示を求めるなり,弁護士間の交渉を経るなりした後に最終的な方針を決定することとすべきかについての対処方針を含めた助言を求めるべきであったのに,上記のような資料提供等をしなかったため,一審被告訴訟代理人においても一審原告訴訟代理人が内容証明郵便物に記載した主張が「いいがかりにすぎない」と判断して本件仮差押えに至ったことが明らかである。こうしたことを考慮すると,一審被告に過失があったとの推定を覆すような事情があったとはいえない。

また,上記のとおり,一審原告が一審被告に対して錯誤に関する主張内容を明らかにしており,一審被告が保管していた録音体等を精査することでその詳細を把握できたことを考慮すれば,先行事件に係る判決における錯誤無効という法律構成が内心の問題が関係する法律構成であったことをもって,過失があったとの推定を覆すものとはいえない。」

(4)  原判決13頁21行目末尾に改行の上次の文章を加える。

「 一審被告は,本件仮差押え後も利息債権を含む預金債権を喪失したわけではなく,損害は生じていない旨主張する。しかし,前記説示のとおり,本件仮差押えによって本件預金の払戻を受けて払戻金を原資として運用をする機会を喪失し,もって運用利益を喪失したことは明らかである。そうすると,運用利益相当額から預金利息を控除すべきことは別として,預金利息を超える損害が生じたことを否定することはできない。したがって,一審被告の上記主張は採用できない。」

2  争点1(本件仮差押えを行ったことについて一審被告に過失がなかったといえるか。)に関する補充主張について

(1)  一審被告は,Dが平成19年3月22日午前に「年限30年」と記載のある本件初版案内を交付したこと,同日午後に同様の記載のある本件最終案内を交付したこと,及び一審原告がその後の経緯として最終的には納得し,買付約定書に署名したことを考慮すれば,一審原告において資金が30年凍結される可能性を認識できず,錯誤があったと判断されることを予想することは不可能であった旨主張する。

しかしながら,原判決を修正の上引用して判示したとおり,一審原告は,本件初版案内及び本件最終案内の交付を受ける前は,豪ドルについての記載がないユーロ債の資料をもとにした説明しか受けておらず,初めて豪ドルに関する記載のある本件初版案内を交付された際に,D及びB支店長から豪ドルの為替相場に関わるリスク要因やクーポンの利率が低く償還日前に本件仕組債を売却する場合のリスク要因について具体的な説明を受けないまま同日午後2時頃電話で発注をしたことに照らせば,上記電話による発注前に本件初版案内の交付を受けていたことや,上記発注後に本件最終案内の交付を受けたことをもって,上記発注が錯誤により無効と判断されることを予測することが不可能であったとは到底認めがたい。

したがって,一審被告の上記主張は採用できない。

(2)  一審被告は,投資勧誘に関する訴訟で錯誤無効が認められるケースは稀で,先行事件に係る第一審判決及び控訴審判決は,一審被告にとっては予想外であり,かかる結論の想起は困難であった旨主張する。

しかしながら,前記説示のとおり,本件においては,一審原告が訴訟代理人に委任し,同代理人が錯誤についての主張内容を明らかにしており,会話記録(当時は録音体)という一審原告の主張に副う証拠の一部とも言い得る資料を入手できていたことを考慮すれば,投資勧誘に関する訴訟で錯誤無効が認められるケースが稀であることをもって先行事件に係る第一審判決及び控訴審判決の結論の想起が困難であったとはいえない。

そもそも,前記認定のとおり,証券会社が勧誘行為に際して当該売買契約が後に裁判において錯誤無効と確定的に判断されるような極めて不適切な行為を自ら行っておきながら,錯誤無効と判断されることを予想することが不可能であったなどという弁解は採用しがたいし,一審被告の主張が一審被告の仮差押え担当者が当該売買契約締結の経緯や態様について知り得なかったという趣旨であれば,それは一審被告の仮差押え担当者と売買契約締結担当者の意思疎通が欠けていたという一審被告内部の法的統治の欠如という内部的な問題があったというだけのことであって,部門間の意思疎通の欠如の故に一審被告の過失がなかったということは極めて困難である。

したがって,一審被告の上記主張は採用できない。

3  争点2ア(預金に関する損害)に関する補充主張について

一審被告は,一審原告が本件預金を運用できなかったことが損害に当たるとしても,民事法定利率を用いて損害額を算定するのは妥当ではないと主張する。しかしながら,民法404条においては,立法者により金銭は通常の利用方法によれば年5分の利息を生ずべきものと考えられたことによって,法定利率が年5分と定められており,また,同法419条においては,金銭の給付を目的とする債権の不履行についての損害賠償の額は法定利率によって定めることと法定されていること,さらには,経済活動のグローバル化やボーダレス化に伴い,海外の株式や国債等に投資して資金運用をすることもあり得るところであり,一審原告が現に中国株を購入していたこと,当時米国等において日本と同様の低金利が続いていたことを認めるに足りる証拠がないことをも考慮すれば,民事法定利率を用いて損害額を算定するのが相当である。

4  争点2イ(株式に関する損害)に関する補充主張について

(1)  一審被告は,抽象的な運用利益の賠償を是認することは,判例と矛盾する旨主張する。

しかしながら,一審原告は本件仮差押えによって本件各株式を処分することができない状態になり,本件各株式の処分代金を原資として他の有価証券等に投資して運用をすることができなくなったことが明らかであるから,仮差押えがなければ得られたであろう運用利益に相当する金額の賠償を求め得るものと解するのが相当であり,こうした運用利益相当額は,損賠賠償になじまないような抽象的なものにとどまるとはいえない。そして,運用利益相当額を算定するに当たっては,仮差押えされた株式の客観的評価額に民事法定利率を乗じて算定し,これをもって相当因果関係のある損害と評価するのが相当である。

したがって,一審被告の上記主張は採用できない。

(2)  一審原告は,一審原告が本件各株式を売却しようとした平成19年12月25日当時の本件各株式の市場価格と執行が解放され,売却可能となった当時の本件各株式の市場価格の差額をもって損害額と評価すべき旨主張する。

ア 以下に個別に掲げる証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(ア) 一審原告訴訟代理人は,平成19年9月29日付けで,当時一審被告の代理人を務めていたF弁護士(以下「F弁護士」という。)に対し,一審被告が仮差押申立てを取り下げ,仮差押えされた本件各株式を処分して処分代金を一審被告に渡し,一審被告が先行事件で勝訴したらこれを売買代金債権に充当し,一審原告が勝訴したら返金するという対応ができないかを打診した(甲83)。

(イ) 一審原告訴訟代理人は,平成19年10月9日付けで,F弁護士に対し,一審原告ができれば指値をしたいと述べていることを伝えた上,仮差押命令申立てを取り下げたのに一審原告が本件各株式を処分しないという事態が生じないように売却指示書を差し入れる方法を提示し,処分代金はいったん売買代金債権に充当し,一審原告が先行事件で勝訴した場合に遅延損害金を付して返却することについて合意を成立させる方法によることも可能である旨を連絡した(甲84)。

(ウ) 一審原告訴訟代理人は,平成19年10月22日付けで,一審原告に対し,同月19日にF弁護士から仮差押えの取下げはできないが,a社が本件各株式を売却してその代金を一審被告に支払うことに同意する場合は,一審被告も売却を承諾する旨の返答があったことを知らせるとともに,本件各株式の処分を一審原告訴訟代理人に委任するための委任状の送付を求める旨を連絡した(甲85)。

(エ) 一審原告は,その後,一審原告訴訟代理人に本件各株式の処分を委任するため平成19年12月13日付けの委任状を交付した(甲86)。

(オ) 一審原告訴訟代理人は,その後,一審原告の体調悪化に伴い,一審原告の意向を確認しながら交渉を進めることが困難な状況に陥り,本件各株式の処分の話は立ち消えになった(弁論の全趣旨)。

(カ) 一審被告は,平成23年8月8日,本件仮差押えの全てを取り下げ(甲53の1~3),同月12日,預金債権の第三債務者であるc銀行及び株式(一審被告分)に係る第三債務者である一審被告に対して取下書が送達され,同月23日,株式(a社分)に係る第三債務者であるa社に対して取下書が送達された(甲87,99,弁論の全趣旨)。

イ 前記アで認定した事実によれば,一審原告は,一審原告訴訟代理人が平成19年9月以降本件各株式を処分する方策についてF弁護士と協議を開始した後,指値で売却を指示する意向を明らかにするなど,本件各株式の売却方法について一審原告なりの考えを有していたことがうかがわれ,訴訟代理人への委任状交付に概ね2か月を要し,結局交渉が自然消滅したのは,一審原告の体調不良だけでなく,一審原告が有していた考えにも大きな要因があったことがうかがえる。こうしたことを考慮すると,同年12月25日当時,その後の本件各株式の処分方法に関する協議が順調に進んで本件各株式が処分される蓋然性が高かったと認めることはできず,同時点における株式の市場価格を基礎として損害額を算定することは相当とはいえない。他方,一審原告は,同日頃までは本件各株式を是非とも売却したいと考えていたわけではなく,現に売却への行動の継続に至っていないことなどを考慮すると,同日頃までの本件各株式の市場価格を参考にして本件各株式の評価額を算定することも相当とはいえない。こうしたことや,本件の損害額の適正な立証が極めて困難であることなどを考慮すれば,本件各株式の客観的な評価額が同日当時の本件各株式の市場価格と本件仮差押えの執行解放日に近接する平成23年7月27日時点の本件各株式の市場価格の平均を下回ることはないものとして運用利益相当額を算定することをもって損害と評価することは,民事訴訟法248条によって与えられた裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

ウ したがって,一審原告の上記主張は採用できない。

5  争点2オ(弁護士費用)に関する補充主張について

一審原告は,保全取消申立てのための弁護士費用相当額である10万円を相当因果関係のある弁護士費用として加算すべき旨主張する。しかしながら,証拠(甲5ないし8)及び弁論の全趣旨を総合すれば,先行事件に係る控訴審判決が平成22年10月12日に本件の一審被告に送達されたところ,同判決に対しては,本件の一審原告が先行事件に係る反訴請求の関係で上告受理申立てをしたものの,本件の一審被告は上告も上告受理申立てもしなかったことが認められ,保全取消申立てがされた平成23年6月28日時点(甲51の1~3)においては,本件仕組債の売買代金の支払を求める請求を棄却する旨の判断が上告審によって破棄される可能性がなくなっていたことが推認される。そうすると,上記の保全取消申立ては弁護士に委任しなければ申立てが困難であったとまでは認め難く,一審原告が保全取消申立てを弁護士に委任したことをもって別途弁護士費用を加算すべきものとまではいえないと考えられる。また,仮に保全取消申立てのための弁護士費用相当額を認める余地があるとしても,その認め得る金額はわずかであって,その金額はその余の弁護士費用額と合わせて26万円と評価することも可能である。

したがって,一審原告の上記主張は採用できない。

6  以上によれば,一審原告の本件請求は,損害金288万2466円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。

よって,原判決は相当であり,本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 西垣昭利 裁判官 和久田斉)

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