大阪高等裁判所 平成25年(ネ)3473号 判決 2014年8月28日
控訴人
X
上記訴訟代理人弁護士
田村展靖
被控訴人
Y
上記訴訟代理人弁護士
若宮隆幸
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、三五万円及びこれに対する平成二五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成二五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
(1) 本件は、税理士である被控訴人に確定申告書の作成・提出などを継続的に依頼していた控訴人が被控訴人に対し、被控訴人において、自らが代表役員を務める税理士法人に対する弁護士法二三条の二に基づく照会(以下「二三条照会」という。)に応じて、同税理士法人をして、控訴人の承諾を得ないまま控訴人の確定申告書控えなどを開示したことがプライバシー権を侵害する不法行為に当たると主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料四〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日で、訴状送達の日の翌日である平成二五年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、控訴人の請求を全部棄却したので、控訴人がこれを不服として控訴した。なお、控訴人は、当審において、損害の費目を「慰謝料四〇〇万円」から、「慰謝料三二〇万円、弁護士費用八〇万円」に変更した。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾の括弧内掲記の証拠等によれば、容易に認められる。
(1) 当事者及び関係者
ア 控訴人は、従前、「a工務店」の屋号で建築工事の請負を業としていた者であり、また平成一九年九月に、株式会社b(以下「b社」という。)に入社し、平成二三年二月二〇日まで同社に在籍していた。
イ 被控訴人は税理士であり、従前、個人で税理士業務をしていたが、平成二一年七月一日にc税理士法人(以下「訴外税理士法人」という。)を設立し、その代表社員に就任し、以後は訴外税理士法人として税理士業務を行うようになった。また、被控訴人は、b社の顧問税理士を務めていた。
ウ A(以下「A」という。)は、控訴人の実母であり、従前、b社の代表取締役を務めていたが、平成二三年四月一六日にその地位を退任した。
エ B(以下「B」という。)は、Aの実兄であるが、b社の実質的なオーナーであり、併せて、平成二五年三月二五日までd株式会社(以下「d社」という。)の代表取締役の地位にあった。
(2) 控訴人による被控訴人に対する確定申告手続の依頼と確定申告書・総勘定元帳の写しの保管
ア 控訴人は、平成一五年分から平成二〇年分まで、被控訴人に、所得税の確定申告手続を依頼し、被控訴人はこれを受任して、控訴人の確定申告書を作成した(争いがない。)。なお、控訴人が平成二一年分の確定申告手続を依頼したか否かについては争いがある。
イ 被控訴人は、控訴人の平成一五年分から平成二一年分の確定申告書の控え及び総勘定元帳の写しを申告手続終了後もそのまま保管していた。
(3) 別件訴訟の係属
ア b社は、平成二三年頃、C弁護士(以下「C弁護士」という。)を訴訟代理人として、同社の前代表取締役であったAを被告として、京都地方裁判所に、Aが代表取締役に在任中に、①Aの親族が所有する不動産を適正価格を大幅に上回る額でb社に買い取らせ、②b社をして、平成二二年四月以降稼働実態のないAの三男(控訴人)に対し、給与及び賞与を支給させるとともに、控訴人に係る法定福利費を負担させ、b社に損害を生じさせたと主張して、民法七〇九条又は会社法四二三条一項に基づき、損害金一四〇七万六五〇五円の支払を求めるとともに、b社がAに金銭の貸付けをしたとして、一四七万三三〇〇円の支払を求める訴訟(同裁判所平成二三年(ワ)第二八五一号、以下「別件訴訟」という。)を提起した。
イ 京都地方裁判所は、別件訴訟につき、平成二四年一一月二九日、b社の請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡した。なお、同判決では、上記ア②につき、控訴人が平成二二年四月以降もb社で稼働していたものであり、稼働実態がないとは認められないと判示している。
ウ b社は、上記判決を不服として、大阪高等裁判所に控訴したところ(同裁判所平成二四年(ネ)第三七四四号)、同裁判所は、平成二五年六月二八日、原判決を変更して、Aに対し、b社に一二二七万六五〇五円(控訴審で請求を拡張)の支払を命じる判決を言い渡した。
エ Aは、上記判決に対し、最高裁判所に不服を申し立てており、別件訴訟は、現在上告審係属中である。
(4) 被控訴人に対する弁護士法二三条の二に基づく照会と被控訴人の回答
ア 別件訴訟におけるb社の訴訟代理人であるC弁護士は、別件訴訟控訴審係属中である平成二四年一二月二七日付けで(同月二八日弁護士会受付)、京都弁護士会に対し、訴外税理士法人を照会先として、別紙記載の「申出の理由」(以下「本件照会申出理由」という。)を付して、次の照会事項(以下、照会事項の番号ごとに「照会事項一」などという。)について回答を求めるため、弁護士法二三条の二に基づく照会の申出をしたところ、同弁護士会は、これを受けて、同月二八日、訴外税理士法人に対し、本件照会申出理由の付された本件照会申出書の写し自体を副本として添付して、その旨照会した(以下「本件照会」という。)。
「X氏(控訴人)に関し、下記の点についてご回答ください。
記
1 訴外税理士法人(同法人の所属税理士)において、控訴人の確定申告を行った、あるいは、関与されたことはありますか。
2 上記1において、あるという場合、その期間は、いつからいつまでですか(平成○年から平成○年まで等)。
3 上記1において、あるという場合、確定申告を行った、あるいは関与された控訴人の確定申告書及び総勘定元帳の写しを回答書に添付願います(大量にある場合は直近一〇年分で結構です)。」
イ 本件照会を受けた訴外税理士法人は、控訴人の同意を得ることなく、平成二五年一月八日付けで、京都弁護士会に対し、①照会事項1につき、控訴人の確定申告を行っていたこと、②同2につき、その期間は平成一五年から平成二一年までであることを回答した上で、③同3につき、上記②の期間の確定申告書及び総勘定元帳の各写し(平成二一年分の総勘定元帳の写しを除く。)(以下「本件確定申告書等」という。)をCD―Rの形式で提供した(以下、上記①~③の回答を併せて「本件照会回答」といい、③の回答のみを「本件開示行為」という。)。
なお、本件開示行為として、訴外税理士法人から提供された控訴人の平成二一年分確定申告書(控え)に添付された青色申告決算書には、「本年中における特殊事情」の欄に、「平成二一年に関しては、体調不良(腰痛)のため就労することが出来なかった」との記載(以下「本件特殊事情記載」という。)がある。
(5) 別件訴訟における本件照会回答を踏まえた証拠提出
C弁護士は、別件訴訟の控訴審において、本件照会回答で得られた控訴人の平成二〇年分及び二一年分の各確定申告書(控え)を書証として提出した。
(6) 税理士法三八条及び近畿税理士会綱紀規則の規定
ア 税理士法三八条
税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなった後においても、また同様とする。
イ 近畿税理士会綱紀規則の規定
(ア) 一一条
一項 会員は、委嘱者との業務委嘱契約を忠実に守り、紛議等が生じないよう努めなければならない。
三項 会員は、業務委嘱契約を解除したときは、やむを得ない事由による場合を除き、すみやかに委嘱者に帰属する帳簿等を返還しなければならない。
(イ) 一四条
税理士会員は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。
三 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被控訴人が本件照会に応じて本件確定申告書等を開示したことが控訴人に対する不法行為に該当するか(争点(1))
〔控訴人〕
ア 本件確定申告書等の開示
被控訴人は、前記前提事実(4)イ記載のとおり、本件照会回答として、控訴人の同意を得ることなく、本件確定申告書等をC弁護士に開示した(本件開示行為)。
イ 本件確定申告書等の秘匿性と税理士の守秘義務
本件確定申告書等は、その文書の性質上、個人の営業活動の秘密に属することを多く含み、また、財産権のみならず家族関係の秘密をも含むものであって、その内容は、個人のプライバシー権の中核を形成する申告者本人(控訴人)にとって極めて秘匿性の高い個人情報の集積である。そのため、税務署に対し、申告者が提出した確定申告書の記載内容につき二三条照会をしても、すべからく拒絶されるのが実情である。
そして、税理士である被控訴人は、税理士法三八条に基づき、依頼者である控訴人に対し、正当な理由がある場合を除き、職務上知り得た秘密につき、守秘義務を負担している。
イ 本件開示行為の違法性
二三条照会によって個人のプライバシー権や営業秘密が侵害されることがある以上、二三条照会に対する回答であっても、当該個人に対する不法行為となることはあり得るものであり、二三条照会に対する回答であるからといって、常に税理士法三八条の「正当な理由」があるわけではない(最高裁判所昭和五六年四月一四日第三小法廷判決・民集三五巻三号六二〇頁は、前科の二三条照会に応じた京都市の不法行為責任を認めている。)。
被控訴人が本件開示行為をしたことについては、以下のとおり、税理士法三八条の「正当な理由」はなく、違法である。
(ア) 本件照会の申出の理由を見れば、C弁護士の本件照会申出の理由は、控訴人の平成二二年三月以降の就労実態であることが明らかであるが、本件確定申告書等は、平成一五年から平成二一年までのものであって、上記の判断のために必要なものではない。
C弁護士の申出の理由から、仮に、本件特殊事情記載は必要であるとの判断がされるとしても、それ以外の部分は無関係である。
以上のとおり、本件確定申告書等は、別件訴訟の公正な裁判の実現のために必須のものではなく、その範囲も必要最小限度に限定されていない。
(イ) 本件照会の時期においては、控訴人と被控訴人との間の税務申告等に係る委任契約は終了していたから、被控訴人は、本件確定申告書等を控訴人に返還すべき義務を負担していたのに(近畿税理士会綱紀規則一一条三項)、返還していなかった。
(ウ) 控訴人の本件照会に対する意見・意向を確認することもなく、したがって控訴人の自己のプライバシー権を防御する機会を奪って、何の躊躇もなく即答している。
(エ) なお、そもそも平成二一年分については、控訴人が被控訴人に対し確定申告手続の依頼をしていないし、本件特殊事情記載も虚偽である。また、被控訴人はBが設置したAに対する別件訴訟のための調査チームの一員であり、別件訴訟においても、b社側の証人として証言している。そして、b社も、C弁護士も、被控訴人が、控訴人の各年の確定申告書の記載内容について、予め秘密を漏示し情報提供をしていなければ、控訴人が被控訴人に税務申告手続の依頼をしていたことや本件特殊事情記載の存在を知り得るはずはなく、本件照会の手続をとることはあり得ない。
したがって、本件照会回答の本質は、被控訴人が、別件訴訟を少しでも有利に運ぼうと、C弁護士に提案してされた故意による秘密漏洩であり、二三条照会手続は、被控訴人が保持する控訴人の秘密を控訴人の承諾なく法廷に証拠提出すべく、正当理由を仮装するためにとられたテクニックにすぎず、本件照会回答は被控訴人の権利の濫用にも当たる。
ウ 被控訴人の故意・過失
被控訴人は、本件照会の申出の理由を見て、控訴人の実母であるAに不利益な内容の照会であることはわかったが、Aや控訴人の意見・意向を確認することもなく、漫然と本件照会回答をしているのであるから、被控訴人には少なくとも重大な過失が存在する。なお、上記イ(エ)の事実からすれば、被控訴人には、むしろ、積極的な加害意図(故意)があるともいえる。
〔被控訴人〕
ア 本件開示行為の違法性について
(ア) 本件開示行為は、二三条照会に応じて行われたものである。そして、二三条照会を受けた照会先には、法律上報告義務があると解されている。
また、税理士法基本通達三八―一は、「(税理士)法三八条に規定する『正当な理由』とは、本人の許諾又は法令に基づく義務があることをいうものとする」としている。
さらに、国家公務員法一〇〇条一項や地方公務員法三四条一項、郵便法八条、電気通信事業法四条などは、税理士法と異なり、正当な理由がある場合を守秘義務の除外事由として規定していないことを考慮すると、税理士が保有する秘密については、絶対的に秘密として保護されているわけではなく、第三者に提供されることがあり得ることを税理士法が予定しているといえる。
以上からすると、二三条照会に応じる義務は、税理士法三八条の守秘義務に優先する。そして、弁護士会において、事前に、照会理由と照会事項の関連性など申出が二三条照会の趣旨に照らして妥当か否かについてチェックされていることからすれば、被照会者としては、一見して明らかに照会理由と照会事項が関連していないとか、関連性が全く不明といった特段の事情がない限りは、照会を受けた事項に対して回答しなければならない法律上の義務を負っているのであり、回答範囲について妥当性、必要性を判断する裁量も基本的にないというべきである。
したがって、本件開示行為は、形式的には税理士業務に関して知り得た秘密を開示する行為ではあるものの、税理士法三八条にいう「正当な理由」が存在しており、違法性がない。
(イ) 仮に、二三条照会に応じることが不法行為となる場合があるとしても、二三条照会の公共的利益と秘密保護の利益を衡量して正当事由を判断するならば、本件においては、回答義務が優先するのは明白である。
すなわち、衡量に際しては、具体的には、①当該秘密の性質、法的保護の必要性の程度、②当該個人と係争当事者との関係、③報告を求める事項の争点としての重要性の程度、④他の方法によって容易に同様な情報が得られるか否か等を総合考慮することになるところ、①については、本件確定申告書等は、個人の所得等に関わるものであって、重要なものであるといえるが、②については、秘密の主体である控訴人は紛争当事者であるAの子であり、また他方の係争当事者であるb社の従業員として給与を受給していた者である上、既に、控訴人は、別件訴訟の一審において、b社における就労実態やa工務店としての営業状況について証言しており、紛争と全く無関係の第三者ではないこと、③については、別件訴訟では、控訴人の就労実態の有無が争点とされていたところ、問題とされている時点前後一定期間の控訴人の確定申告の内容は、控訴人が別件訴訟の一審で行った証言の信用性を裏付ける、あるいは弾劾する決定的な資料といえるものであること、④については、二三条照会以外の方法によって容易に同様の情報を得られるような性質のものではないことに加え、二三条照会の結果については、目的外使用が禁止されており、開示された場合でもプライバシー侵害の度合いはごく小さいことを総合考慮すると、本件においては、裁判における真実発見という開示によって得られる公共的利益が被控訴人のプライバシー権の保護の利益に優先するべきものであることは明らかである。
したがって、やはり本件開示行為には違法性がない。
イ 被控訴人の故意・過失について
(ア) 被控訴人には、控訴人やAに対する積極的な加害意図はない。
すなわち、被控訴人は、本件照会について、事前にC弁護士から連絡を受けたことはないこと、d社やBは、被控訴人にとってなくてはならないような重要顧客ではないこと、被控訴人は、d社やBが集めた調査チームの一員ではないこと、被控訴人は、この件以外にも二三条照会に応じていることなどからすると、被控訴人に、控訴人やAに対する積極的な加害意図があったとする根拠はない。
なお、控訴人の平成二一年分確定申告手続については、被控訴人がAを通じて控訴人から依頼を受けたものであり、本件特殊事情記載についても、被控訴人が控訴人又は控訴人の妻から聞き取った内容を記載したものであって、独断で記載したものではないし、何ら事実に反してはいない。
(イ) 二三条照会は、照会に先立ち、当該弁護士会が必要性、相当性を審査して行われているものであり、照会文書にもその旨や回答に際して、本人の同意を得る必要がない旨が記載されていることからすると、被控訴人が照会文書の記載を信じて、控訴人の同意を得ることなく本件開示行為を行ったことに過失はない。なお、控訴人は、本件照会申出の理由と本件確定申告書等の関連がないなどと主張するが、就労実態、営業実態の把握には、一定期間の変動を見ることが当然重要であるし、確定申告書の数字の趣旨は総勘定元帳の記載を見なければ正確には明らかにならないのであるから、本件開示行為が本件照会申出の理由と全く関連しないと判断することはできない。
(2) 控訴人の損害(争点(2))
〔控訴人〕
ア 慰謝料
被控訴人の不法行為により控訴人の被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は、控訴人のプライバシー権という重要な人権が侵害されたこと、被控訴人は、Aの紹介によってb社の顧問税理士に就任し、それまでAや控訴人から信頼されていたにもかかわらず、その信頼を裏切ったこと、二三条照会による人権侵害を防止するためには、司法による抑止を期待するしかないことなどを考慮すると、三二〇万円を下ることはない。
イ 弁護士費用
八〇万円が相当である。
〔被控訴人〕
控訴人の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
前記前提事実及び証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) d社は、昭和五二年○月○日に設立された、各種機械設計、製作並びに販売等を目的とする資本金三五〇〇万円の株式会社である。京都本社のほか、広島県福山市、茨城県下妻市、山形県寒河江市の三か所に工場、東京と大阪の二か所に事務所を有している。Bは、d社の創業者であり、設立当時から同社の株主兼代表取締役であって、いわゆるワンマン社長であった。
(2) Aと被控訴人とは、被控訴人が大学入学時にAが下宿を世話したことから知り合い、被控訴人が税理士事務所を開業してからは、当時、A夫婦が経営していた株式会社e(その後廃業)やb社、d社などを顧問先として被控訴人に紹介した。
(3) 控訴人は、Aの三男であるが、平成一四年頃から「a工務店」の屋号で大工業を営むようになり、平成一五年から、被控訴人に確定申告手続を依頼していた。
(4) b社は、平成一八年九月八日に設立された、不動産の仲介及び売買等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社である。b社の設立資金一〇〇〇万円は、d社から出されており、発行済株式総数二〇〇株の名義は、平成一九年八月一日以降、A名義が二〇株、Bの子(二人)の名義が一八〇株(各九〇株)とされていたが、このうちA分は名義株であったから、Bが実質的なオーナーであった。Bの実妹のAは、平成一八年九月にb社の代表取締役に就任した。
また、控訴人は、平成一九年九月、b社に入社した。
(5) 控訴人は、被控訴人に対し、平成一五年分から平成二〇年分まで、確定申告手続を依頼した。
平成二一年分については、Aが控訴人に代わって、被控訴人(訴外税理士法人)に対し、確定申告手続を依頼した。なお、平成二一年分の申告によれば、七万六七七九円の税金が還付されることとなり、控訴人は現に還付を受けた。
平成二二年分以降については、控訴人は、被控訴人(訴外税理士法人)に対し、一切確定申告手続を依頼していないが、被控訴人は、控訴人のこれまでの申告手続の際の申告書の控えや総勘定元帳の写しをそのまま電子データ化して保存・所持している。
(6) 被控訴人は、平成二〇年九月から平成二三年九月までの間、顧問税理士として、b社の会計及び申告業務に関与していた。
b社は、Bの指示で、平成二三年三月末に一旦閉鎖することになったが、被控訴人は、同年一月末頃、Bからその内容をAらに伝えるように指示を受けてその旨伝えた。
そして、控訴人は、同年二月二〇日、b社を退社した。また被控訴人は、同年四月頃、Aらから、経費残金やb社の事務所の鍵やb社の実印等を預かっている。Aは、平成二三年四月一六日にb社の代表取締役を辞任した。
(7) 被控訴人は、平成二三年九月頃から現在まで、d社などBが関係する会社約四社の顧問税理士をしており、月額合計一五万円程度の顧問料を受領している。
(8) b社は、平成二三年頃、C弁護士を訴訟代理人として、同社の前代表取締役であったAを被告として、京都地方裁判所に、Aが代表取締役に在任中に、①Aの親族が所有する不動産を適正価格を大幅に上回る額でb社に買い取らせ、②b社をして、平成二二年四月以降稼働実態のないAの三男(控訴人)に対し、給与及び賞与を支給させるとともに、控訴人に係る法定福利費を負担させ、b社に損害を生じさせたと主張して、民法七〇九条又は会社法四二三条一項に基づき、損害金一四〇七万六五〇五円の支払を求めるとともに、b社がAに金銭の貸付けをしたとして、一四七万三三〇〇円の支払を求める訴訟(別件訴訟)を提起した。Aは、b社の上記主張を全面的に争った。
被控訴人は、別件訴訟において、C弁護士から事情聴取を受けた上、b社申請の証人として証言した。
(9) d社は、別件訴訟の提起と同じ時期(平成二三年頃)に、同社の元従業員であったD(以下「D」という。)とE(以下、Dと併せて「Dら」という。)を被告として、広島地方裁判所福山支部に、Dらがd社に勤務中に共謀の上、d社の銀行口座から四〇〇〇万円余の金員を引き出して横領したと主張して、不法行為に基づき、同額の損害賠償を求める訴訟(同裁判所平成二三年(ワ)第二二五号、同年(ワ)第三〇二号)を提起した。これに対し、Dは、上記訴訟がいわゆる不当訴訟であるとして、不法行為に基づき、八三〇万円の損害賠償を求める反訴(同裁判所平成二五年(ワ)第六〇号、以下、上記本訴と併せて「関連訴訟」という。)を提起した。なお、d社とBは、関連訴訟と別に、平成二三年頃、京都地方裁判所に、Dを被告として、二億円以上の損害賠償等を求める訴訟も提起している。
(10) 京都地方裁判所は、別件訴訟につき、平成二四年一一月二九日、b社の請求をいずれも棄却するとの判決を言い渡した。なお、同判決では、上記(8)②につき、控訴人が平成二二年四月以降もb社で稼働していたものであり、稼働実態がないとは認められないと判示している。
これに対して、b社が大阪高等裁判所に控訴した(同裁判所平成二四年(ネ)第三七四四号)。
(11) 広島地方裁判所福山支部は、平成二五年八月五日、関連訴訟につき、d社の請求とDの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。これに対して、d社とDが広島高等裁判所に控訴した(同裁判所平成二五年(ネ)第三七九号)。
(12) 広島高等裁判所は、平成二五年一二月二四日、関連訴訟につき、Dらに損害賠償を求める請求を棄却した原判決に対するd社の控訴を棄却するとともに、Dの反訴を棄却した原判決を変更し、本訴が不当訴訟であると認めて、d社に対し、二五〇万円の損害賠償の支払を命じる判決を言い渡した。
(13) Bは、別件訴訟の控訴審、関連訴訟の第一審において、証人又は代表者として供述しているが、その中で、Dらの横領関係の調査のため、d社内に専門の調査スタッフを配置し、会社内に調査室を設けてそこで調査させたこと、調査スタッフには、d社の従業員のほか、元警察官などがおり、被控訴人の協力も得たこと、上記調査スタッフは、別件訴訟関係も調査したことなどを認めている。
(14) 別件訴訟におけるb社の訴訟代理人であるC弁護士は、別件訴訟控訴審係属中である平成二四年一二月二七日付けで(同月二八日弁護士会受付)、京都弁護士会に対し、訴外税理士法人を照会先として、別紙記載の「申出の理由」(本件照会申出理由)を付して、次の照会事項について回答を求めるため、弁護士法二三条の二に基づく照会の申出をしたところ、同弁護士会は、これを受けて、同月二八日、訴外税理士法人に対し、本件照会申出理由の付された本件照会申出書の写し自体を副本として添付して、その旨照会した(本件照会)。
「X氏(控訴人)に関し、下記の点についてご回答ください。
記
1 訴外税理士法人(同法人の所属税理士)において、控訴人の確定申告を行った、あるいは、関与されたことはありますか。
2 上記1において、あるという場合、その期間は、いつからいつまでですか(平成○年から平成○年まで等)。
3 上記1において、あるという場合、確定申告を行った、あるいは関与された控訴人の確定申告書及び総勘定元帳の写しを回答書に添付願います(大量にある場合は直近一〇年分で結構です)。」
なお、京都弁護士会からの本件照会の依頼書には、以下のとおりの記載(以下「本件照会注意書」という。)がされていた。
「弁護士会は、裁判所や捜査機関と同様の権限が付与された公的機関であり、かつ、所属弁護士とは独立した機関であります。弁護士会は、所属弁護士の照会申出に対し、法律に基づき、申出が適当か否かを審査しています。特に、照会を求める事項が個人の情報に関わるときは、①当該秘密の性質、法的保護の必要性の程度、②当該個人と係争当事者との関係、③報告を求める事項の争点としての重要性の程度、④他の方法によって容易に同様な情報が得られるか否か等を総合考慮して、照会申出の必要性及び相当性を判断した上で照会をしておりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。」
「また、弁護士法第二三条の二に基づく照会は、個人情報保護法令の保護除外事由にあたりますので、回答に際して、照会の対象である本人の同意を得ていただく必要はありません。」
(15) 被控訴人本人は、本件照会に回答をするに至った経緯につき、以下のとおり供述している。
「b社が別件訴訟を提起することは事前に知らされており、BとAは実の兄弟であり、兄弟間の争いなので嫌だなと思っていた。本件照会申出理由を読んで、本件照会申出理由には、『平成二二年三月以降、控訴人が就労困難な状態にあり、b社における就労実態がなかったこと』を立証するためとあり、本件確定申告書等の内容はそれとは直接関係がないとは思ったが、間接的には関連があるのであろうと考えた。ただ、いずれにしても、二三条照会には回答義務があるので、本件照会申出理由が添付されていなくても、照会どおり回答しなければならないと考えていた。また、本件照会に回答すると、控訴人やAに不利益が及ぶかもしれないと考えたが、照会書に、本人の同意を得る必要はないと記載してあったため、回答に際し、控訴人に意見を求める必要もないと考えた。」
(16) 本件照会を受けた訴外税理士法人(代表社員:被控訴人)は、控訴人の同意を得ることなく、平成二五年一月八日付けで、京都弁護士会に対し、①照会事項1につき、控訴人の確定申告を行っていたこと、②同2につき、その期間は平成一五年から平成二一年までであることを回答した上で、③同3につき、上記②の期間の確定申告書及び総勘定元帳の各写し(平成二一年分の総勘定元帳の写しを除く。)(本件確定申告書等)をCD―Rの形式で提供した(本件照会回答)。
なお、本件開示行為として、訴外税理士法人から提供された控訴人の平成二一年分確定申告書(控え)に添付された青色申告決算書には、「本年中における特殊事情」の欄に、「平成二一年に関しては、体調不良(腰痛)のため就労することが出来なかった」との記載(本件特殊事情記載)がある。
(17) C弁護士は、別件訴訟の控訴審において、本件照会回答で得られた控訴人の平成二〇年分及び二一年分の各確定申告書(控え)を書証として提出した。
(18) 大阪高等裁判所は、平成二五年六月二八日、別件訴訟につき、原判決を変更して、Aに対し、b社に一二二七万六五〇五円(控訴審で請求を拡張)の支払を命じる判決を言い渡した。上記判決は、判決理由中で、本件確定申告書等のうち、本件特殊事情記載をb社に有利な証拠として評価している。
Aは、上記判決に対し、最高裁判所に不服を申し立てており、別件訴訟は、現在上告審係属中である。
二 被控訴人が本件照会に応じて本件確定申告書等を開示したことが控訴人に対する不法行為に該当するか(争点(1))について
(1) 二三条照会に対する回答義務等について
ア 弁護士法二三条の二第一項は、「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があった場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」旨規定し、同条の二第二項は、「弁護士会は、前項の規定による申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」旨規定している。
二三条照会の制度は、弁護士が受任事件について訴訟資料の収集や事実調査等の職務活動を円滑に行うために設けられた制度であるが、弁護士が基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とすること(弁護士法一条)に鑑み、この照会の制度も裁判における真実の発見と公正な判断に資するという公共的性格を有するものと位置付けられる。この公共的性格に鑑み、照会する権限を弁護士会に付与し、権限の発動を事件を受任した弁護士の申出にかからせるとともに、当該申出が二三条照会の趣旨に照らして適当でないかどうかの認定判断を当該弁護士会の自律的審査に委ねているものと解される。
このような制度の趣旨に照らせば、二三条照会を受けた公務所又は公私の団体は、同照会に応じずに報告をしなかった場合についての制裁を定めた規定はないものの、当該照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対して、法律上、原則として報告する公的な義務を負うものと解するのが相当である。
なお、上記義務は弁護士会に対する公的な義務であって、二三条照会を利用する個々の弁護士や依頼者個人に対する関係での義務ではないから、上記義務に違反して二三条照会に対する報告を拒絶したとしても、原則として、二三条照会の申出をした個々の弁護士や依頼者個人に対する関係で不法行為となるものではない。
イ 二三条照会は、上記のとおり公共的性格を有するものであるが、法文上、照会事項は「必要な事項」と規定されるのみで特段の定義や限定がなく、照会先も「公務所又は公私の団体」と広範囲であるため、事案によっては、照会を受けた者が照会事項について報告することが、個人のプライバシーや職業上の秘密保持義務等の保護されるべき他の権利利益を侵害するおそれのある場合も少なくないと考えられる。したがって、二三条照会を受けた者は、どのような場合でも報告義務を負うと解するのは相当ではなく、正当な理由がある場合には、報告を拒絶できると解すべきである。そして、正当な理由がある場合とは、照会に対する報告を拒絶することによって保護すべき権利利益が存在し、報告が得られないことによる不利益と照会に応じて報告することによる不利益とを比較衡量して、後者の不利益が勝ると認められる場合をいうものと解するのが相当である。この比較衡量は、二三条照会の制度の趣旨に照らし、保護すべき権利利益の内容や照会の必要性、照会事項の適否を含め、個々の事案に応じて具体的に行わなければならないものである。
(2) 税理士法三八条に基づく守秘義務について
ア 税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、納税義務者の信頼に応えて納税義務の適正な実現を図るべく援助をするのであるから、税理士業務の遂行に当たって、納税義務者の資産、負債の状況、資金繰り、取引の内容等々の細部にまで立ち入ることとなり、他人に知られたくない秘密に接する機会が極めて多い。また、納税義務者としても、税理士を信頼し、そうした秘密に関わる事柄の詳細について真実を明らかにしてこそ、適正な納税義務の実現が図られることになり、納税義務者の秘密に関する事項を税理士がみだりに外部に漏らすことがあるとすれば、納税義務者は安心して税理士に委嘱することができず、両者の相互の信頼関係は成り立たないことになる。
税理士法三八条に基づく守秘義務は、以上のような事情を考慮して規定されたものであって、税理士業務の根幹に関わる極めて重要な義務である。そのため、この守秘義務違反に対しては、税理士業務の禁止、一年以内の税理士業務の停止又は戒告という一般の懲戒処分に処せられるほか、刑事罰として、二年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金に処せられる(税理士法四六条、五九条一項二号)。
イ 税理士の守秘義務の例外としての「正当な理由」(税理士法三八条)とは、本人の許諾又は法令に基づく義務があることをいうと解されるところ、一般には二三条照会に対する報告義務も「法令に基づく義務」に当たると解される。
もっとも、二三条照会に対する報告義務は絶対的なものではなく、被照会者は正当な理由があるときは報告を拒絶することができると解されることは上記(1)(イ)のとおりである。そして、税理士の保持する納税義務者の情報にプライバシーに関する事項が含まれている場合、当該事項をみだりに第三者に開示されないという納税義務者の利益も保護すべき重要な利益に当たると解される。したがって、税理士は、二三条照会によって納税義務者のプライバシーに関する事項について報告を求められた場合、正当な理由があるときは、報告を拒絶すべきであり、それにもかかわらず照会に応じて報告したときは、税理士法三八条の守秘義務に違反するものというべきである。そして、税理士が故意又は過失により、守秘義務に違反して納税義務者に関する情報を第三者(照会した弁護士会及び照会申出をした弁護士)に開示した場合には、当該納税義務者に対して不法行為責任を負うものと解される。
(3) 本件開示行為の違法性について
上記(1)、(2)の説示に従い、本件開示行為が守秘義務に違反する違法な行為であるか否か、言い換えれば、被控訴人は正当な理由により本件照会に対する報告を拒絶すべきであるのに本件開示行為を行ったものであるか否かを検討する。
ア 本件照会申出の理由は、b社が、別件訴訟において、控訴人が平成二二年三月以降、体調を崩して就労困難な実態にあり、b社における就労実態がなかったことを立証するためのものということである。一方、照会事項は、前記前提事実(4)記載のとおり照会事項1~3であるが、照会事項1及び2は、同3の前提として控訴人の確定申告への関与の有無及び期間を尋ねるものであり、照会事項の中心は、同3の確定申告書及び総勘定元帳の写しの送付を求めることにあるものと認められる。しかし、控訴人の健康状態を立証するためであれば、医療機関等への照会によるのが直裁であり、収入の変動を通じて健康状態の悪化を立証するということ自体が迂遠というべきである。この点を措くとしても、平成二二年三月以降の控訴人の体調不良を立証しようとするのであれば、控訴人の平成二二年の確定申告書等とそれ以前の確定申告書等を比較するのでなければ意味がないはずである。ところが、被控訴人が控訴人の確定申告を行っていたのは平成一五年から平成二一年までであり(被控訴人も上記照会事項2に対してそのように回答している。)、平成二二年の確定申告は担当していない。そうであるとすれば、被控訴人の所持する確定申告書等だけでは控訴人が平成二二年に体調不良により収入が減少したかどうかを認定することはおよそ期待できないというべきであるから、照合事項1、2の回答いかんにかかわらず最長一〇年間にわたる確定申告書等の送付を求める照会事項3は、二三条照会としての必要性、相当性を欠く不適切なものといわざるを得ない。二三条照会の公共的性格という観点からみても、本件照会が別件訴訟における真実の発見及び判断の適正を図るために必要かつ有益であるとは言い難い。
イ 他方、本件開示行為によって開示されたのは、控訴人の平成一五年から二一年までの七年間にわたる確定申告書及び総勘定元帳の写しである。確定申告書及び総勘定元帳の内容は、控訴人本人の収入額の詳細のほか、営業活動の秘密にわたる事項や家族関係に関する事項等、プライバシーに関する事項を多く含むものであり、これらの事項がみだりに開示されないことに対する控訴人の期待は保護すべき法益であり、これらの事項が開示されることによる控訴人の不利益は看過しがたいものというべきである。
ウ 以上の検討の結果によれば、本件確定申告書等については、これが開示されることによる控訴人の不利益が本件照会に応じないことによる不利益を上回ることが明らかである。したがって、被控訴人が本件照会に応じて本件確定申告書等を送付したこと(本件開示行為)は、守秘義務に違反する違法な行為というべきである。
これに対し、被控訴人は、①秘密の主体である控訴人は係争当事者であるAの子であり、紛争と全く無関係の第三者ではないこと、②本件確定申告書等は、別件訴訟の決定的な資料といえるものであることなどから、裁判における真実発見という開示によって得られる公共的利益が被控訴人のプライバシー権の保護の利益に優先するべきものである旨主張している。しかしながら、紛争と全く無関係の第三者ではないからといっても、控訴人自身、Aとは独立した人格を有するのであるから、別件訴訟の争点との関連性が希薄な七年間分の確定申告書や総勘定元帳の内容が開示されることの正当理由にはなりえない。また、本件確定申告書等にはたまたま本件特殊事情記載が存在したことから、それが別件訴訟の有力な証拠になったにすぎないのであって、それは結果論であり、一般的には、平成二二年三月以降の就労不能の状態を立証する証拠として、平成一五年~平成二一年の確定申告書や総勘定元帳の記載内容とは関連が希薄であることは明らかであるから、被控訴人の主張は採用できない。
(4) 被控訴人の故意・過失について
ア 被控訴人が本件照会に応じて本件確定申告書等を送付したことが違法と評価されることは、上記のとおりである。
被控訴人は、税理士として、守秘義務の趣旨及びその重要性について当然認識していると考えられる。また、被控訴人は、税務関係に限られるとはいえ、法律実務に従事する者であるから、本件照会申出の理由に照らして本件照会事項が適当でないことを十分認識し得たと考えられる(被控訴人本人も、本件照会申出の理由と本件確定申告書等の内容とが直接関係がないと思った旨供述している。)。
イ 被控訴人は、長年にわたりb社の会計及び申告業務に関与していたほか、b社の実質的オーナーであるBの指示でb社の閉鎖をAらに伝えたり、Aからb社の実印を預かったりするなどb社とは深い関係があり、本件照会時点では、Bの関係する会社の顧問税理士として報酬を得ていた。また、別件訴訟では、b社申請の証人として証言したほか、調査スタッフの調査に協力するなど、b社側の立場で関与していた。一方、被控訴人は、控訴人との間でも平成二一年分の確定申告までは業務委嘱契約関係を有していた。すなわち、被控訴人は、b社と控訴人の双方と確定申告業務等の委嘱契約関係を有していたところ、本件照会は、b社の代理人弁護士からの照会申出に基づくものであり、本件開示行為は、控訴人のプライバシーに属する事項を含む情報をb社に提供する結果となるものである。
さらに、被控訴人は、平成二二年分以降は、控訴人から確定申告の依頼を受けておらず、本件照会の時点(平成二四年一二月)では依頼を受けなくなってから二年以上経過しているのであり、控訴人との業務委嘱契約は黙示に解除されていたと解されるから、本来は、本件確定申告書等を控訴人に返還すべきであり(近幾税理士会綱紀規則一一条三項)、返還していれば、本件照会時点で本件確定申告書等の情報は保持しておらず、したがって本件照会に対して報告できないはずのものであったともいえる。
以上のような被控訴人とb社及び控訴人との関係からすれば、被控訴人としては、本件照会に対して、守秘義務の観点から、一般の二三条照会に比してより慎重に検討すべきであったのであり、控訴人の意向も確認する等した上で本件照会に応じて報告することの適否を判断すべきであったといえる。
ウ 以上によれば、被控訴人は、本件照会に対して本件確定申告書等の開示を拒絶すべきであること(本件開示行為が違法であること)を認識し得たものであり、そうでないとしても、控訴人の意向を確認する等した上で本件照会への対応を判断すべきであったと認められる。したがって、被控訴人は、少なくとも、控訴人の意向を確認する等することもなく安易に本件照会に応じて本件開示行為を行ったことにつき、過失があるというべきである。
エ この点につき、被控訴人は、二三条照会は、事前に、当該弁護士会が必要性、相当性を審査して行われていること、本件照会注意書に「本人の同意を得る必要がない」旨記載されていることを信じて本件開示行為に及んだものであり、控訴人の意向を確認せずに本件照会に応じたことに過失はない旨主張している。
しかしながら、弁護士会が現実に二三条照会申出の適否につき、どの程度の審査を行っているのか不明である上(前記認定のとおり、京都弁護士会は、C弁護士の申出を受け付けた当日に、直ちに本件照会を被控訴人に発送しており、厳格な審査が行われた形跡はない。)、前記のとおり、被控訴人自身、本件照会申出の理由と本件開示行為の対象である本件確定申告書等の関連性が希薄であることを認識していたと認められる。また、本件照会注意書に「本人の同意を得る必要がない」旨記載されているのは、個人情報保護法令との関係で二三条照会が除外事由に当たることを示したにすぎず、二三条照会に応ずることの適否について本人の意向を確認することが常に不要であるとまでいうものではない。そして、上記イに記載の被控訴人とb社及び控訴人との関係をも考慮すると、被控訴人の主張する上記各事情は、被控訴人の過失を否定する根拠となるものではないというべきである。
(5) まとめ
以上のとおりであるから、被控訴人が訴外税理士法人をして本件開示行為をさせたことについては、控訴人に対する不法行為が成立するものというべきであり、被控訴人は、これによって控訴人が被った損害を賠償する責任がある。
三 控訴人の損害(争点(2))について
(1) 慰謝料
訴外税理士法人が本件開示行為を行ったことにより、個人のプライバシーに関する事項を多く含む、控訴人の平成一五年~平成二一年の確定申告書と総勘定元帳(ただし、平成二一年分を除く。)が全てb社側に開示され、控訴人はプライバシー権を侵害されたものであり、それによって相当な精神的苦痛を被ったことが推認できる。
そして、本件不法行為の態様のほか、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は、三〇万円をもって相当と認める。
(2) 弁護士費用
本件事案の内容、難易度、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、被控訴人の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、五万円をもって相当と認める。
第四結論
以上によれば、控訴人の本訴請求は、損害金三五万円及びこれに対する不法行為の後の日で、訴状送達の日の翌日である平成二五年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないから棄却を免れない。
よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決を上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 神山隆一 井上一成)
別紙 申出の理由<省略>