大阪高等裁判所 平成25年(ネ)569号 判決 2014年7月04日
控訴人(一審原告)
HOYA CANDEO OPTRONICS 株式会社
同訴訟代理人弁護士
菅野光明
同
松井創
同訴訟代理人弁理士
恩田誠
同
中嶋恭久
被控訴人(一審被告)
ARK TECH 株式会社
同訴訟代理人弁護士
石堂磨耶
同
田中浩之
同
飯塚卓也
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録1及び同2記載の各製品を製造し,譲渡し,輸出し,又は譲渡の申出(譲渡のための展示を含む。)をしてはならない。
3 被控訴人は,その占有に係る原判決別紙被告製品目録1及び同2記載の各製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,8467万2400円及びこれに対する平成23年1月23日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,「放電ランプ」についての原判決別紙意匠公報1及び2の各意匠権を有する控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人による原判決別紙被告製品目録1及び同2記載の各製品(以下「被告各製品」という。)の製造販売等が,上記の各意匠権を侵害すると主張して,意匠法37条1項及び2項に基づき,被告各製品の製造販売等の差止め,廃棄を求めるとともに,上記の各意匠権侵害の不法行為に基づき,損害賠償金8467万2400円及びこれに対する不法行為の後の日である平成23年1月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,被告各製品に係る意匠は上記の各意匠権に係る意匠と類似しないとして,控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。
(2) なお,控訴人は,原審において,被控訴人による被告各製品の製造販売等が控訴人が有する特許第4537488,4573311号の各特許権を侵害すると主張して,被控訴人に対する特許法100条に基づく被告各製品の製造販売等の差止め・廃棄請求及び特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求を追加する訴えの追加的変更を申し立てたが,原審はこれを「これにより著しく訴訟手続を遅延させることとなるとき」(民訴法143条1項)に当たるとして却下した。そして,控訴人は,当審においても同様の訴えの追加的変更を申し立てたが,当裁判所もこれを却下した。その後,控訴人は,当審第2回口頭弁論期日において,上記特許権侵害に係る訴えの追加的変更の申立てを取り下げ,被控訴人はこれに同意した。
(3) 以下,略称は,本判決で示すものを除き,原判決のものによる。
2 判断の基礎となる事実,争点及び争点に係る当事者の主張
以下のとおり当事者の当審における主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の1及び2並びに「第3 争点に係る当事者の主張」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決3頁13行目の「登録番号 第1325923号」を「登録番号 第1326165号」と,17行目の「以下「本件意匠2」という。」を「以下「本件意匠2」といい,本件意匠1と併せて「本件各意匠」という。」と,12頁16行目の「中央部と」を「中央部を」と,それぞれ改める。
【控訴人の当審における主張】
(1) 本件意匠2及び被告意匠の構成について
ア 本件意匠2及び被告意匠の構成は,別紙「本件意匠2及び被告意匠の構成に関する控訴人の主張」のとおりである。
イ 原判決は,被告意匠の構成として,第2切欠部の下部に小さな凸部があるとしたが,部分意匠は,連続する同一面上に存在する部分のうち出願人が創作的な特徴を有すると判断した部分のみを,任意に意匠として特定できるものであり,当該凸部を本件意匠2と比較すべき部分として第2切欠部に含めることは,出願人が主観的に創作的な部分として思料するとして特定した部分に対応せず,これを逸脱するものである。
ウ 被控訴人は,被告意匠の第1胴部に切欠部は存在しないと主張する。しかし,①被告意匠の第1胴部下面の二つの略S字状の曲線は,もともと実際に円周の一部を残して,円の一部を2本の曲線で切り欠いた形状であること,②当業者がこれらの形状については「切欠部」と認識して,「切欠部」と称呼し,理解し合えるのが一般的であること,③現に被告意匠の第1胴部は円柱から削り出して成形しているものであることが当業者の技術常識から推認できることから,上記別紙の「被告意匠」欄のA欄記載のとおり,被告意匠の第1胴部下面は,円を2本の曲線Aで切り欠いた形状と認めるべきである。
エ 被告意匠の第2胴部上面の切欠形状は,曲線のみで構成されているわけではなく,その両端に直線部分(面取り部分)が存する。控訴人の開発した放電ランプの口金及び紫外線照射装置のランプホルダーの機能的な要請から,放電ランプの第2切欠部には平面部分を設けることが必要であるから,上記別紙の「被告意匠」欄のB欄記載のとおり,円を有凹直線Bにより切り欠いて形成した面の形状と認めるべきである。そして,この点は,第2胴部の形状についても同様である。
(2) 本件意匠2の要部について
ア 公知意匠である乙4意匠を参酌すると,本件意匠2の円柱状の「溝部」自体は,乙4意匠にほぼ同一形状のものが存在することから,意匠の創作性としては低いものと評価せざるを得ない。
本件意匠2の「第1胴部下面の形状」も,切欠部を備えた円,すなわち概ね俵型の形状が乙4意匠に現れていることから,創作性としては低く,看者の美感に大きな影響を与えるものではない。
一方,本件意匠2の「第2切欠部」は,そもそも乙4意匠において存在すらしていない新規な創作部分であり,需要者が直接視認でき,正面視したときに第2胴部の幅の半分近くを占める長方形で,その視野に占める面積も圧倒的に大きく,看者をして視覚的に注意を惹き付ける部分であるため,美感に対する影響が最も大きい。
また,「第2切欠部」の存在が斬新であるが故に,「第2胴部上面」の形状も乙4意匠にない新たな形状となっており,「第2胴部上面」の形状の違いが「第2切欠部」の存在を強調することにもなり,逆に「第2切欠部」の存在が「第2胴部上面」の存在を印象付ける視覚的効果もあり,これらの相乗効果により両者があいまって,乙4意匠とは視覚的印象が異なるものになっている。
そして,本件意匠2の基本的構成態様と構成比率(プロポーション),配列から生じるバランスから,陰極側口金部を上から見た際に,第1胴部の周面と第2胴部の周面は略おなじ太さに重なって見えるが,第2切欠部間の幅は第1切欠部間の幅より大きいため,上から見たときに第2胴部上面の切欠部分が第1胴部越しに必ずはみ出す,二つの切欠部がいわゆる「段つき形状」をなして見えることになることが一つの特徴となっているとともに,放電ランプの装着時に回転軸に沿って90度回転させることで,第1胴部と第2胴部がほぼ同径に見える形状から,「段付き形状」と比較することで,より「段付き形状」の特徴が際立つ。また,第2胴部の切欠部の位置・大きさ・範囲からランプホルダー挿入時に安定感がありホールド感に優れた印象を醸し出している。
イ 関連意匠等に関する特許庁の判断を参酌すると,単なる第1胴部の切欠形状の変形(本件意匠1,2の関係,甲43意匠,甲45意匠等),単なる第2胴部の切欠形状の変形(甲35意匠,甲47意匠)は,類否に影響しないことが特許庁の審査実績から証明されている。また,「第1胴部下面の形状」と「第2胴部上面の形状」の組合せによる動的か静的かの印象の差も,全くの平坦な組合せから(本件意匠1),回転を暗示させる動的な形状(甲41,43,45意匠)に至るまで類似すると判断されており,類否に影響しないことが特許庁の審査実績から証明されている。
このように類似するとされた意匠は,「第1胴部下面」,「溝部」,「第2胴部上面」,「第2切欠部」を基本的構成態様として備え,いずれの意匠も極めて近似した一定の構成比率(プロポーション)を備えている点で共通する。
ウ 以上から,本件意匠2の「要部」は,その基本的構成態様を前提に,「第2胴部に一対の対向する切欠部(第2切欠部)を設けたこと,第2胴部上面に切欠きを設けたこと,及び各部構成比率,配列から生ずるバランス」にあるというべきである。
(3) 本件意匠2と被告意匠との類否について
本件意匠2と被告意匠とは,①共通の基本的構成態様を備えたこと,②第2胴部に一対の対向する切欠部(第2切欠部)を設けたこと③第2胴部上面に切欠きを設けたこと,④各部構成比率,配列から生ずるバランスが共通することの各点においていずれも共通しており,このように本件意匠2と被告意匠とは,要部が共通するので,共通する美感が生じている。
他方,本件意匠2と被告意匠とは,第1胴部下面の形状に差異があるが,その程度の差異は甲43意匠や甲45意匠にも見られており,特許庁では類似範囲と判断されている。結局,被告意匠も含め,この程度の変形では印象も変わらず,いずれも第1胴部下面の形状は,「概ね俵形」で共通しており,その具体的形状の差は,美感に大きな影響を与えない。
また,本件意匠2と被告意匠とは,第2胴部上面の形状に差異があるが,被告意匠と同様に大きな凹部を備えた有凹直線により切り欠かれ,かつ被告意匠より凹が深い甲47意匠が,特許庁において本件意匠2と類似するという判断がなされていることから,「概ね俵形」の印象で共通する微差であり,大きな印象の相違はない。
また,本件意匠2と被告意匠とは,第2胴部を切り欠く凹部の形状に差異があるが,凹部の大きさの差は,正面から見ればいずれも長方形で差はなく,上から観察しない限りその差は看者が感得できない程度のものであり,被告意匠より凹が深い甲47意匠が,特許庁において本件意匠2と類似するという判断がなされていることから,「第2切欠部の存在」という共通の美感が,わずかな形状の差を凌駕する。
そして,第1胴部下面と第2胴部上面の組合せを見ても,本件意匠2と類似するとされた甲43意匠や甲45意匠などの方が,被告意匠よりも更に回転を強くイメージさせる不規則で動的な印象を強めていること,甲41意匠も回転をイメージさせる動的な印象を強めているにもかかわらず本件意匠1と類似するとされていることから,被告意匠との相違は,「概ね俵形」の第1胴部下面と,「概ね俵形」の第2胴部上面の形状組合せの範囲を逸脱しておらず,上記の本件意匠2と類似する各意匠と共通の印象しか与えていないものであり,共通の美感を超えるものではない。
以上から,被告意匠は,本件意匠2に類似するというべきである。
【被控訴人の当審における主張】
(1) 本件各意匠と被告意匠の構成について
ア 控訴人の主張は争う。
イ 控訴人は,被告意匠の構成に第2胴部の下部の凸部を含めることを否定するが,被告各製品の第2切欠部のうち凸部は同切欠部の他の部分と一体的に形成されているのであるから,それ以外の切欠部と区別することこそ不自然である。
ウ 控訴人が何故に「切欠部」なる表現にこだわるのか,理解は困難であるが,成型方法を対象とする特許権等であればともかく,意匠権において,部材の成形方法を論じることに意味があるとは思われない。
エ 控訴人は,被告意匠の第2切欠部は有凹直線による切欠形状であると主張するが,被告意匠の第2胴部上面及び第2切欠部横端部にある面取りの幅は極めて細く,むしろ長手方向に並行した直線に近いものであり,有凹直線などと認識されるものではない。
(2) 本件各意匠の要部について
ア 控訴人は,第2胴部に切欠部を設けたことが要部であると主張するが,そのこと自体は単なるアイデアであり,意匠法の保護対象ではない。また,また,切欠きを設けること自体は乙4意匠にも存在するありふれた構成である。
また,控訴人は,「各構成部分の構成比率」なるものが本件各意匠の要部であると主張するが,それは,本件各意匠の構成から控訴人が独自に複数の箇所を選択し,当該箇所間の距離を数字で示して,これまた独自の順序で並べたもので,意匠のもたらす美感の基礎となる具体的構成を反映するものではない。例えば,本件各意匠や被告意匠の第1胴部下面の具体的形状の差異や,第2切欠部の具体的形状の差異などは,このような構成比率に反映されるはずはなく,全てが捨象されている。
また,控訴人は,第1胴部下面の形状が本件各意匠の要部でないと主張するが,第1胴部下面の形状も本件各意匠の登録範囲に含まれており,第2胴部上面の形状を要部と認めながら,溝部を挟んだ反対側の第1胴部下面の形状は要部でないという控訴人の主張こそ,恣意的である。
イ 甲45意匠,甲43意匠及び甲47意匠についての拒絶理由や,甲35意匠,甲37意匠及び甲39意匠の関連意匠登録からすると,特許庁の審査においては,本件登録意匠1及び2が異なる要部を有するものと認定しており,第2切欠部の存在及び構成比率の類似性を本件各意匠に共通する要部として考える控訴人の見解を支持しているとは解されない。特許庁は,あくまで第1胴部下面及び第2胴部上面の形状の差異を重視して判断している。
ウ 本件各意匠の要部は,第1胴部下面の形状,第2胴部上面の形状及び第2切欠部の形状である。
(3) 本件意匠2と被告意匠との類否について
本件意匠2と被告意匠とは,要部において相違しており,原判決が説示するとおり,類似しない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件各意匠と被告意匠とは類似しないと判断する。その理由は,2のとおり原判決を補正し,3のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を加えるほか,原判決「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」欄の1記載のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の補正
(1) 原判決20頁23行目「乙1等」を「甲27ないし33,乙2」と,26行目の「本件意匠1」を「被告意匠」と,それぞれ改める。
(2) 原判決21頁12行目の「回転軸に向かって凹となる一対の曲線(以下「曲線B」という。)」を,「回転軸に向かって凹となり,両端部に僅かに直線部分を有する一対の曲線(以下「曲線B」という。)」と改める。
(3) 原判決22頁20行目の「第1胴部下面」から21行目の「認められる。」までを「第1胴部下面と第2胴部上面の大きさ(回転軸を通る最大距離)はほぼ同一であるが,第1胴部下面に一対の対向する直線による切欠きが設けられている反面,第2胴部は切欠きのない円柱状であることから,第2胴部上面は,第1胴部下面よりも大きいことが認められる。」と改める。
(4) 原判決23頁23行目の「大きさ」の後に「(回転軸を通る最大距離)」を加える。
(5) 原判決25頁20行目の「大きさ」の後に「(回転軸を通る最大距離)」を加える。
(6) 原判決26頁10行目の「与えるに対し」を「与えるのに対し」と,15行目から16行目の「第2胴部下面」を「第2胴部上面」と,22行目の「あるも」を「あるのに対し」と,それぞれ改める。
(7) 原判決27頁22行目の「本件意匠1」を「本件意匠2」に改める。
(8) 原判決28頁24行目の「大きさ」の後に「(回転軸を通る最大距離)」を加える。
(9) 原判決29頁3行目の「本件意匠1」を「本件意匠2」と,20行目から21行目の「第2胴部下面」を「第2胴部上面」と改める。
3 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 本件意匠2の要部について
ア 控訴人は,本件意匠2の要部は,公知意匠である乙4意匠及び関連意匠等に関する特許庁の審査実績を参酌すると,その基本的構成を前提に,第2胴部に一対の対向する切欠部(第2切欠部)を設けたこと,第2胴部上面に切欠きを設けたこと,及び各部構成比率,配列から生ずるバランスにあると主張する。
確かに,本件意匠2の溝部は,乙4意匠にも見られるものであるから,看者たる需要者の注意を惹くとはいえず,他方,その第2切欠部の形状(控訴人が主張する位置,大きさ及び範囲を含む。)及びそれを反映した第2胴部上面の形状は,乙4意匠や乙5意匠といった公知意匠には見られないものであるから,それらが新規な形状として需要者の注意を惹く要部であると認めるべきことは控訴人が主張するとおりである。
しかし,需要者は,物品の使用態様上重要な機能を果たす部分については,その形状に注意を払うものである。そして,本件意匠2に係る物品である放電ランプをランプホルダーに取り付ける方法が,溝部と第2胴部との段差面をランプホルダー内の基準面に当接するまで挿入した後,放電ランプとランプホルダー内の回転部を90度回転させて,最後に,第1胴部下面を自重によりランプホルダーに当接させるものであることは,先に引用した原判決「第4 当裁判所の判断」1(4)ア(22頁)記載のとおりであり,このような使用態様とすることによって,放電ランプをランプホルダーの適正な位置に固定することを可能としている(甲9)。そうすると,最後にランプホルダーに当接する第1胴部下面は,物品の使用態様上重要な機能を果たす部分であるから,その形状についても,需要者の注意を惹く要部と認めるのが相当であり,この部分が要部でないとの控訴人の主張は採用できない(なお,特許庁の審査実績との関係については,後に述べる。)。
イ また,控訴人は,各部の構成比率や配列が要部であると主張し,その視覚的効果として,本件意匠2が,その意匠公報図面における右側面視(上から見た場合)において,一対の第2切欠部を有する第2胴部上面が第1胴部越しに視認できる「段付き形状」を呈すると主張する。
確かに,第1胴部下面の形状と第2胴部上面の形状の関係がどのようなものであるかは,上記の使用態様を採る上で重要であるから,その点について需要者の注意を惹くと考えられることは控訴人が主張するとおりである。
しかし,第2胴部上面が第1胴部下面から突出し,第1胴部越しに第2胴部上面が視認できる形状は,既に乙4意匠にも示されている上,前記のような本件意匠2に係る放電ランプの使用態様を採るために必然的な形状であり,控訴人自身もそのことは認めている(原審における平成23年8月4日付け原告準備書面(2)29頁,平成24年4月27日付け原告準備書面(8)14頁)。そうすると,需要者の注意を惹くのは,単に第2胴部上面が第1胴部下面から突出し,第1胴部越しに第2胴部上面が視認できる形状となっていることではなく,控訴人が「段付き形状」と呼ぶ,本件意匠2の第1胴部下面の具体的形状と第2胴部上面の具体的形状とを組み合わせた具体的形状にあるというべきである。そして,このような具体的な「段付き形状」は,先に補正して引用した原判決「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」欄の1(2)(19頁ないし20頁)のとおり,第1胴部下面と第2胴部上面の具体的形状が認識されれば,その組合せとして具体的に認識し得るものであるし,控訴人が取捨選択した部分の構成比率を特定することによって具体的な「段付き形状」が十分に表現できているとはいえない(例えば,本件意匠2の第2胴部上面の直線部分と凹部分の混在具合は,控訴人が主張する構成比率によっては何ら表現されていない。)から,そのような構成比率を本件意匠2の構成として認識するのは相当ではなく,仮に認識したとしても,そのような構成比率を本件意匠2の要部と認めることはできないというべきである。
したがって,本件意匠2の要部に関する控訴人の主張は採用できず,本件意匠2の要部は,第1胴部下面,第2切欠部とそれを反映した第2胴部上面,そして,その結果としての第1胴部下面と第2胴部上面との組合せの各具体的形状にあると認めるのが相当である。
(2) 本件意匠2と被告意匠との類否について
ア 控訴人は,本件意匠2と被告意匠とは,①共通の基本的構成態様を備えたこと,②第2胴部に一対の対向する切欠部(第2切欠部)を設けたこと③第2胴部上面に切欠きを設けたこと,④各部構成比率,配列から生ずるバランスが共通することの各点において共通することから,意匠全体として共通する美感が生じていると主張する。
しかし,本件意匠2の要部と認められるのは前記のとおりであり,これらの具体的形状を比較して類否を判断する必要があるから,上記の点において共通することをもって,意匠全体として共通する美感が生じているとの控訴人の上記主張は採用できない。
イ 控訴人は,本件意匠2と被告意匠について,①第1胴部下面の形状の相違は,甲43意匠や甲45意匠にも見られる相違の範囲内で,「概ね俵型」で共通しており,②第2胴部の第2切欠部の形状及び第2胴部上面の形状の相違は,甲47意匠にも見られる相違の範囲内で,「概ね俵型」で共通しており,③第1胴部下面と第2胴部上面の組合せ形状の相違を見ても,甲43意匠,甲45意匠及び甲41意匠に照らすと,「概ね俵型」の第1胴部下面と「概ね俵型」の第2胴部上面の形状組合せの範囲を逸脱するものではないと主張する。
しかし,原判決「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」欄の1(6)ウ(28頁ないし30頁)記載のとおり,第1胴部下面の形状は,本件意匠2では線対称及び点対称の曲線が緩やかであるためにより規則的で静的な印象を与えるのに対し,被告意匠では略S字状の曲線による点対称の形状で回転をイメージさせる動的な印象を与えており,第2胴部上面の形状は,本件意匠2では円を一対の対向する直線により切り欠き,その直線の中央に細い凹部を設けたもので,より規則的で静的な印象を与えるのに対し,被告意匠では,円を一対の凹状曲線により大きく切り欠いたもので,より動的な印象を与えており(なお,第2切欠部の両端の面取り部は,幅が狭いためにこの印象に影響を与えるものではない。),これらの第1胴部下面と第2胴部上面を組み合わせた形状を見ると,本件意匠2では規則的で静的な印象を強めているのに対し,被告意匠では不規則で動的な印象を強めている。そして,これらの第1胴部下面と第2胴部上面の形状の相違からすると,控訴人が主張するように,被告意匠が,「概ね俵型」の第1胴部下面と「概ね俵型」の第2胴部上面の形状を組み合わせたものであるとはいえない。
また,控訴人が指摘する,特許庁における関連意匠等の審査実績を検討すると,まず,本件意匠2と類似するとして拒絶査定された甲43意匠及び甲45意匠は,第2胴部上面及び第2切欠部の形状が本件意匠2と同じである上,第1胴部下面の形状が被告意匠と比べて曲線度合いが低く,回転をイメージさせる動的な印象が弱いことから,第1胴部下面と第2胴部上面を組み合わせた形状において,被告意匠のような不規則で動的な印象の強さが認められず,このことは,甲41意匠と本件意匠1との関係でも同様である。また,本件意匠2と類似するとして拒絶査定された甲47意匠は,第2胴部上面及び第2切欠部の形状として,大きな凹部を形成している点で被告意匠と同様であり,凹部はむしろ被告意匠よりも深いが,第1胴部下面の形状が本件意匠2と同一であることから,第1胴部下面と第2胴部上面を組み合わせた形状において,被告意匠のような不規則で動的な印象の強さが認められない。なお,本件意匠1(本意匠)と本件意匠2(関連意匠)とは,第1胴部下面の形状と第2胴部上面の形状の双方に差異がありながら類似すると判断されているが,第1胴部下面の形状は,本件意匠1が円を一対の対向する直線で切り欠いているのに対し,本件意匠2は円を一対の対向する曲線で切り欠いているものの,曲線が緩やかな円弧状であることや,いずれも線対称及び点対称をなすように切り欠いていることから,規則的で静的な印象を与える点で同一であり,第2胴部上面の形状は,本件意匠1が一対の対向する直線で切り欠いているのに対し,本件意匠2は一対の対向する直線により切り欠き,その直線の中央に幅の狭い凹部を設けたものであり,凹部の幅が小さいことから,いずれも規則的で静的な印象を与える点で同一であって,第1胴部下面と第2胴部上面を組み合わせた形状を見ても,被告意匠のような不規則で動的な印象は生じない。したがって,控訴人が主張する関連意匠等についての特許庁の審査実績は,本件意匠2と被告意匠とが共通の美感を生じるとは認められないとの上記判断を左右するものではない。
以上より,控訴人の上記主張は採用できない。
ウ なお,控訴人は,被告意匠の構成に第2切欠部の下部の凸部を含めるべきでないと主張するところ,被告各製品において,第2切欠部の当該凸部は,第2胴部を超えて,これに接続する円柱状の部材の周面まで延長されているものではあるが,第2切欠部と一体の形状として認識されるものであるから,被告意匠の構成態様として認識するのが相当である。また,仮に当該凸部を被告意匠の構成態様から除外するとしても,そのことが本件意匠2と被告意匠との類否の判断に影響するものでないことは,先に述べたところから明らかである。
また,控訴人は,被告意匠の第1胴部も円を切り欠いた形状であると主張するが,被告意匠の第1胴部の形状が一見して円を切り欠いた形状であるとは認め難い上,請求原因事実としての被告意匠の構成態様の特定は,原判決別紙被告製品目録1及び2に示された形状によって尽きており,被告意匠の構成態様の記載は,主張立証ないし審理判断の便宜のためにその形状を言語によって表現するにすぎないものであるから,第1胴部下面の形状を切欠きと表現するか否かによって類否判断の実質が左右されるものでもない。
4 結語
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく控訴人の本件請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 本多久美子 裁判官 高松宏之)
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