大阪高等裁判所 平成25年(ネ)896号 判決 2013年6月28日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、被控訴人が、① 被控訴人から市営住宅である原判決別紙物件目録記載1の建物(本件住宅)の入居承認を受けてこれを賃借している控訴人Y1並びにその同居者として被控訴人から承認された控訴人Y2及び控訴人Y3に対し、本件住宅の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を解除したとして、同契約終了による返還請求権に基づき、本件住宅の明渡しを求めるとともに、② 不法行為に基づき、未払賃料相当損害金37万5900円及び平成23年4月1日から本件住宅の明渡済みまで月額7万7900円の割合による賃料相当損害金の連帯支払を求め、さらに、③ 本件住宅の共同施設である原判決別紙物件目録記載2の土地部分につき駐車場(以下「本件駐車場」という。)として使用許可を受けていた控訴人Y2に対し、本件駐車場の明渡し及び平成23年1月1日から本件駐車場の明渡済みまで月額1万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める事案である。
原審は、被控訴人の請求を全部認容する旨の判決をしたところ、控訴人らは、これを不服として控訴した。
なお、本判決で用いる略称は、原則として原判決のものである。
2 前提事実及び争点(争点及び争点に対する当事者の主張)は、次のとおり補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3項(原判決3頁10行目から12頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁13行目の「下記の契約条件による」を「次のア及びイのほか、西宮市営住宅条例(以下「本件条例」という。)その他市長が定める要綱等を守ることを条件として、」に、同19行目の「下記の条件を付して」を「住宅名義人が退去する場合には直ちに退去すること及び本件条例その他市長が定める要綱等を守ることを条件として」に、同21行目の「これに基づき、」を「また、控訴人Y1及び同Y2は、同居申請の際、次のア及びイを含む誓約事項を遵守する旨の誓約書を連名で提出した。」にそれぞれ改める。
(2) 同4頁17行目の「回答」を「平成22年10月14日付け回答」に改める。
(3) 同5頁3行目の「以降」の次に「明渡済みまで」を加え、同7行目の「市営住宅付属の駐車場」を「本件駐車場」に、同10行目の「本件住宅」から11行目の「駐車場」までを「同月31日をもって本件賃貸借契約を解除したため、同日付けで本件駐車場」に、同12行目の「求める」を「求めるとともに、使用料相当額として同年11月1日以降明渡済みまで1か月1万円の割合による金員を請求する」にそれぞれ改める。
3 当審における控訴人らの主張
(1) 控訴人Y1を暴力団員であるとした兵庫県警の調査は、控訴人Y1が暴力団員であるとのインターネット上の虚偽の情報に基づくものとの疑いを払拭できず、控訴人Y1に告知と聴聞の機会が与えられたものでもないから、信用できない。控訴人Y1が離脱証明書を作成したのは、上記インターネット上の情報が削除されず、暴力団事務所に出入りしていたこともあったため、暴力団員でないことを対外的に示すためであり、離脱証明書があるからといって暴力団員であったと断ずることはできない。そして、控訴人Y1が先代組長の葬儀に参列したのは、頭数をそろえるために、旧知の仲であったB会長に誘われたからにすぎない。したがって、控訴人Y1が暴力団員であるとはいえず、本件賃貸借契約を解除する根拠はない。
(2) 本件条例第46条1項6号(以下「本件条項」という。)は、暴力団員であるとの社会的身分によって、そうではない一般人とを別異に取り扱うものであり、その目的は、市営住宅に入居する住民の安全や平穏の確保にあると考えられるところ、暴力団員といっても、その者が危険な人物であるかどうかは一概には言えず、暴力団員が居住することによって生じる危険は不確実かつ抽象的である。このように現実的ではない危険を根拠として暴力団員一般を排除対象とすることは、上記目的を達するのに必要最小限度の制限とはいえず、本件条項は憲法14条に違反し、無効である。
(3) 本件条項は、暴力団員であることのみをもって市営住宅から排除しようとするものであるが、暴力団員であっても特定の前科を有する者や具体的に危険性を表した者のみを対象とするなどの代替手段はあるのであるから、暴力団員であることをもって一律に排除する本件条項は、居住の自由を保障する憲法22条1項に違反し、無効である。
(4) 控訴人Y1は、PTA活動や青少年愛護協議会の副会長等を務め、地域社会における福祉活動を行って表彰を受けるなどしており、近隣住民とのトラブル等もなく、以前に覚せい剤取締法違反の前科があるものの、更生して正業についており、現時点では兵庫県警も控訴人Y1を暴力団員とは認識しておらず、控訴人Y1に何らの危険性がないことは明らかである。したがって、控訴人Y1について本件条項を適用することは明らかに行き過ぎであって、目的と手段との間に関連性がなく、あるいは、必要最小限の制限であるとはいえない。また、控訴人Y2は左足に人工関節を入れるなど階段による移動が困難であり、控訴人Y3は半身麻痺で歩行困難である上、控訴人Y2ら夫婦は経済的にも転居が困難であり、明渡しによる被害は甚大であるが、他方、仮に控訴人Y1の明渡しが是認されるとしても、控訴人Y2ら夫婦のみが入居の承継によって居住するのであれば、近隣住民の生活の平穏等が害されることはない。
したがって、本件住宅の明渡請求は、本件条項の立法目的に照らして手段の相当性・必要不可欠性を欠き、代替手段もあるから、控訴人らについて本件条項を適用することは憲法14条1項、22条1項違反となる。
(5) 加えて、前記のとおり、控訴人Y1は、善良な市民として何ら問題のない社会生活を送っており、近隣住民の迷惑になるような行為をしたこともなく、その可能性もない上、家賃の滞納もなく、また、控訴人Y2夫婦は高齢かつ重度の身障者であって、他に住居を求めることは極めて困難であり、本件住宅を退去することの不利益は甚大であるから、本件においては、信頼関係を破壊しない特段の事情があるというべきである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、被控訴人の請求はいずれも理由があると判断する。その理由は、次のとおり補正し、控訴人らの当審における主張について次項に補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄中の「第3 当裁判所の判断」の1ないし3項(原判決12頁17行目から17頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決14頁3行目の「否かは」から同7行目の「その資料」までを「否かなどの暴力団員に関する情報は、極めて秘密性が高く、慎重に取り扱うべき情報と考えられるから、警察において、当該情報が記載された報告書等の資料そのものを開示せず、当該資料に基づいて警察が把握した情報を回答することはやむを得ない取扱いというべきであり、当該資料そのものを開示しないことをもって、これに基づく回答の信用性が損なわれるものともいえず、当該情報ないし資料」に、同8行目の「その判断を覆すこと」を「これによる回答に信用性がないということ」にそれぞれ改める。
(2) 同16頁9行目の「認められ、これを」を「認められるのであり、控訴人Y1において、地域活動をするなどして、これまで近隣に迷惑をかける行為をしていなかったとしても、同控訴人が暴力団員であることを」に、同16行目の「確保し」から同行ないし17行目の「継承させた」を「確保しながら同所に居住することなく、平成22年8月に控訴人Y2ら夫婦についての同居承認を得て、同控訴人らを本件住宅に居住させるようになった」にそれぞれ改める。
(3) 同17頁9行目の「区画」の次に「(本件駐車場)」を加え、同15行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
「4 以上によれば、被控訴人の控訴人らに対する本件住宅の明渡請求及び控訴人Y2に対する本件駐車場の明渡請求はいずれも理由がある。
そして、本件住宅の近傍同種の住宅の家賃は、平成22年度は月額8万1900円、平成23年度は月額7万7900円程度であり、また、本件駐車場の賃料相当額は月額1万円程度であると認められる(弁論の全趣旨)から、控訴人らは、連帯して、本件賃貸借契約が解除された平成22年10月31日の翌日以降、本件住宅については平成23年3月までは月額8万1900円、同年4月から明渡済みまでは月額7万7900円の各割合による賃料相当損害金の支払義務があり、控訴人Y2は、本件駐車場の使用権限を失った平成22年10月31日の翌日以降、本件駐車場の明渡済みまで月額1万円の割合による賃料相当損害金の支払義務がある。そうすると、被控訴人が、① 控訴人らに対し、連帯して、平成22年11月1日以降平成23年3月31日までの賃料相当損害金40万9500円のうち37万5900円の支払及び平成23年4月1日から本件住宅の明渡済みまで月額7万7900円の割合による賃料相当損害金の支払を求めるとともに、② 控訴人Y2に対し、上記使用権限を喪失した日以降である平成23年1月1日から本件駐車場の明渡済みまで月額1万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める請求は、いずれも理由がある。」
2 控訴人らの当審における主張について補足するに、控訴人らは、本件賃貸借契約の解除当時に控訴人Y1が暴力団員であったとの認定を争うとともに、本件条項は憲法14条あるいは憲法22条に違反する無効なものである上、本件について本件条項を適用することは憲法14条あるいは憲法22条に違反する旨主張するが、原判決を補正の上引用して説示したとおり、控訴人らの上記主張はいずれも採用することができない。
また、控訴人らは、本件賃貸借契約の解除について、控訴人らには信頼関係を破壊しない特段の事情がある旨主張するが、公営住宅の使用関係については、特別法である公営住宅法及びこれに基づく条例が一般法である民法ないし借地借家法に優先して適用されるところ、前記のとおり、本件条例が暴力団員である者に市営住宅の供給を拒絶する旨定めていることには合理的な理由があるというべきである上、原審判を補正の上引用して認定したとおり、控訴人Y1は、本件住宅の入居承認を得た平成17年当時、市営住宅に入居する必要性は低く、入居承認を受けた後も本件住宅には入居せず、平成22年に同居承認を受けて控訴人Y2ら夫婦を本件住宅に居住させるようになったものであって、これは真に住宅に困窮している者に対して住宅を供給するという公営住宅の趣旨にそぐわない行為であったといわねばならず、控訴人Y1において、本件賃貸借契約の解除までは家賃の滞納もなく、地域活動をするなど近隣住民に迷惑をかけるような行為をしたことがなかったとしても、同控訴人について信頼関係を破壊しない特段の事情があるということはできない。また、控訴人Y2ら夫婦は、控訴人Y1について入居承認があることを前提として同居承認を受けたものにすぎない。したがって、控訴人らの上記主張は採用することができない。
3 よって、本件控訴はいずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金子順一 田中義則 小池覚子)