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大阪高等裁判所 平成25年(ラ)565号 決定 2013年7月18日

抗告人(原審相手方)

Aこと Y

同代理人弁護士

権藤健一

山本展大

相手方(原審申立人)

同代理人弁護士

松丸正

勝俣彰仁

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一抗告の趣旨

一  原決定を取り消す。

二  相手方の検証物提示命令申立てを却下する。

第二事案の概要

一  相手方は、抗告人の開設する事業場に勤務する相手方の夫である亡B(以下「B」という。)が、長時間労働によりうつ病に罹患して自殺したことを証明すべき事実として、別紙検証物目録記載の文書等の検証の申出及び検証物提示命令の申立てを内容とする証拠保全の申立てをした。原審は、このうち、同目録一項記載に係るC(以下「訴外C」という。)のタイムカード(以下「本件タイムカード」という。)について検証物提示命令を発したのに対し、抗告人が抗告した。

二  当審における当事者の主張は、以下のとおりである。

(1)  抗告人の主張

ア 民訴法二二〇条四号イに該当すること

抗告人は、訴外Cに対し、時間外手当の不払が明らかになった場合には、労働基準法所定の懲役刑又は罰金刑に処せられる可能性があるから、同人のタイムカードは、自己負罪拒否特権(憲法三八条一項)を根拠とする証言拒絶事由に該当する事項が記載された文書である。したがって、本件タイムカードは、民訴法二二〇条四号イに該当する文書である。

イ 民訴法二二〇条四号ホに該当すること

抗告人は、上記のとおり、訴外Cとの関係で刑事事件となる可能性があり、本件タイムカードは、訴外Cのプライバシーに関する事項が記載されており、秘密保持の要請が高いから、民訴法二二〇条四号ホに該当する文書である。

ウ 関連性がないこと

本件提示命令の対象に係る訴外Cは、抗告人の組織上の地位や就労状況が亡Bのそれとは相当に異なっているから、同人のタイムカードは、対象事件の審理と自然的関連性すらない。

すなわち訴外Cの組織上の担当職務は、営業と設計・施工業務全般の管理統括といった業務であったが、これに対し、亡Bは製作施工業務についての現場作業に従事していた。また、就労状況をみても、訴外Cが管理職であったのに対し、亡Bは現場作業の担当者であり、現場に赴いて作業を手がけていたのであり、就労状況も全く異なっている。

(2)  相手方の主張

ア 民訴法二二〇条四号イ、同号ホには該当せず、文書提出義務があること

タイムカードは、労働基準法上使用者に作成を義務づけられた文書であり、必要に応じて労働者に利用させることを予定している文書であり、このことは行政通達及び多くの裁判例から明らかである。

イ 同僚労働者のタイムカードは関連性があること

訴外Cは、抗告人の開設する事業場における亡Bの同僚であり、管理職であっても従業員であるから関連性があることは明らかである。

また、訴外Cのプライバシーを主張する点についても、出退勤時刻の記録だけであり、プライバシー性はない。また、仮にプライバシー性があったとしても、タイムカードが就労状況、労働時間を推認するのに必要不可欠な証拠であること、労働基準法上作成が義務づけられ、かつ一定の場合に所管行政庁に提出することも義務づけられる文書であるから、プライバシー保護は一定の範囲で制約を受けることがあることを前提として作成されたものである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、相手方の本件検証物提示命令申立ては理由があると判断するものであり、その理由は、以下のとおりである。

(1)  検証の目的物を所持する者は、目的物を裁判所に提示する公法上の一般的義務を負うが、正当な理由があるときはその義務を免れることができるものと解される(民訴法二三二条二項参照)。そして、検証協力義務が証人義務と同様に公法上の一般的義務に根拠を置くものと解される以上は、検証協力義務についても証人の証言義務に関する規定を類推適用するのが相当である。したがって、特段の事情のない限り、検証によって自己又は法定の近親者が刑事上の訴追を受けるなどのおそれがあるとか(同法一九六条)、守秘義務により証言を拒絶できる場合(同法一九七条)と同様の事由がある場合に限り、検証協力義務を免れ得るものと解すべきである。そして、上記の検証拒絶の正当な理由の立証は抗告人において行うべきものであるから、以下において抗告人の主張する正当な理由について検討する。

(2)  民訴法二二〇条四号イに該当するとの主張について

労働基準法は、罰則の制裁の下に、使用者に労働者の労働時間を自ら把握すべきものと規定し(労基法一〇八条、同法施行規則五四条一項五号)、賃金その他労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課しているところであるが(同法一〇九、一二〇条)、タイムカードは、労働者の労働時間を機械的に記録し、経時的にこれを保存する仕組みにより、使用者が労働時間の把握をするための重要な手段となっていることに鑑みると、タイムカードも上記義務の対象となる重要な書類に該当すると解するのが相当である。そして、これら労働関係に関する重要な書類に該当するものについては、労働基準監督官から求められたときには提出義務が生じ(労基法一〇一条一項)、提出義務の履行について罰則をもって強制する関係にある(同法一二〇条)のであって、行政機関が監督権を行使するに当たっては、労基法違反となると否とを問わず提出の対象とされているものと解される。

このように、タイムカードは賃金台帳と同様に、労働者の基本的人権を保護することを主な目的として、法令により使用者に対して罰則の制裁の下に調製、保存及び行政機関への提出を義務付けていると解されるところであって、労働者の権利保護のためには欠くことのできない重要な書類であり、しかも書類の記載内容は単なる客観的な出退勤時刻を記載してあるにすぎないものであるから、過重労働を理由とする安全配慮義務違反による労災損害賠償請求事件において、検証物提示命令が発令された場合には、民訴法二二〇条四号イ(自己負罪拒否特権)の事由は、この提示命令を阻止しうる正当な理由には当たらないと解さざるを得ない。また、その限度では挙証者以外の労働者のプライバシー保護も制約を受けるものと解すべきであるから、抗告人の主張は採用できない。

(3)  民訴法二二〇条四号ホに該当するとの主張について

タイムカードは、未だ労基法違反事件として立件される以前の段階においては、刑事関係書類に当たらないことは明らかであり、抗告人の主張は採用できない。

(4)  関連性について

証拠調べの必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却下する決定に対しては、右必要性があることを理由として独立に不服申立てをすることはできない(最高裁平成一一年(許)第二〇号同一二年三月一〇日第一小法廷決定・民集五四巻三号一〇七三頁参照)とされ、同様に、文書提出命令の申立てを認容する決定に対しては、証拠調べの必要性がないことを理由として即時抗告をすることは許されないともされている(最高裁平成一一年(許)第三六号同一二年一二月一四日第一小法廷決定・民集五四巻九号二七四三頁参照)。この理は、証拠の採否の前提である関連性の問題についても、本案事件の立証及び証拠の採否の問題であることを明らかにするものというべきであるから、検証物提示命令の申立てを認容する決定に対しては、関連性がないことを理由に即時抗告をすることは許されないものというべきである。

また、本案事件に即して考えても、本件提示命令は、抗告人が亡Bのタイムカードを提出しないために発令されたともいえるものであって、相手方が本案事件の要証事実を立証するためには必要不可欠であって、関連性についても否定することはできない。

二  結論

よって、本件タイムカードにつき提示を命じた原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 西垣昭利 天野智子)

別紙 検証物目録

一、亡B及びCの出勤簿、タイムカード、時間外・休日労働命令報告書、賃金台帳、その他労働時間を管理するため作成されていた文書あるいは電磁的記録

二、亡B及びCの本件事業所についての入退出記録文書あるいは電磁的記録

三、亡B及びCの業務について作成された日報、週報、月報、社用車使用簿・給油簿、出張記録等の報告文書あるいは電磁的記録

四、亡B及びCが業務を行なうにつき要した駐車場料金、高速代金、資材購入代金等の費用を精算するために相手方に対して提出した領収証、レシート

五、亡B及びCが業務上使用していたパソコンに保存された文書ファイル、図面ファイル及びその一覧(表題、修正・保存日時)、メール送受信記録及びその一覧(件名、送受信者名、送受信日時)、パソコンの起動・終了時刻についてのログについての電磁的記録あるいはこれをプリントアウトした文書

六、本件事業所に設置されている防犯ビデオにより撮影された亡B及びCに関する画像についての電磁的記録あるいはこれをプリントアウトした文書

七、その他上記一ないし六に関連する文書あるいは電磁的記録

上記の各文書(電磁的記録を含む)につき平成○年○月○日から平成○年○月○日までの期間に作成されたもの

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