大阪高等裁判所 平成25年(ラ)668号 2013年11月08日
抗告人(原審相手方)
関西電力株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記代理人弁護士
米田秀実
同
髙島志郎
同
岩本文男
相手方(原審申立人)
大阪市
上記代表者市長
B
上記代理人弁護士
河合弘之
上記復代理人弁護士
白日光
同
平山大樹
同
金裕介
同
後藤登
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 相手方が、抗告人の取締役会議事録のうち、第九〇期事業年度における、抗告人が保有する原子力発電所の平成二三年三月一一日以降の再稼働について協議又は決定した部分並びに抗告人が原子力事業を全廃又は減少させることの可否及び方法について協議した部分について閲覧及び謄写することを許可する。
三 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
第一抗告の趣旨(抗告人)
一 原決定を取り消す。
二 相手方の本件申立てをいずれも却下する。
第二当審における申立ての趣旨の追加(相手方)
主文二項同旨
(抗告人は、申立ての基礎の同一性がないから、この追加的変更は認められないと主張するが、対象とされる部分及び必要性に係る事情に共通性があるといえるから、変更が許されると解される。)。
第三事案の概要
一 本件は、抗告人の株主である相手方が、会社法三七一条二項、三項に基づき、抗告人取締役会議事録のうち、第八五期事業年度から第九〇期事業年度における、抗告人が保有する原子力発電所の平成二三年三月一一日以降の再稼働について協議又は決定した部分並びに抗告人が原子力事業を全廃又は減少させることの可否及び方法について協議した部分(以下「本件議事録各部分」という。)の閲覧及び謄写の許可申立てをした事案である。
二 前提事実
(1) 抗告人は、電気事業等を目的とする発行済み株式総数九億三八七三万三〇二八株の株式会社であり、監査役設置会社である。
相手方は、地方公共団体であり、抗告人の株式八三七四万七九六六株(発行済株式総数の約九%)を有する株主である。
(2) 相手方は、抗告人に対し、平成二四年二月一四日付けで、電力の安定供給、原子力発電に対する安心・安全の確保、コスト削減等についての情報開示を求めるとともに、直近五年間の抗告人取締役会議事録の開示を求めたところ、抗告人は、抗告人取締役会議事録については開示を拒否した。
(3) 相手方は、平成二五年四月二六日、抗告人に対し、株主として、定款一部変更の件及び取締役選任の件を、同年六月二六日開催の抗告人株主総会の議案とする旨の請求をした(以下「前回株主提案」という。)。
ア 定款一部変更の件の主要なものは、下記①ないし④の各事項(以下「本件原発関連各事項」という。)に関し、電力事業会社である抗告人の基本的な営業方針を定める内容の条項を、新たに「脱原発と安全性の確保及び事業形態の革新」と題する章を新設の上定款に追加する議案である。
①(代替電源の確保)
原子力発電の代替電源として、多様なエネルギー源の導入により、低廉で安定した電力供給を行う。
②(事業形態の革新)
多様な主体の自由・公正な競争により、原子力に代わる多様なエネルギー源の導入を促進し、供給力の向上と電力料金の安定化を図るため、必要な法制度の整備を国に要請し、可及的速やかに発電部門もしくは送配電部門の売却等適切な措置を講じる。
③(脱原発と安全性の確保)
(ア) 万全の安全対策、原発事故発生時における賠償責任の抑制の制度創設及び使用済み核燃料の最終処分方法の確立の要件を満たさない限り原子力発電所を稼働しない。
(イ) 脱原発社会の構築に貢献するため、可及的速やかに全ての原子力発電所を廃止する。
(ウ) 上記廃止までの間においては、必要最低限の能力、期間について原子力発電所の安定的稼働を検討する。
④(安全文化の醸成)
原子力発電に関する安全の確保について、日常的に個々の社員が真剣に考え、活発に議論することを通じて、その質を高め続けることのできる職場風土の醸成を図る。
イ 取締役選任の件は、抗告人における原子力発電事業の転換期において求められる経験と見識を備えていると相手方が認識する人物を取締役に選任することを求める議案である。
(4) 相手方は、平成二五年六月二六日開催の第八九回抗告人株主総会において、前回株主提案について株主提案権を行使したが、抗告人取締役会は、前回株主提案に関する議案に反対する旨の意見表明を行い、上記株主総会は、前回株主提案に関する議案を否決した。
三 当事者の主張
(1) 相手方
ア 相手方は、次期抗告人株主総会(第九〇期事業年度、以下「本件株主総会」という。)において、本件原発関連各事項に関し、株主提案(以下「本件株主提案」という。)を行う予定である。
イ 相手方が、本件株主提案を内容のあるものにするためには、第八五期事業年度から第九〇期事業年度までの抗告人取締役会が本件原発関連各事項について行った議論内容及びその際の検討資料を把握する必要があるから、本件議事録各部分の閲覧及び謄写が必要である。
ウ 相手方は、本件株主総会において、本件株主提案の理由を説明し、更には、本件株主総会の場で回答を求める事前質問を提出するためにも、本件議事録各部分の閲覧及び謄写が必要である。
エ 相手方は本件議事録各部分を目的外使用したり、公表することはないから、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがあるとはいえない。
(2) 抗告人
ア 相手方は、本件株主提案をするために本件議事録各部分が必要であると主張するが、その内容は抽象的すぎるから、必要性を根拠づけるものとはいえない。本件申立ては、政策目的及び行政目的に基づくものである。
イ 相手方が本件株主提案の理由を説明したり事前質問をするために本件議事録各部分が必要であるとはいえない。
ウ 抗告人は、既に公表した経営計画及び第八四回ないし第八九回の抗告人株主総会招集通知添付資料において、上記(1)イの事項に関する抗告人取締役会の意見を明記している。
エ 相手方が本件議事録各部分を目的外使用又は公表することにより、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがある。
第四当裁判所の判断
一 株主としての権利行使の必要性
(1) 本件株主提案
ア 相手方は、現時点においては、次期事業年度(第九〇期事業年度)において提出すべき株主提案(本件株主提案)の具体的内容を確定しているとまでは認められない。しかし、相手方は、前回株主提案と同様に、本件株主提案についても、本件原発関連各事項について、現時点における抗告人の基本的認識及び姿勢には重大な問題があると考え、これらを是正させることを目的として、定款一部変更の件及び取締役選任の件を議題とする株主提案をすることを検討しているものと認められるところ、これらの議題が株主総会の決議対象事項であることは明らかである。
イ 抗告人は、関西地区の電力供給を担う公共的性格の強い電力事業会社である。他方、相手方は、その公金を出資し、抗告人の発行済株式総数の約九%の地位を取得した株主であり、抗告人の経営状態に重大な利害関係を有するとともに、地方公共団体として、市民の生命・安全を確保し、その円滑な日常生活を確保する責務を有する。
また、抗告人の原子力発電事業は、電力の効率的な安定供給という面においては社会的有用性が認められる一方で、万全の安全対策が確保されるとともに、そのための費用や事故コスト対策について、適切かつ十分な配慮が行われなければならない事業であるところ、これらの対策事項に関する経営判断は、抗告人という電力事業会社の存続及び帰趨を決定的に左右するものであるから、抗告人役員のみならず、その株主も重大な利害関係を有する。
ウ 以上によると、相手方が、本件原発関連各事項に関する本件株主提案、同理由説明及び事前質問を行うことが、株主としての権利行使の必要性に基づくものであることは明らかである。
(2) 本件議事録各部分
ア 相手方が本件株主提案を行う意図は、抗告人における本件原発関連各事項に関する基本的認識及び姿勢には重大な問題があり、これを是正する必要があるというものである。そうすると、相手方が本件株主提案をするためには、抗告人における本件原発関連各事項に関する基本的認識及び姿勢がどのような経緯で形成されてきたのかを把握するとともに、その当否について分析する必要があり、そのためには、抗告人取締役会における集約意見を検討するだけでは不十分であり、本件議事録各部分の閲覧・謄写をする必要性があるものと認めることができる。
イ 相手方が閲覧及び謄写を求める本件議事録各部分は、本件原発関連各事項に関連性を有する部分に限定されているのであるから、相手方には、株主としての権利行使のために本件議事録各部分の閲覧及び謄写をする必要性があるものといえる。
(3) 抗告人は、相手方が主張する権利行使の必要性は、漠然とした抽象的なものにすぎないから、必要性は認められない旨主張する。
しかし、前回株主提案のうちの定款一部変更の件の主要なものが、電力事業会社である抗告人の原子力発電事業に関する基本的認識及び姿勢を是正させるため、抗告人の同事業に関する基本的な経営方針を定める内容の条項を定款に新設する議案であったこと、前回株主提案の件のうちの取締役選任の件は、抗告人における原子力発電事業の転換期において求められる経験と見識を備えていると相手方が認識する人物を取締役に選任することを求める議案であったこと、相手方が、前回株主提案と同様に、本件株主提案についても、本件原発関連各事項について、抗告人の基本的認識及び姿勢を是正させるための株主提案として、上記同様の本件株主提案をすることを検討していること、相手方が問題としている上記基本的認識及び姿勢は、抗告人取締役会における集約意見からだけではなく、抗告人取締役会における議論経過及び内容がどのようなものであったかにより、明らかにされるべきものであることを考慮すると、相手方の主張する権利行使の必要性は、十分具体的なものであるといえるし、これを認めることができる。
したがって、抗告人の主張を採用することができない。
(4) 抗告人は、相手方の本件申立ては、政策目的及び行政目的に基づいて行われているから、株主としての権利行使としての必要性がない旨主張する。
しかし、相手方が株主としての権利行使をするに際し、地方公共団体としての立場からの政策的又は行政的配慮をすることは当然であり、このような配慮をしているからといって、株主としての権利行使が否定されるものではない。
したがって、抗告人の主張を採用することができない。
(5) 抗告人は、抗告人取締役会における議論内容は既に公表又は開示されているから、閲覧及び謄写の必要性は認められない旨主張する。
しかし、抗告人が公表又は開示した情報は、抗告人取締役会における議論経過及び内容そのものではなく、最終的に集約された内容にすぎないのであるから、本件議事録各部分に基づき抗告人取締役会における過去の議論経過及び内容が明らかになることにより、相手方は、本件株主提案、同理由説明及び事前質問について、十分に検討することが可能となる。そうすると、本件株主提案に関連する事項について、抗告人が情報を公表又は開示していることを考慮しても、本件議事録各部分を閲覧及び謄写する必要性があるものと認めることができる。
したがって、抗告人の主張を採用することができない。
(6) 以上によれば、相手方に株主としての権利行使の必要性があるものと認めることができる。
二 著しい損害を及ぼすおそれ
(1) 抗告人は、相手方が本件議事録各部分を閲覧及び謄写することにより、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがある旨主張する。
しかし、相手方が閲覧及び謄写する部分が、本件議事録各部分に限られていること、相手方には上記一説示のとおり、株主としての権利行使のために、本件議事録各部分の閲覧及び謄写をする必要性が認められること、相手方代理人が抗告人取締役会議事録を正当な理由なく外部に公表しないことを誓約する旨の書面を提出していることを考慮すると、相手方が本件議事録各部分を目的外使用するものとは認められないし、相手方が本件議事録各部分を公表することにより、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがあるものと認めることができない。
なお、上記書面には、「取締役会議事録を正当な理由なく、外部に公表しない」と記載されているところ、この「正当な理由」とは、相手方及び相手方代理人が、本件議事録各部分を、株主としての権利行使という本来の目的に従い使用する過程において、必要な範囲で公表する場合のことを想定したものであると認めることができるから、これをもって、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがあるものと認めることができない。
したがって、抗告人の主張を採用することができない。
(2) 抗告人は、取締役会議事録は本来内部文書であり、目的外使用や公表により、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがある旨主張する。
しかし、そもそも、会社法三七一条は、同条一項において、取締役会設置会社に、取締役会の議事の経過の要領及びその結果等の事項を内容とする取締役会議事録の備え置きを義務づけたうえ、同条二項及び三項において、株主が、その権利を行使するために必要があるときは、裁判所の許可を得て、取締役会議事録の閲覧及び謄写をすることを認めているのであるから、株主の権利行使の必要性がある以上、裁判所は、原則として、取締役会議事録の閲覧及び謄写を許可すべきことが明らかである。
また、上記(1)説示のとおり、相手方が本件議事録各部分を目的外使用するものとは認められないし、相手方が本件議事録各部分を公表することにより、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがあるものと認めることができない。
したがって、抗告人の主張を採用することができない。
(3) 以上によれば、相手方が本件議事録各部分の閲覧及び謄写をすることにより、抗告人に著しい損害を及ぼすおそれがあるものとは認められない。
三 まとめ
以上のとおりであるから、相手方の本件申立ては、当審における追加申立てを含めて、いずれも理由がある。
第五結論
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 杉江佳治 遠藤俊郎)