大阪高等裁判所 平成25年(行ケ)5号 判決 2013年12月18日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。ただし,平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の大阪府選挙区,京都府選挙区,兵庫県選挙区,滋賀県選挙区,奈良県選挙区及び和歌山県選挙区における選挙は,いずれも違法である。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1(第1事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の大阪府選挙区における選挙を無効とする。
2(第2事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の京都府選挙区における選挙を無効とする。
3(第3事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の兵庫県選挙区における選挙を無効とする。
4(第4事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の滋賀県選挙区における選挙を無効とする。
5(第5事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の奈良県選挙区における選挙を無効とする。
6(第6事件) 平成25年7月21日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の和歌山県選挙区における選挙を無効とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,平成25年7月21日に施行された参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という。)について,大阪府選挙区,京都府選挙区,兵庫県選挙区,滋賀県選挙区,奈良県選挙区及び和歌山県選挙区の各選挙人である原告らが,平成24年法律第94号による改正(以下「本件改正」という。)後の公職選挙法14条1項,別表第三の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下「本件定数配分規定」という。)は,憲法の保障する代表民主制の基本原則及び選挙権の平等に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠若しくは弁論の全趣旨により認められる事実(又は当裁判所に顕著な事実)である。
(1) 当事者
ア 第1事件原告は,本件選挙における大阪府選挙区の選挙人である。
イ 第2事件原告は,本件選挙における京都府選挙区の選挙人である。
ウ 第3事件原告は,本件選挙における兵庫県選挙区の選挙人である。
エ 第4事件原告は,本件選挙における滋賀県選挙区の選挙人である。
オ 第5事件原告は,本件選挙における奈良県選挙区の選挙人である。
カ 第6事件原告は,本件選挙における和歌山県選挙区の選挙人である。
(2) 平成22年参議院議員選挙以後の国会の動き
平成22年7月11日施行の参議院議員通常選挙(以下「前回選挙」という。)における議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対5.00であった。同選挙以降,参議院では,正副議長及び各会派の代表により構成される「選挙制度の改革に関する検討会」及びその検討会の下に選挙制度協議会が設置され,平成25年7月に施行される本件選挙に向けた選挙制度の見直しを行うため,平成24年7月までの間に計11回にわたり協議が重ねられたが,全会派の合意に基づく成案を得るには至らなかった。そこで,本件選挙に向け少しでも上記の較差の是正を図る必要があるとして,選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増4減とすることを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案が平成24年8月28日国会に提出された。
(3) 最高裁判所平成24年10月17日大法廷判決
前回選挙の定数配分規定について,最高裁判所平成24年10月17日大法廷判決(民集66巻10号3357頁。以下「平成24年大法廷判決」という。)は,「現行の選挙制度は,限られた総定数の枠内で,半数改選という憲法上の要請を踏まえた偶数配分を前提に,都道府県を単位として各選挙区の定数を定めるという仕組みを採っているが,人口の都市部への集中による都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やす方法を採ることにも制約がある中で,このような都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の実現を図るという要求に応えていくことは,もはや著しく困難な状況に至っているものというべきである。」として,前回選挙について,同選挙が平成18年法律第52号による公職選挙法の改正(以下「平成18年改正」という。)による4増4減の措置後に実施された2回目の通常選挙であることを勘案しても,同選挙当時,1対5.00の較差が示す選挙区間における投票価値の不均衡は,「投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過できない程度に達しており,これを正当化すべき特別の理由も見いだせない以上,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたというほかはない。」と判示したが,最高裁判所が平成21年9月30日大法廷判決(民集63巻7号1520頁。以下「平成21年大法廷判決」という。)において上記の参議院議員の選挙制度の構造的問題及びその仕組み自体の見直しの必要性を指摘したのは前回選挙の約9か月前のことであり,その判示の中でも言及されているように,選挙制度の仕組み自体の見直しについては,参議院の在り方をも含めた高度に政治的な判断が求められるなど,事柄の性質上課題も多いためその検討に相応の時間を要することは認めざるを得ないこと,参議院において,同判決の趣旨を踏まえ,参議院改革協議会の下に設置された専門委員会における協議がされるなど,選挙制度の仕組み自体の見直しを含む制度改革に向けての検討が行われていたこと(なお,同選挙後に国会に提出された公職選挙法の一部を改正する法律案は,単に4選挙区で定数を4増4減するものにとどまるが,その附則には選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行う旨の規定が置かれている。)などを考慮すると,同選挙までの間に選挙区選出の参議院議員に係る議員定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,上記定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないと判断した。
(4) 平成24年大法廷判決後の国会の動き
ア 平成24年大法廷判決の言渡し後の平成24年11月16日,前記(2)の公職選挙法の一部を改正する法律案が可決され成立した(同月26日公布・施行)。同法律案の附則3条には「平成28年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて,参議院の在り方,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする。」との規定が置かれている。
イ 前記(2)の選挙制度協議会は,平成24年大法廷判決から本件選挙までの間に,平成24年11月9日(第12回会合),平成25年3月5日(第13回会合)及び同年5月21日(第14回会合)の3回開催された。また,前記(2)の「選挙制度の改革に関する検討会」では,同年6月19日に開催された第7回会合において民主党(当時参議院の第1党であった。)から参議院議長及び各会派に対し,平成26年度中に選挙制度の抜本改革の成案を得た上で,平成28年選挙から新選挙制度を適用する旨を明記した工程表が示され,各会派はこれを持ち帰り,本件選挙後も引き続き抜本的な見直しに向けた協議を行い,早急に結論を得ることが確認された。(乙4,5)
(5) 本件選挙の実施
本件選挙は,本件改正による改正後の公職選挙法の本件定数配分規定による選挙区及び議員定数の定めに従って実施された。
(6) 本件改正後の議員1人当たりの有権者数の較差
総務省作成の資料によれば,本件選挙日時点において,選挙区の有権者数の多い順に47都道府県を並べると,別紙1のとおりとなる。これによると,議員1人当たりの有権者数が最も多い北海道選挙区と議員1人当たりの有権者数が最も少ない鳥取県選挙区の間の較差は,1対4.769である。(乙1)
(7) 本件選挙後の国会の動き
本件選挙後の平成25年9月12日,参議院各会派の代表者による懇談会が開催され,山崎正昭参議院議長は参議院議員選挙の定数較差の問題について抜本的な見直しに取り組む必要があると述べ,選挙制度の改革に関する検討会の設置を提案した。これを受けて,各会派において「選挙制度の改革に関する検討会」を発足させることが合意され,同日に上記懇談会に引き続き開催された上記検討会の第1回会合では,選挙制度の改革について実務的な協議を行うため,上記検討会の下に各会派により構成される協議会を設置することとされた。そして,同月19日に開催された上記検討会の第2回会合において,上記検討会の下に選挙制度協議会を設置することが改めて確認され,選挙制度協議会の設置に関する要綱が定められるとともに,山崎参議院議長から,「今後の大まかな工程表(案)」を基本にして協議を進める方針が示された。さらに,同月27日,選挙制度協議会の第1回会合が開催され,今後,週1回の頻度で会合を開き,有識者からの意見聴取などを行っていくことなどが確認された。(乙12の1~4,乙13~16,18の1,2)
3 争点
本件の争点は,本件選挙時において本件定数配分規定が憲法に違反するか否かである。違憲と判断される場合には,本件選挙の効力が問題点となる。
4 原告らの主張
(1) 主位的主張(国民主権の原理に基づく主張)
ア 憲法前文の「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」との規定は,「国民主権の法理」,すなわち「主権者の多数意見による国家権力支配の法理」を示すものである。
上記の規定は,「国民が主権者であること」及び「国会議員は主権者ではないこと」を意味している。すなわち,主権者である国民は,国会議員を通じて,両議院の議事につき,賛成又は反対の投票を行って,主権者の多数意見で,両議院の議事の可決,否決を決める。国会議員は,主権者の「特別な代理人」でしかなく,国会議員の多数決が,国会議員を選挙で選出して,同国会議員を両議院の議事の賛成・反対の投票をするための「特別な代理人」とした主権者(本人)の多数決と「等価」であることが必須である。
また,憲法56条2項は,両議院の議事は,憲法に特別の定めのある場合を除き,出席議員の過半数でこれを決する旨規定するところ,両議院の議事に対して,国会議員の多数決で可決,否決を決めるという国家権力の行使の正当性の根拠は,議事に賛成の「多数の国会議員」の投票総数が,全国会議員総数の多数(過半数)であることに存するのではなく,当該「多数の国会議員」を選出した各選挙区の主権者(国民)の総数が,全主権者総数の多数(過半数)であることに存するのである。
イ このように,憲法は「国会議員の多数決」が「主権者(国民)の多数決」と等価であることを要求しているが,これによると,各国会議員は,国会で「一人一票」の投票権を有する以上,主権者からの国会議員への委任状の数は,同数でなければならない。すなわち,各国会議員が,同数の「登録有権者数」から選ばれるような選挙区割り(人口比例選挙)が必須となる。なぜなら,「国会議員の多数決」と「主権者の多数決」が矛盾すると,その瞬間に「主権者の多数」が「国会議員の多数決」を通じて,立法,行政,司法の三権を支配するという国民主権国家の統治の仕組みが崩壊するからである。
憲法は,主権者が,国会議員を通じて,主権者の多数決で,立法,行政,司法の三権を支配できないような国のかたちを想定していない。これでは,「主権者は国会議員」ということになってしまうからである。非「人口比例選挙」によると,少数の主権者が,必ず,多数の国会議員を選出することになる。その結果,国民は,国会議員を通じて,国民の多数決で,三権を支配できるという「保障」を失う。
ウ 本件定数配分規定は,市,町,村,大字を最小単位の行政区画として用いて人口比例に基づいて定数配分をしておらず,憲法が規定する「正当な選挙」に基づく代議制の保障に反する配分となっているから,この規定は,選挙区間の較差が2倍を超えているか否かにかかわらず,憲法に違反し,無効である。
(2) 予備的主張(判例法理に基づく主張)
ア 平成24年大法廷判決をはじめとする最高裁大法廷判決は,選挙の投票権の価値が憲法の平等の要求に反する状態に至っていても,投票日の時点で(立法裁量のための)合理的期間の末日を徒過していなければ,選挙は違憲ではないという「合理的期間の法理」を採用している。
原告らは,「合理的期間の法理」自体が憲法98条1項に違反すると思料するものであるが,仮にこれによったとしても,以下のとおり,平成25年7月21日に施行された本件選挙について,「合理的期間」の末日はその投票日には徒過済みであり,本件定数配分規定は,憲法の定める投票価値の平等の要求に反し違憲無効である。
イ 平成24年大法廷判決は,「当裁判所が平成21年大法廷判決においてこうした参議院議員の選挙制度の構造的問題及びその仕組み自体の見直しの必要性を指摘したのは本件選挙(前回選挙を指す。)の約9か月前のことであり,…」と判示していることからして,「合理的期間」の起算日は平成21年大法廷判決の言渡日(同年9月30日)であると解している。
したがって,平成24年大法廷判決によれば,本件選挙が違憲か合憲かは,「合理的期間」がその起算日から投票日までの約3年9か月の間に徒過済みであるか否かによって決せられる。
平成24年12月16日施行の衆議院議員選挙の選挙無効訴訟についての高等裁判所の判決の多くは,「合理的期間」の起算日を,衆議院選挙の選挙区割りの憲法適合性が争われた最高裁平成23年3月23日大法廷判決の言渡日と解し,「合理的期間」は長くても1年9か月弱であると解している。
そして,衆議院も参議院も,ともに立法府を構成している以上,参議院議員選挙の「合理的期間」の長さが衆議院議員選挙のそれよりも長くあるべきであるとする合理的理由はないから,「合理的期間」の長さは衆議院議員選挙のそれ(1年9か月弱)と同一と解される。
そうすると,本件選挙の合理的期間は,長くても1年9か月弱であるところ,その起算日は平成21年9月30日であるから,本件選挙の投票日(平成25年7月21日)は「合理的期間」の起算日から約3年9か月後である。したがって,本件選挙の「合理的期間」はその投票日の時点で既に経過している。
仮に,被告らが,当該3年9か月以内に,平成21年大法廷判決のとおりの内容の是正立法を行うことは不可能又は著しく困難であると主張するのであれば,当該主張を裏付ける事実の存在を立証すべきであるが,被告らはその立証責任を果たしていない。
ウ 平成24年大法廷判決は,投票価値の平等に関する判断基準として,
①参議院議員の選挙であること自体から,直ちに投票価値の平等が後退してよいと解すべき理由は見出し難いこと,②都道府県を参議院議員の選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はないことを示している。平成24年大法廷判決によれば,「立法裁量のための合理的期間」とは,国会が上記の基準,すなわち,①参議院議員選挙の憲法上の投票権の価値の平等性の要求を衆議院議員選挙のそれに劣後させないこと,②都道府県単位の選挙区割りを見直すことの枠内で,選挙制度を見直すに足りる立法について,議論し,複数の選挙制度を見直すに足りる改正法案の選択肢の中の一つを可決するために合理的に必要な期間を意味する。
エ 平成24年大法廷判決の言渡し後にされた本件改正は,4選挙区において定数を4増4減とすることを内容とするものであるが,同改正は,①1票の較差が最大で4.75倍であって,平成24年12月の衆議院選挙の1票の較差が最大2.43倍であることに比べて劣後し,かつ,②都道府県を選挙区の単位として行われている点において,平成24年大法廷判決の示す上記ウの基準に反するものである。
したがって,本件定数配分規定は憲法の投票価値の平等の要求に明らかに反しており,本件選挙は違憲無効である。
オ 平成24年大法廷判決は,前回選挙の投票日の時点で「合理的期間」が満了済みであるか否かを判断するに当たって,本件改正に係る公職選挙法の一部を改正する法律案の附則を考慮した(前記2(3)参照)。
しかし,平成24年大法廷判決は,「合理的期間」が本件選挙の投票日の時点で満了済みであるか否かを判断するに当たって,上記附則を考慮するか否かにつき何らの判断もしていない。
平成24年大法廷判決が引用する上記附則の規定は,その文言から明らかなとおり,平成28年の参議院議員選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて,国会に対し,「引き続き検討を行う義務」を課しているにすぎない。すなわち,上記附則は,国会に平成28年の参議院議員選挙までに選挙制度の抜本的見直しをする義務を課していない。
このことの一点をみるだけで,上記附則は,「合理的期間」の末日が本件選挙の投票日の時点で徒過済みであるか否かを判断するに当たって,法的に意味のある規定とは解されない。
(3) 判決の効力について
ア 憲法98条1項は,「この憲法は,国の最高法規であって,その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。」と定める。
上記の「法律,・・・及び国務に関するその他の行為」の中に,「いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則」(最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁。以下,この判決を「昭和51年大法廷判決」といい,同判決が示した上記の法理を「事情判決の法理」という。)も含まれる。なぜなら,事情判決の法理は,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則でしかないからである。
したがって,事情判決の法理は,本来,憲法98条1項に基づく憲法を頂点とする法令のヒエラルキーの中で,憲法の下位に位置づけられるべき法理でしかない。
ところが,事情判決は,事情判決の法理を適用することにより裁判所が違憲と判断済みの当該選挙を無効とはせず,当該違憲選挙により当選した議員が,次回選挙までの間国会で立法行為に従事することを容認する。事情判決の法理を選挙無効裁判に適用すると,憲法98条1項の明文に違反する事態(憲法の最高法規性の否定)という不合理な結果が生ずることになる。
イ 最高裁昭和60年7月17日判決・民集39巻5号1100頁(以下「昭和60年判決」という。)は「選挙を無効とする判決の結果,議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合,その他諸般の事情を総合考察し,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して,選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである。」と判示する。
参議院の全47選挙区の一部の選挙区選挙につき,選挙無効訴訟が提起された場合には,上記判決が指摘するとおり,提訴された選挙区選挙のみ「違憲無効」と判決すると,未提訴の選挙区選挙により当選した国会議員等が,公職選挙法改正の立法を行うという事態が生じる。
しかし,本件選挙につき,主権者有志は,全47選挙区で提訴している。そして,47個の選挙無効訴訟が全て,最終的には上告審である最高裁判所で審理される。したがって,最高裁判所が,全47選挙区の選挙の一部のみ「違憲無効」と判断することは,現実問題としてあり得ない。
ウ 前記の昭和51年大法廷判決は,事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則につき「行政処分の適否を争う訴訟についての一般法である行政事件訴訟法は,31条1項前段において,当該処分が違法であつても,これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合においては,諸般の事情に照らして右処分を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められる限り,裁判所においてこれを取り消さないことができることを定めている。この規定は法政策的考慮に基づいて定められたものではあるが,しかしそこには,行政処分の取消の場合に限られない一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれていると考えられるのである。」と判示する。
すなわち,裁判所は,その他諸般の事情を総合考察し,事情判決の法理を適用して,裁判所が違憲と判断済みの選挙につき「無効」と判決しないことができる。裁判所が事情判決を下すと,違憲と判断された選挙で当選した参議院議員が6年の任期満了日まで,立法(憲法96条の憲法改正の国会発議を含む。)を行うという憲法の想定しない異常事態が生じる。正当に選挙された国会における代表者(憲法前文)ではない人々が,憲法上の正当性なく,立法を行うことは憲法秩序の根本からの破壊である。このようなことはあってはならないことであり,裁判所が,憲法98条1項に違反し,事情判決の法理を適用して,「本件選挙は違憲無効」と判決しないことこそが,公共の福祉に適合しないのである。
事情判決の法理は,違憲な選挙は憲法98条1項により効力を生じないという原則の例外であるから,被告ら(各府県の選挙管理委員会)は立証責任の分配の法理により,上記の「例外の主張」につき立証責任を負う。この場合に,被告らが立証責任を果たすことは不可能であろう。なぜなら,「違憲国会議員の当選日以降6年間(参議院の場合)の憲法秩序を破壊するでたらめな立法行為を許容すること」が「違憲国会議員を国会から放逐すること」に比べ,より公共の福祉に適合するというのは,合理的にみて不可能だからである。
仮に,本件選挙で当選した73人の選挙区選出の参議院議員(違憲議員)が,最高裁判所の違憲無効判決により失格しても,参議院は,比例代表選出議員(96人)で定足数(242人×1/3=81人)を満たす。よって,立法府として正常に機能し得る。よって,当該73人が全員欠格しても公共の福祉に適合しないことなど一切生じない。
エ 最高裁判所が,選挙無効訴訟で,違憲無効判決をしたと仮定すると,同判決で,本件選挙の選挙区選出議員全員(73人)が失格した場合,参議院は96人の比例代表選出議員と,残り73人の選挙区選出議員の合計169人により構成される。当該169人で構成される参議院は,次の3つの方法のいずれかを選択する決議を行うことができる。
すなわち,第1の方法は,「平成25年7月参議院選挙区選挙の再選挙を行わない」旨の時限立法を行い,平成28年の参議院選挙について,次の第2又は第3の方法を援用して,この2つの方法のいずれかを可決するというものである。
第2の方法は,「全国1区比例代表選挙の手続を援用する」旨の時限立法を行って,当該違憲無効判決の対象となった全47選挙区選挙(73議席)の再選挙を行うというものであり,第3の方法は,上記169人の参議院議員が,ブロックの数を決定し(例えば9ブロック制),第三者独立委員会に,そのブロックの下で,人口比例に基づく選挙区割り(案)を作成させ,参議院は同案を参考として,選挙制度改革立法を行って,その後再選挙を行うというものである。
参議院が上記第1ないし第3のいずれかを採用したとしても,参議院は立法府として100%機能し得る。よって,最高裁判所が,全選挙区選挙につき「違憲無効」判決をしても,何らの不都合も生ぜず,公共の福祉が損なわれることは,一切ない。
逆に事情判決をすることは,違憲議員が次回選挙まで(参議院は6年間),国会議員としての地位を維持することを認めるので,違憲議員が「正当に選挙された代表者」でないにもかかわらず,その6年間の任期満了日まで,立法等に関与し,全国民を法的に拘束する法律を立法することになる。このような異常事態こそ,憲法秩序の許容枠をはるかに超えている。
5 被告らの主張
(1) 平成24年大法廷判決の位置づけ
最高裁判所平成18年10月4日大法廷判決・民集60巻8号2696頁(以下「平成18年大法廷判決」という。)及び平成21年大法廷判決は,これまでの累次の大法廷判決と同様,最高裁判所昭和58年4月27日大法廷判決(民集37巻3号345頁)が示した基本的な判断枠組みを変更する必要はないとして,「参議院議員の選挙制度の仕組みは,憲法が二院制を採用し参議院の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとしたこと,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し一つの政治的なまとまりを有する単位としてとらえ得ること,憲法46条が参議院議員については3年ごとにその半数を改選すべきものとしていること等に照らし,相応の合理性を有するものであり,国会の有する裁量権の合理的な行使の範囲を超えているとはいえない。そして,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の変動につき,それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は,複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要するものであって,その決定は,基本的に国会の裁量にゆだねられているものである。」(平成21年大法廷判決)などと判示していた。
ところが,平成24年大法廷判決は,参議院議員の選挙制度において都道府県を選挙区の単位として各選挙区の定数を定める仕組みについて,これを維持しながら投票価値の平等を図るという要求に応えていくことは,もはや著しく困難な状況に至っているとした上,最大較差が1対5.00であった前回選挙について,その投票価値の不均衡は,投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達しており違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたと判示した。すなわち,平成24年大法廷判決は,上記の著しい不平等の原因につき,「限られた総定数の枠内で,半数改選という憲法上の要請を踏まえた偶数配分を前提に,都道府県を単位として各選挙区の定数を定めるという仕組みを採っている」こと及び「人口の都市部への集中による都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やす方法を採ることにも制約がある」ことにあると分析しており,「都道府県を選挙区の単位として固定する結果,その間の人口較差に起因して投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続していると認められる状況の下では,上記の仕組み自体を見直すことが必要になる」と初めて明記した。この点で,平成24年大法廷判決はこれまでの累次の最高裁大法廷判決とは大きく異なる判断を示したというべきである。
(2) 都道府県単位の仕組みを見直すことには国民的な議論を要すること平成24年大法廷判決は,上記(1)のとおり,都道府県を選挙区の単位として固定する結果,その間の人口較差に起因して投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続していると認められる状況の下では,都道府県を各選挙区の単位として各選挙区の定数を定める仕組み自体を見直すことが必要になると判示した。しかし,この都道府県単位の仕組みを見直すということは,例えば,人口の少ない複数の県を合区として選挙を実施するものであり,選挙結果によれば,県によっては一人の参議院議員も存在しないという事態を招きかねないものであって,このような見直しには,国民的な議論を踏まえた複雑かつ高度な政策的な考慮と判断を要する。現に,民意の反映という観点から人口比例のみに偏った選挙制度に疑問を呈する意見のほか,地域代表の性格を有する諸外国の例との比較や,参議院を地方代表の府として位置づけるとするなど参議院の独自性に関する様々な意見が存するのであり,これらはいずれも国会が正当に考慮し得る政策的目的である。
平成24年大法廷判決も「投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。」と判示している。
参議院における投票価値の平等を今以上に徹底する方策としては,都道府県を選挙区の単位とする仕組み自体を見直す以外にも,選挙区選出議員の定数を増加させることも考えられる。上記のように,都道府県を選挙区の単位とする仕組み自体を見直すことにも,異論があり得るところであり,最終的には国民の選択に委ねられるべき問題である。そうである以上,都道府県を選挙区の単位とする仕組み自体の見直しのみが唯一の選択肢ではない。
そもそも,憲法は,代表民主制の下における選挙制度の決定について論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではないことを前提として,衆議院及び参議院がそれぞれの構成を異なるものとし,異なる特色を持った議院として機能することを当然に予定した上で,国会において,投票価値の平等の要求以外にも,参議院の独自性など,国民各自・各層の様々な利害や意見を議会に公正かつ効果的に反映させるという目的を達成するために合理的と認められる政策的目的ないし理由をも考慮して,その裁量により適切な選挙制度を定めることができるものとした趣旨と解するのが相当であり,憲法は,二院制の趣旨を両議院の組織や選出方法にどのように反映させ,参議院独自の性格をいかに創出するかについては,法律事項として国会に委ねている。この点は,平成24年大法廷判決も「憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにある」と判示しているとおりである。
そうである以上,この点から参議院の在り方を検討することも,憲法上の要請というべきである。
(3) 平成24年判決後の本件改正により最大較差が4.77倍まで縮小したことも正当に評価されるべきこと
平成24年大法廷判決後,4選挙区で4増4減とすることを内容とする本件改正が行われ,本件選挙は,この下において実施された。平成24年大法廷判決が見直しを求めた都道府県単位の仕組みについて,これを改めるまでには至らなかったが,平成24年大法廷判決も,具体的に何倍の最大較差であれば違憲状態にあるとの判断を示したわけではないところ,本件改正の結果,本件選挙時の最大較差は,前回選挙時の1対5.00と比べて縮小して1対4.77となり,また,有権者数の少ない選挙区により多い議員定数が配分されるという,いわゆる逆転現象もなくなったものである。のみならず,かねて参議院議員定数配分規定について最高裁判所が違憲状態にないと判断した最大較差1対5.26(昭和58年大法廷判決),1対5.37(昭和61年大法廷判決),1対5.56(昭和62年判決),1対5.85(昭和63年判決),1対5.06(平成16年大法廷判決),1対5.13(平成18年大法廷判決),1対4.86(平成21年大法廷判決)のいずれも下回り,昭和22年の参議院議員の選挙制度発足以降に施行されてきた参議院議員通常選挙の中で,昭和40年施行の選挙時における1対4.58以来の水準にまで縮小されたということができる。
このように平成24年大法廷判決後の本件改正により最大較差が4.77倍まで縮小したことも,本件において正当に評価されるべきである。
(4) 議員定数の不均衡を是正する措置が講じられなかったことは立法裁量権の限界を超えないこと
平成24年大法廷判決において指摘された「現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置」を講ずるためには同判決も指摘するように,「参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が求められるなど,事柄の性質上課題も多いためその検討に相応の時間を要する」ものである。取り分け,同判決は制度創設以来合理性を有するとされていた都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する方式の見直しを含め,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を求めるものであるから,国民的な議論を重ねるとともに,専門的・多角的な検討が不可欠である。
本件選挙は,平成24年判決の言渡しから9か月余り後に施行されたものであるから,国民各自・各層に激しい利害・意見の対立がある中,専門的・多角的検討を踏まえてこれらを調整し,同判決を踏まえた上記のような抜本的改革を内容とする立法的措置を講じる期間としては余りに短いといわざるを得ない。加えて,平成24年判決後に成立した本件改正の附則3条においては,次回の選挙である平成28年選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得る旨が定められている。そして,平成24年大法廷判決においても,平成24年8月に国会に提出された公職選挙法の改正案は,4選挙区で定数を4増4減するものにとどまるが,その附則には平成28年に施行される参議院議員通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行う旨の規定が置かれていることも考慮して,前回選挙までの間に定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものではないとされたのである。したがって,平成25年7月21日施行の本件選挙が上記改正案の定数配分規定の下で施行されることは平成24年大法廷判決においても予想されていたところであり,上記のとおりの選挙制度の仕組み自体の見直しが相応の時間をかけて行うもので,その過程において,本件選挙が,昭和40年施行の選挙時以来の低い最大較差において施行されることが,国会の裁量権の限界を超えると判断されることは予定していないというべきである。
(5) 参議院の選挙制度改正の検討状況等
ア 前記2(4)イのとおり,前記選挙制度協議会は,平成24年大法廷判決後から本件選挙までの間に,平成24年11月9日,平成25年3月5日及び同年5月21日の計3回にわたり協議を重ねてきた。また,前記選挙制度の改革に関する検討会は,同年6月19日に開催された第7回会合において,民主党から参議院議長及び各会派に対し,平成26年度中に選挙制度の抜本改革の成案を得た上で,平成28年選挙から新選挙制度を適用する旨を明記した工程表が示され,各会派はこれを持ち帰り,本件選挙後も引き続き抜本的な見直しに向けた協議を行い,早急に結論を得ることが確認された。
このうち,平成25年3月5日の会合で示された「選挙制度協議会において検討すべき論点・座長メモ」は,同協議会において検討すべき論点を整理したものであるが,論点を「選挙制度の見直しの進め方について」と「平成28年通常選挙に向けた選挙制度の見直し内容について」に区分し,前者に属する論点として,平成25年選挙に向けた更なる法改正の必要性の有無,平成28年選挙に向けた抜本的な見直しの工程及び結論を出す時期,有識者で構成する第三者機関に検討を委ねることの是非,第三者機関の設置の形式,人選,諮問事項,答申の取扱い等が挙げられている。他方,後者に関する論点としては,総論として「参議院の在り方にふさわしい選挙制度」及び「衆議院の選挙制度との関係」が挙げられ,各論の論点として,「選挙区選挙の取扱い」,「全国単位の比例代表選挙の取扱い」及び「定数削減」といった論点が挙げられている。そして,各論の論点のうち,「選挙区選挙の取扱い」については,選挙区選挙の維持の是非,都道府県単位の選挙区を維持する案,合区案,ブロック案の意義と問題点,都道府県単位の選挙区を維持する場合の理念及び政策的目的等の国民に対する提示方法,定数較差の程度,選挙区選挙における投票方法が論点として挙げられている。また,「全国単位の比例代表選挙取扱い」については,同制度の維持の是非,選挙区選挙との定数配分が,「定数削減」については,選挙制度の見直しと併せて議論することの是非,削減数が論点として挙げられている。
以上のとおり,選挙制度改革に向けた協議は,本件選挙前の時点においても,参議院議員の選挙制度を見直すに当たって検討すべき論点を整理した上,各会派の了承を得るまでには至らなかったものの,その後の工程表を取りまとめる段階にまで至っていたのであるから,国会は選挙制度の改革に真摯に取り組んでいたということができ,このような取組は正当に評価されるべきである。
イ 前記2(7)のとおり,本件選挙後においても,選挙制度の改革に関する検討会やその下に設置された選挙制度協議会において,選挙制度改革に向けての動きは継続している。選挙制度協議会においては,平成25年9月27日の第1回会合において,今後,週1回の頻度で会合を開き,有識者からの意見聴取などを行っていくことなどが確認された。これを踏まえて,選挙制度協議会の第2回会合が同年10月4日に開催され,参議院事務局から,以上の経緯を含めた選挙制度改革の経緯について説明があった後,協議が行われた。
以上のとおり,国会においては,参議院議員の選挙制度の抜本的な改革に向けた協議が正に始められているのであり,今後,速やかに選挙制度協議会における協議が開始され,議論が進展していくことが十分に見込まれる状況にある。
第3当裁判所の判断
1 本件定数配分規定が違憲であるかどうかの判断枠組み
(1) 憲法14条1項の規定は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求しているものと解される。
しかし,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。したがって,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,憲法に違反するとはいえない。
(2) 憲法が二院制を採用し衆議院と参議院との権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。発足当初の参議院議員の選挙制度の仕組みは,このような観点から参議院議員について,全国選出議員と地方選出議員に分け,前者については全国の区域を通じて選挙するものとし,後者については都道府県を各選挙区の単位としたものである(この仕組みは,昭和57年の公職選挙法改正後の比例代表選出議員と選挙区選出議員からなる選挙制度の下においても基本的に同様と解される。)。昭和22年の参議院議員選挙法及び昭和25年の公職選挙法制定当時において,このような選挙制度の仕組みを定めたことが国会の有する裁量権の合理的な行使の範囲を超えるものであったとはいえない。
(3) そして,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の変動につき,それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は,複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要するものであって,その決定は,基本的に国会の裁量に委ねられているものである。しかし,人口の変動の結果,投票価値の著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には,当該議員定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
2 原告らの主位的主張について
原告らは,憲法前文,憲法1条,56条2項からすると,両議院の議事を決する出席議員の過半数を選出した主権者の数は,必ず,全出席議員を選出した主権者(国民)の過半数でなければならず,これを担保するためには,人口比例選挙,すなわち,選挙区の議員1人当たりの登録有権者数(主権者)の数が同数であることが保障されていなければならない旨主張する。
国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることからすれば,国会は,投票価値の平等をできる限り尊重し,人口比例選挙に近づけるべく努力する必要がある。しかし,憲法は,国会の両議院を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのであり(43条,47条),選挙区割と議員定数の配分を決定するに当たっては,人口比例の原則のほか,種々の政策的,技術的要素を考慮することも許されていることからすると(昭和51年大法廷判決参照),国民主権の原理及び代表民主制の下での統治の仕組みから,原告らの主張する厳格な投票価値の平等(人口比例選挙)が当然に導かれると解することはできない。
原告らの上記主張は採用することができず,投票価値の平等は,累次の最高裁大法廷判決が判示するように,憲法14条1項が定める法の下の平等によって基礎づけられているものと解するのが相当である。
3 本件定数配分規定の合憲性について
(1) 現在の参議院議員の選挙に係る定数配分規定は,都道府県を選挙区の単位とし,参議院議員の任期が6年とされ,3年ごとに半数が改選されることから(憲法46条),各選挙区の定数を有権者数に応じて2人,4人,6人といったように偶数に定める(最も定数が多いのは東京都選挙区の10人)というものである。
平成24年大法廷判決は,この参議院議員の選挙制度の仕組みについては,それ自体見直しが必要であり,このことは平成21年大法廷判決が特に指摘していたのに,平成18年改正後は投票価値の不平等状態の解消に向けた法改正は行われることなく,前回選挙に至ったものであるとして,前回選挙時における定数配分規定に基づく投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたものと判断した(前記第2の2(3))。
(2) 本件選挙時において,前記第2の2(2),(4)のとおり,4増4減を内容とする公職選挙法の改正(本件改正)が行われた結果,選挙区間における1人当たりの有権者数の最大較差は,改正前の1対5.00から1対4.77に縮小した。
この数字だけをみると,昭和40年7月施行の参議院議員通常選挙に次いで較差は少なくなっているが,平成7年7月施行の選挙以降はおおむね1対4.8から1対5(5倍前後)で推移しているということができ(別紙2参照),投票価値の不平等(いわゆる一票の較差)の是正は思うように進んでいないというのが実情といえる。
(3) 憲法は,二院制の下で,参議院に立法を始めとする多くの事柄について衆議院とほぼ等しい権限を与え,参議院議員の任期をより長期とすることによって,多角的かつ長期的な視点からの民意を反映し,衆議院との権限の抑制,均衡を図り,国政の運営の安定性,継続性を確保しようとしたものと解される。このような憲法の趣旨,参議院の役割等に照らすと,参議院は衆議院とともに国権の最高機関として適切に民意を国政に反映する責務を負っていることは明らかであり,参議院議員の選挙であること自体から,直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い(平成24年大法廷判決参照)。
平成24年大法廷判決は,前記第2の2(3)のとおり,最高裁判所が平成21年大法廷判決において参議院議員の選挙制度の構造的問題及び見直しの必要性について指摘したのは選挙の約9か月前であることや,選挙制度の仕組み自体の見直しの検討には相応の時間を要することなどを考慮すると,同判決が審理の対象とした前回選挙までの間に定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,同定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないとしたが,これに続けて,「投票価値の平等が憲法上の要請であることや,さきに述べた国政の運営における参議院の役割に照らせば,より適切な民意の反映が可能となるよう,単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある。」との付言をした。
しかるに,本件改正は,都道府県を選挙区の単位とする選挙制度の仕組みに変更を加えることなく,福島県及び岐阜県の選挙区の議員定数を4人から2人に,神奈川県及び大阪府の選挙区の議員定数を6人から8人にそれぞれ変更するものにとどまるのであって(乙3),平成21年大法廷判決が必要性を特に指摘し,平成24年大法廷判決が国会に期待した上記の立法的措置には程遠い内容といわざるを得ない。そして,本件定数配分規定における議員1人当たりの有権者数の較差(別紙1参照。最大較差は1対4.77)は,都道府県を選挙区の単位として固定する結果として生じたものであることは明らかである。
そうすると,本件定数配分規定は憲法の要求する投票価値の平等に反する状態にあったと認めるのが相当である。
(4) 上記のとおり,本件定数配分規定は憲法の要求する投票価値の平等に反する違憲状態にあったから,憲法上要求される合理的な期間内にこれが是正されないときは,本件定数配分規定は憲法の上記要求に反し違憲と評価されることになる。そして,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のためにとるべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものである(衆議院議員選挙に関する最高裁平成25年11月20日大法廷判決・最高裁ホームページ参照)。そこで,以下,上記の考慮事情について検討する。
ア 平成24年大法廷判決は,前記のとおり,「都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある」旨付言をしたが,平成21年大法廷判決においても,「投票価値の平等という観点からは,なお大きな不平等が残る状態であり,選挙区間における投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあるといわざるを得ない」「現行の選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の定数を振り替える措置によるだけでは,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,これを行おうとすれば,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となることは否定できない」とされ,その検討に相応の時間を要することは認めざるを得ないものの「投票価値の平等が憲法上の要請であることにかんがみると,国会において,速やかに,投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて,適切な検討が行われることが望まれる」として,参議院議員の選挙制度の構造的問題及びその仕組み自体の見直しの必要性については既に指摘がされていた。
したがって,国会は,平成21年大法廷判決の言渡時(同年9月30日)において,当時の定数配分規定が憲法の投票価値の平等に反する状態に至っていること,これを解消するためには参議院議員の選挙制度の仕組み自体の見直しを含めた検討をする必要があることを認識するに至ったものといえる。
イ 都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する方式を改める方法としては,現行の比例代表選出議員と選挙区選挙区議員の区別を廃し,全国をいくつかのブロックに分け,ブロック単位の選挙区に人口比例により定数を配分するという方法(甲36。西岡武夫参議院議長(当時)作成のたたき台参照)や,比例代表選出議員と選挙区選出議員の区別を維持したまま,人口の少ない県を合区した上で選挙区割りをする方法などが考えられる。後者の方法を採った場合,A県とB県を合区して一つの選挙区とし,定数を2人とする場合を仮定すると,選挙の結果次第では2名の選出議員がいずれもA県の出身者となることも考えられるが,このような選挙制度については,地方の声が十分に国政に反映されなくなるという批判もあり得るところであり(乙8の1ないし7),二院制の下での参議院の役割,特に地域代表としての性格の有無等について,議論を深める必要がある。
また,ブロック案又は合区案を採用する場合には,具体的な区割りをどうするかについて検討する必要がある。この場合,都道府県の境をまたぐ形の地域ブロックを採用することが可能か(例えば兵庫県淡路市の一部を四国ブロックに入れるなど。甲40参照)といった事項についても検討する必要がある。
ウ 制度の改正に向けた具体的な手順としては,国会に選挙制度の改革に関する検討会や専門委員会を置き,学識経験者の専門的意見や国民各層からの意見を聴取した上,時間を区切って精力的に作業を行う必要がある。
平成21年大法廷判決の後である平成22年5月21日に参議院議長に提出された参議院改革協議会報告書においては,同委員会の下に設置された専門委員会の議論の結論として,平成22年7月施行の通常選挙(前回選挙)までに定数較差の是正を行うことは時間的余裕がないため困難であるが,平成25年の通常選挙に向け選挙制度の見直しを行うこととされ,平成23年中に公職選挙法の改正案を国会に提出することなどを内容とする大まかな工程表が示された。
また,前記の西岡参議院議長のたたき台のほか,平成23年8月には,各会派から参議院の選挙制度改革に関する具体的な案が示された(甲23)。
(5) 上記(4)によれば,国会が,参議院議員の選挙制度について,投票価値に大きな不平等が存し,選挙区間の選挙人の投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあること,及びそのためには仕組み自体の見直しが必要であることを認識してから本件選挙までの期間は約3年9か月と認められる。そして,国会は,上記を認識した以上,投票価値の不平等の是正方法について広範な裁量権を有しているが,立法機関として自ら速やかに是正をして既に生じている大きな不平等状態を解消させる責務を負うのであって,この裁量権を考慮するにしても,時期的,時間的な裁量の範囲にはおのずと制約があるというべきである。すなわち,国会の立法機関としての権限の根拠は,国民により正当に選挙された国会における代表者で構成されていることにあるから,その選挙の正当性は,国会の立法機関としての裁量権の基礎である。そして,国民の意思を適正に反映する選挙制度は民主政治の基盤であることからすると,選挙の正当性の保障は重要であり,是正が遅延して正当性に問題のある選挙により選出された国会における代表者が選出され続けること(是正の時期的・時間的問題)に関する国会の裁量権には,おのずと制約が存在するのである。
本件で問題となる人口移動による選挙区間の投票価値の較差の是正についていえば,前の選挙時において大きな不平等の是正を図ることが求められる状態に至っていたとすれば,人口移動に関する国勢調査の結果やその時期も踏まえ,次回の選挙時までには何らかの是正が求められ,次回の選挙時において定数配分規定に実効的な是正が施されていなかったとすれば,そのことを正当化する理由が必要になるものと考えられる。そうすると,上記の約3年9か月という期間は,参議院議員通常選挙が2度行われる期間であって,是正のための措置を講じる期間として短すぎるとはいえない。
確かに,ブロック案を採用するにせよ,合区案を採用するにせよ,検討すべき課題は少なくなく,特に合区案を採用する場合には,合区の対象となる選挙区選出の議員の利害等が関係することから,合意形成や議院の審議に相当な時間を要することは十分考えられる。しかし,上記(4)ウのとおり,国会の専門委員会においては,次回の通常選挙までに法改正を行うことを前提とした大まかな工程表を作成して,これに向けた検討作業を行っていた経緯があり,現にある程度具体的な案も示されていたのであるから,このような工程に基づいて,本件選挙時までに,抜本的な見直しをすることは困難であったとしても,より選挙区間の投票価値の較差を少なくする内容の法改正を行うことは可能であったように思われる。こうした工程表や検討作業にもかかわらず早期の結論を得ることが困難であるというなら,その具体的な理由と作業の現状を絶えず国民に対して明確に説明すべきであって,それが行われていた場合にはともかく,そのような主張立証のない本件においては,前記実効性のある是正ができなかったことを正当化する理由があると認めることはできない。
そうすると,本件改正により議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対4.77に縮小していること,前記第2の2(4),(7)のとおり,平成24年大法廷判決後本件選挙までの間に,国会において,平成28年の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しに向けた協議を行うことが確認され,同判決後選挙制度協議会において精力的に検討作業が行われていることを考慮してもなお,本件においては,憲法上要求される合理的期間内の是正は可能であったのに,これを行わなかったものと評価せざるを得ず,本件選挙時における本件定数配分規定は,憲法に違反するに至っていたものというべきである。
4 本件選挙の効力について
(1) 以上のように,本件定数配分規定は本件選挙当時全体として違憲であるが,これに基づいて行われた本件選挙の効力については更に考慮を要する。
議員定数配分規定の違憲を理由とする公職選挙法204条の規定に基づく訴訟においては,違憲の議員定数配分規定によって選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害,同選挙を無効とする判決の結果,議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなど憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合,その他諸般の事情を総合考察して,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して,選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである(昭和51年大法廷判決,昭和60年大法廷判決参照)。
(2) 原告らは,昭和51年大法廷判決等が採る上記の法理(事情判決の法理)は本来違憲無効とすべきものを無効としないという誤った法理であり,憲法98条1項の明文に違反する旨主張する。
憲法に違反する法律に基づいてされた行為の効力は否定されるべきものと考えられるが,これは,このように解することが,通常は憲法に違反する結果を防止し,又はこれを是正するために最も適切であることによるのであって,このような解釈によることが,必ずしも憲法違反の結果の防止又は是正に特に資するところがなく,かえって憲法上その他の関係において極めて不当な結果を生ずる場合には,むしろ上記の解釈を貫くことがかえって憲法の所期するところに反することとなるのである。よって,このような場合には,おのずから別個の,総合的な視野に立つ合理的な解釈を施さざるを得ないのであって,高次の法的見地から事情判決の法理を適用すべき場合があることは否定できない。
議員定数配分規定の違憲を理由とする公職選挙法204条の規定に基づく訴訟においては,当該選挙を無効とする判決をしても,直ちに再選挙施行の運びとなるわけではなく,憲法に適合する選挙を施行して違憲状態を是正するためには議員定数配分規定の改正という別途の立法手続を要するのが通常であるところ,選挙無効の判決によって得られる結果は,当該選挙区の選出議員がいなくなるというだけであって,真に憲法に適合する選挙が実現するためには,公職選挙法自体の改正に待たなければならないことに変わりがない。
原告らは,百歩譲って事情判決の法理が適用される場合がありうるという立場に立つとしても,本件選挙については,全国の全ての選挙区について本件と同様の選挙無効訴訟を提起しているから,これらの訴訟が上告審である最高裁判所で同一の機会に審理判断されることを前提にすると,定数配分規定が違憲であるとした場合に,上記の法改正が選挙を無効とされた一部の選挙区の選出議員を欠いた状態で行われるという不公平は生じないとして,本件訴訟の判決について事情判決の法理を適用すべきでないと主張する。
しかし,原告らが想定する事態(本件定数配分規定が違憲であるとして,本件選挙により当選した選挙区選出議員全員の当選が無効となる。)は,違憲状態を解消するための公職選挙法の改正を当該議員ら(選挙区選出議員の半数である73名)を欠いた状態で行わなければならないことや,直近の選挙での当選者が比例代表選出議員だけになることからして,正に憲法の予定しないものといわざるを得ない。原告らの主張は採用できない。
(3) そこで,上記(1)の判断基準に従い,本件選挙の効力を無効とするのが相当か否かについて検討する。
平成21年大法廷判決によって,参議院議員の選挙制度の構造的問題及びその仕組み自体の見直しの必要性が指摘され,同判決及び平成24年大法廷判決において,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨の勧告を受けたにもかかわらず,国会において都道府県を選挙区の単位とする仕組みの見直しを行わず,投票価値の不平等の是正が不十分なままに,本件選挙が施行されたことは,投票価値の平等が憲法上の要請であることに鑑み,看過することができない。
しかし,国会においては,上記の不平等状態を是正するについて合理的期間を経過したものといわざるを得ないものの,前記第2の2(2),(4)のとおり,各会派において選挙制度の改革に向けた検討が行われ,4増4減を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律の附則には,平成28年に行われる通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得る旨の規定が置かれるなど,上記各判決の判示に従って投票価値の不平等の解消に向けた一定の取組がみられる。そして,前記第2の2(7)のとおり,その取組は現在も引き続いて行われており,憲法の要求する投票価値の平等にかなった新しい参議院議員の選挙制度の仕組みの構築が期待できる。
その他,上記のとおり,4増4減を内容とする本件改正がされ,較差が1対4.77に縮小したことや,都道府県を選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを見直すには相応の時間を要し,検討すべき課題も少なくないことなど本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件は,前記の一般的な法の基本原則に従い,本件選挙が憲法に違反する定数配分規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示し,主文において本件選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当である。
第4結論
以上のとおり,原告らの請求は,本件選挙を違法とする主張については理由があるが,本件の諸般の事情を総合考慮すると,選挙自体はこれを無効としないこととするのが相当である。よって,事情判決の法理を適用して,本件各請求をいずれも棄却した上で,大阪府選挙区,京都府選挙区,兵庫県選挙区,滋賀県選挙区,奈良県選挙区及び和歌山県選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言することとし,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用して,全て被告らに負担させることとする。
(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 水谷美穂子 裁判官 和久田道雄)