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大阪高等裁判所 平成25年(行コ)128号 判決 2013年11月07日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、奈良県生駒市(以下「市」という。)が、生駒市市民自治推進会議設置要綱(以下「本件要綱」という。)に基づき生駒市市民自治推進会議(以下「本件推進会議」という。)を設置し、平成24年1月17日開催の同会議に出席した委員8名のうち学識委員3名に対し各1万4000円及びその余の委員に対し各5000円の報酬をそれぞれ支払ったことに関し、市に居住する被控訴人が、本件推進会議は、地方自治法(以下「法」という。)138条の4第3項本文所定の「附属機関」に該当するので、法律又は条例によって設置しなければならないにもかかわらず、これを法律又は条例によらずに要綱によって設置したから、その設置は違法であり、Aが市の支出権者として行った上記各報酬の支出も違法な支出になり、これによって市に上記各報酬の合計額に相当する6万7000円の損害が生じているので、Aに上記損害を賠償する義務があるなどと主張して、市の執行機関である控訴人に対し、法242条の2第1項4号本文に基づき、Aに6万7000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年5月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払の請求をすることを求める住民訴訟であり、これに対し、控訴人が、本件推進会議は法138条の4第3項本文所定の附属機関に該当せず、仮に附属機関に該当するとしても、専決を任された補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったことについて、Aに過失はないなどと主張して争う事案である。

原判決は、被控訴人の請求を全て認容したので、これを不服とする控訴人が控訴した。

2  争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張

争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決4頁3行目、17行目、同6頁5行目、8行目、同7頁5行目、7行目、17行目の各「相手方」をいずれも「A」と改める。

第3当裁判所の判断

1  認定事実、本件支出の違法性及び損害について

当裁判所も、本件推進会議は法138条の4第3項所定の附属機関に該当するから、本件推進会議の設置は法律又は条例に基づかない無効なものであり、本件支出も法律又は条例上の根拠のない違法な支出であると認められ、本件支出によって市から同会議に出席した委員に対し支払われた6万7000円について市に損害が生じているものと判断するが、その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 前提となる事実」、「2 本件支出の違法性について」及び「4 損害について」のとおりであるから、これを引用する。

2  Aの責任について

(1)  地方公共団体において、専決を任された補助職員が長の権限の属する財務会計上の行為を専決により処理した場合は、長は、上記職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により上記職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、当該地方公共団体に対し、上記職員がした財務会計上の違法行為により当該地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うと解するのが相当である(最高裁判所平成3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。

以下、この見地からAが損害賠償責任を負うか否かを検討する。

(2)  証拠(乙5の1~4、乙7、8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 社団法人地方制度調査会の調査によると、平成22年4月1日の時点において、調査に対し回答をした144市のうち137市(95.1%)が、法に基づき設置された附属機関以外の、要綱等により設置された附属機関に準じる機関を設置していた。なお、同様の別の調査では、144市のうち133市(92.4%)が、要綱等により設置された附属機関に準じる機関を設置していた。

イ 法138条の4第3項所定の附属機関が法律又は条例によらずに設置された場合に、そのための経費の支出の適法性について判断した最高裁判所の裁判例は存在しない。

ただし、下級裁判所の裁判例の中には、法138条の4第3項所定の附属機関を法律又は条例によらず要綱等により設置することは違法であり、その委員等に対し報償金等を支出することは違法であると判示するものが幾つかある(名古屋地方裁判所平成10年10月30日判決、さいたま地方裁判所平成14年1月30日判決、福岡地方裁判所平成14年9月24日判決、岡山地方裁判所平成20年10月30日判決、広島高等裁判所岡山支部平成21年6月4日判決など)。

ウ 法138条の4第3項所定の「附属機関」の解釈及び懇談会といった市民参加会議を要綱等により設置することの適法性に関しては、行政法学説も分かれているが、近時はこれを適法と解釈する説が有力になっていた(乙5の2)。

(3)  以上の事実によると、平成22年当時、多くの市において、法138条の4第3項所定の附属機関に相当すると考えられる機関が法律又は条例によらずに設置されていたことが認められ、行政実務上、それが違法であるとの認識は一般化されていなかったことがうかがわれる。そして、そのような機関の委員等に対する報償金等の支出の適法性に関する最高裁判所の裁判例は存在せず、これを違法とする下級裁判所の裁判例が確立していたとはいえないし、行政法学説においても、見解が分かれていたが、近時はこれを適法と解釈する説が有力になっていたことが認められる。

これらの事情に加えて、本件支出が少なくとも外形的には本件推進会議の委員の役務の提供に対する対価とみられるものであることにも照らすと、本件支出がされた当時において、Aが、その支出をすることが法138条の4第3項に反して違法・無効なものであり、これによって市に損害を加えることになるとの認識を持たなかったとしても、やむを得ない面があるといわなければならない。そうすると、Aには、補助職員が専決により行う財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、本件支出が行われたことにつき、故意はもとより、過失があったともいえない。

(4)  この点、引用に係る原判決の第3の1(3)のとおり、市監査委員は、本件支出の前提となる本件推進会議の第16回会議の開催よりも前に、本件推進会議を含む要綱によって設置された複数の組織について、条例による設置の検討を要するとして、勧告をしたことが認められる(甲20)。

しかし、上記勧告は、本件推進会議が法138条の4第3項所定の附属機関に当たるとまで判断したものではなく、飽くまで、本件推進会議を含む24の委員会等について、その設置目的、業務の実態等を精査し、附属機関として条例に基づいて設置すべきものとそうでないものとを整理した上で、適切な措置を講じることを検討するように勧告したものにすぎない。そうすると、上記勧告を受けたからといって、Aにおいて、直ちに本件推進会議が法138条の4第3項所定の附属機関に該当すると認識することは困難であったといわざるを得ない。

なお、付言するに、上記勧告の後に、市監査委員は、更に、本件推進会議は法138条の4第3項所定の附属機関に該当するので、本件推進会議を存続させるか否か検討し、存続させるとした場合には、条例に基づき附属機関として設置するなど、適切な措置を講じることを求める旨の勧告(本件勧告)を行い(甲2)、控訴人は、上記の各勧告の趣旨を踏まえ、本件推進会議を条例に基づく附属機関として設置すべく条例案を提案し、同案が可決されるに至っている(甲17、乙6の1、2)。

(5)  したがって、本件支出は違法であり、これにより市に損害が発生したものと認められるが、Aに故意又は過失は認められないので、Aに対する損害賠償の請求をすることを求める被控訴人の請求は理由がない。

3  結論

以上によれば、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 大澤晃 上野弦)

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