大阪高等裁判所 平成25年(行コ)13号 判決 2013年12月20日
控訴人
X1<他3名>
上記四名訴訟代理人弁護士
古賀大樹
同
多田慎
被控訴人
国
上記代表者法務大臣
A
処分行政庁
大阪入国管理局長 B
同
大阪入国管理局主任審査官 C
被控訴人指定代理人
大黒淳子<他9名>
主文
一 原判決を取り消す。
二 大阪入国管理局長が平成二二年三月一九日付けで控訴人X1に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく控訴人X1の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
三 大阪入国管理局主任審査官が平成二二年三月二四日付けで控訴人X1に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
四 大阪入国管理局長が平成二二年四月一四日付けで控訴人X2に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく控訴人X2の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
五 大阪入国管理局主任審査官が平成二二年五月二一日付けで控訴人X2に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
六 大阪入国管理局長が平成二二年四月一四日付けで控訴人X3に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく控訴人X3の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
七 大阪入国管理局主任審査官が平成二二年五月二一日付けで控訴人X3に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
八 大阪入国管理局長が平成二二年四月一四日付けで控訴人X4に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく控訴人X4の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
九 大阪入国管理局主任審査官が平成二二年五月二一日付けで控訴人X4に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
一〇 訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一 事案の要旨
(1) 本件は、ペルー共和国(以下「ペルー」という。)の国籍を有する外国人である控訴人らが、大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)入国審査官及び大阪入管特別審理官から、それぞれ、控訴人X1(以下「控訴人父」という。)及び控訴人X2(以下「控訴人母」といい、控訴人父と併せて「控訴人父母」という。)が出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)二四条四号ロに、控訴人X3(以下「控訴人二男」という。)及び控訴人X4(以下「控訴人長女」といい、控訴人二男と併せて「控訴人子ら」という。また控訴人母と控訴人子らを併せて「控訴人母ら」という。)が同条七号にそれぞれ該当し、かついずれも出国命令対象者に該当しない旨の各認定及び同認定に誤りがない旨の各判定を受けたため、入管法四九条一項に基づき法務大臣に対し異議の申出をしたところ、法務大臣の権限の委任を受けた大阪入管局長から、控訴人らの異議の申出はいずれも理由がない旨の各裁決(以下、控訴人らに対する個別の裁決を「本件裁決」、控訴人らに対する裁決を併せて「本件各裁決」という。)を受け、引き続き、大阪入管主任審査官から、それぞれ退去強制令書発付処分(以下、控訴人らに対する個別の退去強制令書発付処分を「本件退令処分」、控訴人らに対する退去強制令書発付処分を併せて「本件各退令処分」という。)を受けたため、これが違法であるとして、本件各裁決及び本件各退令処分の各取消しを求めた事案である。
(2) 原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却したので、控訴人らがこれを不服として控訴した。
二 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾の括弧内掲記の証拠等により容易に認められる。
(1) 控訴人らの身分事項等
ア 控訴人父は、一九六三年(昭和三八年)○月○日、ペルーで出生したペルー国籍を有する外国人である。
イ 控訴人母は、一九六五年(昭和四〇年)○月○日、ペルーで出生したペルー国籍を有する外国人である。
ウ 控訴人父母は、一九八八年(昭和六三年)一月二一日、ペルーにおいて婚姻した。
控訴人父母の間には、後記の控訴人子らのほか、ペルーに、長男D(一九九〇年(平成二年)○月○日生)(以下「長男」という。)がいる。
エ 控訴人二男は、二〇〇二年(平成一四年)○月○日、本邦において控訴人父母の間に生まれたペルー国籍を有する外国人である。
オ 控訴人長女は、二〇〇八年(平成二〇年)○月○日、本邦において控訴人父母の間に生まれたペルー国籍を有する外国人である。
(2) 控訴人らの入国・在留状況及び退去強制事由の存在
ア 控訴人父は、平成五年三月二一日、成田空港に到着し、東京入国管理局成田空港支局入国審査官から、在留資格を「短期滞在」、在留期間を「九〇日」とする上陸許可を受け、本邦に入国した。
その後、控訴人父は、在留資格の変更又は在留期間の更新許可を受けることなく、在留期限である同年六月一九日を超えて、引き続き本邦に在留しているから、入管法二四条四号ロ所定の退去強制事由に該当する。
イ 控訴人母は、平成七年一月二日、成田空港に到着し、東京入国管理局成田空港支局入国審査官から、在留資格を「短期滞在」、在留期間を「九〇日」とする上陸許可を受け、本邦に入国した。
その後、控訴人母は、在留資格の変更又は在留期間の更新許可を受けることなく、在留期限である同年四月二日を超えて、引き続き本邦に在留しているから、入管法二四条四号ロ所定の退去強制事由に該当する。
ウ 控訴人子らは、いずれも、上記(1)の出生後に入管法二二条の二所定の期間内に在留資格取得手続を行うことなく本邦に在留しているから、入管法二四条七号所定の退去強制事由に該当する。
(3) 本件各裁決及び本件各退令処分に至る経緯
ア 控訴人父について
(ア) 控訴人父は、平成一四年一月一一日に、岐阜県土岐郡a町で外国人登録手続を行った。
(イ) 大阪入管入国警備官は、平成二二年一月二七日、控訴人らの居宅を摘発し、控訴人らに対する違反調査を開始した。
(ウ) 大阪入管入国警備官は、上記違反調査の結果、平成二二年一月、控訴人父について入管法二四条四号ロ(在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に在留する者)(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして大阪入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同収容令書を執行し、控訴人父を大阪入管収容場に収容した。
大阪入管入国警備官は、同月二八日、控訴人父を入管法二四条四号ロに該当する容疑者として大阪入管入国審査官に引き渡した。
(エ) 大阪入管入国審査官は、控訴人父に対する違反審査を実施した結果、平成二二年二月四日、控訴人父が入管法二四条四号ロに該当し、かつ出国命令対象者に該当しない旨認定し、控訴人父にこれを通知したところ、控訴人父は、同日、口頭審理の請求をした。
(オ) 大阪入管特別審理官は、控訴人父に対する口頭審理を実施した結果、平成二二年三月一日、上記(エ)の認定には誤りがない旨判定し、控訴人父にこれを通知したところ、控訴人父は、同日、法務大臣に対し異議の申出をした。
(カ) 法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長(入管法六九条の二、同法施行規則六一条の二参照)は、平成二二年三月一九日、控訴人父の異議の申出には理由がない旨の裁決をし(本件裁決)(本件裁決当時、控訴人父は、満四六歳で、本邦在留期間は約一七年)、これを受けて、大阪入管主任審査官は、同月二四日、控訴人父に対しこれを告知するとともに、控訴人父に対し退去強制令書を発付した(本件退令処分)。
(キ) 控訴人父は、平成二二年三月二四日、上記退去強制令書に基づく執行を受けて引き続き大阪入管収容場に収容され、同年六月七日、大阪入管から入国者収容所西日本入国管理センター(以下「西日本センター」という。)へ移送収容された。
(ク) 控訴人父は、平成二二年一一月一日、仮放免許可を受けた。
イ 控訴人母らについて
(ア) 控訴人母は、平成一四年一月八日に、控訴人二男は、同年九月一三日に、いずれも岐阜県土岐郡a町で、控訴人長女は、平成二〇年九月一日に、岐阜県多治見市で、それぞれ外国人登録手続を行った。
(イ) 大阪入管入国警備官は、平成二二年二月二五日、上記ア(イ)の違反調査の結果、控訴人母については入管法二四条四号ロに、控訴人子らについては同条七号(入管法二二条の二第一項に規定する者で、同条三項において準用する二〇条三項本文の規定又は二二条の二第四項において準用する二二条二項の規定による許可を受けないで、二二条の二第一項に規定する期間を経過して本邦に在留する者)にそれぞれ該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、大阪入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同年三月一日、同収容令書を各執行した。
大阪入管入国警備官は、同日、控訴人母を入管法二四条四号ロに該当する容疑者として、控訴人子らを同条七号に該当する容疑者として、それぞれ大阪入管入国審査官に引き渡した。
(ウ) 控訴人母らは、平成二二年三月一日、それぞれ仮放免許可を受けた。
(エ) 大阪入管入国審査官は、違反審査を実施した結果、平成二二年三月八日、控訴人母が入管法二四条四号ロに、控訴人子らが同条七号にそれぞれ該当し、かついずれも出国命令対象者に該当しない旨各認定し、控訴人母にこれを通知したところ、控訴人母は、同日、控訴人母らについていずれも口頭審理の請求をした。
(オ) 大阪入管特別審理官は、平成二二年三月一九日、控訴人母らに対する口頭審理を実施した結果、上記(エ)の各認定には誤りがない旨各判定し、控訴人母にこれを通知したところ、控訴人母は、同日、控訴人母らについていずれも法務大臣に対し異議の申出をした。
(カ) 法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は、平成二二年四月一四日、控訴人母らの各異議の申出にはいずれも理由がない旨の各裁決をし(本件裁決)(本件裁決時、控訴人母は、満四五歳で、本邦在留期間は、約一五年三か月、控訴人二男は、満七歳七か月で、小学校二年生在学中、控訴人長女は、満一歳七か月)、これを受けて、大阪入管主任審査官は、同年五月二一日、控訴人母に対しこれらを告知するとともに、控訴人母らに対しそれぞれ退去強制令書を発付した(本件退令処分)。
(キ) 控訴人母らは、平成二二年四月一四日、仮放免許可を受けた。
(4) 本件訴訟の提起
控訴人らは、平成二二年九月八日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
三 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件各裁決の適法性(争点(1))
〔控訴人ら〕
ア 在留特別許可の付与に係る裁量権の範囲について
在留特別許可の付与に係る判断について、法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)が裁量権を有しているとしても、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)や児童の権利に関する条約(以下「児童権利条約」という。)、比例原則等に拘束され、これらと抵触しない限度において裁量権の行使が許されると解すべきである。
また、法務大臣等は、在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たり、法務省入国管理局策定の「在留特別許可に係るガイドライン」(平成一八年一〇月策定、平成二一年七月改訂)(以下「本件ガイドライン」という。)や上記諸条約の精神及びその趣旨を重要な要素として考慮すべきである。
そして、上記諸条約及び本件ガイドラインの精神やその趣旨を重要な要素として考慮するならば、本件において最優先かつ慎重に判断すべきは、控訴人二男に対する本件裁決の適法性であるとともに、控訴人らに対する在留特別許可の許否については、「控訴人二男」と「控訴人父母及び控訴人長女」を一体のものとして判断するのが相当である。
イ 控訴人二男について
(ア) 控訴人二男は、本邦に不法残留していた控訴人父母の子として本邦において出生し、そのまま日本にとどまることにより不法残留となったのであり、控訴人二男には不法残留について帰責事由が存在しない。また、控訴人父母は、控訴人二男出生後の平成一四年九月一三日に控訴人二男の出生届の提出をするとともに、外国人登録手続をした。
(イ) 控訴人二男は、日本で生まれ、幼少時から地元の保育園に通うなどしたことから、同世代の日本人の子どもと同程度の日本語能力を有し、日本の保育園及び小学校に通って、学業に励んでいるところ、小学校における成績も良好であり、また、日本の生活環境や学校生活にも適応して周囲との人間関係を構築するなど、控訴人二男の本邦への定着性は強い。そうであるのに、ペルーへ退去強制されることになれば、控訴人二男が習得した日本語や生活習慣、構築した周囲との人間関係等が無意味となる。
また、控訴人二男のスペイン語の能力は、家族間での簡単な会話は可能であるが読み書きはできないという程度であり、ペルーへ退去強制された場合に控訴人二男がペルーの環境に適応することは極めて困難である。
被控訴人は、本件裁決時に控訴人二男が七歳であったことを不当に重視し、可塑性があるなどという抽象的な議論に基づいて、控訴人二男が帰国により受ける心理的・物理的不利益を軽視するが、誤りである。控訴人二男は、将来にわたって日本で生活しながら教育を受けることを強く切望しており、平成二〇年一二月に控訴人らがペルーへの帰国を考えた際に体調を崩し、本件裁決後に帰国の話をした際には食事を拒絶しており、本件裁決後も控訴人二男が本邦において健全に成長を遂げ続けていることは、帰国により控訴人二男が受ける不利益が大きいことを裏付けている。
そして、本件ガイドラインにおいても、「当該外国人が、本邦の初等・中等教育機関(母国語による教育を行っている教育機関を除く。)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を監護及び養育していること」が在留特別許可の判断において特に考慮する積極要素とされている。
(ウ) 以上のとおり、控訴人二男は、不法残留について帰責事由がなく、本邦への定着性が強い一方、ペルーに帰国した場合に受ける不利益は極めて大きいのであって、控訴人二男に在留特別許可を付与しなかった判断は、本件ガイドラインの内容からも、裁量権の範囲を逸脱し、比例原則に違反した違法なものである。
ウ 控訴人父母について
(ア) 控訴人父は約一七年間、控訴人母は約一五年間にわたる本邦での生活において、不法滞在以外には何ら違法行為等をせず、家族の治療費や生活費を稼ぐために真面目に働いて生活し、控訴人母は平成一四年一月八日に、控訴人父は同月一一日に、いずれも控訴人二男に係る母子手帳を取得するためとはいえ、外国人登録手続を行っており、その後は市県民税等の納税も行ってきたのであって、控訴人父母の本邦における生活状況は悪質なものではない。なお、控訴人父母は、来日当時、在留期間が九〇日間に限定されるとともに就労が禁止されていること、それ以上の期間滞在をして就労するにはビザの更新が必要であることについての基本的知識を有していなかった。
また、控訴人父母は、本邦在留期間における生活を通じて日本語も上達し、地域社会に溶け込んで生活し、日本に対する定着度は非常に強い。
他方、ペルーでは三〇歳を過ぎると就職することが極めて困難となるところ、本件裁決当時四六歳であった控訴人父及び本件裁決当時四五歳であった控訴人母がペルーに帰国したとしても就職は極めて困難である上、現在長男及び控訴人母の両親等が居住している居宅や控訴人父母が所有する居宅に居住することも困難である。また、控訴人父母には不動産以外にめぼしい資産はなく、経済的支援を期待することができる親族等も存在しない。以上からすれば、控訴人父母がペルーに帰国した場合、最低限度の生活を営むことすら極めて困難である。
また本件裁決時における控訴人父の慢性腎不全(腎臓機能低下)の正確な進行状況は不明であるものの、本件裁決から約一年半しか経過していない平成二三年一二月時点において末期腎不全と診断されていることからすれば、本件裁決時においても、少なくとも何らかの原疾患の影響により腎臓機能の低下が進行しており、食事療法や投薬療法などを行わなければ早晩末期腎不全に至る状態であった蓋然性が高く、この点も考慮されるべきである。
そして、本件ガイドラインにおいても、「当該外国人が、本邦での滞在期間が長期間に及び、本邦への定着性が認められること」が在留特別許可の判断において考慮する積極要素とされている。
(イ) 本件裁決後、控訴人父は脳出血を患い、同時に末期腎不全と診断され、帰国することが困難な健康状態にある。
被控訴人は、ペルーにも人工透析治療を行う医療機関は存在し、控訴人父が人工透析治療を受けることは可能であると主張する。しかし、ペルーにおいては、公的病院の設備水準や医療水準は高いとはいえず、慢性腎不全に対する治療を適切に行い得る相応の設備水準と医療水準を兼ね備えているのは富裕層等を対象とする私立病院に限定されると考えられるところ、控訴人父は公的健康保険にすら加入しておらず、その資力に照らせば、控訴人父がペルーに帰国した場合、慢性腎不全に対する適切な治療を受けることは不可能である。
(ウ) また、前記(上記主張イ)のとおり、控訴人二男に対して在留特別許可が付与されるべきであるところ、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保すべきであること(児童権利条約九条一項)の重要性に鑑みれば、控訴人二男の親権者である控訴人父母にも在留特別許可を付与すべきである。
(エ) 以上のとおり、控訴人父母は、本邦への定着性が非常に強い一方、ペルーに帰国した場合に受ける不利益は極めて大きく、控訴人二男と控訴人父母とを分離することの不利益も大きいのであるから、これらの事情を考慮することなく行われた控訴人父母に対する本件各裁決は、いずれも法務大臣等の裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。
エ 控訴人長女について
控訴人長女は、本邦に不法残留していた控訴人父母の子として本邦において出生し、そのまま日本にとどまることにより不法残留となったのであり、控訴人二男と同様、控訴人長女には不法残留について帰責事由が存在しない。また、控訴人父母は、控訴人長女出生後の平成二〇年九月一日、控訴人長女の出生届を提出するとともに、外国人登録手続をした。
控訴人長女は日本の保育園に通って日本語を習得し、日本の生活環境に適応しており、本邦への定着性は非常に強いのであって、ペルーに帰国することとなれば、構築してきた生活環境や人間関係が無意味となる。そして、控訴人長女が生活習慣の変化に適応することは困難であるから、ペルーに帰国することによって控訴人長女が受ける不利益は極めて大きい。
さらに、前記(上記主張イウ)のとおり、控訴人父母及び控訴人二男について在留特別許可が付与されるべき状況にあったのであるから、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保すべきことの重要性に鑑み、控訴人長女にも在留特別許可を付与すべきであったというべきである。
以上のとおり、控訴人長女には在留特別許可を付与すべき状況が存在していたにもかかわらず、これらの事情を考慮せずに行われた控訴人長女に対する裁決は、法務大臣等の裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。
〔被控訴人〕
ア 在留特別許可の付与に係る裁量権の範囲について
在留特別許可の付与に関する法務大臣等の裁量の範囲は極めて広範なものであり、在留特別許可を付与するか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられているのであって、その結果、裁判所の審査の及ぶ範囲は極めて狭いものとなることからすれば、同裁量権の行使が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものとして違法となるのは、法律上当然に退去強制されるべき外国人について、なお我が国に在留することを認めなければならない積極的理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど、法務大臣等がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情があるなど、極めて例外的な場合に限られるというべきである。
控訴人らは、外国人の入国及び在留について法務大臣等が有する裁量権が、自由権規約及び自由権規約委員会の一般的意見に拘束されると主張するが、同主張は、国際慣習法上、国家が外国人を受け入れる義務を負わず、外国人を受け入れる場合の条件や退去の制度を自由に決定することができるとされているところと相容れない上、自由権規約は外国人が退去強制による制約に服することを当然の前提とし、退去強制の結果として家族離散等の状態が生じることも自由権規約は想定しており、自由権規約委員会の一般的意見にも締約国に対する法的拘束力はない。また、控訴人らは児童権利条約に基づく主張も行っているが、児童権利条約三条一項は、児童の最善の利益が「主として」考慮されると規定しており、児童の最善の利益もあらゆる場面において他の考慮事項に優越していると解釈することはできない。さらに、控訴人らは比例原則に基づいて主張を行っているが、比例原則は、ある行政行為により生じる不利益と達成される利益を比較衡量するとの概念ではなく、当該不利益が当該利益を上回った場合に直ちに当該行政行為が違法になるものでもない。
なお、本件ガイドラインは、在留特別許可の許否の判断に当たって考慮すべき当該外国人の個別的事情を、「積極要素」と「消極要素」に分けて類型的に分類し、「在留特別許可方向」で検討する例、「退去方向」で検討する例を一般的抽象的に例示したものであるが、在留特別許可を付与するか否かは、本件ガイドラインに例示された事情だけで判断されるものではなく、その意味で、本件ガイドラインは、在留特別許可に係る一義的、固定的な基準(裁量基準)とはいえない。
イ 控訴人父母について
(ア) 控訴人父母が入国の際に付与された在留資格「短期滞在」については本邦での就労活動が認められていないところ、控訴人父母は、当初から不法就労する目的を有しながらこれを秘し、虚偽の申請をして本邦に入国しており、このような入国の経緯・態様は、簡易な入国を可能にするという在留資格「短期滞在」の趣旨を悪用するものであって悪質であり、出入国管理行政上看過できない。
この点につき、控訴人父母は、入国時には就労資格がないことを認識していなかった旨主張し、本人尋問においてその旨供述するが、いずれも信用できない上、控訴人父母の供述を前提としたとしても、控訴人二男が出生した平成一四年○月には不法就労の違法性を認識し、その後八年間にわたって不法就労を継続したのであるから、在留状況が悪質であることに変わりはない。
(イ) 控訴人父は約一七年、控訴人母は約一五年の長期にわたって一貫して不法就労を行いながら不法在留状態を継続しているのであり、適正な出入国管理行政を長期間無視し続けてきたものであって、本邦の法秩序を乱すものとして非難されるべきである。このように、控訴人父母が長期間本邦に在留した事実は、在留特別許可の可否を判断するに当たっては、大きな消極的要素として評価されるべきであり、少なくとも控訴人父母に有利な事情として評価されるべきではない。
控訴人らは、長期間の在留は本件ガイドラインにおける積極要素であるから有利な事情として考慮すべきであると主張するが、本件ガイドラインも長期間にわたる滞在の事実が違法状態の長期間にわたる継続という面において消極的な評価を受けることを否定するものではない。また、外国人登録や納税を継続して行ったとしても、それらの義務の履行は法律上予定されていることであり、積極的要素として評価すべきではない上、控訴人父母が外国人登録を行った理由は控訴人二男の母子手帳取得の際に必要であるというにすぎず、この点を根拠として控訴人父母に遵法精神があると評価することはできない。
(ウ) さらに、控訴人父母は、不法就労を継続し、本邦で稼働して得た給与の一部を毎月ペルーに送金し、送金した金員によってペルーに居宅を建築しているのであって、不法就労によって多額の収入を得ていたものであるから、その違法性は高い。
ウ 控訴人二男について
(ア) 控訴人らは、控訴人二男には不法残留となったことについて帰責性がないと主張するが、控訴人二男が本邦で出生し、不法残留する状態でこれまで生育してきたのは、控訴人父母が不法残留を継続したことにより生じた結果であり、いわば違法状態の上に積み重ねられたものにすぎず、控訴人父母の法規範意識の欠如、利己的な判断により生じたものである。
また、控訴人二男は、ペルー国籍を持つ両親から生まれたペルー国籍を持つ外国人であり、ペルーに帰国したとしても、スペイン語で相当程度意思疎通ができることが窺われる上、外国人には在留の権利や引き続き本邦に在留することを要求する権利が保障されているものではなく、本邦で出生した外国人が本国へ帰国することは、本国で出生後に外国で一定期間生活を送った子女が本国に戻ることになることと何ら変わらないのであって、控訴人二男に限らず、ごく一般的に生じる現象にすぎないから、控訴人二男が本邦において生育してきたことは在留特別許可を認めるべき特別な事情とはいえない。
(イ) 控訴人父母は、ペルーの控訴人母の両親に送金を続け、ペルーに控訴人父名義の居宅と土地を所有し、長男とも連絡を取っているのであって、控訴人らと本国との関係は断絶しておらず、生活の本拠は確保されており、親族とのつながりも継続している。このような状況において、控訴人二男が本件裁決当時七歳という可塑性に富んだ年齢であることも考慮すれば、ペルーへの帰国後、安定的な環境の下で、スペイン語の習得やペルーの生活習慣、文化になじむことに対する援助を十分に得られることが見込まれる。控訴人二男の小学校における成績が優秀であることは、控訴人二男が環境の変化に対する十分な順応性や可塑性を有していることを推認させる。
(ウ) 以上によれば、控訴人二男には在留特別許可を認めるべき特別な事情があるとはいえない。
エ 控訴人長女について
控訴人長女は、本件裁決当時満一歳であったのであり、控訴人二男以上に十分な順応性や可塑性を有するといえるのであって、控訴人長女にも在留特別許可を認めるべき事情があるとはいえない。
オ 控訴人らが本国に帰国した場合の生活について
上記のとおり、控訴人らには、ペルーに生活の本拠が確保されている。また、控訴人父母は、ペルーで出生し、本国で教育を受けて成育したペルー国籍を有する外国人であって、本邦に入国するまで我が国とは何ら特別な関係を有していなかった者であり、十分な稼働能力を備えた成人である。そして、控訴人子らについても、両親である控訴人父母から監護養育を受け、親族から支援を受けることも期待できる。
控訴人父母は、本人尋問において、ペルーでの生活は困難である旨それぞれ供述するが、控訴人父は土地及び居宅を所有しているところ、同居宅に居住したり同居宅を売却したりするなど生活の手段はあるというべきである。
カ まとめ
以上からすれば、控訴人父母の在留状況は悪質であり、我が国の出入国管理行政上看過することができない一方、退去強制事由に該当する控訴人らについて、なお我が国での在留を認めなければならない積極的な事情はない。
したがって、本件各裁決において、大阪入管局長がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情は存在せず、本件各裁決が裁量権を逸脱又は濫用したものとして違法とされる余地はなく、本件各裁決はいずれも適法である。
(2) 本件各退令処分の適法性(争点(2))
〔控訴人ら〕
上記(1)で主張したとおり、本件各裁決は、いずれも裁量権を逸脱した違法なものであるから、本件各裁決を前提とする本件各退令処分はいずれも違法である。
〔被控訴人〕
退去強制手続においては、容疑者が退去強制対象者に該当するとの特別審理官の判定に容疑者が服したとき又は法務大臣から異議の申出は理由がない旨の裁決の通知を受けたときには、主任審査官は、当該容疑者に対する退去強制令書を発付しなければならないのであり(入管法四八条九項、四九条六項)、入国審査官の認定に容疑者が服したときも含め、主任審査官には、同手続において退去強制令書を発付するか否かに関する裁量の余地は全くない。
そして、上記(1)で主張したとおり、本件各裁決は適法であるから、本件各退令処分も適法である。
第三当裁判所の判断
一 本件各裁決の適法性(争点(1))について
(1) 法務大臣等の裁決に係る裁量権の範囲とその行使に関する違法性の判断の在り方
ア 法務大臣等の裁決に係る裁量権の範囲について
(ア) 国家は、国際慣習法上、国家主権の属性として、外国人を受け入れる義務を負うものではなく、外国人を自国内に受け入れるかどうか、またこれを受け入れる場合にいかなる条件を付するかの判断は、特別の条約等がない限り、当該国家が自由に決定することができるものと考えられる。また、我が国の憲法上も、外国人が入国する権利や、引き続き在留する権利を保障する規定は設けられていないことからすれば、上記国際慣習法とその考えを同じくするものと解される。したがって、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利又は引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解するのが相当である。
また、法務大臣が在留特別許可を付与するか否かの判断をするに当たっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲などの諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた的確な判断を行う必要があるところ、このような判断は事柄の性質上、出入国管理の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないものである。
以上に加え、入管法が、在留特別許可を付与するか否かの判断について法務大臣の判断を拘束するような判断基準を何ら定めていないこと、在留特別許可の付与は入管法二四条に定める退去強制事由に該当し、原則として退去強制されるべき者に対してされる措置であることなどを併せ考えれば、法務大臣は、在留特別許可の付与に関して、広範な裁量権を有するものと考えられる。このような法務大臣の裁量権の内容、特質に鑑みれば、法務大臣の在留特別許可を付与しないとの判断は、判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により、その判断が重要な事実の基礎を欠く場合や、事実に対する評価が明白に合理性を欠く等により、その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるような場合に限り、裁量権の範囲を超え又はその濫用があるものとして違法となるものというべきである。
そして、この理は、法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長による場合も同様である。
(イ) 本件ガイドラインについて
本件ガイドラインは、法務省入国管理局が在留特別許可の運用の透明性及び公平性を更に向上させることを指向して、平成一八年一〇月に策定し、平成二一年七月に改訂したものであるが、在留特別許可の許否の判断に当たって、考慮する事項として、以下のとおり記載されている。
a 積極要素
(a) 特に考慮する積極要素
ⅰ 当該外国人が、日本人の子又は特別永住者の子であること
ⅱ 当該外国人が、日本人又は特別永住者との間に出生した実子(嫡出子又は父から認知を受けた非嫡出子)を扶養している場合であって、次のいずれにも該当すること
① 当該実子が未成年かつ未婚であること
② 当該外国人が当該実子の親権を現に有していること
③ 当該外国人が当該実子を現に本邦において相当期間同居の上、監護及び養育していること
ⅲ 当該外国人が、日本人又は特別永住者と婚姻が法的に成立している場合(退去強制を免れるために、婚姻を偽装し、又は形式的な婚姻届を提出した場合を除く。)であって、次のいずれにも該当すること
① 夫婦として相当期間共同生活をし、相互に協力して扶助していること
② 夫婦の間に子がいるなど、婚姻が安定かつ成熟していること
ⅳ 当該外国人が、本邦の初等・中等教育機関(母国語による教育を行っている教育機関を除く。)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を監護及び養育していること
ⅴ 当該外国人が、難病等により本邦での治療を必要としていること、又はこのような治療を要する親族を看護することが必要と認められる者であること
(b) その他の積極要素
ⅰ 当該外国人が、不法滞在者であることを申告するため、自ら地方入国管理官署に出頭したこと
ⅱ 当該外国人が、別表第二(注・添付は省略、以下同様)に掲げる在留資格で在留している者と婚姻が法的に成立している場合であって、上記(a)のⅲの①及び②に該当すること
ⅲ 当該外国人が、別表第二に掲げる在留資格で在留している実子(嫡出子又は父から認知を受けた非嫡出子)を扶養している場合であって、前記(a)のⅱの①~③のいずれにも該当すること
ⅳ 当該外国人が、別表第二に掲げる在留資格で在留している者の扶養を受けている未成年・未婚の実子であること
ⅴ 当該外国人が、本邦での滞在期間が長期間に及び、本邦への定着性が認められること
ⅵ その他人道的配慮を必要とするなど特別な事情があること
b 消極要素
(a) 特に考慮する消極要素
ⅰ 重大犯罪により刑に処せられたことがあること
ⅱ 出入国管理行政の根幹にかかわる違反又は反社会性の高い違反をしていること
(b) その他の消極要素
ⅰ 船舶による密航、若しくは偽造旅券又は在留資格を偽装して不正に入国したこと
ⅱ 過去に退去強制手続を受けたことがあること
ⅲ その他の刑罰法令違反又はこれに準ずる素行不良が認められること
ⅳ その他在留状況に問題があること
例 犯罪組織の構成員であること
そして、本件ガイドラインは、上記の積極要素及び消極要素として掲げている事項について、それぞれ個別に評価し、考慮すべき程度を勘案した上、積極要素として考慮すべき事項が明らかに消極的要素として考慮すべき事情を上回る場合には、在留特別許可の方向で検討するとしている。
本件ガイドラインは、個々の事案ごとに、在留を希望する理由、家族状況、素行、内外の諸情勢、人道的な配慮の必要性、更には我が国における不法滞在者に与える影響等、諸般の事情を総合的に勘案して行うと明記しており、その性質上、法務大臣等の裁量権を一義的に拘束するものではない。しかしながら、本件ガイドラインは、在留特別許可に係る透明性及び公平性を高めるために公表されているものであるから、その公表の趣旨からしても、裁判所が法務大臣等の判断に裁量権の逸脱や濫用があるといえるか判断する際に、本件ガイドラインに積極要素・消極要素として記載されている事項は、重要な検討要素となるものである。
(2) 本件各裁決の適法性について
ア 認定事実
前記前提事実に加え、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 控訴人父母の本邦入国前の生活状況等
a 控訴人父は、一九六三年(昭和三八年)○月○日、ペルーにおいて、ペルー人の両親の間に生まれた。
控訴人父は、ペルーのリマの高校を中退した後、衣料品の製造工場で稼働し、月収約五〇〇〇円を得ていた。
b 控訴人母は、一九六五年(昭和四〇年)○月○日、ペルーにおいて、ペルー人の両親の間に生まれた。
控訴人母は、ペルーのリマの中学校を卒業後、貴金属販売業に従事し、月収約一〇〇〇円を得ていた。
c 控訴人父母は、一九八八年(昭和六三年)一月二一日、ペルーにおいて婚姻し、婚姻後は、リマ郊外のカントグランデにおいて生活していた。
d 一九八九年(平成元年)ころから、ペルーのリマでは、テロリストが町中を爆弾等で攻撃するという事件が頻発するようになり、控訴人父が勤務していた工場もその被害に遭い、控訴人父は失業した。
e 一九九〇年(平成二年)○月○日には、控訴人父母間に長男が生まれたため、一層生活費がかさむようになり、控訴人父母は困窮するようになった。
(イ) 控訴人父の入国及び入国後の生活状況
a 控訴人父は、一九九三年(平成五年)ころ、知人から日本に来れば職があるとして日本に来るように誘われた。
b そこで、控訴人父は、長男の教育費や家族の生活費を稼ぐため、日本で働くことを決意し、就労の目的で、平成五年三月二一日、在留資格「短期滞在」、在留期間「九〇日」とする上陸許可を受けて本邦に入国した。
c 控訴人父は、本邦入国後もなかなか就業先が見つからず、カトリック教会の神父らの支援を受けて生活していたが、平成五年一二月ころ、岐阜県土岐郡a町所在のb株式会社(以下「b社」という。)に就職し、同社の社宅に住み込んでタイルのプレス工として働くようになった。
控訴人父は、b社で月収として約一七万円の収入を得て、そのうち毎月八万円から九万円を、長男の養育費及び控訴人母の父母の治療費としてペルーに送金していた。
(ウ) 控訴人母の入国及び入国後の生活状況
a 控訴人父が日本に入国した後、控訴人母は、控訴人父から送金を受けながら、長男とともにペルーで生活していたが、平成六年ころに実父が心臓病を患い、病院での治療費の支払を余儀なくされ、控訴人父からの送金だけに頼って生活を続けていくことが困難になった。そのため、控訴人母は、長男の養育費及び実父の治療費等を稼ぐため、長男(当時四歳)をペルーに残して自分も日本に赴く決意をした。
b そして、控訴人母は、就労の目的で、平成七年一月二日、在留資格「短期滞在」、在留期間「九〇日」とする上陸許可を受けて本邦に入国した。
c 控訴人母は、入国後、b社の社宅で控訴人父と同居し、控訴人父とは別の工場でタイル工として稼働した。
控訴人父母は、二人合計で月に約三六万円の収入を得て、そのうち約一八万円を、長男の教育費や控訴人母の父の治療費等としてペルーに送金していた。
(エ) 控訴人らの在留状況
a 控訴人母は、控訴人二男の妊娠が判明し、母子手帳を作成するために必要であったことから、平成一四年一月八日、岐阜県土岐郡a町<以下省略>を居住地とし、世帯主を控訴人母とする外国人登録法三条一項に基づく新規登録をし、その後、平成一九年一月二二日までの間、転居の都度居住地の登録変更を行った。
控訴人父は、銀行口座を開設するために必要であったことから、平成一四年一月一一日、岐阜県土岐郡a町<以下省略>を居住地とし、世帯主を控訴人父とする外国人登録法三条一項に基づく新規登録をした。
b 控訴人二男は、平成一四年○月○日、控訴人父母の間に生まれ、控訴人母は、同月一三日、岐阜県土岐郡a町長に控訴人二男の出生を届け出るとともに、控訴人二男について、控訴人母の変更登録と併せて、岐阜県土岐郡a町<以下省略>を居住地とし、世帯主を控訴人父、世帯主との続柄を「子」とする外国人登録法三条一項に基づく新規登録をした。
控訴人二男は、生後八か月のころから住居地付近所在の保育園に通い、平成二一年四月にはc小学校に入学した。
c 平成二〇年○月○日、控訴人父母間に、控訴人長女が生まれた。
控訴人母は、同年九月一日、岐阜県多治見市長に控訴人長女の出生を届け出るとともに、控訴人長女について、当時の控訴人母の登録居住地である岐阜県多治見市a町<以下省略>を居住地とし、世帯主を控訴人母、世帯主との続柄を「子」とする外国人登録法三条一項に基づく新規登録をした。
控訴人長女は、出生後、d保育園に通園している。
d 控訴人母は、平成二〇年度の市民税・県民税として七万二〇〇〇円を納めるなど、平成一四年以降納税を行っていた。
e 控訴人父母は、上記のとおり、毎月約三六万円の収入を得て、そのうち約一八万円をペルーに送金していたものの、平成二〇年一二月、b社の工場が閉鎖されたため、控訴人父は失業し、その後はアルバイトをするなどして収入を得ていた。
控訴人父は、失業して収入が減少したため、入国管理局に出頭して、控訴人ら家族全員でペルーに帰国することを考えたものの、控訴人二男が帰国に強く反対し、食欲を失うなどストレスを訴えたことから、本邦への残留を継続した。
(オ) 控訴人らの摘発と本件各裁決及び本件各退令処分
a 大阪入管入国警備官は、平成二二年一月二七日、控訴人らの居宅を摘発した。
b 法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は、平成二二年三月一九日、控訴人父に対し本件裁決をし(本件裁決当時、控訴人父は、満四六歳で、本邦在留期間は約一七年)、これを受けて、大阪入管主任審査官は、同月二四日、控訴人父に対しこれを告知するとともに、控訴人父に対し本件退令処分をした。
c 法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は、平成二二年四月一四日、控訴人母らに本件裁決をし(本件裁決時、控訴人母は、満四五歳で、本邦在留期間は、約一五年三か月、控訴人二男は、満七歳七か月で、小学校二年生在学中、控訴人長女は、満一歳七か月)、これを受けて、大阪入管主任審査官は、同年五月二一日、控訴人母に対しこれらを告知するとともに、控訴人母らに対し本件退令処分をした。
(カ) その他の事情
a 控訴人父母は、ペルーで生まれ育っており、スペイン語について、会話も読み書きも問題なくできる。また控訴人父母は、長年、日本で生活し、稼働していたことから、日本語の会話は不自由なくでき、読み書きもある程度はできて日常生活に不便はない。
控訴人父母と控訴人二男との間の会話は日本語とスペイン語の双方が使用されており、控訴人二男はスペイン語の簡単な会話はできる。控訴人二男は、控訴人長女に対しても日本語で話しかけており、スペイン語の読み書きは全くできない。控訴人二男は、日本の保育園、小学校に通園、通学していることから、同世代の日本人と同程度の日本語能力を有しており、小学校における成績も良好である。
控訴人長女は、本件裁決当時、幼少のため、パパとママの二つの言葉しか話せなかった。
b 控訴人父は、ペルーに所有していた土地上に、日本から送金した金銭を用いて居宅を建築した。同居宅には、現在誰も居住していない。
c 長男、控訴人父の妹、控訴人母の父母及び兄弟は、現在ペルーで生活しており、大学生である長男は、控訴人母の父母の居宅で、控訴人母の父母らと同居している。
d 控訴人父は、退去強制手続においては、健康状態について、持病等なく健康である旨供述していた。
控訴人母は、平成二二年二月五日、土岐市立総合病院において子宮筋腫分娩の手術を受けた。
控訴人二男は、小学校の先生から右耳の聞こえが悪いと指摘され、病院での検査を勧められたことはあるが、生活に特に支障はない。控訴人長女の健康状態についても特に問題はない。
e 一〇〇名を超える日本人、在留外国人の友人等が、控訴人らにつき在留特別許可を与えるよう嘆願している。
(キ) 本件各裁決後の事情
a 控訴人母らは、平成二二年四月一四日、仮放免許可を受け、控訴人父は、本件訴訟提起後の同年一一月一日に仮放免許可を受けた。
b 控訴人父は、平成二三年一二月五日、脳出血を発症して岐阜県立多治見病院に入院し、入院後の精査にて末期腎不全であると診断された。控訴人父の慢性腎不全の症状は、同月二〇日、現在までの経過や原疾患は不明であるものの、画像上も腎萎縮が著明で、腎機能障害は不可逆的であり、今後生命維持のために終生透析が必要と思われると診断されている。
c 控訴人子らは、本件裁決後もそれぞれc小学校、d保育園に通っている。
イ 判断
(ア) 控訴人二男について
a 上記アの認定事実によれば、控訴人二男は、平成一四年○月○日に本邦で出生し、以後、控訴人父母に養育され、本件裁決当時、小学校二年に在学中であったこと、控訴人二男は、スペイン語の簡単な会話はできるものの、読み書きは全くできず、他方、同世代の日本人と同程度の日本語能力を有していること、控訴人二男は、出生後、本邦内での生活体験しかないこと、控訴人二男は、本邦における生活を強く希望しており、ペルーへの帰国の話を聞いただけで体調を崩したことが認められる。
上記事実によれば、控訴人二男が国籍国であるペルーで生活することになれば、その言語能力等に鑑みると、生活面及び学習面で大きな困難が生じることは明らかであり、精神面でも相当な打撃を受けるものと認められる。
そして、本件ガイドラインにおいて、「当該外国人が、本邦の初等・中等教育機関(母国語による教育を行っている教育機関を除く。)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を監護及び養育していること」が、在留特別許可の判断において特に考慮する積極要素として掲げられていることに照らすと、控訴人らに対し在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たっては、控訴人二男の上記事情を積極要素として特に考慮することが求められるというべきである。
なお、控訴人子らの年齢等を考えると、ペルーに、控訴人父母及び控訴人長女が控訴人二男と別れて帰国したり、控訴人父母のみが帰国したり、控訴人長女のみが帰国したりすることは、控訴人子らの福祉にかなうものとは認められないので、控訴人らに対する在留特別許可の許否については、控訴人らを一体のものとして判断するのが相当である。
b これに対し、被控訴人は、控訴人二男の年齢から環境の変化に対する十分な順応性や可塑性を有している旨主張している。
しかしながら、本件ガイドラインの前記記載からしても、初等教育機関(小学校)ではあっても、本邦に相当期間在住して本邦の教育機関に在学している児童の利益は重視するのが相当であって、小学校低学年であることから、安易に可塑性があるなどと判断するのは相当ではない。
しかも、前記のとおり、控訴人二男は、ペルーへの帰国の話を聞いただけで体調を崩しているのであるから、十分な順応性を有しているなどと即断できるものではない。
(イ) 控訴人父母について
前記認定事実のとおり、控訴人父母は、いずれも就労の目的で本邦への入国を決意し、「短期滞在」の在留資格で本邦に入国した後、在留資格の変更又は在留期間の更新許可を受けることなく不法残留となり、本件裁決がされるまで一五年以上にわたり不法就労を継続し、ペルーへの送金を行っている。そして、この点、本人尋問において、控訴人父は、不法残留及び不法就労に関して、母子手帳を作成する時点で指摘されるまで違法性の認識がなかったと供述し、控訴人母は、就労が禁止されていることは知らなかったと供述しているが、退去強制手続における控訴人父母の供述内容、入国の経緯、態様に照らせば、上記各供述は信用できるものではない。
しかしながら、他方で、控訴人父は、約一七年間、控訴人母は、約一五年間の長期間にわたり、それぞれ本邦に在留しており、その間、何らの犯罪行為も行わず、しかも違法あるいは本邦の社会秩序を乱すような職業に就いていたわけでもなく、また控訴人二男の出生前の平成一四年一月には自ら市町村に外国人登録もして、税金も支払うなど、完全に地元に定着した生活をしていたのであって、住居所を転々とするような逃亡生活を送っていたわけでもない。
本件ガイドラインにおいて、「当該外国人が、本邦での滞在期間が長期間に及び、本邦への定着性が認められること」が在留特別許可の判断において考慮するその他の積極要素とされており、控訴人父母の本件裁決時における在留状況は、積極要素として考慮するのが相当である。
この点、被控訴人は、控訴人父母が不法就労目的を秘し、虚偽の申請をして本邦に入国したという入国の経緯・態様は悪質であり、長期間にわたって不法就労を行いながら不法在留状態を継続してきたことは、大きな消極要素として評価されるべきであると主張する。しかしながら、本件ガイドラインにおいて「出入国管理行政の根幹にかかわる違反又は反社会性の高い違反をしていること」が特に考慮する消極要素として挙げられているところ、これに該当する例として記載されているのは、「不法就労助長罪、集団密航に係る罪、旅券等の不正受交付等の罪などにより刑に処せられたことがあること、不法・偽装滞在の助長に関する罪により刑に処せられたことがあること、自ら売春を行い、あるいは他人に売春を行わせる等、本邦の社会秩序を著しく乱す行為を行ったことがあること、人身取引等、人権を著しく侵害する行為を行ったことがあること」であり、控訴人父母の入国の経緯・態様やその後の本邦における生活の状況は、これらの例示に照らして、上記の消極要素に該当しないことは明らかである。また、在留特別許可の制度は、退去強制事由に該当する外国人に特別に在留許可を付与する制度であり、控訴人父母と同様に入管法二四条四号ロの退去強制事由(在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に在留する者)に該当し、相当期間不法就労・不法在留を継続としている外国人も同制度の適用対象者として想定されていると考えられる。そのような在留特別許可の制度について定められた本件ガイドラインにおいて、「当該外国人が、本邦での滞在期間が長期間に及び、本邦への定着性が認められること」が在留特別許可の許否の判断に当たって考慮する積極要素として定められていることに鑑みると、他に格別考慮すべき消極要素もないのに、不法就労・不法在留の期間が長期間に及ぶことのみを捉えて大きな消極要素として考慮することは、本件ガイドラインにおいても予定されていないものであり、在留特別許可の判断において基礎となる事実の評価を誤るものというべきである。
また、前記のとおり、本件ガイドラインにおいて、「当該外国人が、本邦の初等・中等教育機関(母国語による教育を行っている教育機関を除く。)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を監護及び養育していること」が在留特別許可の判断において特に考慮する積極要素として掲げられていることに照らすと、控訴人父母に関しても、上記事情を積極要素として特に考慮することが求められるというべきである。
(ウ) 控訴人長女について
前記認定事実のとおり、控訴人長女は、控訴人二男と同様に、平成二〇年○月○日に本邦で出生し、これまで本邦で控訴人父母とともに生活しているのであって、控訴人長女に関しても、本件ガイドラインの消極要素は何ら認められない。
(エ) 総合的判断
以上のとおり、控訴人二男は、本邦で出生し、国籍国であるペルーに入国したことはなく、本件裁決時に小学校二年に在学していたこと、控訴人父母は、長期間にわたり本邦に在留しており、我が国への定着性が認められること、控訴人父母には、我が国における犯罪歴や出入国管理行政の根幹にかかわる違反又は反社会性の高い違反はなく、その他入国・在留状況等にも大きな問題はないこと、控訴人子らの年齢等からすると、控訴人父母と控訴人子らを別々に処遇するのは相当ではないことなどを総合的に考慮すれば、本件ガイドラインから窺われる考慮要素からして、控訴人らについては在留特別許可を与えるべき積極要素のみしか見当たらないから、在留特別許可を与えることが相当であると判断されるべきであり、控訴人らに対し在留特別許可を付与しないとした処分行政庁である大阪入管局長の判断は、その裁量権が広範なものであることを考慮したとしても、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものといわなければならない。
そうすると、本件各裁決は、処分行政庁である大阪入管局長がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして、違法であるというべきである。
二 本件各退令処分の適法性(争点(2))について
本件各退令処分は、処分行政庁である大阪入管局長から本件各裁決をした旨の通知を受けた処分行政庁である大阪入管主任審査官が、入管法四九条六項に基づいてしたものであるところ、上記のとおり、本件各裁決は違法と認められるから、これを前提としてされた本件各退令処分も違法であると認められる。
三 結論
以上によれば、控訴人らの本件各裁決及び本件各退令処分の取消請求はいずれも理由があるから、これを認容すべきであり、これを棄却した原判決は相当ではない。
よって、原判決を取り消して、本件各裁決及び本件各退令処分を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 神山隆一 内山梨枝子)