大阪高等裁判所 平成25年(行コ)146号 判決 2014年4月25日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 処分行政庁は、葛城市に対し、原判決別紙物件目録記載の土地を含む、原判決別紙計画図の赤線で囲まれた部分の土地において、一般廃棄物処理施設を建設することに関して、自然公園法20条3項に基づく許可をしてはならない。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要等
1 事案の概要及び訴訟の経緯
本件は、奈良県葛城市(以下「市」という。)c
に居住する控訴人らが、被控訴人の知事である行政処分庁において、市に対し、a公園の第2種特別地域(以下「本件特別地域」という。)内にある原判決別紙計画図の赤線で囲まれた部分の土地(以下「本件予定地」という。)における一般廃棄物処理施設(eセンター。以下「本件施設」という。)の建設に係る自然公園法20条3項に基づく許可(以下、この許可を一般的に「20条許可」といい、本件で差止めが求められている20条許可を「本件許可」という。)をすることの差止めを求める事案である。
原審は、処分行政庁が本件許可をするとの蓋然性(行政事件訴訟法〔以下「行訴法」という。〕3条7項)があるとはいえないし、本件許可によって「重大な損害を生ずるおそれ」(同法37条の4第1項)があるともいえず、さらに、控訴人らが主張する損害はこれを「避けるため他に適当な方法がある」(同条同項ただし書)として、訴えを却下したため、控訴人らが本件控訴をした。
2 前提事実
前提事実(争いのない事実、後掲の証拠〔引用に係る原判決掲記のもの〕及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2(3頁8行目から4頁22行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 3頁14行目の「地区」を「葛城市c(以下「c地区」という。)」に改め、15行目の「隣接して」を「隣接する」と、19行目の「14~16」を「14、16、55」とそれぞれ改める。
(2) 3頁20行目の「本件予定地付近」を「本件予定地の一部」と改める。
(3) 4頁4行目から16行目までを以下のとおり改める。
「(4) 市は、本件施設の建設のため、①平成23年6月27日、工作物(本件施設への進入道路〔廃棄物の搬入路〕)の新築について、②平成25年10月8日、土石の採取(土質調査)について、それぞれ20条許可の申請をし、行政処分庁は、①につき平成23年7月21日、②につき平成25年10月21日、それぞれ20条許可をした。(争いのない事実、甲4、5、20、55)」
(4) 4頁19行目から22行目までを以下のとおり改める。
「(6) 市は、平成25年12月5日、本件施設の建設のため、工作物(擁壁)の新築(本件予定地の造成工事)につき20条許可の申請をした。
(7) 市は、上記20条許可の申請書類(甲55。以下「造成工事許可申請書類」という。)に記載された計画にほぼ沿った内容の本件施設の建設について、平成26年4月頃、20条許可を申請する予定である。(甲55、弁論の全趣旨)」
3 争点及び争点に関する当事者の主張
争点及び争点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
なお、原審での本案前の争点のうち、紛争の成熟性については、当審において、被控訴人が、前提事実(7)のとおり、市が平成26年4月頃に本件施設の建設に関する20条許可(本件許可)の申請することを予定しており、既にその概要が明らかになったとして従前の主張を撤回した。
(1) 原告適格(本案前の争点1)
【控訴人らの主張】
ア 原告適格が認められるためには、①当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのあることが必要であり、②当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たる(最高裁判所平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁〔以下「平成17年判例」という。〕参照)。
イ 控訴人らは、本件許可によって、良好な景観の恵沢を日常的に享受する利益(以下「景観利益」という。)を侵害されるおそれがある(上記①)。
(ア) すなわち、良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する景観利益は法律上保護に値する(最高裁判所平成17年(受)第364号同18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号948頁〔以下「平成18年判例」という。〕参照)。
本件予定地を含むc地区は、自然の景観という観点からしても、歴史的・文化的な景観という観点からしても、特に優れている。すなわち、本件予定地と控訴人らの居住地区の間に所在する飛鳥時代創建のg寺は、古代の三重塔が東西一対で残る全国で唯一の寺として知られており、その両塔や本堂は国宝に指定され、白鳳様式・天平様式の大伽藍等の白鳳美術を現在に伝えているところ、c地区からはg寺の東西両塔越しに金剛山から葛城山、二上山に連なっていく山並みを一望することができる。また、c地区に南接する本件予定地を含むh地区には最古の官道(国道)である大阪と奈良を結んだi街道があり、江戸時代には宿場町として栄え、その景観は松尾芭蕉や小林一茶が句に詠んだほか、司馬遼太郎の「街道をゆく」でも紹介されている。これらの景観は、平成19年には「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれ、最近ではJR東海のキャンペーンの対象地域になっている。市が造成している搬入路は、歴史的には、i街道からg寺へ向かう古道の一部であり、市によってハイキングコースに指定されており、いにしえからの歴史の面影を残すルートとなっている。
そして、控訴人らは、いずれも、c地区の中でも、近鉄大阪線j駅からg寺仁王堂を結ぶ参道に面し、あるいは近接した場所に住んでおり、南河内方面へ出掛ける際には、g寺参道付近から瓦堂池の東を経て国道165号線に抜けるルートを頻繁に通行している。また、控訴人X1は、本件予定地に隣接する土地を所有しており、同控訴人及び控訴人X2は、本件予定地付近に山林を所有している。
したがって、控訴人らが上記の良好な景観の恵沢を日常的に享受していることは明らかである。
なお、控訴人らの自宅付近から本件施設の建屋や煙突を直接目視することができなかったとしても、上記の良好な景観に近接する地域(具体的には、c地区及びこれに南接するh地区)に現実に居住している者であれば、その客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有し、やはり良好な景観の恵沢を享受する利益を有しているといえる。
さらに、本件においては、控訴人らの景観利益について、視覚的な「景観」だけでなく、それ以外の感覚器によって感受できる要素(例えば、周囲の静寂さ、静謐さ、川のせせらぎや野鳥のさえずりといった自然が発する音、木々が醸し出す自然の香り、清浄、清涼な空気といったもの)も含めた意味で理解されなければならない(以下、そのような要素を含めた利益を「自然利益」という。)。
(イ) 本件施設は、その建物の規模が巨大で、40mもの高さの煙突を備えており、イメージ図をみても、周囲とは明らかに異質なものであって、景観を大きく損ねるものであることは明らかである。
さらに、本件施設の稼働が始まれば、ごみ収集車その他多数の車両が毎日のように本件施設を目指して集まってくる結果、周囲には、車両の通行による騒音とトラックの排気ガスがまき散らされたり、収集してきた廃棄物の一部が路肩に落下したりすることになる。また、本件施設から一定の臭気が漏れることは避けられないし、焼却によって一定の排煙も生じ、「静寂」「静謐」「清浄な空気」とは逆の状況が現出されることになる。
そもそも、本件施設のような一般廃棄物処理施設の建設については、「自然公園法の行為の許可基準の細部解釈及び運用方法について」(平成12年8月7日環境庁自然保護局長通知〔改正平成22年4月1日〕の別添のもの。以下「細部解釈・運用方法」という。甲6)や「国立・国定公園内における廃棄物処理施設の取扱いについて」(平成6年4月1日環境庁自然保護局計画課長・国立公園課長連名通知〔改正平成22年4月1日〕。以下「廃棄物処理施設取扱い通知」という。)において、「施設の設置及び廃棄物の運搬等の関連する行為により、騒音等を継続的に発生する」などとして、「申請に係る場所又はその周辺の風致又は景観の維持に著しい支障を及ぼす特別な事由があると認められるものでないこと」(自然公園法施行規則11条36項2号)との20条許可基準を原則として満たさないと解釈されている。
(ウ) 以上のとおり、本件許可がされて本件施設が建設・稼働されると、控訴人らの自然利益が必然的に侵害されるおそれがある。
ウ 20条許可を定めた自然公園法は、目的を共通にする景観法の趣旨、目的等を斟酌した場合、景観利益(自然利益)を個々人の個別的法益としても保護する趣旨を含んでいる(上記ア②)。
(ア) すなわち、自然公園法は、「優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与すること」を目的とするところ(同法1条)、ここにいう「風景地」には、当該地点や地域の景観を含むことは明らかである。そして、景観法は、「我が国の都市、農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため、景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより、美しく風格のある国土の形成、潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り、もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与すること」を目的とするところ(同法1条)、「良好な景観は、地域の自然、歴史、文化等と人々の生活、経済活動等との調和により形成されるもの」(同法2条2項)であり、その対象は、都市、農山漁村、自然公園区域等に及ぶ。
したがって、自然公園法と景観法は、広義の景観を保護することを目的とする点において共通している。
(イ) そして、自然公園法は、国立公園又は国定公園(以下「国立公園等」という。)の自然の風景地の保護のため必要があると認めるときは、当該公園の区域内の土地所有者等と協定を締結し、自然の風景地の管理を行うことができる旨の風景地保護に関する規定(同法43~48条)を定めている(控訴人X1と控訴人X2は、本件国定公園内に土地を所有しており、風景地保護協定を締結する資格を有している。)。また、景観法は、景観計画を策定するに当たって住民に対する公聴会の開催等を義務付けたり(同法9条1項)、景観計画にかかる住民等提案制度を定めたり(同法11条)している。
したがって、自然公園法が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むことは、明らかである。
(ウ) 自然公園法の目的には、景観そのもののみならず、「国民の保健、休養及び教化」や「生物の多様性の確保」も含まれること、同法37条1項が、国立公園等の特別地域等において、その利用者に著しく不快の念を起こさせるような方法で、ごみその他の汚物又は廃物を捨て、又は放置すること(1号)や、著しく悪臭を発散させ、拡声機、ラジオ等により著しく騒音を発し、展望所、休憩所等をほしいままに占拠し、嫌悪の情を催させるような仕方で客引きをし、その他国立公園等の利用者に著しく迷惑をかけること(2号)を禁止し、罰則(同法86条9号、10号、87条)まで設けていること、更には前記の細部解釈・運用方法や廃棄物処理施設取扱い通知の解釈に照らしても、同法は、視覚的な要素(景観)のみならず、それ以外の要素(自然利益)も保護の対象に含めているといえる。
エ 以上のほか、①控訴人らを含む地域住民は、d1センター(以下「旧施設」という。)の設置・稼働によって、旧c町時代から30年以上にわたって景観破壊を感受させられており、本件施設が建設・稼働されれば、更に30年以上もこれが継続することになること、②市は、地域住民(地元自治会)との間で、一般廃棄物処理場の稼働に関して長年にわたって協定を締結しており、本件施設の建設を進める過程でも、地域住民に対し、説明会を開催していること、③行政処分庁は、本件許可の申請に際して、本件予定地周辺の見取図その他の資料の添付を要求していること、④行訴法は平成16年に原告適格を広く認めることを企図して改正されており、処分の根拠法令と目的を共通にする関連法令を緩やかにとらえ、あるいは法の趣旨自体を広くとらえることで、原告適格について柔軟な解釈をすべきであることからすると、本件訴えについて、控訴人らには原告適格が認められる。
【被控訴人の主張】
ア 上記【控訴人らの主張】アの一般論は認めるが、それを前提としても、控訴人らには原告適格は認められない。
イ(ア) 控訴人らが日常生活を営んでいる区域から見える景観が、控訴人らにとって一定の利益と呼べるものであることまでを否定するものではないが、控訴人らが時たま本件施設の近くを訪れることによってはじめて視認しうるような景観上の利益は、自然公園法が諸種の規制を行っていることから反射的に生じている国民一般の反射的利益と同質のものにすぎない。そして、控訴人らの自宅からはもとより、控訴人らが日常生活を営んでいる区域からも、本件施設の建屋及び煙突は全く目視できない。
本件施設は、旧施設の規模より高さ等が押さえられているし、国定公園特別地域内にある他の一般廃棄物処理施設と比較しても、水平投影面積、煙突の高さ等が小規模であり、一般廃棄物処理施設として巨大とはいえない。また、周囲に溶け込む焦げ茶系統の色が使われ、屋根も曲線状にするなど落ち着いた形状となっていて、旧施設の外観と比較すると、景観への支障を軽減するための措置も講じられている。
(イ) 自然公園法が、控訴人らの主張する本件施設周辺の静寂さや清浄な空気等を控訴人ら個人の個別的利益として保護しているとは到底解されない。
控訴人らが列挙する損害が日常生活において受忍限度を超えるものであることも主張・立証がない。本件施設には最新技術の防臭、排ガス対策が採用され、臭気や排煙についても、従前より環境に負荷を与えない施設となっている。また、ごみの搬入路については、瓦堂池西側を通る道路が新設されたため、事業系のごみ搬入車はc地区を通る従来の搬入路を通行せず、c地区以北の一般家庭ごみ収集車しか従来の搬入路を通行しないことになるので、排ガスや騒音等による影響は従前より低減される。市の環境影響調査によれば、本件施設の建設及び稼働に伴って生じる大気中の物質、騒音、振動、悪臭といった環境要因は、いずれも法令の基準を満たしている。
ウ 自然公園法は、優れた自然の風景地を保護するための法律であり、都市及び農山漁村等における景観の形成を促進するための景観法と目的を異にする。
自然公園法は、自然の風景地の保護や利用増進によって、国民の保健、休養及び教化と生物の多様性の確保といった典型的な一般的公益を追及することを目的としたものであり、同法中に、景観利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨の規定は存在しない。
エ 本件許可の申請に当たり本件予定地周辺の見取図等が要求されているのは、申請地の正確な地域区分を確認するほか、植生等自然の状況、地形の特徴を知り、主要な展望地から展望するのに著しい支障にならないか、緑地対策が必要かなどを審査するためであり、地元住民の個別的利益まで保護するためではない。
(2) 重大な損害を生ずるおそれ、補充性の有無(本案前の争点2)
【控訴人らの主張】
仮に行政処分庁が本件許可をした場合、市が脱兎のごとく本件施設の建設工事にかかることは火を見るよりも明らかであり、その場合、本件の争点は多数に及んでいるから、取消の訴えを提起した上で執行停止の申立てをしたとしても直ちに執行停止の判断がされるとは考え難い。そして、本件施設の完成後ではその復旧も容易ではない(事実上不可能である)こと、景観利益はその性質上一度損なわれると金銭賠償によって回復することは困難であることからすると、本件許可がされることによって、重大な損害を生ずるおそれがある。
いったん建設工事が着工されてしまうと、仮にそれが途中で停止されたり、中止されたりしても、市は、工事停止期間中の経費や出来高に応じた代金、建設中の建屋等の解体撤去費用、工事受注者に対する違約金等を負担しなければならず、そのような莫大な経済的負担が発生することも考慮しなければならない。
【被控訴人の主張】
控訴人は、本件許可がされれば、市が脱兎のごとく工事にかかると主張するが、それを裏付ける客観的証拠はない。本件許可がされたとしても、本件施設の建設に着工するためには建築基準法上の建築確認等の手続を経る必要がある上、着工後も、その完成及び稼働までには相当長期の期間を要するから、控訴人らは、本件許可がされた後、その取消訴訟を提起するとともに執行停止の決定を受ける等の方法によって、本件施設の建設工事を差し止めることが可能である。
また、本件施設の完成後ではその復旧が事実上不可能であるという控訴人らの主張は根拠を欠くし、着工後に停止又は中止されても、市が工事の出来高に応じた代金や違約金等を負担することになるという主張は、訴訟要件とは関係がない。
(3) 20条許可の要件充足性(本案の争点)
【控訴人らの主張】
本件施設は、旧施設を超える規模を有しているから、その建設は同センターの建替えには当たらないし、旧施設は取り壊されているから、本件施設はその増築であるともいえない。
一般廃棄物処理施設である本件施設は、本件許可基準の1つである自然公園法施行規則11条36項2号(申請に係る場所又はその周辺の風致又は景観の維持に著しい支障を及ぼす特別な事由があると認められるものでないこと)の要件を満たさないから、その規模や内容にかかわらず、本件特別地域内における建設は認められない。
仮にそうでないとしても、市が計画している本件施設の規模や内容からすると、同規則11条6項の要件を満たしていない。
したがって、行政処分庁が本件許可をすることは違法である。
【被控訴人の主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1 原告適格(本案前の争点1)について
(1) 行訴法の差止請求の原告適格は、これを求めるにつき法律上の利益を有する者に認められるところ(同法37条の4第3項)、「法律上の利益を有する」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのあることをいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たるというべきである(平成17年判例参照)。
そして、処分の相手方以外の者が上記「法律上の利益を有する」か否かを判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきである(行訴法37条の4第4項が準用する同法9条2項)。
(2)ア 自然公園法は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的とし(1条)、我が国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であって環境大臣が指定するものを「国立公園」、これに準ずる優れた自然の風景地であって環境大臣が指定するものを「国定公園」、優れた自然の風景地であって都道府県が指定するものを「都道府県立自然公園」とそれぞれ定め(2条2ないし4号)、国、地方公共団体、事業者及びそれらの公園(自然公園。2条1号)の利用者は、優れた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において努めなければならないとし(3条1項)、その適用に当たっては、関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の保全及び開発その他の公益との調整に留意しなければならない(4条、自然環境保全法3条)としている。
20条許可に関する自然公園法及び同法施行規則の規定をみると、まず、同法は、環境大臣は国立公園に関し、都道府県知事は国定公園に関し(以下同じ。以下、環境大臣と都道府県知事を併せて「環境大臣等」という。)、その風致を維持するため、国立公園等の区域内に特別地域を指定することができ(20条1項)、特別地域内においては、環境大臣等の20条許可を受けなければ、「工作物の新築、改築又は増築」(20条3項1号)等の20条3項各号に掲げる行為(以下「20条行為」という。)をしてはならず(20条3項)、環境大臣等は、環境省令で定める基準(以下「20条許可基準」という。)に適合するものでなければ20条許可をしてはならないと定めている(20条4項)。そして、20条行為として、「広告物その他これに類する物を掲出し、若しくは設置し、又は広告その他これに類するものを工作物等に表示すること」(20条3項7号)、「屋外において土石その他の環境大臣が指定する物を集積すること」(同項8号)、「屋根、壁面、塀、橋、鉄塔、送水管その他これらに類するものの色彩を変更すること」(同項15号)等を挙げ、20条許可の申請に当たっては、申請書に「行為地及びその付近の状況を明らかにした縮尺5千分の1以上の概況図及び天然色写真」を添付することを求め(自然公園法施行規則10条2項2号)、また、20条許可基準として、個別の20条行為ごとに相当具体的な基準を定める(同規則11条1ないし35項)ほか、すべての20条行為を対象とする包括的基準として「申請に係る地域の自然的、社会経済的条件から判断して、当該行為による風致又は景観の維持上の支障を軽減するため必要な措置が講じられていると認められるものであること」(同条36項1号)や「申請に係る場所又はその周辺の風致又は景観の維持に著しい支障を及ぼす特別な事由があると認められるものでないこと」(同項2号)を定めている。
イ これらの自然公園法及び同法施行規則の規定からすれば、同法が、国立公園等、特にそのうちの特別地域の自然の風致や景観を保護することをその趣旨及び目的の一つとしていることは明らかであり、控訴人らが「自然利益」と呼ぶ自然環境に起因する音、香り、清浄な空気等は、ここにいう「自然の風致」に含まれると解するのが相当である。また、自然景観の価値を当該地域の歴史的、文化的な要素と切り離して考慮することが困難である場合もあることからすると、同法が保護の対象とする自然の風致や景観には、純粋な自然環境のみならず、それと当該地域における歴史的、文化的な風致景観とが相まって優れた風致景観を構成している場合のそれらも含まれると解するのが相当である(平成15年5月28日環境省自然環境局長通知「「国立公園の公園計画作成要領」等の改正について」〔改正平成16年9月14日〕には、国立公園における特別地域の選定要件の一例として、「社寺、史跡、霊場、伝説地、伝統的又は風土的建築様式をそなえた集落地等の文化景観が、周囲の自然と相まって特徴ある景観を呈している地域」が挙げられている。以下、そのような歴史的、文化的な風致や景観を含めて「自然の風致景観」という。)。
また、自然公園法の定める20条許可の制度は、一般的に自然の風致景観はその性質上いったん害されるとその回復が不可能ないし著しく困難であることに鑑み、類型的にこれを害すると考えられる20条行為について、20条許可基準を満たさないものを禁止する一方、関係者の所有権、鉱業権その他の財産権や国土の保全及び開発等の公益との調整の観点から、20条許可基準を満たす行為に限って許容することをその目的及び趣旨とするものと解される。
ウ 上記のとおり自然公園法が保護の対象とする国立公園等の特別地域(以下、単に「特別地域」という。)の優れた自然の風致景観の恵沢を享受する利益(以下「自然風致景観利益」という。)については、その帰属主体をあえて特定するとしても、国立公園等の利用者という程度のことがいえるだけであるし、通常その侵害は個人の生命、身体の安全や健康、財産を脅かすものではないから、その性質上、基本的には公益に属し、法令に手掛かりとなることが明らかな規定がないにもかかわらず、当然に、法がこれを周辺住民等の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解することは困難である。
もっとも、良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有しており、これらの者が有する景観利益は法律上保護に値する(平成18年判例参照)というべきところ、自然風致景観利益についても同様と解するのが相当である。そして、現に特別地域の近隣に居住している者は、事実上、その特別地域の優れた自然の風致景観の恵沢を日常的に享受している(特別地域の自然の風致景観が客観的な価値を有することは、自然公園法等の前記規定から明らかである。)。
実質的にも、上記のとおり自然の風致景観はその性質上いったん害されるとその回復は不可能ないし著しく困難であるところ、個別の20条行為に関する20条許可基準は相当具体的であって環境大臣等の裁量は必ずしも大きいとはいい難いものの、包括的な20条許可基準には「申請に係る場所又はその周辺の風致又は景観の維持に著しい支障を及ぼす特別な事由があると認められるものでないこと」(自然公園法規則11条36項2号)といった抽象的なものもあり、環境大臣等がその裁量を逸脱し、違法な20条許可をすることによって、優れた自然の風致景観が害され、取り返しのつかない事態を招くことがあり得るといえる。仮に、自然風致景観利益が公益のみに属するとすれば、そのような違法な20条許可に対し、差止請求はもとより、その他の抗告訴訟も事実上これを提起することができる者がいないことになるが(行訴法9条、36条、最高裁判所平成元年(行ツ)第131号第三小法廷平成4年9月22日判決・民集46巻6号1090頁参照)、自然公園法がそのような事態を許容しているとは解し難い。
特に、本件許可で問題とされる一般廃棄物処理場の建設については、細部解釈・運用方法では「騒音、悪臭、ふんじん等の発生により当該行為地周辺の風致又は景観に著しい支障を与えることが明らか」として(甲6)、廃棄物処理施設取扱い通知でも「施設の設置及び廃棄物の運搬等の関連する行為により、騒音等を継続的に発生することから、国立・国定公園の風致に著しい影響を与える」として(甲7)、いずれにおいても原則として自然公園法施行規則11条36項2号の基準を満たさないとされている。これらも、特別地域の区域内において廃棄物処理施設が建設されて稼働すれば、当該特別地域の優れた自然の風致景観に著しい支障が生じ、相当深刻なダメージが生じうることを踏まえたものということができ、20条許可が違法にされてそのような事態となることを自然公園法が放置していると解することはできない。
そして、仮に本件施設の建設に係る20条許可が違法である場合、それがされることによって建設が可能となる本件施設の稼働(本件施設への廃棄物等の搬出入のための運搬車の運行を含む。以下同じ。)により、本件特別地域やa公園の利用者を始めとする国民一般の自然風致景観利益が害されることになるが、本件施設の周辺の居住者等は、それに加えて、本件施設の稼働による騒音、悪臭、ふんじん等の具体的な被害を受けるおそれがあり、より現実的、直接的な被害はむしろ後者といえる。
エ そして、前記のとおり、自然公園法は、その適用に当たっては、関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の保全及び開発その他の公益との調整に留意しなければならない(4条、自然環境保全法3条)とし、また、環境大臣若しくは地方公共団体又は公園管理団体(49条1項)は、国立公園等の自然の風景地の保護のため必要があると認めるときは、当該公園の区域内の土地の所有者等とその自然の風景地の管理の方法に関する事項等を定めた風景地保護協定を締結することができるとしており(43条1項)、これらの規定は、自然風致景観利益とは必ずしも直接的な関係がないとはいえ、国立公園等や特別地域の区域内の土地の所有者等の権利にも一定の配慮をすべきことを定めたものといえる(なお、自然公園選定要領〔昭和27年9月。改正昭和46年12月3日環自計第255号〕には、自然公園の選定要件として「社寺有地、私有地を包含する場合にあっては、土地の所有その他の関係者が特別地域の設定に協力的であること」という基準が設けられている。)。
また、景観法は、「我が国の都市、農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため、景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより、美しく風格のある国土の形成、潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り、もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与すること」を目的としており(1条)、積極的な形成か、保護かの相違があるとはいえ、良好な景観の恵沢の享受を図ろうとする点において自然公園法と目的を共通にするといえるところ、都道府県等の景観行政団体(7条)が良好な景観の形成に関する計画(景観計画。8条)を定めようとするときは、あらかじめ、公聴会の開催等住民の意見を反映させるための必要な措置を講ずるものとし(9条1項)、また、良好な景観を形成すべき土地の区域としてふさわしい一団の土地の区域内の土地所有者等は、景観行政団体に対し、景観計画の策定又は変更を提案することができるとしている。そして、その景観計画の区域に国立公園等の区域が含まれるときは、自然公園法20条3項1、7及び15号に定める20条行為(工作物の新築、改築又は増築、広告物等の掲出、屋根等の色彩の変更)に係る20条許可基準であって、良好な景観の形成に必要なものを定めるものとされている(8条2項4号ホ、景観法施行令3条)ことからすれば、景観法においては、20条許可の制度に関し、当該区域内の土地の所有者や近隣住民が関与することが予定されているということができる。
オ 以上のような本件許可において考慮されるべき利益の内容及び性質、本件許可が違法にされることによって利益が害される態様及び程度のほか、自然公園法やこれと目的を共通にする景観法及び同法施行令の規定等に鑑みると、自然公園法は、少なくとも、本件許可が違法にされ、本件施設が建設されて稼働することによって害される自然風致景観利益、換言すれば、本件施設の建設及び稼働によって本件予定地周辺の優れた自然の風致景観が害されることがないという利益を、そこに居住するなど本件予定地の周辺の土地を生活の重要な部分において利用しており、本件施設の稼働によって騒音、悪臭、ふんじん等の被害を受けるおそれのある者に対し、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
そして、証拠(甲2、乙4)によれば、控訴人らは本件予定地の近隣又はそれほど遠くない場所に居住しており、その居住地に近接する道路を利用して運搬車が本件施設に廃棄物等の搬出入をする予定であることが認められ、いずれも本件施設の稼働によって、騒音、悪臭、ふんじん等の被害を受けるおそれもあるということができるから、本件許可の差止めを求める法律上の利益を有し、その差止訴訟の原告適格を有するものと解するのが相当である。
(3) 被控訴人は、①控訴人らが日常生活を営んでいる区域から本件施設の建屋及び煙突は全く目視できず、控訴人らが時たま本件施設の近くを訪れることによってはじめて視認しうるような景観上の利益は、自然公園法が諸種の規制を行っていることによる国民一般の反射的利益と同質のものにすぎない、②本件施設は、旧施設や国定公園特別地域内にある他の一般廃棄物処理施設と比較しても小規模であるし、周囲に溶け込む焦げ茶系統の色が使われ、屋根も曲線状にするなど落ち着いた形状となっていて、景観を害するものではない、③予定されている防臭、排ガス対策やごみ収集車の経路等からすれば、本件施設の建設及び稼働に伴って生じる大気中の物質、騒音、振動、悪臭といった環境要因は旧施設の稼働当時よりも軽減されるし、いずれも法令の基準を満たしていると主張する。
確かに、本件施設の建設自体によって自然の景観が害されたり、それが一般廃棄物処理施設であることによって自然の風致が害されたりする態様や程度に関する控訴人らの主張は、それ自体抽象的である感が否めない。また、証拠(乙4)によれば、本件施設の建設及び稼働による生活環境への影響は小さく、環境保全目標は達成される予定である旨の市の調査結果があることが認められる。
しかし、上記①に関し、自然公園法が、自然の景観のみならず、その風致も含めた控訴人らの自然風致景観利益を個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であることは前説示のとおりであるし、上記②及び③に関しても、自然公園法施行規則11条36項2号の20条許可基準によれば、一般廃棄物処理施設は、その性質上、騒音、悪臭、ふんじん等の発生により周辺の風致景観に著しい支障を与えることが明らかであるため、その規模を問わず建設を許可することができないと解する余地があること(細部解釈・運用方法及び廃棄物処理施設取扱い通知参照)に加え、本件証拠によっても、市の調査結果はその具体的な根拠が明らかでないことに照らすと、上記(2)の判断を左右するものではない。
2 重大な損害を生ずるおそれ、補充性の有無(本案前の争点2)
(1) 行訴法の差止めの訴えが提起することができるのは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限られ、その場合であっても、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは提起することができない(同法37条の4第1項)。
そして、重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案すべきである(同条2項)が、「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解される(最高裁判所平成23年(行ツ)第177号、同第178号、同23年(行ヒ)第182号同24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁)。
(2) そこで、本件許可がされることにより控訴人らに生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるかどうかについて検討する。
証拠(甲55)によれば、市は、平成25年9月30日時点において、本件施設の建設及び稼働に関し、平成26年1月から擁壁工事等の土木関係工事に着手し、同年4、5月に建築確認申請手続を行って建築確認を受け、土木関係工事の終了後の同年10月から熱回収施設の躯体工事を、平成27年8月から、リサイクル施設の機械工事を、同年9月から管理棟の躯体工事をそれぞれ開始し、平成28年4月には熱回収施設及びリサイクル施設の試運転を行うなどし、同年6月の竣工を計画していたことが認められ、本件口頭弁論終結時の状況に照らし、同計画には数か月の遅れが生じていることがうかがわれるものの、いずれにせよ、本件許可後、建築確認申請から竣工まで2年ないし2年半を要すると見込まれていることが認められる。
そして、証拠(甲21ないし54〔いずれも枝番のすべてを含む。〕)によれば、本件施設の建設に関し、既に市と被控訴人においては相当の協議がされており、現に、前提事実のとおり、本件施設の建設を前提として複数の20条許可がされており、特に土石の採取(土質調査)に関する20条許可は、申請(平成25年10月8日)から2週間足らず(同月21日)でされていることや、市は平成25年2月の時点で本件施設の建設整備工事に係る建設工事請負契約を締結していることからすれば、本件許可も、申請後、相当短期間でされ、その後、建築確認申請手続を経て、建設工事に着工することが予想できる。
しかしながら、本件許可がされても、その後、本件施設の建設工事の着工までには、建築確認申請手続をし、建築確認を得る(他に、場合によっては本件施設の建設工事請負契約の変更契約の締結等をする)必要があって、それには一定時間を要し(上記認定のとおり、市は、建築確認を受けるのに2か月を見込んでいる。)、更には、本件施設の建設工事が着工されたからといって、直ちに控訴人ら主張の損害が生じるとは認め難い(控訴人らの主張する損害は、もともと本件施設が竣工し、一般廃棄物処理施設として稼働することを前提とするものである。仮に、工事が途中の段階でも控訴人らの自然風致景観利益が害されるとしても、工事が相当程度進ちょくするまでは原状に回復することはそれほど困難ではない。)。
そうすると、本件許可によって生ずるおそれのある自然風致景観利益の侵害は、本件許可がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることが可能であり、事前に差止めを命ずる方法によらなければ救済を受けることが困難なものであるとはいえず、控訴人らに本件許可がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあるとはいえないことに帰する。
3 そうすると、本件訴えを不適法であるとして訴えを却下した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 内山梨枝子 山田兼司)